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2009.12.31

★レコーディングダイエット

 岡田斗司夫氏の『いつまでもデブと思うなよ』で紹介された「レコーディングダイエット」。本は立ち読みで読了したと思うが、覚えているのは、「食べたものを記録するだけでやせられる」ということのみだ。

 本物はやったことがないが、明らかに効果があるのではないかと思い始めた。なぜなら、「家計の」レコーディングダイエットは、どうやら成功したようだからである。

 1か月あまり前、「消える現金」と題して、現金の支出だけで毎月20万円になっていることを書いた。

 その翌日から現金の支出をすべてエクセルに入力することにし、1か月が過ぎた。

 確かに、思いもかけずというか、けっこう現金を使っているものである。だがそれでも、11月26日(木)から12月25日(金)までの1か月の現金支出合計は、11万4387円。一日あたり3812円ということになった。

 この間、滅多に行けない日帰りドライブも一泊旅行もした。息子の歯が折れて歯医者にかかったし、耳の方も相変わらずでずっと薬をもらっている。何度かそこそこのランチを食べたし、忘年会だってあった。
 旅館代はカードで払ったので計上していないが、それを加えても、20万円にははるかに及ばない。

 毎日現金で平均4千円弱も使っているのだって驚きだが、それまでの平均は7千円弱だったはずである。

 特に節約なんかは意識せず、普段通りの生活をした。いや、普段だって買い物なんかをするたびに節約を考えながら暮らしているのだ。
 なのに支出を4割以上も!カットできたのは、ひとえに家計のレコーディングダイエットのお蔭なのだろうか?

 1か月経って気が抜けたので、ここ6日間の支出は計上していない。だが、昨日も今日もゼロである。一昨日だってそうだったと思う(あ、御霊前の分があったけど)。

 いずれにせよ、効果があるかどうか検証するためにも、元日からまた始めてみようかと思っている。

 2010年は、家計のレコーディングダイエット元年となるだろうか。

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★中掃除覚え書き

 LDKのフローリングにワックスがけをした。

 新築から1〜2年ほどのとき、張り切ってやった記憶があり、それからやっていないので、おそらくは10年ぶりぐらいということになる。

 大きい方の冷蔵庫を動かしたのはもしかすると越してきてから初めてかもしれない。床も壁も、正視できないような状態になっていた。ふだんはあまり見えないからまあいいんだけれど。

 キッチン、リビング、葬儀の日を挟んでダイニングと、4日間にわたって3日がかりの作業である。本箱から出したものを戻すのには大晦日の今日までかかり、それだけで年末が終わってしまった。

 テレビやパソコン周り(いずれも周辺機器や配線がすごすぎる)や本箱にはできれば触りたくなかったのだが、やるとなったら徹底的にやりたいたちなので、結局はすべて移動してワックスがけを完了した。

 当初はLDを半日でやる予定だったのだが、翌日の葬儀のために夜から実家へ帰らねばならなくなったので、諦めて半分ずつにしてよかった。もし一気にやっていたら、午後から夜中までかかっても終わらなかっただろう。

 本箱の中のものを全部出して元に戻したりしたので、捨てられない性分ながらいくらかは整理できたのも収穫だった。

 冷蔵庫にキャスターがついていたのを初めて知ったような気がする。少し後ろに倒せば、簡単に移動できるのだ。今後は時々動かしてこまめに掃除しようと思う。
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 もう大晦日の夜。予定していた窓拭きはできずじまい。あるかなきかの庭には、夏に剪定した枝などがうず高く積み上がったままである。
 11月に韓国に行ったときのスーツケースも、まだリビングの続きの間に鎮座したまま。

 中途半端に片付かぬまま、2010年を迎える。

 子どものころ、2010年が来るなんて想像もしていなかったのに。

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★おにぎりの作り方・・・

 別に頼んだわけではないのだが、大晦日の夕食はおにぎりにすると言って、家人が今、「三角おにぎりの作り方って・・・?」と言いながら料理の本を開いている。

 お前は新妻か?

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2009.12.30

★賑わう年末の商店街(と廃校を決めた大学)

 28日(月)、最寄り駅の駅前商店街に行ってきた。

 郊外の駅前はシャッター通り・・・というのが最近の相場だが、ここはいつ行ってもけっこう賑わっている。
 特にこの日は、年末ということもあって午前中から相当な人出であった。平日なのに。

 だが、見回してみると、私たちが一番若い世代に属しているようだ。10歳、20歳、あるいは30歳以上年上に見える方がほとんどである。
 これは、ふだんの土曜日なんかに出かけても同じだ(日曜日は休んでいる店が多い)。

 ということは、30年後には、この商店街に閑古鳥が鳴くことが今から予見できる。客の多くが、もはやこの世の人ではなくなっているからだ。

 30年後と言わずとも、10年20年後を考えて商売を考えていかなければ、現在は繁盛している店にもあっという間に危機が訪れる。
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 少子化で大変なことになるのは、少なくとも30年前からわかっていた。25年前には、私でさえ知っていた。
 にもかかわらずの、無為無策・・・

 いや、無策ならまだいい。それどころか、たとえば大学の数はこの15年ほどで1.5倍にも増えている。子どもはどんどん減っているというのに。

 日本の歴史上、これまで2つしかつぶれたことがないという大学が、今年だけで5つもつぶれたという(「つぶれた」というのは、定員割れによる経営悪化で来年度以降の学生募集を停止して廃校を決めたということです)(asahi.com)。

 馬鹿げた政策のせいで、ほとんどの大学は学生をかき集めることがもっとも大事な仕事になってしまっている。
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 願わくは、駅前商店街の店主たちが、政府や官僚ほど愚かではないことを。

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2009.12.29

★葬儀とおにぎり

 中掃除に買い物、HDDに溜まっている映画を見て過ごす年末・・・のはずだったところへ、突然の訃報が飛び込んできた。

 親等を数えるとその近さに驚いたが、2〜3度しか会ったことのない姻族である。両親は行かなくてもいいと言ったが、やや遠方のことでもあり、何となく期待しているような口ぶりだったので、運転手を兼ねて弔問に訪れた。

 田舎のことで、近所の方々が準備して下さった昼食を葬儀の前にいただく。

 おにぎりを一口かじって驚いた。

 いつもとはまったく違う新鮮な食感で、ご飯が実にほどよく口の中でほどける。その瞬間頭に浮かんだのは、にぎり寿司の舎利だ。
 もちろん、ご飯の固さも味もほどけ方もぜんぜん違う。だが、そこには、人の手で絶妙に握られているという確かな共通点が感じられる。

 新鮮であると同時に懐かしい。

 おにぎりの形は三角でも俵でもなく、なんとも形容のしようのない、ちょっといびつな形だ。しかし、どれもがその形をしていることから、その地方の伝統的な形なのだろうと察せられる。
 塩味はごく薄く、ほとんど感じられないほどだ。中に具はなく、海苔も巻いていない。

 味も形も、かつて母親が握っていたものとは似ても似つかない。にもかかわらず、すごく懐かしい食感なのである。
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 新鮮なのは、もう何年も、ほとんどコンビニのおにぎりしか食べたことがないから(といっても、鳥見に行ったときぐらいにしか食べないんだけど)。
 懐かしいのはおそらく、ご飯のほどけ方が、かつて母親がにぎってくれたおにぎりと共通しているからだろう。

 おにぎりって、こういう食べ物だったんだ、と思った。
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 この時代としては亡くなるのが10年ほど早い気がするが、故人は「あと3年生きたい」とことあるごとに漏らしていたという。最期が近いことを知っていたのだろう。
 願いは叶えられず、1年足らずで彼岸の人となってしまった。心残りはあろうが、仕事も家族も子孫も、立派に成就した生涯だろう。

 長い老後を過ごすつもりで建て替えたであろう立派な居宅は、葬儀を出すにもふさわしい風格を備えているが、弔問客はその庭をも埋めていた。

 寒かったものの好天に恵まれ、出棺の時には、背後に焚き火でもあるかのような太陽の光が感じられた。

 会者定離。縁薄き姻戚にも、少なからぬ感慨はある。

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2009.12.27

★意地悪なカラス

 毎週金曜日、出勤時にゴミを出す。

 いつものようにゴミを持って家を出ると、ゴミ置き場の近くを一羽のカラスがうろついていた。

 特に追い払ったとかいうことはないのだが、私がゴミを持って近づくと、カラスは当然、飛び去った。その時点では、ほとんど気にもしていなかった。

 カラス除けの青いネットを持ち上げてゴミを置き、再びネットをかぶせてそのまま徒歩で勤務先へ向かう。

 数歩歩いたその時、バサッと音がすると同時に頭に何かが触れたかと思うと、目の前をまっすぐ前方にカラスが飛び去っていった。

 私の後方から音も立てずに滑空してきて、ちょうど頭を掠めるようにひと羽ばたきして高さを調整し、私の頭に接触していったのだ。

 ほんの一瞬、何が起こったかわからなかったが、すぐに、嫌がらせをされた、もしくは、からかわれた、ことがわかった。

 おそらくは、せっかくありつこうとしていたゴミを前に邪魔されたことに腹を立てていたのだろう。

 しかし、カラスが飛び去ってから私に嫌がらせをするまでには何十秒かの時間があった。3秒前のことすら忘れてしまううちの文鳥とは大違いである。

 カラスが賢いことはいろんな例で知ってはいるが、まさか自分が嫌がらせの対象になるとは思っていなかった。
 その意地の悪さが手に取るようにわかるのだが、それはすなわち、知能が高いということであるのはなんともやりきれない。

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2009.12.25

★圏外の温泉旅館

 鄙びた、というよりは、寂れた、と形容した方がいい、近場の山あいの温泉に一泊してきた。

 温泉街というようなものすらなく、数軒のくたびれた旅館があるばかりである。ソフトバンクの携帯電話はもちろん圏外だ。
 そういう場所であることは以前から知っていた。もう二十年以上も前、そのうちの一軒に泊まってぼたん鍋を食べたこともある。

 ただ、一軒だけ、百年以上続いている旅館が洪水被害のあおりで新築移転を余儀なくされ、落ち着いた旅館に生まれ変わっているという新聞記事を読んで、ちょっと興味が湧いた。

 ウェブサイトで調べてみると、確かに素晴らしい旅館のようなのだが、値段がべらぼうに高く、私の基準では到底泊まれるような宿ではない。予算的にも完全に圏外だったわけだ。

 が、日ごろから「宿泊数は少なくてもいいから高級なところに泊まりたい」と言っている家人が乗り気だったので、ふだんその逆の旅行ばかりを強いている負い目もあり、思い切って一泊だけしてみることにした。

 各部屋はすべて離れになっていて、源泉かけ流しの温泉を引いた専用の浴室がついている。広くて清潔で快適、食事も豪華ではないがまっとうな和食でおいしい。
 収容人数が少ないため、満室のはずだが何もかもがゆったりしている。夜十一時ごろに大浴場に行くと、完全に一人で貸し切り状態だった。
  「これがせめて半額なら・・・」と思わなければ、もっと滞在を楽しめたかもしれない。

 翌朝チェックアウト後、川沿いを散歩がてらバードウォッチングしていると、川の中の岩場にイタチがいておもしろかった。この寒いのに水に潜ったり泳いだりもするのである。後で図鑑を調べると、川で魚なんかも食べるらしい。
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 ふだんは宿泊したりしないような近場なので、行き帰りに寄るべき場所も思いつかず、ネットでいろいろ検索すると、知らない間にいろんなものができていたりして驚いた。
 自分は相変わらずでも、世間はどんどん変化しているのだ。

 おみやげに、105円の多肉植物を一つ買って帰った。

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2009.12.18

★タイヤが軽い

 急に冷え込んでくるというので、遅まきながらタイヤをスタッドレスに換えた。

 タイヤ付きのホイールは、1本でだいたい20kg台前半の重さがある。
 それを4本車に積んでタイヤ屋さんまで運び、交換してもらわねばならない。

 毎冬と春、その作業を繰り返してきたわけだが、非力な私の力では、タイヤを車に積み込むのにちょっと必死なところがあった。

 スタッドレスの方には純正のホイールがついているので、夏タイヤより数kg重い。しかし、今冬はそれほど苦もなく車に積み込むことができた。
 その時はそれほど感じていなかったのだが、外した夏タイヤを降ろすときになって、はっきりと、いつもよりタイヤが軽いと感じた。

 走ってゴムが減ったからかな? そんなばかな・・・

 しばし考えて謎が解けた。

 タイヤの重量はほとんど変わっていない。私の方が力持ち(笑)になったのである。

 2008年の秋から始めた Wii Fit のヨガの効果もあるのだろうが、Wii Fit Plus になったこの秋から日課に加えた筋トレの効果が大きいと思う。まだ2か月もやっていないのだが・・・

 なるべく毎日やるようにしているとはいっても、ヨガと筋トレを両方あわせて二十数分。これまで、どれほどの効果があるのかと半信半疑だったが、タイヤを軽く感じたことで、おそらくは役に立っているのだろうと思えるようになってきた。

 今日は疲れているのでトレーニングはスキップしようかと思っていたのだが、これを書いているうちにやっぱりやろうと思うようになった。

 今さらながらの、「継続は力」なのである。

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2009.12.12

★中古のフィットに乗っても毎月4万1千円

 「不景気 愛車も賃貸」(朝日新聞)ということで、自動車の残価設定型ローンや「賃貸」が人気なのだという。

 前者は耳に馴染んでいるが、自動車の「賃貸」とは? リースとは違うのだろうか。

 今年11月からガリバーが始めた賃貸の例だと、走行距離3万キロ(2007年式)のフィットの中古車を借りた場合、4年契約で毎月の支払いが4万1千円だという。

 自動車税や車検費用を払う必要はないと書いてあるが、もちろん車庫費用やガソリン代は別に必要だ。自賠責や任意保険代は入っているのだろうか? 記事には見あたらない。

 4年間で支払う額はちょうど200万円ぐらいになるが、それでいて、4年後、手元には何も残らない。

 驚いたのは、中古のフィットクラスですら、ただ持っているだけで毎月4万円以上もかかるということだ。年50万円。

 車を持つということが、いかに不経済で贅沢かということがよくわかる。この価格ですら、「この先、ボーナスが減ったら気軽にやめられる」というような層を当て込んでの額なのだ。つまり、非常に「安い」のである。

 もう少し立派な車を持ち、それにかかる費用を何もかも計算すると、毎年100万円ほどにもなることは、以前知って驚いたことがある

 「毎月10万円」払わされたら、その金額を実感させられ、私は車に乗るのをやめるかもしれない。現状では、毎月8万円であり、かつ、実際にはそれを毎月払っているわけではないので、現実感がなく、やめるまでには至らないのである。

 便利なものに慣らされると、経済観念も地球温暖化もどこかへ行ってしまう。もともと乗り物一般が好きなので、半ばは趣味のようなものだし。

 でも、折に触れてこういう記事を読むと、今よりもっと自転車に乗ったり歩いたりする機会を増やさないとなあ・・・と改めて思う。

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2009.12.10

★御堂筋の側道を自転車専用道路に?

 「御堂筋の側道、自転車専用案や歩道拡張 国交省・大阪市」(asahi.com)だそうで、喜ばしいことである。

 御堂筋だけそうなってもどうなるものでもないが、自転車道や歩道の整備が極端に遅れている現状を徐々に変えていくきっかけになればと思う。
 うまくいけば、私が死ぬころまでには、車・自転車・歩行者をうまく捌く道路設計がデフォルトになっているかもしれない。

 ただ、こういうのを立案したり計画したりする人が自転車に乗らない人やほとんど歩かないような人であることが多く、そのせいで、大金をかけて走りにくく歩きにくい道を造ってしまうこともままあるようだ。そういうことのないよう、注視していかなければならないと思う。

 うちの近所にある「自転車専用レーン」は、確かに自転車も走っているが、ジョギングやウォーキング、あるいはただの歩行者の通行路と化してしまっている。
 平然と違法行為を行っている歩行者たちにも非はあるが、より根本的には、歩道が狭すぎて舗装状態も悪いという問題が大きい。

 車・自転車・歩行者が、それぞれ自然にあるべき場所に流れるような道路整備を目指さねばならない。

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2009.12.08

★生演奏の日

 生演奏を聴くのなんて数年に1回・・・というようなことをつい先日書いた

 だが、今日は、期せずして聴くことになった。それも2回も。

 しかも、ふたつとも職場で、そんなことを考えもしていなかったのに、である。
 まあ、当たり前だ。音楽と何の縁もない職場で、特に興味もない者に、どんな機会があるだろう。

 一つ目は昼休みにチェロのソロ演奏。楽器から直接出てくる音の心地よさについてはもう繰り返さない。
 だが、家に帰ってからカザルスやヨーヨー・マ、ミシャ・マイスキーなどの演奏を BOSE のスピーカ(安物だけど)で鳴らしても、そのアマチュアの奏でた生の音の方が圧倒的に美しかったと断言できる。

 誰かが「うるさい!」と怒鳴り込んで来はしないかという心配が皆無だったら、もっと楽しめたのにと残念だった。心配性なのである。

 もう一つは、夜、琴の競演や尺八との合奏、尺八のカルテット?など。

 私の好みの問題と会場の音響の影響もあったのだろう、こちらのほうはそれほど感心しなかった。(たぶん)素晴らしい演奏をしてくださった方々には申し訳ない。

 チェロの音色は素晴らしい。西洋楽に洗脳されている体のせいでもあるのだろうが、なんとも深い音の厚みが私の拙い耳にも感じ取れるのである。

 惜しむらくは、そうは言っても求めて聴こうとはしないだろう自身の音楽性のなさである。

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2009.12.04

★さようなら「科学」と「学習」

 今朝の朝日新聞にひっそりと、しかし1面にカラーで、学研の「科学」と「学習」が今年度限りで休刊になるという記事が載っていた。
 「休刊」というものの、事実上の廃刊であるのは、他の雑誌と同じだろう。

 記事によると、私が毎月楽しみにしていたころが「最盛期」だったらしい。記憶では、担任の先生から申込用紙をもらい、休み時間に学校のすぐ外で買っていたと思う。仮にも外であるのは、のどかな時代とはいえ、さすがに業者との「癒着」を疑われてはまずかったからだろう。
 とはいうものの、家人には教室で先生が配布していた記憶があるという。本当だろうか?

 いずれにせよ、それほど小学生の生活に密着していたのだ。

 息子ももちろん、「科学」を読んで育った。さすがに学校で買うことはなく、近所の主婦による宅配方式になっていた。「学習」をほとんど取らなかったのは、私と同じだ。
 「4年の科学」より上の学年のは、今もリビングの本棚に置いてあり、息子も折に触れては取り出して眺めている。

 いつか孫にも買ってやり、親子3代・・・と思っていたわけではないが、その可能性が(ほぼ)なくなったと思うと、それができない一抹の寂しさが漂う。
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 同じ新聞の、紙面の実に1/4近くを、「週刊少年ジャンプ」のコマーシャルが占めていた。全面広告が9ページ!。
 今まで見たすべての新聞広告の中で、もっとも大量であるのはたぶん間違いない。

 少年ジャンプには特に深い思い入れはない。いや、浅い思い入れもたぶんない。そして、もしかしたら、息子はその存在すら知らないかもしれない。
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 別に漫画が嫌いなわけではないが、今日の新聞の「科学」と「ジャンプ」が逆だったら、どんなによかっただろうと思う。

 ありがとう、そして、さようなら、「科学」と「学習」。

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2009.12.01

★チャンピオン

 日曜日だかに、ボクシングのWBC世界フライ級タイトルマッチがあった。

 チャンピオンの内藤大助と挑戦者の亀田興毅による「因縁の対決」である。

 もはや中年の域に達する年齢の内藤は、一回りも年下の挑戦者を相手にして、「持久戦に持ち込めばスタミナで勝つ」と言われていた。それほどに練習を積んできたのを周囲が知っていたからだろう。

 少しは成長したかと言われている亀田は、しかし相変わらず、「3ラウンドでノックアウト宣言」をするなど、無礼な態度を取っていた。
 でも実際、「早いラウンドで勝負がつけば亀田、フルラウンドに持ち込めば内藤」というのが大方の下馬評だったようである。

 ところが結果はご承知の通り、フルラウンド戦って内藤が負けた。

 ダウンこそしなかったものの、顔面の腫れ上がった内藤は、アリスの歌う「チャンピオン」を髣髴とさせた。

 もちろん勝った方がよかったのだろうが、負けたからといって5回にも及ぶ世界タイトル防衛は霞みはしない。
 それに、敗者のあの顔を見た者は誰でも「♪もうそれで十分だ」というだろう。

 心からいたわりとねぎらいの言葉を贈りたい。
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 息子も顔を腫らしている。場所は違うものの、腫れて膨れあがっているのは似ていなくもない。

 腫れはしかし、チャンピオンの1/5ぐらいだろうか。
 内藤の顔を見ると、階段の角にぶつけて歯が折れるほどの衝撃すら、ものの数ではないのだとわかる。

 一日も早く、快癒することを祈っている。

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