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2013.08.31

★そういえばゴミがなかった

 世界遺産になった富士山はゴミ問題で苦しんでいるというが、尾瀬には驚くほどゴミが少なかった。

 いや、「驚くほど」も「少なかった」も正確ではない。ゴミの問題など一切意識しないほど、ゴミがなかった。

 唯一見つけたのは、ヨッピ吊り橋の架かるせせらぎの中にあったプルトップ1つだけ。

 ステイオンタブになってからもう何年も経つと思うのだが、ずっと前からあそこにあるのだろうか。確かに、観光客が拾える場所ではないけれど。

 ゴミが少ない理由はいろいろあろうが、アクセスが悪くてそれなりの人しか寄りつきにくいという面はあると思う。
 裾野はいうに及ばず、だれでも車で5合目まで行ける富士とはそこが大きな違いだろう。

 しかし、そんなことが違いにならないように、日本中の山野から(いや、もちろん、湖沼や海や川や街頭からも)ゴミがなくなることを願っている。

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2013.08.30

★いいことは自然には起こらない

 アシがなくなって、仕方なくバスやらモノレールやらを乗り継いで職場に向かう途中、さまざまな想念が去来し、北大阪の街を鳥の視線で見ながら、深遠な真理にたどりついた(笑)

 それは、「悪いことはいくらでも自然に起こるが、いいことは自然には起こらない」ということ。

 放っておいても車は故障し、体は心筋梗塞を起こし、あるいは死ぬ

 故障や病気から逃れられる僥倖に恵まれても、モノも体も確実に劣化・老化する。
 事故や事件に巻き込まれる可能性も常にあり、そのたびに生命・財産が脅かされる。
 災害なんかもまさに、「自然に」起こる。

 それに対して、いいことというのは自然には起こらない。

 車や体が若返ることはないし、性能や知力や体力が向上することもない。今より健康になることもない。
 自然の現象や変化は常に悪い方へ悪い方へである。

 これって、要するに「エントロピー増大の法則」みたいなものなんだろうかと考えたりした。
 ___

 ディーラーを出てバス停へ向かってとぼとぼと歩く途中、左手の大きなガラスの向こうに、トレッドミルで汗を流す人たちの姿が見えた。
 遊んでいる器具がないほどの盛況である。

 悪い方へとしか変化しない自然の摂理に少しでも逆らおうと努力している姿はしかし、むしろ虚しさや侘びしさしか感じさせなかった。
 もっとも、ある光景がどう見えるかは、多く自身の内面の反映である。

 それに、あの人たちほど勤勉には何もできないものの、私だって少しはダイエットしたり運動したりのささやかな抵抗を試みている。
 ___

 それにしても・・・

 何か「自然に起こる(可能性のある)いいこと」というのはないものかと、つらつら考えてみた。

 とんでもない大金を拾うことと、素敵な人が自分を好きになってくれること。

 何か他にあるだろうか?

 どちらも、起こる確率は限りなく低いし、起こったら起こったで、「自然に」いろんな悪いことにつながってしまいそうな気がする。

 (これを書いている最中にも、家人が皿を割った。いいことはもちろん起こっていない。)

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★また故障

 火曜日だったか、車に乗ろうと車庫を開けるとガソリン臭がした。

 満タンにしたばかりだったので、ちょっと入れすぎて少しオーバーフローしたとかそういうことかと思い、念のため、蓋を開け閉めしてからしばらく車庫の空気を入れ換え、息子を玄関前に避難させてからエンジンを始動した。
 特に何の問題もなくかかり、その後エンジンも快調だった。

 後日、ガソリン臭だと思ったのは、初めての「泡ジェットコーティング」とかいう洗車の結果かもしれないと思い、ボディに鼻を近づけると確かにガソリンに似た臭いがするので、ああ、やっぱりそれが原因なのかと安心していた。

 ところが、今日また車に乗ろうとすると、やはりガソリン臭い。

 しかも、車庫を出た瞬間、燃料不足を示すウォーニングランプがつき、例の不吉なピー音が鳴る。
 だが、燃料計の針は中央やや左を指している。半分より少し減った状態だということだ。

 ここにきてやっと故障が確定する。
 そもそも、満タンにしてから十数キロしか走っていないのに燃料が半分以下だというのはありえない。
 さらに、半分近く燃料があるのに、ウォーニングがつくのもありえない。

 しばらく思案した後、ディーラーに直行する。
 乗っていくのは危ないかなあとも思ったのだが、わざわざ引き取りに来てもらうのも面倒だし時間もかかる。カード類なんかをあらかじめ取りだしてまとめておき、万一火を噴いたときにはすぐ脱出できるようにとか考えていた。
 走行自体は快調そのものである。

 ディーラーでは、最初、センサーの故障だろうとか言っていたのだが、それだとガソリン臭の説明がつかない。
 かなり待たされたが、結局のところ、サブのフューエルポンプあたりのお皿?が割れてセンサー類が腐食し、ガソリンも漏れていたという。
 その時はそれで納得したのだが、それだとタンク内部の問題なので、どうやって外部までガソリンが漏れていたのかがよくわからない。

 まあ、治ればいいや(というような性格に最近変わりつつある)。

 費用がいくらかかるのかとびくびくしていたが、想定の1/4ぐらいだったので、妙にほっとする。それでも、無駄なン万円の出費だ。

 高速道路上でエンジンルームから蒸気が上がった時や、青森の下北半島に車を残してこざるをえなかった時のことを思えば、まだラッキーだとも言える。

 これが先日の旅行中に起こっていたら・・・

 そう思って自分を慰めるものの、不運であることには変わりない。

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2013.08.28

★電気代2万円

 そんなことより大事な話題はいくつもあるんだけれど(そのうちの一つは、文部科学省の検定に合格し現場が採用を希望している教科書に対して、横から知事やら市長やらという同じ穴の貉が検閲よろしくいちゃもんをつけたりしていること)、電気代の請求書がほとんど2万円だったのにはかなり驚いた。

 いくら何でも、こんな金額を目にしたのは生涯で初めてだ。

 昼間息子がずっと部屋にこもってエアコンをつけていたのが原因だと思うのだが、その事情は去年も同じはずである。
 今年はエアコンを更新したので、むしろ電気代は下がっているはずだ。

 そう思って調べると、実際、電気使用量自体は5%ほど下がっていた。
 ところが、料金の方は10%近く上がっているのである。

 計算してみると、今回の請求書ぐらいの使用量の場合、1kWhあたりの電気料金が16.4%高くなっている。

 うーん、今まで気にしていなかったが、これはすごい値上げだ。
 去年も値上げされたはずなので、実際はもっと大きな数字になるだろう。

 昔から原子力発電をまったく使っていない沖縄電力の現在の電気料金で計算しても、今回の請求額は18500円ほどにしかならない。

 消費者数や消費量が桁違いに多い関西電力なのに、沖縄電力より電気代が高いというのはどういうことなのか。
 お得意の原子力発電だって2基動いているのに。

 こういう矛盾にも片隅から小さな声を上げていった方がいいのかもしれない。

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2013.08.26

★最後も高層湿原

 旅行最終日となる土曜。

 何せ遠くにいるので、朝起きて食事をすませると、荷造りをして帰ること自体がその日の目的となる。
 谷川岳は諦めざるをえない。

 まず、前日に行った「たくみの里」に寄り、例の気に入ったナイフを2本買い足す。
 店頭では包み紙のまま渡してくれたのだが、車に戻ってから調べると、一本には傷がついていてもう一本には「バリ」があるようだった。前者は交換してもらったが、帰宅後検分すると、後者はバリではなく、ほんの少し先端が曲がっているのだった。それを直そうとしてツボにはまってしまった。

 ほれぼれする芸術的デザインなのだが、やはりポルトガル品質なのだろうか。こういうものはやはり通販では買えないなあと思ってしまう。
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 帰るだけとはいっても、ひたすら走るだけではもったいないので、トンボ目的で菅平と霧ヶ峰に寄ることにした。
 前者は夏の避暑地的にぎわいはあるものの、トンボがいそうな場所を見つけられなかったので早々に退散する。

 霧ヶ峰では八島(八島ヶ原)湿原を一周したが、トンボはあまりいなかった。

 ともかく、尾瀬ヶ原・戦場ヶ原・八島ヶ原と、高層湿原を回る旅行となった。湿原好きとしてはまあまあである。
 季節外れで花はあまり期待できなかったけれど。

 そうそう、Wikipediaには八島湿原が日本の高層湿原の南限だと書いてあったので調べてみると、ネット上にはそう書かれているところが非常に多く見受けられた。
 だが、政府関係や研究機関等のサイトを見ると、正しくは屋久島にある花之江河 · 小花之江河というところが南限らしい。

 おもしろいのは、鹿児島にある屋久島のひとつ北は、もう長野県中部の霧ヶ峰だということである。そして、長野県やそれより北には高層湿原がいくつもある。
 西日本にはほとんど高い山がないのでそうなるのだろう。大山なんかにあればいいのになあと思う。
 ___

 思いの外早く、夜10時前には帰宅できた。雨には祟られたりしたが、特に何も悪いことなく帰って来られたことに感謝している。

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2013.08.23

★禍転じて「たくみの里」

 朝から雨。予報では午後から曇だったのだが、結局のところ、一瞬たりとも止まなかった。
 それどころか、ときおりは滝のように降る。道路の一部は川となって車が浮き上がったように感じる場面も。

 もちろん谷川岳どころではない。

 仕方ないので、宿のパンフで見かけた、「たくみの里」というのに出かけてみることにした。

 行く前から不審に思っていたのだが、こんなところにどうしてこういうものが存在しうるのか。

 藁細工やら竹細工やら革製品やら、木工に陶芸、七宝焼きや和紙・ガラス・お面・人形・ドライフラワー・・・といった職人の工房が旧宿場町に展開し、観光客がそれらを体験できるようにもなっているというのである。
 もちろん、昨今はやりの蕎麦打ち体験も。

 あんまり不思議なので、2〜3軒の工房で由来を聞いてみたのだが、1990年ごろに始まった取り組みだということと、職人には地元の出身者も多いが全国に声をかけて集めたということがわかった。

 あれやこれやを考えると、この地の主産業だった養蚕が斜陽化しはじめた(1995年にはまだ一面桑畑だったという)ことに危機感を覚えた住人たちが、村おこしの一環として始めたのではないかと思う。
 折りからのバブル景気で、いわば「第2の清里」のようなものを意図したのではなかろうか。

 当初はものすごく賑わったのか、その辺は聞けなかったが、なんだかんだと時が流れても、四半世紀を経てまだ寂れていないのは大したものである。
 関西在住ということもあろうが、これまで一切聞いたこともなく、宿にパンフがなければ、そして何より、雨が降らなければ決して行かなかったような場所としては、大ヒットだといっても過言ではない。

 宿場町の面影が残る旧街道筋にはそれなりに由緒ある建物も多く、そのいくつもが工房になっている。見学するだけでも土産物を買うだけでもいいし、実際に体験できるところも多い。
 いくつかの工房がやや遠くに散在気味なのは残念だが、天気がよければ歩いても気持ちがいいし、無料の駐車場があちこちにあって、車で移動すればすぐである。

 こういうところを訪ねる旅行は滅多にしないのだが、そういうタイプの人間がわざわざ出かけてもいいくらいの価値があるのではないかと思った。

 木の繊維と絹糸で織った「布」で作った、元の木目が見える財布、信じられないほど美しいデザインのテーブルナイフ、桑の丸太をくり抜いて作成する漆塗りの急須、の3つが気になり、結局、前の2つを買ってしまった。
 旅先でモノを買うことなどほとんどない私にとっては、相当珍しいことだ。
 もっとも、ナイフの方はこことは関係のないポルトガル製である ^^;

 急須もいまだに気になったままなのだが、惚れたというところまでいかなかったことと、値が張りすぎることがブレーキになった。
 でもやっぱり欲しかったなあ・・・

 ここを訪れた人の多くが、「こんな素敵なところがあるなんてぜんぜん知らなかった。もっと宣伝すればいいのに」という感想を持つという。私も同じことを思った。知らないのは関西在住だからばかりではないらしい。
 (今、ウェブサイトを開くと、「[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています」云々という文言が表示された。真面目に広報を考えているなら、確かにこれはありえないだろう。)

 東京から200km以内。関東からなら十分日帰りできると思う。ぜひお出かけください。

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2013.08.22

★曇のち晴 または 才能のなさ

 夕方から夜にかけて止んでいた雨が夜中にまた降っていて心配したのだが、朝起きると曇り空で、西の方には青空ものぞきはじめていた。

 午後あたりから天気も回復してくるだろうということで、ロープウェイで白根山に近づいていく。
 標高2000mまで一気に運んでくれるのだが、そこから山頂までは標高差でまだ600m近くあるので、もとより登る気はない。山麓の散策路を歩くだけである。

 ・・・と思ってなめていたのだが、けっこうな上り下りのあるちょっとした登山のようになった。

 先日から息子がトンボに夢中で、広場のようなところに出るとなかなか動けない。

 一方で、森林に入るとキクイタダキやらコガラやら、ちょっと珍しい鳥もいて忙しい。

 何より、特徴ある声で鈴虫というか蝉というか、昆虫のように囀る鳥の声があちこちで聞こえているのだが、姿がまったく見えない。
 いったい何という鳥なんだろうともどかしくて仕方ないのだけれど、わかろうはずもない(とその時は思っていた)。

 先達に伺うなりあとでネットで調べるなりするためにと、iPhoneで囀りを録音する。

 ずっと後になって、ふと思い立ち、尾瀬で録音したさえずりを聞くと、まったく同じ・・・

 それなら、ネットで調べてメボソムシクイだと判明している。
 それどころか、2007年の栂池、2008年の志賀高原でも同じようなもどかしい思いをした挙げ句、やっとのことでメボソムシクイだとわかった経緯がある(ブログの記録って便利ですね)。

 すごく特徴のある声が頻繁に聞こえていつも気になり、そのたびに答えは出ているのに、同じような状況で同じ囀りを聞いてもやっぱりわからない・・・

 バーダーの素質の多くの部分は、鳴き声の弁別ができるかどうかにかかっていると思うのだが、自分にはまったく才能がないことが改めてわかった。
 ___

 散策路の終盤、眺望が開けたところに登ると、白根山が間近に見えた。
 朝は雲に覆われていて、そこに山があるのかどうかすらわからなかったのに。

 ロープウェイの駅に戻っても、やはりすぐそこに見える
 すぐそことはいっても、山頂付近は森林限界より上のようだ。左の肩にはシカの姿。

 やっぱり山は晴れないとなあ・・・
 明日は谷川岳に行こうかと思っているのだが(もちろん頂上は目指せない)、天気は下り坂のようである。

 宿の方に伺っても、「雨の日は行くところがないんですよねぇ」とのこと。

 どうなることやら。

(まさかの朝から本降り・・・2013年8月23日(金)朝記)

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2013.08.21

★123456

 昨夕、ペンションに着いたとき、車の累計走行距離がちょうど? 123456 km に達した。

 こういう数字は、手前まではいつも気にしながら、結局は知らない間に過ぎてしまうので、ちょっと嬉しかった。
 11111 も 77777 も 100000 も、みんな過ぎてから「あーあ」となったと思う。

 10万の時は、東北を旅行中に達成するはずだったのにクルマの故障でそこまで届かず、その後何となく過ぎてしまった

Dsc09269_169 今回は、ちょうど宿に到着したときということもあって、きちんと写真にも収めた。

 どうでもいい「小確幸」((C)村上春樹)である。

 それにしても12万3456キロ。地球3周。
 あとどれくらい、この車で走れるんだろう。

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★朝6時に起こされる村

 最初に泊まった宿では、朝6時になると近くの拡声器から大音量の音楽が流れ、強制的に起こされた。

 その朝は尾瀬ヶ原に行く日で、朝食が6時半だったからまあいいのだが、次の日も当然のごとく、6時に音楽が鳴るのであった。

 休暇でのんびりしに来てるのに、毎朝6時にたたき起こされたのではたまったものではないという人もいると思うのだが、どうなんだろう。
 それ以前に、村人たちはみんな早起きだから大丈夫なんだろうか。たとえば準夜勤の看護師とか、その時間には寝ていたいという人もいるはずだと思うのだが。

 まあそれでも、最初の宿はそれなりに伝統的な土地にあったから、朝の放送もわからないではない。"All the traditions die hard" なのであろう。

 しかしながら、今泊まっているのは高原のペンションで、25年前には誰も住んでいなかった(というより、原野だった)ようなところだ。
 今も周囲にはペンションが数軒あるだけで他には何もないのだが、同じように朝6時に音楽が流れるのである(シューベルトの野ばらだ)。

 こんなところで朝っぱらから音楽を流すことに、合理的な理由はまったく見いだせない。
 もしかすると、(自治体としての)村全体に有線放送網が張り巡らされ(これはおそらく実際にそうだろう)、すべての拡声器から朝6時に音楽を流すようになっているのではないかと思う。

 私の感覚では、そういうことがありえた/許されたのは1960年代ぐらいまでだと思うのだが、それから半世紀を経た今でもそれをやっているというのは、ちょっと信じられない気がする。

 ペンションのオーナーたちだって、私の感覚に近いと思うのだが、「村の掟」には逆らえないのかな?

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2013.08.20

★雨中ハイク

 結局ロープウェイで白根山に登ろうと思っていたのに、山の上は雲の中。
 仕方ないので、近くにある丸沼の湖畔を散策することにした。意気の上がらない散歩である。

 それなのに、歩き始めてしばらくして雨まで降ってきた。車に引き返そうかとも思ったのだが、引き返しても行くところはないし・・・ということで、傘をさして進む。

 丸沼と大尻沼という2連の湖を隔てる丸沼ダムというのが、発電用のダムとしては唯一の重要文化財だというので、そこを一応のゴールに決める。

 ところが、到着しても堰堤上は立入禁止だし、ダムの姿はほとんど見ることすらできない。さらに少し進むと湖畔の広場のようなところに出て、そこには昭和一桁のダム建設時に飯場になっていたということで、当時の建物の基礎が残っているのが面白かった。隅の小さな長方形はトイレだろうか。

 建物跡の横には手を洗うのもためらわれるほどの冷たい水が引かれていて、80年以上前にはこの水が飯場を支えていたのだろうと想像された。

 案内看板によると、その近くから若山牧水にちなんだ「牧水の渡し」という船が出て国道へつなぐことになっているのだが、そんなものはまったく影も形もない。
 そういえば、途中、まったく間違った「現在地」を示した比較的新しい看板もあり、観光地としての適格性に疑問を感じる(一応観光地なんだろうな? 人っ子ひとりいないけど)。

 そんなことを考えている間も雨は降り続き、引き返そうとすると土砂降りと形容した方がいいような降り方になった。
 さすがにうんざりしながら戻りはじめると、ダムのところで団体のハイカーに遭遇した。あまりのことに、当初は何かの間違いかと思った。

 年配の方々が、足もとも危うく、大雨の急斜面を次々と降りてくる。その列がいつまでも途切れない。40人ぐらいはいたのではなかろうか。
 人のことは言えないが、この天候下の団体ハイキングは中止する勇気を持つべきではないかと思った。
 あの後、どこまで行くんだろう?

 こちらは駐車場まで引き返すのだが、湖畔なので難所はそこだけで、後はたんたんと雨の中を歩くだけである。ばからしいことに、車に戻るころには雨はほぼ止んでいた。
 ___

 昼食後も雨模様で、行くところがない。仕方ないから日光いろは坂ドライブでもしようと東に向かう。途中で眠くなって仮眠していると、雨も上がって暖かくなってきた。

 よし! これなら戦場ヶ原を歩こうと少し戻り、駐車場に車を止めてトイレを済ませているうちにまた雨・・・
 とりあえず展望所から湿原を眺め、歩けるところを探して車で移動し、めげずに少しだけ歩く。ペンションのチェックイン時間が迫っていたので車に戻ると、また雨が上がった。

 つくづく雨に祟られた日であった。

 いや、過去形ならいいのだが、明日の予報も雨のようだ。
 明日はどうすればいいんだろう?

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★日光・戦場ヶ原雨中ハイク

★日光・戦場ヶ原雨中ハイク

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2013.08.19

★予定終了?

 旅行2日目に早くもメインイベントを終了してしまい、明日からは何の予定もない。

 さっきから「どうしよう」と言っているのだが、家人が「もう歩けない」とかいうので、どこも行くところがない。
 何せ、群馬県と福島県の県境あたりで、周囲には山と湖以外何もないようなところである。
 「ドライブ」するといっても、あまりめぼしいところはない。

 日光が近いのだが、東照宮は以前、あまりの入場料?の高さに門だけ見て引き返してきたことがあるし、華厳滝は見た。男体山はもちろん山だし、戦場ヶ原は尾瀬と同じような高層湿原である。歩くのは避けられない。
 白根山はロープウェイで上がれそうだが、歩かなければ高い料金を払って往復するだけになる。

 国内旅行としては長めの日程を組んでいるのだが、例によって無計画で、尾瀬以外に何も目的地を決めていないのが災いした。

 足の調子が戻れば(戻るのか?)、尾瀬沼の方もぜひ訪れてみたくなった。すぐそこなのに、日光からぐるっと福島県の方に回らなければならないんだけれど。

 そうそう、尾瀬ヶ原を散策中、歩いて福島県に入ったのにはちょっと驚いた。すぐ引き返してきたけれど、福島にまで行くことはあまり考えていなかったのだ。あのまま歩けば尾瀬沼も遠くはないのだが、車で行くとなるとえんえんぐるっとにならざるをえない。

 いずれにせよ、歩けてこその旅行である。
 鳩待峠から尾瀬ヶ原へ降りながら、「車椅子で来るのはどう考えても無理だよねぇ」とか話していた。
 バリアフリーと言っても、自然界ではハードルが高すぎる。尾瀬ヶ原へ降りてしまえば何とかなりそうなだけに、残念だった。

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★やっと鳩待峠まで帰ってきました

★やっと鳩待峠まで帰ってきました

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★すてぃる尾瀬ヶ原

★すてぃる尾瀬ヶ原

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2013.08.18

★はるかな尾瀬 ──遠き道のり

 高層湿原といえば、日本で一番有名なのはやはり尾瀬。おそらくだれにも異論はないだろう。

 それがなぜかといえば、何といっても「夏の思い出」というあの歌。関西に住んでいる者としては、それが唯一の理由ではないかとすら思う。

 もう一つ理由があるとすれば、(たぶん)日本で一番面積が広いことだろうか(後記:「本州一」だそうです)。

 でもやはり「夏の思い出」。あれがなければそもそも尾瀬を知らない可能性すらある。
 ___

 「はるかな尾瀬 遠い空」というのだが、東京からならごく近く、日帰りも可能だ。
 もっともそれは、あの歌が作詞作曲された時代ではなく、現代の高速道路を前提としての話ではあるが。

 しかし、関西からは600km以上あり、とても日帰りというわけにはいかない。事実、ここ尾瀬のふもと?に来るまでに丸一日を費やしてしまった。考えようによっては、ソウルや北京やグアムなんかよりよほど遠いとも言える。

 ただ、それよりも気になっていたのが、尾瀬の「つかみどころのなさ」である。

 どこにあってどういう場所で、どうすれば行けるのか、ネット全盛のこの時代でも、何だかわかりにくく、イメージがわかない。

 その最大の理由は、尾瀬ヶ原と尾瀬沼というふたつの大きなポイントがあり、さらに、登山をする人にとっては、燧ヶ岳や至仏山なども目的地となる上に、それぞれへのアクセスルートがいくつもあることである。
 尾瀬の山小屋に泊まり、2〜3日かけて楽しむなどということもあるらしい。

 そんなものをいちいち解説されてもわけがわからなくなるばかりである。
 関西から尾瀬へ初めて行く、登山者ではないただの観光客が1日で楽しむには結局どうすればいいのか、それを知ることがなかなか難しいのに驚いた。

 いつ行くのか→どこへ行きたい?→何をしたい?→体力はあるか→時間はあるか みたいなフローチャートを作って、あなたはこうしなさいというふうな案内が、私のような怠惰な旅行者には必須であると思うのだがそれが見つからない。

 まあ、そんなことを考えながらつらつら情報を集め、宿を予約したりするうちに(鳩待峠の宿は、なんと男女別の相部屋だそうで、予約後にそれを知ってキャンセルした)、愚かな私にもおぼろげながら尾瀬のイメージができてきた。

 「関西から尾瀬へ初めて行く、登山者ではないただの観光客は」、尾瀬の近辺に前泊し、(自家用車の通行規制があるときは乗り合いバスなどで)なるべく朝早く鳩待峠まで行って尾瀬ヶ原へ降り、山ノ鼻→牛首分岐→ヨッピ吊橋→竜宮十字路→牛首分岐→山ノ鼻とぐるっと一周してから鳩待峠へ戻る。

 おそらくそれしかない。

 尾瀬沼やら他のところは(あれば)また次回、山に登ったりするのは体を鍛えてからということになろう。

 「富士見下」へは通行規制がなく、駐車場も無料だとか書いてあるのだが、そこから尾瀬ヶ原へ行くだけで4時間(往復8時間!)もかかるのだから、もはや高層湿原どころではない。
 そのようなアクセス情報は、ないほうがましなくらいである。

 長くなった。
 標題の「──遠き道のり」は、ここまでの距離や時間ではなく、尾瀬の全体像がつかみにくかったということのほうが大きい。

 まだ現地を踏んでもいないのに、登山地図やら写真やらでイメージができてしまうと、もはや行かなくても予想がついてしまい、どうでもいいような気になってくる。

 でもまあ、そうはいっても、はるばるここまで来たのだ。
 「高層湿原好きなのに尾瀬にすら行ったことがない」という汚名を雪ぐ?ためにも(笑)、明日は尾瀬ヶ原を楽しんでこようと思う。

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★軽井沢町追分なう

★軽井沢町追分なう

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2013.08.17

★はるかな尾瀬 ーー実験

プロフィールに「高層湿原」が「好きです」なんて書きながら、いまだに尾瀬に行ったことがありません。

だからというわけではないのですが、遅まきながら尾瀬に行ってきます。

これは、iPhoneからメール投稿できるかの実験を兼ねています。

失礼しました。

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2013.08.15

★追悼茶会

 東京で「約310万人の戦没者」のために「約4700人」が列席して全国戦没者追悼式が行われた15日、京都では1人のために4人が集まり、追悼茶会が催された。

 今春、同じ茶室の同じ位置に片膝を立てて座っていた正客の姿はなく、茶菓子も抹茶もそこに置かれたままである。
 まるでお供え物のようだがまだ中陰、故人は此岸にいて抹茶の前に浮遊しているのかもしれない。
 亡くなったこと自体半信半疑のような申し訳ない精神状態だが、確かにこの部屋に響いたあの声が今日は聞こえないのは事実である。
 それでも、「もうぉ、何をやっとるんや、はよせんかい」というような声がリアルに親しく聞こえてくる気はした。
 ___

 茶会に先立ち、亭主の奥様お心づくしの手料理をいただいた。野菜を中心とした皿が次々と魔法のように現れるのだが、どれもこれも見事な味で、京の料亭が出す「おばんざい」を髣髴とさせるものであった。

 湿っぽい会になったらどうしようと思っていたのだが、故人がいてもいなくても、こうやって集まるとやはり陽気である。
 それぞれひとりになると、ため息をついたり涙を流したり、さまざまに悼んでいる。だがそれも、知人に病状を知らせるなと言い置いて逝った故人の遺志に沿うかどうかはわからない。
 むしろ、まだそこにいらっしゃるかのように、ごくふつうに明るく振る舞うことをお望みかもしれない。

 確かなのは、不帰の客となればお料理も茶菓子も抹茶ももう味わえないということだ。そして、残った者たちの思い出以上には、表情も言葉も増えないということ。
 だが、埋もれた記録や記憶は掘り起こすことができる。そうやって思いを新たにすることこそが故人の供養になるのだと考えるしかない。

 ただ、それとて残された者が彼岸へと渡るまでのことである。
 自分が死んでこれほど悼んでくれる他人がいるのだろうかとふと思った。

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2013.08.03

★深悼

 今春、満開の枝垂れ桜の下で「だれが最初に死ぬんやろ?」とおっしゃっていた方が亡くなり、お嬢さんから丁重なご連絡をいただいた。

 あの時に書いたとおり、私自身は「いつまでも、だれも、死なないんじゃないかと、なかば本気でそう思った」のだが、そんなお伽話があるはずもなく、会者定離の無念を噛みしめるばかりである。

 「末期」だと、ご本人がおっしゃっていたのだが、一方では、現代医学の化学療法とともに、ご家族の愛情に支えられた療養が功を奏し、「影」が薄くなってきたと喜んでいらしたのに。

 伺わなければまったく病を疑いもしないほど、あの日はお元気だった。

 だからこそ、感性は「いつまでもだれも死なない」と思いたがり、理性でも「5年10年いやそれ以上先のことだ」と考えようとしていた。
 それからたった4か月足らず。現実はむごいものである。

 初めてお目にかかってから四半世紀。その25年以上前の笑顔に始まり、折々のお姿や声が今も脳裏に鮮明だ。
 私自身も年を取り、訃報が珍しくなくなった昨今、しかも、ブログの更新が止まってメールにお返事がなく、ある程度の覚悟をしていたはずなのに、このご逝去はやはり衝撃で耐えがたく、ため息ばかりついている。

 まだ60代半ば。これから充実の新人生をとお考えであったはずの矢先、ご本人はさぞ無念だったろうと思う。

 人生でも死でも冗談にして笑い飛ばせる方だったのだが、ほんとうに死んでしまったのでは、もはや笑い話もできない。

 ・・・こう書いたとき、「けっけっけ。騙されおって、愚か者が。まだぴんぴんしとるわい。わしが死んだらお前らがどういう反応をするか、試してみたかっただけじゃ」という声が聞こえてきたような気がした(いや、ほんとに)。

 そうだったらどんなにいいのにと思う。もしほんとにそうだったら、安堵に包まれて腹も立たない。

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★真っ暗な iPhone5

 丹波篠山で豪華天ざる蕎麦(まさかの鴨やとろろ付)を食べながら、iPhone5 のテザリング機能を使って iPad mini で地図を見ていると(いい時代だ)、突然、iPhone との接続が切れた。

 「iPhoneの電源が入っていることを確認してください」とかなんとかいうのだが、そもそもさっきから触っていないのに電源が切れるわけがない。

 だが、取りだして見てみると、真っ暗なただの黒い板になっている。朝、満充電にしたばかりだ。

 スイッチを押したりホームボタンを押したり、それぞれ長押ししたり、両方同時に押してみたり、両方同時に長押ししたり・・・

 考えられることは一通りやってみたが、まったく反応がない。

 不思議と悲壮感はなかったが(こういう電子デバイスとの付き合いも、もう30年近くになる)、もうこれはジーニアスバーに持っていくしかないのかなあ・・・という感じだった。
 せっかく篠山まで来てるのだが、このまま難波に直行か、今日は土曜日だし明日は実家に帰らなければならないし、うーむ、とか考えていた。

 仕事で使っているパソコンと違って、バックアップなんてぜんぜん取っていない。それはすなわち大したものが入っていないからではあるのだが、そうは言っても新しくせこせこ入れた電話番号やらたまに撮った写真やら、その他もろもろは諦めるしかないのか。
 あっ、地図のブックマークなんかはけっこう痛い。

 ネットで何か対処法を調べようと思っても、ネットにつながるのは iPhone だけである。金庫の中にその鍵を置き忘れて取り出せないようなものだ。

 ・・・とはいえ、それほど気にせずに自宅へ帰ってきた。

 パソコンを使ってネットで検索すると、ものの数秒で解決。
 要するに、スイッチとホームボタンとを両方とも10秒以上長押ししてリセットすればいいというのである。

 5秒以上なら何度かやったのに・・・

 まあしかし、この種の機械を買ったら、リセットの仕方くらいは最初に覚えておくべきだよなあと反省した。

 同時に、バックアップについても反省させられた。現在、数か月ぶりに iPhone を Mac につなぎ、バックアップ中である。
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 あ、いわば、iPhone が心筋梗塞(最近マイブームです)を起こしたようなものだ。

 これを機会に iPhone の生活習慣も見直し、万一何かあっても大事に至らないよう、ふだんから心がけたい。

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2013.08.02

★「あほちゃうか」

 職場で少し改まって話すときは、標準語というか共通語というか、東京アクセントでしゃべっている。

 書き物にアクセントはないが、こういう文章だって基本は共通語だ。

 ずっと以前、職場でちょっと寛いで関西弁でしゃべっているのを聞きつけた人たちが、こちらがびっくりするぐらい驚いて、「えええっっ!? 大阪弁、喋れるんですか!?」と質問してきたことがある。

 「当たり前やん。なんでぇな。大阪弁以外しゃべれへんで」

と(わざと)返事したのだが、そういえば彼らの前では東京弁以外しゃべっていなかったのだなあとその時気づいた。
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 職場ではおそらく今日初めて使ったかもしれないが、身内相手の時にはほとんどトップに来る私の口癖の一つが

 「あほちゃうか」

である。

 先日、弟が心筋梗塞で倒れて病院へかつぎ込まれたという一報を聞いたときに、寝ぼけ眼で発した最初の言葉すら「あほちゃうか」であった。
 それにはさすがに自分でもちょっと驚いた(ほんのちょっとだけ)。

 血を分けた兄弟が集中治療室で生死の境を彷徨っているとき、それを知った兄の最初の言葉としては、やっぱりどうかなと思わないでもない。

 その「あほちゃうか」には、確かに、不摂生をしている弟に対する「愚か者め」というニュアンスもあるし、「若いのにそんな病気に冒されるとは何と間抜けな」というあきれる気持ちも存在する。

 だが一方、何とも説明しがたい憐憫やら惻隠やら哀惜の情がその裏にはあるのだ。

 いくら大阪の職場とはいえ、職場でだれかに「あほちゃうか」と言ったことはない(と思う)。

 だが、仮にそう言ったとしても、それはある種の愛情の発露であることは、関西人ならわかるのではないだろうか。

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