« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »

2011.07.31

●気温と蟬時雨

 六甲山上は相変わらず涼しかった。

 外気温計が示すのは26℃前後。ただ、下界が38℃でも32℃でも同じぐらいなのは解せなかった。
 昨日は後者だったので、もっと涼しいかと期待していたのだが・・・

 それより驚いたのは、盛大な蟬時雨。これがほんとうにヒグラシなのかと自問してしまうようなにぎやかさだった。車の窓を閉めてエアコンの風量を上げてみてもうるさいぐらいに聞こえてくる。こんなのは、ここに限らず初めての経験だ。
 ___

 紅葉谷を下り始めても、ヒグラシは相変わらずだった。一生懸命歩いていると暑いが、立ち止まったり座って休憩したりすると、涼しい風が吹き抜けていく。時にちょっと冷たく感じるほど。

 それが、道が平坦になり、河原のようなところに出ると、ヒグラシの声が小さくなり、ミンミンゼミの声が混じりだした。夕刻に向かうのに、気温もやや高い。

 そしてまた、ロープウェイで山上へ上がると、気持ちのいい涼しさだ。ちょっと湿気は多いけれど。

 あれ、ヒグラシはどうだったっけ? 上に戻ってからのヒグラシの記憶がない。少なくとも、あの騒々しさはなかった。

 たぶん、蟬たちは、夕刻以降には鳴かなくなるのだろう。まっとうな気温の場所では

| | コメント (0) | トラックバック (0)

●降りる「山登り」

 昨日、ひょんなことから、やや本格的な?山歩きをした。

 六甲山の極楽茶屋跡発、午後3時15分。紅葉谷を下る。こんな時間から山を歩くなんて、初めての経験かもしれない。

 かなり急で、足もとがよくないところも多い。途中で引き返そうかとも考えていたが、早々に登る気力がなくなる。下まで降りればロープウェイがあるのはわかっていたので、それで戻ることにしてひたすら歩を進める。
 降りるのに必死すぎて七曲滝は見逃してしまった。

 きちんと見られた鳥は、ほぼしっぽだけが青いオオルリのみ。イカルの声は聞こえた。

 ロープウェイ駅着が4時48分ぐらい? 50分のロープウェイで山上へ。山上からまた極楽茶屋跡まで歩く。イノシシにもコジュケイにも会えなかったが、ホトトギスの鳴き声が2度ほど近くで聞こえた。
 ___

 発見したのは、のんびり昼食が終わってから自宅を出ても、やや本格的な?山歩きができ、夕食までに十分帰ってこられること。

 これまでやってみようとも思わなかった。

 今度はたとえば、ケーブルの六甲山上に車をおいて油コブシ(懐かしい響き!)を降り、ケーブルで上がってくるとかいう「登山」も可能だろう。午後3時からでも・・・

 意外なところに新しい視野が開ける種がある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.07.29

●ウォシュレット交換

 12年ほど使っていたウォシュレットから水漏れし始めて、ストレーナーのパッキン交換をした話は以前書いた。

 その前の水漏れはパッキン交換で直ったのだが、今回は直らないどころかだんだんひどくなってきた。
 洗面器で受けていると、2〜3日で半分以上溜まってくる。

 ネットでいろいろ調べてみると、どうも、内部のプラスティック部品の破損が原因のようで、しかも、部品を特定しても消費者には売ってくれないという。
 じゃあ修理を頼もうかと思ったものの、メーカの部品保有期限はとうに過ぎている。それに、現在売っている新品でも、「10年」「を超えて」使うと「経年劣化による発火・けがなどの事故に至るおそれがあ」ると警告している。
 責任逃れだとは思うが、何かあるのは嬉しくない。

 大きなゴミを出すのは忍びないものの、メーカのいう製品寿命を超えている製品を修理するのもどうかなあ・・・などとぐずぐずしているうち、ある日思い立って、通販で新しいのを購入した。

 決め手は、取り付け方を示した動画をメーカが公開していたことだ。ウォシュレットを自分で取り付けたり取り外したりというのは考えたことがなかったが、いつのまにかメーカ自体が推奨するほど、自分でやる分野になっているらしい。

 うちの2階の便器は薄いブルーなのだが、TOTOがもはやその色を作っておらず、したがってウォシュレットにも同じ色がないということが問題だった。ないのは仕方がないが、近い色のでも、受注生産で納期が3週間だという。
 まあ、水漏れしてからもう何か月も放ってあるし、いまさら3週間遅くなってもどうということはない。というわけで、注文した。
 注文後、ますます水漏れがひどくなり、「到着前に一晩で洗面器があふれるような事態になったらどうしよう?」とちらっと考えたが、杞憂に終わった。まあ、そうなったらそうなったで、トイレの水栓を閉めればいいだけのことだ。

 昨日製品が到着したので、息子への教育を兼ねて二人で取り付ける。
 既存のウォシュレットを取り外すところからスタートしてのんびり念入りに取り付け、後片付けまで終わるのにかかったのは1時間半。特に大きな苦労はなし。
 これなら確かに、自分でやってよかったと思う。たいていの職人より仕事も丁寧なはずだ。
 ___

 何でもリモコンにしたがることに以前から違和感を感じているが、ウォシュレットまでもがリモコンなのには苦笑させられる。その製品の上に座っているのだから、「リモート」から「コントロール」する意味はないのである。それに、定期的に電池を替えねばならないし、壁に穴を開けて張りつけなければならない。

 今のところ、リモコンは床に立ててある。息子も、「DSみたいに手でもってやればいいやん」とか言っているのだが、どう考えても邪魔で不細工である。製品の横についてる方が簡単なのになあと思いつつ、ペーパーの横の壁にでも設置しようかと思っている。

 外でリモコンのウォシュレットを使うことがあったが、配線工事をしているのかと思っていた。電池式って業務用だと余計に不便だと思うんだけど。
___

 それにしても、1階のトイレのウォシュレットは、二十数年使用しているがまだ何の問題もない。いつも感じる、「80年代の電気製品は質が高い」という感想は、あながち間違っていないのではないだろうか。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011.07.25

●告白

 邦画はほとんど見ない。

 なのに、『ノルウェイの森』『告白』と、立て続けに二つ見た。前者は村上春樹だから、後者は話題になっている時になぜかピンと来て。しかし、後者の中味はまったく知らなかった。

 先に書いたように、ノルウェイは私には「失敗したダイジェスト版」にしか見えなかったが、告白は傑作といっていいのではないかと思った。

 ノルウェイのエントリで、「これまで原作を先に読んでいる映画はすべて失敗作に思えた」と書いた。「一冊の本を2時間そこそこにまとめることは、どだい無理なのかもしれない」とも。

 では、告白の原作を先に読んでいたら、この映画は失敗作に見えるのか。

 いや、私の頼りない鑑賞眼と想像力からは、この映画が失敗作である可能性は見いだせない。

 もしかすると、後から原作を読んで「映画のほうがよかった」などとうそぶく可能性さえある。

 なあんだ、それなら、先に見た方に影響される「刷り込み」みたいな話じゃないか・・・

 実際のところどうなのか、原作を読んでみたいなあと思った。
 ___

 映画は素晴らしいのだが、こんな作品に出演した年若い出演者たちの「こころのケア」は大丈夫なのだろうかと人ごとながら心配になった。

 暴力映画やセックス映画を思春期の子どもに見せるのに特にためらいはないけれど(現に、息子に対してそういうのを制限したことはないししたいとも思わない)、こういう映画を見せるのにはちょっとためらいを覚える。

 まして、そこへ「入り込む」演技などを要求することは、子どもに対する「虐待」になり得ないだろうか。
 珍しく、ちょっと真面目に心配になってしまった。

(告白, 2010 JAPAN)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.07.23

●黒毛和牛で焼き肉

 結婚後、実家に行くのはせいぜい年に3〜4回とかだ。

 私の実家は車で1時間ちょっと、家人の実家は車で数分の距離にあっても、である。

 だが、義母が入院していたこともあり、最近は比較的頻繁に病院やら家人の実家やらに足を運んでいる。

 先日は退院祝いを兼ねて夕食をともにした。そして今日もまた。この週末、家人が珍しく家にいるのだ。

 メニューは息子の希望で焼き肉である。
 放射能放射能と騒いでいるくせに、このタイミングでそんなことをいうのは不思議だったが、私が寝ている間に出かけてしまっていたので、真意を聞くことはできなかった。
 ___

 昼食後、買い物に出かける。

 商店街の人出が、いつもよりかなり少ないように感じた。どうしてだろうと考えていて、
・一般的な給料日の直前であること
・先週の3連休で散財した人が多いこと
・夏休み最初の週末であること
などから、買い物をしている人が少ないのではないかという結論に達した。

 ところが、大事なことを忘れていた。ここにこの時間帯(2時半ごろか)に買い物に来たことがほとんどないのだ。もしかすると、時間が一番の原因だったのかもしれない。

 ともかく・・・

 いつもの肉屋に行くと、ご主人がいらっしゃらないように見えた。いつ行っても必ず、同じ場所で肉を捌いているご主人だ。
 ところが、肉を注文し始めると、店の片隅の椅子に座って休んでいらっしゃった?のがわかった。初めて見る姿である。他に客はいない。

 おそらくは暇だったのだろう。それ以外に考えられない。

 もともと商店街自体に客は少なかったし、セシウム騒ぎで国産牛の消費が極端に落ちている昨今であってみれば、当然というか仕方のないことなのだろうと思う。

 話題にしようかとも思ったが、黙っていつものように肉を買うのが一番いいように思ってそうした。

 いつも特別に注文してブロックから切り出してもらうカレー肉を頼まなかったので、ご主人が「今日はカレー肉はよろしいですか」と聞いてくれた。だが、今日は焼き肉用の肉を仕入れに来ただけで、前回買ったカレー肉の残りはまだたっぷり冷凍庫に眠っている。
 毎回、忙しいときに切り出しを頼んでいるのに、今日みたいに余裕のあるときに頼まないのは何だかすごく申し訳なく感じてしまった。

 それに、いつも買う肉を買わないので、セシウムを気にして避けていると思われないだろうかと一瞬思った。が、「これ、黒毛和牛ですよね」と確認して買ってるんだから、そんなことはないだろう。
 産地を聞いたりもしなかった。

 若くて綺麗な店員が(そういえば、今日はぜんぶで3人しかいなかった。ご主人と息子さんとこの女性。聞いたことはないが、もしかして娘さんなのだろうか)、「たくさんお買い上げいただいてありがとうございます」と言ってくれた。
 購入金額はいつもだいたい同じぐらいで、ときどきそう言ってくれることもあるのだが、気のせいか、今日は殊の外、心からの言葉であるように聞こえた。
 ___

 以前行きつけにしていた肉屋は、狂牛病(牛海綿状脳症=BSE)騒ぎに耐えきれず、潰れた。長年同じ場所で家族営業していたのに。

 今の肉屋に同じ轍を踏んでもらいたくはない。肉食にはどちらかというと「理念的には」反対だし、肉はそれほど食べないんだけれど、ここしばらくは肉の消費を増やしてみようかと思う。

 自分にできるのはたぶんそれぐらいしかない。

 You can't save the whole world, don't even try...

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.07.22

●ドッグイヤー または 新 MacBook Air

 MacBook Air を手に入れて絶賛したのが8か月前。

 なのに、もう新しいのが出た。あまり売れていなかった、以前の MacBook Air はずっとほったらかしにしていたくせに。

 スペックを見ると、私が惚れて使っているこのマシンは、出し惜しみをした結果生じた中途半端な存在だったのかと、恨み言の一つもいいたくなってしまう。

 今度出た新しい MacBook Air こそ、真の革新的モバイルマシン(笑)なのである・・・
 ___

 それにしても、よくもまあ、毎年毎年新しい製品なんか出すものである。みんないったい、どうしてるんだろう?

 パソコンを買ったら、せめて3年ぐらいは使いたいじゃないか。我々は犬ではなく、寿命は80年以上あるのだ。

 これを書くにあたり、「Air を買ったのはいつだったけ?」と思ってこのブログを検索すると、書いたことすらまったく忘れていた「●MacBook Air 環境移行覚え書き」というエントリが見つかった。

 まさか8か月で新しいパソコンなんか買うはずがない・・・と思っていたのに、にわかに「環境移行」したくなってしまったじゃないか(でもやっぱり買わないけど)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.07.21

●リーダーズダイジェスト または ノルウェイの森

 その昔、リーダーズダイジェストという雑誌があった(と書いてから不安になって調べてみたら、アメリカでは破綻を乗り越えてまだ発行されているようだ)

 ごく子どもだったのでどんな雑誌なのかあまり意識したことはなかったが、その中に、有名な本の要約なんかが混じっていたのはおぼろげながら覚えている。英語が少しわかるようになると、ああ、だからダイジェストなのかと思ったりもした。
 ___

 映画『ノルウェイの森』を DVD で見た。

 ものすごいダイジェスト版である。

 おそらく、映画だけを見たら、そもそも何のことかよくわからないと思う。描かれていないところで何があるのかを知っていないと、話についていくことすらできない。

 人物の造形もなされていないので、それぞれがどんな人なのかもわからない。
 人物の中味どころか、(見落としていなければ)たとえば直子が東京で大学生であったことにすら触れられていない。

 描かれているのは・・・

 鼻持ちならないエゴイストの秀才と、優柔不断で面白みのない主人公。二人ともやたらに女と寝る。
 あと一人、ほんのちょい役の風変わりな男。

 妙に性に開放的で風変わりな女三人と、一人の古風で妙な女。

 全員が、何を考えているのか、なぜそう行動するのか理解できないように作られている。

 台詞は、ほぼすべて棒読み。

 おそらく、5倍ぐらいの長さにすれば、あの世界がある程度再現できたのではないかと思う(棒読みも効果的に使えたかも)

 だが、映画でそれはできない。
 思えば、これまで原作を先に読んでいる映画はすべて失敗作に思えた。一冊の本を2時間そこそこにまとめることは、どだい無理なのかもしれない。

 その意味では、アメリカでよくあるテレビシリーズにも意味があるのかと思えてくる。最近の日本では、原作未読ながら『下流の宴』はけっこううまく作られているのではないかと思った。
 ___

 よかったのは、主人公が何となくムラカミくん(ワタナベくんではない)を想像させたこと。それから、ビートルズの曲が実際に流れたこと。
 でも、その意味では、ワタナベくんとレイコさんとでやった直子の「お葬式」をぜひ再現してほしかった。

 全体として、大事なことはすべて描かれていない・・・というまどろっこしさをずっと抱き続けさせられた。まあ、それは勝手な個人的感想だけれど。
 ___

 不思議なのは、あの頑固な村上春樹が、どうしてこの作品の映画化を承諾したのかということだ。

 私が作者だったら(というのはあまりにもアレですが)、この映画にはとても耐えられない。できた後でも公開をストップさせるだろう。

 もちろんまったくの憶測でしかないが、もはやこの作品が氏の中で意味を失ったのではないかと思う。
 いや、その言い方には語弊がある。表現が難しいのだが、要するに「現在の自分とは切り離された思い出」、「終わったこと」なのではないかと考えるのだ。
 氏自身は「自分にとっても特別な作品」と言っているようだけれど。
 ___

 残念ながら、私には作品といえるほどのものが何もない。だが、たとえば自分の思い出の中に、こういうふうにまったくわけのわからないダイジェスト版を他人に作ってもらってもいいものがあるだろうかと自問してみると、まったくないと断言できる。

 だから小説家になれないのだろうか。

(ノルウェイの森 Norwegian Wood, 2010 Japan)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.07.18

●アラフィフの食欲

 久しぶりにおいしいうどんを食べに出かけた。息子と2人。家人は例によって仕事である(この3連休ぜんぶ。今調べると去年も同じだったようだ。おそらくその前も・・・)

 昨年度はたぶん、けっこう頻繁に通っていたと思うのだが、仕事のスケジュールと先方の定休日の関係でほとんど行かなくなってしまっていた(あれ? 昨年度は後半から今と同じスケジュールだ。いや、前半だって後半に備えて調整していた。もしかしたら、通っていたのは一昨年度か?)

 どうかすると、1年以上行ってなかったかもしれない。確実に行ったのは、2009年の3月である。

 久しぶりの天ぷらうどん(1400円)は、やはりというかまったく同じ味だった。すごくおいしいのだが、「知っている味」であるだけに、感動が幾分減殺されてしまうのは仕方がない。
 けっこうな価格なのに、相変わらず繁盛していた。

 ともかく・・・

 私たちの後で、隣に50がらみのおじさんたち3人が入店した。その後、同じような年齢層のカップルも。

 3人組の1人目が注文し、2人目のおじさんが「ざるそばと鍋焼きうどん」と言ったのにちょっとひっかかった。家族には見えないんだけれど、3人目の分も注文したのだろうか。
 と思っていると、今度は3人目が、「ざるそばと味噌煮込みうどん」を注文した。

 うわお。この人たちは一人で二人前食べるつもりなのだ。

 ここの鍋焼きうどんは私も好物だし、真夏でも客の半分ぐらいが注文したりするのだが、食べ終わると、もう水も飲めないぐらい満腹になってしまうほどのボリュームがある。お昼に食べるとその日は夕食抜きでもいいという気がするぐらいだ。
 なのにざるそばまで・・・ ざるそばだって盛りはいいほうだ。

 びっくりしていると、今度はカップルの男性の方が、「ビールとざるそばと○○(残念ながら聞き逃した)うどん」。

 女性はまずそんな注文をしないだろうから、隣の2組4人のうち、3人までもが2人前注文したことになる。75%だ。

 いったい、どんな食欲と胃の構造をしているのだろう。

 メタボリックシンドロームや脂質異常症や高血圧、糖尿病や肥満などが国民病だというのがよく理解できる。

 50にもなってそんなに食べて健康でいられるわけがない。それに、ビールを含めれば、昼からうどん屋で3000円、さらに、スポーツクラブと医療費にまた大金を費やすのだろうか。

 少子高齢化しても、この国の経済は案外大丈夫かもしれないと思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.07.15

●幻の速度違反

 車を運転し始めてから30年間で、2度、速度違反で検挙された。

 以前にも書いたが、
1度目は、中央分離帯のある片側2車線の下り坂を53km/hで走っていて
2度目は、自転車歩行者通行禁止で中央分離帯のある高架道路を(たぶん)55km/hぐらいで走っていて
だった。

 1度目の時は、書類を作成している間に珍走族らしき連中が爆音を立てながら暴走していったが、もちろん?つかまらなかった。
 しかしこのときは反則金を納めた。まだ未成年だった。

 2度目はどうも冤罪くさかったし、警察官が明白な嘘をついて反則切符にサインさせようとするので、それに対する抗議の意味もあって認めなかったら、供述調書を取られた。
 その調書にすら、私の供述をきちんと書いてくれないので(これも明白な違法行為である)、結局それにもサインしなかったら、その後まったく音沙汰がなかった。おそらく書類送検されて不起訴になったのだと思われる。

 速度違反で検挙されたのはその2回だけだ。
 ___

 さて、その2度の速度違反が2つとも、今、同じ場所を同じ速度で走っても違反にならない。制限速度が60km/hに変更されているからである。

 その場所の道路構造はまったく変わっていない。交通量はむしろ増えた。だから以前よりは危険度が増しているはずだ(それでもすごく安全な道だけど)
 つまり、私は、今よりさらに安全な道路を今の制限速度以下で走っていて検挙されたことになる。
 (2度目の計測速度は現在の制限速度よりいくぶん高かったと思うが、仮にその速度で走っていても検挙されるような数字ではない。)

 免許取得以来30年、人一倍安全運転に気を配ってきた私が、たった?2回検挙された速度違反は、その2回ともが、合理的な理由のないものであったことがわかる。

 制限速度の設定が間違っており、それは後に改められたのだ。

 過ちては則ち改むるに憚ること勿れ・・・

 だからまあいいのだが、その過ちのために私の輝かしい?無事故無違反記録に汚点をつけたのは許し難い。特に2回目の検挙の結果、(行政処分1点は自動的についてくるので)ゴールド免許じゃなくなって、任意保険料だって5年間にわたって高くなっている。

 日本国憲法第39条には「何人も、実行の時に適法であつた行為《中略》については、刑事上の責任を問はれない」という文言がある。なのに、その逆の、過去に違法であった行為が適法になった場合には救済されない。
 実行時に違法だったのだからこの条文が適用されないのはわかるものの、結局は適法となった行為で責任を問われたままなのは釈然としない。

 同じように納得できない思いをしている人も多いだろう。

 とにかく、「これほど安全な道路はない」というような場所で、「どうしても少しスピードが出てしまう」状態の車を、50数キロで走っているからといって検挙したりするのだ。法定速度は60km/hなのに。

 ノルマを果たすため? 反則金を稼ぐため?

 犯罪を防ごうと、あるいは犯人を検挙しようとしている警察官たちまでもが、こういう交通取り締まりのせいで市民からの信頼を失っていく。

 警察にとっても百害あって利は少ないと思うんだけど、もう少しまともな交通取り締まりはできないのだろうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.07.11

●初めての○急

 今さらあらためていうまでもなく、東京はあらゆる点で特殊な街だ。

 だから、どんな断片を切り取っても、日本の他のどの街とも似ていない・・・というようなことが起こる。

 いつものことではあるのだが、今回もあらためて気になったのは、ほとんど東京へ行かない私のような者でも、東京のかなり多くの地名を知っているということである。
 おそらくは、知っている限りの東京と大阪の地名を挙げていくと、東京の方が数倍多いのではないかという気すらする。大阪に住んでいてさえ、だ。

 だが、知っているのは地名だけ。
 自由が丘といっても下北沢といっても高円寺といっても中野といっても目黒といっても巣鴨といっても・・・それがどんな位置関係にあってそれぞれどんな場所なのかはほとんどわからない。
 渋谷と新宿と池袋がどの順番に現れるのかすら、もう一度思い出さねばならないほどだ。

 地名に限らない。

 小田急も東急も、名前だけは嫌というほど知っている。小田急の殺人ラッシュや開かずの踏切、伊豆へ行くロマンスカーのこと、東急の二子玉川や たまプラーザ のことなど(それにしても、どうしてプラザじゃないんだ?)。
 それでいて、乗ったことはおろか、実物を見たことすらなかったのだ。
 ___

 今回、久しぶりに仕事で東京に出かけ、同業の畏友の職場と寓居(という語は不適切かもしれないがお許しいただけることと思う)をやっと拝見することができた。数年来の宿願が果たせた気分である。
 その行き帰り、東急やら小田急やらを生まれて初めて経験した。
 (その節はありがとうございました。)
 ___

 それにしても、東京はすごい。私が訪れた、世界中のどの都市とも似ていない。明らかに人が多すぎるし、領域が広すぎる。そして、ミクロにもマクロにも、あらゆる人の需要にこたえるための、湧き上がるような蠢きに満ちあふれている。

 大陸中国やインドに行ったことがないので何とも言えないのだが、いわゆる「先進国」の都市としては、間違いなく右に出るものがない蠢きだと思う。ニューヨークやロンドンやパリですら、東京とはくらべるべくもない。

 巨大な財政赤字を抱えていても、歴史上例のない少子化が進んでいても、稀にみる災害の後遺症が続いていても・・・ これだけの生命力が充満しているのならば、もしかしたら何の問題もないんじゃないだろうかと、ふとそんな錯覚を覚えそうになった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.07.09

●梅雨明けの朝顔

 近畿では梅雨が明けた。

 個人的梅雨明け宣言ははやり間違っていたのだろうか。昨日までは一時梅雨空が戻っていた。

 やはり素人判断だったようですので、素直に謝ります。すみませんでした。

 ただ、気象庁も九州南部の梅雨明け判断を誤っていたようだ。明けたはずがその後に梅雨の大雨であった。
 ___

 梅雨明けの今日、綺麗に咲いた朝顔を通勤路で見かけた。今夏初めてだ。

 夏は来ぬ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.07.07

●知ってるつもり

 扇風機不足のニュース、今日になって朝日新聞夕刊の社会面トップになった。

 街にほとんど出ていかないし、自分の経験で直接物事を知ることもほとんどないので、購読紙より早く世の中の動きをキャッチしたのは稀有な例。

 逆にいうと、自分が知っているつもりのことは、ほとんどマスコミ・ネット・書物などからの2次3次情報ばかりだということである。

 直接経験したことも、マスコミで報道されて初めて事実だと確認した気分になったり・・・
 ___

 そんな中、雨が降り、小やみになり、また雨が降り、けぶる棚田の風景の中、ほとんどひとけのない山里を愛でつつ、語り合ったのは事実。

 雉子も確かに鳴いた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.07.06

●ものの言い方2

 ものの言い方が明らかに異常な人物は、かつて何人か経験したことがある。街で絡んできたようなチンピラを除けば、今思い出せるのは3人だけで、1人は医者、残る2人は警察官だった(交通違反で取り締まられたときとかの話ではない。そんな時だってきちんと話さないといけないことには変わりないんだけれど)

 3人とも、もし大臣なら辞任しなければならないレベルの物言いだったが、今ものうのうと仕事を続けていることだろう。
 あの態度や口調が原因で問題を起こしてクビにでもなっていればいいと思うのだが、開業医だった医者は少なくともクビにはならないし、警察官2人も相変わらずなんだろうなあと想像する。

 それに、医師や警官を辞めてしまえば、文字通り街のチンピラになりかねないような連中だった。仕事をしている方がまだ害が少ない可能性すらある(あ、でもそういえば、任意で事情を聞いていた人物をひどい言葉で脅迫して、罰金30万円の有罪判決と減給処分とを受けた警官がいましたね。やっぱり権力を持っていると余計まずいか・・・)

 温厚な私(いやほんとに)がそこまで思うほど、彼らはものの言い方が最初から異常だった。

 ああいう人格は、どうすればできあがるんだろう?

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2011.07.05

●ものの言い方?

 松本龍復興担当大臣が辞任した。

 岩手・宮城両県知事に対する「放言」(朝日新聞)の引責をしたということらしいが、確かに、特に宮城県知事への物言いには想像を絶するひどさがあった。

 発言をネットで読んだときには、まず「信じられない」というのが先に立った。まさか、ここに書いてあるこの通りに喋ったわけではないだろうと考えたのだ。
 ところが、その後ニュース映像を見たときに、文字通りそう言っているばかりか、態度も非常に無礼で傲慢なのにはほとんど驚愕した。

 そして、自分は何の関係もないのに、怒りがふつふつと湧き上がってきて、即刻罷免してほしいと真剣に思った。こんなことは滅多にない。

 結局は、本人が辞意→菅総理が慰留→辞意固く辞任 という流れになったようだが、自ら辞めさせずに罷免すべきだったと今でも思う。罷免しても、どうせ国会議員は続けるのだ。
 ___

 だが・・・

 結局は、エラソーな態度も含めて「ものの言い方」の話なんだろうなあという気もした。

 たとえば、「政治的に正しい」日本語で

 「被災者の方の思いもいろいろあるでしょうから、なかなかコンセンサスを得るのは大変だと思います。しかし、そこのところは県の方で十分ご努力いただいて、しっかりご理解を得ておかないと、国としては何もできないということになってしまいかねません。国としても十分な対応が可能となるように、被災者の方々の思いなどを十分汲み取った上で、しっかりしたコンセンサスを得るために努力してくださるよう、くれぐれもお願いしておきますね」

などと言うべきところを、テレビカメラの前で

 「県でそりゃコンセンサス得ろよ。そうしないと我々、何もしないぞ。だからちゃんとやれ。」

と言ってしまうのだ。せめて、

 「県のほうできちんとコンセンサスを得てくださいね。そうしないと我々は何もできなくなってしまいますから。しっかりやってくださいね」

であれば、ほぼ何の問題もない。
 ___

 もちろん、態度や物言いはその人物を表すだろうから、こういう人は、
1.自分が入ってから1分37秒後(TBS)に応接室に入ってきた知事を勝手な文化?を基準に叱責したり、
2.「九州の人間だから、東北の何市がどこの県とか分からない」と非常識な冗談?を言ったり、
3.「書いたら、もうその社は終わりだから」と恫喝したり、
4.「知恵を出さないやつは助けない」と言ったり
するのだ。

 そして、「わたしは九州の人間ですけん、ちょっと語気が荒かったりして」とか、「わたしはちょっと、B型で短絡的なところがあって」とか、自分の個人的な欠陥も九州とB型のせいにしてしまう。
 ___

 ふたたびしかし、同じことを考えていても、謙虚な態度で「(政治的に)正しい日本語」を喋ることさえできれば、他のまともな?政治家とそれほど変わらないとも思えるのだ。

 いややっぱり、人格や能力自体に根本的問題があるのかなあ・・・

 いずれにせよ、よく今日まで無事に?やってこられたと思う。金持ちの実力者の家に生まれついて、小さいころから裸の王様だったのだろうか。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011.07.03

●憐れ、特定外来生物

Dsc07352_32 セアカゴケグモは、結局、3種の殺虫剤と氷殺ジェットをクロスさせ、カルテット攻撃で殺して(死んでるんだろうな?)捕獲した。体長は11ミリ弱(脚を除く)。

 息子が殺虫剤2本、私が1本と氷殺ジェットである。殺して凍らせたのに、ビニール袋に捕獲する段になって動き出したように見えたのには肝を潰し、悲鳴を上げて飛び退いてしまった。
 が、絡んでいた蜘蛛の糸に引っ張られて動いただけのようだ。

 はるばるオーストラリアからやってきたクモの子孫が、こうやって目の敵にされて殺されるのも可哀相だ。こいつのご先祖だって、別に来たくて来たわけでもないだろうに。

 オーストラリアでは、特に駆除もせず共存しているというので、日本でも大騒ぎする必要はないのだろうとは思う。
 でも、自分だけではなくご近所さんもいることだし、やはり放置しておくわけにもいかないだろう。近所に存在を知らせるべきかどうか、ちょっと悩む。
 ___

Dsc07351_32 ありし日の?セアカゴケグモ→

 個人的に残念なのは、これまでほとんど気にならなかった(というより、むしろ好きだった)クモに、恐怖を感じてしまうようになったことだ。

 駆除した場所の奥に残っていた卵囊らしきものも、ふだんなら放っておくのに、コイツのものかもしれないと思うと踏みつぶさざるをえない。
 それどころか、他のクモにまで過剰に反応してしまうようになってしまった。

 玄関先で、「なんかクモがちょっと嫌いになりそうや」と言うと、クモ恐怖症の息子は「どんどん嫌いになって、オレの気持ちをわかってくれ」とか言うのだが、今後もクモを嫌いになったりしたくはない。

 私の周囲に現れないでいてくれればよかったのに・・・と思うのだが、詮のないことである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.07.02

●自宅ガレージがえらいことに・・・

 夕刻、家人の両親の家に息子と2人で出かけようとしていたとき(家人は先に行って夕食など準備している)、クモ恐怖症の息子がセアカゴケグモらしき妙なクモを見つけた。自宅ガレージの隅である。

 「これ、セアカゴケグモちゃうん?」とビビリながら言われても半信半疑だったが、確かに、背中が赤くて全身黒いクモがいる。その姿も、立体的かつ不定形の妙な巣も、これまで見たどのクモとも違うのは確かなようだ。
 セアカゴケグモだとすると、思っていたよりかなり大きい(まあ、脚を除くと1cmちょっとぐらいだが)
 同定のため、写真を撮っておいた。

Dsc07334_vga 夕食が終わってから、義父母宅のパソコンで調べると、やはりセアカゴケグモのメスらしい。メスというのは、大きくて毒のある方である。

 国立科学博物館のウェブサイトには「セアカゴケグモの「巣」は《中略》円形ではありません。《中略》不規則な形の網を張ります」と書かれ、イラストが載っている。
 姿といい、巣の形態といい、やはりセアカゴケグモで間違いないようだ。

 帰宅してから夜見ると、立体度がさらに大きくなっていた。上記サイトにある「自分の体がちょうど収まる程度の大きさの,コップを逆さまにしたような形の住居がついており」というところまではいっていないようなので、巣を作っている途中なのだろうと思う。

 その場で駆除しておこうかと思ったが、「どこかへ行ってしまったら、暗くてわからなくなる」と家人が反対するので、殺生は明日することにした。明日までにいなくなったりしていないといいんだけど・・・
 ___

※注
 地方自治体や学術団体等のウェブサイトをいくつも調べましたが、一般的にはおとなしいクモなので、放っておけば咬まれたりすることはまずないようです。また、特に大阪で生息数が多いようですが、府下の事故報告例は年間数件で、死亡例はゼロらしいです。スズメバチなんかのほうがよほど危ないかもしれませんね。
 ただし、咬まれた場合は血清のある病院に行った方がいいそうで、そのためには救急車を呼ぶ119番なり#7119番なりして指示を仰ぐのが一番早いかもしれません。
 駆除は難しくなく、家庭用の普通の殺虫剤(ピレスロイド系)で死ぬそうです。卵は踏みつぶしてくださいとのことでした。
 ___

 明日は「アースジェット」と「氷殺ジェット」とのWジェット攻撃で駆除しようと思っている。果たしてうまくいくだろうか・・・

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »