« 2013年11月 | トップページ | 2014年1月 »

2013.12.31

★次の10年の扉を

 今、これを書いている画面の右側には「ココログ10周年 10th Anniversary Issue」のロゴがある。

 このブログサービスが始まってから10年と少し、開始まもなく私がブログを始めてから今日でちょうど10年になる。
 管理画面を見ると、その間に書いた数は2220だそうだ。

 最初は、2004年の元旦を寿ぎ、有人動力飛行が新世紀を迎えたことを祝う趣旨の書き込みを行った。
 ライト兄弟が砂浜でわずか36メートルの飛行に成功してから、たった66年で人類は月に降り立っている。
 そして、100年経つと、私のような者でも動力飛行ができるようになった

 それから10年。

 たった66年で、大気中の36メートルから宇宙空間の38万キロ往復へと伸ばされた記録は、ここにきて華々しい成果からは遠ざかっているようにも見える。それでも、はやぶさがイトカワから砂埃を持ち帰ったりボイジャー1号が太陽圏外に出たりと、それなりの進展はあったようだ。

 思えば、10年前は facebook も twitter も LINE も、YouTube すらなかったのである。iPhone は影も形もなかったし、ブルーレイディスクやデジタルカメラすらまだ黎明期を脱していなかった。ほとんどのテレビはまだブラウン管だっただろう。

 その意味では、世の中はちゃんと進んでいる。

 ひるがえって我が身を顧みると、私も家人もまったくもって相変わらずだ。
 10年前と同じ家に住み、同じ車に乗り、同じ仕事をしている。ほとんど何の変化も進歩もない。
 ただ、小学生だった息子は大学生になり、一応元気だった祖母は亡くなった

 祖母だけではない。何人かの惜しい方々を亡くした。しかも、祖母とは違い、まだこれからという年齢で。
 それを思えば、「相変わらず」であることがいかに「ありがたき」ことかわかる。

 ただ、相変わらず進歩はないが、老化の兆しだけはある。身体とともに、家も車もくたびれてきた。家は今年、最低限の外装リニューアルを行ったが、身体を新しくするすべは今のところない。
 そのうち、老化も「兆し」ではなくなってくるだろう。

 ゆっくりと、次の10年の扉を開けようと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.12.30

★明日からは働かない

 もはや恒例となった「怠け者の節句働き」。

 12月30日は、21時過ぎまでごちゃごちゃやっていた。
 だがお蔭で、もはや何年越しかもわからない、わりと大きな仕事に一区切り付けることができた。といってももちろん大したことじゃないし、期間も2〜3年くらいだと思うんだけど。

 大晦日と三が日は働かないと決める。そう決めるだけで、ほんとうに精神的に楽だ(足は痛くても(笑))。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.12.29

★多難な年末

 毎年同じようなことを繰り返しているような気がするが、この土日もずっと仕事をしていた。片付けとか掃除とかしたいのだが、まったく何もしていない。

 だがまあ、それは別にいい。

 問題は、耳痛が治まってきたと思ったら、今度は右足がおかしくなってきたことである。3日前から違和感があり、少し痛み始めていたのだが、今朝起きたときには歩行に支障を来す感じになっていた。

 場所は、右足親指の付け根の内側(左側)。外から見て指の始まるあたりではなく、もう少し踵側に寄ったところ。見た目には少し腫れていて、痛みは横と裏の筋肉痛のように感じる。

 部位から言うと痛風が疑われるのだが、先日血液検査をしたばかりで、尿酸値をはじめとしてすべて正常だった(コレステロールの薬を飲んでいるからですけど)。

 この時期、病院はもちろんやっていない。自然に快癒するのを祈るばかりである。

 それにしても、歯痛・耳痛・足痛と、オーバーラップしながら連続で襲ってくるのはどういうわけか。もうたぶん、3週間近く痛みに悩まされていると思う。

 このいろんな痛みが何か重篤な疾病の徴候じゃなければいいんだけど。

 弟も母親も死にかけるし、義姉は転移ガンで苦しんでいるし・・・

 来年はよい年になってほしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.12.27

★連日の残業

 息子は連日の残業。

 「また残業だ。定時に帰られる日はあるのだろうか。」という LINE が来たが、労働二日目にして「残業」とか「定時」とか言っているのが笑える。

 私も一応は労働者なのでその意味するところは知っているが、家人も私もずっと「定時」のない仕事をしてきているし、残業代は1円も受け取ったことがない。おそらく生涯、もらうことはないだろう。

 その昔、私がまだ幼稚園にも通っていないころ、父親と叔父が「今日も残業か」「いや、今日は定時や」などという意味不明の会話をしていたことを懐かしく思い出した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.12.26

★働くということ

 赤ちゃんだった息子が、初めて給料をもらえる仕事をしている。年末年始の郵便局でのアルバイトだ。

 11日間連続、一日も休みなし。大晦日も元日も。

 もしかして、何らかの労働法令に触れるんじゃないかとも思ったが、一日4時間だけだから、そんなこともないのだろう。

 だが、たぶん、4時間立ちっぱなしで休憩もなく、ずっと年賀状の仕分けをしているのだと思う。
 家人と2人、自分たちにはとてもできないだろうと言いあっていた。

 間違いなく、意気消沈して帰ってくるに違いない。
 単に疲れるだけではない。慣れない仕事がうまくできず、上司やら先輩やらに怒られて落ち込み、自分の不甲斐なさに情けなくなるはずである。

 それでもまあ、時間が経てば仕事は終わる。そろそろ帰ってくるかなあと思っていたころ、何気なく iPhone を見ると、息子から LINE のメッセージが来ていて

 「残業になりました」

 ああ・・・、世の中は、生まれて初めて働く憐れな子羊に、初日から残業させるのだ。
 お腹だってすいてるだろうに。もう21時過ぎである。

 「アルバイトに行ったら、働くというのがどういうことかわかるわ」などと、ろくに働いたこともないくせに社会人の先輩面をしていたのだが、社会というのがどういうものか、息子は11日間で私の四半世紀分を学ぶのではないかと思う。

 後記:今、「初出勤」から帰宅。22時36分。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013.12.24

★謎の耳痛の原因は?

 謎の歯痛の原因解明から10日。

 謎だと思っていなかった耳痛の原因も、実は謎だったということがわかった。

 名医は、耳を覗くなりそこに異常がないことを見て取り、原因は喉にあると判断して、顎の下を押さえながら「ここは痛くありませんか」と聞く。確かに痛い。

 ちょうど、歯が痛いのに、頬の筋肉を押さえるとそこが痛むのと似ていた。

 医師が押さえたのは、たぶん顎下腺ではないかと思う。そこを押さえて痛いことぐらい、どうして自分で気づかなかったんだろう。つばを飲み込むと耳が痛むのに。

 痛いのは間違いなく耳だ。だが、悪いのは喉だとおっしゃる。にこやかに「体はぜんぶつながってますからね」と。

 頬の筋肉のために歯に神経性の痛みが走るのを経験した身であってみれば、その説明はまったく違和感なく了解された。

 医学的に言って、顎下腺炎なのか咽頭炎なのかあるいは他の何かなのは聞き忘れた。おっしゃったのは「喉(のど)」だけだった。

 「おいしくありませんが、がんばって飲んでください」と、予想通り漢方薬を処方される。

 こんな疾患で抗生物質を出さない医師がいるのだ。そして、たぶん間違いなくこの漢方薬で治るのである。
 ___

 院内には院長を含む「頼れるドクター」たちを紹介する本が置いてあって、そこには何と、五十肩やら腰痛やらで遠方からこの耳鼻咽喉科医院を訪れる患者がいると書いてある。

 話半分としても、半ば苦笑しながら頷ける話だ。私も五十肩のときにこの耳鼻科に来ればよかったんだ・・・と、今さらながら気づいた。

 相変わらず、予約したのに1時間以上待たされたけれど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

★耳痛のクリスマスイブ

 息子のところにサンタクロースが来なくなってから、クリスマスというのはもはや存在しないも同然のイベントなのだが、外での仕事がそろそろ終わり、休みが近づいてくるという意味ではもちろん悪くない。

 なのに、ここ1週間ほど、ずっと右の耳が痛い。大したことはないのだが、治りそうもないのでとうとう医者に行くことにした。歯(頬の筋肉)の激痛が治まったと思ったら、一難去って・・・である。
 幸い、信頼している耳鼻科が近くにある。息子の突発性難聴の際にもお世話になったのだが、また漢方薬を処方されるかと思うとちょっと気が滅入る(単にまずいからです)。

 いつも混んでいる病院で、連休の後でもあるし、予約が取れないかと思ったが、幸い夕方からの診察に空きがあった。クリスマスイブに耳鼻科に行きたい奴なんかいないからかもしれない。
 私の場合はもちろん、何の抵抗も問題もない。

 大したことなければいいんだけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.12.23

★不思議な山里カフェ

 体調を崩しながらずっと仕事という週末を経て、月曜は祝日。

 昨日の晴天は恨めしかったが、仕事の都合的にも体調的にも家を一歩も出なかった。

 今日は引き続きの晴天で、居間にいると小春日和である。思い立って、先日見かけた農家カフェに昼食をとりに行くことにした。

 とはいっても、スタートは13時20分。場所だってちゃんと覚えていない。バイクで無意味に走り回らなければ決して知らなかったようなところにあるのだが、通った道は把握しているので、そこを走れば見つかるだろうと思った。

 だが結局「ここまでのどこかにあったはず」のところまで行っても見つからず、来た道を引き返す。「もしかして」とは思っていたが、案の定というか、ちょっとしたショートカットが仇になって、肝腎の所を通らなかったようだ。
 少し遠回りして無事見つける。もう15時が近い。

 車もほとんど通らないような府道沿いにある農家がそのままカフェになっている。おそるおそる入ると、10人ほどが集まって、何やら藁を編んでいる。最初は草鞋でも作っているのかと思った。

 内部は古農家的にオシャレである。トイレの設備は近代的だが、暖炉で薪が燃えていて囲炉裏もある。
 メニューはそれほど魅力的とは言えないが、必要十分だ。冬枯れた山里を見ながら、遅い昼食を楽しむ。

 会話から、藁で作っているのは注連縄だとわかった。そりゃそうですよね、あと1週間ほどでお正月だもの。

 地元の人たちらしいのだが、どうも皆さん、注連縄を自分で作ったことがないらしい。今日は講習会のようである。
 周囲は田んぼだらけで、藁なんて掃いて捨てるほどというか燃やしてもなくならないほどあるだろうに、やっぱり街まで車で出てスーパーで買ったりしてるのだろうか。
 「思たより簡単にできるもんやな」とか言っている。

 家人は例によって仕事なので、一人である。それでも、久しぶりにほっこりのんびりと楽しめたような気がした。
 ___

 驚いたのは、ネットにまったく情報がないこと。帰宅してからパソコンで検索してもゼロ。

 このエントリが世界で初めて(笑)のインターネット情報になるはずだ。近くの方はぜひお出かけください。

店 名:あたご屋
所在地:京都府亀岡市西別院町犬甘野寺尾18
    (2013年3月営業開始ということで、Google Street View ではまだ普請中です)
営 業:木・金・土・日(8:00〜17:00)
    (今日やってらしたので、たぶん祝もやってます)
駐車場4〜5台有

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.12.14

★謎の歯痛の原因は?

 ときどき、左の奥歯全体が痛むことがある。

 1本2本ではないし、上も下もなので、虫歯が原因の可能性はない。

 歯肉炎とか歯周病とかいう可能性ならないこともないが、どこも悪くなくても歯医者には定期的に通っているし、お蔭で歯茎はまあ健康である。
 症状があるときに診てもらっても、「特に問題はありませんよ」と言われた。
 放っておくと数日で治る。

 今回もそうだろうとあまり気にしていなかったのに、明け方の夢うつつで脳が勝手に原因を推定した。たまにそういうことがあるのだが、なんでそんなことが起こるのだろう?

 原因は実は顔面の筋肉痛で、それが歯の痛みのように感じられるのだ

 表現しにくいのだが、みなさんは寝起きに耳が引っ張られて痛むような感じになったことがないだろうか。
 私はたぶん、2年に1回くらいそうなって、眼鏡をかけるのにも難儀することがある。たいていは半日以内に治るが、あれも顔面筋肉の痛みである。

 だが、歯痛の方は、どう考えても歯痛としか思えない痛みだ。

 まず、痛みの場所が歯である。しかも、神経的な痛さ。

 「神経的な痛さ」というのはおわかりいただけるだろうか。
 たとえば歩きすぎて翌日筋肉痛になったという場合などは、そういう痛みではない。いかにも神経に触っているという感じのあの痛さである。

 なぜ顔面筋肉の痛みが、歯の神経的な痛さとして知覚されるのだろう? そして、夢うつつの脳は、どうしてそういう推定を下したのだろう?

 謎である。

 半信半疑で調べてみると、そのものズバリの説明が載っている歯科医のサイトを見つけた。

 いきなり、「1、 筋肉、筋膜由来の歯痛(筋、筋膜性歯痛)」とあって、「筋肉を触診すると、歯が痛むと感じるポイント(トリガーポイント)が有る。この場合、いくら歯を治しても、良くはならない。 トリガーポイントと筋肉の部位は解明されています。」と明快だ。

 実際、自分で頬の左あたりを触ってみると、あっさりとトリガーポイントが見つかった。

 夢うつつの脳による診断はたぶん正しい。

 治療としては歯科用麻酔を0.2ccほど注入するとあるのだが、個人でそんなことはできない。仮に歯科医に行っても、ピンポイントで麻酔をかけるのが難しいと書いてあるし、「麻酔よりも針を刺す事による効果が大きい」ともあったので、その箇所を中心にマッサージとか指圧とかしてみた(針だって刺すわけにはいかない)。

 すると、痛みが消えたのである。

 これまで、数日は消えなかった痛みなので、ほぼこれが原因と断定していいのではないかと思う。

 謎の歯痛の原因は、顔面の筋肉痛なのだ
(念のため、もちろん他の可能性もいろいろあります。上記サイトをご覧ください。)
 ___

 だが、問題はここからだった。

 一度引いた痛みが定期的にぶり返してくるのである。しかも、これまでに経験したことがないような激しい痛みだ。
 周囲に人がいなかったら「痛い痛い」と叫びたくなるような痛みである。まあ、実際には叫んだりはしないが、痛みに耐えていると涙が出てくるのは抑えられない。

 おそらくは、マッサージだ指圧だと筋肉を妙に刺激したため、よけいに問題をこじらせたに違いない。
 ちょうど、足が攣ったときくらいの痛さだと思うのだが、それが歯の神経の痛みとして感じられる。耐えられるか耐えられないかの境界くらいの痛さだ。

 そんな激痛が時をおいて波状的に襲ってくる。 お蔭で、今日やるはずの仕事が半分も進んでいない。

 昼間は、その痛みが治まっている間に幸福を感じるほどだった。私が幸福を感じるというのはよほどのことである(笑)

 今も治まっているが、そうすると、あれほどの痛みがあったことがちょっと信じられないくらいだ。

 このまま治ってくれることを祈るしかないのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.12.12

★超絶50%増税

 与党税制協議会(自民党と公明党だ)が軽自動車税引き上げに合意した。

 その率何と、50%。

 このデフレの世になんという暴挙だろう。一般的なメガバンクの定期預金金利(1年もの)は実に0.025%なのである。
 物価上昇率は本来、金利以下であるべきだ。それでやっと、寝かせているお金の価値が減らないことになるからである。それ以上の値上げは、貨幣価値の低下に直結する。

 ところが、今度の増税は何と、金利の2000倍相当の値上げということになるではないか(書いていて、なんだか笑えてきた)。

 うちには軽自動車とオートバイがそれぞれ1台ずつある。
 どっちも1.5倍かあ・・・と思っていると、増税は2015年4月以降に購入する新車が対象だということで、当面は関係ないかと思った・・・のも束の間、登録13年以上の車の重量税を増税するというのだ。

 うちにある車は今、登録からそれぞれ12年超と15年超である。
 新車に買い換えたりせず大事につましく乗っているのに、そこへ増税をぶつけてくるとは。

 「環境のためだ」なんて言っているが、まだまだ乗れる車を廃棄して新しい車にするほうがよほど環境に悪い。十数年前の車でも、十分に厳しい環境基準をクリアしているし、もっと燃費の悪い新車だっていくらでもある。

 軽自動車税引き上げにしろ、古い車への重量税増税にしろ、痛みを感じるのはどちらかといえば経済的に豊かではない層だ。
 車両価格も維持費も安い車に長年乗っている者が狙い撃ちで増税され、次々と新車に買い換える層は自動車取得税ゼロとか初回車検の重量税ゼロとか・・・

 現在でもたとえば、メルセデス・ベンツのS550ロング(1545万円)の高級版を買うと、エコカー減税が100%適用され、グリーン減税ともあわせて80万円以上減税されるという。

 なんという本末転倒。

 明らかに大金持ちしか乗らない燃費の悪い車を減税する余裕があるのなら、どう考えても軽自動車のほうに回すべきである。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013.12.10

★唐突に冬

 確かに、紅葉には少し遅いかなという気はした。
 しかし、先週木曜日にはまだ十分晩秋の趣を残していた街が、今日突然、冬枯れを感じさせる風景に変わった。

 昨夜の嵐が吹き飛ばしてしまったのだろうか、そこここのいちょう並木はほとんどの葉を落としてしまっている。

 気がつくと今年も残り3週間。

 月並みだけど、ちょっと信じられない・・・とか思っている背中から木枯らし。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.12.08

★「トラ・トラ・トラ」の蔭に

 新聞の投書欄のテーマがなぜか「開戦の日」となっていて、いくら鈍い私でも、さすがにそれが「なぜか」ではないことは瞬時に理解した。

 ハワイ真珠湾への奇襲に成功し、攻撃隊指揮官が旗艦赤城に「トラ・トラ・トラ」を打電、ラジオに流れた開戦のニュースを聞いて大日本帝国の前途に洋々たる思いを抱いた国民も多かったであろう中、「陸軍主計少将」から「貧しいガラス職人」まで、その戦争に反対していた者が決して少なくなかったことを改めて教えられた。

 前者の「主計少将」は網本浅吉という方だそうだ。1941年10月、時の陸軍大臣、東条英機に戦線拡大反対を上申し、その場で謹慎、開戦の前月には退職を命じられたという。
 後者の「ガラス職人」は、作家の早乙女勝元氏のご祖父だ。開戦当日の「もういかん、もう間に合わん」という慧眼が悲しい。

 元少将は終戦の翌月に自決したという。
 太平洋戦争に何の責任もないにもかかわらず、それを止められなかった己の不甲斐なさに軍人としてのけじめをつけたのだろう。
 自決がいいことだとは思わないが、戦後政府の要職につき、恬として恥じることのなかったA級戦犯たちとのあまりの違いには素直に頭を垂れざるをえない。

 ガラス職人のその後は語られていない。戦争を生きのび、天寿を全うできたのだろうか。
 ___

 開戦に反対していた人々は、当時ですら多くいたと思う。しかしその声は秘められ、あるいは弾圧されて届かず、史上最大の破局へと突き進んでいった。

 せめてこれからは、人々の良心の声が届く政府であってほしいと、無力感の中で願う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.12.04

★ Made in Japan

 念のため、夜のウォーキングには防犯ブザーを携行している。

 先日ふと、「これって、鳴るのか?」と思って確認ボタンを押すと、ほんの一瞬、頼りない音が出ただけで沈黙してしまった。
 確か、去年ウォーキングを始めたころには立派に鳴っていたはずだ。
 まあ電池が切れたんだろうと思って、深くも考えず、リビングに置いていた。

 今日になって電池を替えようと思い、「分解」してみた。悪漢が簡単にはブザーを止められないように、ドライバーでネジを2つ外さなければ電池を交換することができない設計になっている。

 ネジを回しながら、ふと、「こんな作業、したことないなあ」と思い当たった。
 少なくとも、息子が小学校に入ったころには持たせていた記憶があるので、もう15年くらいは経っている。

 開けてみると、意外なことに単四電池が1本だった。漠然とボタン電池だと思っていた。
 なるほど、こんな単純な仕組みになっているのか・・・

 しかし見覚えはなく、やはり開けたことがないのは確実のようだ。

 中には、National ULTRA ALKALINE と書かれた、くたびれた電池が鎮座している。外装の一部が剥がれかけ、マイナス端子に若干の粉吹きが見られた。

 「この電池が15年以上もがんばっていたのか」と思って取り外し、お尻を見ると、「88-05」の刻印。

 ここにはふつう、推奨使用期限が書いてあるはずだ。「2005年の・・・ でも、88って何だよ。8月8日じゃないよなあ・・・」

 そう、電池の使用期限が1988年5月なのである。もしかしたら製造年月かもしれない。
 いずれにせよ、この防犯ブザーは、買ってから少なくとも25年以上が経ち、その間一度も電池を替えたことがないのだ。

 もちろん、幸いというか、一度も役に立ったことがないので、電池はほとんど使っていないことになる。
 だが、去年、何度か試しに鳴らしたことはある。すでに使用期限?を25年近く過ぎていた電池の力で、けたたましい音が鳴り響いたものだ。
 防犯ブザーの表面には懐かしくも誇らしげなナショナルのロゴがある。裏には Made in Japan の文字。電池には、「〄387054 JAPAN MABI」の表示。

 新しい電池に入れ替えると、防犯ブザーはその機能を甦らせた。今度の電池の使用期限は2019年となっている。
 ___

 さて、今日届いた Panasonic の TFTカラー液晶テレビドアホンセットは、Made in Vietnam であった。
 こいつはこれから25年経っても使えるだろうか。

 1980年代って、ほんと、日本の黄金時代だったんだよなあ(当時はわからなかったけど)・・・と感慨にふけってしまう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013.12.01

★衝撃の帰省

 大袈裟なタイトルをつけてしまい、申し訳ありません。皆さんにとってはまったくどうでもいいことですのでご休心ください。
 ___

 退院祝いがてら、家族で実家に顔を出した。
 母親はかなり痩せたように見えたが、実際には3kgだけだという。量り間違えているんじゃないだろうかと思った。

 ともあれ、敗血症なので、たとえ死にかけたとしても、治ってしまえばなんてことはない。心臓にステントが2つも入ったままの弟よりマシである。

 それとは別に驚いたのが、母親が糖尿病だということ。血縁ではない叔父さんがそうだという話題はしょっちゅう出ていたのに、母親がそうだとは・・・
 しかも、あろうことか、自分でインシュリンを注射したりしているのである。それってかなり深刻な状況なのではないんだろうか?
 聞くと、もう20年くらい前から糖尿病だという。20年?? なんですかそれは。

 まあ、大したことはなく経過して(だって、食事制限とかしている様子を見たことがない)、インシュリンを自分で打ち出したのはごく最近らしいのだが、抹茶アイスとチョコレートなんかを食べた後で血糖値を測り、「やっぱりお寿司食べたから高いわ」とか言っているのはどうかと思う。

 それが衝撃の一つ目。

 二つ目は、義姉がもう数年来、ガンで闘病中だということ。最初は乳がんで、それがどこやらに転移して、さらに肺に転移したらしい。まだ50だというのに。
 春に会ったとき、風邪を引いているとかいう様子でもないのに、「疲れたので・・・」みたいな感じで一緒に寿司屋に行かなかったのは、ちょっと妙だとは思っていた。その時はもう肺がんに罹っていたそうだ。

 言われてから思いだしたのだが、頭にスカーフを巻いていたのは、化学療法で毛が抜けてしまっていたためらしい。
 それから半年経っていることを考えれば、もう大丈夫なのだろうか。
 とにかく快癒を祈る。

 最後の衝撃は・・・

 甥の一人が高校を中退したことである。
 帰り際、車に乗るときに言い出すもんだから、詳しい話も聞いていない。聞いたからといってどうなるものでもないので、また正月にでもと思うのだが、退学になったわけでもなく、次の進路もないわけではないみたいな話なので、それほど深刻ではなさそうだ(そうか?)。

 それにしても高校中退・・・
 親戚中探しても、先祖代々遡っても、空前のできごとである。
 もっとも、祖父母より上の先祖代々はそもそも高校へなど行っていないわけだが ^^;

 大したことはないとは言え、身近にこれだけいろいろあると、やはり無事是名馬の感を新たにする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年11月 | トップページ | 2014年1月 »