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2010.01.31

■家事・育児をする男

 そういえば、野党の「ミスター年金」から、まさかの?厚生労働大臣に就任した民主党の長妻昭氏は、

過去、育児に実はほとんどかかわらず、家事は、お茶を飲んだコップを流しに入れることはあるが、それ以上のことは……(asahi.com)

と述べたという。

 「お茶を飲んだコップを流しに入れることはある」・・・

 私も、それぐらいのことが言えたら、大臣とかになれるのだろうか?

 だがやはり、今どきの厚生労働大臣としては、明らかに不適格だろう。

 記事もそういうスタンスで、

ワーク・ライフ・バランス(仕事と家庭の両立)の旗振り役である長妻昭厚生労働相が29日の会見で、自ら家事や育児にかかわってこなかったことを告白した。「ざんげをしなければいけない」と反省したうえで、今後は家事のできる男性を意味する「カジメン」になると誓った。

というような扱いだ。

 とはいえ、家でせっせと家事をやる暇がある大臣というのも、何だかちょっと・・・という気はするんだけれど。

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■働き者?

 風邪をひいて喉が痛く、なんとなく体がだるいといっても、熱を出して寝込むほどではない。
 それに、いつもながら、家人には仕事満載である。昨日は一日中職場、今日も家でずっと仕事。

 というわけで、昨日の土曜日は洗濯・夕食・洗い物と、すべて私がやった。掃除ができなかったのが心残りである。
 今日は午前中から家人の仕事を一部肩代わり。ずっとパソコンで編集作業だ。

 この後、新しく買ったオーブンレンジで「ヘルシーフライ」を作る予定。これはまあ、家人が多くをやるが、とにかく新しいことが苦手ゆえ、フライ部分は私がやらざるをえまい。

 さて、どんなフライができることやら。

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2010.01.29

■サリンジャー逝去

 本のことはほとんど書かないんだけれど・・・

 とうとうというか、J.D.サリンジャーが亡くなったという。

 恥ずかしながら、偶然にもというか、『キャッチャー……』を読んでいる途中だ。ただ、ばたばたしてちょっと間が空いている。

 「読了せよ」という声だと理解した。安らかに。

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2010.01.28

■ぶり返す

 調子に乗ってばりばり仕事をしていると(嘘)、風邪がぶり返した。

 体感的には熱が少し出たり下がったりしているようだし、喉の痛みは前よりひどい。

 仕事を休めなかったので、治りかけたころに慣れない風邪薬(しかも賞味期限?切れ)などを飲んだのがかえってよくなかったのだろうか。

 よく、冬中ずっと風邪を引いているみたいな人を見かけるが、私の場合はたいてい数日で抜けるので、こんなに長引くのはもしかすると初めてではないかと思う。

 この前の土日は家で療養していたのだが、この調子では今度の土日も同じことになってしまいそうだ。しかも、新しく来た DVD を除けばもう見るものがない。
 じっくり読書でもできればいいが、さすがにそれは疲れるだろう。

 でもまあ、取り越し苦労はやめよう。After all, tomorrow is another day...

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2010.01.25

■楽になっても

 風邪の方、すっかり抜けきったとはいえないものの、ずいぶんと楽になった。しんどかったのがウソのようだ。

 こんなに楽なら何でも もりもり とやれそうだ。

 だが、これでいつもの状態なのである。いつもはもちろん、もりもりやらず、たらたらしている。

 そういうことを嘆いているのも含めて、それが自分なのだと思う。人生も半ばになって(半ばを過ぎて?)、ようやく自分に慣れはじめた気がする。

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2010.01.24

■病のメリット

 珍しく風邪をひいている。一昨日の夜からパジャマを脱いでいない。

 「珍しく」と書いたが、去年の正月にも風邪を引いていたようだ。主観的にはほとんどないできごとなのだが。

 ふだんから決して健康体ではない。しかし、病気で職場の仕事を休んだことは、もしかすると1度もないのではないかと思う。そう考えるとすごいなあ・・・ だれも評価してくれないけれど。
 ___

 病気のいいところは、「諦めがつく」ということである。今日みたいな素晴らしい天気の日にどこにも出かけなくても、「もったいない」とか思わなくてすむ。
 あるいはまた、何ら生産的な活動をしなくても、「こんなことでいいんだろうか」とか悩まなくてすむ。

 借りたまま見られなかった DVD とか、ハードディスクレコーダを埋め尽くしているテレビ番組なんかをせっせと消化できるのはありがたい。

 まあ、そんなことができるのも、病気がごく軽いからである。重い病気になっている方々には、いいことなんてほとんど何もないだろう。心からお見舞いを申し上げる。
 ___

 ごく軽いとはいっても、それなりにしんどい。

 これでまた明日は、珍しく大阪市内(しかも南部)まで出かけて、初対面の人の前でしゃべらなければならない。
 手帳が真っ白の時に依頼されると、その時期の状態が想像できなくて、ほいほい気軽に引き受けてしまうのが悪いのである。
 だが、まさか風邪までひくとは思わなかった。


 せっかくの天気だし、近くのポストまで DVD を返しに行こうと思う。パジャマだって脱がなきゃ。

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2010.01.23

■私がクマにキレた理由

 あえて晒し者にしたいぐらいの、これまでで最悪の邦題の一つ。

 ちょっと甘口の映画には違いないが、よくできていると思う。

 大学で文化人類学の副専攻を修めたアニー(スカーレット・ヨハンソン)が、ひょんなことから、マンハッタンのアッパーイーストサイドでナニー(子守)の仕事をすることになる。

 映画はその仕事を通して得たフィールドノーツという趣向だ。

 特に最初の10分ほどの作りが秀逸。それに比べると残りは・・・という感じはするが、冒頭の気合いがずっと続いたら見る方も疲れるだろう。

 久しぶりに?傑作といいたくなる。

(The Nanny Diaries, 2007 U.S.A.)

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2010.01.22

■ twitter 始めました

 今さらながらですが、twitter 始めました

 この程度のブログでも気力が充実していないとなかなか・・・というのもあって。

 でも、すぐやめちゃうかも > twitter

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2010.01.19

■レンジよさらば

 新しいのを買ったので、23年近く苦楽をともにした?オーブンレンジを捨ててきた。

 鍋や食器を別にすれば、うちにあるものの中で一番の古株の一つではないだろうか。センチメンタルな男としては、汚れくたびれたレンジにも、惻隠の情がわき起こるのである。

 予想したことだが、大型ゴミの集積所にはトラックが止まっていて、捨てられたゴミを持って行こうとしている。仮に渡すまいとしても、ゴミとしてそこに置けば必要なら当然持って帰るだろうから、互いの手間を省くためにも声をかけることにしている。
 以前、まだ使えるファミリーコピアを捨てに行ったときは、若い娘さんが「要る要る」と言って嬉しそうに受け取ってくれた。

 今日は若い男性だった。「電子レンジ要りますか? いちおうまだ使えますけど」というと、やはり要るという。「他に何かないか? エアコンとか」みたいな短い会話。
 そんなに同時にたくさん捨てるわけがない。引越ではないのだ(あ、エアコンのうち1台は25年選手である。あれが一番古いかも)。

 ファミリーコピアのときは日本語のネイティブスピーカだったが、今日は中国語話者のようだった。

 いずれにせよ、あんな古いコピー機とかオーブンレンジとかを引き取って、どうするつもりなんだろう? それに、エアコンと言っていたが、彼らに譲り渡せば、リサイクル料を支払わなくていいということになるではないか。

 そのまま転売できるとは考えにくいので、部品取りでもするのだろうか。だとすれば、取った残りはどうなるのだろう? そして、いずれにせよ、輸出されてからそういう運命を辿るのだろうか。
 自分の出したゴミが、もし他国の環境を汚染することになるのだとしたら、あんまり寝覚めが良くない(もちろん自国の環境でも)。

 だがしかし、ゴミ捨て場に置いても、どうせ持って行くのだ。資源ゴミとは違い、所有権も占有権も放棄された単なる廃棄物なので、持って行くこと自体は悪いことではないし。

 今度会ったら、この種のゴミを引き取ってどうするのか聞いてみようと思う。彼らにしても、また別の誰かに売り渡すだけで、最後がどうなるか知っているわけではないだろうけれど。

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2010.01.16

■10年一昔・・・なのかな?

 新しい車が発売されたからと、ディーラーのセールスマンが家に来たらしく、ポストに宛名のないカタログなどが入っていた。
 今の車を購入したときの担当者が別の店舗に転勤したので、他の営業に引き継ぐと言っていたのだが、その通り、顔も名前も知らない人の名刺が添えてあった。

 前の担当が(おそらく)一度も家に来たことがないことを思えば、営業マンとしては立派なのかもしれない。それとも単に流儀が古いだけだろうか。

 ちょうど近所で用事があったので、帰りにディーラーに寄った。「コーヒーでも飲んで帰ろう」という目論見は外れ、車を見ているうちに試乗に誘われて乗ることになった。
 ここはいつも一人で試乗させてくれる。気を遣わなくていいのでありがたい。

 昨今流行りのプッシュボタンでエンジンを始動。動き出そうと軽くゆっくりアクセルを踏んでみて、ものすごいトルクにまず驚いた。
 やたらアクセルが軽いとかローギアが低いとかの味付けによるものではない。

 ターボがついているとはいえ、たかだか2リットルの排気量である。だが、往年の高回転型(しかもタイムラグ付き)ターボと違い、3リットルエンジンをしのぐような35kgm以上というトルクを、わずか1500rpmで発生するのだ。しかもそれが4200rpmまで続く。
 そんなに回すことはほとんどないから、これはすなわち、車が動き出してからずっとそんなトルクが持続しているということになる。

 何もかもがかっちりとしており、ダイレクトで切れ味も鋭い。それでいて乗り心地も悪くない。重量級の車なのだが、重さなんかないみたいに俊敏に走る。
 一応は満足して乗っている今の車が、もっさりと鈍重に感じられた。反応が半呼吸〜一呼吸違うのである。

 試乗後、別の若い営業マンに感想を聞かれ、思わず「いやあ、すばらしかった」と言ってしまった。

 車の試乗が趣味みたいな時期もあったが、ほぼ手放しで「これはいい」と思った車はまだ2台目だと思う。

 1台目は、まったく買えもしないのに昔試乗した BMW530i。「ああ、こんないい車が世の中にあるんだ」と感動したのをいまだに覚えている。
 その次が今日。少し車の性格は異なるけれど。

 今の車は9年目に入っているが、手の届く範囲に欲しい車はなかったので、このままもう数年は乗るつもりだ。
 でも、欲しいと思える車が現れたのはいいことかもしれない。少なくとも数年は買わないし、買うときにはもっとずっと安い車を買うことになると思うのだが。

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2010.01.14

■偏った情報

 数年前、「セントルシア人」と会ったことがある。

 その時は、セントルシアなんていう国がこの世に存在することすら知らず、慌てて調べたりしたものだ。

 「ハイチ」は知っていた。どこにあるかもわかっていた。
 だが、それだけで、人口が1千万にも届こうというような国のことをわかったつもりになり、それ以外に何も知らなくても、知ろうとすら思わなかった。

 人口で言えば、多くのヨーロッパ諸国と同等かそれ以上なのである。

 もちろん、何でもかんでも知ることはできないが、それにしても極端だ。
 ハイチについて新聞で読んだ記憶はただの一度もない。テレビで見た記憶もない。本で読んだことはあるだろうか?

 だから、先住民が滅亡させられてしまっているらしいことも、政情不安が続いていることも知らなかった。まして、国連のPKOが展開していることも。
 日本に利害関係がなければ、ほとんどまったくマスメディアに取り上げられないのである。近年で言えば、ソマリアがやたらに有名になり、西サハラのことはほとんど何も報道されないことが思い起こされる。
 ___

 無視され続けてきたハイチで、マスメディアの「興味をそそる」地震が起き、手のひらを返したような報道が続いている。今日の朝日の夕刊(大阪本社4版)は、一面トップだ。阪神大震災以前は、海外の地震がこれほど大きく報道されることはなかったと思う。

 現在のところ今世紀最大と言われる、二十数万人が亡くなった中国河北省の地震(1976年)のときの報道を覚えていらっしゃる方がいるだろうか? 国交回復後のことなのに。
 ___

 「マスメディアが報道したがっている情報」の洪水ばかりに溺れていないで、少しは主体的に情報を得なければと改めて思った。

 やっぱり、疲れるけど・・・

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2010.01.13

■日本航空の「倒産」 ——沈む太陽

 債務超過に陥っていることが明らかになった日本航空が、会社更生法の適用を申請して再建を目指す方針になったようだ(各メディア報道)。

 いや、特に言うことはないのだが、「あの日本航空がねぇ」という感慨はある。

 幼いころからの憧れでもあったし、ハタチの時に初めて乗った飛行機も日本航空だった。

 一つだけ気になるのは、昨春だったと思うが、知り合いが同社から就職内定をもらっていること。「すごいなあ、よかったなあ」と素直に思っていたのだが、あっという間にまさかこんなことになるとは・・・
 株価のチャートを見ると、経営危機が本格化し、ひろく表面化したのは2009年の9月下旬のようだ。もう半年早ければ、別の会社を考えただろうに。

 20%もの社員をリストラするという話だけど、採用の方はどうなるんだろう?

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2010.01.11

■レディーボーデンの復権

 アイスクリームやソフトクリームが好きだ。

 といっても滅多に食べない。カロリーを気にしてというのもあるが、むしろ、おいしいものが少ないというのが大きな理由だ。

 今や、おいしいアイスクリームというとハーゲンダッツの独壇場のようになっているが、どうも私の口には合わない。そして、他を見回してみても、まともなアイスクリームというのは、その辺のスーパーにはほとんど売っていないのである。

 関西では高級スーパーとして有名な「いかりスーパーマーケット」の自社ブランドのアイスクリームを人に勧められて買ってみたけれど、これももう一つ納得できなかった(し、蓋の金色がどんどん剝がれてくるのに閉口した)。

(そういえば、いかりはダイエーの軍門に下ったのだが、ダイエーも怪しくなってイオンの軍門に下った今、資本関係は一体どうなっているんだろう?)

 ところが、先日行った、客が高齢者ばかりの商店街の中にあるスーパーで、珍しく「レディボーデン」(商標としては「レディーボーデン」らしいので以下それに従う)を見つけ、1パイントが300円未満とちょっとびっくりするぐらい安かったので、試しにと買ってみた。

 レディーボーデンといえば、貧しかった日本の歴史に終止符を打つように、燦然と舞い降りてきた高級アイスクリームのブランドである。
 だが、豊かになるにつれてそのありがたみは薄れ、私の中でも既に過去のものとなっていた。実際、スーパーでもほとんど見かけなくなっていたように思う。

 調べてみると、懐かしいパッケージがそのまま(に見える)のこのアイスクリームは、紆余曲折を経て実際一時は市場から姿を消していたらしい。そして、現在はロッテが製造・販売しているという。
 レディーボーデンといえば明治乳業だと思っていた身には、またも資本の論理に驚かされた。

 さて本題。

 この新しいレディーボーデン、私は基本的にバニラしか食べないが、けっこうおいしいのである。少なくとも、ハーゲンダッツよりは口に合うし、値段は半額以下だった。
 気になるのは、原材料名欄にごちゃごちゃいろんなものが書いてあることと、卵黄が含まれていないことだが、純粋にアイスクリームを味わうだけなら、私程度の舌は簡単に騙されてしまう。卵だって入っているような気がする。

 これに卵を入れて、乳化剤やら着色料やら使わない本物のアイスクリームにしてくれればもっとファンになると思うのだが、そうすると現在よりまずくなるのだろうか。
 少しぐらい高くてもいいから、ぜひ本物のアイスクリームを食べさせてほしい。

 レディーボーデン・プレミアム・・・なんていかがでしょうか、ロッテ様。

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2010.01.10

■まな板かんながけ

 それなりに立派な青森ヒバのまな板を使っている。長さだけオーダーメイドにしていただいたので、キッチンのシンクにぴったりはまる。

 だいぶくたびれてきたので、かんなをかけて新品同様にしたいと以前から思っていた。

 12月上旬だったか、珍しく大阪市内に仕事で出る機会があり、昼食に寄ったデパートでたまたま「職人展」みたいなのをやっていた。そこでまな板へのかんながけを見たので、これはいよいよ機が熟したという啓示だと受け取った(笑)

 正月に帰省した折り、父親からかんなを借りて、やっと今日、やってみることができた。

 結果はかなり無惨である。

 道具も腕も環境?も良くない。
 かんななんて、おそらく半世紀以上前から父親が使っている懐かしい品だし(木部は飴色になっている。刃は一応研いでいるみたいだが所詮は素人)、きちんとかんながけをやるのなんて初めてなのだ。刃を出す加減も試行錯誤なら、まな板をきちんと固定する方法すら思いつかない。

 まあそれでも、片面の黒ずみはおおかた取れて、そこそこきれいになった。いびつに削れて少し波打っているのはご愛敬である(かな?)

 息子の「経験値」を上げるために少し手伝わせたが、親父の私がまったくの素人では話にならない。6面全部きれいにするつもりが、1面だけで音を上げてしまった。

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2010.01.09

■フォルクスワーゲン報道官

 「フォルクスワーゲン報道官」というのを初めて見た。

 コマーシャルに出てくる、7歳ぐらい?の女の子である(調べてみると現在は10歳らしい)。

 おそらく多くの人が同じ感想を持つと思うが、どう考えても、トヨタの「子ども店長」の二番煎じだ(あまりテレビCMを把握していないので、万一順序が逆で、子ども店長の方が二番煎じだったらお詫びします)。

 ドイツの車には一定の敬意を持っているし、次に買う車としてフォルクスワーゲンはそれなりに有力な候補なのだが、このCMには本当にがっかりした。

 よりによって、トヨタの真似なんかするか?

 CM全体のセンスにしても、まったく凡百の国産車のそれである。輸入車で(たぶん)唯一、夢もロマンもない。

 まあこの時代、しかも「人々の車」なのだから、それでいいと言えるのかもしれないが、海外で売るドイツ車であるという矜恃は捨てないでほしかった。

 救いは、「子ども店長」よりも個人的には好感が持てるという点だけだ。
 そんな女の子に道化を演じさせる猿まねアイデアを出し、あろうことかオンエアーしてしまった情けない大人たちには心底がっかりする。

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■ベンジャミン・バトン 数奇な人生

 3日がかりで3分割して見た。

 DVDで見るだけでも邪道なのに、まさかの3分割。しかも時折り止めたり戻したり・・・

 もはや、私の見る映画は時間の芸術ではなくなってしまっている。

 個人的には前半はちょっと退屈だったが、後半、とくに最後の1/3ぐらいから俄然おもしろくなってきた。

 エンドロールのところで、原作がスコット・フィッツジェラルドだと知って驚いた。もともとは短編だという。それをこれほど長い映画に仕立てるとは・・・

 原作を読んでみたくなった。

(The Curious Case of Benjamin Button, 2008 U.S.A.)

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2010.01.06

■4億円を現金で貸したり借りたり?

 民主党の小沢一郎幹事長の資金管理団体「陸山会」に、小沢氏が個人資産から4億円を貸し出して後に返してもらっていたという話が出てきた(各メディア)。

 民主党の石川知裕衆議院議員の任意の供述によると、その4億円は借りるときも返すときも現金でやりとりされたという(NHKラジオ夕方6時のニュース)。

 4億円の授受を現金で・・・ 第一、どうやって数え、どうやって運ぶんだろう?

 もちろんというか、その出所は不明らしい。

 報道されていることが事実ならば、資金の流れがわからないように、換言すれば、アシがつかないように、現金でやりとりしたとしか思えない。

 「母親から12億円のお小遣い」問題の鳩山首相といい、政権が変わっても相変わらずの金権金満体質にはうんざりする。

 だが、こういう、国の行方や国民の暮らしとは本質的に無関係な問題で、また「政治資源」が浪費されていくのを避ける方法はないのだろうか。

 自分の職場の仕事もそうだが、どうでもいいことや無駄なことや、ネガティブなことをゼロに近づけることなんかに労力の多くが費やされていて、ほんとにもう、何とかならないのかと思う。

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2010.01.05

■物持ちのいい家族

 休暇最終日。

 家でのんびり映画でも・・・と思っていたが、結局は電子レンジの買い替えを検討したり、掃除したり整理したりゴミ出ししたり、クリーニングに出していた服を取りに行ったりして終わってしまった。
(VHSのビデオテープをほとんど捨てた。時の流れは残酷だ。)

 大晦日の22時過ぎだって、掃除していたのである。まあ、(しないと決めた仕事を除けば)ほかにすることもなかったけれど。

 電子レンジは初めて買ったものをいまだに使っている。まもなく満23年になるが、一度も故障したことがない。経験的にしか言えないのだけれど、1980年代後半の家電製品はほんとうに優秀だと思う。
 同じころに買ったラジカセも、つい先日まで現役だった。今はテープもCDも壊れ、ただのラジオになってしまっているが、おそらくはドライブベルトかなにかを替えるだけでまた甦るに違いない。諸般の事情を鑑み、さすがに修理しようとは思わないが。

 電子レンジや炊飯器がすごいことになっているのは横目で見ていたが、真剣に購入を考え始めると大変である。さんざん検討した末、結局は安いのを買うことになりそうだ。
 ___

 うちはだいたい、壊れたり破れたりしてどうしようもなくなるまで、モノを買わない。先日も、シャツが派手に破れてくれて、やっと捨てることができた。そして、捨てるといっても雑巾になるのである。
 ワンガリ・マータイさんに改めて教えてもらうまでもなく、「もったいない」精神がしみついているのだ。

 だが、いくら何でも、息子が小学校3年生の時に買ったジャンパー?をいまだに愛用しているのには閉口する。もう高校2年生なのに。
 確かに大きめを買ったし、身長の伸びもはかばかしくない。それでもさすがに、かなり小さい。
 まあ、思い出深い品だし、モノを粗末にするよりはいいと思うしかない。
 ___

 電子レンジはまだ使えそうだが、家人が「ごくたまだけど妙な臭いがする」というので、買い替えることにした。電子部品だって劣化しているだろうし、火を噴いたりしてからでは遅い。

 もし今度も20年使うとすると、年金生活が始まっているかもしれない。今はしない料理のことまで考えて買っておくべきか・・・とはさすがに思わないが、庶民は20年先を見て安い電子レンジを検討するのである。

 この国を動かしている人たちは、せめて5年先を考えて行動してほしい。

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2010.01.04

■魔境カフェ

 年末あたりから息子が「岬町に行きたい岬町に行きたい」と繰り返すので、行ってみることにした。

 なぜ岬町なのかはいくら聞いても要領を得ないが、大阪の最南端であることと、「岬」がついているのが気に入ったらしい。あ、♪「岬めぐり」の曲が好きなことも影響しているのだろう。

 「岬町なんか行っても何もないで」(すみません)と言っても、「何もないからええねん」という。

 岬町に着いたものの、案の定行くところはなく、せっかく来たんだからと「岬」を目指すことにする。
 が、ナビを頼りに進むと行き止まりの府立水産試験場に迷い込んでしまい、ままよとそこでトビやらセグロカモメやらをウォッチングする。

 そこを出て「大阪岬マリーナ」の方に進むと、マリーナを過ぎてから狭くて進めなくなりそうな道になり、Uターンして引き返す。
 暖かい日で、釣り船が帰ってくると、大漁だったらしい大勢の釣り人たちが笑顔である。

Img_5999_32 もう少し走って府県境あたりの道端に車を駐め、海岸に降りて今度はハクセキレイなどをウォッチング。遠く神戸や須磨、明石海峡大橋まで見渡せるほど視程が良かった。

 岬町はそれだけで、和歌山市の加太方面へ向かう。家を出るのが遅かったので、もう遅めの昼食の時間だ。
 ネットで調べたカフェへ。

 電話番号をナビに入れると場所はすぐにわかったが、あらかじめ調べておいたとおり、新興住宅地の中にある。
 実際に行ってみると、「通りがかる」などということの絶対ない場所であった。

 南海加太駅すぐ西の信号のある交差点を南へ行くのだが、向こうからバイクでも来ようものならどうしようもなくなる路地である。100m以上向こうに車が見えてちょっと緊張したが、そのことをよくご存知の方のようで、大人しくそこで待っていて下さった。
 その後、川を渡ってごくまばらな住宅地を抜けると、ほんの数分だが何もない道がしばらく続く。そして、このまま何もない山に迷い込んでいくのかと思っていると、忽然と瀟洒な住宅地が現れる。

 こんなところに・・・というインパクト十分な、ミニミニ千里(泉北)ニュータウンである。

 その外れ、前を通りすぎるとほどなく行き止まりになる高台にカフェがある。坂を上っていくと外観は見えるのだが、回り込んで正面まで行かなければそこがカフェだとはわからない。正面まで行っても、ごく控えめな看板があるばかりである。
 ここを目指して来なければ、通る車とて絶無の、住宅地デッドエンド手前だ。

Dsc07545_vga 幸い、営業しているようだ。出迎えはヤギの鳴き声。

 カフェとはいうものの、ランチに来た。食べたのはスパゲティポモドーロ、ビーフカレー、自家製ピザ。

 パスタとカレーとピザの店と聞いて侮ってはいけない。どれも水準以上のおいしさであるばかりか、テラスから見下ろす絶景はかなりのものである。幸い、今日は寒くなかったのでテラスでいただいた。
 食後にこれも自家製のケーキとコーヒー。豆の焙煎もここでやっていらっしゃるそうだ。
 ___

 地図によると、淡嶋神社方面にも降りられるはずだし、ナビもその道を示す。しかし、「災害時以外通行止め」とかで、元来た道を戻るしかないらしい。念のため、ウォーキングをしていらした地元の方に聞いても同じ答。

 ということは、この住宅地に住む人々は、あの絶対にすれ違いのできない道が下界への唯一の窓口なのか。まさか、そんなことは信じられない・・・ などと言いながら、もと来た道を戻っていく。

 その時点で、今日のエントリの題名が決定した。「魔境カフェ」である。

 ナビによると、川沿いの道を西へ進めば海へ出られそうなので、そっちへ行ってみることにした。

 ところが、道はどんどん狭くなり、とうとう歩行者とすらすれ違えない幅になる。その道が車両通行禁止でないどころか、一方通行ですらないことが信じられない。
 でもまあ、何とか通れそうなので、念のために家人を降ろして左右を見てもらいながらおそるおそる進み始めた。
 すると、向こうから自転車。とてもじゃないがすれ違えない。仕方なくバックする。そこに止まって、また来たバイクをやり過ごす。そうこうしていると、また次のバイクが来る・・・

 これではとても進めないので、諦めてバックで戻ることにした。幸い、ほどなく親切な人が現れて住宅の敷地に入れていただいてUターンし、道を教えていただいて事なきを得た。
 その親切な人がその住宅の住人ではないことを後で知って驚いた。勝手に門扉を開けて私の車を招じ入れたのである。
 ___

Img_6105_32 その後、淡嶋神社と海沿いを車窓観光し、とって返して近くの森林公園に向かう。もちろん鳥見が目的だが、税金の無駄遣いの見本のような場所であった。一見の価値がある。

 だが、そこにある小さな陸軍墓地の奥で、ツミらしきタカをほんの3メートルほどの距離で見たのは収穫だった。左から右へ木々の間を音もなく滑空してきて、木に止まるかと思うと私に気づいたかのように身を翻して遠ざかっていった。
 あまりのことにカメラを向けることすらできなかったのが心残りである。

 無理矢理墓地の奥まで上がってフェンスの向こうを見ると、妙な平原が広がっている。後で見つけた場違いな片側2車線の道とあわせ、そこが新興住宅地候補地であることがわかった。おそらくはこれから数十年、手つかずで放っておかれるのではないかという気がする。

 森林公園の下の紅葉谷を歩いて登り、暗くなりそうなので引き返している途中、足を滑らせて派手に転倒した。

 肩にかけていた一番高価な双眼鏡が「ゴンッ」と不気味な音を立てて地面にぶつかり、カメラも落とした。
 間違いなく光軸がずれた、下手をするとレンズを割った・・・と思いながらおそるおそる双眼鏡を覗くと、何と正常である。不幸中の幸いというのは、こういうことを言うのだろう。
 土埃にまみれたカメラも、快調な連射音を奏でる。
 ___

Dsc07543_vga 何度目かの、できの悪い中学生の日記みたいになってしまいました。なぜか、こんなふうにだらだらと書きたい日でした。
 最後までお読み下さった方の忍耐には感謝申し上げますとともに、ぜひ「魔境カフェ」(店名はアルゴ)へお出かけになりますよう、お勧め申し上げます。

(大袈裟に書きましたが、同じ道を行って戻る分にはそれほどの困難はありません。小綺麗な新興住宅地の中にあるログハウスで、居心地のいいカフェです。)

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2010.01.03

■Time makes sure we're never in the same place twice...

 2日は実家へ。3日は四半世紀以上の時を隔てた同窓会。

 全員を(おそらくは)平等に通り過ぎた時間が、各自に不平等な刻印を記している。

 もっとも不平等なのは幽明界を異にすることだろうが、同級生に物故者を聞かなかったのはまずは幸いであった。

 だが、お会いしたかった恩師の一人が亡くなったのは、この年末のことだそうである。平均寿命を越えているとはいえ、天寿を全うされなかったのは残念だ。
 ___

 ♪つまり、それが2年の月日・・・
 ♪君と別れて3度目の秋・・・
 ♪そして2年の月日が流れ去り・・・

などという音楽を聴いていた当時、2年だの3年だのというのはかなりの重みを持った長さであった。

 25年とか30年とかの時の流れをそんなふうに歌った歌を知らない。そんな時間はたぶん老人の懐古にしかふさわしくないと思われているのだろう。

 だが、今日つどった面々は、いくら何でも老人というには早すぎる。古稀を迎えたという恩師ですら、到底老人には見えなかった。ましてわれわれは、その子どもの世代である。

 部分的にであれば、25年前はつい昨日のことのように思い出せる。いや、むしろ、昨日のことより鮮明なことも数多ある。
 そして、何歳になっても、それほど年を取ったとは思えない。まして、成長なんかしていない。

 だが、時は二度とわれわれを同じ場所に置いてはくれない。

 All we can do is keep moving forward...

 この先に何があるわけではないにしても。

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2010.01.01

■頌春

 子どものころ、2000年の到来については考え、地球は、世界は、自分はどうなっているんだろうと夢想したものでした。
 しかしながら、「2010年」がやってこようとは思いもしませんでした。

 「想像もしなかった未来」に乾杯し、皆さまのご多幸をお祈り申し上げます。

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