2017.12.10

★「風」のコペルニクス的転回

 はしだのりひこ氏が亡くなり、お名前を正確に存じ上げなかった程度の私にも、追悼の声が耳目に入ってくる。

 音楽シーン?で言うと、私から見て2世代くらい上なので、残り香を少し吸いながら青春時代を過ごしただけだ。

 そんな私でも、「花嫁(は夜汽車に乗って)」と「風」はかなり耳になじんでおり、特に「風」はけっこう好きな曲だ(と思っていた)。

 ♪人は誰も ただ一人旅に出て
  人は誰も ふるさとを振りかえる
  ちょっぴり淋しくて 振りかえっても
  そこにはただ風が 吹いているだけ
  人は誰も 人生につまずいて
  人は誰も 夢やぶれ振りかえる

 そこには、無常観というか諦観というか、でもそれらには還元されつくさない感傷というか、そういうものが色濃く漂い、情けなさや惨めさを噛みしめながらも、そんな自分を愛おしんでいるような、ちょっとナルシシスティックな哀切さがうまく表現されていると思う。

 2番の歌詞になっても、その甘ったるい哀調は続く。

 ところが、3番になると、途端にコペルニクス的転回が起こり、まったく歌の意味が変化してしまう。

 そのことを昨日まで知らなかった。

 思えば、この曲を聴くときはほとんど1番だけであった。
 「♪プラタナスの枯れ葉舞う冬の道で」には聞き覚えがあるので、2番を聴くこともあったのだろう。
 同じ2番の「♪人は誰も 恋をした切なさに 人は誰も 耐え切れず振りかえる」という歌詞には聞き覚えはないが、今となってはもちろんよくわかる。

 なのに3番・・・

 ♪振りかえらず ただ一人 一歩ずつ
  振りかえらず 泣かないで歩くんだ

 なんなのだこれは?

 これがこの歌のメッセージなのか。

 ♪何かをもとめて 振りかえっても
  そこにはただ 風が吹いているだけ

だから、

 ♪振りかえらず ただ一人 一歩ずつ
  振りかえらず 泣かないで歩くんだ

というのか。

 世界観がぶちこわしである。
 1番と2番の素晴らしくも情けなくも愛すべき感傷は、こんなありきたりのお説教に回収されてしまうのだろうか・・・
 ___

 もしかすると、私にこの歌を教え聞かせた世代の人たちも、今の私と同じように考えていたのかもしれない。
 だからほとんどの場合は1番だけ、たまに2番までは紹介したり歌ったりしても、3番は耳に入らないようにしたのだ。
 授業時間の制約だとか、放送の都合だとかではなかったと信じたい。

 それでも、メッセージソングとしての「風」が発する教訓はやはり明確である。
 繰り返すが、「♪何かをもとめて 振りかえっても そこにはただ 風が吹いているだけ」だから、「♪振りかえらず ただ一人 一歩ずつ 振りかえらず 泣かないで歩く(べきな)んだ」ということになる。
 だとすると、1番2番は、そのメッセージを引き出すための単なる前振りということになってしまう。

 いやいやいやいや・・・

 「♪振りかえらず ただ一人 一歩ずつ 振りかえらず 泣かないで歩く(べきな)んだ」とは思いつつも、やっぱり振り返ってしまって、そこにただ吹いている風の音を聴いてしまう自分の感傷に浸っている、そんな歌だと思っておきたいというのは、ただの悪あがきだろうか。

 私がそういう情けない男だというだけのことか・・・

 でも、ボブ・ディランの "♪The answer, my friend, is blowin’ in the wind, the answer is blowin’ in the wind." を意識していないはずはない「風」という曲が、「振り返っても風が吹いているだけだから、振り返らず前を向いて一歩ずつでも歩いていくべきなんだ」なんていう安っぽくてわかりやすいお説教で終わっているとはとても思えないんだけれど。

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2017.12.03

★美山の銘木工芸と京北の手打ち蕎麦

 やっと扇風機も片付けて庭の草引きもできたので、ツーリング日和に誘われてバイクで京北に向かった。

 もともとの目的地は、高さが日本一と二に最近認定された、花脊の三本杉(大悲山峰定寺神木)だったのだが、もろもろの状況を勘案し、駐車場の下見だけして帰ってきた。
 確か現地まで90km足らずだったので、「まあまたいつでも来られるし」と思った後、この「まあまたいつでも」がいつまで続くのかとちらっと考えたが、ほぼ確実には行けるはずだ・・・

 結局、今日のイベントは、美山の銘木工芸のスプーン2本購入と、京北のこだわり手打ち蕎麦の昼食となった。

 本来は、なくしてしまったお気に入りの箸置き(どうして箸置きなんかがなくなるのか・・・)を買う予定だったのだが、思ったのがなかったので、牛乳パックでヨーグルトを作るときに混ぜるための長いスプーン(1296円)と、杢の美しいレンゲ(1404円)を手に入れた。
 支払うとちょうど2700円で驚いたのだが、2500円の8%は200円ぴったりになるのだ。本体価格はそれぞれ1200円と1300円でシンプルだった。
 お気に入りの「銘木工芸 山匠」の製品である。

 もう一つ、蕎麦がすごかった。

 自ら栽培した、無化学肥料・無農薬の蕎麦の実しか使わないというのだ。
 2017年は台風なんかのせいで不作だったので、冬の間(12月11日〜3月30日)休業しても、5月くらいには蕎麦粉がなくなってしまいそうだという。
 その後は、10月中旬ごろの新蕎麦の収穫まで、また休業ということになるらしい。土日の昼にしか営業していなくてもそうなのである。

 ご主人の生家だという古民家を改装した素敵な建物の中に、薪ストーブが燃えている。ご夫妻(だろう)のお人柄もお蕎麦も素晴らしい。
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 帰りは100km以上をほとんどノンストップで走った。久しぶりのバイクである上に、草引きが祟って筋肉痛で、最後はなんだか左足が痺れてきた。帰宅した時は這々の体という感じだったが、昨日息子が買ってきてくれていたショートケーキを食べ、少し夕寝をすると生き返った。

 風景はむしろ冬枯れていたが、すがすがしい晴天に薄い高層雲の美しい、いい日であった。
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 京北そば みこく
   二八蕎麦850円、十割蕎麦1000円など。
     お釜で炊いたご飯もおいしいらしい。
   11:30 - 14:00(土日のみ営業、蕎麦がなくなり次第終了)
   京都市右京区京北上黒田町川間12
  (京都市内だと思ってはいけません。旧京北町の山里で、
   四条河原町からだと車で1時間以上かかります。)
   2017年の営業は12月9日(土)10日(日)で終了。
   2018年の営業は3月31日(土)開始。

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2017.11.27

●夏炉冬扇

 これから書くこととタイトルとがずれているような気もするのだが、こういうときにでも使わないと、まったく無駄に言葉を覚えているだけのような気がするので使ってみた。
 もしかしたら現実にこんな言葉を使うのは初めてかもしれない。それはともかく・・・

 リビングに、まだ扇風機が鎮座している。

 片付けなければと思いつつ、どんどん冬が近づいてくる。もしかするともう冬かもしれないし、このままだと12月に突入するのは間違いなさそうだ。

 冬扇である(「とうせん」だけだと変換できなかった)。

 何年前かの秋に、「まだ扇風機を片付けていない」という話をすると(毎年の恒例なのかも)、鳥見仲間のお姉様が「うちはもうストーブ出したわ」とおっしゃるので、「ええ? もう出されたんですか? さすがにストーブはまだ要らないでしょう」と申し上げたところ、「何言うてんのん。ストーブ[を]出さな[いと]、扇風機[を]片付けるとこ[ろ]がないねやんか」と言われて妙に納得したのだが、要らないストーブを出してまで扇風機を片付けたいという季節感重視(というか整頓好き?)にはちょっと感心した。

 今年はもう冬も近いので、うちもストーブは出した。それは必要だからで、必要なことはいちおうやるのである。だが、扇風機は別に片付けなくても、邪魔になる以外の支障がないので、一段ハードルが高い。片付け前には掃除もせねばならないし。

 扇風機を片付けられないほど忙しいわけではない。というか、世間の会社勤めの人たちとは比べるのも申し訳ないくらいだと思う。
 それでもやっぱり扇風機が片付かないのは、どこか余裕がないからなのだろう。

 食器を洗ったり洗濯物を畳んだり掃除をしたり・・・は日常的にやっている。というより、やらざるを得ない。
 やりたくもなく、やらなくても何とかなるようなことができるような生活が、精神的に余裕があるということなんだなあと思う。

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2017.11.19

●上海瞥見(特別編 番外)

 「上海瞥見」とは関係ないのだが、帰国後日をおかずして読んだ新聞記事に驚かされた話を番外編として。
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 北京オリンピックにあわせて中国の新幹線が開通し、北京と天津(わずか120km)を結んだことは多くの人が知っているだろう。
 だが、その後の情報はと言えば、事故を起こして車両を埋めた・・・くらいのことではないだろうか。少なくとも私はそうであった。

 ところが、知らないうちに新幹線開通ラッシュが続いており、現在では高速鉄道網と言えるほどのネットワークが既にできあがっているのである。2008年の最初の開業からたった10年足らずで・・・

 記事(2017.11.15)によると、中国の高速鉄道の営業キロは2016年末で2万2千キロにも及び、これは、全世界の高速鉄道の2/3を占めるという。その9年前にはゼロだったのに。
 しかも、2020年に3万キロ、2025年に3万8千キロまで延長する予定だというのだが、実績を知らなければ一笑に付したくなるような数字だ。

 なにしろ、東京オリンピックにあわせて開通した日本の新幹線が、その後50数年をかけて築いてきたネットワークが、たった3千キロに満たないのだから。

 環境アセスメントや土地収用などに手間暇がかからないことや、国土自体が広大なことを考えても、10年かからずに2万2千キロというのはやはり驚異的だ。
 日本に限らず他のどんな国だって、こんなことは夢にも考えられないだろう。

 営業速度が 350km/h というのも、世界一である。
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 中国の新幹線技術は、もちろん、日本やフランスやドイツのものをもとにしている。また、「死亡事故ゼロ」をうたう日本の新幹線と違い、少なくとも一度は大事故を起こしている。

 しかし、これほど短期間でこれほどの高速鉄道網を築き、ほとんど事故もなく現実に日々運用しているのは、素直に敬服に値する。

 中国は明らかに問題の多い国だ。
 政府はもちろんそうだが、その政府自身が認めているように、国民にも「非文明行為」(マナー違反)が日本以上に見られる。

 健全な批判をするならまだいいのだが、日本のマスコミ報道やネット世論を見ていると、中国の悪いところをあげつらって溜飲を下げるかのような論調も目立つ。
 あるいは、今回の高速鉄道網の記事もそうだったのだが、先方の偉業を記事にしながら、なんだか「上から目線」であったりもする(それは、かつて(今もか)欧米が日本を見ていた視線とも重なる)。

 そういう報道を浴びてきた私自身、知らず知らずのうちにそういう見方に感染していたのかもしれない。だからこそ、初めて触れた現実の中国のすごさに驚くのだ。

 長大な橋、広大な空港、リニアモーターカー、あらゆることの機械化・電子化、高速鉄道網・・・ 中国はもはや、そういった分野で世界の先頭を走りつつある。

 そうそう、広州モーターショーを報じた朝日新聞の記事(2017.11.18)の見出しには
「新エネ車 先を行く中国」とあり、リードには
「出遅れていたトヨタ自動車」とある。記事には、トヨタ・日産・ホンダなど日本メーカー各社が
「中国メーカーからは、引き離されている感が否めない」とまで書いてある。

 自動車で中国に引き離されている???

 いくら電気自動車の話に限るとはいえ、それが現実なのである。

 欠点をあげつらって溜飲を下げている場合ではない。

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2017.11.16

●上海瞥見(特別編 その2)

 タクシーの車中にて。
 この写真が現在の上海の一側面をよく表していると思う。
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2017.11.14

●上海瞥見(特別編 その1)

 上空から中国を見下ろしたことは何度かある。だが、高高度を飛行中のことで、感嘆するようなものは見つけられなかった。

 今回、上海の浦東空港に着陸しようとしている機内から目にした、中国との初めての出会いは、衝撃的なものだった。

 「何だあれは!?」というような、この世のものとは思えない海上橋が窓から見えたのである。
 最初、とても現実の存在とは思えず、何かの錯覚かと思ったほどだ。

 ものすごく長大な橋が、優美な曲線を描きながら海上をえんえんと続いている。いったい、どことどこを結んでいるのかもわからない。
 そもそも、上海のすぐ東には海しかないはずなのに、いったいどこに続く橋なんだろう?

 調べると、橋の先には小島がいくつかあるだけだ。何のためにあんな橋を架けたのか・・・

 どうやら、そこに港があって、物流拠点となっているらしいのはわかったのだが、だとしても、どうして大陸の沿岸に港を作らないのか。
 そしてたとえば、沿岸は遠浅で港に適さないのだとすると、では今世紀に入ってこの橋が完成するまでは、いったいどうやって大量の海上輸送をまかなっていたのか。

 まあしかし、それすらどうでもよい。

 この「東海大橋」の長さは33km近く、海上部分だけでも25kmに及ぶというのである。

 ちなみに、日本で最も長い橋は東京湾アクアラインにかかるアクアブリッジだということだが、たった4.5kmにも満たないのだ。

 そして、世界の長い橋といえば、観光名所にもなっているフロリダ州キーウェストの「セブンマイルブリッジ」がすぐ頭に浮かぶし、いつかその上を走るのが私の一つの夢でもあるのだが、これは文字通り、7マイル(≒11km)に満たない。

 その3倍もの長さの橋と、いきなり衝撃の出会いをするなんて・・・

 こんな橋の存在を知っている人が日本にどれくらいいるだろう。いや、中国にも。
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 今回上海でお世話になった中国人夫妻は自家用車を持っている。夫の方は車が大好きで、あえてマニュアル車に乗っている。そして、彼らの家は、世界でも5本の指に入る、この長大橋の「たもと」と言ってもいいような位置にある。
 空港まで送っていただいた日の朝、私がそんなに橋に感動しているならと、乗せていってあげましょうかと考えてくださったくらいだ。
 だが、空港と島とは反対方向なので、往復すると66km、一時間近く余分にかかってしまう。高速道路だから途中でUターンもできないだろうということで、泣く泣く諦めた。

 その夫婦が、上海(しかも橋のたもと!)に数年住んでいるのに、まだ橋を渡ったことがないというのである。
 近くにあるもののありがたみというのは、それほどまでに薄れるものかと、ちょっと感慨深い。
 あるいは、万里の長城を有するような国の人間は、これくらいのことでは驚かないのだろうか。

 まあ、ただ単に橋なんかに興味がないだけかもしれない(でも、しつこいようだが、世界屈指なんですよ)。

 上海に行くというのに、そんな橋の存在すら知らなかった。お蔭で新鮮な出会いがあったけわけなんだけれど、これほど無知なのは、やっぱりどうかと思う。

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2017.11.12

●上海瞥見

 実際に訪問するという意味では、なぜかこれまで大陸中国とは縁がなく、初めて足を踏み入れた。

 中国で、訪れた国の数は33になった。
 偏りが激しいとはいえ、それなりにあちこち見聞してきたつもりだが、ごくごく短い日程にもかかわらず、初めてや、それに近い経験にけっこう驚かされた。以下、簡単にまとめてみたい。


◎知らなかった・・・

・初めて中国東方航空に乗った。何となく田舎っぽい不安な会社だなあと失礼なことを考えていたのだが、機材は日本航空の倍以上持っているし、就航都市数は比較にならないほど東方航空が上のようだ。
・浦東国際空港が信じられないくらい広い。
  ・左側に平行して同時に着陸する飛行機があった。
    ・サンフランシスコ以来か。だが、距離ははるかに遠かった。
  ・着陸した飛行機がえんえんとタキシングを続ける。
    ・「こんなに走るんならもう一回飛べよ」と思った。
    ・その後さらにバスに乗せられてターミナルビルに向かった。
・入国管理官の対応に満足したかを4段階で答えるボタンがある。
  ・「不満足」を押そうとかと思ったが怖くてやめた。
  ・ほとんどの人は押していなかった。
・空港で Wi-Fi を使うには、SMSでパスワードを送ってもらう必要がある。
  ・パスワード送信から入力まで1分しか待ってくれない。
  ・機内モードにしたままなのを忘れていて、パスワードは帰国後に届いた・・・
・上海市の人口は約2400万人だという。東京都のほとんど倍だ。
・ホテルの洗面所の栓が、直接押さえて回す一軸回転式。初めて見た。
  ・フリップ式というのだろうか、うまく説明できない。
  ・水を流したいときは(ふつうはずっと流したい)、コインを立てるように、円盤の栓を縦にする。
・横断歩道を青信号で渡っていて、途中で同行の中国人に止められた。
  ・日本以上に車優先であるため、車に道を譲らなければ危ないという。
・走っているバイクのほとんどが電動。100%近い。
  ・ナンバーはついているが、無免許で乗れる。ヘルメットも不要。
  ・しばしば左側通行(逆行)したり、信号無視したりしている。
  ・夜間でも無灯火。電動だから節電したいのかも。
・地下鉄
  ・営業キロは地下鉄としては世界最長だという。
  ・ホームに降りる前に空港のようなセキュリティチェックがある。初めて。
  ・ホームに転落防止のための壁や柵がついている。
・いろんなものが日本と同等(以上)に機械化・電子化しており、先進的。
・世界で2番目に高い、昨年竣工した高層ビルの展望台へ1分以内。
  ・ただし、エレベーターは三菱製。
  ・高層ビル群の地下は垢抜けていて綺麗で近未来的。
  ・上海はセントラルパークのないニューヨーク、ここは「現代の」マンハッタンだなと思った。
・IDをかざして使う貸し出し自転車があちこちにある(無料らしい)。
・マスクをしている人は、目にした全員が黒のマスク
・レストラン(複数)
  ・お冷やではなくお湯が出てくる。
  ・エビと貝とすいとん?のスープから完全に泥の味がするのに閉口した。
  ・客のすぐ近くの隅でウェイトレス(女主人かも)が綿棒で耳掃除をしていた。
  ・食事中の客の横経由で巨大なゴミ箱をキッチンから搬出、のち搬入。
  ・(念のため、悪い意味で驚いたのは上の3つだけです。)
・空港のターミナルビルに立ち入るだけでもセキュリティチェックがある。初めて。
・空港の搭乗口に熱湯や温水の出る無料サーバーがある。冷水は出ない。
・物価が高い。
  ・外食や観光物価は日本並み、給料は半額以下というイメージ。
  ・不動産は2倍以上かも。
  ・路線バスの運賃は1/10。
・公共の場所や仕事場の室内はすべて禁煙。
  ・タクシーを含む乗り物内はもちろん、ホテルもレストランもバーも。
  ・(この点で上海の方が日本より進んでいるとは・・・)
  ・宿泊したホテル(新築2か月)の客室にはなぜか灰皿があり、近隣の部屋からと思われるニオイもした・・・


◎知ってはいたが・・・

・Google がまったく使えない。Maps も photos も、メールすらも。
・Yahoo! の検索も使えない。
・Facebook も twitter も LINE も使えない。なぜか Skype は使えそう。
  ・(帰国後、「トランプ大統領は tweet できた」とニュースになっているのを知りました。)
・乗らなかったが、空港から市内まで30kmをリニアモーターカーが7〜8分で結んでいる。
  ・常設営業中のリニアは世界唯一。
・トイレにペーパーを流してはいけない。
  ・ただし、空港の個室にはゴミ箱がなく、流すしかないように見えた。
・あちこちにいろんなスローガンが目につく。下は子どもたちが学校で覚えさせられているというもの。
  富強 民主 文明 和諧 
  自由 平等 公正 法治
  愛国 敬業 誠信 友善
  ・(まあいいことを言ってるんですけどね・・・)
 ___

 2泊3日、これまでで最短の「海外旅行」だった。

 せっかく海外に行くのに2泊や3泊など考えられないと思っていたが、たとえ2泊でもやはり行ってみるものだと思った。このブログを書き始めた十数年前にも書いたが、行くことになるまでは知ろうともしないし、行けばそれなりの体験はできる

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2017.11.10

●上海からコメントは書き込めない

 記事は書けるのに、なぜかコメントは書き込めない。ただ、ココログの側から

Forbidden
You don't have permission to access /t/comments on this server.

が表示されているようだ。何度実験しても同じ。
 ___

 というわけで、tanuki 様

 ありがとうございます。
 上海はいろいろと日本以上に先進的ですが、やはりネットは不便ですね。Google は Maps すら使えません。
 昨日の昼まで日本にいたのが信じられないくらい、こちらで長い時間を過ごしている気がしています。

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2017.11.09

●上海にて

 上海のホテルにいる。FacebookもTwitterもLINEも、過去を読めはするが、新たな書き込みができない。
 GoogleもYahoo!も検索が使えない。なぜかgooは一応可能だ。
 このブログに書くことができるのだろうか。この文章はiPhoneの音声入力で書いている。それは可能なのだ。

 訂正:パソコンで見ると、そもそもサイトにつながらない。過去の分が読めるのは、iPhoneの中にキャッシュが残っていたかららしい。

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2017.11.05

●私設教習所

 納車された日の夜から4日連続、家人の練習に付き合わされた。

 何しろ、車に乗れなければ連休明けの通勤に支障を来すわけだから、連休中にはふつうに運転できるようにならなければならない。そのために納車日も連休前に設定したのだ。
 私はといえば、毎年この時期には信州とか東北とかサイパンなんかに一人で旅行に行ったり、出張で海外に行ったりするのが恒例になっていたのだが、今年はどこにも行けなかった。

 まあ、40年近くマニュアルの車にしか乗ったことがないのだから、オートマチックの車を練習したいというのはわからないでもない。
 しかし、毎日のように通勤で使っている道を走れるようになるために(家人は他の道はほとんど運転しない)4日間も練習するというのは、わかっていたこととは言え、やはりちょっとあきれてしまう。

 これが私だったら、まあだいたいどんな車でも練習は必要ない。強いて言えば、最初の数分間が練習だ。
 なんとなれば、アメリカや韓国やオーストリアやその他多くの国で、見たこともない車をいきなり与えられ、左ハンドル右側通行の異国を、右手で変速レバーをカチャカチャやりながら走りだすのがふつうだったのだ。
 車両感覚やパワーの出方やブレーキのタッチはもちろん違うし、ライトやウィンカーやワイパーやサイドブレーキなんかの位置や操作も違ったりするが、ほとんど問題ない(一度だけ、レンタカー会社の駐車場を出るときに窓が開けられなくて焦ったことがある。パワーウィンドウのスイッチが車両の中央(運転席と助手席の間)についていたのだ)
 世界中で多くの人たちが異国のレンタカーを借りて旅行しているのだから、それがむしろ当然なのである。

 なのに、ごくふつうの日本車を運転するのに「特訓」が必要なのだ。

 幸いというか、私以上に完璧無事故無検挙(相手側過失100%の軽い追突をされたことは2回ある)だし、何といっても運転歴40年近いベテランだから、4日間の練習を終えるころには運転自体には何の問題もなくなっていた。
 それでも、標識を無視して飛び出してきた車に驚いてブレーキを踏むときには、存在しないクラッチを踏むべく左足が空を切ることや、車庫に入れてしまってから「シフトレバーをどうするんだっけ?」みたいな感覚は、まだ少し残っているようだ。

 ともあれ、明日からも輝かしい無事故無検挙記録を続けていってほしいと切に願っている。

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2017.11.02

●19年ぶり

 家人の車が納車された。

 何ということのない軽自動車なのだが、やはり新しい車となると待ち遠しく、ちょっとわくわくもする。

 それが19年に一度というのはいかにも寂しい。まあ、その間に私は車を2回買っているわけだけれど、それでも世間と比べたら少ない方だと思う。

 現に、3年目で最初の車検を迎える私の車のディーラーは、次の車に買い換えさせようと熱心である。実際に買い換える人も多いからだろう。

 車は数少ない趣味の一つなのだから、3年に一度はともかく、せめて5年や7年に一度くらいは買い換えの楽しみを味わってもいいような気もしてきた。私の前の車もその前も、さすがに19年は乗らなかったが、いずれも十数年は買い換えなかったのだ。
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 今日は慣らし運転を兼ねて、石清水八幡宮飛行神社にお参りしてきた。前者は30年以上ぶり、後者は初めてである。セスナを飛ばしていたころになぜ行かなかったのか不思議だ。

 飛行機はそれで大丈夫だったし、無宗教でもあるのだが、やっぱり、こと乗り物に関しては、お守りくらいは持っていたいという気はある。祈祷まではしてもらわないけれど。
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 家人はまだ1秒も運転していない。これから練習に付き合わされる。

 ペットボトルで栽培している遅いトマトが色づき初め、ハバネロは花をつけた。

 すこーし幸せな気分。

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2017.10.23

◆ご近所の主婦力(しゅふぢから)

 「主婦力」なんて言うとジェンダーバイアスがかかっているみたいだけれど、実際ほとんどそうなのだろうから許してほしい。
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 台風一過で、玄関のドアを開けると落ち葉がてんこ盛りだった。家の前の道路にも木の葉が散乱している。

 ところが、隣家の家の前からちょっとした幹線道路に出るまでの1kmあまりの間、ほとんど台風を感じさせる場所がなかった。
 一人だけ、やや高齢の女性が掃き掃除をしていたが、それ以外はまるで台風なんか来なかったように、各戸の玄関先も道路も綺麗なのである。

 幹線道路に出ると、まだ行政の清掃が追いついていないために、路肩にはうずたかく葉が積もっている。

 ご近所が綺麗なのは、ほとんどの家ですでに清掃を終えているからであろう。

 もちろん、出勤前に急いでやった可能性は否定できない。だがおそらくは違う。現に家人も私も、そんなものはほっぽらかして出かけてしまった。
 うちの前以外が綺麗なのは、たぶんご近所の奥様方による迅速な清掃の賜なのだ。

 いやあ、ご近所の底力(みたいなテレビ番組があったような気がする)、特に主婦力には恐れ入った。

 うちの前だけ葉っぱだらけというわけにはいかないので、帰宅してから急いで掃除したけれど、うちの場合は主力であるというのが情けない。

 日ごろジェンダージェンダーとうるさい息子は、先に帰ってきているのに玄関はそのままで、こういうときにまったく役立たずだ。うちの前以外は片付いていることに気づきすらしていないかもしれない。
 そのことを指摘すると、ちょっと後ろめたかったのか、あとで家の中を掃除していた(笑)。かわいい奴である。

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2017.10.21

◆映像は想像を超えない ──『ダンケルク』

 映画『ダンケルク』を見た。映画館で映画を見るのは10年ぶりである。

 なぜ見ようと思ったかというと、ばんばひろふみ さんがその映像のすごさをラジオで絶讃していたからだ。ダンケルクを見たあとで他の映画をふつうのスクリーンで見ると、もうアホらしくて見る気がしないとまで言っていた。

 私も、多い年には100本以上の映画を見ていたが、どれも DVD やら Blu-ray やらである。映画館で見ても家で見ても、それほど変わらず楽しめるからだ(デメリットは封切りから日が経たないと見られないことだが、その間にも見るべき映画は他にある)。
 しかし、バンバンがそこまで言う映像は、どうしても映画館でしか見られないのは自明である。

 調べると、その素晴らしい映像を見られるのは、なんと日本で唯一、109シネマズ大阪エキスポシティだけだという(ほんとなのかな?)。
 その「日本で唯一」が自宅からほど近いのだから、これで行かなければもう一生映画なんか行かないかもしれない。そう思っても、ちょっと精神的に余裕がないのもあってぐずぐずしていたのだが、そうこうしているうちに公開が終わってしまうかもしれないので、思い切って出かけてみた。

 「IMAX®の巨大スクリーンいっぱいに広がる圧倒的な映像」
 「<日本で唯一>のIMAX®次世代レーザー」
 「日本最大級のビル6階分に相当する〝タテ18m、ヨコ26m〟の超巨大スクリーン」

という宣伝文句もさることながら、大昔にフロリダだったかロサンゼルスだったかで体験した IMAX のイメージと、バンバンの「頭の上を飛行機がばーんって、飛んでいくねんで」みたいな発言から、ものすごい映像体験を想像して出かけた。

 が、ガラガラの劇場のほとんど最善の席に座ってスクリーンを見たところで、これは期待できそうにないという気がした。確かにスクリーンは大きいのかもしれない。でも、それは単に目の前に平面的に広がっているだけで、これで飛行機が頭の上を飛んでいくとはとても思えない。
 何か仕掛けがあってそのうちスクリーンが半球状に拡がるとか、そういう期待も持てそうになかった。

 映画が始まると、確かに、眼鏡を通した視野一杯くらいに映像が広がり、周囲の椅子や観客の存在を忘れることができるくらいではあった。
 音が大きすぎるのには辟易するが、確かに臨場感はあり、銃撃や爆撃のシーンでは思わず身を竦ませたりはした。

 だがまあそれだけである。結局、映像は想像を超えられなかった。

 「日本初の4Kツインレーザープロジェクターによ」る「高解像度映像」を標榜しているのだが、フレームレート(秒間コマ数)が低いのか、プロジェクタの性能の問題か、動きのスムーズさには欠けていた。また、顔のアップがやたらに多い映画だったが、そんなものを「ビル6階分」の大きさの「高解像度映像」で見ても仕方がない。
 Blu-ray が発売されたら借りて家で見てみようと思うが、むしろその方が楽しめる場面もけっこうあるのではないだろうか。

 しょっちゅう映画館に通っているらしいバンバンが「ダンケルクを見たあとで他の映画をふつうのスクリーンで見ると、もうアホらしくて見る気がせーへん」「それやったら家で DVD 見てもいっしょやん」と言うんだから、10年も映画館に行っていない私は、今後もたぶん行かないだろう。

 うーん、でも・・・

 逆に、これを機会にたまには映画館に行ってもいいような気もする。たとえ一人で見ても、そこにはやはり小さな祝祭感はあるし、間もなく公開される『バリー・シール/アメリカをはめた男』はちょっと待ち遠しいのだ(あ、今日から公開されてる・・・)。

(Dunkirk, 2017 U.K., U.S.A., France, Netherlands)

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2017.10.20

◆年7.0%の高金利な貯蓄手段?

 ネットを見ていると、ときおり「年7.0%の高金利な貯蓄手段」をうたう広告が表示されるようになった。
 おそらく、「投資信託」を検索語に使ったからだと思う。

 今どき、年7%の運用なんてまずありえない。それ以外にも「年6回の分配《安心の元本保全型》」とか「 過去、元本割れ無しの確かな運用実績」とかをうたっている。
 さすがに「元本保証」とは書いていない。

 好奇心からクリックしてみると、要するに REIT (リート:「多くの投資家から集めた資金で、オフィスビルや商業施設、マンションなど複数の不動産などを購入し、その賃貸収入や売買益を投資家に分配する商品」(toushin.or.jp))の一種だった。

 それにしても7%・・・

 それで本当に「安心」「元本割れ無し」なんだったら、やらない理由がない。

 しかしながら、当然というか、検索するといろいろ問題があるのがすぐに明らかになる。
 「問題があるといわれているが、子細に検討してみると非常に有利な投資」というような、客観的な分析を装う手の込んだアフィリエイトサイト?も複数あって、ナイーブな人なら引っかかってしまうかもしれない。
 いや、そもそも、そういう人はネットで検索したりしないのだろうか。

 驚くのは、もう6年も前からずっと、「第二の安愚楽牧場」とか「手数料集めて倒産か」とか「自転車操業」とか「詐欺」とかいろいろ言われているのに(私が言っているわけではありません)、いまだに広告を出して出資者を集めていることである。
 4年前に「年内一杯で」「なくなる」という書き込みもされているが、これは明らかに誤りだったということになろう。

 問題は、私の知る限り、この投資話の危険性がまったくマスコミ等で報じられていないことである。

 いつだったか、「食の祭典」を騙った大規模な詐欺事件があったようだが、それを報じるマスコミの腰の引け方がすごかった。だれがどう見ても明らかに詐欺なのに、たとえば捜査機関が誰かを逮捕するまでは、そういうふうには一切言えないのだということがよくわかった。

 今回の件は、もしかすると詐欺ではないかもしれないので、なおさらなのだろう。私にしても、ここで固有名詞をあげるのはちょっとはばかられる(検索すればすぐわかるけど)。これを取り上げたマスコミがあったらぜひ教えてほしい。
 これでもし、運営が破綻したとしたら(たぶんする)、山のように被害者が現れて大々的な報道になるのだと思う。その多くは、もっと早く報道していれば被害に遭わずにすんだかもしれない。

 しかしながら・・・

 ネットの無責任な書き込みだが、「ここで騙されたやつは、どうせ別のところで詐欺にあうな・・・ 」「悪いこといわない。 ここで騙されたのは、もう投資とかやめな」というのは、確かにその通りなんだろうなとも思ってしまう。

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2017.10.16

◆運転免許証更新時講習による収穫

 運転免許の更新など、貴重な時間とお金を奪われるだけだと思っていらっしゃる方も多いのではないだろうか。
 実際、明確に意味のあることと言えば、視力を測定されることくらいである。
 フランスやドイツなど、免許更新が不要な国も多い。

 まあそれでも、はなはだ不十分ではあるが、高齢ドライバーには認知機能検査を課したり、運転に適さない病歴があることを自己申告させたり、安全意識を講習で喚起したりと、意味がないわけではない。
 写真をアップデートしておく必要もあるかもしれないし、道路交通法改正のポイントをおさらいするのも悪くはない。

 いずれにせよ、やらないですませるという選択肢はないので、仕方なく更新に行ってきた。

 誤算だったのは、前回までと違って、講師がきちんと授業のようなものを行うことである。そのせいで開始時刻が決められており、ずいぶん待たされることになった。
 以前なら、任意の時間に入ってエンドレス上映中のビデオを見、見始めたところまで来たら終了という感じだったので、特に時間を考えずに更新に出かけて失敗した。
 結局最悪のタイミングになって2時間20分も待たされたし、全部で4時間近くかかってしまった。

 帰宅してから「運転免許更新連絡書」のハガキを見ると、最後のところに小さな字で「講習開始時刻は、受講を希望される警察署にお問い合わせください」とあった。わかっていれば問い合わせたのだが、そんなものを電話で問い合わせたり答えたりするのも双方にとって面倒である。Webにでも一覧できるようにしておけばいいのに。

 それはともかく、これを書き始めた動機は、更新時講習で意外にも改めて発見/学びがあったことだ。

 いや、申し訳ないけれど、講師の話から学ぶことはほとんど何もなかった。たいていは「おっしゃるとおりですね」、いくつかは「その説明の仕方や統計の扱い方には疑問があります」という程度。
 まあ、安全意識について思いを新たにするという意味では、もちろん有意義であった。

 発見/学びは、意外なところから訪れた。

 典型的な右直事故について、わかりやすいイラストを添えて講師が説明する。直進は二輪車のオートバイ、右折は四輪の車。
 「さて、この事故の主な原因は何でしょうか?」

 指名された受講者はなんと、「わかりません」と言うのである。やる気がないとか反発しているとかそういうのではない。重ねて問われても首をひねっている。
 「では質問を変えましょう。直進と右折とではどちらの車両が優先ですか?」
 「えっと、直進ですか?」
 もちろん正解だが、もっと自信を持って答えてほしい。
 さすがは講師、ここでちょっと疑問を持ったのかもしれない。
 「では、直進右折等が関係ないとしたら、二輪車と四輪車ではどちらが優先ですか?」
 「四輪車です」
 イラストでは二輪車が直進なので、イラスト由来の勘違いではない。
 「あ、あ、いや、いや、いや・・・」と講師。
 私も思わず、「えええっ !?」とかなんとか、声を漏らしたかもしれない。
 気を取り直した講師はさらに、
 「そうですか、では、ダンプカーと軽自動車ではどちらが優先でしょうか?」
 「ダンプカーです」
 うわお。
 「あの・・・ 衝突した場合にどちらの被害が小さいかというふうに勘違いなさっているのかもしれませんね」と講師は苦しいフォローを入れるのだが、その発言への反応からも、明らかにそうではないことが見てとれた。
 (免許をお持ちでない方のために:二輪も四輪もダンプも軽も優先度に違いはありません。また、車種によらず、直進と右折とでは直進が優先します。)

 もう一人。
 今度は典型的な左巻き込み事故。左折する車とその左後方を直進する二輪車。例によってわかりやすいイラスト付。
 「この事故の主な原因は何ですか?」
 「えっ、私ですか? うーん、えっと・・・」(間)「車が左をよく見てなかったからですか?」
 「そうですね。左折するときは左側をよく確認することが必要です。では、どうやって確認しますか?」
 「ミラーで」
 「そうですね、ミラーできちんと確認してください。まずはドアミラーとバックミラーと両方の確認が重要です。他にはどうやって確認しますか?」
 「えっ?」
 「他に確認の方法はありませんか?」
 「他ですか・・・?」
 「他の方法で確認はしませんか?」
 かなり待ったが、答えられない。
 講師は、
 「車には死角がありますから、ミラーだけではなく、首を動かして直接目で見て確認しなければなりません」と、当たり前のことをいう。「なるほど、そうなんですか」と言いたげな受講者・・・
 ___

 今回の講習の最大の収穫は、これほど愚かで無自覚な人たちにも自動車免許が与えられ、公道上を当たり前のように走行することが許されているという事実を、改めて思い知らされたことだった。

 特に二輪車にとっては、こういう人たちは自分の命をおびやかす存在となる。
 よく言われることだが、オートバイに乗るときには、周囲の車両が何もわからない愚か者だと思って、さらには、無自覚に自分を殺しにきている暗殺者だと思って運転しなければならないのだ。

 この話にはちょっとしたオチがある。

 講師の質問にまともに答えられなかった2人は、5年間無事故無違反の優良運転者講習の受講者だということで、開始30分で帰っていった。受け取る免許はゴールドである。
 「あんな人たちをたったこれだけの講習で野放しにしていいんですか」と言いたかったが、もちろん言っても詮のないことなので何も言わない。何とかしたいと思っても、講師だって制度上何もできないのだ。
 あの2人が、ペーパードライバーであってくれることを祈る。そして、もしそうなら、願わくは、再度の十分な教育なしに運転しようなどという気を起こさないことを。

 右直事故や左巻き込み事故などについて、やろうと思えば5分でも10分でも、双方の優先関係や注意義務や過失、さらには運転者の認知特性や車両の特性まで理路整然と説明できる私(自信過剰のようで申し訳ありませんが、ドライバーやライダーなら本来だれもが説明できるべきです)は、一度「軽微な違反」で検挙された前歴があるので、居残り講習となった。免許はブルーとなる。

 自業自得とはいえ、理不尽なことである。

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2017.10.13

◆「選挙に行くのがあほらしく」ても

 朝日新聞の選挙特集の中に、各地を訪れて有権者の声を聞くというのがあり、今日は公園を回って・・・ということだった。

 インタビューを受けた女性が
「子育て支援って言葉が選挙の道具にされている気がする」
「これまで実行しないで、選挙の材料にするのが腹立つ」
と答える。なるほど、おっしゃるとおり。

 だが、それを受けてもう一人が
「選挙に行くのがあほらしくなった。今回はもう行かへん」
と言う。

 選挙に行かないという選択は、「子育て支援」を「これまで実行しないで、選挙の材料にする」者たちを肯定し、利することにしかならないのがわからないのだろうか。
 これだから民主主義は難しい。

 いい大人なんだから自分で考えてほしいとも思うが、政治教育を学校でほとんどやってきていないのも問題だ。
 ほとんどの日本人は、投票が義務である国が相当数あることも知らないだろう。

 私だって、選挙に行くのはハタチの時からずっと「あほらし」い。
 それでも行かなければならないのだ。

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2017.10.11

◆世論調査

 衆議院議員選挙に関する某全国紙の世論調査の電話が家にかかってきた。無作為抽出に当たったのだろう。

 でも、アンケートを騙った思想調査やイタズラかもしれず、ほんとうに世論調査だと知る術がない。
 丁寧に率直に「この電話がちゃんとした世論調査だと判断できる根拠はなんですか」とか聞いてみるのだが、相手はぜんぜんそういう質問に答える準備ができていない。単なるアルバイトなのだろう。
 いろいろやり取りをして、2回目の「お待ちください」の時に、もう待つのは面倒なので切り上げたが、どう返事すべきなのかくらいはマニュアルなどで指導しておいてほしいと思った。

 もろもろやり取りしているうちに、たぶん間違いないだろうと判断し、いよいよアンケートに答える気まんまんの私。何にせよ、害のない経験であれば初めてのことは楽しい。

 ところが、有権者が家に3人いると答えさせられただけで、「では、回答は年齢順で上から3番目の方にお願い致します」と言う。
 これで間違いなく世論調査だと確信できたものの、回答は息子の役割になってしまった。残念。
 ___

 でもやっぱり、こういうのを使ってブラック企業の社長なんかが社員の思想調査とかをするのは容易だ。
 電話の向こうの反応からすると、私みたいにごちゃごちゃとややこしいことを言う人はほとんどいないようなのだが、みんなそんなに素直で、詐欺とか大丈夫なのだろうか?

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2017.09.30

■歳月 ──としつき

 19年乗った、家人愛用の軽自動車。

 故障もなく長い間働いてくれたのだが、車検の見積もりを取ると、寄る年波には勝てず、さすがにそろそろちょっと・・・という話だったので、車検が切れないうちにと、急遽新しい車を買うことになった。こんなこともあろうかと以前からぼちぼち考えていたので、別のメーカーの車だが、あっという間に注文してしまった。
 車の下取り額は100円。価値がないことはわかっていたけれど、わざわざ査定して、そのために待たされたのは何だったのかと思う。

 驚いたのは店長の若さである。「子ども店長」か !? とツッコみたくなるような風貌で、たまらず年齢を聞くと、「30になりました」という返事。
 まだ店長経験3か月だということだが、40代半ばの前の店長が異動し、一番年上の「男」(とはっきり言った)が自分だったとのこと。早い出世を言祝いだが、比較的ブラックな業界で、人の出入りが激しいのかもしれない。

 担当セールスは(たぶん)二十歳そこそこの女の子。もしかすると、家人の車の方が「年上」の可能性すらある。今年入社したばかりで、今月からやっと自分で車を売り始めたという。名刺には初心者マークがついている。今日注文した車が初めて売った車だとよかったのだが、残念ながらそうではなかった。

 注文書説明の際は、念のためにと先輩社員が同席するのだが、せいぜい20代半ば。まあ、店長が30だというのだから当然かもしれない。

 こんな店で大丈夫なのか・・・とも思うのだが、周囲が若く、下手をすると子どもに見えるというのは、間違いなく「相対性理論」である。

 「えっ? 高校野球で甲子園に出てる選手って年下?」と驚いたのが懐かしい。今や、プロ野球12球団の監督ですら、もしかすると全員年下かもしれない。

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2017.09.27

■鋭い/鈍い 味覚と嗅覚

 息子が帰宅してリビングに入ってくるなり、「なんかバターくさい」という。

 夕食はカレーである。バターなんか一切使っていない。
 カレーを食べると「やっぱりバターの味がする」と言う。家人にはわからないらしい。

 「いつもと同じように作ったよ。もしかして、バター入れた?」と家人。後半は私に聞いている。

 「入れるわけないやろ」と息子と私が同時に言う。
 私は料理のバター味が嫌いなのである。息子もきちんと把握していることを、家人は気にしていない。料理担当なのに。

 作業が途中だったので若干夕食に出遅れた私がカレーを食べる。なるほどバターくさい。

 匂いに関してはそれほど感じなかったのだが、食べれば歴然としている。家人はどちらもわからないという。

 いつもと同じように作ったというなら、メーカーがルーを変更したとしか考えられない。うちはずっと、S&Bのフォン・ド・ボー ディナーカレーを使っている。パッケージを見ると、確かに原材料の中にバターも入っている。
 だが、古いパッケージがないので、前は入っていなかったのかどうかがわからない。

 ウェブで調べると、なんと今年、「ディナーカレーの魅力である「フォン・ド・ボー」「ソテー・ド・オニオン」「バター」の特徴を深化」したという記載。7年ぶりの変更だ。
 私と息子はそれを感じ取ったのである。

 こういう定番商品でも製品開発の努力は継続しているんだなあと、ちょっと感心する。
 せっかく変えても、たとえばバター嫌いが離れていく危険もあるし、なかなか難しいと思うんだけれど。

 幸い、息子も私も、だから今後はやめようとは思わなかった。息子はどちらにしてもこの手のカレーが好きではないし、私もこのくらいならバターの風味も悪くないと思える。

 問題は・・・

 家人の嗅覚と味覚がわれわれより鈍いことである。料理担当なのに。

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2017.09.26

■ iPhone 7 の強制終了方法

 備忘録です。

 iOS 11 にしてから、初めてiPhoneのホーム画面がフリーズしました。アプリも立ち上がりませんし、隣の画面にスワイプすらできません。

 無駄に Siri が機能したり、ロックと復帰だけできたり、Notification Center が表示されたりはします。

 でも、相変わらずホーム画面はまったく無反応。

 電源も切れず、強制終了をしようと思ってスリープボタンとホームボタンを長押しするも、反応なし。

 ここまで来ると、さすがにちょっと焦ります。LINE には新着メッセージのバッジ。滅多にない予定が入っているので重要な連絡かも・・・
 ___

 検索の結果、 iPhone 7 から強制終了の方法が変わっていることを教えられました。そういえば、かすかにそんな記憶があるような・・・

 ホームボタンが物理ボタンではなくなったので、ソフトウェア的な不具合があるときに機能しなくなることを考え、強制終了には使わなくなっていたのでした。一応、ちゃんと考えているんですね。クリック感があったせいもあり、思いつきませんでした。

  iPhone 7/ iPhone 7 Plus の強制終了の方法は、
・右側面上の「スリープボタン」と
・左側面上の下の方「音量下げボタン」の
同時長押し

です。

 あっさり強制終了して再起動、とりあえず解決ですが、また起こりそうでなんかコワイ。

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2017.09.21

■ iOS 11 に

 なんとなく手持ち無沙汰な時間があったので、 iPhone 7 Plus の iOS を 11 にアップデートした。

 いつもならこういうメジャーアップデートはしばらく待って、不具合対策に目途がついたあたりでやるのだが、まあ何かあってもいいやという感じ。

 ものの10分か15分ほどで完了し、特に不具合もなし。
(ただ、盛んに言われているように、32bit のアプリが使えなくなるのでご注意。iEijiro(抜群の語彙量を誇る英和和英辞典)が使えなくなったのは痛い。)

 今までほとんど使っていなかったコントロールセンターが便利で、これからは使いそうな気がする。

 これでますます、 iPhone 8 や X を買う理由はなくなった。

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2017.09.19

■ iPhone が気にならない9月

 iPhone が10周年だとかで、iPhone X(テン)が発売される。それとは別に、7の後継機の iPhone 8 も(どうして 7s じゃないんだろう)。

 iPhone X の方はけっこう力の入った新製品だが、ほとんど気にならない。

 思えば、実際に買う前から、毎年9月は iPhone が気になる季節だった。

 最初に買ったのは iPhone 5(2012)で、半年ほど後に息子も5を買い、その後も6、6s、7と買ってきた。個人的には、iPhone 5周年ということになる。
 私は 5→6→7
 息子は5→6s
 家人は6
 だ。5は2つとも下取りに出した。家人の6は私のお下がりである。

 今は3人で6と6sと7を使っていることになるのだが、どれも格安SIMを利用していて、三人合わせて月額5千円以下と、いわゆるキャリアの 1/3 以下の費用で使えている。6sと7は SIM フリーだ。

 8もXもいいのだが、細かいことを除けば、できることも画面もそれほど変わらない。Xのデザインと有機EL画面と顔認証は少しは気になるが、それに十数万円を出す気はしない。まったくの新製品だし、初期不良等も心配だ。
 「7を10万円で下取り」とか言うなら考えるが、ありえないだろうなあ。

 前にも書いたが、7を使い始めてまだ1年経たないというのがちょっと信じられない。もうずいぶん長い間使っているような気がする。

 こんな調子でさらに1年使い続け、改良されて安定したXの新しいのが出たら・・・

 その時はまたそれが欲しくなったりするのだろうか。

 新製品が気にならないよりは、欲しくてわくわくする方が幸せなんだけれど。

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2017.09.17

■解散総選挙??

 twitter には書いたのだが、腹の虫が治まらない。

 「これまでにない深刻かつ重大な脅威」のあとの「これまでにない重大かつ差し迫った脅威」(いずれも安倍首相)の最中に解散総選挙を行おうとしているとしたら、論理的に考えて、その「脅威」がウソなのか、脅威にさらされている日本よりも自分の都合が大事なのか、のどちらかしかない。

 おそらくは、自分に都合よく使える範囲においての「脅威」であり「日本」なのだろう。

 先月!改造してできた、自称「仕事人内閣」はどんな仕事をしたのか。

 解散総選挙が行われるとしたら、こういう輩を排除する絶好の機会でもあるのだが、選択肢がほとんどないのが残念だ。

 それでも、投票には行かなければならない。
 無関心や棄権は、「自分に都合がよければ脅威も日本もどうでもいい」ような連中を利することにしかならない。

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2017.09.14

■目に余る誤訳

 書き出すとキリがないし面倒くさいと思って今までほとんど書いたことがなかったのだが、直前のエントリに触発されて、つい先日「これはいくら何でも」が2つ続いたことを書く。
 ___

 映画の吹き替えや字幕、特に字幕には制約が多く、元の台詞の1/3も訳せていないみたいなのがよくある。他にも、大胆な意訳や「超訳」もしばしば見受けられる。というより、省略と超訳が基本線みたいなところがあって、それは確かに仕方ない面もあると思う。
 ただ、その制約の中でも「もっとこう訳した方が」というのが非常に多い気はするのだが、それはこの際 問うまい。

 問題は、明らかな誤訳である。

 先日、「ER 緊急救命室」を見ていると、ヘリコプターのパイロットが "I'm gonna shut down for autorotation." と叫ぶ台詞があった。エンジンに異常が生じたので、安全に降下すべく、「オートローテーションを行うために(for autorotation)エンジンを止める(shut down)」、という意味である。

 オートローテーションというのは、ヘリコプターのエンジンを切って動力のない状態にし、自重で地面に近づいていく過程で、ヘリのローター(羽根)が風を受けて自然に回ることを利用して、その抵抗を使って安全に不時着する技術である。

 知り合いによると、大袈裟に言えばヘリの操縦訓練の半分近くはオートローテーションに当てられるというような話であった。
 「半分近く」というのはいくら何でも誇張だと思うけれど、ある程度の高度か速度があれば(両方あるのが理想)、ヘリコプターはエンジンが止まってもそうやって安全に降りられるように設計されており、操縦者もその訓練をしっかりと受けている。

 実際、ER のヘリも、誰も怪我することなく無事地上に降りた。

 その "I'm gonna shut down for autorotation." (「オートローテーションのために(エンジンを)切る」)の字幕が、なんと、

  「オートローテーションを中止する!」

であった。

 どうしてプロの翻訳家がこんな初歩的な誤訳をテレビで放送してしまうのか。

 「"autorotation" という「専門用語」の知識がなかったから」などというのはまったく言い訳にならない。そんなもの、1980年代の『リーダーズ英和辞典』(研究社)にだって載っている。
 さらに、万一その意味がわからないとしても、"shut down for autorotation" なのだから、「オートローテーションのためにシャットダウンする」という構文なのは明らかだ。
 この文型で autorotation を shut down の目的語にして訳すなど、ちょっと気の利いた生徒なら高校生でもやらないような間違いである。
 ___

 「まさか、スクリプト(脚本)を見ないで聞き取りで訳しているとか、意味は何でもいいから雰囲気だけわかればいいとか、そんなことはないだろうなあ」と思って検索すると、まさに ER の翻訳者本人が、いかに苦労して訳しているかという講演をしている記録が見つかった。

 それによると、もちろんスクリプトを手に入れて、数多い制約の中、いかに努力して完璧な翻訳を心がけているかという話が、これでもかというほど述べられていた。特に、医学用語や表現に関しては医学監修者と綿密に打ち合わせて正しくかつ自然な日本語になるよう努力していたそうだ。

 もちろん autorotation は医学用語ではないが、それにしてもあまりにお粗末だし、この間違え方はいわゆるケアレスミスではない。
 字幕や吹き替えの制約も言い訳にならない。

 「オートローテーションを中止する!」と訳せるなら、
 「オートローテーションを開始する!」と正しく意訳できるはずだ。

 もし意味がわからないなら、いっそのこと「不時着する!」とでも訳せば、通常の字幕としてはぎりぎりセーフではないだろうか。
 ___

 このような、「どうしてこんな・・・」と思うレベルの誤訳が、字幕にはしばしばある。冒頭に「書き出すとキリがないし面倒くさい」と書いた所以だ。

 ネットを見ると、字幕の大御所をはじめ、プロの翻訳家のお粗末な誤訳の例がこれでもかというほど指摘されている。
 (大御所を除けば)多くの場合、「忙しすぎて、時間がなくて、やっつけ仕事をしてしまいました」みたいなことなのかもしれないが、「それにしてもひどい」というのがネット世論のようで、私もそれに同調せざるを得ない。
 いったい、どんな人たちが翻訳しているのか、また、それほどの誤訳を積み上げても一線で活躍し続けられる理由は何なのだろうかと考え込んでしまう。
 ___

 映画やドラマの誤訳の話はこれまでほとんど書かなかったし、この件もここに書くつもりはなかった。
 書く気になったのは、次の回の ER の放送で、またとんでもない誤訳を見つけてしまったからである。まあしかし、これはケアレスミスなのだが、

A:レガスピー先生よ
B:写真家の?
A:ええ
B:必要ないわ(※筆者注:←の訳は記憶による)

 見ていて???が頭の中で点滅した。レガスピーが写真家だとかいう話があったっけ? どうして "Psychiatrist?"(「精神科医?」) を「写真家の?」って訳すんだろう?

 (皆さんはすぐわかりましたか? 私は10秒近く???が続きました。その後やっと、「せいしんか」を「しゃしんか」と間違えていることに気づきました。)

 まあ、上にも書いたとおり、これはケアレスミスである。
 ただ、字幕を入力した人の単純ミスかと思ったら違っていた。何と、吹き替えに切り替えて聞いても、声優がばっちり「しゃしんかの?」と発音していたのだ。どうしてこの場面で唐突に「写真家」が出てくるのか? 誰かどこかで気づかなかったのだろうか・・・

 この「連続技」があって、前から溜まっていたフラストレーションをここで一度は晴らしておきたい気分になってしまった・・・
 ___

 翻訳のご苦労は大きいと思う。でも、視聴者はそれを頼りに見ているのだ。もとの言語がわからなければ(ある程度わかる場合ですら)、翻訳した日本語がその映画やドラマ「そのもの」になってしまう。
 その日本語が、まったくの素人から「これでもか」というほど間違いを指摘されるようなものであっては困るのである。私たちは脚本すら見られないのだ。

 「人間のすることだからミスはある」という程度なら、ネットの誤訳騒ぎはあれほど盛り上がらない。

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2017.09.13

■「NYPDよっ!」

 アメリカのドラマの宣伝を見ていると、被疑者のところに突入する刑事が

「NYPDよっ!」

と叫ぶ場面が放映される。

 "NYPD" は "New York city Police Department"(ニューヨーク市警察)の頭文字で、「エヌ・ワイ・ピー・ディー」と発音する。
 吹き替えでなければ、英語の音声はもちろん、"NYPD !" だけだ。

 前から気になっていて、いつかここに書こうと思っていたら、いつも見ている別のドラマでは、その "NYPD !" に、

「NY警察よっ!」という字幕が出た。

 おわかりの通り、いずれの場合も叫んでいるのは女性刑事である。

 しかし考えてみてほしい。「NYPDよっ!」とか「NY警察よっ!」などと言う刑事が存在するだろうか。

 日本語だとふつうは名詞に何かつけないと言い切りにならないので、「警察だ」とか「警察です」と名乗ることになる。被疑者のところに踏み込んだ警察が、「警察!」というのは確かに変だろう(逆に被疑者の側が「(あっ)警察!」などというのはありそうだが)。

 なので通常、"NYPD !" は、「NYPDだっ!」とか「警察だっ!」などと訳される。

 ところが、発話主体が女性だと、実際には言うはずのない「NYPDよっ!」「NY警察よっ!」になるわけだ。
 確かに、そもそもそういう場面で女性が話す適切な形が日本語には存在しない。「主人」や「家内」に代わる適切な語がないのと根は同じだ。

 日本にだって女性刑事はいるのだが、彼女らは同じ場面で何と言ってるんだろう? まさか「警察よっ!」とは言うまい。
 荒っぽく踏み込む場面なんてそうそうないだろうから、実際には「警察です」と言っているんだろうか。
 あるいは、すでに「警察だっ!」を使っていて、それが今後日本語のスタンダードになっていくのかもしれない。
 (後記:そういえば、日本の刑事ドラマでは何と言わせているんだろう。さすがに昨今のドラマだと女刑事もいると思うのだが)
 ___

 (多く)現実とは違う言葉遣いでその発話者がどんな人かを示す言語表現を「役割語」というのだが、いくら何でも女性刑事に「NYPDよっ!」などと言わせるのはやめてほしい。
 小説ならともかく、映像で女性とわかる人物が女性の声で発話しているのだ。わざわざ役割語を使って「この人は女性ですよ」とわからせる必要はない。

 ・・・と思ったのだが、では何と言わせるのか(あるいは字幕をつけるのか)というとハタと困ってしまうのもわかる。さっき書いたように、適切な形が日本語には存在しないのであった。

 でも、ここは過去を取るか未来を取るかだ。

 思い切って「NYPDだっ!」と訳さないと、いつまでたっても未来は来ない。

I skate to where the puck is going to be, not where it has been...(Wayne Gretzky)

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2017.09.10

■スズメ激減??

 バイクに乗って兵庫県明石市の実家に行ってきた。往路は六甲山、復路は有馬経由。往復で4時間くらい。

 山の中以外はかなり暑かったのだが、季節は秋、沿道の田んぼの多くには稲穂がたわわに実り、たまに刈り入れの終わったのが混じっている。そういう風景を眺めながら走るうち、今まで考えていなかったことにふと気づいた。

 私が子どものころの田んぼというのは、この季節になると鳥よけの網が張られ、虹色のテープなんかできらきら光っていた。案山子もあるのがふつうだった。主にスズメの食害から守るためである。

 それが、今日見たたくさんの田んぼのどれ一つ、網もテープもなかったのだ。案山子だって、観光用みたいなのを除けばない。あれで食害は大丈夫なのだろうか。

 美しい田園風景が網やテープで台なしにならないのはいいのだが、あんなに無防備で大丈夫だというなら、スズメはほとんどいなくなったということなのか。
 実際、カラスやハトは目にしたが、スズメは見なかった。もちろん、バイクで走りながら・・・ということはあるのだが。

 2010年ごろだったか、スズメが(1/10に?)激減しているというような話がマスコミで取り沙汰されたりしたが、きちんとした調査があるわけではない(と思う)ので、誰も確かなことはわからない。バードウォッチングなんかをしている限りでは、それほど減ったという印象はない。

 でも、スズメの数を数えなくても、田んぼから案山子や網やテープがなくなったという事実から、その激減は容易に推測される。

 まさかとは思うが、網を張らなくなった理由が他にあるのだろうか。たとえそうだとしても、もしスズメが昔のようにたくさんいるなら、あの無防備な稲穂に群がっていなければおかしいのだが・・・

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2017.09.09

■手軽に行けるアルプス的なところ

 このブログのプロフィールにも書いているとおり、アルプスが好きだ。
 本家のアルプスも日本アルプスも、スロバキアアルプス(っていうのかな、ヴィソケ・タトリ)もカナディアンロッキーも。
 行ったことはないが、サガルマータ/チョモランマ(エベレスト)だってデナリ(マッキンリー)だって好きだ。要は、アルプス的な山ということである。

 一方で、体力も気力もないので、とてもアルピニストにはなれない。自力で(と言えるかどうかわからないが)登った3000m超の山は、たぶん乗鞍岳(3026m)だけだと思う。あとは木曽駒ヶ岳(2956m)手前の乗越浄土(2850m)くらいか。

 しょせん、私の「好き」も情熱も、他と同様、その程度のことである。

 だからこそ、というべきか、その程度の人間でも登れる/歩けるアルプス的なところのリストが欲しい。
 そう言いながら、今まで本気で調べたことはないのだが、少なくとも私の感度の悪いアンテナには引っかかってこなかった。『日本百名山』とかそういう本はベストセラーなのに、『あなたも行けるアルプス』的な本は聞いたことがない。まあ、あんまり簡単に行かれて遭難されたりしても困るんだろうけれど、この際自分が知っている範囲をまとめてみることにした。

 今回の信州旅行でかなり残念だったのは、その「行けるアルプス」に行け(か)なかったことだ。

 バイク乗り用の雑誌の特別増大号に『絶景ロード100』というのがあって、そこに乗っていた「黒菱林道」というのに行ったのだが、行ってみると、その終点からリフトを2つ乗り継げば、往復3時間で八方池を往復してアルプス気分を味わえたのである。
 実際に行ったときには、リフトは途中で雲の中へ消えていたし、時刻も夕方だったので諦めたのだが、次の日の天気予報がよければ、その辺にもう1泊して登ってみたかった。またいずれ行くつもりでいる。

 バイク雑誌だから仕方ないとは言え、車道のことしか書いていないのにはがっかりした。「終点からリフトを乗り継げば、往復3時間のアルプストレッキングも楽しめる」とでも書いてあれば、間違いなく主要な目的地になっていただろう。
 書いていること以上の情報を求めようとしなかった私が悪いのだが、求めたくなるような記述は、たった30字ほどで書けるのだ。そのための紙幅は十分ある。

 さて、前置きが長くなった。私が知っている「初心者のあなたも行けるアルプス的なところ」のリストを以下の《続き》に記す。具体的な情報はご自身で収集願いたい。
 場所が場所なので、シーズンは概ね6月下旬から10月中旬くらいまでだ(もっと短いかもしれない)。(木曽)駒ヶ岳に登ったのは11月初めの連休だったが、いくら遅くてもその辺で終了してしまうのでご注意を。

 また、言うまでもなく、下界とは気温がぜんぜん違うし天気も変わりやすく風も強いことがある。雪が残っていることも多いし降ることすらあるし、滑落や遭難の危険だってないわけではない。2000mを超えると高山病の可能性も出てくる。
 登山届が必要な場合は必ず提出し、十分な情報収集と装備の上、自己責任で気をつけて。

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2017.09.08

■私の文章です

 以下は私がかつてここに書いた文章からの引用です。

 ここに具体的に書くことはできないが、あの新機軸はこうなった、あの改革の副作用は、この改革のせいで・・・と考えていくと、もちろん功罪両面あるだろうとは思うものの、成功か失敗かという二分法を適用するなら、そのほぼすべてが失敗であったと断言できる。つまり、結局は何もしない方がよかったということだ。(2010.10.2)
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 毎年毎年、失敗するのが必定の企画が立てられて実行されている。
 今年もまた、箸にも棒にもかからない「画期的な新構想」がいくつか提案され、上層部とその追従者たちによって嬉々として実行されている(彼らもほんとは「やらされている」のだろうか)。
 その「構想」の提案書たるや、手垢のついた空疎な大言壮語の羅列であり、無駄に饒舌なばかりで大した意味はない。読んでいるこちらが恥ずかしくなってくるほどだ。
 法科大学院と新司法試験の失敗と同様、これも数年後、失敗に終わっているのはおそらく間違いない。ただし、いくぶんかひっそりと。(2011.12.17)
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 失敗することが目に見えているような「新機軸」を矢継ぎ早に打ち出す文科省の方針に次々と面従させられて疲弊し、それでも誰も責任を取らない世界にストレスを溜め込んでいる現場から見ると、「トップまでが「面従腹背」などと言っていたのでは、そりゃこの悪弊は改まらないよなあ」と絶望的になってしまう。(2017.06.03)

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■私の文章ではありません

 こういうことをするのは初めてですが、以下は私の文章ではなく、内田樹氏のブログからの引用です。引用元は
 http://blog.tatsuru.com/2017/08/31_1544.php
です。念のため、内田氏はこういう引用を無条件に許容なさっています。それどころか、「私が書いた」と主張してもかまわないそうです(笑)

 それはさておき、以下引用です。付け加えることはありませんが、是非上記のリンク全文をお読みいただければと思います(ものすごく長いですけど)。

アメリカの外交専門誌Foreign Affairs Magazineは去年の10月号で日本の大学教育の失敗について長い記事を掲載しました。過去30年の日本の教育政策は「全部失敗」という衝撃的な内容でした。続いて今年の3月にはイギリスの科学誌Natureが、日本の自然科学研究の失敗についての記事を掲載しました。半年間の間、英米の世界的な影響力を持つ二つのジャーナルが「日本の大学教育の失敗・科学研究の失敗」を大きく取り上げたわけです。それくらいに日本の学術の劣化は国際的に「有名」な事例になっているのです。21世紀に入ってから学術的生産力がひたすら落ちているのは、先進国で日本だけだからです。

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2017.09.07

■ほんっとにどうでもいいのですが・・・

 珍しくこんな話題ですみません。

 数多の不倫報道が相次ぐ中、元検事の有名女性代議士と、9歳年下の男性弁護士とのW不倫報道がありました。

 いかな代議士といえども、こういうのって純粋に個人的なことだと思いますし、政治家として云々というのはほんっとにどうでもいいのですが・・・

・悪事を糾弾してきた(であろう)元検事が
・日本中から注目されている立場でありながら
・あれほど目立つ形で(たぶん)不倫をしてしまう

という危機管理意識の低さというか、脇の甘さというか、は、とっても気になります。

 また、一般的に、世間の人たちのこういうことに対する倫理観がどれくらい厳しいのか緩いのかも知りたいと思っています。
 自分のことは(だいたい)わかるのですが、他の人がどんなふうに考えているのか、ほとんど知る機会がないので。

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