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2008.11.27

●初めての喪中葉書

 今年もまた、喪中葉書が届く季節になった。

 いつもと違うのは、自分も出さなければならないことである。

 たぶん幸せなのだろう、これまでの長い?人生で、喪中葉書を出したことは一度もない。

 十数年前、祖母が亡くなったときは、命日が2月だったので、翌年の年賀葉書はふつうに出した。

 今年、もう1人の祖母が亡くなったのは11月なので、さすがに喪中ということにする。

 生まれたとき、すでに祖父は2人ともいなかったし、父母の世代以下はまだすべて存命なので、血のつながった親しい者が亡くなるという経験はほとんどない。

 小学校時代ぐらいまで曾祖父が生きていたということを、先日の祖母の葬儀の際に聞いたが、その時までまったく知らなかった。

 家人の方の おじ や おば はかなり他界しているが、私が親しかった人はいない。
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 これほどまでに周囲の人間が死なないのに、若い自分が死ぬかもしれないなどと、なぜ考えるのだろう。

 もちろん、私とて、友人や知り合いの数人は亡くしている。大学時代の恩師は「書くものがすべて遺言という年齢になってきた」とおっしゃる。

 だが、私自身からは死の影は遠いはずなのだ。

 「死ぬかもしれない」と思うことによって、生が充実するのであればよい。そうではなくて、「どうせ無常」のような感覚が身にまとわりついているから始末が悪い。

 このまま無駄に馬齢を重ね、百歳を超えて、「なんや、結局、なかなか死ねへんかったなあ」ということになりそうで怖い。

 いや、なかなか死なないこと自体は素晴らしいことなのだが・・・

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2008.11.23

●湖北へお出かけ

 私自身はともかく、家人と息子は忙しい。

 以前も書いたとおり、土日祝日であっても、家人が仕事をしない日はほぼない。昨日は出勤したし、明日は自宅で仕事だ(明日は私も外で仕事だ)。

 夏休みの旅行を除けば、家人の完全な休みの日は、今年度に入ってから5月4日だけであった。その日は大峯山系にハイキングがてら探鳥に行った
 今日はそれ以来2回目、半年ぶりの「家族でお出かけ」ができた。また探鳥である。行き先は琵琶湖北部。
(5月4日も今日も、半ば無理矢理連れ出さなければ、家人は家で仕事をしていたと思う。いっそのこと、夏休みもとらないで365日働いてから、勤務先を訴えたりしたら面白いかもしれない)

 昨シーズンは、私だけが先達に導かれて素晴らしい経験をした。オオワシやミヤマガラスやヒシクイ、さらにはヘラサギやハイイロチュウヒなど、初見の鳥をたくさん見せていただいた。

 今回は、そのうちの1箇所と別の場所とに行った。先達の導きがないので、前回とは比べものにならないが、それでも、家族にオオワシやコハクチョウ、ヒシクイなどを見せることができてよかった。

 一つ残念だったのは、白鳥の飛翔が見られなかったことである。前回、先達たちがあまり喜んでいらっしゃらなかったようなので、日常茶飯事なのかなと思っていたが、今日の白鳥は湖上や砂洲の上にちんまりとうずくまるのみ。
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 帰路、湖西から高槻あたりまでの長い渋滞に巻き込まれた。こういう渋滞ってすごく久しぶりで、何だか懐かしい気がして不思議だった。
 家族で行楽に出かけて帰りに渋滞するというのは、以前はしょっちゅうだったのだが、最近は経験してない。出かけないのだから当然だ。もしかしたら数年ぶりかもしれない。

 渋滞に遭うことができるのも、行楽シーズンにのんびりと出かけたりできるからだと思うと、なかなか進まないクルマの列にすら、懐かしい親しみを覚える。
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 ちょうど8時ごろに帰宅。息子に手伝ってもらってパスタを作って食べる。ポルチーニ茸入りの灰色のきしめんのようなロングパスタ(Tagliatelle al Funghi Porcini)を初めて食べた。何だかじゃりじゃりする食感が今ひとつだったが、新鮮な気持ちでおいしくいただいた。

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2008.11.22

●つぐない

 キーラ・ナイトレイ。

 でも、肝腎の「つぐない」をしなければならない本来の?主人公の方は、3人の女優が演じている。老小説家役は仕方ないとしても、若いときの2人はなんとかがんばって同じ女優にやらせてほしかった。

 何といっても映像が美しい。タイプライターの音や音楽も効果的に使われている。少女期特有の、生硬でやや歪んだ感情は、名子役の表情や仕草や声のトーンでみごとに表現されている。
(あの子役が4年後の自分を演じるのはやはり不可能だろうか)

 「文学」を映像にしたらこういうふうになるんだろうなというお手本のような作品に思えた。

(Atonement, 2007 U.K., France)

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●チャーリー・ウィルソンズ・ウォー

 トム・ハンクス、ジュリア・ロバーツなんですが、話題になりましたっけ? たまたま見つけるまで知りませんでした。

 アメリカの下院議員、チャーリー・ウィルソンの回顧録に基づいた、実話という触れ込みです。

 チャーリーが「正義の味方」や「いい人」に見えてしまうのはちょっとアレですが、とても味のある映画だと思います。できごとの大まかな骨組みは確かにそういうことだったんだろうなと思えるし。

 現代の裏面史としてぜひご覧ください。そのまま信じるわけにはいきませんけど。

(Charlie Wilson's War, 2007 U.S.A.)

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2008.11.19

●「政治テロならば断じて許せぬ」

 元厚生事務次官を狙ったとおぼしき殺人・傷害事件。

 テレビを見ても新聞を見ても、あの人もこの人も、「政治テロならば断じて許せぬ」(この引用は『朝日新聞』夕刊「素粒子」)というような発言。

 「政治テロ」じゃなくても、「断じて許せ」ないのは同じだと思うのですが・・・

 「民主主義への挑戦」だとかいうのもわからなくはないですが、「だとすれば」「ならば」をやたらに強調して慎重を期している?のを見ると、かなり違和感があります。

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2008.11.18

●とうとう 20 歳

 ほんとにもう、どうでもいいとは思うのですが・・・

 Wii Fit でとうとう 20 歳が出ました。ハタチですよ、ハタチ。

 でも、「脳トレ」の時は二十歳が出てから興味を失ってしまった感じがするので、今度は気をつけなくては。

 これからも永遠の20代を目指します。応援してください ^^;

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2008.11.17

●ハンティング・パーティ

 あの一連の戦争を何と呼べばいいのだろう?

 ユーゴスラビア紛争、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争、コソボ紛争、スロベニア紛争、クロアチア紛争、そして、マケドニア紛争・・・

 わずか10年ほどの間に、相次いで独立・宗教・民族紛争が起こり、極東の地で平和に暮らす身には何が何だか、どれがどう関係しているのかすらわからない。

 大人になってから現在進行形で起こった大きな戦争であるにもかかわらず、なぜか当時の私はテレビや新聞のニュースすら追いかけようとしなかった。

 今でもどうしてかわからない。ほんとに、なぜだったんだろう?
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 戦争が終わってから、いくつかの映画を見た。なかでも、『ノー・マンズ・ランド』(2001)は印象深かった。

 本作はまったくタッチの違うハリウッド映画(リチャード・ギア!)だが、戦後のボスニア・ヘルツェゴビナで戦犯を探すというストーリーの中に、さまざまな要素がうまく盛り込まれた傑作だ。 『エネミー・ライン』(2002)とは違う。

 これを機に、少しは調べてみようと思う。でもやっぱり、同時代的に関心を持つべきだったなあ・・・

(The Hunting Party, 2007 U.S.A., Bosna i Hercegovina)

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2008.11.13

●Wii Fit で 25 歳

 Wii Fit をかれこれ 50 日近く続けている。雨の日も風の日も、通夜の日も葬儀の日も・・・

 何をやっても続かないのに、われながら大したものだ。人並みに続いている気がするのは、このブログと Wii Fit だけ・・・
 いかにも実りのない人生だが、何も続かないよりはまあいいだろう。

 今日は記録を更新して、バランス年齢が 25 歳。

 またそう簡単に出るとは限らないので、備忘のために記しておく。

 自律神経がどうとか柔軟性がどうとか足腰を強化とかいろいろいわれながら続けているが、ココロやカラダが何か変わってきた気はほとんどしない。

 そういうのがほんとうにいい方向に向かうと嬉しいんだけど。

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2008.11.12

●ミスト

 あえて断言します。いろんな意味で傑作です。ぜひ一切の予備知識なしにご鑑賞ください。

 といいつつ、念のため・・・

 スプラッター気味の描写もありますので、苦手な方は避けた方がいいでしょう。
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 見終わってから、スティーブン・キングの原作だと知りました。昔流行ったパソコンゲームの「ミスト」というのがありましたが、あれもそうなのかな?
 あ、あれは Myst だから違うのか・・・

(The Mist, 2007 U.S.A.)

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2008.11.09

●突然の冬

 斎場は寒かった。

 つい先日、真夏の格好をしていたのが嘘のようだ。喪服の下に黒のベストを着ていても、外にいると寒さを感じる。

 立冬を過ぎた日にふさわしい。

 祖母は、10基ある炉のうち、「8」と書かれた穴の中に吸い込まれていった。扉を閉めて火が放たれると、稼働中のライトが灯る。数えると、7基に灯がついていた。

 か細く昇る野辺の煙を見て故人を偲ぶ風情はない。確かに煙は昇っているが、高性能炉が吐き出すそれは、触媒やらフィルタやらで処理された、7人が渾然一体となったものであろう。

 見ると、昨夜一瞬叔母と見間違えた従妹が、泣きはらした顔をして歩いている。
 後で聞くと、その姉も、3歳の息子に「ママ、何で泣いてるん?」と聞かれていたそうだ。

 祖母にとっては不本意な人生だったかもしれないが、享年百にして泣いてくれる孫娘たちがいるのは幸せなことである。

 それを知らないのがひとり祖母だけだというのが少し悲しいけれど。
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 家に帰ると、部屋の中も寒い。

 今シーズン初めて床暖房を入れた。足許からふわりと暖かくなってきた。

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2008.11.08

●時は流れて

 祖母の通夜の席。仕事で遅れて参列した。

 というか、「参列」はできなかった。僧侶は帰った後で、もはや親戚一同が寿司を食べ終わっているころであった。

 祭壇には

 法名 釋 ○△

とか書いてあり、「何やこれ? おばあちゃん、浄土真宗やったん?」みたいな間抜けな会話を繰り広げる。

 祖母の父親、つまり私の曾祖父が、私の小学生時代にはまだ生きていたことを初めて知った。
 生まれる前から祖父はいなかったので、それより年上の人がいたなんてまったく知らなかった。

 2つ上の兄は、「小学生のときに見舞いに行ったことがあるのを覚えている。横になってはいたが、ぼけてはいなかった」という。母と兄とで「お前も行ったことがあるはずだ」とかいうのだが、まったく覚えていない。
 何しろ、存在すら今日まで意識になかったのだから。
 ___

 到着早々、親戚の面々を見回していたとき、すぐ右前方に叔母がいて、それが自分より若いのにびっくりした。

 「えっ、何で !?」と一瞬信じられない思いだったが、1秒後ぐらいにはそれが叔母の娘(=従妹)であることに気づいた。
 顔が完全に叔母である。それも、小学生のころに私がよく会っていた・・・

 従妹は「めっちゃイヤやわぁ」と傷ついていた。

 だが、叔母本人も、どうかすると私と同世代、せいぜいで「お姉さん」に見える。このごろの「高齢者」はみんな若いなあ・・・ それにしても、いくつになったんだろう?

 兄嫁も若い。確か私と同い年のはずだが、二十代のころから変わっていないように見える。私はせめて、三十代に見えるだろうか?
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 親戚がわいわい言っているだけで、湿っぽさは微塵もない。母や叔母や、祖母の若い弟などが家系の話や昔話などをしている程度である。

 便利な世の中になって、通夜の火を絶やさぬ努力もほとんど必要ない。放っておいても一晩中消えない渦巻き型の線香の火が祖母を見守っている。

 その右前方に、短い一本だけになってしまった棒状の線香を認め、一本加えて火をつけている私が、もしかすると一番感傷的になっているのかもしれないと思った。
 いや、それぞれが自分の中に違う感傷を持っているのだろう。幼い子どもたちは別にして。

 辞去する前、家人と息子にも線香をあげてもらった。

 息子は祖父母や従兄弟といられるのが楽しいようで、通夜の席に残って泊まるという。

 小さいころ、祖父母の家に行くたびに、曾祖母の部屋に閉じこもって遊んでもらっていたことを覚えているだろうか?

 まあ、それは忘れているにしても、曾祖父がいたこと自体を知らなかった(忘れていた?)私のようにはならないだろうと思う。

 長生きは無駄ではない。

 もう1人の曾祖母の葬儀の時にはまだお腹の中にいた息子も、この曾祖母の通夜・葬式を忘れてしまうような年齢ではないほど大きくなっている。

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2008.11.06

●あの訃報この訃報

 次期アメリカ大統領に選出されたバラク・オバマ氏の祖母が、ぎりぎりで孫の晴れ舞台に間に合わず亡くなったという。
 いくつであっても無念には違いなかろうとは思うものの、86歳。まあ、仕方のないことか。
 ただ、本人や周囲にしてみれば、せめて大統領就任まで、いや、少なくとも当選までは生きて喜びを分かち合いたかったことだろうと思う。

 その2日後には、『ジュラシック・パーク』の作者で『ER』の製作総指揮も務めたマイケル・クライトン氏が逝去。こちらはまだ66歳。オバマ氏とは特に関係ないとは思うが、ハーバード大学、イリノイ州、シカゴなど、なぜか共通点がある。

 そのさらに2日後には、私の祖母が死去。99歳。

 最初の2つの訃報はおそらく世界を駆け抜けたが、最後の訃報は孫である私にも気づかれず、半日放っておかれた。
 ふだんは見向きもしない携帯電話も、ここ数週間はときどき着信がないか見るようにしていたのだが、両親は携帯にまで電話してはこなかった。

 これまでやったことのない初めての仕事で、60人の外国人を前に、ほぼ同数の日本人に見守られながら、即席の3分コマーシャルをやって、それなりに好評を博していたときには、祖母はもう、この世の人ではなかったのである。

 知らなかった。

 まあ、知っていたとしても、大きな違いはない。通夜と葬式には何とか参列するものの、忌引きも取らず金曜も土曜も仕事に出かける。

 祖母があと数日どころか、数年生きていたとしても、私の晴れ姿を見逃したかもしれないという気遣いはない。
 孫は私以外に4人いるが(少ないな)、そちらも似たり寄ったりである。

 でも、そのお蔭で、「せめて孫が大統領に選ばれるまでは」とかいう、結局はかなえられない生への渇望を抱かずにすんだであろうことは、かえって幸いだったかもしれない。

 何といっても99歳。

 もしかしたら、私のすべての祖先の中で最も長生きだった可能性もある。それを越えて100歳まで「元気で」生きることを目標にして、せめてもの供養としたい。

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2008.11.02

●アリクイ

 いや、中南米のアレではない。例の残酷な女王様のことである。

 卵(蛹?)が無事羽化し、羽アリが誕生したのが1週間ほど前

 女王様は残酷ぶりを発揮せず、実に甲斐甲斐しくわが子の世話を焼いていた。

 エサを口移しでやったり、羽繕いのようなことをしたり、一度など、エサと土を兼ねている水色のジェルに羽がぴたっとくっついて動けなくなっている子どもを助けてあげたりもしていたのだ。

 ところが・・・

 今日夕方、息子が、「女王蟻が羽をくわえて放せへん」と言ってきた。
 なに、また何か世話を焼いているのだろうと高をくくっていた。息子も、「何か違う感じがするけど、甘噛みしてんのかなあ・・・」などと言う。

 アリが「甘噛み」するのかどうか知らないが、うちの文鳥がよくするので、息子の使用語彙に入っているのだ(ふつう、辞書には載っていないのに)。

 ところが、食事前にもう一度アリを見ると、子どもは無惨に殺されていた。何という母親だ。

 よくわからないが、その後もばらばらに解体し、食べ散らかしているように見える。

 有り余るエサに囲まれて暮らしているのに、いったいどうしたんだろう?

 自然界では、1週間経つ前に羽アリは親元を離れて旅立つのだろうか。そして、旅立たなかったアリは、こういう運命をたどるのか・・・

 わからないが、うちはアリの家族ではなく、親子が仲良くてよかったと思った。仲が良すぎてちょっと心配な感じもするんだけど。

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●アリスイ

 結局また、真夏の格好で1日過ごした。「小春日和」というよりは「インディアンサマー」というのが近いか。

 アリスイを初めて見た。

 「図鑑には載っているけれど、そんな鳥がほんとにこの辺にいるんだろうか」系の、まぼろしの鳥だ。

 キツツキの仲間らしいが、キツツキらしくない、ちょっと妙な格好をしている。英名は Wryneck というそうで、「ねじれた首」みたいな感じか。

 首だけじゃなく、全体としての姿が私の知る他のどの鳥にも似ていない。模様もまた然り。相当変わった鳥である。

 姿だけではない。和名からわかる通り、アリを食べるのだ。

 初めての鳥なので、双眼鏡で観察していた。カメラに持ち替えて、シャッターを押すほんのゼロコンマ何秒前、飛んでいってしまった。

 次回はいつお目にかかれるのだろうか。

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