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2010.02.27

◆人生を蝕むコトバ

 人の商売を助けたくはないのだが・・・

 今朝の朝日新聞、青beに、「勝間和代の人生を変えるコトバ」が載っていた。いわく、「見切りをつけたことに見返りはない」。

 見切りをつけて「逃げたこと、回避したことは100%の失敗であり」「見切りをつけなければ100%よりは失敗の確率が下が」る。また「今回失敗したとしても、そこから学習すれば、次回はうまくいくかもしれ」ないというのだ。

 それはもちろんその通りである。今さら言うまでもないぐらいだ。

 だが、最初から最後まで読んでも、ぜんぜん説得されない。それは、「やってみることのコスト」をゼロだと(もしくは、失敗しても得られるゲインが必ずコストを上回ると)仮定しなければ成り立たない論理だからだ。

 医師なり弁護士なり大学教員なりを目指して、5年10年20年と苦労している(た)人たちを実際に何人か知っている。
 それだけ続けられるのは、もちろん本人の才能も努力もあるし、精進には敬意を覚える。しかし、そうやって見切りをつけずにやってみることのコストはいかばかりか。最後まで目標を達成できなかった場合(いや、達成できた場合ですら)、ゲインはコストに見合うのだろうか。
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 皮肉なことに、次のページには「悩みのるつぼ」という相談コーナーがあって、やってみたけど失敗したことがもとで、「自信を失い、劣等感に落ち込み、何をしてもうまくいかず、時々心理カウンセラーへ通ってもい」る娘のことを心配した両親が「なすすべもなく途方にくれて」いる。

 勝間流の馬車馬理論がそういう人たちを量産しているのを知っているからこそ、香山リカが(たぶん)本気で怒っているのだ(二人とも個人的には好きではないけれど)。
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 勝間のコラムのすぐ下には「やっぱりフジマキに聞け」というコーナーがある。そこにもまた、「つい後回しにして、自分の力を十分に出し切れずに終わり、後悔します」という相談が寄せられている。

 実際に出せた以上の「自分の力」なんてものが存在すると信じ、それを「出し切れ」る可能性を夢見続けて一生を終えそうなこの人(現在40歳)も、勝間理論の犠牲者だ。
 いやもちろん、直接の信奉者(「カツマー」というらしい)であるかどうかは知らない。だが、戦後(少なくとも)私たちの世代が受けてきた日本の教育の言い古された精神を、歯切れのいいコトバで新しそうに表現してネオリベ流に組み替え、一部から支持を得ているのが勝間なのだ。

 こんなことを書いている私自身、この40歳の女性と同じようなことを日々考える。ただ、その考え自体をほんの少しは冷静に見ることができるというだけだ。

 藤巻(兄)氏の答も、「若いころは質問者の方と同じことで悩むことが多かった」が、「あるとき、仕事を前倒しにしようと思うこと自体がかなりのプレッシャーになり、人生のマイナスになることに気がついた」という。
 したがって現在では「「明日出来ることは明日に回そう」と自分に言い聞かせている」そうだ。

 氏の回答自体、今となっては別に新味のないありきたりのものであるかもしれない。だが、元カリスマディーラーにして現在投資顧問会社社長、マスコミでも活躍する大成功者であり、今年還暦を迎える年齢の氏自身、「自分に言い聞かせ」なければそう気楽には構えられないほど、この病の根は深いのである。
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 まあともかく、同じ紙面の上下に配された勝間とフジマキのこの対比は、ちょっとした小粋な偶然を感じさせる。
 次ページの皮肉な偶然とともに読んで、自分の中に巣くって人生を蝕み、後悔ばかり誘発する「清く正しく美しき価値観」の存在に、もしかしたら読者は気づくかもしれない。

 紙面は意図してこういうふうに編集されたのかもしれないし、忌まわしくも正しい価値観の存在に気づいたところでなかなか駆逐はできないんだけれど。

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