2017.10.23

◆ご近所の主婦力(しゅふぢから)

 「主婦力」なんて言うとジェンダーバイアスがかかっているみたいだけれど、実際ほとんどそうなのだろうから許してほしい。
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 台風一過で、玄関のドアを開けると落ち葉がてんこ盛りだった。家の前の道路にも木の葉が散乱している。

 ところが、隣家の家の前からちょっとした幹線道路に出るまでの1kmあまりの間、ほとんど台風を感じさせる場所がなかった。
 一人だけ、やや高齢の女性が掃き掃除をしていたが、それ以外はまるで台風なんか来なかったように、各戸の玄関先も道路も綺麗なのである。

 幹線道路に出ると、まだ行政の清掃が追いついていないために、路肩にはうずたかく葉が積もっている。

 ご近所が綺麗なのは、ほとんどの家ですでに清掃を終えているからであろう。

 もちろん、出勤前に急いでやった可能性は否定できない。だがおそらくは違う。現に家人も私も、そんなものはほっぽらかして出かけてしまった。
 うちの前以外が綺麗なのは、たぶんご近所の奥様方による迅速な清掃の賜なのだ。

 いやあ、ご近所の底力(みたいなテレビ番組があったような気がする)、特に主婦力には恐れ入った。

 うちの前だけ葉っぱだらけというわけにはいかないので、帰宅してから急いで掃除したけれど、うちの場合は主力であるというのが情けない。

 日ごろジェンダージェンダーとうるさい息子は、先に帰ってきているのに玄関はそのままで、こういうときにまったく役立たずだ。うちの前以外は片付いていることに気づきすらしていないかもしれない。
 そのことを指摘すると、ちょっと後ろめたかったのか、あとで家の中を掃除していた(笑)。かわいい奴である。

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2017.10.21

◆映像は想像を超えない ──『ダンケルク』

 映画『ダンケルク』を見た。映画館で映画を見るのは10年ぶりである。

 なぜ見ようと思ったかというと、ばんばひろふみ さんがその映像のすごさをラジオで絶讃していたからだ。ダンケルクを見たあとで他の映画をふつうのスクリーンで見ると、もうアホらしくて見る気がしないとまで言っていた。

 私も、多い年には100本以上の映画を見ていたが、どれも DVD やら Blu-ray やらである。映画館で見ても家で見ても、それほど変わらず楽しめるからだ(デメリットは封切りから日が経たないと見られないことだが、その間にも見るべき映画は他にある)。
 しかし、バンバンがそこまで言う映像は、どうしても映画館でしか見られないのは自明である。

 調べると、その素晴らしい映像を見られるのは、なんと日本で唯一、109シネマズ大阪エキスポシティだけだという(ほんとなのかな?)。
 その「日本で唯一」が自宅からほど近いのだから、これで行かなければもう一生映画なんか行かないかもしれない。そう思っても、ちょっと精神的に余裕がないのもあってぐずぐずしていたのだが、そうこうしているうちに公開が終わってしまうかもしれないので、思い切って出かけてみた。

 「IMAX®の巨大スクリーンいっぱいに広がる圧倒的な映像」
 「<日本で唯一>のIMAX®次世代レーザー」
 「日本最大級のビル6階分に相当する〝タテ18m、ヨコ26m〟の超巨大スクリーン」

という宣伝文句もさることながら、大昔にフロリダだったかロサンゼルスだったかで体験した IMAX のイメージと、バンバンの「頭の上を飛行機がばーんって、飛んでいくねんで」みたいな発言から、ものすごい映像体験を想像して出かけた。

 が、ガラガラの劇場のほとんど最善の席に座ってスクリーンを見たところで、これは期待できそうにないという気がした。確かにスクリーンは大きいのかもしれない。でも、それは単に目の前に平面的に広がっているだけで、これで飛行機が頭の上を飛んでいくとはとても思えない。
 何か仕掛けがあってそのうちスクリーンが半球状に拡がるとか、そういう期待も持てそうになかった。

 映画が始まると、確かに、眼鏡を通した視野一杯くらいに映像が広がり、周囲の椅子や観客の存在を忘れることができるくらいではあった。
 音が大きすぎるのには辟易するが、確かに臨場感はあり、銃撃や爆撃のシーンでは思わず身を竦ませたりはした。

 だがまあそれだけである。結局、映像は想像を超えられなかった。

 「日本初の4Kツインレーザープロジェクターによ」る「高解像度映像」を標榜しているのだが、フレームレート(秒間コマ数)が低いのか、プロジェクタの性能の問題か、動きのスムーズさには欠けていた。また、顔のアップがやたらに多い映画だったが、そんなものを「ビル6階分」の大きさの「高解像度映像」で見ても仕方がない。
 Blu-ray が発売されたら借りて家で見てみようと思うが、むしろその方が楽しめる場面もけっこうあるのではないだろうか。

 しょっちゅう映画館に通っているらしいバンバンが「ダンケルクを見たあとで他の映画をふつうのスクリーンで見ると、もうアホらしくて見る気がせーへん」「それやったら家で DVD 見てもいっしょやん」と言うんだから、10年も映画館に行っていない私は、今後もたぶん行かないだろう。

 うーん、でも・・・

 逆に、これを機会にたまには映画館に行ってもいいような気もする。たとえ一人で見ても、そこにはやはり小さな祝祭感はあるし、間もなく公開される『バリー・シール/アメリカをはめた男』はちょっと待ち遠しいのだ(あ、今日から公開されてる・・・)。

(Dunkirk, 2017 U.K., U.S.A., France, Netherlands)

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2017.10.20

◆年7.0%の高金利な貯蓄手段?

 ネットを見ていると、ときおり「年7.0%の高金利な貯蓄手段」をうたう広告が表示されるようになった。
 おそらく、「投資信託」を検索語に使ったからだと思う。

 今どき、年7%の運用なんてまずありえない。それ以外にも「年6回の分配《安心の元本保全型》」とか「 過去、元本割れ無しの確かな運用実績」とかをうたっている。
 さすがに「元本保証」とは書いていない。

 好奇心からクリックしてみると、要するに REIT (リート:「多くの投資家から集めた資金で、オフィスビルや商業施設、マンションなど複数の不動産などを購入し、その賃貸収入や売買益を投資家に分配する商品」(toushin.or.jp))の一種だった。

 それにしても7%・・・

 それで本当に「安心」「元本割れ無し」なんだったら、やらない理由がない。

 しかしながら、当然というか、検索するといろいろ問題があるのがすぐに明らかになる。
 「問題があるといわれているが、子細に検討してみると非常に有利な投資」というような、客観的な分析を装う手の込んだアフィリエイトサイト?も複数あって、ナイーブな人なら引っかかってしまうかもしれない。
 いや、そもそも、そういう人はネットで検索したりしないのだろうか。

 驚くのは、もう6年も前からずっと、「第二の安愚楽牧場」とか「手数料集めて倒産か」とか「自転車操業」とか「詐欺」とかいろいろ言われているのに(私が言っているわけではありません)、いまだに広告を出して出資者を集めていることである。
 4年前に「年内一杯で」「なくなる」という書き込みもされているが、これは明らかに誤りだったということになろう。

 問題は、私の知る限り、この投資話の危険性がまったくマスコミ等で報じられていないことである。

 いつだったか、「食の祭典」を騙った大規模な詐欺事件があったようだが、それを報じるマスコミの腰の引け方がすごかった。だれがどう見ても明らかに詐欺なのに、たとえば捜査機関が誰かを逮捕するまでは、そういうふうには一切言えないのだということがよくわかった。

 今回の件は、もしかすると詐欺ではないかもしれないので、なおさらなのだろう。私にしても、ここで固有名詞をあげるのはちょっとはばかられる(検索すればすぐわかるけど)。これを取り上げたマスコミがあったらぜひ教えてほしい。
 これでもし、運営が破綻したとしたら(たぶんする)、山のように被害者が現れて大々的な報道になるのだと思う。その多くは、もっと早く報道していれば被害に遭わずにすんだかもしれない。

 しかしながら・・・

 ネットの無責任な書き込みだが、「ここで騙されたやつは、どうせ別のところで詐欺にあうな・・・ 」「悪いこといわない。 ここで騙されたのは、もう投資とかやめな」というのは、確かにその通りなんだろうなとも思ってしまう。

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2017.10.16

◆運転免許証更新時講習による収穫

 運転免許の更新など、貴重な時間とお金を奪われるだけだと思っていらっしゃる方も多いのではないだろうか。
 実際、明確に意味のあることと言えば、視力を測定されることくらいである。
 フランスやドイツなど、免許更新が不要な国も多い。

 まあそれでも、はなはだ不十分ではあるが、高齢ドライバーには認知機能検査を課したり、運転に適さない病歴があることを自己申告させたり、安全意識を講習で喚起したりと、意味がないわけではない。
 写真をアップデートしておく必要もあるかもしれないし、道路交通法改正のポイントをおさらいするのも悪くはない。

 いずれにせよ、やらないですませるという選択肢はないので、仕方なく更新に行ってきた。

 誤算だったのは、前回までと違って、講師がきちんと授業のようなものを行うことである。そのせいで開始時刻が決められており、ずいぶん待たされることになった。
 以前なら、任意の時間に入ってエンドレス上映中のビデオを見、見始めたところまで来たら終了という感じだったので、特に時間を考えずに更新に出かけて失敗した。
 結局最悪のタイミングになって2時間20分も待たされたし、全部で4時間近くかかってしまった。

 帰宅してから「運転免許更新連絡書」のハガキを見ると、最後のところに小さな字で「講習開始時刻は、受講を希望される警察署にお問い合わせください」とあった。わかっていれば問い合わせたのだが、そんなものを電話で問い合わせたり答えたりするのも双方にとって面倒である。Webにでも一覧できるようにしておけばいいのに。

 それはともかく、これを書き始めた動機は、更新時講習で意外にも改めて発見/学びがあったことだ。

 いや、申し訳ないけれど、講師の話から学ぶことはほとんど何もなかった。たいていは「おっしゃるとおりですね」、いくつかは「その説明の仕方や統計の扱い方には疑問があります」という程度。
 まあ、安全意識について思いを新たにするという意味では、もちろん有意義であった。

 発見/学びは、意外なところから訪れた。

 典型的な右直事故について、わかりやすいイラストを添えて講師が説明する。直進は二輪車のオートバイ、右折は四輪の車。
 「さて、この事故の主な原因は何でしょうか?」

 指名された受講者はなんと、「わかりません」と言うのである。やる気がないとか反発しているとかそういうのではない。重ねて問われても首をひねっている。
 「では質問を変えましょう。直進と右折とではどちらの車両が優先ですか?」
 「えっと、直進ですか?」
 もちろん正解だが、もっと自信を持って答えてほしい。
 さすがは講師、ここでちょっと疑問を持ったのかもしれない。
 「では、直進右折等が関係ないとしたら、二輪車と四輪車ではどちらが優先ですか?」
 「四輪車です」
 イラストでは二輪車が直進なので、イラスト由来の勘違いではない。
 「あ、あ、いや、いや、いや・・・」と講師。
 私も思わず、「えええっ !?」とかなんとか、声を漏らしたかもしれない。
 気を取り直した講師はさらに、
 「そうですか、では、ダンプカーと軽自動車ではどちらが優先でしょうか?」
 「ダンプカーです」
 うわお。
 「あの・・・ 衝突した場合にどちらの被害が小さいかというふうに勘違いなさっているのかもしれませんね」と講師は苦しいフォローを入れるのだが、その発言への反応からも、明らかにそうではないことが見てとれた。
 (免許をお持ちでない方のために:二輪も四輪もダンプも軽も優先度に違いはありません。また、車種によらず、直進と右折とでは直進が優先します。)

 もう一人。
 今度は典型的な左巻き込み事故。左折する車とその左後方を直進する二輪車。例によってわかりやすいイラスト付。
 「この事故の主な原因は何ですか?」
 「えっ、私ですか? うーん、えっと・・・」(間)「車が左をよく見てなかったからですか?」
 「そうですね。左折するときは左側をよく確認することが必要です。では、どうやって確認しますか?」
 「ミラーで」
 「そうですね、ミラーできちんと確認してください。まずはドアミラーとバックミラーと両方の確認が重要です。他にはどうやって確認しますか?」
 「えっ?」
 「他に確認の方法はありませんか?」
 「他ですか・・・?」
 「他の方法で確認はしませんか?」
 かなり待ったが、答えられない。
 講師は、
 「車には死角がありますから、ミラーだけではなく、首を動かして直接目で見て確認しなければなりません」と、当たり前のことをいう。「なるほど、そうなんですか」と言いたげな受講者・・・
 ___

 今回の講習の最大の収穫は、これほど愚かで無自覚な人たちにも自動車免許が与えられ、公道上を当たり前のように走行することが許されているという事実を、改めて思い知らされたことだった。

 特に二輪車にとっては、こういう人たちは自分の命をおびやかす存在となる。
 よく言われることだが、オートバイに乗るときには、周囲の車両が何もわからない愚か者だと思って、さらには、無自覚に自分を殺しにきている暗殺者だと思って運転しなければならないのだ。

 この話にはちょっとしたオチがある。

 講師の質問にまともに答えられなかった2人は、5年間無事故無違反の優良運転者講習の受講者だということで、開始30分で帰っていった。受け取る免許はゴールドである。
 「あんな人たちをたったこれだけの講習で野放しにしていいんですか」と言いたかったが、もちろん言っても詮のないことなので何も言わない。何とかしたいと思っても、講師だって制度上何もできないのだ。
 あの2人が、ペーパードライバーであってくれることを祈る。そして、もしそうなら、願わくは、再度の十分な教育なしに運転しようなどという気を起こさないことを。

 右直事故や左巻き込み事故などについて、やろうと思えば5分でも10分でも、双方の優先関係や注意義務や過失、さらには運転者の認知特性や車両の特性まで理路整然と説明できる私(自信過剰のようで申し訳ありませんが、ドライバーやライダーなら本来だれもが説明できるべきです)は、一度「軽微な違反」で検挙された前歴があるので、居残り講習となった。免許はブルーとなる。

 自業自得とはいえ、理不尽なことである。

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2017.10.13

◆「選挙に行くのがあほらしく」ても

 朝日新聞の選挙特集の中に、各地を訪れて有権者の声を聞くというのがあり、今日は公園を回って・・・ということだった。

 インタビューを受けた女性が
「子育て支援って言葉が選挙の道具にされている気がする」
「これまで実行しないで、選挙の材料にするのが腹立つ」
と答える。なるほど、おっしゃるとおり。

 だが、それを受けてもう一人が
「選挙に行くのがあほらしくなった。今回はもう行かへん」
と言う。

 選挙に行かないという選択は、「子育て支援」を「これまで実行しないで、選挙の材料にする」者たちを肯定し、利することにしかならないのがわからないのだろうか。
 これだから民主主義は難しい。

 いい大人なんだから自分で考えてほしいとも思うが、政治教育を学校でほとんどやってきていないのも問題だ。
 ほとんどの日本人は、投票が義務である国が相当数あることも知らないだろう。

 私だって、選挙に行くのはハタチの時からずっと「あほらし」い。
 それでも行かなければならないのだ。

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2017.10.11

◆世論調査

 衆議院議員選挙に関する某全国紙の世論調査の電話が家にかかってきた。無作為抽出に当たったのだろう。

 でも、アンケートを騙った思想調査やイタズラかもしれず、ほんとうに世論調査だと知る術がない。
 丁寧に率直に「この電話がちゃんとした世論調査だと判断できる根拠はなんですか」とか聞いてみるのだが、相手はぜんぜんそういう質問に答える準備ができていない。単なるアルバイトなのだろう。
 いろいろやり取りをして、2回目の「お待ちください」の時に、もう待つのは面倒なので切り上げたが、どう返事すべきなのかくらいはマニュアルなどで指導しておいてほしいと思った。

 もろもろやり取りしているうちに、たぶん間違いないだろうと判断し、いよいよアンケートに答える気まんまんの私。何にせよ、害のない経験であれば初めてのことは楽しい。

 ところが、有権者が家に3人いると答えさせられただけで、「では、回答は年齢順で上から3番目の方にお願い致します」と言う。
 これで間違いなく世論調査だと確信できたものの、回答は息子の役割になってしまった。残念。
 ___

 でもやっぱり、こういうのを使ってブラック企業の社長なんかが社員の思想調査とかをするのは容易だ。
 電話の向こうの反応からすると、私みたいにごちゃごちゃとややこしいことを言う人はほとんどいないようなのだが、みんなそんなに素直で、詐欺とか大丈夫なのだろうか?

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2017.09.30

■歳月 ──としつき

 19年乗った、家人愛用の軽自動車。

 故障もなく長い間働いてくれたのだが、車検の見積もりを取ると、寄る年波には勝てず、さすがにそろそろちょっと・・・という話だったので、車検が切れないうちにと、急遽新しい車を買うことになった。こんなこともあろうかと以前からぼちぼち考えていたので、別のメーカーの車だが、あっという間に注文してしまった。
 車の下取り額は100円。価値がないことはわかっていたけれど、わざわざ査定して、そのために待たされたのは何だったのかと思う。

 驚いたのは店長の若さである。「子ども店長」か !? とツッコみたくなるような風貌で、たまらず年齢を聞くと、「30になりました」という返事。
 まだ店長経験3か月だということだが、40代半ばの前の店長が異動し、一番年上の「男」(とはっきり言った)が自分だったとのこと。早い出世を言祝いだが、比較的ブラックな業界で、人の出入りが激しいのかもしれない。

 担当セールスは(たぶん)二十歳そこそこの女の子。もしかすると、家人の車の方が「年上」の可能性すらある。今年入社したばかりで、今月からやっと自分で車を売り始めたという。名刺には初心者マークがついている。今日注文した車が初めて売った車だとよかったのだが、残念ながらそうではなかった。

 注文書説明の際は、念のためにと先輩社員が同席するのだが、せいぜい20代半ば。まあ、店長が30だというのだから当然かもしれない。

 こんな店で大丈夫なのか・・・とも思うのだが、周囲が若く、下手をすると子どもに見えるというのは、間違いなく「相対性理論」である。

 「えっ? 高校野球で甲子園に出てる選手って年下?」と驚いたのが懐かしい。今や、プロ野球12球団の監督ですら、もしかすると全員年下かもしれない。

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2017.09.27

■鋭い/鈍い 味覚と嗅覚

 息子が帰宅してリビングに入ってくるなり、「なんかバターくさい」という。

 夕食はカレーである。バターなんか一切使っていない。
 カレーを食べると「やっぱりバターの味がする」と言う。家人にはわからないらしい。

 「いつもと同じように作ったよ。もしかして、バター入れた?」と家人。後半は私に聞いている。

 「入れるわけないやろ」と息子と私が同時に言う。
 私は料理のバター味が嫌いなのである。息子もきちんと把握していることを、家人は気にしていない。料理担当なのに。

 作業が途中だったので若干夕食に出遅れた私がカレーを食べる。なるほどバターくさい。

 匂いに関してはそれほど感じなかったのだが、食べれば歴然としている。家人はどちらもわからないという。

 いつもと同じように作ったというなら、メーカーがルーを変更したとしか考えられない。うちはずっと、S&Bのフォン・ド・ボー ディナーカレーを使っている。パッケージを見ると、確かに原材料の中にバターも入っている。
 だが、古いパッケージがないので、前は入っていなかったのかどうかがわからない。

 ウェブで調べると、なんと今年、「ディナーカレーの魅力である「フォン・ド・ボー」「ソテー・ド・オニオン」「バター」の特徴を深化」したという記載。7年ぶりの変更だ。
 私と息子はそれを感じ取ったのである。

 こういう定番商品でも製品開発の努力は継続しているんだなあと、ちょっと感心する。
 せっかく変えても、たとえばバター嫌いが離れていく危険もあるし、なかなか難しいと思うんだけれど。

 幸い、息子も私も、だから今後はやめようとは思わなかった。息子はどちらにしてもこの手のカレーが好きではないし、私もこのくらいならバターの風味も悪くないと思える。

 問題は・・・

 家人の嗅覚と味覚がわれわれより鈍いことである。料理担当なのに。

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2017.09.26

■ iPhone 7 の強制終了方法

 備忘録です。

 iOS 11 にしてから、初めてiPhoneのホーム画面がフリーズしました。アプリも立ち上がりませんし、隣の画面にスワイプすらできません。

 無駄に Siri が機能したり、ロックと復帰だけできたり、Notification Center が表示されたりはします。

 でも、相変わらずホーム画面はまったく無反応。

 電源も切れず、強制終了をしようと思ってスリープボタンとホームボタンを長押しするも、反応なし。

 ここまで来ると、さすがにちょっと焦ります。LINE には新着メッセージのバッジ。滅多にない予定が入っているので重要な連絡かも・・・
 ___

 検索の結果、 iPhone 7 から強制終了の方法が変わっていることを教えられました。そういえば、かすかにそんな記憶があるような・・・

 ホームボタンが物理ボタンではなくなったので、ソフトウェア的な不具合があるときに機能しなくなることを考え、強制終了には使わなくなっていたのでした。一応、ちゃんと考えているんですね。クリック感があったせいもあり、思いつきませんでした。

  iPhone 7/ iPhone 7 Plus の強制終了の方法は、
・右側面上の「スリープボタン」と
・左側面上の下の方「音量下げボタン」の
同時長押し

です。

 あっさり強制終了して再起動、とりあえず解決ですが、また起こりそうでなんかコワイ。

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2017.09.21

■ iOS 11 に

 なんとなく手持ち無沙汰な時間があったので、 iPhone 7 Plus の iOS を 11 にアップデートした。

 いつもならこういうメジャーアップデートはしばらく待って、不具合対策に目途がついたあたりでやるのだが、まあ何かあってもいいやという感じ。

 ものの10分か15分ほどで完了し、特に不具合もなし。
(ただ、盛んに言われているように、32bit のアプリが使えなくなるのでご注意。iEijiro(抜群の語彙量を誇る英和和英辞典)が使えなくなったのは痛い。)

 今までほとんど使っていなかったコントロールセンターが便利で、これからは使いそうな気がする。

 これでますます、 iPhone 8 や X を買う理由はなくなった。

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2017.09.19

■ iPhone が気にならない9月

 iPhone が10周年だとかで、iPhone X(テン)が発売される。それとは別に、7の後継機の iPhone 8 も(どうして 7s じゃないんだろう)。

 iPhone X の方はけっこう力の入った新製品だが、ほとんど気にならない。

 思えば、実際に買う前から、毎年9月は iPhone が気になる季節だった。

 最初に買ったのは iPhone 5(2012)で、半年ほど後に息子も5を買い、その後も6、6s、7と買ってきた。個人的には、iPhone 5周年ということになる。
 私は 5→6→7
 息子は5→6s
 家人は6
 だ。5は2つとも下取りに出した。家人の6は私のお下がりである。

 今は3人で6と6sと7を使っていることになるのだが、どれも格安SIMを利用していて、三人合わせて月額5千円以下と、いわゆるキャリアの 1/3 以下の費用で使えている。6sと7は SIM フリーだ。

 8もXもいいのだが、細かいことを除けば、できることも画面もそれほど変わらない。Xのデザインと有機EL画面と顔認証は少しは気になるが、それに十数万円を出す気はしない。まったくの新製品だし、初期不良等も心配だ。
 「7を10万円で下取り」とか言うなら考えるが、ありえないだろうなあ。

 前にも書いたが、7を使い始めてまだ1年経たないというのがちょっと信じられない。もうずいぶん長い間使っているような気がする。

 こんな調子でさらに1年使い続け、改良されて安定したXの新しいのが出たら・・・

 その時はまたそれが欲しくなったりするのだろうか。

 新製品が気にならないよりは、欲しくてわくわくする方が幸せなんだけれど。

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2017.09.17

■解散総選挙??

 twitter には書いたのだが、腹の虫が治まらない。

 「これまでにない深刻かつ重大な脅威」のあとの「これまでにない重大かつ差し迫った脅威」(いずれも安倍首相)の最中に解散総選挙を行おうとしているとしたら、論理的に考えて、その「脅威」がウソなのか、脅威にさらされている日本よりも自分の都合が大事なのか、のどちらかしかない。

 おそらくは、自分に都合よく使える範囲においての「脅威」であり「日本」なのだろう。

 先月!改造してできた、自称「仕事人内閣」はどんな仕事をしたのか。

 解散総選挙が行われるとしたら、こういう輩を排除する絶好の機会でもあるのだが、選択肢がほとんどないのが残念だ。

 それでも、投票には行かなければならない。
 無関心や棄権は、「自分に都合がよければ脅威も日本もどうでもいい」ような連中を利することにしかならない。

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2017.09.14

■目に余る誤訳

 書き出すとキリがないし面倒くさいと思って今までほとんど書いたことがなかったのだが、直前のエントリに触発されて、つい先日「これはいくら何でも」が2つ続いたことを書く。
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 映画の吹き替えや字幕、特に字幕には制約が多く、元の台詞の1/3も訳せていないみたいなのがよくある。他にも、大胆な意訳や「超訳」もしばしば見受けられる。というより、省略と超訳が基本線みたいなところがあって、それは確かに仕方ない面もあると思う。
 ただ、その制約の中でも「もっとこう訳した方が」というのが非常に多い気はするのだが、それはこの際 問うまい。

 問題は、明らかな誤訳である。

 先日、「ER 緊急救命室」を見ていると、ヘリコプターのパイロットが "I'm gonna shut down for autorotation." と叫ぶ台詞があった。エンジンに異常が生じたので、安全に降下すべく、「オートローテーションを行うために(for autorotation)エンジンを止める(shut down)」、という意味である。

 オートローテーションというのは、ヘリコプターのエンジンを切って動力のない状態にし、自重で地面に近づいていく過程で、ヘリのローター(羽根)が風を受けて自然に回ることを利用して、その抵抗を使って安全に不時着する技術である。

 知り合いによると、大袈裟に言えばヘリの操縦訓練の半分近くはオートローテーションに当てられるというような話であった。
 「半分近く」というのはいくら何でも誇張だと思うけれど、ある程度の高度か速度があれば(両方あるのが理想)、ヘリコプターはエンジンが止まってもそうやって安全に降りられるように設計されており、操縦者もその訓練をしっかりと受けている。

 実際、ER のヘリも、誰も怪我することなく無事地上に降りた。

 その "I'm gonna shut down for autorotation." (「オートローテーションのために(エンジンを)切る」)の字幕が、なんと、

  「オートローテーションを中止する!」

であった。

 どうしてプロの翻訳家がこんな初歩的な誤訳をテレビで放送してしまうのか。

 「"autorotation" という「専門用語」の知識がなかったから」などというのはまったく言い訳にならない。そんなもの、1980年代の『リーダーズ英和辞典』(研究社)にだって載っている。
 さらに、万一その意味がわからないとしても、"shut down for autorotation" なのだから、「オートローテーションのためにシャットダウンする」という構文なのは明らかだ。
 この文型で autorotation を shut down の目的語にして訳すなど、ちょっと気の利いた生徒なら高校生でもやらないような間違いである。
 ___

 「まさか、スクリプト(脚本)を見ないで聞き取りで訳しているとか、意味は何でもいいから雰囲気だけわかればいいとか、そんなことはないだろうなあ」と思って検索すると、まさに ER の翻訳者本人が、いかに苦労して訳しているかという講演をしている記録が見つかった。

 それによると、もちろんスクリプトを手に入れて、数多い制約の中、いかに努力して完璧な翻訳を心がけているかという話が、これでもかというほど述べられていた。特に、医学用語や表現に関しては医学監修者と綿密に打ち合わせて正しくかつ自然な日本語になるよう努力していたそうだ。

 もちろん autorotation は医学用語ではないが、それにしてもあまりにお粗末だし、この間違え方はいわゆるケアレスミスではない。
 字幕や吹き替えの制約も言い訳にならない。

 「オートローテーションを中止する!」と訳せるなら、
 「オートローテーションを開始する!」と正しく意訳できるはずだ。

 もし意味がわからないなら、いっそのこと「不時着する!」とでも訳せば、通常の字幕としてはぎりぎりセーフではないだろうか。
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 このような、「どうしてこんな・・・」と思うレベルの誤訳が、字幕にはしばしばある。冒頭に「書き出すとキリがないし面倒くさい」と書いた所以だ。

 ネットを見ると、字幕の大御所をはじめ、プロの翻訳家のお粗末な誤訳の例がこれでもかというほど指摘されている。
 (大御所を除けば)多くの場合、「忙しすぎて、時間がなくて、やっつけ仕事をしてしまいました」みたいなことなのかもしれないが、「それにしてもひどい」というのがネット世論のようで、私もそれに同調せざるを得ない。
 いったい、どんな人たちが翻訳しているのか、また、それほどの誤訳を積み上げても一線で活躍し続けられる理由は何なのだろうかと考え込んでしまう。
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 映画やドラマの誤訳の話はこれまでほとんど書かなかったし、この件もここに書くつもりはなかった。
 書く気になったのは、次の回の ER の放送で、またとんでもない誤訳を見つけてしまったからである。まあしかし、これはケアレスミスなのだが、

A:レガスピー先生よ
B:写真家の?
A:ええ
B:必要ないわ(※筆者注:←の訳は記憶による)

 見ていて???が頭の中で点滅した。レガスピーが写真家だとかいう話があったっけ? どうして "Psychiatrist?"(「精神科医?」) を「写真家の?」って訳すんだろう?

 (皆さんはすぐわかりましたか? 私は10秒近く???が続きました。その後やっと、「せいしんか」を「しゃしんか」と間違えていることに気づきました。)

 まあ、上にも書いたとおり、これはケアレスミスである。
 ただ、字幕を入力した人の単純ミスかと思ったら違っていた。何と、吹き替えに切り替えて聞いても、声優がばっちり「しゃしんかの?」と発音していたのだ。どうしてこの場面で唐突に「写真家」が出てくるのか? 誰かどこかで気づかなかったのだろうか・・・

 この「連続技」があって、前から溜まっていたフラストレーションをここで一度は晴らしておきたい気分になってしまった・・・
 ___

 翻訳のご苦労は大きいと思う。でも、視聴者はそれを頼りに見ているのだ。もとの言語がわからなければ(ある程度わかる場合ですら)、翻訳した日本語がその映画やドラマ「そのもの」になってしまう。
 その日本語が、まったくの素人から「これでもか」というほど間違いを指摘されるようなものであっては困るのである。私たちは脚本すら見られないのだ。

 「人間のすることだからミスはある」という程度なら、ネットの誤訳騒ぎはあれほど盛り上がらない。

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2017.09.13

■「NYPDよっ!」

 アメリカのドラマの宣伝を見ていると、被疑者のところに突入する刑事が

「NYPDよっ!」

と叫ぶ場面が放映される。

 "NYPD" は "New York city Police Department"(ニューヨーク市警察)の頭文字で、「エヌ・ワイ・ピー・ディー」と発音する。
 吹き替えでなければ、英語の音声はもちろん、"NYPD !" だけだ。

 前から気になっていて、いつかここに書こうと思っていたら、いつも見ている別のドラマでは、その "NYPD !" に、

「NY警察よっ!」という字幕が出た。

 おわかりの通り、いずれの場合も叫んでいるのは女性刑事である。

 しかし考えてみてほしい。「NYPDよっ!」とか「NY警察よっ!」などと言う刑事が存在するだろうか。

 日本語だとふつうは名詞に何かつけないと言い切りにならないので、「警察だ」とか「警察です」と名乗ることになる。被疑者のところに踏み込んだ警察が、「警察!」というのは確かに変だろう(逆に被疑者の側が「(あっ)警察!」などというのはありそうだが)。

 なので通常、"NYPD !" は、「NYPDだっ!」とか「警察だっ!」などと訳される。

 ところが、発話主体が女性だと、実際には言うはずのない「NYPDよっ!」「NY警察よっ!」になるわけだ。
 確かに、そもそもそういう場面で女性が話す適切な形が日本語には存在しない。「主人」や「家内」に代わる適切な語がないのと根は同じだ。

 日本にだって女性刑事はいるのだが、彼女らは同じ場面で何と言ってるんだろう? まさか「警察よっ!」とは言うまい。
 荒っぽく踏み込む場面なんてそうそうないだろうから、実際には「警察です」と言っているんだろうか。
 あるいは、すでに「警察だっ!」を使っていて、それが今後日本語のスタンダードになっていくのかもしれない。
 (後記:そういえば、日本の刑事ドラマでは何と言わせているんだろう。さすがに昨今のドラマだと女刑事もいると思うのだが)
 ___

 (多く)現実とは違う言葉遣いでその発話者がどんな人かを示す言語表現を「役割語」というのだが、いくら何でも女性刑事に「NYPDよっ!」などと言わせるのはやめてほしい。
 小説ならともかく、映像で女性とわかる人物が女性の声で発話しているのだ。わざわざ役割語を使って「この人は女性ですよ」とわからせる必要はない。

 ・・・と思ったのだが、では何と言わせるのか(あるいは字幕をつけるのか)というとハタと困ってしまうのもわかる。さっき書いたように、適切な形が日本語には存在しないのであった。

 でも、ここは過去を取るか未来を取るかだ。

 思い切って「NYPDだっ!」と訳さないと、いつまでたっても未来は来ない。

I skate to where the puck is going to be, not where it has been...(Wayne Gretzky)

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2017.09.10

■スズメ激減??

 バイクに乗って兵庫県明石市の実家に行ってきた。往路は六甲山、復路は有馬経由。往復で4時間くらい。

 山の中以外はかなり暑かったのだが、季節は秋、沿道の田んぼの多くには稲穂がたわわに実り、たまに刈り入れの終わったのが混じっている。そういう風景を眺めながら走るうち、今まで考えていなかったことにふと気づいた。

 私が子どものころの田んぼというのは、この季節になると鳥よけの網が張られ、虹色のテープなんかできらきら光っていた。案山子もあるのがふつうだった。主にスズメの食害から守るためである。

 それが、今日見たたくさんの田んぼのどれ一つ、網もテープもなかったのだ。案山子だって、観光用みたいなのを除けばない。あれで食害は大丈夫なのだろうか。

 美しい田園風景が網やテープで台なしにならないのはいいのだが、あんなに無防備で大丈夫だというなら、スズメはほとんどいなくなったということなのか。
 実際、カラスやハトは目にしたが、スズメは見なかった。もちろん、バイクで走りながら・・・ということはあるのだが。

 2010年ごろだったか、スズメが(1/10に?)激減しているというような話がマスコミで取り沙汰されたりしたが、きちんとした調査があるわけではない(と思う)ので、誰も確かなことはわからない。バードウォッチングなんかをしている限りでは、それほど減ったという印象はない。

 でも、スズメの数を数えなくても、田んぼから案山子や網やテープがなくなったという事実から、その激減は容易に推測される。

 まさかとは思うが、網を張らなくなった理由が他にあるのだろうか。たとえそうだとしても、もしスズメが昔のようにたくさんいるなら、あの無防備な稲穂に群がっていなければおかしいのだが・・・

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2017.09.09

■手軽に行けるアルプス的なところ

 このブログのプロフィールにも書いているとおり、アルプスが好きだ。
 本家のアルプスも日本アルプスも、スロバキアアルプス(っていうのかな、ヴィソケ・タトリ)もカナディアンロッキーも。
 行ったことはないが、サガルマータ/チョモランマ(エベレスト)だってデナリ(マッキンリー)だって好きだ。要は、アルプス的な山ということである。

 一方で、体力も気力もないので、とてもアルピニストにはなれない。自力で(と言えるかどうかわからないが)登った3000m超の山は、たぶん乗鞍岳(3026m)だけだと思う。あとは木曽駒ヶ岳(2956m)手前の乗越浄土(2850m)くらいか。

 しょせん、私の「好き」も情熱も、他と同様、その程度のことである。

 だからこそ、というべきか、その程度の人間でも登れる/歩けるアルプス的なところのリストが欲しい。
 そう言いながら、今まで本気で調べたことはないのだが、少なくとも私の感度の悪いアンテナには引っかかってこなかった。『日本百名山』とかそういう本はベストセラーなのに、『あなたも行けるアルプス』的な本は聞いたことがない。まあ、あんまり簡単に行かれて遭難されたりしても困るんだろうけれど、この際自分が知っている範囲をまとめてみることにした。

 今回の信州旅行でかなり残念だったのは、その「行けるアルプス」に行け(か)なかったことだ。

 バイク乗り用の雑誌の特別増大号に『絶景ロード100』というのがあって、そこに乗っていた「黒菱林道」というのに行ったのだが、行ってみると、その終点からリフトを2つ乗り継げば、往復3時間で八方池を往復してアルプス気分を味わえたのである。
 実際に行ったときには、リフトは途中で雲の中へ消えていたし、時刻も夕方だったので諦めたのだが、次の日の天気予報がよければ、その辺にもう1泊して登ってみたかった。またいずれ行くつもりでいる。

 バイク雑誌だから仕方ないとは言え、車道のことしか書いていないのにはがっかりした。「終点からリフトを乗り継げば、往復3時間のアルプストレッキングも楽しめる」とでも書いてあれば、間違いなく主要な目的地になっていただろう。
 書いていること以上の情報を求めようとしなかった私が悪いのだが、求めたくなるような記述は、たった30字ほどで書けるのだ。そのための紙幅は十分ある。

 さて、前置きが長くなった。私が知っている「初心者のあなたも行けるアルプス的なところ」のリストを以下の《続き》に記す。具体的な情報はご自身で収集願いたい。
 場所が場所なので、シーズンは概ね6月下旬から10月中旬くらいまでだ(もっと短いかもしれない)。(木曽)駒ヶ岳に登ったのは11月初めの連休だったが、いくら遅くてもその辺で終了してしまうのでご注意を。

 また、言うまでもなく、下界とは気温がぜんぜん違うし天気も変わりやすく風も強いことがある。雪が残っていることも多いし降ることすらあるし、滑落や遭難の危険だってないわけではない。2000mを超えると高山病の可能性も出てくる。
 登山届が必要な場合は必ず提出し、十分な情報収集と装備の上、自己責任で気をつけて。

» 続きを読む

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2017.09.08

■私の文章です

 以下は私がかつてここに書いた文章からの引用です。

 ここに具体的に書くことはできないが、あの新機軸はこうなった、あの改革の副作用は、この改革のせいで・・・と考えていくと、もちろん功罪両面あるだろうとは思うものの、成功か失敗かという二分法を適用するなら、そのほぼすべてが失敗であったと断言できる。つまり、結局は何もしない方がよかったということだ。(2010.10.2)
   ___
 毎年毎年、失敗するのが必定の企画が立てられて実行されている。
 今年もまた、箸にも棒にもかからない「画期的な新構想」がいくつか提案され、上層部とその追従者たちによって嬉々として実行されている(彼らもほんとは「やらされている」のだろうか)。
 その「構想」の提案書たるや、手垢のついた空疎な大言壮語の羅列であり、無駄に饒舌なばかりで大した意味はない。読んでいるこちらが恥ずかしくなってくるほどだ。
 法科大学院と新司法試験の失敗と同様、これも数年後、失敗に終わっているのはおそらく間違いない。ただし、いくぶんかひっそりと。(2011.12.17)
   ___
 失敗することが目に見えているような「新機軸」を矢継ぎ早に打ち出す文科省の方針に次々と面従させられて疲弊し、それでも誰も責任を取らない世界にストレスを溜め込んでいる現場から見ると、「トップまでが「面従腹背」などと言っていたのでは、そりゃこの悪弊は改まらないよなあ」と絶望的になってしまう。(2017.06.03)

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■私の文章ではありません

 こういうことをするのは初めてですが、以下は私の文章ではなく、内田樹氏のブログからの引用です。引用元は
 http://blog.tatsuru.com/2017/08/31_1544.php
です。念のため、内田氏はこういう引用を無条件に許容なさっています。それどころか、「私が書いた」と主張してもかまわないそうです(笑)

 それはさておき、以下引用です。付け加えることはありませんが、是非上記のリンク全文をお読みいただければと思います(ものすごく長いですけど)。

アメリカの外交専門誌Foreign Affairs Magazineは去年の10月号で日本の大学教育の失敗について長い記事を掲載しました。過去30年の日本の教育政策は「全部失敗」という衝撃的な内容でした。続いて今年の3月にはイギリスの科学誌Natureが、日本の自然科学研究の失敗についての記事を掲載しました。半年間の間、英米の世界的な影響力を持つ二つのジャーナルが「日本の大学教育の失敗・科学研究の失敗」を大きく取り上げたわけです。それくらいに日本の学術の劣化は国際的に「有名」な事例になっているのです。21世紀に入ってから学術的生産力がひたすら落ちているのは、先進国で日本だけだからです。

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2017.09.07

■ほんっとにどうでもいいのですが・・・

 珍しくこんな話題ですみません。

 数多の不倫報道が相次ぐ中、元検事の有名女性代議士と、9歳年下の男性弁護士とのW不倫報道がありました。

 いかな代議士といえども、こういうのって純粋に個人的なことだと思いますし、政治家として云々というのはほんっとにどうでもいいのですが・・・

・悪事を糾弾してきた(であろう)元検事が
・日本中から注目されている立場でありながら
・あれほど目立つ形で(たぶん)不倫をしてしまう

という危機管理意識の低さというか、脇の甘さというか、は、とっても気になります。

 また、一般的に、世間の人たちのこういうことに対する倫理観がどれくらい厳しいのか緩いのかも知りたいと思っています。
 自分のことは(だいたい)わかるのですが、他の人がどんなふうに考えているのか、ほとんど知る機会がないので。

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2017.09.06

■それぞれの人生

 今年のゴールデンウィークに東北をぐるっと回ったとき、信州を経由した。
 その時に北アルプスの絶景を見せてくれた峠に、今回も立ち寄った。

 先客の一人と何気なく言葉を交わし始めると、その方が白馬村在住だとわかった。生まれ育ちは大阪なのだが、こちらに住んで「写真やデザイン」の仕事を(おそらく)個人でなさっているという。
 フォルクスワーゲン ゴルフ ヴァリアントの4motion に乗っていらっしゃるので、経済的にも困窮していないのは明らかだ。

 「理想の人生ですねぇ。私なんかサラリーマン以外考えられません」と心底羨ましくて申し上げると、
 「いえいえ、来月の仕事があるかもわかりませんし」とおっしゃる。そう言いながら、もう何十年か写真家を続けているらしい。

 「アルプスなんかにも登って写真をお撮りになるんですか?」
 「撮りますよ。山渓(ヤマケイ)さんの仕事なんかもありますから」
 「いやぁ、ほんとに理想の人生ですねぇ」
 「いえでも、定年がないとはいえ、いつまでも山に登れるわけでもありませんし」

 確かに、60代前半に見える。

 そして、そうだろうなあとは思うものの、やっぱりにわかには納得しがたいのが次の言葉だ。

 「この辺の景色なんかもぜんぶ飽きちゃってて、何とも思いませんからね」

 じゃあどうしてここに車を停めて北アルプスを眺めているんですか、とは訊かなかった。その日はどっちにしても大した景色ではなかったのだが。

 「ご存知かどうかわかりませんが、この下のアルプスがきれいに見えるところに、ポツンとカフェがあるんですよ。ああいうのをやってみたいなと思ったりもするんですが」と私。
 「おやりになるのは自由ですけど、お客さんは来ませんよぉ。たまに来たらラッキーくらいに、趣味でやるんならいいですけど」

 まあ、そんなものだろう。写真とデザインを なりわいにして白馬村で暮らせる人だって、いったい何人いることか。

 別れてすぐ、名刺でももらっておけばよかったと思った。もしかしたら名のある人かもしれないが、名前も知らずに後で検索してみてもわからなかった。
 ___

 その日の夕刻。

 次の日もその次の日も天気はよくなさそうだし、それなりに目的は達した気がしてなんだか面倒くさくなり、1週間ほど続く予定だった信州旅行をたった2泊で切り上げることにした。

 それほどの景色も望めなかったとはいえ、要するに飽きたのである。たった3日で。

 白馬在住の写真家が飽きてしまうのは当然だ。

 先方の人生は羨ましいけれど、飽きることが納得できればまあ、お互いそれぞれの人生なのかと考えざるを得ない。

 でもやっぱり、「白馬在住の写真家」って、絵に描いたような理想の人生だよなあ・・・という思いは拭いきれないんだけれど。
 ___

 何にせよ、明日からまた仕事だ・・・

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2017.09.05

■蕎麦ツーリング?

 休暇も残り少なくなった。

 毎日うだうだしてるのも何なので、バイクでどこかへ出かけようと考える。

 そこら中走り回ってしまって新鮮味がないので、何か目的を作るために「蕎麦」を考えた。それほど蕎麦好きというわけでもないのだが、蕎麦屋というのは田舎に行ってもあるし、あんまり高くはないので目的地にしやすい。
 幸いというか、自宅から北北西に進路をとると、行ってみたいお蕎麦屋さんが少なくともまだ5軒くらいはある。だが、調べてみると、どれも「完全予約制」か「本日休業」。

 まあ、他にもどこかあるだろうと、重い腰を上げてバイクで篠山を目指す。別に蕎麦でなくてもいいし。
 午後3時ごろから雨が降るということだが、出たのは正午。幸い、雲は高く白く、空も明るい。

Img_7294_copy 篠山の「河原町妻入商家群」をトコトコと流していると、石臼挽き十割蕎麦のお店(丹波そば切り 花格子)を見つけたので、女将さん?のお勧めに従って「芝えびのかき揚げと かぼす蕎麦」をいただく。
 そのままバイクを置かせてもらい、商家群を散策。以前来たときに一番気に入った金工細工のお店(應需(おうじゅ)細工所)は土日祝しか開いていないようだ。

 バイクに戻って篠山市街を再びトコトコ。東西の通りを西へ走り、一本北へ上がって東へ走り、また北へ上がって西へ・・・と繰り返す。それで入り損ねた一方通行の道も入口を探して入るなど、主な通りを一通り走っても30分かからない。

 ちょっと山の方にある、前から気になっていたフランス料理の店と蕎麦懐石の店も見るだけ見ておこうと向かい始めたところで、シールドに雨がぽつぽつと当たり始める。ちょうど15時。降り始めの時刻まで当たる最近の天気予報は偉い。

 えっ、こんな雲で雨?と思う間もなく雨脚が強くなっていく感じなので、諦めて帰路につく。

 東へ、そして南に向かうので、すぐに雨は止むかと思いきや、かなりしつこく降る。能勢町に入ってようやくやんだ。
 ほっとしていると、自宅近くになってからまた降り出す。単純に西から雨というわけでもないところが難しい。

 それにしても、雲はあくまでも白く高く、空は明るい。これで雨なんか降るのか・・・と思うのだが、素人の観天望気に何の意味もないことを思い知らされた。

 防水の装備もなしに雨の中をバイク走行なんて何年ぶりだろう。

 茨木の山間部でも気温が21℃と、先日の信州と変わらず、ちょっと寒い。9月の初めって、毎年こんなに涼しかったっけ?

 幸い、首から上はヘルメットのお蔭で濡れず、上半身も風防があるためにそれほど濡れない。土砂降りでもなければ案外走れるかも・・・とわかったのが収穫。これまでは雨中走行なんて考えたくもなかった。

 あ、またオチがない。

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2017.09.03

■シーサイド・コーポラス

 中島みゆきで思い出した。

 今回聞いていて1曲だけ、すごくびっくりさせられたことがあった。
 よく知っている曲なのに、まったく知らない歌詞が流れてきたのだ。

 自分の記憶に支障を来しているのではないかと、ちょっと不安になった。
 今思い出して調べたら、これまで知っていたのは「36.5℃」というアルバムに収録されていたバージョンで、1番しか歌われていないもの。今回聞いたのはシングルバージョンで2番も歌われているものであるらしい。

 けっこう好きな曲なのに、こんなことがある。まあ、私の「好き」はその程度のものだということだけれど。

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■中島みゆき

 信州ドライブの間、ほとんどずっと中島みゆきを聞いていた。

 彼女のだけで40枚近いCDが1枚のSDカードの中に入っている。他にも、さだまさしとか小田和正とか徳永英明とかテレサテンとかが入っているのだが、何しろ数が違うので、ほとんど中島さんが流れていた。

 車のオーディオはSDカードが2枚刺さるので、もう一枚は洋楽にしている。でも、今回そちらは流さなかった。

 今さら、しかもこの年になってこんなことを言うのも恥ずかしいのだが、彼女の20代から60代までの歌をいろいろ聞いて、彼女の世界観は人生そのものだなあと思った。

 素直にそう感じただけなのだが、常人とはまったく異なる人生を歩んできた彼女が、常人の人生をあんなに知っているように見えるのはなぜなんだろうという気がちょっとした。

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■疾走するバキュームカー

 ワインディングロードを車で走るのは遅い方ではない。特に一人で乗っているときはそうだ。
 自分より速そうな車が後ろから来ると必ず譲るのだが、たとえば今回の信州旅行でそういう機会は一度しかなかった。
 (バイクの場合はぜんぜん違う。平均的バイク乗りより明らかに遅く、しょっちゅう道を譲っている。)

 その一度について。

 岐阜・長野県境の安房トンネルを抜け、上高地口を過ぎて松本へ向かっていた。交通量はほとんどない。どこから現れたのか、前をバキュームカーのような白い小型トラック(以下バキュームカー)が走っている。

 これが速い。

 がんばってついていこうとするのだが、かなり真剣にならないと無理だ。必死の一歩手前くらいで、なんとか付かず離れずついていく。
 バキュームカーは、カーブの続く山道を、ものすごく小刻みにピッチングしながら、時にはダダダダダダンッみたいな音をたてて疾走していく。よくもまあ、こんな速度であんなに揺れながら・・・

 そんな感じで十数分くらい走っただろうか、路肩が広くなっているところがあって、そのバキュームカーが道を譲ってくれた。
 振る舞いとしては正しいと思う。私だって、こういう道で付かず離れずついてくる車がいれば必ず道を譲る。前の車についていけるということは、ふつうはまだ余裕をもって走っているということを意味するからだ。

 だが、私にはもちろん、余裕などなかった。「かろうじてちょうどついていける」という速度だった。
 「うわあ、譲られても・・・」というのが正直な感想だ。どうしようかと迷ったが、相手はそこで休憩でもするつもりかもしれないし、とりあえずは厚意を受けることにした。

 私が前に出ると、バキュームカーはそのままついてくる。しかし、私はもうさっきまでの速度では走れない。前を切り開いていってくれる車がいるからついていけたのだ。先頭を安全に走ろうとすると、がくんとスピードが落ちてしまう。相手は「付かず離れず」ではなく、むしろ私を煽り気味だ。

 結局、ものの1〜2分で今度は私が譲ることにした。
 バキュームカーは、水を得たトドのようにあっさりと私を抜き去っていった。そして今度は、もう私が追いつけないスピードで徐々に遠ざかっていってしまった・・・

 FFとはいえ軽量のスポーツセダンに乗っている私が、バキュームカーについていくことすらできないのである。
 車の性能差には、ものすごいものがあるはずだ。それをひっくり返したのは何か。
 道、というか、(たぶん)すべてのカーブを熟知していることは大きいだろう。だがそれでも、あの車であのスピードで走れるものなのか・・・

 まあ、速いといっても「ほんとうに」速いわけではない。しょせんは、公道上の狭いワインディングのことである。あの程度の速度域でどれだけ速く走れるかを決めるのは、結局のところ「度胸」なのではないかと思った。私にはとてもあんな速度で走る度胸はない。

 そういえば去年だったか、家族で四国に行ったときに、びっくりするくらい速い軽トラックに道を譲ったことがあった。ついていく気なんか起きないくらいあっという間に遠ざかっていった。
 あの時も、「あんな車でよくもまあ、あの速度で走る度胸があるよなあ」と思ったものだ。

 いやでもまさか、度胸ではなくてウデなのか・・・ そう思いたくはないけれど。

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2017.08.31

★信州ドライブ

 涼を求めて北海道に行くつもりが、西日本以外はみんな涼しいということらしいので、だったらもう信州でいいやと思って行ってきた。
 例によって孤独な貧乏旅行である。

 1週間くらいかなと考えていたが、結局はたった2泊で帰ってきてしまった。帰宅は真夜中を越えたので、一応2泊4日。

 北海道だとおいそれとは帰れないので続けざるを得ないのだが、それでも2年前に行った時にはフェリーの予約を2日ほど短縮したような記憶がある。走るのにも風景にも飽きてくるのだ。
 それにしても2泊はひどい(今調べると、北海道は出発から帰宅まで13日間もあった)。

 夕方、次の日もその次の日も晴れそうにないし(帰ってくるとこちらは快晴!)、なんだか面倒になって「もう帰ってしまおうか」と思うと、どうかすればその日のうちに帰ってしまえるのだから、やはり「近場」はダメである。

 結局、旅行というよりはドライブになった。まあ、飽きるほど走れて景色も見られたのだからよしとせねばなるまい。

 まだ数日は旅行をしていたはずなので、暇といえば暇だ。ツイートでは書き切れないことを(でもできるだけ短く)ここに書いていきたいと思う。

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2017.08.23

★サファイア

 世の中には知っているようで知らないことが多いもので、昔は調べるのにも手間暇がかかるために知らないままになっていることが多かったが、最近は調べたいと思えばすぐに調べられるようになり、いろいろな無駄知識が少しずつ身についている。

 それでも、世の中のほとんどのことについて何も知らないのは相変わらずで、いったい世の中にはどれくらいの知識・情報があるんだろうと途方に暮れる。

 「メジロの雌雄を鳴き声で判別できるか」という研究を知人がやっているのだが、21世紀になってもまだそんなことすらわかっていないのかとびっくりする。

 まあ、よく言われることだが、わかっていることよりわかっていないことの方が圧倒的に多いのは、どんな分野でも同じかもしれない。

 なんだか話がそれてしまった。
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 昨夜、たまたま時計を見ていて、「サファイアガラス」というのが気になった。大昔から知っている言葉なのだが、あまり気にしたことはない。
 サファイア(のように綺麗な)ガラス
 サファイア(のように硬質な)ガラス
 サファイア(のように透明度の高い)ガラス
なんかのことを指すのだろうかと漠然と思っていた。

 それが実は、サファイアガラスというのはサファイアそのもの!であることを知った。

 私が現在日常的に使っている時計は3つあるが、どれもサファイアガラスである。こんな大きなサファイアの結晶(薄いけど)を毎日のように腕に嵌めているなんて思いもしていなかった。

 シチズンのウェブサイトを見ると、1万円台の時計はふつうのガラスだが、2万円の時計はもうサファイアである。サファイアってそんなに安価に製造できるものなのか。
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 サファイアは単なる酸化アルミニウム(Al2O3)の結晶で、本来は無色透明、不純物のまじり具合で色がつくことは知っていた。
 その中の赤いのをルビーと呼び、サファイアもルビーも実は同じものであることも。

 それでも、まさか自分の時計のガラスが、その無色透明のサファイアだなんて思いもしなかった。

 そんなことなら、サファイアガラスなんて紛らわしい言い方をしないで、「人工サファイア」とかなんとか、サファイアそのものであることがわかるように表記すればいいのにと思う。

 そう、時計のサファイアはもちろん、人工的に製造されたものである。だがそれは、ニセモノとかまがい物とかいうことではない。化学的組成が同一の、同じサファイアである。
 むしろ、変な混じり物が入っていない分、よりピュアな、純粋のサファイアだと言える。

 がぜんサファイアに興味が湧いて調べてみると、宝石的なサファイアですら数百円とか数千円のレベルでたくさん売られていることを知った。
 さすがに高級なものは製造コストも高いのでそういうわけにはいかないが、興味が出てくるとちょっと欲しくなるもので、数千円から十数万円の商品なんかをネットで眺めていた。

 十数万円出せば、夢のような大粒の美しいサファイアが手に入る。数千円のですら立派なものだ。
 人工なんだけれど、くどいようだが天然より完成度は高い。“flawless” ということばを耳元で囁かれている感じがする。

 家人を口実にして買ってしまおうかと(ちらっと)思ったのだが、それとなく水を向けると、「そんなの持ってどうするの? 宝石になんか興味ないもん」と言われてしまう。

 うーん。

 素晴らしい人生のパートナーだと考えるべきなのか、何と味気なく夢のない女だと思うべきなのか・・・

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2017.08.21

★時代の変化

 時代というのはふつう徐々に変化していくので、なかなか気づきにくい。

 その例として適切なのかどうか分からないが、最近、今の iPhone 7 Plus を使い出してからまだ1年も経っていないことにほとんど愕然としたことを思い出した。
 はるか昔から使っているような気がするのだが、昨夏、アイスランドに行ったときにはまだ au 縛りの iPhone 6 Plus を使っていて、現地 SIM を使うことすらできなかったのだ。仕方なく、息子の iPhone 6s Plus を利用した。

 今の家に越してから20年近くなので、そのころから同じような生活をしている気がするのだが、もちろんそんなことはない。初めて携帯電話を持ったのは確かそのころだが、当時はデジカメすら持っていなかった。
 それに、何であれ iPhone という名前のキカイを手に入れてから、まだ5年も経っていないのである。たった5年・・・ うわっ、びっくりした。
 ___

 リビングの蛍光灯が暗くなったり消えたりして不安定なので、新しい蛍光管を買った。まだ2年なのに早いなあと思いつつ交換した。「新しい」ツインPaの100Wなので、けっこう高かった。

 ところが、交換後もまた症状が出る。どうやら本体の故障のようだ。前日、交換時に掃除したので新品同様に見えるのに、本体はさすがに20年選手である。まあ仕方ないから新しいのを買おうと思うと・・・

 なんと、ほとんど LED のしか売っていない!

 まだ十分使えるのと新品と、高い蛍光管を2つも抱えてどうしよう・・・と思っていたのだが、これまでの経験から、時代に逆らってもいいことはないと思い、諦めて LED のシーリングライトを買うことにした。

 幸いというか、家中の電灯を調べてみると、1つだけツインPaの使えるものがあったので、高い蛍光管はたぶん無駄にならないだろうとちょっとほっとした。

 照明がどんどんLED化しているのは、もちろん知っているつもりでいた。でもまさか、(電球ならともかく)蛍光灯の照明器具ががほとんど手に入らなくなっているなんて思いもしなかった。

 時代は(主観的には)一気に、急に、変化するのである。
 ___

 電機メーカーに勤めている知人から、電解コンデンサの寿命の関係で、照明器具の実質的な寿命は20年程度だと教えていただいた。
 ということは、これから家中の照明器具がどんどん寿命を迎えていくわけである。以前住んでいたマンションから持ってきた中にも、まだ延命しているのがあるのだが、それも時間の問題だろう。

 家中に蛍光灯がいったいいくつあるのやら・・・

 それらを今後全部順次交換していくのかと思うと、ちょっとぞっとする。

 まあ、いろいろがたついてきた体の部品はどれも交換できないことを思うと、新調できるだけましなのかもしれないけれど。

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2017.08.06

★3時間でできること

 夏休み(じゃないけど)の日曜日だというのに、家人は仕事、息子は早朝からどこか遠くへ行ってしまった。

 昨日に引き続いて家でうだうだしているだけというのもなんだかなあ・・・という気がして、車で六甲に出かけることにした。
 最高気温の予想は38℃。とてもバイクで出る気にならない。

 途中コンビニに寄り、天狗岩へ。トカゲの写真を撮り、神戸と大阪の街を見下ろしながらおにぎりを食べてお茶を飲み、しばし憩う。
 車に戻る途中、鳥の写真も撮った。

 車にして正解だった。前回とは違い、気温は山上でも28℃。暑くはないが、風が吹けばかろうじて涼しい程度で、とても快適とは言えない。

 帰りに遠い方の職場に寄って紙の束を回収し、帰ってくる家人のためにスイーツを仕入れて帰宅。

 驚いたのは、家を出てから車庫に車を入れるまで、ちょうど3時間しかかかっていなかったこと。

 1日にこの行動を8回も繰り返せるじゃないか!
 いや、24時間はさすがにどうかと思うので、仮に12時間活動できるとすると、それでも4回。

 ふだん、1日どころか2日や3日(72時間!)くらいはすぐ無為に過ごしてしまうことを考えると、3時間でできることの多さに驚いてしまう。

 そういえば、「ハドソン川の奇跡」では、バードストライクから着水まで、3分ちょっとだったのだ。

 まあ、大量の弛緩した時間があるからこそ、その濃密な時間が可能だったのだと思う。
 同じ3分をループで繰り返していたら、1日でストレス死しそうな気がする。

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★世界侵略のススメ

 マイケル・ムーア監督。

 アメリカ「以外」の国々(といっても、ヨーロッパとチュニジア)がいかに素晴らしい面を持っているかを笑いと皮肉たっぷりに紹介するドキュメンタリー。

 例の調子だが、やはり傑作である。日本ももちろん、教えられることが多い。

 紹介される素晴らしさの多くは、アメリカも拠って立つ価値観から導き出されている。しかも、そのうちいくつかはアメリカ発だったりする。

 なのにどうして、アメリカの現実はこうなってしまったのか。
 簡単に指摘するのは憚られるが、それほど難しいことではないような気もする。

(Where to Invade Next, 2015 U.S.A.)

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2017.08.03

★ハドソン川の奇跡

 トム・ハンクス主演、クリント・イーストウッド監督。

 実に久しぶりにほとんど手放しで賞賛できる映画を見ました。

 ぜひ皆さまも予備知識なしでご覧ください。
 とは言っても、ご承知の通り、誰も死にませんし。

 不時着水の時のCGを除けば、ほとんど文句のつけようがありません。それだけに、そのひどさが際立ちますけど。
 もっともっと実際の着水に近く作れたはずなのに、わざとああいうふうに作って大失敗していると思います。

 まあでも、そんなことはともかく、ぜひ。

(Sully, 2016 U.S.A.)

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