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2010.08.31

★夏の終わり?に

 昨日、大阪の連続猛暑日記録が途絶えたという。とはいっても、今日はまた猛暑日。

 どうせ異常に暑い日が続くのなら、途切れたりしないで記録をどんどん更新していってほしい。がんばれば?21日超えもあったのに・・・
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 しかしやはり、季節は進んでいる。庭のナンキンハゼの先端が紅葉しはじめているのにはちょっと驚いた。

 六甲山に上がると、みるみる車外温度計が下がり、最低で24.5℃を記録した。最高でも28℃以下。30度未満の表示なんていつから見ていなかっただろう?

 新しく(といっても数年前?)できた展望塔の上から、明石大橋が見えるのを、近くにいた女性に教えていただいた。もちろん、その向こうの淡路島も見える。ここからそんなものが見えるのを初めて知った。

 吹き上がってくる風には冷たさすら感じる。

 いつもの場所と、極楽茶屋跡〜六甲ガーデンテラスあたりを散策する。鳥影まったくなく、やや遠くから声を聞くのみ。
 だが!、5羽ほどのヒナを連れたコジュケイが、親はのそのそ雛はよちよちという感じで草むらの中に入っていくのを見られたのは僥倖だった。六甲にはあちこちにこういうのがいるのかとちょっと感心する。

 下界へ降りてくると、最高温度は38℃。実に10℃以上も違うのである。

 昼食に、史上最高値の天ざる蕎麦を食べる。何年も前から行きたくて、なぜか縁のなかった店だったので、思い切って注文した。

 職場へ行って仕事。帰宅してからも仕事。
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 1日でけっこういろいろできるもんだなあと思う。ふだん、拘束時間以外は無為に過ごしていることが多いからよけいそう思うんだろうけれど。

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2010.08.29

★超熱帯夜の終焉?

 昨夜(というか今日午前2時)、就寝時の枕元の温度は30.1℃だった。

 網戸を通して入ってくる風から、今夏初めてといってもいいような涼感を感じたが、相変わらずの「超熱帯夜」である。

 寝付けなくて、2時半ごろ再度温度計を見ると29.9℃・・・ 長く続いた超熱帯夜もとうとう終わったのだ。

 明け方はひんやりとして気持ちよかったが、夢うつつで温度は見なかった。

 起床時には、すでに31℃になっていた・・・
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 夕方、水撒きをしていると、涼しさを感じる風。

 文鳥より遅れたが、私にも秋を感じられる日々がやってきた。

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2010.08.28

★暑さは続いても・・・

 処暑のころだろうか、飼っている桜文鳥の羽毛が急に抜け出した。

 人がいない時は35℃、いるときは29℃ぐらいのリビングにずっといて、その温度は変わっていないのに、どうして季節の変化がわかるのだろう。

 私など、カレンダーや理屈で、「今日は何日です」とか「そろそろ処暑です」とか言われても、まだわからないくらいなのに。
 実際、大阪は8月16日(月)から13日連続の猛暑日であり(観測史上新記録で、私が生まれてから一度もこんな夏はなかったことになる)、今はまだ、例年の8月上旬の気温、いや、それ以上なのだ。

 それなのにどうして・・・と考えていると、ふと思い当たった。涼しくなったことで季節が変化したことを感知するのではなく、暑い日が続くことで感知するとすれば・・・

 暑さがずっと続くことはない。だからある程度続けば、そろそろ夏が終わることがわかる。そして羽毛が抜け始めるのかもしれない。

 でも、ほんとうに暑さがずっと続くことはない・・・んだろうな?

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2010.08.27

★長崎県壱岐市で200歳

 今日はもう更新がないのかと思っていたのに・・・

 あと30分で日付が変わるさっき、長崎県壱岐市で200歳の男性が戸籍上生きていることになっているというニュースをネットで知った。
 ANNスーパーJチャンネルがソースだというから確かなのだろう。

 ちょうど200歳というのがすごいですね。国定忠治と同い年だそうです。(あ、ショパンとも同い年だ。)

 これはもう、300歳超えを待つしかない。

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★「保守政治家として」?

 自民党の野田聖子元郵政大臣(49)が、渡米して他人の卵子で体外受精し、妊娠していることを発表したという。

 精子の提供者は、「事実上婚姻関係にある7歳年下の飲食店経営の男性」らしい(朝日新聞)。

 出産は来年2月中旬の予定だというから、よほどの早産でもない限り、9月初旬生まれの野田氏は50歳で子どもを産むことになる。
 少子化とはいえ、日本ではまだ毎年100万人以上の子どもが生まれているが、50歳以上の母親から生まれた子どもは昨年で20人、1995年はゼロである。

 『週刊新潮』に発表した手記では「不妊治療のステップとして、体外受精の先には卵子提供や代理母もある時代に入っている現実を認め、早急に法整備を進めていく時期に来ていると思います」(同)と述べているらしい。

 そして、今回の「事実上婚姻関係にある」人以外に、2001年には鶴保庸介参議院議員と事実婚し、2006年に解消してるという(同)。
 事実婚ばかりを選んでいるのは、夫婦別姓論者だかららしい。

 以上の諸点に関して、別に文句をいったり批判したりするつもりはない。

 だが・・・

 「「夫」と子どもをもって、家庭を築くことが、保守政治家としても幸せなことだと考えた」(同)というのにはあきれた。

 いや、あんた、ものすごく革新的な生き方をなさっていると思いますけど・・・

 私なんかよりずっっっっっと。

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2010.08.26

★高速道路の速度制限緩和へ

 高速道路や自動車専用道路の規制(制限)速度が、実態に合わせて引き上げられる。速度基準の見直しは1968年の制定後42年で初めて。(朝日新聞2010.8.19)

 今さらというかやっとというか・・・ 42年間放置というのもすごい。

警察庁は《中略》阪神高速道路の北神戸線(全長約36キロ)で08年12月に調査を実施。その結果、規制速度は60キロだが、実勢速度は80〜100キロで、事故が多いわけでもなかった(同)

 という。
 北神戸線のことは、以前、このブログでも何度か書いた。以下にひとつだけ採録する。

 阪神高速北神戸線の制限速度は今でも60キロだが、ほとんどのクルマは100キロ近くで走っている。せめて80にすれば守るクルマも出てくると思うのだが、60では、ほぼ全員を犯罪者に、残りの少数を危険な邪魔者にするだけである。
 「北神戸線の制限速度は60キロです!!」と叫ぶ看板を林立させても、「テロ特別対策実施中」同様、単なる税金?の無駄遣いだ。

 あまりにも遅すぎるとはいえ、過ちては則ち改むるに憚ること勿れ、適正な制限速度を新たに設定してほしい。
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 それにしても、「過ち」の制限速度をもとに違反を問われ、検挙された人も大量にいるだろう。違反だった速度が市民権を得るのは、複雑な気持ちに違いない。

 私自身は高速道路で速度違反を問われたことはないが、一般道では二十数年の時を隔てて2回検挙されている。

 1回目は、中央分離帯と歩道のある片側2車線の見通しのいい下り坂で、制限速度40km/hのところを53km/h。
 2回目は、歩行者や自転車の通行が禁止されている中央分離帯のある高架道路で、制限速度50km/hのところを70km/h(ただしこれは、測定ミスではないかと考えている)。

 前者の道は、何も条件は変わっていないのに、後に制限速度が緩和された。50だったか60だったか忘れたが、もちろん適正な方向への変化で、いずれにせよ、今だったら私は検挙されなかったことになる。

 後者はまだ50km/h規制のままだと思うが、歩行者・自転車が通らないことや道路構造から考えて、一般道路の法定速度(=60km/h)であるべきだろうと思う。であれば、百歩譲って70km/hで走っていたとしても検挙はされなかったであろう。

 いずれにせよ、2回とも、私は不当に検挙されたと思っている。
 ほとんどまったく無事故無違反で30年運転してきた超優良ドライバーすら反感しか覚えないような、馬鹿げた規制と愚かな取り締まりは、ぜひ適正化・改善してほしい。

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★200歳超えはあるのか ——今日は186歳

 朝日新聞の夕刊で「今度は「163歳」」という見出しを見て(三重県志摩市)、今日も記録を更新したなと思っていると、夕方のニュース(ANNスーパーJチャンネル)で186歳の人が見つかったというのをやっていた(山口県防府市)。

 もはやどんどん出てくるのはわかっていたのでそれほどの驚きはないが、186歳というのはけっこうすごい。番組では、徳川家定と同い年だと言っていた。
 幼少時から病弱で、34歳で夭折したという家定と同年生まれとは皮肉だが、さて、実際は何歳までご存命だったのだろう。

 終戦時(1945年)に既に121歳であるから、戦前に亡くなっていることはほぼ間違いない。

 ここまで来ると、「200歳超えはあるのか」という興味が出てくる。

 いや、300年前でも藩によっては戸籍がけっこうしっかりしていたはずなので、一気に300歳超えかも・・・

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2010.08.25

★早速記録更新 ——今日は152歳

 149歳というとんでもない記録が飛び出したのが昨日。

 今日はもう152歳に記録が更新された(「大阪市の最高齢152歳 戸籍上120歳以上5125人」(asahi.com))。

 「最高齢は江戸時代の1857(安政4)年生まれの152歳の男性。現住所は不明」だということだが、「現住所」って・・・

 今度は、坪内逍遙より2歳年上ということになる。

 ああ、やっぱり150歳まで生きたい・・・
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 後記:NHKの21時のニュースによると、男性は「生きていれば153歳」だそうです。でもその後の各社報道はどれも152歳。

 ついでに、「愛知・高浜で142歳、三重・桑名は140歳「生存」」(asahi.com)だそうです。

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2010.08.24

★とうとう149歳

 東大阪市で、生きていれば149歳という人の戸籍がそのままになっているのが見つかったという(夕方6時のテレビニュース)。

 文久元年(1861年)生まれだというから、森鷗外よりも1つ年上ということになる。

 このままどこまで「長寿記録」が伸びるか、ちょっと楽しみになってきた。
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 今回の問題が発覚する前、職場のクライアントたちに、「各種統計がしっかり管理されているかに見える日本のような国でさえ、実は非常に杜撰な数値の管理しかなされていない。まして、多くの国では統計上の数字がさらに信用できないので、そういうことも勘案しながらものごとを考えなければならない」などという話をしたばかりだった。
 いいタイミングでこの問題が話題になったわけだが、彼(女)たちは「なるほど、こういうことか」と思ってくれているだろうか。

 まあ、いくら数が増えようと「誤差の範囲」ぐらいには収まるとは思うが、たとえば北海道の旭川市では、75歳以上の高齢者の1%以上が所在不明の「可能性がある」という報道もあり(asahi.com)、もしほんとに所在不明だとわかったとすると、どこまでが「誤差」といえるのか問題となろう。

 旭川では100歳以上の所在不明者はゼロだという。それでもこういう数字になるのだから、各自治体は65歳以上ぐらいまで年齢を下げてきちんと調査すべきだろう。年金受給との関係もあるし。
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 それにしても、ほんとに150歳まで生きられたらいいなあ・・・と思う。

 Man is mortal...

という、大昔に習わされた英語が思い出されて、ちょっとやりきれなくなる。

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2010.08.23

★40℃の処暑

Dsc03415_169 今日は確か、暑さが和らいでくるという処暑のはずだが、午後、所用で外出した時、車の外気温計が40℃になった。

 もちろん正式の気温ではないが、いまだかつて見たことのない新記録である。

Dsc03411_169 出勤時の職場の室温も37℃。これも新記録もしくはタイ記録かもしれない。この夏はずっと36℃だった。
 エアコンを最強にしても、日中は32℃までしか下がらない。たぶん、労働法令のどれかに違反していると思う。

 だが、この異常な暑さでは、職場に苦情を出す気にもならない(いや、ふだんからクレームなんか出したことないんですけど)。

 梅雨明け後、雨らしい雨が降ったのも一回しかない。

 涼しくなるのがこんなに待ち遠しい夏、雨がこんなに恋しい夏は初めてだ。

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2010.08.21

★チタンのタンブラー あるいは 大人買いについて

 休暇の最終日だったか、久しぶりにデパートに出かけた。

 目的もよく思い出せないのだが(といっているうちに思い出した。5年越しで検討しているソファを見に行くのがひとつだった)、休暇らしいことは何もしていなかったし、猛暑の中、非文化的な夫婦としては、涼しい屋内でそれなりに楽しめそうだったのはデパートぐらいしかなかったということかもしれない。

 家人の趣味でフレンチっぽいランチを食べ、ウィンドウショッピングをする。

 田舎のデパートのこととて、期待したソファは種類が少なくて気に入るものはなく、唯一、ちょっと欲しいかなと思ったものは70万円超で、おいそれと買えるものではない。
 ソファが一生ものではなく、10年ほどで寿命が来ることを知ってしまった今となっては、たぶん今後も買わないだろうと思う。

 相変わらず、物欲はないし倹約家なので、ひととおり見回っても買いたいものはない。たまに、ちょっといいかな? と思って見たりすると、ベルトが一本3万円とかで一気に買う気が失せる。

 それにしても、こんな田舎のデパートですら、ひとつ何百万円とかいう時計がずらずら並んでいるのには驚いた。いったいだれが買うんだろう? しかもこんなところで。

彩 そんな中、ひとつだけ、買ってもいいかなと思うものがあった。チタンのタンブラー(「彩」)、1万2600円。

 中が真空の2重構造になっていて、暑いものを入れても冷めず、冷たさもキープできる。握る手は熱くも冷たくもないし、冷たいものを入れても外側に水滴がつかない。

 チタン、という単語に弱いし、機能本位の製品は好きだ。チタンを再結晶させる時にできるという表面の紋様の質感もいいし、デザインだって悪くない。

 しかし、申し訳ないが、こういうものはデパートでは買わない。ネット通販で買えばおそらく一万円を切るだろうと思ったし、惚れた、というほどでもなかった。

 家に帰ってからも「どうしようかなあ」と思っていたが、メーカーの宣伝文句なんかを読んでいるうちにだんだん本気で欲しくなってきた。
 軽いし丈夫だし、まさに一生ものである。旅行に持って行くにも便利だ。

凜 だが、ネットでいろいろ見ているうちに、ひとつ問題が出てきた。デパートで見たもの以外に、もう少し大きくて高価(1万5750円)なタンブラー(「凜」)もあるのである。

 どちらにしよう? 気に入ったのは「彩」のほうだし、「凜」は実物も見ていない。でも捨てがたい・・・
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 次の日だったと思う。ふと思いついた。

 どちらにするか悩む必要はない。両方買えばいいではないか・・・

 ボーナスでも何も買っていないし、今年はどこにも出かけていない。一生使えるタンブラーに2つで2万円ぐらい使ったって、どうということはないだろう。
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 こんな「大人買い」をするのはたぶん2度目だ。セスナの鍵のキーホルダー代わりに金貨を使おうと思いつき、今はなき千里中央の「銀座ジュエリーマキ」でどちらにしようか迷っていた時以来である。
 私としては長時間、さんざん迷った挙げ句、めんどくさくなって、「両方ください」と言ってしまった。

 2つあわせてもたかだか数万円とはいえ、迷っていた品を両方買うという客は多くないと見えて、店員が明らかに驚いていたのがわかった。いや、私だってあんな買い方をしたのは初めてである。
 ひとつは家人にプレゼントした。
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Titanyui 今回はしかし、伏兵がいた。
 いろいろネットで検索していると、もう一つ、「結」というのが見つかったのだ。それも、3万1500円と極端に高価である。メーカー直営のネット販売では見つからなかったのに。

 一生使えるタンブラーに5万円ぐらい使ったって・・・とはさすがに思わなかった。

 大人といっても、久しぶりに欲しくなったものにたった5万円の支出ができない程度の大人なのである。
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 結局、ネットで安い方の2つ(「彩」と「凜」)を買い(あわせて2万円強ですんだ)、木曜日からずっと愛用している。
 チタンだから軽くて、いくぶん安っぽい感じがしないでもない。でも、氷がいつまでも溶けず、飲み物を長い間冷たくキープできる性能はさすがである。

 もう少し大人になれたら、「結」も買おうかと思う。

 しかしこれ、「彩」はたとえばオンザロック、「凜」はたぶんビール用である。飲んでるのが牛乳とかヨーグルトとかカルピスとかグレープジュースとかいう、「お子様(=私)」が使うような品ではないのだが。

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★Cleared to Land, Runway 32 Left...

Dsc03390_169

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2010.08.20

★超熱帯夜に秋の虫

 このところずっと、就寝時(ほとんどは午前1時ごろ)の枕元の温度が30度を超えている。

 昨夜はとうとう32度超になった。もしかしたら新記録かもしれない。

 朝起きた時も、30度を切っていることはない。

 熱帯夜の定義は、最低気温が25度以上である。
 朝4時とかに起きることはほとんどないので確たることは言えないが、寝室の温度は一晩中30度を下回っていないのはほぼ間違いないと思う。

 正式な気温は、それでも30度を下回っているのだろうか。
 最高気温が35度以上の日を猛暑日と呼ぶようになったが、最低気温が30度以上の夜への命名はまだない。

 少し考えたが妙案がなく、とりあえず超熱帯夜と呼ぶことにする。気温はともかく、私の寝室は連日の超熱帯夜である。
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 ところが、就寝時32度超の新記録?を打ち立てた昨夜、蟬の声は聞こえず、涼しげな秋の虫の声が聞こえてきた。

 この異常な暑さの中でも季節は確実に進んでいることにちょっとほっとした。

 ・・・・・

 後記:本日夕刻、職場の駐車場でツクツクボウシが鳴いていた。たぶん、今年初めて聞いた。

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2010.08.19

★自転車関連の備忘録

 夏休みに入る前、息子の自転車がパンクしたので一緒に直した。タイヤの中にチューブが入っているのも知らなかったようで、遅まきながらいい経験になったと思う。

 その時、タイヤがもう限界みたいだったので、通学途中にある自転車屋で交換してもらうように言った。

 もともと家人の自転車なのだが、最初についていたブロックパターンのタイヤから、わりと早い段階でスリックタイヤ(溝があってもスリックっていうんですね)に変えていた。

 家人はほとんど乗っていないので、そのタイヤを息子が通学で履き潰したということになる。

 高校2年生になったころからだろうか、暑くても寒くても基本は自転車通学になってきていた。雨が降るとバスにするあたりは軟弱だが、息子にしては上出来である。

 遠い昔、私の高校時代は、自転車以外で学校に行った記憶がないので、雨はもちろん、雪でも自転車通学だったと思うが、今思えば、よくまあ文句も言わずに通っていたものだ。

 それでも、長い?人生で自転車のタイヤを履き潰した記憶はない。高校を卒業してからは自転車を持っていない期間も長かったし、持ってからも大した距離を走っていないからである。
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 暑さにめげて車庫に眠らせている自転車を引っ張り出して空気を入れ、私にしてはかなり遠方まで走った。

 空気を入れながら、「いやに綺麗だな」と思ったが、もしかすると、この前息子と一緒に掃除をしてから一度も乗っていないのではないか。だとすれば3か月以上乗っていないことになる。
 あ、そんなことはないか。通勤に使って昼に蕎麦屋に行った記憶がある・・・

 いずれにせよ、この猛暑の中でも自転車で長距離?を走れることを知ったのは収穫だった。げに、先達はあらまほしきことなり、である。

 たぶん、もうやらないだろうけれど(笑)

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2010.08.18

★元気をいただくということ

 今の私がある最初のきっかけを与えてくださり、その後も育て見守ってくださっている恩人が病を得た。

 そのご快癒を祈るため、仲間ふたり(もう一人の恩人と畏友)を交えて4人、京都で会食した。
 4人が揃うのはちょうど2年ぶりである。2年前も京都であった。

 最初こそ互いの体の不調を肴にしていたものの、あっというまに馬鹿話やら仕事の話やら電子機器の話やらになり、話題は広がりまた収束し、実に楽しい時間となった。

 「恩人」は大手術を数日後に控えており、「もう一人の恩人」の方も春に「葛野の大患」を経ていらっしゃるのに、お二人の自由明朗英邁闊達ぶりには刮目すべきものがあった。

 好きな言い方ではない(むしろ嫌いだ)が、「元気をもらった」というのは、こういうことをいうのかと初めて実感したように思う。

 ご快癒祈願 兼 快気前祝いと言いながら、こちらが元気をいただきました。ありがとうございました。
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 会食後、思いがけずお宅へ招かれ、奥様とも久しぶりにお目にかかれた。

 おそらく20年ぶりぐらいかと思われるのに、ほんの少しお年を召しただけで、美しい姿形といい、やわらかく優しい物腰といい、まったく昔のままでほとんど感動した。

 築100年という家に趣味良くアンティークや植物を配したお住まいは、お二人(特に奥様)のお人柄をよく表していると思う。

 ここでもまた、話題に事欠かず、さまざまな歓待を受けて居心地の良さに予定外の長居をしてしまった。

 奥様、ありがとうございました。また、食べ散らかして申し訳ありませんでした。
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 当初の目的はどこへやら・・・ということになってしまい、辞去する段になってかろうじて最後に「お大事に」と奥様に申し上げたが、それさえ場違いに思えるほどの楽しい時間を過ごさせていただいた。

 それでも、大手術を目前に控えていらっしゃることに変わりはない。ご快癒を、本当に心の底からお祈り申し上げている。

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2010.08.15

★ストレスフリー?

 (尾籠な話になりますので、苦手な方は以下をお読みにならないでください)

 お盆の休暇に入ってから、長い?人生で記憶のないような快便が続いている。
 バナナの固さが理想なのだそうだが、バナナよりはかなり固く(触ったわけではないのでたぶん)、出すのにかなり力もいるので、理想的ということではないと思う。
 しかし、いつもより太目の連続体が基本で、俗に言う一本○のような感じである。
 稀にはあるが、それが数日続くというのはおそらく初体験だ。

 ふだんから特に胃腸の調子が悪いわけではない。下痢も便秘もほとんどしない。だが、健康な排便ができているかというと、決してそういう感じではないのが常である。
 今回の経験から、「もしかして、世間の健康な人は毎日こんな感じの便が出ているのかな」と初めて思った。

 理由は、多くのストレスから解放されてのんべんだらりと過ごしていること以外に考えられない。

 休みに入ってからもストレスフルなメールは来ていたし、たった一日(ただし、時間にすると48時間)チェックしなかったら次の日には電話までかかってきた。それで仕方なくメールボックスを開けると、意味のあるメールだけで50通を越えていた。
 結局、もろもろのために休暇を中断して一日出勤したし、その後もメールは引きも切らない(水曜日あたりから、さすがに勤務先から来るのはぐっと減ったが、その他のメールもほとんど仕事絡みである)。

 しかしそれでも、なるべく仕事を忘れてごろごろしたりしていると、こんな健康的な便が出たりするのだと感心している。

 これまでも「休み」はあった。たぶん、人並み以上に。なのに今回のようなことが起こらなかったのはなぜなんだろうと考えてみた。

 おそらく、これまでは何らかの仕事上の締切に追われているか、どこかに旅行に出ていることなんかも多く、ふだんの生活とはまた違うストレスにさらされていたのではないだろうか。

 今回は締切がなく(あっても先送りにして)、旅行にも出ていないので健康なのだ。たぶん・・・

 休暇中のできごとと言えば、家人の両親・弟家族と2回、私の両親と1回食事したことと、1度だけ鳥見に出かけたことのみ。しかも食事のうちの1回は鳥見と同じ日である。食事前に墓参もすませた。

 あとはほとんど何もしていない。仕事や人生の「悩み」も、いつもよりはいくぶん軽くなっていると思う。
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 でも、こういう生活がストレスフリーで健康にいいのであれば、仕事を辞めてのんびり隠居でもするしかなくなる。
 いやもちろん、辞めたくないわけではないのだが、そうそう辞めるわけにもいかないし、将来隠居したら海外に住みたいと思っているのだ。年を取ってからの海外住まいは、仮に可能だとしてもけっこうストレスが多いことだろう。

 最近読んだブログの中の表現が少し心に響いた。

あんなにイヤでイヤで仕方がない会社に毎朝出かけていくのも、すべては「不安の少ない未来」を手に入れるためなのだ。(たぬきちの「リストラなう」日記

 私の場合、「あんなにイヤでイヤで仕方がない会社」というのは当てはまらない部分も多い。曜日によっては大きな楽しみであったりもする。

 だが、いずれにせよ、「不安の少ない未来」を手にするために、「ストレスフルで不健康な現在」を日々送っているというのは、何だか逆説めいていて、もの哀しい。

 「不安の少ない未来」が確実に来るかどうかすらわからないのに。

 (ココログの障害で、昨夜書いたのにアップできていませんでした。今も、画面遷移にものすごく時間がかかっていて、更新内容がブログに反映されません。いつになったら表示できることやら・・・ なのに、障害情報は出ていない。こういうのもストレスになりますね・・・)

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2010.08.06

★雨の音にぞ驚かれぬる

 連日の猛暑日。雨は一滴も降らない。

 と思っていたら、夜の11時過ぎにものすごい豪雨。

 バルコニーの長い庇も垂らした簾も何の役にも立たず、雨が降りこんでくる。慌てて、家中の窓を閉めて回る。

 雨が降る前からちょっとだけ涼しかったが、これでさらに気温が下がるだろう。

 あと20分ほどで立秋。暦は嘘をつかないのだなあと思う。夏の峠は越えつつあるのだ。
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 秋来ぬと目にはさやかに見えねども雨の音にぞおどろかれぬる

 (いや、降りこんできた雨は拭いたんですけど・・・)

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★息子の素性

 相手の素性がわからないと、コミュニケートするのに何だか居心地が悪いということがある。

 私たちの文化では、相手が男か女か、年上か年下かなどは、その最も基本的な属性になるだろう。

 それに加え、学生か社会人かとか、学生なら高校生か大学生か、社会人であればどんな仕事をしているのかぐらいはわからないと落ち着かないという人も多いだろう。

 それ以前に?、どんな言葉を話す人なのかとか、国籍だとかも気になるかもしれない。いわゆる方言の問題もあるし、たとえば個人的な経験では、フランスで小さなホテル(オーベルジュ)を経営しているイギリス人に向かって、一生懸命不自由なフランス語で話していたこともある。
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 相手の血液型を知りたがる人は、それほど多くはないかもしれない。

 だが、おそらくは世界で最も血液型が話題にのぼりやすい国のひとつに住んでいるので、少し親しくなると血液型を聞かれたり教えたりすることも珍しくない。私の周囲にも、知人の血液型をひととおり知っているというタイプの人がいる。

 また、他人の血液型はともかく、自分の血液型は知っておかないと何だか不安だという人は多いのではないだろうか。
 万一の時の輸血の心配もむろんあろうが、それよりはむしろ、アイデンティティクライシスというか、自分が何者であるかを知るために血液型情報が必要だと漠然とではあるが考えているのだろうと思う(第一、輸血する時は、患者本人が何型だと主張しようと、再検査とクロスマッチをやるはずである。輸血のために自分の血液型を知っておく意味はほとんどない)。

 こうして、「天秤座でA型の40代男」みたいな、どうでもいい妙なアイデンティティが形成される。

 経験的にしか言えないのだけれど、欧米人は通常、血液型に関心がない。自分の血液型を知らないのもふつうである。世界的に見ても、おそらくはそういう文化の方が圧倒的なのではないだろうか。

 しかし日本は違う。

 そんな中、17年と10か月もの長きにわたって、血液型不明のまま過ごしてきたわが息子は偉いと思う。
 私たち夫婦だって偉い。血液型がわからないぐらいで揺らぐようなヤワなアイデンティティではないのである(笑)

 私はA型(AO)、家人はB型(BO)なので、息子がA・B・O・AB型である可能性はどれも1/4ということになる。それほど気にはしないといいながら、小さいころから、「何型だろうね?」と時折り話題にはしてきた。

 今回、とうとう検査をしたので、3人がそれぞれ事前に予想することにした。

 私の予想はAB型。家人はO型、そして息子はB型。

 だれもA型だとは思っていなかった。一般にいわれる、「真面目で几帳面で清潔好き」みたいなA型のイメージと息子とがうまく結びつかなかったからだ。

 ところが、結果はA型(Rhは+)。聞いた瞬間、自分と同じで何だか嬉しかった。

 もとより、「血液型性格診断」に科学的根拠はないという。

 しかし、これを機に自己暗示にかかってもらい、Organizedなパーソナリティに変身してくれればと願う。

 関係ないとは思いつつ、ストレスをためやすい性格で、だから突発性難聴なんかになったのだろうかという気もするけれど・・・

 私も気をつけなくては。

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2010.08.03

★また医者のハシゴ

 土曜から日曜になった夜中1時ごろ、「足にトゲが刺さったみたいやねんけど、見てくれる?」と息子が2階に上がってきた。

 ルーペを使って眼鏡をかけたり外したり・・・視力の衰えているのがよくわかる。

 だが結局、トゲらしきものは見つけられないし、息子の若い眼で見てもない。

 そうこうするうちに、痺れが膝まで上がってくるとか股関節が痛いとか言い出した。トゲが刺さっているように感じるという部分は左足の親指の内側(右側)である。
 何で足の親指にトゲが刺さって、股関節が痛くなるのか?

 ちょっとした驚きと妙な嬉しさとともに病名がひらめいた。「おまえ、これ、痛風やで」

 「痛風???」

 息子はもちろん知らない。私だってまさかと思う。何といってもまだ17歳なのだ。
 だが、痛さがちょっと激しいことや痛みの部位から考えると、当たっているような気がする。

 ネットで調べたところ、最近は若年化していて二十代三十代での発病も珍しくないと書いているが、さすがに十代とはなかなか書いていない。

 痛くて寝られないようなら病院に行こうかと水を向けてみたが、その時点では息子は遠慮していた。

 心当たりの病院や休日診療所などに電話して聞いてみると、どうも十分な診察は受けられそうにない。それに、この時間では血液検査なんかもできないというのだ。
 教えてもらった「365日24時間対応」の「大阪府救急医療情報センター」に電話してみると、さんざん呼び出し音が鳴った末に機械が出て、

 「ただいま大変電話が混み合っておりますので、後ほどおかけ直しください

とか言われ、ぷつっと切れてしまうばかりである。「救急」「センター」なのに。何という貧困なインフラ・・・
 ___

 寝床に戻った息子に声をかけると、痛みはひいてきているのに、心配だから病院に行きたいという態度に変わっていた。

 しかしながら、病院での対応は予想できる。
 間違いなく、

 「何だかよくわかりませんねぇ。痛み止めを出しておきますからしばらく様子を見てください」

ということになるだろう。そうでなかったら、今後一生、医者を尊敬してもいい。

 「検査もできひんって言うてるし、結局、そうなるで」と連れて行くのを渋ったのだが、不安そうにしていたので結局行くことにした。
 この夜中に行っても、日曜日の午前中のまっとうな時間に行っても、できることは同じだとさっき電話で言われたのだ。月曜日まで待たないのであれば、早いほうがいい。

 午前2時過ぎにER着。若い医師がふたりがかりで診てくれたが(ひとりが研修医でもうひとりがレジデントという風情だった)、まったくもって予想通りに終わった。

 やはり血液検査はできないという(軽症だからしないという意味ではない。この時間帯には不可能だそうである)。
 ERを名乗っておいて何ということだ。重篤な症状の患者でも検査できないとかいうのだろうか。それでどうやって治療方針を決めるのだろう?

 これがシカゴのカウンティ総合病院のERだったら、もし重症患者が来れば、グリーンとかカーターが出てきて、例のごとく「CBC, Chem-7, C-Spine X-ray, EKG・・・」(血算・生化学7種検査・頸椎X線撮影・心電図・・・)が始まると思うのだが、ここ日本のERでは、他の病院に回すしかないのだろうか?

 まあ、待ち時間がほとんどなかったことだけは収穫だった。帰宅は3時ごろ。

 「な、やっぱり完全に言うたとおりやったやろ。まあ、そやけど、何でもええ経験や」
 ___

 月曜日になってから知り合いの開業医に診ていただく。

 結論は同じなのだが(ただし痛みが引いていたせいもあって薬はなし)、症状を聞いて診察をし、背中を押したり体を動かさせたりして可能性をつぶしていく様子には信頼が置けた。
 ERの若い医者たちは、左足の親指しか見ていない。

 結局原因は可能性だけ(含:ムカデに刺された)で確たる診断は出なかったが、症状と年齢から推して痛風ではないだろうということでほぼ落ち着いた。いずれにせよ、心配はいらないようだ。
 ただ、私が血液検査をしてほしそうにしていたので、いったん受付に返したカルテを戻して、血液検査をしていただくことになった。
 「ええ、お願いします。こいつ、血液型もわからないんですよ」

 血液型を調べるのは保険がきかず実費だったこと(ただし500円以下)、血液検査が案外高いこと(保険でなければ6千円)は想定外だったが、休日の夜中と平日の2回病院に行って、全部で6千円以下の支払いで済んだのはまあよかったかもしれない。

 「何でもないでしょう」という結論には拍子抜けするが、それが一番いいことであるのは言うまでもない。

 さて、息子の血液型は何だろう?

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2010.08.02

★ミッシング 〜消された記憶〜

 邦題から予想されるような話ではぜんぜんありません(「ミッシング」だけならともかく)。

 幼い娘が公園で行方不明になってしまった母親(シガニー・ウィーバー)の16年後の姿を通して、娘への思いを描く作品です。

 「プルーフ・オブ・マイ・ライフ」(グウィネス・パルトロー、アンソニー・ホプキンス)の脚本家が監督する心理ドラマ。

 若いころなら良さがわからなかったかもしれませんが、素晴らしい映画です。

(The Girl in the Park, 2007 U.S.A.)

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2010.08.01

★牛肉の赤ワイン煮 ブルゴーニュ風

 「ジュリー&ジュリア」を観て以来作りたかった「牛肉の赤ワイン煮 ブルゴーニュ風」(ブフ ブルギニョン)をやっと作ってみた。
 牛肉と野菜を赤ワインに漬け込むところから2日がかりである(適当に作るので作業自体はたいしたことはない)。

 例の銅鍋も使えてまあ満足だ。

 レシピ通りにするのは難しかったので、適当にはしょったのだが、そこそこうまくできているように思う。

 ただ、赤ワインをほとんどボトル一本使うので、かなり煮込んでもまだお酒お酒している。
 現状では、酒のまったく飲めない私と息子にはちょっと厳しいかもしれない。

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