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2016.12.09

★人権のない「人」

 人権は万人に等しく認められているはずである。

 実際にはなかかなそうはいかないにしても、認められる「べき」だ、ということに異論を唱える人はまずいない。

 世界を見渡せば、それすらなかなか難しいのもわからないではないが、こと日本においては、少なくとも「べき」に疑問の余地はない(はずだ)。
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 今上天皇の評価は別にして(というか、私は以前に「天皇陛下万歳」という不穏な?エントリを書いたこともあり、明仁氏のお考えとお人柄には敬意を表している一人である)、天皇制にはもちろん反対だ。

 その第一の理由は、人間から平等を奪い、差別するという構造の根幹をなしているからであるが、第二の理由も忘れてはならない。
 それは、人間から自由や権利も奪うことになるからである。

 常識的なことではあるのだが、一般的にはあまり意識されていないのではないかと思う。
 天皇には(そして(特に男子)皇族にも)自由や権利がないのだ。

 日本国憲法が国民(や誰であれ)に保障する

「自由及び幸福追求に対する」「権利」
「信教の自由」
「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由」
「居住、移転及び職業選択の自由」
「外国に移住し、又は国籍を離脱する自由」

これらすべてを天皇(や皇族)は持っていない。選挙権も被選挙権もない。
 (イギリスのエドワード8世のように、恋愛・婚姻の自由を追求するために退位するなどということは、日本の天皇制に関しては想像することすら難しい。そもそも、現在まさに問題になっているように、退位の自由すらないのだ。)

 ひとつには、天皇は国民ではないからということもあろう。そのためだろうか、日本国憲法は第一章で天皇について規定し、第三章で国民について述べている(第二章は戦争の放棄)。
 あるいは、天皇に自由や権利を認めることは「公共の福祉に反」するという理屈も成り立つのかもしれない。

 言うまでもなく、天皇(や皇族)は、自由も人権も奪われた囚われの存在、(上の方に?)差別されている存在なのである。

 だから、80歳を超えて「そろそろ引退したいのですが・・・」という意思を表明することにさえ種々の壁が立ちはだかり、やっとそれが実現しても、周囲から「認める」とか「認めない」とか、とやかく言われる。

 長年熟考した上で身を退きたいという老人(しかもある意味で国家の最高位にいる人物)に、「いやそれは認めない」などと言える制度が健全であるはずがない。
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 今上天皇ご自身は、天皇制の存続を願っていらっしゃるようだが、皇室典範やその他の法律がどのように変わろうとも、人間同士を差別し、特定の人間から自由や権利を奪うという制度の本質は変わりようがない。

 自由・人権・平等といった、今後も人類が目指していくべき普遍的価値の重大性を考えるとき、天皇制を廃止すべきであることはほとんど論を俟たない。
 どうしてみんな、そんなふうに考えないのだろうか。

 (まあ、もっとも、私はぜんぜんカゲキな人間ではないので、実際、いつごろどのように廃止するのが適切か、とか、その他さまざまな問題はあろうとは思います。)

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