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2005.10.31

◆このまま破局へと進むならば

 もし、このまま破局へと進んでいくとしたら、無力な私はどうすればいいのだろう。力のなさも弱さも自分でよくわかっている。だとすれば、おそらくはうまく逃げるのが一番いいのかもしれない。いつでも逃げ出せるように、今から心の準備を少しずつしておこうと思う。忸怩たる思いを抱えつつ・・・

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2005.10.30

◆秋を見つけに

 久しぶりに家族揃ってドライブ&ハイキング。世界遺産になってしまった大峰山系の大普賢岳の隣、和佐又山に登ってきた。
 今年初夏に行ったときは、アオゲラを間近に見て、アカショウビンの声を初めて聞いたが、逆方向の笙の窟を往復して和佐又山には登らなかった。

 今回は、下山途中、旅鳥としてすぐ通過してしまうマミチャジナイが見られてラッキーだった。

 降りてきて、和佐又山ヒュッテでキノコうどんなど。本物の(というのも変だが)キノコがたっぷり入っていて満足感が高い。春にはこれも本物の山菜の天婦羅入りのうどんが食べられるそうだ。

 行者還林道(なんと国道になってしまった)を経て御手洗渓谷でコーヒーを湧かして飲む。外で湯を沸かすのは、高野龍神スカイライン脇の伯母子山入り口以来か。

 帰り、富田林郊外の鰻屋で夕食(ただし息子は天婦羅)。

 なんだか下手なできごと日記みたいになってしまったが、このままにしよう。

 大峰といえどもまだ秋は浅い。それでも、山深さと木々の美しさはさすがだ。それなりに紅葉を楽しんだのは数年ぶりという気がする。

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2005.10.29

◆マインツの迷宮

 アルツハイマーの症状を隠してER(緊急救命室)に勤務するローレンス医師が、病院の駐車場に駐めた自分の車を探せない場面を見て突然思い出した。

 数年前、一つの夢であったヨーロッパドライブ(アウトバーン!)を初めて経験した次の日、駅前の地下駐車場に前夜駐めた自分の車の位置がどうしてもわからなかったのだ。
 場所はコブレンツだと思っていたが、調べたらマインツだった。今考え直せばマインツに決まっているが、高校の地理だかで2つセットで習い、具体的なイメージのないまま名前だけが脳の奥底に沈潜しているために、実物を経験した今でも混同するようだ。

 いくら探してもない。焦って広大な駐車場をかけずり回った。人っ子一人おらず、朝とはいえ何となく不気味でもある。不思議と、盗難にあったという可能性はそれほど考えなかった。十数年ぶりのヨーロッパ初日とも言える日が、マインツの迷宮をさまよい歩くことで始まろうとは思わなかったが。
 もしかすると15分以上探したかもしれない。やっと見つけても焦りからは解放されず、ホテルで心配して待っているであろう家族のことを考える。そんな心理状態で車を動かすと、ろくなことはない・・・

 マインツだったかコブレンツだったか確かめるために見た当時のメモには、そもそも徒歩で駐車場に入ること自体に苦労したという記述がある。どの入り口も閉まっていて、入れる入り口を探しているうちに方向感覚を失い、駐車場に入ったときには既にわけがわからなくなっていたのだろう。

 思わせぶりなタイトルで申し訳ない。

 初日に見たマインツは、素敵な観光地区を出るとちょっとうらぶれた感じのするこぢんまりした街だった。歴史を感じさせる駅は大規模な工事中で、売店で道路地図を買った。日本人の女の子2人連れが駅で何か困った様子をしていたが、少し考えて、やはり声はかけなかった。
 翌朝はやっとのことで迷宮を脱出し、コブレンツを経てトリアーに向かった・・・

 懐かしい。
 ヨーロッパはいつ思っても、少し弱々しい日射しとほのかな哀愁の中にある。

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2005.10.28

◆謎の星

 最近、やけに明るい星が東の空に見えると思ったら、火星が接近しているという。何でも、30日が最接近の日で、ふだんの倍以上の大きさに見えるそうだ。2年前に6万年ぶり!の最接近を果たしたばかりなんだけど・・・

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2005.10.24

◆せっかくの季節だが

 涼しくなって基本は自転車通勤。だが問題は、帰るときには真っ暗なこと。しかも、直前まで明るい蛍光灯の前でパソコンを叩いたりしているので、目が闇に慣れていない。

 飛行機の免許のために勉強していたとき、暗順応には30分かかると知った。仕事を終えて、暗いところで30分過ごすか、目をつぶって30分待たないと、暗い中でまともな視力は得られない。
 軍では、せめて片目が見えるように、夜明るいときは必ず片方の目をつぶっておくように教えられるそうだ。そうか、最後の30分、片目で仕事すればいいのか・・・
 いずれにせよ、とてもそんなことはできないので、暗い中、見えない目で自転車に乗ることになってしまう。

 暗闇からヌッと現れる歩行者には文句は言えないが、無灯火で右側通行してくるバカな自転車(実際、無灯火自転車同士の正面衝突!で死亡事故の例もある)は蹴り倒したくなる。何の前触れもなくすれすれに抜かしていく自転車も無灯火。温和な私?が「転んでケガして痛い目に遭え」と思う瞬間だ。

 でも、ああいう輩は学習しない。同じ過ちを永久に繰り返すだけだ。こちらとしては、せめて巻き込まれないように祈るしかない。

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2005.10.22

◆やっと秋・・・

 昼間、今シーズン初めて、薄手のセーターが必要だと思った。主観的に、やっと秋になった。

 夜、久しぶりにおいしい寿司屋に行って帰ってきたら、車の外気温計は12℃。やや冷んやりと、でも、寒くない。束の間の気持ちのいい季節・・・

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2005.10.16

◆初めての?ゴーアラウンド

 あっという間に1週間。ばたばたしてたんだなあ・・・

 久しぶりに飛んで、琵琶湖を見物してきた。

 それはそれとして、久しぶりだったので最初に離着陸の練習をした。
 飛ぶ前からなんとなく不安だったのだが、悪いことは重なるもので、(たぶん)1年以上ぶりの滑走路、09。いつもは西に向けて離発着するのに、今日は東向き。話は全然違うが、久しぶりの外国で、見知らぬ街・左ハンドル・右側通行、というのに近い。
 それに加えて北風。つまりは、ほぼ真横から吹いている。それほど強くないとはいえ、面倒なことに変わりはない。

 久しぶり、かつ、慣れない地上目標にドキドキ。場所と連動しているために、着陸手順も安定しない。滑走路間近。不安なものだから、失速しないようにとスピードを多めにする。さらに、近づいてくる地面が恐くて引き起こす。典型的な「下手の高起こし」である。
 順調に?降りていた機は、当然のように、また浮き上がろうとする。修正。引き起こし。また浮く。修正。まだ高い・・・
 慌ただしく操作しながら、ゴーアラウンドを決意した。つまり、このまま着陸せずにもう一度飛び上がるのだ。

 飛行機の操縦を習い始めて最初のころ「少しでも危険を感じたら、ためらわずにゴーアラウンドすること」というのを教わった。テキストにもそう書いてある。だが、訓練のために教官に指示されてゴーアラウンドしたことは何度もあるものの、「危険を感じて」ゴーアラウンドしたことなんてただの1度もない。

 だが今回は、「久しぶりだし条件も悪いし、ちょっとでも変になったらゴーアラウンドしよう」と考えていたせいもあって、初めて実際のゴーアラウンドとなった。おそらく、いつもならあのまま降ろしていたろうし、実際、降りられただろうとは思う。
 でも、いい経験ができてよかった。

 その後、着陸を2回練習し、琵琶湖へ飛んで戻ってきた。
 全部で、ゴーアラウンド1回、着陸3回。相変わらずの09で横風だったが、3回とも、まあまともに降ろすことができた。
 ただ、最後の着陸、北から進入して09というのは、もしかすると初体験かも。地上の目標物がどうしても思い出せないということはつまり、そのコースで訓練を受けていないのだ。自分で飛んだ記憶もない。

 それにしても・・・毎日毎日アメリカで離着陸訓練に明け暮れていたときは、我ながら上手に降ろせていたと思う。悪条件だろうが初めての空港だろうがほとんど何の問題もなかったし、不安もなかった。
 飛ぶ間隔が長くなってくると、微妙な不安が頭をもたげてくる。それでも、今日のような経験をするまでは、心の底では舐めている。

 ベテランの自家用パイロットたちが「技量維持」に神経質な理由が、ようやくわかりかけてきた。

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2005.10.09

◆胸ポケットに何を

 いつも胸ポケットに入れておくと便利なものがある。ン十年前の男性ならそれは多くタバコだっただろう。

 私の場合、ときどきデジカメを入れている。落とすと面倒なので、ネックストラップ(なんていう言葉ができましたね)を使うことになる。

 あまり音楽的な人間ではないのだが、iPod nano なんかも持っていると楽しそうだ。人によっては(というか、ふつうの人は)、携帯電話を入れておきたいかもしれない。

 とりあえず、ネックストラップにつないで胸ポケットに常時入れておくと便利なのはそれぐらいだ。だが、この3つを入れるとすると、仮に入るとしてもちょっと異様なことになる。

 ケイタイについているカメラの性能が上がってくれば、胸ポケットに入るようなデジカメは不要になる。
 また、アメリカでは既に、音楽再生機能内蔵の携帯電話が発売されたという。あれにカメラはついているのだろうか? おそらくついていまい。ケイタイ電話で写真を撮りまくるなどは、今のところ日本独自の「文化」だとどこかで読んだ。

 ともかく、中途半端ではなく3つの機能を併せ持ったキカイを、iPod nano ぐらいのサイズで実現してほしい。そうすれば胸ポケットを奪い合うことなく、便利で快適なデジタルライフ(笑)を満喫できる。3年後のことだろうか、あるいは1年後??
 どっちにせよ、今のところはデジカメだけでいいんだけれど。

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2005.10.07

◆もう氷点下

 Mac OS X のバージョンが Tiger と呼ばれる 10.4 となった。いろいろ便利になった中に、Dashboard という、以前のデスクアクセサリのような、ワンクリックで簡単に起動する小さなプログラム群がある。

 天気予報がいつでも手軽に表示できるようなので、ちょっと試してみた。ところが、とりあえず、東京や大阪はだめで、アメリカの地名である必要があるようだ。

 ふと思い立って、West Yellowstone を出してみて驚いた。気温1度とある。来週月曜日の最低気温は氷点下6度になるそうだ。これを書いている現在も、マイナス2度となっている。

 イエローストーン国立公園内には街がないので、公園内部の気温を知ることはできないようだが、これより低いことは確かだろう。10月の初めでこの気温・・・ そういえば、われわれが行った8月ですら、最低気温は3度とかだった・・・

 あそこで出会ったバッファローやブラックベア、ミュールディアやエルク、それに、コヨーテやビーバーやたくさんの鳥たちは、今どうしてるんだろう?
 日本ですら、今年生まれて冬を越せるスズメはたった1割だと聞いた。90%は、1歳になることもなく死んでしまうのだ。

 厳しい大自然・・・と一言で片づけるにはあまりに過酷だと言うほかない。

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2005.10.06

◆25対1

 いつものトラットリア(というほど行ってないな、最近)。

 狭かった隠れ家的な店から、陽光燦々と降り注ぐ明るい店になった。広さは以前の数倍。

 移転してから、以前にも増して女性客が多いなと思っていたら、今日とうとう、25対1になってしまった。男の客は私1人である。

 自民党が「ジェンダー」バッシングに忙しい。ジェンダーという言葉自体の使用をやめさせようとしているのだからすごい。まったくもう、懐古暴君オヤジが何を考えてるんだか。

 ジェンダー教育?にいくら力を注ごうが、女性の社会進出がいくら進もうが、結局は25対1・・・
 男が働かなくなったわけではないのだから(ニートなどは除く)、郊外のベッドタウンにあるイタリア料理店のランチ風景がこうなってしまっているのも仕方のないことなのだろうか。

 「ジェンダー」に目くじら立てるのは、あの店の男性客が1/3を超えてからでいいと思いますよ、安倍サン。

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2005.10.04

◆セルシオワゴン?

 金属弾のエアガン?で走行中の車から別の車を撃った事件。犯人の乗った車が、

 「ワゴンタイプのトヨタ車で、セルシオかクラウンと見られています」

という報道をあっちでもこっちでもやっていた。だったらセルシオじゃなくてクラウンだろう。

 セルシオにワゴンが存在しないことは、ちょっと車に興味のある者なら誰でも知っている(クラウンのワゴンだって珍しい部類だが)。
 ワゴンタイプだというのがはっきりしてるなら、セルシオではありえない。逆に、セルシオの可能性があるなら、それはワゴンではない。

 おそらく、目撃者の話をそのまま流したのだろう。目撃者の発言はそれでいいとして、報道するまでに何らかのチェックがかからなかったのだろうか。どっかそのへんのトヨタのディーラーに電話一本かけるだけで、こんな馬鹿げた報道をしなくて済むのに・・・

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2005.10.02

◆愚劣さ競演

 「神社への往復に限れば職務に関連した行為といえるとしても、参拝した一連の行為が全体として職務として行われたとまではいえない」(東京高裁千葉靖国訴訟判決:『朝日新聞』)

 頭がヘンになりそうである。神社への往復が職務であり、参拝はそうでないというのなら、その神社往復の職務は何のために行われたのか? 「私的参拝」をするために、「職務として」往復したんですね、はいはい。
 何かふつうの人にはわからない、深遠な司法の闇というものがあって、それは東京高等裁判所の裁判長!にでもならなければ理解できないのかもしれない。

 一方の大阪高裁判決。

1.公用車を使用
2.首相秘書官を同行
3.「内閣総理大臣 小泉純一郎」と記帳
4.総理大臣就任前の公約としての参拝

等の明確な理由を挙げ、小泉首相の一連の靖国神社参拝を違憲と判断した。明快だ。
 自分の出世に響くかもしれないからと、事実の歪曲や曲解を駆使して国に不利になる判決から無理矢理逃げる、一部裁判官の対極の姿がここにある。

 それにしても、ケッサクだったのは、憲法学の教授だという某の話:
「・・・判決は首相の靖国神社参拝を違憲と決めつけた極めて政治的で恣意的なものだ」

 このヒト「政治的」の意味をわかってるのだろうか? 仮に判決が「合憲」とするものだったにしても、それが政治的なのはあまりにも当然のことである。「政治的」をごくごく狭く解釈してすらそうだ。
 いや、どんな判決であれ判断であれ、あるいはわれわれの日常のごく些細な行動や言動であっても、すべては「政治的」であることは、もはや、ちょっともののわかった者には自明のことなのだが・・・

 この某とかいう教授、自分の気に入る判決が出たら、それを「政治的」とは呼ぶまい。気に入らない判決を「政治的」と呼んで非難した気になっているのだ。その自分の発言は「政治的」ではないというのだろうか?

 こんな「教授」に教えられる学生に心から同情を禁じ得ない。

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