2018.06.10

◆グッド・ライ 〜いちばん優しい嘘〜

 思いがけず、いい映画を見た。

 「兄弟」を失いながら1000km以上も裸足で歩き、ケニアの難民キャンプにたどり着いたスーダン難民。十数年もそこで過ごした後に、やっとアメリカに第三国定住が認められるも、もちろんいいことばかりではない。

 ただ、重いばかりの映画ではないのも救い。簡単に救われてはいけないんだろうけれど。

 紙の上ばかり、あるいは刹那的映像だった難民が、映画の中とはいえ彼ら自身の時間を紡いでいっている様を見られたのは大きな収穫だった。
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 そうかな・・・とは思っていたが、スーダン難民を演じる主人公たちは実際の難民だそうである。

 ともかくご覧になってみてください。
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 今知りましたが、「ビューティフル・マインド」のロン・ハワード製作だそうです。

The Good Lie, 2014 U.S.A.)

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2018.06.05

◆ Hidden Figures

 邦題は『ドリーム』。アメリカ航空宇宙局(NASA)の宇宙開発に貢献した黒人女性たちの物語。

 原題の Hidden Figures は、直訳すれば「隠された姿」というような意味だが、「陰の人々」とでも訳せようか。なんか違う感じだけれど「縁の下の力持ち」と言ってもいい。
 同時に、「隠れた数値計算」という意味もある。ほとんど表に出ていないが、軌道計算などに重要な役割を果たしていた彼女たちのことを見事に表現している。

 事実をもとにした映画であり、主人公の Katherine Coleman Goble Johnson が99歳で存命だというのもすごい。映画自体はアカデミー賞を取っていないようだが、2017年の授賞式では、98歳の彼女が車椅子ながら舞台に登壇している

 史実とは相違もあるらしいが、法律的・制度的な差別が残っていた時代から、彼女らが NASA において抜きん出た活躍をし続けてきたことは事実だ。

 深刻なテーマを上品なコメディ&感動のエンターテインメントに仕上げているのもさすが。

 相当な傑作です。ぜひご覧ください。

(Hidden Figures, 2016 U.S.A.)

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2018.04.24

★許せぬ誤訳

 書き出すとキリがないし面倒くさいので書くまいと思いながらも、再び誤訳の話を・・・
 まあ、前に初めて書いてから半年以上経ってるし、お許しくだされば(って誰に言ってるんだろう?)。

 「NCIS ~ネイビー犯罪捜査班」というドラマを見ている。
 NCISというのは、Naval Criminal Investigative Service の頭字語で、アメリカ海軍や海兵隊にかかわる刑事事件を捜査する実在の機関がモデルとなっている。

 捜査に参画するのは「連邦捜査官(Federal Agent)」で、これは FBI(Federal Bureau of Investigation)と同じ呼称だ。

 ところが、見ていると次のような字幕が出た。

 「うちは民間人による機関だ。中将の階級もここでは重みを持たない。」

 NCISが「民間人による機関」??? なんじゃそれは。どう考えてもありえない。

 巻き戻して台詞を聞くと、次のようなものであった。

Do I need to remind you why we're a civilian-run agency? With all due respect, Admiral, those stars on your shoulders don't carry much weight in this building.

 不自然ではない程度に直訳すれば「どうして我々が文民の運営する機関なのか思い出していただく必要がありますか(ないでしょう)。失礼ですが提督、肩の上の星(階級章)はこの建物の中ではそれほどの重みを持ちません」とでもなるだろうか。

 これをごく短く的確に訳さなければならない事情には同情を禁じ得ない。だから、全体として上記のような訳になるのは仕方がない。

 だが、"civilian" を「民間人」と訳したのはひどすぎる。この一点だけで、「この訳者は何もわかっていないのではないか」との思いがよぎり、落ち着いてドラマを見られなくなってしまう。英語だけ聞いてぜんぶわかるのなら字幕はすべて無視すればいいのだが、なかなかそうもいかない。

 この訳にはほとんど腹が立った。
 これはケアレスミスではない。プロの翻訳家として、語学力と常識/知識の両方が欠如していなければ起こりえない、あまりにもひどい訳である。

 そもそも、NCISは純然たる連邦捜査機関であり、連邦捜査官が「民間人」であるはずがない。この訳者だって、しょっちゅう、"Federal Agent" を「連邦捜査官」と訳しているのだ。彼らが現場に踏み込むときのジャンパーの背中にも仰々しく "Federal Agent" と書いてある。

 その彼らを「民間人」だと訳すというのは、「民間人」の意味がわかっていないからなのだろうか。わかっているとすれば、civilian のいくつかの訳語から、どうしてわざわざ、もっともこの文脈にふさわしくない「民間人」という語を選択したのか。また、「シビリアンコントロール(=文民統制)」というような言葉を聞いたことがないのだろうか。

 辞書を引けば(というか翻訳者なら引かなくても)すぐわかるとおり、この civilian は「(軍人ではない)文民」を指している。窮屈な字幕の制約の下でも、「うちは文民による機関だ。中将の階級もここでは重みを持たない。」と訳せば、むしろ1文字減るのである(「文民の運営する機関だ」と訳しても1文字の増加ですむ)

 これほど無知な人がプロとしてアメリカ軍隊ドラマの商業翻訳をしているという事実には、ほとんど愕然とする。
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 調べてみると、当の訳者によるエッセイが見つかった。そこには、

今でこそ軍隊にまつわるドラマを何年も担当していますが、当初はアメリカ海軍と海兵隊の違いすらチンプンカンプン。しかし、必要であればやるしかない。「できます!」と手を上げて仕事を請けたのちに片っ端から資料や辞書を集め、軍事に詳しい友人の知恵を借りて泣きながら訳すことも。幸い、その後も継続的に仕事をいただけたので、最初の関門は突破できたのでしょう。
とあった(2017年2月)。

 訳者は2004年にフリーランスの翻訳者になっているが、「民間人」誤訳は2010年以降のことなので「当初」ではない。「関門は突破」して「継続的に仕事」をした結果がまだこれだとすれば、この業界の翻訳の質の低さに、「ああ、やっぱり」と嘆息するばかりである。

 そもそも「アメリカ海軍と海兵隊の違いすら」わからないのに軍隊ドラマをプロとして翻訳するなど、視聴者に対する裏切り行為である。ほとんどの人は、吹き替えや字幕(だけ)を頼りに映画やドラマを見ているのだ。

 今回は録画を見ていたので確認できたが、映画やテレビを見ていたのではそれさえできず、違和感を抱えながら観賞せざるを得ない。
 さらには、話がサスペンス/ミステリなので、何か引っかかる訳があると、それがヒントなのかとか伏線なのかとか頭を悩ませてしまうことにもなる(今回は当てはまらないけれど)

 この業界の翻訳の質が向上することを願ってやまない。

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2018.01.16

■ビッケとムーミンをめぐる騒動

 先日行われた大学入試センター試験の地理Bで出題された、「小さなバイキング ビッケ」と「ムーミン」に関する話題がかまびすしい。

 当初、個人的には「よく考えられたいい問題だなあ」という印象を持っていた。もちろん、正答を選ぶのにアニメの知識は必要ないようにも工夫されている。

 ところが、「正解」するのに問題はないものの、そもそも「ビッケの住む村はノルウェーなのか」「ムーミン谷はフィンランドなのか」というところで疑問が呈されているようだ。
 無責任なネットの書き込みだけではない。大阪大学のスウェーデン語研究室が、ビッケの舞台がノルウェー、ムーミンがフィンランドだという根拠はどこにあるのかと、大学入試「センターに説明を求める見解を発表した」というのだ(asahi.com)。

 知らなかったのだが、ビッケの作者はスウェーデン人のルーネル・ヨンソン(1916-2006)という人だそうである。であれば、ビッケの拠点となるフラーケ村もスウェーデンであると考えるのが自然であろう。出題されたアニメはどうかわからないが、「原作の舞台がスウェーデンだと読める記述もある」そうだ(同)。

 まったく別の話だが、今回の件で久しぶりにビッケのことを思い出し、お風呂で主題歌を歌っていると、妙なことが気になった。

 ♪イギリス・オランダ・ブルガリア 氷の海も何のその
 ♪グリーンランドにお散歩さ そーれ、世界の海に出航だ

というのだが、何か引っかかるところはないだろうか。
 そう、スカンジナビア半島を拠点としていたバイキングが、イギリス・オランダに行ったのはまあわかる。アイスランドにだって行っているのだから、グリーンランドにも行ったかもしれない(彼らが名づけたのかな?)。

 でも、ブルガリア???

 子どものころは、ブルガリアがどこにあるかという知識もなかったのだろう、まったく気にならなかった。

 調べてみると、バイキングは何と、北海からイベリア半島を回り込んで地中海に抜け、そこからさらに奥の黒海に至り、ブルガリアにも進出していたらしいのだ。
 それだけではない。あろうことか、北アメリカの北東岸にすら到達しているというのである(『日本大百科全書』)。
 それが西暦1000年ごろのことだというから、アメリカを「発見」したヨーロッパ人は、コロンブスではなくてバイキングだということになろう。

 さて、ムーミンである。

 作者のトーベ・ヤンソン(1914-2001)の母語はスウェーデン語であり、作品もスウェーデン語で書かれているが、ヘルシンキ生まれのフィンランド人(ただし母はスウェーデン人)なので、ムーミンの舞台がフィンランドだと仮定しても大きな問題はないであろうし、一般にもそう思われている(念のため、現在でも、フィンランドでは南西部やオーランド諸島を中心にスウェーデン語話者が一定数暮らしている)。

 だが、「舞台は「ムーミン谷」なのに、それを勝手にフィンランドだと判断していいのか」ということが言われているようだ。

 私はこれを、言いがかりに近いものだと考えていた。
 「桃太郎」に出てくる「鬼ヶ島」は日本なのか、「浦島太郎」に出てくる「竜宮城」は日本なのか、みたいな疑問と同列のように感じたのだ。
 まあ確かに、鬼ヶ島は中国や朝鮮であるという想像が成り立たないわけではない。竜宮城にも同様の可能性はありそうだ。ただ、少なくとも後者では言葉が通じたようなので、日本が舞台だと考えて差し支えないだろう。鬼とは言葉でコミュニケーションができたのだろうか?

 ともかく、フィンランド人が想像力の翼を広げてムーミン谷を描写したんだから、それはまあフィンランドでいいんじゃないかというのが私の漠然とした考えだった。
 ところが、知り合いのフィンランド人に聞いてみると、「ムーミン谷はフィンランドだとは思えない」と言うのである。「地形や風景の描写から判断して、フィンランドではない」と感じているらしい。
 フィンランドといっても広いんだし、どこかにムーミン谷のようなところもあるかもしれないとは思うものの、フィンランド人自身がムーミン谷に「異国感」を持っているというのは、意外な発見だった。

 ムーミン谷の所在に関しては、今回の騒動を受けて、日本の「ムーミン公式サイト」にも見解が掲載されているので、興味のある方はご覧いただきたい。
 そこには、「劇中の気候や風土の描写はフィンランドのそれを思わせるものです」と書いてあるのだが、知り合いのフィンランド人の見解とは異なる。ほんとにフィンランドを知っている人が書いているのかどうかわからない。
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 気になるのは、よりにもよってあのセンター試験に出題するというのに、きちんと検証しなかったのかということだ。「きちんと」は難しいにしても、これくらいの疑問がずらずら出てくるというのは、ちょっと調べればすぐにわかることである。なのに、気にせず出題したのだろうか?

 言語学・文学畑の人間からはちょっと想像しにくいのだが、地理畑の人たちは、こういうことに「おおらか」なのだろうか。
 文学的には、ビッケもムーミンも、どこが舞台か決着がついていない可能性が高いのではないか。

 さて、大学入試センターはどう出るか。
 仮に、「ビッケのフラーケ村はスウェーデン」「ムーミン谷はフィンランドかもしれないが別の国かもしれない架空の場所」であったとしても、あの「正解」にたどり着くことはできるだろう。
 しかし、問題として適切を欠くと言われれば、素直に認めざるをえないかもしれない。


 おそらく明確な結論が得られそうもない今回の騒ぎで、唯一確かなことがあるとすれば・・・それは、出題者が私と同じ世代だということくらいであろうか。

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2018.01.14

■「結婚してもうすぐ・・・」

 大島優子が

 「結婚してもうすぐ一年。あえて話さなくても、わかることが多くなった・・・

と語る「泡ミノン」(第一三共ヘルスケアの全身シャンプー)のCM。
 これを見て、

 「結婚してもうすぐウン十年。いくら話しても、わかりあえないことに慣れてきた・・・」

と思う人は多いのではないだろうか。

 いえ、私の話ではありま・・・

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2018.01.07

■ハクソー・リッジ

 沖縄戦の映画だというだけの予備知識で見た。
 ハクソー・リッジとは沖縄県浦添市にある丘で、日本側は「前田高地」と呼んでいたそうだ。

 実話だというのだが、細部の多くは創作・演出されたものだろう。

 いずれにせよ、ものすごい傑作だと思う。たとえば『プライベート・ライアン』みたいに話題になっていない(なってませんよね?)のが信じられない。

 物語は一人の英雄に焦点が当たっているが、もちろんそれにとどまらない。

 後半は沖縄戦を描いているので、見ていられないような映像が頻出するが、それでもやはり、誰もが見ておくべき映画だと思う。

(Hacksaw Ridge, 2016 U.S.A.)

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2017.10.21

◆映像は想像を超えない ──『ダンケルク』

 映画『ダンケルク』を見た。映画館で映画を見るのは10年ぶりである。

 なぜ見ようと思ったかというと、ばんばひろふみ さんがその映像のすごさをラジオで絶讃していたからだ。ダンケルクを見たあとで他の映画をふつうのスクリーンで見ると、もうアホらしくて見る気がしないとまで言っていた。

 私も、多い年には100本以上の映画を見ていたが、どれも DVD やら Blu-ray やらである。映画館で見ても家で見ても、それほど変わらず楽しめるからだ(デメリットは封切りから日が経たないと見られないことだが、その間にも見るべき映画は他にある)。
 しかし、バンバンがそこまで言う映像は、どうしても映画館でしか見られないのは自明である。

 調べると、その素晴らしい映像を見られるのは、なんと日本で唯一、109シネマズ大阪エキスポシティだけだという(ほんとなのかな?)。
 その「日本で唯一」が自宅からほど近いのだから、これで行かなければもう一生映画なんか行かないかもしれない。そう思っても、ちょっと精神的に余裕がないのもあってぐずぐずしていたのだが、そうこうしているうちに公開が終わってしまうかもしれないので、思い切って出かけてみた。

 「IMAX®の巨大スクリーンいっぱいに広がる圧倒的な映像」
 「<日本で唯一>のIMAX®次世代レーザー」
 「日本最大級のビル6階分に相当する〝タテ18m、ヨコ26m〟の超巨大スクリーン」

という宣伝文句もさることながら、大昔にフロリダだったかロサンゼルスだったかで体験した IMAX のイメージと、バンバンの「頭の上を飛行機がばーんって、飛んでいくねんで」みたいな発言から、ものすごい映像体験を想像して出かけた。

 が、ガラガラの劇場のほとんど最善の席に座ってスクリーンを見たところで、これは期待できそうにないという気がした。確かにスクリーンは大きいのかもしれない。でも、それは単に目の前に平面的に広がっているだけで、これで飛行機が頭の上を飛んでいくとはとても思えない。
 何か仕掛けがあってそのうちスクリーンが半球状に拡がるとか、そういう期待も持てそうになかった。

 映画が始まると、確かに、眼鏡を通した視野一杯くらいに映像が広がり、周囲の椅子や観客の存在を忘れることができるくらいではあった。
 音が大きすぎるのには辟易するが、確かに臨場感はあり、銃撃や爆撃のシーンでは思わず身を竦ませたりはした。

 だがまあそれだけである。結局、映像は想像を超えられなかった。

 「日本初の4Kツインレーザープロジェクターによ」る「高解像度映像」を標榜しているのだが、フレームレート(秒間コマ数)が低いのか、プロジェクタの性能の問題か、動きのスムーズさには欠けていた。また、顔のアップがやたらに多い映画だったが、そんなものを「ビル6階分」の大きさの「高解像度映像」で見ても仕方がない。
 Blu-ray が発売されたら借りて家で見てみようと思うが、むしろその方が楽しめる場面もけっこうあるのではないだろうか。

 しょっちゅう映画館に通っているらしいバンバンが「ダンケルクを見たあとで他の映画をふつうのスクリーンで見ると、もうアホらしくて見る気がせーへん」「それやったら家で DVD 見てもいっしょやん」と言うんだから、10年も映画館に行っていない私は、今後もたぶん行かないだろう。

 うーん、でも・・・

 逆に、これを機会にたまには映画館に行ってもいいような気もする。たとえ一人で見ても、そこにはやはり小さな祝祭感はあるし、間もなく公開される『バリー・シール/アメリカをはめた男』はちょっと待ち遠しいのだ(あ、今日から公開されてる・・・)。

(Dunkirk, 2017 U.K., U.S.A., France, Netherlands)

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2017.09.14

■目に余る誤訳

 書き出すとキリがないし面倒くさいと思って今までほとんど書いたことがなかったのだが、直前のエントリに触発されて、つい先日「これはいくら何でも」が2つ続いたことを書く。
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 映画の吹き替えや字幕、特に字幕には制約が多く、元の台詞の1/3も訳せていないみたいなのがよくある。他にも、大胆な意訳や「超訳」もしばしば見受けられる。というより、省略と超訳が基本線みたいなところがあって、それは確かに仕方ない面もあると思う。
 ただ、その制約の中でも「もっとこう訳した方が」というのが非常に多い気はするのだが、それはこの際 問うまい。

 問題は、明らかな誤訳である。

 先日、「ER 緊急救命室」を見ていると、ヘリコプターのパイロットが "I'm gonna shut down for autorotation." と叫ぶ台詞があった。エンジンに異常が生じたので、安全に降下すべく、「オートローテーションを行うために(for autorotation)エンジンを止める(shut down)」、という意味である。

 オートローテーションというのは、ヘリコプターのエンジンを切って動力のない状態にし、自重で地面に近づいていく過程で、ヘリのローター(羽根)が風を受けて自然に回ることを利用して、その抵抗を使って安全に不時着する技術である。

 知り合いによると、大袈裟に言えばヘリの操縦訓練の半分近くはオートローテーションに当てられるというような話であった。
 「半分近く」というのはいくら何でも誇張だと思うけれど、ある程度の高度か速度があれば(両方あるのが理想)、ヘリコプターはエンジンが止まってもそうやって安全に降りられるように設計されており、操縦者もその訓練をしっかりと受けている。

 実際、ER のヘリも、誰も怪我することなく無事地上に降りた。

 その "I'm gonna shut down for autorotation." (「オートローテーションのために(エンジンを)切る」)の字幕が、なんと、

  「オートローテーションを中止する!」

であった。

 どうしてプロの翻訳家がこんな初歩的な誤訳をテレビで放送してしまうのか。

 「"autorotation" という「専門用語」の知識がなかったから」などというのはまったく言い訳にならない。そんなもの、1980年代の『リーダーズ英和辞典』(研究社)にだって載っている。
 さらに、万一その意味がわからないとしても、"shut down for autorotation" なのだから、「オートローテーションのためにシャットダウンする」という構文なのは明らかだ。
 この文型で autorotation を shut down の目的語にして訳すなど、ちょっと気の利いた生徒なら高校生でもやらないような間違いである。
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 「まさか、スクリプト(脚本)を見ないで聞き取りで訳しているとか、意味は何でもいいから雰囲気だけわかればいいとか、そんなことはないだろうなあ」と思って検索すると、まさに ER の翻訳者本人が、いかに苦労して訳しているかという講演をしている記録が見つかった。

 それによると、もちろんスクリプトを手に入れて、数多い制約の中、いかに努力して完璧な翻訳を心がけているかという話が、これでもかというほど述べられていた。特に、医学用語や表現に関しては医学監修者と綿密に打ち合わせて正しくかつ自然な日本語になるよう努力していたそうだ。

 もちろん autorotation は医学用語ではないが、それにしてもあまりにお粗末だし、この間違え方はいわゆるケアレスミスではない。
 字幕や吹き替えの制約も言い訳にならない。

 「オートローテーションを中止する!」と訳せるなら、
 「オートローテーションを開始する!」と正しく意訳できるはずだ。

 もし意味がわからないなら、いっそのこと「不時着する!」とでも訳せば、通常の字幕としてはぎりぎりセーフではないだろうか。
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 このような、「どうしてこんな・・・」と思うレベルの誤訳が、字幕にはしばしばある。冒頭に「書き出すとキリがないし面倒くさい」と書いた所以だ。

 ネットを見ると、字幕の大御所をはじめ、プロの翻訳家のお粗末な誤訳の例がこれでもかというほど指摘されている。
 (大御所を除けば)多くの場合、「忙しすぎて、時間がなくて、やっつけ仕事をしてしまいました」みたいなことなのかもしれないが、「それにしてもひどい」というのがネット世論のようで、私もそれに同調せざるを得ない。
 いったい、どんな人たちが翻訳しているのか、また、それほどの誤訳を積み上げても一線で活躍し続けられる理由は何なのだろうかと考え込んでしまう。
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 映画やドラマの誤訳の話はこれまでほとんど書かなかったし、この件もここに書くつもりはなかった。
 書く気になったのは、次の回の ER の放送で、またとんでもない誤訳を見つけてしまったからである。まあしかし、これはケアレスミスなのだが、

A:レガスピー先生よ
B:写真家の?
A:ええ
B:必要ないわ(※筆者注:←の訳は記憶による)

 見ていて???が頭の中で点滅した。レガスピーが写真家だとかいう話があったっけ? どうして "Psychiatrist?"(「精神科医?」) を「写真家の?」って訳すんだろう?

 (皆さんはすぐわかりましたか? 私は10秒近く???が続きました。その後やっと、「せいしんか」を「しゃしんか」と間違えていることに気づきました。)

 まあ、上にも書いたとおり、これはケアレスミスである。
 ただ、字幕を入力した人の単純ミスかと思ったら違っていた。何と、吹き替えに切り替えて聞いても、声優がばっちり「しゃしんかの?」と発音していたのだ。どうしてこの場面で唐突に「写真家」が出てくるのか? 誰かどこかで気づかなかったのだろうか・・・

 この「連続技」があって、前から溜まっていたフラストレーションをここで一度は晴らしておきたい気分になってしまった・・・
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 翻訳のご苦労は大きいと思う。でも、視聴者はそれを頼りに見ているのだ。もとの言語がわからなければ(ある程度わかる場合ですら)、翻訳した日本語がその映画やドラマ「そのもの」になってしまう。
 その日本語が、まったくの素人から「これでもか」というほど間違いを指摘されるようなものであっては困るのである。私たちは脚本すら見られないのだ。

 「人間のすることだからミスはある」という程度なら、ネットの誤訳騒ぎはあれほど盛り上がらない。

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2017.09.13

■「NYPDよっ!」

 アメリカのドラマの宣伝を見ていると、被疑者のところに突入する刑事が

「NYPDよっ!」

と叫ぶ場面が放映される。

 "NYPD" は "New York city Police Department"(ニューヨーク市警察)の頭文字で、「エヌ・ワイ・ピー・ディー」と発音する。
 吹き替えでなければ、英語の音声はもちろん、"NYPD !" だけだ。

 前から気になっていて、いつかここに書こうと思っていたら、いつも見ている別のドラマでは、その "NYPD !" に、

「NY警察よっ!」という字幕が出た。

 おわかりの通り、いずれの場合も叫んでいるのは女性刑事である。

 しかし考えてみてほしい。「NYPDよっ!」とか「NY警察よっ!」などと言う刑事が存在するだろうか。

 日本語だとふつうは名詞に何かつけないと言い切りにならないので、「警察だ」とか「警察です」と名乗ることになる。被疑者のところに踏み込んだ警察が、「警察!」というのは確かに変だろう(逆に被疑者の側が「(あっ)警察!」などというのはありそうだが)。

 なので通常、"NYPD !" は、「NYPDだっ!」とか「警察だっ!」などと訳される。

 ところが、発話主体が女性だと、実際には言うはずのない「NYPDよっ!」「NY警察よっ!」になるわけだ。
 確かに、そもそもそういう場面で女性が話す適切な形が日本語には存在しない。「主人」や「家内」に代わる適切な語がないのと根は同じだ。

 日本にだって女性刑事はいるのだが、彼女らは同じ場面で何と言ってるんだろう? まさか「警察よっ!」とは言うまい。
 荒っぽく踏み込む場面なんてそうそうないだろうから、実際には「警察です」と言っているんだろうか。
 あるいは、すでに「警察だっ!」を使っていて、それが今後日本語のスタンダードになっていくのかもしれない。
 (後記:そういえば、日本の刑事ドラマでは何と言わせているんだろう。さすがに昨今のドラマだと女刑事もいると思うのだが)
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 (多く)現実とは違う言葉遣いでその発話者がどんな人かを示す言語表現を「役割語」というのだが、いくら何でも女性刑事に「NYPDよっ!」などと言わせるのはやめてほしい。
 小説ならともかく、映像で女性とわかる人物が女性の声で発話しているのだ。わざわざ役割語を使って「この人は女性ですよ」とわからせる必要はない。

 ・・・と思ったのだが、では何と言わせるのか(あるいは字幕をつけるのか)というとハタと困ってしまうのもわかる。さっき書いたように、適切な形が日本語には存在しないのであった。

 でも、ここは過去を取るか未来を取るかだ。

 思い切って「NYPDだっ!」と訳さないと、いつまでたっても未来は来ない。

I skate to where the puck is going to be, not where it has been...(Wayne Gretzky)

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2017.08.06

★世界侵略のススメ

 マイケル・ムーア監督。

 アメリカ「以外」の国々(といっても、ヨーロッパとチュニジア)がいかに素晴らしい面を持っているかを笑いと皮肉たっぷりに紹介するドキュメンタリー。

 例の調子だが、やはり傑作である。日本ももちろん、教えられることが多い。

 紹介される素晴らしさの多くは、アメリカも拠って立つ価値観から導き出されている。しかも、そのうちいくつかはアメリカ発だったりする。

 なのにどうして、アメリカの現実はこうなってしまったのか。
 簡単に指摘するのは憚られるが、それほど難しいことではないような気もする。

(Where to Invade Next, 2015 U.S.A.)

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