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2018.06.22

◆震源地(震央)の近くから

 6月18日(月)朝8時前。惰眠をむさぼった後、ちょうど目が覚めて起きだそうとしていたところで激しい揺れに襲われた。

 阪神淡路大震災のときには地震だと思わず、ミサイルがマンションを直撃したと感じたものだが、今回はすぐに地震だとわかった。
 しかしながら、あれ以来経験したことのない凄まじい衝撃で、咄嗟に、家が倒壊するのではないかという恐怖を感じた。

 すぐに、「うちでこれほどの揺れなら、震源地はどんなひどいことになっているんだろう?」との思いが過ぎった。阪神淡路や東北の大震災を思い出したのだ。
 だが、何のことはない、10分後には、うちこそがほとんど震源地(震央)であったことを知ることになる。まさか、日本中で!このあたりの被害が一番ひどいとは・・・
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 うちの家は震災後に設計・建築しているので、今回の地震くらいで倒壊することは(たぶん)ありえない。実際、後日、素人目に見て回った範囲では、家の内外ともにひび割れすら見つからなかった(職場の壁はひび割れていた・・・)

 それでも、内部はちょっと悲惨だった。

 揺れがおさまるとすぐに冷静になった。のんびりと2階に上がると(うちは2階にリビングなどがあります)、テーブルの下に家人と息子がもぐり込んでいて、2つの尻がこちらを向いていた。
 その間抜けな姿に笑いがこみ上げてきて少し和んだのだが、そこら中にモノが転がっているのには閉口した。
 そんな中、お気に入りの急須もフローリングの床に転がっていた。高さ1m強のカウンターから落下したにもかかわらず、まったく無傷だったのには驚いた。注ぎ口や取っ手にも、カケすら見られない。

 リビングでいろんなものが転倒・落下する中で、唯一地震対策を施していたテレビが、倒れずに移動していただけですんでいたのは幸いだった。

 台所はひどいことになっていた。

 巨大な古い電子レンジが落下していたのには驚いたし、何よりも食器の破片だらけで文字通り足の踏み場もなかった。
 後でわかるのだが、戸棚という戸棚、引き出しという引き出しがガラスや陶器の破片まみれになっており、結局はすべて取り出してカケラを取り除き、洗い流す必要があった。

 買ったばかりでぴかぴかのステンレスの大きなゴミ箱が電子レンジの直撃を受け、無様に凹んでいたのは、安いものとはいえ地味にショックだった。

 明石の実家とはSMSで連絡がついて互いの無事を確認できたが、近くに住む義母とは連絡が取れない。愛知に住む兄や熊本に住む義弟とLINEで情報交換しつつ、職場に連絡を入れてから義母宅に向かうことにした。

 阪神淡路の時も同じように義母宅に向かったことを思い出しながら車を走らせた。
 あの時と違って、道路から見た被害はほとんど確認できなかった。義母宅を後にして義父が入院している病院へ向かう道すがら、瓦の落ちている家を何軒かと、垂れ下がった電線に邪魔されたバスが立ち往生しているのを見たくらいだった。

 義母宅は、玄関の引き戸が開かなくなっていたり、納戸の荷物がぐちゃぐちゃになっていたりパソコンが倒れたりはしていたが、うちと比べると被害は軽微だった。食器棚に地震対策をしていたことも奏功したのだろう。
 ただ、古い日本家屋なので、後で壁にひび割れが見つかったりしている。

 パソコンを立てて何とか引き戸を直し、今度は義父が入院している病院へ向かう。
 この時点で9時ごろで、エレベーターは止まっていたが、院内はすでに落ち着いていた。
 非常階段の場所を教えてもらって6階に上がり、義父の様子を覗くと、大きくお腹を上下させて元気に呼吸していた。相変わらず意思疎通はまったくできないが、少しの間視線を合わせることはできた。

 階段を降りていると、「準備のできた診療科から診察を開始します」というアナウンスが流れていた。
 家族に「おじいちゃん、大丈夫でした」というLINEを送ってから、「ぜんぜん大丈夫じゃないよなあ」と思い直し、義弟には「変わりありませんでした」と送っておいた。
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 家も職場も片付けが大変だった。どこを開けても何かが落ちてくることになかなか慣れなかった。ガスが使えないのにもちょっと困った(1週間と言われていたが、3日目の夜には戻り、もちろんありがたいものの、ちょっと拍子抜けした。供給停止した地域の中ではもっとも早い復旧だったようだが、こういうときのこの国の人の底力は、やはり敬服に値する)

 片付けは火曜日の夜にはヤマを越え、水曜日には通常通りの仕事を終えて帰宅すると、今度は家人の職場がひどいことになっているということで、木曜日は応援に駆り出されることになった。
 木曜の夜には自宅の片付けもほとんど終え、ドア2枚の調整を残すだけにして寝た。
 今日、金曜の夕食後にドアを直して、やっと旧に復することができた。もちろん、ハンプティ・ダンプティ、壊れてしまったものは元には戻らないけれど。

 そんな中、日曜日の夜に霞がかかったようになっていた右目は、後部硝子体剥離による眼球内の出血に伴うものだとわかった。月曜日に病院に行くつもりだったのに、地震でそれどころではなくなって忘れていたのだが、火曜日の夕方には行くことができ、診断を受けた。

 「この目はいったいどうなるんだろう?」という不安の中で迎えた地震に、年老いてさまざまな病を得ている計4人の親のことなども考え、なんだか無常観みたいなものを感じていた。
 しかし、硝子体剥離(「網膜剥離とは違うんですよね?」)とかいう大袈裟な病名にもかかわらず、老化に伴う自然な現象であり、出血や霞も放っておけばそのうち改善するというので、少しはほっとした。

 月曜朝の地震で始まり、金曜夜に片付けが完了するという一週間だった。
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 個人的にはもう大丈夫だけれど、近辺にはそうではない人たちも多い。

 関西以外ではほとんど報道もなくなったと思うが、たとえばいつも行くスーパーはまだ閉まったままだし、この辺の大学のうち少なくとも3つ(つまりほどんど)は今週いっぱい休講である。病院にも再開できていないところがある。モノレールはまだ一部運休中だ。同僚の中にもガスがまだ復旧していない人もいるし、それなりの数の民家の屋根がブルーシートで覆われている(後記:土曜日になって義母宅も雨漏りしていることがわかった。日曜の朝に連絡が来たが、すぐにブルーシートを張れる業者が見つからない)。
 亡くなった方にはお気の毒としか言いようがないし、怪我をした方もおそらくは1000人近くはいらっしゃるだろう。

 一刻も早い回復・復旧を祈る。
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 ご心配くださったみなさま、ありがとうございました。

 読み返すとなかなか大変なようですが、実際はやすみやすみ、のんびりと片付けていたために長引いたのが実情です。

 地震当日の夜には、寿司を食べに出かけたくらいです。
 予約していたのに何の連絡もないので、おそるおそる「今日は無理ですよね・・・」とメールすると、ごく当たり前のように「やります」と言うので、ちょうどガスが使えないこともあり、急遽、義母も誘って喜んで出かけました。

 車で少し走ると、すぐに、ほとんど被害のない地域になります。お寿司屋さんや職場の人間でも「写真立てが倒れたくらい」「食器が2〜3枚割れたかな?」という程度の方々とは、相当な感覚の隔たりを感じました。

 うちの家族などはまあ、そうは言っても気楽なものでしたが、たとえば高槻に住むある人は、水曜日になっても、「とても外出できるような精神状態ではない」という理由で出てこないくらいでした。

 今回程度の「被災」でこれだとすると・・・

 阪神や東北や熊本を始め、本格的な被害に遭われた方々への自分の思いを、今一度点検したくなりました。

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2018.06.10

◆グッド・ライ 〜いちばん優しい嘘〜

 思いがけず、いい映画を見た。

 「兄弟」を失いながら1000km以上も裸足で歩き、ケニアの難民キャンプにたどり着いたスーダン難民。十数年もそこで過ごした後に、やっとアメリカに第三国定住が認められるも、もちろんいいことばかりではない。

 ただ、重いばかりの映画ではないのも救い。簡単に救われてはいけないんだろうけれど。

 紙の上ばかり、あるいは刹那的映像だった難民が、映画の中とはいえ彼ら自身の時間を紡いでいっている様を見られたのは大きな収穫だった。
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 そうかな・・・とは思っていたが、スーダン難民を演じる主人公たちは実際の難民だそうである。

 ともかくご覧になってみてください。
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 今知りましたが、「ビューティフル・マインド」のロン・ハワード製作だそうです。

The Good Lie, 2014 U.S.A.)

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2018.06.05

◆ Hidden Figures

 邦題は『ドリーム』。アメリカ航空宇宙局(NASA)の宇宙開発に貢献した黒人女性たちの物語。

 原題の Hidden Figures は、直訳すれば「隠された姿」というような意味だが、「陰の人々」とでも訳せようか。なんか違う感じだけれど「縁の下の力持ち」と言ってもいい。
 同時に、「隠れた数値計算」という意味もある。ほとんど表に出ていないが、軌道計算などに重要な役割を果たしていた彼女たちのことを見事に表現している。

 事実をもとにした映画であり、主人公の Katherine Coleman Goble Johnson が99歳で存命だというのもすごい。映画自体はアカデミー賞を取っていないようだが、2017年の授賞式では、98歳の彼女が車椅子ながら舞台に登壇している

 史実とは相違もあるらしいが、法律的・制度的な差別が残っていた時代から、彼女らが NASA において抜きん出た活躍をし続けてきたことは事実だ。

 深刻なテーマを上品なコメディ&感動のエンターテインメントに仕上げているのもさすが。

 相当な傑作です。ぜひご覧ください。

(Hidden Figures, 2016 U.S.A.)

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2018.06.01

◆ふしぎな国 イバラード 井上直久の世界展

 twitter に書いちゃったけど、長いからエントリにしちゃおう。
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 文化の香りに乏しいわが家ですが、家人が大昔1年だけ同僚(というか先輩)だった先生が阪急百貨店で個展を開いて絵画の制作過程を実演なさるというので、行ってきました。スタジオジブリの『耳をすませば』の作品世界(背景)などを担当した井上直久という方です。

 ほとんどの作品を通して「イバラード」という空想上の世界をモチーフになさっているのですが、そのベースが茨木にあるということで、茨木市政施行70周年記念の共催になっています。
 折しも今年満年齢で古稀をお迎えになる先生は、茨木市内の高校で20年近く美術教諭を務め、現在も茨木市にお住まいだそうです。茨木からイバラードが着想できる想像・創造の力業には驚かされます。

 元(大阪の)高校の先生らしい軽妙なトークを交えながら、すでに完成しているキャンバス上の絵がみるみる別の作品、世界に変わっていくのは見ていて圧巻でした。

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