2017.06.03

◆座右の銘は「面従腹背」

 今話題の前文部科学事務次官、前川喜平氏が報道ステーションのロングインタビューを受けた映像を見た。

 種々の点で興味深く示唆に富んだ内容だったが、ひときわ印象に残ったのは、氏の座右の銘が「面従腹背」だということだ。

 中央官庁のトップにまで上り詰めた人物の座右の銘が「面従腹背」・・・

 「役人の心得として、ある程度の面従腹背っていうのはどうしても必要だし、この面従腹背の技術っていうか資質っていうかそういうものはね、やっぱり持つ必要があるんで」

 なるほど。

 こういうふうに信念を持って肯定的に捉えられるなら、面従腹背のストレスもいくらかは少なくなるかもしれない。

 だが、事務次官の上には大臣や政府が存在するにせよ、その下には広大なピラミッドが広がっているのである。文科省の官僚から、全国に広がる学校や幼稚園の教職員に至るまで。
 そのそれぞれが「面従腹背」の「資質」や「技術」を「心得」として「持つ必要がある」のだとすれば、それはなぜなのか。
 それはとりもなおさず、中央官庁としての文部科学省が、「面従腹背」せざるを得ない馬鹿げたことを押しつけてくるからではないのか。

 その文科省トップの座右の銘が「面従腹背」だというのなら、文科省自体も被害者で、やはり諸悪の根源は政府(そしてそれを選んだ国民)なのか・・・
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 結局のところ世の中は、「腹背」では動かず、「面従」で動いてしまっている。

 失敗することが目に見えているような「新機軸」を矢継ぎ早に打ち出す文科省の方針に次々と面従させられて疲弊し、それでも誰も責任を取らない世界にストレスを溜め込んでいる現場から見ると、「トップまでが「面従腹背」などと言っていたのでは、そりゃこの悪弊は改まらないよなあ」と絶望的になってしまう。

 前川氏は「今、私、面従する必要がなくなったんでね」「38年宮仕えして初めて自由を獲得したんですよ」とおっしゃる。

 そうなのか。事務次官になっても、面従したまま終わってしまうのか。肝腎なのは、腹背のほうにこそあると思うんだけれど、その腹背でいったい何ができたんだろう?

 旧日本軍も、結局はほとんどが「面従」から脱却できず、全体として破滅へと突き進んでしまった。「いや、私は面従腹背でした」などというのは、後付けのエクスキューズくらいにしかならない。
 戦線拡大や日米開戦に反対して退職させられ、戦後自決した将軍のような人物が、ほんとにごくごく少数しかいなかったから、あんなことになってしまったのだ(そういう人こそ生き続けるべきであったのに)。
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 書き始めたときはこういう流れになる予定ではなかった。むしろ、前川さんへの応援讃歌を綴るつもりであった(今「前川がんばれ」というフレーズが頭に浮かんだ(正しくは「前畑」ですね))。

 前川氏が「多くの公務員はものすごく息苦しい中で暮らしているわけですよね」「物言えば唇寒しなんていうどころじゃない」というのも理解できる。
 でも結果として、やはり各自が「今いる場所で」できることすらしていないということがわかってしまったのは、なんとも切ない。
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 ただし・・・

 「次官であればですね、「どうなんですか」と大臣と一緒に私のところに来ればいいじゃないですか。一体じゃあ、なんでそこで反対しなかったのか不思議でしょうがないんですね」などと言い放つ総理大臣には、誰も何も言えない。

 そんなこともわからない(ふりをしている?)人物が「一強」では、面従腹背も役には立たないだろう。

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2016.07.13

●「想定外」その3 ──「天皇陛下、生前退位の意向」

 まさか「その3」を書こうとは思っていなかった。

 家族で外食していたとき、何か調べようと思って iPhone を見ると、前に開いていたニュースアプリの画面が見えて、「天皇陛下、生前退位の意向を示す」とあった。

 ええっ、まさか・・・と思ったが、NHKと共同通信が出したニュースをハフィントンポストが報じているもので、情報源は確かだ。

 びっくりするとともに、「そんなことが可能なのか」という思いがすぐによぎった。

 ハフィントンポストの記事はほんの数行で、「NHKによると、江戸時代後期の光格天皇を最後に約200年間、譲位は行われておらず、実現すれば憲政史上初めてのことになる」で終わっており、現行の皇室典範でそれが可能かどうかにはひと言も触れていない。

 あわてて(何の関係もない一国民が慌てる必要なんてもちろんないんだけれど、心情としてはまさにそんな感じだった)皇室典範を調べてみた(便利な時代だ)。

 それでわかったのは、やはりというか、皇室典範は生前退位や譲位などを想定していないということだ。
 「天皇が崩じたとき」以外に皇位継承は予定されていない。

 まあ、憲法九条の下で新しい安全保障法制なんかを作ってしまうような政府だし、テキトーに解釈を変更してできることにするのかなあとまず思った。

 が、引き続き皇室典範を読んでいると、ものすごいことに気づいてしまった。

 仮に、天皇が譲位すると、天皇は皇族ですらなくなるのだ! 条文を素直に読む限り。

 皇室典範の第五条で、「皇族」は、「皇后、太皇太后、皇太后、親王、親王妃、内親王、王、王妃及び女王」のみになっている。
 これでは、どう解釈しても、退位した天皇は皇族にはなれない。そしてもちろん、もはや天皇ではない。

 だとすると、「ただのおじいさん(元天皇)」とせざるを得なくなる。

 皇室典範を隅から隅まで検索しても、「太上天皇」や「上皇」や(衆議院・参議院以外の)「院」などという語は見つからない。
 もともと、生前譲位を想定していないのだから当然のことだ。

 となると、条文の趣旨や天皇の意向にはそぐわないけれど、やはり摂政を置くことになるのだろうか。

 そうではなく、本当に生前譲位を可能にするためには、皇室典範の改正しかないだろう。まあ、今上天皇の意向とあらば、そのくらいは大したことではないのかもしれないけれど。

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2016.04.17

★歴史からすら学べなかった地震

 震度7の地震がなんと「前震」だったとわかった熊本には義弟一家が住んでいて、阪神淡路大震災と同じマグニチュード7.3の「本震」が来てから、「熊本市内は前回より強い地震」だとLINEがあった。

 家は熊本城のすぐ近くで、部屋の中は滅茶苦茶になってしまった上に断水しているものの、今のところ倒壊とかそんなことにはなっていないという。
 楽観的な義弟本人は自宅にとどまり、心配でとても寝ていられないという家族は近くの広い駐車場に車を駐めてその中で寝ているらしい。
 二夜連続でそんな状態らしいのだが、今夜はどうしているんだろう。
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 最初の地震のあと、テレビのインタビューに「まさかこんな地震が来るとは夢にも思っていなかった」と答えている年配の人がいた。
 経験則としては確かにそうなんだろう。

 だが、少なくとも阪神淡路大震災の後では、個人の経験則で地震を考えてはいけないことが日本に広く共有されていると思っていただけに、かなり驚いた。
 まして、東日本大震災の後なのである。

 報道にあるとおり、熊本でも1889年(明治22年)に大地震があったという。私の祖父母すら生まれていない時代なので、その経験を聞いている人はほとんどいないに違いない。だからこそ、「歴史から学ばなければならない」と言われるのだろう。

 しかしながら、経験と歴史から学んでいても、まさか震度7の地震のすぐ後に、より大きな地震が来ると予想した人はいなかったのではないか。報道で聞くのも常に「「余震」に気をつけてください」であった。
 気象庁の地震予知情報課長も、「規模の大きいM6・5の地震発生後に、さらにそれを上回る規模の本震が発生した記録など」は「存在しない」と言っている(asahi.com)。活断層型地震に限れば、実際そうであるらしい。

 つまりは、今回、学ぶべき新たな歴史が生まれたということか。

(後記:歴史地震学者?の磯田道史氏によると、規模の大きい地震後にさらにそれを上回る規模の地震が発生した歴史的事実は古文書から読み解けるという。だとすると、気象庁の課長は「観測史上」について発言していたのか、それとも歴史的記録にまで思いが及んでいなかったのか、あるいはまた、観測開始以前のマグニチュードや震度は推測に過ぎないため、「記録」扱いできないと思ったのか。)
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 最初の地震を「まさか」と受け止めた方々には申し訳ないが、よく知られた警句がある。
 曰く、「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」。

 だが、学ぶべき歴史(上の記録)すら存在しないとき、私たちはどうすればいいのか。

 それはおそらく、「想像する」ことだろう。

 でも、イマジネーションの翼を広げすぎると身動きが取れなくなる。
 至難には違いないが、「適切に想像する」ことの大切さを改めて思わざるをえない。

 そんな想像、しなくてもいい地球であり社会であればいいんだけれど、悲しいことに、それは望めないのだ。

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2015.07.26

●それでも事故は起こるので・・・

 費用と免許の面から単発飛行機(エンジン/プロペラが一つの小型機)しか飛ばせない自家用パイロットの間では、「単発機は飛ぶ前からエマー(ジェンシー)だから」というジョークが、自嘲と自戒とを込めた口調で交わされる。

 エンジンが2つある双発機は、どちらかのエンジンが故障などで動かなくなっても、残った一つのエンジンだけで飛行を継続し、着陸が可能なように設計されている(2月に台湾で起こった墜落事故は、操縦士が誤って正常な方のエンジンを止めてしまったことが原因だということが明らかになった)
 それでも、エンジンが一つ止まると、エマージェンシー(緊急事態)を宣言し、一刻も早く最寄りの空港に着陸することが要請される。

 エンジンが一つ正常に動いていて、特に危険なく飛べて降りられる飛行機でもエマージェンシーなのだから、エンジンが一つしかない飛行機は飛ぶ前から緊急事態じゃないか、というのが冒頭のジョークの趣旨だ。

 だから、パイロットは飛行前点検を怠らない。

 日常的に自家用車に乗っている人で、乗車前にオイルやら冷却液やらファンベルトやらの点検をしている人はまずいないと思うが、飛行機の場合は、チェックリストに従って、かなりの数の点検を必ず行う。

 以前乗っていたセスナ172のチェックリストを久しぶりに引っ張り出してみたところ、
  ・操縦席に落ち着くまでに50項目ほどを点検
  ・エンジンをかけるまでに20項目弱
  ・エンジンがかかってから7項目
   ○管制塔に移動許可を要請
  ・滑走路に向かいながら5項目
  ・滑走路手前で停止して20項目弱(エンジンランナップ(≒試運転)を含む)
   ○管制塔に離陸許可を要請
  ・滑走路進入前に5項目
というように、実に、のべ(=一部重複して複数回)100を超える項目について、Set, Checked, Free, Both, On, Off, Rich, Cold, Locked などと唱えながら、そして時には CLEAR ! などと恥ずかしげもなく叫びながらチェックする。

 そうまでして、何か異常があることは滅多にない。
 実際、私ですら一連のこの手続きを百数十回やっているが、何か異常があってエプロン(駐機場)に戻ったとか、あるいは離陸滑走を中止したなどということは一度もなかった。
 それでも、次回飛ぶときには、また同じ手続きを繰り返す。「まあ大丈夫だろう」などと手順をスキップすることはない。

 だって、飛ぶ前から緊急事態なんだから。
(双発や多発の飛行機でも、チェックの手を抜くことはないだろうと思います。念のため。)

 ただ、もちろん、単発だからといってほんとに「飛ぶ前からエマー」だというわけではない。

 セスナ172のような小型機でも、燃料系統・発電系統・点火プラグその他、可能なものはほとんど二重化され、自動車のエンジンのように頻繁に?止まることはないようにできている。
 一方で、機構がシンプルな分、逆に信頼性は高い。とにかく停止しにくいことを第一に設計されているのだ。
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 それでも事故は起こる。

 パイパー社のマリブ・ミラージュによる今回の調布の事故でもっとも不幸だったのは、地上に巻き添えを出してしまったことだ。
 小型機が関連する事故は少なくはないが、地上の人命を奪ってしまった事故というのはちょっと記憶にない。

 報道から判断すると、何とか住宅地を避けられなかったのかという思いは残る。
 もちろん結果論だが、左旋回せずにまっすぐ飛んでいれば、中央自動車道手前の草地に不時着できた可能性も高い。そうすれば、かなりの確率でだれも死なずにすんだだろう。
 一縷の望みを託して、絶対にやってはいけないと教えられる、滑走路への帰還を試みたのか、それとも、揚力がなくなる失速を起こしてそもそも操縦不能だったのか・・・

 いずれにせよ、落下地点から計算すると、離陸から墜落までの時間はわずか30秒以下だろうから、冷静な判断の余裕もなく、墜落してしまったのかもしれない。

 気になるのは、先に移動していた飛行機を追い越して、滑走路手前でのエンジンランナップ(≒試運転)を行わずに離陸していったという点だ。追い越された飛行機のパイロット(元日本航空の機長)が詳細に証言しているので、それは間違いないだろう。
 もちろん、本来は滑走路手前でやるランナップは、エプロンで?すませていると運航情報官(都の委託職員だから「官」ではないけれど)に無線で申告しているということなので、それはその通りだと信じたい。

 いずれにせよ、何らかの判断ミス・操縦ミスがあったとしても、根本的にはエンジンの不調が原因だろう。

 現役の単発機パイロットには、「飛ぶ前からエマー」のジョークを、自戒を込めてもう一度思い出してもらいたい。
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 末筆ながら、亡くなられた方々に深く哀悼の意を表するとともに、怪我をされた方々の一刻も早いご快癒をお祈り申し上げます。

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2015.07.24

●私たちは戦争を体験していないけれど

 鶴見俊輔が死んだ。

 朝日の朝刊は日経によるフィナンシャル・タイムズの買収がトップだったが、その横に訃報。
 夕刊は一面トップである。

 昨今の情勢の中、メディアから鶴見俊輔の声が聞こえてこないのが不思議だった。
 さすがに高齢だからかとは思っていたが、同い年の瀬戸内寂聴氏や2つ下の村山富市氏などは表に出てきている。夕刊には「5月半ばに太ももを骨折」とあるが、発信は可能だったようにも書いてある。

 細胞生物学者で歌人の永田和宏氏(ご自宅も近所だという)によると、「メッセージを頼もうと思ったが、体調を気にして声をかけなかった」(『朝日新聞』)のだそうだ。

 麗しい配慮だが残念なことだった。
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 鶴見俊輔の「起点」や「原点」などとして、よく戦争体験が語られる。ご本人の口からも、戦争への言及がしばしばなされる。実際、戦争体験は鶴見にとって思想のバックボーンとなるものだったのだろう。

 日本からは戦争体験者がどんどんいなくなってきている。その理由が死であることは悲しいことだが、諸外国では必ずしも戦争体験者が減っているわけではない点を鑑みれば、もちろん言祝ぐべきことだ。
 しかしながら、「戦争を知らない子どもたち」だった為政者が、「大人になっ」った後で「平和の歌を口ずさみながら」「歩きはじめ」ないで、むしろ、「また戦争をする方向へ舵を切ろうとしているのは、戦争を直接体験していないからだ」などと言われることを考えると、手放しに喜べないような気になってしまって複雑だ。

 実際、同じ自民党でも、何らかの戦争体験を持つ、もはや引退してしまった元重鎮たちの多くが、今回の法整備に明白に異を唱えているし、鬼籍に入ってしまった、たとえば後藤田正晴のような人物も、生きていればそれに加わっただろうと思われる。

 だが、戦争の経験を得るためには、戦争を体験することを必要としない。
 こと戦争に関してだけは、私でさえ、体験しなくてもわかる。

 「何を生意気なことを。体験していない者にあれがわかるものか」と言われれば、「すみません、おっしゃるとおりです。ご体験とはくらべものになりません。とてもわかったとは申せません」と返すしかないのだが、「自分で直接経験しなければ学べない」と、いつも自分の想像力のなさを呪っている私ですら、こと戦争に関しては、わかる気がするのだ。

 それは、幼いころから接してきた、膨大な絵本・漫画・体験記・小説・詩・歌・写真・絵画・映画・ドラマ・劇・報道・投書など、そして、数は限られているが、直接聞いた体験談の蓄積があるからである。

 もちろん、そんなものがナマの体験にかなうわけではない。
 ただ一方で、一人では到底体験しえないようなさまざまな立場を、私たちは仮想的に経験してきた。

 こないだの日本の戦争に限っても・・・

 敵と勇敢に戦ったり、命令されて無抵抗の民間人を殺したり、上官に殴られたり、マラリアにかかったり、飢えに苦しんだり、そうして死んでいった腐乱した死体の横を目を背けながら歩いたり、その挙げ句に人肉を食べて飢えをしのいだり、完全軍装で何十キロも行進したり、その時の靴が安物でついには裸足になったり、焼夷弾を落とされて家を燃やされたり、そのせいで父母や兄弟が焼け死んだり、特攻機で出撃して故障のために途中の島に不時着したり、実際に敵艦に突っ込んでいったり、そういう最期を迎えるために飛行操縦の訓練に励んだり、そんな息子を手塩にかけて育てたり、帰ってこない夫や息子を岸壁で待ったり、遺骨として白木の箱の中の石ころを受け取ったり、、原爆で体中の皮膚が垂れ下がって幽霊のように歩いたり、竹槍で爆撃機を落とす訓練をしたり、校庭を畑にして芋を栽培したり、勉強をやめて工場に行って働いたり、そこが爆撃されて逃げ惑ったり、アメリカ軍の火炎放射器で焼き殺されたり、日本兵にガマから追い出されたり、わが子を手にかけてから手榴弾で自殺したり、占領した村の食料をすべて奪って女性を強姦した上に殺したり(これは直接の目撃者から聞いた)、グラマンの機銃掃射を受けながら命拾いしたり(これは父親の体験)、疎開先でいじめられたり(これは母親)、やっと戦争が終わったら、シベリアなんかに送られて極寒と飢えの中強制労働させられたり、子どもたちは教科書に墨を塗らされたり・・・

 きりがないのでこの辺でやめよう。

 いくら想像力のない者でも、とにかく金輪際、体験したくないことだというのは容易にわかる。特に私のような、苦しみや悲しみや痛みなんかに弱く脆い者であってみれば。

 鶴見をして、「一億人の中の一人になっても」とまで言わしめた反戦への思いの「原点」となった体験そのものは、もちろん私にわかるとは言えない。

 しかし、圧倒的な量の戦争擬似体験は、私の乏しい想像力を動員するだけで、ナマの一人の体験くらいにはなるはずだ(それでも体験者から「わかるものか」と言われたら「すみません」としか言えないけれど)。

 だから、「昨今の為政者たちは戦争体験を経ていないから戦争の恐ろしさがわからないのだ」というような言説は、にわかには信じがたい。もし本当にそうだとしたら、もはや救いようがないほど愚かだとしか言いようがない。

 まさかそんなことがあるはずはない、と思うのだが。

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2015.07.19

●105万分の1

 夜寝るのが遅かったというのに、朝7時前に起こされる。

 なんでも、就職試験のために出かけた息子が自宅最寄り駅までバスに乗っていったところ、JRが全面運休していて復旧のめども立っていないという。

 そんなことなら、試験も延期になるか、最低でも遅刻しても大丈夫だろうとは思ったものの、寝床で横になったままウェブサイトを確認すると、「本日の試験は予定どおり実施します」と書いてある。

 朝早すぎてサイトの更新が間に合っていないのかとも思ったが、「本日の」とまで言う以上、何とかして行かざるをえない。
 急遽起きだしてカフェラテを半分だけ飲み、すごすごと帰ってきた息子を乗せて車で試験会場へ向かった。

 「念のため」といってバカみたいに早く出かけていた息子の臆病さが功を奏し、無駄にバスで最寄り駅を往復してから私が車で送り届けても、余裕で間に合った。

 息子が帰宅してから聞くと、試験はまったく何ごともなかったかのようにふつうに行われたという。
 遅刻したり欠席したりした人はいなかったのかと聞くと、それなりにいたが、救済措置については特に言及がなかったとのこと。

 止まっていたのはJRだけだったということもあるのだろうが、一応は人生がかかっているんだから、若い人たちを絶望させるようなことだけはしてほしくないと思う。
 いずれにせよダメだったにしても。
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 昨日の運休は、「計105万人への影響」があり、「過去最大規模だという」(『朝日新聞』)。
 しばらくとはいえ、どうすればいいのかと途方に暮れた息子への「影響」や、安眠を妨害された私へのそれは、せいぜい105万分の1に過ぎない。

 残りの104万9999人(というほど正確な数字ではもちろんないけれど)への影響も、小さかったことを祈るばかりだ。

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2015.03.28

●今回は「想定外」かもしれないが・・・

 旅行中でほとんど報道に接していなかったし、帰ってからもテレビは一切見ていないのだが、ジャーマンウィングズ機(エアバスA320型)がフランスアルプスに墜落したニュースはネットで知り、帰宅後新聞は読んだ。

 原因がわかった上で時系列に記事を読んでいくという倒叙推理のような珍しい読み方になり、ボイスレコーダーが解析されるまでの推測はことごとく外れているのを興味深く辿ることになった。

 だが、まさかこんな原因だとは、予測せよという方が無理だから、そこはまあ、嫌いな言葉だけれど、「想定外」としても仕方ないかもしれない。

 しかしながら、当然「想定内」としておかねばならない陥穽がそこに潜んでいることに自覚的ではない国や航空会社があることには落胆した。

 アメリカでは、航空機の種類によってはコックピットに常時2名以上の乗務員がいなければならないことを連邦法で定めている。
 なのに、ドイツもスペインも、それにオーストリアもノルウェーも、アイスランドも日本も!、その規則を定めていなかったというのだ(『朝日新聞』)。
 そのうち、ドイツとオーストリアでは、今回の事件を受けて常時2人制を導入することに決めたという。対応が素早いのはさすがだ。

 面白いのは、何かと話題のスカイマーク(日本の格安航空会社)が「以前から「常時2人」態勢をとっている」(同)ということだ。偉いぞ。

 日本航空は、「対策が必要かどうかは今後判断する」(同)と悠長なことを言っている。統合失調症を患っていた機長が羽田沖に飛行機を墜落させた経験(1982年)を持つ航空会社の対応だとはとても思えない。
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 いや、ただ、私が上記で「「想定内」としておかねばならない」といったのは、機長や副操縦士が精神的問題を抱えていて機を墜落させる可能性のことではない。
 それも考えなければならないのかもしれないが、それよりはむしろ、操縦士がコックピットに一人になったときに、失神したり死亡したりする可能性のことだ。

 報道されているとおり、2001年9月11日の同時多発テロを受けて、コックピットへの立ち入りが厳しく制限されるとともに、テロリストが客室からコックピットへ入ろうとしても入れないような対策が施された。
 現在のドアは銃弾すら通さないというし、今回の悲劇的事件が実際にそうであったように、機長でさえ外からドアを開ける手段を持たない。

 だとすると、別に自殺願望や悪意がなくても、一人操縦室に残った操縦士が何らかの事情で失神したり死亡したりすれば、飛行機は墜落する以外に道がなくなってしまう。
 「客室乗務員が2人目としてコックピットにいても、できることは限られている」というようなバカなことを言う「専門家」もいたようだが、コックピットのドアを開けることさえできれば(スイッチを捻るだけだ)、最悪の事態は容易に回避されるのである。

 一方の操縦士がトイレに立った間に、残った操縦士が失神したり死亡したりする可能性はあるか?
 限りなく低いだろう。
 しかしながら、毎日毎日何万機という飛行機が世界中の空を飛んでいるのが日常なのだから、いつか必ず、どこかでは起こる。
 その時に、ドアが外から開かなければ、墜落は免れない。その結果は、数十人から数百人の死であり、地上に人的被害が出る可能性もある。

 そんな悲劇を回避するためには、客室乗務員を1人、トイレに行った操縦士の代わりに待機させておくだけでいい。仕事は、万一の時にコックピットのドアを開けることだけだ。何も難しいことはない。

 そんな重要かつ単純なことが法制化・規則化されていない国や航空会社があるなんて、にわかには信じられない。まして、「対策が必要かどうかは今後判断する」(日本航空)とか「今後の対応も決まっていない」(バニラエア)とか・・・
 どうして今までに想定して判断していなかったのだろうか。

 「想定外」という言葉は、ほんとうにもう聞き飽きた。

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2015.03.14

●詐欺被害がひとごとでなくなるとは・・・

 ごく近しい老夫婦が振り込め詐欺の被害に遭いそうになった。

 「遭った」ではなくてよかったのだが、「怪しい電話がかかってきた」とかいうレベルではない。
 実際に ATM の前まで行って、電話で指示を受けながら操作していたのだ。

 幸か不幸か、耳が遠いために相手の指示がよく聞こえず、何度も聞き返しているうちに相手が痺れを切らして電話を切ったという。
 マンガのような話ではある。

 市役所に現に存在する部署を名乗る、いわゆる還付金詐欺であったらしい。

 ショックなのは、もう何度も、「そういう詐欺に遭わないように」という話をしていたということだ。
 夫の方は大企業を部長で退職して子会社の社長をやっていた人。妻の方は専業主婦だが、むしろ夫よりしっかり(というかちゃっかり?)している。

 そういう夫婦が、2人揃って騙されてしまうのである。どちらも「詐欺かも」とは言い出さなかったらしい。
 いくら年を取ったからとはいえ、そんなことになるものなのだろうか。まだぼけてはいない(はずだ)。年を取るというのは恐ろしい。

 夫の方は、「ATM に行ったかて(行ったからといって)、お金を渡すようなことはせえへん」と言っているそうだ。
 耳が遠くなければ、確実に「お金を渡すようなこと」をしていただろうと思う。

 だいたい、お金を受け取るために ATM に出向く必要など絶対にないし、何より、ATM を操作してお金を受け取るなどということは、原理的に不可能である(借りることならできるかもしれないけれど)。

 家人なども、「ATM に行かせて、どうやってお金をだまし取るん?」とか言っている。世事に疎い者の認識というのはその程度なのかと愕然とした。

 その説明をした後、「そもそも ATM を操作してお金を受け取るなどということは、原理的に不可能だ」という話をすると、「えーっ!?、知らんかった」とか言う。

 生涯、全資産は私一人で管理しようと固く誓った。

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2015.02.20

◆「立春」への無理解

 いささか旧聞に属するが、2月15日の朝日新聞「天声人語」は次のような文章で始まっていた。

 立春を過ぎれば冷え込みは余寒だが、「余りものの寒さ」とはいかず、今年も名ばかりの節目である。2月という月は、暦の上では春ながら、実のところは冬がきわまる。しかし寒さの底から、何かが兆し始めるときでもある
 幼いころから聞き飽きた常套句「暦の上では春」というのが、ここでもまた繰り返されている。今回はご丁寧なことに「立春」が「名ばかりの節目」とまでこき下ろされている。「寒さの底から、何かが兆し始めるときでもある」と自分自身で言いながら、「立春」の意味に気づいていないのだろうか。

 立春というのは、「暦の上では春ながら、実のところは冬がきわまる」時節のことを言うのではない。まさに「寒さの底から、何かが兆し始めるとき」を言うのである。
 つまり、「もう寒さは底ですよ、これからはたゆたいながらも少しずつ暖かくなってきますよ、いよいよ春がスタートしますよ」というのが立春なのである。寒さが極まっているのは当たり前で、極まっているから立春と呼ぶのだ。

 もちろん、立春は決して「名ばかりの節目」でもない。
 もはや冬至と春分の中間地点にいて、現実に日はどんどん長くなっている。今年始めて私が満開の梅に気づいたのは立春から5日後であった。その他の木々の芽・花芽も日ごとに膨らんでいる。カワガラスなど、気の早い鳥は繁殖を始める。

 マスコミが毎年のように「暦の上では春ですが、まだまだ寒いですねぇ」と繰り返すのをいつも苦々しく思っていた。そういう常套句を何度も聞かされることで、人々の立春への無理解は定着・強化されてしまう。
 まして、少なからぬ人々から教養の指針のように思われている(毎日ノートに書き写しているという人まで相当数いるらしい)「天声人語」がこのような認識では、背筋がうすら寒くなる。

 立春は決して「名ばかりの節目」ではない。「寒さの底から、何かが兆し始めるとき」が立春と名づけられたのだ。そして、その感性を私たちは共有してきた(はずな)のである。

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2015.02.05

◆なぜ墜落したのか

 着陸はともかく、離陸が難しいと思ったことはない。

 初めて飛行機を操縦して離陸させるときですら、例外ではなかった。

 フルスロットルにして、滑走路の中心線に沿って加速していく。とにかくまっすぐ進めばいいだけだ。そして、速度が55ノット(約100km/h:もちろん機種などによって異なる)になったところでゆっくりと操縦桿を引けば、機はふわりと浮き上がり、速度を上げながら上昇していく。

 機首を上げすぎないように注意はするものの、難しいことは何もない。

 もちろん、技量に差はある。
 特に、離陸してから滑走路中心線の延長上をまっすぐ飛んでいけるかというと、それは難しい。私などはしょっちゅう、「後ろを見てください。まっすぐに上がってますか?」と聞かれ、そのたびに風に流されているのを自覚させられた。
 そう言われるまで気づかない進路のズレを、教官はとうに知っているのだ。

 だがまあ、少々ずれていようがどうしようが何の問題もない(すみません、先生)。
 とにかく、前後左右、それに上下にも、障害物は何もないのだ。機首を上げすぎて失速(揚力を失って飛べなくなること)しないようにさえ気をつけていればいいし、気をつけるまでもなく、そんなに機首上げをしてしまうことはありえない。

 それでも、免許を取得するまでは、繰り返し繰り返し、離陸失速からのリカバリー訓練をやらされる。
 訓練では、ひたすら機首を上げ続けて、「こんな鯉の滝登りみたいな・・・」というような状態にすることで無理矢理失速させ、そこから機首を落としてリカバリー操作に入るのだが、通常の離陸でそんな極端な機首上げを行うことは考えられない。

 実際の離陸中に万一失速しそうになったとしても、機を水平に戻す程度でそのまま飛行を続ければ何の問題もないはずだ。
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 以上はもちろん、機体が正常な場合である。

 昨日台湾で墜落したトランスアジア航空の飛行機には、もちろん、何らかの異常があったに違いない。
 しかしながら、ともかく離陸して飛んでいる以上、たとえば片方のエンジンが完全に止まっても、そのまましばらく水平飛行を続けることは何も難しくない(ように設計されている)。上昇能力は落ちるが、高度を上げることも可能だ。

 そして、外的要因ではなく、エンジンが2つとも同時に故障で停止するというのは天文学的な確率になり、通常は「ありえない」とされている。
 「ハドソン川の奇跡」の時は、ジェットエンジンに鳥が吸い込まれたことが原因で双方のエンジンがアウトになったが、今回の機体はプロペラ機である。

 また、映像を見ると、高速道路と交差しつつ主翼が車とぶつかった時点では、ほとんど90度バンクしている。たとえエンジンが両方だめになっていたとしても、滑空比の高い機体だから、しばらくはグライダーのように飛べるわけで、あんな姿勢になることもありえない。
 現場の状況がよく分からないのだが、もしかすると、わざと川に落として被害を最小限に食い止めるために無理な操縦をしたのかもしれないけれど。

 あるいは、エンジンも操舵系統も両方ダメになっていたのだろうか。それこそ天文学的確率だが、そうでも考えないと、あんなことが起こるとは到底信じられない。
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 乗員乗客の多くが帰らぬ人となった。深く哀悼の意を表するとともに、怪我をされた方々の一日も早い回復を祈る。

 残念ながら、事故原因について語ることができる機長も副操縦士も亡くなっているが、同様の事故が起こる確率を少しでも減らせるよう、このありえないような事故の原因究明を進めてほしい。

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