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2014.06.22

◆孤独で無力な異邦人

 ミラノ中央駅からマルペンサ空港に向かうバスの中で、道ばたに座ってタバコを吹かしているロマ(ジプシー)のおばあさんを見ながら、やっぱりときおりは、自分を孤独で無力な異邦人にすることが必要だと思った。

 いや、もちろん、日本にいたって孤独で無力であることに変わりはないんだけれど、そうはいってもやっぱり家族はいるし仕事もあるし知り合いだっている。自転車にもバイクにも車にも自由に乗れるし、何より、使われている言葉のほとんどが理解できる。

 家族で海外旅行をするときの現地での移動手段はほとんど車である。どこへでも自由に動き回れるし、何より荷厄介から開放される。ときには駐める場所に悩まされることもあるけれど、郊外や田舎を旅している分には、そんなことすら稀だ。

 ところが、仕事で海外に来ると交通弱者になることが多い。荷物をコロコロと引っ張りながら、バスから電車へ、駅からホテルへと移動していく。エレベーターはなかったり、あっても故障や修理なんかしていたりして(今日のベルガモ駅がそうだった)重い荷物をぶら下げて階段を上らされたりする。
 空いた時間にちょっとどこかへ出かけても、駅から先は歩くしかなく、半径1km 2km の範囲が自分の世界になる。コモ湖畔のベンチに座って通りすがりの車やバイクを眺めながら、「乗り物があればこのまま湖を一周してからベルガモに帰れるのに」と思ったものの、実際にはすることもなくて、ほんの1時間ほどで Lecco の街を後にした。まさか、バスやタクシーで湖を一周するわけにはいかない。

 まあでも、切符を買って電車に乗れば、ホテルに帰って昼寝もできる。言葉はろくに通じなくても、おいしいフレッシュジュースを飲んでタリアッテーレを食べるのは別に難しくない(高いけど)。
 中央分離帯に腰掛けてぶつぶつひとり言をいいながらタバコを吹かしているおばあさんにとっては、人生はそれほど楽ではないだろう。でも、タバコなんか買うお金があるんだろうか。服だってそれほどどうしようもない代物には見えないけれど、いったい、どこでどんな生活をしているんだろう。

 これは日本にいてもそうなのだが、おおぜいの人々を見るたびに、この人たちの一人一人がどこかに住んでいて、毎日毎日、食べたり寝たり働いたり働かなかったりしながらそれぞれの人生を生きているというのが、何だかとっても不思議なことのように思える。
 あのおばあさんだって、とにかく今日まで無事生きているわけで、ともかくも僕より長い年月を何とか過ごしてきたのだ。牽引しているキャンピングカーのタイヤがパンクして、「あーあ」といった風情で取り替えようと準備をしているおじさんや、それを不安そうに見守るおばさんなんかと同じように。
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 孤独で無力な異邦人は、隣のおじさんの厚かましさや臭いに悩まされながら、窮屈な座席に座って地球を半周し、家族や仕事やバイクや車が待つ、言葉に不自由しない場所に帰る。
 火曜日のお昼は久しぶりにあの店にいって天ぷらうどんを食べよう。その前に仕事があるけれど、そのくらい、まあ何とでもなるだろうと思える。

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