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2015.12.28

★年末恒例

 もはや年末恒例になった感のある、怠け者の節句働き。

 日曜日も、休暇を取った月曜日も、朝から晩まで仕事。
 「仕事に集中するために休暇を取っている」なんて、まるでちゃんとした働き者みたいじゃないか。

 このまま行くと、少なくとも大晦日まではみっちり仕事になりそうだ。去年のことは忘れたが、2年前は確か30日には終えてめでたく正月を迎えたはず。
 今年はどうなるだろう。

 今年中にあと1回くらいはバイクにも乗りたいけれど。

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2015.12.25

★才能(ふたたび

 新しいテレビがコンピュータそのものであることは以前書いた

 すぐに自宅の無線ネットワークに繋がり、昔で言うところのビデオ・オン・デマンド(今はなんて言うんだろう・・・ストリーミング配信?)で映画なんかが見られる。

 Netflix, Hulu, U-NEXT, dTV などさまざまある(どうしてぜんぶ横文字なんだろう)。

 もちろん有料(といっても、500円〜2000円/月 程度)なのだが、1か月無料というのが多いので、半年くらいは無料で楽しめそうだ。

 ただ、無料だからといってどんどん映画が見られるわけではない。
 ブルーレイやDVD化されている映画でも、新しいものはほとんどないし(自分の見たいような古い映画はほぼ見尽くしている)、期待していたテレビシリーズ(複数)もなかった。以前パソコンで見ていたものまでなくなっているのは意外だった。

 それに、見るのには時間も必要だ。時間だけではなく、肉体的・精神的な余裕も。

 というわけで、それほど多くの映画を見たわけではないのだが、それでも2度目3度目のを含め、この1か月弱で10本近く見たかもしれない。
 貧乏性なのだ。


 ふぅ、やっと標題。

 昨日、「ワールド・オブ・ライズ」(レオナルド・ディカプリオ、ラッセル・クロウ)を見た。初めてだ。
 なぜ今まで存在に気づかなかったんだろう。

 貸しビデオが普及しだしてから、相当な数の映画を見ているはずだが、制作者や監督や脚本家やカメラマンなどの名前をいっこうに覚えない。覚えない以前に、知ろうともしない。
 俳優ですら、顔はわかっても名前さえ知らない人だらけだ。

 批評家的興味がほとんどなく、要するに面白いかどうかという次元の低い鑑賞の仕方をしているせいだと思う。

 そんな私でも、「ワールド・オブ・ライズ」を見終わって、「これはよかった」とちょっと感動しているところへ流れはじめたエンドクレジットの名前はよく知っていた。

 監督:リドリー・スコット

 「エイリアン」「ブレードランナー」「グラディエーター」「ハンニバル」「ブラックホーク・ダウン」の、あのリドリー・スコットである(調べました)。

 もう亡くなってしまったが、弟は

 「トップ・ガン」「クリムゾン・タイド」「エネミー・オブ・アメリカ」「スパイ・ゲーム」の、あのトニー・スコットだ(同上)。

 「ああ、やっぱり、なるほど、リドリー・スコット・・・」

 才能のない男は、才能ある男の名前を画面に見て、軽くため息をつくだけであった。

(Body of Lies, 2008 U.S.A.)


 追記:

 この際、リドリー・スコット作品で見逃しているものを冬休み中にすべて見ようと思って Netflix で検索すると、彼の作品は上記の「ワールド・オブ・ライズ」だけであった。これでは契約を見送らざるをえない。

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2015.12.22

★シークレットロード

 これが遺作になってしまったこと自体はかえすがえすも残念だけれど、遺作たるにふさわしい、ロビン・ウィリアムズの傑作。
 「名演技」というのはこういうのをいうのだろう。

 原題は Boulevard(大通り)。

 12歳の夏からずっと人生の boulevard を歩けなかった主人公が、あるときふと、大通りで車をUターンさせたことから、本来の自分に戻る新しい道をたどり始め・・・
 ___

 人の書いた感想を探したが、奥さんのことを理解しているものが見つからなかった。奥さんのほうは最後まで自分の生き方を貫くことが暗示されていたけれど、はたしてそれでいいのだろうか?

(Boulevard, 2014 U.S.A.)

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2015.12.16

★夫婦同姓強制は合憲(最高裁判決)

 結婚した男女に同姓を強制する民法の規定の違憲性が争われた裁判で、最高裁大法廷は合憲とする判決を言い渡した。

 意外だった。

 大法廷が開かれることが決まってからは、違憲方向の判決が出るだろうという雰囲気が充満していたから、よけいにそう感じるのかもしれない。

 まあ、違憲だと言ってしまえば、慰謝料を求める裁判が万単位で起こされたりするとか、そういうことを心配したのかなとも思う。
 しかし、何しろ天下の最高裁である。違憲だが慰謝料は認めないとかいう判例を作ってしまえばそれですむだろうし(後記:現に、同時に下された「女性再婚禁止100日超違憲判決」ではそうしている)、お得意の「違憲状態」とかいう逃げも使える(のかな?)。

 どうも、立法の方に投げたようなことになっているようだが、法制審議会が最初に選択的夫婦別姓の答申を出してからほとんど20年近く、まったく進展してないのだ。政府は法案すら出していないし、議員が出しても審議されたことすらない(はずだ)。
 だからこその提訴だったわけで、機能していない国会に投げ返されても、少なくとも当面は埒があかない。

 夫婦別姓が認められると、「夫婦の絆が弱まる」「家族の一体感が損なわれる」「子どもの姓はどうするのか」「子どもに悪影響がある」などと言う人たちがいるが、世界中で夫婦同姓を強制している国はただ一つ、日本だけだということは、日本政府自身が認めて答弁を閣議決定している(2015.9)。
 また、その日本においてさえ、国際結婚の場合は夫婦別姓が可能だが、国際結婚は近年、結婚全体の5%前後で推移しているのである。

 選択的夫婦別姓にすら反対する人々は、日本以外のすべての国が異常だとでもいうのだろうか。
 あるいは、それこそが日本のみの独自性だと誇るのだろうか。

 盛んに「グローバル化」を唱えている人の中に、ゴリゴリの同姓論者が多いのも不思議だ。
 ___

 最高裁判所判事15名のうち、10名が合憲、5名が違憲と判断したという。
 その10名全員が男性で、3名しかいない女性判事は全員違憲判断だったと聞くと(NHKラジオ)、何だか男として申し訳ないような気分になってしまう。

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2015.12.14

★追悼:ベネディクト・アンダーソン

 平和に夕食を食べていると、夕刊にベネディクト・アンダーソンの訃報が掲載されていた。

 「中国生まれのアイルランド人」で「米国の政治学者」、「ナショナリズム研究の古典となっている著書」『想像の共同体』(Imagined Communities)の著者。
 米国籍は取っていなかったんだろうか?

 こういうニュースはネットで目にすることが多くなったせいか、よけいに不意打ちにあったような感じがした。彼ほどの学者でも、訃報はベタの14行。

 亡くなったのは「インドネシア・ジャワ島東部マラン」だという。79歳になってもフィールド調査をしていたのだろうか。

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2015.12.13

★アマゾン症候群とスローライフ

 先日、平和堂(滋賀県を中心に、関西・北陸・東海に展開している中堅スーパーです)で「乳しぼりをした日がわかる低温殺菌牛乳」を買った。「乳しぼりから店頭に並ぶまでが」「たったの3日間! 搾乳日表示が自慢です」とある。

 これを読んで、皆さんはどう思われるだろうか。

 私は即座に、「えっ !? 3日もかかってるの??」と思った。

 牛乳に対する私のイメージは、働き者の牧場主が早朝に絞った原乳が午前中に工場へ送られて昼ごろには製品化され、夕方早いうちにはスーパーの店頭に並ぶ・・・というものだった。

 まあ、それは言いすぎだとしても、搾乳された日には製品化を終えて出荷され、夜の間に運ばれて翌朝の開店前にはスーパーに搬入されるのが当たり前くらいには思っていた。

 また別の日に買った「サロベツ牛乳」などは、原乳産地が北海道北部なので、さすがにそんなことはないだろうとは思うものの、関西で搾乳された牛乳なら翌日に店頭に並ぶのがふつう・・・くらいの感覚は間違いなくあった。

 それなのに、「たったの3日間!」を「自慢」しているのである。

 ということは、一般的な牛乳は搾乳されてから5日後くらいに店頭に並ぶのだろうか。その間、いったい何をしているんだろう? もっと急げとは思わないが、のんびりやっても経済的なメリットはほとんどないような気がするのだが・・・

 「3日もかかってすごく早いの?」「のんびりと牧歌的にやって3日くらいじゃないの?」という感覚は間違っているのだろうか?
 ___

 以上のような感覚を、これから「アマゾン症候群」と呼ぶことにした。

 翌日配達が当たり前、お急ぎなら当日にお持ちしますよ、東京都区部では1時間!でお届けするサービスを始めました・・・などに代表される異常なスピード社会が日常化しているから、こういう感覚が醸成されるのだろう。

 でもでも・・・

 牧場育ちの子どもたちは、その昔、朝に絞った新鮮な牛乳を毎日のんびりと飲んでいたんだろうなあ、とも思う(今は同じものを慌ただしく飲んでいるだろうか)。
 
 
 地産地消・身土不二のスローライフと、アマゾン症候群とは、案外隣り合わせなのかもしれない。

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2015.12.07

★12月のある晴れた午後に100パーセントの女の子と出会うことについて ──Barnshelf の妖精

 ──このエントリはフィクションです。
 タイトルは村上春樹の短編をもとにしていますが、内容は何の関係もありません。
 ___

 「12月のある晴れた午後に100パーセントの女の子と出会うことについて ──Barnshelf の妖精」

 長い間バイクに乗っていなかった。乗れそうな日は、天気が悪いとか何か用があるとかが続いた。たまに何の予定もない休日があっても、どんより曇っていたり寒風が吹きつけたりするようでは、なかなか走ろうかという気になれなかった。「たまにはエンジンをかけてやらないと」などと考えるのは、購入してから初めてのことかもしれない。

 そんなことを考えていた12月のある晴れた日、リビングでブランチをとっていると、いつになく心地よい暖かみに包まれる気がした。南に面した掃き出し窓から差し込む光が背中を温め、足もとにも日だまりを作っている。床暖房も入れていないのに、下から暖かくなってくるのがわかる。振り返って空を見上げると、最近目にしたことのないような青い冬晴れだった。窓を開けても「放射冷却で冷え込んでいる」というような気配はなく、いわば小春日和である。「よし、ちょっと走ってこよう」と思うまで、時間はかからなかった。

 ちょうど気になっていた雑貨屋が兵庫県の三田市にあったので、そこを一応の目的地にした。走ること自体を目的にするよりは、その方が少し満足感が高いことは経験からわかっている。バイクジャケットのインナーであるダウンの服をクローゼットから引っ張り出したが、少し考えてセーターですませることにした。
 外へ出ると快晴だった。バイク装備で玄関先をうろうろしていると、少し汗ばんでくるほどだ。それでも、走り出せばすぐ寒さが正面からぶつかってくる。隙あらば前に出ようとする車両の群れを後にし、「道の駅いながわ」を左折して、晩秋の色濃い「北摂里山街道」に入るころには、グリップヒーターのスイッチを入れた。
 まもなく冬だ。いや、今日だけが秋で、もう冬なのだ。

 目的地の Barnshelf(バーンシェルフ)までは、50km足らず、1時間15分ほどの道のりだった。丘の片隅を平地にして砂利を撒いたような駐車場を目にしたときには、すでに通り過ぎそうになっていたので、そのまま進んで次の狭い道に入り、店の東側に出た。バイクくらいならその辺に駐められるかとも思ったが、適当な場所も見当たらず、入口も西側のようだったので、あきらめて駐車場まで戻り、隅の方にバイクを駐めた。他に車は一台もいない。
 煉瓦敷きの歩道を歩いて店に向かう。牛舎を改装した建物だということだが、むしろ廃工場のような佇まいだった。積み上げたブロックに波打ったスレートの壁、無骨な窓。こんな田舎のこんな店に、いったい誰が来るというんだろう? 客もいないようだし、そもそも、営業しているんだろうか・・・

 どこから入るのかもわかりにくく、少し探して PULL と書かれたドアを開けると、外観からは想像しにくい、ちょっとおしゃれな空間が広がっていた。BGMが静かに流れ、コーヒーの香りが漂う。
 店の主人に軽く挨拶してから、店内をまわる。案に相違して、先客の女性が一人、窓際の席に座って何か飲み物を飲んでいるようだった。その近くには若い男性が立ち、私と同じように商品を眺めていた。

 雑貨屋というかセレクトショップというか・・・あとで見たウェブサイトの文言によれば、「古書を中心としたこだわりの本棚と衣食住にまつわるさまざまなアイテムを新旧和洋問わず集め」ている店とのことだが、その言葉通り、まことに「さまざまなアイテム」がとりとめもなく置かれていて、なぜこんなものがここにあるのか、こんなものがここで売れるのかと思わされた。
 靴下や服、台所用品や食器、かばんや文房具・・・なんかが、必然性なく並んでいるのである。極めつけは本で、少ない在庫の中に『フィールドガイド 日本の野鳥』はともかく、「日本野鳥の会」創設者である中西悟堂の本なんかが混じっているのには驚かされた。ちょっと大きな書店に行っても、中西悟堂の本なんて置いてやしない。かといって、この店がバードウォッチングの本を中心に集めているのかというと、そんなこともない。
 本に限らず、衣服にせよ食器にせよ文房具にせよ、どれもが店主の趣味によって選び抜かれたものであるだけに、とりとめなさの中にも奇妙な統一感があって、こんなふうに気に入ったものに囲まれて暮らせたら素敵だろうなと思わされる。「もし自分がこんな店をやるんだったら、どんなものを置くだろう?」などと考えながら、「こだわりの」アイテムを見て回る。
 それにしても、こんな店がやっていけるのか・・・と思っていると、3周年を記念して作ったというカップを見つけた。少なくとも3年以上は続いているわけだ。他にも収入の道があるのだろうか、それとも、まさかこれだけで食べているのだろうか。いずれにせよ、好きなことがあってそれを職業にできる人は幸いだ。

 いつ気づいただろう?

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