2019.01.12

■「失敗重ねた「改革狂の時代」」

 京都大学名誉教授の佐伯啓思さんが、平成は、「ことごとく失敗に終わった」「改革狂の時代」であったと総括していた(asahi.com)。

 「まさしく「改革狂の時代」というほかないであろう」

 「大学改革も教育改革もほとんど意味があったとは思われない」

 その他の改革も
 「ことごとく失敗に終わったというほかない」

 この方とは見解を異にすることも多いけれど、これにはまったく同意する。

 なんとなれば、私がいつもここで書いていることと同じだ(が、頭のいい人が書くとこんなにうまくまとめられるんだなあと感心する)。

 元号とともに世の中が変わりうるものであるならば、怨嗟の声を上げつつ無駄で無益で有害な「改革」に勤しんだ時代は、すっぱりと終わりにしてほしい。
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「効果がないものを「改革」とは呼びません」(寺沢拓敬 関西学院大学准教授:2018年10月31日(水)朝日新聞朝刊)

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2018.12.23

★「戦争のない時代」

 誕生日を前にした記者会見で、天皇が「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵しています」と読み上げた。

 朝日の朝刊も「戦争ない平成 心から安堵」というのがトップの見出しだ。

 「なるほどなあ」と思いつつも、それが何かピンとこなかった。
 いろいろはありつつも、私が生まれてからずっと日本としては戦争していないので、平成が特に戦争がなかった時代だとは感じなかったのだと思う。

 だが、午後になってから、何の脈絡もなく、「あ、そうか、近代日本が誕生してからの明治・大正・昭和はいずれも戦争をしたことを思えば、初めて戦争がないまま終わろうとしている元号なんだなあ」と、当たり前のことが脳裏に浮かんだ。

 先日90歳で亡くなった岳父ですら、敗戦の時にはまだ少年で、将兵としての戦争は知らない。
 まったく戦争を知らない戦後生まれが73歳なのだから、ほとんどの日本人は戦争を歴史上の出来事だと捉えているだけだろう。

 終戦時にはまだ11歳だった天皇だが、立場上、常に戦争に心を痛め、慰霊に心を砕いてきたからこそ「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵してい」るという述懐につながるのだ。

 次の元号が何になるかはわからないが、何十年か後にやはり、同じ安堵を天皇が述べられる時代になってもらいたい。

 もちろん、世界中がそうであってほしいが、それが夢物語だというのなら、せめて日本だけでも。

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2018.12.01

★去年はなかったハイテク?

 去年に引き続き、上海に行ってきた

 ネット規制が去年よりひどく、ふだん使っているあらゆる発信ができなかった(メールを除く)。
 受信すら怪しく、毎日・読売(たまにつながる)・産経・日経のサイトでさえ見られない。
 去年は読み書きできたココログも、読めはするものの書くのは無理だった。

 疲れているので少しだけ。

 日本の出入国(日本国籍者のみ)が、機械による自動になっているのを知らなかった。
 パスポートをスキャンして、顔を撮影・認識しておしまい。迅速・簡便でいいのだが、出入国のスタンプがないのは物足りない。頼めば捺してくれるけれど、頼むほどのことでもないのが悩ましい。

 ちょっとショックだったのは、中国入国の際に十指すべての指紋を採られたこと。それをしないと入国できない。
 中国政府に手指の指紋すべてを把握されてしまうというのは、あまり愉快な話ではない。
 感心できない政府の管理下にものすごいデータベースが構築されることも不安だが、万一流出なんかしたらえらいことになりそうだ。

 それに、流出なんかしなくても、(もちろん何もないとは思うが)何かあったときには、私のパソコンもiPhoneもあっさりと開けられてしまう。
 かのFBIが、容疑者のiPhoneを開けられず、Appleに依頼したが断られた、という話は有名だが、今後は中国政府に頼めばいいのではないだろうか。

 指紋認証をやめて頭の中にしかないパスワードにすれば安全なのだろうが(拷問されるかな?)、便利さはなかなか手放せない。

 中国に行く日本人(に限らず中国人以外)は、全員十指の指紋を採られるので、覚悟してお出かけください。
 あ、外交関係者と国連のレセパセ(≒パスポート)所持者は免除だそうです。

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2018.11.20

●権力は腐敗する

 かつてここに「◆もう日産は買わない」というエントリを書いたことがある。

 その理由は、カルロス・ゴーンがあまりにも強欲に感じられたからだ。8年前、2010年のことである。

 まさにそのころ受け取っていた報酬に絡んで、ゴーンが逮捕された。

 年収が9億近いのにも驚いたのだが、それよりもむしろ「全取締役に与えられた役員報酬の総額、16億9200万円の半分以上」をゴーン一人で受け取っているのが許せなかった。

 ところが、その年収すら半額にして公表していたらしく、実際の年収は約20億にのぼっていたという。

 不正な操作をして自身の収入を半分に見せ、それでも「あまりにも高額」という批判を浴びていたのだ。
 業界のガリバー、トヨタのトップの報酬が1億前後だったのだから当然である。

 ゴーンの報酬は、報酬委員会等の合議ではなく、ゴーン自身が決めていたらしい。

 ただ一人帝王として君臨していたのだから当然といえば当然か。

 その男が逮捕された。
 プライベートジェットから降りてその日のうちに拘置所へ入った人物は日本では初めてだろう。

 冤罪の可能性を微かに視野に入れつつ、やはり「権力は腐敗する」のだと改めて思う。
 そして、「絶対的権力は絶対に腐敗する」。

 Power tends to corrupt, and absolute power corrupts absolutely.

John Emerich Edward Dalberg-Acton

 至言だ。

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2018.11.19

●かゆいところに手の届かない記事

 夕刊を読んでいて、何ともフラストレーションの残る記事を2つ見つけた。
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 その1

 「焼酎銀行 利子もうまい」というもので、高知の四万十町にある酒造会社が「四万十川焼酎銀行」を運営しているという記事である。
 よそへ移転した銀行の建物を居抜きで使っているが、もちろん銀行ではない。「遊び心で銀行業務をまね」て、焼酎を預けておくと利子として年5%分の焼酎がプレゼントされるというような企画で話題だという。

 何かひっかからないだろうか。

 私はすぐ、「銀行ではない会社が銀行を名乗っていいのか」と疑問に思った。記事はそのことにまったく触れていない。
 調べてみると、当然のことながら、銀行法第六条の2項に「銀行でない者は、その名称又は商号中に銀行であることを示す文字を使用してはならない」とある。

 「四万十川焼酎銀行」は明らかに違法だ。

 だが、それは「名称又は商号」ではなく、単なる愛称だとか何とか、そういうふうにうまく法の網を逃れているのかもしれないとも思った。
 記事には、でかでかと「四万十川焼酎銀行」の看板を上げ、正面にもそう大書した建物が写っているけれど。

 しかし!

 件の会社のWebサイトを見てみると、なんと、「商号 株式会社四万十川焼酎銀行」とあるではないか。
 ということは、「四万十川焼酎銀行」という名前で会社登記がされているということだ。銀行法に違反する商号を国が登記したということなのか? まさか。

 その疑問に答えずして、何の新聞記事か。
 何百万人もが読むのだから、万人単位で同じ疑問を持つ者がいるはずだ。


 その2

 「新天皇パレードは国産車」という記事。

 1990年、現天皇の即位を披露する際に購入された約4千万円のロールスロイスは、皇太子夫妻の成婚パレードで1993年に使われた後、2007年に廃車となってお蔵入りしているそうだ。
 天皇家なのだからまあ当然かとも思うものの、4千万の車を2回しか使わないとは豪儀な話である。17年分の維持費だってかかっただろう。

 それはそれとして、今回の問題は、来秋開かれる新天皇即位のパレード「祝賀御列の儀」に、「国産オープンカーを使う方針を固めた」という点だ。

 即位した天皇がパレードに使う国産オープンカー???

 政府は「国産の新車を購入することにした」というのだが、そんなオープンカーは存在しない。まさか、マツダのロードスターでやるとはとても思えない。

 可能性があるとすればただ一つ、今年フルモデルチェンジしたトヨタのセンチュリーしかありえない。
 だが、センチュリーにはオープンカーがないのだ。

 Yomiuri Online には「発注先のメーカーは今後、検討する」とあるが、たとえば日産が、天皇パレードにふさわしい車を開発するとはとても思えない。そもそも、どのメーカーにしても、これから開発するのは不可能だ。

 結局、センチュリーのロイヤルパレードバージョンをトヨタがオープンカーとして製作することになるに違いない。それだって今からではどうなのかと思うが、もう裏で話がついて開発の目途も立ったから、「国産オープンカーを使う方針」を発表できたのだろう。
 穿った見方をすれば、今年新型センチュリーを発売したのも、即位パレードに使用することと抱き合わせた戦略かもしれない。

 存在しない「天皇の即位パレードに使う国産オープンカー」の話をするのなら、そこに触れないで逃げたり(朝日夕刊)、発注先のメーカーは今後検討するなんて記者発表通り?に垂れ流したり(Yomiuri Online)するだけではなく、もう少し突っ込んだ取材をして「今年フルモデルチェンジしたトヨタセンチュリーを改造したオープンカーを予定している」くらい書いてこそのジャーナリストである。
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 記者たる者、もう一歩踏み込んで、読者に疑問を抱かせないような、かゆいところに手の届く記事を心がけてほしい。

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2018.11.09

●「法定速度」を守っても・・・

 「つまらないことが気になる」ついでに。

 以前からずっと気持ちの悪い思いをしているのが、トラックなどの後ろに貼られた

 「法定速度を守ります

的なステッカーである。

 大型トラックの「法定速度」は、
最高が、高速道路で80km/h・一般道路で60km/h、
最低が、高速道路のみ50km/hだ。

 このステッカーはそれを守ることを宣言している(としか読めない)。

 だが、実際の一般道路の「指定速度」(規制速度)は、最高40km/hや50km/hがほとんどだ。もちろん、20や30だってある。
 「法定速度を守ります」というトラックは、それらを守るつもりはないのだろうか。
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 本来ステッカーが言いたいのは、「法定速度であれ指定速度であれ、決められた速度を守ります」という意味であろう。

 ならばなぜ、ことさら「法定速度」などという不適切な言葉を選び出して使うのだろうか。ごく一般的な「制限速度を守ります」でいいではないか。

 それなのに、これまで「制限速度を守ります」というステッカーを(たぶん)見たことがない。Google で「制限速度を守ります」を画像検索しても、出てくるのは「法定速度を守ります」がほとんどだ。

 中には、「一般道路:法定速度」というタチの悪い?ものまである。これだと、「指定速度(50km/hや30km/hなど)は守らない」としか読めない。
 かと思うと、その上には「制限速度を守ります」と書いてあったりして、もうわけがわからない。

 「法定速度を守ります」というステッカーを見るたびに、なんかこう、「ちょっと格好のいい正式な言葉を使ってみたくて すべってしまった」的な悲哀を感じるのは、やはり私が変だからだろうか。
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(念のため、「法定速度」「指定速度」「規制速度」「制限速度」のいずれの語も道路交通法にはありません。
 第二十二条に「車両は、道路標識等によりその最高速度が指定されている道路においてはその最高速度を、その他の道路においては政令で定める最高速度をこえる速度で進行してはならない」とあり、前者(指定された速度)が「指定速度」、後者(政令で定めた速度)が「法定速度」です。)

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●「目黒 栞」は存在しない

 つまらないことが気になる。

 フジテレビで今秋やっているドラマ「黄昏流星群」で黒木 瞳が演じているヒロインの名前が「目黒 栞」なのだが、ドラマの設定だと、こういう名前の人物は存在しないはずなのだ。

 「栞」の字が人名漢字に入ったのは1990年なので、目黒さんは28歳以下ということになるのだが、ドラマでは50くらいである。
 その年齢に「栞」が本名の人はいない。

 まあ、そんな細かいことを言わなくても、ドラマのプロット・ストーリー自体が「ありえない」の連続なので、いかにも弘兼憲史だなあと あきれるのだが、それでも見ていて面白いのだから逆に大したものなのかもしれない。
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 「栞」の件がちょっと気になって調べると、このドラマの原作は1995年から連載されているらしい。
 だとすると、その時点で「栞」さんが50歳なら、1945年生まれということになり、当用漢字や人名漢字が制定される前である。だから「栞」もあり得たのか・・・と思ったが、原作の名前は「栞」ではなく「誠子」だという。

 であれば、ドラマ制作陣のミスである。「栞」という名前をこの時代のこの世代の人物につけるべきではなかった。

 まあ、こんなつまらないことを気にしている人はほとんどいないんだろうけれど。

 後記:

 主人公である瀧沢完治の妻は「真璃子」だと知ったのだが、これもありえない。「璃」の字が人名用漢字に入ったのは1981年であるからだ。真璃子を演じる中山美穂も、さすがに30代には見えない。

 ドラマ制作陣は、何も考えずに「栞」や「真璃子」なんて名前を使っているのだろうか。それとも逆に、「登場人物はフィクションです」を担保するためにわざとやってるんだろうか。まさかね。

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2018.10.27

◆文部科学省がここまでひどいとは・・・

 文部科学省の愚かさと非道さは、仕事として関わりのある者の間では つとに知られたことだが、これほどまでに凄まじい例は、さすがに初めてかもしれない。

 平成31年度全国学力・学習状況調査 中学校英語「話すこと」調査に向けて(文部科学省)

 上記リンクの pdf を読むと、中学校の先生方の阿鼻叫喚と怨嗟の声が聞こえ、絶望に打ちひしがれる様子が手に取るようにわかる気がする。

 短い通知文で ものすごい作業量を現場に強いる文科省お得意の書類なので、この際、中学校教員になったつもりで、ぜひ一度みなさまにも目を通していただきたい。

 教員の(場合によっては非人間的とさえ言える)長時間労働が問題・有名になっている中、新たにこれだけの業務を押しつけることの意味を、文科省はわかっているのだろうか(反語)。

 また、文教予算が削減されていく中で、100万人が同じ日に「OS : Windows7 以上・HDD: 空き容量 2GB 以上・メモリ: 4GB 以上・USB 空きポート 1 ポート以上)」のパソコンを使えるだけの資源が学校にあるのだろうか(反語)。

 万一あったとしても、今どきの公的機関のパソコンは、勝手にソフトがインストールできないように、また、USBメモリが接続できないようになっているのがふつうだ。
 その壁をクリアするためには、またしても教員の労働に頼らざるをえない。

 無駄な業務ばかり増えて教育や指導の時間が減る、典型的なパターンである。
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 上記に関しては、「パパ教員の戯れ言日記」というブログに、当事者としては抑えた筆致で具体的に書かれている
 心中はこんなものではないだろう。

 幸いというか、その声は文部科学大臣にまで届いたそうなのだが、「来年4月18日(木曜日)」とまで実施が確定している事業を止められるとは考えにくい。

 いや、止めなくても、こんな「学力テスト」をきちんと実施することは不可能だと思うのだが、もし、献身的・奴隷的労働と膨大な予算の上にそれが可能になったとしたら・・・

 それこそが、「無理が通れば道理が引っ込む」教育行政の恐ろしさだと言えるかもしれない。

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2018.10.14

◆行きすぎたPC?

 標題のPCとは、Political Correctness のことで、日本語では「政治的正しさ」などと訳される。

 そう訳してもぜんぜんわかりやすくならないのだが、要するに、「人種・宗教・性別などの違いによる偏見・差別を含まない、中立的な表現や用語を用いること」(デジタル大辞泉)である。
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 さて、今日は短く。

 Criminal Minds という FBI を題材に取ったドラマを見ていると、"rabies" を字幕で「恐水病」と訳していた。

 恐水病が重要なテーマであるため、それがわからなければ物語が理解できないのだが、その後、話が進まないと、ああ、アレのことか・・・とはなかなか気づけない。

 あまり知られていないと思うのだが、何の病気のことかおわかりだろうか。

続きを読む "◆行きすぎたPC?"

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2018.10.11

◆昨日ではない今日

 ニューヨーク証券取引所の暴落を受けた形で、東京証券取引所の株価も大暴落した。

 一時は何と1000円を超える値下がりで、終値も915円安となった。率にして実に4%である。
 メガバンクの定期預金金利400年分を1日で失ったことになる(年利0.01%では単利でも複利でもほとんど同じだ)

 これがリーマンショックだとか、少なくとも FRB の総裁が何か新しいことを始めたとか日銀総裁が金利をどうかしたとかならまだわからなくもない。

 しかし、アメリカでも日本でも、さらには世界でも、これほどの経済変動を起こすような出来事は何もなかったはずだ。
 前日には少しだがむしろ上がっていたのである。

 国際情勢も政治情勢も経済情勢も金融情勢も何も昨日と変わっていないのに、どうして突然、こんなことが起こるのか。

 昨日と今日で人々のマインドがぜんぜん変わったのか、単に偶発的な売りが別の売りを呼んだのか。

 もちろん、一人一人にとっては昨日と今日が大違いだということもあるだろう。だが、世界レベルで見れば、何もなかったに等しいはずだ。

 いったい、昨日と今日で何が違うというのだろう?

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