2018.07.14

●通行止めを乗り越えて?(バイク&ハイク その6)

 地震のエントリを書いてから、気がつくと3週間も過ぎている。

 確か以前、「1か月更新がなければ死んだものと思ってください」とか何とか書いたような気がするのだが、このままでは近いうちに死んだことになってしまう。
 そうならないようがんばりますので、これからもごひいきのほど、お願い申し上げます。
 あ、でも、ツイッターがあるから、それも含めて1か月ということにさせていただければ。
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 西日本の大雨が大変なことになっていて、地震は遠い彼方に行ってしまった。職場の壁のひび割れはまだそのままだし、まだ営業を再開していない店舗もいくつかあるんだけれど。

 地震の他にも、文科省の局長が裏口入学の受託収賄の疑いで検挙されるし、消毒液点滴混入大量殺人の被疑者は逮捕されるし、オウム真理教幹部の死刑は執行されるし、なんだかいろいろなことがあった。

 個人的には、今年定年退職予定の先輩が急逝なさったのもちょっとこたえた。

 そんな中、タイの洞窟に閉じ込められていた少年たちが全員助かったというのは珍しくいいニュースだった。ダイバーがお一人亡くなったのはかえすがえすも残念だけれど。
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 さて、せっかくの三連休の初日、天気もいいのだが暑くて何をする気も起きない。家でだらだらするのもなあ・・・とか、出かけても暑いしなあ・・・とかぐずぐずして、午後2時になってからバイクで六甲山に向かった。たぶん1年ぶりだ。

 山の麓からは涼しくなるのだが、宝塚までが暑い。陰になるところに取り付けている温度計は、40℃を超えていた。

Img_1545_copy 武庫川や逆瀬川には大雨の痕跡は感じられなかったが、涼しくなってくるあたりに、「注意 明石神戸宝塚線 神戸方面へは通行不可」という看板があった。

 目的地は六甲山なので気にせず進んだところ、なんと、六甲山頂や一軒茶屋のかなり手前、鉢巻山トンネルを出たところで完全に通行止めになっていた(まあ確かに六甲山上は神戸市ではあるのだが)

 担ぎ上げなければ自転車でさえ通れないような通行止めなので、素直に諦めて歩く。

Img_1533_copy 実際に車が通れないのは2kmほど先で、崩れた路肩のあたりで片側通行でもよさそうな工事をしていたが、幹線道路ではないのであっさり通行止めにしたのであろう。

 お気に入りの西おたふく山方面へ。ホトトギスが鳴いている。コジュケイを2羽見られたのは幸運だった。
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 それにしても、「神戸方面へは通行不可」の看板はひどい。

 天気のいい三連休、涼を求めた家族連れが、六甲山上を目指してやってくる。

 「神戸方面へは通行不可」であっても、この道を神戸や明石に向かうために使う酔狂な人は多くない。ほとんどは六甲山上を目指すのだ。

 久しぶりに家族でお出かけ。六甲山牧場・六甲ガーデンテラス・フィールドアスレチック・オルゴールミュージアム・高山植物園・六甲山頂・・・

 まあ、六甲山牧場だけは神戸へ降りる表六甲ドライブウェイより西にあるので、この地に馴染みのある人なら、通行止めで行けない可能性に思い至るかもしれない。
 でも、「神戸方面へは通行不可」なら、それ以外には行けると思うのがふつうではないか。

 実際には、すべて!行けないのである。車で六甲へ向かう人が期待するアトラクション?には、一つとして近づくことができない。
 それを知るためだけに、慣れないサンデードライバーは、酔って気分が悪くなり始めた後席の子どもたちを気にしながら、つづら折れの急な坂道を何キロも登らされる。そして、通行止めの看板とバリケードに、敢えなく行く手を阻まれるのだ。

 さらにまた、車酔いした子どもたちをなだめながら、今来た急カーブの続く坂道をえんえんと降りていくことを強いられる。
 助手席の奥さんは不機嫌になる。「どうして前もって調べておかないのよ !?」

 「六甲山上へは通行不可」と書いてあれば、避けられる悲劇だ。

 今この瞬間にも、涼と夜景を求めるカップルたちが、宝塚から六甲山上を目指しているに違いない。

 こんな愚かな看板を出している「神戸市建設局東部建設事務所」とやらに電話をかけて、小一時間説教してやりたいくらいである。
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 ※現在、車で六甲山上へ登れるルートは裏六甲ドライブウェイ経由のみです(2018/07/16現地確認)。それがもっとも必要な情報ですよね。お気をつけください。

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2018.06.22

◆震源地(震央)の近くから

 6月18日(月)朝8時前。惰眠をむさぼった後、ちょうど目が覚めて起きだそうとしていたところで激しい揺れに襲われた。

 阪神淡路大震災のときには地震だと思わず、ミサイルがマンションを直撃したと感じたものだが、今回はすぐに地震だとわかった。
 しかしながら、あれ以来経験したことのない凄まじい衝撃で、咄嗟に、家が倒壊するのではないかという恐怖を感じた。

 すぐに、「うちでこれほどの揺れなら、震源地はどんなひどいことになっているんだろう?」との思いが過ぎった。阪神淡路や東北の大震災を思い出したのだ。
 だが、何のことはない、10分後には、うちこそがほとんど震源地(震央)であったことを知ることになる。まさか、日本中で!このあたりの被害が一番ひどいとは・・・
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 うちの家は震災後に設計・建築しているので、今回の地震くらいで倒壊することは(たぶん)ありえない。実際、後日、素人目に見て回った範囲では、家の内外ともにひび割れすら見つからなかった(職場の壁はひび割れていた・・・)

 それでも、内部はちょっと悲惨だった。

 揺れがおさまるとすぐに冷静になった。のんびりと2階に上がると(うちは2階にリビングなどがあります)、テーブルの下に家人と息子がもぐり込んでいて、2つの尻がこちらを向いていた。
 その間抜けな姿に笑いがこみ上げてきて少し和んだのだが、そこら中にモノが転がっているのには閉口した。
 そんな中、お気に入りの急須もフローリングの床に転がっていた。高さ1m強のカウンターから落下したにもかかわらず、まったく無傷だったのには驚いた。注ぎ口や取っ手にも、カケすら見られない。

 リビングでいろんなものが転倒・落下する中で、唯一地震対策を施していたテレビが、倒れずに移動していただけですんでいたのは幸いだった。

 台所はひどいことになっていた。
 巨大な古い電子レンジが落下していたのには驚いたし、何よりも食器の破片だらけで文字通り足の踏み場もなかった。
 後でわかるのだが、戸棚という戸棚、引き出しという引き出しがガラスや陶器の破片まみれになっており、結局はすべて取り出してカケラを取り除き、洗い流す必要があった。

 買ったばかりでぴかぴかのステンレスの大きなゴミ箱が電子レンジの直撃を受け、無様に凹んでいたのは、安いものとはいえ地味にショックだった。

 明石の実家とはSMSで連絡がついて互いの無事を確認できたが、近くに住む義母とは連絡が取れない。愛知に住む兄や熊本に住む義弟とLINEで情報交換しつつ、職場に連絡を入れてから義母宅に向かうことにした。

 阪神淡路の時も同じように義母宅に向かったことを思い出しながら車を走らせた。
 あの時と違って、道路から見た被害はほとんど確認できなかった。義母宅を後にして義父が入院している病院へ向かう道すがら、瓦の落ちている家を何軒かと、垂れ下がった電線に邪魔されたバスが立ち往生しているのを見たくらいだった。

 義母宅は、玄関の引き戸が開かなくなっていたり、納戸の荷物がぐちゃぐちゃになっていたりパソコンが倒れたりはしていたが、うちと比べると被害は軽微だった。食器棚に地震対策をしていたことも奏功したのだろう。
 ただ、古い日本家屋なので、後で壁にひび割れが見つかったりしている。

 パソコンを立てて何とか引き戸を直し、今度は義父が入院している病院へ向かう。
 この時点で9時ごろで、エレベーターは止まっていたが、院内はすでに落ち着いていた。
 非常階段の場所を教えてもらって6階に上がり、義父の様子を覗くと、大きくお腹を上下させて元気に呼吸していた。相変わらず意思疎通はまったくできないが、少しの間視線を合わせることはできた。

 階段を降りていると、「準備のできた診療科から診察を開始します」というアナウンスが流れていた。
 家族に「おじいちゃん、大丈夫でした」というLINEを送ってから、「ぜんぜん大丈夫じゃないよなあ」と思い直し、義弟には「変わりありませんでした」と送っておいた。
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 家も職場も片付けが大変だった。どこを開けても何かが落ちてくることになかなか慣れなかった。ガスが使えないのにもちょっと困った(1週間と言われていたが、3日目の夜には戻り、もちろんありがたいものの、ちょっと拍子抜けした。供給停止した地域の中ではもっとも早い復旧だったようだが、こういうときのこの国の人の底力は、やはり敬服に値する)

 片付けは火曜日の夜にはヤマを越え、水曜日には通常通りの仕事を終えて帰宅すると、今度は家人の職場がひどいことになっているということで、木曜日は応援に駆り出されることになった。
 木曜の夜には自宅の片付けもほとんど終え、ドア2枚の調整を残すだけにして寝た。
 今日、金曜の夕食後にドアを直して、やっと旧に復することができた。もちろん、ハンプティ・ダンプティ、壊れてしまったものは元には戻らないけれど。

 そんな中、日曜日の夜に霞がかかったようになっていた右目は、後部硝子体剥離による眼球内の出血に伴うものだとわかった。月曜日に病院に行くつもりだったのに、地震でそれどころではなくなって忘れていたのだが、火曜日の夕方には行くことができ、診断を受けた。

 「この目はいったいどうなるんだろう?」という不安の中で迎えた地震に、年老いてさまざまな病を得ている計4人の親のことなども考え、なんだか無常観みたいなものを感じていた。
 しかし、硝子体剥離(「網膜剥離とは違うんですよね?」)とかいう大袈裟な病名にもかかわらず、老化に伴う自然な現象であり、出血や霞も放っておけばそのうち改善するというので、少しはほっとした。

 月曜朝の地震で始まり、金曜夜に片付けが完了するという一週間だった。
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 個人的にはもう大丈夫だけれど、近辺にはそうではない人たちも多い。

 関西以外ではほとんど報道もなくなったと思うが、たとえばいつも行くスーパーはまだ閉まったままだし、この辺の大学のうち少なくとも3つ(つまりほどんど)は今週いっぱい休講である。病院にも再開できていないところがある。モノレールはまだ一部運休中だ。同僚の中にもガスがまだ復旧していない人もいるし、それなりの数の民家の屋根がブルーシートで覆われている(後記:土曜日になって義母宅も雨漏りしていることがわかった。日曜の朝に連絡が来たが、すぐにブルーシートを張れる業者が見つからない)。
 亡くなった方にはお気の毒としか言いようがないし、怪我をした方もおそらくは1000人近くはいらっしゃるだろう。

 一刻も早い回復・復旧を祈る。
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 ご心配くださったみなさま、ありがとうございました。

 読み返すとなかなか大変なようですが、実際はやすみやすみ、のんびりと片付けていたために長引いたのが実情です。

 地震当日の夜には、寿司を食べに出かけたくらいです。
 予約していたのに何の連絡もないので、おそるおそる「今日は無理ですよね・・・」とメールすると、ごく当たり前のように「やります」と言うので、ちょうどガスが使えないこともあり、急遽、義母も誘って喜んで出かけました。

 車で少し走ると、すぐに、ほとんど被害のない地域になります。お寿司屋さんや職場の人間でも「写真立てが倒れたくらい」「食器が2〜3枚割れたかな?」という程度の方々とは、相当な感覚の隔たりを感じました。

 うちの家族などはまあ、そうは言っても気楽なものでしたが、たとえば高槻に住むある人は、水曜日になっても、「とても外出できるような精神状態ではない」という理由で出てこないくらいでした。

 今回程度の「被災」でこれだとすると・・・

 阪神や東北や熊本を始め、本格的な被害に遭われた方々への自分の思いを、今一度点検したくなりました。

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2018.05.12

■松阪牛麺

 もうかれこれ10年以上(だと思っていた)、いつか行きたいと横目で見ていた「松阪牛麺」に、初めて行くことができた。

 先日、例によって「ランチをどうしよう」と考え、久しぶりに「中はら」でステーキ(といってもセットで1300円です)を食べることにし、駐めにくい駐車場にバッチリ駐めて店の前に行くと、シャッターが下りていた。
 以前も同じことがあって、その時はまさか閉めたのかと思ったのだが、連休に開けていたための代休であった。今回も道すがら、休んでるかもなあ・・・とちらっと考えたのだが、やはり悪い予感は当たるものである。

 仕方ない、またコンビニでおにぎりでも買おうかと思いつつ、そうだ、この際「松阪牛麺」だ!と思いあたり、とうとう行くことにした。

 これまで行けなかった最大の理由は、「もっとも近い駐車場でも800m先」という立地である。駐車料金を払い、往復20分歩いてラーメン1杯を食べるというのは、なかなかハードルが高く、そうこうするうちに10年以上経ってしまったのだ(と思っていた)

 「思っていた」がしつこいので、なぜそう書くか説明すると、ネット情報では、オープンしてからまだ9年弱らしいからだ。
 うーん、どう考えても20年近く前からありそうなのだが、近年、月日の感覚がおかしいので、私の方が間違っている可能性も高い。

Img_0886_copy ともあれ、見慣れた店舗に初めて入った。わりとよく通る道なのだ。

 まずカウンターだけであることに驚き、次に食券方式であることに驚いた。

 そして、全粒粉を使った麺と、鰹・鯖・昆布の出汁に驚いた。

 自然ないい出汁をひいていて素晴らしいと思うのだが、これならいっそ、手打ち蕎麦にでもした方がいいのではないかと思った。まあ、手打ちは大変だから、それでなくても安くはない(1080円)のがさらに高くなってしまうだろうけれど。
 麺には最初違和感があったが、食べているうちに慣れたので、おそらく数回食べればさらにおいしく感じるに違いない。とにかく出汁のきいたスープが素晴らしく、残さずに飲み干してしまった。
 ラーメンでこんなことをするのは初めてだと思ったが、いや、これはあくまでも「松阪牛麺」であって、ラーメンではないと考えたほうがいい。

Img_0881_copy ちょっと残念なのは、出てきたときの見た目より、牛肉の量が少ないことである。なんだか騙されたような気がするほど、最初の見た目と実際の肉の量が違うように感じる。まあ、松阪牛を使っているとのことなので、これくらいが精一杯なのかもしれない。
 物足りなければ「松阪牛麺 肉盛り」という手もあるにはある。だが、なんとラーメン一杯で1680円になってしまうので、おそらく生涯(笑)食べる機会はないだろう。

 駐車場さえあれば時々は行きたくなるお店であったが、さて、これからどうなるか。

 今調べてみると、「中はら」でさえ、今年に入ってから一度も行っていない。去年は4回行っているが、それでも3か月に1度だ。やはり1300円はランチとしてはちょっと高いからかもしれない。

 松阪牛麺も、駐車場があって900円なら、ちょくちょく通うような気がする。

 後記:そうそう、ちょっと時間が遅かったせいもあって、私が入ってから出るまでに、私を含めて客は計7人だったのだが、会話等から判断して、その全員がおそらく初めての来店であった。写真でおわかりの通り、店の表に行列ができるほどの人気店のはずなのだが、大量の一見客で回っている可能性もありそうだ。

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2018.05.04

■2018年GW東北旅行ツイート集

 恒例になりました、GW東北旅行ツイート集です。ご笑覧くだされば。

2018/4/28 18:46 滋賀・福井県境で、まだ八重桜が満開だった。
2018/4/29 6:56 明るすぎて6時半に起床。日の出が4時台(と言っても56分)であることに驚く@新潟県上越市名立
2018/4/29 7:28 雪をいただいた山々が見えた。
2018/4/29 9:30 標高たった100mの何でもない山里に、まだ雪が残っている@新潟県長岡市小国町
2018/4/29 9:38 日射しが強くて冷房を入れているというのに。
2018/4/29 10:12 山古志村は残雪多し。
2018/4/29 10:45 八重桜、枝垂れ桜が満開
2018/4/29 10:56 道の駅入広瀬。いつぞやは満開だったソメイヨシノがほぼ散り果て。
2018/4/29 11:01 去年は雪で通れなかった国道252号が今年は通れる。一昨日冬季閉鎖が解除されたばかりだという。
2018/4/29 12:11 福島県に入って只見駅前。写真は雪割街道展望台からの眺望
2018/4/29 17:19 福島に入ってからミニストップがやたらに多い。久しぶりにソフトクリームを食べた。
2018/4/29 20:39 宮城県に入ってパスタの夕食
2018/4/30 6:52 6時45分、どうでもいいような「役所からのお知らせ」放送で起こされる。7時まで寝たいというような「怠け者」は、この辺にはいないのだろうか?
2018/4/30 10:10 女川町牡鹿半島の八重桜は散り初め
2018/4/30 10:32 石巻・女川には何度も来てるのに、牡鹿半島・コバルトラインの素晴らしさを今日まで知らなかったなんて・・・
2018/4/30 11:36 山中のスカイラインは平和だったが、津々浦々はことごとく復興途上
2018/4/30 13:33 女川、相変わらず、駅前の賑わいと奥との落差が激しい。
2018/4/30 14:09 忘れてた! 石巻にこんなものがあるのをまったく知らなかった。
2018/4/30 14:33 雄勝で遅い昼食。女川で食べそびれて、かえってよかったかも。
2018/4/30 17:15 気仙沼市街旧中心部、去年まで残っていた鉄筋コンクリートの建物の残骸はなくなっていた。だが、まだ更地になっただけ。
2018/4/30 17:44 陸前高田旧市街地は、見渡す限りの更地になっている。
2018/5/1 6:01 ここ遠野でも、朝6時に大音量のチャイム。スピーカーのすぐ横には家もある。信じられない。
2018/5/1 6:21 売り物の苗を運んできたおじさんに聞くと、5時には起きるということだった。何という働き者。見習・・・えるわけがないか。
2018/5/1 8:41 うちでいま食べているお米を作ってくれている農場に立ち寄った。のどかな山あい。
2018/5/1 8:50 なんかオシャレな、別の農家
2018/5/1 9:57 まもなく栗駒山
2018/5/1 11:10 どれが栗駒山なのかわからないが、結局こういうのが好きなんだなぁと思う。
2018/5/1 13:15 通りたかった県道が、なんと6月8日まで通行止予定・・・
2018/5/1 13:18 ソメイヨシノ?がまだ満開
2018/5/1 17:02 尾花沢やら最上川やら
2018/5/1 17:03 サクランボやモモがなるという。
2018/5/1 19:14 八重桜の綺麗なサイトでテント泊
2018/5/1 20:01 テントですら、こんなに広く感じられるとは。
2018/5/1 20:02 フクロウが鳴いてるが、これは自宅と同じだからありがたくない・・・か。
2018/5/1 20:47 パジャマに着替えて寝られるだけでも贅沢な感じ ^^;
2018/5/2 8:07 急に思い立って蔵王に向かう。いちど行ったからといってこれまで行かなかったのだが、前に行ったのはもう10数年前だし、季節も全く違う。天気がもってくれればいいが。
2018/5/2 9:39 蔵王、栗駒よりはるかに残雪が少ない。
2018/5/2 9:40 まだ晴れている。
2018/5/2 9:43 標高が高くなるたびにエアマットがパンパンに膨らんで困る。抜けばいいのだが、また入れるのが面倒。現在、標高1600m。
2018/5/2 10:38 アマツバメがシュウゥゥゥッと音を立てて飛ぶ@蔵王御釜
2018/5/2 13:20 適当な昼食場所が見つからない@福島市内。幸楽苑だらけ@東北。
2018/5/2 13:32 結局、大規模蕎麦屋(兼なんでも屋、トンカツはおろかスパゲティまである)になる。
2018/5/2 13:43 そうそう、目をつけた二八蕎麦屋は並んでたのでパスした。残念。
2018/5/2 15:03 栗駒も蔵王も磐梯もフキノトウだらけ
2018/5/2 15:21 ホシガラス初見!
2018/5/2 15:33 満開どころか、蕾まじりの桜もちらほら
2018/5/2 15:41 標高825mのソメイヨシノ
2018/5/2 15:43 この桜は?@835m
2018/5/2 21:17 雨の中、交通量のない真っ暗な山岳国道をえんえんと走ってくると、つまらない文明にもほっとする。
2018/5/2 22:06 雨に濡れた国道上に無数のカエル。多くは死体のようだが、申し訳ないけれど とてもよけられるレベルではない・・・@魚沼
2018/5/2 22:55 車中泊は雨音がうるさいことを久しぶりに思い出した。
2018/5/3 8:30 朝5時前、日の出とともに走り出した。「働き者」の仲間入り?
2018/5/4 8:43 帰宅した翌朝、枯れてしまったと思っていたアボカドから若葉が生えてきているのに気付いた。

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2018.04.15

★三たび美山へ

 特に予定のない土曜日、私としては珍しく朝早く?起きだしてしまったので、どこかへ出かけたくなった。
 幸い、まだ天気もしばらくは持ちそうだ。

 滅多にないことに、家人も同行できるというので、桜を求めて京北・美山に行くことにした。

 とはいえ、私は今春3度目になる。何か目標があったほうがいいと考え、昨初冬に見送った日本一背の高い木、美山の三本杉を見に行くことにした。

 家人は「おいしいものを食べるのだけが楽しみ」と薄情なことを言うのだが、京北にそんなものがそうそうあるわけもない。
 いつぞやのフレンチの線も考えたが、予約が必要なことと高すぎるのとで却下、「蕎麦美庵 物味遊山」を目指すことにする。ここは、1500円または1800円で、前菜・サラダ・メイン付きの十割蕎麦を食べることができる。

Img_0186_copy ちょうどお昼ごろに着いて昼食をすませ(満足感高し)、ウッディ京北でたまたま見かけた「田中店(たなかみせ)」の食パン(山食)を買い(おいしかった!)、黒田の百年桜を横目に見ながら、一路 美山の三本杉を目指す。大悲山峰定寺の駐車場に車を駐め、林道を歩くこと30分で目的の場所に着いた。

 その辺の木もほとんどが杉で、それなりに大木と言えるようなものも散見されるのだが、所詮は植林、三本杉の迫力はまったく別物である。「がっかり名所」を覚悟していた身には、十分すぎる巨木だった。
(高さが日本一だというんだから、そりゃそうですよね・・・)

 車に戻るまで雨が降らなかったのも僥倖である。

030a8824_copy 帰りは、ちょうど満開の黒田の百年桜を傘をさして観賞する。前回は、まだちらほら咲いているだけだった。
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 3度来ても、京北はその度に満開の桜で迎えてくれる。まずはソメイヨシノ、次に枝垂れ桜、さらには百年桜というように。

Img_0189_copy いや、そう単純ではなく、いろんな種類の桜やら桃?やらハナズオウやらがそこここで競うように咲き誇っている。

 私の車で、バイクで、そして家人の車でも、もはや走り飽きた道なのだが、それでもやはり、京北の春は格別だ。

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2018.04.07

★14時から美山を往復

 だいぶ前から「孫の手」が欲しかったのだが、それなりに探しても気に入ったのがなく、まあダメだろうなあと思いながらも、ひいきの銘木工芸店「山匠」にメールすると、なんと孫の手もお作りになっているというのを一週間ほど前に教えていただいていたので、桜のあるうちにと、出かけることにした。

 いずれにせよ、桜が散り果てる前に京北・美山へとは思っていた。

 前日からそのつもりだったのに、新年度で疲れたのか、起き出すともう正午前になっていた。天気も優れなかったのだが、夕食までには何とか帰ってこられそうだし、結局行くことにした。

 出発はなんと14時である。

030a8785_copy 家を出るときは晴れてきていたのに、亀岡からは雨になった。それでも、イワツバメの乱舞に慰められたり、満開に「戻った」桜を楽しんだり、新しい桜を「発見」したりしながら、2時間かからずに山匠に着いた。

 ご主人がお仕事の手を止めていろいろ見学させてくださった。
 その後、予定どおり孫の手を購う。キハダ・欅・一位・タモがあると伺っていて、事前に欅か一位(櫟)をと思っていたのだが、現物を見て色と木目が気に入った一位にした。

030a8789_copy 雨模様の中、違うルートで帰宅する。お気に入りの桜ポイントは時間差でさまざまな桜が咲くのだが、大木はほとんど散り果てていた。
 それでも随所でさまざまな桜を楽しむ。雨なのが残念だ。

 帰りの亀岡では久しぶりの虹を見て、無事18時40分ごろ帰宅。ちょうど夕飯に間に合った。

 14時から動き出してもこれだけ充実した日を過ごせるのだと気づかされた。

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2018.03.26

●桜の季節が始まった

 子どものころは夏が好きだった。何といっても夏休みである。小学生のときは毎日のように、午前中はプールで、午後は海で泳いでいた。
 小学校高学年になってスキーに行くようになると、冬も好きになった。スキーをしなくなった今でも、雪景色や雪道ドライブは格別だ。
 高校生から大学生のころは、感傷と紅葉の秋も好きになった。ただ、環境の変化からか、かつて見たあの素晴らしい紅葉がほとんど見られなくなってきたのは残念である。
 結婚して仕事を始めてから、ようやく新緑の美しさに気付いた。

 しかし、春を好きになったのは、ずいぶん後のような気がする。春が待ち遠しいとはっきり自覚したのは、40代になってからではないだろうか。

Img_9736_copy 桜はどうだろう。

 今、思い出そうとしてみると、幼稚園に入る前の記憶がはっきりしない。今も両親が住む家に3月末に引っ越してきて、翌4月に入園したのだが、家のすぐ近くの公園の桜も、幼稚園の桜も、よく覚えている。
 それ以降、あらゆる場所で桜を見てきたし、もちろんそれなりに目を愉しませてきたのだが、人並みよりは少し醒めていたような気がする。第一、今日に至るまで、グループで飲食をともにするような花見の経験もほとんどない。

Img_9649_copy 桜の美しさに感銘を受けたのは、谷崎の『細雪』に登場する平安神宮の紅枝垂れの描写を知り、後に実際に目にしたのが最初だと思う。
 そのころから、自分が好きなのはソメイヨシノではなく、もっと色の濃い桜であることを自覚するようになった。
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 地震と津波と原発事故の後、毎年のように東北を訪れるようになったのだが、わざわざ遠くまで行く、あまたある理由のうちの一つは、こちらで散ってしまった桜を、タイムマシンのように遡ってもう一度観賞できることである

Img_9650_copy 今のバイクを買ってからは、まず紀伊半島で桜に出会い、次に近所の桜に親しみ、その後京北や湖北で桜を愛で、さらに東北へ出かけるようになった。
 紀伊半島は車の時があるし、東北へはこれまですべて車だが、ともかくも、3月下旬から5月上旬まで、ほとんど途切れることなく桜が観賞できるようになったのは素晴らしい。

 今までどうして気付いていなかったんだろう?

 いや、気付いてはいたのだ。
 仕事を辞めたら、九州を皮切りに北海道まで、ちょうど桜前線の速度に合わせて2か月近くかけて旅行しよう・・・などと考えていたのだから。
 だが、それを先取りするかのように、紀伊半島から東北だけれど、そして、週末とゴールデンウィーク程度だけれど、気がつけば実際にやってみるようになっていた・・・ということなのだ。

 桜の都合より休みの都合が優先するので、なかなか満開には出会えない。新潟県の八郎潟の桜は一度だけ満開を経験できたが、秋田県の角館の桜は一度も微笑んでくれていない。今年も早いようなので、東北の桜の多くはゴールデンウィークには散ってしまっているだろう。
 しかし、そういう年でも、標高が高いところには綺麗な桜が残っている。それに、遅咲きの品種には好みのものが多い。いつだったか、ゴールデンウィークに奈良の吉野の南に出かけ、峠で満開の桜を見て驚いたこともある。

 今、 iPhone の壁紙にしているのは、去年の今ごろ撮影した(おそらく)クマノザクラだ。今年になって新種と認定された桜である。
 今年は開花が早かったので、クマノザクラはもうほとんど散ってしまっているらしい。目立つのは、ソメイヨシノと紅枝垂れである。

 ともあれ・・・

Img_9675_copy 今年も桜の季節が始まった。今は和歌山の串本町にいるが(去年は那智勝浦にいた)、奈良の十津川村からここまで、ほとんどの桜が満開に近い姿を見せてくれた。
 いつも「出かけるところがない」と嘆いているが、少なくともゴールデンウィークまでは、あちこちに桜を求めて走り回れる。

 春も大好きになった。

(桜の写真はすべて今回の旅行で撮影したものです。)

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2018.03.09

●3つ星のレストランで食事していた!

 ワインの話が出てくる書物を読んでいて、今まで唯一、おいしいと思ったワインのことを思い出した。

 もともと、お酒はまったくといっていいくらい飲めないのだが、これまで「舐めた」中ではっきりとおいしいと思ったものが3つある。
 1つは、信州の牧場主が作った牛乳酒。もう一つは、父親にプレゼントした日本酒。そして最後が、カリフォルニアのシリコンバレーの外れで飲んだ白ワイン(ただしドイツのリースリング)である。

 そのワインは、帰国後すぐに探したけれど見つからなかった。もう何年か経つし、状況が変わっているかもしれないのでもう一度調べようとしたが、名前が思い出せない。当時の写真があるはずだと思って探すと、簡単に見つかった。
 記念写真ではなく記録写真を撮り始めてからのことなので、写真はすべてパソコンの中に入っている。その記録が役立った。

 当時、同じ名前のワインすら日本では売られていなかったようなのだが、今調べても、同じブランド?のものはあるものの、目指すものはやはり見つからなかった。

 以上は余談 ^^;

Dsc08341_copy さて、記録写真を見るうち、そういえば、このレストラン、おいしかったよなあ・・・と思って調べてみると、なんと! ミシュランの3つ星を取っていることがわかった。

Dsc08348_copy 記憶の限り、私は2つ星以上のレストランで食事をしたことがない(家人は先日、自分だけ3つ星で食事してきました。さすがにランチですけど)。1つ星だって、一箇所あるだけだと思う。それがまさか、知らずに3つ星で食事していたとは・・・ しかも外国で。

 ただ、調べてみると、3つ星になったのは2016年からで、私が食べたときはどうやら2つ星だったらしい。

Dsc08350_copy それにしても、知らないうちにそんなところで食事していたなんて、びっくりした。おいしかったはずだ。田舎町のレストランだし、まさか3つ星クラスだとは考えもしていなかった。

Dsc08352_copy アメリカ人と日本人のご夫妻が「ここに来たからにはぜひ行っておきたい」と誘ってくださったのだが、そんなことでもなければまず行かなかっただろう。いい思い出になった。

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2018.01.16

■ビッケとムーミンをめぐる騒動

 先日行われた大学入試センター試験の地理Bで出題された、「小さなバイキング ビッケ」と「ムーミン」に関する話題がかまびすしい。

 当初、個人的には「よく考えられたいい問題だなあ」という印象を持っていた。もちろん、正答を選ぶのにアニメの知識は必要ないようにも工夫されている。

 ところが、「正解」するのに問題はないものの、そもそも「ビッケの住む村はノルウェーなのか」「ムーミン谷はフィンランドなのか」というところで疑問が呈されているようだ。
 無責任なネットの書き込みだけではない。大阪大学のスウェーデン語研究室が、ビッケの舞台がノルウェー、ムーミンがフィンランドだという根拠はどこにあるのかと、大学入試「センターに説明を求める見解を発表した」というのだ(asahi.com)。

 知らなかったのだが、ビッケの作者はスウェーデン人のルーネル・ヨンソン(1916-2006)という人だそうである。であれば、ビッケの拠点となるフラーケ村もスウェーデンであると考えるのが自然であろう。出題されたアニメはどうかわからないが、「原作の舞台がスウェーデンだと読める記述もある」そうだ(同)。

 まったく別の話だが、今回の件で久しぶりにビッケのことを思い出し、お風呂で主題歌を歌っていると、妙なことが気になった。

 ♪イギリス・オランダ・ブルガリア 氷の海も何のその
 ♪グリーンランドにお散歩さ そーれ、世界の海に出航だ

というのだが、何か引っかかるところはないだろうか。
 そう、スカンジナビア半島を拠点としていたバイキングが、イギリス・オランダに行ったのはまあわかる。アイスランドにだって行っているのだから、グリーンランドにも行ったかもしれない(彼らが名づけたのかな?)。

 でも、ブルガリア???

 子どものころは、ブルガリアがどこにあるかという知識もなかったのだろう、まったく気にならなかった。

 調べてみると、バイキングは何と、北海からイベリア半島を回り込んで地中海に抜け、そこからさらに奥の黒海に至り、ブルガリアにも進出していたらしいのだ。
 それだけではない。あろうことか、北アメリカの北東岸にすら到達しているというのである(『日本大百科全書』)。
 それが西暦1000年ごろのことだというから、アメリカを「発見」したヨーロッパ人は、コロンブスではなくてバイキングだということになろう。

 さて、ムーミンである。

 作者のトーベ・ヤンソン(1914-2001)の母語はスウェーデン語であり、作品もスウェーデン語で書かれているが、ヘルシンキ生まれのフィンランド人(ただし母はスウェーデン人)なので、ムーミンの舞台がフィンランドだと仮定しても大きな問題はないであろうし、一般にもそう思われている(念のため、現在でも、フィンランドでは南西部やオーランド諸島を中心にスウェーデン語話者が一定数暮らしている)。

 だが、「舞台は「ムーミン谷」なのに、それを勝手にフィンランドだと判断していいのか」ということが言われているようだ。

 私はこれを、言いがかりに近いものだと考えていた。
 「桃太郎」に出てくる「鬼ヶ島」は日本なのか、「浦島太郎」に出てくる「竜宮城」は日本なのか、みたいな疑問と同列のように感じたのだ。
 まあ確かに、鬼ヶ島は中国や朝鮮であるという想像が成り立たないわけではない。竜宮城にも同様の可能性はありそうだ。ただ、少なくとも後者では言葉が通じたようなので、日本が舞台だと考えて差し支えないだろう。鬼とは言葉でコミュニケーションができたのだろうか?

 ともかく、フィンランド人が想像力の翼を広げてムーミン谷を描写したんだから、それはまあフィンランドでいいんじゃないかというのが私の漠然とした考えだった。
 ところが、知り合いのフィンランド人に聞いてみると、「ムーミン谷はフィンランドだとは思えない」と言うのである。「地形や風景の描写から判断して、フィンランドではない」と感じているらしい。
 フィンランドといっても広いんだし、どこかにムーミン谷のようなところもあるかもしれないとは思うものの、フィンランド人自身がムーミン谷に「異国感」を持っているというのは、意外な発見だった。

 ムーミン谷の所在に関しては、今回の騒動を受けて、日本の「ムーミン公式サイト」にも見解が掲載されているので、興味のある方はご覧いただきたい。
 そこには、「劇中の気候や風土の描写はフィンランドのそれを思わせるものです」と書いてあるのだが、知り合いのフィンランド人の見解とは異なる。ほんとにフィンランドを知っている人が書いているのかどうかわからない。
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 気になるのは、よりにもよってあのセンター試験に出題するというのに、きちんと検証しなかったのかということだ。「きちんと」は難しいにしても、これくらいの疑問がずらずら出てくるというのは、ちょっと調べればすぐにわかることである。なのに、気にせず出題したのだろうか?

 言語学・文学畑の人間からはちょっと想像しにくいのだが、地理畑の人たちは、こういうことに「おおらか」なのだろうか。
 文学的には、ビッケもムーミンも、どこが舞台か決着がついていない可能性が高いのではないか。

 さて、大学入試センターはどう出るか。
 仮に、「ビッケのフラーケ村はスウェーデン」「ムーミン谷はフィンランドかもしれないが別の国かもしれない架空の場所」であったとしても、あの「正解」にたどり着くことはできるだろう。
 しかし、問題として適切を欠くと言われれば、素直に認めざるをえないかもしれない。


 おそらく明確な結論が得られそうもない今回の騒ぎで、唯一確かなことがあるとすれば・・・それは、出題者が私と同じ世代だということくらいであろうか。

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2018.01.07

■ハクソー・リッジ

 沖縄戦の映画だというだけの予備知識で見た。
 ハクソー・リッジとは沖縄県浦添市にある丘で、日本側は「前田高地」と呼んでいたそうだ。

 実話だというのだが、細部の多くは創作・演出されたものだろう。

 いずれにせよ、ものすごい傑作だと思う。たとえば『プライベート・ライアン』みたいに話題になっていない(なってませんよね?)のが信じられない。

 物語は一人の英雄に焦点が当たっているが、もちろんそれにとどまらない。

 後半は沖縄戦を描いているので、見ていられないような映像が頻出するが、それでもやはり、誰もが見ておくべき映画だと思う。

(Hacksaw Ridge, 2016 U.S.A.)

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