2016.12.02

★「徐行」

 みなさんは、正式な(というのは、公安委員会が設置した)「徐行」の標識をご覧になったことがあるだろうか。

 「ああ、あそこにあるよ」と言えれば大したものである(教習所の中は除く)。

 私は、茨城県以外のすべての都道府県に行ったことがあるが、いま思い出せるのは全国で1つ!しかない(もちろん、他にもあるだろうとは思う)。

 なぜか。

 「徐行」の標識を立てるべき場所に「止まれ」の標識ばかり設置するからである。

 外国の方はそれほど経験はないが、訪れた国の中でこんなことをやっている国はただの一つもなかった。

 ・・・と書いてきたところで、この件は以前書いたのではないかという気がしてきた。

 調べてみるとやっぱり・・・

 われながらなかなかうまく書けていると思う(笑)

 まだの方はぜひお読みいただければありがたい

 この国の交通行政は、本当にひどい。

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2016.11.26

●1か月経った牛肉

 近所のスーパーで牛肉を買おうとしていたとき、ふと気になって、表示されている「個体識別番号」を使い、どんな来歴の牛なのか、iPhone で調べてみた。便利な時代になったものである。

 びっくりしたのは、交雑牛も和牛も、どちらも1か月近く前に屠殺されていたということだ。

 目の前に並んでいる肉は新鮮そのものに見える。1か月前の肉だとは到底思えない。

 ちょうど、「過去に仕入れた牛の番号を使い回していた」とかいうニュースを目にしたばかりだったので、これもそうなのかと思った。

 牛なので、「熟成肉」とかいうのもあるのかもしれないが、その辺のスーパーの安い肉なので、そうだとも思えないし、1か月も経った牛肉がこんなに新鮮そうな色をしているのも信じがたい。

 何かもやもやしながらそれでも交雑牛の方を買った後、ちょうど食肉担当と思しき店員が通りがかったので、思い切って尋ねてみた。

 それによると・・・

 食肉は、解体後すぐに枝肉の状態で真空パックされて流通に乗り、卸やスーパーの倉庫にストックされる。
 その後、必要な分だけが各店舗に運ばれ、そこで初めてパックが開けられ、スライスされて店頭に並ぶということで、屠殺が1か月近く前であるのはふつうのことなのだという。

 真空パックにするから、冷凍していなくても鮮度が落ちたり劣化したりはしないということらしい。

 なるほど・・・と一応は納得したのだが、ネットで検索すると、「日本のスーパーの肉は流通の都合で2週間とか1か月とかの時間がかかっているので、やはりその分鮮度が落ちておいしくない」というような見解もいくつかあった。

 それはそうだよなあ・・・ いくら真空パックだからって1か月も前の肉を食べさせられているとは思っていなかった。
 (後記:逆に、日が経っている方が熟成していておいしく、「スーパーならばと畜してから30日程度の肉が程よい」と記載した「プロ」の記事(東洋経済)もあった。真空パックでも熟成するのだろうか。)

 牛肉はなるべく個人商店の肉屋で買うようにしているんだけど、あの肉屋でも同じように1か月経った肉なのだろうか。

 今度おやじさんに話を聞いてみようと思っている。
 ___

 それにしても、この年になるまでこんなことも知らなかったのかと、われながらあきれてしまう。まあ、いつものことなんだけれど。

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2016.11.19

●顔のないヒトラーたち

 アウシュビッツを訪れたときのことは、以前ここに書いた

 今や、知らぬ者のいないその場所も、フランクフルト・アウシュビッツ裁判(1963-65)がなければ、今とはまったく違った様相を呈していたかもしれない。

 1950年代初頭には独仏英語に訳されていた『アンネの日記』も、ドイツや世界におけるアウシュビッツの認知にはまだ効果を発揮していなかったのだろうか。

 大袈裟ではなく、まさに全人類が見るべき映画だと思う。

 困難な捜査を遂行し、自国の罪を裁き、それを映画にする・・・ それらすべてがドイツ人自身の手によってなされたことは、救いようのないできごとにも、微かな希望の光を与えてくれる。

(Im Labyrinth des Schweigens(沈黙の迷宮の中で), 2014 Deutschland)

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2016.11.15

●生存証明

 気がついたら、ここに何も書かないまま、月の半分が終わりつつある。

 以前から書こうと思っていたのだが、このブログの更新が一か月滞った場合には、私は死んだと思っていただければありがたい(いや、やっぱり一年にしようかな ^^;)

 まあ、今は twitter だの facebook だのもあって、そこには何か書いているということもあるかもしれないが、今のところ、広く外部への積極的な生存証明というのは、やはりこのブログをおいてほかにない。
 ___

 そういえば、昨日だったか、久しぶりに facebook の設定を眺めていると、

       「追悼アカウント管理人」

の設定というのがあり、

 「あなたが亡くなった後にアカウントの管理を任せる家族または親しい友達を選択します」

と書いてあった。

 うわお。

 だが、「個人ホームページ」のころから数えれば、こういうネット発信が始まって20年以上経つのだから、亡くなる人が相次いでいるとしても、なんら怪しむべきことではない。
 実際、敬愛していた仕事仲間のブログも、遺稿となってまだ残っている。無料のサイトではないので、奥様がまだ会費を払い続けていらっしゃるのだろうと拝察する。

 このブログシステム「ココログ」には、(たぶん)「追悼アカウント管理人」を設定する機能はない。しかし、一日も早く導入すべき機能ではないか。なんとなれば、今日亡くなったココログのブロガーも、一人くらいは確実に存在すると思われるのだから。

 一つ疑問に思うのは、facebook の「追悼アカウント管理人」は、どうやってアカウントを引き継ぐのだろうかということである。
 本人が死ぬ前に権限委譲をすればいいわけだが、もちろん、必ずしもそれができるとは限らない。どういう形でいつ死ぬかわからないわけで、facebook のシステムはもちろん、その死を把握できない。
 とすれば、逝去を知った「追悼アカウント管理人」は、その時点で自らアカウントの管理に乗り出すことになる。それが可能であるならば、元の管理者が生きていたってアカウントを乗っ取ることができるはずだ。

 まあ、そんなことをしないような信頼できる「家族または親しい友達」を選ぶべきなのだろう。でも、悲しいことに、人間関係というのはいつどうなるかわからないし、人もどんなふうに豹変するかわからない。

 あ、「追悼アカウント管理人」は、facebook に、「これこれの方が亡くなったので私がアカウントを引き継ぎます」と申し出て、facebook が「これこれの人」に連絡を取り、一か月以内に返事がなければ引き継ぎを認める・・・とかいうシステムになっているのかもしれない。
 死んだ本人に引き継ぎを申し出て、レスポンスがなければ・・・というのでもいい。
 ___

 こんなことを書く予定はなかったのに(タイトルは後からつけました)、よしなしごとをそこはかとなく書き付けてきたが、他人のことはともかく、私の場合にはそんなことをあれこれ考えても仕方がない。しょせんは、取るに足りない戯れ言を虚空に向かって記しているだけなのだ。

 いや、「馬齢を重ねる」などと言うと、少なくとも名馬には失礼なくらいの人生であってみれば、こんなものでも、その人生に見合った生存証明だと言えなくもない。

 「生存したことを証明して何の意味がある?」と言われれば、確かにその通りである。
 しかし、人類が人類として生存し始めてから数万年、その 99.9999・・・%の人々は(子孫を除けば)なんの痕跡も残していないことを思うと、生きた証をだれもが残せる時代になったことは慶賀すべきことなのだろうとも考える。

 どういうかたちでいつまで残るものなのかはわからないけれど。

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2016.10.30

◆官能の一眼レフに想う

 思い切って、分不相応な一眼レフを購入した。

 つい先日まで、数分の一の値段のコンパクトカメラを買うつもりでいた。

 だが、手にして撮影する機会があったカメラに魅せられてしまい、その一週間後には買ってしまっていた。まんまとメーカーの戦略に乗せられたわけである。
 もっとも、2年前から欲しいカメラではあったのだが(あ、これでばれてしまいますね。EOS 7D Mark II です、はい)。
 
 一方、十数年前から気になっていて、同じく2年前のモデルチェンジから本格的に欲しくなった本命のレンズ(EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USM)は重すぎてダメで、次善の策を模索している。

 本命ですら野鳥撮影には厳しいので、次善のレンズではよけい無理なのだが、さて、どうなることやら。
 ___

 コンパクトにせず一眼レフにした理由は、オートフォーカスの素晴らしさと連続撮影の能力に惹かれたからだと一応は言える。
 飛んでいる鳥を撮りたいというのが一番の動機だ。

 だが、吝嗇な私の背中を押したのは、そういう実質的な機能ではない。

 最終的に購入することを決めた理由は、間違いなく、そのレリーズ音だった。

 写真なんか撮らなくても、レンズをあちこちに向けてシャッターを切っていれば、耳に心地よいリズミカルな音を聞いていられる。
 カメラの寿命が縮みそうでなかなかできないが、記録媒体のSDカードを抜いて、何も撮らずにカメラの奏でる音に酔っていたいくらいだ。
 ___

 以前の私はこうではなかった。

 スペック重視、機能至上主義。
 今でもその性癖は残っているものの、明らかにその傾向は減じてきている。

 思えば、15年前に買った車も、最後の決め手は「ドアの閉まる音」だった。
 しかし、そのときはまだ、スペックにこだわり、できる範囲で最上を求めていた。

 2年ほど前に買った今の車は、明らかに前車より格下で、能力も機能も劣る車である。
 「いつかはクラウン」(古いな)というような価値観とは以前から無縁だが、それでも、われながらオトナの選択ができるようになったなあと思わないでもない。

 購入の決め手は、やはり官能であった。うまく表現できなくてもどかしいのだが、いわば「ソリッドな軽快さ」がもっとも優れていたのが今の車だった。
 ドアの閉まる音では負けているが、それも気にならないフットワークとハンドリングだ。
 ___

 官能の話になると、今は亡き年長の仕事仲間を思い出す。

 パソコンやプログラミングにまで官能を求め、それにこだわる姿は、もうひとつ理解できなかったが、今なら少しはわかる気がするのだ。

 「やっぱりパソコンも官能ですよねぇ」
 「おお、お前にもやっとわかるようになってきたか」

 そんな会話がもはや不可能なことが心に刺さる。

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2016.10.24

◆遠い記憶

 ↓を書いていて、ボローニャのことが気になった。

 イタリア雑貨カフェのオーナーがボローニャに留学していたというのを聞いて、ああ、ボローニャなら行ったことがあるなあと思い、具体的な名所や風景も頭に浮かんでいた。

 こんなところに車が入っていいのかというような歴史的建造物群に囲まれた街の中心地にあるホテルに泊まり、歩いて近くのアレーナ(ローマのコロッセオのような円形闘技場)なんかに行ったのを鮮明に覚えている。

 あれはボローニャのどの辺だったっけ? すぐ近くに泊まったホテルもあるよなあ・・・と思って Google Map を見るが、アレーナがまったく見当たらない。

 そんな馬鹿なと思いながら航空写真にしたりして探すが、徒労である。

 イタリアには3回しか行っていないはずだ。1度目は家族で、2度目は両親も連れて、3度目は出張である。

 ボローニャに行ったときは両親はいなかったから・・・と当時の旅行メモを引っ張り出して見ると、なんと、ボローニャには立ち寄った形跡すらない。

 まさかと思って両親も連れて行った年のメモを見ると、ボローニャという単語は出てくるが、街の記述はない。

 要するに、フィレンツェからベネチアへ行くときに通過しただけに過ぎなかった。ボローニャまではカーブの多い道路で、そこを過ぎるとまっすぐだったとか書いてある。
 また、到着したベネチアのホテルの名前もなぜかボローニャで、そこには2年連続で泊まっている。

 通過とホテル名でボローニャに行った気になっていたのか・・・

 では、あの記憶の街はどこなのだと調べると、その前の年、モナコからベネチアへ向かう途中で泊まったベローナであった(ちなみに、泊まったホテルの名前はミラノである。なんでそんなややこしい名前をつけるんだろう)。

 イタリア雑貨カフェのオーナーと会話する以前から、ベローナなんて地名は頭の中からすっかり消え、あの素敵な街は完全にボローニャになってしまっていたようだ。


 記憶なんてあてにならないものである。でも、こんなことから思い出をたどれたのは悪くない。

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◆食べ物屋の消長

 食べ物屋さんの消長についてはここでも何度か書いた。

 だが、また書きたくなったので、ちょっと手短に(書けるかな)。
 ___

 先日、例によって「さあお昼をどうしよう」という状態になり、ふと思い出して2〜3度行ったイタリアンを目指した。
 到着すると、ビルは外壁の?工事中で、店はもぬけの殻。工事中は営業していないという感じではなく、廃業したようだ。

 すぐ近くに、以前は気づかなかったイタリア国旗の店があったので、そこで昼食。雑貨とカフェだが、ランチもちょっとやってますという感じの店。
 客は私だけで、なんとなくオーナー?の女性と話をすると、イタリア好きが昂じてこうなってしまったとのこと。美術関係でボローニャに留学していたこともあるという。お店を開いて1年ちょっと。

 「よくやっていけますねぇ」とはもちろん言わなかったが、つぶれたイタリアンのことを聞いてみると、もう3か月ほど前に閉めたらしい。食べログなんかで見ると、まだ「新規開店」みたいな情報が出ている。できて3年くらいしか経っていないのだ。

 それなりにおいしかったし賑わっていたのに、どうしてなんだろう。逆に、ランチタイムに終始わたしだけしかいなかったイタリア好きシニョーラの店に、2周年は来るのだろうか。
 ___

 また先日、誕生祝いで久しぶりにフレンチに出かけた。たぶん、一度だけランチに来た店で、おいしかったからディナーにも来てみたのだ。
 まだ新しい店で、関西では有名な食べ物ブロガーが「すぐに予約の取れない店になるのではないか」というほどのレストランである。

 だが、週末だというのに、客はうちの家族3人だけ。あのあと入るとも思えないので、もし私が気紛れでこの店に決めなければ、週末の夜、14席に対して客はゼロだったということになる。「予約の取れない店」??

 スープはないが、フルコースで税別5千円を切っており、味も間違いなくよい。駅徒歩5分でもある。

 店内も綺麗でオシャレなのだが、まあ確かに、晴れの日のディナーという感じの店ではない。
 具体的に言うと、おしぼりは使い捨ての紙で、ナプキンはなし。食べ終わったナイフとフォークは横に置いて次の料理にも使う。テーブルクロスは cloth ではなく、汚れても拭けばすむようにビニール?コーティングしてある。

 いや、別にだからといってまったく不満はない。むしろ、リーズナブルな価格でおいしいフレンチが食べられるのだから、私としては歓迎する。
 でも、しょっちゅう行けるわけではないので、売り上げに貢献できないのがもどかしい。

 やはり、はやる店は「とっても高いかすごく安いか」であるようだ。こういう「ちょっといいレストラン」は苦戦する。
 なんとか踏みとどまってほしい。

 ※調べてみると、ディナーでも一度訪れたことがあった。日記に「おいしい。最高の部類かも」と書いてある。それなのに・・・
 ___

 近々行く、個人的には北摂(大阪北部)で一番おいしいと思っている鮨屋。その店も、同じ理由で、楽に回っているとはいいがたい。
 小綺麗でオシャレでおいしいのだが、超高級という感じではない。もちろん、安くはない。
 高くもなくてコストパフォーマンスはいいのだが、店主は苦労が絶えないようだ。

 もう一つ別の、高級感を売りにした寿司屋は、私から見るとちょっと落ちるのだが、いつも繁盛している。
 ___

 最後に、平日のお昼に行った山里の蕎麦屋。近くの街から車で30分以上かかる山間部にある。

 にもかかわらず、12時45分には、もう蕎麦がなくなったといって打ち止め。
 表には「平日は30人前」と書いてあるので、客単価1500円として昼一回で4万5千円の売り上げだ。

 蕎麦は確かにおいしいが、特筆するようなものではない。天ぷらの海老は密度の低い貧相なものだ(が、価格を考えると相応かもしれない)。

 それでも、びっくりするくらいはやっている。
 ___

 食べ物屋はほんとに難しくて不思議だ。

 毎日がんばっている料理人たちには(兼経営者には特に)心からの敬意を覚える。

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2016.10.10

◆アイスランド写真集

 アイスランドで遊びほうけていたツケが回ってきて、帰国後は体調を崩していたし、その間もその後も、後回しにしていた仕事に追われて余裕がなかった。

 なんというか、家人も息子も先憂後楽タイプで、嫌なことはさっさと済ませるのが当然だとかいうのだが、私はまったく逆で、とにかく、「明日できることは今日するな」というポリシーである。

 その意味ではイタリア人のようだ。

 違うのは、そう言いながら、「しなければならないこと」や「すべきこと」がずっと重荷になっていて、せっかくの楽しみも先の憂鬱にスポイルされてしまう点である。

 ここにも何度か書いているが、海外にバカンスに出かける時には、向こうでのことを考えてわくわくするよりも、帰ってきてからのことを考えてウンザリしているのが常である。
 鬱陶しい奴だ。

 そうは言っても、海外滞在中はさすがに気分が軽くなる。
 向こうではまた向こうなりの(多くは取り越し)苦労があるのだが、日本の憂いはまあ、できるだけ日本に置いていく。

 話が逸れた。

 この連休も仕事して、やっと、写真をいくつかアップできる余裕ができたので、←にアルバムを作成した(サムネイル写真はクリックで拡大します)。
 最初の1枚だけ日本、最後の何枚か(11枚ですね。アイスランドには一切ない、電車が写っているところからです)はフィンランドのヘルシンキだが、後はすべてアイスランドである。

 ご笑覧くださればとってもありがたい。

 真夏にでかけたと思っていたのに、気がつけば秋の冷え込みがやってきている。ほんとに早いものだ。

 まあ、アイスランドはもっと寒かったけど。

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2016.10.01

◆はじめての docomo ?

 最初の携帯はたぶんツーカーだったと思う。いや、待てよ、J-Phone とかいうのもあったような気がする。

 息子が小学校に入学し、一人で動く可能性が出てきたときに、夫婦間や学校との連絡が取れるようにと初めて携帯電話を持った(それまでは保育所通いで、常に大人とべったりだった)。
 まあ、結局ほとんど使わなかったけれど、それはむしろラッキーだったということだろう。
 (あ、ずっと後で、息子が高校生の時、初めて学校から携帯に電話がかかってきた。階段で転倒して歯を折った時だった。)

 その後、ソフトバンク、auと乗り換えてきて、docomo とはまったく縁がなかった。

 が、今回、SIM フリーの iPhone 7 Plus を買って、auから MVNO(仮想移動体通信事業者=いわゆる「格安SIM」)に切り替えた。

 docomo の回線を使う方式を選択したのだが、 iPhone の画面の左上に docomo と表示されるとは思っていなかった。これではまるで docomo の携帯みたいじゃないか。

 無事開通し、電話もテザリングも大丈夫そうである。

 毎月3GBの制限があるが、これまでの実績では2GB程度だし、使い残した分は翌月に繰り越せるので、不足するようなことはまずあるまい。
 万一不足しても、いろんな仕組みで大丈夫なようになっている。

 緊急電話さえ諦めれば、毎月1000円ほどで運用できたのだが、人生でほとんどかけたことのない 110番や119番をかけられるようにすると、1600円(税別)になった(携帯電話を持っているのに緊急電話がかけられないというのは、ちょっと受け入れられない)。

 それでもまさに、「格安」である。

 これで、スピードはともかく、docomo の通信網をフルに使えるのだから、ほぼ欠点はないと言っていい。

 息子の iPhone 6 Plus も、2年縛りの違約金を支払っても、MVNOに乗り換えた方がはるかに安いので、今月中に乗り換えることにした。

 みなさまもぜひ ^^;

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2016.09.27

■LINE が見られなくなりました

 とうとう、LINE が見られなくなってしまいました。

 いえ、家人との間にひと悶着あったからではなくて、ごちゃごちゃやっている間に LINE の制限がかかり、iPhone 6 Plus からログインできなくなったためです。

 というわけで、LINE では私と連絡が取れませんので、ご用の節は←の「メール送信」からメールをお送りください。

 (スマホでご覧の方は、この「メール送信」をクリックしてください)。

 よろしくお願い致します m(._.)m

 後記:何度かやり取りして、引き継ぐのは不可能だとやっと公式に言われたので、新しいアカウントを使うことにしました。

「ご報告くださいました現象について引き続き弊社でも調査を続けておりますが、原因の特定に難航しており、対応に時間を要する見込みです。」
「弊社システム上に一部問題が発生しており、お客さまのアカウントが正常に削除されていないことを確認いたしました。」
「お客さまにおかれましては、今回発生した問題によりアカウントの引継ぎが行えず、新しいアカウントを作成されたものとお見受けいたします。」

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2016.09.22

■ iPhone 7 Plus は来たけれど LINE が最悪

 iPhone 7 Plus が来た。

 iTunes のお蔭で環境移行は非常に楽だったのだが、噂に聞いていたとおり、LINE だけは難物だった。

 いや、「だった」と言うと、もう解決したみたいに聞こえる。そうではなくて、まだまったく移行できていないし、もしかするとできないかもしれない。

 手順通りにやろうとしても、システムエラーだとかサーバエラーだとかではねられて次に進めない。挙げ句の果てに、電話番号が無効だとかなんとか、変な難癖をつけてくる。

 私のせいではないことは、ネットにあふれる怨嗟の声が証明している。

 以前から LINE の移行は難物だったらしいが、折しも iPhone を買い換えた人が多すぎて、LINE のサーバに負荷がかかりすぎているのかもしれない。

 「システムエラー」の方は、「時間をおいてからもう一度」ということらしいのだが、電話番号が無効だとかいうのは大丈夫なのだろうか。

 まあ、LINE友だちもほとんどいないので、もう一度最初からやってもそれほど大したことではないんだけれど、「以前の知り合いで、連絡がつくのは LINE だけ」みたいな人と切れてしまっていいのかはちょっと気になる。
 ___

 さて、移行可能かどうか白黒はっきりするまで、今までの iPhone 6 Plus で LINE を見ることにしたのだが、それは今後、家人が使うのである。

 夜、「ちょっと iPhone 貸して。LINE 来てないか見てみるわ」みたいな感じで家人に頼むことになる。一日一回とか、とても本来のリアルタイムコミュニケーションにならない。
 もっとも、これまでだって、見ないで1日2日放置してたこともあるから大丈夫だと思う。

 それより、妻のスマホに夫の LINE が届くなんてことをして大丈夫なのだろうか。

 いや、大丈夫のはずなのだが、そんなことをやってる夫婦ってたぶんいないよね・・・

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2016.09.20

■英語の通じる国、通じない国

 アイスランドほど誰もが英語を話せる国を他に知らない。

 あ、イギリスとカナダとオーストラリアは除く(ニュージーランドとかには行ったことがない)。
 でも、アメリカではしばしば経験した "No English." は一度もなかった。

 旅行者である私が話す範囲の人で、明らかに英語ができないと思われたのは、自分で編んだセーターを売っていたおばあさんだけであった。何を言っても、"It's very nice." としか言わなかった。それで、ふだん服なんか買わない私に一生で一番高いセーターを買わせたのだからたいしたものだ。
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 旅行者としての個人的な経験からだけだが、アメリカよりもアイスランドの方が英語が通じる率が高いというのはすごいことだと思う。
 年配の人ほど発音に癖があって聞き取りにくい感じはしたが、どこに行っても誰と話しても、"Do you speak English ?" みたいな手続きなしに、いきなり英語で会話を初めてお互いに何の不自然さも不自由もなかった。

 先方も、外国人がアイスランド語を話すことなど、ハナから期待していない。
 「さようなら」だけは何度かアイスランド語で言ったのだが、むしろ戸惑われるのがオチで、軽い驚きとともにアイスランド語で挨拶を返してもらえたのは一度だけだった。旅行者は、その程度のアイスランド語すら話さないのがむしろふつうらしい。

 聞くところによると、北欧は全般にほとんど誰でも英語を話すらしいのだが、どうしてなんだろう。北欧諸語よりは英語に近いと思われるドイツ語地域ですら、こんなにみんなが英語を話すなどということはない。
 以前、スウェーデン人に聞いたところによると、「小さいころからずっと英語のテレビを見ているから」ということだったが、ドイツ人は見ないのだろうか。

 母語の(政治的・経済的・文化的)力が相対的に弱いことが外国語の習得にプラスに働いているのかもしれない。
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 いうまでもなく、日本はもっとも英語が通じにくい国の一つである。その一番の理由は、日本語が英語とはかけ離れた言語であることだろうが、他のアジアの諸言語だってほとんどはそうである。

 にもかかわらず、21世紀になってもダントツに英語ができないのは、習得する必要がないことが大きいだろう。日常生活から芸術や最先端科学まで、すべて自国語でやっていけるという国は多くない。

 「最先端科学まで」と書いたが、最先端科学をやっていて英語ができない人というのは、ほんとうはちょっと想像しがたい。
 だが、ノーベル賞の授賞式が初めての海外渡航で、受賞スピーチでしゃべった英語は "I'm sorry, I can't speak English." だけだという益川敏英さんの例が示すように、日本では英語ができなくてもなんとかやっていけるのである(ノーベル賞まで取ったのだから、「なんとか」ではなく「十分以上に」かもしれない)。

 そう考えれば、「もっとも英語ができない国(の一つ)」というのは、もっとも豊かな母語環境に恵まれた国であることの裏返しでもある。
 明治以来、いくら熱心に英語学習を推進しても、いつまで経ってもできるようにはなっていない。またぞろ、さらに英語教育を促進し・・・と拳を振り上げてみても、英語嫌いを増やすだけではないかと危惧する。

 それとも、「グローバル化」する今後は、できるようになるのだろうか。ならないとは思うけれど、もしなったとしたら、それは母語の衰退と表裏一体のような気がする。

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2016.09.09

■というわけで、iPhone 7

 帰国した日の夜のこと、時差ボケで寝られないまま悶々とするうち、アップルのイベントが始まる時刻を過ぎていた。

 「どうせ寝られないんだったら見てもいいや」と思って見ると、Apple Watch のプレゼンがそろそろ終わるところだった。まとめみたいなものをやっていたように記憶しているが、肝腎の電池の持ちについてまったく触れていないようで、これはダメなんじゃないかと思った。

 その後、床に入って iPhone 6 Plus で見ていると(iPhone で真面目にストリーミングなんか見るのはもしかすると初めてかもしれない)、ほどなく iPhone 7 のプレゼンが始まり、結局それを最後まで見てしまった。

 夜中にこんなものをぜんぶ見るのは初めてである。
 まあ、その次の歌だか踊りだかのところで「寝ないとまずい」と思ってビデオ視聴はやめたのだが、相変わらず寝られず、畏友のツイートとかを読んだり返事したりしているうち、明け方になってしまった。

 iPhone 7 自体は、事前に漏れていた情報通りで、驚くようなことは何もなかった。それに、来年にはフルモデルチェンジした革新的なモデルに変わるとも噂されている。

 でも、auの2年縛りがちょうど切れるところだし、携帯電話は SIMフリーでなければならないことを経験したばかりだし(6か月以内にまた海外に行く可能性は低いけれど)、こうやってプレゼンを見たのも何かの縁だと思って、本気で買うことにした。

 どれを買うかでは悩まないだろうと思っていたが、色をジェットブラックにするかブラックにするかと、容量を128GBにするか256GBにするかはちょっと迷った。

 だが、先ほど仕事から帰ってからおもむろに注文画面を開けると、ジェットブラックは11月まで手に入らないので却下(下手するとauの更新月を超えてしまう)、ブラックにしても、128GBは出荷日が遅かったので、選択の余地なく結局、 iPhone 7 Plus, Black, 256GB になった(今見ると、256GBの方も出荷がどんどん遅くなってきている)。
 

 今の iPhone 6 Plus だって、無駄な音楽やアプリ満載で100GBも使ってないのに、256GBも何に使うのかとも思うのだが、こういうのも運命というか縁である。

 これまで、iPhone をカメラやビデオとしてはほとんど使ってこなかったので、これからは使おうと思うし、今度は2年ごととかではなく、少なくとも5年くらいは使いたい。

 問題は、今持っているのをどうするかである。

 これまで、 iPhone 5, 6 Plus, 6s Plus と買って、家族で使い回してきたのだが、とうとう一つ余ることになる(後記:たまたま昔のエントリを読んでいて、息子も最初は5だったことを思い出した。6s Plus を買うときに、すでに一つ余っていたのだ。auに下取りに出したんだった)。

 家人が使っている5は、MVNOでも使えないし、電池もへたってきているので、この際下取りに出すことにした。
 6 Plus は家人の好みからすると大きくて重すぎるのだが、この際しかたがない。幸い、快く了承してもらった。
 ___

 もうキャリアには見切りをつけて、MVNOで運用しようと思っている。データ3GBにSMS機能をつけても、たとえば毎月1020円!で使えるのだ。
 2年縛りのキャリアと比較すると、本体購入費を考えても十分安いし、2年を超えると、ほんとうに毎月1020円ですむことになる。

 これでやっと、「携帯代がばからしい」というストレスから解放される。

 あ、息子の 6s Plus はもう1年我慢だ。

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■アイスランドで現地SIMの利用

 直前のエントリで書いたとおり、息子の SIMフリー iPhone には旅行中ずいぶんお世話になった。

 私の iPhone 6 Plus はau縛りなので、海外に持ち出して使うと多額の費用がかかり、下手すると「パケ死」する。

 最近は「安い」とうたうサービスもあるが、それでも「約24.4MBまでのデータ通信料が最大1,980円/日、どれだけ使っても最大2,980円/日でOK!」(au世界サービス)という水準だ。
 これで2週間使うと、1日1980円だとしても3万円近くになる。それでも、通話や SMS は一分(一通)あたり100円程度別にかかる。

 アイスランドで使った SIM は アイスランドのVodafone のもので、ISK2000(≒1800円)であった。これで、ISK1000(≒900円)分の通話に加え、300MB のデータ通信が含まれている。
 それ以上に使いたければ 1GB で ISK1390(≒1250円)払えばおしまい。2週間程度の旅行でそれ以上使うことはあるまい(もしありそうなら、5GB で ISK2490(≒2240円)というのもある) 。

 食事やお茶をする場所や宿泊施設なんかではほとんど Wi-Fi が普及しているし、電話は10本もかけていないので、われわれの場合は、結局最初の1800円だけですべて賄えた。
 どのくらい使ったかは iPhone の画面で簡単に確認できる。息子のはもう SIM を取り外してしまったので厳密には確認できない(SIMを入れ替えればたぶんできる)が、途中で見た数値から考えて、おそらく半分も使っていない。

 ばからしくて、「au世界サービス」なんかまったく使う気になれない。

 以下は、マイナーな需要かもしれないが、アイスランドで SIM を購入してお使いになる人のために。
 iPhone 前提で書いているが、SIMフリー端末なら同様である。
 英語を含む5言語の説明書がついているが、まったく読まなくても使えるようになった。

0.日本を出るときから現地SIMに入れ替えるまでは、思わぬ高額の料金に泣かないため、機内モードにしておく。

1.ケプラビーク国際空港の到着出口を出る前にある免税店のレジで Siminn という別の会社の SIM を売っていた。
 レジのおばさんは「Vodafone のと同じだよ」と言ってくれたが、事前にウェブで調べた範囲では日本語で書かれた利用実績がなかったので、念のために Vodafone にすることにした。ここで Siminn を買えば免税だったので、100円くらい安かったかもしれない(笑)

2.Vodafone の SIM は、到着口を出て右手のコンビニ、10−11のレジで買えた。ネットで調べたのと
価格や内容が変わって、"Prepaid Starter Kit" という名前に変更されており(なぜか公式ウェブサイトの名前はそのままで価格や内容は新しくなっている)、先に書いたとおり、何もしなくても、ISK1000(≒900円)分の通話に加え、300MB のデータ通信が含まれている

3.いったん iPhone の電源を切り、ゼムクリップを延ばしたものなどを SIMトレイの穴に突っ込み(かなり力を入れないと開かなかった)、トレイを引き出す。取り外そうとすると、入っていた SIM がその辺に飛んでいくので注意。

4.購入した SIM は、どの大きさにも対応するようになっている。iPhone 6s Plus の場合は nano SIM なので、一番小さくなるように取り外す。道具は必要ない。既存の SIM をトレイから外して購入した SIM を載せ、元に戻す。トレイの裏表に注意。

5.電源を投入。最初は指紋認証が使えないので、パスコードを入力。iPhone からアクティベーションを求められたが、画面の指示に従っていけば簡単だった。Apple ID とパスワードは入力する必要があった。

6.機内モードを解除する。その他には何の設定も必要なく、電話とデータ通信を使えるようになった(APNの手動設定は必要なかった)。
 自分の電話番号は、パッケージの裏表面に貼った白い紙に7桁の数字で記載されている(国番号の354は書かれていない。また、アイスランドには市外局番の概念がない)。

7.どのくらい利用したかは、iPhone の「設定」から「モバイルデータ通信」を選ぶと表示される。

8.残りが心許なくなってきた場合、その電話(あるいはパソコン等)から "Topup"(利用容量を増やすことが) できる。購入した SIM のパッケージの裏面、自分の電話番号の上にも、QRコードとURLが書いてある。支払いはクレジットカード。

9.帰国して元の SIM に戻すには、電源を切って SIM を入れ替えるだけで何の操作も必要なかった。

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2016.09.08

■モバイル通信の旅 in Iceland

 最初の洗礼を受けたのは、乗り継ぎ便に間に合わなかったヘルシンキの空港だった。

 アイスランドのレンタカー会社に電話するため、フィンランド航空の係員に「どこかに公衆電話はありませんか」と聞くと、「空港に無料の Wi-Fi が導入されてから、電話はなくなったと思う」と言われた。
 確かに、この時も帰りにも、公衆電話は一切見かけなかった。

 携帯電話の必要性はうすうす感じていて、アイスランドに着いたら息子の iPhone 6s Plus に現地のSIMを調達して使う予定だった。
 だが、アイスランドに着く前に電話が必要になろうとは。

 その時は結局、係員が持っていた携帯を借りて電話ができた。国際電話をかけるというのに、気軽に貸してくれたけれど、考えてみれば、「国際電話」などという概念自体がもはや古すぎるのかもしれない。メール(e-mail)には、もともと「国際メール」などという概念はない。

 後で気づいたのだが、私の iPhone 6 Plus からでも IP電話はかけられた。しかし、他国に電話したことなどなかったので、かけられるかどうかもあまり意識していなかったし、かけ方も知らなかった(調べると、最初に 010 をつけるだけだった。料金も安い)。
 ___

 その後も洗礼は続いた。

 アイスランドに到着して最初にするのはレンタカーを借りることだった。

 これまでのように、書類にイニシャルをどんどん入れていって最後に署名するのだが、それらがすべて iPad 上で行われた。
 何となくうら寂れた真夜中の空港の外れで、くたびれた建物の中で愛想のない係員相手に行うにしてはなかなか現代的だなと感心していると、「契約書は pdf にしてメールで送ったから」と言われ、いつものようには書類をくれず、紙はカーボンコピー1枚だけになった。

 まあ、何ごともなければ契約書なんて見ないけれど、「旅行中にメールで送られてもなあ」とちょっと思った。

 ところがというか、その後も、宿泊施設からチェックインやそのための待ち合わせの方法などのメールがバンバン届く。
 これはまあ、予約をすべて Booking.com を通して行い、ほとんどがゲストハウスやアパートメントに泊まったからというのもあるのだが、旅行中にメールが見られないとかなり不自由をするし、時には致命的になるのではないかという気がした。

 「これこれの場所のこのキーボックスを開けて鍵を入手してください。暗証番号は○○」とか、「到着の10km手前くらいで電話してください。その後現地で待ち合わせましょう」とか、そんなメールを読んでいなかったり、来たことすら知らなかったりしたら、ひどく困っただろうと思う。

 後者の場合、「もし電話ができない場合は改めて別の指示を送るので連絡してください」とも書いていたが、公衆電話が見当たらない状況で(実際、アイスランドで見たのは夕食を食べたホテルにあった古いコイン式のが1台のみであった)電話ができる環境にあるというのも現地では大切なことだった。

 最終日近く、空港にレンタカーを返却してバスでレイキャビクの街に戻り、出国の際に必要だからと空港までのバスの時刻や予約について係員に聞くと、手持ちの時刻表なんかを見せてくれたのだが、「時刻表の載ったパンフか何かもらえませんか」と頼んだところ、"Check our website." と言われたのにはびっくりした。
 ウェブサイトが見られなかったらどうするんだよ。

 結局、時刻表のパンフはカウンターのこちら側のラックにあった。「これに載ってますね」と見せると、「ああ、それそれ、それがあったわね」とは言うものの、係員はその存在すら忘れていたようだった。

 いずれにせよ、滞在中のアパートのすぐ近くでピックアップしてくれるバス( flybus )の予約はネット上で行い、チケットも iPhone に送られてきた画面を見せるだけということになった。

 これら以外にも、現地の情報を種々調べたり、レストランや宿泊施設に電話したりするのに、現地のSIMを入れた息子の iPhone が非常に役立った。

 なければないでなんとかなった・・・というよりは、ないとかなり困っただろうなあというレベルだったと思う。

 なんか、世の中(というか Booking.com とアイスランド?)のシステム自体が、「旅行者も常にモバイル通信や通話が可能なのが常識」という前提で成り立っていたような気がする。

 あの、何十キロにもわたって建物が見当たらないような国で。

 4年前の旧東ヨーロッパの時には「GPSの旅」というエントリを書いたが、あの時には、Wi-Fi のない場所でパソコンや iPhone を使おうとすらしていなかった(後で気づいたのだが、そもそも iPhone 自体持っていなかった! 買ったのはその年の秋であった・・・)。それでも、特に不自由は感じなかった。

 4年経って、今度は「モバイル通信の旅」。

 便利になったのか、不便になったのか。

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2016.09.06

■明朗会計

 アイスランドの物価は言うに及ばず、ヘルシンキの物価もけっこう高かった。

 だが、アイスランドとフィンランドに共通する美点があるようだ(フィンランドの方はごく限られた経験なので実際はどうかわからない)。
 それは、実に明朗会計だということである。たぶん、日本以上に。

 どこへ行っても、何を食べても買っても、あらかじめ表示された金額以外に一切の金銭を支払ったことがなかった。

 席料なし、お通し(突き出し)なし、サービス料なし、チップなし、「時価」なし、内税表示。

 常に、表示金額合計ぴったりを払えばそれで済んだ。

 外国はもちろん、日本だってなかなかこうはいかない。物価の高いのには閉口したが、いらぬ神経を使う必要がないのはとてもありがたかった。

 短いですが、以上です ^^;

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2016.09.05

■アイスランドダイエット

 ダイエットを始めて十数年になる。

 肝臓や血液に脂質が多すぎることを医者から指摘されて始めた。
 ごく最初のころこそ少しだけがんばったが、その後は日常の食生活そのものが恒常的ダイエットになっている。
 とは言っても、なるべく間食をせず、食事の炭水化物を減らすくらいで、特別なことは何もしていない。お腹いっぱい食べることは少なくなったが、ふだんはそれなりに満足感のある食事をしている。自然に小食になった感じだ。
 ___

 さて、アイスランドに来て、外食の物価が高いことをたびたび tweet してきた。
 ぜんぜん高級ではないふつうの食堂で食べた場合でも、スープが1500円くらい、メインの一皿が3500円から4500円程度かかる。
 パスタ一皿3000円、ケーキが1000円、ハンバーガーセットですら、2500円くらいしたりする。

 メニューには通常、スターターとしてサラダやスープがあがっており、メインコース、デザートとコーヒーみたいに注文するのがふつうなのかもしれないが、そんなことをすると一人で6500円くらいになる。
 実際、今日の夕食で私の前に会計していた男性は一人で食事した旅行者だったが、7000円ほど支払っていた。家族3人だと2万円仕事だ。

 たった一食で。

 食事は日に3度食べない訳にはいかない。
 休日に家でゴロゴロしているのならともかく、朝から動き出すことが多い旅行では、なかなか2食にもできない。

 今回は朝食がついていない宿も多かったので、朝食の心配までさせられた。朝食込みでない宿では、一人EUR10( ≒ ISK1300 ≒ 1200円)が相場で、それはつまり、3人の朝食が3600円になるということを意味する。
 これに昼夜を加えると、恐ろしい金額になってしまう。

 金額はともかく、たとえばスープの量も多くてほとんどは具だくさんなので、とてもそんなには食べられない。今日の夕食のスープはまだ上品なほうだったが、あのスープと、自動的についてくるパンを一人で食べると、それだけでもうお腹いっぱいになってしまう。

 というわけで、お財布にも体にも優しい食事を考えた結果(というほど考えてないけど)、多くの昼食や夕食で、スープとメインを一つずつだけ注文して3人で分けるということをしてきた。
 レストランの人からどんなふうに見られているかはわからない。多くの場合はすぐに理解してくれ、笑顔で OK というのが多かったが、数回は不審なというか怪訝な顔をされた。
 通常の一人分に満たないような料理を3人で食べるのだから当然だ。

 恐るべき窮乏家族である。

 それほどがんばって節約しても、一食5〜6千円。これはわが家の日常の外食予算を超えているし、それが毎日である。
 昼食はさらに節約して、ガソリンスタンド併設の売店でサンドイッチを買ってすませたりしたが、それでも3人で2〜3千円かかった。

 幸い、アイスランドの水道水は日本よりもおいしく、日本と同様、頼まなくても水が出てくるくらいなので、別に飲み物を頼む必要がない。
 4年前に旧東ヨーロッパを旅行していたとき、水より安いからと毎晩のようにグラスワインやビールを飲んでいた家人(お蔭で、酒飲みというのがどういう人種か知らない息子が、自分の母親のことを酒好きだと思ったりした)も、今回の旅行では一度も飲んでいない。

 さて、そうして出てきた一人分にも満たないようなスープとメイン料理を3人で分けて食べる。
 概ね、半分を息子が食べ、残りの半分を家人と2人で分けた。
 パンは自動的についてくるし、多くの場合は3人分出してくれたりしたので、それでもまあ必要十分な量があった。
 さすがに息子は若いので物足りないこともあったようだが、夫婦2人はそれなりにおいしい料理を控えめに食べて、だいたい満足していた。

 とはいえ、やはり絶対的な摂取カロリーがふだんよりは少なかったに違いない。
 それに、ほとんど車で走り続けるような旅だったが、かなり歩いた日も半分くらいあった。今、iPhone の Health アプリで確認すると、歩かなかった日ですら、日本の日常程度かそれ以上に歩いている感じだ。

 というわけで、最近ちょっと気が緩んでウエストがきつくなってきていたズボンが、今朝気づくとけっこう緩くなってきていた。
 帰国して体重を量るのが楽しみである。
 ___

 アイスランドダイエット、お勧めです。体重もお金もぐっと減ること請け合いです。

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2016.09.04

■ラテン系?

 今回の旅行に来るまで、アイスランド人に会ったことがなかった。

 最初に会ったアイスランド人がだれなのかわからないのが残念だ。
 乗り継ぎ便の搭乗時刻を冷酷に締め切ってぼくらを乗せてくれなかったばかりか、間違った場所を指示して絶望的な気分にさせた、アイスランドエアーのあのお姉さんが最初だとは思いたくない。

 それはともかく、こちらに来てからは欧米やオセアニアを中心に世界中から観光客が来ていて、だれがアイスランド人なのかがわからない。
 観光客の中にだってアイスランド人はいるだろうが、観光客以外ならアイスランド人なのかと思っても、たとえば、西北フィヨルドの田舎の集落で人気のワッフル屋さんをやっているのがベルギー人とデンマーク人の夫妻だとか聞くと、店の人だって結局はどこの国の人なのかわからないのである。

 こちらへ来て初めて本格的にコミュニケーションしたレンタカー会社の係員は黒人のおじさんだったが、あの人はアイスランド国籍なのだろうか。
 ___

 そういうことを書こうとしていたのではなかった。

 どこへ行ってもさまざまな言語が飛び交う中で、気づいたことがあるので紹介したい。

 それは、「にぎやかな(というか、うるさい)人たちだなあ」と感じると、その使用言語は100%、イタリア語かスペイン語か中国語か韓国語であったことである。

 もちろん、いろんな言語をすべて識別できるわけではない。だが、識別できない言語でうるさくしゃべっていた人は皆無であった。
 また逆に、(少しは)理解できる、もしくは識別できる言語で話している人たちのうち、うるさかったのは上記4言語の話者のみであった(念のため、この4言語の話者が全員うるさかったというわけではもちろんない)。

 イタリア人のうるささは、村上春樹がエッセイなんかでよく書いている。
 どこの国の人たちかはわからないが、今回はにぎやかなスペイン語の人たちにも何度か遭遇した。
 それ以外でうるさいのは中国語話者と韓国語話者だけだった。

 以上は個人的に経験した単なる事実の記述であり、以下は単なる感想である。

 もしかすると、中国人や韓国人はラテン気質なのではないだろうか。
 日本では、関西人、特に大阪人が「やかましい」ことで有名だが、やはりラテン気質なのだろうか。

 関西以外に住んだことがないぼくなのに、細かいことは気にしない、陽気で幸せなラテン系になれないことが恨めしい。

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2016.09.03

■不思議の国

 アイスランドには不思議な謎が多い。

 EU加盟の北欧国家だし(訂正:アイスランドはシェンゲン協定に加盟していて出入国管理なしに多くのヨーロッパ諸国と往来できますが、EUには未加盟です)、旅行した実感からも間違いなく先進国だと思うのだが、それをたった33万人の人口が支えているのが理解できない。そのことは既に書いた。

 やはりというか、さすがに道路整備は日本のようにはいかないようで、まず未舗装路がすごく多いし、立派な橋やトンネルはほとんどない。3000km近くを走って、トンネルはたった3つで、100mを超えるものは1つだけであった。
(後記:その後、レイキャビクの北にある大きなフィヨルドをショートカットする海底トンネルを通った。長さは5km強の有料トンネルだが、対面通行だった。)

 高架道路はほぼ存在しないし、斜張橋や吊り橋なんかもほとんどない。あってもごく短いものだけだ。道路整備に無尽蔵ともいえるようなお金を使える日本とは、やはり違う。
 ___

 国土全体に、畑が見当たらない。

 今日の夕食は、「地元で取れた野菜をふんだんに使ったサラダやスープ」を含んでいたので、畑がまったくないわけではないのだろうが、まったくといっていいほど見かけなかった。
 代わりにあるのは牧草地である。羊や牛や馬が放牧されている。特に羊の数は多い。間違いなく、人口より何倍も多いに違いない。

 不思議なのは、(氷河はもちろんだが)溶岩地帯を除いてどこにでも羊がいることだ。民家なんて何十キロもないような場所でも、羊が草を食んでいる。最初のころは、脱走羊とか野良羊とか「ストレイシープ」、まさかの Wild Sheep なのかと思った。
 だが、「なぜこんなところにまで」というような場所にいた羊も耳にタグを付けていたし、おそらくはすべてだれかの所有なのだろうと思う。

 でも、そうやってほったらかしにしている羊を、どうやって集めたり利用したりするのだろう。牧羊犬に類するものも見かけなかったし、ヨーロッパ諸国でよく見かける、羊を集めたり追ったりしている姿もまったく見なかった。
 ___

 田舎へ行くと、集落がほとんどない。

 多くは一軒家か、せいぜい3〜4軒までの民家がぽつりぽつりと、短いときには1kmくらいの間隔で、長いときには100km以上隔たって建っている。
 驚くのは、民家一軒に教会一つというような場所がいくつもあることだ。どういう歴史を経てそうなったのか、あるいは家を一軒建てると教会も一つ建てなければいけないのかわからないが、ものすごく贅沢というか無駄な気がする。だいたい、牧師とかもどうなってるんだろう。

 そして、近くの集落から遠く離れたそういった家をどうやって建てるのかがまたわからない。たとえば、もっとも近い村から100km離れたところにある家を、どういう手順で建てるのか。そもそも、その100km離れた村すら、人口は数百人とかで、建築業者なんてないと思うんだけど。

 さらに、そういう家にはたいてい立派な車がある。車がなければ何もできないしどこへも行けないような場所なのだから、それはまあ当然かもしれない。でも、たとえ車があっても、買い物なんかにどこまで出かけているのかと考えると、ちょっと気が遠くなる。まあ週に一回、往復200kmドライブとかをするのかと無理矢理納得するしかない。

 だがそれ以前に、どうしてそんな人里離れた家に住む人が、車を買える経済力を持っているのかも謎である。収入源はその辺に散らばっている羊なのだろうか。ほかに生業が考えられないのだが、羊はそんなに儲かるのか。儲かるにしても、放牧している羊をいつ集めるのか。そして、何をどのように出荷するのか。羊毛と肉?

 今こうしてこの文章を書いているゲストハウスも、未舗装路を走った先にある「大草原の小さな家」という感じで、近隣に住宅はまったくない。
 ここはまあ宿泊施設なので、日々いろんなゲストが来るわけなのだが、たとえばフィヨルドの斜面に貼り付いているような一軒家に住む人たちは、通常の生活を家族だけで完結させ、ふだんは他人との交流がほとんどないのだろうか。学校なんかはどうしてるんだろう、近くに病院とかはあるのだろうか(ないよね)。
 ___

 実際のところ、アイスランドの人口の6割以上が首都のレイキャビクとその近郊に住んでいるということだから、そちらの方がむしろ「一般的」なアイスランドなのかもしれない。
 私がこれまで見た中で、明白に街と言えるのはアークレイリだけだが、このアイスランド第2の都市ですら、人口は2万人に満たず、日本では市にすらなれない大きさだ。

 私が見てきた他の集落や、集落ですらない一軒家や数軒家が、いったいどのようにして先進国的生活を送れているのか・・・
 日本に帰ったら少し調べてみたいと思っている。

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2016.08.31

★ヒッチハイカーとサイクリスト

 ヒッチハイカーを乗せてあげたことはない。

 一度だけ、フランス北部をドライブ中に、気の迷いからブレーキを踏んでスピードを落とし、家人に咎められて再加速したことがある。
 喜んで駆け出すカップルをミラー越しに見ながら、申し訳なさでいっぱいになった。
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 アイスランドでは、すでに50人くらいのヒッチハイカーを見たかもしれない。それよりやや少ないサイクリストにも遭遇した。後者には特に、年配の人も多い。

 今日の後半など、210kmにわたって道沿いには店もトイレも何もなかったのだが、そんなところでも自転車を漕いでいる人がいた。
 いったい、どんなふうに日々を過ごしているのか、想像するのも難しい。
 ___

 長い道中のつれづれに、「彼(女)らはなぜヒッチハイクをするのだろう」と考えていた。

 経済的な理由も大きいとは思うが、それよりはむしろ、生き方というかそっちの問題だという気がする。

 彼らだって、ヒッチハイクでアイスランドまで来たわけではない。また、昔のように、貨物船に安い値段でもぐり込んで・・・というわけでもあるまい。
 結局は私と同じように、エコノミークラスの飛行機で飛んできたはずだ。

 たとえば2週間の旅行をするのに、小さい車を借りれば10万円もかからない。飛行機代が払えるなら、もう少しアルバイト?をがんばって車で走れば、あてのないヒッチハイクなどしなくてもよいのである。

 にもかかわらず、彼らはヒッチハイクをする。

 それはまず、旅行期間が2週間とか、そんな取るに足りない長さではないからだろう。たぶん、最低でも2〜3か月、もしかすると3年くらいかけて世界を回っている途中なのかもしれない。

 それに・・・

 いや、結局のところ、ぼくにはできなかったし、これからもできないことを彼らはやっているのだ。それには素直に敬意を表したい。

 サイクリストの方なら、自分の脚で走破したいという実感がほしいことはわかる。それでも、アップダウンの激しい、ときに未舗装の道を、文明に出会うまで(たとえば)210km走るとすれば、2日がかりになるだろう。

 彼らもまた、ぼくにはできないことを・・・
 ___

 それにしても。

 今回の旅行だけではなく、ヒッチハイカーを乗せてあげているところを見たことがない。どのくらい待てば乗せてくれる車が現れるのだろう。

 ぼくにだって、乗せてあげたい気持ちは十分ある。
 でも、第一にレンタカーの約款で禁止されているし、一人ならともかく、二人乗せることは物理的にほぼ不可能だ。彼らの荷物は大きいので、一人だってどうだか、という感じである。トランクはすでに、ぼくらの荷物だけで一杯なのだから。

 それに、あれこれ考えるうちに、実際に乗せてみないとわからないかもしれない問題に気づいた。

 彼らはかなりの臭気を発しているに違いないのである。ときにはたまらないくらいに。

 もしかしたら、ほとんどだれもヒッチハイカーを乗せてあげない最大の理由はそれかもしれない。車内が汚れるとか臭いとか。

 残念ながら、彼らの素晴らしい生き方をもってしても臭気や汚れを消し去ることはできない。

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2016.08.30

★アイスランドの道路事情など

 (このエントリは随時更新していきます。)

 アイスランドの道路事情は悪くない。
 High Lands と呼ばれる内陸部に行かなければ、おそらく問題はないと思う。どのみち、一般的なレンタカーで High Lands を走ることは許されていない。
 ___

 レイキャビク近郊にあるケプラビーク国際空港に着いたとき、「よくこんな立派な空港を維持できるなあ」と感心した。
 なにしろ、アイスランドの人口は33万人ほどなのである。そのうち、勤労者は20万人くらいだろうか。

 国外の旅行者がかなり寄与しているにしても、たった20万人ほどが納める税金で、(人口が計1千万人近い)北海道と四国を合わせた広さの国土のインフラを整備することが可能なのが、とても不思議な気がする。

 どんな田舎に行っても電気は通っているようだし(しかも電柱がない!)、水道水はおいしいし(一度だけ、山中のトイレで「飲めません」の表示があった)、ほとんどの水栓からお湯が出るし、水洗トイレ以外を見たことがない。
 そして、「いったいどこの惑星にいるんだ?」というような原野の真ん中にある宿でも、インターネットが通じる。
 ___

 さて、道路の話。

 これまでに2000km以上を走ってきて、アイスランドをほぼ3/4周した。その経験をもとに、レンタカーでアイスランドを回る方々の参考になればと、簡単に(レイキャビク以外の)道路事情を記しておく。
 (その後の経験も踏まえて更新しています。)

1.ほとんどの道路は片側一車線。ケプラビーク国際空港からレイキャビクに向かう道と、アイスランド第2の街、アークレイリの海岸通りだけは片側二車線だった。
2.田舎へ行くと、橋があるたびに一車線になってしまう場合がある。交互通行になるが、交通量が少ないのでそれほど問題はない。
3.ほとんどの舗装道路の制限速度は90km/h。街(というよりほとんどは「集落」)が近づくと70, 50と規制標識が出て、街が終わるまでは50km/h。学校の近くなどは30km/h制限もある。
4.ほとんどの未舗装道路の制限速度は80km/h!
5.客観的に危険な場合(センターラインで表示される)以外はほとんどの箇所で追い越しOK。交通量も少ないので、遅い車の後に数珠つなぎになることはない。
6.有料道路は(たぶん)存在しない。(後記:レイキャビクの北に、フィヨルドに沿って大回りするのを避けるための海底トンネルが開通しており、そこは有料(ISK1000≒900円)だった。)
7.信号はまったく!ない。もしかしたらレイキャビクにはあるのかもしれない(アークレイリにはあった。赤信号はハートマーク。レイキャビクにはふつうに信号があった。)。交差点は基本的に、ロータリー(中の車が優先)か、一方が徐行(ときに一旦停止)。
8.ヘッドライトは昼間も常時点灯が法律で義務付けられている(よく忘れる)。
9.下手をすると、200km以上にわたってガソリンスタンドがないことがある(実際あった)。小まめな給油が必要。同様に、トイレもないことがある。こちらも見つけたら用を足しておいた方が無難。
10.名所の駐車場はほとんど無料。シンクヴェトリル国立公園のみ、あちこちの駐車場1日券でISK500(≒450円)だった。アークレイリの街も無料で1〜2時間のところが街の中心地にすぐ見つかる。ただし、銀行かガソリンスタンドで無料の時計盤を手に入れ、駐車(到着)した時間をダッシュボードの上に表示しておく必要がある。紙に時間を書いて(Arrived time is 11:40 a.m. Thank you.)置いている人もいた。
11.私の乏しい経験からは、アイスランドほどクルーズコントロールが役に立つ国はほかになかった。私はマニュアルを希望したのにレンタカー会社の都合でオートマチックになったが、むしろよかったと思っている。マニュアル派の方も、クルコン付のオートマチック車を検討してはいかがだろうか。
12.ナビは不要だが、GPSはあったほうがよい。スマホにグーグルマップをダウンロードしておけば通信なしでつかえる上に自分の位置がわかって、必要十分。ダウンロードは一度にはできないが、アイスランドなら10回以下でほぼ全土をカバーできる。
13.ガードレールはほとんどない(西部にはたまにある)ので道路脇に飛び出したりしないように注意が必要。実際に飛び出している車を見た。

 日本のドライバーが驚くのは、未舗装路が多いことだろう。

 アイスランドをぐるっと一周している天下の国道1号線ですら、東部では未舗装区間がけっこうあった。おそらく西部はもっとひどいのではないかと思う(後記:未舗装区間はむしろ少なかった)。
 あるいはまた、ヨーロッパ最大の水量を誇るという滝(デティフォス)を、観光ガイドはさらっと「幹線道路の864号線から近く」と表現しているのだが、国道1号から分かれるこの「幹線道路」は全線未舗装で、滝までは30kmの道のりがあった。しかも、滝に近づくにつれて路面状態が悪くなっていった。
 今泊まっている宿に来る道も、10km以上にわたって未舗装だった。

 ただ、多くの未舗装路はフラットダートで、ライン取りにさえ気をつければ実際に80km/hで巡航できた。それでも、日本のドライバーは未舗装路自体に慣れていない人が多いだろうから、路面状況には細心の注意が必要である。

 もう一つ注意すべきなのは、わき見と居眠りである。

 あまりにも見慣れない壮大な景色(というより「光景」)が広がるので、わき見運転などしないように気をつけなければならない。
 ほとんどの車は100km/hくらいで走っているため、センターラインを超えると相対速度200km/hで衝突しかねず、おそらくは即死する。

 私の場合、わき見は大丈夫だと思うのだが、居眠りの方は自信がない。
 これまで走った道は、たぶん例外なく、路側帯とか車道外側線とかそういうものは一切存在せず、文字通りの片側一車線のみであった(北西部には車道端に線を引いている道があったが文字通り端に線があるだけ)。したがって、車を停めるスペースが皆無の道が十数kmくらいは続いたりして、眠気を催したりしても、停めて休憩する場所がない。

 仕方なくだましだまし走り続け、万一意識が飛ぶと「200km/hで衝突」ということになりかねない。私自身、「どこかに停めて寝なければ」と思いながら、いつまでも場所が見つからず、一度ひやっとさせられた。
 ___

 あ、ついでに。
 ガソリンは高い。リッター170円くらいか。軽油は160円くらい。でも、他の物価に比べればむしろ安いとも言える。今のところ、アイスランドへの大きな不満は、物価が高いことだけだ。

 アイスランドの名所の多くは、公共交通でのアクセスが事実上不可能に近い。レンタカーを利用して安全な旅を楽しみたい。

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2016.08.26

★前途多難

 アイスランドを訪れる人の多くは、ブルーラグーン(水色の温泉をたたえた湖)と首都のレイキャビク、それに、ゴールデンサークルと呼ばれる、大地の裂け目(ギャオ)や間欠泉や滝などが見られる地域だけを観光するらしい。

 ぼくたちも、アイスランド観光の実質初日、国際空港近くの宿を出て、ブルーラグーンからレイキャビク近郊を経て、ゴールデンサークルの一部を回った。レイキャビク自体にはまだ足を踏み入れていない。

 この地域は、アイスランドでもっとも観光化されているはずだ。実際、ブルーラグーンやギャオには100人を超えるくらいの観光客がいたと思う。後者には、見渡せるエリアで数百人はいたかもしれない。
 ___

 5か月前、「何もない荒野をお腹を空かせながら延々走り続けることになるんだろうなあ・・・」と書いた。だから、初日に起こった出来事は「想定外」ではない。
 でもまさか、アイスランド最大の観光地を回りながらそんな目に遭うとはさすがに思っていなかった。

 海外を旅行するときにまずすることは、通りがかりにスーパーマーケットを見つけてミネラルウォーターを大量に購入することだった。
 ところが今回は、どれだけ走ってもスーパーなんて見つからなかった。それでも、その時点ではまだ、「天下御免の大観光地に行くんだから」となめていた。

 ところが、ブルーラグーンの周囲にすら、店は一軒もない。そこからギャオに向かう途中、食事ができそうな場所はケンタッキーフライドチキンただ一軒だったが、アクセスがわかりにくくて通過してしまうと、もう一切のレストランもカフェもスーパーもなくなってしまった。
 ほどなく、溶岩原をえんえんと走ることになった。

 もはや、どんな建物も存在しない。

 お腹を空かせているのはまだしも、喉の渇きには閉口する。やっとのことでギャオを擁する国立公園の入口あたり、きれいな湖を見下ろすロードサイドに車を止めた。
 数台の車がいて、韓国人の女の子が4人、ピクニックランチを楽しんでいた。

 しばらく景色を眺めた後、思い切って話しかける。「アンニョンハセヨ。Do you speak English ?」
 その食べ物や飲み物はどこで買ったのかと聞くと、質問の意図がわかったのだろう、苦笑いしながら「レイキャビク」と声を揃えて答えた。こちらも脱力した笑いを浮かべながら「レイキャビク・・・」とつぶやく。
 「カンサハムニダ。アンニョンヒカセヨ。」

 幸いなことに、しばらく走るとギャオに着き、水を買うことができた。ただし、500mlで300円。いつものヨーロッパなら、それで6リットルくらい買えるだろう。

アイスランド一周なんかやめて、レイキャビクから半径100kmくらいだけの範囲でのんびりするのはどうだろう? それなら悲惨な目に遭うことは避けられそうな気もする。
とも書いた。
 だが、レイキャビク近郊でも、こんな目に遭うのだ。

 前途多難である。

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2016.08.24

★Welcome to HEL(L)

 あらゆる障害を乗り越えて、フィンランドのヘルシンキまではたどりついた。

 東日本を襲った台風はむしろ、われわれには味方して、フライトがキャンセルになった乗客でホテル(日航関西空港)があふれたために、望外のアップグレードを得、ワンフロアに1部屋しかないスイートに泊めてもらった。
 台風の被害を受けた方々には申し訳ないが、それはちょっとした僥倖だった。
 しかしその時、すでに「運を使い果たしたのではないか」という不安がまとわりつきはじめていた。

 定時運行率世界一だか欧州一だかを誇るフィンランド航空は、定刻より10分早く出るというので喜んでいたが、関空での離陸許可が遅れ、結局定刻くらいの出発になった。
 順調なフライトで、定刻にヘルシンキに着く。

 着陸前、フライトアテンダントがやってきて、「乗り継ぎ時間が短いので機の前方に移動してください」と配慮してくれた。お蔭で、15分ほどだけではあったが、ビジネスクラスの旅ができた。

 そこまではよかったのだ。

 だが、単にアイスランドのレイキャビクへと乗り継ぐだけなのに、降機後にセキュリティチェック・入国審査・税関と一通りの洗礼を受けなければならなかった。
 (入国審査は、日本人と韓国人だけはVIP扱いの別レーンでスムーズ、税関は申告なしで素通りしたが、セキュリティチェックで人の話を聞かない家人がひっかかり、数分をロスした)。

 当初からわかっていたのだが、乗り継ぎ時間は40分しかないのだ。
 しかも、実際には出発の15分前にゲートが閉め切られたので、25分しかなかった。

 降機後の一連の洗礼に、バスでのターミナルへの移動、遠くのゲートまでの必死の競歩を加え、アイスランド行きのゲートにぎりぎり滑り込んだ(と思った)。

 ゲートの係員は、われわれを待ち受けていて名前を呼ぶ。

 おお、よかった、間に合った!と思ったのも束の間、ゲートは7分前に閉めきったのでもう搭乗できないという。
 その時点でまだ出発時刻まで8分もあった。少しは食い下がったがやはりどうにもならない。

 教えられたフィンランド航空の乗り継ぎ案内窓口の場所も間違っていた。途方に暮れていたとき、降りてきたパイロットに聞くと親切に連れて行ってくれたのは本当にありがたかった。

 関空からヘルシンキまでの飛行機は満席だったのに、そこからアイスランドへ行こうなどという酔狂な物好きはわれわれ3人だけだったらしい。
 乗り継ぎ窓口の係員は親切にいろいろ対策を考えてくれるのだが、結局のところ、

1.コペンハーゲン経由レイキャビク 21時着
2.ベルリン経由レイキャビク真夜中着
の2択になった。
 もちろん1がいいのだが、コペンからレイキャビクへの座席が確約できないという。もしダメだったら、もう次の日のフライトになってしまう。
 最終的に、2番にせざるを得なかった。

 手続きにものすごく時間がかかったので、その間に電話を借り、レンタカー会社に連絡した(「無料のWifiがあるので、公衆電話はもうどこにもないだろう」と言われた)。

 終わってから、今日の宿にメールした。空港近くの宿なのでこういうことには慣れていて、何時になってもセルフチェックインができるシステムのようで、助かった。
 ___

 今ごろは、もうアイスランドに着いているころだ。だが、いまだにヘルシンキの空港にいて、さらに1時間後のベルリン行きのフライトを待っている。
 それにしても、どうしてベルリンなんかに行かなければならないのだ??

 KIX(関西国際空港)からHEL(ヘルシンキ・ヴァンター国際空港)へ。

 Welcome to HEL(L)という声が聞こえてきた。

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2016.08.20

★旅のおとも

 何もかもが初めてだった二十歳のときのヨーロッパひとり旅の際は、「帰国するまで日本食を食べない」という青臭い誓いをたてて出かけた。

 だが、1か月を過ぎてから、最後の街となったパリでちょっとしたホームシックにかかり、もうどうでもよくなって焼き鳥やらラーメンやらを食べ、そのおいしさに身震いしたものだ。

 味覚というのはどうしようもなく体に染みついているんだなあと実感した。

 その後の旅行では日本食云々のこだわりはない。それでも、できるだけ現地の食べ物を食べたいとは思っている。
 だからというわけではないが、海外に出るのに日本から食べ物を持っていったことは一度もない。そもそも、そういう発想がほとんどなかった。

 しかし、今回の旅行では初めて、インスタントラーメンとレトルトカレーを持っていくことにした。

 向こうでそのふたつが恋しくなるからではない。以前ここにも書いたとおり、ホテルから一番近いレストランが50km以上先で、かつ、一人一食3千円以上かかるとか、そういう状況に陥る可能性が非常に高いからだ。

 いわば非常食である。

 以前、アメリカの田舎(今調べたらワイオミング州だった)で恐竜化石の博物館だかに行った際にちょうどランチタイムになり、そこでは何も食べられそうになかったので、学芸員?に「近くにレストランはありませんか」と聞くと、「30マイル(≒50km)以上走らないとない」と言われて驚いたことがあったが、今回の旅行ではそういうのが毎日のことになりそうで怖い。

 アメリカの砂漠的田舎には行くたびに驚かされているが、アイスランドほど見捨てられた最果ての地を旅した経験はない。まさに deserted island という趣きだ。

 アイスランドの人口がたった30万人ほどだというのは知っていた。だが、旅行の計画をたてはじめるまで、これほどまでに荒涼としたところだとは思っていなかった。
 何といっても北欧なのだというバイアスが、目を曇らせていたのだろうと思う。

 人口密度は日本の100分の1以下。世界でも5本の指に入るほど、人が少ない国なのだ。
 そして、国土のほとんどは火山か溶岩か氷河である。

 なのに、というか、だから、なのか、物価はべらぼうに高い。

 少しでもマシなところに宿泊できるようにがんばるのに必死で、それなりの宿が確保できたら、もうゲームオーバーというか、Mission accomplished という感じだった。
 そのせいで、肝腎の「どこに行きたいか」についてはまだほとんど考えていない。

 まあ、飛行機の中でだって、時間はたっぷりある。滑走路から無事に脚が離れれば。

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2016.08.19

★滑走路から脚が離れるまで

 いちおう仕事を片付け(というか、先送りできるものは先送りし)、やっと旅行モードに入りつつある。

 これまで、「ほんとに行ける日が来るのだろうか」といういつもの感覚がずっとつきまとっていた。
 いつもと違うのは、飛行機とレンタカーを3月に予約してから5か月もの長い期間があったことである。

 病気や怪我から、火山の噴火まで、ありとあらゆる障害が旅を不可能にする。

 一番大きかったのは、複数の身近な人物に問題が生じるかもしれないということだ。
 入退院を繰り返してる老人たちは、今は幸いみんな家にいて、健康とはほど遠い状態ながらもなんとか暮らしている。

 ありがたいことだ。

 だが、今これを書いている右横にも「志村けん 入院し舞台中止に」というニュースが見える。
 まだまだ安心できない。老人たちだけではなく、私たちにだって何が起こるかわからない。
 何も起こらなくても、すでに五十肩で、ふつうに仰向けで寝ることすらできないのだ。

 大した影響があるわけではないが、今日だって、家で旅行のための書類を印刷していると、何の前触れもなく突然プリンタの電源が落ち、二度と入らなくなった。

 台風も近づいている。

 以前は、「何か急な仕事が・・・」ということにまで頭を悩ませていた。しかし、今となっては、そんなことは起こりえないと思える。
 それだけでも恵まれていると言わざるをえない。

 それでも、安心はできない。

 飛行機のチケットを購入した旅行会社からは、「毎年パスポートお忘れによりご出発」「いただけないお客様が多発しております」というメールが届いた。

 多発!

 ほんとうに、何でつまずくかわからない。

 今回は、下手をするとパスポートの切替や国外運転免許証の取得も忘れかねないところだった。
 他に何か忘れてることはないだろうな・・・ そもそも、出発日は合っているのだろうか。

 おそらく、いつものように、関西空港の滑走路から旅客機の脚が離れた瞬間に、やっと、「ほんとうに、行けるんだ」というあの安堵が訪れるに違いない。

 でも、あらゆる障害(今のところ台風がいちばん問題かも)を乗り越えてそこまでたどり着いても、ヘルシンキでの乗り継ぎ時間が40分しかないという事実がおそろしい。

 定時運行率が最高レベルのキャリアだというのだが、それでも9割くらいである。今回は、ヘルシンキの滑走路から脚が離れるまでは安心できない気がする。

 まあとにかく、何ごともなく平和に日々が過ぎてほしい。

 なにも、われわれの旅行のためだけではなく・・・

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2016.08.17

★The Walk

 いやあ・・・ こんなすごい人(Philippe Petit(フィリップ・プティ))が存在した(といってもまだ存命中らしい)なんて、まったく知らなかった。

 必見の映画。

 見終わってから、ロバート・ゼメキスの作品だと知った。それもやっぱりすごい。

(The Walk, 2015 U.S.A.)

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2016.08.14

★早寝早起き

 ふと気がつくと、8月に書いたものが一つもない。もう半ばだというのに。

 理由はおそらく、「早寝早起き」を始めたことだと思う。長い話を省略すると、五十肩がきっかけで通い始めた鍼の先生に言われてそうするようになった。

 前の職場を辞めてから25年以上、早寝早起きとは無縁だった。

 むろん、早起きしなければいけないときはままあるのだが、それが直接早寝には結びつかないし、ふだんはとにかく「不規則な生活」をしていた。

 子どものころからずっと、各方面から「早寝早起き」「規則正しい生活」を言われ続けているのだが、実行できたためしがない。

 ただ、唯一、前の職場に勤務していたころの一時期は、そういう生活に近かったと思う。
 「朝の涼しいうちに勉強しましょう」というのを、言われる方から言わされる方になって初めて、夏休みの午前中は午後より涼しいのが本当だと知って驚いたものだ。

 でも、そのころでさえ、20代半ばの若さで、勤務時間だって長くないのに、ふつうに疲れていた。

 50になって不規則な生活をしていても、当時とそんなに変わっている気がしない。
 つまり、「規則正しい生活」が何かを改善するという実感を持てないのだ。だからやる気が起きない。

 鍼の先生に言われて、コーヒーだって紅茶だって(いただきもののプーアール茶すら)やめている。そして代わりに毎朝、これも指導されたニンジンジュースなんかを飲んでいる。

 これで、体調がよくなったとか、疲れなくなったとかいうのならありがたいのだが、そんな実感はほとんどない。

 ブログが書けなくなっただけである(笑)
 ___

 毎日、なにか一つでも楽しかったことがないと、寝る気がしない。

 だが、楽しみなんか、そう簡単に得られるものではない。仕事で得られればいうことはないのだろうが、そういう日は多くない。
 今のところ、洋もののテレビドラマか映画を見るのがお手軽な楽しみになっている。

 憂き世のつとめを果たして液晶パネルを見たりすると、もう「早寝」の時間になってしまう。いちおう11時なのだが、往々にして12時近くになるし、時には越える。

 まあそれでも、だいたいは早寝早起きをしていると、のんびりブログなんかを書いている時間はない。残念なことだ。

 収穫があるとすれば一つだけ、これまではだれが何と言おうとまず絶対に無理だと思っていた早寝早起きが、案外簡単にできるのを知ったことである。

 まさか、自分にそんなことができるなんて・・・

 要は、やる気になるかどうかだけの問題のようだ。

 でも、だからといって特に体調がよくなったわけでもないし、他のことにやる気がでるかというとそんなこともない。

 なのに、いちおうこの生活が続けられているのが不思議である。きっとそのうちどんどんいいことが起こってくると思いたい。

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2016.07.31

●失われた?ブッポウソウを求めて

 ブッポウソウという鳥がいる。体長がハトより少しだけ小さくて、体つきはスリムな、濃い青色系の美しい鳥だ。
 小鳥としては最大級である(いや、小鳥と言えるかどうかちょっと微妙な大きさかも)。

 好きな鳥の一つだ・・・と言いたいのだが、何しろ実際に見たことすらないので、好きと言えるかどうかわからない。

 自宅周辺では一切お目にかかれない珍しい鳥である。
 ただ、繁殖期に出向くと必ず見ることができる場所があると教えていただいたので、今年は思い切って出かけることにした。
 まあ、岡山県だから「思い切って」というほどのことはない。だが、鳥を求めて旅行をすること自体、私にとってはまずないことで、それだけ情熱が大きいことは間違いないだろう。

 珍しく、家人も息子も行きたいという。3人のスケジュールを合わせると7月末になってしまった。

 ちょっと遅くないかなと思ったものの、ウェブで調べると、「ヒナが巣立って個体数が一番多い時期」みたいに書いてあるので、ダメもとで出かけてみた。一泊ではあるが、家族で旅行するのも久しぶりだし。

 しかし、ダメもととはいえ、これほどダメだとは思っていなかった。個体数が多いかどうか知らないが、たとえ数十羽くらい?いるとしても、広大な山里で見つけるのは至難の業である。

 もともと、あちこちに繁殖用の巣箱がかけてあり、そこで育雛するからこそ確実に見ることができるのだ。ヒナに餌を与えるため、親は一日に150回ほども巣箱を往復するという。

 でも、ヒナが巣立った後は、もぬけの殻。
 ブッポウソウにとっての巣箱は、われわれにとっての家のようなものではなく、巣立ちまでの仮の宿りなので、ヒナが飛べるようになってしまうと、基本的には戻ってこない。

 最初に立ち寄った道の駅で、「もう10日ほど前からどんどん巣立って、今は「カメラマン」もいない」と言われたときには相当脱力した。
 ブッポウソウがいる場所を探したければ、「カメラマン」が集まっている場所を探すのが一番だからである。

 結局、この時期にブッポウソウを見に来た間抜けはわれわれだけだったらしく、次に立ち寄った「ブッポウソウ案内所」はまったくの無人だったし、「カメラマン」やバーダー(バードウォッチャー)にも一人として出会わなかった。

 それでも、つい先日、24日まではまだ巣立ち前のヒナもいたらしい。
 ___

 諦めきれず・・・というわけでもないが、一番いいポイントだと言われている場所に車を駐めて、ブッポウソウを探す。
 人も!鳥も、やはりまったく気配すらない・・・と思っていると、家人が稜線上を飛んでいく2羽の鳥を見つけた。

 双眼鏡を向けるが、遠すぎて何かわからない。黒い鳥に見えるけれど、飛び方がカラスとは違う・・・と見るうち、紛うことなき翼の白斑が目を射た。

 ブッポウソウだ!

 山頂付近にある薄緑のアンテナにとまる。結局、3羽とまった。望遠鏡を向けてみても、黒っぽい鳥がいることしかわからない。

 だが、ともかくも、ブッポウソウ初認。まったくのボウズよりはよほどいい。
 家人と息子は白斑を見ていないので、見えたのは単なる黒っぽい鳥のシルエットだけなんだけれど。
 ___

 それだけが目的ではなかったにせよ、高速道路を走ってホテルに泊まってこの結果。

 うーん。来年こそは、高速道路を使わずに日帰りとかキャンプとかで繁殖まっさかりの時期に来ようと思った。

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2016.07.27

●安くておいしい?ランチ

 このブログのメイン(いや、サブだな、「空と旅と風景と」がメインなんだから ^^;)テーマの一つは、「安くておいしいランチ」である。

 今も常に探している。

 「おいしい」の方をクリアするのは、特に贅沢を言わなければ比較的簡単だ。
 だが、そういうランチは、どうかすると2000円を超えてしまう。とても日常的に食せるものではなく、「安くて」をクリアできない。

 このブログを始めたころには、前菜にデザート・コーヒーまでついて1000円というパスタランチが職場の近くにあり、それがいわば基準になっていたのだが、そんなものはもはや望むべくもない。

 当初は上限1000円だった予算も、下手をすると千円台後半になってしまった。先日のように、時には2千円を超えるランチすら一人で食べる羽目になる。

 そんな中・・・

 今日のランチは378円!であった。

 もちろん、特においしいということはない。だが、日常の昼食として何の問題もない。値段を考えればおいしいと言ってしまってもいいくらいだ。

 「無添 くら寿司」の新製品、「シャリカレーうどん」である。あの北大路欣也が「新作にしてまさに名作」と、(おそらく)食べもせずに宣伝しているアレだ。
 (後記:CMでは、いちおう口にはしてますね。)

 昼時を外したのに、夏休みでもあるせいかやや混んでおり、でてきた料理にも若干の「やさぐれ感」はあるものの、許容範囲内である。

 提供されるまで10分近くかかったので、お腹がすいていたこともあり、目の前を流れるお寿司を一皿つまもうかという誘惑にかられたが、やめておいてよかった。
 「シャリカレーうどん」だけで十分なボリュームだ。

 くら寿司には、カレーやラーメンが各種揃っている。今度はラーメンを食べに行こうと思う。

 (後記:ラーメンは質・量ともに明らかにサイドメニューで、それだけではランチにならなかった。しかも、「旨辛とんこつ」のはずなのに、思いっきりカツオだしの効いた和風の味であった・・・)

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2016.07.23

● Pokémon GO よりバーディング ^^;

 子どもたち、外に出て遊ぶ、自然の中で昆虫を捕まえる──。私たちがつくりたいゲームは、みんなが家の外に出て、もっと歩き、新しい場所へ向かい、友達と楽しむゲームです。そんなゲームで遊ぶことは、人生をより豊かに、そして世界を良い方向へ変えると信じています。(John Hanke:Niantic, Inc. のCEOで Pokémon GO の開発者)(asahi.com)

 うーん、そんなきれい事を言うんだったら、やっぱりほんとに昆虫採集をしたりバーディング(バードウォッチング)をしたりした方が何百倍もいいと思うんだけれど・・・

 だれか、「探鳥 GO」とか作ってくれないかな(笑)

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