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2004.12.14

★偉大なる喪失

 見るのはほとんどアメリカ映画になってしまっている。90%は超えているだろう。まあ、好きでそうなっているんだから、別に文句はない。アメリカ文化に洗脳されることに抵抗がないではないが、「ハリウッド映画をバカにしないと知性的ではない」というような一部勢力?には与したくない。どっちにしても、知性的ではないんだけど。

 そんなことが言いたいんではなかった。いつになく、(私にしては)多くの映画を見て、「シンボルの喪失」ということが少しわかった気がした。

 見た映画のいくつかでニューヨークが舞台になっている。そうでなくても、ニューヨークが関係する場面が出てきたりする。そこでは多く、舞台がニューヨークであることを一目で観客にわからせるショットが挿入される(いかにもハリウッド的ですね)。
 いうまでもなく、そのショットに2種類あるのだ。世界貿易センターのツインビルが写っているショットと、そうではないショット。前者は20世紀の映画で、後者は21世紀の映画である。

 21世紀の映画には、アングルの関係でツインビルが写っていないのではない。まるで、その喪失を強調するかのように、あるべき場所にビルがないショットが多用されている。まるで、その角度から写さなければニューヨークであることを表すことができないかのように。
 これは、映画制作者が鎮魂のために意図的に行っていることなのだろうか。それとも、コンベンショナルなニューヨークショットを惰性で挿入し続けているだけなのか。仮に後者だとしても、そのことに気づかないハリウッド関係者はいないわけだから、少なくとも意識にはのぼっているはずだ。

 21世紀に入ったその年に、世界はどこかの角を曲がり、その後あちこちで多くの人命が失われ、その何倍ものけが人が出た。あれから3年以上経った今でも、死者は増え続けるばかりだ。

 ニューヨークが喪失したシンボルは、ニューヨークとそこにいた人たちの悲劇だけを表しているのではなく、アフガニスタンやイラクやイタリアやポーランドや韓国や日本やその他その他・・・、そしてアメリカそのものの悲劇をも象徴しているように見える。

 この「偉大なる喪失」を撮り続けるハリウッド関係者にも、同じように見えているのだろうか。あるいは、多くのアメリカ国民やその代表者にも・・・

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