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2007.02.21

◆きのふけふとは

 夕べ電話があって、親戚の1人が亡くなったという。よく知っている人ではない。

 「でも、○○って・・・」
 「お父さんじゃなくて、息子の方」
 「いや、それはわかるけど・・・」

 ほとんど他人だし、感情を抜きにして言えば、「お父さん」の方は80代、もうたぶん1年以上病院で寝たきりで、死を待つばかりの状態だ。家族の誰かが見舞っても誰なのかわからない。栄養は胃の中に通した管から取っている。

 しかし、死んだのはその息子で、まだ働き盛りである。父親がそんな状態なのに逆縁になろうとは、夢にも思っていなかっただろう。病弱でも何でもないのだからなおさらだ。

 事故にでも遭ったのかと思ったが違う。朝起きてこないので起こしに行ったらすでにこときれていたという。若いのにそんな死に方をしたのを聞いたのは2人目だ。

 そういえば、風呂から出てこないので見に行ったら死んでいたという親戚もいた。これも、まだ壮年の女性。

・・・

 このままだと100歳に届こうかという私の祖母はまだ生きている。認知症ではあるものの、基本的には娘や婿をちゃんと認識していて、食事もできる。
 これまで10年以上、いつ「おばあちゃんが死んだ」と母親から電話がかかってくるかと思っているのだが、一向にかかってこない。めでたいことなのだろう。

 昨夜のような経験をすると、恐れることはただ一つ。まさかこの自分が、あの祖母と逆縁になってしまわないかということである。

 もしかすると、もう私のことは認識できないかもしれないが、それでも、孫が死んだなんてニュースを冥土のみやげにしてあげたくはない。

 ともかく、今この瞬間、まだ私は生きている。この世に残った者にできることは、死者を悼むことだけである。安らかに。

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