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2007.10.31

◆ホームズ彗星、アウトバースト中

 アウトバースト現象とやらを起こしているホームズ彗星が、通常の40万倍!の明るさで光り輝いているという。

 といっても2〜3等級だということで、この地で私の視力では、肉眼で見ることは難しい。

 ニュースで知ってはいたのだが、鳥仲間からのメーリングリストで、北東方向に肉眼でも見える程度に明るくなっているという情報をいただき、先ほど(夜11時前)、息子と見に出た。

 探すのが大変だろうとあまり期待していなかったのだが、双眼鏡で探し回ると、北東方向、ほとんど天頂近く(80度ぐらいか)にぼんやり輝いて小さな丸い雲のように見える星があった。明らかに通常の星とは違う。

 見つける前に、双眼鏡の狭い視野を流れ星が横切ったりして、なんだかラッキーな夜だ。

 帰宅して2階のベランダに望遠鏡を出すが、角度が悪くて見られない。1階のテラスに降りて、何とか視野に入れる。が、思ったほど綺麗には見えなかった。

 ついでに、東から出たばかりの月を見る。いつ見ても実にみごとにクレーターや平野が見える。宇宙船でも着陸していたら、見つかるのではないかと思わせるほどクリアだ。
 その後、(たぶん)火星。こちらはかろうじて面光源に見える赤みがかった点に過ぎない。

 明日からまた信州。こないだ行ったのが先月(といってもほぼ2か月前)なんてにわかには信じられない。遠い昔のような気がする。

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2007.10.25

◆バルチック艦隊はどこから?

 あー、びっくりした。

 今朝の朝日新聞に、ロシアのバルチック艦隊(日露戦争の際、日本海海戦において、東郷平八郎率いる連合艦隊が「敵前大回頭」などによって一方的に撃破したとされる)司令長官の手紙が発見されたという記事があった。

 そんなものが今ごろ出てくるのも驚きだが、私がびっくりしたのはそのことではない。

 バルチック艦隊は、遥かバルト海(要するにロシアの一番西の端、スウェーデンとかフィンランド沿岸だ)に展開していたのだが、大西洋を南下、アフリカを回ってインド洋を横断、東南アジアを経て日本海へと北上してきたというのである。
 バルト海の艦隊だからバルチック艦隊という名前なんだ・・・

 おそらく、そんなことは常識だという方もいらっしゃるのだろう。だが、私にとっては非常な驚きだった。

 高校2年生の世界史の時間、先生は「敵前大回頭」について、珍しく(と記憶しているのだが)見てきたかのように教えてくださった。世界史の授業で今もありありと覚えているのは、その話だけだと言っても過言ではない。
 70年?安保に反対してゲバ棒を持って活躍していた話を懐かしそうに話す先生だったが、こと「敵前大回頭」に関しては、素朴な愛国者に見えるほど無邪気に賛美しているようにも感じられた。

 その折りに「日本海海戦」に関するイメージが私の頭の中で形成され、有名な話なので、その後もあちこちで目にしてきたのだが、今朝になるまで、バルチック艦隊が遥かヨーロッパからわざわざやってきたことも知らなかったのだ。

 そんなこと、考えたこともなかった。

 私の思い違いかもしれないが、先生が描いた黒板の絵から形成した、長い間私の頭の中にあったイメージは、新潟県とか秋田県沖で、北東から攻めてくるバルチック艦隊を南西から近づいた連合艦隊が撃破したというものだった。
 言うまでもなく、バルチック艦隊はウラジオストックかどこか、極東の港から南下してきたと思っていた。

 だが、調べてみると、実際の主戦場は対馬沖!だし、東南アジアから北上してきたバルチック艦隊は南西から攻めてきたのだった。
 ___

 私の中にあった「日本海海戦」のイメージは何だったんだろう。

 それほど興味もなく、知ってるつもりになっていたことが実はこんなことだったなんて。

 ほかにどれだけ、こんなことがあるんだろう?

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2007.10.22

◆Day One 終了

 Day One 終了。可もなく不可もなく・・・

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2007.10.19

◆善き人のためのソナタ

 いつ見たんだろう。今週初めごろかな。余裕がなくて書かずじまいになるところだった。映画を見る余裕はあったんだけど・・・

 旧東ドイツ。芸術家たちを潜在的反体制分子と睨んで盗聴・監視する秘密警察シュタージ。

 その任務を忠実に遂行していた大尉も、「他人の生活」(原題)を盗聴し続けるうちに良心が芽生えて・・・

 日本語の題名や劇中の字幕では音楽の意味を強調している。確かに大尉はソナタを聴いて涙を一筋流すのだが、音楽はしかし、ひいき目に見てもトリガーに過ぎないと思う。

 それはともかく、ちょうど中間試験の範囲として「身体の自由」や「精神の自由」なんかを実感なく学んでいる息子のことを思った。

 名作である。

(Das Leben der Anderen, 2006 Germany)

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2007.10.15

◆巨大な梨

 私の実家から送ってくると家人が言っていた「赤だし」は、案の定、「赤梨」であった。

 先日のありえないブドウを髣髴とさせるような巨大な梨である。横幅に限れば、家人の顔より大きい。
 が、これは以前にも見たことがあるのでそれほど驚かなかった。

 それでも、そんなことを忘れていて、「20個ぐらい入ってるのかな? そんなに食べられないからご近所におすそ分けでもしようか」と言いつつ開けた、1m×50cm ぐらいの大きな箱の中に入っていたのはたった4つだった。

 やっぱり、ちょっとありえない大きさである。

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2007.10.14

◆ほろ苦い?再会

 スーパーで買い物していると、どうも見覚えのある顔に会った。

 最初の引っかかりはすぐに確信に変わった。名前も覚えているし、筆跡も思い出せる。

 だが、もはや20年前の知り合いだ。十代だった少女も、今ではほとんど同世代である。

 失礼ながら、さすがに体型には少し年が出ているものの、しかし20年の時を経てすぐに認識できるほど顔は変わっていない。家人も後で「若く見えるね」と言っていた。

 先方もこちらもレジを終え、こちらが袋詰めをしている間に店からいなくなってしまったので、本人かどうか結局はわからないかと思っていると、いったん車まで荷物を運んで残りの荷物を取りにまた戻ってきたとき、店内ですれ違う形になった。
 向こうも同じような行動をとっていたらしい。荷物番をしていたのは母親だろう。

 正面から向き合うことになったので、「○○さんですよね」と思い切って言ってみた。ややあって先方も認識したような顔になり、「△△先生ですか?」と言ってきた。

 その名前が即座に私に想起させるのは、恩師の大学教授である。何で△△先生? そもそも共通の知り合いだっけ? 年もぜんぜん違うし間違えるはずがないと思うんだけど・・・と、考えるうち、昔の同僚にも同名の人がいたのを思いだした。ありふれた名前なのだ。

 間違われたことには戸惑いつつも、笑顔で「いや、××です」と答えたが、別に私が誰であっても彼女には関係ない。高校時代の教師の1人であればそれでいいのである。

 優秀な生徒で、確か一流大学に進んだはずだが、今はどうしているのか聞くと、主婦だという。思わず「もったいない」と言ってしまった。ここに書くのも大きなためらいを覚えるほどの大失敗である。

 もちろん褒め言葉としての発言なのだが、そもそも大きなお世話だし、主婦の意義を認めていないみたいだ。本人がどうしてそういう選択をし、また今の自分をどう思っているかもわからない。
 第一、私自身だって、仕事を辞めて(料理をしなくていい)主夫になれたらなあとしょっちゅう夢想しているというのに。

 ここで懺悔しても彼女には届かないのだが、すみませんでした。

 ご主人の赴任先の松山で暮らしていて、たまたま実家に戻っているところだそうだ。
 やはり大学院まで出たという。

 一流大学の大学院を出た主婦って、今どき珍しくないのかな?

 ___

 20年ぶりに会ったとはいえ、覚えられていないだけでもこちらとしては少しショックなのに、馬鹿な発言でさらにほろ苦い再会となってしまった。

 会社員の妻としてのソツのなさからだろうか、「お近くにいらしたときには・・・」と言いかけたので、それにかぶせて「じゃあ、お元気で」という感じで別れた。

 たぶん、もう一生会うこともないだろう。この小さなほろ苦さは解消されない。

 死ぬときには、後悔や苦さをどれほど抱えたままなのだろうかと、ふと思う。

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◆赤だし?

 土曜日、仕事から家に帰ると、家人が

 「お義母さんから電話があって、赤だし送ってくれるって」

 はあ? 赤だし?

 何でも、農園に出かけて高級な赤だしを買ったので、くれるというのだが・・・

 何で農園で赤だしが買えるのか、そもそも赤だしって(息子とはいえ)人に贈るようなものか?

 ミステリーだ(いや、私には真相がわかるし、家人はミステリーだとも思っていない。彼我の溝?は大きいのである)。

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2007.10.13

◆TBSの不見識?

 ボクシングらしくない動きで始まり、最初のころは、「こんなヘンなボクシング見たことない。最近はこんな戦い方が流儀になっているのだろうか? 自分に見る目がないのだろうか」と思いながら見ていた。

 そのうち、見苦しい行動や反則が多くなり(もちろん亀田が圧倒的に悪いのだが、内藤の動きだって褒められたものではないように見えた)、最後の方で亀田がプロレスラーのように相手を担ぎ上げて落とそうとするという、悪い夢でも見ているような行動に出て、冗談のような試合になってしまった。

 これがタイトルマッチなのだ。

 ひどかったのは試合だけではない。アナウンサーや解説者たちの無理矢理亀田寄りに発言する姿勢は、ほとんど最初から最後まで変わらなかったと思う。

 試合後、亀田のセコンドを務めていた父親や兄の、ひどい反則を促す発言までが報道されるに及んで、もはや亀田家のボクシング(ボクシングなのか?)は完全に終わったように感じられた。

 まあ、ずっと以前からわかってたことではあったんだけど、これ以上ないひどい形で証明されてしまったような気がする。

 ___

 それはともかく、TBSの掌を返したような態度には驚いた。あれほど亀田を売り込んでさんざん稼いでおいて、今日見た『ブロードキャスター』では、内藤を英雄扱いである。
 亀田にはほとんど触れもしない。

 機を見るに敏な金儲けしか考えないテレビ局が、さすがに亀田を見放した世論に迎合して、ここらで亀田との縁を切ろうとしているのだろうか。

 そうだとすると、少なくとも2年ぐらいは遅いと思うのだが、もうさんざん稼いだからちょうどいい頃合いなのかな・・・

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2007.10.12

◆アル・ゴア氏にノーベル平和賞

 ナガサキアゲハといえば・・・

 地球温暖化を警告するプレゼンテーション映画、『不都合な真実』で話題になった、アメリカの副大統領(兼:ほんの短期間だけ次期大統領)だったアル・ゴア氏がノーベル平和賞を受賞したそうだ。

 とりあえずは素直に喜びたい。

 が、ノーベル賞の中でも文学賞以上にいろいろ問題のある賞である。過去の有名な受賞者を一部挙げれば(Wikipedia情報:未確認)、

1964年 マーチン・ルーサー・キング・ジュニア
1973年 ヘンリー・アルフレッド・キッシンジャー
1974年 佐藤栄作
1977年 アムネスティ
1978年 メナヘム・ベギン、モハメド・アンワル・サダト
1979年 マザー・テレサ
1983年 レフ・ワレサ
1989年 ダライ・ラマ14世
1990年 ミハイル・セルゲイビッチ・ゴルバチョフ
1991年 アウン・サン・スー・チー
1993年 ネルソン・マンデラ
1999年 国境なき医師団
2000年 金大中
2002年 ジミー・カーター

 といった具合で、聖人のような人から限りなく胡散臭い人までいろいろだ。

 ゴア氏が後者として選ばれたのではないことを祈りたい。

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◆ナガサキアゲハ

 玄関先のブドウの木に、大きな黒いアゲハチョウがとまっていたという。

 弱って飛べないみたいだったので、家人が家の中に入れておいて見せてくれた。

 間近に見たことのないようなアゲハだったので、冗談半分にナガサキアゲハではないかと言っていたら、ほんとにナガサキアゲハ(オス)だった。

 ここ大阪近郊ではもはや珍しくない蝶になっていると思うが、名前からも察せられるごとく、もともとは南方系の蝶で、古い図鑑にも和歌山県以外の近畿地方では見られないかのような記述がある。

 温暖化とともに北上しているのではないかと、環境問題とからめて話題の蝶だ。

 少し元気になって何とか飛べるようになったところで庭に逃がしてやったが、いずれにしても冬は越せまい。

 その辺を飛んでいても、クロアゲハやらカラスアゲハやらと区別がつかないので、これまでにも何度か見たことがあったのかもしれないが、確認したのは初めてだ。
 備忘録を兼ねて記しておく。

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2007.10.11

◆父子家庭の哀感

 掃除洗濯繕い物。かてて加えて万年床・・・

 コメントでいただいた「父子家庭の哀感」はちょくちょく感じている。

 料理はほとんどしないのだが、このところ何週か続けて、土曜日の昼ごはんを息子のために作ってやったりしている。
 パスタしか作らないけれど、作るとなると必死になるので、けっこう真剣勝負である。クレイマークレイマーを思い出すときだ。

 結局のところ、どちらかと言えば家人より私の方が暇なので、父子2人で遊びに行くことも多かった。
 一番哀感を感じたのは、グアムに1週間、父子だけで行ったとき。
 シュノーケリングはもちろん楽しかったのだが、幸せそうな家族連れとカップルばかり(たまに女の子数人のグループ)という中での父子には、周囲から見ても感じ取れるぐらいの哀愁が漂っていたことと思う。

 最近は、息子の方も忙しくなってきて、ほとんど遊んでくれなくなった。
 遊ぶとなるとほとんど1人で、父子家庭の哀感は、独身男の哀感に変わりつつある。

 (ほんとに独身だったら哀感なんか感じなくてすむんだろうけど ^^;)

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◆筒井康隆の代表作?

 今、たまたまNHKを流していたら、SFの50年を振り返るとかいう番組の宣伝?をしていて、

「代表作、『時をかける少女』が映画化され、話題となった」(記憶に基づく)

と言って、筒井康隆を紹介していた。

 一時期心酔していた私としては、いくら何でも、代表作として『時をかける少女』だけをあげるのには唖然とさせられる。

 おそらく、代表作の一つですらないと思うのだが(これは間違っているかもしれない)。

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2007.10.10

◆手作りクッキー

 年下の女友達から、手作りだというクッキーをもらった。

 「ああ、ありがとう」と気楽に受け取ってから、内心、「あれっ!?」という思いにとらわれた。

 もしかして手作りのお菓子なんか女の子からもらったのって初めてじゃないかな? 少なくとも、ここ20年近くはないような気がする(もし忘れてたらごめん、って誰に謝ってるんだか)。

 思ったことはすぐに口に出してしまうタイプなので、その旨言うと、「ええっ!? あるでしょ。バレンタインとか何とか」・・・

 バレンタインに手作りのお菓子をもらうような華麗な人生を送っていれば、また違った人間に成長していたのではないかと思う。

 ___

 だがもちろん、今回のはバレンタインがどうのこうのというようなクッキーではない。「息子さんにでもあげてください」という言葉がすべてを物語っている。

 彼女の場合、やるべきことが重荷になると、その逃避としてお菓子作りに励むのだそうだ。「クッキーばかり焼いてます」って、おいおい・・・

 私の場合、最近は家事に逃げている。特に、洗濯物をたたんだり掃除をしたりしていると、けっこううまく逃げ込めるような気がする。
 お菓子はババロアしか作らないが、それはえいやっと思い切らなければ作れない。作り始めると簡単にすぐできるしおいしいのだが、逃げ込む先にはなっていない。

 ___

 家人はお菓子を焼くとか編み物をするとかとは100%無縁の女だ。だからお菓子に関しては、私の方がまだ作ることがあるだけ上だということになる(さすがに編み物は私もしない)。

 若いころは(というか、今でも心の底では?)、私の着るものを何でも編んでくれたり、身の回りの小物を手作りするような女性が理想だったのだが、人生ままならぬものである。

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2007.10.08

◆曇りのない眼3

 このシリーズも、回を重ねるにつれていよいよ情けない感じになってくるのだが・・・

 何の話からそうなったのか、夕食時だったと思う、

 「ふつうの家は毎日ふとんを上げてんねんで」と息子にいうと、

 「えっ!? そうなん??」

と真剣に驚いていた。

 うちの家はほぼ万年床である。ベッドではない。畳の上に万年床なのだ。

 男子学生の下宿じゃあるまいし、考えてみれば異常である。

 だが、ずっとそうやって過ごしていると、私自身、それが当たり前になってしまっていて、「実際、「ふつうの家」はどうしてるんだろう? 案外、万年床も多いのかな」と思ったりしてしまう。

 こんな異常な家で、すくすくとすごくいい子に育っている息子(まあ、デキはともかくとして)を見ると、何だか申し訳ないような気になってくる。

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2007.10.07

◆Groundhog Day

 邦題があんまりなので(といえばほとんどがそうなのだが)前例を破って原題をタイトルにする。

 こんな名作がどうして隠れているんだろう。ぼくにだけ隠れてたのかな。

 取材先の田舎町でずっと同じ冬の日を繰り返すことになってしまった(だからSFといえばSFだ)天気予報キャスターを描いているのだが、どうしてこんなに引き込まれるのかわからない。

 ぜひご覧になってください。

(Groundhog Day, 1993 U.S.A.)

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2007.10.04

◆サンキュー・スモーキング

 タバコ会社の利益を代表して活躍するロビイストを描いたコメディ。

 傑作だと思う。

 タバコを販売する側の人間も多数描いているにもかかわらず(主人公も喫煙者だという設定)、ただの1度もタバコを吸うシーンが出てこないのがおもしろい。

 個人的には、健康問題は措くとしても、飲食店だけはぜひ、すべて全面禁煙か完全分煙にしてほしい。

(Thank You for Smoking, 2005 U.S.A.)

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2007.10.02

◆自転車で昼食ジプシー

 やっと自転車に乗れる気温になってきたということで、遠い方の職場から自転車に乗って昼食に出かけた。

 少し走ったところに、cozy なイタリア料理屋があるというので、開拓しようという目論見もあった。

 職場を出て懐かしい坂道(昔、悪友のアパートに行くのによく通った)を下って大通りに出た。その後、踏切を渡ったら、未知の領域である。

 1/10000の地図をコピーして持っていたのだが、古いせいもあって道がおかしい(帰りにわかった)。まあでも、だいたいの見当をつけて進んでいく。

 こんなところに、というような、自転車でも通るのがやっと、歩行者ともすれ違えないほどのありえない路地(でも地域の交通に貢献しているようだ)を抜け、しこしこと進んでいくと、これまた、歩行者しか通れないような橋がかかった川に出る。

 橋の上から下を見ると、例によってアオサギがじっと立っていた。

 今どき、こんなところにこんな風景があるなんて、と思いながら、要所要所で地図を取り出し、立ち止まりながら進んでいく。幸い、大きく迷わずにはすんだ。

 途中、そこここの学校で運動会などをやっている。

 やっとたどり着いたイタリア料理屋は、どう見ても休み。そんなはずは・・・一応調べてきたのに、と思うが、思っても詮のないことである(後で、火曜日は第一だけ休みだということを知った)。

 近くにまだ行ったことのない老舗のうどん屋があったことを思いだし、気を取り直して行ってみると定休日。
 そして、2〜3度行ったことのある小粋な洋食屋の前をたまたま通りかかると、既に店はなく、外装を取り外したうらぶれた壁の横に、「テナント募集」の看板が空しく立っていた・・・

 やれやれ、いつもの昼食ジプシーが始まってしまった。どこで何を食べられるやら・・・

 結局、以前夕食にちょくちょく通っていた洋食屋のランチで、太刀魚のフライを食べることになった。
 かれこれ20年以上前から知っているマスターは、もはや私の顔を覚えていないのか、以前の「まいど」がない。いつも家族と来ていて、1人で来るのはたぶんまだ2回目だからかもしれない。仮に覚えていても、「まいど」というほど来てないからかな。
 こちらから「ご無沙汰してます」というのも、今日は遠慮した。

 食べ終わった後、まったく手元を見ないでどんどんジャガイモを剝き、8つに切っていくマスターにびっくりする。別の客と話をしているのだ。
 まず両端を落とし、皮をむき、縦に十字に切って4つにし、最後に真ん中で2つに切って8つにする。
 この一連の動作を、目をつぶっていてもできるということである。ありえないようなスピードで動く庖丁の勢いが恐い。

 ざっと計算してみると、マスターが今剝いているジャガイモは、彼が剝く50万個目のジャガイモかもしれないということに気づく。何十万個も剝いていれば、確かに、もはや手は機械のように自動的に動くのかもしれない。
 真面目に毎日こつこつと働いている料理人の凄さを思う。

 帰りは実にスムーズに進んだ。行きの橋の一つ上流にある橋を渡る。本来なら行きの時にも渡るはずだった橋だ。
 橋の途中で立ち止まると、今度はコサギが上流から飛んできて橋の下をくぐり、例の歩行者専用橋との間の川に降りる。

 思いもかけず長い昼食になったが、道を選べばほとんど車と出会わずに走れることが改めてわかったのは収穫だった。

 今日は仕事の方も朝から夕方までよく働いた。

 夜は家族で外食、買い物。息子の視力が3段階も落ちていてショックを受ける。

 帰ってから洗濯物をたたみ、また靴下を繕い(やはり息子は「つぎをあてる」というのが何のことかまったく知らなかった)、食器を洗う。

 充実した一日ではあった。ほとんど何も生産していないんだけれど。

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2007.10.01

◆つぎあて

 その昔、死んだ祖母は孫の衣服によくつぎをあてていた。

 (「つぎをあてる」って、息子は知っているんだろうか?)

 もちろん、子どもとしてはそれほどありがたくもなかったし、なぜか生地と違う色の太い糸で縫っていたりするので、目立って恥ずかしかったものだ。

 靴下に穴が開いたときも必ずつぎをあててくれたように記憶している(さすがに白い靴下には白い布で白い糸だったか・・・)

 でももう、たぶん何十年もつぎとは無縁だった。

 だが、相変わらず靴下に穴は開く。親指が少し上を向いているのか、ほぼ必ず、そこだけ穴が開くのだ。だれでもそうなのかな。

 それに応じて足の裏の生地が薄くなっているとか、足首のゴム?が緩くなっているとか、ちょうど「捨て時」だといいのだが、そうではなくて、穴だけが開いてしまうと、始末に困ってしまっていた。

 捨てるには惜しいというか、もったいないのだ。

 といって、繕って履き続けるのもどうかと思う。しょせん、さんざん履き古した333円の靴下なのだ。

 というわけで、これまでは泣く泣く?捨ててきたのだが、今日突然?大穴の開いた靴下はお気に入りだし、まだまだ履けそうに見えたので、試しに繕ってみることにした。

 さすがにつぎは当てないのだが、前からちょっとやってみたかったのだ。労力が見合う気がしないのと、なんだかみみっちいような気もして今までしなかったのである。

 だが、まだまだ履ける靴下をゴミにするのはいかにももったいない。

 というわけで、糸だけを使って繕ってみた。

 あっという間にできあがり、黒い靴下ということもあって目立たない。どうせ人前で靴を脱ぐ機会なんてほとんどないし。
 これなら今後もやってみようという気になった。

 小学校の時など、とりわけいい孫ではなかった自分でも、今は祖母を思い出しながら針を動かせる。
 それに、環境保護への中途半端な良心も、少しは慰められるかもしれない・・・

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