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2012.08.31

★縁なき人々、縁ある人々

 結局、ヴィスケー・タトリ(スロバキアのアルプス)に3泊している間に、アジア系やアラブ系やアフリカ系と思しき人にはただの一人も会わなかった。
 マイナーとはいえ、スロバキア屈指の観光地、かなりの数の人がいて、山頂へのロープウェイの切符を買おうと朝ブースに並ぶと、手に入るのは次の日の夕方の分になってしまうというほどの人気なのに。

 まあ、それはどうでもよい。

 こちらに来てから、ウィーンやブダペストなどの大都会やプリトヴィツェ湖群(クロアチア)のようなメジャーな観光地では夥しい数の人々に、そうではない比較的マイナーな観光地でもそれなりの数の人々に毎日毎日出会うのだが、そのほとんど(というか、たぶん全員)とはもう一生会うことはない。

 この広い地球上で、ひとときとはいえ同じ時間に同じ場所にいあわせるという偶然を共有した人々との縁はしかし、あくまでもその一瞬のことで、「♪顔をあわせ、すべもなくすれ違う」だけのことなのだ。

 あるいはスロベニアの例のおじさんたちとは、それよりはほんの少し意味のある縁が結べた可能性もある。
 あと一人、ケストヘイ(ハンガリー)で夕食を食べた店のウェイトレスが、食事のあと「日本から来たんですか」と話しかけてきて、自分の名前を日本語で書いてほしいと頼んできた。
 日本に憧れをもってくれているようで、レストランの名前も彼女の名前もわかったわけだから、日本に帰ったら何か送ってあげようかと思っている。

 ブダペストのホテルのベルボーイや今泊まっているペンションのウェイトレスともちょっとしたふれあいめいたものはあったが、まあそれぐらいだ。

 以前、スイスアルプスのグリンデルワルトで泊まったホテルがちょっと気に入り、オーナーご夫婦とも個人的に少し話をしたものだから、その次の年に両親を連れて出かけたときも同じホテルに泊まったのだが、なんとたった一年のうちに事情があってオーナーが変わっており、再会を果たせなかったことがある。

 勝手に縁ができたような気がしていても、すべもなく無縁に戻っていくばかりだ。

 そんなふうに連絡の取りようもなくなった人がどれぐらいいるだろう?
 今は一人、2年ほど前から返信が来なくなった大学の同級生のことをときどき考えている。今年も残暑見舞いを出したが、どうなるだろうか。

 短くはない人生ながら、意味のあるほどの縁ができる人はほんとうにごく限られている。私のように、自分からはふつう縁を求めたりしない非社交的な者の場合はなおさらだ。

 おそらくは間違いなく残り半分を切った人生・・・ 限りある貴重な縁を大切にしたいと思う。

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2012.08.30

★白人しかいない観光地

 ついこの間、ドバイで人類の見本市を見た。

 その後、ウィーンでも、あの暑さの中、頭から足もとまで真っ黒な装束に身を包んだアラブの女性が珍しくなかった。
 数はごく少ないものの、クロアチアのプリトヴィツェ湖群国立公園にもいた。その連れ合いの男が半袖のTシャツに短パンというのは、他人事とはいえ、かなりどうなんだろうと思わされた。

 スロベニアのマリボルと、ハンガリーのヘーヴィーズ温泉湖では白人以外は見なかったと思う。ブダペストのような大都会でさえ、見た範囲ではアラブ系と黒人はほとんど、東洋人もあまりいなかった。

 そして、ホッロークー(端的に言ってハンガリーの白川郷)と、ここヴィソケー・タトリ(スロバキアアルプス)では、白人以外はまったく見かけなかった。
 そのせいで目立ってしまい、けっこうじろじろ見られたりするのはあんまり愉快ではない。

 被害妄想かもしれないが、夜の8時に飛び込みで宿泊できるか聞いたペンションの女主人?は、満室とかそういう感じではなく、「こんな時間にいきなりやってくる怪しい東洋人など泊めるわけがないだろう。今すぐ出て行ってくれ」という感じで No, No を繰り返した。あんな表情と態度はほとんど経験したことがない。
 幸い、すぐ向かいのペンション(新しくて綺麗で、部屋も広い)に安く泊まれたし、ここは満室とはほど遠い感じなので、あながち被害妄想ではないかとも思う。

 ここだってスロバキアの立派な観光地なのだが、でもまあ、要するにマイナーな場所になればなるほど白人率が上がるのは確実なようだ。

 それはなぜなのか、あたりまえのことなのか、ちょっと考えてみたがよくわからない。

 そういえば、イエローストーンもほとんど白人ばかりだったなあ・・・ あれはマイナーではないけれど、不便な場所だからだろうか。

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2012.08.29

★ディーゼル礼讃

 レンタカーは、"VW Passat 1.6 or similar" というのを予約しておいたのだが、結局、Audi Q3 になった。排気量はわからない(明日にでも調べてみようか)。

 これまで、レンタカーを借りて予約したのと同じ車になったためしがない。
 村上春樹氏も、同じことをお書きになっていて、はなはだしきは、BMW 3 シリーズのマニュアルを特別に指定していたのに、Ford の Mondeo か何かのオートマチックになってしまったというような話をどこかで書いていらした。

 Hertz をけっこう信頼していたのだが、イエローストーンでセダンを指定していたのにフォードのエクスプローラー(パジェロみたいなオフロード4駆です)を割り当てられたり、カナディアンロッキーでは事前チェックインまでしていて「5分とお待たせしません」という宣伝文句にもかかわらず、いつ借りられるかわからない不安な気持ちで1時間以上待たされた挙げ句、予約していたナビもない・・・などという経験をしたので、もうこだわらなくなった。

 今回は、Europcar が比較的安そうだったのでそこにした。今のところ大きな問題はないが、やはりというか、セダンを予約したのにパジェロ型の Q3 である。どこが similar、似てるんだよと毒づきたくなる。

 さらに、この Q3、かっこだけの車で、運転してみるとどうも FF らしい。その上、荷室がとても狭く、荷物がぜんぜん収まらない。
 念のため、旅行荷物がぜんぶ、自分の車(Passat より小さい)のトランクに収まるかをわざわざ実地にチェックして安心していたのに、水の泡である。

 乗り心地は悪くはないのだが、サスペンションがふわふわと安定せず、カーブでのロールも大きい。
 ふだん、スポーツセダンみたいなのに乗っているのだが、同じ調子で走らせないように意識してスピードを落としてカーブを曲がっても、「よっこらしょ」という感じになり、出口では揺り戻しが来る(これは運転が下手なせいもあるかも)。

 今日はハンガリーやスロバキアの荒れたワインディングロードなんかをかなり長時間走ったのだが、ペースは上がらないし気持ちよく走れないしで、かなり疲れた。
 「ダンパーがちゃんと仕事をしていない感じ」といえば当たっているだろうか。

 アウディと聞いて最初はちょっと喜んだのだが、これなら絶対、フォルクスワーゲンのパサートの方がよかったと思う。
 ___

 しかし!

 エンジンは素晴らしい。
 とはいっても、第一には燃費のことなのだが、これまで 1418 km を走って、給油の必要がない!ほどなのである。
 実際には1度と8リットル(ハンガリーフォリントの使い残し対策)だけ給油したが、半分にも減っていないときに入れて、現在でも半分以上残っているのだ。

 1回目の給油では実燃費が 18km/l ぐらいだった。燃料タンクにどれだけ入るのかわからないが、70だとすると航続距離は 1260 km ということになる。80だと1440だ。
 こんな車に乗れば、燃料代は現在の半分以下になる。

 しかもディーゼル。日本では軽油はガソリンよりも安いので、たぶん、1/3ぐらいですむのではないか。

 最新のコモンレールディーゼルエンジンは、ガソリンエンジンと比べてもほとんど遜色ない。
 音も振動も小さく、トルクは十分でレスポンスもよく、排気ガスもクリーンで、二酸化炭素排出量は少ない。
 (後記:オーストリアとドイツのアウディのサイトで調べたところ、排気量は2リットルだった。最高出力は140psと控えめなものの、最大トルク32.6kgmを1750rpmから発生するそうだ。3リットルのガソリンエンジンを積む私の車のトルクとほぼ同じである(しかも、私の車はたぶん3500rpmぐらいにならないとそんなトルクは出ないし、そんなに回すことは滅多にない)。動力性能に不満がないのもうなずける。)
 (若干訂正:「レスポンスもよく」と書きましたが、久しぶりに自分の車に乗ってみると、レスポンスに関しては大幅にガソリンエンジンの方が上でした。もっとも、排気量は1.5倍ですし、燃料費を2倍払うほどのレスポンスかというと、微妙です。)

 ディーゼルと聞いてバスやトラックのあのエンジンと黒い排気を想像するのは、もう時代遅れなのである。

 日本では乗用車のディーゼルエンジンはほとんど普及していないが(アウディのディーゼルだってまだ輸入されていない)、ここまで進歩したら、特別な趣味車以外にガソリンエンジンは必要ないのではないかと思う。
 いや、ディーゼルエンジンを積んだアウディR10/15/18がルマンで優勝を重ねているのを見ると、趣味車でさえ、ディーゼルでいいんじゃないかという気すらする。

 フェラーリ・ディーゼルなんていかがでしょうか。

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2012.08.28

★気温激変

 今回の旅行でもっとも想定外だったのは、暑さだった(今のところ)。

 飛行機がウィーンに降りるとき、気温は33℃というアナウンスを聞いて、耳を疑った。もしかして聞き違えたかと思った。

 夏のヨーロッパに出かけるのはたぶん5回目だと思うのだが、過去4回とも、この時期の気温は20℃台前半、どうかすると10℃台前半だったからだ。

 ロンドンやらパリやら(ウィーンだって同じだ)で30℃を超えることなど稀のはずだ。先日のオリンピックだって、寒さが問題になっていたのではなかったか。

 しかも、ウィーンの湿度の高さといったら・・・ ほとんど関西と同じである。

 夜になっても30℃を切らない。避暑に来たはずなのになんということ。

 幸い、ウィーンのホテルには冷房がついていたが、もともとそれほど効かない上に、2日目の夜には水漏れを起こして雨漏り状態になり、一度修理?はしてもらったものの、夜中にまた漏れ出したのでスイッチを切り、それでも落ちるポタピタピチャポタという音を聞きながら暑くて寝苦しい夜を過ごした。

 その後のホテルはどこにも冷房などない。
 昼は36℃!、夜のベッドサイドでも30℃前後という日が続いていた。

 ところが・・・

 ケストヘイを発ってブダペストに向かう日、朝から強風が吹いて気温がぐっと下がった。

 ちょうど、ヘーヴィーズという、湖全体が温泉になっているところで泳ぐことにした日だったのだが、水(というかお湯)の中から上がると、快晴であるにもかかわらず、寒くて寒くてという感じだった。
 気温は20℃台前半、一気に10℃以上下がったことになる。

 その夜のブダペストは雨まで降り、気温は20℃を切っていた。涼しいを通り越してほとんど寒さを感じながら、それでも前日の半袖のシャツのまま、傘を差してドナウ川を2度渡った。

 気団が入れ替わるとこんなことが起こるのは一応知っている。しかしそれにしても・・・

 今日のブダペストは天気もよく、涼しいのはとてもありがたかったけれど。
 ___

 今、ホテルのロビーでこれを書いている。時刻は23時だ。
 今回の旅行中、最初で最後になるだろう高級ホテルだが、ネットが自由に使えるのはロビーのみ。玄関から入ってくる涼風(というより寒風)は、関西なら晩秋のそれに近い。

 猛暑から晩秋へ。1日で気温は激変する。

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2012.08.26

★名も知らぬ世界遺産

 クロアチアのホテル(というより小屋)にはネット環境がなかったので、ハンガリー南西部のケストヘイという小さな街からこれを書いている。

 クロアチアの世界遺産、プリトヴィツェ湖群国立公園は素晴らしかった。

 個人的に、アメリカのイエローストーン国立公園に次いで、世界2位の地位を与えたい(アフリカと南アメリカに足を踏み入れたこともない男のタワゴトとお聞き流しください)

 問題は、イエローストーンには子どものころから憧れていて、訪れるのが人生の一つの夢にさえなっていたのに、プリトヴィツェの方は今回の旅に出ようとして初めて知ったことである。

 世界遺産には1979年に登録されている。もちろん、旧ユーゴスラビア時代のことだ。
 日本で世界遺産世界遺産と騒ぎ始めたのはせいぜいここ10年ぐらいのことだと思うが(どうして急に騒ぎ出したんだろう?)、もう三十数年前の社会主義連邦共和国時代から世界遺産なのである。まだチトー(パルチザンの英雄にして終身大統領)が存命の時だ。

 そのプリトヴィツェ湖群国立公園を、つい数か月前まで知りもしなかったし聞いたこともなかった。
 いったい、この世界には、他にどれだけ素晴らしいところがあるのだろう。

 大自然としても観光地としても、そのバランスの取り方においても超一級だ。

 残念なのは、観光客が多すぎたことと、中にいくらか不心得な者がいたことぐらい。

 その観光客も減った夕刻、標高の高い湖から緩やかにトレイルを下っていくのは、ほとんど至福の時といってもいいぐらいであった(9年目に入っているこのブログで、自分の感情として「至福」ということばを使ったのはなんと初めてであるようだ)。

 この滝がハイライト、この湖がハイライト、と思って歩いて行くと、どこまで行ってもまた次のハイライトが訪れて驚かされる。

 はるかクロアチアの田舎のこと、遠い将来になってしまうとは思うが、ぜひ違う季節に再訪してみたい。

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2012.08.23

★スロベニア礼讃

 旧東欧諸国に来るのは初めてだ。

 とはいえ、スロベニアはシェンゲン条約締結国で通貨もユーロ。実質的に国境はない。時代は流れるのだ。
 国境らしいものと言えば、高速道路料金(1週間で15ユーロ、1か月で30ユーロ)を払った証拠となるシールを買うためにブースに立ち寄ったことだけ。

 レンタカーの借り出しに少し時間がかかった上、ウィーンを出てすぐの大渋滞や動きの悪いナビのせいなどもあって、スロベニアのマリボルのホテルに落ち着いたのは、予定より1〜2時間遅く、20時になっていた。

 ホテルのフロントの人に教えてもらったレストランを探して近くを歩くが、道を間違えた挙げ句に、Bar Café と表示した店しか見つからず、しかも、中では地元の人たちがパーティで盛り上がっている。

 でも、近くに他の店もありそうにないし、何か食べられないかと思っておそるおそる聞くと、数人が寄ってたかっていろいろ相談しながら教えてくれたのだが、結局、ここには食べるものはないし、近くの店まで2キロほどあるということだった。
 ホテルの人が5分と言ったのは、車で5分のことだったのだろうか・・・

 仕方ないから車を取りにホテルに戻ろうとしていると、人なつっこい人たちが何人か、片言の英語で話しかけてきて、そのうち、「スロベニアの国民的料理があるのだが、それなら食べられないこともない」という話になった。

 だれが店の人でだれが客かもわからない。

 そのうち、だれかがビーフシチューのような皿を見せてくれて、「これなんだがいいか」と聞く。

 疲れていたし時間も遅いし、一も二もなくOKする。

 客の中でも一人、良く言えば親切に、悪く言えばしつこく話しかけてくる人がいて(たぶん、酔っていたのだろう)、食後にはこれもスロベニアの国民食、パンケーキを食えと勧めてくれる。

 食前に出されたぶどう一房に小さなイチジクが数個。出てきたたっぷりのシチューとパン・・・ とてもパンケーキなど食べられそうもないのだが、何度断っても許してくれない。
 仕方ないので、「3人で一つ食べるよ」と譲歩する。

 食事が終わって店の人が持ってきてくれたのは、パンケーキというよりはクレープで助かったが、きっちり3皿あった・・・

 食後、200年以上前に伝統的な手法で建てられたという地下室に案内してもらう。煉瓦をアーチ型に積み上げた壁を持つ室内は、エアコンなどないのに、驚くほど涼しい。

 初対面でいきなり打ち解け、最後まで楽しく交流させていただいた。けっこうあちこち旅しているが、こんな経験はちょっと思い出せない。
 レストランが見つからなかったことによる、災い転じて・・・である。
 ___

 ただ、一つだけ気になることがあった。

 メニューも値段表もなく、持ってきてくださったものを食べたり飲んだりしたのだが、いったい勘定はいくらになるのだろう? カードは使えるのだろうか。

1.アップルジュースとアップルウォーター×2
2.ぶどう一房にイチジク5個ぐらい
3.5人前ぐらいありそうなたっぷりのシチュー
4.パン
5.クレープ×3

 クレープが来る前は、3000〜4000円ぐらいかなあと思っていたが、クレープが来て5000円ぐらいにはなりそうな気がしていた。

 そして、半ば予想していたことだがカードは使えないという。まあ、ユーロも2万円弱は持っているので大丈夫だろうと思って勘定を見ると

 1590円(15.9ユーロ)。
 はあ? これ間違いですよね? という感じで、英語のまったくできない店のご主人(そのころにはだれが主人かわかった)に訝しげに顔を向けると、満面の笑み。

 しかし、いくら何でも・・・

 家人があとで、「物価水準が違うのかも」などと言っていたが、そんなことはない。瓶入りのコカコーラが一本160円なのはメニューで見た(ちょっとは安いかな)。

 20ユーロ渡すとお釣りを持ってこようとするので、「いえもう、そんな、まさかお釣りなんて受け取れません」という感じを全身で表す。
 こんなに気持ちよく釣り銭を断ったのも初めてだと思う。

 あとでレシートを子細に観察すると、スロベニア語なのでよくわからないのだが、どうも、果物もシチューも!パンも無料サービスだったようだ。
 ___

 午前中の自然史博物館で歩き疲れ、慣れない左ハンドルのマニュアル車でウィーンの市街地を走らせて神経をすり減らし(一度、トラムがすぐ後ろまで迫ってきて警笛を鳴らした)、大渋滞やら工事やらの高速道路に辟易し、タッチパネルの反応が最悪のナビにいらだち、やっとたどり着いたマリボル郊外ではレストランが見つからず・・・というような1日の最後を、すごく気持ちよく締めくくってくれる楽しい夜だった。

 言うまでもなく、勘定が安かったこと自体がこの気持ちよさをもたらしたのではない。

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2012.08.22

★ウィーンの空港から市内へ行く方へ

 ウィーンに到着して市内に出ようとすると、有無を言わさずという感じで CAT(City Airport Train)に乗るように誘導される。

 「誘導される」の意味がわからない方は、ぜひ現地で経験してほしい。
 なんかもう、表示にしても案内にしてもインフォメーションのおばさん(1回目)やお姉さん(2回目)に聞いても、それしかないような感じなのだ。

 『地球の歩き方』に書いてあった、「Sバーンの7番」に乗りたいと言って案内された場所には CAT の券売機しかなく、切符すら買えない。

 まあこれは、『歩き方』がバカなのである。到着口を出ていくら探しても S-Bahn の表示はない(最近表示が変わったのかも)。だから、インフォメーションで聞く羽目になったのだ。

 表示されているのは、ÖBB。その表示に従っていくと、赤い券売機でS-Bahn の切符が買える。ÖBBというのは、オーストリア国鉄のことらしい。

 簡単にいうと、到着口を出て右手に進めば CAT、左手に進めば ÖBB(S-Bahn)だ。

 そして、ややこしいことに、どちらも同じホームから発車する。

 いや別に、お金があれば CAT を使えばいいのだが、

 CAT は12ユーロ(1200円)
 ÖBB は4ユーロ (400円)

なのである。その差800円・・・というか、料金3倍(すみません、料金を間違えていたので訂正しました)。

 ÖBB(S-Bahn)を(たとえば)ウィーンミッテ駅で降りて、U-Bahn(地下鉄)やトラム(路面電車)に乗り換えても、市内なら新たに切符を買わずに最初の400円だけでOKだ。

 いくら CAT が「ノンストップ16分」と宣伝しようが、 ÖBB(S-Bahn)でも25分もあれば着くのである。家族3人で2400円余分に支払うほどお大尽ではない。

 長いフライトに疲れてやっと到着した先でいきなりの洗礼だった。今後ウィーンにいらっしゃる方が同じ苦労をしないですむよう、ここに記しておく(これで助かる人が2〜3人ぐらいはいるだろうか)。

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2012.08.21

★30年ぶりのウィーン

 オーストリアはともかく、ウィーンに来るのはほとんど30年ぶりになる。

 長いフライトと乗り継ぎ、さらには着いてからの鉄道と徒歩に疲れてホテルに辿り着いたのは夕刻だった。
 名古屋で仕事をしていたのが遠い昔のように思える。

 シャワーを浴びて休憩し、18時30分ごろから、歩いてシュテファン教会を往復する。

 オペラ座を経由して歩行者天国をまっすぐ進むと、突き当たりがシュテファン教会らしい。
 こんなにぎやかな大通りがあっただろうかといぶかしみながら歩き、途中で夕食をとってから教会に着いた。

 そこにあったのは、紛れもない30年前のあの教会なのだが、雰囲気というか立地というか、それがまったく違っていて驚いた。
 記憶の中にある、うら寂れた路地裏の狭い広場に面したその姿がかき消されてしまうのがしのびなく、しばし、どうしようどうしようと埒もないことを考えていた。

 斜め向かいは ZARA の鏡張りビルで、かろうじて景観を台なしにはしていないものの、昔は(少なくともそういう外観では)なかったことが明らかな建物だ。
 それはまあよい。

 だが、教会前に立派な広場があるのが解せなかった。

 30年前に私がたぶん3度は佇んだ場所はここだとわかるのだが、当時こんなに広かったという記憶がないのである。
 寒く、暗く、人出の少ないことが、狭さを感じさせていたのではたぶんない。

 そう思って見ると、広場の地面に建物の跡をかたどったような敷石を見つけた。もしかしたら、ここにあった建物が取り壊されたのではないだろうか。それで広場が一気に広くなったのでは?

 ・・・今日はもう疲れた。また今度調べてみよう。

 ともあれ、新しい記憶や写真で、昔の記憶を上書きしたくはない。

 たとえば・・・

 偶然が重なってスイスのモントルーの山に一緒に登り、その後また偶然にも、夜の帳が降り始めたシュテファン教会で再会し、ともにシェーンブルン宮殿を見に行った、名も知らぬあの男は、いまどこでどうしているのだろう。

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2012.08.20

★人類の見本市

 ふだんから外国人と接する機会は多い方だが、ここドバイの空港はちょっと特別な気がする。

 とにかく、さまざまな人種・民族の人々が、あらゆる種類の服装をして蝟集している。
 これまでそれなりに海外を経験してきたが、これほどの多様性を目の当たりにするのは初めてだと思う。

 今、目の前のエスカレーターを、目だけが見える真っ黒な衣装に身を包んだ女性3人が降りてきた。先頭の一人は、目さえ見えない。
 次は同じイスラム教徒でも、白いスカーフを巻いて顔を出し、水色系のカラフルな服を着た女性。
 右前方にはターバンを巻いたシーク教徒らしい男性。
 その奥はふつうの?格好をした黒人男性。
 左隣は若い欧米人。左前方も欧米の熟年カップル。
 今目の前に座ったのは、胸元もあらわな、ジーンズを履いた南欧系女性2人。
 その隣に今腰掛けたのは、ベージュ系の服を着てグレー系のヘジャブを巻いた女性。だが靴はスニーカーだったりする。

 きりがない。人類の見本市というのがもしあれば(今、黒人カップルが北欧美人にぶつかった)、おそらくはこういう場所に違いないと思う。

 ウィーン行きの搭乗が始まった。目だけを出した黒ずくめの女性たちは、ウィーンでもあの格好で通すのだろうか。
 ___

 ドバイの空港の無線LANが不調だったので、ウィーンのホテルでこれをアップする。

 黒ずくめの女性たちだが、その下にはカラフルな衣服を纏っているようだ。靴なんかもすごくファッショナブルだったりする。
 飛行機から降りると、さっそく髪を出している人もいた。目だけ出している人はさすがにそんなことはしないようだが、入国審査の時は、ベールを上げて係官に顔を見せたりしていた。それはまあ、仕方ないか。

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★商売の仕方

 ドバイに着いた。アラブ首長国連邦の首長国の一つ、ドバイの首都である。

 関西空港からドバイへの便には、アラブ系と思しき人は一人も乗っていないように見えた。

 日本人の乗っていない日本航空というのが想像できるだろうか。

 こういう商売の仕方もあるのだなあと感心させられる。
 ドバイをハブにして、世界中の人を(いま、スピーカーからコーランの朗詠(たぶん)が聞こえてきた)運んで富を集めているのだろう。

 朝の4時台だというのに、ものすごい数の人が行き来している。店もぜんぶ開いている。関西空港のような名ばかりの24時間空港とは大違いだ。
 香港ですら、こうではなかった。

 日本は地理的条件が悪くてこういうことができないのだろうか。
 でも、韓国の仁川は似たような役割を果たしているようだし、港だって、横浜も神戸も釜山に遠く及ばなくなってしまっている。

 貪欲を背景にした過当な競争は嫌いだけれど、日本ももう少し商売の仕方を考えた方がいいのではないかと思った。

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2012.08.19

★次々と閉まる

 もうすぐ22時。関西空港にいる。

 空港に着いて うどん の夕食を終えてから、『地球の歩き方 ハンガリー』を買う。これで、行く予定の国のガイドが揃った。
 どうやら、メインはハンガリーとスロバキアになりそうな気がする。

 その後、少しだけ両替しようとすると、窓口の半分ぐらいが閉まっていた。まだ20時半ぐらいだったのだが。
 その後も、21時を過ぎるといろんな店なんかがどんどん閉まるようで、出国手続きを終えてから、滑り込みでスターバックスのキャラメルマキアートを飲んだ。

 21時半には向かいの免税店のシャッターが下り始め、スタバ自体も時をおかずして緑の網のカーテンに包まれ、閉店した。

 クレジットカードのラウンジは21時までだったので利用できなかった。こんな時間に発つことはなかったので、知らなかった。
 ___

 いつの間にか、無線LANが自由に使えるようになっている。申し込みだとか有料だとか広告を見てからとか一切なく、まったく自由である。
 去年の秋、オーストラリアから帰国したときはこうではなかったので、この9か月ほどの間にこうなったのだろうか。

 遅きに失した感はあるが、この使い勝手は素晴らしい。

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★ツクツクボウシに起こされる

 ツクツクボウシが嫌いだ。

 もちろん、その鳴き声が「宿題せーよ」に聞こえるからである。と書いていると、今また鳴きだした。
 朝起きてからはアブラゼミばかりだったのに。

 夏は暑いから嫌いで、より暑くするアブラゼミも嫌いだが、ツクツクボウシの鳴き声にはどこか寂寥感も漂う。

 今年は聞いたことがなかったので、うまくいけば聞かないまま出国できるかと思っていたのに、今日はツクツクボウシに起こされた。1日のことで・・・

 昨夜寝る前に温度計を見たら、なんと26℃台だった。いつ以来かわからないが、最近ついぞ見たことのない温度だ。新幹線を止めた大雨の影響もあろう。

 毎日のように雷雨が降り、一雨ごとに夏が去って行く。

 嫌いな夏が去っていくというのに、こうしてその後ろ姿を見送っていると、なんだか妙に名残惜しく感じられる。

 宿題をせねばならないから、学校が始まるから、ではない。

 もうぼくは(たぶん)大人になったし、とりあえずの「宿題」は終わらせてから休暇に入る。だからツクツクボウシが鳴き始めるまで仕事をしているのだ(たとえ終わりのない宿題がずっと目の前にぶら下がり続けているにしても)。

 宿題や学校を抜きにして去りゆく夏を惜しむのは、おそらく初めての経験だ。

 ヨーロッパに着いたら、夏はおそらく、もう終わってしまっている。

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2012.08.18

★やっぱり通勤は無理?

 長い2日間だった。昨日の昼、家にいたのがずいぶん昔のような気がする。

 無事に仕事を終え(疲れた)、家路を急ぐ。
 18時前に現地を出られたので、20時には(最寄り駅ではなく)自宅に帰れるだろうと目算を立てた。18時35分の のぞみ 自由席におさまり、京都には19時11分に着くはずだった。
 楽々通勤ではないか。

 ところが、米原で止まってしまうのである。のぞみなのに。

 何でも、京都・米原間で大雨だそうで、「運行を見合わせている」のだそうだ。雨ぐらいで??

 いつ動き出すかわからないのがストレスだったが、結局、京都には35分ぐらい遅れて着いた。

 あとは在来線だからと楽観していると、こちらも30分とか1時間とか遅れているという表示。
 だが、いくら遅れようが、次々と電車はあるはずだから、今来た30分遅れの電車に乗れば遅れていないのと同じだ・・・と思ったのは甘かった。

 入線してきた京都始発の下り各駅停車に座って待つが、いつまでたっても出発しない。アナウンスは、
 「準備ができ次第、出発致します」
 「ただいま、業務連絡を行っております」
 「準備ができ次第、出発致します」
を繰り返すばかりだ。いったい、何の準備と連絡なんだよ。

 結局、30分にもわたって、ただの1本も下り列車は発車しなかった。「準備」とやらができなくて「連絡」ばかりしていたのだろうか。

 このアナウンスはおそらく真っ赤な嘘である。

 「準備や連絡にそんなに時間がかかるわけがない。何でそんな嘘をつくんだろう」と思っていたが、結局、30分遅れていた各駅停車は、1時間遅れていた新快速にあわせるために、京都駅で無駄に30分留め置かれたのだと推察された。

 何が「準備ができ次第、出発致します」だよ。

 いつ出発できるのかが見えない上に、嘘をつかれていることがだんだん明白になってくるのでストレスもたまる。今はもう、雨なんか全然降っていないのだ。
 事実を言えばいいのに、どうして堂々と白々しい嘘をつくんだろう? 新快速待ちで30分止まるというと、キレる人がいるからだろうか。
 
 まあ結局は、計1時間ちょっと遅れただけで帰宅できた。新快速が2本運休して30分間電車が出なくても、新快速も各停もぎゅうぎゅう詰めにはならないのだから、ふだんはサービスで無駄な電車をたくさん走らせてくれていると解釈することも可能だ。

 ものごとのよい面を見ようよ((C)村上春樹)という気もする。

 でもやっぱり、嘘はよくないと思うんだけど。

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2012.08.17

★通勤圏?

 仕事で愛知県に来ている。例によって大した仕事ではないのだが、それでも、これを越えれば休暇が待っていると思うと、ちょっとした峠ではある。

 夕刻に自宅を出て、最寄り駅で切符を買う。みどりの窓口の担当者が確認のために言った時刻が一瞬飲み込めなかった。

 えっ? それだと、京都→名古屋が30分ということになるんですけど・・・

 もちろん口には出さない。
 正確には35分なのだが、一時間ほどかかるというイメージがあった。われながら文明から取り残されているなあと思う。
 もっとも、一時間ほどというのは新大阪から名古屋までのイメージなので、それだと今でも50分前後かかるようだ。

 名古屋駅で乗り換えて数駅進み、駅から歩いてホテルにチェックインするまで、自宅最寄り駅から2時間。
 これだと、お金さえあれば通勤できるではないか。

 こんなに近いのに、名古屋自体を目的に来るのはまだたぶん生涯で2度目である(あ、違う。名古屋空港に一度飛んできたことがあった。都合3回目か)。
 どんだけ縁がないんだよと思う。

 兄はもう、愛知県に四半世紀以上住んでいるというのに。

 ♪縁あるひと 万里の 道を越えて 引きあうもの
 ♪縁なきひと 顔をあわせ すべもなく すれ違う

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★クレジットカード盗難・紛失に備えた Tips

 旅先でクレジットカードをなくした場合、すぐにカード会社に連絡して利用停止を依頼せねばならない。
 これまでは持っていくカードの連絡先一覧表を何枚か作ってあちこちに分散させて所持していた。

 ところが、その作成がけっこう面倒だ。情報も新しくなったりしているが、今回はまだバージョンアップもしていない。

 かといって、連絡先一覧がないと、何かあった場合に困ったことになる。

 幸い、これまで個人的には何もなかったが、以前パリで仕事仲間が財布などを掏られたことがあった

 その時、カードの連絡先をまったく把握していないどころか、自分がどのカードを持ってきたかすら把握していないのには、さすがにちょっとあきれた。電話番号を調べようにも、そもそもどこの電話番号を調べればいいかわからないのである。
 そういうタイプの人だとは思っていたものの、いやしかし、それにしても、という感は拭えなかった。

 今回、パスポートや免許証をコピーしようとしていて、ふと、クレジットカードの裏面もコピーすればいいのではないかと思いついた。裏面には拾得したときの届け先が記載されている。こんな簡単なこと、これまでどうして思いつかなかったのだろう?

 自分と家人の免許証と、持参するクレジットカード・キャッシュカードを並べてコピーすると、ちょうどA4用紙1枚程度におさまる。裏にはパスポートをコピーしておけばいい(今回はすでにコピーしたパスポートがあったのでそうしなかった)。

 試しにコピーしてみて、カード番号や署名までわかってしまうのはまずいと思い直し、その部分にポストイットを貼ってコピーし直した。ほとんど1枚を1箇所に貼るだけですみ、大した手間もかからなかった。

 連絡先一覧表には、たとえばニューヨークやらパリやらの現地オフィスの電話番号も入れていた。だが、実際に盗難にあったり紛失したりすることは少ないだろうし、万一そうなったら、日本に電話して現地の連絡先を聞けばいいことである。どうせ、クロアチアやハンガリーの電話番号なんか載ってなかったし。

 というわけで、今後、カード連絡先はカード自体のコピーを持参することで間に合わせることにした。
 これ、たぶん、旅行ガイド等にも載っていない Tips なんじゃないかと思う(違うかな?)

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2012.08.14

★夏の終わりを告げる「近雷」

 朝5時ごろか、寝ていられないほどの雷に起こされる。

 床についたのは2時前なのに、寝ようと努力しても寝られない。

 かれこれ半世紀近く生きていることになるが、これほどの雷と大雨を経験したのはそんなに多くはない。
 雷に関して言えば、もしかすると生涯で一番すごいのではないか。
(後記:近隣で「観測史上最高」の1時間雨量を記録している。だとすれば、雨も生涯でいちばんすごかったかもしれない。)

 500m以内と思われるものだけでも、片手では足りないぐらい落ちた。寝ていても真横から雷撃してくるのではないかと、雷の怖さを知らない私でも少しは気になるぐらいになった。

 同じように起きていたらしい家人が、「ずっと爆撃されてるみたいね」という。もちろん、爆撃がどんなものか2人とも知らないわけだが、乏しい表現力では他の言葉も思いつかない。
 経験者には申し訳ないけれど。

 諦めて起きだし、6時ごろから2階で稲妻観賞。これほど見たのは、間違いなく生涯初めて。

 5時台よりはましになったが、それでもまだ、遠雷という感じではない。雨も小降りになったと思ったら、また少し激しくなってきた。

 夏の終わりを告げる雷は、遠雷ぐらいが奥ゆかしい。

 でもどうして、近雷という言葉はないんだろう?

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★今ごろ旅行ガイド

 数日後には出発だというのに、旅行ガイドもあんまり見ていない。

 現実感がないので、真剣に旅程を検討する気力も沸かないのである。

 まあ、以前のグアムやサイパンのように、出発する空港でガイドブックを買うなどという恐ろしいことはせず、かなり前に『地球の歩き方 中欧』は買っていた。
 しかしこれは14か国もが1冊になった550ページほどの本で、たとえばスロベニアに関して掲載されているのは、首都のリュブリャナとピランという港町、それにブレッド湖のみ。
 いくら四国と同じぐらいの広さとはいえ、これでは高松と宇和島と早明浦ダムみたいなものである。それぞれに割かれたページ数だってごくわずかだ。

 日本のテレビで特集番組が作られるほどの、中世の面影を残したマリボルという素敵な街があることを偶然知ったのだが(松山みたいなポジションかな?)、その記述は1行もない。情報がないところは訪問する候補にすらなれないのである。

 そのマリボルが、オーストリアのウィーンからプリトヴィッツェ湖群国立公園(クロアチアにある世界遺産)へ行く途中にあることを知って、そこで1泊することにした。距離的にもちょうどいい。たぶん、Thank God. である。
 ___

 まあ、プリトヴィッツェから先の旅程は何も決めていないし、旅先でたまたま知ったところに立ち寄るというのはこれまでにもよくあったのだが、偶然が味方してくれなければ、すぐそばの道路を何も知らずに通過していく可能性だって高い。たとえ30分でも1時間でも、休憩がてら観光すれば素晴らしさを感じられる場所はいくつもあるのに。

 そういう場所の候補を知るには『中欧』ではいかにもおおざっぱすぎる。そもそも、行く予定のない国が半分以上掲載されているのだ(ボスニア・ヘルツェゴビナとかウクライナとか、ちょっとだけなら行ってみたいけど)。

 そこで急遽、『ハンガリー』と『チェコ ポーランド スロヴァキア』と『クロアチア スロヴェニア』の3冊を買うことにした。

 出発までにちゃんと配達されるように、節を屈して「Amazon プライム会員無料体験」というのに申し込む。もちろん、本を手に入れたらすぐ退会するつもりである。

 ああ、でも、Amazon ですら『ハンガリー』は品切れなのだ。出発までに買えるだろうか。

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2012.08.12

★あれから27年

 日本航空のボーイング747が墜落して520名の死者を出した事故から、今日で27年になる。

 だが、朝日新聞の朝刊(大阪版)には、ついに1行の記事も見つけることができなかった。
 「夕刊には慰霊登山の記事ぐらいは載るのかな」と思ったが、今日は日曜日、夕刊はないのであった。

 たとえオリンピックやら竹島やらで紙面に余裕がなかったとしても、もっとどうでもいいようなニュースやコラムは掲載されているのに。

 私がいったん社会人になってからの27年というのが決して短い月日ではないことを、こういう形で知ることになる。つい先日のことのようだけれど。

 救いは、紙面に制約のないネットのニュースでは流れていることか。

 「御巣鷹の尾根」が次に朝日に掲載されるのは30周年の時だろうか。それとも、明日の朝刊だろうか。

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2012.08.11

★Eingang の悪夢

 まだ比較的メジャーな仕事が2〜3残ってはいるものの、いよいよバカンスモードに入りつつある。

 成田や関空は今日出国ラッシュだったらしいが、その人たちが怒濤のように帰国するのと入れ違いに出て行くことになるだろう。
 お盆の1週間もちゃんと?仕事をして、その後はいよいよ・・・だ。

 やっと、たぶん行けるだろうという気がしてきた。

 ヨーロッパが一番好きなのだが、観光旅行に行くのは実に8年ぶりである。
 20歳から80歳まで行けると考えても、8年ぶりとかのペースでは、人生で7回ぐらいしか行けない計算になってしまう(実際はそれどころか、20歳の次は16年ぶりであった)。

 「日々旅にして旅を栖(すみか)とす」るような人生を夢に描いて社会に出た者にとっては、それでは少なすぎる。
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 あれ?、こんなことを書こうと思っていたのではない。

 30年前に初めて行った海外旅行で、個人的に「Eingang の悪夢」と呼んでいるできごとがある。ついでにもう一つ、「Herren Damen の戸惑い」というのもある。

 当時、ドイツ語はまったくだめであった。
 いや、今だってまったくだめだが、「まったく」にもいくらかの幅があるのだ。今なら、「こんにちは」や「ありがとう」や「さようなら」ぐらいはそれっぽい発音で言えないこともない。「入口」「出口」「駅」「空室有り」ぐらいの看板なら見てすぐ意味がわかる。

 だが当時は、ほんとにまったくだめだった。旅行ガイドには、「さようなら」は「アウフ・ビーターゼーエン」とか書いてあったのだが、そんなもの、そうカタカナで発音してもまったく通じないし、現地の人の発音もぜんぜんそうは聞こえない。
 まあでも、そのお蔭で?、初めて Auf Wiedersehen を認識したのは、現地で(たぶん)ネイティブの人から・・・というのは、その映像とともに記憶に残っている。

 さて、標題。

 スイスのユースホステルの玄関らしきところに着いたのだが、ドアが閉まっていた。夕方に開く場合も多いので、そのままそこに座って待つことにした。玄関の右横には、Eingang → と書いた大きな白い看板が立っている。
 それなのに、私はそこに座って、ずっと玄関が開くのを待っていたのである。その時は、Eingang というのは「お手洗い」みたいな意味だと勝手に考えていて、まさかそれが「入口」だとは思っていなかった。だって、入口はどう見ても私の目の前の玄関だったのだから・・・

 Herren と Damen は、トイレの男と女。当初はどちらがどちらかしばしば混乱した。なぜかドイツのトイレには、当時、男女のピクトグラム(視覚記号によるサイン)のないものが多く、文字だけでHerren か Damen と書いてあったり、ひし形の中に大きくHやDと書いてあるだけだったりするものが多数を占めていた。
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 今回、訪問を予定している国の言語は、ドイツ語・スロベニア語・クロアチア語・ハンガリー語・スロバキア語・ポーランド語・チェコ語・・・

 ドイツ語を除き、どれ一つとして、「こんにちは」も「ありがとう」も知らない。ドイツ語だって先に述べたようにまったくだめだから、別に除くまでもない。

 そんな状態で、ろくにホテルの予約も取らず、車に乗ってふらふらと気ままに旅ができるのだろうか・・・

 これほどまでに言葉が通じそうにない旅行って、何年ぶりだろう?

 もちろん、たとえばスペイン語だってイタリア語だってからきしダメだが、レストランは

英:restaurant
伊:ristorante
西:restaurante

だし、駅は

英:station
伊:stazione
西:estación

なのだ。スロベニア語・クロアチア語・ハンガリー語・・・には、その程度の類推すらまったく通用しそうにない。

 そうだ、辞書・・・
 でも、こんな言語の辞書なんてあるんだろうか。言語の数も多すぎるし。たとえ2012年であっても、ネット環境がなければむずかしいのではないか。
 いちおう、iPad のアプリは調べておこう・・・

 さて、どうなるのだろう? 各国で毎日、「Eingang の悪夢」が再来するのだろうか。

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2012.08.07

★今日が立秋・・・

 昼、エアコンフル稼働の職場の室温が久しぶりに30℃を割り込み、29℃まで下がった。

 夜、そよとしか吹かない風が、それでも涼風。

 「なんだかんだ言っても明日は立秋だもんなあ」と思っていると、今日が立秋・・・

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2012.08.03

★ものすごくうるさくて、ありえないほど近い

 久しぶりに素晴らしい邦題に魅かれて借りた。

 原題を調べると、Extremely Loud and Incredibly Close。そのままである。
 他の映画も見習えばいいのに。

 この言葉から思い浮かぶのは知り合いの一人なので、そういう存在に関するコメディか何かだと思っていた。

 トム・ハンクスやサンドラ・ブロックが出演していることも、まして、「めぐりあう時間たち」のスティーブン・ダルドリー監督、「フォレスト・ガンプ 一期一会」のエリック・ロス脚本なんて、夢にも知らなかった。

 もちろん、これが「9・11文学」(そういうカテゴリーがあるのだ)の「金字塔」であるらしいことも。

 題名や映画の意味するところについては、あちこちでさまざまに語られているようだ。
 だが、ひとの解釈は要しない。この映画の場合は特に。

 ・・・そういう思いを抱かせる映画。

(Extremely Loud and Incredibly Close, 2011 U.S.A.)

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2012.08.02

★昼間は猛暑

 涼風が立ったと喜べるのも夜間だけ。

 昼間は猛烈に暑い。

 気温は何度なのか知らないが、今いる職場の室温は32℃。

 室内で、エアコン最強でもこれ以上は下がらない。

 こんな環境で働いているオフィスワーカーはどのぐらいいるんだろう?

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2012.08.01

★涼風立つ、八朔

 夜、涼風に慰められる。

 「涼風立つ、八朔」みたいな感じで雅なエントリをまとめられればいいなあと思ったのだが、今日は旧暦で6月14日。月も満月に近く、秋も中頃の八朔はまだ1か月半も先だ。

 だが、形式上、8月1日だということで、京の五花街では伝統の挨拶回りが行われたそうだ。この暑い中、着物を着て・・・

 どうして旧暦の八朔にやらないのかなあ・・・ 「伝統行事」をまったく違う季節に持ってきても伝統にならないと思うんだけど。

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