2018.04.18

★微妙なイタリアン

 このブログのプロフィールにも書いてあるとおり、安くておいしいランチを常に探している。

 それがますます困難になってきた。

 もうかれこれ20年以上、私の狭い行動範囲で探し続けていると、なかなか新しい発見というのも難しい。
 外食物価も上がり、もはや1000円以内でまともなランチを求めるのも至難の業となってきた。
 また、これは元からなのだが、無料の駐車場のある場所でないと「安いランチ」にならないので、選択の範囲が狭くなる。
 そして、せっかく行きつけになっても、値段が上がったり移転したり閉店したりと、なかなかうまくいかない。
 最後に、もっとも外で食べる機会の多い水曜日を定休日にしている店が実に多い。

 そんな中、たぶんもう半年以上も前から行きたかったイタリアンに初めて行くことができた。
 なかなか行けなかったのは駐車場に不安があったからだが、案ずるより産むが易し、行ってみれば簡単に何とかなってしまった。

 これは行きつけになるかも、と期待に胸を膨らませて扉を開ける。
 その扉をはじめ、店内にもなんだか見覚えがあると思ったら、かつて行ったことのある割烹が出た後に、居抜きで入った店らしい。

 午後1時は過ぎていたが人気店(のはずだ)、かなりの混雑を予想していたのに客は2名で、「あれ?」と思った。
 こころなしか、奥様と思われる女性の愛想もよくない。

 ランチのパスタは常時20種類から選べるという話だったのだが、メニューには2種類しかない。どちらもそれほど好みではなかったので、別の単品を食べることにした。
 そうこうするうち、ぽつぽつと客も入り、13時半のラストオーダーまでに5名増えた。

 夫君と思われるシェフも無表情だ。ネットにあった、「夫婦はいい感じで愛想もいい」というような評判はなんなのだろう?

 ・・・と考えるうち、「あ、これは」と既視感がよぎった。

 夫婦喧嘩をしているのだ!

 いや、既視感はうちの夫婦のことではない。食べ物屋の夫婦が喧嘩してこんな雰囲気になっていたのを、かつて経験したのである。
 もちろん、今日のイタリアン夫婦が喧嘩しているというのは単なる憶測に過ぎないけれど。

 まあそれでもこちらは客なので、支払いの時には「ありがとうございました」と言ってくれるし、奥様にもちらっと笑顔が見えたような気はした。
 ___

 今日の単品は1000円以下だったが、パスタランチは飲み物やデザートなしで1280円だし、今日の雰囲気や料理やその他もろもろを考慮すると、再訪はないかなあ・・・と思いながら店を出た。
 わりとまとまりのない長い髪で料理しているのにも、ちょっと違和感があった。

 店を出て店舗前の黒板を見ると、ランチのパスタは常時20種類から選べるとはっきり書いてあった。

 店内のメニューと黒板では、かなり探したが見つけられなかったのに。

 いろいろ微妙なイタリアンだったが、パスタが選べるならもう一度行ってみてもいいかなと思う。

 今度は夫婦仲良くしているところで気持ちよく食事したい ^^;

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2018.04.15

★三たび美山へ

 特に予定のない土曜日、私としては珍しく朝早く?起きだしてしまったので、どこかへ出かけたくなった。
 幸い、まだ天気もしばらくは持ちそうだ。

 滅多にないことに、家人も同行できるというので、桜を求めて京北・美山に行くことにした。

 とはいえ、私は今春3度目になる。何か目標があったほうがいいと考え、昨初冬に見送った日本一背の高い木、美山の三本杉を見に行くことにした。

 家人は「おいしいものを食べるのだけが楽しみ」と薄情なことを言うのだが、京北にそんなものがそうそうあるわけもない。
 いつぞやのフレンチの線も考えたが、予約が必要なことと高すぎるのとで却下、「蕎麦美庵 物味遊山」を目指すことにする。ここは、1500円または1800円で、前菜・サラダ・メイン付きの十割蕎麦を食べることができる。

Img_0186_copy ちょうどお昼ごろに着いて昼食をすませ(満足感高し)、ウッディ京北でたまたま見かけた「田中店(たなかみせ)」の食パン(山食)を買い(おいしかった!)、黒田の百年桜を横目に見ながら、一路 美山の三本杉を目指す。大悲山峰定寺の駐車場に車を駐め、林道を歩くこと30分で目的の場所に着いた。

 その辺の木もほとんどが杉で、それなりに大木と言えるようなものも散見されるのだが、所詮は植林、三本杉の迫力はまったく別物である。「がっかり名所」を覚悟していた身には、十分すぎる巨木だった。
(高さが日本一だというんだから、そりゃそうですよね・・・)

 車に戻るまで雨が降らなかったのも僥倖である。

030a8824_copy 帰りは、ちょうど満開の黒田の百年桜を傘をさして観賞する。前回は、まだちらほら咲いているだけだった。
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 3度来ても、京北はその度に満開の桜で迎えてくれる。まずはソメイヨシノ、次に枝垂れ桜、さらには百年桜というように。

Img_0189_copy いや、そう単純ではなく、いろんな種類の桜やら桃?やらハナズオウやらがそこここで競うように咲き誇っている。

 私の車で、バイクで、そして家人の車でも、もはや走り飽きた道なのだが、それでもやはり、京北の春は格別だ。

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2018.04.10

★気付かれぬ気遣い

 しばしば昼食を食べる寿司屋で、久しぶりに食事した。

 桜鯛が殊のほか素晴らしかった以外は、おいしいには違いないけれども、まあいつものお寿司である。

 寿司が終わって赤だしが出てきたので、蓋を取って横に置き、立ち上がる湯気で目を愉しませ、軽く香りを吸い込んでから、すぐに口に運ぶ。
 書くとそうなってしまうが、ほとんど何も意識していない一連の動作だ。

 だが、ひと口飲んだ瞬間、なぜか、いつもは気付かぬことに気付いた。

 もしこの赤だしが熱すぎたらどうなるのか。火傷しないまでも、あちち・・・となるはずである。
 なのに、なんの躊躇いもなく、ふーふーしたりすることもなく、そのまますぐに口に運ぶことが習慣になってしまっている。

 では、赤だしは冷めているのか。いやむしろ、熱いくらいだ。しかし、絶妙なバランスで決して熱すぎない。それが毎回同じなのである。

 そのことに初めて気づいた。
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 この店の茶碗蒸しの蓋が常温であることには以前から気がついていた。
 別の店の茶碗蒸しは、おしぼりを鍋つかみ代わりに使わなければならないほど熱い。
 この店ではおそらく、蒸し上げてから蓋だけ取り替えているのだろうとは、以前から想像していた。客が構えずに蓋を外せるように。

 赤だしは、毎回必ず適温で供される。いつもより熱いとかぬるいとか思ったことは一度もない。それはどのくらいの精度なのだろう?

 家でカフェオレを入れるときは、作ってからレンジで暖めることが多いのだが、仕上がり温度が60℃と65℃とではまったく異なる。たぶん、63℃くらいの設定ができれば一番いいと思うのだが、60℃ではぬるすぎ、65℃では熱すぎるのだ。
 とすれば、あの赤だしの温度は、客の前に出されてすぐに蓋が開けられた時点で、(たとえば)63℃±1℃くらいなのではないかと推察する。
 そのくらいになるように、毎回計算されて(というか気遣われて)供されるのだ。

 その気遣いが当たり前すぎて、今日まで気付いていなかったのである。
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 だしを引いたのが誰だかは知らないが、実際に運んでくるのは必ず、この道10年未満と思しき20代の若手である。まだまったく、寿司など握らせてもらえない。
 あとの2人はずっと握っているので、赤だしは若手に任されている。

 「何にもでけへん」「言うてもわからへん」とよく言われている男である。その人が出してくる赤だしの温度に、まったくブレがないとは。

 まあ、もしかしたら、適温に保つ湯煎の機械にかけていて、そこからお玉ですくえば自動的にあの温度になるのかもしれない。
 だがおそらく、それほど簡単なことでもあるまいと思う。
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 相手に気付かれないほどの気遣いが本物の気遣いである。
 私が鈍感だっただけかもしれないが、あっぱれと言うほかない。

 省みてわが身、他人に対してどれだけの「気付かれぬ気遣い」をしているか。

 少なくとも家人には、「あれもしてあげたこれもしてあげたアピール」を欠かさないけれど。

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2018.04.07

★14時から美山を往復

 だいぶ前から「孫の手」が欲しかったのだが、それなりに探しても気に入ったのがなく、まあダメだろうなあと思いながらも、ひいきの銘木工芸店「山匠」にメールすると、なんと孫の手もお作りになっているというのを一週間ほど前に教えていただいていたので、桜のあるうちにと、出かけることにした。

 いずれにせよ、桜が散り果てる前に京北・美山へとは思っていた。

 前日からそのつもりだったのに、新年度で疲れたのか、起き出すともう正午前になっていた。天気も優れなかったのだが、夕食までには何とか帰ってこられそうだし、結局行くことにした。

 出発はなんと14時である。

030a8785_copy 家を出るときは晴れてきていたのに、亀岡からは雨になった。それでも、イワツバメの乱舞に慰められたり、満開に「戻った」桜を楽しんだり、新しい桜を「発見」したりしながら、2時間かからずに山匠に着いた。

 ご主人がお仕事の手を止めていろいろ見学させてくださった。
 その後、予定どおり孫の手を購う。キハダ・欅・一位・タモがあると伺っていて、事前に欅か一位(櫟)をと思っていたのだが、現物を見て色と木目が気に入った一位にした。

030a8789_copy 雨模様の中、違うルートで帰宅する。お気に入りの桜ポイントは時間差でさまざまな桜が咲くのだが、大木はほとんど散り果てていた。
 それでも随所でさまざまな桜を楽しむ。雨なのが残念だ。

 帰りの亀岡では久しぶりの虹を見て、無事18時40分ごろ帰宅。ちょうど夕飯に間に合った。

 14時から動き出してもこれだけ充実した日を過ごせるのだと気づかされた。

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2018.03.26

●桜の季節が始まった

 子どものころは夏が好きだった。何といっても夏休みである。小学生のときは毎日のように、午前中はプールで、午後は海で泳いでいた。
 小学校高学年になってスキーに行くようになると、冬も好きになった。スキーをしなくなった今でも、雪景色や雪道ドライブは格別だ。
 高校生から大学生のころは、感傷と紅葉の秋も好きになった。ただ、環境の変化からか、かつて見たあの素晴らしい紅葉がほとんど見られなくなってきたのは残念である。
 結婚して仕事を始めてから、ようやく新緑の美しさに気付いた。

 しかし、春を好きになったのは、ずいぶん後のような気がする。春が待ち遠しいとはっきり自覚したのは、40代になってからではないだろうか。

Img_9736_copy 桜はどうだろう。

 今、思い出そうとしてみると、幼稚園に入る前の記憶がはっきりしない。今も両親が住む家に3月末に引っ越してきて、翌4月に入園したのだが、家のすぐ近くの公園の桜も、幼稚園の桜も、よく覚えている。
 それ以降、あらゆる場所で桜を見てきたし、もちろんそれなりに目を愉しませてきたのだが、人並みよりは少し醒めていたような気がする。第一、今日に至るまで、グループで飲食をともにするような花見の経験もほとんどない。

Img_9649_copy 桜の美しさに感銘を受けたのは、谷崎の『細雪』に登場する平安神宮の紅枝垂れの描写を知り、後に実際に目にしたのが最初だと思う。
 そのころから、自分が好きなのはソメイヨシノではなく、もっと色の濃い桜であることを自覚するようになった。
 ___

 地震と津波と原発事故の後、毎年のように東北を訪れるようになったのだが、わざわざ遠くまで行く、あまたある理由のうちの一つは、こちらで散ってしまった桜を、タイムマシンのように遡ってもう一度観賞できることである

Img_9650_copy 今のバイクを買ってからは、まず紀伊半島で桜に出会い、次に近所の桜に親しみ、その後京北や湖北で桜を愛で、さらに東北へ出かけるようになった。
 紀伊半島は車の時があるし、東北へはこれまですべて車だが、ともかくも、3月下旬から5月上旬まで、ほとんど途切れることなく桜が観賞できるようになったのは素晴らしい。

 今までどうして気付いていなかったんだろう?

 いや、気付いてはいたのだ。
 仕事を辞めたら、九州を皮切りに北海道まで、ちょうど桜前線の速度に合わせて2か月近くかけて旅行しよう・・・などと考えていたのだから。
 だが、それを先取りするかのように、紀伊半島から東北だけれど、そして、週末とゴールデンウィーク程度だけれど、気がつけば実際にやってみるようになっていた・・・ということなのだ。

 桜の都合より休みの都合が優先するので、なかなか満開には出会えない。新潟県の八郎潟の桜は一度だけ満開を経験できたが、秋田県の角館の桜は一度も微笑んでくれていない。今年も早いようなので、東北の桜の多くはゴールデンウィークには散ってしまっているだろう。
 しかし、そういう年でも、標高が高いところには綺麗な桜が残っている。それに、遅咲きの品種には好みのものが多い。いつだったか、ゴールデンウィークに奈良の吉野の南に出かけ、峠で満開の桜を見て驚いたこともある。

 今、 iPhone の壁紙にしているのは、去年の今ごろ撮影した(おそらく)クマノザクラだ。今年になって新種と認定された桜である。
 今年は開花が早かったので、クマノザクラはもうほとんど散ってしまっているらしい。目立つのは、ソメイヨシノと紅枝垂れである。

 ともあれ・・・

Img_9675_copy 今年も桜の季節が始まった。今は和歌山の串本町にいるが(去年は那智勝浦にいた)、奈良の十津川村からここまで、ほとんどの桜が満開に近い姿を見せてくれた。
 いつも「出かけるところがない」と嘆いているが、少なくともゴールデンウィークまでは、あちこちに桜を求めて走り回れる。

 春も大好きになった。

(桜の写真はすべて今回の旅行で撮影したものです。)

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2018.03.22

●帰省のたびに・・・

 仲人をしていただいた恩師の奥様がお亡くなりになって3年近くになる。
 今回、それ以来初めてお目にかかれ、遅まきながら仏壇に手を合わせることができた。

 奥様は、還暦すらお迎えにならないうちに致命的な病に侵され、半年足らずの闘病生活で逝去されている。
 凄絶な闘病生活は、恩師の創作によってお教えいただいた。

 初めてお目にかかったのは、奥様がまだ20代の時である。その時の可愛らしく優しい印象は、50代になられてもそのままであった。
 8つも年上の自分をいつか看取るはずだった素晴らしい人生の伴侶をこれほど早くに失い、ひとり残された恩師の悲嘆は想像にあまりある。
 信仰者、求道者、そして学者としても仏道を追究する在家生活を送っていらっしゃったのに、このような形での奥様のご逝去は、あまりに理不尽である。爾来、なぜそんなことになるのか、その意味を問い続ける日々であるという。
 私なら「やはり神も仏もないではないか」と嘯くだけで終わってしまうであろう。

 ご心中を推し量ることはできないが、お目にかかればいつものように前向きで快活な恩師である。不甲斐ない私たち夫婦を気遣って、遠慮がちにあれこれ示唆をくださるのだが、そのお気持ちをありがたく受け止めることしかできない自分が情けない。
 ___

 さて表題。

 お宅を辞去した後、近くの実家へ顔を出そうかどうしようかと家人と相談する。正月と先月にも顔を合わせたばかりだが、それこそ、もう何度会えるかわからないということもあり、結局行ってみることにした。

 父親の車はなく、家には鍵がかかっており、留守のようである。呼び鈴を鳴らしても携帯に電話をしても出ない。どこか開いていないかと泥棒のようにあちこち試してみるが、感心なことにきちんと戸締まりをしている。
 が、母親の部屋からテレビの音が漏れてくるので、母親はいるのだろうと思った。ただ、雨戸の閉まった窓越しに呼んでも返事がない。近所の手前、あまり大声も出したくない。
 もう一度父親の携帯に電話をすると今度は出て、墓参りに行く途中だという。電話が遠いと言って何度も聞き返すので、こちらが庭先で声を張り上げるうち、母親も気付いて不自由な足で立って窓際に来た。

 何とか家に入れてもらい、父親の帰りを待っている間に、母親がまた新たな病を得ていることを知った。
 なんだかもう、電話や帰省をするたびに、敗血症糖尿病脳梗塞肝臓ガン腰椎の圧迫骨折・また救急車で運ばれた・・・みたいな話題の尽きない母親である。
 今度はパーキンソン

 腰椎の圧迫骨折の後、脳梗塞の後遺症があるにしても、歩行に問題がありすぎるとは思っていた。しかしまあ、病気も病気だし怪我も怪我だし年も年だし、本人も、努力してどんどんリハビリに精を出そうという感じでもなかったので、どこかで「まあこんなものか」という気もしていた。

 それが、パーキンソン症候群のせいだったというのだ。
 病名を聞いてしまえば、なぜ気付かなかったのだろうと後悔させられる。もっと母親のことを考えていれば、私にだって気付けたはずだ。
 だがそれと同時に、今まで気付けなかった医者たちも情けないと思った。「圧迫骨折は治っています」「脳のMRIは綺麗です」「(脳梗塞の後遺症と糖尿病と高血圧はあるけれど)どこも悪いところはありません」と何度も言いながら、じゃあなぜ運動機能がむしろ悪化するのか、思いつかなかったのだろうか。

 一向に歩行が改善せず、むしろ悪くなる。健康なはずの右手でも、箸がうまく使えないときがある(そのことは私は知らなかった)。「どこも悪くない」と医者が言うのに、どうしてそんなことになるのか。
 その理由がわかり、両親はなんと、喜んでいた。近所に同じ病気の人がいて、治療を始めてから運動機能が改善したのを見ているそうで、そうなることを期待しているようだ。

 しかしながら、つい先日、たまたまパーキンソンの専門家の話をラジオで聞いていた私は、もちろん喜べない。
 この文脈で必要な情報だけを簡単にまとめると、以下のような話である。

・平均余命自体は、パーキンソン症候群でない人たちと大きくは変わらない。
・しかしながら、不治の病であり、症状の改善も望みにくく、進行を遅らせることしかできない。
・したがって、QOL(Quality of Life)は著しく低下する。

 まあそれでも、診断がついて服薬すれば、しないよりはマシであろう。遅きに失したとはいえ、わかってよかったには違いない。
 母親は2〜3日前から薬を飲み始めたそうだ。幸いなのは、両親ともそれほど暗くないことである。

 母親は、できた人間ではないが(ぜんぜんない)、夕食のイタリア料理屋で何かの拍子に笑顔になると、菩薩のようないい顔になった。
 病と衰えが筋肉の動きを変えたのだろうが、こういう表情を見るのは初めてのような気がした。

 寿命が来るまで、これ以上悪くならないでほしい。
 そして、あわよくば、改善してほしいとも思う。
 せんのない望みだとは知りつつも。

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2018.03.09

●3つ星のレストランで食事していた!

 ワインの話が出てくる書物を読んでいて、今まで唯一、おいしいと思ったワインのことを思い出した。

 もともと、お酒はまったくといっていいくらい飲めないのだが、これまで「舐めた」中ではっきりとおいしいと思ったものが3つある。
 1つは、信州の牧場主が作った牛乳酒。もう一つは、父親にプレゼントした日本酒。そして最後が、カリフォルニアのシリコンバレーの外れで飲んだ白ワイン(ただしドイツのリースリング)である。

 そのワインは、帰国後すぐに探したけれど見つからなかった。もう何年か経つし、状況が変わっているかもしれないのでもう一度調べようとしたが、名前が思い出せない。当時の写真があるはずだと思って探すと、簡単に見つかった。
 記念写真ではなく記録写真を撮り始めてからのことなので、写真はすべてパソコンの中に入っている。その記録が役立った。

 当時、同じ名前のワインすら日本では売られていなかったようなのだが、今調べても、同じブランド?のものはあるものの、目指すものはやはり見つからなかった。

 以上は余談 ^^;

Dsc08341_copy さて、記録写真を見るうち、そういえば、このレストラン、おいしかったよなあ・・・と思って調べてみると、なんと! ミシュランの3つ星を取っていることがわかった。

Dsc08348_copy 記憶の限り、私は2つ星以上のレストランで食事をしたことがない(家人は先日、自分だけ3つ星で食事してきました。さすがにランチですけど)。1つ星だって、一箇所あるだけだと思う。それがまさか、知らずに3つ星で食事していたとは・・・ しかも外国で。

 ただ、調べてみると、3つ星になったのは2016年からで、私が食べたときはどうやら2つ星だったらしい。

Dsc08350_copy それにしても、知らないうちにそんなところで食事していたなんて、びっくりした。おいしかったはずだ。田舎町のレストランだし、まさか3つ星クラスだとは考えもしていなかった。

Dsc08352_copy アメリカ人と日本人のご夫妻が「ここに来たからにはぜひ行っておきたい」と誘ってくださったのだが、そんなことでもなければまず行かなかっただろう。いい思い出になった。

Dsc08353_copy

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2018.03.04

●保守的な男が新しいことに踏み出すということ

 自分のことを保守的だとは思いたくないのだが、生活・行動上のかなりの面ですこぶる保守的である。

 たとえば、コンビニを利用するのはお昼のおにぎりやお茶を買うときだけだ。それ以外のものを買ったり何かを利用したりすることはまずない。

 それでも、職場にコンビニができたので、昼食を買うことは多くなった。ただ、買うものはいつも変わり映えしない。

 ところが先日、何の気の迷いか、初めて焼きそばを買った。温めないといけないような表示もあったので、店内の電子レンジを使って初めて温めた。立地上、客が一時に集中するので、店員が「温めますか?」とは聞いてくれず、3台ほど並んだ電子レンジを使って客が自分で温めるシステムになっているようだ。

 私でも、初めてコンビニに入ってから30年以上は経つと思う。

 だが、焼きそばなんかを買ったのも、店内で何かを温めたのもまったくの初めてである。

 これを保守的と言わずして何と言おう?

 温めて食べた焼きそばは悪くはなかった。
 新たな一歩を踏み出した今後は、ざる蕎麦やらパスタやら麻婆丼やらも視野に入ってくる・・・かと思ったが、どうだろう?

 せっかく新しいことを始めても、また保守的な日常に逆戻りしてしまいそうな予感がしている。

 大袈裟なタイトルにそぐわない中味を嗤われるかもしれないが、いや、これは何もコンビニの昼飯の話にとどまらないのだ。

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2018.02.16

◆「カジノ入場 日本人は週3回」

 表題は、政府が与党に示したというカジノ規制案である。週3回、月10回までが原案だそうだ。
 回数の把握にはマイナンバーカードを使うという。

 マイナンバーカード! おお、やっと出番が来たではないか!
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 あまりにも馬鹿馬鹿しいので短く。

 日本に、「入ってもいいけど週3回までね」とか法律で決められている場所がほかにあるだろうか。

 そんな(おそらく)前代未聞の法律を作ろうとしていること自体、やっていることが無茶苦茶だと自白しているようなものである。

 そんなことを法律で決められるのなら、

・タバコは吸ってもいいけど1日に10本まで
・お酒は飲んでもいいけど週に3回まで

とか決めればいいのだ。
 パチンコ屋ですら、毎日入り浸っていても国や自治体は意に介さない。

 国の法律というのは、口うるさい女房ではないのである(おっと、「旦那」も入れておかないと、息子に「ジェンダーバイアスや」と糾弾されてしまう)
 ___

 行きたくても週3回しか行けないという渇望が、1回あたりの「のめり込み」を助長することは容易に想像できる。
 それに、たとえ週1回でも、その気になれば簡単に破産・破滅できることにかわりはない。

 また、毎日やってきて破産・破滅しても、外国人だったら別にかまわないというのだろうか。

 こんなアホらしい法律を作ってまでカジノで儲けたい「政府」を擁していることが、国民としてほんとに恥ずかしい。

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2018.02.11

◆古稀を超えた「子供たち」

 表題で何か書こうと思っていて、タイトルだけ書いて寝かせているうちに一週間以上経ってしまい、何が書きたかったのかわからなくなってきた。

 ともかく、2月3日の朝日新聞土曜日版、赤 be に杉田二郎の記事があり、「戦争を知らない子供たち」の話が載っていたのだ。

 あの歌がはやっていたころ、私はまだ小学生だった。
 なので自然と、「戦争を知らない子供たち」の一人が自分だと思っていた。
 ただ、幼いなりに、「戦争が終わって、僕らは生まれた」という歌詞には違和感があった。
 当時のぼくにとって、戦争というのは単に、歴史上の出来事に過ぎなかったからだ。

 本当の「戦争を知らない子供たち」は違ったのだろう。
 確かに、「戦争が終わって」から「生まれた」には違いないが、ぼくなんかとは違う感覚がそこにはあったのだと思う。

 ぼくは祖父を知らないし(知っていたとしても彼らは戦争には行っていない)、父親も、単なる少年として空襲なんかの被害には遭っているけれど、いわば巻き込まれてしまった被害者に過ぎず、当事者感は薄い。
 ___

 「大人になって歩き始める」も、「小学生であるぼくが将来大人になって歩き始める」のだと思っていた。
 だが実際には、「戦争を知らない子供たち」はすでに大人になっていて、「歩き始めた」という意味だ。英語なら、歌詞は現在完了形で書かれるべきもののような気がする。

 いずれにせよ、その子供たちが古稀を超えてしまった。
 単なる巻き込まれた少年すら、卒寿に近づいていく。

 もはやこの国に、戦争の当事者だった者はほとんど残っていない。
 まして、その責任を引き受けるべき者は、誰もいなくなってしまっている。

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2018.01.27

■「履きっぱなしで駆け抜け」たいが・・・

 ここ北摂(大阪北部)にも、やっと雪が積もった。

 雪国の方々には申し訳ないが、雪景色はやはり格別だ。

 隣家の屋根に積もった雪が朝食の間にもみるみる融けていくのを見て重い腰を上げ、雪見ドライブに出かけた。

 以前は四輪駆動にスタッドレスだったのでときどき出かけていたのだが、今の車になってから雪道を走ったことはない。
 当初はノーマルタイヤだったので当然だが、タイヤを替えたあともオールシーズンなので、わざわざ遠方まで雪を見に行くような愚はおかさないよう自制していた。
 ___

 北に向かい、彩都と名づけられた新興住宅街に入る。

 当初の予定では、雪の大阪平野を見下ろし、雪景色の写真でも撮って帰宅するつもりだった。
 ところが、なぜかうちの近所より雪が少なくて肩すかしを食う。
 こうなったら仕方ない、2年前に開通したトンネルを抜けて箕面の山に向かうことにした。

 トンネルを出てほんのしばらく走ると、路肩にトラックが3台止まっている。手前ではドライバーとおぼしき人物が交通整理をしていたが、奥では警察官が現場検証と誘導を行っていた。
 ちょうど路面に雪が目立ちはじめるあたりである。滑って事故を起こしたのだろう。

Img_8837_copy 少し走って勝尾寺手前に至ると、路面が完全に雪に覆われている。平地にまったく雪がなくても、ここから急にこういう状態になっていることも多い。

 交通量はほとんどない。そこから箕面大滝の近くを経て、箕面駅の北側までのドライブウェイを往復した。
 当初は片道だけで帰ろうと考えていたが、走りたりなかったのでそうなってしまった。

 オールシーズンタイヤはしかし、積極的に雪道を走りたくなるようなものではなかった。

 スタッドレスの時は、広い場所でポンとアクセルを踏んで試しても、穏やかにしずしずとしか発進せず、むしろ滑らせるのが難しいくらいであった。優秀な電子制御に支えられた四駆だったということもあろう。

 だが、同じメーカーのFFの車にオールシーズンでは、滑らないようにするのが一苦労である。
 試しに、前後左右に車のいない広いところでちょっと多めにスロットルを開けてみると、電子制御が介入しているインジケーターを点滅させながら、駆動輪がきちんとグリップするまでにずるずると30mほども進む必要があった。

 アップダウンのあるワインディング道路なので、ゆっくり慎重に走っていても滑る場面があり、雪が降ったら雪景色を楽しみに出かけようというような感じではなかった。

 ちゃんとした4WDの車に履けばまた違うのかもしれないが、これだととても「履きっぱなしで駆け抜けよう」(このタイヤのCMコピー)という気にはなれない。
 実際、一切信号がなく、交通量もほとんどない道を10km走るのに、慣れた復路でも30分強かかった。平均時速は20km/h未満である。
 「駆け抜け」るどころか、無様にのろのろ進めるだけである。

 タイアップなのだろうか、このタイヤを褒めそやす記事が雑誌やネットに溢れているが、やはりスタッドレスの代用にはとてもならない。

 それでももちろん、ノーマルタイヤよりは圧倒的にいいので、新しく買った家人の軽自動車(スタンバイ四駆)にも次はこのタイヤを履かせようとは思っている。
 軽い車重に四駆であれば、またかなり違うだろうか。

 何年後になるかわからないが、ちょっと楽しみである。

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2018.01.22

■衣類の購入頻度

 作家の津村記久子がエッセイで「最近気付いて少し驚いたことは、自分が下着や靴下以外の衣類を半年以上まったく買わなくても何不自由なく暮らしている、ということで」と書いていた(朝日夕刊)。

 そんなことで驚かなくても。当たり前ではないか。

 まあ、男女で違いはあるかと思うものの、調べてみると私が最後に何らかの「衣類」を購入したのは9か月前である。それも下着のシャツだ。「以外の」などと言う必要もない。
 下着や靴下以外の衣類なら、2〜3年買わないこともあるかもしれない。

 でもまあ、これは私の方が異常なのだろうか。衣類やファッションというものにあまり関心がないのである。この話を書こうと思い、カテゴリーを選ぼうとすると、「日記・コラム・つぶやき」以外のものが見つからなかった。
 ほとんどは複数のカテゴリーを選ぶのだが、衣料やファッション関連のものがなかったからだ。調べてみると、これまでにも2回ほど、それで困ったことがあるようだが、10数年間ごちゃごちゃと書いてきて、ファッションについて書いたのはそれくらいに過ぎないということだ。

 そう考えると、いかにも自分の方が変だという気もする。もう少しファッションに気とお金をつかって、小洒落た格好をする努力をしてもいいかもしれない。

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2018.01.19

■ニュージーランドの首相が出産予定

 ツイッターにひと言・・・でもいいのですが、やっぱりここで。

 ニュージーランドのアーダーン首相が6月に出産予定で、6週間の産休を取る方針であることが明らかになったという(朝日夕刊)。

 子どもを産む年齢で首相であることにまず驚く。37歳だそうだ。
 首相だから最小限の産休しか取れないのは気の毒である。日本ですら産前産後の休暇は14週間取れるのに(特に産後の8週間は強制休暇で、使用者が働かせたくても本人が働きたがっても、働くことは許されない)。だがまあおそらく、日本の国会議員や大臣に産休の規程はないと思うけれど。

 個人的に一番気になったのは、「国家元首クラスの人物(世襲の女王などを除く)が出産した例がこれまでにあったのか」ということ。

 大昔のことはいざ知らず、近代国家の大統領や首相としては、もしかしたら世界初ではないのだろうか。そもそも、女性のトップ自体、ほとんどいなかったのだから。

 記事にこの点に関する言及がないのがなんとももどかしい。


 蛇足:

 アーダーン首相は「(妊娠は)予想していなかったが、興奮している」(朝日夕刊)とコメントしたそうだ。
 予想外の妊娠を喜んで「興奮している」というのは、まっとうな日本語であろうか。

 以前もこのことについて書いた気がするのだが、原文は案の定、"excited" のようだ。辞書を引くと確かに「興奮」のオンパレードだが、こういう文脈で適切な訳だとは到底思えない。
 「大喜びしている」とか「わくわくしている」とか「非常に楽しみにしている」とか、もっときちんと訳してほしい。

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2018.01.16

■ビッケとムーミンをめぐる騒動

 先日行われた大学入試センター試験の地理Bで出題された、「小さなバイキング ビッケ」と「ムーミン」に関する話題がかまびすしい。

 当初、個人的には「よく考えられたいい問題だなあ」という印象を持っていた。もちろん、正答を選ぶのにアニメの知識は必要ないようにも工夫されている。

 ところが、「正解」するのに問題はないものの、そもそも「ビッケの住む村はノルウェーなのか」「ムーミン谷はフィンランドなのか」というところで疑問が呈されているようだ。
 無責任なネットの書き込みだけではない。大阪大学のスウェーデン語研究室が、ビッケの舞台がノルウェー、ムーミンがフィンランドだという根拠はどこにあるのかと、大学入試「センターに説明を求める見解を発表した」というのだ(asahi.com)。

 知らなかったのだが、ビッケの作者はスウェーデン人のルーネル・ヨンソン(1916-2006)という人だそうである。であれば、ビッケの拠点となるフラーケ村もスウェーデンであると考えるのが自然であろう。出題されたアニメはどうかわからないが、「原作の舞台がスウェーデンだと読める記述もある」そうだ(同)。

 まったく別の話だが、今回の件で久しぶりにビッケのことを思い出し、お風呂で主題歌を歌っていると、妙なことが気になった。

 ♪イギリス・オランダ・ブルガリア 氷の海も何のその
 ♪グリーンランドにお散歩さ そーれ、世界の海に出航だ

というのだが、何か引っかかるところはないだろうか。
 そう、スカンジナビア半島を拠点としていたバイキングが、イギリス・オランダに行ったのはまあわかる。アイスランドにだって行っているのだから、グリーンランドにも行ったかもしれない(彼らが名づけたのかな?)。

 でも、ブルガリア???

 子どものころは、ブルガリアがどこにあるかという知識もなかったのだろう、まったく気にならなかった。

 調べてみると、バイキングは何と、北海からイベリア半島を回り込んで地中海に抜け、そこからさらに奥の黒海に至り、ブルガリアにも進出していたらしいのだ。
 それだけではない。あろうことか、北アメリカの北東岸にすら到達しているというのである(『日本大百科全書』)。
 それが西暦1000年ごろのことだというから、アメリカを「発見」したヨーロッパ人は、コロンブスではなくてバイキングだということになろう。

 さて、ムーミンである。

 作者のトーベ・ヤンソン(1914-2001)の母語はスウェーデン語であり、作品もスウェーデン語で書かれているが、ヘルシンキ生まれのフィンランド人(ただし母はスウェーデン人)なので、ムーミンの舞台がフィンランドだと仮定しても大きな問題はないであろうし、一般にもそう思われている(念のため、現在でも、フィンランドでは南西部やオーランド諸島を中心にスウェーデン語話者が一定数暮らしている)。

 だが、「舞台は「ムーミン谷」なのに、それを勝手にフィンランドだと判断していいのか」ということが言われているようだ。

 私はこれを、言いがかりに近いものだと考えていた。
 「桃太郎」に出てくる「鬼ヶ島」は日本なのか、「浦島太郎」に出てくる「竜宮城」は日本なのか、みたいな疑問と同列のように感じたのだ。
 まあ確かに、鬼ヶ島は中国や朝鮮であるという想像が成り立たないわけではない。竜宮城にも同様の可能性はありそうだ。ただ、少なくとも後者では言葉が通じたようなので、日本が舞台だと考えて差し支えないだろう。鬼とは言葉でコミュニケーションができたのだろうか?

 ともかく、フィンランド人が想像力の翼を広げてムーミン谷を描写したんだから、それはまあフィンランドでいいんじゃないかというのが私の漠然とした考えだった。
 ところが、知り合いのフィンランド人に聞いてみると、「ムーミン谷はフィンランドだとは思えない」と言うのである。「地形や風景の描写から判断して、フィンランドではない」と感じているらしい。
 フィンランドといっても広いんだし、どこかにムーミン谷のようなところもあるかもしれないとは思うものの、フィンランド人自身がムーミン谷に「異国感」を持っているというのは、意外な発見だった。

 ムーミン谷の所在に関しては、今回の騒動を受けて、日本の「ムーミン公式サイト」にも見解が掲載されているので、興味のある方はご覧いただきたい。
 そこには、「劇中の気候や風土の描写はフィンランドのそれを思わせるものです」と書いてあるのだが、知り合いのフィンランド人の見解とは異なる。ほんとにフィンランドを知っている人が書いているのかどうかわからない。
 ___

 気になるのは、よりにもよってあのセンター試験に出題するというのに、きちんと検証しなかったのかということだ。「きちんと」は難しいにしても、これくらいの疑問がずらずら出てくるというのは、ちょっと調べればすぐにわかることである。なのに、気にせず出題したのだろうか?

 言語学・文学畑の人間からはちょっと想像しにくいのだが、地理畑の人たちは、こういうことに「おおらか」なのだろうか。
 文学的には、ビッケもムーミンも、どこが舞台か決着がついていない可能性が高いのではないか。

 さて、大学入試センターはどう出るか。
 仮に、「ビッケのフラーケ村はスウェーデン」「ムーミン谷はフィンランドかもしれないが別の国かもしれない架空の場所」であったとしても、あの「正解」にたどり着くことはできるだろう。
 しかし、問題として適切を欠くと言われれば、素直に認めざるをえないかもしれない。


 おそらく明確な結論が得られそうもない今回の騒ぎで、唯一確かなことがあるとすれば・・・それは、出題者が私と同じ世代だということくらいであろうか。

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2018.01.14

■「結婚してもうすぐ・・・」

 大島優子が

 「結婚してもうすぐ一年。あえて話さなくても、わかることが多くなった・・・

と語る「泡ミノン」(第一三共ヘルスケアの全身シャンプー)のCM。
 これを見て、

 「結婚してもうすぐウン十年。いくら話しても、わかりあえないことに慣れてきた・・・」

と思う人は多いのではないだろうか。

 いえ、私の話ではありま・・・

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2018.01.10

■1万回という数字

 1万という回数が多いか少ないか、ということを考えさせられるできごとがあった。
 ___

 年末、洗面化粧台の上についている蛍光灯がつかないと家人が言う。だから蛍光灯を替えてくれという趣旨の発言なのだが、それは蛍光灯の問題ではなくてスイッチの問題であることを私は知っていた。
 かなり前から調子がおかしかったのだ。

 どういうふうに取り付けられているのかすら外見からは判断しにくい組み込みスイッチで、上からAC100Vのコンセント・蛍光灯のスイッチ・鏡の曇り止めヒーターのスイッチの3つがセットで並んでいる。ネジやら溝やらという分解のとっかかりになりそうなものが何もない。

 面倒なことになったなあと思いながら、見よう見まねでバラそうと試みると、案外素直に外れた。ずらずらと出てきたコードと、それにぶら下がった部品は、生き物から引き出された内蔵さながらであった。
 それはともかく、真ん中のスイッチ部品だけを交換すればいいことは簡単にわかった。

 こんなものでも電器屋さんに頼めば5千円ではすまないと思うので、部品だけを購入して自分で交換することにした。
 その交換部品を見つけるのにもちょっと苦労したし、実際の取り替えにもかなり難儀したのだが、それはこの際関係ないので割愛する。

 見つかってしまえば、カタログはもちろん、商品仕様書からCAD図面に至るまで掲載されているのだからすごい時代である。

 結局、「ホタルスイッチ」は必要ないので、緑のインジケーターのないふつうのスイッチにした。単なる丸いボタンを押せばスイッチが入り、もう一度押すと切れるタイプである。

 現行品はうちの家を建てたあとに発売されているが、規格としては同じものだと思う。

 さて本題。

 「商品仕様書」を見ると、どういう試験なのかよくはわからないが、要するに連続1万回の開閉試験を行ったと書いてある。「連続」とはいっても、2秒間点灯させて20秒間消灯し・・・なので、そんなにバチバチやってるわけではない。その試験で1万回は支障なく作動したということだろう。

 だが、「1万回」は妥当なのか。

 洗面化粧台の蛍光灯のスイッチを、朝と夜に家族がそれぞれ一回、入/切するとする。
 仮に4人家族だとすると、1日に16回、1年で5840回に達する。
 これでも最小限に近い見積もりだと思うのだが、なんと、2年で1万回を軽く超えてしまうのである。

 どう考えても、10万回の開閉試験くらいはやっておいてもらわないと困る。

 うちは3人家族で20年近く故障しなかったのだが、朝夜各自1回+αで10万回くらいだ。実際に何回スイッチを入/切したか知る由もないが、やはり耐用10万回くらいが妥当ではなかろうか。

 正月に実家に帰った折りに簡単に見て回ってみたが、50年間そのままのスイッチがいくつもあった。
 私もそうだが、両親も、ああいうスイッチを予防的に替えようなどとは考えもしないだろう。

 蛍光灯がつかなくなるくらいなら問題ないが、漏電とか火事とか、そういうのに結びつかないことを切に願うと同時に、日本の電機部品って性能も耐久性もいいんだなあと改めて感じ入った(今回替えたパナソニックのスイッチは東南アジアのどこかの国の生産になっていたけれど)。
 ___

 もちろんいい加減な概数だが、1年間の呼吸数が800万回・心臓の拍動が3800万回くらいである。
 あまり歩かない私でも、1年間の歩数は100万くらいに達するだろう。

 ああ、生まれてから、俺の心臓はどうかすると20億回くらい動いていることになる・・・

 今から1万回何かをしろと言われれば途方もなく大きな数字だが、見方を変えれば、1万回なんて、ほんとに取るに足りない数字でもあるのだ。

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2018.01.07

■ハクソー・リッジ

 沖縄戦の映画だというだけの予備知識で見た。
 ハクソー・リッジとは沖縄県浦添市にある丘で、日本側は「前田高地」と呼んでいたそうだ。

 実話だというのだが、細部の多くは創作・演出されたものだろう。

 いずれにせよ、ものすごい傑作だと思う。たとえば『プライベート・ライアン』みたいに話題になっていない(なってませんよね?)のが信じられない。

 物語は一人の英雄に焦点が当たっているが、もちろんそれにとどまらない。

 後半は沖縄戦を描いているので、見ていられないような映像が頻出するが、それでもやはり、誰もが見ておくべき映画だと思う。

(Hacksaw Ridge, 2016 U.S.A.)

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2018.01.01

■あけましておめでとうございます

これをお読みになっているあなたの幸せがずっと続きますように

20170430northalpspanorama_copy

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2017.12.29

●世界に向けて配信された私

 これも先月の話。

 兵庫県北部の日本海近く、かつては鉄橋で有名だった余部(あまるべ)にある道の駅で車中泊をした。

 翌朝はたまたま、新設されたエレベーター(「余部クリスタルタワー」)の完成記念式典の日だったが、始まる前に移動したので見物できなかった。

 エレベーターにも乗れなかったので、仕方なく徒歩で坂道を登り、餘部駅を見学した(駅名は旧字で「餘部」です)。

 詳細は割愛するが、鉄橋ではなくなった今も、訪れる価値のある観光地だと思う。

 最初は人っ子ひとりおらず、列車や周辺の写真を撮ったり、数時間後には乗れるエレベーターを恨めしく眺めたりしていた。

 かなり経って、もう下りようかと思うころ、ライブカメラが設置されていて、24時間365日、そこの様子が世界に向かって発信されているのを知った。
 もちろん、その場で iPhone でも確認することができる。試しにやってみると、自分が歩いていき、戻ってくる様子が、リアルタイムで世界に公開されている(今も ここ で見られます)。

 ということは・・・

 それまで誰もいないと思って自由に振る舞っていた私の行動は、実は全世界から丸見えであったということなのだ。
 そのことに気づいて、少しではあるが紛れもなく慄然とし、何かまずいことをしていないか、しばし沈思することとなった。

 幸い、いくら考えても問題のある行動はしていなかったのでほっとしたのだが、誰も見ていないと思っていても案外自制心がある自分に、ちょっと意外な感じを持った。

 もちろん、世界に配信されていることと、それを誰かが見ていることとは別である。餘部駅にいる私の姿を見たのは、カメラに気づいたあとの私だけだったかもしれない。

 それにしても、ほんとに世の中カメラだらけになった。
 何かあったときだけにしか映像を確認しないという防犯カメラならともかく、四六時中映像を垂れ流しているカメラというのは、かなり問題がある気がする。これだけ盗撮にうるさい世の中なのに、盗撮して世界中に配信しているのだ。

 規制がないのが不思議である。皆さまもお気をつけください ^^;

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2017.12.27

●TOSAKA? TOZAKA?

 書こうと思っていて書けていなかったネタを。
 ___

 スキーに行くときにたまに通っていたので、小学生のころから遠阪峠(兵庫県北東部)の名は知っていた。
 かつては(というか、今でもトンネルを通らなければ)雪の難所で、↓の医師はそこで立ち往生してしまい、来てくれた JAF さえ救出できずに家族で一夜を明かした経験を持つ。

 兵庫県南部在住のうちの両親は「とお「さ」かとうげ」と濁らずに発音していたし、大人になってから知り合った大阪の医師も同様だった。

 私ももちろん、これまでずっとそう思っていたのだが、先日出かけた折り、通行料金を知りたくて iPhone の Siri に、「とおさかトンネルの通行料金は?」と話しかけても変換できなかった。
 「ローカルすぎるからかな」と考えたが、ふと思い立って「とおざかトンネルの・・・」と濁音で言い直すと、「阪」の字も間違えずにみごとに変換できた(ただ、Siri の答は無能の極みで「それは面白い質問ですね、涼さん」というものだったのだが、まあこれは別の話)。

 「へぇ、とお「ざ」かだったのか」と思いながら、「まあそれほど高い料金も取られないだろう」と思って車を進めていくと、管理主体の兵庫県道路公社があげていると思しき正式の看板に、TOSAKA と TOZAKA が混じっているのに気づいた。

 最初は、TOSAKA TOGE(峠) と TOZAKA TUNNEL(トンネル)を使い分けているような感じもしていたのだが、TOSAKA トンネルも出てきたりして、でたらめにしか見えなかった。

 そんなことがありうるだろうか。

 そういえば、野坂昭如が昔アメリカで、 NOZAKA と書かれている人物が自分であることを主張するも、パスポートが NOSAKA であったためになかなか認められず、苦労した話を書いていたことを思いだした(『俺はNOSAKAだ』(新潮社))。

 さて、遠阪の方は、TOSAKA なのか、TOZAKA なのか。

 兵庫県道路公社に電話して聞いてみようと思いながら、果たせていない。

 聞いてもわからないだろうなあ(だって両方の看板があがってるんだから)と思う一方、もしかすると現地の集落で「とおさか」派と「とおざか」派が折り合えないので、仕方なく両方使っているのだろうかという気もちょっとしている。

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2017.12.24

★気がつくとクリスマスイブ

 もはや例年のことだが、プレゼントもケーキもご馳走もなし。

 半世紀で初の快挙、クリスマスまでに書き終えた年賀状(今年で最後にするつもり)をポストに入れ、新しく買った軽自動車を洗車しただけである。
 終了と同時に雨が降り出し、そのうち本降りになり、夜更けには雪へと変わらず、土砂降りになった。

 前の車と同じくらいだと思っていた屋根が思ったより高く、脚立に乗らないと拭くこともできない。もう5cm ルーフが高い方がデザイン的にも使い勝手的にもいいと思っていたが、洗車の観点から言えば低い方がよかったということになる。
 まあ、滅多に洗わないからいいけど。

 あ、そういえば、先日カーナビを取り付けたところ、その素晴らしさにびっくりした。タッチパネルのレスポンスが iPhone なみだし、想像もしなかったような機能がいろいろついている。画面上の車が目的地までのルートをたどって走って行ってくれるとか。

 この年末はどこにも行く予定はなかったのだが、ちょっと行きたくなってきた。

 でも、たぶん無理だろうなあ・・・

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2017.12.10

★「風」のコペルニクス的転回

 はしだのりひこ氏が亡くなり、お名前を正確に存じ上げなかった程度の私にも、追悼の声が耳目に入ってくる。

 音楽シーン?で言うと、私から見て2世代くらい上なので、残り香を少し吸いながら青春時代を過ごしただけだ。

 そんな私でも、「花嫁(は夜汽車に乗って)」と「風」はかなり耳になじんでおり、特に「風」はけっこう好きな曲だ(と思っていた)。

 ♪人は誰も ただ一人旅に出て
  人は誰も ふるさとを振りかえる
  ちょっぴり淋しくて 振りかえっても
  そこにはただ風が 吹いているだけ
  人は誰も 人生につまずいて
  人は誰も 夢やぶれ振りかえる

 そこには、無常観というか諦観というか、でもそれらには還元されつくさない感傷というか、そういうものが色濃く漂い、情けなさや惨めさを噛みしめながらも、そんな自分を愛おしんでいるような、ちょっとナルシシスティックな哀切さがうまく表現されていると思う。

 2番の歌詞になっても、その甘ったるい哀調は続く。

 ところが、3番になると、途端にコペルニクス的転回が起こり、まったく歌の意味が変化してしまう。

 そのことを昨日まで知らなかった。

 思えば、この曲を聴くときはほとんど1番だけであった。
 「♪プラタナスの枯れ葉舞う冬の道で」には聞き覚えがあるので、2番を聴くこともあったのだろう。
 同じ2番の「♪人は誰も 恋をした切なさに 人は誰も 耐え切れず振りかえる」という歌詞には聞き覚えはないが、今となってはもちろんよくわかる。

 なのに3番・・・

 ♪振りかえらず ただ一人 一歩ずつ
  振りかえらず 泣かないで歩くんだ

 なんなのだこれは?

 これがこの歌のメッセージなのか。

 ♪何かをもとめて 振りかえっても
  そこにはただ 風が吹いているだけ

だから、

 ♪振りかえらず ただ一人 一歩ずつ
  振りかえらず 泣かないで歩くんだ

というのか。

 世界観がぶちこわしである。
 1番と2番の素晴らしくも情けなくも愛すべき感傷は、こんなありきたりのお説教に回収されてしまうのだろうか・・・
 ___

 もしかすると、私にこの歌を教え聞かせた世代の人たちも、今の私と同じように考えていたのかもしれない。
 だからほとんどの場合は1番だけ、たまに2番までは紹介したり歌ったりしても、3番は耳に入らないようにしたのだ。
 授業時間の制約だとか、放送の都合だとかではなかったと信じたい。

 それでも、メッセージソングとしての「風」が発する教訓はやはり明確である。
 繰り返すが、「♪何かをもとめて 振りかえっても そこにはただ 風が吹いているだけ」だから、「♪振りかえらず ただ一人 一歩ずつ 振りかえらず 泣かないで歩く(べきな)んだ」ということになる。
 だとすると、1番2番は、そのメッセージを引き出すための単なる前振りということになってしまう。

 いやいやいやいや・・・

 「♪振りかえらず ただ一人 一歩ずつ 振りかえらず 泣かないで歩く(べきな)んだ」とは思いつつも、やっぱり振り返ってしまって、そこにただ吹いている風の音を聴いてしまう自分の感傷に浸っている、そんな歌だと思っておきたいというのは、ただの悪あがきだろうか。

 私がそういう情けない男だというだけのことか・・・

 でも、ボブ・ディランの "♪The answer, my friend, is blowin’ in the wind, the answer is blowin’ in the wind." を意識していないはずはない「風」という曲が、「振り返っても風が吹いているだけだから、振り返らず前を向いて一歩ずつでも歩いていくべきなんだ」なんていう安っぽくてわかりやすいお説教で終わっているとはとても思えないんだけれど。

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2017.12.03

★美山の銘木工芸と京北の手打ち蕎麦

 やっと扇風機も片付けて庭の草引きもできたので、ツーリング日和に誘われてバイクで京北に向かった。

 もともとの目的地は、高さが日本一と二に最近認定された、花脊の三本杉(大悲山峰定寺神木)だったのだが、もろもろの状況を勘案し、駐車場の下見だけして帰ってきた。
 確か現地まで90km足らずだったので、「まあまたいつでも来られるし」と思った後、この「まあまたいつでも」がいつまで続くのかとちらっと考えたが、ほぼ確実には行けるはずだ・・・

 結局、今日のイベントは、美山の銘木工芸のスプーン2本購入と、京北のこだわり手打ち蕎麦の昼食となった。

 本来は、なくしてしまったお気に入りの箸置き(どうして箸置きなんかがなくなるのか・・・)を買う予定だったのだが、思ったのがなかったので、牛乳パックでヨーグルトを作るときに混ぜるための長いスプーン(1296円)と、杢の美しいレンゲ(1404円)を手に入れた。
 支払うとちょうど2700円で驚いたのだが、2500円の8%は200円ぴったりになるのだ。本体価格はそれぞれ1200円と1300円でシンプルだった。
 お気に入りの「銘木工芸 山匠」の製品である。

 もう一つ、蕎麦がすごかった。

 自ら栽培した、無化学肥料・無農薬の蕎麦の実しか使わないというのだ。
 2017年は台風なんかのせいで不作だったので、冬の間(12月11日〜3月30日)休業しても、5月くらいには蕎麦粉がなくなってしまいそうだという。
 その後は、10月中旬ごろの新蕎麦の収穫まで、また休業ということになるらしい。土日の昼にしか営業していなくてもそうなのである。

 ご主人の生家だという古民家を改装した素敵な建物の中に、薪ストーブが燃えている。ご夫妻(だろう)のお人柄もお蕎麦も素晴らしい。
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 帰りは100km以上をほとんどノンストップで走った。久しぶりのバイクである上に、草引きが祟って筋肉痛で、最後はなんだか左足が痺れてきた。帰宅した時は這々の体という感じだったが、昨日息子が買ってきてくれていたショートケーキを食べ、少し夕寝をすると生き返った。

 風景はむしろ冬枯れていたが、すがすがしい晴天に薄い高層雲の美しい、いい日であった。
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 ___

 京北そば みこく
   二八蕎麦850円、十割蕎麦1000円など。
     お釜で炊いたご飯もおいしいらしい。
   11:30 - 14:00(土日のみ営業、蕎麦がなくなり次第終了)
   京都市右京区京北上黒田町川間12
  (京都市内だと思ってはいけません。旧京北町の山里で、
   四条河原町からだと車で1時間以上かかります。)
   2017年の営業は12月9日(土)10日(日)で終了。
   2018年の営業は3月31日(土)開始。

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2017.11.27

●夏炉冬扇

 これから書くこととタイトルとがずれているような気もするのだが、こういうときにでも使わないと、まったく無駄に言葉を覚えているだけのような気がするので使ってみた。
 もしかしたら現実にこんな言葉を使うのは初めてかもしれない。それはともかく・・・

 リビングに、まだ扇風機が鎮座している。

 片付けなければと思いつつ、どんどん冬が近づいてくる。もしかするともう冬かもしれないし、このままだと12月に突入するのは間違いなさそうだ。

 冬扇である(「とうせん」だけだと変換できなかった)。

 何年前かの秋に、「まだ扇風機を片付けていない」という話をすると(毎年の恒例なのかも)、鳥見仲間のお姉様が「うちはもうストーブ出したわ」とおっしゃるので、「ええ? もう出されたんですか? さすがにストーブはまだ要らないでしょう」と申し上げたところ、「何言うてんのん。ストーブ[を]出さな[いと]、扇風機[を]片付けるとこ[ろ]がないねやんか」と言われて妙に納得したのだが、要らないストーブを出してまで扇風機を片付けたいという季節感重視(というか整頓好き?)にはちょっと感心した。

 今年はもう冬も近いので、うちもストーブは出した。それは必要だからで、必要なことはいちおうやるのである。だが、扇風機は別に片付けなくても、邪魔になる以外の支障がないので、一段ハードルが高い。片付け前には掃除もせねばならないし。

 扇風機を片付けられないほど忙しいわけではない。というか、世間の会社勤めの人たちとは比べるのも申し訳ないくらいだと思う。
 それでもやっぱり扇風機が片付かないのは、どこか余裕がないからなのだろう。

 食器を洗ったり洗濯物を畳んだり掃除をしたり・・・は日常的にやっている。というより、やらざるを得ない。
 やりたくもなく、やらなくても何とかなるようなことができるような生活が、精神的に余裕があるということなんだなあと思う。

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2017.11.19

●上海瞥見(特別編 番外)

 「上海瞥見」とは関係ないのだが、帰国後日をおかずして読んだ新聞記事に驚かされた話を番外編として。
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 北京オリンピックにあわせて中国の新幹線が開通し、北京と天津(わずか120km)を結んだことは多くの人が知っているだろう。
 だが、その後の情報はと言えば、事故を起こして車両を埋めた・・・くらいのことではないだろうか。少なくとも私はそうであった。

 ところが、知らないうちに新幹線開通ラッシュが続いており、現在では高速鉄道網と言えるほどのネットワークが既にできあがっているのである。2008年の最初の開業からたった10年足らずで・・・

 記事(2017.11.15)によると、中国の高速鉄道の営業キロは2016年末で2万2千キロにも及び、これは、全世界の高速鉄道の2/3を占めるという。その9年前にはゼロだったのに。
 しかも、2020年に3万キロ、2025年に3万8千キロまで延長する予定だというのだが、実績を知らなければ一笑に付したくなるような数字だ。

 なにしろ、東京オリンピックにあわせて開通した日本の新幹線が、その後50数年をかけて築いてきたネットワークが、たった3千キロに満たないのだから。

 環境アセスメントや土地収用などに手間暇がかからないことや、国土自体が広大なことを考えても、10年かからずに2万2千キロというのはやはり驚異的だ。
 日本に限らず他のどんな国だって、こんなことは夢にも考えられないだろう。

 営業速度が 350km/h というのも、世界一である。
 ___

 中国の新幹線技術は、もちろん、日本やフランスやドイツのものをもとにしている。また、「死亡事故ゼロ」をうたう日本の新幹線と違い、少なくとも一度は大事故を起こしている。

 しかし、これほど短期間でこれほどの高速鉄道網を築き、ほとんど事故もなく現実に日々運用しているのは、素直に敬服に値する。

 中国は明らかに問題の多い国だ。
 政府はもちろんそうだが、その政府自身が認めているように、国民にも「非文明行為」(マナー違反)が日本以上に見られる。

 健全な批判をするならまだいいのだが、日本のマスコミ報道やネット世論を見ていると、中国の悪いところをあげつらって溜飲を下げるかのような論調も目立つ。
 あるいは、今回の高速鉄道網の記事もそうだったのだが、先方の偉業を記事にしながら、なんだか「上から目線」であったりもする(それは、かつて(今もか)欧米が日本を見ていた視線とも重なる)。

 そういう報道を浴びてきた私自身、知らず知らずのうちにそういう見方に感染していたのかもしれない。だからこそ、初めて触れた現実の中国のすごさに驚くのだ。

 長大な橋、広大な空港、リニアモーターカー、あらゆることの機械化・電子化、高速鉄道網・・・ 中国はもはや、そういった分野で世界の先頭を走りつつある。

 そうそう、広州モーターショーを報じた朝日新聞の記事(2017.11.18)の見出しには
「新エネ車 先を行く中国」とあり、リードには
「出遅れていたトヨタ自動車」とある。記事には、トヨタ・日産・ホンダなど日本メーカー各社が
「中国メーカーからは、引き離されている感が否めない」とまで書いてある。

 自動車で中国に引き離されている???

 いくら電気自動車の話に限るとはいえ、それが現実なのである。

 欠点をあげつらって溜飲を下げている場合ではない。

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2017.11.16

●上海瞥見(特別編 その2)

 タクシーの車中にて。
 この写真が現在の上海の一側面をよく表していると思う。
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2017.11.14

●上海瞥見(特別編 その1)

 上空から中国を見下ろしたことは何度かある。だが、高高度を飛行中のことで、感嘆するようなものは見つけられなかった。

 今回、上海の浦東空港に着陸しようとしている機内から目にした、中国との初めての出会いは、衝撃的なものだった。

 「何だあれは!?」というような、この世のものとは思えない海上橋が窓から見えたのである。
 最初、とても現実の存在とは思えず、何かの錯覚かと思ったほどだ。

 ものすごく長大な橋が、優美な曲線を描きながら海上をえんえんと続いている。いったい、どことどこを結んでいるのかもわからない。
 そもそも、上海のすぐ東には海しかないはずなのに、いったいどこに続く橋なんだろう?

 調べると、橋の先には小島がいくつかあるだけだ。何のためにあんな橋を架けたのか・・・

 どうやら、そこに港があって、物流拠点となっているらしいのはわかったのだが、だとしても、どうして大陸の沿岸に港を作らないのか。
 そしてたとえば、沿岸は遠浅で港に適さないのだとすると、では今世紀に入ってこの橋が完成するまでは、いったいどうやって大量の海上輸送をまかなっていたのか。

 まあしかし、それすらどうでもよい。

 この「東海大橋」の長さは33km近く、海上部分だけでも25kmに及ぶというのである。

 ちなみに、日本で最も長い橋は東京湾アクアラインにかかるアクアブリッジだということだが、たった4.5kmにも満たないのだ。

 そして、世界の長い橋といえば、観光名所にもなっているフロリダ州キーウェストの「セブンマイルブリッジ」がすぐ頭に浮かぶし、いつかその上を走るのが私の一つの夢でもあるのだが、これは文字通り、7マイル(≒11km)に満たない。

 その3倍もの長さの橋と、いきなり衝撃の出会いをするなんて・・・

 こんな橋の存在を知っている人が日本にどれくらいいるだろう。いや、中国にも。
 ___

 今回上海でお世話になった中国人夫妻は自家用車を持っている。夫の方は車が大好きで、あえてマニュアル車に乗っている。そして、彼らの家は、世界でも5本の指に入る、この長大橋の「たもと」と言ってもいいような位置にある。
 空港まで送っていただいた日の朝、私がそんなに橋に感動しているならと、乗せていってあげましょうかと考えてくださったくらいだ。
 だが、空港と島とは反対方向なので、往復すると66km、一時間近く余分にかかってしまう。高速道路だから途中でUターンもできないだろうということで、泣く泣く諦めた。

 その夫婦が、上海(しかも橋のたもと!)に数年住んでいるのに、まだ橋を渡ったことがないというのである。
 近くにあるもののありがたみというのは、それほどまでに薄れるものかと、ちょっと感慨深い。
 あるいは、万里の長城を有するような国の人間は、これくらいのことでは驚かないのだろうか。

 まあ、ただ単に橋なんかに興味がないだけかもしれない(でも、しつこいようだが、世界屈指なんですよ)。

 上海に行くというのに、そんな橋の存在すら知らなかった。お蔭で新鮮な出会いがあったけわけなんだけれど、これほど無知なのは、やっぱりどうかと思う。

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2017.11.12

●上海瞥見

 実際に訪問するという意味では、なぜかこれまで大陸中国とは縁がなく、初めて足を踏み入れた。

 中国で、訪れた国の数は33になった。
 偏りが激しいとはいえ、それなりにあちこち見聞してきたつもりだが、ごくごく短い日程にもかかわらず、初めてや、それに近い経験にけっこう驚かされた。以下、簡単にまとめてみたい。


◎知らなかった・・・

・初めて中国東方航空に乗った。何となく田舎っぽい不安な会社だなあと失礼なことを考えていたのだが、機材は日本航空の倍以上持っているし、就航都市数は比較にならないほど東方航空が上のようだ。
・浦東国際空港が信じられないくらい広い。
  ・左側に平行して同時に着陸する飛行機があった。
    ・サンフランシスコ以来か。だが、距離ははるかに遠かった。
  ・着陸した飛行機がえんえんとタキシングを続ける。
    ・「こんなに走るんならもう一回飛べよ」と思った。
    ・その後さらにバスに乗せられてターミナルビルに向かった。
・入国管理官の対応に満足したかを4段階で答えるボタンがある。
  ・「不満足」を押そうとかと思ったが怖くてやめた。
  ・ほとんどの人は押していなかった。
・空港で Wi-Fi を使うには、SMSでパスワードを送ってもらう必要がある。
  ・パスワード送信から入力まで1分しか待ってくれない。
  ・機内モードにしたままなのを忘れていて、パスワードは帰国後に届いた・・・
・上海市の人口は約2400万人だという。東京都のほとんど倍だ。
・ホテルの洗面所の栓が、直接押さえて回す一軸回転式。初めて見た。
  ・フリップ式というのだろうか、うまく説明できない。
  ・水を流したいときは(ふつうはずっと流したい)、コインを立てるように、円盤の栓を縦にする。
・横断歩道を青信号で渡っていて、途中で同行の中国人に止められた。
  ・日本以上に車優先であるため、車に道を譲らなければ危ないという。
・走っているバイクのほとんどが電動。100%近い。
  ・ナンバーはついているが、無免許で乗れる。ヘルメットも不要。
  ・しばしば左側通行(逆行)したり、信号無視したりしている。
  ・夜間でも無灯火。電動だから節電したいのかも。
・地下鉄
  ・営業キロは地下鉄としては世界最長だという。
  ・ホームに降りる前に空港のようなセキュリティチェックがある。初めて。
  ・ホームに転落防止のための壁や柵がついている。
・いろんなものが日本と同等(以上)に機械化・電子化しており、先進的。
・世界で2番目に高い、昨年竣工した高層ビルの展望台へ1分以内。
  ・ただし、エレベーターは三菱製。
  ・高層ビル群の地下は垢抜けていて綺麗で近未来的。
  ・上海はセントラルパークのないニューヨーク、ここは「現代の」マンハッタンだなと思った。
・IDをかざして使う貸し出し自転車があちこちにある(無料らしい)。
・マスクをしている人は、目にした全員が黒のマスク
・レストラン(複数)
  ・お冷やではなくお湯が出てくる。
  ・エビと貝とすいとん?のスープから完全に泥の味がするのに閉口した。
  ・客のすぐ近くの隅でウェイトレス(女主人かも)が綿棒で耳掃除をしていた。
  ・食事中の客の横経由で巨大なゴミ箱をキッチンから搬出、のち搬入。
  ・(念のため、悪い意味で驚いたのは上の3つだけです。)
・空港のターミナルビルに立ち入るだけでもセキュリティチェックがある。初めて。
・空港の搭乗口に熱湯や温水の出る無料サーバーがある。冷水は出ない。
・物価が高い。
  ・外食や観光物価は日本並み、給料は半額以下というイメージ。
  ・不動産は2倍以上かも。
  ・路線バスの運賃は1/10。
・公共の場所や仕事場の室内はすべて禁煙。
  ・タクシーを含む乗り物内はもちろん、ホテルもレストランもバーも。
  ・(この点で上海の方が日本より進んでいるとは・・・)
  ・宿泊したホテル(新築2か月)の客室にはなぜか灰皿があり、近隣の部屋からと思われるニオイもした・・・


◎知ってはいたが・・・

・Google がまったく使えない。Maps も photos も、メールすらも。
・Yahoo! の検索も使えない。
・Facebook も twitter も LINE も使えない。なぜか Skype は使えそう。
  ・(帰国後、「トランプ大統領は tweet できた」とニュースになっているのを知りました。)
・乗らなかったが、空港から市内まで30kmをリニアモーターカーが7〜8分で結んでいる。
  ・常設営業中のリニアは世界唯一。
・トイレにペーパーを流してはいけない。
  ・ただし、空港の個室にはゴミ箱がなく、流すしかないように見えた。
・あちこちにいろんなスローガンが目につく。下は子どもたちが学校で覚えさせられているというもの。
  富強 民主 文明 和諧 
  自由 平等 公正 法治
  愛国 敬業 誠信 友善
  ・(まあいいことを言ってるんですけどね・・・)
 ___

 2泊3日、これまでで最短の「海外旅行」だった。

 せっかく海外に行くのに2泊や3泊など考えられないと思っていたが、たとえ2泊でもやはり行ってみるものだと思った。このブログを書き始めた十数年前にも書いたが、行くことになるまでは知ろうともしないし、行けばそれなりの体験はできる

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2017.11.10

●上海からコメントは書き込めない

 記事は書けるのに、なぜかコメントは書き込めない。ただ、ココログの側から

Forbidden
You don't have permission to access /t/comments on this server.

が表示されているようだ。何度実験しても同じ。
 ___

 というわけで、tanuki 様

 ありがとうございます。
 上海はいろいろと日本以上に先進的ですが、やはりネットは不便ですね。Google は Maps すら使えません。
 昨日の昼まで日本にいたのが信じられないくらい、こちらで長い時間を過ごしている気がしています。

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2017.11.09

●上海にて

 上海のホテルにいる。FacebookもTwitterもLINEも、過去を読めはするが、新たな書き込みができない。
 GoogleもYahoo!も検索が使えない。なぜかgooは一応可能だ。
 このブログに書くことができるのだろうか。この文章はiPhoneの音声入力で書いている。それは可能なのだ。

 訂正:パソコンで見ると、そもそもサイトにつながらない。過去の分が読めるのは、iPhoneの中にキャッシュが残っていたかららしい。

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