2017.10.16

◆運転免許証更新時講習による収穫

 運転免許の更新など、貴重な時間とお金を奪われるだけだと思っていらっしゃる方も多いのではないだろうか。
 実際、明確に意味のあることと言えば、視力を測定されることくらいである。
 フランスやドイツなど、免許更新が不要な国も多い。

 まあそれでも、はなはだ不十分ではあるが、高齢ドライバーには認知機能検査を課したり、運転に適さない病歴があることを自己申告させたり、安全意識を講習で喚起したりと、意味がないわけではない。
 写真をアップデートしておく必要もあるかもしれないし、道路交通法改正のポイントをおさらいするのも悪くはない。

 いずれにせよ、やらないですませるという選択肢はないので、仕方なく更新に行ってきた。

 誤算だったのは、前回までと違って、講師がきちんと授業のようなものを行うことである。そのせいで開始時刻が決められており、ずいぶん待たされることになった。
 以前なら、任意の時間に入ってエンドレス上映中のビデオを見、見始めたところまで来たら終了という感じだったので、特に時間を考えずに更新に出かけて失敗した。
 結局最悪のタイミングになって2時間20分も待たされたし、全部で4時間近くかかってしまった。

 帰宅してから「運転免許更新連絡書」のハガキを見ると、最後のところに小さな字で「講習開始時刻は、受講を希望される警察署にお問い合わせください」とあった。わかっていれば問い合わせたのだが、そんなものを電話で問い合わせたり答えたりするのも双方にとって面倒である。Webにでも一覧できるようにしておけばいいのに。

 それはともかく、これを書き始めた動機は、更新時講習で意外にも改めて発見/学びがあったことだ。

 いや、申し訳ないけれど、講師の話から学ぶことはほとんど何もなかった。たいていは「おっしゃるとおりですね」、いくつかは「その説明の仕方や統計の扱い方には疑問があります」という程度。
 まあ、安全意識について思いを新たにするという意味では、もちろん有意義であった。

 発見/学びは、意外なところから訪れた。

 典型的な右直事故について、わかりやすいイラストを添えて講師が説明する。直進は二輪車のオートバイ、右折は四輪の車。
 「さて、この事故の主な原因は何でしょうか?」

 指名された受講者はなんと、「わかりません」と言うのである。やる気がないとか反発しているとかそういうのではない。重ねて問われても首をひねっている。
 「では質問を変えましょう。直進と右折とではどちらの車両が優先ですか?」
 「えっと、直進ですか?」
 もちろん正解だが、もっと自信を持って答えてほしい。
 さすがは講師、ここでちょっと疑問を持ったのかもしれない。
 「では、直進右折等が関係ないとしたら、二輪車と四輪車ではどちらが優先ですか?」
 「四輪車です」
 イラストでは二輪車が直進なので、イラスト由来の勘違いではない。
 「あ、あ、いや、いや、いや・・・」と講師。
 私も思わず、「えええっ !?」とかなんとか、声を漏らしたかもしれない。
 気を取り直した講師はさらに、
 「そうですか、では、ダンプカーと軽自動車ではどちらが優先でしょうか?」
 「ダンプカーです」
 うわお。
 「あの・・・ 衝突した場合にどちらの被害が小さいかというふうに勘違いなさっているのかもしれませんね」と講師は苦しいフォローを入れるのだが、その発言への反応からも、明らかにそうではないことが見てとれた。
 (免許をお持ちでない方のために:二輪も四輪もダンプも軽も優先度に違いはありません。また、車種によらず、直進と右折とでは直進が優先します。)

 もう一人。
 今度は典型的な左巻き込み事故。左折する車とその左後方を直進する二輪車。例によってわかりやすいイラスト付。
 「この事故の主な原因は何ですか?」
 「えっ、私ですか? うーん、えっと・・・」(間)「車が左をよく見てなかったからですか?」
 「そうですね。左折するときは左側をよく確認することが必要です。では、どうやって確認しますか?」
 「ミラーで」
 「そうですね、ミラーできちんと確認してください。まずはドアミラーとバックミラーと両方の確認が重要です。他にはどうやって確認しますか?」
 「えっ?」
 「他に確認の方法はありませんか?」
 「他ですか・・・?」
 「他の方法で確認はしませんか?」
 かなり待ったが、答えられない。
 講師は、
 「車には死角がありますから、ミラーだけではなく、首を動かして直接目で見て確認しなければなりません」と、当たり前のことをいう。「なるほど、そうなんですか」と言いたげな受講者・・・
 ___

 今回の講習の最大の収穫は、これほど愚かで無自覚な人たちにも自動車免許が与えられ、公道上を当たり前のように走行することが許されているという事実を、改めて思い知らされたことだった。

 特に二輪車にとっては、こういう人たちは自分の命をおびやかす存在となる。
 よく言われることだが、オートバイに乗るときには、周囲の車両が何もわからない愚か者だと思って、さらには、無自覚に自分を殺しにきている暗殺者だと思って運転しなければならないのだ。

 この話にはちょっとしたオチがある。

 講師の質問にまともに答えられなかった2人は、5年間無事故無違反の優良運転者講習の受講者だということで、開始30分で帰っていった。受け取る免許はゴールドである。
 「あんな人たちをたったこれだけの講習で野放しにしていいんですか」と言いたかったが、もちろん言っても詮のないことなので何も言わない。何とかしたいと思っても、講師だって制度上何もできないのだ。
 あの2人が、ペーパードライバーであってくれることを祈る。そして、もしそうなら、願わくは、再度の十分な教育なしに運転しようなどという気を起こさないことを。

 右直事故や左巻き込み事故などについて、やろうと思えば5分でも10分でも、双方の優先関係や注意義務や過失、さらには運転者の認知特性や車両の特性まで理路整然と説明できる私(自信過剰のようで申し訳ありませんが、ドライバーやライダーなら本来だれもが説明できるべきです)は、一度「軽微な違反」で検挙された前歴があるので、居残り講習となった。免許はブルーとなる。

 自業自得とはいえ、理不尽なことである。

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2017.09.30

■歳月 ──としつき

 19年乗った、家人愛用の軽自動車。

 故障もなく長い間働いてくれたのだが、車検の見積もりを取ると、寄る年波には勝てず、さすがにそろそろちょっと・・・という話だったので、車検が切れないうちにと、急遽新しい車を買うことになった。こんなこともあろうかと以前からぼちぼち考えていたので、別のメーカーの車だが、あっという間に注文してしまった。
 車の下取り額は100円。価値がないことはわかっていたけれど、わざわざ査定して、そのために待たされたのは何だったのかと思う。

 驚いたのは店長の若さである。「子ども店長」か !? とツッコみたくなるような風貌で、たまらず年齢を聞くと、「30になりました」という返事。
 まだ店長経験3か月だということだが、40代半ばの前の店長が異動し、一番年上の「男」(とはっきり言った)が自分だったとのこと。早い出世を言祝いだが、比較的ブラックな業界で、人の出入りが激しいのかもしれない。

 担当セールスは(たぶん)二十歳そこそこの女の子。もしかすると、家人の車の方が「年上」の可能性すらある。今年入社したばかりで、今月からやっと自分で車を売り始めたという。名刺には初心者マークがついている。今日注文した車が初めて売った車だとよかったのだが、残念ながらそうではなかった。

 注文書説明の際は、念のためにと先輩社員が同席するのだが、せいぜい20代半ば。まあ、店長が30だというのだから当然かもしれない。

 こんな店で大丈夫なのか・・・とも思うのだが、周囲が若く、下手をすると子どもに見えるというのは、間違いなく「相対性理論」である。

 「えっ? 高校野球で甲子園に出てる選手って年下?」と驚いたのが懐かしい。今や、プロ野球12球団の監督ですら、もしかすると全員年下かもしれない。

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2017.09.03

■疾走するバキュームカー

 ワインディングロードを車で走るのは遅い方ではない。特に一人で乗っているときはそうだ。
 自分より速そうな車が後ろから来ると必ず譲るのだが、たとえば今回の信州旅行でそういう機会は一度しかなかった。
 (バイクの場合はぜんぜん違う。平均的バイク乗りより明らかに遅く、しょっちゅう道を譲っている。)

 その一度について。

 岐阜・長野県境の安房トンネルを抜け、上高地口を過ぎて松本へ向かっていた。交通量はほとんどない。どこから現れたのか、前をバキュームカーのような白い小型トラック(以下バキュームカー)が走っている。

 これが速い。

 がんばってついていこうとするのだが、かなり真剣にならないと無理だ。必死の一歩手前くらいで、なんとか付かず離れずついていく。
 バキュームカーは、カーブの続く山道を、ものすごく小刻みにピッチングしながら、時にはダダダダダダンッみたいな音をたてて疾走していく。よくもまあ、こんな速度であんなに揺れながら・・・

 そんな感じで十数分くらい走っただろうか、路肩が広くなっているところがあって、そのバキュームカーが道を譲ってくれた。
 振る舞いとしては正しいと思う。私だって、こういう道で付かず離れずついてくる車がいれば必ず道を譲る。前の車についていけるということは、ふつうはまだ余裕をもって走っているということを意味するからだ。

 だが、私にはもちろん、余裕などなかった。「かろうじてちょうどついていける」という速度だった。
 「うわあ、譲られても・・・」というのが正直な感想だ。どうしようかと迷ったが、相手はそこで休憩でもするつもりかもしれないし、とりあえずは厚意を受けることにした。

 私が前に出ると、バキュームカーはそのままついてくる。しかし、私はもうさっきまでの速度では走れない。前を切り開いていってくれる車がいるからついていけたのだ。先頭を安全に走ろうとすると、がくんとスピードが落ちてしまう。相手は「付かず離れず」ではなく、むしろ私を煽り気味だ。

 結局、ものの1〜2分で今度は私が譲ることにした。
 バキュームカーは、水を得たトドのようにあっさりと私を抜き去っていった。そして今度は、もう私が追いつけないスピードで徐々に遠ざかっていってしまった・・・

 FFとはいえ軽量のスポーツセダンに乗っている私が、バキュームカーについていくことすらできないのである。
 車の性能差には、ものすごいものがあるはずだ。それをひっくり返したのは何か。
 道、というか、(たぶん)すべてのカーブを熟知していることは大きいだろう。だがそれでも、あの車であのスピードで走れるものなのか・・・

 まあ、速いといっても「ほんとうに」速いわけではない。しょせんは、公道上の狭いワインディングのことである。あの程度の速度域でどれだけ速く走れるかを決めるのは、結局のところ「度胸」なのではないかと思った。私にはとてもあんな速度で走る度胸はない。

 そういえば去年だったか、家族で四国に行ったときに、びっくりするくらい速い軽トラックに道を譲ったことがあった。ついていく気なんか起きないくらいあっという間に遠ざかっていった。
 あの時も、「あんな車でよくもまあ、あの速度で走る度胸があるよなあ」と思ったものだ。

 いやでもまさか、度胸ではなくてウデなのか・・・ そう思いたくはないけれど。

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2017.08.31

★信州ドライブ

 涼を求めて北海道に行くつもりが、西日本以外はみんな涼しいということらしいので、だったらもう信州でいいやと思って行ってきた。
 例によって孤独な貧乏旅行である。

 1週間くらいかなと考えていたが、結局はたった2泊で帰ってきてしまった。帰宅は真夜中を越えたので、一応2泊4日。

 北海道だとおいそれとは帰れないので続けざるを得ないのだが、それでも2年前に行った時にはフェリーの予約を2日ほど短縮したような記憶がある。走るのにも風景にも飽きてくるのだ。
 それにしても2泊はひどい(今調べると、北海道は出発から帰宅まで13日間もあった)。

 夕方、次の日もその次の日も晴れそうにないし(帰ってくるとこちらは快晴!)、なんだか面倒になって「もう帰ってしまおうか」と思うと、どうかすればその日のうちに帰ってしまえるのだから、やはり「近場」はダメである。

 結局、旅行というよりはドライブになった。まあ、飽きるほど走れて景色も見られたのだからよしとせねばなるまい。

 まだ数日は旅行をしていたはずなので、暇といえば暇だ。ツイートでは書き切れないことを(でもできるだけ短く)ここに書いていきたいと思う。

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2017.08.06

★3時間でできること

 夏休み(じゃないけど)の日曜日だというのに、家人は仕事、息子は早朝からどこか遠くへ行ってしまった。

 昨日に引き続いて家でうだうだしているだけというのもなんだかなあ・・・という気がして、車で六甲に出かけることにした。
 最高気温の予想は38℃。とてもバイクで出る気にならない。

 途中コンビニに寄り、天狗岩へ。トカゲの写真を撮り、神戸と大阪の街を見下ろしながらおにぎりを食べてお茶を飲み、しばし憩う。
 車に戻る途中、鳥の写真も撮った。

 車にして正解だった。前回とは違い、気温は山上でも28℃。暑くはないが、風が吹けばかろうじて涼しい程度で、とても快適とは言えない。

 帰りに遠い方の職場に寄って紙の束を回収し、帰ってくる家人のためにスイーツを仕入れて帰宅。

 驚いたのは、家を出てから車庫に車を入れるまで、ちょうど3時間しかかかっていなかったこと。

 1日にこの行動を8回も繰り返せるじゃないか!
 いや、24時間はさすがにどうかと思うので、仮に12時間活動できるとすると、それでも4回。

 ふだん、1日どころか2日や3日(72時間!)くらいはすぐ無為に過ごしてしまうことを考えると、3時間でできることの多さに驚いてしまう。

 そういえば、「ハドソン川の奇跡」では、バードストライクから着水まで、3分ちょっとだったのだ。

 まあ、大量の弛緩した時間があるからこそ、その濃密な時間が可能だったのだと思う。
 同じ3分をループで繰り返していたら、1日でストレス死しそうな気がする。

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2017.04.10

★「うるさいだけのタイヤ」

 車のタイヤをオールシーズンのものに交換した。

 前の車でさんざん雪道を走ったので、「もういいや」と思い、今の車はFFにしたし、スタッドレスに履き替える予定もなかった。

 そもそも、一年のうち360日以上は雪道用のタイヤなど必要ない。どうかすると、365日必要ないかもしれない。
 最近はどこも除雪が行き届いているので、「この冬一番の寒波」が来た直後とかでなければ、関西なら日本海側ですらスタッドレスタイヤは要らないことが多い。

 しかし、たまの降雪で車に乗れない、走れないというのも困る

 そう思っていたところへ、これまで日本では人気のなかったオールシーズンタイヤが急に脚光を浴びているのが気になっていた。まあ、某メーカーのプロモーションが功を奏しているんだろうが、その宣伝を読めば読むほど自分にぴったりな気がしてきたのだ。
 オールシーズンを履いていれば、冬用タイヤ規制もクリアできるという。
 ___

 行きつけのタイヤ屋に交換に行くと、珍しく社長がカウンターに座っていて、「なんでこのタイヤに決めはったん?」と聞く。
 「滅多に雪道は走らないので、スタッドレスに履き替えるほどのこともないと思いまして」みたいに答えると、
 「このタイヤで雪道なんか走ったらあきまへんで」と言う。

 いや、走りますよ、というと話がややこしくなりそうなので、
 「ええ、基本的には走りません」と言った上で、「でも、夏タイヤよりはマシでしょう?」と聞くと、
 「そんなん、変わりませんよ。うるさいだけのタイヤや」とのご託宣。

 えええっ。今さらそんなこと言われても・・・ それならそうと、見積を取った時点で言ってほしかった・・・とは、あんまり思わなかったので、抗議もしなかった。
 注文を受けた店員が叱られるのも可哀相だし、私なりに熟慮(笑)を重ねた上での判断なのだ。

 「最近はオールシーズンもよくなってきてるんじゃないんですか?」
 「いや、そんなん、いっしょですわ」

 まあ、実際どうなのかはわからない。春になったばかりだし、また冬になって雪が降ってくれないと試しようもない。そして、試して滑ったのではシャレにならない。
 もともと、保険的な意味合いでこれにすることにしたこともあって、雪道性能にはそれほど期待していない。

 それより気になるのは、ドライやウェット路面での性能である。なにせ、99%以上は、雪や氷と無縁の路面を走るのだ。

 うるさいだけのタイヤ・・・

 幸い、皮むきのために数十キロ走った段階では、それほどうるさいとは感じなかった。直進性も応答性も良好な気がする。
 ステアリングがかなり軽くなったので、グリップがちょっと心配だが、これはたぶん、お店で空気圧を高くしすぎている影響が大きい。しばらくしたら適正値まで下げて様子を見よう。
 ___

 いずれにせよ、今さら何を言っても後の祭りである。「うるさいだけのタイヤ」だと思って性能には期待せず、より一層安全運転を心がけようと思う。

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2017.04.07

★必要経費

 3月は必要のない買い物をいろいろしてしまった

 4月以降はそういうことはないと思うのだが、すぐに固定資産税とか自動車税とか息子の授業料とかの類が襲いかかってくる。合計で数十万円になる。
 それを思うと、3月に買ったもろもろなど、ぜんぶ足してもその1/10だ。

 曲がりなりにも好きなものを買うお金が、仕方なく支出するお金の1/10だなんて、何のために働いているのかと思う。

 そんな中、もう一つ出費を強制されるものができた。車のタイヤである。

 遅かれ早かれ替えなければならないくらい溝が減っていたところへ、タイヤメーカー各社がかなりの値上げを発表したので、値上げ前に取り替えることにしたのだ。

 それが10万円以上する。自他の命がかかっているので安物は買えない。それにしても、避けられない必要経費が趣味の買い物の合計を超えるなんて・・・

 だいたい、思い切って購入した、分不相応なカメラの値段とタイヤの値段がほぼ同じなのである。

 ふだん、100円200円を惜しんでペットボトル飲料の購入すら最小限にしているのに、そんな努力?を嘲笑うかのような出費続き。

 でもまあ、「仕方のない出費」というのは、懐の負担にはなっても(すごくなる)、実はそれほど心の負担にはならない。

 避けられないものはどうしようもない。
 諦めは悪くない方なのである。

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2017.03.30

●いや、重ね重ね、お恥ずかしい・・・

 (いつにも増して長いのでご注意ください。今エディタで調べると、原稿用紙で12枚くらいの文字数でした。)

 先日、車で家を出ようとするとエンジンがかからなかった。

 最近の車によくある、スイッチを一瞬押すだけのタイプである。エンジンがかかったらキーを戻すなどの作業は存在しない。

 いつもはすぐにかかるのに、いつまでもセルモーターがキュルキュル回っているので、どうすればいいかわからない・・・はずが、本能的にというか反射的にというか、もう一度スイッチを押してセルを止めた。
 5回ほど試みただろうか。相変わらずである。

 セルは元気に回るので、バッテリーではない。
 ___

 その考えが頭をよぎると、村上春樹がランチアデルタに乗っていて、チロル街道をドイツからオーストリアに抜けたところでエンジンがかからなくなったという話を思い出した(『遠い太鼓』)。

 「でも駄目だ。何度やっても点火しない。」という文が、そのまま頭に浮かんできた。

 あとで、古い文庫本を引っ張り出して該当箇所を探してみた。

車を降りてボンネットを開けてみる。そしてひとつ深呼吸をし、セルモーターが回って、エンジンに点火しない場合の原因というのを考えてみる。《中略》旅行に出る前にランチアの指定工場で定期点検を受けて、問題が起こらないように整備してもらったのだ。それなのにどうしてこんなことになるのか?
 私の車も、まだ3年目に入ったばかりの新車?で、年末に綿密な2年点検を終えたばかりだ。

 違うのは、ボンネットを開けようなどという気にならなかったことである。

 私は頭から、原因は電子的なものだろうと決めてかかっていた。要するにコンピュータの異常である。そうでない場合でも、自分が手を出せるような原因だとは考えなかった。

 以前にも増して、車はブラックボックス化しており、それはもう、スイッチを入れれば動き出す電化製品、いや、コンピュータになってきている。
 仕事の予定もその後の予定もあったので、とりあえず車はそのままにして、家人の車で職場へ向かう。たまたま車があいていてよかった。
 家にはいられないので、車を引き取ってもらうにしても翌朝になるだろうから、時間の押している仕事が終わってからディーラーに電話した。

 結局、やはり翌朝に引き取ってもらうことになり、夜遅く家に帰ってから改めてエンジンをかけようとしても、かからなかった。
 だが、諦めの悪い私がまたごちゃごちゃやっているうちに、エンジンはかかったのである。
 でもなんか、妙な音がする。それは結局、エアコンを切れば止まったのだが、再度エンジンをかけても同じだ。

 もしかして、何か変なことになっていたら、エンジンを回すのは余計壊すことにつながるかもしれない。
 前の車の話だが、高速道路上で水温が上がりすぎてトラックで運んでもらったとき、少しなら自走できるからと、自力でトラックの荷台に上がったことがある。
 ところが、ディーラーに着くと、タイミングベルト回りに問題があり、下手をするとエンジンをおシャカにするところであったと教えられた。

 またそれ以前の別の時には、ある程度エンジン回転数を高く保っていないと、ものすごく回転がばらついて黒い排気ガスがもくもくと出たことがあった。
 信州を旅行しているときで困ったのだが、回転をあげておけばスムーズなので、そのままだましだまし帰ってくると、エアインテーク系のゴムホースに亀裂が入っていて、適切な混合気が送られていなかったのが原因だった。
 それこそ、ボンネットを開けてカバーを外したりしたら気づいて、ガムテープでも貼っておけば応急処置はできたかもしれない。
 まあしかし、そういうのは後知恵である。自分で対処できるような原因が都合よく見つかるとはふつう思わない。

 青森でエンジンがかからなくなり、車を置いて帰ったときには、ディーラーですらすぐには原因がわからなかった。結局、燃料ポンプの故障だった。
 村上春樹のランチアデルタは、イグニッションコイルからディストリビューターに行くコードが切断されていたそうだ。
 そんな原因だと、素人にできることは何もない。プロにだって、部品がなければどうしようもない。
 ___

 まあともかく、今回も自分でどうこうしようというのは早々に諦めて、車をディーラーに引き取ってもらうことにしていた。
 夜、念のため、エマージェンシーアシスタンスにもう一度電話をかけ、エンジンはかかるようになったみたいなんだけれど、それでも運んでくれるのかと確認すると、「もちろんでございます、もし何かあるといけませんから」ということだった。

 翌朝、引き取りに来た係の人は、一通り話を聞くと、「もしかするとイモビライザーのせいかもしれません。イモビが正規のキーを認識できないと、セルが回ったままエンジンがかからなくなります」と言った。
 イモビライザーというのは、キーと車とで暗号通信を行い、互いを認証したときにだけエンジンに点火する、盗難防止のためのシステムだ。それがおかしくなっているのではないかという。

 この説明はものすごく腑に落ちた。昨夜エンジンがかかった時は、かからなかったキーとは別のキーを使っていた可能性もある。
 ただ、私のイメージでは、イモビでひっかかるとセルも回らないと思っていたのだが、それは誤解だったのだろうか。それに、なんか変な感じがした、あの異音はなんだったのか。

 「イモビライザーの可能性がありますので、キーは2つともお預かりします」ということで、わが愛車はトラックに載せられて運ばれていった。
 ___

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2017.02.11

◆雪の牧ノ戸峠にて

 雪景色で思い出した、昨年末の九州旅行。

 阿蘇を後にして湯布院方面へ向かうべく、やまなみハイウェイを北上していた。日本で5本の指に入るくらいの絶景コースだ。

 心配していた雪はもう大丈夫だろうかと思い始めたころ、最高標高地点の牧ノ戸峠(1333m)を前にして、圧雪路となった。
 車はノーマルタイヤのFF(前輪駆動車)である。

 いったん手前で止まったものの、「すぐ先が峠だし、ここまで雪がなかったんだから、目の前の圧雪路さえやり過ごしてしまえば、またすぐ雪はなくなるだろう」と考えた。
 幸い交通量もごく少ない。

 とりあえず様子を見ようと思って圧雪路に踏み込む。緩い上りだ。20〜30メートル走っていったん停止し、再度発進できるか試してみた。

 無理。何度試みても空しく前輪が空転するばかりである。

 とりあえず諦めて、雪のないところまでバックで戻る。上り坂なのでバックすることはできた。

 うーん、どうしよう。いったん止まると身動きがとれなくなる。ただ、おそらくは、のろのろと進み続ければ行けないことはないだろう。
 だが、峠を越えたところの下りはどの程度の勾配なのか。ここはやっぱり引き返すべきだろうなあ・・・ でも、ものすごく遠回りになるよなあ・・・

 その時、対向車がやってきた。窓から手を出して振り、合図する。ゆっくり走っていたこともあって、気づいて止まってくれた。

 互いに窓を開けて視線が合う。ちょっと違和感はあったが、話しかけてみた。

 「あの、すみません、この先の雪はどんな感じですか」

 相手はきょとんとしている。違和感が確信に変わった。ドライバーは外国人なのだ。おそらくは東南アジア系の。
 たまたま止めた車を運転していたのが外国人・・・という時代になったのである。こんなことは初めてだ。

 まあ、車を止めることもそうないんだけれど、ドライバーに日本語が通じないというのは予想しなかった。
 相手から見れば、止めたのは日本人だと予想できたろう。よく止まってくれたものである。

 気を取り直して、英語に切り替える。幸い通じた。

 この先、雪はどんな感じか、それはどのくらい続くのか。

 「うーん、2kmくらい」

 えっ? 2km??
 すぐそこが峠なので、せいぜい数百メートルだと思っていた。2kmはかなり厳しい。
 逆に聞かれる。この先の道路に雪はないのか。うん、まったくない、安心していい。

 そちらは大丈夫だが、こちらは行けるだろうか。うん、大丈夫だ、ゆっくりいけば(You can go slowly.)。

 半信半疑だった。でも2kmだ。何とかなるかもしれない。

 本当におそるおそる車を進め、結局は何とかなった(5kmくらいに感じたけど)。
 ___

 しかしながら、逆の立場だったらどう答えただろう。
 自分はスタッドレスタイヤを履いたレンタカーで峠をゆっくり越えてきた。その雪道を走れるかと聞く人がいる。

 タイヤはノーマルですか? FF? やめておいた方がいいと思います。もちろんご自由ですが、私なら絶対に行きません。

 実際、途中で後にも先にも進めなくなっている車を目撃した。幸いすでにパトカーが来ていたので、そのままやり過ごした。
 私が無事に走り終えたのは、運がよかったからにすぎない。

 つくづく「引き返す勇気」ということを考えさせられた。こんな時でも臆病なのだ。

 今思えば、よくもまあ、雪道を走るのが初めてかもしれない東南アジア人?のアドバイスに従ったと思う。
 結局は背中を押して欲しかっただけのことなのだが、それにしても。

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2016.12.30

★「徐行」(その2)

 九州を旅行中、公安委員会が設置した「徐行」の標識は、結局一度も見なかった。自宅からフェリー乗り場までの往復を含めてもなかった。

 1週間以上、1300km余(フェリーで往復したので大した距離ではないが)を走ってゼロである。

 いったい「徐行」の看板はどれくらいあるのだろうと前から疑問だったのだが、旅行前の朝日新聞に記事が載っていて、たまたま知ることができた(2016.12.15夕刊)。

 それによると、「止まれ」は約170万箇所、「徐行」は約1千箇所だそうである。「止まれ」が「徐行」の1700倍!だ。

 やはり、「「徐行」の標識を立てるべき場所に「止まれ」の標識ばかり設置」しているのは間違いないようだ。

 単純計算で、「止まれ」の看板は1都道府県あたり平均3万6170本、「徐行」は21本ということになる。それでも「20本もあるの?」という気はするが、見ないはずだ。
 以前書いたように、「あそこにあった」と思い出せる「徐行」の標識は全国で1本しか知らない。

 国土交通省のサイトによると、林道や農道などを除く、道路法第三条に規定された道路の総延長は128万キロ弱だそうで、ならば、異なる道を平均して1280kmほど走るごとに1本の「徐行」の看板に出くわす計算になる。

 それほど少ないのだ。今回私が一つも見なかったのも、偶然ではないことがわかる。

 「止まれ」ならば、自宅から数十メートル以内に数本あるのに(実際、平均すると750m走るごとに1本立っている計算になる。これではおちおち走っていられない)。
 ___

 さて、↑の新聞記事では、東京オリンピックを控え、「止まれ」と「徐行」の標識に英語を併記する内閣府令の改正案を警察庁がまとめたことを報じている。

 「止まれ」は "STOP" でいいのだが、「徐行」が "SLOW" なのには驚いた。

 「道路標識及び信号に関する条約」に定める、赤で縁取りした逆三角形の白い看板(日本の「徐行」の看板とほぼ同じ)は、以前も書いたとおり、英語圏では通常、"YIELD"(米語) か "GIVE WAY"(英語) と表記されている。

 要するに、「あなたに優先権はないので、相手に道を譲りなさい」ということだ。

 それこそがこの看板の本質のはずである。

 たしかに、「徐行」の意味は "SLOW" かもしれないが、それならばこの形式の標識を使うべきではない。

 制定の経緯がよくわからないのだが、日本の「徐行」の看板は、いったいどうすることを要求しているのだろうか。
 ほんとうに「徐行」そのものが目的なら、もっと多く設置されていてもいいはずである(現に、工事現場などでは看板によく「徐行」が使われている)。

 国際条約上は、明らかに "YIELD" や "GIVE WAY" の意味で使われるべきなのに、日本では単に速度を落とすことだけを要求しているから、無駄にぜんぶ止まらせたい交通行政が、すべて「止まれ」の看板にしてしまっているのだろうか。

 そのセンスが、「徐行」を "SLOW" と表記させる。

 1700000 対 1000 というのは、いかにも不自然だ。都道府県あたり平均20本ほど、道路延長1280kmあたり平均1本ほどしかない看板など、そもそも不要だとすら言えるかもしれない。なにしろ、青森から広島くらいの距離を走って1本なのである。

 繰り返すが、ピクトグラムとしてのこの看板の意味は、国際条約上、「相手に優先権があるから道を譲りなさい」なのだ。ゆっくり走ることが本質ではない。

 まあ、英語ネイティブではない外国人には、SLOW のほうがわかりやすいというのは理解できなくもないのだが・・・

 いずれにせよ、外国人観光客が「徐行」の標識を見ることはまずないだろうから、どうでもいいのかもしれない。宝探しのようなものである。

 明日からまた探してみよう。ふだんの私の行動範囲には一つもないと断言できるけれど。

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