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2008.06.28

◆食わず嫌い

 今日、家人が久しぶりに友人と食事に出かけるというので、土曜日まで授業のある息子の学校近くまで迎えに行き、お昼を2人で食べることにした。
 遅くまで学校にいるので、まともな店のランチタイムが終わったころに待ち合わせ。
 これからでは行ける店も限られる。

 「何が食べたい?」と聞くと「ラーメンかうどんか回転寿司」という。もうちょっとまともな提案はないのか。

 お寿司は家人が夕食に買ってくるかもしれないと言っていた。「ラーメンかうどんか決めろ」というと、「うどん」という返事。
 この時間になっても開いているおいしいうどん屋というと、吹田の衆楽か、池田(訂正:箕面に移転したのに池田のつもりだった)の家族庵しか思い浮かばない。いずれもけっこう遠い。

 そこで思い出した。

 2〜3年前、大阪モノレールの北への延伸と相前後して、豊川駅のすぐ北東に、食べ物屋ができていた。

 「味楽亭」の看板が上がり、広めの駐車場、「お好み焼き・鉄板焼き・うどん・しゃぶしゃぶ」などと幟が立っている。

 ときどき通る場所なので、一度は行ってもいいかなとか横目に見ながら、その佇まいと幟の不見識さ(今日誤解だとわかった)とから、結局行ったことがなかった。

 時分時(って死語?)に通りがかることも滅多にないので、いつも空いている駐車場を見て、「いつつぶれるのかなあ」とか思っていた。

 この機会にだめもとで行ってみよう。

 ところが、店にはいると、メニューにうどんがない。お好み焼きや焼きそばや鉄板焼きばかりなのである。
 店員に聞こうかと思っていると、メニューの一番後ろに、「1F お好み焼き・鉄板焼き 2F うどん」の文字があるのをやっと見つけた。

 遠慮する息子を問いただし、本当にここで焼きそばとかを食べていいのかと念を押すと、やはりうどんが食べたいという。

 息子よ、何事においてもそんなに遠慮ばかりする必要はないのだ。

 店員に、「すみません、うどんを食べに来たんですけど、お店が違うんですか?」と聞くと、やはりうどんは2階だという。しかもまったく別の店らしい。
 「すみませんでした」といったん店を出て、2階へ上がる。

 何だか学校の校舎を思わせる階段と廊下があり、廊下から教室にはいるようにうどん屋にはいると、実にこぢんまりした空間がそこにあった。

 メニューは昨今はやりの「ぶっかけ」とか「生醤油」とかそういう感じ。温かいうどんもあるが、そばはない。
 それに、驚いたのは、天ぷらがらみのメニューが一切ないことだ。

 どうも、ちょっとうら寂れていて、つぶれないのかなあという気がやはりする。

 だが・・・

 「天ざるうどん」を生き甲斐にしている息子には少々つらかったかもしれないが、うどんが出てくるまでにけっこう時間がかかっているので、期待が芽生えた。
 きちんとしたうどんをちゃんと茹でている感じがしたのである。

 案に違わず、しっかりしたコシがあってしかも固すぎない、もちっとしつつも伸びやかな ささめうどん が供された。

 これははっきりと「おいしい」と言えるレベルである。

 私は山かけうどん(冷)を食べたが、このメニューは珍しくないか。息子が「ぶっかけ」にしたので奇を衒ったのだが、2人ともぶっかけでよかったと思った。

 「教室」前の廊下の突き当たり(というほど長くはないが)にも暖簾が掛かっていたので見に行くと、そこが「しゃぶしゃぶ」の店であった。

 なるほど、別々の3店舗で全体として「味楽亭」を構成しているのだ。

 長くなった。わざわざこんなことを記したのは、このうどん屋をつぶさないために、皆さんに宣伝する目的である。

 おいしいうどん屋は、「福増屋」。(←情報古く、間違いもいくつか)
 しゃぶしゃぶ屋は、「茨木 しゃぶ亭」。
 最初に間違えて入ったお好み焼き屋は、「太閤さん」。ここは一応、喫煙・禁煙に別れていた。

 この3つのフードコンプレックス(笑)が「味楽亭」。

 お近くの方は(特に「福増屋」に)ぜひお運びください。

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◆40分待ち?

 近所のコンビニにて。

 フライドチキンのあるべき場所がからっぽである。

 「あのぅ、すみません。フライドチキン、ありますか」
 「いやぁ、待ってもうたらできるんやけど・・・」

 なんだか売りたくなさそうである。店は空いている。店員も他に1人。

 「じゃあ、お願いできますか」
 「うーん、いくつ?」
 「2つお願いします」
 「時間かかるけど、いいですか」
 「えっと、どのくらい?」
 「そうやなぁ、ちょっとまってね(壁に貼った表を見る)」
 「ええっと、35、いや、40・・・」

 まさか40分待てということはあるまい。40分になったら配送されて来るのかな、とちらっと考える。だが後で時計を見ると、2時50分過ぎであった。

 「そうやね、40秒ぐらい」
 「40秒?? えっ? あ、じゃあ、お願いします」

 客である私はTシャツを着た子連れの男である。時は土曜の昼下がりだ。40秒が待てないわけがない。

 「2つやね」
 「はい」

 実際、2分は待たなかった。店内をぶらぶらしていればすぐであった。おそらく、袋から出してレンジで35秒暖めて売るだけなんだろう。

 あのおばちゃんの態度はどうしてなのかと思う。単に面倒なことはしたくなかったのか、それとも「少々お待ちください」では1分を待てない客が多すぎるのか。

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◆バター買い占め

 バターが品薄だというのはニュースで聞いていたが、いつだったかスーパーに行ったら、現実にまったく払底してしまっているのにちょっと驚いた。

 ここはほんとうに21世紀の日本なのか、と思った。

 先週、同じスーパーに行くと、何とか1種類だけ、普段買わないバターがあった。

 バターがないと飢餓感を覚える家人に「バターあったで」と報告すると、ことのほか喜び、「3つぐらい買っておいて」との仰せがあった。

 特に「お一人様おいくつ」とか書かれていなかったので、やや良心の呵責を覚えつつ、3つ買った。

 朝早かったからまだ残っていたのだろうか。全部で10もなかったと思うので、午後からはまた品切れになるのかもしれない。
 ___

 こういう、庶民の「プチ買い占め」を経験したのは、それこそ例のトイレットペーパー騒ぎ以来だと思う。

 遠く幼い日、両親がホンダのスーパーカブに2人乗りしたりして、積めるだけ持てるだけのトイレットペーパーを買って帰ってきている映像がまだ脳裏に鮮明である。

 思えば、あの頃は自家用車もなかったのだ。
 ___

 バターはまだ3つとも、冷蔵庫で眠っている。
 トイレットペーパーと同じように、この在庫がなくなる前にごくふつうに手にはいるようになるのではないかと疑っている。

 だが、これまでの経験則から「どうせたいしたことにはならない」と信じてしまっていいのだろうか。

 何だか、やや心許ない気がする。

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2008.06.27

◆また値上げ

 7月からまたガソリンが1リットルあたり10円ほど値上がりするという。6月にも10円上がったばかりなので、やはりちょっと驚く。5月にも上がらなかったっけ?(あの税金騒動は別にしても)

 何にせよ、物価がこんなに動くなんて、例の「狂乱物価」以来ではないだろうか。だとすると三十数年ぶりとかになる。

 前回と違うのは、給料が全然上がらないことだ。

 まあ、末端の単なるガソリン消費者であるわれわれはまだいいとしても、そのせいで漁に出られないとか会社が倒産するとかいうのには、やはり胸が痛む。

 ところで?、表題の「また値上げ」はガソリンのことではない。

 ブリヂストンがタイヤの値段をまた上げるそうだ。

 そろそろクルマのタイヤを交換せねばならない。今年4月、スタッドレスから夏タイヤに戻すタイミングで替えようかとも思ったのだが、在庫がなかったりしてそうしなかった。
 その際に、「4月から値上がりしたばかり」と聞いたのだ。

 それがまた、9月から値上げだという。3月に替えるのと9月に替えるのとでは、2万円ほども違ってきそうである。
 4月の値上げは事前に意識していなかったが、今度は知っている。ここはやっぱり、早めに交換すべきなんだろうなあ・・・

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◆また故障

 もうすぐ車検に出す愛車のパワーウィンドウスイッチが先日故障した。

 とりあえず開け閉めはできるのだが、「ワンタッチ一気閉め」ができない。やっぱり修理すべきかなあ・・・

 運転席に4つ、各窓に1つずつ、計7つあるスイッチのうち、圧倒的に利用する機会の多いスイッチ1つだけの故障で、以前にも1度修理している。ということは、明らかに使用頻度の問題だと思われる。
 だがもちろん、窓の開け閉めが人より頻繁だなどということはない。3年ほどふつうに使うと必ず故障するスイッチ、ということか。

 何万回の耐久試験とかはやってないんだろうか。たいていはやるはずだと思うんだけど。

 こういう細かいところの品質が、やはりイマイチなのかもしれない。しかし、エンジンとかそういうクルマの性能の根幹に関わるところだって、いろんなスイッチ類の集積だと思うと、こういうマイナーな故障がちょっと気になる。

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2008.06.26

◆下品なマダムたち

 昼に何を食べるかはずっと悩みの種だ。

 今日も何だかピンとくるものがなく、たまには行ったことのないところで何か食べてみたい気分になり、それなりに店がありそうな場所にふらふらと出かけた。

 予定していた周辺には閉まっている店も多い。木曜定休の店が集中しているのか、それともつぶれたのだろうか。
 そこから南西に向かうと、思いがけず、小さなイタリアンの店があった。またパスタかという気もするが、店の真ん前に駐車場があり、その1台しかないスペースが空いていたので、それにつられて店に入る。

 隣もカジュアルなフレンチの店だったが、後で調べると、そちらの駐車場も1台だけのようであった。

 店に入るなり、タバコの臭いが鼻をつく。
 うわっ、失敗したかなと思うものの、引き返す勇気がない。それにしても、客は主婦とおぼしきグループ一つだけなのに、だれがタバコを吸っているんだろう?

 隅の席に着いてから目をやると、その主婦の(少なくとも)ひとりがタバコを吸っているのだった。それでこれだけ臭うのだから、やはり食事をする場所でのタバコは控えていただきたいと思う。

 それはそれとして、この主婦たち、大きな声でガッハッハッと笑いながら下品な言葉遣いでくだらない会話をしている。とにかく声が大きいので、何もかも丸聞こえだ。

 持参した本に意識を集中しようとしても、それすらできない。

 「ちょっと油断してたらすぐ帰ってくるから、もうたまらんわ」というのは、小学校に通う子どものことらしい。
 「3時になったらもう帰ってくんねんで。やってられへんわ」

 私が店に入った時点で食事は完全に終わっているようだったので、早く出て行ってくれないかなあと祈っていると、7人組のうち2人だけが、エステに行くとかで先に出て行った。
 出口が私の席のすぐ前だったので、見るともなく見送ってしまったが、「その顔と体型でエステですか」(ごめんなさいごめんなさい。いつもはこんなことは思いません。どうか許してください)と毒づきたくなった。

 一番安いランチが前菜もデザートもなしで1200円する店である(入ってから微妙に後悔した)。
 おそらくは2000円とかそれ以上の昼食を食べて、終わってからエステに行ったりするこのマダムたちの夫の収入はどうなっているんだろう。
 もし私一人の収入で家族を支えていたら、家人には絶対そんな生活は無理だと思う。まして、彼女らは子どもが小学生ぐらいの世代なのである。

 後から入ってきて隣に座った中年男性と若い女性の2人連れも、マダムたちがいなくなった後、彼女たちの話題で盛り上がっているようだった。こちらは小声なので、隣といえども会話の内容が詳しくはわからない。

 環境問題やら派遣労働やら格差社会やらで新聞を読むたびに気分が沈んでいく毎日だが、そういうことをうじうじと気にしたりせず、
「もうほんま、はよ帰って来んかったらええのに」
「またすぐ遊びに出ていくんやからええやん」
などと、店の人も他の客もまったく気にせず、自分を肯定してホンネを語れる下品なマダムたちの健康な精神が羨ましいような気がする。

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2008.06.24

◆Glass Ceiling と Glass Wall

 Glass Ceiling(ガラスの天井)というのは通常、「社会的な上昇を目指す女性の行く手を阻む、目に見えない壁(天井)」という意味で使われる言葉である。

 だが、今日は文字通りの「ガラスの天井」を見た。その2時間ほど前には、Glass Wall(ガラスの壁)も目撃した。

 何だか不思議な日だ。

 Glass Wall に阻まれていたのはバッタ。子どものころ、トノサマバッタと呼んでいた種類だ。

 職場の非常階段の壁際にいて、何度も飛び跳ねては羽をばたつかせ、ガラスの向こうの草地に行こうともがいているのだが、何度やっても行けない。
 見ている間に十数回はやっていたが、何しろ知能に乏しく、別の方法を試みようという考えは皆無なので、何度やっても結果は同じである。

 ずっと見ていたらどうなるのか、何かの偶然であの窮地から抜け出せるのか、そのうち弱ってしまってひからびてしまうのかはわからない。
 暇だったらずっと観察して1時間ぐらいはつきあえるのだが、さすがにそうも行かず、早々に捕まえて草むらの方に逃がしてやった。

 でも、バッタですら触るのにかなり躊躇してしまう。おそるおそる手を出す3歳の子どものようであった。

 Glass Ceiling に阻まれていたのは大きな黒い蝶。撮った写真と図鑑を見比べると、どうやらカラスアゲハの夏型らしい。

 本屋を出て、トイレに行こうとしている時だった。渡り廊下のような部分のガラスの天井に阻まれて、どこへも行けなくなっているのを見た。

 ちょっと気になったが、人通りがそれなりにあったので最初は素通りした。トイレから戻ってもまだこのままだったら写真を撮ろうと思って戻ってくると、案の定そのままであった。

 人が少なくなっていたので、5分間ほど写真を撮り続けたが、その間結局、天井のガラス1枚の範囲から出られなかった。上へ行こう上へ行こうとがんばっているから、いつまで経ってもダメなのだ。

 こちらは高すぎて助けられないので、可哀想だがそのままにしてその場を後にした。あの後、どうなったんだろう?

 ガラスを超えられなくてもがく、バッタとチョウ。しかしもしかしたら、彼らはそこにガラスがあることにすら気づいていないのかもしれない。

 われわれが、もがきながらも、今いる場所から一歩も動けないときと同じように。



                    ↑

                  蛇足か・・・

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2008.06.23

◆傾いた家

 リビングのドアが調整ではどうしようもなくなってしまっていた原因はなんと

   !わが家が傾いている!

ためであった・・・

 修理行脚どころではなく、もはやよほどの覚悟がない限り修理不能であろう。

 もっとも、そうと決まったわけではなく、傾いているのは壁だけかもしれない。2階の一番大切な構造壁なので、あんまり慰めにはならないけれど。

 傾いた家というと、叔父の住んでいた社宅を思い出す。まだ小学校に入ったばかりのころだと思うのだが、あの異様な傾き具合は鮮明に覚えている。

 子ども心に、「傾いた家」というのは、こういうものなのか、と感心した。もはや開口部が平行四辺形に見えるほどで、頭の中に今も残るイメージでは、向かって右に10度ほど柱が傾いている。
 叔父はその平行四辺形の底辺の中点に、あぐらをかいて座っていた。浴衣姿で左手にはうちわを持っていた記憶がある。
 実際にも5度ぐらいは傾いていたのではないか。たとえ短期間でも、よくあんな家に住んでいられたものだ。

 わが家は幸いそれほどではない。ふつうに生活してたのではもちろんわからないし、計算してみると0.2度ぐらいというところのようだ。
 でも、こうして座っていても、右が下がっているような気がしてきた。気のせいだとは思うが。

 知りたいのは、最初から傾いていたのか、それとも10年の間に少しずつ傾いてきたのか、また、家がそれぐらい傾いているというのはふつうのことなのか、ということである。
 後者について何かご存じの方はぜひお教えください。

 結局、リビングのドアは、下を削って床に当たらないように加工してもらった。
 何度も削り直し、「相当削りましたよ」と力説されたことに若干落ち込む。

 だが、後で見てみると、上の方は以前より隙間が空いているので、もっと上手に調整すれば削る量が少なくてすんだのではないかという気がしないでもない。

 2回来てもらって5千円。出張費も税も込みなので、まあ安いと言わねばなるまい。

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2008.06.22

◆ラットレース

 どうしてこんなに豪華キャスト揃い踏みにしなければならないのかよくわからない、ものすごいドタバタコメディ。

 しかし、とてもいいできで、オープニングのアニメーションを除けば、全編笑いっぱなし。これはやっぱり、キャストがいいからなのだろうか?

(でもなんでこの映画を取り上げたんだろう? 他にも傑作・名作を見てるのに・・・)

(Rat Race, 2001 U.S.A., Canada)

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2008.06.17

◆外した昼食

 けっこう有名な回転寿司チェーンが新しく出した店で昼食。たぶん、2度と行かない。

 安い皿を4枚と150円の赤だしで1000円強。

 500〜600円ならまあ、エネルギー補給ができたと納得できるが、どこをどう考えてみても、1000円を超えるような価値はない。
 強いていえば100円皿のイカと赤だしはまあまあだった。イカだけにすれば550円(+税)か(笑)

 1800円(+税)で、「うーん、やっぱりうまい」と唸れる寿司屋を知っている。
 昼食に2000円近くは、そうそう出せるものではないという気もするが、なかなか気づいてくれない店員に気を遣いながら、こういう雰囲気でこういうのを食べても1000円超えるなら、絶対に唸れる方を取りたい。

 以前、別の寿司屋のご主人が「100円均一じゃない回転寿司屋が一番中途半端でコストパフォーマンスが悪いですね」とおっしゃっていたのだが、今日はそれを実感した。

 100円均一のところにはちょくちょく出かける。皿に1つしか載っていない「高級」なのでも、2個で200円だ。今日の店は200円以下で食べられるものはあまりなかった。
 ___

 そうそう、先日、「おいしい」と言っていいような回転寿司屋で息子と2人で食事をした。が、遠慮がちに食べたにもかかわらず、結局2人で4000円近かった。

 それならもっとおいしい寿司屋で唸れたのである(息子は十分唸っていたけれど)。
 ___

 というわけで、今後は、まともな寿司屋か100円均一の二者択一ということにする。

 今日でその決心がついたと思えば、外した昼食にも価値があったということか。

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2008.06.16

◆今度はリビングのドア

 修理行脚は続く・・・

 備忘録だから短く書こう。

 リビングドアの下側が床に当たるようになって、調整ではどうにもならなくなった。

 もともと、このドアだけ最初から微妙に調子が悪い。他のドアは調整なんかせずに放ってあるのに、特に不具合はない。このドアだけは、10回以上は調整していると思う。

 その調整後にヒンジの位置を固定するネジがバカになってしまい、「エポキシパテ 金属用」というので雌ネジを埋めて再生しようと思ったが失敗、とうとう業者に来てもらった。

 だが、もうすでに限度いっぱいまで調整している感じだったし、来た方もこのメーカのドアは初めてだということもあってか、1時間ほど格闘しても直せず、メーカに指示を仰いで出直してくるということになった。

 いつまで続くんだろう。♪修理は続くよ、いつまでも・・・ということにならなければいいのだか。

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◆久々の邂逅

 といっても、碌なものに会えたためしがない。

 ゴキブリである。立派に成長したそれ。

 おそらく、このブログを始めてから自宅で見たのは初めてだと思うので、5年ぶり以上か? しかも、台所とは階の違う書斎(というか勉強部屋)にいたのだ。

 家人に出動を要請され、広告の束で無事しとめた後(毎日投函され、そのままゴミになるチラシも、たまには役に立つ)、部屋内での飲食禁止を息子に厳しく言い渡す。いや、マジですから。

 もちろん、何が原因かはわからない。

 むかしCMで聞いた、「一匹でも見かけると・・・」(続きが知りたい若い人は、検索したりしないでメールください(笑))が頭の中で何度も鳴る。

 台所とかならまだわかるんだけど、この分だと寝室にまでいるんじゃないだろうなと疑心暗鬼になり、早速寝室を捜索してみた。

 とりあえず見つからなくてほっとしている。

 あの一匹が最初で最後だといいのだが・・・

 ___

 あ、備忘を兼ねて。

1.今日、半年ぶりぐらい?に庭に出て、草引きとかをしたのと何か関係があるのかな。
2.スズメバチと間違えるほど大きい、アシナガバチとおぼしき女王蜂は退散してもらって、幼虫が入っている小さな巣は撤去した。女王蟻は飼っているのに理不尽だが仕方がない。絶対刺さないなら可愛がってあげるのに。

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2008.06.15

◆問題解決の醍醐味

 息子が「週末の宿題」と題された数学のプリントに手こずっている。

 土曜日まで授業があるのに、「週末の宿題」なんか出すなよ、と思う。いつ遊べばいいのだ?

 中学までは基本的に家人が勉強担当だったのだが、今年からは忙しくてそれどころではないようだ(結局、4月に仕事しなかった日はゼロ、5月は1日だけであった)。

 それに、土日にはいくらか余裕があるとはいえ、高校の数学なんかになってくると、家人の手に負えない問題とかも出てくる。

 というわけで、のっそり起き出してきてブランチが終わると、「この問題解ける?」という話になった。
 何でも、冒頭に記した「週末の宿題」とやらで、答だけを書いたプリントは一緒にもらっているものの、解答への道筋はヒントすら一言も書いてないという。

 高校の数学の問題なんかを解くのは、たぶん二十数年ぶりだ。公式とかだってほとんど覚えていない。

 しかし、ここで解けないというのもコケンに関わるので ^^; 、休日の貴重なくつろぎの時間を費やして数学のプリントに取り組むことになった。

 できないのは順列組み合わせの問題だという。

 問題を見るものの、どこから手をつけていいかすらすぐには浮かばず、途方に暮れる。
 だが幸い、所詮は日常の宿題レベルだ。難問というほどのことはなかった。

 それでも、最初の小問を何とかクリアした後、2つめの小問には少し手こずった。とっかかりすらわからないのである。

 少し考えるうち、ちょっとめんどくさい操作を地道に数回繰り返せば、解答にたどり着けることはわかった。
 しかし、ほんとにそんな面倒なことを要求する問題なのだろうか。

 ともかくやってみなければ仕方がない、やっているうちに規則性が見つかるかもしれない、と思ってその操作を始めると、案の定、3回目ぐらいで、4回目以降も結局は同じことになるということがわかる。
 念のため、最後の6回目まで書き出してみると、2回目から6回目までは同じになった(1回目が違うのは、勘違いで間違えていたからだった)。

 結局のところ、面倒な作業を1回だけやって、後の5回は1回目と同じ数字になることを発見し、1回目の数字×6で答えが出る・・・という問題だった。
 「解き方」を覚えれば「発見」部分は不要になり、機械的にできるようになるのだろう。
 ___

 それにしても、簡単な数学の問題であっても、何も手がかりのないところから自分の力で少しずつ問題を整理していき、最後にはすっきりとシンプルな解に至る過程には、問題解決へのすがすがしい醍醐味がある。

 すっかり忘れていたけれど。

 願わくは、私よりさらに数学が苦手な息子に、この醍醐味を知ってほしい。
 受験が終われば何の役に立つわけでもないかもしれないにしても。

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2008.06.14

◆ヘリコプターの活用

 岩手・宮城県境あたりを内陸型の地震が襲った。

 ニュースを見ていてもどかしいのは、「上空からではどういう状況かわかりません」というヘリコプターからのリポートである。

 発生から時間も浅く、誰も救助に入っていないのは「上空から」でも明らかにわかる。であれば、そこに救助を必要としている人がいるのかどうかというのは非常に重要な情報だ。

 見ている範囲でも、降りてみればいろいろわかるだろうと思われる映像がかなりあった。陸路では無理でも、ヘリなら行ける場所はいくらでもある。
 状況を調べてしかるべきところに報告してもいいし、今回に限って言えば、被災者の移送なども担えたかもしれない。

 阪神淡路大震災のような、都市を破壊する直下型の地震では、ヘリが降りて活躍する余地はあまりない。
 むしろ、瓦礫に埋まった被災者の声をかき消す騒音として、非常に忌み嫌われたのが記憶に新しい。

 だが、今回のような地震では、降りられるところはいくらでもあり、報道にせよ人命救助にせよ、降りればもっと役に立つのではと思われる。

 おそらくは、報道機関もそうしたいのではないだろうか。だからたぶん、航空法が壁となって降りられないのだと思われる。

 「航空機《中略》は、陸上にあつては飛行場以外の場所において《中略》離陸し、又は着陸してはならない」(航空法第79条)のだ。

 この「航空機」にはもちろんヘリも含まれる。

 今日のような非常事態の時は、こういう条文の杓子定規な運用を見直すべきではないだろうか。
 幸いなことに、法改正するまでもなく、この後には、

 「但し、国土交通大臣の許可を受けた場合は、この限りでない」と続くのだ。

 また、

 「前3条の規定は、国土交通省令で定める航空機が航空機の事故、海難その他の事故に際し捜索又は救助のために行なう航行については、適用しない」(第81条の2)という条文もある。

 どの条文のどの文言をどう使えばいいのかはわからないが、とにかく、今日の正午あたりにでも、一括して「離着陸していいよ」ということにしていれば、民間のヘリが情報収集や被災者救助にもっと役だったのではないかと思う。

 もちろん、そんな前例は(たぶん)ないし、内閣の危機管理マニュアル?などにもそういう発想はないだろうから、今日は無理だっただろう。が、今後のことはぜひ考えてもらいたい。
 ___

 一方で、一括許可が出たからと言って、無秩序に離着陸されても困る。それに、現在でも、航空法に従う限り飛ぶのは自由なので、民間ヘリは傍若無人に被災地の上を飛び回っている。

 非常事態なんだから、ヘリの活用をもっと包括的に考えられないだろうか。

 民間のヘリといえども、どこで何をしているのか広域災害対策本部が一元的に把握して、何か指示を受ければヘリはその指示に従う努力義務を負うとか何とか、いくらでも工夫はできそうである。
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 十年一日のごとく「上空からではどういう状況かわかりません」というレポートを聞かされても、私たちには何にもできない。

 だが、同じようにいつもあれを聞かされているはずの政治家や官僚たちが何も方策を考えないとすれば、怠慢に過ぎると思う。

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2008.06.13

◆「一部変えて」

 ソフトバンクの孫社長によると、iPhone の「料金プランについては「(夜間を除く自社間通話が無料の)ホワイトプランを一部変えて適用する方向」」(asahi.com)だという。

 「一部変えて」がクセモノですね。

 本体価格も、「割賦と割引を利用した場合の実質的な負担額を2万〜3万円とする」(同)というが、これも私が現在の携帯を買わされたクセモノ方式。

 まあそれでも、iPhone の魅力の前には陥落するしかないかな?

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◆32℃とか 77777 km とか

 公式な記録は知らないが、職場間移動の車中で見た外気温計が 32℃を示していた。たぶん、今年最高だと思う。
 車内の温度は体温ぐらいか? 途中から、さすがにエアコンを入れた。

 見事な五月晴れだった。

 そういえば先日、午前1時前にラジオを聞いていると、ニューヨークの最高気温が 35℃だとか言っていた。
 6月の初旬にそんな気温になるようなところだったっけ? とちょっと気になっていたら、その後案の定、時ならぬ熱波に襲われているというニュースを耳にした。

 大陸は何でもスケールが大きいが、ニューヨークみたいな海沿いの街でも気候に大きな変動があるんだとちょっと驚いた。

 日本では、能登沖での本マグロの水揚げが史上最多だという。どこぞで竜巻も発生した。

 後者はもちろん喜べないが、燃料高騰で遠洋のマグロ漁に出られない船が増える中、前者のニュースは喜んでいいのだろうか。
 ___

 帰宅すると、車の総走行距離がちょうど? 77777 キロ。11111から66666は見逃したと思うので、初めて見るのが7並びというのはちょっと嬉しい。

 まだ新車みたいに思っているのだが、ふつうの人なら買い換えを考えるだろうか。ばんばん故障して修理費に音を上げることさえなければ、一応、15万キロを目指そうと思っている。

 以前より乗り控えているので、いつのことになるかわからないけれど。

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2008.06.11

◆「iPhone、大幅値下げで日本上陸 3Gに対応」

 「iPhone、大幅値下げで日本上陸 3Gに対応」(asahi.com)だそうである。

 3Gというのが何だかよくわからないけど(3rd Generation なのかな)、私の今の携帯もソフトバンクで3Gのはずだ。

 ということは、単に iPhone を買えば、ロムを入れ替えてそのまま使えるのだろうか?

 「日本では一般的なワンセグや「おサイフケータイ」がついていない」(mainichi.jp)ことが欠点のように言われているが、そんなもの使ってないし、まったく不要である。

 これは欲しいかも。

 何だか知らないうちに2年ローン?で高い携帯を買わされてしまっているので(契約がほんとにわけがわからず、何にいくら払っているのか、結局合計いくらになるのかとかほとんど五里霧中である)、少なくともそのローン?が終わるまでは我慢しようとか思っていた。

 だが、ほんとにこんなに安いなら(安いのは200ドル、高いのでも300ドル程度だという)、買ってしまってもいいような気もする。

 それとも、日本の複雑怪奇な料金体系で本体値段をつり上げるのだろうか。「日本でも同水準の価格となる見通し」(asahi.com)というのがほんとだといいんだけど。

 いずれにせよ、ケチだしエコだし・・・やっぱり早くても2年後にしようかなとか思っていたら、ハタと気づいたことがあった。

 高校1年生の息子が携帯を持っていないのだ!

 折しも、「ホワイト学割」が始まったばかりで、3年間基本料は無料でもある。であれば、息子のものということにして新たな回線を契約し、iPhone を買ってしまえばいいではないか。

 とか思っていると、頑固でまじめ一徹、学校文化に毒された息子は、「ぼくは携帯なんかいらん」と言う。
 携帯は不良が持つものだとか、半ば本気で思っているのだ(どんな不良やねん)。

 「とにかくこれやるから、お前使え。いらんねやったら使わんでもええし」

 もはや無茶苦茶である。

 「ホワイト家族24やから、家におるときでも2階と1階で使えるし」
 「そんなん、使いたない」

 うーむ。息子を説得するのは難しそうだ。

 どうしよう? 幸い、まだしばらく時間はある。

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2008.06.09

◆ロードレーサーと勝負?

 自転車通勤。

 仕事からの帰り、信号で止まると、ヘルメットにレーパン姿のバリバリのロードレーサー(リンク先は一例)がすぐ前にいた。
 タイヤはあくまで細く、自転車は羽のように軽そうに見える。乗り手の立派なふくらはぎは、きれいな小麦色だ。

 信号が青に変わったら、どこまでついて行けるだろう、とちょっと茶目っ気を出してみた。

 出だし、相手はしゃかりきに漕いでいるのに同じような発進加速だ。

 その後、相変わらず相手は必死に漕いでいるのだが、こちらは徐々に重いギアに変え、ほどなくトップギアで軽めに流す感じになる。

 車間距離を数メートルに保ったまま、後をついて行く。何の苦労もない。どうかすると抜くことすらできそうである。

 だが、前のレーサーはもの凄い勢いで脚を回転させている。

 オレって、もしかして速いのかも、と思うほどバカではない。体力も脚力も人並み以下であることは十分承知している。

 なので、あれは何だったんだろうという気がする。軽いギアのままスピードを出し、脚をすごく速く回転させる練習とか、そういうのがあるのだろうか。

 速度は最高で40km/h をちょっと超えたぐらい(あ、歩行者のいない自転車専用道路の直線で、緩い下り坂です)。

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◆これ何?

 家に帰ると、待ちかまえていたように私をアリのところへ導く息子。

 「これ何?」

 わかっていて聞いている。

 「そら、卵やろ」

 「2個あんねん」

 やっぱりわかっていたのだ。

 あとで虫眼鏡を使って見ると、いかにもアリの卵という格好をしていた(見たのは初めてだけど)。
 空豆型というのが一番ぴったりか。

 ちゃんと成虫になってくれるといいんだけど。

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2008.06.07

◆残酷な女王様

 女王蟻をアントクアリウムで飼うという、まったく同じことをなさった先達がいることをネットで見つけた。

 それによると、卵を産み、それは幼虫にはなるものの、結局それ以上は成長せず、また、女王一匹で巣を掘ることもないので、試みは失敗に終わったということらしい。

 自分の場合は違うかもと淡い期待がないわけではないが、同じ轍を踏むのもおもしろくない。

 ここは早々に見切りをつけて、働きアリを投入し、巣作りをさせようと試みた。同じ自宅の玄関前で捕らえたアリならちゃんと女王に仕え、巣作りに励むかもと期待したのだ。

 幸い、玄関先に巣を作っている大きな黒いアリがわんさかいるので、捕獲は容易なはずだ。

 だが、息子と2人で苦労して(入れようと蓋を開けると、すでに入れたアリが逃げるのだ)4匹ほど入れてみたものの、どうも、女王と働きアリは仲良くできないようである。
 接触すると、格闘を始めるのだ。

 当初、とにかく激しく歩き回っているし、環境を変えられてパニック状態に陥っているだけだから、そのうち落ち着くだろうと思っていた。

 息子の方がむしろ冷静に、「この女王アリはクロオオアリやけど、働きアリの方はクロヤマアリちゃうん? 大きさがぜんぜんちがうやん」とか言っていた。
 たしかに大きさは違うのだが、なに、同じ場所で捕まえたのだ。女王アリはこれぐらいでかいのだ、とか思っていた。

 ところが、「これ、どうみても7mmもないで。いや、あるかな?」と言い始めた。何でも、クロオオアリなら、働きアリでも7mmぐらいはあるはずなのだそうである。

 まあしかし、とにかくしばらく様子を見ようということになって、のんびり夕食を食べ終わると、そこにはなんと、かわいそうなクロヤマアリ?のバラバラ死体が横たわっていたのであった。

 女王アリを連続殺蟻鬼にするのも、被害蟻も可哀想なので、「様子を見よう」という当初の目論見は小一時間を待たずにあえなく潰え、苦労して捕まえた残りのアリを逃がすことにした。

 息子は、アントクアリウムの方には働きアリを残し、女王の方を別容器に入れたいと主張したのだが、大枚3000円近く出してこんなものを買ったのは、女王アリを捕まえたからこそなのだ。
 家人の応援も得て、結局、女王アリを残すことにした。

 だが、おそらく、女王アリ一匹では巣は作らないし、卵だってまだ産まれていない。

 「巣、作れへんねやったら、これに入れといてもしょうがないやん」


 息子よ、その通りなのだ。

 だが学べ。人は時として理屈に合わない願望を遂行したくて、それを制御できないことがあるのだ。

 それがカタストロフへと進まぬならば、心の赴くままに行動した方が後悔は少ない。

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2008.06.06

◆今度は職場のパソコンが・・・

 家で使っているパソコンがすっかり安定してくれたと思ったら、今度は職場のパソコンが信じられないぐらい不安定になっている。

 もはや、メールを読むのもワープロを使うのもほぼ無理に近い。

 ノートなのでリュックに入れて持って帰ろうかとも思ったが、自転車だったので、転んで致命的な打撃を与えても・・・と躊躇して、結局置いて帰ってきた。
 一昔前は、毎日リュックにノートパソコンを入れて通ってたのに、軟弱になったものである。

 ハード的には壊れていないと思うので、それほど心配はしていない。じたばたするのはやめて、OSの再インストールからすっぱりとやり直すつもりである。

 それでも半日つぶれるのは必定。パソコンに限らず、修理だメンテだというのばかりだ。

 つくづく無駄な時間が多い。まあ、生きてること自体、無駄みたいなもんだけれど。

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2008.06.05

◆巨大蟻


 息子が玄関ドアのところでとんでもない巨大アリを見つけた。図鑑で調べたが、日本にこんな巨大なアリは生息していない。なにしろ、体長が20mm近くあるのだ。
 ネットで調べてみると、どうも「結婚飛行」を終えた女王アリらしい。だとするとおもしろそうなので飼うことにした。

 無重力状態でアリがどんなふうに活動し巣を作るのかを実験するためにNASAが開発したという触れ込みのアリ観察セットが市販されているのを知っていたので(以前、お店で見つけて、買おうかどうか迷った末にやめた)、これ幸いと購入した。

 今のところ、水色のジェルの上でじっとしているか、せいぜいうろうろしているだけで、卵を産む気配はない。10日ほど待って産まなければ、働きアリを数匹入れてやろうと思っている。

 写真を撮ると、羽がとれた痕跡があるように見える。やっぱり女王アリなのだ。たぶん、初めて見ると思う。

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2008.06.04

◆やるじゃん、最高裁

 「フィリピン人母の婚外子10人に日本国籍 最高裁判決」(asahi.com)。

 ちなみに、父は日本人である。なのに、今まで日本国籍を取れなかったのだ。

 画期的なのは、以前から問題となっていた現行の国籍法を違憲とした点。

 国籍法は、日本国籍を持たない母親から生まれた子どもが婚外子である場合、生まれる前に日本人の父親が認知(いわゆる胎児認知)しなければ、日本国籍を取得できないとしているのだ。

 つまり、「法律的に結婚はしていませんが、私の子どもが生まれました。母親は○△人です」と、父親である日本人が出生を届けようとしても手遅れで、いくら自分の子どもだと主張してもDNA鑑定で親子だと明らかでも、さらには法的に認知してさえ、その子は日本国籍を取れないのが現行法なのである。

 母親の国籍が取れればまだいいが、日本で生活していくとすると不便だし、○△国が出生地主義だったりすると、「日本で生まれている」という理由で○△の国籍も取れなかったり取りにくかったりして、これらの子どもは往々にして無国籍になってしまう。

 言うまでもなく、子どもには100%、完璧に一切、何の落ち度も罪もないのに。

 「同じ国籍問題を抱える子どもは」「国内だけで数万人という推計があり、海外にも相当数いるとみられる」(同)と言われている。

 今回、最高裁は、「出生後に父から認知されても、両親が結婚していないことを理由に日本国籍を認めない現在の国籍法は、憲法14条の「法の下の平等」に反すると判断した」(同)という。

 当然の判決とはいえ、この国の司法制度に落胆させられることの多い現状からすると、画期的な判断であり、率直に敬意を表したい。

 と言いつつ・・・

 「最高裁が法律を違憲と判断した判決は、海外に住む日本人に選挙権を認めない公職選挙法を違憲とした05年以来で、戦後8件目」(同)だという。

 いかにも少なすぎませんか?

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2008.06.03

◆相変わらずシャラポワ

 3年経っても同じネタで恐縮ですが、マスコミも相変わらずなので・・・

 「シャラポワ逆転負け 全仏オープンテニス」
 「テニス=全仏オープン女子、シャラポワが8強入り逃す」
 「シャラポワ「凡ミス多く…」/全仏テニス 」
 「「チャンス手放した」とシャラポワ」
 「シャラポワ、全仏初優勝かなわず=全仏テニス」
 「シャラポワ 全仏4回戦で敗退」
 「全仏オープンテニス9日目 マリア・シャラポワが4回戦で姿消す」

 で、シャラポワに勝ったのは誰で、8強に入った人は誰なの?

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2008.06.01

◆やっとアイヌが「先住民族」に

 「アイヌ民族を先住民族として認め、アイヌ政策の推進を政府に求める国会決議が今国会で採択される見通しとなった」という(asahi.com)。

 これも、今さら、やっと・・・

 だがまあ、いくら遅きに失したとしても、やらないよりはやる方がマシなのかもしれない。それでも、せめて、萱野茂さんがご存命のうちだったらなあと思わないでもない。

 ところで、この決議、案の段階では今より少しは立派だったのだ。

 1週間ほど前のニュースで、「世話人の一人」が「自民党内の調整に時間がかかる」と言った(同)というのを聞いて、わかりきったことだけれど、「自民党」というのは、つくづく情けない人を抱えた党なのだなあと思った。

 世話人の代表は、その自民党の衆議院議員だというのに・・・

 心配していたとおり、新しい案では非常に大切な部分が削除されてしまったという。

 「アイヌの人々が労働力として拘束、収奪されたため、その社会や文化の破壊が進み、「同化政策」により伝統的な生活が制限、禁止された」(同)というくだりだ。

 土地の収奪を加えるなど、もっと詳しく記述しようとか文面を練り直そうとかではなく、そっくり削除してしまうとは。
 どうして過去の悪行に頬被りをしようとするのか。過ちを反省しないから、余計信頼されなくなるのに。

 まあそれでも、これも小さな一歩だ。これまでの、

 「96年の有識者懇談会報告書で、アイヌ民族の先住性・民族性は認めたが、先住民族とは明確に認めていない」(同)

などというわけのわからない状態から、少しは前進しただろう。

 だが、「政府は、国会決議が採択されても従来の見解を変更する姿勢は示していない」(同)ともいう。
 明らかな事実を前に、認めるとか認めないとか駄々をこねるのは、たとえ新たな財政負担を避けたいがための戦略だとしても稚拙である。

 アイヌからもそれ以外の人々からも、一定の敬意を得られるようなまともな見識を示してほしいと切に願う。

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◆「後期高齢者」は「枯れ葉マーク」

 道路交通法が改正された。おそらくは毎年改正されている。もはや年中行事だ。
 ___

 まず、クルマに乗る際、後部座席でもシートベルト着用が義務化された。

 率直に言って遅すぎる。「えっ!? 今まで義務じゃなかったの?」と、ちょっとびっくりした。

 シートベルト着用の重要性が叫ばれ出してから30年以上になるのではないだろうか。それより前のことは子ども過ぎて知らないので、その前からそうだったかもしれない。
 いずれにしても、30年以上も何をぼやぼやしていたのだ。

 たまたま昨夜、タクシーのことを書いたが、たまにタクシーに乗ったときには、そもそもシートベルトが見つからなくて困るのがふつうだった。
 私はどの席に座ろうが必ずシートベルトをするようにしているけれども、タクシーに乗ってそれが可能だったのは2〜3度しかないように思う。

 座席に埋め込んでいるであろう金具を掘り出そうとしたことも何度かあるが、最近では諦めに変わっていた。
 今後、やっとふつうにシートベルトができるようになると思うと、少しは精神的に楽である。一般的には、タクシーに乗っているときの方が、自分で運転しているときよりも、明らかに危険度は高いのだから。

 これで禁煙になれば、前よりはタクシーを利用するようになるかな。あ、あとは最も肝心な、運転手の質の向上が残っている。

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 シートベルトと同時に、「高齢者マーク」の掲示も義務づけられた。

 そのこと自体はまあ、仕方ないかもしれない。だが、それは例の「紅葉マーク」なのである。

 紅葉を愛でる習慣がある国だから、かろうじてセーフとも言えようが、紅葉した葉はまもなく枯れて落ちる。
 そして、ヨーロッパ系の言語では通常、枯れ葉に当たる言葉は「死んだ葉」と表現する。あの有名なシャンソンの「枯葉」も、原題は「死んだ葉」である。
 外国語のことなんかかまうものか、という意見はもっともだ。だが、あれは「枯れ葉マーク」と呼ばれることも多く、私もそういう名称なのかと思っていた。

 まもなく枯れて落ちるマークを車につけて走りたいかと問われれば、私ならもちろん願い下げだ。

 今日から、「後期高齢者」は「枯れ葉マーク」をつけて運転せねばならない。自分の年齢を周囲に宣伝しながら走るのが嫌な方もいらっしゃるだろう。

 「あら、あの人、もっとお若いのかと思ってたら、枯れ葉マークつけてるわ。「後期」だったのね」

 というようなことも起こり、これまで自主的につけていらした75歳未満の方々が次々と取り外す事態も懸念される。だとすれば、この法改正は逆効果だ。

 後期というネーミングにせよ、紅葉マークにせよ、当事者の気持ちへの想像力を欠いた愚かな官僚のセンスのなさにはあきれるほかない。

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