2020.06.19

◆コロナとの共存?

 感染がピークを越えたころから、マスコミが盛んに「コロナとの共存」とか「ウィズ コロナ」とか言いはじめた。
(あ、どうでもいいけど、と言いながら気になっているのだが、「共存」は「きょうそん」と読んでほしい。「存在」なんだから。
 「きょうぞん」だと、ふつうの辞書の見出し語にはなってないはずだと思うんだけど、ほとんどのアナウンサーがそう読んでいるようだ。)

 「共生」とか言わないだけマシかもしれないが、もっとほかにいい言い方はないのだろうか。

 だれがこんな厄介なウイルスと「共存」したいと思うだろう?

 まして、With Corona ??、それじゃあまるで「コロナとともに」じゃないか。

 哲学的な生物学者たちが、人類は昔から種々のウイルスと共存してきた・・・などと言っているのは知っているし、それは事実なのだろう。
 生物学的な意味でも歴史社会学的な意味でもウイルス抜きで現在の人類はありえない・・・とか言われれば、それもそうかもしれない。

 でもたとえば、(ウイルスではないが)ペストの流行がルネサンスをもたらしたとか、最近になって?巷間よく言われるようになった例でも、ペストに悩まされた、まして死んでしまった人たちにしてみれば、ルネサンスなんて来なくてもいいから、ペストなどない方がよかったに決まっている。
 人類史的に見て、ペストの流行が中世を終わらせたことにいくばくかの功があるとしても、別にペストがなくたって、別の形でルネサンスも近代も訪れたはずである。

 ともかく、この忌まわしいウイルスと「共存」するとか、ましてともに連れだっていこうとか、そういうニュアンスから逃れられない表現はぜひ避けて、知恵を絞ってもっとふさわしい表現をマスコミは探してほしい。

 ・・・というだけでは無責任なので、数十秒ほど頭を振り絞ってみたが、とりあえず「腐れ縁」という言葉しか思い浮かばなかった。
 「コロナとの腐れ縁」
 美しい表現ではないが、もともと、「共存」なんていうような美しいものではないのである。

 もう少し考えて、ぜひ適切な表現を見つけてほしい。

 後記:シソーラス(類語検索辞典)を調べてみると、「悪縁」「宿縁」が見つかった。特に後者なんか候補としてどうだろう? ダメかな。

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2020.05.23

■macOS Catalina と Novel Coronavirus によせて

 先日、遅まきながらメインマシンである MacBook Air の OS を 10.15 Catalina にした。

 Catalina にすると、いよいよ 32 bit のアプリケーションがまったく使えなくなるため、しばらく見送っていたのだ。
 その中でも、ATOK と ScanSnap は痛い。その2つを新しくし、その他にはなんとか目をつぶって、とうとうアップデートした。

 理由の一つは、iPad を2画面目のモニタとして使うには Catalina が必要だとわかったことだ。

 できて当然、だれもが想定するだろうことが、やっとできるようになったのである。
 ただ、実際に ZOOM(ビデオ会議用ソフト)を使いながらやってみると、MacBook Air の負荷が大きく、無音が美点のノートパソコンのファンが唸りを上げ、うるさくなって熱を持つので、ちょっと常用に耐えない気がしている。

 それはともかく・・・

 macOS Catalina の名前の由来と、そのデスクトップピクチャが、カリフォルニア州ロサンゼルス沖のサンタ・カタリナ島であることは知っていた。
 パソコンの画面写真を見ると、島というよりは、海から突き出た岩山である。どう見ても無人島に見える。

 初めて島の姿を知って、ふと、こんなところに空港があるのだろうか、という疑問がわいた。
 ___

 さて、タイトルをお読みになって、macOS Catalina と 新型コロナウイルスに何の関係があるのかと訝しくお思いになったかもしれない。

 先日、尊敬する先輩と山道を歩いていて、コロナ差別が話題になり、「そういえば、そのものズバリ、「コロナ」というトヨタの車がありましたよね」という話になった。

 うちの父親が初めて手に入れた車がコロナであり、私にとっても初めての自家用車(とはいっても運転したことはない)だというのに、その時まで、コロナ(車)のことを忘れていた。
 むしろ、「トヨタのカローラ(車・花冠)の語源はコロナ(ウイルス)と同じだよなあ」とか思っていた。どうしてコロナ(車)のことを思い出さなかったのか不思議でならない。

 そして、Catalina に触発されて、忘れるはずのないもう一つのコロナを思い出した。カリフォルニア州のコロナ市にある空港である。
 アメリカで飛行機免許を取ったとき、もっとも離着陸回数の多かった空港が、このコロナ空港だった。燃料も、いつもここで入れていた。

 本拠地は少し北のチノ空港だったのだが、コロナはノンタワー(管制塔なし)のいわば野良空港なので、気軽に使えて便利なせいか、よく訓練に利用していた。
 Catalina という名前がその時のことを想起させ、「そうそう、あれもコロナじゃないか」と思い出したのだ。

 なぜ、Catalina がコロナを思い出させるのか。

 それは、Catalina 空港と Corona 空港で使われる航空無線の周波数が同じで、距離もそれほど遠くない(いま調べると100kmくらいだ)ことから、Corona で飛んでいると Catalina の無線が聞こえてくるからである。

 こちらが "Cessna 77R now on final, runway 25 Corona"(セスナ77Rは現在コロナ空港滑走路25に向けてファイナルアプローチ中)などと言っていると、同じように、"Cirrus 55T now on final, runway 22 Catalina" のような無線が入る。

 "Runway 25 Corona" や "Runway 22 Catalina" は、ファイナルに限らず、何度もレポートされるので、今でもはっきりと耳に残っている。

 ・・・といいつつ、Santa Catalina 島の写真を見て、「こんな岩山のどこに空港が・・・」と思うまでは、Corona(空港)のことはすっかり忘れてしまっていた。

 オーストラリア人のコロナ君がその名前のせいでいじめに遭っていて、新型コロナ感染症にかかったトム・ハンクスが、コロナ君からお見舞いにもらった手紙に返事を書いたというのは有名な話だが、カリフォルニア州のコロナ市も、町ごと差別されたりしていなければいいんだけれど(まさかね。でも、からかいの対象とかにはなっているような気がする)。

 コロナ(車)もコロナ(空港)も、忘れるはずのない思い出深いものなのだが、これだけコロナが騒ぎになってもすっかり忘れていたのが不思議だ。
 もちろん、いったん思い出すと、思い出は後から後からいくらでも湧いてくる。

 オーストラリア人でなくても、今どきのことだから、日本人にだってコロナ君とかコロナちゃんはいるかもしれない。
 いま、新しい ATOK で変換したら、胡呂那と頃奈が出た。おそらくは人名ではなかろうか。

 願わくは、再開した学校で、コロナ君/ちゃんがいじめられたりしないことを。
 そして、あらゆる誹謗中傷や差別がなくならんことを。

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2020.05.12

■アベノマスク

「うちのおかんがな、ポストに覚えのないマスクが入っとった言うねん」

「それはアベノマスクやな。大阪でも配りはじめるてニュースで言うとったがな」

「それがな、おかんが言うにはな、ポストに1つしか入ってなかった、言うねん」

「ほな、アベノマスクとちゃうなあ。アベノマスクはどの家にもぜんぶ2枚ずつ配るはずやからなあ」

「そやろ。そやけどな、おかんが言うにはな、その1つの中に2枚入っとった言うねん」

「ほなやっぱり、アベノマスクやがな。1つの家庭に2枚ずつ配るのがアベノマスクやからな」

「それがな、おかんが言うにはな、マスクしてみたらちょうどええ大きさやって言うねん」

「ほな、アベノマスクとちゃうなあ。安倍さんがしてるの見てたら、マスクは小さめのはずやからなあ」

「ところがな、おかんが言うにはな、洗濯したら縮んで小さなってもたらしいねん」

「ほなやっぱり、アベノマスクやがな。アベノマスクは布でできてるから、注意して洗濯せな縮んでまうねん」

「それがな、おかんが言うにはな・・・」


 だんだん面倒になってきたのでこの辺で。

 もう街にはマスクが溢れているのに、もちろん、うちにはまだ届いていません・・・

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2020.05.10

■ BDⅡ32-6.5XD(KOWA)購入 ──何度目かの双眼狂

 ひさしぶりに双眼鏡のご質問をいただき、また別の方からもお尋ねがあり、それらに答えるためにネットでいろいろ見ているうちに、何度目かの双眼鏡熱が再燃した。
 新型コロナ熱ではなくて幸いである。

 iPhone なんかと比べると進歩の少ない世界ではあるが、それでもやはり、知らないうちにいくつかの双眼鏡が発売されている。
 今回特に目をひいたのは、アベノマスクで変な脚光を浴びてしまったあの KOWA から、定番の名器 BD シリーズの新型 BDII と、究極のコストパフォーマンスモデル YF シリーズの新型 YFII が発売されていたことである。
 前者は発売後半年程度、後者はまだ先月発売されたばかりだ(なんとも悪いタイミングだが)。

 YF30-8 を5か月前に買ったばかりだし、色以外にほとんど変更はなく、実売価格は倍くらいになっているので、YFII にはまったく食指は動かなかった。
 問題は BDII のほうである。

 BDII32-8XD(口径32mmで8倍)は、旧型に比べて視野が30%も広くなったという。実視界が8.8度と、あの 8x30E II(Nikon)と同じなのである! 最短合焦距離が1.3mというも非常に魅力的だ。YFII30-8 は5mなので、近くのものは見られない。

 KOWA の BD は、以前から名器として名高く(もちろん、同社の GENESIS のほうがいいのだが、金額的に買う気になれない)、非常に気になっていた機種だ。
 8倍もいいのだが、今回新発売の6.5倍がより気になった。こちらはなんと、実視界10度。かつて、8x30E II を覗かせていただいたときの感動が脳裏に甦る。まさか、あれを超えているのか?

 とはいえ、双眼鏡は売るほど家にある。YF と違ってそれほど安くもない。夜中まで悩み、2時過ぎにはいったん保留して寝ようとした。

 しかし、やはりというか、
・全国最安値のお店で使える1000円クーポンが手に入った
・キャッシュレス5%還元対象の店である
そして何より
・ひとり暮らしを始めた息子が先日1台持っていった
ことが背中を押して、まあ、その代わりに買っても罰は当たらないだろうということで、3時前にポチッとしてしまった。

 BDⅡ32-6.5XD(KOWA:口径32mmで6.5倍)は、その日のうちに出荷され、店舗は北海道だが、2日後には手元に届いた。製造は中国だし、無駄な輸送には胸が痛むが仕方ない。

 早速、いろんな双眼鏡を取っ替え引っ替えしてあちこちを眺める。

 低倍率の広視界はやはり素晴らしい。
 ただ、8x30E II のような感動はなかった。それが私の側の問題なのか、双眼鏡の問題なのかはわからない。「広く感じる」のは実視界よりも見かけ視界が効くはずなので、だとすると8倍を買ってもよかったかなあ・・・とちょっと思った。

 意外だったのは、いつも愛用している防振双眼鏡、10x42 L IS WP(Canon)の素晴らしさを再認識したことである。BDII と比べると、完全に別世界だ。まあ、価格が4倍くらいする防振、しかも10倍機なのだから当然なのかもしれないが。

 もちろん、BDII が悪いわけではない。実売価格以上の高級感があるし、使い勝手もよく、光学性能も概ね期待通りだ。
 ただ一つ、欠点があるとすれば、周辺視野がシャープさに欠けることである。驚くことに、同じ KOWA の1/5以下の価格の YF30-8 と比べても、はっきりとわかるほど甘い。
 フィールドフラットナーレンズを使っていないダハプリズム双眼鏡(円筒をふたつ並べたような形)の宿命なのかもしれないが、購入前に調べた範囲ではそのことに触れた情報はなかった(購入後には出てくるから皮肉なものである)。

 しかし、私は周辺像の甘さには寛大だ。そもそも、人間の眼自体、くっきりと見えるのは中心部だけであり、その角度はわずか5度程度だという。
 したがって、素直に双眼鏡を覗いていれば、周辺視野のボケなどにはそもそも気づかない。レンズものにうるさい人たちが意地悪くチェックすればすぐにわかるのだが、そういう人たちだって、ふつうに使っている分には気にならないレベルだろう。
 もっとも、星見を中心にする人は、「周辺の星が流れる」ことを嫌がる傾向にあるので、星見にはちょっと向かない可能性はある。せっかくの低倍率広視界の双眼鏡なので、個人的には星を見るのに使うことも考えていたのだが、昨日今日とあいにくの曇り空で、明日の夜まで試せそうにない。

 さて、この BDII をひと様にお勧めするか。
 価格が気にならないのなら、十分お勧めできる。

 しかし、同じメーカーの YF30-8 の実売価格が1/5以下であることを考えれば、ふつうはそちらを購入なさることを勧めるだろう(新型の YFII30-8 は、現在の実売価格が旧型の2倍くらいになっています。それでも安いのですが、今なら性能の変わらない旧型を買った方がお得です。新型は、 KOWA ファンから非難囂々だった色(黒地に赤の差し色)をやめて、他の製品と統一感のある緑になったので、そのことを評価する向きもいらっしゃるとは思います)。
 欠点は、5m未満にピントが合わないことくらいである。ポロプリズム機(昔ながらの双眼鏡的な形)なので、BDII よりも対象が立体的に見える美点もある。

 博物館や美術館で近くから双眼鏡で鑑賞したいとか、虫や花を積極的に観察したいとかでなければ、素直にお勧めできるのは YF だ。
 KOWA は、どうしてこんなにコストパフォーマンスの高い双眼鏡を販売してしまったんだろう?
 他の双眼鏡が売れなくなってしまわないか、いらぬ心配をしてしまう。

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2020.05.06

■はじめて買う低コスト双眼鏡

 実にひさしぶりに双眼鏡に関するご質問をいただきました。

 最初に記事を書いてから15年!あまり、需要が少なく儲けも少なく、したがって進歩も少ない双眼鏡ですが、さすがに「ひと昔」感はあります。

 この間に一番大きく変わったのは、防振双眼鏡の地位が上がった(それに伴い選択肢が増えた)ことと、いわゆる「価格破壊」が起こったことでしょうか。

 15年前には、間違っても7千円以下の双眼鏡はお求めにならないようにと書きましたが、今なら実質7千円程度で買える素晴らしい双眼鏡(YF30-8)も(たぶん)2011年に発売されました(発売当初はそんなに安くはなかったでしょうが)。

 このような状況を踏まえ、ごく低価格(いちばん高価なものでも1万5千円未満)で購入できる双眼鏡のリストを作成しました。

 おもに、はじめて「まともな」双眼鏡を購入なさる方が対象です。

 とはいえ、いちおうはベテランである私も、YF30-8 と 遊 4x10D CF は実際に購入して使用しております。
 特に前者は、3万円5万円の「ふつうの」双眼鏡をお考えなら、それをやめて買うくらいの価値はあります。なにしろ、1万円未満で同等の(としか思えない)性能が手に入るのですから。

 ただ、残念ながら、防振(手振れ防止機能付き)双眼鏡はこの価格帯にはありません。

 低価格防振ですと、5万円前後で売られている 8x20 IS や 10x30 IS II(いずれもキヤノン)がお勧めです。ただ、前者はリチウム電池 CR123A ×1を使用しますので、ランニングコストがかかりそうです。後者なら充電式の単三電池 ×2が使用可能です。
 すでに製造を終了している 8x25 IS(キヤノン)も3万円程度でまだ販売されていますが、これも電池は CR123A です。それほど頻繁にお使いにならないのなら、在庫のあるうちにお求めになるのも一案かもしれません(もちろん、予算に余裕があれば、新製品の 8x20 IS でも)。

 さて、いよいよ本題、「はじめて買う低コスト双眼鏡」のリストです。

 残念ながら?お勧めトップの YF30-8(KOWA)は、先月!YFII30-8 に衣替えし、その新型は現在の実売価格が旧型の倍くらいになっています(それでも1万5千円未満ですが)。

 変更点は、ほぼ色のみです。
 それ以外に、3000円以上するアダプタを使えば三脚が使用可能(プラス、5000円以上する別のアダプタを使えるスマートフォンを持っていれば写真撮影も可能(三脚を使用しないなら旧型でも一応は可能です))になっていますが、対応するスマホを持っていて写真撮影を重視するという方を除けば、それほど意味があるとは思えません。

 色にこだわりのある方(ベテランはこだわるでしょうね・・・)以外は、在庫のあるうちに旧型を買うことをお勧めいたします。
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・オールラウンド:YF30-8(KOWA)
           欠点は最短合焦距離5m。6倍のもあります。

・小型軽量:SV25-8(KOWA)
        コンサート・観劇などにもお勧め。
        10倍のもあります。
     :UP 8x25 WP(ペンタックス)
        同上。10倍のもあります。
     :UP 8x21(ペンタックス)
        子ども用・眼鏡不可

・超小型軽量:遊 4x10D CF(ニコン)
         博物館・美術館などにお勧め。おしゃれ?

・超近距離:Papilio II 6.5x21(ペンタックス)
        花や虫の観察にお勧め。8.5倍のもあります。

・天体(星)観察:BK-7050(ミザール)

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2020.05.02

■いきなりの初夏 ──近況のご報告

 「うわっ、もう5月だ」と思ったのが昨日。

 夜にはニュースで「熱中症にご注意ください」とか言っていて、4月30日の晩は冬用のパジャマに羽毛布団、上から毛布まで掛けて寝たのに、いきなり熱中症なのか、と驚いた。
 確かに、1日の昼に買い物に出たときにはすでに、夏の格好でも汗ばむほどであった。

 ちょうど5月1日から初夏で、わかりやすくていいんだけれど。
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 4月中に何か一つくらいは書かなければと思っていたのだが、とうとう飛ばしてしまった。
 このブログを始めてから16年あまりで、おそらくは初めてのことである。

 桜だって、見にいったのは1回だけだ。
 3月の下旬には紀伊半島や四国南部まで桜を迎えにいき、その後4月中旬の京北まで、ほとんど毎週のように花見をするのが通例になっていたのに、今年はできなかった。

 今だって、本来なら、東北のどこかの道の駅で車中泊をしているか、当日見つけた安宿でくつろいでいるかのいずれかであったはずだ。
 今年は早かったからどうかわからないが、年によっては平地でも、たとえば八郎潟や角館や弘前などの桜がみごとだし、山に登れば確実に満開の桜に出会える。
 そうして、「今年の桜」に別れを告げるのが恒例になっていた。

 思えば、2011年に加え、2015年からは5年連続で、ゴールデンウィークは東北に出かけていた。その記録?がこんなことで途切れるとは、もちろん、予想だにしていなかった。
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 4月はご多分にもれずてんやわんやではあったが、例年の年度初めに比べて特に忙しかったという実感はない。
 ただ、ルーティーンではないことが多かったので、いろいろとばたばたしていたような気はする。

 まあ、何であっても慣れないことをするのは新鮮で楽しいので、特に負担は感じなかった。
 基本的にすこぶる面倒くさがり屋でものぐさなのだが、新しい経験ならいちおうは歓迎である。

 困ったことといえば、ただでさえふだんから多いメールの数がさらに増えたことくらい。ときどきは職場のサーバにつながらないレベルで増えた。
 イレギュラーなことばかりなので、いろんな部署から種々のメールが雨あられと届くのだが、そもそも読む必要があるのか見極めるだけでも → 読むだけでも → 返信するだけでも → それで仕事が増えればなおさら・・・という感じで、例年ならやらない仕事量はたしかに増えた。

 一方で、この1か月で職場に出たのはせいぜい3〜4回なのだが、それでほとんど何の不自由もない。

 なあんだ、そもそも仕事になんて行かなくてもよかったんじゃないか、というくらいのものである。

 連休明けにはこの状態は解消するか・・・という感じで始まった新年度だったが、もはや夏まではこれが続くことが決まり、新たな日常をデザイン(すみません、ちょっと使ってみたかっただけです)しなければならなくなってしまった。

 息子がいなくなって微妙なバランスが崩れたところへ、夫婦2人ともほとんど在宅みたいになったので、老後の予行演習みたいなところがある。
 なんだかんだ言っても、いつもとは違うストレスも(気づかなくても)抱えているだろうし、世間でコロナDVやらコロナ離婚やらが取り沙汰されているのも故なしとしない。

 意識して気をつけなければと思う。
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 某地方公共団体に勤めはじめた息子は、お蔭さまで上司や同僚にも恵まれ、わけがわからないままとりあえずやってみなさいとの指導方針の下、意味のわからない単純作業にいそしんでいる(らしい)。
 私と同じく、じっくりと頭を使うのがきらいで、単純作業ならいくらでもやっていられるというタイプなので、ぜんぜん苦にならないようだ。

 食事のことを心配していたが、地下の安物の職員食堂が「どっちゃうまい」と喜んでいて、しかも昼休みですら混んでいないらしく(そんなことがありうるのか)、ひと安心である。
 顎はまだまだ元通りとはいかないが、もうふつうのものは食べられるようになっている。今日はカナダ産のポークフィレ(安い!)カツをがつがつと食べていた。
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 たいへんな思いをしていらっしゃる方々も多い中、桜が見られなかったり東北に行けなかったりするくらいのことで、なんだか申し訳ない限りである。

 ・・・ただ、私が生涯でたった3回、ひとなみに投資を始めたタイミングで、3回とも!、バブル崩壊・リーマンショック・コロナショックと、すべてたいへんな目に遭っている(しかもその都度、損失が増大している)ことに免じてお許しいただければと思う(違うか)。

 それはそれとして、いろんなことでお困りの皆さまには、ほんとうに心よりお見舞い申し上げます。

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2020.03.29

●縁

 息子が就職してひとり暮らしを始める。

 わりと近くだし、荷物も多くないので、引っ越しという感じではない。

 それでも、それなりに運ぶものはもちろんある。大物としては、新しく購入した組み立て式のテーブルと、家にあったタンスだ。
 ものを運ぶのに適した車は持っていないので、一度に運ぶことができない。
 それどころか、テーブルもタンスも、あと数センチ大きかったら単独でも運べない大きさであった。

 ともあれ、自分たちで運べないものはなかったので、何度か往復することになった。

 そうすると、向こうで外食することになり、最初はサイゼリヤ、3回目はコンビニで買ったおにぎりだったが、おいしそうなレストランも調べて、出かけてみた。

 見つけたのはフレンチとイタリアンが2つずつ。
 そのうち1つずつにはまだ行っていないが、フレンチのほうはもう予約した。
 あと、意外にも、高級な和食の店がひとつあった(もちろんまだだ)。

 田舎なので、いい店がそんなにあるわけではない。
 市役所を辞めなければ、息子は今後数十年にわたって近辺に住むことになるので、私たち夫婦にも、また同じ店を訪れる機会があるだろう。
 イタリアンにはたまに、フレンチにも何回かは行くことになると思う。
 もし結婚するとか言い出したら、高級和食か(笑)
 ___

 これまでに行った2つの店は、どちらも感じのいい店であった。
 フレンチはご夫婦と息子さん?で、イタリアンは一人でやっていらした。

 息子がこの市に就職することがなければ、まず絶対に来なかった店である。
 受験したきっかけはひょんな偶然だし、(おそらく)のべ30以上の市町村!を受けて、唯一合格したのがこの市なのだ。

 料理をいただきながら、「こんなことでもなければ、この店には一生こなかっただろうなあ」というようなことばかり考えていた。

 いやほんとに、たとえばパリの裏街にある小さなビストロとかの方が、この店に来る可能性よりはよほど高かったと思う。
 それでも、現実にこの店に来たのだ。
 そして、これからもたぶん、たまには行くことになる。

 縁というほどの縁ではないのだが、こういうことがあると、これまでにいただいた縁というものをあらためて考えさせられることになった。

 私のような者でも、いくつかは素晴らしいご縁に恵まれてきているのだ。

 ♪縁ある人 万里の 道を越えて 引き合うもの
 ♪縁なき人 顔を合わせ すべもなく すれ違う

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2020.03.17

●親離れ子離れの春

 ご無沙汰しております。

「マクロに見れば」、新型コロナウイルスよりも経済的ダメージの方が大問題となりそうな(すでになっている)2019年度末です。

 息子は相変わらず、左右の頬にドングリをためこんだリスのような顔をしていますが、少しずつ食べられるものも増えてきて、年度が明けて就職するころには、まずまずふつうの生活ができるようになっていることと思います。

 今日は何とか、時間をかけてラーメンと餃子を完食しました。
 ひとごとながらご休心ください。

 その息子ですが、就職先に家から通うと2時間かかる、8時30分に始業らしいので15分までに着こうとすると家を出るのが6時15分、出るまで時間がかかるタイプなので起きるのは5時すぎ・・・ということで、職場の近くでひとり暮らしを始めることになりました。
 もっとも、面接の時に「必ずここに住んで地域に奉仕します!」みたいなことを言っているらしいので、いずれにせよ公約?違反にならないためにもそうする必要がありました。

 ふと思ったのですが、地方自治体の職員というのは、ほとんどが当該自治体に居住しているのでしょうか。
 それで仕事は身近になる反面、視野が狭くなりすぎたりしないのだろうかとちょっと心配になります。

 以前、知り合いの複数の市役所職員が、電話番号を他人に伝えるときに市外局番を言わない、場所を小学校区で表現する、という、他市に居住する者から見るとびっくりする習慣があるのに接し、大丈夫か?と思ったのを思い出しました。

 生まれてからずっとその市に住んでいる、卒業した大学すら市内にある・・・みたいな職員がけっこういるのですが、そういう環境ならなおさら、意識して視野を外に向けないといけませんよね。

 それはともかく・・・

 大学院を修了してから2年も就職浪人をしていたので、息子ももはや20代後半です。
 過保護な親と依存心の強い息子の組み合わせですが、やっと半強制的に親離れ子離れのできる状態になりました。

 「採用試験に最終合格」したものの、内定が出るのが遅くて出遅れたせいもあり、どうなることかと思いましたが、比較的新しくてきれいな最後の物件(1K)をぎりぎりでおさえることができ、8時に家を出れば余裕で間に合う状態になりました。

 電器製品の品不足を危惧していましたが、まず電子レンジを購入し、なんとか冷蔵庫と洗濯機も手配して、月末にはひとり暮らしを始め、4月1日から地方公務員として勤務を開始することになります。

 生まれてから現在までの全体はとても短く感じますが、就職浪人の2年間は先の見えない長い日々が続いていました。

 世の中はたいへんな状況ながら、野山や街角にも種々の花が咲き始め、いつものように春がやってきます。
 ニュースに接しなければ、ごくありふれた春です。

 しかし、われわれにとっては、四半世紀以上ぶりの親離れ子離れの春となります。

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2020.02.09

◆息子が退院しました

 お蔭さまで息子が退院しました。

 まだ碌に口もきけず、腫れで下ぶくれ状態、食べられるのはせいぜいお粥やシチュー(肉抜き)という状況ですが、いたって元気です。

 ・・・と書いたところで、風呂場から呼び出されました。四肢や背中に薬疹と思われる発疹が出ています。

 私も痛み止めの湿布で薬疹が出て、ステロイドの内服薬を飲み始めたところでした。

 調べた資料には「成人後に後天的に獲得され、家族内発症はほとんどなく、(非ステロイド性抗炎症薬)不耐症獲得の機序は不明である」とあり、体質が遺伝しているというのではなく、息子の原因は別、あるいは、原因は同じでも発症は偶然かもしれません。

 私自身、この2週間ほどの間に予防接種・整形外科・内科・眼科・皮膚科とハシゴしつつ、入院している母親と息子を見舞っていて、なんだか病院が生活の一部になってしまっています。

 この状態が早く終息することを祈っております。

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2020.01.31

■入院・手術は月初めに

 歯列矯正の仕上げ?に、上下の顎の骨を切ってつなぎ直すという大がかりな手術を、息子が受けた。

 前日には麻酔科に呼ばれ、全身麻酔で死ぬ可能性について納得した上で、同意書にサインを迫られる。

 いや別に実際「迫られ」たわけではないが、ここまで来てから説明されても、今さら手術しない選択肢はない。

 知人から教えてもらってはいたのだが、手術後は聞きしにまさる悲惨さである。

 当初は、よだれまじりの血が流れ放題(大げさ)、鼻にチューブを入れられて酸素マスクを装着し、手には点滴、トイレにも行けず導尿されている。

 それらが外れても、下半分を中心に顔が腫れ上がった、見るも無惨な痛々しい様相で、ジュース状の食物を注射器で口中に入れるような生活がしばらく続くそうだ。
 腫れが「それなりに」ひいてまともに食事ができるようになるには2〜3か月、完治には年単位の歳月を要するという。

 さらに、手術中に使った薬が眼に入って炎症を起こしているとかで、そんな状態の息子を明日は別の病院の眼科に連れて行かねばならない。
 ___

 それはともかく。

 今回の入院で一つ大失敗したのは、月末に入院・手術を設定したことである。

 入院時に「高額療養費制度」の説明を受け、「ああ、そうだった!」と思い出した。

 仕事関係の会合で「そんな愚かな制度があるんだったら、入院や手術は月初めに限りますね」とか言いながら笑い合っていたのを完全に忘れていた。

 知っていたのに忘れて大損するとは・・・

 みなさまは、今後のためにぜひ覚えておいて、けっして忘れないでください。

 高額療養費制度は、暦月1か月間に私たちが支払う医療費に上限を設けるものだ。一般的な中年以上のサラリーマンなら、だいたい10万円くらいが毎月の医療費支払いの上限になる。

 問題は、それが「暦月1か月」単位だということである。

 息子は2週間程度の入院を予定しているが、これが2月1日からなら、手術や入院に何百万円かかろうと、支払いは10万円程度ですむ。

 ところが、実際には1月末に入院して手術を終えたので、1月分の支払いが10万円、2週間近く入院する2月分の支払いも10万円・・・つごう20万円の支払いになってしまう。

 支払いは倍! 差は10万円!

 受ける治療はまっっったく同じなのに、入院・手術する日が2〜3日違うだけでそうなるのだ。もちろん、1日でもそうなる可能性がある。
 こんな馬鹿な制度設計があるだろうか。

 いつも思うのだが、こういう愚かな制度を作る連中は、なんのために東大を出たんだろう?

 もちろん、急な怪我や病気で入院・手術になる場合に選択の余地はない。
 だが、今回の息子のようなケースでは、少し日程をずらすだけで費用は半額、10万円の節約になる。

 うちは失敗しましたので、みなさまは忘れないでくださいね。

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2020.01.26

■中国の底力?

 うちの比較的近所に、150m(メートル!)に満たない道路を拡幅してまっすぐにするのに、30年以上かかっているところがある。
 私が認識してからすでにそうなので、もしかすると計画から半世紀くらいかかっているのかもしれない。
 それがまもなく完成しそうで、ちょっとうれしい2020年の1月だ。

 日本におけるある種の事業の進み方というのは往々にしてそういうスピードで、昨年だったか、道路拡幅工事に伴うビルの立ち退き交渉が進まないのに業を煮やし、兵庫県の明石市長が「火ぃつけてこい」「燃やしてしまえ」 などと部下を怒鳴りつけて問題になったのも記憶に新しい。

 そういう国に住んでいると、中国のスピード感には啞然とさせられることがある。

 新型のコロナウイルスに伴う肺炎が問題になっている中、1000人が入院できる病院をわずか10日で建設するというニュースが流れたときには耳を疑った。

 「まあ、白髪三千丈の国だからね・・・」というありきたりの感想が浮かんだのだが、なんと、10日間というのは単に希望的観測というわけではなく、現実に「2003年に重症急性呼吸器症候群(SARS)の感染者が急増した際にも、北京郊外にわずか1週間で新病院を建設して対応した例がある」(AFP)というのだ。

 蠢いているとしか表現しようのないショベルカーが広い大地に蝟集している映像を見ると、そんなことも可能かもしれないという気がするからおそろしい。

 そうはいっても、1週間でコンクリートがちゃんと固まるのかと思ったが、軽量鉄骨のプレハブを地面の上に置くだけとかかも・・・と思い直した。
 いやしかし、たとえそうでも、10日間で1000床の病院を建設するとは、やはり常軌を逸している。

 以前、日本の数十倍ともいえる速度で新幹線網が整備されつつある中国に驚いた話を書いた

 いくら独裁体制で工事がやりやすいとはいえ、この種の底力?にはやはり恐れ入る。

 さらに驚いたのは、今回の新型コロナウイルスに関する(ちゃんとした)報告や論文が、すでに10報以上発表されているらしいことである。
 臨床医だけではなく研究者も、春節を返上してものすごい勢いで仕事を進めているのだ。

 こんなことが可能な国は中国をおいて他にないといっても過言ではないと思う。そしてその仕事は、独裁体制だから可能だというわけではない。

 また、これは中国とは関係ないが、The Lancet のような評価の高い医学雑誌が、これほど早く査読を終えて論文を掲載できるというのも信じられない。
 例えば日本に、そんなスピード感のある学術誌が存在するだろうか。

 ___

 言うまでもなく、中国はいろいろと問題の多い国だ。特に政府はそうである。

 今回の武漢封じ込めを見ていても、「よくもまあ、これほどの強硬手段をこれほど即座に発動できるなあ」と感心してしまう。もろもろの自由を奪われた人たちは気の毒だが、こういう危機に対処するには、確かに強権的な政府は有効な場合もあると認めざるを得ない。

 だが、それは別にして、中国という国の、あるいは中国の人たちの持つパワーとスピードには、あきれながらも素直に敬服させられてしまう。

 少なくともここ二十年くらいの私自身は、いやいや、まあまあ、ぼちぼち・・・とつぶやきながら、のんびりとやる(あるいはむしろやらない)のが好きなんだけれど。

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2020.01.01

■2020年初春によせて? ──Ghosn with the Jet

 あけましておめでとうございます。
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 2010年の時にも同じようなことを書いたかもしれないが、まさか2020年が来るとは思っていなかった。

 これが2000年なら、「どんな未来になっているんだろう?」と、子どものころからいろいろ想像をめぐらせていたのに。

 2000年には、空飛ぶ車で街を飛び回ったり、どこか月以外の天体に出かけたりしているはずだったのだが、2020年になっても、とんとそんな気配はない。
 ライト兄弟が砂浜でたった数百メートルの飛行に成功してから、人類が月に降り立つまで、わずか66年しかかかっていないのだが、それから50年以上経った現在でも、人類は火星にすら到達できていないのだ。

 予想されていなかった?未来としてドローンのようなものがあるが、機械工学的な進歩は、何らかのブレイクスルーがない限り、なかなか難しいだろう。

 一方で、電子工学的な、あるいは情報工学的な進歩は凄まじく、昔は誰も未来として想像していなかったインターネットの存在は、われわれの生活だけではなく、地球そのものも変えたし、今後さらに変えていくと思う。
 ドローンを可能にしたのも、機械的な進歩というよりは、姿勢制御に関する情報処理技術である。

 年末に、竹宮恵子の『地球へ』を読み返していると、自由な星間旅行を実現しているほどの設定で、コンピュータの描写が、まだ磁気テープリールや紙の穿孔テープなのには驚いた。そちら方面に想像力を発揮するのはそれほど難しいということかもしれない。

 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が描いた未来は、すでに5年前の2015年だと思うが、そこに描かれているテクノロジーが現在でもほとんど実現していない一方、まったく描かれていなかったインターネットは、2000年にはすでにかなり普及していた。
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 こんなことを書こうと思って書き始めたのではなかった。

 この年末年始最大のニュースは、何と言ってもカルロス・ゴーン被告の海外逃亡だと思う。

 そう思っていたら、新聞の一面トップは、統合型リゾート(カジノ)事業をめぐって、既に逮捕されている秋元司容疑者以外に、5人もの国会議員に現金の賄賂が贈られていたというニュースで、これはこれであきれ果てるしかなかったのだが。

 さて、ゴーンである。

 すでにいろんな人がいろんなことを言っていると思うのだが、やはり少しは言っておきたい。

 まず、彼のような被告人が海外逃亡するというのは、許されざるものであるということは最初に確認しておく。

 その上で、こういう形で日本の司法制度が海外から注目され、批判されるのは悪いことではないと思う。
 長年、国連や先進諸国から「中世の暗黒裁判のようだ」と改善を求められてきた日本の人質司法がひろく白日のもとにさらされて、一般にもその異常性が知られるのは、こんな機会をおいてない。
 国際的な批判をかわすためだろうか、せっかく異例の保釈をしたのに、その被告人に逃げられたのは何とも皮肉なことではあるけれども。

 次に、国としては15億円もの収入(保釈金の没収)があってよかったのではないかと思う。
 手間暇かけてゴーンを裁いて刑務所に入れても、経費がかかるだけである。逆に15億もうかったと考えた方がいいのではないか。こんなことなら50億とか100億とかにしておけばよかったのに、という気すらする。

 逆に感心しないのは、お金と人脈があれば、ゴーンほどの目立つ有名人でも簡単に国外逃亡できたという事実である。
 いちおうは平等や公正や正義が損なわれていないとされる国においてすら、刑事被告人の沙汰が金次第というのは、いかにもまずい。
 少々の罪を犯しても、結局はカネと人脈で何とかなる、あるいは、カネがそれほどなくても権力と人脈でなんとかなるというのは、この国を深く蝕んでいる病巣みたいなものだと思うのだが、国家側でもその反対側でもそれが同じなのだと思うと、それらを持たない者としてはなんともやりきれない。

 最後に・・・

 これはまあ冗談みたいなものだが、今回もっとも可哀想なのは、正月休みがなくなってしまった関係者だろう。
 当事者にとってはたぶん笑いごとではない。特に検察関係者などが「ゴーン憎し」とさらに燃えるのは避けられまい。

 だがまあ、日本が犯罪人引渡条約を結んでいる国が2つしかない以上(ほんとなのかな?)ゴーンほどのカネと人脈を持った者が国外に逃亡すれば、もはや日本の司法の出番はないだろう。
 外交力の乏しさは言うまでもない。

 正月返上の奮闘も、おそらくは無駄になる。お気の毒に。
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 末筆ながら、本年もみなさまのご健康とご多幸をお祈り申し上げます。

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2019.12.26

★MacBook 系のキーボードに不具合

 高校生の時にタイプライターでタッチタイピングを覚え、22歳からはパソコンのキーボードで(無駄に)大量の文字を打ち込み続ける人生を送っているので、タイピングにはそれなりに自信がある。

 ところが、「最近どうも調子がおかしい、これは年を取って指先が自由に動かなくなってきたからなのか、そんな感じはまったくしないんだけどなあ・・・」などと思っていると、案の定というか、キーボードの不具合であった。
 何でも年のせいにするのはよくない癖である。

 調べると、MacBook 系のキーボードはほとんど全滅状態だ(今も「ぜんめっつ」になってしまった。私のせいではない)。

 Appleのサイトには、しらじらしく特定の MacBook、MacBook Air、MacBook Pro モデルのごく一部のキーボードに、以下の症状 (の 1 つまたは複数) が現れる場合があることが判明しました。」などと書いてあるが、「特定の」「モデルのごく一部」に不具合があるんなら、私に当たったりなどするものか。
 生まれつき?くじ運はすこぶる悪いのだ(あ、悪いから当たるのか)。

 さてどうしよう。とりあえずは使えるし、年末年始だし、キーボードだけ修理に出すこともできないし、いかにも面倒である。
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 もし MacBook 系のキーボードの反応が鈍いとか反応しすぎるとか戻らないとかチャタリングするとかに苦労なさっている方がいるとすれば、さっさとアップルストアやジーニアスバーに持っていて即時対面で修理してもらうのが一番だと思います(予約は必要かと)。

 ・・・といいつつ、自分自身はどうしようかなあ・・・と相変わらず優柔不断な年の暮れ。

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2019.11.29

●「ええこと」

 おお、11月の記事がひとつもなくなるところだった。

 もし1か月間ココログを更新しなければ、スタートした2004年1月1日以来、初めてのことであろう。
 近年はtwitterがあるからまあいいのだが、「1か月ここに書き込みがなかったら死んだと思ってください」というようなことをかつて書いたような気がする身としては、そうならずにすんでよかったと思う。

 ひとごとながらご休心ください。通常通り生きております。

 さて、11月はゼロ・・・にならずにすむ書き込みを、うれしい気持ちで記すことができて感謝している。
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 もう10年以上も前、親戚の葬儀が続いたときに、

親戚が顔を揃えるというのは、ほとんど葬儀・法要という感じになってしまった。会うたびに「なんかもっとええことで会えたらええのになあ」という声を聞くが、われわれ庶民に「ええこと」なんてそうあるものではない。

 と書いたことがある。

 その後ももちろん「ええこと」などなく(親戚にはあったかもしれないが)、葬儀やら法要やら、その手前の病気やら入院やらが続くばかりであった。

 幸いというか、本人の身にふりかかったことに限れば、家族3人にはそれほど悪いことが起こったわけではなく、「ええこと」がないだけで暮らしてきた。
 まあ、「無事是名馬」だろうと、自虐的に慰めにしている。

 そんな中、今日、「ええこと」の知らせが舞い込んできた。

 大学院修了後、2年間も就職浪人していた息子に、某地方自治体からの「最終合格通知」が届いたのである。

 通知には理不尽にも、「
職員採用候補者名簿」に登録されるだけで「職員採用の必要が生じなければ採用しない場合があります」などと書いてある。
 せっかくの大きな喜びの中に、不安ばかりがふくらんでいく。

 あんまり気になるので、別の自治体の人事課にいたこともある知人に聞いたところ、「4月1日付採用でないことはままあるが、年度内に採用されないという例は聞いたことがない。地方自治体がそんな理不尽なことをして許されるはずがない」という趣旨のお返事をいただき、ひとまずは安心した。

 それにしても、「最終合格通知」に「採用しない場合があります」なんて、学校でいえば「合格しましたが入学できるとは限りません」と同じで、無茶苦茶だと思うのだが、地方公務員の採用というのはそういうもののようで、ほんとにこの国の役所というやつは・・・という愚痴(というよりは正当な怒りだと思うのだが)は、今日に限ってはやめておこう。

 庶民にもたまには「ええこと」があるのである。これでやっと、少しは子離れもできる。

 まあ、学校を出れば就職をするのはふつうのことだし、特段「ええこと」ではないのかもしれない。
 それに、就職したらしたで、いろいろ苦しいことやつらいこともあるんだろうけれど、人生とはたぶんそういうものだし、取り越し苦労をしても仕方がない。

 息子の未来に幸あれと願う。

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2019.10.24

◆「年収1千万円」の凄さ

 あらかじめ断っておかなければならないが、私の年収は1千万にはるかに届かない。

 だが、ちょっと名の知れた大企業であれば、たとえば「45歳課長」くらいで、年収は1千万円程度になるはずである。
 だからこれまで、「年収1千万」にそれほど畏怖の念は持っていなかった。

 ところが、ひょんなことから、年収1千万というのは、毎週20万円だということに気づいた(今さら・・・)。
 平日1日にすると4万円で、それもすごいが、やはり「毎週20万円」のインパクトには及ばない。

 土日祝日を休み、盆と正月を休み、雪が降っても風が吹いても、毎週コンスタントに20万円である。

 年収1千万のそこのあなた、毎週20万円もらえるようなお仕事をしてらっしゃいますか?
 ___

 こういう、「自分がピンとくるように数字を操作する」というのはけっこう大事だとときどき思う。

 国と地方の借金が1000兆円だとよく言われていたが(今はもっとだろう)、1万円の新札を積み上げると、100万円で1cm、1億円で1m、1兆円で10kmとなる。
 借金の1/1000で、すでにエベレストを超えるのだ。
 1000兆円を積み上げると、あっさり宇宙に到達し、なんと1万kmになる。地球の赤道半径(6378km)をはるかに超えた、ものすごい位置まで積み上がることになる。
 国際宇宙ステーションが飛んでいる軌道の、ざっと25倍の高さである。

 そう考えて初めて、1000兆円の凄さが理解できる。

  あるいはまた、毎日1億円使って、1000兆円使い切るのにどのくらいかかるだろうか。
 毎日ですよ。1億円ですよ。
 どうやって使えばいいのか途方に暮れてしまうが、それだけ使っても、2万7379年くらいかかる。はたして人類は存続しているだろうか。
 (これが「毎日100万円」なら、273万7909年である。人類が生き残っていれば、間違いなく違う生物に進化しているだろう。)

 1000兆円というのはそういう数字だ。
 ___

 スケールが極端に小さくなって恐縮だが、元に戻って毎週20万円の話・・・

 もちろん手取りでないとはいえ、それだけあればどんなに贅沢ができるかと想像するのだが、年収1千万円の人ってわりとざらにいるはずである。

 あ、だから酒を飲んだりウーロン茶を注文したりできるのだろうか ^^;

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2019.10.19

◆ウーロン茶を注文するお客さん

 長年、飲食店でウーロン茶を注文するお客さんが理解できなかった。

 特に、鮨屋なんかでウーロン茶を頼んでいるのを見るとびっくりする。
 緑茶も水もいくらでも無料で提供されるのだ。ところが、ウーロン茶を注文すると1杯400円とかかかる。家族4人だと1600円(税込1760円)にもなってしまう。
 なのに、「ウーロン茶おかわり」なんていう人も。金持ちか。

 うちは家族3人ともお酒を飲まないので、イタリアンでも中華でも鮨屋でも、飲み物を注文することはほとんどない。
 店の方も、ソフトドリンクに力を入れているところはまずなく、注文したいと思うような飲み物がメニューに載っていることは稀だ。

 先日、魅力的に見えるソフトドリンクがメニューにあったので、フランス料理のランチで珍しく飲み物を頼んだのだが、2800円のランチに1杯600円で3400円になってしまった。税込3672円である(当時)。
 思い切ってやっとの思いで2800円のランチを食べに行った身には、3672円は痛すぎる。
 ___

 いつのころからか、それなりに大人になって、飲食店の利益のかなりの部分が飲み物で賄われていることが理解できるようにはなってきていた。
 だから、お酒が注文できないことを申し訳なく思うのだが、それでも、魅力のないソフトドリンクメニューを前に、欲しくもない飲み物、ましてウーロン茶などを注文するなど考えられなかった。

 近年、個人的に応援したい店がいくつか出てきて、ひとつふたつは実際具体的に応援しているのだが、今日さっきふと、twitter への不用意な書き込みで炎上した飲食店のスレッドを読みながら、「ウーロン茶を注文するお客さん」を始めて理解できた気がした。

 彼(女)らは、欲しくもないウーロン茶を注文することで、お店に寄付をしているのだ!

 中にはそうでない人もいるかもしれない。
 ピンクレディーが広めたという、飲むと太りにくいという神話?を信じているとか、あるいは純粋にウーロン茶が好きだとかかもしれない。

 でも、けっこうな数の人が、店の売り上げへの貢献のためにウーロン茶を注文しているのではないかと、初めて気づいた。
 ___

 え?、今ごろわかったの?? と言われそうで恥ずかしいのだが、それがわかっても、そしてその理解が正しいとしても、今後もウーロン茶を注文することはないと思う。

 魅力的なソフトドリンクを揃えてもらいたいと思わないでもないのだが、それで採算を取るのも難しいだろうし、こちらとしても600円とか出してまで頼みたいような飲み物はなかなか考えにくい(酒飲みは、よほど酒好きなのか金持ちなのかといつも思う)。
 ___

 飲食店の経営者におかれましては、飲み物の売り上げに頼らなくてもやっていける値付けをしてくださるようにお願い致します。
 そして、飲み物を注文しなくても気兼ねすることなく気持ちよく食事できるようにしていただければありがたく存じます。

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2019.09.12

■セスナ172Pも軽かった

 昨日計算したボーイング787-9の軽さが衝撃だったので、自分が乗っていたセスナ172Pについても計算してみた。

 全長が8.2m、最大離陸重量(燃料満載・大人4人乗り程度)が1086kgらしい。

 全長を基準にして、この飛行機がスズメ(14cm)の大きさだったとすると・・・
 スケールは約1/58.57となる。
 したがって、重量は約1/20万0936である。

 すると重さは・・・やはり約5.4gということになった。
 787-9のほうが軽いのは、炭素繊維強化プラスティックなどの複合素材を使った最新鋭旅客機の軽量化がそれだけ進んでいるということだろう。

 スズメの大きさで5.4gというのは、おそらくはスズメの体重の1/4以下である。

 飛行機というのはそれくらい軽い。

 よく「鉄の塊が空を飛べるはずがない」などという言い方をするが、材質はジュラルミンやら複合素材やらだし(大昔は木枠に帆布だった)、内部は空洞だしで、実際には鳥よりはるかに軽いのだ。

 飛んで当たり前である。

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2019.09.11

■飛べるはずだ

 ディアゴスティーニが「隔週刊 JAL旅客機コレクション」の発売をはじめたのを知った。

 あの「だれが最後まで買うんだろう?」感 満載のシリーズの一環である。

 今、Webページを上から下までざっとぜんぶ見たけれど、結局何号まであるのか、ぜんぶ買うといくらかかるのかの情報はない。

 それでいて定期購読に誘い込もうと必死である。
 申し込んでしまうと、断るのが面倒でずるずると買ってしまう人がいるのを見越しているんだろう。
 それでも、この種の定期購読を最後まで続ける人は1割もいないだろうとか言われている。

 詳しく調べてみると、第1号が990円、第2号以降が3036円で第80号まで予定しているということなので、ぜんぶ購入すると、値上げがない前提でざっと24万円あまりということになる。

 それだけのお金を出すのも、1/400スケールの飛行機を80機もどこに置くのか(冊子もついてくる)も、かなりの問題だ。

 それはともかく、ネットで第1号のダイキャストモデル(Boeing 787-9)の評判を見ると、すこぶるよさそうだ。
 飛行機好きの端くれとして、990円なら・・・と、第1号だけ購入することにした。

 届いた機体は評判に違わずけっこう立派だ。
 右水平尾翼下の胴体下部にちょっと塗りムラのようなものがあるが、細部の作りも悪くなく、細かい文字のプリントもしっかりしている。
 主脚はちょっと単純すぎる感じがして、車輪も回らないが、このスケールでは仕方ないだろう。

 1/400のダイキャストモデルを手にするのは初めてだが、ちょうど手のひらに乗るくらいの大きさで、ずしりとくる重厚感も悪くない。
 ___

 だが、そこで ふと考えた。

 「この重さではとても空は飛べないよなあ」

 このモデルプレーンが、仮に相当な出力のエンジンでジェット噴射できるとしても、絶対にと言っていいほど飛べないと思う。

 この重さで実機の大きさになると、どれくらいの重量になるんだろう?

 測ってみると、モデルは152.5gであった。スケールが1/400だから、重量は400の3乗倍、つまり6400万倍になる。
 計算すると、9760tだった。

 一方、実際の787-9の最大離陸重量(燃料や貨物・乗客満載)は、ボーイング・ジャパンの公式サイトによると、545,000 ポンド(247,208 kg)≒247.2tということなので、このモデルは実際の飛行機よりも40倍近く重いことになる。

 「これは飛べない」という私の直感は、当たり前だが正しかった。

 そこで、ちょっと気になった。
 787-9をこのスケールに落とし込んだ場合、本来のというか、正しい比率の重量はいくらになるんだろう?

 247,208 kg の 1/6400万だから、約3.86gということになる。

 この大きさ(156.6×153.5×42.3mm)で4g足らず!!!
 燃料・貨物・乗客を満載して・・・ですよ。

 スリムだが、長さでいえばちょっとした小鳥くらい(スズメより約1cm長い)なのである。
 うちの文鳥はスズメより小さいと思うが、それでも20g以上ある。
 日本でいちばん小さくて軽い鳥(キクイタダキ)が体長10cmで5gほどと言われている

 その1.5倍の長さで、それより軽いのだ。

 なんと、ボーイングの中型飛行機が鳥より軽かったとは・・・

 飛べるはずだ

 ※(もし計算間違い等あればご教示ください。)

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2019.09.07

■スリーレターコードは学名か

 Webを見ていると、右肩に「ベトナム行くならベトジェット」という、水着美女?が並んだ怪しい広告が出たので、興味本位でクリックしてみた。
 当面、ベトナムに行く気はないけれど、なにしろ100円とか書いてあるのだ。いくらLCC(Low Cost Carrier)の超限定価格だとしても、100円とかがありうるのだろうか。

 実際にはいくらなんだろうと、試しに路線を選ぼうとしたところで、Ho Chi Minh(SGN) と出たのにびっくりした。

 南の大都市、ホーチミンは、ベトナム建国の父である国民的英雄の名前がそのまま名称に使われている。
 そのホーチミンのスリーレターコード(空港を表す英字3字の略称:羽田=HND, 成田=NRT, 伊丹=ITM, 関空=KIX)が、SGNなのだ。

 これは明らかに、ホーチミンの旧称、サイゴンから作成されたものであろう。それが今も使われているのである。

 え!?、だったらサンクトペテルブルクはどうなのだと思って調べると、みごとにLED。
 照明に使われている LED(Light Emitting Diode)ではない。もちろん、旧称のレニングラード(LEningraD)であろう。

 サイゴン→ホーチミンの例とは逆になるが、レーニンがこんなところに生き残っていたとは。
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 鳥の世界で有名な間違い?として、コマドリの学名の最後が akahige、アカヒゲが komadori だというのがある。

 これが取り違えに起因することに触れていない図鑑も多く、コマドリの学名が akahige だと書いた本を前にすれば、ミスプリントだと考えるのがふつうだ。
 だが、いったん決めた学名を変更すると混乱することから、間違えたまま定着させているのが、コマドリは akahige、アカヒゲは komadori なのである。この場合、図鑑は正しい。

 空港のスリーレターコードも、混乱を招かないように最初に決められたものが使われているのだろうか。

 いま調べてみると、ヴォルゴグラード(旧スターリングラード)は、VOG であった。
 空港ができた時期によるのだろうか、それともスターリンがらみのスリーレターコードは排除されたのか。
 ___

 後記:実際に検索してみたところ、関空〜ホーチミン往復運賃の最安値は、受託手荷物なしで2万2340円だった。
 ベトナムには行ったことがあるのであまり食指は動かないが、たとえばこれくらいでタイやラオスに行けるのなら、この秋に行ってみてもいいような気もする。

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■ラトヴィアの道路標識、練習問題

 この標識の意味はなんでしょう?
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2019.09.02

■Over Siberia vol. 5 ──バルトドライブ四方山話

 先述の通り、エストニアでは特に交通ルールがよく守られていたが、一般道をメーター読み90km/hくらいで走っていると、抜かされることもときどきあった。
 その割合は、ラトヴィア・リトアニアと南下するに連れて増えていった。

 さて、90km/hで走る車を抜かすときの速度はどのくらいになるか。速度差から見て、たぶん110km/hくらいは出ていると思われた。
 対向車線の車は、ふつうは90で近づいてくる。すなわち、互いの相対速度は200km/hに達することになる。

 にもかかわらず、追い越し禁止区間はほんとに必要最小限で、ほとんどの場所で追い越しが可能だ。
 危ない思いをしたことはなかったが、真正面から車が200km/hで近づいてくるのはあまり気持ちのいいものではない。

 追い越される車が右寄りを走行し、追い越す車が真ん中を、対向車線の車も少し右に避けて、3台が2車線を使う形ですれ違ったのを一度だけ見た。すぐ横を速度差200で車が通過するのを考えるとぞっとするが、互いに?譲り合って衝突を避けようとしているのかもしれない。
 ___

 驚いたのは、高速道路的なエストニアの片側二車線道路(高速道路は存在しないそうである)でUターンが可能なことであった。
 というより、高速道路的な作りなのにインターチェンジがなかったりするので、左折するために、目的の場所を通り過ぎてからUターンして中央分離帯を越え、対向車線に入る方式が採られているのだ。その後右折することで、本来の左折の目的を達するわけである。

 左折できる交差点を設置するのと、対向側の追い越し車線へとUターンするのとではどちらがより危なくないのかはよくわからない。制限速度は90km/hである。もっとも、交通量がごく少ないので、Uターンで緊張するということはなかった。

 また、実際に見たのは2箇所だけだったと思うが、リトアニアの本物の高速道路(制限速度130km/h)でも、このUターン方式が採られているところがあるのにはびっくりした。交通量だって、エストニアとは比べものにならないくらい多かった。幸い、自分がそこでUターンする必要はなかった。

 びっくりしたといえば、高速道路的な道路はおろか、本物の高速道路ですら路側帯を走る自転車をときどき見かけたことである。一度だけだが、歩いている人も見た。
 確かに、自転車や人が通ってはいけないという標識を見た記憶はない。しかしながら、90km/h制限の一般道でも道の端を自転車が走っていると緊張するのに、路側帯がそれなりにあるとはいえ、130km/hの車の横に自転車がいるのは、やはりちょっと異様であった。
 これまでたぶん20を超える国で運転していると思うが、こんなことは初めてだった。
 ___

 ヨーロッパでよく見かけるラウンドアバウト(ロータリー)についてはこちらをご覧ください。

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■Over Siberia vol. 4 ──バルトドライブの注意点(承前)

3.
C.駐車場について

 観光地や郊外の場合、無料ないしは安い料金で駐車場が整備されていることがほとんどなので問題ない。
 一度だけ、観光案内所でトークン(コインのようなもの)を買ってそれを投入することでバーが開くというシステムのところがあったが、それっぽい表示と英語による説明があった。

 街の場合は路上に駐めることになることも多いが、そのためには標識が読めた方がいいので、予習をしておくべきかもしれない。
 標識の単語自体は、ネット通信が可能であればGoogle翻訳のカメラ機能で理解できるが(Pマークの下にReserved的な単語をよく見かけたが、事前に登録している車のみ駐車可の場所なので注意したい)、ピクトグラムの方はけっこう理解に苦しむものもあった。

 おもしろいのは、日本と違って、禁止されていなければ駐めてもいいという発想が根本にあることだ。いや、日本だって本来はそうなのかもしれないが、現実に道路上に駐車することはほぼ不可能になっている。
 バルトに限らずヨーロッパの街は、たとえば夜間や土日なら街中にいくら駐めても無料だとか、そういう場所がたくさんある。道路自体、駐車することを見越した構造になっていることも多い。歩道に乗り上げて駐めろとピクトグラムで指示しているところもあった。

 月曜から金曜日の日中は2時間までタダというのをよく見かけた。その場合、レンタカーのダッシュボードに入っているオモチャの時計のようなもので駐車した時刻を示し、ダッシュボードに置いておく。それがなければ、紙に時刻を書いておいてもよい。そこから2時間なら2時間無料になるので、街の観光にはそれなりに十分だ。
 どうせ2時間も経つと疲れてくるので、いったん車に戻って駐車場所を変えれば、またそこから2時間無料になる。そうしている(であろう)車を実際に見た。

 「父」のようなマーク(ハンマーを交差させて労働日を表している)の下に10-16, 2 val とか書いてあれば、平日の10時から16時までは2時間無料、それ以外の時間は駐めてはいけないのではなく駐め放題である。ただし、前述のオモチャの時計は外から見えるように置いておく必要があるとのことだった。

 パーキングチケット方式もよくあるが、それもチケット販売機の案内や標識を見ると夜間や土日は無料だったりするので注意が必要だ。

 わからなければ地元の人に聞くのがいい。ラトヴィアやリトアニアでは、No English にけっこう悩まされたが、少しでも英語の話せる人は親切に教えてくれた。
(ちなみに、言語的に英語と遠いエストニアで、もっとも英語が通じた。ラトヴィア語とリトアニア語は英語と同じインドヨーロッパ語族なのだが、なぜか話せない人も多かった。)

 一度、「ここから駐車可」の看板の手前に車を駐めたときは、地元の人がそこはダメだとジェスチャーで教えてくれて事なきを得た。なるほど、その看板の裏は駐車禁止、つまり「ここからは駐車不可」だった。Pの看板がデンと立っているので安心して駐めたが、それがどこからどこまでなのかには注意する必要がある。

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2019.09.01

■At Vantaa Airport ──バルトドライブの注意点(承前)

3.
B.スピードに注意

 国境を越えると、その国における速度規制の概要などを表示した看板が設置されているが、一瞬で通り過ぎると把握できないことも多い。
 だが、一般道では90km/h、街を通過中は50km/h、街中は30km/hというのが基本である。

 もちろん、これらと異なる速度が標識によって指定されている場合はそれに従う。

 30の場合は表示されているので、ふだんは90・街は50と、とりあえず覚えておけばよい。
 これとは別に、リトアニアには高速道路があって、130か110が指定されている。

 問題は、標識の数が日本とは桁違いに少ないことだ。
 街に入るマークを見たら自動的に50まで減速しないといけないのだが、多くの場合、50の標識はないし、街マークを見落とすことも少なくない。
 それほど風景が変わらないこともふつうで、漫然と90で走っていると、なんと40km/hの速度違反ということになってしまう。
 街が終わるマークを見落とすと、50で走り続けて、「90まで出すべきなのに」と焦る、後ろの車から煽られることになる。

 やっかいなのは、90で走っている最中にしばしば現れる、「(交差点が近いから)70」という標識だ。わりと交差点の直近で出ることが多いのだが、そんなに一気に速度を落とせないので、70になるころにはもう通過しそうになっていたりする。

 もっとも困ったのが、この70規制の終わりがほとんど表示されていないことである。
 「要するにその交差点さえ終わればまた90に戻していいのだ」と確信するころには、旅行は終わりつつあった。それまでは、びくびくしながらしばらく80とかで走り、煽られて90まで速度を上げたりしていた。

 今回の旅行では、速度には特に慎重であった。それというのも、(結局は)6km/hの速度違反で検挙されたというブログを事前に読んでいたからである。
 あれを読まなければ、もっと大らかに走れたかとも思うのだが、私も検挙の憂き目に遭っていたかもしれない。痛し痒しである。

 そうそう、2度目のラトヴィアからリトアニアのカウナスまでの道のりを Google Maps に表示させたところ、速度監視のカメラが10箇所近く表示されて、走るのが怖くなった。
 日本の Google Maps でも表示すればいいと思うのだが、あると調べたくなって面倒だろうか。

 いずれにせよ、速度違反にはくれぐれもご注意を。

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■Over the Baltic States ──バルト三国ドライブ情報

 シートベルトサインが消えたので、とりあえずパソコンの蓋を開けてタイトルを書いたが、特に何を書くという目的があるわけではない(副題は後でつけた)。

 飛行機は南に向けて離陸し、180°右旋回して北に向かっている。ちょうど右下にヴィリニュスの街が見えるはずなのだが、与えられた席は左側で残念がっていると、湖上に浮かぶトゥラカイ城が見えてちょっと感激した。

 そうだ、せっかくバルト三国をドライブ旅行したのだから、今後同じことをやろうという方にとって役に立つ(かもしれない)情報をいくつか記そうと思う。

1.旅程は南から北にすべし。

 私たちは、いちばん北のタリン(エストニア)から入ってラトヴィアを経由して順次南下し、最後にヴィリニュス(リトアニア)に至るという計画を立てた。
 その問題点がおわかりだろうか。愚かな私にはわからなかった。

 もちろんまっすぐ南に向かうわけではなく、東西に進路を振るにしても、これは要するに、ずっと太陽に向かってドライブしていくということを意味する。夏とはいえ、緯度の高いバルトの太陽は低い。常に前方から光を浴びせられるのは、景色を逆光で見ることにもなるし、目だって疲れる。

 そんなこと想像もしなかったけれど、旅程は南から北にすべきである。

2.ドライブ事情全般

 「海外でドライブ旅行をしてみようかな」と考えるような人にとっては、楽勝だと言えるだろう。大都会を除いて交通量はごく少ないし、大都会などというのは数か所しかない。今回の旅行において、街中を車で走った都会は、リーガ(ラトヴィア)とカウナス(リトアニア)だけであった。

 初めての海外ドライブは、左側通行で英語国のオーストラリアやニュージーランド、それにイギリスなんかが推奨されるが、右側通行であることを除けば、道の狭いイギリスより運転しやすいんじゃないかと思う。

 エストニアに関しては、運転マナーもすこぶるよかった。ドイツの次くらいになるんじゃないだろうか。
 ただ、残念ながら、南へ下がるほどマナーは悪化し、リトアニアの都会に関しては、大阪なみというしかなかった。
 まあそれでも、道路事情が日本ほど混沌とはしていないので、名古屋や大阪あたりを運転するのにそれほどためらいがない人なら問題ないと思う。

 あ、そういう意味では、南から運転を始めるのはどうかなという面もある。ヴィリニュス・カウナス間の高速道路では「煽り運転」がふつうだったうえに、街中ではスキール音(キキキキキッ)を響かせる車も珍しくなかった。
 もっとも、高速では右側車線をおとなしく前の車について走っていれば問題ないし、街中の移動にはなるべく車を使わないようにすればいい。

 そうそう、飛行機に乗り降りする最初と最後の都会では車に乗らないのがコツである。空港から直接田舎に出ると楽だ。
 たとえばフランスを一周する場合、パリの空港から直接郊外に出て、最後にまたパリの空港に車を返してからパリ観光をする(いつぞやはパリの街中に返却してちょっと苦労した)。
 イギリスなら、ロンドンの空港から直接郊外へ出て北上し、エジンバラやインバネスあたりで車を返して飛行機でロンドンに戻り、街を観光する(これは成功した)のがお勧めだ。

3.ドライブの注意点

A.今さらながら右側通行。最初は常に「右側右側」と念仏のように唱えながら運転する。特に問題なのは右左折時。曲がり終わると本能的に左側に向かってしまうことも多い。
 まあそこまでは想定内で慣れてもいたのだが、Uターンが鬼門だった。転回し終えると左側を走ろうとすることが2〜3度あり、家人に注意してもらった。
 周囲に車がいなくなったからこそUターンするのだが、前後左右に車がいないので自然と左側を走りたくなってしまうようだ。
 あとは、駐車場内など、道路ではないところでどこを走るかにも注意したい。

B.スピードに注意
 ここまで書いたところで、左側にタリンの街を見下ろした後、飛行機がフィンランド湾に入って降下を始めた。今、すぐ前方にフィンランドが見える。着陸進入のアナウンスがあったので、とりあえず、ここまでにする。
 ___

 ヘルシンキの空港でこれを書いている。

 飛行機は着陸予定のバンター国際空港を左に見下ろしながらいったんかなり北上し(窓外を別の飛行機が着陸していった!)、おそらく教科書どおりにコの字型を描く形でダウンウィンド・クロスウィンド・ファイナルと進入した。
 ヴィリニュスでも離陸後180°旋回、着陸のヘルシンキでも180°旋回である。どちらも南風が吹いていたのだろうか。
 これが北風ならストレートアウト・ストレートインで楽なのに、無駄な行程だ。

 空港のWi-Fiがあるので、とりあえずここまででアップする。「B.スピードに注意」以降はまたのちほど。

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2019.08.28

★バルト三国旅行記?

 バルト三国旅行の3つ目の国、リトアニアに入りました。

 申し遅れましたが、断片的な旅行記?を twitter に上げております

 掲載が遅れるようですが、こちらでまとめて見ることもできます

 ご笑覧くだされば幸いです。

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2019.08.21

★Over Siberia vol. 3 ──ビジネスクラスって・・・

 水平飛行に移ってからしばらくして、昼食が供される。

 横!のテーブルの上にはメニューが置いてあるので、それをお預けにしてエコノミーの食事とは考えにくくなった。

 60がらみの女性アテンダントがごく自然に食事の選択を聞いてきた。
 前菜の前にアミューズ。フレンチのフルコースが始まりそうな勢いだ。
 割り箸は高級感に乏しかったが、本物のナイフとフォークもついてくる。

 アミューズを食べて、「これ、めっちゃ本格的」と身を乗り出して家人に言う。

 その後の前菜が素晴らしかった。私は和風を選んだのだが、料亭の懐石料理もかくや、という味であった。
 家人は洋風を選んだのだが、「サーモン」と書いてあったので私は何の期待もしていなかった。それが「えっ !?」と思うほどおいしかった。

 メインのビーフシチューはさすがに和牛ではなく、家人が選んだ穴子と帆立の蒸し寿司もあまり感心しなかったが、それでも、エコノミークラスの食事とは比べるべくもない。

 食後にアイスクリームを希望すると、ハーゲンダッツがカップごと、ただし、ちょうど食べごろの固さで運ばれてきた。
 新幹線のガチガチアイスとは雲泥の差である。

 これまで食べたハーゲンダッツの中で一番おいしかった。
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 食後しばらくして、仮眠を取ることにした。
 シートは電動である。

 そうではないかと思っていたとおり、座席がフルフラットになり、完全に横になって寝ることができるのだ!
 後ろの人に気を遣う必要もまったくない。すべては間仕切り内で完結している。
 身長180cmでも問題ない。
 いつもの毛布ではなく薄い布団が用意されていた。

 飛行機に乗るたびに、お題目のように「どうぞ快適な空の旅をお楽しみください」などと言われるが、空の長旅が快適なのはこれが初めてである。

 「でも」と家人に言う。「これがふつうの人間が受けるべき待遇だよね。エコノミーの方はあまりにもひどすぎる」
 これまでエコノミークラスでさんざんひどい目に遭ってきた者が言うのだから間違いない。

 さらに、これからもひどい目に遭い続けるのは必定である。
 「こんな贅沢をしてしまったら、次からエコノミーがよけいに苦しくなるね」と家人。

 だが、ヨーロッパに行けるだけでもありがたい庶民は、その苦しさを堪え忍ぶしかないのである。
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 これを書き終わったころ、ちょうど飛行機は行程の半分ほどを過ぎて、シベリアのノリリスク近郊にさしかかっている。

 このパソコンより大きい画面で映画も見られるが、なんとなく見る気がしない。

 映画を見ていると、飛行機が目的地に到着してしまう。
 もっとずっと長く飛行機に乗っていたい。

 長時間の飛行でこんな気持ちになるのはもちろん初めてである。

 追記:その後映画も見た。ノイズキャンセリングではないと思うが、なかなかいいヘッドフォンで、いつもより何倍も楽しめた。

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2019.08.20

★Over Siberia vol. 2 ──望外の・・・

 面倒な荷物預けの列に並んだ後は、スムーズに出国して搭乗口まで進んだ。

 関西空港でまったく寄り道をせずにゲートまで行ったのは、もしかすると初めてかもしれない。
 去年中国に出張したときに見つけた秘密の?通路を家人に見せてやりたかったのだが、そんなことを思い出したころにはもうシャトルに乗っていた。

 Wi-Fi のあるうちにと、搭乗口でパソコンの用事を済ませたころ、乗客の金(キム)さんなどを呼び出すアナウンスがあった。
 「金様とか言われたって、韓国人の2割くらいは金ではないのか」とか思っていると、当然のことながら韓国語でもアナウンスが流れ、そちらはきちんとフルネームを呼んでいるようだった。

 「それにしても」と隣の家人に言う。「こういうふうに「ゲートで呼び出し」ってよくあるけれど、いったいどうして呼び出されたりするんだろう?」

 ところが、しばらくして、「ヘルシンキへお越しの氷室様、搭乗口までお越しください」と、自分が呼ばれることになって驚いた。
 「パスポートと搭乗券をお願いします」と言われ、何か問題でもあるのだろうかと心配しつつ、訝りながら手渡すと、「ビジネスクラスにアップグレードさせていただきました」と、新しい搭乗券とともにパスポートを返してくれた。

 「あ、ありがとうございます」と答えてから、喜びがわき上がってくるまでやや間があったが、それでよかったと思う。下手をすると、係員の前で飛び跳ねてしまうところであった。

 ややあって、家人が「これ、DとHだけど、離れてないよね?」と言うので、係員に確認する。確かに、隣が知らないおじさんだなどというのは避けたい。
 冷静を装いつつ、先ほどの係員に目配せして呼び、「これ、隣同士でしょうか」と聞くと、しばらく小首を傾げていたが、「ええ、大丈夫です。隣です」と答えてくれた。
 微妙に不安だが、まあいいだろう。

 「機内食なんかもビジネス用になるのかな?」と家人。聞きかじりの知識で「いや、こういうアップグレードの場合、食事はエコノミーだと聞いたことがある」と答える。

 それにしても、ヨーロッパ路線でビジネスクラス・・・

 マイレージですら経験はなく、自分でお金を出してなら一生ないような幸運に舞い上がる。
 これほどの幸福感を感じたのは、息子が生まれたとき以来、二十数年ぶりかもしれない ^^;
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 望外のビジネスクラスは想像以上に快適だ。

 頭が通路と近いのは少し気になるけれど、背の高い間仕切りでちょっとした個室のようになっており、家人だと視線の高さが間仕切りより下になる。
 隣だとはいうものの、ふつうに座っているとお互いに姿も見えず、コミュニケーションに支障を来すほどだ。
 これだと、隣がおじさんでもぜんぜん問題ない。というより、隣にはだれもいないという感覚に近い。
 「前に乗り出したときが何かしゃべりたいとき」というルールが、暗黙裡にできた。

 窓際の席でなくなったのが唯一の欠点だが、文句は言うまい。
 3年前にヘルシンキを往復したときも機中からの景色は堪能しているし、窓際のエコノミーよりも中央のビジネスがいいに決まっている。

 長くなったので、続きはのちほど。

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2019.08.18

★Over Siberia vol. 1 ──官僚たちと人々の悲哀

 2011年8月、アメリカ出張の帰りに、Over the Pacific という一連の投稿をしたことがある。

 今回は、Over Siberia、シベリア上空の機中で書いたブログをアップしていく。まずは最初の到着地、フィンランドのヘルシンキから。
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 お盆に、血のつながっていない甥たちと久しぶりに会った。

 国家公務員の総合職試験(いわゆるキャリア官僚向け)を受ける可能性があるということで、弟の方が昔の電話帳のような巨大な問題集を持ってきていた。
 その本を見ただけで、大昔、受けようなんて気を起こさなくてよかったと思わされた。

 内容がまた、英語・国語・数的能力から統計資料解釈や時事問題に至るまで、実に幅広い。
 それだけではなく、まあ当たり前のことだが、かなり難易度の高い問題ばかりである。

 数的能力や統計資料解釈の問題なんかをやってみると、高度な数学の知識は必要ないものの、なかなかに骨の折れる難問だった。
 ただ、所詮は22歳とかの学生が受ける試験である。仕事柄、英語や国語ならまあなんとかなるかもしれないと考えたとき、ふと頭に浮かんだのは、政治家たち(特に、今のトップ2)のことであった。

 22歳でこんな問題をそれなりにさくさくと解いていく能力のある人(でなければ中央官庁に採用されない)の最上位に位置する上司(トップ2の政治家)が、2人とも外国語もできず、漢字すらまともに読めないというのはどうなんだろう。

 幸い、官僚である上司なら、同じ関門をくぐり抜け、仕事でも研鑽を積んできた人たちだろうから、まだいいかもしれない。
 だが、偉くなればなるほど、外国語も漢字もできない政治家の下命を拝し、その意を忖度して働かなければならなくなる。

 「下吏となって長く膝を俗悪な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺そうとしたのである」「彼が昔、鈍物として歯牙にもかけなかったその連中の下命を拝さねばならぬことが、往年の俊才李徴の自尊心を如何に傷つけたかは、想像に難くない」という『山月記』の記述が脳裏に甦った。

 もちろん、外国語も漢字もできなくても、尊敬すべき人物は多く存在する。
 心からそう思う。

 だから、より大きな問題は、彼らトップ2に、政治的・経済的大局観がなく、人々の生活を向上させようという情熱も見えないことであろうと思う。
 それに、どう見ても、偉大にも立派にも人格者にも見えない。

 あるのはただ、代々政治家で金持ちの家に生まれた上に、確かに立ち回りは上手だったという事実だけである。
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 一流大学を出て高級官僚になれば、やりようによっては人々のために尽くすことも少しは可能かもしれない。
 しかし、最上位の上司があの体たらくでは、多くは期待できない。

 それに、事務次官まで務めた(おそらくは)良心的な官僚すら、面従腹背を座右の銘にしながらほとんど何もできなかったという苦い事実を、私たちはすでに知ってしまっている。

 たとえ間接的にではあれ、選んだのは有権者なのだから諦めざるをえないのかと思う一方、いくらでも選び直せる可能性を追求していかねばならないとも考える。

 もっとも、外国語も漢字もできず、人格的にも見るべきところのない人物が史上最長の総理を務めることになるような政府と、それを選んだ国民とに、大きな期待はできないと思ってしまうんだけれど。

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2019.08.12

★高圧洗浄機で風呂掃除

 昨秋に購入した高圧洗浄機

 その後ほとんど出番がなかったが(一度くらい洗車したろうか)、今日は初めて風呂掃除に使った。

 もともと、玄関先・洗車・風呂掃除の3つが目的で買ったのだが、風呂掃除に使うまで10か月ほどかかったことになる。

 今日、似合わぬ「休日自主出勤」をして、夏休み前の仕事があらかた片付いたことが背中を押したのだと思う。
 意識していたわけではないけれど、おそらく精神的に余裕ができたのだ(10か月ぶりに?)

 風呂のお湯を吸い出してコンプレッサーで圧力をかけ、水を噴射して洗浄に使うのだが、当初は吸い出しホースの接続方法がよくわからず、説明書を見ると、別売!のフィルターを買わなければ使えないらしいということがわかった。

 「付属の自吸用ホースと別売りのフィルターを利用して、バケツなどにためた水を利用できます。」
 「別売りのフィルターをご用意ください。」
 「1.自吸用ホースとフィルターを本体の給水口に接続します」

 吸い出し用のホースは同梱されているのに、別売フィルターを買わないと使えない???
 そんなバカなことがあるだろうか。

 どれを買えばいいのかを確かめるために「オプションアクセサリー」のリストを見ると、フィルターのところに「ため水に異物が混入している可能性がある場合にはフィルターを併用してください」と書いてある。
 この書き方だと、綺麗な水を使うならフィルターは必要ないことになる。風呂に張ったばかりのお湯を使うのだから「異物が混入している可能性」はない。

 この矛盾した説明に苦慮しながらも、「場合には」の方を信じてもう一度あれこれ挑戦すると、フィルターなしでも接続できることがわかった。

 が、この間に息子が一番風呂に入ってしまい、「異物が混入している可能性が」十分出てきたのだが、私はここでやめられるほどオトナではない。
 迷うことなくフィルターなしで使うことにした。

 前置きが長くなった。

 高圧洗浄機はぜひお買いになるべきである。頑固な風呂の汚れ(特に壁面下部や排水溝や床)が面白いように綺麗になる。

 いつぞや、カビキラーを丸々一本近く撒いて、塩素ガスで死にそうになりながら必死で掃除したときに勝るとも劣らない。
 環境にも優しいし健康にもよさそうだ。

 準備に手間取ってしまったが、掃除自体は20分ほどで終わった。これほど汚れておらず、操作に慣れていれば、十数分でできるだろう。

 ホースが長すぎて取り回しが面倒なことと機器が重いことを除けば、ものすごく重宝する。

 高圧洗浄機、お勧めです。

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2019.08.10

★「上級シューフィッター」

 途中、もうダメか・・・と観念しかかったこともあったが、今のところ、なんとか旅行に出られそうである。

 履いていく適当な靴がないので、この際、新調することにした。

 振り返れば、2012年にも同様の理由で靴を買った。
 あの時は、靴のために出かけるような余裕がなく、出張先の名古屋のデパートで間に合わせに見繕ったような形になってしまい、「在庫のサイズはこれこれしかないから」というような理由で、ぴったりフィットしているとは言いがたい靴を、それでも私としては大枚はたいて買うことになった。
 その靴が悪いわけではないけれど、今度はきちんと買ってみようと思い立った。

 私は、服装にはほとんど頓着しないが、靴だけはあんまり安物は履かない。服やズボンと違い、靴はそれなりのものを履かないと、健康に悪いような気がするからである。

 そうはいっても、きちんと選んで買うことは稀だし、比較的廉価なものを選ぶことも多かった。
 しかし、一年ほど前に、アルピニストである店員のアドバイスを得て、私としてはちょっとした価格の軽登山靴を買った。それで歩くと、以前より疲れが減るばかりか、腰も痛くならなくなったので、靴の機能を再認識させられたところだ。

 靴を買うのはそれ以来である。
 人生も間違いなく半ばを過ぎ、これからの足腰の健康を考えたとき、靴を適当に選ぶのは間違っていることにようやく気づき、今後はしっかり選択して購入しようと決心した(折しも、#KuToo 運動も盛んである)。

 そこで、ネットでいろいろ調べ、数少ない「上級シューフィッター」のいる靴店にわざわざ出向いた。

 とんでもなくいろいろ計測されたり質問されたりするかと思っていたのだが、あっさりとそれらを終え、店主が出してきたのはミズノのウォーキングシューズだった。

 聞いたこともないような、オランダやドイツのスニーカーの話をネットで読んでいたので、そういうのが出てきて、しかも自分にぴったり!というのを勝手に期待していたのだが、ミズノですか・・・

 ざっくばらんに「まさかミズノだとは思っていませんでした」というような話をさせていただき、シューフィッターの団体がオランダのメーカーに委託して作ってもらったという靴なども履いてみたのだが、結局のところ、最初に出していただいたミズノのウォーキングシューズを素直に買うことになった。

 まあ一応、歩き方なんかも見てもらい、インソールに加工を施してもらったし、もし具合が悪ければ再加工・再々加工も無料だということであった。
 もちろん定価で買ったのだが、帰宅してアマゾンで見ると、同じ靴が5千円ほど安く買える。なにしろミズノだから、型番とサイズさえわかれば、同じものが購入できるのである。

 これまでの私なら、5千円の差額にはちょっと耐えられない思いをしたかもしれない。
 しかし、上級シューフィッターがそのスキルを駆使して見繕ってくれたことや、今後ありうるかもしれない加工のことを考えると、後悔はなかった。
 世話になりながら、「ちょっと考えます」と買わずに帰って、アマゾンに注文するというような非道なこともしたくない。

 自分を納得させるためもあるのだが、特に考えたのは以下のようなことである。

 自分で靴を選んだら、たぶん間違いなくミズノの靴は買わない。
 その靴を、私の足と用途にぴったりだと出してきたのが「上級シューフィッター」である。

 これは、名医が診断して苦い薬を処方したというのと同等ではなかろうか。

 そう考えれば、5千円はむしろ、診察料・診断料ということになる。

 自分も知らない自分の必要なものに導いてくれた専門的知識の行使に、相応の報酬を支払うのは当然のことと言える。
 エキスパートのちょっとした(ことにみえる)アドバイスにも、きちんと敬意を払うべきだ。

 そう考えると、あっさりと「これ」といってピンポイントで出してきたミズノの靴は、上級シューフィッターならではの慧眼による選択かもしれない。

 どんな分野であれ、その道のプロは、複雑な課題にあっさりと回答を出したりする。
 素人が「そんな簡単なことだったらお金を払いたくない」などと考えるのは、expertise(専門家の知識や技術)を評価しない、愚か者の思考だ。
 ___

 まあもっとも、あの靴が私にとってあまりよくなかった・・・というようなことがあれば、また違う話になってしまうんだけれど。

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