2017.09.27

■鋭い/鈍い 味覚と嗅覚

 息子が帰宅してリビングに入ってくるなり、「なんかバターくさい」という。

 夕食はカレーである。バターなんか一切使っていない。
 カレーを食べると「やっぱりバターの味がする」と言う。家人にはわからないらしい。

 「いつもと同じように作ったよ。もしかして、バター入れた?」と家人。後半は私に聞いている。

 「入れるわけないやろ」と息子と私が同時に言う。
 私は料理のバター味が嫌いなのである。息子もきちんと把握していることを、家人は気にしていない。料理担当なのに。

 作業が途中だったので若干夕食に出遅れた私がカレーを食べる。なるほどバターくさい。

 匂いに関してはそれほど感じなかったのだが、食べれば歴然としている。家人はどちらもわからないという。

 いつもと同じように作ったというなら、メーカーがルーを変更したとしか考えられない。うちはずっと、S&Bのフォン・ド・ボー ディナーカレーを使っている。パッケージを見ると、確かに原材料の中にバターも入っている。
 だが、古いパッケージがないので、前は入っていなかったのかどうかがわからない。

 ウェブで調べると、なんと今年、「ディナーカレーの魅力である「フォン・ド・ボー」「ソテー・ド・オニオン」「バター」の特徴を深化」したという記載。7年ぶりの変更だ。
 私と息子はそれを感じ取ったのである。

 こういう定番商品でも製品開発の努力は継続しているんだなあと、ちょっと感心する。
 せっかく変えても、たとえばバター嫌いが離れていく危険もあるし、なかなか難しいと思うんだけれど。

 幸い、息子も私も、だから今後はやめようとは思わなかった。息子はどちらにしてもこの手のカレーが好きではないし、私もこのくらいならバターの風味も悪くないと思える。

 問題は・・・

 家人の嗅覚と味覚がわれわれより鈍いことである。料理担当なのに。

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2017.09.05

■蕎麦ツーリング?

 休暇も残り少なくなった。

 毎日うだうだしてるのも何なので、バイクでどこかへ出かけようと考える。

 そこら中走り回ってしまって新鮮味がないので、何か目的を作るために「蕎麦」を考えた。それほど蕎麦好きというわけでもないのだが、蕎麦屋というのは田舎に行ってもあるし、あんまり高くはないので目的地にしやすい。
 幸いというか、自宅から北北西に進路をとると、行ってみたいお蕎麦屋さんが少なくともまだ5軒くらいはある。だが、調べてみると、どれも「完全予約制」か「本日休業」。

 まあ、他にもどこかあるだろうと、重い腰を上げてバイクで篠山を目指す。別に蕎麦でなくてもいいし。
 午後3時ごろから雨が降るということだが、出たのは正午。幸い、雲は高く白く、空も明るい。

Img_7294_copy 篠山の「河原町妻入商家群」をトコトコと流していると、石臼挽き十割蕎麦のお店(丹波そば切り 花格子)を見つけたので、女将さん?のお勧めに従って「芝えびのかき揚げと かぼす蕎麦」をいただく。
 そのままバイクを置かせてもらい、商家群を散策。以前来たときに一番気に入った金工細工のお店(應需(おうじゅ)細工所)は土日祝しか開いていないようだ。

 バイクに戻って篠山市街を再びトコトコ。東西の通りを西へ走り、一本北へ上がって東へ走り、また北へ上がって西へ・・・と繰り返す。それで入り損ねた一方通行の道も入口を探して入るなど、主な通りを一通り走っても30分かからない。

 ちょっと山の方にある、前から気になっていたフランス料理の店と蕎麦懐石の店も見るだけ見ておこうと向かい始めたところで、シールドに雨がぽつぽつと当たり始める。ちょうど15時。降り始めの時刻まで当たる最近の天気予報は偉い。

 えっ、こんな雲で雨?と思う間もなく雨脚が強くなっていく感じなので、諦めて帰路につく。

 東へ、そして南に向かうので、すぐに雨は止むかと思いきや、かなりしつこく降る。能勢町に入ってようやくやんだ。
 ほっとしていると、自宅近くになってからまた降り出す。単純に西から雨というわけでもないところが難しい。

 それにしても、雲はあくまでも白く高く、空は明るい。これで雨なんか降るのか・・・と思うのだが、素人の観天望気に何の意味もないことを思い知らされた。

 防水の装備もなしに雨の中をバイク走行なんて何年ぶりだろう。

 茨木の山間部でも気温が21℃と、先日の信州と変わらず、ちょっと寒い。9月の初めって、毎年こんなに涼しかったっけ?

 幸い、首から上はヘルメットのお蔭で濡れず、上半身も風防があるためにそれほど濡れない。土砂降りでもなければ案外走れるかも・・・とわかったのが収穫。これまでは雨中走行なんて考えたくもなかった。

 あ、またオチがない。

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2017.07.10

●偉大な秤

 四半世紀以上使い続けているアナログの秤が、場所を取って邪魔なことが以前から気になっていた。

 週に2回くらいしか使わないのに、電子レンジや炊飯ジャーと同じくらい大きな顔をしてキッチンの一画を占めている。もちろん、図体自体は小さいのだが、いかにも邪魔だった。
 私が量るのはパスタの重さくらいだが、使う時には狭いので、カウンターまで移動してから量っていた。だから、いつもの定位置に置いておく必要はないのだが、かといって仕舞っておくにもかさばる。

 というわけで、一枚の板のような電子秤を買うことにした。隅に立てかけておくにしても食器棚に入れておくにしても、邪魔にならない。
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 家にあるのはクボタ(コンバインやら田植え機やらを作っているクボタの関連会社らしい)製で、実家で使っていたのは YAMATO(大和製衡)製なのだが、調べてみると、もはやどちらも消費者向けの製品などまったく作っていないようだ。やたらに大仰な工業用計測機械しか見当たらない。

 利益の出ない市場から撤退したのは賢明な判断かもしれないが、そのせいでこの分野はタニタ(TANITA)の独擅場になっている。

 仕方なく?タニタの「クッキングスケール」を買った。結果として、この7月に発売された新製品を選んだ。
 実売で3000円もしないが、200gまでは0.1g単位、1kgまでは0.5g単位、2kgまでは1g単位で量れる。使い方も簡単で、容器に入れた液体や粉の重さなども手軽に量ることができる。精度もそれなりに高い。
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 さて標題。

 偉大だと思ったのは、タニタの最新式の電子秤ではなく、家で四半世紀以上使っていたアナログ式のほうである。

 どうせ捨てるのだから壊してもいいと思って分解してみると、なんと、重さはたった1本のバネの伸び縮みで量られていた。その変化量をラック&ピニオンで回転する針の動きに変えるだけのシンプルなシステムである。何ということのないバネに見えるが、伸縮と重量とが見事にリニアに対応するように製作されているのだ。
 残念なことに、ピニオンと針と外装はプラスティックだが、内部の秤本体はすべて金属製であった。

 タニタで量った重さと比べてみると、数十gの軽いものから1kg近いものまで、何を量ってみても誤差はせいぜい1g程度しかない。もともと、目盛りが5g刻みなのだから、十分すぎる精度だ。
 その精度をバネ1本で実現し、四半世紀以上維持してきたのである。

 タニタの最新式電子秤は25年以上も使えるだろうか?(ネットの評判を見ると懐疑的にならざるを得ない)。そして、たとえ使えたとしても精度を維持しているだろうか?(もし使えれば精度は大丈夫かも)。
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 この偉大なアナログ秤をオブジェとして職場の部屋にでも置いておこうかと思って綺麗に掃除したところ、おそらくアルコールのせいで目盛り盤が一部ハゲてしまった。

 うーん、やっぱり廃棄かなあ、どうせ外から見ると、安物感丸出しのプラスティックだし・・・

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2017.03.15

●「予定調和」と「期待通り」

 「予定調和」という言葉がけっこう好きらしく、このブログでも何度か使っている。

 ライプニッツのモナド論とは関係なく、「想像通りでつまらない(が、悪くはない)」というほどの意味である。

 先日、(村上春樹風に形容すれば)チャーミングで知的な若い女性とケーキを食べていて、「こういうのって確かにおいしいんだけれど、しょせん、予定調和的な味でどうのこうの」というような話をした。

 先方は、食べる前から期待を膨らませ、実際に食べた味がその期待を裏切らないことに感激している。
 私の「予定調和論」に納得せず、「こういうのって「期待通りで素晴らしい」っていうんですよ」と主張する。

 彼我の差が、そのまま幸不幸の差なんじゃないかと改めて思った。
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 幸福論は、人生を通して常に頭の一画を占めているし、ここでも何度か書いたこともあるので長くは書かないが、たとえば次の2点はやっぱり振り返っておいていいだろう。

1.Happiness is not a standard of life; it is a state of mind.
 (幸福とは生活の水準ではなく、精神の状態である。)
2.幸せの敷居を低くするのが、人生をハッピーに生きるコツなのかも

 1は、Samuel Ullman の有名な、Youth is not a time of life; it is a state of mind.(青春とは人生のある期間ではなく、心の持ち方のことである)のもじりである。
 2は、村上春樹らの『地球のはぐれ方』からの引用だ。
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 年を取ると経験が増え、感受性が摩滅するから幸せも減るという面はある。
 ほとんどのことが過去の焼き直しになり、未経験のことですら想像がついてしまうと(不遜にも)考えるとき、「期待通りで素晴らし」くても、「予定調和」が顔を出す。

 ただ、年齢のことだけではない。
 私にとっては予定調和的なことに対してかなりの幸せを感じていらっしゃる先輩方を、しばしば拝察しているのだ。

 最初に書いた彼女にも、「いや、それはあなたが若いからそう思うんですよ。そのうち年を取って、しかもケーキなんかしょっちゅう食べていると、きっとそんなふうには思わなくなります」などと年上の賢しらを振りかざして言ったりはしないし、そもそも、そういうふうには思っていない。

 彼女だって人間だから、限界効用が逓減していくこともあるだろう。
 でも何より、デキが違うのである。年齢を重ねても、きっと身の回りに悦びや感謝を見いだし続けているに違いない。

 見習わなければ・・・とは思うのだが、まあこういうのって性格みたいなもので、パラダイム(認識の枠組)を転換するのは至難の業である。

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2016.11.26

●1か月経った牛肉

 近所のスーパーで牛肉を買おうとしていたとき、ふと気になって、表示されている「個体識別番号」を使い、どんな来歴の牛なのか、iPhone で調べてみた。便利な時代になったものである。

 びっくりしたのは、交雑牛も和牛も、どちらも1か月近く前に屠殺されていたということだ。

 目の前に並んでいる肉は新鮮そのものに見える。1か月前の肉だとは到底思えない。

 ちょうど、「過去に仕入れた牛の番号を使い回していた」とかいうニュースを目にしたばかりだったので、これもそうなのかと思った。

 牛なので、「熟成肉」とかいうのもあるのかもしれないが、その辺のスーパーの安い肉なので、そうだとも思えないし、1か月も経った牛肉がこんなに新鮮そうな色をしているのも信じがたい。

 何かもやもやしながらそれでも交雑牛の方を買った後、ちょうど食肉担当と思しき店員が通りがかったので、思い切って尋ねてみた。

 それによると・・・

 食肉は、解体後すぐに枝肉の状態で真空パックされて流通に乗り、卸やスーパーの倉庫にストックされる。
 その後、必要な分だけが各店舗に運ばれ、そこで初めてパックが開けられ、スライスされて店頭に並ぶということで、屠殺が1か月近く前であるのはふつうのことなのだという。

 真空パックにするから、冷凍していなくても鮮度が落ちたり劣化したりはしないということらしい。

 なるほど・・・と一応は納得したのだが、ネットで検索すると、「日本のスーパーの肉は流通の都合で2週間とか1か月とかの時間がかかっているので、やはりその分鮮度が落ちておいしくない」というような見解もいくつかあった。

 それはそうだよなあ・・・ いくら真空パックだからって1か月も前の肉を食べさせられているとは思っていなかった。
 (後記:逆に、日が経っている方が熟成していておいしく、「スーパーならばと畜してから30日程度の肉が程よい」と記載した「プロ」の記事(東洋経済)もあった。真空パックでも熟成するのだろうか。)

 牛肉はなるべく個人商店の肉屋で買うようにしているんだけど、あの肉屋でも同じように1か月経った肉なのだろうか。

 今度おやじさんに話を聞いてみようと思っている。
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 それにしても、この年になるまでこんなことも知らなかったのかと、われながらあきれてしまう。まあ、いつものことなんだけれど。

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2016.10.24

◆食べ物屋の消長

 食べ物屋さんの消長についてはここでも何度か書いた。

 だが、また書きたくなったので、ちょっと手短に(書けるかな)。
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 先日、例によって「さあお昼をどうしよう」という状態になり、ふと思い出して2〜3度行ったイタリアンを目指した。
 到着すると、ビルは外壁の?工事中で、店はもぬけの殻。工事中は営業していないという感じではなく、廃業したようだ。

 すぐ近くに、以前は気づかなかったイタリア国旗の店があったので、そこで昼食。雑貨とカフェだが、ランチもちょっとやってますという感じの店。
 客は私だけで、なんとなくオーナー?の女性と話をすると、イタリア好きが昂じてこうなってしまったとのこと。美術関係でボローニャに留学していたこともあるという。お店を開いて1年ちょっと。

 「よくやっていけますねぇ」とはもちろん言わなかったが、つぶれたイタリアンのことを聞いてみると、もう3か月ほど前に閉めたらしい。食べログなんかで見ると、まだ「新規開店」みたいな情報が出ている。できて3年くらいしか経っていないのだ。

 それなりにおいしかったし賑わっていたのに、どうしてなんだろう。逆に、ランチタイムに終始わたしだけしかいなかったイタリア好きシニョーラの店に、2周年は来るのだろうか。
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 また先日、誕生祝いで久しぶりにフレンチに出かけた。たぶん、一度だけランチに来た店で、おいしかったからディナーにも来てみたのだ。
 まだ新しい店で、関西では有名な食べ物ブロガーが「すぐに予約の取れない店になるのではないか」というほどのレストランである。

 だが、週末だというのに、客はうちの家族3人だけ。あのあと入るとも思えないので、もし私が気紛れでこの店に決めなければ、週末の夜、14席に対して客はゼロだったということになる。「予約の取れない店」??

 スープはないが、フルコースで税別5千円を切っており、味も間違いなくよい。駅徒歩5分でもある。

 店内も綺麗でオシャレなのだが、まあ確かに、晴れの日のディナーという感じの店ではない。
 具体的に言うと、おしぼりは使い捨ての紙で、ナプキンはなし。食べ終わったナイフとフォークは横に置いて次の料理にも使う。テーブルクロスは cloth ではなく、汚れても拭けばすむようにビニール?コーティングしてある。

 いや、別にだからといってまったく不満はない。むしろ、リーズナブルな価格でおいしいフレンチが食べられるのだから、私としては歓迎する。
 でも、しょっちゅう行けるわけではないので、売り上げに貢献できないのがもどかしい。

 やはり、はやる店は「とっても高いかすごく安いか」であるようだ。こういう「ちょっといいレストラン」は苦戦する。
 なんとか踏みとどまってほしい。

 ※調べてみると、ディナーでも一度訪れたことがあった。日記に「おいしい。最高の部類かも」と書いてある。それなのに・・・
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 近々行く、個人的には北摂(大阪北部)で一番おいしいと思っている鮨屋。その店も、同じ理由で、楽に回っているとはいいがたい。
 小綺麗でオシャレでおいしいのだが、超高級という感じではない。もちろん、安くはない。
 高くもなくてコストパフォーマンスはいいのだが、店主は苦労が絶えないようだ。

 もう一つ別の、高級感を売りにした寿司屋は、私から見るとちょっと落ちるのだが、いつも繁盛している。
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 最後に、平日のお昼に行った山里の蕎麦屋。近くの街から車で30分以上かかる山間部にある。

 にもかかわらず、12時45分には、もう蕎麦がなくなったといって打ち止め。
 表には「平日は30人前」と書いてあるので、客単価1500円として昼一回で4万5千円の売り上げだ。

 蕎麦は確かにおいしいが、特筆するようなものではない。天ぷらの海老は密度の低い貧相なものだ(が、価格を考えると相応かもしれない)。

 それでも、びっくりするくらいはやっている。
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 食べ物屋はほんとに難しくて不思議だ。

 毎日がんばっている料理人たちには(兼経営者には特に)心からの敬意を覚える。

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2016.09.05

■アイスランドダイエット

 ダイエットを始めて十数年になる。

 肝臓や血液に脂質が多すぎることを医者から指摘されて始めた。
 ごく最初のころこそ少しだけがんばったが、その後は日常の食生活そのものが恒常的ダイエットになっている。
 とは言っても、なるべく間食をせず、食事の炭水化物を減らすくらいで、特別なことは何もしていない。お腹いっぱい食べることは少なくなったが、ふだんはそれなりに満足感のある食事をしている。自然に小食になった感じだ。
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 さて、アイスランドに来て、外食の物価が高いことをたびたび tweet してきた。
 ぜんぜん高級ではないふつうの食堂で食べた場合でも、スープが1500円くらい、メインの一皿が3500円から4500円程度かかる。
 パスタ一皿3000円、ケーキが1000円、ハンバーガーセットですら、2500円くらいしたりする。

 メニューには通常、スターターとしてサラダやスープがあがっており、メインコース、デザートとコーヒーみたいに注文するのがふつうなのかもしれないが、そんなことをすると一人で6500円くらいになる。
 実際、今日の夕食で私の前に会計していた男性は一人で食事した旅行者だったが、7000円ほど支払っていた。家族3人だと2万円仕事だ。

 たった一食で。

 食事は日に3度食べない訳にはいかない。
 休日に家でゴロゴロしているのならともかく、朝から動き出すことが多い旅行では、なかなか2食にもできない。

 今回は朝食がついていない宿も多かったので、朝食の心配までさせられた。朝食込みでない宿では、一人EUR10( ≒ ISK1300 ≒ 1200円)が相場で、それはつまり、3人の朝食が3600円になるということを意味する。
 これに昼夜を加えると、恐ろしい金額になってしまう。

 金額はともかく、たとえばスープの量も多くてほとんどは具だくさんなので、とてもそんなには食べられない。今日の夕食のスープはまだ上品なほうだったが、あのスープと、自動的についてくるパンを一人で食べると、それだけでもうお腹いっぱいになってしまう。

 というわけで、お財布にも体にも優しい食事を考えた結果(というほど考えてないけど)、多くの昼食や夕食で、スープとメインを一つずつだけ注文して3人で分けるということをしてきた。
 レストランの人からどんなふうに見られているかはわからない。多くの場合はすぐに理解してくれ、笑顔で OK というのが多かったが、数回は不審なというか怪訝な顔をされた。
 通常の一人分に満たないような料理を3人で食べるのだから当然だ。

 恐るべき窮乏家族である。

 それほどがんばって節約しても、一食5〜6千円。これはわが家の日常の外食予算を超えているし、それが毎日である。
 昼食はさらに節約して、ガソリンスタンド併設の売店でサンドイッチを買ってすませたりしたが、それでも3人で2〜3千円かかった。

 幸い、アイスランドの水道水は日本よりもおいしく、日本と同様、頼まなくても水が出てくるくらいなので、別に飲み物を頼む必要がない。
 4年前に旧東ヨーロッパを旅行していたとき、水より安いからと毎晩のようにグラスワインやビールを飲んでいた家人(お蔭で、酒飲みというのがどういう人種か知らない息子が、自分の母親のことを酒好きだと思ったりした)も、今回の旅行では一度も飲んでいない。

 さて、そうして出てきた一人分にも満たないようなスープとメイン料理を3人で分けて食べる。
 概ね、半分を息子が食べ、残りの半分を家人と2人で分けた。
 パンは自動的についてくるし、多くの場合は3人分出してくれたりしたので、それでもまあ必要十分な量があった。
 さすがに息子は若いので物足りないこともあったようだが、夫婦2人はそれなりにおいしい料理を控えめに食べて、だいたい満足していた。

 とはいえ、やはり絶対的な摂取カロリーがふだんよりは少なかったに違いない。
 それに、ほとんど車で走り続けるような旅だったが、かなり歩いた日も半分くらいあった。今、iPhone の Health アプリで確認すると、歩かなかった日ですら、日本の日常程度かそれ以上に歩いている感じだ。

 というわけで、最近ちょっと気が緩んでウエストがきつくなってきていたズボンが、今朝気づくとけっこう緩くなってきていた。
 帰国して体重を量るのが楽しみである。
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 アイスランドダイエット、お勧めです。体重もお金もぐっと減ること請け合いです。

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2016.08.20

★旅のおとも

 何もかもが初めてだった二十歳のときのヨーロッパひとり旅の際は、「帰国するまで日本食を食べない」という青臭い誓いをたてて出かけた。

 だが、1か月を過ぎてから、最後の街となったパリでちょっとしたホームシックにかかり、もうどうでもよくなって焼き鳥やらラーメンやらを食べ、そのおいしさに身震いしたものだ。

 味覚というのはどうしようもなく体に染みついているんだなあと実感した。

 その後の旅行では日本食云々のこだわりはない。それでも、できるだけ現地の食べ物を食べたいとは思っている。
 だからというわけではないが、海外に出るのに日本から食べ物を持っていったことは一度もない。そもそも、そういう発想がほとんどなかった。

 しかし、今回の旅行では初めて、インスタントラーメンとレトルトカレーを持っていくことにした。

 向こうでそのふたつが恋しくなるからではない。以前ここにも書いたとおり、ホテルから一番近いレストランが50km以上先で、かつ、一人一食3千円以上かかるとか、そういう状況に陥る可能性が非常に高いからだ。

 いわば非常食である。

 以前、アメリカの田舎(今調べたらワイオミング州だった)で恐竜化石の博物館だかに行った際にちょうどランチタイムになり、そこでは何も食べられそうになかったので、学芸員?に「近くにレストランはありませんか」と聞くと、「30マイル(≒50km)以上走らないとない」と言われて驚いたことがあったが、今回の旅行ではそういうのが毎日のことになりそうで怖い。

 アメリカの砂漠的田舎には行くたびに驚かされているが、アイスランドほど見捨てられた最果ての地を旅した経験はない。まさに deserted island という趣きだ。

 アイスランドの人口がたった30万人ほどだというのは知っていた。だが、旅行の計画をたてはじめるまで、これほどまでに荒涼としたところだとは思っていなかった。
 何といっても北欧なのだというバイアスが、目を曇らせていたのだろうと思う。

 人口密度は日本の100分の1以下。世界でも5本の指に入るほど、人が少ない国なのだ。
 そして、国土のほとんどは火山か溶岩か氷河である。

 なのに、というか、だから、なのか、物価はべらぼうに高い。

 少しでもマシなところに宿泊できるようにがんばるのに必死で、それなりの宿が確保できたら、もうゲームオーバーというか、Mission accomplished という感じだった。
 そのせいで、肝腎の「どこに行きたいか」についてはまだほとんど考えていない。

 まあ、飛行機の中でだって、時間はたっぷりある。滑走路から無事に脚が離れれば。

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2016.07.27

●安くておいしい?ランチ

 このブログのメイン(いや、サブだな、「空と旅と風景と」がメインなんだから ^^;)テーマの一つは、「安くておいしいランチ」である。

 今も常に探している。

 「おいしい」の方をクリアするのは、特に贅沢を言わなければ比較的簡単だ。
 だが、そういうランチは、どうかすると2000円を超えてしまう。とても日常的に食せるものではなく、「安くて」をクリアできない。

 このブログを始めたころには、前菜にデザート・コーヒーまでついて1000円というパスタランチが職場の近くにあり、それがいわば基準になっていたのだが、そんなものはもはや望むべくもない。

 当初は上限1000円だった予算も、下手をすると千円台後半になってしまった。先日のように、時には2千円を超えるランチすら一人で食べる羽目になる。

 そんな中・・・

 今日のランチは378円!であった。

 もちろん、特においしいということはない。だが、日常の昼食として何の問題もない。値段を考えればおいしいと言ってしまってもいいくらいだ。

 「無添 くら寿司」の新製品、「シャリカレーうどん」である。あの北大路欣也が「新作にしてまさに名作」と、(おそらく)食べもせずに宣伝しているアレだ。
 (後記:CMでは、いちおう口にはしてますね。)

 昼時を外したのに、夏休みでもあるせいかやや混んでおり、でてきた料理にも若干の「やさぐれ感」はあるものの、許容範囲内である。

 提供されるまで10分近くかかったので、お腹がすいていたこともあり、目の前を流れるお寿司を一皿つまもうかという誘惑にかられたが、やめておいてよかった。
 「シャリカレーうどん」だけで十分なボリュームだ。

 くら寿司には、カレーやラーメンが各種揃っている。今度はラーメンを食べに行こうと思う。

 (後記:ラーメンは質・量ともに明らかにサイドメニューで、それだけではランチにならなかった。しかも、「旨辛とんこつ」のはずなのに、思いっきりカツオだしの効いた和風の味であった・・・)

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2016.06.16

◆魔の第3水曜日

 昨日の水曜日。

 さてお昼に何を食べようとなって、つらつら考えた末、思い切って行ったことのないイタリアンを選んだ。

 ランチの値段を見ると、ふつうは行かないような店なのだが、火曜日は うどん ですませたし、まあちょっと思い切ってという感じだった。

 駐車場が少ないのが気になっていたが、少し遅めの時間だし、空いている可能性もあるだろう、もしダメだったらそのまま通り過ぎてコンビニおにぎりでもいいや、どうせ移動の途中だし・・・とか考えながら向かう。

 一度前を通り過ぎてしまって少し先でUターン。店の前の駐車場は空いていた。

 ラッキーと思ったのも束の間、どうも様子がおかしい。営業していないようなのだ。まだ13時30分にもなっていないのに。

 さっき調べて休みは火曜日だと思い込んでいたのだが、後できちんと調べると、水曜日も第3だけは休みなのだった・・・

 第3水曜日。

 そういえば、この同じパターンで「なんで今日だけ休みやねん、せっかく来たのに」ということがこれまでに2〜3度あった。

 未だに学習していない。お昼は結局コンビニおにぎりになった。

 同じ失敗を繰り返さないために「魔の第3水曜日」を胸に刻むべくこれを記す。

 どうでもいい話ですみません。

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