2019.08.10

★「上級シューフィッター」

 途中、もうダメか・・・と観念しかかったこともあったが、今のところ、なんとか旅行に出られそうである。

 履いていく適当な靴がないので、この際、新調することにした。

 振り返れば、2012年にも同様の理由で靴を買った。
 あの時は、靴のために出かけるような余裕がなく、出張先の名古屋のデパートで間に合わせに見繕ったような形になってしまい、「在庫のサイズはこれこれしかないから」というような理由で、ぴったりフィットしているとは言いがたい靴を、それでも私としては大枚はたいて買うことになった。
 その靴が悪いわけではないけれど、今度はきちんと買ってみようと思い立った。

 私は、服装にはほとんど頓着しないが、靴だけはあんまり安物は履かない。服やズボンと違い、靴はそれなりのものを履かないと、健康に悪いような気がするからである。

 そうはいっても、きちんと選んで買うことは稀だし、比較的廉価なものを選ぶことも多かった。
 しかし、一年ほど前に、アルピニストである店員のアドバイスを得て、私としてはちょっとした価格の軽登山靴を買った。それで歩くと、以前より疲れが減るばかりか、腰も痛くならなくなったので、靴の機能を再認識させられたところだ。

 靴を買うのはそれ以来である。
 人生も間違いなく半ばを過ぎ、これからの足腰の健康を考えたとき、靴を適当に選ぶのは間違っていることにようやく気づき、今後はしっかり選択して購入しようと決心した(折しも、#KuToo 運動も盛んである)。

 そこで、ネットでいろいろ調べ、数少ない「上級シューフィッター」のいる靴店にわざわざ出向いた。

 とんでもなくいろいろ計測されたり質問されたりするかと思っていたのだが、あっさりとそれらを終え、店主が出してきたのはミズノのウォーキングシューズだった。

 聞いたこともないような、オランダやドイツのスニーカーの話をネットで読んでいたので、そういうのが出てきて、しかも自分にぴったり!というのを勝手に期待していたのだが、ミズノですか・・・

 ざっくばらんに「まさかミズノだとは思っていませんでした」というような話をさせていただき、シューフィッターの団体がオランダのメーカーに委託して作ってもらったという靴なども履いてみたのだが、結局のところ、最初に出していただいたミズノのウォーキングシューズを素直に買うことになった。

 まあ一応、歩き方なんかも見てもらい、インソールに加工を施してもらったし、もし具合が悪ければ再加工・再々加工も無料だということであった。
 もちろん定価で買ったのだが、帰宅してアマゾンで見ると、同じ靴が5千円ほど安く買える。なにしろミズノだから、型番とサイズさえわかれば、同じものが購入できるのである。

 これまでの私なら、5千円の差額にはちょっと耐えられない思いをしたかもしれない。
 しかし、上級シューフィッターがそのスキルを駆使して見繕ってくれたことや、今後ありうるかもしれない加工のことを考えると、後悔はなかった。
 世話になりながら、「ちょっと考えます」と買わずに帰って、アマゾンに注文するというような非道なこともしたくない。

 自分を納得させるためもあるのだが、特に考えたのは以下のようなことである。

 自分で靴を選んだら、たぶん間違いなくミズノの靴は買わない。
 その靴を、私の足と用途にぴったりだと出してきたのが「上級シューフィッター」である。

 これは、名医が診断して苦い薬を処方したというのと同等ではなかろうか。

 そう考えれば、5千円はむしろ、診察料・診断料ということになる。

 自分も知らない自分の必要なものに導いてくれた専門的知識の行使に、相応の報酬を支払うのは当然のことと言える。
 エキスパートのちょっとした(ことにみえる)アドバイスにも、きちんと敬意を払うべきだ。

 そう考えると、あっさりと「これ」といってピンポイントで出してきたミズノの靴は、上級シューフィッターならではの慧眼による選択かもしれない。

 どんな分野であれ、その道のプロは、複雑な課題にあっさりと回答を出したりする。
 素人が「そんな簡単なことだったらお金を払いたくない」などと考えるのは、expertise(専門家の知識や技術)を評価しない、愚か者の思考だ。
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 まあもっとも、あの靴が私にとってあまりよくなかった・・・というようなことがあれば、また違う話になってしまうんだけれど。

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2019.07.22

●2日連続の内視鏡検査

 2日続けて、内視鏡検査を受けた。1日目は上部消化管、2日目は喉頭。

 ごく軽い逆流性食道炎と、無視していいポリープ(過形成性)が3つあったが、まあ異常なしということでほっとする。

 胃に関しては、ものすごく綺麗で理想的な状態だと褒めていただいた。
 が、それはストレスなくノーテンキに暮らしていることを意味するのかと、ちょっと恥ずかしいような気になるのは、怠け者の私もやはりエコノミックアニマル(死語?)であるということか。

 その消化器の医師が、「あまり見たことがない」異常が喉頭(声帯の出口を閉める披裂部というところ)にあるとおっしゃるので、耳鼻咽喉科の医師に紹介状を書いていただいた。
 「あまり」とは言うが、こういうときの通例として「今まで一度も見たことがない」ことを意味するような感じで、どうなることかと心配だった。
 なにしろ、毎日毎日内視鏡検査をやっているベテラン医師が、見たことがないような状態なのである。

 それで2日連続内視鏡検査となったのだが、結局、披裂部には異常がないということで安心した。

 耳鼻科の先生の見立てによると、見る角度によって見え方が変わるので勘違いなさったのではないか(とは言わなかったが)ということだったが、個人的には、鼻から入れた麻酔薬が喉の方に入って、たまたま披裂部の片側の筋肉が麻痺していたのではないかと思う。

 いずれにせよ、今までそういう人がいなかったのかと不思議だが、ともかく問題がなくてよかった。

 なんだかんだでかなりの時間と1万円近くを費やして鼻の穴から2度も内視鏡を突っ込まれ、「特に気にすることはありません」というのは無駄な気もするが、何か見つかるよりはよほどいいことは論を俟たない。

 あ、先日、大腸の内視鏡検査もした。これは手間暇もかかるしいちばん高額だったが、やはり異常なしだった。

 1年に3回も内視鏡検査をするというのは今年限りでありたい。

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2019.04.13

★それぞれの不幸

Img_6700 糖尿病を患い、脳梗塞の後遺症に悩まされながら肝臓がんを生き延び、腰椎を圧迫骨折してパーキンソン症候群でもある母親が、また入院したというので、先日見舞いに行ってきた。

 今度は肝性脳症とやらで、血中のアンモニア濃度が高くなりすぎて意識朦朧となったという。それとは別に、肋骨も3本折れているらしい。
 当初は意識不明に近かったというのだが、訪れたときにはすぐに私を認識し、「あんたどこから来たん?」に始まる会話も一応成立して、ひと安心した。

 だが、ベッド脇には導尿のバッグがぶら下がっている。大の方はオムツだということが後にわかった。

 しかも、譫妄というのだろうか、被害妄想のようなものがあって、会話は成立するものの、とても正常とは言えない。
 それでもまあ、話ができるまでには回復しているということのようであった。

 そんな状態の母親を退院させる方向へ持っていきたい病院といろいろやり取りして、夕方には医師と話をすることもでき、もう1週間様子を見ることにしてもらった。
 肝硬変がかなり進んでおり、新しく処方されたパーキンソン症候群の薬がうまく代謝できなくて、成分の血中濃度が上がりすぎたのではないか、というのが医師の見立てであった。

 「さあ、帰ろか」と訳のわからないことを言う母親に、「何を言うてんねや、帰れるわけないやろ」とマジギレする父親。
 あとで、「認知症の症状に逆らってはいけない。「そうやなあ、帰りたいやろなあ。わしも帰らしてやりたいんやけどなあ」とでも共感的に言っておけばよいのだ」というようなことを話す。

 でも、父親の方が母親と対等に向き合っているような気がして、少し後ろめたかった。
 なんといっても、介護しているのは90歳に近い父親で、こちらは無責任な傍観者に過ぎないのだ。少なくとも今のところは。
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 その夜も次の夜も、義母から定時連絡があった。

 一年ほど前に夫(私から見ると義父)が入院してからひとり暮らしになり、孤独死して発見されないことを恐れて、生存証明のために毎日家人に電話してくる。

 昨年末に夫を亡くしてからは、以前にも増して厭世的になった。「何もすることがない。テレビ見て寝るだけや。長生きしすぎた。生きててもしょうがない。」

 だが、その義母は、いろいろ体の不調を抱えているとはいえ、まだ一人で買い物にも行けるし、身の回りのことも自分でできるのである。

 ただ、かつてのように俳句や俳画や韓流ドラマを楽しんだりする余裕は、もうどこにもない。
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Img_6692

 私は今日、京北に桜を見に出かけた。なんということのない年中行事だが、考えてみれば幸せなことである。

 毎年訪れている欝櫻寺で写真を撮っていると、車が1台やってきて、歩くのもやっとという感じの老人が、女性2人に両脇を抱えられて、寺の中へ入っていった。
 後に続く奥さんが問わず語りにいろいろ話してくれる。

 それによると、老人は元大工の棟梁で、この欝櫻寺も建てたのだという。ダムの底に沈んだ集落がこのあたりに移転しており、このお寺も移築されたものだということを初めて知った。
 「この辺のおうちもいくつも建てたんですけどねぇ。今はもうあない(ああ)なってしもて施設に入ってるんですけど、今日は嫁と娘にこないして連れてきてもらいましてん。あないなってしまうと、もうほんまにあきませんなあ・・・」
 「大変ですねぇ。うちも母親が入院してまして・・・」
 「入院やったらよろしいがな。施設に入らなあかんようになったら、もうほんまに・・・」

 「いや、まだ何とか歩けて桜が愛でられるのだからいいじゃありませんか。うちの母親は車椅子に乗せても病棟の4階から出してもらえませんでしたよ。」などとは、もちろん言わない。
 そういうふうに思ったわけでもない。

 ご老人は、枝垂れ桜の下に座って上機嫌で歌っていた。若い2人がはしゃぎながら交替で一緒に写真を撮っている。
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 状況は違うが、みなそれぞれに不幸である。そしてまた、それぞれに幸福だとも言える。
 だれがより不幸か幸福か・・・などと考えてみても、詮のないことだ。

 「生老病死」とはよく言ったものだなあと思う。だれもがその四苦を抱えている。

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2019.02.02

◆膝蓋骨骨折・・・

 とはいっても、私の脚でもなければ、大した怪我でもない。

 それでもとにかく、膝蓋骨(ヒザのお皿)を骨折して全治3か月!を宣告されたのは事実だ。
 家人の右脚である。

 職場で電話線に足が絡まって転び、膝をしたたか打撲したそうだ。電話線がループ状に立ち上がっているところへ靴を突っ込んでしまったという。

 見たところぜんぜん大したことはないし、まあふつうに歩けるのだが、本人は結局医者に行くべきだと判断して2日後には受診したので、それなりのことだったのだろう。

 念のため車で送っていき、待ち時間に私も皮膚科に行って、数年越しの気になる箇所を診てもらった(良性の血管腫だった)。
 こちらは10人以上待っていて、向こうは2〜3人なのに、いっこうに終わったという連絡がない。会計待ちの間にLINEを見ると「ギプスをつけることになりました」という。ええっ!!!

 そんなものをつけたら、さっそく歩けなくなるじゃないか。

 ・・・と思ったが、なんかよくわからない、バイクのプロテクターみたいな取り外し可能の「ギプス」で、石膏で固めるのではなく、その装具の内側にジェル状のパックをセットし、硬化を待つのだそうである。
 技術は進歩するものだと思ったが、今でもあの石膏の包帯ぐるぐるのギプスもあるのかな。

 ずっとつけておく必要もないというし、取り外してお風呂に入ってもいいらしいのだが、それでもギプスと呼ぶのだろうか。

 いずれにせよ、膝のお皿を骨折していて全治3か月なのに間違いないそうだ。
 日常生活に極端な支障はないものの、なかなか大変である。
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 この文章を半分ほど書いたところで席を立ったとき、テーブルの脚で左膝を打った。大したことはないのに、すごく痛い。

 少なくとも痛みはひとごとだと思っていたのを、ちょっと反省した。

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2019.01.21

■まだ20歳

 三浦雄一郎さん(86)は残念ながらアコンカグア登頂にドクターストップがかかったが、私は還暦でのキリマンジャロ征服を視野に入れて体作りを少しずつ始めている(ほんまかいな)。

 数年間使っていなかった任天堂の Wii Fit を利用して、1月4日以降、少なくとも体重とバランス年齢の測定は毎日やっている。
 余裕があればというか、通常はヨガと筋トレもやるようにしている。

 初日こそバランス年齢が40代になってちょっと焦ったが、その後はほぼ20代を維持しており、たまに30代になるとちょっとがっかりする。
 それでも、最高の20歳はなかなか出ないのだが、今日はやっと20歳になった。ツイッターのプロフィールアイコンにまだ嘘はない(笑)

 今後も20代をキープしつつ、徐々に体を変えていきたいと思う。

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2019.01.01

■キリマンジャロに登ろう・・・か

 2019年1月1日になった。

 三浦雄一郎氏(86)が南米大陸の最高峰アコンカグア(標高6962m)への登頂を目指して、明日 日本を出発するという(asahi.com)。

 氏は還暦を前にして、暴飲暴食・不摂生から体重は90kgを超え(身長164cm)、血圧も190以上あったそうだ。
 狭心症の発作も出て、腎臓も人工透析間近、このままでは余命は3年ないと言われたらしい(smart-flash.jp)。

 改心して摂生とトレーニングを開始、65歳の時に70でエベレストに登頂するという目標を立て、世界最高齢登頂記録(当時)を更新した。
 その後、75歳、80歳でも登頂したのは有名な話である。

 そんな氏ですら、今回のアコンカグア登頂のトレーニングを開始すべく富士山に登った際には、一般登山者の半分くらいのペースでしか歩けなかったという。
 筋力は人一倍あるが、心臓に持病もあり、心肺機能の低下は目を覆うばかりだったそうだ(朝日新聞)。

 そんな状態からトレーニングを開始して、86歳でのアコンカグア登頂を目指しているのである。
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 氏と比較するつもりは毛頭ないが、私は身長180cmで67kg。暴飲暴食とは無縁だし、それほど不摂生とも言えない。
 だが、究極に近い運動不足で、血圧高めの脂質異常症を薬で抑えている状態である。

 何がきっかけだったか、年末にふと、一般人がキリマンジャロ(5895m)に登ることは可能なのだろうかと調べてみると、決して不可能ということはなさそうだった。

 七大陸最高峰(Seven Summits)のうち、オーストラリアのコジオスコ(2228m)は、まあ誰でも登れるし、登っても単なる物好きにしかならない。
 次に登れそうなのがアフリカのキリマンジャロだが、特に登山を趣味としてきたわけでもない一般人には、それ以外の5峰はちょっと無理そうだ。

 だからといって、

 「よし、三浦雄一郎が古稀でエベレストなら、オレは還暦でキリマンジャロだ!」

と勢いよく決心したわけではない。

 「やっぱり富士山にしようかなあ・・・」

 でも、富士山なら小学生でも登っている。そんなことが目標になるだろうか。
 確か父親も、70前くらいにふつうに登っていたはずだ。

 かつて、私がまだ不惑くらいのころ、外国人から富士登山に誘われ、とても無理だと断った身としては偉そうなことは言えないのだが、「数年後に富士登頂を目指す」というのは、いかに情けない私としても、志が低すぎると思う。
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 誘いを断った時に言われた言葉は、ずっと引っかかっている。

 You can't get any younger.(今より若くなることはできないんですよ。)

 そう、生物は常に、現在が一番若いのだ。

 でも、だからといってこの夏にキリマンジャロに登ることはできない。70を超えた一般人と同じようにすら山道を歩けないのが現状の私だ。

 そういえば、23歳の時に仕事で鳥取の大山に登ったのだが、一緒に登った70くらいの大先輩のほうがはるかに健脚で、下山後に「今からもう一度登ってきてもいい」とおっしゃるほどであった。

 まあ、富士山は別にして、憧れのアルピニストになって槍や穂高、白馬でも・・・とも思うのだが、仮に可能だとしても、そういうのはやっぱり「目標」にはならない。
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 それにしても、夢や目標のない人生だったなあ・・・と思う。
 とにかくがんばらないで、まあ自然に手の届く範囲のことしかやってこなかった。
 世の中の多くの人もそんなものだろうと自分を慰めるものの、こういうことを言うときに過去形になるのも恐ろしい。

 ここは一つ、還暦でキリマンジャロ・・・とも考えるのだが、目標を立てること自体をやってこなかった人生は、一朝一夕で変わるものではない。
 まして、そのために努力することなど、できるとは思えない。

 それに、仮に達成できたところで、しょぼい目標である。そんなことのために努力できるだろうか。
 かといって、立派な目標などとても立てられないし、それを目指すほどの努力は絶対に無理である。

 三浦氏がエベレストのために一念発起したように、私のレベルではキリマンジャロのために一念発起が必要だ。
 でも、こうして うだうだと書けば書くほど、やっぱり自分にはそれも難しいのがひしひしとわかる。

 なんとなれば、「特にキリマンジャロに登りたいわけでもないのだし・・・」と、始める前から言い訳している。

 いや、でもまあ、とりあえず、実際どうなるかわからないにしても、「還暦にキリマンジャロ」と唱えつつ過ごす数年と、そうしない数年とでは、少しくらいは何かが違ってくるはずだ。

 というわけで、2019年の New Year's Resolution は、「還暦でキリマンジャロに登る*かもしれない*ので、そのために少しずつ体を変えていこう」です(笑)


 みなさまのご健康とご多幸をお祈りしております。

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2018.10.14

◆行きすぎたPC?

 標題のPCとは、Political Correctness のことで、日本語では「政治的正しさ」などと訳される。

 そう訳してもぜんぜんわかりやすくならないのだが、要するに、「人種・宗教・性別などの違いによる偏見・差別を含まない、中立的な表現や用語を用いること」(デジタル大辞泉)である。
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 さて、今日は短く。

 Criminal Minds という FBI を題材に取ったドラマを見ていると、"rabies" を字幕で「恐水病」と訳していた。

 恐水病が重要なテーマであるため、それがわからなければ物語が理解できないのだが、その後、話が進まないと、ああ、アレのことか・・・とはなかなか気づけない。

 あまり知られていないと思うのだが、何の病気のことかおわかりだろうか。

続きを読む "◆行きすぎたPC?"

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2018.03.22

●帰省のたびに・・・

 仲人をしていただいた恩師の奥様がお亡くなりになって3年近くになる。
 今回、それ以来初めてお目にかかれ、遅まきながら仏壇に手を合わせることができた。

 奥様は、還暦すらお迎えにならないうちに致命的な病に侵され、半年足らずの闘病生活で逝去されている。
 凄絶な闘病生活は、恩師の創作によってお教えいただいた。

 初めてお目にかかったのは、奥様がまだ20代の時である。その時の可愛らしく優しい印象は、50代になられてもそのままであった。
 8つも年上の自分をいつか看取るはずだった素晴らしい人生の伴侶をこれほど早くに失い、ひとり残された恩師の悲嘆は想像にあまりある。
 信仰者、求道者、そして学者としても仏道を追究する在家生活を送っていらっしゃったのに、このような形での奥様のご逝去は、あまりに理不尽である。爾来、なぜそんなことになるのか、その意味を問い続ける日々であるという。
 私なら「やはり神も仏もないではないか」と嘯くだけで終わってしまうであろう。

 ご心中を推し量ることはできないが、お目にかかればいつものように前向きで快活な恩師である。不甲斐ない私たち夫婦を気遣って、遠慮がちにあれこれ示唆をくださるのだが、そのお気持ちをありがたく受け止めることしかできない自分が情けない。
 ___

 さて表題。

 お宅を辞去した後、近くの実家へ顔を出そうかどうしようかと家人と相談する。正月と先月にも顔を合わせたばかりだが、それこそ、もう何度会えるかわからないということもあり、結局行ってみることにした。

 父親の車はなく、家には鍵がかかっており、留守のようである。呼び鈴を鳴らしても携帯に電話をしても出ない。どこか開いていないかと泥棒のようにあちこち試してみるが、感心なことにきちんと戸締まりをしている。
 が、母親の部屋からテレビの音が漏れてくるので、母親はいるのだろうと思った。ただ、雨戸の閉まった窓越しに呼んでも返事がない。近所の手前、あまり大声も出したくない。
 もう一度父親の携帯に電話をすると今度は出て、墓参りに行く途中だという。電話が遠いと言って何度も聞き返すので、こちらが庭先で声を張り上げるうち、母親も気付いて不自由な足で立って窓際に来た。

 何とか家に入れてもらい、父親の帰りを待っている間に、母親がまた新たな病を得ていることを知った。
 なんだかもう、電話や帰省をするたびに、敗血症糖尿病脳梗塞肝臓ガン腰椎の圧迫骨折・また救急車で運ばれた・・・みたいな話題の尽きない母親である。
 今度はパーキンソン

 腰椎の圧迫骨折の後、脳梗塞の後遺症があるにしても、歩行に問題がありすぎるとは思っていた。しかしまあ、病気も病気だし怪我も怪我だし年も年だし、本人も、努力してどんどんリハビリに精を出そうという感じでもなかったので、どこかで「まあこんなものか」という気もしていた。

 それが、パーキンソン症候群のせいだったというのだ。
 病名を聞いてしまえば、なぜ気付かなかったのだろうと後悔させられる。もっと母親のことを考えていれば、私にだって気付けたはずだ。
 だがそれと同時に、今まで気付けなかった医者たちも情けないと思った。「圧迫骨折は治っています」「脳のMRIは綺麗です」「(脳梗塞の後遺症と糖尿病と高血圧はあるけれど)どこも悪いところはありません」と何度も言いながら、じゃあなぜ運動機能がむしろ悪化するのか、思いつかなかったのだろうか。

 一向に歩行が改善せず、むしろ悪くなる。健康なはずの右手でも、箸がうまく使えないときがある(そのことは私は知らなかった)。「どこも悪くない」と医者が言うのに、どうしてそんなことになるのか。
 その理由がわかり、両親はなんと、喜んでいた。近所に同じ病気の人がいて、治療を始めてから運動機能が改善したのを見ているそうで、そうなることを期待しているようだ。

 しかしながら、つい先日、たまたまパーキンソンの専門家の話をラジオで聞いていた私は、もちろん喜べない。
 この文脈で必要な情報だけを簡単にまとめると、以下のような話である。

・平均余命自体は、パーキンソン症候群でない人たちと大きくは変わらない。
・しかしながら、不治の病であり、症状の改善も望みにくく、進行を遅らせることしかできない。
・したがって、QOL(Quality of Life)は著しく低下する。

 まあそれでも、診断がついて服薬すれば、しないよりはマシであろう。遅きに失したとはいえ、わかってよかったには違いない。
 母親は2〜3日前から薬を飲み始めたそうだ。幸いなのは、両親ともそれほど暗くないことである。

 母親は、できた人間ではないが(ぜんぜんない)、夕食のイタリア料理屋で何かの拍子に笑顔になると、菩薩のようないい顔になった。
 病と衰えが筋肉の動きを変えたのだろうが、こういう表情を見るのは初めてのような気がした。

 寿命が来るまで、これ以上悪くならないでほしい。
 そして、あわよくば、改善してほしいとも思う。
 せんのない望みだとは知りつつも。

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2017.06.15

◆「両肺尖部陳旧性胸膜炎」

 家人の健康診断の結果が返ってきて、「両肺尖部陳旧性胸膜炎」という所見が書いてあった。

 本人はまったく気にもせず、そのまま結果をうっちゃっていたのだが、その辺に置いてあったのを開けてみた私は仰天した。
 なにしろ「胸膜炎」なのである(よくわからないけど)。

 気になったのはそれだけではない。
 両肺も尖部も胸膜炎もまあいい、だけど、陳旧性って何なのか。

 そもそも、尖部陳 旧性 かもしれない。せんぶちん?

 調べるとやはり、陳旧性のようだが、中型の国語辞典(広辞苑や大辞林)にも載っていない。
 陳は陳腐の陳、要するに古いということらしい。何でこんな馬鹿げた医学用語をわざわざでっち上げるのか。

 おどろおどろしい病名?のわりには、判定はBで「軽度異常」。「わずかな異常が見受けられますが、日常生活には差し支えありません」。

 ネットで調べても、「気にせず放置」するしかないようだ。精密検査も経過観察も生活改善も必要ないらしい。それらが必要なものはCやDになる。

 何もすることがなくて、気にもせず放置するのが正解なら、何のために告知しているのやら。
 家人のようなノーテンキな人にはいいかもしれないが、私のような心配性の人なら、要らぬことを言われてストレスになるだけだ。

 Bはもう一つあったが、家人はやはりまったく気にもしていない。羨ましい性格である。

 去年までは何もなかったのは確実なので、何か思いあたることがあるはずだと話すうち、年末年始にかけてしつこい咳が続いていたのを思い出した。
 あれが胸膜炎で、それが治った跡がレントゲンに写ったのかもしれない。

 仮にそうだとすると、「陳旧性胸膜炎」はないよね。その伝でいけば、いわゆる盲腸が治った人は「陳旧性虫垂炎」だということになってしまう(まさかそんなふうには言わないだろうな)。
 あ、切除した場合は違うか。

 いずれにせよ、この件に限らず、医学用語の世界には、医学者の国語力を疑わざるを得ない事例が非常に多い。
 誤解を産むような医学用語は修正していってもらいたい。

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2017.05.09

■まだ今のうちは・・・

 連休の終わりごろ、久しぶりに実家に顔を出した。だが、母親が出てこない。

 父親に聞くと、台所で転倒して腰椎を圧迫骨折したのだという。次々とよくもまあ・・・

 入院しているのかと思ったが、隣の部屋で寝ていた。幸いというか、ほとんど寝たきりである以外は元気そうだ。
 トイレに行くときだけはコルセットを装着して父親の介助を受けながらよたよたと歩くが、それ以外はベッドから出ることはできない。

 母親は80代前半、父親は後半、絵に描いたような老老介護である。

 近くには私の弟夫婦も住んでいるのだが、知らせていないという。まあ、何とかなっているみたいだからいいんだけれど、何とも危うい綱渡りのような気がする。
 ___

 もうやめようかと思っていた運転免許の更新をやっぱりすることにしたと父親が言う。病院通いが頻繁で、毎回タクシーというわけにはいかないらしい。
 そういえば、病院で暴走した老人の車がニュースになることが多いが、実際、車が一番必要なのは病院通いのためなんだろう。

 今のところ、手伝わなくてもいいらしいし、何か手伝ってくれと言われても困るのだが、この危うい綱渡りはどういう形で終わりを迎えるのかと、ちょっと考え込んでしまう。

 夕食時、月曜日(昨日)は免許の更新に出かけると言っていたのを何気なく聞いていたのだが、その月曜日になってから、「え? 大丈夫なのか」と思いあたった。相変わらずの想像力のなさだ。
 認知症テストやら高齢者講習やらがあって、家を出てから帰ってくるまで2〜3時間ですむとは思えないのだが、その間、母親はトイレにも行けないはずである。

 何も言っていなかったけれど、どうやってこの問題をクリアしたのだろう。おむつでも当てたのだろうか。

 更新講習がどうだったかも含め、電話してみようかとも思ったが、ふだんからあまり連絡していないし、会ってきたばかりなので見送っている。

 いつまでもそんなことは言っていられないのだが、まあまだ今のうちは・・・

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