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2013.02.27

◆とつぜん人気者に

 携帯を iPhone に変えてから、私の番号を知っている人はほとんどいない。

 それ以前も似たようなものだったが、今はたぶん、10人ぐらいしかいないのではないだろうか。
 もちろん、両親や家族を含んでこの数字である(兄弟もたぶん知らない)。

 もともと電話が好きではない上に、人づきあいもよくないため、こうなったのだと思う。
 一応家に電話はあるし、ほとんどの用件はメールのほうが便利なので、特に不自由もない。iPhone はもっぱら、携帯情報端末?として使っている。

 その iPhone に、先週末あたりから頻繁に電話がかかり始めた。

 いずれも見覚えや登録のない番号ばかりで、ほとんどは携帯からである。

 だいたいは着信に気づかないし、気づいても放置していることが多かった。
 ところが、3度4度とかかってくる人もいるので、試しに出てみた。
 こちらが無言だとあちらも無言。いたずら電話かと思っていると、しばらくしてやっと「もしもし」と言った。

 ごくふつうの間違い電話のようだった。

 そういうのを3回ほど経験して、だれもが同じ相手を目指してかけてきているのだということがわかった。もちろん、私宛ではない。

 その後もかかる電話から少しずつ情報を引き出すと、次のようなことが明らかになった。

 ある店が出している求人に応募する際の連絡先として、私の携帯の番号が登録されているらしいのだ。情報誌だけではなく、ネットにも!

 要領を得ない「応募者」が多いのだが、3人ぐらいから情報を収集して、ネットの求人広告に辿り着く。
 そこにはばっちり、私の携帯の番号が・・・ しかも、開店前の従業員募集とかいうことで、他の連絡先は掲載されていないのである。

 一番最近かかってきた電話などは、ちゃんと説明したのに、「では、どこに連絡すればいいのでしょうか」などとのたまう始末。

 知るかっ!(いえ、もちろん、知らないということを丁寧に申し上げました)。

 幸い、「求人広告の内容が実態と違っていた場合」に連絡すればいいという「ホットライン」があったので、そこに連絡した。
 電話に出たかたも、後から折り返してきた「しかるべき立場の者」も、たいへん恐縮して謝ってはくれるのだが、いったん「流出」した番号は取り戻せない。
 しかも、ネットの電話番号は早速消すが、紙媒体の方はどうしようもないという。
 まあそうでしょうね。まさか「回収しろ」とすごむわけにもいかない。

 われながら、どうしてこんなに穏やかに、怒りもせずにむしろ笑いを交えて対応できるのかと不思議な気がした。

 ひとつには、仕事で携帯電話をほとんど使っていないことがあるだろう。もし使っていたら、損害賠償ものの被害かもしれない。

 もう一つは・・・

 「着信ナシ」の携帯に頻繁に電話がかかるような「人気者」になったことに、悪い気がしないからかもしれない(笑)

 面倒な用件とかは一切ないし。

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2013.02.24

◆思いがけず、春

 寒い日が続く。

 だからだろう、季節が進んでいるのを昨日まで気づかずにきた。

 昨日、歩いてスーパーを往復する道すがら、芽吹き始めた木々やらほころび始めた梅やらを目にして、ああ、春も近いんだなあと思った。
 行きには白いみぞれまじりの氷雨が降っていたんだけれど。

 今日も寒かった。
 だが、梅も咲き初め、ミツマタの花も咲き、福寿草が咲き誇っている。

 春支度を始めた鳥もいるようだ。

 わたしもそろそろ考えねばならないだろう。いろいろ片付かないけれど。

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2013.02.22

◆予行演習

 息子がいなくなってから2週間以上が経過した。

 といっても、もちろん元気に生きている(はずだ)。自動車免許を取るために、他県で「合宿」しているのである。

 もしかしたら、あいつが生まれて以来、もっとも長い間顔を合わさずに過ごしているかもしれない。

 あ、違う。
 それこそ、飛行機の免許を取るために私がアメリカで「合宿」していた期間の方が長かった。あれは3週間以上だったろうか・・・

 あの時と違うのは、今は夫婦2人で過ごしているということだ。
 息子が生まれて20年、数日以上にわたって夫婦2人だけになったのは間違いなく初めてである。

 2人になって新婚当初に戻ったように感じる・・・などということは金輪際ない(笑)
 夫婦をやったことのある人ならだれでもわかるだろう。

 むしろ、子どもが巣立った後に訪れるであろう「老後」の予行演習みたいな感じがして。幾ばくかの寂寥感を覚える。
 精神年齢30歳なのに。

 意外なのは、息子が家にいなくても、ほとんど何も感じないこと。世にいう「空の巣症候群」などとは無縁だということがわかったのは、収穫というべきか、寂しいというべきか。
 あいつが幼かったころは、2泊3日の出張とかでも、会いたくて会いたくてたまらなくなっていたのだが・・・

 まあ、そこそこ順調に子離れしていると喜ぶべきなのかもしれない。
 ___

 息子の不在をそれほど意識しないのは、生活する上で何の不便も痛痒も感じないことが大きいと思う。実際上役に立っているのは風呂を洗うことぐらいだから、いなくなってもそれほど不都合はないのである。

 もちろん、子どもというのは、存在するだけで何ものにも代えがたいことに変わりはないけれど。

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2013.02.16

◆間を隔てるもの

 「われわれ」の間を隔てるものは(いちばん肝腎な「こころ」の問題を別にすれば)距離でも時間でもなく金銭なのだという気がする。

 たとえば・・・

 行ったことのなかった越前大野というところに出かけたのだが、行くのに3時間とかからなかった。
 「北陸の小京都」と呼ばれているそうである。
 なかなか魅力的な街だったし、お城には行かなかったしで、「機会があればもう一度」と思わないでもないのだが、用がなければ(おそらくない)一生行かないだろう。

 行こうと思えば日帰りだってできるのに。

 行かない理由は何か。
 他に行きたいところがあるからか、時間がかかるからか、遠いからか・・・ 一番の理由は(くどいようだがいちばん肝腎な「こころ」──つまりこの場合どれだけ行きたいか──を別にすれば)やはり「お金がかかる」ことに尽きるような気がする。

 通常時であれば、高速道路料金が往復1万円近くかかる。ガソリン代がざっと8千円、昼食やらで結局2万円になる。もちろん、車の減価償却は別だ(入れると倍以上になる)。

 要は、2万円と1日を費やして行く価値があるかということだが、私の場合、1日を無為に費やすことはいくらでもあるので、それほど問題ではない(人生においてはそれこそが最大の問題であるはずだが)。
 2万円でこんな他のことができる・・・というのが、結局のところ、行かない理由であろう。

 もう一つ。

 久しぶりに「キッチン四季」(滋賀県高島市!朽木栃尾)を訪れた。
 営業しているかどうかで帰宅のルートを変えなければならないので、夕刻6時ごろ、福井・京都の境あたりから電話した。こんなところで電話が通じるのかというような山中だったが、au のアンテナは立派に立つ。
 両脇に雪の積もった真っ暗な道を、氷雨降る中向かうと(「なんかもう真夜中みたいで怖いね」)、珍しくご主人がサーブしてくださった。奥様は風邪をひいてらっしゃるという。

 美しくも居心地のいい空間で一流の料理を味わえるのに(値段だって質を考えれば安い)、6時20分に入って7時半前に辞去するまで、他に客はまったくいなかった。ラストオーダーが7時だから、夕食の客はたぶんわれわれだけだったのではないだろうか。

 出てしばらくはかなり激しい霙(みぞれ)に見舞われたにもかかわらず、自宅に帰るのにかかった時間は1時間15分。

 それぐらいの時間なら、毎日通勤している人だってふつうだろう。だが、キッチン四季に行くのは、数年に一度しかない。
 家を5時に出て6時15分に着き、7時半に向こうを出て9時前に帰ってくれば、別に週末の外食にだって使えないことはない(あ、渋滞すると困るけど)。
 そうしない最大の理由は、往復するだけで4千円以上かかることだろう。

 行くのにお金のかからない範囲に住んでいる人はほとんどいないので、あれほどの空間と料理にもかかわらず、夜に客が入っていないようなことがあるのだ。
 (でも、京都に住んでるなら行くけどなあ・・・と思ったが、さすがに京都の街中になら、肩を並べるレストランもいくつかあるだろう。そんなに多いとは思わないけれど)

 もう一つ、フィクショナルな話。

 パリに恋人がいるのだが、もちろん滅多に会うことができない。
 2人を隔てているのは、1万キロ近い距離でも、10時間以上かかるフライトでもない。
 どちらかに3連休さえあれば、1日近くは一緒に過ごすことができる。
 それができない理由は、安くても10万円以上かかるような交通費である。

 結局のところ、お互い、恋人と1日会うのに10数万円の価値はないと考えているから会えないのだ。

 それは、距離の問題でも時間の問題でもなく、紛れもなくお金の問題である。

 もちろん、いちばん肝腎な「こころ」の問題・・・なのかもしれない。

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2013.02.10

◆また近未来?

 そのうちそうなることがわかっていても、実際にはなかなかそうはならないということが時々ある。

 いや、コンピュータやネットの世界では、かなりしばしばあると言った方がいいかもしれない。

 いずれにせよ、そうなることはわかっているのになかなかそうはならないなあと思って忘れていると、もうすでにそうなっていた、なんてことも起こる。

 何か新しいサービスを知るたびに、あるいは、何かのデバイスを手にするたびに、そういう感懐を抱いてきた。

 今回は、ビデオオンデマンドの話である。私みたいな素人でも、もう20年ぐらい前からそうなると考え、人にも説いてきた。
 だが実際、自分のこととして実用的な体験ができたのは、実に昨日のことであった。
 ___

 いや、だいぶ前に Apple TV が発売されたとき、とうとうそんな時代が来たのかなあという感は持っていた。
 でももう、その時点ではすでに目新しさはなくなっていたし、新たな機器の購入は必要だし、コンテンツも料金も魅力的には見えなかったので、そのままほとんど忘れていた。

 だが昨日、新聞でビデオオンデマンドの現況を見て、へぇ、知らない間にそんなことになっているのかと思い、Hulu というサービスをちょっと覗いてみた。

 今ある環境に何をプラスすることもなく、パソコンの大画面(iMac なら 27 インチだ)で HD の映画が好きなときに好きなだけ見られるのである。
 ケーブルさえ用意すれば、テレビの 50 インチ画面で見るのだって簡単なようだ。

 それが1か月980円。

 皆さんはそんなこと、とうにご存じだったのでしょうか。わたしはまったく知りませんでした。

 毎日ネットにどっぷりつかっているのに、こういう情報を得るのは結局新聞から・・・って、何でそうなるのかとても不思議です。
 日本でのサービス開始は、もう1年半ぐらい前のことらしいのですが。
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 2週間は無料で試せるというので、早速登録して面白いドラマを見つけ、数話見た。Dlife で録画して喜んで見ているテレビシリーズなんか(たとえば、グレイズ・アナトミー)も、暇さえあれば見放題である。
 まさに近未来の到来、ビデオオンデマンドそのものだ。

 これでもう、ツタヤとかまったくいらなくなるじゃないか、さっそく解約しなければ・・・と思っていると、やはりというか、まだまだそういうわけにはいかないことに気づいてちょっとがっかりした。

 見られる映画は「1,000本以上」をアピールしている。そう聞くと多いようだが、試しにいろんな映画を検索してみると、あまりない〜ほとんどないというのが近い。
 現在使っているツタヤディスカス(発売されているものならほぼ見つかる)なら1万以上はあるようだ。

 結局のところ、映像ライフを Hulu だけに頼ることはできず、ツタヤも継続せざるを得ない。
 そして、そうするなら、見きれないほどの映画やドラマをツタヤと Dlife で見られるんだから、わざわざ新たに Hulu を契約する必要はない・・・

 やはり、「実際の」近未来はまだ到来していないのであった。

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2013.02.04

◆『阪急電車』

 邦画はほとんど見ないのだが、なんとなくアンテナに引っかかり、見たい気分になった。

 身近な地元の電車が舞台だからという側面も確かにある。
 ただ、今津線なんて、たぶん乗ったのは片手ぐらいの回数だと思うのだが。

 ・・・想像以上にいい映画で驚いた。こういう小粋な小品みたいなのも捨てがたい。
 ___

 どうでもいいけど、ちょっと気になったことが一つ。

 関西以外の人というか、阪急電車を知らない人が見ると、あの「片道15分」の今津線が阪急電車のすべてだと思ってしまうのではないかと心配になった。
 あっ、それに、ポートタワーが西宮北口にあるみたいな感じもした。

 まあ、そう思われても別にいいんだけど。

(阪急電車 =片道15分の奇跡=, 2011 JAPAN)

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◆間抜けで無謀な超人

 スポーツ全般に対してほとんど興味はないし、ましてや、人がしているスポーツにはまったく興味がない。

 そんな私だが、埼玉県庁に勤める川内優輝さんのニュースにはさすがに興味を持つとともに、かなり驚嘆した。

 端的に事実関係を記す。

1.2013年1月18日
    エジプト国際マラソンで優勝(2時間12分24秒)
2.2013年1月20日
    埼玉県駅伝3区(11.9km)で区間2位
3.2013年2月3日
    別府大分毎日マラソンで優勝(2時間8分15秒:大会新)

 信じられますか?

 このレベルで走っている人は、2つのフルマラソンの間に少なくとも数か月のインターバルを取るのがふつうだろう。しかも、マラソン自体が「仕事」になっている人たちにしてそうだ。

 私ですら知っているので(家人は知らなかった)多くの方がご存じだと思うが、川内さんはごく普通の公務員としてフルタイムで働いているのである。

 おまけにというか、エジプトに出発するときにパスポートを忘れ、当初予定していた便で出発できずに80万円を自腹で払って渡航したのだという。
 マラソン前日にエジプトに到着、時差にも悩まされたであろう中、優勝している。

 2週間ほどの間に2回フルマラソンを走って両方優勝というのは、もしかすると世界でも初めてとかいうことはないのだろうか。

 パスポートを忘れるなんて(失礼ながら)かなりの間抜けだし、やることは無謀なのだが、その超人ぶりには素直に尊敬の念を抱いてしまった。

 でも、無駄な出費をしなくてすむように、また、自分の体を大事にするように願っている。

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2013.02.02

◆ひと足早い立春

 場合によっては積雪があるようなところへ鳥見に行くというので、ヒートテックのタイツを2枚重ねにし、上からスキー用のズボンをはいて出かけた。
 スキー用ズボンの効果は絶大で、家にいるときからすでに下半身がぽかぽかと暖かい。下着をいくら重ね着しようとも、綿パンを履いているときには決して味わえない感覚である。

 ところが・・・

 まあ、それほど寒くならないことは天気予報で知っていたのだが、それにしても暖かかった。
 下半身は快適で「暑い」ということはないのだが、ロングコート?を来た上半身は汗ばむほど。

 鳥見を終えて車に乗ると、午後4時を過ぎているというのに外気温は17.5℃。こんな気温を見るのはいつ以来だろう?
 自宅近くに帰ってくると、19℃まで上がった。
 ___

 立春のことを「暦の上では春」などというが、あれは間違いで、立春は実際に春の始まりなのだ。

 昔と今とでは「春」の定義が違うのである。

 立春自体は、昔も今も寒さの底。「もうこれ以上は寒くならない」「これから暖かくなる方へ向かう」という意味で、「春が立った」のである。
 現在の「春」は、すでに暖かくなってからを言うのがふつうだ。

 その意味では、今日はもう現在の春だった。
 立春すらまだなのに・・・

 明日は節分、明後日が立春。

 (本日の鳥種:54種!)

 追記:
 立春前に東京で最高気温が20℃を超えたのは44年ぶりだそうだ。
 この暖かさを想定していなかったのも無理はない。安易な「想定外」はよくないけれど。

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