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2012.12.30

★節句働きもその程度

 例年のごとく、休みに入っても毎日仕事をしている。
 毎年言っているような気がするが、「怠け者の節句働き」とはよくいったものである。

 とはいっても、そこはナマケモノ。集中力は1時間半ぐらいしか持たず、休憩がやたらに長い。
 ドライブになるのは「少しは働かなければ」という弱い意志となけなしの良心だけだし、自宅にいて雑用もあるので、ちっともはかどらない。
 それでも少しは何かできると、一人前に働いたような気になる。

 今日は、午前中買い物に行って、午後から少し仕事、いただき物の洋菓子と紅茶でブレイクし、パソコンに戻るとつまらないページなんかをブラウズし、挙げ句にこんなものを書いている。
 もう5時だ。

 夜は仕事をしないと決めていると、とにかく夜になるまで時間を潰そうという情けない誘惑が襲ってくる。

 ナマケモノはどこまでいってもナマケモノであり、節句働きもその程度である。

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2012.12.29

★なんかもう、あほらしすぎて・・・

 「前伊首相:離婚調停 妻へ月3億4千万円支払い命令」(mainichi.jp)という見出しを見て、記事が間違えているのだと思った。

 「月3億4千万円支払い」というのは、ふつうに読むと、毎月3億4千万円を支払うということである。
 年に換算すると、毎年40億8千万円だ。

 毎年よんじゅういちおく円・・・

 ところが、検索してみると、この数字(毎月300万ユーロ)が正しいことがわかった。

 イタリア前首相のベルルスコーニ氏といえば、実業家の大金持ちで艶福家、さらには汚職やらのスキャンダルにまみれていることぐらいは知っている。

 しかし、いくら大金持ちだといっても、離婚する妻への支払いが毎年41億円というのは、常軌を逸している。
 そんな馬鹿げた金額を「北部ミラノの裁判所」が「2番目の妻ベロニカさん(56)に生活費として」「支払うよう命じ」(同)たりするだろうか。

 「生活費として」毎月「3億4千万円」である。
 毎月、日本の大企業サラリーマンの生涯賃金ぐらいを受け取るわけだ。

 どんな「生活」をするんだよ?
 ___

 調べてみると、ベルルスコーニ氏の資産はなんと59億ドル(2012年3月現在)だそうだ(forbes.com)。5千億円強ということになる。

 毎月3億4千万円をいつまで払うのかは知らないが、氏が死ぬまでだと仮定すると(本来は奥さんが死ぬまでであるべきだけれど)、現在76歳なので、101歳まで生きた場合で1千億円強。

 つまり、相当長生きしても、奥さんに渡るのは資産の1/5に過ぎないということになる。

 だからそういう金額が出てきたのか・・・何となく納得。いやいや・・・

 「ベルルスコーニ氏側は月30万ユーロの支払いを提案していた」というのだが、それだって毎月3400万円である。
 なんという気前の良さ、と思うのだが。
 ___

 こんな話を聞くと、そうでなくてもいろいろあるのに、なんかもう、あほらしすぎて、なにもかもどうでもいいやという気分が忍び寄ってくる。

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2012.12.26

★気持ち程度の初雪

 例年になく冷え込んでいる気がする。

 遠い方の職場で、一つ目の会議が終わってビルを出たとき、わずかに粉雪が舞っていた。

 ツイッターに「初雪なう」とか書こうかと思ったが(いや、実際には「なう」とか使いません)、次の会議の時間が迫っていたので諦めた。

 別の建物の前を通りかかると、立派なハードカバーの本が無造作に山積みされた巨大なカゴを積んでいるトラックがあった。中型トラックに満載というぐらいの量である。
 まさか、この大量の書籍がゴミになるのか・・・と、寂寞たる気持ちを抑えきれず、荷台にカゴを固定していたおじさんに、「これ、ゴミになるんですか」と聞くと、意外な答えが返ってきた。

 「いえ、リサイクルです」

 なるほど。
 だが、本の価値の主要な部分は、その紙にあるのではない。そこに記された人類の叡智ともいうべきものが漂白されてしまえば、残った物質が別の紙の原料となるにしても、ゴミになるのと大差ない。
 もちろん、おじさんにはそんなことはいわず、「どうも」と頭を下げて通り過ぎた。

 その先には、収容しきれない本がブレードのところに無惨にはみ出したパッカー車が停まっていた。

 上着を着ていない体に、寒さが殊のほか身に染む。

 あ、こんなことを書く予定じゃなかった。

 2つめの会議が終わると、もう雪は舞っていなかった。ほとんど申し訳程度の初雪だったが、雪には違いない。

 明日の朝は、気温が氷点下になるという。

 どこに行く予定もないのでどうしようかと思っていたが、スタッドレスに履き替えようか。

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2012.12.25

★ル・ポール閉店

 ・・・といっても、ほとんどの方には何のことかおわかりにならないでしょうが、個人的にはちょっとショックでした。
 そうなる可能性があるなら、微力ながらもう少し応援するんだった。

 ル・ポールは、大阪府吹田市山田西にあるフレンチのビストロで、「ポール」は porc、つまり豚(≒シェフ?)のことです。
 彼の地に開店して18年になるそうです。

 間違いなくおいしく、特にスープは絶品で、どうして?というぐらいの でき です。
 「何か秘訣があるんですか」と伺ったり、「おいしいですね」と言ったりしようものなら、シェフはすかさず、「愛です」とわけのわからないこと?をおっしゃいます。
 最初は聞き取れませんでした。

Dsc06824_53 内容を考えると安すぎるランチ(2000円+税)をたまにいただくのが楽しみだったのですが、来年(2013年)の1月20日で閉店なさるそうです。
 それまでに一度、奮発して「シェフのおまかせディナー」を食べておこうかなあ・・・

 ちょっと残念なのは、くたびれた内装と調度で、ビストロとはいえフレンチのお店というにはなんとなく貧乏くさいのですが、であるからこそ、あの価格であのランチが提供できているのだと思います。

 あまり流行っていないのが不思議だったのですが、雰囲気の問題に加え、駐車場が1台しかないことと場所の悪さとがネックになっていたのかもしれません。

 以前ここにも書きましたが、高級店と低級店?は生き残れても、その中間の「そこそこ高いけれど値段以上の価値がある店」というのはなかなか難しいようです。
 われわれにしても、2100円のランチをそうそう食べ(られ)るわけではありません。間違いなくそれ以上の価値はあっても。

 今日も、サラダに始まり、前菜からスープ・メインを経てデザート・飲み物まで、とてもおいしくいただきました。もう食べられないと思うと、よけいにそう感じたのかもしれませんが。

 残りわずかな日々。お近くの方はぜひ一度。

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2012.12.24

★何もないクリスマスイブ

 クリスマスイブ。もちろん、プレゼントもケーキもない。

 こういう何もないクリスマスっていつからだろうと考えてみても、ずっと前からのような気もする。
 息子が小学校6年までは、まだサンタが来ていたと思うので、それ以降だろうか。

 そう思ってブログを遡ってみると、2006年に「★プレゼントもケーキもなしのイブ」というエントリを見つけた。
 それから6年も経って同じことを書いている。相変わらず成長していない。

 だが、2年前にはクリスマスにかこつけて時計を買っている。それ以前も、クリスマスやその後に小旅行に出かけたりした年もあるようだ。
 まったく何もないのは2年連続か。この記録はどこまで伸びるだろう。

 ケーキぐらい買ってもいいのだが、「何もこんな日にケーキなんか買わなくても」という、大人の醒めた論理が優越する。

 大人になる、成長するというのは味気ないものである。

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2012.12.23

★みんなどんなお腹してるの?

 先日、忘年会の席で同僚たちからヒートテックの下着は暖かいということを教えてもらった。

 長年はいてきたタイツが相当ひどいことになっているので、これを機会に買ってみることにした。あちこち穴が開いたりほつれたりしているのだが、どうせ誰にも見えないんだしと、そのままにしていたのだ。

 身長に合わせると、サイズは当然、L。ところが、そこに書かれたウエストの範囲は、

 84〜92

であった。
 私のウエストは、その範囲外だ。ほんの少しではあるが、もちろん小さい方である。

 ウエスト的にはMなのだが、そうすると股下が論外になるので、仕方なくLを買った。
 負荷がかからない状態で84cm未満に作ってあり、ゴムだからそこから伸びるのだろうと思っていた。まさか試着するわけにもいかない。

 ところが・・・

 負荷のない状態で84cmなのだ。はいてみると、ゴムはまったく伸びず、ウエストに隙間ができてしまう。

 それを見て初めて、ユニクロのパンツ(下着のパンツです)は以前Mを購入したことを思い出した。
 パンツの場合は身長とか股下とかは関係ないので、Mでぴったりである。

 私のウエストは決して細くはない。むしろ、かなり肉がだぶついていて、どうにかしたいと思っているぐらいだ。
 それなのにウエストが余るなんて・・・

 Lの上には XL や XXL もあり、股下はほとんど変わらずウエストだけが大きいものが用意されている。それなのに、ウエストだけ小さいバリエーションは存在しないのだ。

 10年ほど前なら、私もこのLでちょうどだったろう。
 でも、お腹が出てみっともないし、何より医者に注意されたので、現在の体型まで落としたのだ。それでさえ肉があまっているのはすでに書いたとおりである。

 世の平均的?男性たちは、いったいどんな腹をしてるんだろう?

(以上は別に自慢ではありません ^^; 繰り返しますが、お腹にはかなり余分な脂肪があります。)

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2012.12.21

★ネイチャーウォッチング?

 ↓の忘年会?の帰り、近所で奇妙な動物を見た。

 最初、見慣れない後ろ姿に「猫には見えない」と思い、「タヌキか」と思っていると、左から右へゆっくり前を横切って右横に出た

 まぎれもないアライグマである。

 そこまで自信を持っていいのかと反省はしたが、それも必要ないほど。
 どう見ても間違いない。

 少し先の安全なところに車を駐め、カメラを持って戻ったが、もう姿はなかった。
 こんなところにアライグマがいるなんて・・・
 ___

 ネイチャーウォッチングが好きだ。特に、動物や鳥はおそらく人並み以上にはそうだと思う。
 飛ぶものが好きで、だからバードウォッチャーの端くれではあるのだが、哺乳類はほとんど見られないから鳥を見ているという面もある。

 それなりにがんばっても、見られる哺乳類と言えばサルとシカとイノシシ程度。相当がんばってカモシカとリスとタヌキとイタチが増えるぐらいだ。
 ホンドギツネを見たのは1度だけ、日本では、いまだにクマすら見たことがない。

 その点、鳥なら、それほどがんばらなくても1日で30種ぐらい見るのはそれほど難しいことではない。
 姿形や生態のバリエーションも豊富で、だれでもそこそこ楽しめると思う。
 ___

 アライグマは鳥で言えば「カゴ抜け」だろうが、ともかく新しく1種見られてよかったと思う。

 だが一方で、生態系や農作物に被害を与え、凶暴だとも言われているアライグマが近所をうろうろしているというのはあまりうるわしいことではない。特定外来生物にも指定されている。

 それにしても・・・

 『あらいぐまラスカル』のテレビアニメ放映から35年。その後のブームでペットになったアライグマが生きていれば、年齢は30歳以上に達するはずだ。
 寿命は十数年らしいので、私が見たのは、飼いきれなくて無責任に放たれたペットの子孫だろう(もちろん、単に逃げ出したのかもしれない)。
 2歳になれば繁殖するというから、もはや野生(野良?)で何世代も経ている可能性もある。

 「アライグマ」でグーグル検索すると、トップに表示されるのは「アライグマ駆除お任せください」という広告であった。
 「本人」たちに罪はないのに可哀相だが、生態系を大きく攪乱するというのであれば致し方ないかもしれない。しかし、私なんかが偶然目にするようになってしまっては、もはや「駆除」なんてできる数を超えているのではないだろうか。
 ___

 商売のために無責任な規制緩和が行われ、そのツケは後世にまわされる。カブトムシやクワガタなんかもひどいことになっているようだが、いまだに外国産が売られているのが不思議でならない。

 さんざん野生化させておいて、またあとで「駆除」しようとするんなら、馬鹿げているにもほどがある。

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2012.12.19

★制度的な関係を超えて?

 ここにときおり、「若い友人」とか「若い女性」とかいう人たちが登場する。

 後者の場合、一般的に若い女性を指していることももちろんあるが、これまでの多くの場合も、今から述べるのも、いずれも知り合いの話である。

 そのほとんどは、制度的な関係の人々だ。

 ある目的を持って特定の場所に集まり、交流が生じる。彼我の目的は違うものの、私たちの関係性を支えているのは、背後にある制度である。

 私たちは自由な意思で互いを選び取ったのではない。制度が私たちを引き合わせ、その枠の中でコミュニケーションを交わす。互いに、制度が規定した役割からは出られない。

 だが、何年かに一度、そんな制度的枠組みを取り払ってもいいのではないかと思うときがある。

 ただ、そういう場合にしても、こちらからというのはなかなか困難だ。いや、あちらはあちらで、あちらからの困難を感じていると思う。
 ___

 そんな中、今日は枠組みを取り払いたくなる珍しい日だった。

 ふだん話さないことを話し、言わなくてもいいことを言う。
 出てきた料理の写真を撮ったのは最初だけで、そんなことはすぐに忘れてひたすらしゃべる。もはや、何を食べているのかも定かではない。

 不特定多数ともいうべき人たちに、ここの存在を教えたのも初めてである。

 若い友人たちは、今日の話を聞いて、あるいはここを読んで、私のことをさまざまに理解・誤解するだろう。

 そしてその後、全面的にではないにせよ、いったん取り払われた枠組みは、また確固として甦らざるを得ない。

 しかし、それでもいくぶんか枠組みが柔軟になり、制度的な関係を超えた何かが生じたりするのだろうか?
 これまでの経験からいうと、おそらく生じる可能性は低いし、生じてもごく一時的なものだ。それよりむしろ、弊害のほうが大きかったりするのではないかと恐れる。

 それでも、経験はつねに、新たな経験によって塗り替えられていく可能性を秘めている。

 何ということもない今日の短い時間が、定義不能な新たな関係性を構築するとすれば、その機会を与えてくれた若い友人たちに感謝するばかりである。

 (「今日のことを書いてください」と言われて、自然に出てきたのがこれです。読み返すと何ともはや・・・ですよね。自分でも、「何なのだこれは」と思います。ともあれ、ありがとうございました。とても楽しく過ごせました。素晴らしい休暇とよいお年を。)

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2012.12.17

★塩素まみれの週末

 ばか正直というかくそ真面目というか、息子は大学生とは思えないような生活を送っている。

 それとも、最近の大学生ってこういうのも多いのだろうか。

 何せ入学以来、無遅刻無欠席らしい。通学に片道2時間近くかかるというのに。
 家ではほとんど毎日、かなり長時間勉強している。さらに、近々研究?発表があるとかで、この土日も大学に出て勉強する予定だった。

 というか、土曜日には実際に出かけた。
 ところが、14時過ぎには青い顔をして帰ってきて、熱があるとかいう。聞くと、38℃以上で、しかも下痢がひどいとか。

 すぐに、ノロウイルスにやられたのではないかと思った。感染力の強い胃腸炎を引き起こすウイルスである。まず2階の洗面所とトイレを使うことを禁止し、1階に蟄居するよう命じた。
 その後、とりあえずその辺にアルコールスプレーをかけて、家中を消毒して回る。

 しかし、ネットで信頼のできそうな情報を集めてみると、ノロウイルスはアルコールでは死なないらしい。塩素系漂白剤を使った消毒液の作り方があったので、それを使ってまた家中を消毒。

 2階のトイレは漂白剤を使って家人が掃除、布類は取り外し、床は私が拭いた。

 その後、そんな作業を癇性に繰り返すのが私の仕事となった。1階のトイレにも塩素の洗礼を浴びせた。
 もちろん、かえって塩素で健康を害さないよう注意もしなければならない。
 ___

 ノロと決まったわけではない。インフルエンザかもしれない。土曜の夜には熱が39℃を超えていた。

 だが、かつての教訓があるので、その時医者にかかるのは得策ではないことを知っていた。次の日も日曜日だが、夕方まで熱が下がらなければインフルエンザを疑って休日診療所に行こうかと考えた。
 ノロなら、重症化しない限り、医者に行っても意味はないようだ。

 幸い、日曜の朝には熱も37℃台に下がり、夕方には微熱になった。やはりインフルエンザではなく感染性胃腸炎らしい。

 土曜の夜のニュース番組では、その流行を伝えていたが、京都も兵庫も届け出患者数(医師に報告義務がある)はゼロである。大阪はそうではないものの、その程度の流行で自分に降りかかってくるとはちょっと思わなかった。
 もっとも、息子だって医者に行かなかったのだから、届け出患者数には数えられないのだが。

 今日月曜は、熱も36℃台に下がったが、大事を取って大学は休んだ。せっかくの皆勤も、たった1か月ほどを残してだめになった(まあ、どうでもいいけど)し、昨日は、生まれて初めての投票に行けなかった(それもまあ、どうでもいい・・・かな?)。

 下痢はひどかったようだが、息子は生まれてから一度も嘔吐したことがないのを改めて思い出した。
 赤ちゃんの時に、特に病気ではなくミルクを「げぼっ」とかいうことはあったかもしれないが、病気で吐いたことはない。

 そんな人、いるんだろうか。大事に至らないのであれば、何でもいい経験なので、なんだかちょっと残念な気もする。

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2012.12.15

★おしめり

 夜に入って雨になった。

 ずっと晴天が続いていたので、いいおしめりという気がする。
 そういうふうにいうにはちょっと冷たい雨かもしれないけれど、ふたご座流星群の極大が終わった次の夜に降るなんて、粋なはからいのようでうれしい。

 もう夜中を過ぎて12月15日。この2か月間は、これまでの人生でもっとも早く過ぎ去ったように感じている。

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2012.12.12

★嘘から出たまこと? あるいは、ミサイルやらロケットやら

 今日(20121212)午前10時前、北朝鮮が「ミサイル」を打ち上げた。

 遠い方の職場へ行くときに毎週楽しみにしているNHK教育ラジオの番組がそのせいでつぶれ(もちろん、総合も同じ報道をしている)、大して中味も情報もないニュースを延々聞かされる羽目になった。結局、1時間ぐらい、1分ですむニュースを何度も繰り返していたのではないか。31分以上繰り返しているのは確認した。

 そういう報道の仕方を見ても、帰ってから夕刊を読んでも、まるで騒ぎたくて騒いでいるような印象を受ける。
 抗議はすればいいし、対応は考えればいいが、まるで頭の上から爆弾が落ちてくるように捉えて「身震いする」とか言っている人って、いったい何を考えているのだろうかと思う。

 迎撃態勢は取ったが迎撃しなかったというのもお笑いだ。
 仮にしたところで、命中させることはまず無理だろう。「今からこの方向にこの軌道で撃つぞ」と、味方と示し合わせて迎撃訓練をしてすら、当てるのは至難の業なのである。
 打ち上げに失敗して空中で爆発し、ゆらゆらと?落下してくる破片なら、迎撃することはできるのだろうか?
 ___

 今回はさらに、午後になって「衝撃の」ニュースが飛び込んできた。なんと、NORAD(北米航空宇宙防衛司令部)が、この「ミサイル」による人工衛星の軌道への投入を確認したというのだ。

 北朝鮮が言っても信じないが、アメリカがそういうのなら、きっとそうなのだろう。

 ということは、今回は北朝鮮の言うとおり、人工衛星打ち上げのためのロケットだったということになる。
 人工衛星など嘘っぱちだと騒いでいた連中は、なんと言い訳するんだろう。

 もちろん、技術的には同じことだから、今回人工衛星を打ち上げたロケットをミサイルに転用することはありうるだろう(というか、私だって、むしろそのためにロケット(≒ミサイル)技術を磨いているのだろうと思っている)。
 しかし、あれだけ他国のことを嘘つき呼ばわりしておいて、知らん顔はないと思うのだが。

 うちの職場にいるその筋に詳しい人が「北朝鮮に人工衛星打ち上げ能力など絶対にない。だから人工衛星ではありえない」と言っていたそうだが、事実によってみごとに覆されたことになる。
 だいたい、どうしてそんなことが断言できるのか。たとえロケットやミサイル技術の専門家であっても、北朝鮮に関してはほとんど何も知らないはずなのに。

 そういう話を聞くと、「日本では地震で高速道路やビルが倒れたりしない」「日本では原発事故は起こらない」と言い募っていた「専門家」を思い出して、「またか」という気分になってしまう。

 そうやって素人が専門家を馬鹿にするような土壌の形成に寄与することは、専門家自身にとってマイナスだと思うんだけれど。

 専門家は、専門知識以前に、理性的な判断が謙虚にできる人物であるべきだと強く願う。
 ___

 今や、かの国は、人工衛星打ち上げに成功し、核爆弾をもつ国になった。そんな国は世界に10もない。
 国民を飢えさせておいて何をしているのかと思う。

 願わくは、日本がそんな国になりませんように。
 そんな国にしてしまいそうな輩が多くて困るけれど。

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2012.12.09

★鼻粘膜の荒れへの対処法

 肌や粘膜が乾燥することによる弊害については、ここに何度か書いたと思う(代表的なのはこちら)。

 愚かな私にも、長年の経験からやっとその対処法が見えてきた。現状、肌の方は何とかなっている。

 だが、乾燥すると鼻の粘膜が荒れ、血が出たりすることに対する適切な薬?は見つからなかった。それなりに効くものはあるのだが、あんまり薬なんかを粘膜に塗りたくないし、臭いがよくないものが多い。

 思い立って薬局で聞いてみたが、鼻の粘膜の荒れを改善するような製品はないという。まさかと思って、「そんな人は少ないんでしょうか」と聞くと、「けっこういらっしゃいます」という。それでいて、推薦できる薬がないのか?

 しようがないので、「口唇専用なのでお勧めしません」と言われた資生堂のモアリップというのを買った。しかしながら、残念なことにあまり効果がなかった(が、別のところで絶大な効果を発揮した。ここに記せればと思うのだが、ちょっとはばかられる。知りたい方はメールで)。

 改めてネットで調べてみて、馬油というのが効くらしいことを知った。ばあゆと読む。製品名「ソンバーユ」というのが、元祖・本家・老舗のようだ。

 実は、アメリカのイエローストーン国立公園を旅行した際に、ワセリンが効くということは確認済みであった。
 だが、ワセリンを調べてみると、元は石油である。そんなものを四六時中粘膜に塗りたくるのは、仮に安全だとしても気持ちよくない。
 生物の油なら、食べたりもしているものだからワセリンよりは気にならない。アレルギーテストもクリアしているという(もちろん、すべての方にアレルギーを起こさないわけではないと思います)。
 ただ、そのために馬が殺されているのかと思うと心が痛むが、どうやら食用馬の脂肪から作るらしく(そりゃそうですよね)、良心の呵責も少しは減った。

 これが効く。1〜2回塗っただけで血は止まった。
 保湿のために使っているわけだから、継続的に塗る必要があるのは難点だが、今度からはこれにしようと思う。

 もしかするとオリーブオイルとかを塗っても同じことかもしれない。ベトベトして匂いもどうかと思うが、ちょっと試してみようかな?
 ___

 なお、何も塗りたくないという方は、マスクが効きます。保湿なんだから当然ですよね。人前でするのが気になる方は、自宅にいるときや寝るときだけでも。

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2012.12.07

★愚かなアメとムチ

 例年にない?冷え込みとともにボーナスシーズンが訪れた。

 受け取るのはまだ先だと思うのだが、明細だけ先にくれた。

 それによると・・・

 私の勤務成績は「優秀」だそうである。
 「良好」が標準だと書いてあって、「不良」というのは処分を受けたときにしか適用されないとどこかで読んだことがあるので、まあ満足すべきなのだろう。

 だが、これまで「良好」だったのは1〜2回で、それ以外はずっと「優秀」だったと記憶している。しかも、どちらの評価にもまったく身に覚えがない。
 あ、確か、一度珍しく表彰を受けたときの評価が「良好」で、「何で?」と思ったことはある。

 おそらく、実質的にはむしろ「優秀」が標準で、たまに「良好」になるのではないか。しかもたぶん、順番に回しているのだ。今回はABCDさんは優秀で、EFさんは良好、次回はCDEFさんが優秀で、ABさんは良好・・・とかいうふうに。

 第一、だれがどこでどんなふうに評価をしているのかまったく不明である。仕事ぶりなんかほとんどだれも見ていないし、もしほんとうに見ているとすれば、私の評価は常に「不良」ということになろう(あ、処分されるようなことはしていないから「良好」か)。
 ___

 それはいい。
 そもそも、評価なんかがボーナスの明細に表示されだしたのはここ数年のことである。

 やる気を引き出すためのつもりなのだろうが、たぶん何の役にも立っていない。

 そのことに気づいたからだろう、今回初めて、実は3段階ではなく、5段階評価であったことが示されていた。
 これまで私が見たこともない「非常に優秀」「極めて優秀」という評価が、「優秀」の上にあったのだ(あるいは今回からできたのか?)。
 なるほど、目立つほどの業績が上がれば、たしかにそういう評価をするのは悪くないかもしれない。

 げんなりしたのは、「優秀」と「良好」との評価の差額が5万円ほどあるということを告げる表記が新たに付け加えられたことだ。

 つまり、あなたは評価が「優秀」だったので、標準的である「良好」を取った場合よりも5万円ほど賞与が多いのですよと、恩着せがましく書いてあるのである。

 そんなことで仕事のモーティベーションが上がると、本気で考えているのだろうか?

 私ならむしろ下がる。いや、多くの人が下がるのではないか。
 お金は確かにありがたい。だが、働きぶりの違いで5万円の差が出ると伝えることが、やる気やプライドを引き出せるとは到底思えないのだ。

 そういうものに満ちた人は、そもそもそんな差など気にしないか、わずか5万円の差なのかと落胆するかだろう。
 そういうもののない人も、そもそもそんな差など気にしないか、わずか5万円の差なら楽した方が・・・と思うだろう。

 ふつうの人(たぶん私はそうだと思うのだが)は、

 そういう情報を与えられることでもっと働くようになると思われているなんて、馬鹿にされているとしか思えない・・・と考えるのではないか。

 小手先のアメとムチで人のやる気を引き出せるというような考えの人物が、われわれが働いているような組織のトップ(に近い位置)にいるなんて、なんだか絶望的な気分にさせられる。
 ___

 「良好」より5万円ほど多いんですよと言われている私のボーナス(手取り)は、20代!の時に別の職場でもらっていた金額の2/3ほどである。年齢は倍近くになっているのに。

 だが、金額に大きな不満はない。

 不満があるのは、こざかしい策を弄せば人を動機付けられると思っているような、愚かな連中の下で働かせられていることに対してだ。
 (念のため、現在の直属の上司はいい方(かた)です。こんなシステムになっているのはもちろん彼女のせいではありません。)

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2012.12.04

★新記録

 喪中のハガキが届く季節になった。

 もちろん悲しいこととはいえ、今のところ、避けられぬ順序に従った方々ばかりで、格別の感慨を覚えるような方のご逝去の報はない。
 年齢も、98歳から82歳。80代の前半だと、「まだお若いのに」という気がしてしまう。

 そんな中、今日届いたのは、106歳! しかも男性である。

 亡くなったご本人は私のことをご存じないだろうが、私の方はうっすらとではあるが存じ上げている。

 これまで、私の周囲の最高齢は、99歳で亡くなった祖母であった。

 他人とはいえ、身近に106歳まで生きた男性がいらっしゃるという事実には勇気を与えられた。
 喪中のハガキにこういう反応もどうかと思うが、むしろ慶賀すべき知らせではないかという気すらする。

 いや、慶賀すべきはやはり、107歳、108歳とさらに(年相応に?健康で)年齢を重ねられることかもしれないけれど。

 いずれにせよ、私の無謀な長寿目標も、現実味を帯びてきたような気にさせていただいた。

 天寿を全うされたご本人と知らせてくださった知人とに感謝申し上げたい。

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2012.12.02

★IDとかパスワードとか

 ネットを使って何かをしようとすると、そのたびにメールアドレスとかIDとかパスワードとかを要求される。そして、最近の生活は「ネットを使って何かをしようとする」ことばかりである。

 職場と家とでは当然メアドもIDも違うものを使わなければならないし、銀行や証券会社などでダイレクトにお金を動かせるものやクレジットカードに紐づけられたものにはじまって、パスワードまでばれてもわりにどうでもいいものまで、同じIDとパスワードというわけにはいかない。向こうで勝手にIDを指定してくることだって多い。
 それに、海のものとも山のものとも、もっといえば、かなり怪しげなサイトでも、ちょっと使ってみようと試すだけでメアドやIDやパスワードが必要になる。

 だから、セキュリティの重要性や立場に応じて何種類かは考えざるを得ない。単純なパスワードははじかれるし、銀行などは「定期的に変更せよ」とか言ってくる。

 覚えていられるわけがない。

 みんな、どうしてるんだろう?

 私はこれまで、テキストファイルにずらずらとメモすることにしていた。もちろん、パスワードをメモするのはタブーなので、そのファイル自体にパスワードをかけてあるし、仮に開けることができても、
・例のインターネットパスワード
・本パスワード
・kmy
など、それだけでは絶対にわからないようにしている(最後のは、これだけで10ケタ以上のパスワードを思い出すようになっている)。

 でも、それがどんどん増殖して、忘れたときに検索するのも面倒になっていた。もう数年越しのことである。

 ずっとうっすら気になっていたのだが、寒い師走のつれづれに、一念発起して Excel でデータベース化することにした。最初に入力するときからそうしておけばよかったと思うのだが後の祭りである。

 あ、違う違う。
 最初は NewNOTEPAD Pro でデータベース化していたのだ。ところが、MacOS が Lion になってから動かなくなり、仕方なしにテキストファイルに書き出すと、簡単にデータベースに移行できるような形式に整理されていなかったのである。それで仕方なくそのテキストファイルに継ぎ足してきたのだった。
 ウェブサイトを見ると、今でも堂々と「Mac OS X Lion (10.7)以降では動作しません」と書いてある。サポート打ち切りということか。そういう可能性のあるソフトを使うことのリスクを思い知った。

 Excel のファイルにしておけば、あとは何とでもなる。数が多いとはいっても、小一時間もがんばれば終わるだろう・・・と思ったのだが甘かった。

 たっぷり1時間以上はがんばってコピペを続けたと思うのだが、たぶんまだ半分ぐらいしか終わっていない。項目数や位置づけがけっこうばらばらなので、コピペも機械的にというわけにはいかない。結局、備考まで含めて最大8項目とし、現在で120レコードぐらいになった。おそらく全部で200は越えるだろう。

 そこそこ使っているのはその1〜2割ぐらいかもしれないが、自動車保険の更新とかのように、年に1回しか使わなくても重要なものもある。
 作業が単調だし、こんなIDがまだ生きているのかと思ってたまにログインしたりするものだから効率も悪い。でも、それで完全に忘却の彼方にあった写真が表示されたりして、引っ越しの時に荷物をひっくり返したような楽しさもないわけではない。

 それにしても・・・

 家人に、「みんなどうやって管理してると思う?」ときくと、「そんなことがちゃんとできる人がいるとは思えない。ぜんぶおんなじにしてるんじゃない?」という。

 確かに。

 それでパスワードが流出して何百万円の損害・・・みたいなことが起こらないのが不思議だが、私だって単純なパスワードを何十箇所にも使い回していて何もないのだから、案外、それでネットバンキングをやっても大丈夫なのかもしれない(いや、絶対にお勧めしませんが)。

 ただ、仮にパスワードをぜんぶ同じにしても、向こうで勝手にIDを指定してくる場合には、IDを把握しておく必要がある。まあ、たいていはブラウザが覚えてくれているにしても。

 ちなみに家人はどうしているかというと・・・ そもそも仕事以外ではインターネットのアクティブユーザではないし、私的なものはほとんど私が管理している。今までのところ、十数個あったが、たとえ5つだって、家人には絶対に不可能だ。

 だから私の負担が増えるのである。
 いつでも家人のほぼ全財産を自分の口座に送金できるけれど・・・

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