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2004.12.31

★大晦日も仕事

 家庭生活と仕事と趣味の境界が不分明だ。食卓に座って食事しながら、椅子を90度回転させればそのままパソコンを叩いて仕事ができる。あまり頭を使わない仕事で家族の邪魔にもならないときは、パソコンのモニタとテレビ画面を交互に見ながら、ということもある。そして、趣味でパソコンを触るとき(たとえば今だ)も、テレビから紅白歌合戦の「涙そうそう」が流れていたりする。

 ともあれ、自宅を離れない限り、仕事からは逃げられない。因果な商売だ。今日は結局、昼間はずっと仕事をすることになった。大晦日だというのに。

 まあ、「怠け者の節句働き」というのはこういうことを言うのだろう。もうちょっと普段からやっておけばよかったよな。わかってるんだけどダメなんだから仕方がない。

 せめて正月三が日は仕事をしないことに決めて実行しよう。まあ、なんとかなるでしょ。

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★初雪・・・

 みぞれ交じりの雨が、さきほどから本格的な雪になりました。大きな牡丹雪で積もりそうにはありませんが・・・ 今、午前11時です。

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★来ない魚信を待ちながら

 「釣り糸を垂れて、来ない魚信を待つ経験は、十数年ぶりだ」と何気なく書いたら、「来ない魚信」というフレーズが気に入ってしまった。ありきたりだし、使い古された表現だとは思う一方、なんだか『遠い太鼓』(村上春樹)と似ているような気もして(どこが?)愛着がわいた。

 それで思い出したが、来ない魚信を待つ経験は十数年ぶりではなかった。3年ほど前、イギリスのコッツウォルズ地方に行ったとき、バイブリーという村で釣り糸を垂れたことがあった。
 売っているエサを池に撒くと、川に落ちた不運な水牛に群がるピラニアのようにマスが集まってくる。もの凄い数が水しぶきをあげてエサを奪い合うのだ。

 これなら釣れるかもしれない。いや、絶対に釣れるだろう。だが、「釣った魚はすべてここで食べるか持ち帰ること」という規定におののいた。旅行中のこととて、持って帰れるわけがない。食べると言っても食事は終わったばかりだし・・・ と、だいぶ悩んだ末、息子があまりにせがむので、ままよ、と釣りを始めたのだ。

 だが、もちろん、いらぬ心配だった。まっっったく釣れないのだ。アタリすらない。泳ぎ回るマスが魚影も濃くそこらじゅうに見えるのに、である。周りの人もぜんぜん釣れていない。かなり経ってから近くの人が一匹釣ったのがすべてだったと思う。
 そう、おそらく、エサを撒く池と釣りをする池はつながっておらず、後者にいるマスは、あらかじめたっぷりとエサを与えられているのだろう。満腹の魚を釣るすべはない。
 のんびりしたイギリスの田舎にも、資本主義の厳しさは当然のごとく息づいているのだ。

            ・・・・・

 さきほど、今年最後の日になった。特に変わったことのない平凡な年だったが(平凡すぎるぐらいだ)、このブログがちょうど1年続いたことになる。思えば、ここに何かを書く日々は、来ない魚信を待つような日々であった。
 いやもちろん、どなたをも釣ろうなどとは思っていない。そうではなくて、「おれはこんなところで何をやってるんだろう」というあの感じが似ているのだ。
 決して不幸なのではない。が、楽しいと言えば楽しいし、空しいと言えば空しいあの感じ。反応に期待はするが、反応がなくて当然だよな、というあの感じ。うまく説明はできないけれど。

 何人かのありがたい読者を除けば、だれに読まれているかすらわからない。が、何の反応もいただけなくても、読んでいただいている場合も多いのだろうと、自分を慰めるしかない。にぎわっているブログを見ると羨ましいが、ないものを追い求めるのはやめて、今あるものを大切にしよう・・・ いや、十何年も前から、そう思ってはいるんですけどね(笑)

 ともあれ、今年も終わる。特に楽しいこともないけれど。
 あ、せっかく北部は雪だというのに、スタッドレスに替えそびれたぞ。

 もう一回ぐらい今年最後のご挨拶をするかもしれませんが、とりあえずは、皆様、よいお年を。

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2004.12.30

★タコ釣りで有名・・・

 先日われわれが釣りをした場所は、なんと、「タコ釣りで有名」な場所だそうです。そんなことも知らないで釣りに行くとは・・・ どうりでカレイを釣るつもりでもタコが釣れるはずだ。
(↓に釣ったタコの写真追加しました。おいしゅうございました。)

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2004.12.29

★久しぶりの釣り

 海沿いの地方都市?で育ったので、子どものころはときどき釣りに行った。だが、それもピークは小学校のころで、中学になって以降、釣りに行った記憶はほとんどない。
 オトナになってからは、最初の勤務先で2〜3回行ったきりだ。あ、去年だかに、ひょんなことから船釣りのお供を1度だけしたが、すぐ酔ってしまって釣りにならなかった。

 というわけで、釣り糸を垂れて、来ない魚信を待つ経験は、十数年ぶりだ。修学旅行で釣りをして、ほとんど誰も釣れなかったのに、一番最初に魚を釣り上げた(といってもクサフグ)という息子が、どうしても行きたいとせがむので、仕方なくでかけた。

 とんでもなく寒いだろうというのはわかっていたので、6枚も着重ねた。本当なら明け方には釣りを始めていなければならないのだが、実際には9時半。寒さと眠気には勝てない。

 予想通り、まったく釣れない。アタリすら一度もない。

 諦めて帰ろうかと思ったころ、息子がやけに重そうにリールを巻き始めた。情けない奴だ、もっと速く巻けよ、とか思っていると、海面に何やら黒い藻のようなものが見えた。アタリはあったのかと聞くと、なかったという。海草でもひっかけたのかと思っていたらなんとタコだった。

 子どもは大喜び。私も何だかうれしくなってきた。たかが小さなタコ一匹、釣れるか釣れないかで幸福度が断然違う。まったくのボウズだとしたら、何のために寒い冬の日、こんな所まで来てじっと竿を握っていなければならないのか。

 後で思い当たったのだが、実はタコなら何度か釣れていたのだ。アタリがなかったので釣れているとは思っていなかったが、重いリールをぐんぐん巻いていると、急に軽くなることが何度かあった。あれは、釣針に引っかかったタコが、引っ張られる勢いに負けて外れたに違いない。息子がのたのたと巻いたのが幸いして、釣り上げることができたのだ。

 思えば、すぐ近くでエサなしのタコ釣り(タコ引っ掛け)の仕掛けを使ったおじさんがタコを一匹釣った時点で気づくべきだった。うーむ、無念・・・

 あそこには、海底をズリズリと鉤針で引きずれば時折引っかかるほど、タコがゴロゴロしているに違いない。あれだけの状況が揃っていながらそれに思い至らないなんて。
 経験不足では思考力が働かないことを思い知った(大げさだな)。

 機会があれば、正月にでもタコ釣りに出かけようと思う。キスやカレイを狙うからいけないのだ。タコ釣りなら、あの気持ち悪いエサを釣針に通す苦労もない。寒いのだけが気にかかるが。

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2004.12.25

★Happy Holidays !

 Merry Christmas と書きながら、キリスト教徒でもないのに、とか考えていなかったわけではない。だが、クリスマスはもう、立派な日本文化になっている。お正月とならぶ、国民最大のイベントといっても過言ではないだろう。スーパーのレジの女性までがサンタ帽をかぶっていたりするのだ。

 日本だけではない。たとえば、基本的に仏教徒の国であるミャンマーでも、日本と同じようなミャンマーナイズ?されたクリスマスを盛大にお祝いしているという。
 This is a great Christmas present, thank you. と言ったのは、その2時間前に「われわれにとってクリスマスは nothing だ」と言った、イスラム教徒のエジプト人だった。

 これに先立つ12月21日、「アメリカでは、Happy Holidays! とあいさつするのが一般的です」という記事を、『朝日小学生新聞』で読んだときは、「まさか」と思った。Happy Holidays と言わないとは思わないが、まさかそれが「一般的」ということはないだろうと考えたのだ。

 と思っていると、今日25日、「消える? 『メリークリスマス』」と題する記事が朝日に載った。要は、Political Correctness のために、数年前から Happy Holidays が目立ってきたという趣旨だ。いまや、「店内に」「「クリスマス」の文字が一切見あたらない」デパートまであるという。

 驚いたのは、20日に今年最後の記者会見をしたブッシュ大統領までが、「ハッピーホリデーズ」で締めくくったと書かれていたことだ。いうまでもなく、宗教右派の支持がなければ当選は考えられなかったあのブッシュが、である。

 当のキリスト教右派の中にはもちろん、これら一連の言い換え?に「「クリスマスに対する差別だ」と反発する動きも出ている」という。

 もちろん、アメリカにおける Merry Christmas ! と、日本のメリークリスマスとは、その意味合いがぜんぜん違うと思う。だが、数年後、アメリカで消えた表現が日本でさかんに使われているとすれば(前者は疑わしいが後者は確実だろう)おもしろい皮肉だ。

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★最後のクリスマス

 来春中学生になる息子がまだサンタクロースを信じている。

 親に似ず?ほんとうに純粋無垢で善良な子どもだ。だが、いかに幼いとはいえ、この情報化社会。サンタが架空の存在だという話が目や耳に入るのをさえぎる手だてはない。

 去年までは確実に信じていたと思うのだが、今年はさすがに疑いが兆しているようだ。「信じているフリをしていたほうがトク」という打算もどこかに働いていないとは言えない(どこが無垢だよ)。

 いや、そんなこんなを差し引いても、まだ「ほとんど」信じていることに疑いを差し挟む余地はない。でなければ、クリスマスイブの今夜になってから欲しい品を決めて、サンタに真剣に頼んでいる姿の説明がつかない。
 今ごろ決められても買いに行けないって。だいたい、手に入るのか? 品薄だし。

 よしわかった。何とかしようじゃないか。息子よ、君の親はすれっからしだから、無垢な君を手玉に取ることぐらい、わけはないのだ。

 もうまもなくクリスマスイブも終わる。さすがの君も「中学生になったらもうサンタさんは何もくれへんかもしれへんなあ」と言っている。そう、おそらくこれが、サンタからの最後のプレゼントになるだろう。

 やれやれ、サンタを待ってるんだったら早く寝てくれよ。こっちがいつまで経っても寝られないじゃないか。

  Merry Christmas to my son, merry Christmas to you all...

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2004.12.21

★iMac G5 と USB 2.0

 アメリカ映画を見ていると、主人公の使っているパソコンのほとんどが、Apple Computer の Macintosh である。いつになくたくさんの映画を見続けていて、その圧倒的シェアの高さを再認識した。もう、誰も彼もがマックを使っているのだ。たまに Windows を使っているのは悪役だったりする(笑)。

 もちろん、現実世界のシェアがまったく逆であることは周知の通り。なのになぜ、ハリウッド映画の主人公たちに(いや、脇役たちにも)マックを使わせるのか。やはり、マックに「エレガント」だの「スマート」だの「クール」だのというイメージがあるからだろう(違うのかな)。

 iMac G5 を使っている。20インチ液晶だ。速い、キレイ、すばらしい。とりわけ、デザインが美しい。G4 Cube、PowerBook G4、現行 iBook と並ぶセンスの良さだ。
 残念ながら、仕事にしか使っておらず、まだ映画を見たことがない。It's a shame ですね。

 欠点はやはり、画面の高さ。液晶の下端まで、机の表面から20センチもある。これはかなり致命的だ。以前も書いたが、机を下げる以外の解決法は思いつかない。あ、椅子を上げてみるか(笑)

 それはそれとして、もっとも驚いたのが USB 2.0 の速さであるのは情けない。アップルはこの規格の搭載では後れを取っていたから、そのありがたみを今まで知らなかった。手持ちのHDDで大量のファイルをコピーすると、なんと Firewire(IEEE 1394)より速いではないか。まるで魔法だ。これって常識なんですか!? そんなことも知らなかったよ。

 Windowsな人々はこの恩恵をもっと早くから受けていたのかと思・・・っても、やっぱり羨ましくない。Windowsをメインマシンにするぐらいなら、いっそのことパソコン触るのをやめてしまいたいとまで(ちらっと)思う私は、やはりマック信者なのでしょうか?

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2004.12.17

★最後の砦

 こういうニュースを聞くと、心底ほっとする。この国の司法は、まだかろうじて機能しているのだ。

 防衛庁の官舎の集合ポストにビラを入れただけで、逮捕・勾留・起訴された人たちに、無罪判決が出た。もちろん、これで有罪になるなら、マンションの集合ポストにビラを入れている何万人?もの人も一緒に罰しなければならない。それで初めて「法の下の平等」がかろうじて担保される。

 当然の判決とはいえ、起訴されれば有罪決定も同然(99%以上が有罪)である日本の司法制度においては、画期的といえば画期的だ。形式的にはもちろん有罪にすることができないわけではないのだから。
 裁判官には率直に敬意を表したい。まだまだ、人々の最後の砦となってくれる場合もあるのだ。

 いうまでもなく、この「事件」は最初の最初から何重にも間違っていた。逮捕するべきでもなかったし、勾留すべきでもなかったし、起訴するべきでもなかった。そのいずれの段階でも正義が機能しなかったことには、暗澹たる気持ちになる。

 無罪判決が出たとはいえ、被告たちは不当な取り調べの中で暴言を浴びせられるなどの屈辱的扱いを受け、なんと、75日間にもわたって勾留されている。実質的に、実刑判決を受けて2か月以上刑務所に入っていたのと大差ないのだ。
 警察も最悪だが、起訴した検察も最悪だ。不起訴にすれば検察への信頼を保つこともできたのに、自らその機会を葬ってしまった。この上控訴などして恥の上塗りをしないことを祈るばかりだ。

 警察にも検察にも、おそらくはまともな人はいるのだろう。いや、ほとんどがまともな人たちだと信じたい。しかし、その人たちの苦労や努力は、こういったばかげた、笑い話のような、それでいて戦前の特高警察を思い出させる異常きわまりない弾圧によって、粉々にされてしまうのだ。
 警察や検察こそ、自分たちの日々の仕事を台無しにする「同僚」に抗議や怒りの声をあげるべきだろう。

 被告たちを危険な事件に関与する過激派集団などと関連づけようとした検察の見方も判決によって否定されている。もちろん、仮に「過激派」であっても、ビラを入れた「だけ」で逮捕・勾留・起訴まですることに賛成できるわけではないが・・・

 ・・・あ、以前にも書きましたが、私は、生涯を通じて過激派とはまったく無縁だし、あらゆる政党のメンバーであったこともないし、どんな宗教にも加入したことはないので、どうか目の敵にしないでください。おねげぇーしますだ、お代官様、警察様、検察様・・・

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2004.12.14

★偉大なる喪失

 見るのはほとんどアメリカ映画になってしまっている。90%は超えているだろう。まあ、好きでそうなっているんだから、別に文句はない。アメリカ文化に洗脳されることに抵抗がないではないが、「ハリウッド映画をバカにしないと知性的ではない」というような一部勢力?には与したくない。どっちにしても、知性的ではないんだけど。

 そんなことが言いたいんではなかった。いつになく、(私にしては)多くの映画を見て、「シンボルの喪失」ということが少しわかった気がした。

 見た映画のいくつかでニューヨークが舞台になっている。そうでなくても、ニューヨークが関係する場面が出てきたりする。そこでは多く、舞台がニューヨークであることを一目で観客にわからせるショットが挿入される(いかにもハリウッド的ですね)。
 いうまでもなく、そのショットに2種類あるのだ。世界貿易センターのツインビルが写っているショットと、そうではないショット。前者は20世紀の映画で、後者は21世紀の映画である。

 21世紀の映画には、アングルの関係でツインビルが写っていないのではない。まるで、その喪失を強調するかのように、あるべき場所にビルがないショットが多用されている。まるで、その角度から写さなければニューヨークであることを表すことができないかのように。
 これは、映画制作者が鎮魂のために意図的に行っていることなのだろうか。それとも、コンベンショナルなニューヨークショットを惰性で挿入し続けているだけなのか。仮に後者だとしても、そのことに気づかないハリウッド関係者はいないわけだから、少なくとも意識にはのぼっているはずだ。

 21世紀に入ったその年に、世界はどこかの角を曲がり、その後あちこちで多くの人命が失われ、その何倍ものけが人が出た。あれから3年以上経った今でも、死者は増え続けるばかりだ。

 ニューヨークが喪失したシンボルは、ニューヨークとそこにいた人たちの悲劇だけを表しているのではなく、アフガニスタンやイラクやイタリアやポーランドや韓国や日本やその他その他・・・、そしてアメリカそのものの悲劇をも象徴しているように見える。

 この「偉大なる喪失」を撮り続けるハリウッド関係者にも、同じように見えているのだろうか。あるいは、多くのアメリカ国民やその代表者にも・・・

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2004.12.12

★「隣煙車」

 ぽた郎さんのところで、新幹線の「禁」煙車における煙害が話題になっていた。折りも折り、禁煙車の粉塵濃度調査に関する記事が新聞に載っていた(朝日2004.12.11夕)。でもこれ、「東京新聞」からは1か月遅れなのね・・・

 朝日の記事によると、満席の喫煙車内でのタバコの浮遊粉塵濃度は、1立方メートルあたり平均で0.79ミリグラム。それに隣り合う禁煙車では0.18mg。そして、隣り合っていない禁煙車では0.03mgだったという。

 ちゃんとした?禁煙車を基準にすると、喫煙車で26倍、「隣」煙車でも6倍にもなる。頭が痛くなるはずだ。

 厚生労働省の基準値(何の「基準」なのかわかりませんが、とっても緩い基準でしょうね)が0.15mgなので、隣煙車では、平均でもそれを超えているという。

 調査者の一人、東大医学系研究科研究生の中田ゆりさんは「喫煙者に隣り合う禁煙車は『隣煙車」などの表示に改め、子どもや妊婦に受動喫煙の危険を知らせるべきではないか」と述べているそうだ。

 「隣煙車」、いいですね。微力ながらその言葉を広げるのに、一役買わせていただきます。

 何度も言うようですが、実際に頭が痛くなるのです。そして、飲食物がものすごくまずくなる。個人的には、健康被害を言うよりも、そちらを強調する方がいいと思うのですが。

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2004.12.09

★映画三昧

 この1週間で6本も映画を見てしまった。もしかすると新記録かもしれない。まあ、そのスジの人たちと比べれば、見たうちに入らないけれど。どれもDVDだし。

 発見が二つあった。
 一つは、あまりパッとしない(失礼!)映画の味がわかるような気がしてきたこと。少しは成長してきたとしたら、年を取るのも悪くない。
 もう一つは、一流の俳優が出ているつい最近の映画にすら、聞いたこともないものがあるのを発見したこと。

 記念に、見た映画を列挙しておく。どれもおすすめです(笑)

・ジャッカルの日 The Day of the Jackal 1973 U.K., France エドワード・フォックス
・ジャスティス ...and Justice for All 1979 U.S.A. アル・パチーノ
・スライディングドア Sliding Doors 1997 U.S.A. グウィネス・パルトロウ
・沈黙のジェラシー Hush 1998 U.S.A. グウィネス・パルトロウ
・沈黙の行方 The Unsaid 2001 Canada, U.S.A. アンディ・ガルシア
・ストーカー One Hour Photo 2002 U.S.A. ロビン・ウィリアムズ

 それにしても、邦題・・・

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2004.12.08

★アメリカの良心

 狂牛病(BSE)対策のためには、全頭検査をした方がよい。

 そうは思っているものの、素人の浅はかさ、何の根拠もない。「安心したい」というわがままな欲望があるのみだ。いや、真面目に言えば、食品の安全性や人々の健康より金儲けを優先する、各国政府や企業が信用できないからだ。

 とはいえ、いかんせん素人なので、そういう金儲け中心主義の人たちからいろいろ言われると弱気になる。いわゆる「専門家」を登場させてこちらを折伏!?しようとするのだから始末が悪い。
 何せ、彼らは金がかかっているのだ。真剣である。こちらは、しょせん、何か起こるまでは半ば人ごとだから弱い。

 こういうときに、良心的なほんものの専門家の存在は本当にありがたい。ノーベル賞を受賞した人がみんな立派な人だとはもちろん限らないが、↓この受賞者↓は、少なくとも、御用学者ではないに違いない。

 狂牛病(BSE)などの原因とされる異常プリオンの発見者で、1997年にノーベル医学・生理学賞を受けたカリフォルニア大のスタンリー・プルシナー教授が、「何カ月以下は異常プリオンがないとはいえない。検査対象を月齢で区切ることには合理的な説明がつかない」ので、「合理的な検査方法は全頭検査だと思う。消費者は全頭検査を主張すべきだ」と呼びかけたという(asahi.comより要約)。

 アメリカの食肉業界の圧力に負けて全頭検査をやめ、月齢で区切った若い牛を検査をせずに輸入再開しようとしている日本政府への、当のアメリカの良心からの痛烈な皮肉に聞こえる。

 なにしろ、異常プリオンの発見者でノーベル賞受賞者が言っているんだから、これほどの専門家はいない。われわれ消費者は安心して、

 これからも全頭検査を! と訴えてよいのだ。

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★誤字・・・

 筆文字も印刷してあるんですけどね。幸い、印刷サンプルに同じ間違いはありませんでした(ヒマだな・・・)。

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2004.12.06

★駐車違反

 駐めてある車に、駐車違反を取り締まるための印をつけて歩いている警官を見た。駐車場がたくさんあるのに迷惑な駐車をする車が後を絶たない場所だから、どんどん取り締まってほしい。できれば、不公平にならないことを望むばかりだ。

 ・・・と思っていたら、なんと、郵政公社の赤い軽自動車にまでチョークの印が付いているのを見て驚いた。いや、平等だから別に異存はありません、はい。それに、「こんなところに駐めるなよ」という感じの場所だったし。

 でも、あの手の配達の車は、どうしても車を離れて荷物を持っていかなければならないことも多いだろうし、だからといって駐車場に入れるなどは論外に違いない。まして、先日まで郵政省の国家事業を担っていた車両である。なんだか少し同情してしまった。

 まあ、実際にステッカーを貼られる前におそらくは帰ってこられるから、実害はないのだろう。配達先でトラブルか何かがあって、戻ってきたらステッカー、ということになると、泣くに泣けないだろうなあ。たぶん、ドライバー自身の責任で反則金を払わざるをえないに違いない。

 昔(今もあるのかな)、1時間までは無料とかいう公営駐車場を時折見かけた。1時間はともかく、時間貸しの駐車場は最初の30分を無料にすることなどを法律で義務づけたりはできないのだろうか(控えめに言っても困難なのはわかるけれど)。
 いたちごっこの取り締まりを続けても、駐車問題の解決にはならない。

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2004.12.05

★今ごろそんなこと・・・

 頭が悪いから仕方がないのかもしれないけれど、どこかの国の馬鹿な首相が、わざわざ近隣諸国の逆鱗に触れるパフォーマンスを公約して、それをほぼ実行している。他の公約はほとんど反故にされているのに・・・
 そのおかげで、山積している問題が一向に解決に向かわず、こじれていくばかりである。

 私のようなナイーブな(愚かな、という意味です)者にすら、これが政治手法としてきわめて拙劣であることは容易に理解できる。せっかく海外へ行くのなら、ヨーロッパの手練の外交手法でも学んでくればいいのに。

 いささか旧聞に属するが、APECのためにチリを訪れた件の首相が、何と、プレスとの懇談会で以下のような発言をしたという(ロイター)。

<日中首脳会談では来年の靖国参拝について明言しなかったが、来年以降どうするのか>
──そういうことについては一切触れなかったし、これからもどんな質問があっても触れないことにした。日中間は靖国問題だけではない。だから、靖国の問題が出ても、私は何も言わないことにした。

<これまでは来年以降も参拝すると言っていたと思うがなぜ触れないのか>
──靖国問題だけじゃないからだ。マスコミはそれに関心があるが、それ以外の大事な問題がいっぱいある。対立する点だけ取り上げてもしょうがない。(これからは)何も触れない。

 今ごろそんなこと・・・ ここまで愚かだとは。

 「それに関心がある」のは、マスコミではなくアンタでしょうが。アンタが馬鹿な公約を掲げ、つまらぬ行動を起こさなかったら、そもそも日中間に「靖国問題」は(今ほどは)存在せず、「いっぱいある」「それ以外の大事な問題」のことをもっと考えることができたんですよ。

 何でこんな人が首相なのかなあ・・・ 情けなくて涙も出ない。

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2004.12.04

★がんばれ、ドトール

 せっかくエントリに書いたついでに、ドトールコーヒーにタバコの煙への善処を求める意見を送った。ここに書いたことをコピペすればいいのだから、ほとんど手間はかからない。ウェブサイトから簡単に送れる。便利な世の中になったものだ。
 逆に、受け取る方としては大変だろうと同情もする。すみません、忙しいときに。

 返事は概ね満足できるものだった。いや、人生において過去に数回、苦情の手紙やメールをしたためた者の狭い経験の範囲では、今回の対応が最善であったと断言できる。
 前言撤回、これからは、もっとドトールコーヒーをひいきにしたいと思うので、ぜひ、タバコの煙問題の解決に取り組んで欲しい。

 返事は、
 1.実際に対応した人物の個人名入りで
 2.実地に調査を行った上
 3.私が苦情を出すに至った現状を認識し
 4.そこへ至った経緯を説明し
 5.原因をつきとめ
 6.具体的な改善策を提示する
という念の入ったものだった。6に関しては、当面の手当と将来の対応の両方が書かれている。
 もちろん、たまにしか行かない私のような客へのお礼の言葉や、今回の件に関するお詫びも入っている。ビジネスレターだから雛型はあるのだろうが、即座に行動を起こし、丁寧なメールを書いていただいたことに感謝と敬意を表する。
 「改善指導を行っておりましたことでお返事が遅くなりまして申し訳ございません」とあるが、なんのなんの、私が返事を読むまででも3日しか経っていない。大したものである。
 ただ、空調も換気も入居しているビルに備え付けで、店舗独自では調節ができないというところに根本的な問題がありそうだ。古い建物だから仕方ない面もあるのかもしれないが、何とか工夫して改善してほしい。

 実は、NHKにも別件で意見を送った。やはり、ここに書いたことをコピペするだけだから簡単だ。が、こちらの方は、無視されたのかと思った頃(1か月後)に、グループ名で型どおりの挨拶が来ただけ。内容を見ると、指摘に関する言及は一切なく、誰がどんな意見を送ってきても対応できる「万能」の文面になっている。やる気のなさが横溢する返事だ。こんな返事なら、さっさと自動返信にでもすればいいのに。さすが、「皆様のNHK」である。

 閑話休題。

 スターバックスは室内全面禁煙、シアトルズベストコーヒー(SBC)の分煙にはそれほど不満を感じたことがない。タリーズコーヒーには行ったことがないが、SBCよりも徹底した分煙が行われているらしい。
 シアトル系ではないのかもしれないが、この分野のコーヒーショップの先駆者としてのドトールが今後どういう対応を取ってくれるか、厳しく暖かく見守っていきたいと思う。健康の問題というよりは、コーヒーの香りや味に影響する問題であり、それはコーヒーショップにとって看過できない問題であるはずだから。

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2004.12.02

★お近くのローソンで

 コトバというのは基本的に話し手や書き手の恣意にゆだねていいものだと考えている。伝達内容をどう表現するかの最終判断は彼(女)らが行う。わざと間違おうとしているのでない限り、そこには「誤り」は存在しない。ただし、受け手がそこで表現された言語形式を「誤解」した結果、伝達内容がうまく伝わらなかったり、逆に、伝わったからこそ、その言語形式を「間違い」だと認定する場合もある。・・・なんてことを書き始めるとややこしくなるのでやめよう。

 要するに、私は他人が「間違った」言語形式を使うのに寛容であろうとしている。感覚的にはもちろん違和感はあるものの(「ご注文は以上でよろしかったでしょうか」!)、歴史上、すべての「正しい」言語形式は「誤り」によって駆逐されてきたことを知っている者にとっては、つぎつぎと新しい「誤り」が生まれ、そのいくつかがそのうちに正統の地位を獲得していくことはまったく不思議ではない。

 前置きが長くなった。テレビを見ていたら、織田裕二が「これからはコンビニでもご利用できます。お近くのローソンで」と叫んでいる。「ご利用できます」? どこかで見たような表現だ。そうそう、東北のどこかのファミリーマートにも、「トイレもご利用できます」と書いてあった。もしかすると、コンビニの業界用語なのだろうか。

 つまらない皮肉はよそう。これはもちろん、「ご利用になれます」が「正しい」。「間違い」のバリエーションとして「ご利用してください」というのもよく見かける。
 しかし、それにしても、ただの話し言葉ではなく、背後に台本や脚本といった「書かれたテクスト」があるにもかかわらず、(たぶん)日本全国に向かって「間違った」待遇表現を教育してしまうのには恐れ入る。なにせ、テレビなのだ。

 繰り返すが、歴史上、「正しい」言語形式は、常に「誤り」によって駆逐されてきた。だが、メディアが発達するまでは、その歩みはそれほど早いものとはいえなかった。
 ラジオの発展、テレビの発展、そしてついにインターネット!の発展・・・

 これからの言語の変化のスピードがどれほど恐ろしいものになるか。われわれはまだ、その入り口に立っているに過ぎない。

(Googleで「ご利用できます」を検索すると、128万!件がヒットする。「ご利用になれます」は、38万8千件。もしかして、「間違っている」のは私なのだろうか・・・)

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2004.12.01

★喫煙者の楽園?

 証券会社に門前払いを食わされた後、手早く昼食を済ませようと思ってドトールコーヒーに入った。シーフード系のミラノサンドが気に入っている。滅多に街に出ていくことがないので、何年かぶりになるかもしれない。

 入った瞬間に後悔した。5秒とその場にいたくないほどタバコの煙が充満している。こんなことは初めてだ。「いらっしゃいませ」と言われて目が合っているので、そのままきびすを返すのもためらわれ、どうしようかと一瞬思案する。目に飛び込んできたのは「すべてのメニューお持ち帰りできます」の文字。これ幸いと、ミラノサンドだけを持ち出すことにした。

 待つこと2分ほどの間にも、どうしようもない空気の悪さに辟易する。奥の方に禁煙席があるので覗いてみたが、空気の悪さは同じで、ほとんど意味がない。よくもまあ、こんなところでコーヒーを飲んだりものを食べたりできるものだ。たとえお金をもらっても、こんなところでは飲食できない。

 お金を払い、そそくさと店を後にしたが、たった2〜3分の間に、服にも髪にもタバコの臭いが染みついてしまっている。食事どころではなくなってしまった。

 もうたぶん、2度とドトールには近寄らないのではないか。

 それにしても、これまではこんな経験はなかった。あの店が特に換気が悪いのだろうか。それとも、最近の風潮でタバコを吸う場所をなくした喫煙者の楽園となっているのだろうか。
 いや、まだまだ全面禁煙の飲食店はほとんどないし、周囲にお構いなくタバコを手にする喫煙者も目に余る。ドトールが喫煙者の楽園というか、掃きだめというか、そういう状態になっているのはなぜなのだろう? あの店だけなのかな。

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