2017.02.20

◆愚かで危険な言葉遊び

 学習指導要領の改訂案が発表された(2月14日)。

小5の社会では、竹島、北方領土、尖閣諸島が「我が国の固有の領土であることに触れること」と初めて明記。中学地理では竹島と尖閣諸島が日本固有の領土であり、尖閣については「領土問題は存在しないことも扱う」とした。(asahi.com)

 どこがどこの領土かや、小中学生にそれを教え込むことの是非はこの際措く。

 一番問題だと思うのは、中学地理で尖閣諸島について「領土問題は存在しないことも扱う」という点である。

 どうして、たとえば北海道や本州や四国や九州について「領土問題は存在しないこと」を「扱」わないのだろうか。
 それはもちろん、実際に(国家間の)領土問題が存在しないからである。

 ではなぜことさら、領土問題が存在しないはずの尖閣諸島について、中学生に「領土問題は存在しない」と教えなければならないのか。
 それはもちろん、実際には領土問題が存在するからである。

 だからこそ、アメリカのマティス国防長官やトランプ大統領に「米国の日本防衛義務を定めた日米安全保障条約第5条が沖縄県の尖閣諸島に適用される」などとわざわざ発言させ、それを聞いて大喜びしているのだ。

 もしかすると、こういう論理的思考を養成しようという深謀遠慮でもあるのだろうか(ないよね)。

 「日本政府は「領土問題は存在しない」と主張している」と教えるのなら問題ない。だがそれでは、政権の意向を体した学習指導要領にならないので、そうはなっていないだろう。
 ___

 間違いでも嘘でも事実に反していても、言葉遊びのように言い換えれば誤魔化せるとでも考えているかのような病が蔓延している。
 最近では

「(南スーダンに派遣されている自衛隊の業務日誌には)一般的用語として “戦闘” という言葉が使われているが、法的な意味の戦闘行為ではない」(稲田朋美防衛大臣)
「事実行為としての殺傷行為はあったが、憲法9条上の問題になる言葉は使うべきではないことから、武力衝突という言葉を使っている」(同)

 というような国会答弁が有名だが、日本の行政組織や立法組織はこれまでもずっとそうだった(司法すらそうだと聞く)。

 他の国でどうだったのかは知らないが、近ごろは、post truth とか alternative truth とかいう言葉が世界を席巻している。

 まさか、「優秀な」政治家や官僚を育てるために、小中学校から愚かで危険な言葉遊び(≒詭弁)を教え込もうとしているのではあるまい。

 中学生ともなれば、「領土問題は存在しない」と教えられることの馬鹿らしさに気づく生徒も少なくはないだろう。そんな聡明な生徒たちが、そういう頭の悪い言葉の使い方をしないように導くことこそ、教育の使命である。

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2017.02.11

◆雪の牧ノ戸峠にて

 雪景色で思い出した、昨年末の九州旅行。

 阿蘇を後にして湯布院方面へ向かうべく、やまなみハイウェイを北上していた。日本で5本の指に入るくらいの絶景コースだ。

 心配していた雪はもう大丈夫だろうかと思い始めたころ、最高標高地点の牧ノ戸峠(1333m)を前にして、圧雪路となった。
 車はノーマルタイヤのFF(前輪駆動車)である。

 いったん手前で止まったものの、「すぐ先が峠だし、ここまで雪がなかったんだから、目の前の圧雪路さえやり過ごしてしまえば、またすぐ雪はなくなるだろう」と考えた。
 幸い交通量もごく少ない。

 とりあえず様子を見ようと思って圧雪路に踏み込む。緩い上りだ。20〜30メートル走っていったん停止し、再度発進できるか試してみた。

 無理。何度試みても空しく前輪が空転するばかりである。

 とりあえず諦めて、雪のないところまでバックで戻る。上り坂なのでバックすることはできた。

 うーん、どうしよう。いったん止まると身動きがとれなくなる。ただ、おそらくは、のろのろと進み続ければ行けないことはないだろう。
 だが、峠を越えたところの下りはどの程度の勾配なのか。ここはやっぱり引き返すべきだろうなあ・・・ でも、ものすごく遠回りになるよなあ・・・

 その時、対向車がやってきた。窓から手を出して振り、合図する。ゆっくり走っていたこともあって、気づいて止まってくれた。

 互いに窓を開けて視線が合う。ちょっと違和感はあったが、話しかけてみた。

 「あの、すみません、この先の雪はどんな感じですか」

 相手はきょとんとしている。違和感が確信に変わった。ドライバーは外国人なのだ。おそらくは東南アジア系の。
 たまたま止めた車を運転していたのが外国人・・・という時代になったのである。こんなことは初めてだ。

 まあ、車を止めることもそうないんだけれど、ドライバーに日本語が通じないというのは予想しなかった。
 相手から見れば、止めたのは日本人だと予想できたろう。よく止まってくれたものである。

 気を取り直して、英語に切り替える。幸い通じた。

 この先、雪はどんな感じか、それはどのくらい続くのか。

 「うーん、2kmくらい」

 えっ? 2km??
 すぐそこが峠なので、せいぜい数百メートルだと思っていた。2kmはかなり厳しい。
 逆に聞かれる。この先の道路に雪はないのか。うん、まったくない、安心していい。

 そちらは大丈夫だが、こちらは行けるだろうか。うん、大丈夫だ、ゆっくりいけば(You can go slowly.)。

 半信半疑だった。でも2kmだ。何とかなるかもしれない。

 本当におそるおそる車を進め、結局は何とかなった(5kmくらいに感じたけど)。
 ___

 しかしながら、逆の立場だったらどう答えただろう。
 自分はスタッドレスタイヤを履いたレンタカーで峠をゆっくり越えてきた。その雪道を走れるかと聞く人がいる。

 タイヤはノーマルですか? FF? やめておいた方がいいと思います。もちろんご自由ですが、私なら絶対に行きません。

 実際、途中で後にも先にも進めなくなっている車を目撃した。幸いすでにパトカーが来ていたので、そのままやり過ごした。
 私が無事に走り終えたのは、運がよかったからにすぎない。

 つくづく「引き返す勇気」ということを考えさせられた。こんな時でも臆病なのだ。

 今思えば、よくもまあ、雪道を走るのが初めてかもしれない東南アジア人?のアドバイスに従ったと思う。
 結局は背中を押して欲しかっただけのことなのだが、それにしても。

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2017.02.07

◆え、そんなに?

 「鳥獣関係統計によると、狩猟や農作物の被害防止などの目的で行政の許可のもと行われる有害鳥獣捕獲などで13年度はシカ約50万頭、イノシシ約45万頭が捕獲された」という記事を朝日新聞で読んだ(引用は asahi.com から)。

 私は即座に「この記事はケタを間違えているのではないか」と思った。

 鹿と猪あわせてほとんど100万頭である。

 野生の鹿や猪を、毎年100万頭も「捕獲」できるものだろうか。いったいどこで、だれがそんなに多数の獣を捕まえているのか。

 確かに近年、シカやイノシシが増えすぎる一方、猟師が減って困っているという記事はたびたび目にするようになった。
 でも逆にいえば、その少ない猟師が年間100万頭も捕まえていることになるわけで、1人あたりいったい何頭になるんだろう?
 毎日欠かさず一頭ずつ捕まえるとしても、365頭。そんな人が2740人もいるというのだろうか(あれ? そのくらいならいそうな気もする。捕獲頭数が1/4くらいとして1万人とかなのかな)。

 それにしても、毎年そんなに殺して大丈夫なんだろうか。いや、むしろ増えすぎて困るというのはよく聞くんだけれど、100万頭というのは、日本で1年間に食肉処理されている牛の頭数とそれほど変わらないはずだ。

 記事によると、捕獲された鹿や猪の9割は廃棄されるのだという。食べられるのは1割ほどだそうだ。

 解体・流通・需要と供給など、いろいろ難しいことがあるようなのだが、生命を奪った以上はやはり食べるに如くはないだろう。
 個人的には鹿肉は好みではないが、猪とともにジビエ料理の材料として優れた素材のはずである。

 尊い命を、そして貴重な生物資源をなんとか生かす方法はないものだろうか。

 それにしても年間100万頭・・・

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2017.02.03

◆不適切な話題

 なんか、殺伐とした話題が続いたので、ちょっと違うのを。

 こことしては珍しく、inappropriate というか indecent というか、ちょっと不適切な話題だが、お許しいただければ。
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 迷惑メールをまとめてゴミ箱へ移動しようとしていて、最初のメールの冒頭部分がふと目に入ってしまった。

 Hi, I have a great ass, firm breasts. You will have fun with me...

 "a great ass" の方はまあ、わからないでもない。そういうのが好きな人も多いかもしれない。
 具体的にどういうお尻を指すのかはぴんとこないものの、「立派なお尻」くらいに思っておけば外してはいないだろう。

 もっとひらたく、「大きなお尻」と考えても、文化人類学的には豊穣や多産の象徴であり、そういう体型を好む文化も多い。
 地域によっては、未だに「太っているほど美人だ」という文化もあり、そのために結婚前の女性を無理矢理太らせる習慣なんかが残っていて、健康のためにと、国連がそれをやめさせるキャンペーンを行ったりしている。

 というわけで、"a great ass" の方はともかく、"firm breasts" の方は気になった。直訳すると「固い胸」になる。

 固い胸?

 この言葉から私が連想するのは、鍛え上げた男性ボディビルダーのそれだ。

 しかしながら、迷惑メールの目的は明らかなので、「固い胸」とはすなわち女性の「固い乳房」のはずである。
 固い乳房を好む文化の話は、寡聞にして知らない。

 「もしかすると、firm に私の知らない意味があるのでは?」とも考えたが、いろんな辞書を引いても見当たらない。

 この時点で、職場の若い人たちとこの謎についていろいろ話してみたいなあと思った。
 「固い乳房」を好む文化の問題なのか、それとも firm breasts にまつわる言語の問題なのか。

 とりあえず家人にこの話をすると、いくら文化人類学的に、あるいは言語文化学的に取り上げるとしても、職場でこの話題を出すのは不適切ではないかと注意を受けた。「誤解されたらどうするの?」
 でも、夫婦の話題だけで終わらせるのはあまりにもったいないので、仕方なくこうしてここに記している。

 すみません。

(以下結論を書きます。自分であれこれこの謎に挑戦したい方は、後ほどお読みください。)

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2017.02.01

◆もはや正気を疑う

 アメリカの国土安全保障省のジョン・ケリー長官(同姓同名なので「えええぇぇ」となったが、前国務長官は John Kerry で、この人は John Kelly だった)が、記者会見で「ビザ発給の審査を強化し、申請者の電話の通話記録やウェブサイトの閲覧、ソーシャルメディアの使用状況を調査することを検討していることを明らかにした」という(朝日新聞夕刊トップ)。

 最初このニュースに接したのがネットのまとめサイトか何かだったため、あまりのばかばかしさに信憑性を疑い、寝床で iPhone だったこともあり、わざわざ真偽を確かめたりもしなかった。

 それがまさか、記者会見での正式な発言であったとは・・・

 そんなもの、いったいどうやって「調査」するのか。

 それとも、「ビッグ・ブラザー」はふだんから我々の通話やウェブサイトの閲覧、ソーシャルメディアの使用状況を監視していて(スノーデン事件のことを考えれば、可能性は十分ある)、それを個々人と結びつけているのだろうか(まさかそこまで)。

 入国審査にそんな「調査」を考えているとしたら、もはや正気を疑わざるを得ない。
 ___

 いくら何でもそんなバカな・・・と思って英語のニュースを当たってみると、たとえば CNN は以下のように報じていた。

 まだ初期の検討段階だと断りながら、

Miller also noted on Saturday that Trump administration officials are discussing the possibility of asking foreign visitors to disclose all websites and social media sites they visit, and to share the contacts in their cell phones. If the foreign visitor declines to share such information, he or she could be denied entry.
 これだとかなりニュアンスが異なる(冒頭の Miller は、スティーブン・ミラー大統領補佐官(政策担当))。
 アメリカに入国しようとする者は、「閲覧するすべてのウェブサイトとソーシャルメデイアサイト」および「携帯電話に登録されている連絡先」を開示するよう求められ、それを断ると入国を拒否される可能性があるという。

 アメリカが「調査」するのではなく、私たちが「開示」を求められるのだ。
 それならまだ「理解」はできる。

 だがそれでも、「閲覧するすべてのウェブサイト」!!

 そんなものをどうやって開示すればいいのだろう。ビザの申請だとすると、大使館や領事館にパソコンを持参してブラウザの履歴を見せればいいのだろうか。いつからの履歴? ときどきクリアするんですけど。「パソコンは持ってません」では疑われるのかな。
 だいたい、ほぼすべて日本語(あるいは人によって中国語・アラビア語・フィンランド語・アムハラ語・・・)のサイトなんだけど、審査官にどんなサイトか判別できるんだろうか。

 ソーシャルメディアは「使ってません」でおしまいだ。

 スマホの連絡先もみんな日本語なんですがそれは・・・

 いずれにせよ、悪意のある者はそんなものいくらでも偽装できるし、「ほんとうに」どんなサイトを訪れていてだれと連絡を取っているのかをいちいち調べることなど不可能である。

 そして何より、令状もなしにそんなことを要求するのは、合衆国憲法に違反する(はずだ)。

 オバマ前大統領がイリノイ州選出の上院議員候補者だったときの演説に

we can say what we think, write what we think, without hearing a sudden knock on the door
というのがあった。「私たちは、自分の考えていることを言ったり書いたりできる ──突然ドアがノックされる音を聞いたりすることなしに」
 彼の言葉を借りれば、それこそがまさに、アメリカをアメリカたらしめる premise(大前提)なのだ。
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 ショックだったのは、朝刊で「入国禁止 反旗の嵐」と書いた朝日新聞が、同日の夕刊で「米入国禁止49%賛成」と報じていることである。ロイターによる50州の調査で、反対は41%だったという(インターネットによる1201人の成人に対する調査だというのだが、きちんとした統計調査なのかどうかは気になるけれど)。

 「この国民にして、この政府」(国民は自分たちのレベルに見あった政府しか持てない)という(19世紀の歴史家、トーマス・カーライル)。

 21世紀になってもその箴言が通用するとは、ほんとうに情けない。

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2017.01.31

■今いる場所で(3)

 アメリカの司法長官代理(長官は現在空席なので司法省のトップ)、サリー・イェイツ(Sally Q. Yates)氏がトランプ大統領によって解任された。

 中東・アフリカ7か国からの入国を禁止する大統領令に従わないよう、イェイツ氏が省内に通知したからである。

 合衆国憲法と法律と良心とにしたがって、大統領令を拒否したのだ。
 文字通り、職を賭して。

 「私には、常に正義を追求し、正しいことを弁護するという我々の機関に与えられた厳粛な責務を果たし続ける責任がある」(朝日新聞夕刊)
 「大統領令を弁護することがこの責務を果たせるとの確信も、大統領令が合法という確信もない」(同)

 せっかくのイェイツ氏の命令は、後任者によってさっそく取り消されてしまったけれど(nytimes.com)、彼女の行動の意義がそれによって無に帰することはない。
 ___

 6年ほど前、「今いる場所で」という2つのエントリを書いたことがある。

 これほどの高官が「今いる場所で」できる役割を果たした意義は大きい。

 それと比べれば、私たちの多くには、ケシ粒ほどの力もない。それでも、各人が今いる場所でできる最低限のことを積み重ねることは、けっして無駄ではないと思う。

 1分でも2分でも、理不尽な権力者への異議申し立てに時間を使いたい。

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2017.01.24

■ドローン・オブ・ウォー

 まだ途中までしか見ていないのにこういうことを言うのもなんだが、現代に生きるだれもが見るべき映画である。

 これが未来のことではなく、むしろ過去のことだというのがまた・・・

 しかも、あのオバマ政権下ですら、こんな戦争が行われていたのだ。
(物語の細部はもちろん創作だろうが、ドローンを利用したこの種の作戦が日常的に行われていた(る)のは周知の事実である)。

 未来はいったいどうなるんだろう?

(Good Kill, 2014 U.S.A.)

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2017.01.22

■縁 あるいは 身の回りの品について

 (いつにも増してとりとめのないだらだらとした文章です。あらかじめお詫び&お礼申し上げます。)

 たかだか椅子くらいのことで縁だのなんだの言うのもどうかと思うのだが、やっぱりこういうのも縁なんだなあと思う。

 昨日午前、なぜか「それなりの安いのでいいや」と思ってニトリやら湯川家具なんか(そうそう、うちのすぐ近所にオフィス家具のリサイクルショップというのがあって、しょっちゅう通る幹線に面しているのに、そういうのがあることを今までまったく知らなくて驚いた)を回り、ニトリなら2万5千円、湯川家具で見つけたイトーキのなら3万5千円という感じで、もうどちらかにしようかと考えていた。
 その値段でも、表(おもて)は一応牛革である。

 また一方で、ぱっと写真で見たところ10万円のと区別しにくいような椅子が、通販で5〜6千円で売っていたりする。「試しにそういうのを買ってみてもいいかな」と思いつつ評判を調べると、案の定というか粗悪品と呼べるようなものが多いらしく、手を出すのはやめることにした。

 そんな中、今日午前、わりと近くにカリモク家具のアウトレットがあるので覗いてきた。

 一目でデザインや質感が気に入った椅子は座り心地がイマイチで、座ってみて「ああ、これならまあいいか」と思った椅子はデザインが論外だった。

 家に帰って昼食後、家人に写真やらカタログやらを見せると、私が論外にした椅子が飛び抜けて気に入ったという。
 美的センスを疑わざるを得ない。

 いやまあ、なんというか、イギリスの古い書斎なんかに置いてありそうな、緑の布張りの椅子で、それ自体のデザインが悪いわけではないのだが、私の好みとはかけ離れているし、うちのリビングダイニングはマナーハウスの書斎ではないのだ。

 座り心地は悪くなかったし、アウトレットだから値段もそれほど高くないので、午後からまた店に出かけ、その椅子に座ったまま「どうしようかなあ」と長時間思案して、結局購入した。

 その時に考えたのが「縁」である。

 アウトレットの現品販売なので、たまたまそこにあるものしか(その価格では)買えない。しかも、書斎用の椅子など、ふだんから扱いが少ない上に、今は特に子供用の学習机のシーズンなので、それに展示スペースを取られて、数点しかない。
 なのに、カリモクの Webカタログにある椅子をぜんぶ見て、家人が断然これが気に入ったという椅子がその中に含まれており、座り心地や機能性の面からいえば、私もそれなりに気に入ったのである。
 さらに、デザインや質感がいいと思った椅子よりも安い。

 これまで、特に指名買いではない(というか、その都度いろいろ探した)のだが、気がつくと、私と家人の机と椅子、書斎のキュリオケース(というらしい)、寝室のローボードなど、なぜかカリモクになっている。
 そして、家人の机と椅子は30年以上、私の椅子と机も20年近く使っている(訂正:机は11年でした)。ローボードもたぶんそれくらいだ。

 椅子は布張りだし、のべつ使っているので、もっと傷みが激しくてもおかしくないはずなのだが、まだ十分使えるレベルなのは、たぶん、モノが悪くないんだろうと思う。

 今回、買うかどうか逡巡しつつ、長い間問題の椅子に座りながら、「これも20年以上使うとすれば、70歳を越えても使っていることになるのかなあ・・・」(生きてるのか?)とちょっとびっくりした。

 そこまでのものを買うのなら、もっといろいろ吟味してから・・・という思いと、何もかも気に入るような椅子がそう簡単に見つかるわけでもないし、これも何かの縁だから・・・という思いとがせめぎ合って、最後は、「なんとなれば家人や息子が使ってもいいや」と、買うことにした。

 もっと余裕が出てきてから椅子を見つくろいに行こうと思っていたのに、一番バタバタしているさなかに見にいって、先週や来週だとなかったかもしれないものを安く買えたんだから、まあよかったのだと思う。

 これをきっかけに、今後は意識してカリモクで統一していこうかという気がちょっとしている。
 数年前に気に入って買った安物のソファーが、やはり価格相応なのかすぐにへたり、ちょっと後悔しているのだ。
 ___

 若いときはお金も暇もないので、なんでも間に合わせで買いがちだ。そうして買った安物の家具だって食器だって、多くは30年以上使うことになっている。どうかするとこのまま50年以上使ったりしかねない。

 どんどん捨てて買い換えるタイプの人ならいいのだが、買った以上は使える間は使うという私たちのようなスタンスだと、歴史を刻んだがらくたが身の回りにあふれ、ますます捨てにくくなる。

 たとえば20代でモノを買うとき、これを50になっても使うなんて想像もしない。しかし、落とせば割れてしまう食器でさえ、30年以上使っている安物が食器棚を占拠しているのが現状だ。
 食器はさすがに処分しようかとも何度か考えたのだが、愛着というか腐れ縁というか、そういうものがまとわりつくと無下に捨てることも難しい。

 今回も結局は高くない品で妥協した私が言うのもなんだが、少し背伸びしてでもいいものを買っておくのが大切なんじゃないかという気がする。
 そうすれば、年を取ってから、安物に埋め尽くされた生活ではなく、年輪を刻んだ味わいのある愛用品に囲まれて暮らすことができるはずだ。

 まあ、たとえば30代で50代を見通すことはむずかしいけれど、50代なら70代を想像できる。
 私自身、もう一歩踏み込んで、少しくらいはいいものに囲まれた暮らしに向かいたい。

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2017.01.18

■カルテット

 今クールのドラマで、2回目(以降?)を見たいのが出てきた。

 「カルテット」
 (出演:松たか子・満島ひかり・松田龍平・高橋一生 脚本:坂元裕二)。

 前クールは「逃げるは恥だが役に立つ」。2クール連続で見たいドラマがあるのは滅多にないことで、ちょっとうれしい。
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 ドラマの中で、年上の女性(松たか子)の配偶者のことを、年下の連中(あとの3人)が「夫さん」と呼んでいた。
 こういうのをきっかけに、この奇妙な日本語も定着するのかもしれない。

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2017.01.16

■物入り

 なんだかいろいろ物入りが続く。

 カメラとレンズはまあ、好きで買ったのだからいいんだけれど、双眼鏡の修理が2万円・腕時計の修理が2万5千円ほどというのは痛かった。どちらも、その値段でそこそこの品が買えてしまう時代だからなおさらである。
 その他にも、なんだかんだと出費があったような気がする。

 なのにまた、椅子が壊れた。

 壊れたというか、ガスが抜けて高さ調節に支障を来すようになったのだが、その他にもあちこちガタがきていて、そろそろ買い換え時かなあと思う。もったいないような気もするけれど、なにしろ20年近く使っているのだ(でも、家人のは30年を経て現役である)。

 ここに何度か書いたことがあると思うのだが、うちのダイニングには、テーブルと仕事机とをL字型に組んでいて、回転椅子を90°回せば、食卓モードと仕事モードが使い分けられるようになっている(並行モードもたまにある)。

 在宅時間も座っている時間もふつうの社会人より長いので、ちょっといいのを買わなければならないんだけれど、同僚が買った有名な椅子をネットで見ると、15万円とか書いてあって、のけぞってしまう。

 しかし、食事の時はまだいいのだが、仕事の時の低い椅子は身体に悪い。余裕ができたら物色しに行こうかと思っているが、このまま一日でも使っていると仕事にならない感じもして困っている。

 とはいえ、一度買うとまた20年なので、適当なのを見繕うわけにも行かず、買うからにはそれなりに吟味して買いたい。

 買えるまでどうしよう? あ、名案! 家で仕事するのをやめようかな?

 仕事なんかしていなくても、こうしてパソコンを叩いていると同じことなんだけれど・・・

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2017.01.15

■どうしてもっと早く切り替えなかったんだろう?

 つたない写真を臆面もなく皆さまに公開している(いえ、謙遜ではありません)

 「戸惑う被写体 ── Out of Focus, Out of Sight
 「Look ! Up in the Sky

ですが、これまでは基本的にココログの機能を使ってきました。

 これが実に扱いにくく、写真ファイルの長辺は 640 pixel 以下、容量は 1MB 以下という今どき信じられないような情けない仕様で、しかも、アップロードに写真を一枚ずつ指定するなど、面倒くさくてかつ時間がかかるというものでした。

 にもかかわらず、生来の辛抱強さ(嘘)がわざわいして、それに耐えながら使い続けてきました。

 それが、新年を迎えたこともあって(というか、今まで何度も迎えてるんですけど)、外部の写真ストレージサービスにリンクすることにしようと思い立ちました。

 ちょっと調べてみると、老舗の flickr(かつて使っていました)を始め、さまざまなサービスが展開されています。ただ、サービスを急に打ち切られても困るので、なるべく持続性のありそうなサイトを探しました。
 ざっと見て回り、名前を聞いたことのある「フォト蔵」にしようかなといったんは決めたのですが、実際に見てみると、広告がうるさくてとても耐えられそうにありませんでした。

 SNS時代でもあるし、この際 Instagram かとも思ったのですが、写真がぜんぶ自動的に正方形にトリミングされるらしく、それだけで論外です。

 結局のところ、灯台もと暗しというか、Google Photos にしました。
 昨年から iPhone 7 Plus で撮った写真を自動で同期していて、その便利さに驚いていたのですが、単にバックアップ目的で同期していただけで、これまでは特に何にも使っていませんでした。

 試しにちょっとやってみると、これがまあ、夢のような使い心地。
 写真は1600万画素までのものなら無制限にアップロードが可能です。大きなファイルは圧縮されて画質が落ちるようですが、見た目にそれほどの違いはありませんし、2048×2048 までなら圧縮もないようです(後記:ネットには圧縮がないという言説が転がっていましたが、実際は相当圧縮されていました)。
 私は、実際に見るパソコンの画面の広さを考えて、長辺 1280 pixel でアップすることにしました。

 アップロードも、複数まとめてブラウザの画面に Drag & Drop するだけで、スピードも速い。これまでの無駄な苦労は一体何だったんだろうという感じです。

 このブログ用の写真をアップロードして、2つに分けて共有アルバムを作るのも簡単でした。

(著作権関係のことがちょっと引っかかるのですが、まあ別にカメラマンになるわけじゃないし、ココログだって他のサービスだって、その辺はけっこういい加減だと思うので、この際目をつぶります。)

 これからもぜひ、

 「戸惑う被写体 ── Out of Focus, Out of Sight
 「Look ! Up in the Sky

をご贔屓にお願い申し上げます。

 この本文の中からもリンクを張っていますが、
←のカラムのリンクをクリックすると、Google photo の共有写真ページにジャンプします。

(後記:愚妻(一度使ってみたかった)は今日まで! このブログの写真集の存在を知らなかったそうです。聡明なる皆さまにおかれましては、ぜひお見知りおきのほどを。)

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2017.01.14

■macOS 環境移行覚え書き(随時更新)

 すみません、自分のための覚え書きです。

 ・・・と言いつつ、

1.同じようなことに悩んでいらっしゃる方のための検索キーワード
MacBook Pro, macOS Sierra, Touch ID, 機能しない, 動かない, 反応しない, 使えない, 指紋, 認証

2.下記に出てくるソフトはけっこうお勧めです ^^

●Touch ID が機能しなくなった後、指紋の再登録やSMCのリセットやNVRAMのリセット含め、何を行っても症状は改善しなかったが、macOSを再インストールしてから、いったん Touch ID 設定のチェックを外してもう一度チェックすると直った。macOSの再インストールは思ったより非常に簡単で、Wi-Fiに接続した状態で Command + R を押しながら再起動するだけ。既存のデータには影響しない。
・SafariのBookmarkやID, Passwordは、iCloudを使って旧環境と同期させると楽。
・ATOK2015の環境は ~/Library/Preferences の中のATOK28フォルダを丸ごとコピーするだけ。
・Adobe Photoshop Elements(購入済)は、ソフト名と「ダウンロード」で検索して該当バージョンをインストールし、シリアルナンバーを入れて使う。
・LogoVista電子辞典の辞書ファイルは、アプリケーションフォルダの中にすべて入っている。
 (訂正:Documents(書類)フォルダの中にも LogoVista フォルダがあるのでコピーする)
・EPWingや電子ブックの辞書ファイルも、EBMacのアプリケーションフォルダの中に入れておくとわかりやすいかも。
・自宅のWi-Fiでも、1GB/minくらいの速度でコピー可能。
・Shrookは設定をコピーしようとしないで(してもできない)、FileメニューからExport OPMLしたものをImportする。
・BathyScapheはいい機会なので整理のためにも手動で選び直した。
・ClipMenuは開発が止まっているので、後継とも言えるClipyに変えた。

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2017.01.08

■超人世代?

 1月6日(金)の朝日新聞(大阪本社版朝刊)トップは「高齢者「75歳から」提言」という記事であった。

 日本老年学会と日本老年医学会が「高齢者の定義について」「75歳以上とすべきだとする提言を発表した」件である。

 高齢者福祉を削りたい政治の側から働きかけでもあったのかと、かなりうさんくさい気はするものの、それはまあ憶測に過ぎないし、今の70代前半がまだまだ若いというのは実感とも合致する。

 だが、以下はいただけなかった。

 「知的機能の面でも、70代の検査の平均得点は10年前の60代に相当するという報告があり、根拠の一つとされた」(読点を1箇所だけ移動しています)というのだ。

 「この文の通りだとすれば」、その報告は明らかに間違っている。

 なぜなら、「10年前の60代」は現在の70代なのだから。
 この調査は、10年前と現在の同じ集団を調査していることになるはずだ。

 ランダムサンプリングなりなんなりが適切に行われ、きちんとした科学的な調査が行われていれば、こんな結果が出ることはありえない。
 もしこの結果が正しければ、10年前の60代は10年経っても知的能力が同じで、衰えていないということになるからだ。

 実際の報告がどういうものかはわからないが、こんな馬鹿げた内容をそのまま記事にしてしまう記者と校閲の愚かさにはあきれてしまう。

 この部分の直前には、「生物学的に見た年齢は10〜20年前に比べて5〜10歳は若返っていると判断した」とあるのだが、それならまだ理解できる。

 だが、「70代の検査の平均得点は10年前の60代に相当する」なら、その世代は10年間まったく老化しなかった超人世代ということになってしまう。
 ___

 私が最初の職場に就職した30年ほど前、75歳という年齢は、確かに、仕事ができなくなる境界あたりであったことを、具体例とともにまざまざと覚えている。
 しかしながら、80代半ばの父親を見ていると、まだその境界を越えていないように感じる。

 もしそうだとするならば、30年で10年ほどは「若返っている」のかもしれない。あるいは学会の言うように「10〜20年前に比べて5〜10歳」ということもありえないことではない。

 それでも、「10年で10年」はありえない。人間は不老不死ではないのだ。

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2017.01.04

■阿蘇の陶芸家:工房 ゆう

 2016年12月27日。せっかく阿蘇に来たのに、あいにくの天気。

 震災の復旧が進んでおらず、阿蘇山上には北からしかアクセスできなくなっているということで、とりあえず、道の駅阿蘇まで来てみたものの、さて、この天気ではどうしようかなあというときに、ちょっと気になる焼き物を見つけた。

 もとより、焼き物の趣味も知識もないのだが、ごくたまには、気に入って購うこともある。値段も安いし、これ買って帰ろうかなと思ってから、ふと、それよりもこの陶芸家を訪ねてみて、そこで買おうと思った。

 動機はだから、「天気も悪くて他に行くところもないので」に近い。失礼な話である。

 幸い、工房までは10kmもない。ただ、場所がわかるかどうかという不安を抱えつつ、スマホのナビを頼りに行ってみた。

 近くに、うどん屋さんと季節料理のお店があるので(といってもそういうのがあることが信じられないような田んぼの真ん中です)、それらを目印にしながら進む。特に「手打ちうどん」の看板が役に立った。目指す場所は「季節料理 ふじ川」の向かいである。

20161227 このあたりのはずなのだが本当にあるんだろうか、仮にあるとしても、看板とかは上がっているのだろうかと不安を抱えていると、邸宅といってもいいような立派な門構えのお宅に「工房 ゆう」と書いた木の札がかかっているのを見つけた。

 門は開いていて、中に車を駐める広さが十分あることは、外からでもわかる。行ったはいいが、駐車できるのだろうかという心配もしていたが、杞憂であった。

 工房とおぼしき建物の戸も空いていて、「すみません、こんにちは」と声をかけながらおそるおそる中へ入る。出迎えてくれたのは、30代前半に見える若い陶芸家であった。

 「あのう、ここはご実家なんですか」というのが、好奇心を抑えきれずに出た最初の質問だったと思う。貧しい陶芸家の工房にはとても見えなかったのだ。重ね重ね失礼な話である。

 結論を言えば、大家さんの離れを安く貸していただいているだけということであった。

 どうして道案内の看板を出さないのかと伺うと、「通りすがりに来られてもちょっと困るんです。わざわざここを目指して来てくださる方に来ていただきたいし、そういう方はちゃんと見つけて来てくださるんですよね」とのこと。

 いやいや、諦めて去ってしまった人には会えないからでは・・・とも思うが、それは口に出さない。
 ネットやSNSで広めてくださるのは大歓迎ということなので、お言葉に甘えてこうして記している。

 さて、そこからは作品を見せていただきながら、いろいろとお話を伺うことになった。
 「お邪魔してすみません、どうぞ、お仕事を続けながら」

 だんだんと、職業的なインタビューをする感じになってくる。そうして伺ったことは、とてもここには書き切れない。

 「大学はまあ、一応行ったんですけど、落ちこぼれてついていけなくなって」とおっしゃるので、それ以上詮索しないでいたところ、壁に貼ってあったポスターに「九州大学工学部機械航空工学科に進学した」とあるのに気づいた。

 のちにまた大学の話になったとき、実は大学院にまで進んでいたことがわかる。そういう感じの人である。

 釉薬は、自分で刈り取ったススキを焼いた灰から作る。あるいは、昨秋、36年ぶりに爆発的噴火を起こした阿蘇の火山灰を利用する(←リンク先はインタビュー動画で、音が出ます)。

 作品としては、せっかくなので、阿蘇の荒々しさや溶岩を思わせる焼き物を作りたい。でもやっぱり、焼き物を買ってくださるのは女性が多く、「カワイイ」を求められるので、個性や思いを殺してそういうものも作っている。

 私が買ったのも、結局は溶岩のモチーフとは関係のない、深みのある青を基調とした湯飲み茶碗であった。

 会計をしながら年齢を伺うと、実は不惑をいくつか越えているという。若く見えますねと驚くと、「この世界で若く見えるのは・・・」と苦笑なさる。

 そこにあった、明らかに「作品」と呼ぶにふさわしい花挿しに話題が及ぶと、「これは、壁を表しているんですよ、人種の壁・民族の壁・宗教の壁・・・ それにこういう、風穴を開けているんです」という。

 そしてとうとう、「作品を通して世界平和を訴えたいんですよね」とまで言ってくれた。

 「いや、もちろん、だからなんだ?って話なんですけど」と付け加えるのは忘れない。

 私だって、ふだんそんなことは人に言わないが、やはり仕事を通して訴えているつもりなのはそういうことである。
 それを伝え、薄暗い阿蘇の工房の片隅で、束の間、2人で世界平和に思いを馳せた。
 もとより、だからどうした、という話であることは承知しつつ・・・

 帰り際、途中でも勧めてくれたカフェを、今度は熱心に勧める。私が大阪から来たというと、「大阪から来た夫婦がやってらっしゃるお店があるんです」といって始まった話題だ。
 コーヒーは飲まないようにしているし、その時はまず確実に行かないだろうと思っていたのだが、社交辞令として名前や場所を確かめた。

 だが、ちょうどお昼も近く、そばのうどん屋さんの駐車場で開店を待っていても休みのようだったので(翌日、実は開いていたことがわかったのだが)、結局そのカフェに向かうことにした。調べると、ランチも食べられることがわかったのだ。

 確かに素敵なカフェだったのだが、工房の主とはちょっと方向性が違う感じで、どうして熱心に勧めたのかはわからない。
 カフェについてはまた別の機会に。
 ___

 工房 ゆう:田中耕治さん

 〒869-2613
 熊本県阿蘇市一の宮町中通1707

 駐車場の心配はまず必要ない。

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2017.01.01

■頌春

20170101

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2016.12.30

★「徐行」(その2)

 九州を旅行中、公安委員会が設置した「徐行」の標識は、結局一度も見なかった。自宅からフェリー乗り場までの往復を含めてもなかった。

 1週間以上、1300km余(フェリーで往復したので大した距離ではないが)を走ってゼロである。

 いったい「徐行」の看板はどれくらいあるのだろうと前から疑問だったのだが、旅行前の朝日新聞に記事が載っていて、たまたま知ることができた(2016.12.15夕刊)。

 それによると、「止まれ」は約170万箇所、「徐行」は約1千箇所だそうである。「止まれ」が「徐行」の1700倍!だ。

 やはり、「「徐行」の標識を立てるべき場所に「止まれ」の標識ばかり設置」しているのは間違いないようだ。

 単純計算で、「止まれ」の看板は1都道府県あたり平均3万6170本、「徐行」は21本ということになる。それでも「20本もあるの?」という気はするが、見ないはずだ。
 以前書いたように、「あそこにあった」と思い出せる「徐行」の標識は全国で1本しか知らない。

 国土交通省のサイトによると、林道や農道などを除く、道路法第三条に規定された道路の総延長は128万キロ弱だそうで、ならば、異なる道を平均して1280kmほど走るごとに1本の「徐行」の看板に出くわす計算になる。

 それほど少ないのだ。今回私が一つも見なかったのも、偶然ではないことがわかる。

 「止まれ」ならば、自宅から数十メートル以内に数本あるのに(実際、平均すると750m走るごとに1本立っている計算になる。これではおちおち走っていられない)。
 ___

 さて、↑の新聞記事では、東京オリンピックを控え、「止まれ」と「徐行」の標識に英語を併記する内閣府令の改正案を警察庁がまとめたことを報じている。

 「止まれ」は "STOP" でいいのだが、「徐行」が "SLOW" なのには驚いた。

 「道路標識及び信号に関する条約」に定める、赤で縁取りした逆三角形の白い看板(日本の「徐行」の看板とほぼ同じ)は、以前も書いたとおり、英語圏では通常、"YIELD"(米語) か "GIVE WAY"(英語) と表記されている。

 要するに、「あなたに優先権はないので、相手に道を譲りなさい」ということだ。

 それこそがこの看板の本質のはずである。

 たしかに、「徐行」の意味は "SLOW" かもしれないが、それならばこの形式の標識を使うべきではない。

 制定の経緯がよくわからないのだが、日本の「徐行」の看板は、いったいどうすることを要求しているのだろうか。
 ほんとうに「徐行」そのものが目的なら、もっと多く設置されていてもいいはずである(現に、工事現場などでは看板によく「徐行」が使われている)。

 国際条約上は、明らかに "YIELD" や "GIVE WAY" の意味で使われるべきなのに、日本では単に速度を落とすことだけを要求しているから、無駄にぜんぶ止まらせたい交通行政が、すべて「止まれ」の看板にしてしまっているのだろうか。

 そのセンスが、「徐行」を "SLOW" と表記させる。

 1700000 対 1000 というのは、いかにも不自然だ。都道府県あたり平均20本ほど、道路延長1280kmあたり平均1本ほどしかない看板など、そもそも不要だとすら言えるかもしれない。なにしろ、青森から広島くらいの距離を走って1本なのである。

 繰り返すが、ピクトグラムとしてのこの看板の意味は、国際条約上、「相手に優先権があるから道を譲りなさい」なのだ。ゆっくり走ることが本質ではない。

 まあ、英語ネイティブではない外国人には、SLOW のほうがわかりやすいというのは理解できなくもないのだが・・・

 いずれにせよ、外国人観光客が「徐行」の標識を見ることはまずないだろうから、どうでもいいのかもしれない。宝探しのようなものである。

 明日からまた探してみよう。ふだんの私の行動範囲には一つもないと断言できるけれど。

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★九州ひとり旅 tweet 集(記憶のための記録を記念に)

 北海道の時も同じようなことをやった記憶があるが、気紛れに tweet していたのを後でまとめただけだった。今回は特に意識しないまま、自然に twitter で実況中継を始めてしまっていた。

 記憶のための記録を記念に残しておく。

2016/12/21 20:50:08 明日夜のフェリーの予約を取ってしまった。もう行くしかないのだが、なんとなく憂鬱。損な性格だ。あ、年賀状どうしよう・・・
2016/12/22 16:04:49 一人旅なのに車のトランクがパンパン。2/3が寝具・・・
2016/12/22 16:56:01 フェリー乗り場。前に並んでいた人が7人で帰省するらしく、12万何千円とか支払っていたのにびびった。
2016/12/22 17:00:30 あいにくの強風と雨。 https://t.co/MxAYVTYJFN
2016/12/22 19:52:03 船室内はまさかの圏外。幅80cmのツーリストベッドがこの旅でもっとも快適な寝床とならないことを祈る。
2016/12/22 19:55:34 少し揺れる。注意のアナウンス。
2016/12/22 20:04:11 明朝9時ごろ鹿児島に着くのだが、その後とりあえずどこに向かうのかすら決まっていない。
2016/12/22 07:40:55 夜中、かなり揺れた。寝付くまで、風邪気味+船酔い気味で辛かった。荒天の影響で1時間遅れとのアナウンス。
2016/12/22 07:42:48 @IYOTA2101 ありがとうございます! すでに出かけてきたことを少し後悔していましたが、気分のすぐれないのは治りました。のんびりします。
2016/12/23 09:18:07 さんふらわあ きりしま、1993年の就航だというけれど、紛れもない昭和の雰囲気が随所に。2018年に新造船と交代するというのだが、もう2年早ければよかったのに。
2016/12/23 09:50:05 まもなく鹿児島、志布志港到着。 https://t.co/roDXrTp8rb
2016/12/23 09:55:16 とりあえず、本土最南端の佐多岬に向かうことにする。四国の最西端は佐田岬なのだが、「さた」って何か「端っこ」的な意味があるのだろうか。
2016/12/23 09:58:56 慎重に着岸中。1時間あまりの延着。
2016/12/23 12:01:07 鹿児島には、まだ随所に秋が残っている。 https://t.co/GLCXd2MoIb
2016/12/23 12:04:46 三連休のお昼でも、人っ子ひとりいない観光名所。雄川の滝。 https://t.co/dy9nFN6Eje
2016/12/23 13:19:24 唯一の?食事ができるお店にたどり着く。ものすごい強風。
2016/12/23 13:21:31 13時のツイート、電波が悪くてアップできていなかった。いくら走ってもコンビニすら皆無。景色は違うが、アイスランドや北海道を思い出す。
2016/12/23 14:04:54 せっかく佐多岬まで来たのに、工事中で岬の先までは行けない。途中までもシャトルバス。
2016/12/23 14:28:38 佐多岬到着 https://t.co/yKi9cmfn5W
2016/12/23 14:52:45 謎の花 https://t.co/1B9RhLAVR4
2016/12/23 15:10:52 @_Passermontanus おお! ありがとう。これがそうなんですか。
2016/12/23 15:11:24 人生で最高レベルの強風@佐多岬第二駐車場
2016/12/23 15:12:19 @_Passermontanus ほんまや。検索しました。ありがとう。
2016/12/23 17:02:58 @_Passermontanus 植物にまで詳しいとはさすがです。
2016/12/23 17:07:59 鹿屋航空基地資料館を後にする。 https://t.co/2zcmNQrJko
2016/12/23 17:56:18 冬の車中泊旅行はたぶん初めて。寒いことは予想していたが、早く暗くなることを意識していなかった。アホや。18時でもう真っ暗@桜島
2016/12/23 18:38:56 一周してもファミレスすらなかった@桜島 コンビニは鹿児島へのフェリー乗り場で二軒見た。
2016/12/23 20:01:21 望外のまともな夕食にありつく@霧島市国分 https://t.co/5mtHabAwsP
2016/12/23 07:20:32 朝7時起床。気温1度。フロントガラスには氷が張っている・・・@道の駅霧島 https://t.co/gcZlRRvM8C
2016/12/24 10:04:34 三連休中日のクリスマスイブだが、あまり人がいない@霧島高原 最低気温氷点下2度 https://t.co/ia5i9vauk6
2016/12/24 11:50:11 鹿児島市へ向かう国道10号で初めての渋滞。ジョイフルで昼食にする。サイゼリヤなみに安くてびっくり。こんなのだったっけ?
2016/12/24 11:52:59 特に安いメニュー https://t.co/prus2zpP1X
2016/12/24 12:05:23 これの単品を食べた。めっちゃ甘くてめっちゃ辛い。全国?この味なのだろうか? https://t.co/SlKAyz6lHj
2016/12/24 13:14:16 価格を表示しているガソリンスタンドは、すべて、ハイオクもレギュラーも軽油も888円。めっちゃ高い ^^; 表示板の設置も無駄
2016/12/24 13:42:26 今回の旅行で行くことに決めていた、唯一の目的地らしい目的地、知覧特攻平和会館に到着。英語では単に Peace Museum と表記している。 https://t.co/s7CMSdejFa
2016/12/24 16:22:49 猫好きの皆さまへ@知覧武家屋敷群 https://t.co/kyOy3wgkZ8
2016/12/24 16:32:06 いや、ちょっと、これはすごい。 https://t.co/rrdgYpZP2j
2016/12/24 16:51:10 やったぜ https://t.co/EkJlNbXcpi
2016/12/24 16:56:56 知覧って、特攻とお茶しか知らなかったような・・・
2016/12/24 17:33:26 アホも学習する?@開聞岳 https://t.co/1YHx1XkxjF
2016/12/24 18:34:27 行こうかと思ったイタリアンは、クリスマスディナーのみとのこと。今日はクリスマスイブなのか・・・ 南の果ての超安いファミレスで、究極の「ぼっちクリ」
2016/12/24 18:42:00 それなりのディナー感? https://t.co/7EU34T1Ln0
2016/12/24 18:50:02 クリスマスの趣向がまっっったく、一切ないことが潔い@ジョイフル
2016/12/24 22:13:32 国道と海とに挟まれた、帯状の狭い駐車場がクリスマスイブの寝床@道の駅阿久根。護岸は高いので、少々の津波なら大丈夫そう。こんなところにもサンタクロースはやってくるのだろうか。
2016/12/25 10:43:53 マナヅルとナベヅル@出水 https://t.co/N5XO3uZ0Yf
2016/12/25 11:47:48 餌場全景 https://t.co/BrpZpdy8gN
2016/12/25 12:44:08 カラスだと思って見過ごしていたのもミヤマガラスだった。 https://t.co/0Kh4TExsSQ
2016/12/25 13:59:24 もう行くところがなくなった。天気もこれから悪くなるみたいだし、どうしよう?
2016/12/25 16:46:07 4泊目にして初めての温泉旅館! 温泉は貸切状態! しかし、内部は1970年代のスキー民宿を思わせる・・・ https://t.co/KW9aXVNymE
2016/12/25 18:03:41 世界でも最高と言われる鹿児島県出水市のツル飛来地。展望所から海に向かって見ることになるのだが、今日は快晴のために安定した海風が吹いており、着地するツルがすべて!お尻を向けてしまうのには閉口した。でも、どこから飛んできても着地時には風上を向くのはさすが。飛行機ではこうはいかない。
2016/12/25 19:13:50 初贅沢。一番安いメニューにしたけど。 https://t.co/3RPsb0CQtB
2016/12/25 19:30:50 お店で鰻丼を食べるのって、もしかすると25年ぶりくらいかも・・・ https://t.co/7yJFCDOwsx
2016/12/25 19:37:51 最後の一切れになるまで山椒のことを忘れていた。不覚、と思ったが、結果的にちょうどよかったかも。
2016/12/25 21:17:48 https://t.co/E1yBGlKjUh
2016/12/25 21:18:16 https://t.co/mAnkUyFU4B
2016/12/25 21:18:48 https://t.co/2A5NJ1t9RO
2016/12/25 07:36:19 朝から温泉・・・というのだけは、ちょっと旅行気分
2016/12/26 10:27:42 1万9000円の蜂蜜@五木村 https://t.co/s9lMtLxEx5
2016/12/26 11:47:45 無計画旅行の欠点@東陽石匠館(休館日) https://t.co/ty0w5MTtpR
2016/12/26 12:45:43 こういう石橋がけっこう至るところに@霊台橋 https://t.co/fACyzKvM2f
2016/12/26 13:52:08 蕎麦を食べたいなあと思いながら走っていると、信じられないような場所に蕎麦屋が@通潤橋近く。信濃一号自家栽培の手打ち蕎麦。あんまり忙しくなるのは嫌だとおっしゃるが・・・ https://t.co/HOJhSijDi7
2016/12/26 13:59:52 有名な通潤橋。残念ながら水は出ていない。 https://t.co/6Rr2mPytpN
2016/12/26 15:22:45 高千穂峡 https://t.co/LKYTWS9iOa
2016/12/26 15:30:52 うーん、すぐ隣に広い無料駐車場があるのだが・・・ https://t.co/gvHcXjd3Uv
2016/12/26 15:57:37 橋の三重奏 https://t.co/KRDjiwe2BX
2016/12/26 16:14:25 一番景色がいいと思われる場所にほとんど誰もいない・・・
2016/12/26 16:37:00 4メートルぐらいありそうな天鈿女命(あまのうずめのみこと)の顔 https://t.co/akbGtAvxng
2016/12/26 16:44:05 どの道の駅に来ても、売り場面積のほとんどは食べ物になっている。もはや旅行に来てモノを買って帰る時代ではなくなったということか。
2016/12/26 18:07:37 めずらしくパンが食べたくなった。焼いていないのが玉に瑕@阿蘇高森 https://t.co/YAe5kosKVz
2016/12/26 18:24:54 プレートの上のバナナを見て、コンビニで一房(といっても4本)買ったのを思い出した。あれ、見当たらないけどどこにあるんだろう? 調べると、昨日の朝!に買っている。もっとずっと前に感じる。
2016/12/26 18:31:24 今夜の宿に電話をすると、「近辺の温泉に入ってからいらしては?」と熱心に勧めてくる。通り一遍の案内という感じではなかったので、なぜなのかが不思議だった。たぶん、コスト削減のために、宿のお風呂を使ってほしくないんだろうと思いあたった。なにせ安いところなので。
2016/12/26 20:12:49 ちょっと小綺麗な宿。素泊まり3000円。 https://t.co/ojgGmmxc4g
2016/12/26 07:29:31 初めての本格的な雨。せっかく阿蘇に来たのだが。
2016/12/26 07:30:29 バナナは助手席の下に入り込んでいた。
2016/12/27 11:00:15 九州大学大学院機械航空工学科を中退した作陶家の「工房 ゆう」にお邪魔しています。 https://t.co/3VXwcMF16u
2016/12/27 12:20:38 "作陶家に勧められた珈琲と紅茶の専門店でカレーの昼食。早期退職なさったご夫婦の「人生の楽園」。とても綺麗でおしゃれ。こんなところに・・・だけど、お客さんが次々と。雨のお蔭でちょっと旅らしくなってきた。
https://t.co/N98epvXYOv https://t.co/3EsBQeadx3"
2016/12/27 13:41:47 霧は悠々と立ちこめてゐる。馬も牛も見えない。@二十数年ぶりの草千里
2016/12/27 14:17:39 何も見えない、気温0℃の草千里。霰がふりはじめたので退散する。 https://t.co/TWFCfReg1O
2016/12/27 14:37:35 雨は蕭々と降ってゐる。やはり馬は見えない。
2016/12/27 14:45:02 これほどの濃霧の中、自分が車道に立っているという自覚のない工事関係者がいて驚く。ライトを全部点灯した車ですら停まるのを避けているのに。
2016/12/27 15:03:22 「珈琲と紅茶 瑞季」のマスターがなぜか familiar だと思っていたら、共産党の志位さんに似ていることに思いあたった。丁寧な話し方まで(怒ってないけど)。
2016/12/27 15:19:46 地震の影響で、阿蘇駅を出る列車は1日に3本のみ。 https://t.co/rGCYbzK4rw
2016/12/27 16:04:41 もう地元以外ではあまり報道されていないと思うのだが、まだあちこちで通行止めが続いている。なんでもない道路でも、たまにこんな感じ。 https://t.co/zdfLYrkiFE
2016/12/27 17:06:37 今夜のお宿は古民家B&B。 https://t.co/lssRuFcVYS
2016/12/27 18:00:43 雨のせいもあるが、素泊まりで3000円だと車中泊を避けて宿を取る気になることに気づいた。4000円だとふつうは車中泊を選ぶ。どんだけケチやねん。
2016/12/27 18:40:05 なんとなく、ちょっと贅沢感のある旅行になってきた。いや、ぜんぜん高くはないんだけれど。 https://t.co/P5MPWBwxPa
2016/12/27 20:26:10 値段を考えると、いや、考えなくても、びっくりするくらいおいしい。 https://t.co/X0xE6Z2X2P
2016/12/27 20:31:37 感動した。どの料理も、素材を吟味した上ですごく丁寧に作っていらっしゃるのがわかる。スープは本格フレンチの味、お吸い物は(一軒しか知らない)ミシュランの星付き懐石の味。ふだんなら興味のないサラダまでおいしい。外でハンバーグなんか頼んだことのないような私が選んで満足するハンバーグ。
2016/12/27 20:35:24 これで1575円だった。値段を考えれば、日本中探してもこれに匹敵する店はないんじゃないかとさえ思う。しかも1575円って・・・消費税3%分値下げしてるじゃないか。どう利益を出しているのだろう。なんというか、正直に生きてまっとうな仕事をすることの凄みのようなものさえ感じてしまう。
2016/12/27 20:41:28 雨の阿蘇、何も見えない草千里。だが、九州大学の院を中退して作陶の道に入った陶芸家、早期退職してこちらへ移り住みこだわりのカフェを開いたご夫妻、同じくUターンして古民家B&Bを営むご夫妻、そして、真摯に手造り食を追究するご夫妻・・・
2016/12/27 20:42:50 なんか、いや、「なんか」じゃなくてほんとに、生き方というものを考えさせられる日になった。とても真似はできないけれど。
2016/12/28 09:56:17 今朝の草千里。氷点下2℃。雪がなくてよかった。 https://t.co/TcK8bmPMRn
2016/12/28 10:17:35 初めて家人に服を買う@草千里
2016/12/28 10:27:46 左下は阿蘇熊本空港 https://t.co/Z5hmshZ8rn
2016/12/28 10:45:41 午後からもっと天気がよくなるらしいが、また次回ということで。 https://t.co/Yk5FxFx4Oi
2016/12/28 10:57:25 シジュウカラとミヤマホオジロがいた。さっきはカケスも。
2016/12/28 11:04:35 雲が切れて噴火活動が見えてきた。 https://t.co/NrpX8I3E81
2016/12/28 11:14:48 霜柱というか、氷のキノコ https://t.co/efKAT14qeU
2016/12/28 11:38:53 熊本は観光客が激減してほとんど回復していないらしい。みなさんもぜひ観光ボランティア(単に観光するだけ)に。どこに行っても「くまモン」なのがうっとおしいけど。だいたい、九州にクマはいないし。まあ、だからかわいいだけですむのかも。
2016/12/28 12:04:28 やっと「馬は草をたべてゐる」 https://t.co/BwejPQ2sOE
2016/12/28 12:41:26 ありえない場所のうどん屋さんが平日にもかかわらずすごくはやっている@工房 ゆう の近く https://t.co/tZdYfcGQ9c
2016/12/28 12:56:36 これが680円。おいしい@しんちゃんうどん https://t.co/4d99amtagC
2016/12/28 13:08:26 まさかのコーヒー付き。
2016/12/28 14:36:57 大観峰下から阿蘇五岳を望む。まだ晴れてこない。 https://t.co/dCrW9oG8Gu
2016/12/28 16:13:12 やまなみハイウェイ(大分県)、標高1300m超えの牧ノ戸峠。気温氷点下4℃。どうなることかと思ったが、対向車のドライバー(東南アジア系)に情報をもらい、なんとか乗り切った。 https://t.co/w7jtckAGRn
2016/12/28 17:07:37 夕暮れの由布岳 https://t.co/9112QS70ww
2016/12/28 17:09:33 やはり「引き返す勇気」はなかなか持てない。
2016/12/29 10:26:20 消化試合のような感じで耶馬渓に来ている。あいにくの小雨模様。 https://t.co/15xoeTEsOS
2016/12/29 10:31:17 この旅行自体が今年の消化試合のようなものだった。あ、そんなことを言えば今年自体・・・いやいやいや。
2016/12/29 11:04:38 青の洞門って耶馬渓にあったんだ・・・ 来たことあるのに。 https://t.co/Snf1L0TIBl
2016/12/29 11:09:27 行楽シーズンや行楽日和というのはやはり確実にあるようで、あっちでもこっちでも広大な駐車場に車は数台。お休みの人も多いだろうに。
2016/12/29 12:04:14 500番台の国道というのは多くない。 https://t.co/1imnGcM0fd
2016/12/29 12:13:13 先日のように、通りがかりに蕎麦屋でもあるかと期待していたが、まったくだめ。おお、奇跡のようにレストランが・・・と思うと、完全予約制。まあ、そうだよね。そもそも交通量というものがない。こうしている間にも一台も来ない。 https://t.co/GGIGJYFL61
2016/12/29 12:36:29 この旅行で初めての名物料理、だんご汁。 https://t.co/Y4uoM7lReI
2016/12/29 12:52:26 でろでろのパッパルデッレのような平麺を、なぜ「だんご」というのだろう? とりあえず辞書には載っていなかった。
2016/12/29 13:36:30 これも、ほんとに「かぼちゃ」なのだろうか。 https://t.co/kWaTHDoo6k
2016/12/29 14:30:09 こんなところで「大阪」の案内標識を見るとは@別府(まだ乗らない) https://t.co/ukKhEQGlKG
2016/12/29 15:54:57 @cosmos813 お土産にお持ちできればよかったのですが・・・
2016/12/29 17:08:23 フェリー乗船までの待ち時間に、別府の地獄めぐり。30年以上ぶり。この旅行における最初で最後の賑わっている観光地。人の多さがまさに地獄。 https://t.co/VSAj2odhBd https://t.co/xxapV2yS17 https://t.co/8Rx2eSxTfu
2016/12/29 18:34:52 フェリー乗船完了。帰りは瀬戸内海だし、揺れないことを祈りたい。
2016/12/29 18:36:10 九州で見たファミリーレストランは結局ジョイフルだけだった。ちょっと信じられないレベルで、恐るべしジョイフル。
2016/12/29 06:17:14 朝の5時半からがんがん(ほぼ不要な)案内放送を繰り返すのはやめてほしい。
2016/12/29 06:22:36 船内Wi-Fi、一度もウェブページを表示できず、まったく使いものにならなかったのだが、さっきtwitterの投稿はできた。データ容量の関係でテキストだけ通す設定とかなのだろうか。
2016/12/29 06:30:29 今日はもう12月30日だ。なのに、この部屋のベッドは半分しか埋まっていない。需要ってほんと一時に集中するんだなあと感心する。
2016/12/29 07:21:13 梅田なう
2016/12/29 07:45:31 無事帰宅しました。ありがとうございました。
2016/12/29 07:57:36 帰宅してすぐ、ゴミ出しと玄関掃除完了。

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2016.12.25

★九州旅行中継中

 今回は、なぜか自然に twitter で旅行を中継する感じになっています。

 twitter なので、(つまらない)文章はほとんどなく、(つまらない)写真は比較的豊富です。

 このブログの→からもご覧になれますが、よろしければ、以下をご覧くだされば。

 https://twitter.com/windcalmskc

って・・・ だれが見るねん???

 でも、ご覧いただければ、それが私の小確幸です ^^

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2016.12.17

★配偶者の呼称(その2)

 例の新婚の女友達(まだ(もう?)別居中)が、自分や周囲の人たちの配偶者の呼称について、いろいろリサーチしてくれた。

 彼女はやはり、自分の配偶者に言及するときは「夫」という呼称を使うことを意識的に決めたという。ご主人、もとい、お相手の方は、これもやっぱり、「妻」と呼ぶのは落ち着かないらしい。

 匿名とはいえ、あんまり個人的なことをおおやけにするのもなんなので、ここではそれ以上のことは控えておこう。
 自分ではあれこれ考えてきたが、他の人がどう思っているのか聞いたことはなかったので、とても興味深かった。
 ___

 ちょうど職場の忘年会があり、みんなが自分の配偶者のことを何と呼ぶか、いつもより意識して聞いていた。

 女性はやはり、「夫」がもはや一般的になりつつあるようだ。男性で「妻」を使う人もいた。私も思いきって使ってみたが、やっぱり気持ち悪かった。
 いつも「彼」を使っている同僚もいる。昨日も使っていた。でも、いきなり「彼」では誰のことかわからない。これまでも違和感はなかったので、無意識のうちに?文脈を作ってそれとわかるように話しているのだと思われる。

 そうそう、それとは別に、先日、新しい人を採用する面接をやったのだが、その人が最初一度だけ「主人」と言い、その後「夫」に切り替えたのも面白かった(もちろん、こちらから家族の話題や質問は一切出していません、念のため)。
 アラフィフの女性なのだが、その年齢でも正式な場で「夫」を使うようになりつつあるんだなあとちょっと感慨深かった。ごく和やかな面接であったことも関係しているのかもしれない。
 ___

 相変わらず、家人のことを何と呼ぶかは決まらない。相手の配偶者に対しても、「だんなさん」「奥さん」より、もっと適切な表現が欲しい。

 まあ、言語というのは結局慣れなので、そのうちにおのずと決まってくるだろう。
 流行語とは違い、基礎語彙の意味や用法が変わっていくのを目の当たりにできるのはそれほどありふれたことではない。のんびりと楽しもうと思う。

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★車中泊大成功

 週末、旅行には行けないので、届いたマットを車に敷き、自宅の車庫で車中泊してみた。

 まったくもう、いいトシをして何をやってるんだか。ほんとにアホである。
 折りから、この冬一番の冷え込みだ。

 しかしこれが大成功。これまでの車中泊が何だったのかと思うほど快適で、朝7時前にトイレに行きたくなって起きるまで、ふつうに寝られた。

 もともと、睡眠の質がいい方ではないので、これなら寝室の布団で寝ているのと大差ない。

 問題は寒さだけか。

 車庫の中なのでまあ寒くはなかったが、これが放射冷却の激しい屋外とかだとどれくらい冷え込むか未知数である。
 ___

 旅行に出るのもけっこう面倒で、「どうしようかなあ、やめようかなあ」という感じが続いていたが、ちょっとやる気が出てきた。

 どんなつまらないものでも、背中を押すのはいつも「新しい経験」だと思う。飽きっぽいからだろうか。

 興味の範囲が狭いし、お金を使うことが好きではないので、なかなか難しいんだけれど。

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2016.12.15

★車中泊大作戦

 昨年夏の北海道旅行、今年のゴールデンウィークの東北旅行などは、車中泊をメインにした一人旅だった。列車やバスではなく、自家用車内での車中泊だ。

 一番の理由はもちろん経費節約だが、朝や夜に行動の自由があることも大きい。夜11時まで走って移動して、朝7時に走りだすなどいうことが簡単にできる。

 だが、悲しいことに、私の車は小型のセダンで、まったく車中泊には適していない。
 北海道と東北は、後部座席とその足もとを埋め尽くすエアマットを使ってしのいだが、身体をのばして寝ることができないばかりか、上に座ることもできない。前席からの移動もその逆も大仕事である。夜中にトイレに行くだけでも難儀した。

 家人が乗っている別の軽自動車がもう20年近くになるので、次は車中泊のしやすい車を購入しようと、しばらく前から考えている。

 何かいい車はないかと、折りに触れてチェックしているうちに、もしかすると、今の私の車でももっと快適に車中泊できるのではないかという思いが生じた。

 そう思って車の横に立ち、長さを目分量で見ると、どう見ても身体をのばして寝られそうにない。大きな車が嫌いでコンパクトなセダンにしたのを少し後悔する。
 まあ、いずれにしても、後部座席の背もたれを前に倒すとトランクとの間に大きな段差ができるし、背もたれ自体も少し斜めになって水平に寝られない。
 どうせダメなんだろうなあ・・・と思っていた。

 しかし、この年末、がんばれば長い休みが取れそうなので、念のため、ダメもとくらいの気持ちで実際に寝られるかどうか試してみることにした。
 あれやこれや試しながら考えると、なんと!最終的に、幅65cm・長さ190cmくらいの、まずまずフラットな寝床を作れることがわかった。頭は前席の背もたれの後ろ、背中は後席の背もたれの裏、足はトランクの中、になる。

 天井が低すぎて寝床の上には座れないとか、背中が少し傾斜するとかの問題はあるものの、これまでよりははるかに快適に寝られそうだ。
 後席は2/3だけ前に倒すので、残りの1席に移動すれば座ることもできる。出入りは後部ドアから。

 問題の段差は、ニトリで売っているわずか1990円(税込)のマットレスを畳んだままトランク内に置くことで、誂えたようにぴったりと解消する。
 頭の部分が、ちょうど後席に座った場合の足を置く位置にあたり、寝たときに頭が空中に浮いてしまうので、そこには同じくニトリで買った背の高い風呂椅子を台として置くことにした。

 後席の背もたれの裏は硬いので、寝るためのマットも必要だ。いったんは、上記の段差解消用マットをもう一つ買い、本来の形に広げて使おうと思っていたのだが、サイズが合わなかったので、結局、ネットでいろいろ調べてキャンプ用のマットを購入することにした。安物ではあるのだが、私にとってはそれなりに高い。
 だがこれも、誂えたようなサイズで、厚さも5cmあり、快適に寝られそうだ。届くのが楽しみである。

 早速この週末、試しに一泊で車中泊旅行に出ようかと思ったが、珍しく両日とも予定があり、しかも、今日、ちょっと重い仕事の依頼が来てしまった。

 まあ、仕事は年明けに回し、年末はまた一人旅に出ようと思う。「明日できることは今日するな」だ(笑)

 それにしても・・・

 こんなに車中泊にこだわるなら、それにふさわしいミニバンとかを買えばよかったのかなあと、ほんの少し考えてみた。

 いやいやいや、やっぱりありえない。年に何度かの車中泊のために、大嫌いなミニバンを日常の足にするなど、私の自我が耐えられない・・・

 つまらない自我だとは承知しつつも。

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2016.12.10

★配偶者の呼称

 先日、年下の女友達(新婚!)と話していて、配偶者の呼称について改めて考えさせられた。
 ___

 現代の日本語には、自分や相手の配偶者(結婚相手)に言及するときの適切な呼称が存在しない。

 もちろん、伝統的には、「主人」「家内」「嫁」、「ご主人」「奥さん」「お嫁さん」などの呼び方はある。

 だがどれも、男女平等の時代に適切を欠くのは明らかだ。

 妙にジェンダー・スタディーズに かぶれているうちの息子など、他人の前ですら「主人」や「家内」などという呼称を使うと、後から半ば本気で憤慨したりするので始末が悪い。

 配偶者の呼称については、もう30年以上、折りに触れて考えてはいるのだが、いまだに適切な呼び方は見つからない。

 比較的フォーマルな会話では、今でも「主人」「家内」、「ご主人」「奥さん(様)」が適切としか言いようがないのではないかと思う。

 では、カジュアルな場合はどうか。まあ、目くじらを立てることもないので、たとえば相手の配偶者に対して「奥さん(様)」というのは、通常は許容されていると思う。息子も許してくれるかもしれない。

 だが、「ご主人」はダメだ。では、どう言えばいいのか?
 ___

 知り合いとの会話を思い出してみると、男性は自分の配偶者のことを、「かみさん」「うちのやつ」「嫁はん」「奥さん」「連れあい」などと呼んでいる。すでに言及されていれば「あの人」などもある。(後記:あ、「ワイフ」と呼ぶ人もいた。)
 相手の配偶者は、ほとんどの場合、「奥さん」だ。

 女性とプライベートな会話をする機会はほとんどないのでわからないのだが、女性は自分の配偶者のことを何と呼んでいるんだろう。「主人」「亭主」「うちの人」「うちのだんな」などだろうか。直接は知らないが、「鈴木が」などのように姓で呼ぶ場合もあるようだ。(後記:さすがに「ハズバンド」と呼ぶ人は見たことがない。あ、「ハズ」なら間接的に見聞きしたことはある。)
 相手の配偶者が困る。私はたぶん、「ご主人」を避けて「だんなさん」と呼んでいるのではないかと思うのだが、それだって「旦那」である。だいぶ価値が下がった言葉だとはいえ、「主人」と大差ない。
 あ、「(お)相手」と呼んだことはありそうだ。

 最近は、「お連れあい」などという人もいる。苦肉の策だろう。
 ___

 このブログで、私は一貫して自分の配偶者に「家人」という語を使ってきた。もう10年以上になる。これはまあ許されるか。

 しかし、話し言葉で「家人」などと言うことはまずない。カジュアルな会話では、なんと「嫁はん」である。関西の旦那衆や芸人のような言葉だが、「家内」を使わないとすると、他に思い浮かばない。

 家人とふたりでああでもないこうでもないと考えても、適切な呼称は出てこなかった(もちろん「嫁はん」も不適切であることに変わりはないのだが)。

 尊敬する先輩方に倣って、「うちのやつ」とか「かみさん」とか言ってもいいのだが、後者は何だか江戸っ子みたいな感じがする。でなければ刑事コロンボか。
 「連れあい」は私にはとても使えない。
 ___

 件の女友達(新妻!)は、自分の配偶者のことを「夫」と呼んだ。

 日本語としては伝統的でも適切でもなく、結婚して間もない個人としてはまだ慣れていないはずのその呼称を使うとき、彼女から、違和感や戸惑いや恥じらいはほとんど感じられなかった。
 おそらくは、人前で自分の配偶者のことをそう呼ぼうと、どこかの段階できっぱりと決めたに違いない。
 あるいは、ごく自然にさらりと出た言葉なのだろうか・・・

 家に帰ってから家人に聞くと、家人も私のことを「夫」と呼ぶことにしているということだった。そういえば、ふたりでいるときに他人にそう紹介されたことが何度かあるような気がする。
 まあ無難な選択で、これが耳慣れてくれば、結局そこに落ち着くのだろうか。

 だが、「妻」という呼称はどうもしっくりこない。それには家人も同意見である。

 じゃあ、なんと呼べばいいんだろう?

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2016.12.09

★人権のない「人」

 人権は万人に等しく認められているはずである。

 実際にはなかかなそうはいかないにしても、認められる「べき」だ、ということに異論を唱える人はまずいない。

 世界を見渡せば、それすらなかなか難しいのもわからないではないが、こと日本においては、少なくとも「べき」に疑問の余地はない(はずだ)。
 ___

 今上天皇の評価は別にして(というか、私は以前に「天皇陛下万歳」という不穏な?エントリを書いたこともあり、明仁氏のお考えとお人柄には敬意を表している一人である)、天皇制にはもちろん反対だ。

 その第一の理由は、人間から平等を奪い、差別するという構造の根幹をなしているからであるが、第二の理由も忘れてはならない。
 それは、人間から自由や権利も奪うことになるからである。

 常識的なことではあるのだが、一般的にはあまり意識されていないのではないかと思う。
 天皇には(そして(特に男子)皇族にも)自由や権利がないのだ。

 日本国憲法が国民(や誰であれ)に保障する

「自由及び幸福追求に対する」「権利」
「信教の自由」
「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由」
「居住、移転及び職業選択の自由」
「外国に移住し、又は国籍を離脱する自由」

これらすべてを天皇(や皇族)は持っていない。選挙権も被選挙権もない。
 (イギリスのエドワード8世のように、恋愛・婚姻の自由を追求するために退位するなどということは、日本の天皇制に関しては想像することすら難しい。そもそも、現在まさに問題になっているように、退位の自由すらないのだ。)

 ひとつには、天皇は国民ではないからということもあろう。そのためだろうか、日本国憲法は第一章で天皇について規定し、第三章で国民について述べている(第二章は戦争の放棄)。
 あるいは、天皇に自由や権利を認めることは「公共の福祉に反」するという理屈も成り立つのかもしれない。

 言うまでもなく、天皇(や皇族)は、自由も人権も奪われた囚われの存在、(上の方に?)差別されている存在なのである。

 だから、80歳を超えて「そろそろ引退したいのですが・・・」という意思を表明することにさえ種々の壁が立ちはだかり、やっとそれが実現しても、周囲から「認める」とか「認めない」とか、とやかく言われる。

 長年熟考した上で身を退きたいという老人(しかもある意味で国家の最高位にいる人物)に、「いやそれは認めない」などと言える制度が健全であるはずがない。
 ___

 今上天皇ご自身は、天皇制の存続を願っていらっしゃるようだが、皇室典範やその他の法律がどのように変わろうとも、人間同士を差別し、特定の人間から自由や権利を奪うという制度の本質は変わりようがない。

 自由・人権・平等といった、今後も人類が目指していくべき普遍的価値の重大性を考えるとき、天皇制を廃止すべきであることはほとんど論を俟たない。
 どうしてみんな、そんなふうに考えないのだろうか。

 (まあ、もっとも、私はぜんぜんカゲキな人間ではないので、実際、いつごろどのように廃止するのが適切か、とか、その他さまざまな問題はあろうとは思います。)

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2016.12.03

★「小確幸」(©村上春樹)

 ささやかだけれど、確かな幸せ。

 村上さんのようにしばしばは感じられないのだが、今日は久しぶりに噛みしめることができた。

 ふと思いついて振り返ると、いくつかの小確幸を見過ごしてきたことに気づかされる・・・

 幸せだって、探さなければ見つからないこともあるのだ。

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2016.12.02

★「徐行」

 みなさんは、正式な(というのは、公安委員会が設置した)「徐行」の標識をご覧になったことがあるだろうか。

 「ああ、あそこにあるよ」と言えれば大したものである。

 私は、茨城県以外のすべての都道府県を車で走ったことがあるが、いま思い出せるのは全国で1つ!しかない(もちろん、他にもあるだろうとは思う)。

 なぜか。

 「徐行」の標識を立てるべき場所に「止まれ」の標識ばかり設置するからである。

 外国の方はそれほど経験はないが、訪れた国の中でこんなことをやっている国はただの一つもなかった。

 ・・・と書いてきたところで、この件は以前書いたのではないかという気がしてきた。

 調べてみるとやっぱり・・・

 われながらなかなかうまく書けていると思う(笑)

 まだの方はぜひお読みいただければありがたい

 この国の交通行政は、本当にひどい。

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2016.11.26

●1か月経った牛肉

 近所のスーパーで牛肉を買おうとしていたとき、ふと気になって、表示されている「個体識別番号」を使い、どんな来歴の牛なのか、iPhone で調べてみた。便利な時代になったものである。

 びっくりしたのは、交雑牛も和牛も、どちらも1か月近く前に屠殺されていたということだ。

 目の前に並んでいる肉は新鮮そのものに見える。1か月前の肉だとは到底思えない。

 ちょうど、「過去に仕入れた牛の番号を使い回していた」とかいうニュースを目にしたばかりだったので、これもそうなのかと思った。

 牛なので、「熟成肉」とかいうのもあるのかもしれないが、その辺のスーパーの安い肉なので、そうだとも思えないし、1か月も経った牛肉がこんなに新鮮そうな色をしているのも信じがたい。

 何かもやもやしながらそれでも交雑牛の方を買った後、ちょうど食肉担当と思しき店員が通りがかったので、思い切って尋ねてみた。

 それによると・・・

 食肉は、解体後すぐに枝肉の状態で真空パックされて流通に乗り、卸やスーパーの倉庫にストックされる。
 その後、必要な分だけが各店舗に運ばれ、そこで初めてパックが開けられ、スライスされて店頭に並ぶということで、屠殺が1か月近く前であるのはふつうのことなのだという。

 真空パックにするから、冷凍していなくても鮮度が落ちたり劣化したりはしないということらしい。

 なるほど・・・と一応は納得したのだが、ネットで検索すると、「日本のスーパーの肉は流通の都合で2週間とか1か月とかの時間がかかっているので、やはりその分鮮度が落ちておいしくない」というような見解もいくつかあった。

 それはそうだよなあ・・・ いくら真空パックだからって1か月も前の肉を食べさせられているとは思っていなかった。
 (後記:逆に、日が経っている方が熟成していておいしく、「スーパーならばと畜してから30日程度の肉が程よい」と記載した「プロ」の記事(東洋経済)もあった。真空パックでも熟成するのだろうか。)

 牛肉はなるべく個人商店の肉屋で買うようにしているんだけど、あの肉屋でも同じように1か月経った肉なのだろうか。

 今度おやじさんに話を聞いてみようと思っている。
 ___

 それにしても、この年になるまでこんなことも知らなかったのかと、われながらあきれてしまう。まあ、いつものことなんだけれど。

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2016.11.19

●顔のないヒトラーたち

 アウシュビッツを訪れたときのことは、以前ここに書いた

 今や、知らぬ者のいないその場所も、フランクフルト・アウシュビッツ裁判(1963-65)がなければ、今とはまったく違った様相を呈していたかもしれない。

 1950年代初頭には独仏英語に訳されていた『アンネの日記』も、ドイツや世界におけるアウシュビッツの認知にはまだ効果を発揮していなかったのだろうか。

 大袈裟ではなく、まさに全人類が見るべき映画だと思う。

 困難な捜査を遂行し、自国の罪を裁き、それを映画にする・・・ それらすべてがドイツ人自身の手によってなされたことは、救いようのないできごとにも、微かな希望の光を与えてくれる。

(Im Labyrinth des Schweigens(沈黙の迷宮の中で), 2014 Deutschland)

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2016.11.15

●生存証明

 気がついたら、ここに何も書かないまま、月の半分が終わりつつある。

 以前から書こうと思っていたのだが、このブログの更新が一か月滞った場合には、私は死んだと思っていただければありがたい(いや、やっぱり一年にしようかな ^^;)

 まあ、今は twitter だの facebook だのもあって、そこには何か書いているということもあるかもしれないが、今のところ、広く外部への積極的な生存証明というのは、やはりこのブログをおいてほかにない。
 ___

 そういえば、昨日だったか、久しぶりに facebook の設定を眺めていると、

       「追悼アカウント管理人」

の設定というのがあり、

 「あなたが亡くなった後にアカウントの管理を任せる家族または親しい友達を選択します」

と書いてあった。

 うわお。

 だが、「個人ホームページ」のころから数えれば、こういうネット発信が始まって20年以上経つのだから、亡くなる人が相次いでいるとしても、なんら怪しむべきことではない。
 実際、敬愛していた仕事仲間のブログも、遺稿となってまだ残っている。無料のサイトではないので、奥様がまだ会費を払い続けていらっしゃるのだろうと拝察する。

 このブログシステム「ココログ」には、(たぶん)「追悼アカウント管理人」を設定する機能はない。しかし、一日も早く導入すべき機能ではないか。なんとなれば、今日亡くなったココログのブロガーも、一人くらいは確実に存在すると思われるのだから。

 一つ疑問に思うのは、facebook の「追悼アカウント管理人」は、どうやってアカウントを引き継ぐのだろうかということである。
 本人が死ぬ前に権限委譲をすればいいわけだが、もちろん、必ずしもそれができるとは限らない。どういう形でいつ死ぬかわからないわけで、facebook のシステムはもちろん、その死を把握できない。
 とすれば、逝去を知った「追悼アカウント管理人」は、その時点で自らアカウントの管理に乗り出すことになる。それが可能であるならば、元の管理者が生きていたってアカウントを乗っ取ることができるはずだ。

 まあ、そんなことをしないような信頼できる「家族または親しい友達」を選ぶべきなのだろう。でも、悲しいことに、人間関係というのはいつどうなるかわからないし、人もどんなふうに豹変するかわからない。

 あ、「追悼アカウント管理人」は、facebook に、「これこれの方が亡くなったので私がアカウントを引き継ぎます」と申し出て、facebook が「これこれの人」に連絡を取り、一か月以内に返事がなければ引き継ぎを認める・・・とかいうシステムになっているのかもしれない。
 死んだ本人に引き継ぎを申し出て、レスポンスがなければ・・・というのでもいい。
 ___

 こんなことを書く予定はなかったのに(タイトルは後からつけました)、よしなしごとをそこはかとなく書き付けてきたが、他人のことはともかく、私の場合にはそんなことをあれこれ考えても仕方がない。しょせんは、取るに足りない戯れ言を虚空に向かって記しているだけなのだ。

 いや、「馬齢を重ねる」などと言うと、少なくとも名馬には失礼なくらいの人生であってみれば、こんなものでも、その人生に見合った生存証明だと言えなくもない。

 「生存したことを証明して何の意味がある?」と言われれば、確かにその通りである。
 しかし、人類が人類として生存し始めてから数万年、その 99.9999・・・%の人々は(子孫を除けば)なんの痕跡も残していないことを思うと、生きた証をだれもが残せる時代になったことは慶賀すべきことなのだろうとも考える。

 どういうかたちでいつまで残るものなのかはわからないけれど。

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2016.10.30

◆官能の一眼レフに想う

 思い切って、分不相応な一眼レフを購入した。

 つい先日まで、数分の一の値段のコンパクトカメラを買うつもりでいた。

 だが、手にして撮影する機会があったカメラに魅せられてしまい、その一週間後には買ってしまっていた。まんまとメーカーの戦略に乗せられたわけである。
 もっとも、2年前から欲しいカメラではあったのだが(あ、これでばれてしまいますね。EOS 7D Mark II です、はい)。
 
 一方、十数年前から気になっていて、同じく2年前のモデルチェンジから本格的に欲しくなった本命のレンズ(EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USM)は重すぎてダメで、次善の策を模索している。

 本命ですら野鳥撮影には厳しいので、次善のレンズではよけい無理なのだが、さて、どうなることやら。
 ___

 コンパクトにせず一眼レフにした理由は、オートフォーカスの素晴らしさと連続撮影の能力に惹かれたからだと一応は言える。
 飛んでいる鳥を撮りたいというのが一番の動機だ。

 だが、吝嗇な私の背中を押したのは、そういう実質的な機能ではない。

 最終的に購入することを決めた理由は、間違いなく、そのレリーズ音だった。

 写真なんか撮らなくても、レンズをあちこちに向けてシャッターを切っていれば、耳に心地よいリズミカルな音を聞いていられる。
 カメラの寿命が縮みそうでなかなかできないが、記録媒体のSDカードを抜いて、何も撮らずにカメラの奏でる音に酔っていたいくらいだ。
 ___

 以前の私はこうではなかった。

 スペック重視、機能至上主義。
 今でもその性癖は残っているものの、明らかにその傾向は減じてきている。

 思えば、15年前に買った車も、最後の決め手は「ドアの閉まる音」だった。
 しかし、そのときはまだ、スペックにこだわり、できる範囲で最上を求めていた。

 2年ほど前に買った今の車は、明らかに前車より格下で、能力も機能も劣る車である。
 「いつかはクラウン」(古いな)というような価値観とは以前から無縁だが、それでも、われながらオトナの選択ができるようになったなあと思わないでもない。

 購入の決め手は、やはり官能であった。うまく表現できなくてもどかしいのだが、いわば「ソリッドな軽快さ」がもっとも優れていたのが今の車だった。
 ドアの閉まる音では負けているが、それも気にならないフットワークとハンドリングだ。
 ___

 官能の話になると、今は亡き年長の仕事仲間を思い出す。

 パソコンやプログラミングにまで官能を求め、それにこだわる姿は、もうひとつ理解できなかったが、今なら少しはわかる気がするのだ。

 「やっぱりパソコンも官能ですよねぇ」
 「おお、お前にもやっとわかるようになってきたか」

 そんな会話がもはや不可能なことが心に刺さる。

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2016.10.24

◆遠い記憶

 ↓を書いていて、ボローニャのことが気になった。

 イタリア雑貨カフェのオーナーがボローニャに留学していたというのを聞いて、ああ、ボローニャなら行ったことがあるなあと思い、具体的な名所や風景も頭に浮かんでいた。

 こんなところに車が入っていいのかというような歴史的建造物群に囲まれた街の中心地にあるホテルに泊まり、歩いて近くのアレーナ(ローマのコロッセオのような円形闘技場)なんかに行ったのを鮮明に覚えている。

 あれはボローニャのどの辺だったっけ? すぐ近くに泊まったホテルもあるよなあ・・・と思って Google Map を見るが、アレーナがまったく見当たらない。

 そんな馬鹿なと思いながら航空写真にしたりして探すが、徒労である。

 イタリアには3回しか行っていないはずだ。1度目は家族で、2度目は両親も連れて、3度目は出張である。

 ボローニャに行ったときは両親はいなかったから・・・と当時の旅行メモを引っ張り出して見ると、なんと、ボローニャには立ち寄った形跡すらない。

 まさかと思って両親も連れて行った年のメモを見ると、ボローニャという単語は出てくるが、街の記述はない。

 要するに、フィレンツェからベネチアへ行くときに通過しただけに過ぎなかった。ボローニャまではカーブの多い道路で、そこを過ぎるとまっすぐだったとか書いてある。
 また、到着したベネチアのホテルの名前もなぜかボローニャで、そこには2年連続で泊まっている。

 通過とホテル名でボローニャに行った気になっていたのか・・・

 では、あの記憶の街はどこなのだと調べると、その前の年、モナコからベネチアへ向かう途中で泊まったベローナであった(ちなみに、泊まったホテルの名前はミラノである。なんでそんなややこしい名前をつけるんだろう)。

 イタリア雑貨カフェのオーナーと会話する以前から、ベローナなんて地名は頭の中からすっかり消え、あの素敵な街は完全にボローニャになってしまっていたようだ。


 記憶なんてあてにならないものである。でも、こんなことから思い出をたどれたのは悪くない。

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