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2011.03.12

●タイムスパン

 ほんとうに今、この日本で起こっていることなのか、という気がする。

 しかし、私の両親程度の年齢でも、1946年の南海地震に伴う大津波を知っているし、昭和三陸地震(1933年)や室戸台風(1934年)すら、父親が生まれた後だ。

 いうまでもなく、両親とも子どもながらに第二次大戦を経験している。

 1959年の伊勢湾台風は、結婚前後のことではないか。

 1960年のチリ地震に伴う津波の時は、最初の子どもを楽しみにしている新婚夫婦だったはずだ。

 1983年の日本海中部地震で奥尻島が大津波に襲われたときは、子どもたちが成人する前後。

 1995年の阪神大震災のときには孫も何人か生まれ、年金暮らしが始まっていた。

 その後は、立て続けに大きな地震が日本中で起こっている気がする。

 もちろん、これ以外にも多種多様な災難・災害が日本には起こっている。それらが、まだ生きている人の一生の間にすべて起こったのだ。
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 原子力発電所は危険だし、核廃棄物の問題もある。ましてや地震大国なんだからと、どちらかといえば原発には反対だった私ですら、(他人には警鐘を鳴らしたりしながらも)心の底では、まさか自分の生きている間に日本の原発が「メルトダウン」などと報道されるとは考えていなかった。

 地震であれ津波であれ炉心溶融であれ、ふだん、私たちは、「そんなことは起こらないだろう」という世界に生きている。実際、数年のスパンでは確かにそんなことはふつう起こらない。

 だが、数十年のスパン、人の一生を考えてみると、必ずといっていいほどさまざまなことが起こる。

 これまで、たとえば80年以上生きた人だけを取り上げるならば、その一生のうちに「日本」が大きな災難や災害に見舞われなかった人は、歴史上、いなかったのではないか。
 言い換えるならば、有史以来、現在日本と呼ばれている範囲の地域が100年(いや50年でも)の長きにわたって平穏だった時代はおそらくないだろう。
 現在と違うのは、明治時代ごろまでは遠くの受難を知る手段がごく限られていたということだけだ。

 現代の日本では、(少なくとも当面は)江戸時代のような大飢饉は起きないと思うけれど、当時は起こりようのなかった「メルトダウン」などは起こりうる。

 なんであれ、人の一生ぐらいのタイムスパンで考えれば、今後も受難は続く。

 残念なことだけれど、やはりこの事態は、今の日本で起こっているのである。

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 別記:

 昨日の地震発生前、折しも、原子力発電所の危険性を客観的に分析している本を読んでいました。私は、信頼できる本だと判断しています。それによると、「どんなことがあっても」現在の日本の原発(実用炉)においては、核爆弾のような爆発は物理学的に起こりえないそうです。また、その本の情報と現在の報道から判断すると、福島第一原発がチェルノブイリ型の事故を起こすこともありません。事態を軽視してはいけませんが、煽るような発信をするのは厳に慎みたいと思います。

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