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2009.06.13

◆「大臣」の歴史観

 昨夜、嫌いな鳩山「元」総務大臣を擁護?するエントリを書いたが、今朝の新聞を見て、やっぱり困った人だなあという思いを新たにしてしまった。

 世の中、正しいことが通らない時があるという思いだ。今の政治は正しいことを言っても認められないことがある。西郷隆盛が征韓論で政府を離れた。自分が正しいと思ったことが通用しなかったんで、潔く政府を去った。わたしも政府、内閣を去ることに躊躇しなかった。(鳩山氏の発言要旨の一部:朝日新聞)

 なんでここで「征韓論」が出てくるのか。しかもこの文脈だと、征韓論は正しかったということになってしまうではないか。
 さらに、自分が正義だと言い続けている鳩山氏がここで持ち出すと、征韓論が正義だというニュアンスになってしまう。
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 明治初期の歴史的文脈の中で、日本の利害得失からのみ見た場合、征韓論が正しかったのかどうかは知らない。
 西郷自身の立ち位置も、無闇な侵略を意図したものではなかったかもしれない。

 だが、今、何の関係もない征韓論を持ち出して、それが正しかったと発言することに、何か意味やメリットがあるのか。

 無用に友好国(民)や敵対国?(民)の感情を逆撫でし、怒らせることになるだけではないのか。

 先方から見れば、当時であっても今であっても、征韓論が正しかったなどというのは、許し難い妄言ということになるに違いない。
 そして、現在の歴史的文脈の中においては、正しいのは先方なのである。
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 せっかく、個人的な好き嫌いの感情を措いて、「どちらかが辞めねばならないとするなら、辞めるべきは西川社長の方だろう」と書いたのに、これではやはり、鳩山氏が辞めてよかったと思わざるをえない。

 もっとも、「辞めてよかった」というような政治家は他にもわんさか存在する。「なってほしい」というような人の不在が、この国の不幸である。

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