2024.02.26

◆「お釣り」雑感

 日曜日の朝日歌壇に

  物買へばお釣りあること知らぬまま幼子育つデジタル社会 (酒田市)朝岡 剛

という歌が掲載されていた。

 身近に幼子はいないが、なるほど、いればそうなるかもしれないと感心させられた。

 息子がまだ幼かったころ、ガレージの前にある水道から水が出せないのを見てびっくりしたことがある。
 カランの栓をひねる旧来のタイプだったのだが、幼いといっても小学校低学年、まさかそんなことができないとは思いもしなかった。
 だが、考えてみると、家のほとんどの水栓はレバーの上げ下げになっていて、ひねるタイプはガレージ前と庭だけだった。保育園の水栓もレバーだったのだろうか?

 昨秋、自宅の水回りをリフォームした際、キッチンの水栓は自動にした。
 これは私自身のことだが、そのせいで、手動の洗面所でも手を突き出して待ってしまうことがある。
 今のところ、1秒以内には気づくものの、あっちもこっちも自動水栓がふつうになれば、手動で水を出す方法を知らぬまま育つ幼子も増えてくるかもしれない。

 さて、お釣りの話。

 最後にお釣りを受け取ったのはいつだろう・・・と考えて、もしかすると昨夏のニュージーランドではないかと思った。
 現金が必要な機会が2度あり、キャッシングで現地通貨を引き出した後、残った10NZDを使って土産物を買ったときに受け取ったお釣りの1NZDがそれで、持っている唯一のニュージーランドドルでもあり、大事に机の引き出しにしまっている。

 それ以降、お釣りをもらった記憶はない。もしほんとうにそうだとすると、半年くらいお釣りを受け取っていないことになる。
 あんまり意識してはいないが、私(たち?)はそういう社会を生きているのだ。

 ニュージーランドのコインが生涯で受け取った最後のお釣り・・・ということになればなかなか楽しいエピソードになるのだが、残念ながらそうはなるまい。
 そうだ!、今後、現金での支払いでお釣りが出そうなときは、家族に支払わせるようにしようか(笑)

 それはともかく、「物買へばお釣りあること知らぬ」「幼子」っていくつくらいなんだろう?

 まだ親がすべての支払いをしている年齢か、それともデジタルデバイスで自ら支払っている年齢か。
 いずれにせよ、その間に、現金で買い物をする数年間があると思うんだけれど・・・

 その際にお釣りの経験を積んでおくことは、意味のあることなのか、それとも、どうでもいいことなのか。

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2024.02.20

◆アンコールワット神殿の向き

 父親が撮影したアンコールワット遺跡(カンボジア)の写真をリビングに飾っている。
 おそらくは、亡父もっともお気に入りの一枚で、パソコンのデスクトップピクチャ(壁紙)にもなっていた。
 朱色の僧衣を着た少年僧が左下に佇んでる。この子も今は高僧になっているかもしれない。

 さて、先日の朝日歌壇に

  クメール朝の石の神殿に印された方位はスマホの磁石とぴったり (東京都)上田 結香

という短歌が掲載されていた。

 「クメール朝の石の神殿」がアンコールワットかどうかは定かではないが、まあその可能性は高いだろう。

 ともあれ、これを読んでまず思ったのは、「そんなバカな」であった。

 ご承知の方も多いと思うが、方位磁石が指す北は「磁北」と呼ばれ、実際の北(「真北(しんぽく)」)とはかなりのズレがある。
 私の住んでいる場所では8°以上西偏している。それだけ違えば、「ぴったり」に見えるはずがない。

 クメール朝の神殿がいつ建てられたのかはわからないが、羅針盤(方位磁石)を利用してそれにあわせたとも思えないので、おそらくは天体の運行から真北を求めて建てられたはずだ。

 ただ、調べてみると、羅針盤は「11世紀に中国で発明され、13世紀末までに全世界に広まった」(wired.jp)とあり、クメール朝は「九世紀から一三世紀にかけてアンコール−ワット、アンコール−トムなどの造営を行な」(日本国語大辞典)ったとあるので、造営にあたって羅針盤を利用した可能性も否定できない。

 でも、せっかく正確に東西南北にあわせて神殿を建てたいときに、たとえば太陽の南中がずれるような建て方をするだろうか。

 そう考えると、たとえ羅針盤を知っていたとしても、真北を基準に建てたのではないかと思える。

 なのに、「スマホの磁石とぴったり」・・・

 と考えて、ハタと思いあたった。もしかして、アンコールワット周辺では、偏角がほとんどないのではないだろうか。

 ネットで調べようとしても、出てくるのは日本の情報ばかり。まあ、日本語で検索するから当然なのだが、信じられないほど細かく調べられていることに感嘆するものの、カンボジアの情報はない。

 しばらくして、世界の偏角を即座に知ることができる便利なサイトがあることを知った。

 そこで調べると、アンコールワット遺跡の西偏は1°未満!
 なるほど、「スマホの磁石とぴったり」になるわけだ。
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 ちょっとした疑問を持ち、これほどすっきり解決するのも珍しくて気持ちが良い。

 あ、でも結局、逆にというか、真北を基準に建てたのか磁北を基準に建てたのかは謎のまま残ってしまった(笑)

 

 追記:

 あとで気づいたのだが、もしかして「スマホの磁石」というのは、実は方位磁石など使っておらず、GPS情報に基づいて方位を示しているのではないか・・・と思いはじめた。
 実際、私の古い iPhone 7 Plus でも、設定に "Use True North"(真北を使う)というのがあり、忘れていたが、私もオンにしていた ^^;
 もしかすると、短歌の作者の上田さんも同様の設定をしていらっしゃるのかもしれない(カンボジアではどちらでも大差ないけれど)。

 ところが、調べてみると、やはり磁石を使っているようだ。Appleのサイト

重要: コンパスの正確さは、磁気的な妨害や環境的な妨害によって悪影響を受けることがあります。iPhoneのEarPodsに含まれる磁石が、ずれの原因になる場合もあります。 

とある。

 それでも、今の iPhone は方角だけではなく、緯度経度や標高まで表示できるらしいので、GPSを使っていることは明らかだ。
 どうして方位には GPS を使わないのだろう? 使えないときだけ磁石に頼るとかでもいいのに(そうなってるのかな?)

 →一箇所に静止している場合、経緯度の変化がなく方位を計算できないため、GPSは方位を示すことができないそうです。

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2024.01.01

■明けまして20周年

 明けましておめでとうございます。

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 昨年(といっても昨日)、ココログにログインしようとすると、ココログ20周年のロゴが出てきた。

 ココログ自体のスタートは2003年12月ということだが、私自身は2004年1月1日から始めているので、今日でちょうど20周年ということになる。

 途中、Twitter やら Instagram やら Facebook やら TikTok やら、いろんな新しいサービスが出てきたが、まだ一応ほそぼそとブログを書き続けている。
 近年は、月に1回くらい、下手をするとそれもない・・・という感じになり果ててしまったが、当初は毎日必ず何か書いていた。
 飽きっぽい私が、まさか20年も続けるとは、我ながら驚きである。
 こうなったら、ブログサービスと命の続く限り、なんとか続けていきたいと思う。

 世界のことは私にはどうしようもないが、せめて今年こそ、個人的にはいい年であったと振り返りつつ終えたいと思っている。

 少なくとも、身近な人が誰もいなくなりませんように。
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 活動の場?は twitter 中心(それもそれほど活発ではありません)になっておりますが、今後ともブログともどもご贔屓をお願い申し上げます。

 そして、何よりも、みなさまのご健康とご多幸をお祈り申し上げます。

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2023.12.31

★「酒塩」の謎

 「酒塩」(さかしお)という耳慣れないことばを知った。
 色葉字類抄(平安時代末期の国語辞書)にも載っている古い言葉らしい。

 手元の辞書では、大辞林のみが「調味料として酒だけを用いる場合の酒。少量の塩を加えることもある。」と定義し、幸田露伴の用例「砂糖が無いから酒塩で煮ると仕やう」を引いている。

 他の辞書は概ね「煮物の調味のために、酒を加えること。また、その酒。」(広辞苑)としている。

 この2つは、根本的に意味が異なる。
 つまり、どちらかが「間違い」ということになる。

 新明解国語辞典は明確に「物を煮る時、しょうゆのほかに少量の酒を加えて味を良くすること。また、その酒。」と定義しており、大辞林の定義と真っ向から対立する。

 個人的には「調味料として酒だけを用いる場合の酒」という興味深い定義に魅力を感じるが、さて、どちらが「正しい」のだろう。

 広辞苑の第7版には、6版にない「②少量の塩を加えた酒。調味料とする。」があるので、ここにもし「③調味料として酒だけを用いる場合の酒。」とあれば、多義であるということで決着がつくのだが、そうはなっていない。


 大晦日に調べるほどのことでもないのだが、用例を探してみると、料理研究家・陶芸家として有名な北大路魯山人の「塩蒸しの製法は、酒塩で煮つめる江戸前もあるが」(東京で自慢の鮑)というのが見つかった。

 これだと「しょうゆのほかに少量の酒」という新明解の定義は間違いで、大辞林が正しそうに見える。
 また、どの辞書も、「物を煮るとき」「煮物」と限定しているが、北大路の用例は酒蒸しなので、やはり大辞林の勝利だ・・・と思ったが、「酒塩で煮つめる」と書いてあるではないか。
 「塩蒸し」なのに「煮つめる」とはこれ如何に。一文の内部で矛盾している。

 もしここに「煮つめる」がなければ、大辞林以外の辞書の定義に、かの有名な魯山人の用例がことごとく違背していることになるのだが、話はそう簡単ではなかった。

 いずれにせよ、これだけでは「調味料として酒だけを用いる場合の酒」(大辞林)とまでは言えない。
 「しょうゆのほかに」「煮物」に酒を加えて「も」、「酒塩」と言うかもしれないのだ。

 さらに用例を当たると、「薄タレニカツホ入レテ、能キホドニ認メテ、シホ・酒塩入レテ」(本朝食鑑)というのが見つかった。
 これだと、タレや鰹の出汁が入ったところに塩と酒塩を入れることになるから、酒塩は、あくまでも一つの調味料として機能する酒であり、大辞林の「調味料として酒だけを用いる場合の酒」とは矛盾する。


 もちろん、語の意味も定義も、時代によって地域によって、さらには人によって変わってくる。少なくとも1000年近い歴史のある語であれば尚更だ。

 用例がもっと集まればさらに考察を加えることもできそうだが、大晦日の午前中としては(というより、今後も)ここまでである。

 こういうのをどこまでも追究するような性格だったら、私ももう少しは大成していたかもしれない。

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2023.11.24

●いずこも同じ秋の夕暮れ

 朝日新聞に「TSMC来ても「経済安保は守られない」 半導体政策失敗の本質とは」と題する記事があった(2023.11.24)。
「TSMCの衝撃」と題する連載の最終回である。

 それは、以下のように結ばれる。

 2021年に衆議院で意見陳述する機会がありました。僕は「経産省が出てきた時点でアウトだ」と言いました。経産省が先導した半導体政策は過去、ことごとく失敗してきたからです。
 失敗の本質は何か。官僚は自分が担当の2〜3年の間に実績を上げてステップアップしたい。実績とはいくら予算を使ったかということで、それを勲章と考える。目に見える最も分かりやすい実績です。
 しかし、予算を使った後は異動してしまい、それが競争力に寄与したのか、誰も分析しない。反省もしない。どんちゃん騒ぐだけです。こうしたことは、もう繰り返してはいけないと思います。

 筆者は、日立製作所に長く勤務して、現在は独立し「微細加工研究所所長」を務める湯之上隆氏だ。

 絶望的なのは、上記の「経産省」を「文科省」に置き換えても、まっっったく同じだということである。

 おそらくは、ほとんどどの省庁名に置き換えても同じようなことだと思われる。

 「もう繰り返してはいけない」「どんちゃん騒ぐだけ」の政策?は、私が知るだけでも四半世紀以上にわたって繰り返されており、現在も進行中である。
 そして、これからも繰り返されることはほぼ確実だ。

 「騒ぐだけ」ならまだいい。むしろどんどん悪くなっていることは、半導体の話をとってみても周知の事実であろう。

 はたして、この国に未来はあるのだろうか?

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2023.10.31

◆2023年10月の記事はありません

 2023年10月の記事はありません

 Twitter をごひいきにしていただければ幸いです。

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2023.09.19

■ニュージーランドで見た鳥

 ニュージーランドはけっこう鳥が豊富だった。街場でも公園でも野原でも、その辺の野山に入っても、日本の探鳥地より明らかに鳥影が濃いと感じた。
 朝食時などにも、宿の窓からいろんな鳥を観察することができた。

 ニュージーランドの鳥といえば、なんといってもKiwi(キーウィ)が有名だし、飛べない鳥が多いというような誤った?イメージがある。

 『地球の歩き方』にも、「New Zealand Bird」というページが巻頭特集にあり、飛べない鳥を中心に9種が紹介されている(うち3種はペンギン)。
 「ニュージーランドで見られる珍しい鳥たち」と銘打っているのだが、その中で見られたのは Pukeko(セイケイ)のみであった。

 もうひとつ、見開き2ページで「ティリティリマタンギ島でバードウォッチング」という特集もあるのだが、これは極端に言えば「舳倉島でバードウォッチング」のようなものである。まあ、オークランドからそれほど遠くはないのだが。
 (なんのことかわからないかたのために解説すると、珍しい鳥が集まっている特別な島にわざわざ出かけてバードウォッチングをする、ということです。)

  その計3ページで紹介されている、ほとんど見られない鳥ではなく、実際に旅行者がよく出くわす鳥も(いや、鳥こそ)紹介してくれればいいのにと思う。
 小鳥から猛禽に至るまで、けっこう多種多様な鳥がふつうにいる。

 というわけで、特に鳥を見にいったわけではないのだが、2週間ほどの間に自然と観察できた鳥の一覧を以下に記す(図鑑掲載順)。
 すべて飛べる鳥で、すべて写真も撮れた。
 (後記:すみません、8番のハヤブサだけ写真がありません。お詫びして訂正いたします。)
 28番のカモは、おそらくマガモとGrey Duck(マミジロカルガモ)との交雑種。

 1 Black Swan コクチョウ
 2 Canada Goose カナダガン
 3 Feral Goose ハイイロガン
 4 Paradise Shelduck クロアカツクシガモ
 5 Black Shag カワウ
 6 White-Faced Heron カオジロサギ
 7 Swamp Harrier ミナミチュウヒ
 8 New Zealand Falcon ニュージーランドハヤブサ
 9 Pukeko セイケイ
10 Spur-Winged Plover ツメバゲリ
11 Red-Billed Gull アカハシギンカモメ
12 New Zealand Pigeon/Kereru ニュージーランドバト
13 Rock Pigeon カワラバト
14 Eastern Rosella ナナクサインコ
15 Welcome Swallow リュウキュウツバメ(亜種オーストラリアツバメ)
16 Silvereye ハイムネメジロ
17 Tui エリマキミツスイ
18 Bellbird ニュージーランドミツスイ
19 Fantail オウギビタキ
20 Starling ホシムクドリ
21 Australian Magpie カササギフエガラス
22 Tomtit ニュージーランドヒタキ
23 Blackbird クロウタドリ
24 Song Thrush ウタツグミ
25 House Sparrow イエスズメ
26 Chaffinch ズアオアトリ
27 Yellowhammer キアオジ
28 Wild Duck sp. カモ sp.

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2023.08.29

★ニュージーランドとアイスランドの共通点

 ここを長い間更新していない。最後に書いたのが義母の訃報で、それがずっとトップになっているのもあんまりだ。

 義母の初盆は無事終え、両親と義姉の一周忌も滞りなくすませた。
 お盆には(ついでのようで申し訳ないのだが)誰のあとにも続かずに両親(と父方の祖父母)の墓に参った。

 そろそろ両親の忌も明けたことだし・・・と思ったわけではほとんどないのだが、ニュージーランド旅行に来ている。

 ここは更新していなくても、twitterは随時更新しているので、ぜひご覧いただければ幸いである。
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 ニュージーランドを1週間ほど回って、アイスランドとの共通点が多いことに気づいたので思いつくままに整理しておく(随時追記)。

0.治安が良い。どちらも世界トップ5とかに入っている。日本より安心なくらい?

1.ごくふつうに英語が通じる。まあニュージーランドに関しては当然なのだが。

2.車が少なく、信号がほとんどない。工事中の片側通行を除けば、1週間でせいぜい数か所か。

3.人口密度が圧倒的に低い。アイスランドより高いニュージーランドでも、日本の71%の国土面積に4.2%ほどの人口しかない。

4.土地の多くが牧草地で羊が多い。ニュージーランドは近年牛が増えているそうで、確かに目立つ。

5.火山国であり、温泉がある。

6.レストランに入ると、黙っていてもお水が出てくる。しかもおいしくてもちろん無料。

7.チップの習慣がなく、内税で、完全明朗会計。

8.カード一枚でほぼ出費をまかなえる。アイスランドは完全に、だったが、ニュージーランドでは今までに2回現金が必要だった。

9.道中に何もない道が続くことがある。北島の中心に位置するタウポから東海岸のネイピアまでの130kmあまりの間にカフェは(たぶん)1軒のみ、トイレも1箇所だけで、ガソリンスタンドはゼロ。

10.物価が高い😢 まあ今回のニュージーランドに関しては円安の影響も大きいだろう。

11.制限速度も高い。ニュージーランドでは、郊外に出るとどんな道でも基本は100km/h。かのアイルトン・セナでもその速度で走るのは無理だと思ったりする。アイスランドは未舗装路!の制限速度が80km/hだった。

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2023.04.07

★訃報は突然に・・・

 朝、義母が病院に搬送されたといって家人に起こされた。

 高齢者住宅に入ってはいるものの、ふつうに立って歩けて食事に文句を言い、時々は卓球に興じるくらい元気であった。
(卓球をしている後ろに常に介護士が立っていることの意味を図りかね、「なんでいつも後ろにおるんやろ?」と当初は訝っていたくらいである。)

 「まあ病院に行ったといっても、またすぐ出てくるだろう」くらいの気持ちでいたのだが、朝食も摂らずにかけつけた家人から来た最初のLINEは「心臓マッサージ中」で、ほどなく、亡くなったと連絡があった。

 儚いものである。


 義母が高校時代に卓球をやっていたというのは知っていたのだが、戦後まもなくの国体(国民体育大会)で優勝!したというのを知ったのはほんの数年前だった。
 「え? それならオリンピックにも出られたのでは?」と思って調べると、当時、卓球はオリンピック種目ではなかった。

 今でも半信半疑だが、Webで検索すると、義母の名前が旧姓で出てくる。

 1月に卒寿を迎えたが、コロナのせいで祝えなかったため、義弟が中心になってお祝いの手紙やら色紙やら花束やらを孫たちも巻き込んでプレゼントしていたのはよかったのだが、5月の連休に予約を終えていた祝いの席には間に合わずに逝ってしまった。

 仕事に追われていた家人にも時間ができ、これから一緒においしいものでも・・・と考えていた矢先だった。


 昨年、両親と義姉を相次いで亡くし、今年こそはいい年になりますようにと願っていたのだが、なかなかうまくはいかないものである。
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 今日は旧暦で閏如月17日、満月は昨日の午後2時だ。閏(うるう)とはいえ・・・

  願はくは花の下にて春死なむその如月の望月のころ

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2023.04.01

★半分老後

 4月1日、新年度が始まった。

 幸い、今年は最初が土日で、ちょっとほっとしている。

 この新年度は、少し今までとは違う。
 昨年度末(きのう3月31日)で家人が退職して、きょうから晴れて?無職となったのだ。

 3月下旬は実質的にほとんど仕事はなく、職場から持ち帰った大量の荷物を中心に、ずっと家の片付けをしていた(にもかかわらず、まだぜんぜん終わっていない)。
 ただ、別にいつまでに片付けなければならないという期限もないので、仕事をしていたときのように忙しいということはない。

 ある休日、「今からドライブがてら、和菓子でも買いにいけへん?」と誘うと、すぐにOKが出た。
 これまでなら、ほぼ100%、「無理」という返事だった。

Dji_fly_20230329_170110   いつからか恒例になっている年度末の花見旅行も、毎年必ずひとりで出かけていたのだが、今年は初めてふたりで行くことができた。
 かつてひとりで回ったルートを、ガイドしながらもう一度なぞるような旅になった。
 違うのは、ひとり一泊3000円の宿ではなく、7500円くらいのホテルになったことくらいである。

 そうそう、2017年に私が「発見」した(笑)新種のクマノザクラは、今年はもうすっかり散り果てるどころか、葉が青々と生い茂っていて、ちょっと残念だった。

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 土日ですらまず遊びに行けなかった家人だが、今日からはほとんど予定というものがなくなったので、どんな生活になるのか、ちょっと想像しにくい。

 ともあれ、どこかに一緒に行こうと誘えばあっさり行けるというのは、何十年ぶりだか見当もつかないくらいである。

 私自身は、休みの日に仕事が入ることはそう多くないので、家人の老後にあわせて半分老後のような生活ができるのではないかと期待している。

 そんなにうまくいくのかどうかわからないが、ともかくひとつの新しいスタートではある。

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2023.02.27

◆狂犬病か恐水病か

 以前、ERだったかグレイズ・アナトミーだったか、医療系のアメリカドラマで、"rabies" を「恐水病」と訳していて、何のことだかわからなかった経験をどこかに書いた。

 そのときは ポリティカル・コレクトネスの問題かと思っていたが、朝日新聞のbe「サザエさんをさがして」で「狂犬病」が大きく取り上げられていた(2023年2月25日)。

 「サザエさん」(1947年3月7日)では、狂犬病の犬(だと勘違いしたヤギ)に追いかけられて池に飛び込む男性の姿が描かれているのだが、それを解説した記事では、なぜこの男性が池に飛び込むのかにはまったく触れられていないし、恐水病の恐の字も出てこない。ずっと一貫して「狂犬病」である。
 おそらく、狂犬病に罹った犬が水を恐れること自体、記者は知らなかったと思われる。

 「狂犬病」が別に問題のない言葉だとすると、冒頭のアメリカドラマの翻訳は、狂犬病を知らない若い?翻訳者が、特定の辞書を引いただけでそのまま訳語を採用した可能性が高いのだろうか。

 その回の鍵概念・キーワードだったので、「恐水病」がわからなくて興味半減、何のことかと再生停止して調べたりした。

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『ランダムハウス英和大辞典』第2版(小学館)

ra·bies [réibiːz]

n. 〘病理〙 恐水病,狂犬病(hydrophobia):犬や猫,その他の動物のかかる伝染病; ラブドウイルス群のリボ核酸(RNA)ウイルスが病原; 人間は主に感染した犬にかまれて発病する.

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2023.01.27

■寒中お見舞い申し上げます

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寒中お見舞い申し上げます。

水曜日に引き続き、また本日積雪に見舞われるとは思っておりませんでした。
家の中まで冷気がひしひしと伝わってまいります。

年末年始は息子がコロナになり、ひとり自宅療養となりましたが、お蔭さまで無事回復いたしました。

昨年は両親・義姉の他界などいろいろとありましたので、今年からはよい年になるよう祈っております。

みなさまのご健康とご多幸をお祈り申し上げます。

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2022.12.17

★モンゴイカはモンゴウイカ(紋甲烏賊)だと思っていた

 先日和食店で食べたイカがもっちりねっとりとしておいしかったので、「お造りのイカは何イカですか?」と伺ったところ、「モンゴイカです」という答だった。
 モンゴイカなら子どものころはずっと食べていて、イカと言えばモンゴイカだったので、「ああ、やっぱり」という感じの答え合わせになった。

 今日ふと気になってモンゴイカを調べてみると、標準和名がカミナリイカだというので驚いた。そんなイカ、見たことも聞いたことも食べたこともない(のではなくて、正確には「聞いたことがない」だけだが)。
 モンゴイカは方言で、モンゴウイカ(紋甲烏賊)が標準和名だと漠然と思っていた。
 実際には、後者は西日本の「市場名」であるらしい。

 魚介類にはこういうことはよくあって、あるお寿司屋さんで食べたハリイカと別の寿司屋のスミイカがどちらも標準和名コウイカだった・・・という経験もある。
 その辺にまで配慮して名前を教えてくれる寿司屋というのは少ないが、ネットで簡単に調べられるようになったのは福音である。
 ___

 鳥の世界にも似たようなことがあり、「カラスやハトという鳥(種)はいないが、ツバメやスズメはいる」とか、「シラサギというサギはいない」とか、いろいろある。
 カラスやハトというのは種名ではなくグループ名(≒総称)、シラサギというのもそれに近いだろう。

 でも、方言や市場名がやたらに豊富な魚介類とは違って、そんなにバリエーションがあるわけではない。
 昔からそれぞれの地方でほぼ独立して重要な食糧とされてきた魚介類と、それほどは関心を持たれなかった鳥類との違いであろうか。

 そういえば、サルという猿もいなければ、ゴリラというゴリラもいない。チンパンジーはいるが、オランウータンは総称。
 キリンもゾウもサイもいないのかと思ったら、キリンだけはいる(アミメキリンやマサイキリンは亜種だそうである)。


 そんなどうでもいいことを調べていると、どんどん時間が過ぎていく冬の昼下がり・・・

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2022.12.03

★喪中につき年末年始のご挨拶を失礼させていただきます

 いつも年始のご挨拶は欠かしていないと思うのですが、喪中につき(と言いつつぜんぜん喪に服している感じではありませんが)年末年始のご挨拶を失礼させていただきます(決まり文句ですが、年始はともかく、年末のご挨拶って何なんでしょうね。お歳暮? それなら毎年失礼してるし、もしかして「よいお年を」のことでしょうか。それなら先日、「ちょっと早いですが」と言いながら、もう言ってしまった気もします😅)。

 このブログにも書きましたが、3月に母親を、7月に義姉を、8月に父親を亡くしました。両親は高齢ですが、義姉は同い年でした。

 両親も、まだあと数年は・・・という感じもあり、大往生というふうには受け止められていません。
 私自身も信じられないような年齢になってしまいましたが、これまでに近しい血縁者を亡くしたのは祖母2人のみで、それも十数年おきくらいでしたので、1年に3人はそれなりにきついものがありました(義姉とは血縁はありませんが、何しろ若いのがこたえます)。
 今年はその他にもつらいことがあり、まあ相変わらず平凡な日常を送り続けられてはいるものの、そのことに感謝できるような心境ではありません。

 そんな今年もまもなく終わり、新たな年がやってきます。
 来年こそはよい年であるようにと、毎年決まり文句のように繰り返していた言葉が、今年は少しだけ実感を伴って身に沁みます。

 ウクライナの受難(に限らず世界中でさまざまな戦争・紛争・テロ・飢餓など)やコロナ禍もあり、また、そうでなくとも、今年もさまざまな人々が亡くなりました。ただ、その中に身内が複数含まれていることが例年とは異なり、死や、むしろ生について考えさせられる年でした。

 兵士の母に向かってプーチンが「人は誰でもいつかは死ぬものだ。問題はどう生きたかだ」と語ったというのですが、(その非道さは別にして)問題はもう一つ、「いつ死ぬのかだ」と思います。「いつかは死ぬもの」ではあっても、「いや、今じゃない」のではないでしょうか。

 母親は、急にものが食べられなくなってきたというので、その対処について話しあうために会いに行くことになっていた日の、前日に亡くなりました。
 父親は、病院を退院して高齢者住宅に移った6日後に亡くなりました。
 義姉は、おめでたい誕生日を迎えることなく亡くなりました。


 自分が「どう生きたか」には自信は持てませんが、もうそれでいいのだと開き直りつつあります。
 「いつ死ぬのか」に関しては、「今でしょ」と思えるときが来るのかどうか、わかりません。とりあえず、父親の年齢を超えるまではそれなりに健康で生きられたら・・・と願うばかりです。

 長くなってしまいました。
 急に冷え込んできましたが、ご自愛の上、よいお年をお迎えください(あ、年末の挨拶をしちゃった😅)。

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2022.11.24

●iPadOS 16 で、ネットワーク速度が遅い問題の解決法

 iPad の OS を16にしてから、ネットの速度が遅いことが気になっていました。

 どうしても何とかしたいというほどではなかったので放置していたのですが、思い立って調べてみました。

 なんと、自宅の環境で 10Mbps を切る速度しか出ていなかったことがわかり、対処法を調べると、以下が有効で、100Mbps 近くまで一気に改善しました。

★「設定」>「Safari」>「履歴とWebサイトデータを消去」の順にタップして、履歴とデータを消去する。

 それで、Safari とは何の関係もないアプリの通信速度も正常に戻りました。

 記憶しているIDとパスワード等は消去されませんが、各サイトには再度ログインの手続きが必要になります。

 iPhone の iOS でも有効かもしれません(私は iPhone 7 Plus なので、iOS 16 にできず、検証できません)。

 Mac で同様のことをしてみましたが、もともと遅くなかったこともあり、結果は微妙でした。

 お役に立てれば幸いです。

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2022.11.13

●ひさしぶりに写真を更新いたしました

 しょっちゅう同じことを申し上げているような気がしますが「ひさしぶりに写真を更新いたしました」ので、ご笑覧くだされば幸いです。

Look ! Up in the Sky(リンク先が新しいウィンドウで開きます)

戸惑う被写体(同上)

 これも「ひさしぶり」にドローン撮影をしたものと、あたらしく買ったカメラで撮影したものです。

 後者は、EOS R7 というミラーレス一眼と RF100-400mm F5.6-8 IS USM の組み合わせです。

 光学系はともかくとして、その他は結局電子回路というかコンピュータなので、この数年の進歩にはすさまじいものがありますね。
 特に、動物(中でも眼!)を追従してずっと焦点を合わせつづけてくれるのには驚きました。

 だからといって撮れる写真に大きな違いがないのは、撮影者の実力不足によるものです ^^;

 400mmのレンズを持つのは初めてですが、これまで使っていた EF70-300mm F4-5.6 IS II USM と比べると、大きさはほぼ変わらず、むしろ75gほど軽量になっています。
 カメラ本体は、一眼レフである EOS 7D Mark II よりかなり小型・軽量(マイナス300gほど)になっているので、トータルでの取り回しがすごく楽になりました。

 何ごとにも飽きっぽい性格ではありますが、まだ購入して数週間ということもあり、家人に笑われるくらいには楽しんでおります。

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2022.09.02

■大阪ガスから「電気料金【青天井値上げ】のお知らせ」が来た

 (以下、tweet したのを増補改訂(笑)したものです。)

 関西電力よりはましか・・・と思って、大阪ガスから電気を買っていたのだが、「電気供給約款等の改定のお知らせ」というダイレクトメールが来た。
 封筒の表には「今回の変更に伴う特段のお手続きは不要です」と朱書きしてある。手続き不要なのであれば・・・と、多くの人は、開封せずに捨てるかもしれない。

 しかしその中味は「青天井の値上げのお知らせ」なのである。それならそうと、「青天井の値上げのお知らせ」 と朱書き大書すべきだ。

 中味を詳しく読んでも、どこにも「値上げ」の文言はない。
「燃料価格の変動を電気料金に反映させていただく」のみだ。
 せめて「変動」ではなく「上昇」と書いてあればまだ良心的だが、あくまでも誤魔化そうという姿勢しか感じられない。

 燃料価格が上昇していることは事実だし、それに伴って値上げせざるを得ないのも仕方のないことかもしれない。
 「関西電力も同様なら、確かにわざわざ「特段のお手続き」をする必要もないかな・・・」と思いつつ、案内にあった大阪ガスの「お問い合わせ窓口」に電話して聞いたのだが、関西電力が同様の値上げを行うかどうかは「把握していない」という。

 そんなバカな。

 調べると、既存の大手電力10社は、規制に縛られていて、現状では末端個人消費者に対する同様の値上げができないらしい。
 おそらく、関西電力だって、いずれ認められれば同じような「料金改定」(=青天井値上げ)を行うだろう。
 だが、少なくとも現状では、大阪ガスと同様の値上げは予定していない。そのことを大阪ガスが知らないはずはないのである。

 「把握していない」などとは、まさに政府の国会答弁を髣髴とさせる逃げ口上だ。

 「関西電力では、少なくとも現在、同様の値上げは予定しておりません」と正直に答えず、「把握していない」とオペレーターにしゃあしゃあとウソをつかせるとは、悪質極まりない。
 もし予定していれば、「把握していない」などとは言わず、「関西電力でも同様の値上げがありますよ」と答えたことだろう。

 わざわざ関西電力から乗り換えてくれた顧客を騙すかのような今回の「電気供給約款等の改定のお知らせ」は容認できない。
 「今回の変更に伴う特段のお手続きは不要です」との朱書きも悪質だ。
 「きちんとお知らせしました」という体裁は整えつつ、契約者が青天井値上げに気づかないことを狙っている。
 わかりやすいグラフを添えて説明したりしているのがせめてもの良心か・・・と思っていたが、むしろ体裁を整えることの方に眼目があるのかもしれない。

 このやり口が気に入らないため、契約を関西電力に戻すことを考えている。
 いや、関西電力はもっと悪質でしょ・・・と言われれば、たぶんそうだろう。
 ただ、私個人に悪質さを直接露呈してきたことはない。
 でも、どうせいずれは・・・とも思う。

 いったいどこから電気を買えばいいんだろう?

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2022.08.30

★初めての写経

 父母の葬儀や法要を執り行ってくれた(る)僧侶に言われて、般若心経を写経している。

 正直、はた迷惑な話だが、「写経をして四十九日に持参しなさい」と言われて、「嫌です」というのも角が立つので、仕方なくだ。

 重い腰が上がらず放置していたのだが、以前買った新品の筆ペンがあると家人が言うので、少し書いてみた。

 想像より量は少なく、ものの20〜30分で終わりそうではあるが、何しろ字を書くことなどこの30年以上ほとんどないので、なかなかに疲れる。

 職場で、「よろしくお願いいたします」と自分の名前とをポストイットに書くのすら面倒なのに、筆ペンで写経というのはハードルが高い。
 それでも、なんとか半分くらいは書いた。

 「こんなに字を書くことが他にあるかなあ・・・」と考えてみると、唯一、年賀状の表書きだけがあった。
 しかし、それも数年前にやめてしまった。

 もはや、字を書くことはほとんどない。

 気が小さくて「やめたい」と言うことができず、小中高と12年間も仕方なく通っていた書道教室で培った中途半端な腕を、発揮する機会はほぼ絶無だ。
 中学に入るときとか高校に入るときとか、やめるきっかけはあったのに(そして実際、そのタイミングでみんなやめていったのに)、ずるずると厭々つづけていたのは、いったいなんのためだったのか。
 通っている高校生は、私ただひとりであった。

 情けない話だが、大学に入り、通学に時間がかかるからという理由でやめることができたときには、ほんとにほっとした。

 もっと真面目に取り組んでいれば・・・というふうにも、ほとんど思わない。


 ただまあ、お蔭で、般若心経を写経しても、字が下手すぎて見られない・・・というほどではない。
 もとより、薄い文字をなぞるだけなのだから当然なのだが、これとて、書道をやったことがなければ悲惨な文字の羅列になったことだろう。

 これが少しでも父母の供養になるというのであれば、せめて厭々ではなく、なんとか最後まで写経したい。

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2022.08.09

★生前整理・・・

 過日、1か月以上入院していた父親が退院することになり、コロナで面会もできなかったことから、会えるのをそれなりに楽しみにしつつ、実家近くの病院まで迎えに行った。

 行けそうなら、退院祝いに寿司でも一緒に食べに行こうかと思っていたのだが、出て来た父親を見ると、すでに立って歩けなくなっていて、呼吸もちょっとままならないような様子であった。
 太ももを見ると、痩せ細って小枝のようになっている。

 これが自宅なら、救急車を呼ぼうかと思うような状態だし、今すぐ病室に戻してほしいような気もしたが、退院せよというのだから仕方がない。
 退院する2週間くらい前に、療養型病院に転院させてくれないかとも頼んだのだが、「病院で診なければならないような状態ではない」という判断であった。

 車椅子を押して、弟と一緒に病院の玄関まで連れていき、私は駐車場から車を出して、車寄せへと向かう。

 幸い、車椅子から車への移乗(これってテクニカルタームですね)は何とか自力でできる。つまり、とりあえず何かにつかまれば立てるというくらいだ。
 4月に母親の四十九日の法要をしたときには、ふつうにとは言わないまでも歩いていたし、場を主宰することもできていたのに、数か月でたいへんな衰えようである。
 もちろん口には出さないが、年は越えられそうにないな、とは思った。

 サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)に連れていってからも、たとえば車椅子からベッドに移乗するだけで息が切れ、5分10分と呼吸を整えないと何もできないというような状況だった。
 サ高住で待っていたケアマネージャーも心配してくれ、ホーム長にパルスオキシメーターを持ってきてもらって、経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)を測定してもらった。
 最初右手でやったときに低かったのでびっくりしていたが、手が冷えているからかもということで左手に変えると正常だったようだ。

 「サ高住ではどうにもならないのではないか」と心配したが、受け入れ側はプロなので、私たちほどうろたえていなかったし、そのうち少しは体調も回復してきて、自分で車椅子に乗ってベッドとトイレを往復できることがわかり、ちょっとほっとした。
 近くのスーパーで買ってきた巻き寿司も、2つだけだがまあ食べた。聞けば、病院食をずっと完食していたのに、体重が11kgも減ったのだという(あとで弟が16kgだと言っていた。どちらが正しいのかはわからない)。

 多くは弟に頼ったが、サ高住とはいえ、人ひとりがそこで暮らすためには、運び込む荷物もけっこう大変である。まず、借りた医療ベッドにマットと布団を敷き、掃き出し窓にカーテンをかけるところから始めなければならなかった。
 冷蔵庫や洗濯機は兄弟3人が揃う8月20日に運ぶことにして、それまでの算段やら軽トラの手配やら、ここに書き切れないもろもろがあった。

 ___

 入院時や退院時と相前後して、何度か実家に寄り、生前整理をする必要に迫られた。

 新聞を休止するのから始まり、いろんなところに解約の連絡等をしていく。
 愚にもつかない健康食品やらサプリメントやら野菜ジュースやら青汁やらを、いずれも定期購入しているのに嘆息する。
 極めつけはウォーターサーバーで、喜んで元気に使っているときから懐疑的だったのだが、やはりというか、面倒くさそうな会社の商品だった。そもそも、毎月5千円近くを飲み水に費やしているのが信じられない。上記もろもろを含め、毎月いったいいくら支払っていたのやら。
 まあ、だから90歳を超えても元気だったのだと言われれば、関係ないとは思うものの、そうではないと断言はできないのだが。

 ウォーターサーバーの会社に電話すると、「契約申込時の電話番号と違う」と自動音声に文句をつけられ、一方的に切られてしまってそれ以上進めない。門前払いである。
 仕方なく、父親が契約に使ったと思しき固定電話からかけ直し、当時はまだ帰宅する可能性があったので、自動音声相手に次回配送を9月に延ばしてもらう手続きをした。携帯で契約していなくて幸いだった。

 この会社、解約しようとすると解約金やら何やら法外な金額を要求してきそうだ・・・と取り越し苦労をしていたが、その後、解約の連絡がメールででき、「長年お使いくださっていたので特別に解約金はなしで・・・」のようなニュアンスで無事解約することができた。
 ただ、巨大なウォーターサーバーを回収しないといけないというので、その手続きや費用もばかにならない。比較的近所に住んでいる弟の家にいったん移して、そこから回収してもらうことにした。
 ___

 インターネットを解約しようとすると、そこにケーブルテレビとNHKと電話もついていた。さらには電気までネット会社(eo光)で契約していることがわかった。
 電話番号に未練はあったのだが(私が小学校1年生の絵日記に書いた電話で、下4桁が7555なのである)、兄弟で相談して電気以外はすべて解約することにした。

 それを父親に(LINEで)説明し、了解を得る(電話がかかってきた)のがちょっとした苦労だった。何しろ息も絶え絶えに話すので、電話では何を言っているのかが非常にわかりにくい。ぜんぶ録音されるようになっているので、切ってからそれを聞くと、2度目ということもあってまあわかったのだが、電話している最中は、ほんとに苦労した。

 サ高住に入ってから、LINEでの簡単なやり取りのほかに、3回ほど電話があった。

 最後の電話は、3食出してくれる食事を、旅行に行くときなど、食べないときはどうすればいいのかと聞いたりするもので、「この期に及んでまだ旅行するつもりか」と、うれしいやら悲しいやら可笑しいやら・・・だったのだが、その翌日には、実際、旅に出ることになった。
 もちろん、気楽な温泉旅行などに行けるわけもなく、帰ることのできない永遠の旅となってしまったけれども。

 「後を追うように」というには少し長いような気もするが、母親が死んでから5か月足らずであった。

 せっかく病院を退院したのに、サ高住に入居してからわずか6日で、92年と2か月あまりの生涯を閉じ、きょうが告別式だった。
 2週間前に義姉のそれを終えたばかりだというのに。

 「コーヒーが飲みたい」と言っていたので、私が送ったドリップパックが到着する日に、到着を待たずに死んでしまった。
 前日の夕方には、弟が組み立て家具を用意し、3つのうち2つを苦労して組み立てたところだった。

 通夜の日には、入院直前に父親が購入した宝くじを手に、兄が半ば本気で怒っていた。
 あの年齢であの健康状態で、たとえば3億円が当たったとして、いったいどうするつもりだったのか、どういうつもりで1万円近くを無駄に浪費したのか、というのである。

 まあもちろん当たらないのだが、仮に高額当選したとしても、それを私たちに残そうとしていたとは思わない。
 たぶん、人生はずっと続いていくと漠然と考え、従前の生活習慣を漫然と続けていただけなのではなかろうか。
 兄には理解できないようだが、まあ人間、ふつうはそんなものだと私は思う。
 ___

 もともとは「生前整理」というブログを書こうとしていたのだが、書く前にこうなってしまい、「・・・」がつくこととなった。

 告別式の後、お骨揚げを待つ間に、まだまだ片付かない実家に寄り、ふだんほとんど入らなかった寝室を覗くと、3月に亡くなった母親の衣服が、まだいくつも壁に掛かったままであった。

 両親ともに他界して、これから死後整理が始まる。

 立秋は過ぎているが、長い夏になりそうである。

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2022.07.25

●いつもとは違う通夜

 先日、父親が入院したあと、いちど病院と実家へ行ってもろもろの用事を片付けた帰り、兄から電話がかかってきたのを車の中で受けた(ハンズフリーです)。

 父親の退院後の生活について相談していると、兄が「○○も末期がんやし、どっちが早いかわからんなあ」というようなことを口走った。

 「え? だれが末期がんやて?」
 「○○や」

 義姉、つまり、兄の配偶者である。私と同い年だ。

 10年以上前に乳がんを発症し、その後も完治とはいかないらしいのは知っていたが、まさか末期だとは知らなかった。

 その2か月ほど前には、遠方から母の四十九日に元気に?来てくれていたのである。
 ___

 きょう、その義姉の通夜を終えた。明日は告別式だ。

 こんなに若い身内を見送るのは初めてである。
 いつもの(まあ順番だから仕方ないよね)感を伴う親戚の集まりではなく、「もっとええことで会えたらよかったのになあ」という定番の軽口をたたく者もいない。

 残された長女が弔辞を読むに至って、葬儀場にはすすり泣きの音がいつにも増して響きわたる。
 現役世代なので、親類ではない弔問客も後を絶たない。
 ___

 理不尽な死である。なにせ、娘を見送る母親が通夜に来ているのだ。

 今年に入って、うちの母親と義姉が亡くなった。父親だって年を越えられるかどうかわからない。

 死だとか生だとかについて、以前にも増して考えるようになった。
 死生観というような大げさなことではないが、なんかそういうものも変化しつつある。

 死者はむろん、何も語らない。
 生きている者が、語りかけられたように感じるだけだ。

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2022.07.03

●「実行時エラー '53': ファイルが見つかりません」の解決方法

 Mac で Office 関連のアップデートをしてからだと思うのだが、Word などで書類を開こうとすると、「Run-time error '53': File not found」というのが出るようになった。
 日本語版だと、「実行時エラー '53': ファイルが見つかりません」のようだ。

 出ているダイアログに2〜3度「END」を押せば正常に使えるのだが、毎回のことなので非常に鬱陶しい。

 調べてみると、みなさんなかなか苦労していらっしゃるようである。他の人が解決していて、「これは正しい」と思う方法でもダメだったのでちょっと手こずった。

 結局は解決したので、以下の方法をお試しください。
(そうそう、ツールをダウンロードさせてそれを使わせようとする怪しい?サイトがありますが、いかにも何か悪さをされそうなので、お使いにならないのが吉です。)

 要するに「linkCreation.dotm」というファイルを削除するだけなのですが、私の場合、削除しても同じエラーが出つづけました。

 ・・・と思ったら、同じ名前のファイルがハードディスク内に2つあって、ふたつとも削除すると解決しました。

1.まず、Office 関連のアプリケーション(ワードやエクセルやパワーポイントなど)をすべて終了して
2.Finder か検索ソフトで「linkCreation.dotm」というファイルを探し出し、すべて削除してください。

 それで解決すると思います。

 私は検索ソフトに EasyFind を使っております。お勧めです。
 ___

 後記:PowerPoint でまだ出ました・・・ 「SaveAsAdobePDF」を検索して削除すると解決しました。
    削除しても、ファイルをPDF形式で保存するのに支障はありませんでした。

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2022.04.22

★追悼:柳生博

 柳生博さんが亡くなったそうだ。85歳。俳優・日本野鳥の会名誉会長。

 2年前の夏、念願叶って八ヶ岳倶楽部にお邪魔したとき、ちょうど柳生さんがパティオ的なところで仲間と元気に談笑していらっしゃった。

 あれから2年も経っていないのに、報道では老衰だという。

 うちの母親はまあ、順調に?死に向かっていたので、2年前でもけっこう死の影はちらついていたのだが、あの柳生さんが母親と1か月ほどしか違わずに同じ死因でお亡くなりになるなんて・・・

 家人は八ヶ岳倶楽部でスツールを買った。そこに柳生さんがいる。すみません、と話しかけて、スツールにサインしてもらおうかと思ったのだが、さんざん悩んで結局は声をおかけするのを遠慮したのが悔やまれる。

 あのときお願いさえしておけば、いま書斎にあるスツールには柳生博のサインがあったはずなのだ。

 もはや永遠に叶わない。

 ___

 いや、それもそうなのだが、母親の書いたものって何か残ってたっけ?

 どうせみんな死に、死んだことすらそのうち忘れさられるとは思うものの、生きている者がいるうちは、思い出すことに努めたい。

 たとえ、形あるものは何も残っていないとしても。

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2022.04.08

★バグ?連発

 新年度で(それなりに)忙しいのに、キカイのいろんな不具合に悩まされている。

 何十年もパソコンやネットワークを使っていて、職場では(たぶん)私がいちばん詳しいのでそういう役を引き受けているくらいなのだが、その長い経験を経ても、「こんなことは初めて」というのが多くて辟易する。

 まあ、ネットのお蔭で多くは調べれば解決するのだが、それにしても面倒だ。

1.iPhone の機内モードつきっぱなし問題。

 機内モードにはしていないのに、iPhone のホーム画面左上に飛行機のマークが出たままになる。
 アプリに入ると消えるので、それほど実害はない。いったん電源を切って入れ直す(再起動)だけで直る。

2.Excel の空白セル問題

 人からもらったExcelの表。どのセルにも文字列が入っているはずなのに、ほとんど真っ白で、すかすか。
 セルをダブルクリックして入力状態にすると文字列が現れる。他のセルに移動すると、いったん現れたデータがまた消える。
 隣のセルの影響とか文字色が白とか、そういうよくある原因ではない。
 セルをまったく新しいブックのシートにコピペしても白いまま。
 結局のところ、原因は、文字列を整形するためにたくさんの空白文字を使っていることだったのだが、それでも、なぜそれが原因でセル全体が真っ白に表示され、データが消えたように見えるかは謎。
 いったん、全データをcsvで書き出してテキストエディタで開き、余分な空白を削除してからExcelに戻すことで解決。
 ・・・ところが、さっき、もとのファイルを開くと、データがちゃんと表示されているではないか!? 謎はますます深まる。
 いずれにせよ、(原則として)空白でデータの形を整えようとするのは悪い癖である。

3.メールに添付ファイルが付いていない問題

 Thunderbird というメールクライアントソフトを長年使っているのだが、初めて遭遇したバグ。
 「添付ファイルをつけて送った」という人が隣にいたので、画面を見せながら「ほら、ついてないでしょ」と言っていたのだが、念のため、ブラウザで開いて見ると、ちゃんとついている。
 再度同じものを送ってもらっても、やはり Thunderbird で見るとついていない。
 検索するとすぐに原因はわかった。メッセージ本文の表示にプレインテキストを選ぶと、そういうことが(たまに?)起こるバグらしい。
 表示形式を Simple HTML にして解決(Original HTML でもいいと思う)。


 その他、メーリングリストを作成しようとすると、まったく問題がないはずなのにできない(しかもなぜできないのかが表示されない)とか、他にも複数のエラーやバグに悩まされた。
 あ、今日夕刻には同僚のパソコンがWi-Fiにつながらなくて、私ともう一人詳しい人とで診たのだが、まったく原因不明であった。

 すべて、ここ1週間以内のことである。

 解決しても、ふつうに仕事ができるようになるだけ。何も生産的なことやプラスにはつながらない。

 時間だけ奪われて、通常に戻るのみ。
 まあ、プロに依頼する修理と違って、お金がかからないだけマシか・・・

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2022.03.31

●だれかのいない世界

 母親が他界してから2週間になる。

 いわゆる?二七日(ふたなぬか)というやつだ。

 あと5週間経てば七七日(なななぬか・しじゅうくにち)、満中陰だ。

 別に仏教徒ではないのだが、父親は仏教徒っぽいし、今後も死者(=母親)への儀礼は仏教式で続いていく。
 ___

 ところで、というか、母親はもちろんもうこの世にいないのだが、仮にいたとしてもそれほど変わらない。

 生きていて、もっとも頻繁に会っていたときですら、数か月に1度顔を合わせれば多いほうだっただろう。
 別に仲が悪いわけではないし、帰省すればいろいろしゃべって一緒にお寿司を食べたりもするが(あ、たまには旅行にも行った)、手紙類は父親の出す印刷の年賀状だけだし、電話も滅多になかった。

 なので、たった2週間の音信不通くらいでは、生きていようが死んでいようが大差ない。

 あるとすれば、何かの折りに、「もう会うことも話すこともできなくなってしまった・・・」と考えるということだろうが、今後そういう感慨に耽ることはあるのだろうか。

 考えてみると、母親に限らず、例えば小中高大学の同級生や複数の職場の元同僚・教え子など、ふだんから音信不通の人たちは、生きていようが死んでいようが大差はない。
 まあ、たぶんほとんどは生きていて、まだこの世界にいるのだろうが、仮にこの世が彼(女)らのいない世界であっても、私にとっては何も変わらない。

 少しでも何かが変わるとすれば、少なくとも10年に1度くらいは、会わないまでも何か音信があるとか、そういう人でないと、かつて何らかの縁を結んだことは、私の世界に何の影響も及ぼさない。
 ___

 たまに思い出すのだが、生死や行方のわからない、かつての友人・知人が数名いる。

 特にそのうち一人は、こちらが努力して消息を尋ねたり探したりしても手がかりは得られない。

 それこそ10年以上音信不通なのだし、別にあいつがこの世に存在しようがしまいが、この世界は何も変わらないのだが、間違いのない死者とは違って、またこの先、突然、この世界があいつのいる世界に変貌する可能性はある。

 その点、死者は甦らない。二七日や七七日は輪廻転生の思想と密接に関わっているが、人類史上、実際に転生した者も(たぶん)存在しないし、まして甦った者などいない。
 ___

 この世界は、毎日毎日、というより、毎秒毎秒、だれかのいない世界へと変貌を遂げている。

 だが、その変貌は、具体的な自分の生活に関わってこない限り、ほとんど感知されない。

 であれば、だれかのいない世界は、いた世界とそれほど変わりがあるわけではない。

 たとえそれが、自分の母親であったとしても。

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2022.03.27

●春を求めて

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 今ごろになってしまったが、シジュウカラ用の巣箱を自宅に設置した。
 20年ほど前に自作のものを設置して以来である。前回は数年経ってもずっと空振りだったが、今回はどうだろう。

 明日からは、この時期恒例の「桜を求めて南方へひとり旅」に出る。写真は4年前、偶然出会えた景色(クリックで拡大)。

 さて今年は。

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2022.03.20

●「生きとうもんのほうが大事や」

 「生きている者のほうが大切である」

 まだ私が20歳にもならないころ、知人の通夜に向かう車の中で、母親が私に言った言葉だ。

 翌日に大学のフランス語の試験を控え、一夜漬けで勉強しようという計画?が頓挫した私が、「お通夜に伺ってそそくさと帰るわけにもいかへんし、明日の葬式には出られへんし・・・」とちょっと困っていると、母親が「生きとうもんのほうが大事や」と言ったのである。

 幼いころから死に対する感傷を抱えていた私は、もしかするとお通夜なんかに行くのも初めてだったかもしれず、「ものすごい冷酷なことを言うなあ」と内心穏やかではなかった。
 と同時に、大人の余裕というか、物事に動じないところにはちょっと感心してもいた。

 知人といっても、老人の大往生ではないのである。小さいころにお世話になっていた近所のおばさんの娘さんで、当時たぶん、40歳前後だったのではないかと思う。
 夫婦でテニスをしにコートまで出かけたが、忘れ物を取りに帰ろうと娘さんだけで車を運転中、交通事故に遭ったというようなことだったと記憶している。

 突然娘に先立たれたおばさんの心中はいかばかりかと思うと、フランス語の試験なんてほんとにどうでもいいことのように思えるのだが、そうはいっても現実問題として、単位を取れずにもう半年か1年同じ科目を履修するというのも確かに避けたかった。

 結局、お通夜には出席して、早々に帰宅した。
 ___

 後年、あのときの「生きとうもんのほうが大事や」というのは、太平洋戦争中、幼かった母親に祖母が言っていた言葉をそのまま繰り返していただけなのではないかと思うようになった。

 死が周囲にあふれていて、自分にも近々訪れる可能性があり、かつ、毎日食べて生きていくこと自体が困難であるとき、ほとんどの人は死者にかまっている余裕はない。
 「生きている者のほうが大切だ」と言い聞かせて、死者を顧みない自分たちを免罪しなければ、生きていくのが辛かった時代の言葉なのだろうと思う。

 母親はたぶん、深く考えもせず、戦時中にしょっちゅう聞かされていたフレーズを口にしただけなのだ。
 ___

 その母親が他界した。

 先日ここに書いたとおり、「敗血症・脳梗塞・肝臓がんをそれぞれ乗り越えてきて、糖尿病ともずっとつきあってい」た母親である。
 もう一つ忘れていたが、パーキンソン病とも診断されており、脳梗塞の後遺症とも相まって、歩けなくなっていた。

 最後は新型コロナに感染し、せっかくそれを生き延びたのに、後遺症もあったのだろうか、体が弱って食事が取れなくなって亡くなった。

 食事が取れなくなってきたというので、その対策を相談しようと、母親にも会うことになっていた、その前日に死んでしまった。

 これがその翌日なら、「最後に顔が見られてよかった」と思えたのだが、「明日会えたのに」と、ちょっと無念に感じながら遺体と対面する羽目になったのは、コロナ禍で碌に面会もできないことをそれほど不自由にも感じていなかった罰なのかもしれない。

 額に手を置いて、「あんまり会いに行けなくてごめんな」と今さら懺悔しても、死者には何も伝わらない。
 ___

 唯一よかったのは、コロナ死ではなかったことである。

 専門家が「死体は呼吸しません、死体からは感染しません」と力説しているにもかかわらず、亡骸を袋に入れられて、顔も碌に見られないまま荼毘に付されてしまう理不尽を嘆いた遺族のことを思えば、立派な布団を掛けられて、きれいに死に化粧をしてもらった母親に触れ、眉毛や睫毛まで生きているかのように感じられたのは、僥倖と言ってもいい。

 たとえばウクライナやコロナ死や大震災のことを思えば、人なみに通夜を執り行い、葬儀を出せるだけでも幸せだ。
(いまこれを書いているのは母親が没した当日だが、公開日時は葬儀後に設定している。)


 いずれにせよ、母親なら、自分が死者の側である今こそ「生きとうもんのほうが大事や」と言ってくれそうな気がする。

 やすらかに。

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2022.02.28

◆長いお別れ

 標題は、レイモンド・チャンドラーの小説とは何の関係もない。 
 ___

 もう先々週のことになるが、高齢者施設に入所している母親がコロナに罹ったという知らせを受けた。

 調べてみると、クラスタとしてニュースにもなっていた。

 まあ、半々くらいで覚悟はしつつ、ふつうに日常生活を送っていたのだが(旅行にすら出かけた)、今夜になってやっと、無事回復したことを知った。
 ___

 母親が現実に死ぬかもと思いはじめてから、もう10年近くになる。

 敗血症・脳梗塞・肝臓がんをそれぞれ乗り越えてきて、糖尿病ともずっとつきあっている。まだ他にもいろいろあったような気もするが、もはや思い出せない。
 そこへきてコロナである。身内の罹患者は初めてだし、知り合いですらまだ1人しか知らない。

 母親に関しては、少なくともこの10年ほどずっと、いつ死ぬかいつ死ぬかと折りに触れては思い出すので、長い間、お別れの精神的準備をしているような気分である。

 お蔭で、もはやいつ死んでも大丈夫な気がしている。
 もちろん、葬式で涙くらいは流すかもしれないが、それだけのことだ。
 しょせん、ひとはみな死ぬのである。

 息子に精神的準備期間をくれただけでもありがたい。

 伊勢物語に

  世の中にさらぬ別れのなくもがな千代もと祈る人の子のため

という歌があるが、「さらぬ別れ」(避けられぬ別れ=死)はいつか必ず来ることがわかっているのだから、「千代もと祈る」ことすら私はしない。
 詮のないことだからである。

 いつのころからか、「家内安全」を祈るときにも、両親は外している。
 どんな神仏であろうが、絶対に無理なことを頼まれても困るだろう。

 元気だった父親も、卒寿を越えてしばらくしてからは介護認定を受けるくらいには弱っている。

 さらぬ別れを、遠かれと思わないでもない。

 だが、遠くなっても、長いお別れがさらに長く続くだけのことだ。
 ___

 生老病死とはよく言ったものである。
 この四苦に続くのが愛別離苦であることもやるせない。

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2022.01.15

■外壁の補修

 本来なら今ごろ、グライダーで大空を舞っているはずだった(陳腐&大げさ)。

 なんでも、天気はいいのだが滑走路に積雪があり、今日はどうも無理ではないかという連絡があったので、諦めて家にいることにした。

 朝、遅くに来た父親からの年賀状の返事を出しに、歩いて郵便局に出かけた。

 年賀状はやめたと伝えていたのに、忘れたのか、今年は来た。もしかすると、去年も来ていたかもしれない。
 いずれにせよ、卒寿を過ぎての肺炎(コロナではありません)から回復したことを示すわけで、めでたいことには違いない。

Img_1711-copy

 郵便局の帰り、家の外壁をなにげなく見上げると、明白に色がおかしい部分があるのに気づいた。

 帰宅して近くから見ると、まん中がひび割れている。
 陽のあるうちに歩いて自宅に帰って来るなど(特にコロナ以降は)ほとんどないので、今日まで気づかなかったのだ。

 タイルのような外観ではあるがサイディングであり、1枚分相当だけ色が変わっているというのはどう考えてもおかしい。
 それに、上下の目地に色を塗ったような痕跡もある。

 以前外壁補修をお願いした業者さんに電話すると、仕事の途中で寄り道してさっそく来てくださり、診断してもらった。

 その結果・・・

 「おそらく、新築の時に異常があったのを糊塗するための塗装が経年劣化で色褪せてきたのではないか」という診断を、ためらいながらも教えてくれた。
 それにしても、「糊塗」とはよく言ったものだ。(おそらく)新築時には既にあったひび割れをコーキングで隠し、色合わせした塗料を塗っていたのである。

 補修するとなるとどうすればいいのか伺うと、コーキング剤を充填して塗料を塗るという。
 要するに、もう一度同じことをするわけだ。

 それほど深刻に考えなくてもいいし、たいした手間でもないというのでとりあえずはほっとしたが、いくらくらいかかるのか聞くと、やはり2万円くらいにはなるという。

 「もしかして、ホームセンターでコーキング剤を買ってきて、自分でやっても大丈夫ですか?」と聞くと、それでも十分ではないかという雰囲気であった。

 業者さんを見送ってから、どうしようか家人と相談しつつ考えた挙げ句、まあ、やってもらおうかという話になりかけた。

 ところが、物入れを開けると、セメダインのバスコークN(マスキングテープ付)があり、いつのものだかはわからないものの、防カビ剤入りで防水・耐湯・耐熱・耐寒(-40℃〜120℃)だという。
 「浴室・キッチン」というのが気になったが、買いに行くのが面倒だというのも大きかったので、ええい、かまうものか、一気にこれで片付けてしまえ・・・という方に傾いた。

 やってしまってから気がついたが、室内用らしいので、もしかすると耐紫外線性能とかが弱いかもしれない😅

 ガレージから脚立を持ち出して、ちょっと無理な姿勢ではあったが、なんとか補修できた(と思う)。
 今はまだ、マスキングテープを剥がしていない。

 転落するとかそういう心配をちょっとしていたが、取り越し苦労であった一方、もしかすると筋肉痛になったりするかもしれない。

 これで2万円の節約。今日、飛びに行けなかったこととあわせて4万円くらいの節約になっただろうか。

 相変わらずケチである。

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2022.01.01

■頌春

 本年こそ、みなさまにとっても私自身にとっても素晴らしい年となることを祈念いたします。

(下の写真がぼけているのはココログの仕様のようです。
 クリックしてご覧くだされば幸いです。)

20220101

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2021.12.17

★「ええこと」3

 こんなに「ええこと」が重なるなんて😅

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 この秋に知り合った若い人が、グライダーに乗っていることを知った。

 実生活では、飛行機の免許を持っていることを基本的には人に言わないのだが、そのときは一瞬のためらいの後、「実はぼく、ペーパーパイロットやねん」という話をしてしまった。
 相手も飛んでるんだし、何も隠すことはない。

 「ええなあ。グライダーって前から乗りたかってん。うらやましい。とにかく、静かに飛べるのがええと思う」

 みたいなことを言うと、

 「無線がずっとうるさくて、そうでもありませんよ」

 というような話だった。

 「ふるさと納税すれば乗れる機会があるのでどうですか」と、なかば冗談で勧められもしたのだが、お客さんとして体験搭乗するのなら、グライダーでもパラグライダーでもハングライダーでもそれなりに機会は作れるだろうと思って、あまり食指は動かなかった。

 次の週、「仲間に話したら、「今度(の飛行会に)参加してもらえばええやん」という話になったんですけど、いらっしゃいますか」と聞かれたので、一も二もなく「もちろん行く行く」と返事する。
 あんまり前のめりなので、相手は「そんなに?」とちょっと引いていた。

 さらに次の週、最終的には教官に確認しなければならないが、仲間はみんな歓迎すると言っているので来てくれという話になり、申し訳なさそうに、現地までの交通費は自己負担であること、飛ぶのに料金や保険料がかかることを伝えられた。
 交通費がかかるのは当然だし、飛行にかかる費用も、セスナで飛んでいたときのことを思えば、何というほどの額でもない。

 問題は、「上がっても、上昇気流がつかまえられへんかったら、──たいていはつかまえられないんですけどね── すぐ降りてこないといけないんですよ。「バッタ」っていうんですけど」というところだが、動力のない滑空機なので、それも仕方ない。

 ともかく、ひさしぶりに飛べる、しかも初めて静かに飛べる・・・というのは朗報だ。

 たまには「ええこと」もあるのである。

 ほんとにたまにだけど。

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