2018.09.12

シチズン、「なおみモデル」の腕時計を発売

 大坂なおみというテニスプレイヤーが活躍しているらしいことは仄聞していたが、まさか全米オープンの決勝に進み、私ですら知っているあのセリーナ・ウィリアムズをストレートで下して優勝するとは、想像していなかった。

 セリーナの反則や暴言・審判の判断、さらには風刺画の是非にまで及んで世間はかまびすしいが、今日になって それより気になることが出てきた。

 シチズン時計が「なおみモデル」の腕時計を発売するという記事が新聞に出ていて、それはまあ別にいいのだが、驚いたのは、「大阪選手」が「9日の全米オープン決勝でも、このモデルを着用していたという」ことだ。

 いくらラケットを持たない方の手だとはいえ、テニスの試合中(しかも世界トップレベル)に腕時計なんかするものだろうか。

 そう疑問を持って画像を検索すると、もちろん「このモデル」かどうかはわからないが、確かに腕時計をしたまま試合に出ていたことは確かなようだ(セリーナ・ウィリアムズも腕時計をしている)。

 私はもちろん、腕時計をする世代であるし、ふだん3つを使い分けている程度には時計好きである。しかし、たとえば職場で椅子に座ると、外して机上に置くのが常だ。
 仕事でなければ、車で出かけるときにはそもそもしないし、旅行にも持っていかなくなった。
 やはり何かと邪魔になるからだ。

 なのに、世界トップレベルの選手がテニスの試合中に腕時計をしている??

 ふつうではちょっと考えられないと思うのだが、これはやはり、スポンサーに配慮した行為、というか、試合中にも着用していることが何かの条件になっていたり金銭的メリットを産んだりしているからだろうか。

 それとも、テニスの試合をする上で、自分の腕時計で時間を把握することが何か重要な意味を持つからなのだろうか。

 おそらくは前者だと思うのだが、うーん、私が大坂なおみ(とかセリーナ・ウィリアムズとかマリア・シャラポワ)だとしたら、試合中の着用はやはり断ると思うんだけれど。

 そんな態度だから一流に(というか二流にも)なれないのかもしれない。 

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2018.09.05

■白馬・八方池

 昨年は行けず、「またいずれ行くつもりでいる」とここに記した白馬の八方池に、もう今年行くことができた。

 「またいずれ」というのは、あっという間に数年経ち、それが20年30年になり、ついには・・・という可能性の高い表現なので、珍しいことだと思う。

 しかも、去年は一人旅だったが、今年は当初家人と2人で、後に息子も行くことになり、結局家族3人で出かけられることになった。
 特に2日目は、人生で何十回もないレベルの充実感があった。

1日目
・日本庭園付きの手打ち蕎麦屋(現地で検索)
・安曇野ワイナリー(家人の希望。ヨーグルトを購入して飲む)
・碌山美術館(家人の希望)
・白馬のペンション(泊)
・近くの鉄板焼きの店で夕食

2日目
・八方池
  ・黒菱第3リフト下まで車で
  ・リフトを乗り継いで八方池山荘へ
  ・急なガレ場の尾根を八方池へ
  ・昼食
  ・戻る
  ・八方池山荘でルリビタキのカラビナを購入
  ・黒菱平に降りて鎌池湿原を散策(ホオアカを撮影)
  ・さらにリフトで下へ
  ・車でペンションへ
・ペンションで夕食(泊)

3日目
・古民家群と棚田の青鬼集落
・親海湿原
  ・姫川源流
・安曇野でイタリアンの昼食(現地で検索)
・道の駅きそむら(本つげの櫛を購入)
・妻籠(車窓観光)
・馬籠(徒歩観光)
・中津川でうどんの夕食
・23時過ぎ帰宅

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2018.09.04

■愚者は経験から学ぶ

 ものごころついてから台風はたぶん百回以上経験しているが、ほとんどは「この程度か」といったものであった。

 そのくらいでも、台風が過ぎると道の上にいろんなものが散乱していたりする。
 しかし、瓦屋根が飛ぶなどというのは画面の中だけのことで、台風が危険だとか怖いとかいうのを感じたことはほとんどなかった。

 ただ、今回近畿地方を直撃した台風21号は、これまで経験した台風とは違っていた。
 半世紀以上を生きてきて、これほどの暴風は初めてである。

 家が、震度2くらいのレベルで揺れる。
 6月の大阪府北部地震のために近所の屋根にかけられていたブルーシートが空を飛んでいく。
 木々は折れんばかりに暴れ、電線が縄跳びのように揺れる。
 鳥もなすすべなく、木の枝と同じように飛ばされている。

 「何か飛んできたら・・・」と思いながらも、どこかで たかをくくってそれらを眺めていると、突然、ガーンともバーンともつかない もの凄い音がして、家に何かがぶつかったのがわかった。

 見ると、すぐ横の雨戸が内側に凹んでる。いつも台風の時は、念のためにと雨戸のついている窓はぜんぶ閉めているが、それが役に立ったのは初めてだ。
 もし閉めていなかったら、別の窓から外を眺める家族3人に向かって、近所?の瓦がガラスを突き破って襲いかかってきていただろう。

 風が小やみになってから見ると、雨戸の外のベランダに黒いスレート瓦が数枚、砕けて散らばっていた。
 後記:フェンスも一部折れ曲がっていた。
    葡萄のための竹垣もとどめを刺された。

 家人の実家は、玄関引き戸のガラスが2枚とも割れたという(後記:1枚だった)。
 後記:先日の大地震には耐えた裏のブロック塀が倒壊していた。

 外を見ると、近所で少なくとも3軒の瓦が飛んでいる。
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 もちろん、そんな被害は軽微なものだ。いつものように、画面の中ではさまざまな被害が報道されている。特に関西空港がひどいようだ。

 以前と違って facebook や twitter なんかもあり、友人知人の被害や、報道されないもろもろも知ることができる。
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 「愚者は経験から学ぶ」というが、たとえ半世紀であっても、自分の経験則でものごとを判断するのは確かに愚かなことだ。

 しかし、歴史から学べば賢者だと言えるだろうか。

 今回くらいの台風なら、歴史から学んでいれば十分だったかもしれない。
 だが、知りうる限りの歴史にさえ現れていない事象が、これから起こらないとも限らない。

 いつもそれに怯え、怖れていては、まともに生活ができなくなってしまうだろう。
 それでも、想像力を鍛え、それを駆使して「想定外」を言い訳にしない姿勢がますます大切になりそうだ。
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 これから台風の影響を受ける地域のみなさまへ

 いくぶん弱くなったとはいえ、これまでの台風とは違います。避けられる被害は受けないよう、十分警戒なさってください。

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2018.09.02

■小人閑居して・・・(その2)

 長い夏休み最後の日、急に思い立って兵庫県の出石にひとりで出かけた。

 出石町だったはずが、いつのまにか豊岡市になっている。まあ、前回行ったときにはすでにそうだったかもしれない。

 出石には数回行ったことがあるが、昨日偶然、日本では珍しい、磁器の産地であることを知った。
 これまで迂闊にも出石と焼き物を結びつけたことがなかった。しかも磁器。私は陶器にはほとんど興味がないが、磁器はちょっとだけ好きである。

 長い休暇を家でだらだら過ごしたまま最終日になったので、天気もよさそうなことだし、出かけてみることにしたのだ。
 朝になっても悩んでいたが、現地で歩き回ることとゲリラ豪雨の可能性とを考えて、バイクではなく車にした。往復6時間。結局、雨には遭わなかった。

 ネットで評判のいい官兵衛というお店で田舎蕎麦と皿そば2枚を食べ(トップ?の近又という店は大行列で諦めた)、(おそらく)すべての窯元を回る。とはいっても、5つほどだ。

 案に相違して好みの磁器は少なかったが(壺や酒器、湯呑みやお皿が多い)、外側が白磁、内側が青磁になっているカップを買った。
 もう一つ、別の窯元のマグカップを買おうかどうしようか迷ったが、また次回ということにした。
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 これを書き始めた動機は、標題である。

 私のような小人が閑居すると、さすがに不善は為さないまでも、暇に任せていろいろ買ってしまう。ふだんはあまりモノを買わないのだが。

 というわけで、休暇中に買ったものをリストにしておこうと思った。

・ルータ用ヒートシンク
・ダマスカス鋼風土佐包丁
・毛抜き
・ハスカップ(果実)のジャム
・パジャマ
・靴下
・スティック掃除機
・ルリビタキのカラビナ
・本つげの櫛
・白青磁のカップ
・トレッキングシューズ(予定)

 うーん、私としては驚くほどの散財である。

 この中でまあ必要なのはパジャマと靴下だけだ。
 あ、トレッキングシューズもか。これはまだ買っていないのだが、白馬の八方池を往復した翌日だったか、ソールが前からべろんと剥がれているのに気づいた。そんなに使ったつもりはないのだが、経年劣化が激しいらしい。

 ふだんあまり買い物をしないものだから、仕方なしに買わされるのはけっこう嬉しかったりもする。典型的なのは車のタイヤだ。
 トレッキングシューズはタイヤほどは高くないので、ちょっと楽しみである。

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2018.08.31

★鳥の体

 (以下、鳥の排泄物や交尾の話が出てきますので、苦手な方はお読みにならないでください。)

 一応はバードウォッチングを趣味にしていて、家で文鳥も飼っているので、鳥についてはたぶん、ふつうの人より少しは詳しいはずだ。

 それでももちろん、知っていることよりは知らないことの方が圧倒的に多い。というより、知らないことは原理的に無限にあるが、知っていることはいくらがんばっても有限である(しかも、がんばってないし)。

 それにしても、こんな基本的なことも知らなかったのか・・・というエピソードを。
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 文鳥をカゴから出すときは、ところかまわずフンをするので、きれい好き?の私は常に警戒を怠らず、大きなストレスになる。
 家人はそんなことはあまり気にしないので、排泄したことに気づかず、その辺にフンが残っていることがある。

 フンと書いたが、液体だけを出すこともあり、それは尿であろうと推測している。
 下痢ということはほとんどないのだが、固形のフンを尿がくるんだ状態で排泄されることが多い。なぜそんなことになるかというと、鳥は総排出口というものを持っており(というか、それしか持っておらず)何もかもそこから出すからである。

 「何もかも」と書いたが、さすがに呼吸は口と鼻で行っていて、呼気はそれらから出している。ただ、鳥には汗腺がないので、要するに、空気以外はぜんぶ総排出口から出すと思ってだいたい間違いない。
 あ、食べたものをいろんな理由から吐き戻したりすることはもちろんある。

 「ぜんぶ」というのはいかにも大ざっぱな話だが、私は鳥類学者でも何でもないのでご容赦願いたい。ここで「ぜんぶ」というのは、便・尿・卵(または精子)である(さすがに、涙や鼻水(もしあれば)は、それぞれ目や鼻から出している)

 これは、消化管の末端である肛門(鳥の場合は総排出口)より手前で、尿管と卵管(または精管)が消化管に合流しているからだ。川のように支流が合流して、海に出るときには河口一つになっているようなものである。

 出てくる場所が同じなので、洗浄前の鶏の卵には、フンがついていることがよくある。卵の中身には基本的にサルモネラ菌はいないが、洗浄後であっても卵殻(カラ)にはまれに付着していることがあるので、生食する際には卵の外側と中身とが触れないように注意することが大事だ。

 そこまではだいたいわかっていた。

 先日急に気になったのは、鳥のオスの生殖器(突起)のことである。これまでそれについて考えたこともなかったし、気にしたこともなかった。

 鳥類は哺乳類と同じように交尾をする。
 私はハト(ドバト)くらいしか見たことはないと思うが、オスがメスの上に乗っかってそれらしき行為をするのは知っていた。

 何も考えていなかったのだが、ふつうに考えれば、そこには当然オスの生殖突起の存在が予想され、それがメスの総排出口に挿入されて交尾が完成するのだということになろう。

 だが、鳥類のオスの生殖突起について自分がまったく何の知識も持っていないことにふと気づいた。それまで、知識がないことすら意識していなかった。
 オスのカブトムシの生殖突起すら実際に目にしたことがあるのに、鳥のそれは、見たことはもちろん、写真や想像によるイメージすらない。

 調べてみると・・・

 なんと、イメージすらなくて当たり前、ほとんどの鳥(どこかに97%と書いてあった)には突起としてのオスの生殖器は存在しないというのである(ダチョウやカモ類にはあるそうだ)
 じゃあ、ハトは何をやっていたのかというと、下のメスががんばって総排出口をなるべく上(結果として横)に向け、オスは上から自分の総排出口をメスのそれにこすり合わせていたのである。

 そしてオスは総排出口から精子を排出し、メスの総排出口に流し込む。
 上に乗っかって、ほんとにそんなことが機能するのだろうか。なんとも不思議な交尾だ。

 鳥の体は、あらゆることが飛ぶために最適化されているとよく言われるが、飛ぶためには生殖突起さえ邪魔だということなのだろうか。
 まあ確かに、人間みたいな感じだと邪魔なのはわかるが、上記のカブトムシ含め、多くの動物では使わないときには外から見えないくらいに格納されていて邪魔にはならないはずなのだが・・・

 邪魔というより、少しでも軽くしたいから生殖突起は不要だということなのか。
 さっきの糞尿混合の話も、大腸や膀胱にためたりしないで、片端から出していくから起こるという面がある。ためると重くなるからそうしないのだ。

 いずれにせよ、「ほとんどの鳥にはオスの生殖突起がない」というのには、かなりびっくりした。

 ほんとに世の中、知らないことだらけである。

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2018.08.24

★ひょんなことから『サラダ記念日』

 高知を旅行中、若い女性と話していて『サラダ記念日』を紹介したくなった。

 俵万智がちょうど彼女たちの年齢のころに編まれた歌集でもある。

 データがどこかに眠っていたよなあ・・・とハードディスク(違った、ソリッドステートドライブ(SSD)だ)の中をあさるも、見つからない。

 仕方ないので、以前購入したエクスパンドブックからデータを引っ張り出して、自分でデータベースを作ることにした。
 一点だけ、目を通しながら手動でやらざるをえない工程があったので、結局全歌を読み直すことになった。

 こんなのあったっけ・・・という歌(数は少ない)から、完全に暗唱できるものまで、懐かしく読み返した。

 ものはついでと、次の日に『かぜのてのひら』、その次の日に『チョコレート革命』も同様にデータベース化した。
 データベースとは言っても、ワンレコードに一首ずつ、それぞれに歌集名と小見出しをタグとしてつけた程度のものである。

 これら2つの歌集も、同じように、全歌おさらいすることになった。
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 俵万智の著作はたくさんあるが、純粋な歌集は5つしかない。

 第1から第3歌集までを一気に検索できるようになったのだから(ちなみに、全1267首に「愛」は72回、「恋」は45回出てきます)この際、第5歌集までぜんぶ作りたくなったが、手元に本もデータもないのでまた後日に回すことにした。

 もし娘がいたら、その年齢にあわせて順番に俵万智の歌集をプレゼントしていくのもいいなあ・・・とちらっと思った。

 まあでも、現実問題としては、子持ち男と不倫されたりシングルマザーになられたりしてもちょっと困るんだけれど。

 娘がいなくてよかった・・・のか?

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2018.08.17

★ひょんなことから よさこい祭り

 祭りは特に好きではないし、何より人ごみが嫌いなのでほとんど行ったことがない。

 それでも、長い人生だし、一度でも行った祭りを・・・と振り返ってみても、ねぶた祭と祇園祭くらいしか思いつかない。
 それぞれ、10年以上、20年以上前のことだと思う。

 ねぶたは、旅程上たまたま青森にいる日にやっているのを知ったので、「わざわざ避けなくてもいいか」くらいの感覚で行ってみた。案に相違して、そのために はるばる出かけてもいいくらいのものだったのには驚いた。
 ミシュランでいうと三つ星である。

 祇園は、仕事仲間に誘われて行った。行こうと思えば毎年でも簡単に行けるのに、その一度しか経験がない。
 暑かったこととともに、今は亡き先達の姿が目蓋に残っている。
 不思議なことに、一緒に行ったはずの方々の姿は浮かんでこない。まさか二人だったということはないと思うのだが。
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 ブログを始めてすぐ、「高知と言えば、よさこい祭り」をお書きになっていた伊与田治彦さんとネット上で知り合いになり(こんなところにお名前を記すのは憚られるのだが、ブログ自体にもお書きになっているのでお許しいただけると思う)、そうなのか、高知と言えば よさこい祭りなんだ、と認識した。

 私にとって、高知と言えば、はりまや橋・坂本龍馬に桂浜、県で考えれば、四万十川・室戸岬・足摺岬・四国カルスト、そして近年は馬路村であった。

 よさこい祭りはもちろん知っていたが、阿波踊りほどには有名でないイメージもあった。
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 今回、ひょんなことから、はじめて よさこい祭りを見る機会が得られた。しかも、かつて踊ったこともある、祭りに詳しい地元の若い女性の案内つきである。
 これほどの僥倖はなかなかあるものではない。

 初心者丸出しの質問をいろいろすることで、よさこい祭りというもののダイナミズムや ありようを少しは理解できた気がする。
 いつものように、ただの観光客として ひとりあの場にいたら、こうはいかなかっただろう。

 いったい高知にはどれくらい人がいて、そのうち何%が踊ればこれほどの規模の祭りになるのかと思ったが、県外から踊りに来ている人も多いというのには かなりびっくりした。祭りというのは地元のものだという固定観念があったからだ。
 いつからそうなっているのか知らないが、今後も盛り上がっていくであろう一つの理由かと思われた。

 県内外から、ひとグループにつき70人や80人という踊り手が、それぞれ独自の派手な衣装を はためかせて次々と踊っているのを見ながら、自分にはない「祭りと踊りのある人生」について、しばし思いをはせることになった。
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 よさこい祭りに限らず、その節はお世話になり、また、パラレルワールドのような仮想現実のような素晴らしい時間を過ごさせてくれて、ありがとう。

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2018.08.14

★高知ひとり?旅 tweet 集

 例によって旅行中の tweet をまとめてみた。

 いつも以上に過酷な車中泊と、体にタバコの匂いがしみつく安ホテルに辟易したが、いつもとは違って、ここ↓に表れない部分で、「これは現実なのか」と自問するような、不思議で素敵な旅行になった(いえもちろん、浮いた話はありません)。

2018/08/11 7:34 7:30から大音量でラジオ体操@道の駅布施ヶ坂@高知県。幸い起きていたが、おちおち寝ていられない。
2018/08/11 10:24 四国カルスト、濃霧。こんな中でも一切の灯火をつけていない車がいるのにあきれる。
2018/08/11 16:34 ひょんなことから よさこい祭
2018/08/11 19:09 「祭りや踊りのある人生」について、しばし考えこんでしまう。
2018/08/11 23:14 暑すぎて寝られないというか、寝ても熱中症とかの心配が必要な感じ。車中泊で初体験。
2018/08/11 23:17 それでも、人っ子一人おらず、真っ暗であるのをいいことに、パンツ一丁で寝ようとしていると、車が一台やってきて、数人でなんと、花火を始めた。
2018/08/11 23:18 最悪の状況だったが、とりあえずいなくなってほっとする。しかしこれからどうしたものか・・・
2018/08/12 0:30 結局、パンツ一丁で窓を少し開けて寝る羽目に。明日の宿だけはやっと取れた。
2018/08/12 6:38 朝、大雨。
2018/08/12 6:43 ちょっと途方に暮れる感のある雨の早朝、元気づけられるメールを受信、ありがたい。
2018/08/12 10:53 庖丁を買って、ちょっと気分が上向く。
2018/08/12 11:25 本格・本物をうたう蕎麦屋。くわえ煙草で暖簾をだしていたので見送る。
2018/08/12 12:26 Google Maps に「行きたい印」は付けてたけど、こんなに早く来ることになるとは思わなかった@SEA HOUSE
2018/08/12 13:57 おしゃれなレストランでお盆のぼっち飯はちょっと切なかったが、夕飯は一人じゃなくなりそうで嬉しい。
2018/08/12 14:12 刈り取りの終わった田んぼがちらほらとあって驚く。二期作?
2018/08/12 21:07 よさこい祭、踊りもさることながら、「よさこい衣装」の人々がふつうに街中にあふれているのがすごい。コンビニに並んでいたりも。写真を撮れないのが残念。
2018/08/13 7:33 (たぶん高知で一番安い)ホテルでセルフの朝食。これから混んでくる時間帯、1つしかないテーブル席をおじさんが一人で使っているのに驚く。ごくふつうのおとなしそうな人なのだが。「こういうふうに生きられたら楽だろうなあ」と、ちょっと羨ましい。
2018/08/14 8:43 帰宅した翌朝も6時に起きてしまう。これが続けばいいのだが、どうせ続かない。ならばもっとゆっくり寝ていたかった・・・
2018/08/14 14:13 留守中、一度も掃除されていない自宅を掃除中・・・

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2018.08.08

★乳児用液体ミルク解禁

 本日8日、乳児用の液体ミルクが解禁された。「厚生労働省が製品の規格基準を定めた改正省令を公布、施行」(朝日新聞)したそうである。

 その裏にどのような検討と手続きがあったのか定かではないが、これまで日本で製造・販売されていなかった製品が省令一本で販売できるようになるというのはおもしろい。そういうことが可能な製品がほかにどれくらいあるのだろう。

 この液体ミルクが話題になりはじめたのは東日本大震災以降だと思うが、「常温で一定期間保存でき、湯で溶かして冷ます必要もない。粉ミルクより使いやすいと海外では広く売られている」(同)のだという。災害時の支援物資としても頼もしい存在だ。
 今まで日本で売られていなかったのは、単なる行政の怠慢なのだろうか。

 解禁されたものの、市販までには一年以上かかかる見通しだそうだ(「ええ? うちの子、それまでに卒乳しちゃうよ・・・」という方は、ぜひ二人目三人目の時に期待してください)

 解禁と同時にとはいかないまでも、なぜもっと早く売り出せるように準備できなかったんだろう。日本乳業協会が規格作りを要望したのは、もう9年も前のことらしいのに。
 こんなことに10年もかかっているようでは、そりゃ世界から取り残されていくよなあ・・・と思ってしまう。モノが乳児用だけに、「念には念を入れて安全を」ということなのかもしれないけれど。
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 息子にミルクを飲ませていたころ、「どうして液体ミルクがないんだろう」なんて思いつきもしなかった。
 紙おむつはすでにあったが、布おむつの時代には使い捨ての紙おむつを思いつかないのと同じだ。

 「必要は発明の母」というが、凡人には何が必要なのかすらわからない。iPhone がなかったときには、だれもそれが必要だとは思わなかったはずである。

 粉ミルクは厄介だ。

 シリコンの乳首や哺乳瓶を洗ってから煮沸消毒しておく。いったん沸騰させた70℃以上のお湯で調乳、さらにそれを40℃程度にさましてから飲ませる。
 温度計を突っ込むわけにもいかないので、手首の内側に出してみて温度を判定し(「あつっ!」)、その後なめとるのがふつうだった。

 そうした作業をしている間、赤ん坊が火のついたように泣き叫んでいることもあるだろう。
 息子は幸い、あまり手のかからない子で助かったけれど。
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 どんな製品が出てくるのかは知らないが、おそらくは煮沸した乳首をネジ蓋に直接取り付けるだけで飲ませられる製品が売り出されるに違いない。適温にするのは電子レンジで自動だ。

 粉ミルクより重くてかさばるのがネックだが、まだかろうじて残っている牛乳配達の業者が宅配すればいい。業界の生き残りにもつながるだろう。
 購入するにしても、紙パックで常温6か月、レトルトや缶なら9〜12か月大丈夫だそうなので、まとめ買いもたやすい。

 となると、問題は価格か。
 少しでも安くなって、減った育児の負担が赤ちゃんへの愛情に転化されることを願う。

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2018.08.07

★『ノジュール』

 『ノジュール』という雑誌がある

 過去に数回見たことがあった・・・ような気がしたが、書店売りはしておらず、直販だけだというので勘違いかもしれない。
 ただ、バックナンバーならネット書店等でも手軽に買えるようだ。

 その雑誌が今月号で「楽して愉しむ百名山」という特集をやっているのを知ったので、ちょっと食指が動いた。

 いや、そもそも、百名山を追いかけること自体が、心ある方々から冷ややかな目で見られているのも承知しているし、ましてや、自分で頂上まで登りもしないで「楽して愉しむ」などもっての外だというご意見には十分首肯できる。

 それでもなお、私のような運動不足でぐうたらな男が、現実に心を動かされてしまうのはどうしようもない。

 そういう人物が少なくないからこそ、こういう特集が成立するのだろう。
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 さて、これを書きたいと思った動機は、「ノジュール」を "Nos Jours" だとこれまで勝手に思っていたのに、違っていたことである。
 "Nos Jours" だと、フランス語で「私たちの日々」みたいな意味、英語で言えば "Our Days" だ。

 年を取って余裕ができ、日々を前向きに愉しむ人々のための雑誌として、悪くないネーミングだと思っていた。版元も “50代からの旅と暮らしの情報誌” をうたっている。

 ところが、今回の件で、実は "Nodule" だということを知った。「団塊」である・・・

 いやいや・・・
 日本語で『団塊』などというタイトルの雑誌があったとして、誰が買いたいと思うだろうか。

 まあ、他の多くのこの種の雑誌と同じように、確かに団塊の世代をターゲットにしているのだろう。
 だが今や、彼(女)らは「アラ古稀」なのである。1948年生まれが今年70歳だ。

 “50代からの旅と暮らしの情報誌” が「団塊」を名乗るのは、ぜひやめてほしい。

 この手の雑誌のタイトルはフランス語が多いし、そろそろ、 "Nos Jours" に変えてはいかがだろうか。どうせ表紙の題字はカタカナだ。

 「ノジュール」のロゴも気に入らないので、この際あわせてリニューアルしてくれれば、購読を考えないでもない(上から目線ですみません)。

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2018.08.05

★村上RADIO ~RUN&SONGS~

 村上春樹が初めてラジオに出演するというので、Mac で聴いたり録音したりできるのかを調べると、あっさりできたことに驚いた。

 それにしても、ラジオ初出演というのがすごすぎる。私ですら出たことがあるのに。
 テレビにはまだ出たことがないのだろうか。

 村上春樹の声は英語でスピーチしているときにしか聞いたことがなかったので、こんな話し方をするのかと、最初は違和感があった。
 しかし、聞いているうちにその声に慣れてしまって、もう村上春樹にしか聞こえなくなってきた。

 脳というのは単純だ。すぐに説得されてしまう。
 ___

 ラジオ録音を調べる過程で、Mac の画面をムービーとして録画できることも知って驚いた。まあ、常識に属することを知らなかっただけかもしれない。

 「やりたいこと」があれば、Mac でけっこういろんなことができる。iPhone でもそうだろう。
 それほどやりたいことがないのが一番の問題かもしれない。

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2018.08.02

★今浦島(その2)──落日

 まだぜんぜん慣れない。日本が「世界一」でないことに。

 「第2四半期の世界スマホ出荷台数、アップルが3位に転落」(CNET Japan)という記事を見た。

 2位だったアップルが3位に転落したのが記事の眼目らしいが、そんなことより、ランキングの中に日本メーカーが一つもないことが当たり前になっているのに驚く。ずっと前からこうなんですか?

 載っていたのは5位までだが、1位から順に、サムスン(韓)・ファーウェイ(中)・アップル(米)・シャオミー(中)・OPPO(中)。4位と5位は恥ずかしながら聞いたこともない。
(調べると、2016年実績ですでに、14位まで!に日本メーカーは一つも見当たらなかった。20位までに入っているのかどうかはわからない。)

 韓国と中国の台頭が目立つが、3位のアップルだって製造は中国だし、どうもサムスンすら落ち目らしく、そのうち中国が席巻するだろう。これが四半世紀前なら、5位まで日本が独占していてもおかしくはなかったはずだ。
 ___

 自動車は今のところ、まだ面目を保っている。

 だが、間違いなく次世代の中心となる電気自動車においては、トヨタ・日産・ホンダなど日本メーカー各社が「中国メーカーからは、引き離されている感が否めない」(朝日新聞2017.11.18)というのだ。自動車で中国に引き離されている・・・

 その後少しは追いついたのだろうか。

 次の四半世紀後には、スマートフォンと同様に、自動車の出荷台数ランキングからも日本メーカーが消えかねない。
 ___

 「風の前の塵に同じ」というような儚い一生の中で、一国の ──しかも祖国の── 隆盛と没落を経験することになるのだろうか。

 メディアを通して入ってくる情報を除けば、まだまだそれほどの実感はない。だが確実に、しかもおそらく加速度的に、日は沈んで行きつつある。

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2018.07.31

●今浦島

 仕事で兵庫県の姫路市を往復した。

 車で行こうかとも思っていたのだが、結局JRを使うことにし、いろいろ「今浦島」な体験をしたので順不同で簡単に記す。

 日本で電車に乗ったのは何年ぶりだろう?という感じだ。

 もちろん、実際にはそんなことはないのだが(今思い出した。たぶん、一番最近は去年上海に行った際、関西空港までJRに乗ったときだ。バスが遅れるというので仕方なく乗った。)、主観的にはそうだし、神戸や明石や姫路に電車で行ったのは、もしかするとほんとに20〜30年ぶりの可能性もある。いや、もっとかもしれない。

1.大阪駅のホームの一部に柵がついていた。
 やっと韓国や中国に追いついてきたわけだが、まだまだ引き離されている。かつて、はるかにリードしていた日本のことを思うと、隔世の感がある。

2.帰りの普通電車が大阪駅を発車するとき、定刻より10秒早くドアが閉まった。
 国鉄・JRとしては初めての経験である。大学生のときは国鉄のターミナル駅近くに住んで電車通学していたので、始発電車は秒単位まで正確にドアが閉まっていたのを鮮明に覚えている。時報とともに「プシュー」という感じだった。始発以外はそれほどのことはないが、定刻前にドアが閉まった経験は一度もない。最近はあれがふつうなのだろうか。

3.姫路に向かうとき、上り電車には6〜7分だが遅れが発生しており、乗っていた下りの新快速も2〜3分遅れていた。
 毎日のように国鉄に乗っていた大学時代、数分であれ電車が遅れるというのは明らかに異常事態であった。昨今はそんなことはないのだろうか。

4.姫路から大阪まで1時間2分しかかからなかった。
 私の知っている新快速の途中停車駅は加古川・明石・三ノ宮だけだったのに、今は西明石・神戸・芦屋・尼崎が増えている。それでいてこの所要時間・・・ 新幹線でも30分かかるのだが。

5.すべての新快速が西明石に止まる。そして、西明石発着の新快速はなくなっているようだ。
 それがどうも30年以上前かららしいことにさらに驚く。

6.姫路駅のホームにまだ「えきそば」(その筋では有名らしい)があった。
 建物はさすがに、見覚えのあるものではなかった。食べたかったのだが、諸般の事情で見送った。もし食べていたら、おそらく40年以上ぶりだったと思う。このままだと、「半世紀ぶりに食べた」ということになりそうだ。

7.姫路駅の北口を出ると、まっすぐ前に世界遺産:姫路城が見えるのに感心した。
 以前からそうだったような気もするが、こういうふうな名所の登場の仕方(東京駅を出ると目の前に東京タワーみたいな)は、日本ではほかにちょっと思いつかない(あ、京都タワーがあった。でもしょぼすぎる)。ドイツのケルン大聖堂など、駅を降りればすぐ目の前に聳えていて、姫路城以上に迫力があるのだが。

8.車内放送がよく言えばちょっと洗練されたものに、悪く言えば無機質なものになっている。
 あ、英語のアナウンスまで入っていた。往年の国鉄の独特な節回しのアナウンスを今でも上手に?真似できる身としてはちょっと寂しい。

9.日本人はもっともパーソナルスペースの広い民族(つまりは他人との距離がもっとも遠い民族)の一つだと思うのだが、こと公共交通機関になると、(もちろん仕方なくではあるのだが)他人との距離が俄然接近することに平気なのは不思議だ。
 久しぶりに電車に乗ると、見知らぬオヤジがほとんど隙間なく隣に座っていたり立っていたりする気持ち悪さに、かなりの忍耐を強いられる。行くとき最初に乗った電車では、すぐ目の前に母子3人連れがいたのだが、取れない距離を取ろうとして気を遣い、接近しないように体力も消耗した。
 慣れてくると、場面に応じて自在に接近許容度を上下できるようになるのだろうが(わたしもかつてはなっていたはずだ)、大した能力である。

10.改札は iPhone をタッチするだけで通れた。
 もちろん、事前に準備していたからなのだが、使ったのはまだたぶん2回目である。改札を通るときにはどきどきした。コンビニで Apple Pay(QUICPay) を使うより、はるかに処理が早かった。

番外:姫路駅で乗ったタクシーが、タバコで煮染めたような臭気を発していた。
 一台前の古そうなクラウンになるかなと思っていたら、その後ろの新しいカムリ(しかも個人タクシー)になって喜んでいたのだが、一気に地獄に突き落とされた。今どき、あれほどタバコ臭いタクシーがあり得るのだろうか。あそこまで臭いと、不快なだけではなく、ほんとに健康にも悪いような気がしてくる。
 タクシーには電車以上に乗らないが、昔のタクシーですら、あれほどはタバコ臭くなかったような気がする。シートをビニールで覆っていると臭いがつきにくいのかもしれない。昨日のはファブリックがむき出しだった。ついでに、帰りの車は芳香剤の臭いがきつすぎた・・・

 ___


 次回行くときには、時間もお金もかかっても ─そして環境に悪くても─ やっぱり車にせざるを得ないかなと思ってしまう。

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2018.07.27

●「土嚢袋」?

 「報道ステーション」を見ていると、広島市安芸区からのレポーター(といってももちろんアナウンサー)が、土嚢を指して「どのうぶくろ」と言っていた。
 「うわっ」と思っていると、もう二度ほど、「どのうぶくろ」と繰り返した。もちろん、「土嚢袋」と書くのだろう。

 森川アナの「すごい甘い」という発言を「『すご甘い』ですね」と訂正した富川アナも、「土嚢袋」には異議を唱えなかった。
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 「氷嚢」「背嚢」「胆嚢」「嚢胞」などからわかるように、「嚢」という漢字は「ふくろ」という意味で、土嚢とは「土を入れたふくろ」[広辞苑 第七版]のことである。

 「土嚢袋」では「土を入れたふくろふくろ」になってしまう。

 「どのうぶくろ」は、みごとに融合アクセントで発音されていたし、「ぶ」と連濁しているので、完全な一語として扱われていたことがわかる。

 コトバに関しては保守的な小言ジジイになってしまって恐縮だが、実は、「嚢」の字も気持ち悪い。

 「囊」であるべきだろうと思うのだが、ATOKが「環境依存文字」だと警告してくるので、仕方なく「嚢」を使っている。どうして康熙字典体の正字の方が「環境依存」なんだよ。
 あ、「依存」は「いん」と濁らないでお読みくださいね(笑)

 話は違うが、今日も職場のわりとフォーマルな会議で「ほぼほぼ」と発言した人がいたのにはちょっと驚いた。
 新しい語をどんどん取り入れていく感性は羨ましくもあるのだが。
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 さて、念のためにと「土嚢袋」を調べてみると、もちろん辞書には載っていないが、たとえばアマゾンではまさに「土嚢袋」が売られていた。ヨドバシカメラでも楽天市場でも「土のう袋」が売られている。ふたたびアマゾンに戻ると、やはり「土のう袋」もあった。

 もはや「嚢」が袋だとは意識されなくなってきているのだろう。
(まさか、土を入れて「土嚢」を作るための袋が「土嚢袋」と呼ばれて使い分けられている・・・ということはないと思う。いずれにせよ、冒頭のレポーター(アナウンサー)が「土嚢袋」と呼んでいたのは、すでに土が入って積み上げられている土嚢であった。)

 確かに書くのは難しい漢字だが、読むのにそれほどの困難はないはずだ。「土のう袋」などと書いたのでは、「のう」が何なのか、よけいにわからなくなってしまう。下手をすると「つちの/うぶくろ」などと読みかねない。

 ただ一方で・・・

 「コトバの民主化」みたいなことも常に考えている。人々の日常から離れた特権的言語使用はなるべく解体していくべきだとも思う。

 「土嚢」が読めて意味がわかるのが標準的だと考えることが、もはや現実と乖離しているのだとすると、「土嚢袋」も仕方のない言語変化なのかもしれない。

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2018.07.26

●空腹は最良のソース?

 済州島の鱧はともかく、最近、飛び抜けておいしかったものは何か。

 これはもう、何の疑いもなく、自販機で買っていただいたペットボトル飲料であった。

 先日、少しだけ渓流ハイクをした折り、持参した自家製飲料が底をつき、公衆トイレの水道水を入れて持ち歩いていたものの、二口三口飲んだ後はあまりのまずさにその後我慢していた。
 熱中症で倒れるとかを警戒して飲んではみたものの、体を壊しそうな味だったので最低限にしたのである。おそらくは消毒に使っている塩素の臭いだと思うのだが。

 その後車に戻り、最初に目についた自動販売機のある場所で、「ダイドードリンコ ミウ ピーチ&ヨーグルト味」を奢っていただいた。

 この夏としては間違いなく、もしかするとここ数年の間に口にした飲食物の中で、これが一番おいしかったと断言できる。

 五臓六腑に染みわたる、とはまさにこのことかという感じであった。

 酒が飲めないのでわからないのだが、生ビールのために飲み物を我慢していて、一気にぐいっとあおって「ぷはーっ」というのはこういう感じなのだろうと思う。

 空腹は最良のソースだとよくいわれるが、脱水こそが最良であった。

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2018.07.24

●済州島産の鱧(はも)

 先日、寿司屋のランチで、「(韓国の)済州島の鱧(はも)です」と言って、小ぶりな一貫が供された。

 外国産のネタは珍しい。

 何だか済州島産を強調したかったみたいなのだが、「外国産で申し訳ない」ということなのかなと思っていた。「中国産の鰻(うなぎ)」みたいな響きではないか。

 いつもは淡路島のハモなので、「淡路のは入らなかったんですか」と聞くと、「いえ、淡路もあるんですけど、この済州は夜用に仕入れたんですよ」という返事。
 まだピンと来ないものの、「へぇ、そうなんですね、ありがとうございます」と当たり障りのない、でも念のためにちょっと感心したような返事をしておいてよかった(のか?)

 私の反応が薄かったことが物足りなかったのだろう、それから済州島のハモについていろいろ教えてくれた。

 それによると、現在もっとも良質で高価なのが済州島産なのだそうである。最近どんどん値が上がって、それにつきあって仕入れるのは厳しいのだが、夜の常連が「ここのハモはおいしいねん」と言って知り合いを連れてくるので、がんばって出さざるをえないのだという。

 そのおこぼれに私もあずかれたわけだが、私の舌では違いはわからなかった。

 もともとハモはそれほど好きではなかったんだけれど、夏になるとこの店で必ず出されるので、慣れてきてまあおいしいと思えるようになった程度だ。
 これが白身とかなら自分なりにおいしさの判定はできるのだが、ハモでは厳しい。一匹なんと、2万円もするというのだが。

 あ、思い出した。

 まだハモが好きでなかったころ、一人で淡路の民宿に泊まったときに、夕食が鱧鍋だというのでがっくりきたことがあった。
 ところが、実際に食べてみると、ハモってこんなにおいしいものだったのかと、ほとんど感動する味であった。

 後にも先にも、あれほどおいしいハモを味わったことはない。

 あれに比べると、寿司屋で食べる淡路のハモや、今回初めて食べた済州のハモも比べものにならない。

 あのおいしさの決め手は何だったのだろう?

 結局は季節と鮮度、そして何より個体差だと思うのだが、もう一度あの民宿で食べてもあれほどおいしいのかどうか、確かめてみたい気がしている。

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2018.07.14

●通行止めを乗り越えて?(バイク&ハイク その6)

 地震のエントリを書いてから、気がつくと3週間も過ぎている。

 確か以前、「1か月更新がなければ死んだものと思ってください」とか何とか書いたような気がするのだが、このままでは近いうちに死んだことになってしまう。
 そうならないようがんばりますので、これからもごひいきのほど、お願い申し上げます。
 あ、でも、ツイッターがあるから、それも含めて1か月ということにさせていただければ。
 ___

 西日本の大雨が大変なことになっていて、地震は遠い彼方に行ってしまった。職場の壁のひび割れはまだそのままだし、まだ営業を再開していない店舗もいくつかあるんだけれど。

 地震の他にも、文科省の局長が裏口入学の受託収賄の疑いで検挙されるし、消毒液点滴混入大量殺人の被疑者は逮捕されるし、オウム真理教幹部の死刑は執行されるし、なんだかいろいろなことがあった。

 個人的には、今年定年退職予定の先輩が急逝なさったのもちょっとこたえた。

 そんな中、タイの洞窟に閉じ込められていた少年たちが全員助かったというのは珍しくいいニュースだった。ダイバーがお一人亡くなったのはかえすがえすも残念だけれど。
 ___

 さて、せっかくの三連休の初日、天気もいいのだが暑くて何をする気も起きない。家でだらだらするのもなあ・・・とか、出かけても暑いしなあ・・・とかぐずぐずして、午後2時になってからバイクで六甲山に向かった。たぶん1年ぶりだ。

 山の麓からは涼しくなるのだが、宝塚までが暑い。陰になるところに取り付けている温度計は、40℃を超えていた。

Img_1545_copy 武庫川や逆瀬川には大雨の痕跡は感じられなかったが、涼しくなってくるあたりに、「注意 明石神戸宝塚線 神戸方面へは通行不可」という看板があった。

 目的地は六甲山なので気にせず進んだところ、なんと、六甲山頂や一軒茶屋のかなり手前、鉢巻山トンネルを出たところで完全に通行止めになっていた(まあ確かに六甲山上は神戸市ではあるのだが)

 担ぎ上げなければ自転車でさえ通れないような通行止めなので、素直に諦めて歩く。

Img_1533_copy 実際に車が通れないのは2kmほど先で、崩れた路肩のあたりで片側通行でもよさそうな工事をしていたが、幹線道路ではないのであっさり通行止めにしたのであろう。

 お気に入りの西おたふく山方面へ。ホトトギスが鳴いている。コジュケイを2羽見られたのは幸運だった。
 ___

 それにしても、「神戸方面へは通行不可」の看板はひどい。

 天気のいい三連休、涼を求めた家族連れが、六甲山上を目指してやってくる。

 「神戸方面へは通行不可」であっても、この道を神戸や明石に向かうために使う酔狂な人は多くない。ほとんどは六甲山上を目指すのだ。

 久しぶりに家族でお出かけ。六甲山牧場・六甲ガーデンテラス・フィールドアスレチック・オルゴールミュージアム・高山植物園・六甲山頂・・・

 まあ、六甲山牧場だけは神戸へ降りる表六甲ドライブウェイより西にあるので、この地に馴染みのある人なら、通行止めで行けない可能性に思い至るかもしれない。
 でも、「神戸方面へは通行不可」なら、それ以外には行けると思うのがふつうではないか。

 実際には、すべて!行けないのである。車で六甲へ向かう人が期待するアトラクション?には、一つとして近づくことができない。
 それを知るためだけに、慣れないサンデードライバーは、酔って気分が悪くなり始めた後席の子どもたちを気にしながら、つづら折れの急な坂道を何キロも登らされる。そして、通行止めの看板とバリケードに、敢えなく行く手を阻まれるのだ。

 さらにまた、車酔いした子どもたちをなだめながら、今来た急カーブの続く坂道をえんえんと降りていくことを強いられる。
 助手席の奥さんは不機嫌になる。「どうして前もって調べておかないのよ !?」

 「六甲山上へは通行不可」と書いてあれば、避けられる悲劇だ。

 今この瞬間にも、涼と夜景を求めるカップルたちが、宝塚から六甲山上を目指しているに違いない。

 こんな愚かな看板を出している「神戸市建設局東部建設事務所」とやらに電話をかけて、小一時間説教してやりたいくらいである。
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 ※現在、車で六甲山上へ登れるルートは裏六甲ドライブウェイ経由のみです(2018/07/16現地確認)。それがもっとも必要な情報ですよね。お気をつけください。

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2018.06.22

◆震源地(震央)の近くから

 6月18日(月)朝8時前。惰眠をむさぼった後、ちょうど目が覚めて起きだそうとしていたところで激しい揺れに襲われた。

 阪神淡路大震災のときには地震だと思わず、ミサイルがマンションを直撃したと感じたものだが、今回はすぐに地震だとわかった。
 しかしながら、あれ以来経験したことのない凄まじい衝撃で、咄嗟に、家が倒壊するのではないかという恐怖を感じた。

 すぐに、「うちでこれほどの揺れなら、震源地はどんなひどいことになっているんだろう?」との思いが過ぎった。阪神淡路や東北の大震災を思い出したのだ。
 だが、何のことはない、10分後には、うちこそがほとんど震源地(震央)であったことを知ることになる。まさか、日本中で!このあたりの被害が一番ひどいとは・・・
 ___

 うちの家は震災後に設計・建築しているので、今回の地震くらいで倒壊することは(たぶん)ありえない。実際、後日、素人目に見て回った範囲では、家の内外ともにひび割れすら見つからなかった(職場の壁はひび割れていた・・・)

 それでも、内部はちょっと悲惨だった。

 揺れがおさまるとすぐに冷静になった。のんびりと2階に上がると(うちは2階にリビングなどがあります)、テーブルの下に家人と息子がもぐり込んでいて、2つの尻がこちらを向いていた。
 その間抜けな姿に笑いがこみ上げてきて少し和んだのだが、そこら中にモノが転がっているのには閉口した。
 そんな中、お気に入りの急須もフローリングの床に転がっていた。高さ1m強のカウンターから落下したにもかかわらず、まったく無傷だったのには驚いた。注ぎ口や取っ手にも、カケすら見られない。

 リビングでいろんなものが転倒・落下する中で、唯一地震対策を施していたテレビが、倒れずに移動していただけですんでいたのは幸いだった。

 台所はひどいことになっていた。

 巨大な古い電子レンジが落下していたのには驚いたし、何よりも食器の破片だらけで文字通り足の踏み場もなかった。
 後でわかるのだが、戸棚という戸棚、引き出しという引き出しがガラスや陶器の破片まみれになっており、結局はすべて取り出してカケラを取り除き、洗い流す必要があった。

 買ったばかりでぴかぴかのステンレスの大きなゴミ箱が電子レンジの直撃を受け、無様に凹んでいたのは、安いものとはいえ地味にショックだった。

 明石の実家とはSMSで連絡がついて互いの無事を確認できたが、近くに住む義母とは連絡が取れない。愛知に住む兄や熊本に住む義弟とLINEで情報交換しつつ、職場に連絡を入れてから義母宅に向かうことにした。

 阪神淡路の時も同じように義母宅に向かったことを思い出しながら車を走らせた。
 あの時と違って、道路から見た被害はほとんど確認できなかった。義母宅を後にして義父が入院している病院へ向かう道すがら、瓦の落ちている家を何軒かと、垂れ下がった電線に邪魔されたバスが立ち往生しているのを見たくらいだった。

 義母宅は、玄関の引き戸が開かなくなっていたり、納戸の荷物がぐちゃぐちゃになっていたりパソコンが倒れたりはしていたが、うちと比べると被害は軽微だった。食器棚に地震対策をしていたことも奏功したのだろう。
 ただ、古い日本家屋なので、後で壁にひび割れが見つかったりしている。

 パソコンを立てて何とか引き戸を直し、今度は義父が入院している病院へ向かう。
 この時点で9時ごろで、エレベーターは止まっていたが、院内はすでに落ち着いていた。
 非常階段の場所を教えてもらって6階に上がり、義父の様子を覗くと、大きくお腹を上下させて元気に呼吸していた。相変わらず意思疎通はまったくできないが、少しの間視線を合わせることはできた。

 階段を降りていると、「準備のできた診療科から診察を開始します」というアナウンスが流れていた。
 家族に「おじいちゃん、大丈夫でした」というLINEを送ってから、「ぜんぜん大丈夫じゃないよなあ」と思い直し、義弟には「変わりありませんでした」と送っておいた。
  ___

 家も職場も片付けが大変だった。どこを開けても何かが落ちてくることになかなか慣れなかった。ガスが使えないのにもちょっと困った(1週間と言われていたが、3日目の夜には戻り、もちろんありがたいものの、ちょっと拍子抜けした。供給停止した地域の中ではもっとも早い復旧だったようだが、こういうときのこの国の人の底力は、やはり敬服に値する)

 片付けは火曜日の夜にはヤマを越え、水曜日には通常通りの仕事を終えて帰宅すると、今度は家人の職場がひどいことになっているということで、木曜日は応援に駆り出されることになった。
 木曜の夜には自宅の片付けもほとんど終え、ドア2枚の調整を残すだけにして寝た。
 今日、金曜の夕食後にドアを直して、やっと旧に復することができた。もちろん、ハンプティ・ダンプティ、壊れてしまったものは元には戻らないけれど。

 そんな中、日曜日の夜に霞がかかったようになっていた右目は、後部硝子体剥離による眼球内の出血に伴うものだとわかった。月曜日に病院に行くつもりだったのに、地震でそれどころではなくなって忘れていたのだが、火曜日の夕方には行くことができ、診断を受けた。

 「この目はいったいどうなるんだろう?」という不安の中で迎えた地震に、年老いてさまざまな病を得ている計4人の親のことなども考え、なんだか無常観みたいなものを感じていた。
 しかし、硝子体剥離(「網膜剥離とは違うんですよね?」)とかいう大袈裟な病名にもかかわらず、老化に伴う自然な現象であり、出血や霞も放っておけばそのうち改善するというので、少しはほっとした。

 月曜朝の地震で始まり、金曜夜に片付けが完了するという一週間だった。
 ___

 個人的にはもう大丈夫だけれど、近辺にはそうではない人たちも多い。

 関西以外ではほとんど報道もなくなったと思うが、たとえばいつも行くスーパーはまだ閉まったままだし、この辺の大学のうち少なくとも3つ(つまりほどんど)は今週いっぱい休講である。病院にも再開できていないところがある。モノレールはまだ一部運休中だ。同僚の中にもガスがまだ復旧していない人もいるし、それなりの数の民家の屋根がブルーシートで覆われている(後記:土曜日になって義母宅も雨漏りしていることがわかった。日曜の朝に連絡が来たが、すぐにブルーシートを張れる業者が見つからない)。
 亡くなった方にはお気の毒としか言いようがないし、怪我をした方もおそらくは1000人近くはいらっしゃるだろう。

 一刻も早い回復・復旧を祈る。
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 ___

 ご心配くださったみなさま、ありがとうございました。

 読み返すとなかなか大変なようですが、実際はやすみやすみ、のんびりと片付けていたために長引いたのが実情です。

 地震当日の夜には、寿司を食べに出かけたくらいです。
 予約していたのに何の連絡もないので、おそるおそる「今日は無理ですよね・・・」とメールすると、ごく当たり前のように「やります」と言うので、ちょうどガスが使えないこともあり、急遽、義母も誘って喜んで出かけました。

 車で少し走ると、すぐに、ほとんど被害のない地域になります。お寿司屋さんや職場の人間でも「写真立てが倒れたくらい」「食器が2〜3枚割れたかな?」という程度の方々とは、相当な感覚の隔たりを感じました。

 うちの家族などはまあ、そうは言っても気楽なものでしたが、たとえば高槻に住むある人は、水曜日になっても、「とても外出できるような精神状態ではない」という理由で出てこないくらいでした。

 今回程度の「被災」でこれだとすると・・・

 阪神や東北や熊本を始め、本格的な被害に遭われた方々への自分の思いを、今一度点検したくなりました。

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2018.06.10

◆グッド・ライ 〜いちばん優しい嘘〜

 思いがけず、いい映画を見た。

 「兄弟」を失いながら1000km以上も裸足で歩き、ケニアの難民キャンプにたどり着いたスーダン難民。十数年もそこで過ごした後に、やっとアメリカに第三国定住が認められるも、もちろんいいことばかりではない。

 ただ、重いばかりの映画ではないのも救い。簡単に救われてはいけないんだろうけれど。

 紙の上ばかり、あるいは刹那的映像だった難民が、映画の中とはいえ彼ら自身の時間を紡いでいっている様を見られたのは大きな収穫だった。
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 そうかな・・・とは思っていたが、スーダン難民を演じる主人公たちは実際の難民だそうである。

 ともかくご覧になってみてください。
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 今知りましたが、「ビューティフル・マインド」のロン・ハワード製作だそうです。

The Good Lie, 2014 U.S.A.)

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2018.06.05

◆ Hidden Figures

 邦題は『ドリーム』。アメリカ航空宇宙局(NASA)の宇宙開発に貢献した黒人女性たちの物語。

 原題の Hidden Figures は、直訳すれば「隠された姿」というような意味だが、「陰の人々」とでも訳せようか。なんか違う感じだけれど「縁の下の力持ち」と言ってもいい。
 同時に、「隠れた数値計算」という意味もある。ほとんど表に出ていないが、軌道計算などに重要な役割を果たしていた彼女たちのことを見事に表現している。

 事実をもとにした映画であり、主人公の Katherine Coleman Goble Johnson が99歳で存命だというのもすごい。映画自体はアカデミー賞を取っていないようだが、2017年の授賞式では、98歳の彼女が車椅子ながら舞台に登壇している

 史実とは相違もあるらしいが、法律的・制度的な差別が残っていた時代から、彼女らが NASA において抜きん出た活躍をし続けてきたことは事実だ。

 深刻なテーマを上品なコメディ&感動のエンターテインメントに仕上げているのもさすが。

 相当な傑作です。ぜひご覧ください。

(Hidden Figures, 2016 U.S.A.)

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2018.06.01

◆ふしぎな国 イバラード 井上直久の世界展

 twitter に書いちゃったけど、長いからエントリにしちゃおう。
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 文化の香りに乏しいわが家ですが、家人が大昔1年だけ同僚(というか先輩)だった先生が阪急百貨店で個展を開いて絵画の制作過程を実演なさるというので、行ってきました。スタジオジブリの『耳をすませば』の作品世界(背景)などを担当した井上直久という方です。

 ほとんどの作品を通して「イバラード」という空想上の世界をモチーフになさっているのですが、そのベースが茨木にあるということで、茨木市政施行70周年記念の共催になっています。
 折しも今年満年齢で古稀をお迎えになる先生は、茨木市内の高校で20年近く美術教諭を務め、現在も茨木市にお住まいだそうです。茨木からイバラードが着想できる想像・創造の力業には驚かされます。

 元(大阪の)高校の先生らしい軽妙なトークを交えながら、すでに完成しているキャンバス上の絵がみるみる別の作品、世界に変わっていくのは見ていて圧巻でした。

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2018.05.20

■「もう会いたくないね」

 「情熱大陸」というテレビ番組で、世界でも稀だという猛禽類専門の獣医師を特集していた。

 氷結した湖面上の大雪原で傷の癒えたオオワシを自然に戻した後、
「いい飛びっぷりだなあ」
「戻ってきてほしくないね」
「もう会いたくないね」
とつぶやくシーンがもっとも印象的だった。
 ___

 折しも、うちでも小鳥を保護していた。

 まだ寒かった先月の雨模様のある日、山の中で瀕死の夏鳥を見つけたのだ。ヒナではなく成鳥である。
 バタバタはするのだが、飛べないどころか、足元で仰向けにひっくり返って起き上がれないほど弱っていた。そのままでは、翌日まで命をながらえることすら難しそうだった。

 一緒にいた先達としばし顔を見合わせ「どうしましょう?」と悩みながら、今日明日にも死ぬよりはと、思い切って保護することにした。
 右の羽を傷めていることはわかっていたが、帰宅して子細に見ると、右目がつぶれてふさがっているようにも見えた。
 それだけではなく、衰弱しているので、ともかくも体温を保持させなければと、使い捨てカイロを総動員して間接的に温めた。箱の中に入れるとカイロが空気を消費してしまうので、箱の下に敷く。

 文鳥なら飼っているが、この小鳥はおそらく、生きた虫しか食べない。早速調達してきても、食べようとしないし水も飲まない。
 無理に食べさせることがよくないのは知っていたものの、こんな調子でどうなることかと気を揉んでいたのだが、次の日にはなんと45匹も食べ、ちょっとほっとする。

 ところがその後、50, 55 と数を増やしていっても、体重は減り続ける。ほとんど運動していないのに体重が減るというのは、もっと食べなければならないということだ。
 80匹にすると、ようやく体重が安定した。

 ほんの 11g ほど、500円玉2枚に満たない体重の小鳥である。そんな小さな体で毎日3gくらいのエサを食べていることになる。人間に換算すれば十数kgの食事をしているのと同等だ。それほど彼らのエネルギー消費は激しいのである。

 栄養が偏るといけないので、いろんなエサを食べさせようとしたが、結局は生きた虫しか食べなかった。
 クロレラ入りのボレー粉にミールワームを入れると勝手に潜っていく。それを探し出して食べさせることで、少しでもカルシウムやらビタミンやらが補えればと願っていた。
 ___

 最初はクチバシをカチカチいわせ始め、そのうちヒーヒーと鳴きだし、やがてはたまに囀るようになった。
 右目は徐々に癒えて、正常に戻っていった。もともと、眼球自体は無事だったようだ。

 初めは数十センチ飛び、数メートル飛びして、そのうち、家の端から端までくらいは飛べるようになってきた。それ以上飛ぼうとしても、壁やら窓やらが立ちふさがる。憐れな小鳥は、そのことに戸惑っているように感じられた。

 今さらながら、自然界にはそんなものはないことに気づいた。

 お気に入りの場所は、テレビの裏の配線がごちゃごちゃしているところである。おそらくは小枝に見立てているであろう配線に止まり、ケーブルから別のケーブルへと移って落ち着いている。

 このまま保護を続けるか、自然界に戻すか悩んでいた。

 飛べるようになったとはいえ、右の羽の異常は治っていない。骨折していてそのままの形でまたつながったのだと思われる。
 その点を除けば、日に日に元気になり、エサを取り替えようとすると箱から飛び出していくのが日常的になった。

 家族会議(笑)を開き、いずれは自然に戻さなければならないし、どうせ戻すなら6月よりは5月の方がいいだろうとは考えた。
 体は十分に元気だし、保護を続けても、羽がこれ以上よくなる見込みもなさそうだ。

 それでも、自然界で生きていけるのか、放鳥することはすなわち死に追いやることになるのではないかと、かなり悩み続けていた。

 そんなある日、昼間みごとに囀った夜、入れていた箱から上手に脱走した。

 これほどたくましいならあるいは・・・と、自然界に戻す決心がついた。
(脱走しないための改善をものともせず、その後も2度ほど脱走した ^^)
 ___

 保護してから1か月と5日目、元いた場所近くの山林で、運搬用の小さな箱を開いた。

 しばらくして箱から飛び出し、一度地面に降りたときにはどうなることかと心配したが、ややあって飛び上がり、十メートルほど先の枝までみごとに飛翔した。
 さらに別の枝に飛び移り、その後は幹にとりついて、樹皮の間の虫を探す仕草をしている・・・

 自然の中では やっていけない可能性が高いかもしれないと思っていた。だが、これならあるいは、少なくとも秋が来るまでは、狭い箱の中ではなく、大きな自然の中で自由に飛び回ることができるのではないかと、一縷の望みが生まれた。

「まあまあの飛びっぷりだなあ」と少し安心した。
「戻ってきてほしくないね」とも思った。
 しかし、
「もう会いたくないね」とは、まったく考えなかった。

 できればその日のうちにでも、もう一度会いたいと願った。
 そして、来月か再来月、あるいはまた秋にでも、万一再会できれば、躍り上がって喜ぶだろうと思う。
 
 
 
※念のため
1.「ヒナは拾わないでください」。
2.成鳥であっても、飼養することは法律で禁止されています

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2018.05.13

LibreOffice でクラリスワークスのワープロ書類が開いた!

 表題の通りなのですが、LibreOffice(私が使ったのは6.0.4.2:無料)でクラリスワークス(ClarisWorks)の古いワープロ書類が開きます。

 これは久々の・・・という感じがするくらいの朗報でした。
(少なくとも数年くらい前からは常識のようですが、迂闊にも昨日まで知りませんでした。)

 クラリスワークス → アップルワークス → Pages, Numbers, Keynote ときて、どのバージョンだとどれが開くとか細かいことはいろいろありますが、要するに今のMacではほとんど開けなくなってしまっているのです。
 書類が開ける開けない以前に、AppleWorks ですら、今の Mac では動かすこともできません。それがとても不便で、たまに困ることもありました。

 仕事の関係で20年前の名簿を開きたかったときは、古い Mac のアップルワークスでクラリスワークスの書類を開いて保存し、それを改めて古い Pages で開いて保存してから今の Mac にコピーして、新しいPages で開く・・・という手順で、何とか復元して使えるようにしました。
 二度とこんな面倒なことをしないですむよう、Excel で保存し直したことは言うまでもありません。

 Apple はどうして、新しいソフトで過去の書類くらい開けるようにしないのでしょうか。
 こういう前科があるので、Pages や Numbers や Keynote は使う気になれません。

 ふつうには開けないファイルがかなりの数あるのですが、どうしても開きたいというような強い動機がなければ、わざわざ面倒な手順を踏んで保存し直したりしようという気はなかなか起きないものです。
 ただ、「古い Mac」だっていつまで使えるかわからないし、いざ、どうしても開かなければ とか 開きたい とかいう事態になったときには、苦労しても開けない・・・というようなことになりかねません。

 理想的には、古いファイルを一括でワードやエクセルのファイル(テキストファイルや CSV でもかまいません)に変換できるツールがあればいいのでしょうが、商業ベースに乗らないためか、なかなか見かけませんでした。
 以前一度見つけた記憶はあるのですが、かなり高価だったこともあり手を出しませんでした。

 今回たとえば、半ば諦めていた2000年の海外旅行のファイルを LibreOffice で直接開けることができ、当時泊まったホテルを懐かしく思い出したりしました。
 旅程表の方は、表計算書類で保存していたので読み出せませんでしたが、表形式は読み込めていて文字化けしている感じなので、工夫すれば何とかなるかもしれません(ちょっとやってみた限りではダメでした)。

 ともあれ、クラリスワークスの古いワープロ書類が直接最新のMacで開けられるというのは相当な朗報です。LibreOffice の開発に連絡して、表計算書類なども開けられるようにみんなで要望を出せば、実現してくださるかもしれません。

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2018.05.12

■松阪牛麺

 もうかれこれ10年以上(だと思っていた)、いつか行きたいと横目で見ていた「松阪牛麺」に、初めて行くことができた。

 先日、例によって「ランチをどうしよう」と考え、久しぶりに「中はら」でステーキ(といってもセットで1300円です)を食べることにし、駐めにくい駐車場にバッチリ駐めて店の前に行くと、シャッターが下りていた。
 以前も同じことがあって、その時はまさか閉めたのかと思ったのだが、連休に開けていたための代休であった。今回も道すがら、休んでるかもなあ・・・とちらっと考えたのだが、やはり悪い予感は当たるものである。

 仕方ない、またコンビニでおにぎりでも買おうかと思いつつ、そうだ、この際「松阪牛麺」だ!と思いあたり、とうとう行くことにした。

 これまで行けなかった最大の理由は、「もっとも近い駐車場でも800m先」という立地である。駐車料金を払い、往復20分歩いてラーメン1杯を食べるというのは、なかなかハードルが高く、そうこうするうちに10年以上経ってしまったのだ(と思っていた)

 「思っていた」がしつこいので、なぜそう書くか説明すると、ネット情報では、オープンしてからまだ9年弱らしいからだ。
 うーん、どう考えても20年近く前からありそうなのだが、近年、月日の感覚がおかしいので、私の方が間違っている可能性も高い。

Img_0886_copy ともあれ、見慣れた店舗に初めて入った。わりとよく通る道なのだ。

 まずカウンターだけであることに驚き、次に食券方式であることに驚いた。

 そして、全粒粉を使った麺と、鰹・鯖・昆布の出汁に驚いた。

 自然ないい出汁をひいていて素晴らしいと思うのだが、これならいっそ、手打ち蕎麦にでもした方がいいのではないかと思った。まあ、手打ちは大変だから、それでなくても安くはない(1080円)のがさらに高くなってしまうだろうけれど。
 麺には最初違和感があったが、食べているうちに慣れたので、おそらく数回食べればさらにおいしく感じるに違いない。とにかく出汁のきいたスープが素晴らしく、残さずに飲み干してしまった。
 ラーメンでこんなことをするのは初めてだと思ったが、いや、これはあくまでも「松阪牛麺」であって、ラーメンではないと考えたほうがいい。

Img_0881_copy ちょっと残念なのは、出てきたときの見た目より、牛肉の量が少ないことである。なんだか騙されたような気がするほど、最初の見た目と実際の肉の量が違うように感じる。まあ、松阪牛を使っているとのことなので、これくらいが精一杯なのかもしれない。
 物足りなければ「松阪牛麺 肉盛り」という手もあるにはある。だが、なんとラーメン一杯で1680円になってしまうので、おそらく生涯(笑)食べる機会はないだろう。

 駐車場さえあれば時々は行きたくなるお店であったが、さて、これからどうなるか。

 今調べてみると、「中はら」でさえ、今年に入ってから一度も行っていない。去年は4回行っているが、それでも3か月に1度だ。やはり1300円はランチとしてはちょっと高いからかもしれない。

 松阪牛麺も、駐車場があって900円なら、ちょくちょく通うような気がする。

 後記:そうそう、ちょっと時間が遅かったせいもあって、私が入ってから出るまでに、私を含めて客は計7人だったのだが、会話等から判断して、その全員がおそらく初めての来店であった。写真でおわかりの通り、店の表に行列ができるほどの人気店のはずなのだが、大量の一見客で回っている可能性もありそうだ。

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2018.05.04

■2018年GW東北旅行ツイート集

 恒例になりました、GW東北旅行ツイート集です。ご笑覧くだされば。

2018/4/28 18:46 滋賀・福井県境で、まだ八重桜が満開だった。
2018/4/29 6:56 明るすぎて6時半に起床。日の出が4時台(と言っても56分)であることに驚く@新潟県上越市名立
2018/4/29 7:28 雪をいただいた山々が見えた。
2018/4/29 9:30 標高たった100mの何でもない山里に、まだ雪が残っている@新潟県長岡市小国町
2018/4/29 9:38 日射しが強くて冷房を入れているというのに。
2018/4/29 10:12 山古志村は残雪多し。
2018/4/29 10:45 八重桜、枝垂れ桜が満開
2018/4/29 10:56 道の駅入広瀬。いつぞやは満開だったソメイヨシノがほぼ散り果て。
2018/4/29 11:01 去年は雪で通れなかった国道252号が今年は通れる。一昨日冬季閉鎖が解除されたばかりだという。
2018/4/29 12:11 福島県に入って只見駅前。写真は雪割街道展望台からの眺望
2018/4/29 17:19 福島に入ってからミニストップがやたらに多い。久しぶりにソフトクリームを食べた。
2018/4/29 20:39 宮城県に入ってパスタの夕食
2018/4/30 6:52 6時45分、どうでもいいような「役所からのお知らせ」放送で起こされる。7時まで寝たいというような「怠け者」は、この辺にはいないのだろうか?
2018/4/30 10:10 女川町牡鹿半島の八重桜は散り初め
2018/4/30 10:32 石巻・女川には何度も来てるのに、牡鹿半島・コバルトラインの素晴らしさを今日まで知らなかったなんて・・・
2018/4/30 11:36 山中のスカイラインは平和だったが、津々浦々はことごとく復興途上
2018/4/30 13:33 女川、相変わらず、駅前の賑わいと奥との落差が激しい。
2018/4/30 14:09 忘れてた! 石巻にこんなものがあるのをまったく知らなかった。
2018/4/30 14:33 雄勝で遅い昼食。女川で食べそびれて、かえってよかったかも。
2018/4/30 17:15 気仙沼市街旧中心部、去年まで残っていた鉄筋コンクリートの建物の残骸はなくなっていた。だが、まだ更地になっただけ。
2018/4/30 17:44 陸前高田旧市街地は、見渡す限りの更地になっている。
2018/5/1 6:01 ここ遠野でも、朝6時に大音量のチャイム。スピーカーのすぐ横には家もある。信じられない。
2018/5/1 6:21 売り物の苗を運んできたおじさんに聞くと、5時には起きるということだった。何という働き者。見習・・・えるわけがないか。
2018/5/1 8:41 うちでいま食べているお米を作ってくれている農場に立ち寄った。のどかな山あい。
2018/5/1 8:50 なんかオシャレな、別の農家
2018/5/1 9:57 まもなく栗駒山
2018/5/1 11:10 どれが栗駒山なのかわからないが、結局こういうのが好きなんだなぁと思う。
2018/5/1 13:15 通りたかった県道が、なんと6月8日まで通行止予定・・・
2018/5/1 13:18 ソメイヨシノ?がまだ満開
2018/5/1 17:02 尾花沢やら最上川やら
2018/5/1 17:03 サクランボやモモがなるという。
2018/5/1 19:14 八重桜の綺麗なサイトでテント泊
2018/5/1 20:01 テントですら、こんなに広く感じられるとは。
2018/5/1 20:02 フクロウが鳴いてるが、これは自宅と同じだからありがたくない・・・か。
2018/5/1 20:47 パジャマに着替えて寝られるだけでも贅沢な感じ ^^;
2018/5/2 8:07 急に思い立って蔵王に向かう。いちど行ったからといってこれまで行かなかったのだが、前に行ったのはもう10数年前だし、季節も全く違う。天気がもってくれればいいが。
2018/5/2 9:39 蔵王、栗駒よりはるかに残雪が少ない。
2018/5/2 9:40 まだ晴れている。
2018/5/2 9:43 標高が高くなるたびにエアマットがパンパンに膨らんで困る。抜けばいいのだが、また入れるのが面倒。現在、標高1600m。
2018/5/2 10:38 アマツバメがシュウゥゥゥッと音を立てて飛ぶ@蔵王御釜
2018/5/2 13:20 適当な昼食場所が見つからない@福島市内。幸楽苑だらけ@東北。
2018/5/2 13:32 結局、大規模蕎麦屋(兼なんでも屋、トンカツはおろかスパゲティまである)になる。
2018/5/2 13:43 そうそう、目をつけた二八蕎麦屋は並んでたのでパスした。残念。
2018/5/2 15:03 栗駒も蔵王も磐梯もフキノトウだらけ
2018/5/2 15:21 ホシガラス初見!
2018/5/2 15:33 満開どころか、蕾まじりの桜もちらほら
2018/5/2 15:41 標高825mのソメイヨシノ
2018/5/2 15:43 この桜は?@835m
2018/5/2 21:17 雨の中、交通量のない真っ暗な山岳国道をえんえんと走ってくると、つまらない文明にもほっとする。
2018/5/2 22:06 雨に濡れた国道上に無数のカエル。多くは死体のようだが、申し訳ないけれど とてもよけられるレベルではない・・・@魚沼
2018/5/2 22:55 車中泊は雨音がうるさいことを久しぶりに思い出した。
2018/5/3 8:30 朝5時前、日の出とともに走り出した。「働き者」の仲間入り?
2018/5/4 8:43 帰宅した翌朝、枯れてしまったと思っていたアボカドから若葉が生えてきているのに気付いた。

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2018.04.25

★やはり、魔の水曜日

 先週もランチの話だったが、再びごく短く。

 満を持して、以前から行きたかった蕎麦屋を始めて訪れた。場合によっては「毎月一回はココ」というくらいの定番になる期待があった。

 首尾よく車を駐め、少し歩く。
 ところが、ちゃんと調べて行ったのに、なんと「定休日変更」で水曜日は休みになっている・・・
 臨時休業なら今日だけの落胆ですむが、定休日を水曜にされたのでは手も足も出ない。

 以前もイタリアンでこんなことがあった。

 付近の飲食店を探すも適当なのはなく(おいしそうなイタリアンが一軒あったが、ランチは2200円だったのでもちろんパス)、結局、駐車場に戻るまでにあったファミリーマートでおにぎりとチキンを買う羽目になった。

 北摂の各飲食店の皆さま、水曜定休というのはぜひおやめください。
 あ、こっちが仕事のスケジュールを変えればいいのか。でももちろん、それは簡単ではない。

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2018.04.24

★許せぬ誤訳

 書き出すとキリがないし面倒くさいので書くまいと思いながらも、再び誤訳の話を・・・
 まあ、前に初めて書いてから半年以上経ってるし、お許しくだされば(って誰に言ってるんだろう?)。

 「NCIS ~ネイビー犯罪捜査班」というドラマを見ている。
 NCISというのは、Naval Criminal Investigative Service の頭字語で、アメリカ海軍や海兵隊にかかわる刑事事件を捜査する実在の機関がモデルとなっている。

 捜査に参画するのは「連邦捜査官(Federal Agent)」で、これは FBI(Federal Bureau of Investigation)と同じ呼称だ。

 ところが、見ていると次のような字幕が出た。

 「うちは民間人による機関だ。中将の階級もここでは重みを持たない。」

 NCISが「民間人による機関」??? なんじゃそれは。どう考えてもありえない。

 巻き戻して台詞を聞くと、次のようなものであった。

Do I need to remind you why we're a civilian-run agency? With all due respect, Admiral, those stars on your shoulders don't carry much weight in this building.

 不自然ではない程度に直訳すれば「どうして我々が文民の運営する機関なのか思い出していただく必要がありますか(ないでしょう)。失礼ですが提督、肩の上の星(階級章)はこの建物の中ではそれほどの重みを持ちません」とでもなるだろうか。

 これをごく短く的確に訳さなければならない事情には同情を禁じ得ない。だから、全体として上記のような訳になるのは仕方がない。

 だが、"civilian" を「民間人」と訳したのはひどすぎる。この一点だけで、「この訳者は何もわかっていないのではないか」との思いがよぎり、落ち着いてドラマを見られなくなってしまう。英語だけ聞いてぜんぶわかるのなら字幕はすべて無視すればいいのだが、なかなかそうもいかない。

 この訳にはほとんど腹が立った。
 これはケアレスミスではない。プロの翻訳家として、語学力と常識/知識の両方が欠如していなければ起こりえない、あまりにもひどい訳である。

 そもそも、NCISは純然たる連邦捜査機関であり、連邦捜査官が「民間人」であるはずがない。この訳者だって、しょっちゅう、"Federal Agent" を「連邦捜査官」と訳しているのだ。彼らが現場に踏み込むときのジャンパーの背中にも仰々しく "Federal Agent" と書いてある。

 その彼らを「民間人」だと訳すというのは、「民間人」の意味がわかっていないからなのだろうか。わかっているとすれば、civilian のいくつかの訳語から、どうしてわざわざ、もっともこの文脈にふさわしくない「民間人」という語を選択したのか。また、「シビリアンコントロール(=文民統制)」というような言葉を聞いたことがないのだろうか。

 辞書を引けば(というか翻訳者なら引かなくても)すぐわかるとおり、この civilian は「(軍人ではない)文民」を指している。窮屈な字幕の制約の下でも、「うちは文民による機関だ。中将の階級もここでは重みを持たない。」と訳せば、むしろ1文字減るのである(「文民の運営する機関だ」と訳しても1文字の増加ですむ)

 これほど無知な人がプロとしてアメリカ軍隊ドラマの商業翻訳をしているという事実には、ほとんど愕然とする。
 ___

 調べてみると、当の訳者によるエッセイが見つかった。そこには、

今でこそ軍隊にまつわるドラマを何年も担当していますが、当初はアメリカ海軍と海兵隊の違いすらチンプンカンプン。しかし、必要であればやるしかない。「できます!」と手を上げて仕事を請けたのちに片っ端から資料や辞書を集め、軍事に詳しい友人の知恵を借りて泣きながら訳すことも。幸い、その後も継続的に仕事をいただけたので、最初の関門は突破できたのでしょう。
とあった(2017年2月)。

 訳者は2004年にフリーランスの翻訳者になっているが、「民間人」誤訳は2010年以降のことなので「当初」ではない。「関門は突破」して「継続的に仕事」をした結果がまだこれだとすれば、この業界の翻訳の質の低さに、「ああ、やっぱり」と嘆息するばかりである。

 そもそも「アメリカ海軍と海兵隊の違いすら」わからないのに軍隊ドラマをプロとして翻訳するなど、視聴者に対する裏切り行為である。ほとんどの人は、吹き替えや字幕(だけ)を頼りに映画やドラマを見ているのだ。

 今回は録画を見ていたので確認できたが、映画やテレビを見ていたのではそれさえできず、違和感を抱えながら観賞せざるを得ない。
 さらには、話がサスペンス/ミステリなので、何か引っかかる訳があると、それがヒントなのかとか伏線なのかとか頭を悩ませてしまうことにもなる(今回は当てはまらないけれど)

 この業界の翻訳の質が向上することを願ってやまない。

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2018.04.18

★微妙なイタリアン

 このブログのプロフィールにも書いてあるとおり、安くておいしいランチを常に探している。

 それがますます困難になってきた。

 もうかれこれ20年以上、私の狭い行動範囲で探し続けていると、なかなか新しい発見というのも難しい。
 外食物価も上がり、もはや1000円以内でまともなランチを求めるのも至難の業となってきた。
 また、これは元からなのだが、無料の駐車場のある場所でないと「安いランチ」にならないので、選択の範囲が狭くなる。
 そして、せっかく行きつけになっても、値段が上がったり移転したり閉店したりと、なかなかうまくいかない。
 最後に、もっとも外で食べる機会の多い水曜日を定休日にしている店が実に多い。

 そんな中、たぶんもう半年以上も前から行きたかったイタリアンに初めて行くことができた。
 なかなか行けなかったのは駐車場に不安があったからだが、案ずるより産むが易し、行ってみれば簡単に何とかなってしまった。

 これは行きつけになるかも、と期待に胸を膨らませて扉を開ける。
 その扉をはじめ、店内にもなんだか見覚えがあると思ったら、かつて行ったことのある割烹が出た後に、居抜きで入った店らしい。

 午後1時は過ぎていたが人気店(のはずだ)、かなりの混雑を予想していたのに客は2名で、「あれ?」と思った。
 こころなしか、奥様と思われる女性の愛想もよくない。

 ランチのパスタは常時20種類から選べるという話だったのだが、メニューには2種類しかない。どちらもそれほど好みではなかったので、別の単品を食べることにした。
 そうこうするうち、ぽつぽつと客も入り、13時半のラストオーダーまでに5名増えた。

 夫君と思われるシェフも無表情だ。ネットにあった、「夫婦はいい感じで愛想もいい」というような評判はなんなのだろう?

 ・・・と考えるうち、「あ、これは」と既視感がよぎった。

 夫婦喧嘩をしているのだ!

 いや、既視感はうちの夫婦のことではない。食べ物屋の夫婦が喧嘩してこんな雰囲気になっていたのを、かつて経験したのである。
 もちろん、今日のイタリアン夫婦が喧嘩しているというのは単なる憶測に過ぎないけれど。

 まあそれでもこちらは客なので、支払いの時には「ありがとうございました」と言ってくれるし、奥様にもちらっと笑顔が見えたような気はした。
 ___

 今日の単品は1000円以下だったが、パスタランチは飲み物やデザートなしで1280円だし、今日の雰囲気や料理やその他もろもろを考慮すると、再訪はないかなあ・・・と思いながら店を出た。
 わりとまとまりのない長い髪で料理しているのにも、ちょっと違和感があった。

 店を出て店舗前の黒板を見ると、ランチのパスタは常時20種類から選べるとはっきり書いてあった。
 店内のメニューと黒板では、かなり探したが見つけられなかったのに。

 いろいろ微妙なイタリアンだったが、パスタが選べるならもう一度行ってみてもいいかなと思う。

 今度は夫婦仲良くしているところで気持ちよく食事したい ^^;

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2018.04.15

★三たび美山へ

 特に予定のない土曜日、私としては珍しく朝早く?起きだしてしまったので、どこかへ出かけたくなった。
 幸い、まだ天気もしばらくは持ちそうだ。

 滅多にないことに、家人も同行できるというので、桜を求めて京北・美山に行くことにした。

 とはいえ、私は今春3度目になる。何か目標があったほうがいいと考え、昨初冬に見送った日本一背の高い木、美山の三本杉を見に行くことにした。

 家人は「おいしいものを食べるのだけが楽しみ」と薄情なことを言うのだが、京北にそんなものがそうそうあるわけもない。
 いつぞやのフレンチの線も考えたが、予約が必要なことと高すぎるのとで却下、「蕎麦美庵 物味遊山」を目指すことにする。ここは、1500円または1800円で、前菜・サラダ・メイン付きの十割蕎麦を食べることができる。

Img_0186_copy ちょうどお昼ごろに着いて昼食をすませ(満足感高し)、ウッディ京北でたまたま見かけた「田中店(たなかみせ)」の食パン(山食)を買い(おいしかった!)、黒田の百年桜を横目に見ながら、一路 美山の三本杉を目指す。大悲山峰定寺の駐車場に車を駐め、林道を歩くこと30分で目的の場所に着いた。

 その辺の木もほとんどが杉で、それなりに大木と言えるようなものも散見されるのだが、所詮は植林、三本杉の迫力はまったく別物である。「がっかり名所」を覚悟していた身には、十分すぎる巨木だった。
(高さが日本一だというんだから、そりゃそうですよね・・・)

 車に戻るまで雨が降らなかったのも僥倖である。

030a8824_copy 帰りは、ちょうど満開の黒田の百年桜を傘をさして観賞する。前回は、まだちらほら咲いているだけだった。
 ___

 3度来ても、京北はその度に満開の桜で迎えてくれる。まずはソメイヨシノ、次に枝垂れ桜、さらには百年桜というように。

Img_0189_copy いや、そう単純ではなく、いろんな種類の桜やら桃?やらハナズオウやらがそこここで競うように咲き誇っている。

 私の車で、バイクで、そして家人の車でも、もはや走り飽きた道なのだが、それでもやはり、京北の春は格別だ。

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2018.04.10

★気付かれぬ気遣い

 しばしば昼食を食べる寿司屋で、久しぶりに食事した。

 桜鯛が殊のほか素晴らしかった以外は、おいしいには違いないけれども、まあいつものお寿司である。

 寿司が終わって赤だしが出てきたので、蓋を取って横に置き、立ち上がる湯気で目を愉しませ、軽く香りを吸い込んでから、すぐに口に運ぶ。
 書くとそうなってしまうが、ほとんど何も意識していない一連の動作だ。

 だが、ひと口飲んだ瞬間、なぜか、いつもは気付かぬことに気付いた。

 もしこの赤だしが熱すぎたらどうなるのか。火傷しないまでも、あちち・・・となるはずである。
 なのに、なんの躊躇いもなく、ふーふーしたりすることもなく、そのまますぐに口に運ぶことが習慣になってしまっている。

 では、赤だしは冷めているのか。いやむしろ、熱いくらいだ。しかし、絶妙なバランスで決して熱すぎない。それが毎回同じなのである。

 そのことに初めて気づいた。
 ___

 この店の茶碗蒸しの蓋が常温であることには以前から気がついていた。
 別の店の茶碗蒸しは、おしぼりを鍋つかみ代わりに使わなければならないほど熱い。
 この店ではおそらく、蒸し上げてから蓋だけ取り替えているのだろうとは、以前から想像していた。客が構えずに蓋を外せるように。

 赤だしは、毎回必ず適温で供される。いつもより熱いとかぬるいとか思ったことは一度もない。それはどのくらいの精度なのだろう?

 家でカフェオレを入れるときは、作ってからレンジで暖めることが多いのだが、仕上がり温度が60℃と65℃とではまったく異なる。たぶん、63℃くらいの設定ができれば一番いいと思うのだが、60℃ではぬるすぎ、65℃では熱すぎるのだ。
 とすれば、あの赤だしの温度は、客の前に出されてすぐに蓋が開けられた時点で、(たとえば)63℃±1℃くらいなのではないかと推察する。
 そのくらいになるように、毎回計算されて(というか気遣われて)供されるのだ。

 その気遣いが当たり前すぎて、今日まで気付いていなかったのである。
 ___

 だしを引いたのが誰だかは知らないが、実際に運んでくるのは必ず、この道10年未満と思しき20代の若手である。まだまったく、寿司など握らせてもらえない。
 あとの2人はずっと握っているので、赤だしは若手に任されている。

 「何にもでけへん」「言うてもわからへん」とよく言われている男である。その人が出してくる赤だしの温度に、まったくブレがないとは。

 まあ、もしかしたら、適温に保つ湯煎の機械にかけていて、そこからお玉ですくえば自動的にあの温度になるのかもしれない。
 だがおそらく、それほど簡単なことでもあるまいと思う。
 ___

 相手に気付かれないほどの気遣いが本物の気遣いである。
 私が鈍感だっただけかもしれないが、あっぱれと言うほかない。

 省みてわが身、他人に対してどれだけの「気付かれぬ気遣い」をしているか。

 少なくとも家人には、「あれもしてあげたこれもしてあげたアピール」を欠かさないけれど。

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