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2010.05.30

■くたびれたナンバープレート

 何年ぶりだろう? 自分の車を丁寧に洗車した。いつもは洗車機にかけるだけである。

 気持ちのいい晴天、他に時間の使い方があるだろうとも思うのだが、それぐらいしかする気になれなかったのだ。

 やっているうちに細かいところまでけっこう綺麗にしたくなり、結局2時間半ぐらいかかった。それでも、ホイールにワックスをかけるのは諦めたし、車内の清掃もしなかった。

 もう10万キロ近く走っているが、外観はほとんど新車である。
 明らかにくたびれているのはナンバープレートだけだ。品質が車のそれと釣り合っていないのである。トヨタかどこかに頼んで、車のボディかバンパーと同品質のプレートを作ってもらえばいいのに。せっかくの車がナンバープレートのせいでおんぼろに見えてしまう。

 それはそれとして・・・

 長い間乗っていて、ただの移動手段になっているので有り難みがない。かといって、使い慣れた道具への愛着みたいなものがあるかというと、それもほとんどなくなっていた。
 だが、久しぶりに隅々まで手入れしてやると、少しはそういった気持ちが湧いてくる。当分新しい車を買うつもりはないので、大事に乗ってやりたい。

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■「ネット全履歴広告活用解禁」

 さわやかな日曜の朝に、いきなり剣呑な見出し。

 事情のよく飲み込めていない家人が、「これって一面トップになってるけど、大ニュースなの?」と小首をかしげて聞く。

 間違いなく大ニュースだろう。
 古来、SF小説で描かれてきた、コンピュータによって監視されるディストピア(ユートピア(理想郷)の反意語)が大きく一歩、現実に近づいた感がある。

 うまいたとえが思いつかなくて恐縮だが、たとえばこうだ。

 家にいても外にいても、常に透明人間があなたを監視していて、その行動・言動を逐一詳細に記録している。記録は正確無比で検索は超高速なので、何年何月何日何時何分何秒にあなたが何をし何を言ったかを調べるのは一瞬で可能だ。

 その透明人間は、その情報を誰にでも売ることができる。あなたは昨日、新型車の前で立ち止まって3秒ほど興味深そうに眺めたので、今日はその車のディーラーからカタログが届く。今日はすれ違った美女をちらっと見たので、似た女性のプロフィールが婚活業者から送られてくる。
 いずれも透明人間経由だ。透明人間はあなたの住所氏名年齢職業クレジットカード番号その他さまざまな情報を把握しているので、必要に応じて情報を売って稼ぐ。

 あなたは、その透明人間が働いている業者から、毎月数千円の請求を受けて払い続けている。
 「興味あるものの情報が向こうから来て便利だからそれでいいや」と、あなたは思いますか?
 万一そうでも、売られるのは趣味嗜好だけではありません。持病や悩みなんかも筒抜けで、商売の道具にされるわけです。

 この下手なたとえで緊迫感が伝わるだろうか?

 ともかく、一方では過剰にも思える「個人情報保護」などとほざきながら、よくも「ネット全履歴」の「活用」なんてことを思いつくものだと思う。たぶん、これが実用化されたら、世界で初めてということになるのではないか。もしかすると、北朝鮮やミャンマーの次か。

 それでも、正常な使われ方をする分にはまだいいかもしれない。
 新聞は「個人の行動記録が丸裸にされて本人の思わぬ形で流出してしまう危険もある」と警告する。あなたの情報が、という可能性は低いにしても、「誰かの」情報は必ず流出する。

 透明人間を操っているのは生身の人間なので、その人が興味を持てば、流出はさせないまでも、いくらでも有名人や知人の記録を見ることができる。社会保険庁の職員がキムタクなんかの年金記録をのぞき見していた記憶もまだ古びてはいない。
 今度は、覗かれるのが「ネットの全履歴」になるのだ。覗くのは、プロバイダ各社!のアクセス権限を持つ社員たちである。社会保険庁の職員たちと比べものにならないほどの高いモラルを全員に期待するしかない。
 (まあ、これは現状でもそうなんだけど)

 今回の方針を決めた「有識者」の作業部会に参加していた一人によると、「総務省の事務方は積極的だったが、参加者の間では慎重論がかなり強かった」という。
 慎重論が強いのは当たり前だ。積極的な総務省の役人は、この件を監視する公益法人でも新たに作って、そこに天下りする腹なのだろうか。

 結局のところ、「利用者の合意があれば良いのでは」ないかという論理で決まってしまったそうだ。

 読む気のしない大量の文言が、見えないような小さな文字で書かれた(しかもよく読んでも何のことかわからない)「同意書」に、「はい」とクリックしないとインターネットが使えない・・・というような「合意」がすぐ頭に浮かぶ。

 憲法21条2項(「検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」)を持ち出すまでもなく、ネット利用者全員で今すぐ反対運動を起こすべきだと思う。

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2010.05.29

■輸入された「国産牛」

 夫婦だけおいしい昼食を食べた後ろめたさから、息子に大きなステーキ肉を買って帰ることにした(私の夕食はざるそばである)。

 幸いなことに息子は脂がない肉しか食べないので、いつもモモ肉を買っている。サシなんか入ってない方がいいから、和牛である必要もない。というわけで、「国産牛」と表示されたステーキを買って帰った。
 「個体識別番号」がついていたから、それなりに身元の確かな牛だと思ったのだ。値段とか見た目とかを勘案した予想では、和牛とホルスタインを掛け合わせたものだろうと考えていた。

 ところが、個体識別番号をもとに調べてみると、この牛は何と、オーストラリアから輸入されたものであった。

 それをでかでかと、「国産牛」と書いて売るのか、とちょっと驚いたが、日本でこの牛を育てた牧場のウェブサイトによれば「法律では、飼養地が2国以上にまたがる場合は、最長飼養地を原産国と表示することが決められてい」るということらしい。

 今日食べた牛は、「アンガス系統種(母牛血統)と肉専用種(父牛血統)を掛け合わせた肉専用交配種」であり(「肉専用種」って品種名なのか!?)、
2007年9月12日にオーストラリアで生まれ、11か月ほど育てられてから
2008年8月21日に日本に輸入され、福岡県宗像市で1年9か月ほど肥育された後、
2010年5月13日に宮崎県で屠殺されている。

 日本で過ごした月日がオーストラリアの倍ぐらいなので、まだ「良心的」なほうなのだろう。

 それにしても、オーストラリアでたった11か月でも育てられた牛を生きたままわざわざ運んでくる方が、日本でふつうに生まれた牛を買うより安くあがるのだろうか。

 オーストラリアだから今のところいいようなものの、たとえばどこかの国で狂牛病とかが発生した場合、その国から生きたまま輸入された牛を、「国産だから」と安心してわざわざ選んで食べたりすることも起こるだろう。
 まあ、その辺は輸出入国の検疫態勢を信用するしかない。

 肉を買うたびに、iPhone だとか iPad だとかで、いちいち個体識別番号を調べてから買うというような病的な真似は、できればしたくないので(それ以前に、iPhone も iPad も持っていないんだけれど)。

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■素晴らしい天気なのに

 ほんとうに素晴らしい、北ヨーロッパの夏のような天候なのに、例によって夫婦揃って手当も代休もない休日出勤。

 午前は家人の職場、午後は自分の職場。

 なら、それぞれが自分の職場で仕事をすればいいようなものだが、ふたりでやると2倍じゃなくて3倍ぐらい早く片付くタイプの作業なので、ちょうどいいのである。

 間に昼食。

 「行くところがないねぇ」などといいながら、たまに行くステーキハウスに決めて車で向かっていると、家人が別の店に未練があるように言うので、そちらに行くことにした。
 そんなに強く希望するんだったら行くところはあるんじゃないかと言うと、朝、高すぎると言って私が一言のもとに却下したというのである。そうだっけ?

 土曜の昼だし、予約もせずに行っても無理だろうなあと思いながら向かうと、運良く?席に着くことができた。
 外観はそれほどでもないし、表に出してあるメニューを見るとやはり高すぎるのだが、中に入って納得した。

Dsc02823 思わず笑い出してしまうぐらい、何これ? ここどこ? という感じの豪華なつくりと内装である。リッツ・カールトンのテイストをややカジュアルにした感じか。

 このご時世のこんな郊外に、まだバブルが息づいているようだ。
 一方で、今から20年ほどの間、周辺のアッパーミドル住宅地に住む中年以上の客を相手にするというのは、もしかすると目の付け所がいいのかもとも思う。
 ___

 午前も午後も、豪華な昼食に似合わぬ内職のような仕事。

 実際、作業をしながら、「むかし、お母さんが内職してた。あれ、どうしてやってたんだろう?」とか、「近所のおばちゃんもやってた」とか、「これ、内職に回したらひとつ25銭ぐらいかなあ」とか言い合う。

 寒々とした暗い部屋での作業。外はほんとに完璧な天気・・・ いったいこんなところで何をやってるんだろうという感じ。

 まあでも、こうやって仕事をしてるから、まがりなりにも豪華な雰囲気で昼食を食べられるのである。完全に赤字だけど。

 (追記)
 夜はふたりでカレーを作った。来週の木曜日!に食べる分である。共働きの悲哀だ。
 タマネギを炒める行程で家人がいつも手を抜くので、今日は10時前から11時過ぎまで、1時間以上かけて私が炒めた。もっとも、新玉葱で水分が多すぎ、ほとんど煮込んでいるみたいな状態になって、ほったらかしにしていた時間が大部分ではある。
 努力が味で報われるのかの検証は5日後となる。

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2010.05.28

■何で今ごろ?

 何で今ごろ大騒ぎになっているのかわからない。大相撲の土俵下の「維持員席」と呼ばれている席(≒砂被り?)の入場券が、暴力団幹部に回っていたとかいう事件である。

 この件について、半年前だか1年前だかに、たまたま車の中で聞いていたラジオで取り上げていた。
 何でも、テレビに映ることで刑務所内にいる身内に合図を送っている疑いまであるという話だった。出演者が興奮気味に話して憤慨していたのをはっきり覚えている。

 これは大ごとになりそうだな、とその時思った。

 ところが、その後長い間、どんなメディアでもこの話題を目や耳にすることはなく、今になって急に、あらゆるメディアを巻き込んだ大騒ぎになっている。

 あのラジオを聞いた時から、事実関係はほとんど明らかになっているようだったし、また、そうでなければああいう取り上げ方はすまい。
 にもかかわらず、あの時は他のメディアから黙殺されて、今になって騒ぎ出しているのは、いったい、何がどうなったからなのだろう?
 ___

 こういう経験は初めてではない。具体的には思い出せなくてもどかしいが、「どうしてもっと大きなニュースにならないんだろう?」と不思議に思っていたことが、何か月、場合によっては何年も後に、急にメディアで騒がれ出すことがある。

 自分の身の回りの情報だとかいうのならともかく、私のような何でもない一市民に伝わるような情報が、マスコミに伝わっていないはずがない。
 なのに、私が知った時にはほとんど話題にもならずに消え去り、ずっと後になって全国的に騒いだりしている。
 話の中味はまったく変わらないのに。

 その間に何があったのだろう? あるいは、急に話題になる(する?)きっかけや条件というのはいったい何なのだろう?

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2010.05.26

■いったいどれだけ合併すれば・・・

 たまたま、カード会社から2通の封書が同時に届いた。同じ会社からなのだが、もともとは何の関係もない別のカードである。

 何だかわけのわからないうちに、あれよあれよと会社が合併してしまったのだ。この2種類に限らず、私の持っている数枚のクレジットカードが、

 三菱UFJニコス株式会社

のカードになってしまった。それでいて、たとえば今日届いたカードはDCカード、実際に支払い処理をするのはたぶんVISAである。

 三菱
 東京?
 UFJ
  (三和)
  (東海)
  (東洋信託)
 ニコス
 DC

の集合体だ。それでいてVISAカード。もう、何が何やらわけがわからない。

 この間なんか、三菱UFJニコス株式会社から、数枚のカードのうちどのカードに関するものか、いくら読んでもわからない「お知らせ」が届いたりした。

 いったいどれだけ合併すれば気が済むんだろう。もうそろそろやめてくれないと、ぜんぶ同じ会社のカードになってますます混乱しそうだ。

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2010.05.25

■けなげなコゲラ

 家人の職場では、時々鳥が死んでいるのを見つけることがあるという(どんな職場だ?)。

 今度見つけたら持って帰ってこいと厳命しておいたところ(笑)、実際に持って帰ってきた・・・

 なかなか、こんなふうに鳥をじっくり観察できる機会はない。というわけで、家族で観察して写真を撮り、庭に埋めて菩提を弔い、形ばかりの墓石を立てた。
 後で、重さぐらい量っておけばよかったと思った。

 一番気になったのは、その細い腕。うちの文鳥でも、こういうのをおとなしく見せてはくれないので、これまで知らなかったような気がする。
 こんなか細い骨で羽ばたいて飛んでいるのかと思うと、そのけなげさにちょっとした感動を覚える。

Dsc02755

(老婆心ながら:動物の遺体を触る時は、まず傷んでいないかを確かめ、できればマスクを着用しましょう。手術なんかに使う、手にぴったりくっつくゴムの手袋を使い捨てにするのが理想ですが、素手で触った場合は、目や鼻や口に手を近づけず、触った後は石けん等で何度も綺麗に手を洗いましょう。)

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2010.05.23

■イングロリアス・バスターズ

 すごい映画である。待たされた甲斐があった。

 目を背けたくなるような残虐シーンを描く必要があるのかどうか判断できないが、ウィットの利いた会話の応酬(もちろん、それを表現する名優たち)による緊迫感がすごかった(ただし、ブラッド・ピットには感心しなかった)。

 珍しく、俳優たちが必然性のある言語で話す。
 ハリウッド映画(なのかな?)といえば、フランス人でもドイツ人でも英語を話すのが常だが、それぞれのキャラクターがその場面で使用するだろう言語を使うのは、リアリティも増すし新鮮だった。
 映画のあちこちで使用言語がキーになっているのもおもしろい。

 映画館の若き女性経営者のためにナチのSS大佐がミルクを注文してやるところなど、サスペンスの盛り上げ方もうまい。
 ところどころに散りばめられたギャグも秀逸である。

 それでいて、全体として映画が滅茶苦茶(というかハチャメチャ?)でもある。
 (「一切の」先入観を排してご覧ください。)

 152分の長尺だが、「えっ、もう終わり?」というぐらい短く感じられた。傑作だ。

 残虐シーンをうまく処理して、もっとだれでも鑑賞できる映画にしたら・・・とも思うが、それではこの映画ではなくなってしまうのかもしれない。

(Inglourious Basterds, 2009 U.S.A., Germany)
※Inglorious Bastards ではなく、括弧内が正式の題名らしい。

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2010.05.22

■真夏日の休日出勤

 休日出勤とは言っても、家人の職場へ。

 あんまり大変だから配偶者まで手伝わなければならなくなるのである。もちろん、家人には振替休日もなければ手当も出ないし、私はそもそも働いたことにならない。
 とはいえ、もはや恒例行事である。

 建物の中はちょっとひんやりしていたのだが、軽く仕事を終えて車に戻ると、車外温度計は34℃を指している。日の当たる駐車場に駐めていたからだろうとは思ったが、今年見る最高温度だ。

 走り出すと本当の気温に近くなるのだが、32℃未満には下がらない。まさか、今日は真夏日になったのだろうかと思っていたら、実際に真夏日になっていたようだ(「真夏日:102地点で 群馬・館林で33.4度」mainichi.jp)。

 家人の希望で、箕面山麓に新しくできたカフェでランチ。200円でプラスできますというデザートが、600円ぐらいに見える皿でちょっと驚く。
 店が何となくガヤガヤしているのと、喫煙席から煙が臭ってくるのが難点だが、なかなか小綺麗な店である。
 ___

 夕食前、家人の車にワックスがけ。自分の車でも何年もかけていないというのに(洗車機ではたまにかける)。

 孝行な夫の一日 ^^;

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2010.05.19

■「またあした」

 職場を去り際、「またあした」と挨拶して不思議な感覚をおぼえた。

 「何かなければ明日また会うのだから当然の言葉なのに、なぜそう思うんだろう」と考えながら車に向かっているうちに、思い当たった。

 今の職場で働き出してからまもなく14年になるはずだが、「またあした」などと言うことはほとんどなかったからだ。

 ちょっと変わった職場だし、近い方、遠い方、滅多に行かないところとかいろいろあって、定期的に2日連続会う人など、今までいなかったのだ。
 いや、厳密に言えばいるのだが、それは職場仲間ではなく、(失礼ながら)その他大勢のクライアント?なので、「またあした」などと挨拶することは滅多にない(そういえば、されたことはあるような気がする)。

 もちろん、家族にはふつう毎日会うが、「またあした」などということはない。
 ___

 思えば、かつての職場では、月曜から土曜!まで、毎日毎日数十人と必ず顔を合わせていた。「毎日必ず」というのでなければ、二百人ぐらいとは会っていたと思う。
 そういう、ある種濃密な人間関係の中にいて、別に何の違和感もなかった。幼稚園に入園以来、ずっとそういう生活が続いていたからである(あ、大学はちょっと違うか)。

 それが、今は、「また来週」というのがもっともよく使う挨拶になっている。「金曜日に」というのも多い。そして、定期的に「またあした」なんていう相手は、実に一人もいなかったのだ。今年度までは。

 別に、毎日会いたいような同僚がいるわけではない。同僚諸氏に罪はないのだが、会うことはすなわちうんざりするタイプの仕事が絡んでくることも多くなってしまうので、むしろなるべく顔を合わせたくないという気分の方が強い。

 しかしながら、である。

 もしかしたら自分は寂しがっているのではないかという気がちょっとする。
 毎日のように「またあした」と言い合える相手がいることは、——働いていればそれがむしろふつうだろう—— 幸せの条件なのかもしれない。

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2010.05.18

■旅立ちの時

 1988年の映画らしい。なぜ借りたのかわからない。何かがきっかけで見つけて、ネットの評価が高かったのが気になったのだろうと思う。

 スタンド・バイ・ミー(1986)のときは子役のイメージのあったリバー・フェニックスが、この映画ではもはや青年になっている。アカデミー助演男優賞にノミネート。その数年後に亡くなってしまうとは、ほとんどだれも想像すらしていなかっただろう。

 いろいろ言う人もいるようだが、私にとってはすごくリアリティのある、もとになった実話があるんじゃないかと思わせる映画。シドニー・ルメット監督。

 親子の情愛ものには弱いし、適度なスリルとサスペンス(笑)もある。

 こんな映画を見て、この程度の文章でしか紹介できないのが哀しい。

(Running on Empty, 1988 U.S.A.)

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2010.05.17

■新緑

Dsc02706_169
 5月らしい日になりました。

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2010.05.14

■これが胸焼け?

 本日夕刻から、みぞおちのあたりが痛み出した。

 あんまり経験はないが、おそらく「胸焼け」の症状だと思う。やや鋭い、ちょっと熱いような痛み。

 食べ過ぎも飲み過ぎもない。そもそも、酒は飲めないし、思い当たる原因は何もない。
 ヨーグルトの牛乳割りを飲んでも治らず、夕食(手巻き寿司)をふつうに食べた後も、とくに上半身を前後に動かすとキリキリという感じで痛む。大した痛さではないが、何もなければこうはならないわけで、やはり気になる。

 その昔、20年ほど前、マロリー・ワイス症候群という、医師でも知らないことがある病気(というよりケガ)で入院したことがあるのだが、その古傷が痛んでいるというのではない(と思う)。

 その10年後ぐらいだったか、ときどきみぞおちあたりが痛むので、胃(+食道・十二指腸)の内視鏡検査を受けた。古傷に何かが起こっているのかもしれないと気になったのだ。
 ところが、「異常なし」という診断を下されてから、以後一切、同様の症状は出なくなった。胃はメンタルな臓器だというが、それにしても不思議だ。

 今回の胸焼け?はそれ以来である。もう、古傷に関する懸念はまったく持っていないので、今回の痛みは実体を伴ったものである可能性もある。

 大袈裟かもしれないが、ここ何年か胃の透視検査を受けていないし、内視鏡検査も鼻の穴から入れるようになってすごく楽になったということなので、一度受診してみようかと思っている。

 下からも上からも内視鏡で、忙しいことである。

 (備忘録で申し訳ありません)

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2010.05.09

■今年一番暑くなった日に

Dsc02617_169 連休中の一日、JR福知山線の生瀬・武田尾間の鉄道廃線ハイキングに出かけた。

 ほとんど真夏日みたいな日だったし、乾燥してほこりっぽかったのが誤算だったが、新緑の中をのんびり歩けた。
 人がちょっと多すぎたのはまあ仕方がない。

 ただ、「ハイキングコース」となってから四半世紀近く経って、相も変わらず、「ハイキングコースではありません」とか「整備がなされておらず」「大変危険です」とか「関係者以外の立入り」「などは一切認めておりません」などと、あまりにも建前めいたことを「西日本旅客鉄道株式会社」が表示しているのはいただけない。
 本気でそう思っているなら、トンネルの入り口を塞ぐだけで立ち入れなくなるのに。

 実態は、過剰なまでに「整備」されている。以前はなかった真新しいフェンスが張り巡らされ、ハイカーが川に転落などしないように配慮されている?のには驚いた。

 ただ、お蔭で、以前はトンネルと川の間を楽しく散策できる道があったのに、それこそ立ち入れなくなっていた。まあそれも、入る気になれば簡単に入れるのだが、人が通らなくなったので草が繁って大変そうだった。

Dsc02620_32 フェンスのせいでほとんど軌道敷跡しかなくなり、人通りも多くてのんびり休憩できる場所がないのには困った。もしかして、あのフェンスは安全対策ではなくて嫌がらせなのかな?

 うわっ、せっかくの美しい記憶が、愚痴に埋もれてしまう・・・
 ___

 仕事関係の人たち(笑)と出かけたのだが、仕事のことはほとんど忘れて、久しぶりにいくらか自分に戻れたような気がする。

 それでも「仕事関係」はこれからも続くので、それに支障が出ないようにいろいろ考えなければならないことに変わりはないのだが、そういう、斜め上から自分を見下ろしているような自分がふと消える瞬間もあって、そんな時間は貴重だなと思った。

 どこか野外へ出かけるたびにコンビニに寄っておにぎりを調達するのが習いになっていたが、同行者のご厚意で実に久しぶりにおいしいピクニックランチを食べられたのもありがたかった。

Dsc02632_32 この前、手作りのお弁当を持って出かけたのはいつだったけ・・・と考え、それはおよそ18年前、家人が妊娠している時に私が作ったお弁当を持って2人で妙見山へ出かけたのが最後ではないかという気がしてきた。
 いや、それ以降もたぶん何度かはあるのかもしれないが、とりあえず2人で首をひねって思い出せるのはそれだけだ。

 家人は、「そんなことがあったなんて夢のようだね」と言っている。蛇足ながら、「夢のように素晴らしい思い出」という意味ではもちろんない。

 家人の名誉のために付け加えておくと、彼女はほぼ毎日、息子と自分のお弁当を作っている。私にはとても真似できない(が、諸事情があって?わたしのを作ることはほとんどない)。

 今度手作りのピクニックランチを楽しむのはいつのことになるんだろう? まさか、18年後・・・なんてことはないと思うんだけれど。

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2010.05.05

■掃除に修理

 今日も昨日に引き続き、真夏日になろうかという勢い。

 遅く起き出し、お好み焼きのブランチ。

 ユニクロの小包を開けるついでに、ちょっとした衣替えなど(クローゼットからズボンがひとつ出てきた。Thank God...)。もちろん、それにともなって掃除も必須である。

 その後、ターミネーター・サラ・コナー・クロニクルズを2話ほど見て、自転車の掃除と玄関ドアの修理。
 ___

 富田ポタリングには家人が息子の自転車(もともと家人の自転車)に乗って行ったのだが、走り出してすぐ、ギア周りから異音がするのに気づいた。おそらく、グリースアップするだけで直るだろうと、途中の自転車屋に寄って頼むと、フロント・ディレーラーの変速装置の修理やらサスペンションの掃除やら各所のチェックなどまでしてくれた。それで300円。

 それにしても、フロントの変速装置は、購入した某一流サイクルショップで、「内部のツメが折れているので修理は不可能。交換が必要」と言われていたものである。それを、量販チェーン店(Asahiではない)のお兄ちゃんがものの1分もかからずに直してしまった。一流サイクルショップへの根拠なき信頼が崩れる。
 (そういえば、私の自転車の前ブレーキの鳴きも直せなかった。でもそれは、その店の別の店員が後日直してくれたんだけど・・・)
 ___

 高校入学を機に自分のものになった家人の自転車を息子が掃除するのはおそらく初めてである。酷使だけして手入れしないのはよくないなどと、自分のことは棚に上げて説教しながら一緒に掃除してやる。
 ついでに、4年前にひと目ぼれして買った自分の自転車も掃除する。息子のはともかく、私のは新品のようになった。が、最大の理由はあまり乗っていないからだろう・・・

 玄関ドアは何だか開きにくくなっていて、何かの拍子に出られなくなったりしたらと、ちょっとだけ不安になっていた。うちの家は少し特殊な設計なので、玄関ドアが外界へのほぼ唯一の出口なのである。その意味ではマンションに近い。
 どうなることかと思っていたが、取っ手部分をばらしてみると原因がわかり、シリコンスプレーを吹きかけ、掃除して組み付け直すだけで見違えるようにスムーズに開くようになった。

 そういうのを息子に見せ、教えながらやる。そんな時間は数少ない「小確幸」である。

 2010年、来年はもう児童福祉法にいう「児童」や「少年」ではなくなる息子と少しだけ一緒に過ごした「こどもの日」。

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2010.05.04

■擦りきれたシャツ

 「衣服」みたいなカテゴリがないのだが、もちろん、作る必要もない。
 ___

 ゴールデンウィーク最大のイベントから戻ると、ユニクロから小包が届いていた。

 ふだん着ているカッターシャツの襟や袖口がどれも擦りきれてきて、もはや着るものがないという感じになってきている。
 冬は上からセーターなど着てなんとかごまかせるものの、こう暑くなってくるとそうもいかない。外に出る時はマシなものを選ぼうとするのだが、もはやマシなものが存在しないのだ。

 どうしようかとつらつら考えながら2〜3か月が経ったと思う。

 そんなとき、朝刊の折り込み広告が目に入った。ユニクロである。

 「○日限り」などとセールをうたっているのだが、連休中に混んだ店舗に出かけるのも億劫だ・・・などと思いながら何気なくウェブサイトを見ていると、チラシと同じ商品が同じ価格で売られている(当たり前か?)。

 しかも、この辺の店舗では扱っていない、あのジル・サンダーがデザインしたというシリーズも手に入る。

 これ幸いと、カッターシャツやらTシャツやらを注文した。それが2日前。
 ___

 しかし、服を買うのが嫌いだからとはいえ、モノも見ないで注文するようになってしまうとは・・・
 届いたシャツのブルーの色合いは思っていたものとは違っていたが、まあ、許容するしかあるまい。

 問題は、ふだん着のズボンも(たぶん)すべて擦りきれて(ひどいのは破れて)しまっていること。こちらはちょっと、通販でというわけにもいかない。
 それに、買うのがいかにも面倒だ。試着してみたり、裾上げを頼んだり・・・

 だが、仕事仲間の女性(大学の同級生でもある)から、ズボンのセンスのひどさに関して忠告を受けたばかりでもある。

 どこかにまともなズボンをリーズナブルな価格で買える店をご存知ありませんか?

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■時間旅行者の妻

 邦題は『きみがぼくを見つけた日』。

 遺伝的な体質で意図せずタイムトラベルをしてしまうという根本の設定はもちろん荒唐無稽だし、避けられぬ因果律の破綻もある。

 でもお勧め。恥ずかしい言い方になるが、優しい気持ちになれる少し哀しい恋愛映画。
 ___

 原作がしっかりしていそうだし、脚本家は『ゴースト』を手がけた人物と知って納得。
 エグゼキュティブ・プロデューサの一人が、ブラッド・ピット。

(The Time Traveler's Wife, 2009 U.S.A.)

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2010.05.03

■とんだポタリング

Dsc02578_169 とんだポタリングをしてきた。いや、お尻の骨?が痛くなったこと以外は平穏無事でのんびりした自転車散歩だった。ちょっと暑かったけど。

 JR東海道線の駅でいうと摂津富田、阪急京都線でいうと富田は、それなりの歴史を持ち、一部に古い街並みを残す土地らしい。

 慣れたサイクリストなら、うちから30分とかからずに行ける距離であるにもかかわらず、北摂に住み始めて25年、ついぞ訪れたことがなかった。

Dsc02533_t 普門寺、三輪神社、清鶴酒造、本照寺、壽酒造、そして、隣の駅近くにある総持寺へ。西国二十二番のこの寺にはかつて来たことがあるが、それも四半世紀以上前のこと。近所の貞寿庵で蕎麦を食べた時にすら寄らなかったと思う。

 連休真ん中とはいえ、観光地でも何でもない場所、どの名所?にもほとんどだれもおらず、のんびりしたものであった。総持寺にはさすがに十数人はいただろうか。だが、広い境内にそんな程度ではやはり静かである。

 お昼は小綺麗なお店で食べ、別の店で土産に豆腐チーズケーキやら豆腐焼売やらを買って帰った。

 心の洗濯をした、というのは、こういう日のことを言うのかもしれない。

 連休中、家人と遊ぶのはこの日だけになろう。
 ___

 夜、映画を見ていると、昨日までは聞かなかったと思う虫の声がうるさいぐらいに感じられた。この暑さで急に鳴き出したのだろうか。

 夏は来ぬ。

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