2020.09.14

■国勢調査雑感

 国勢調査の封筒が、ピンポンもなしにポストに入っていた。
 コロナ云々もあり、総務省としてはそれで正常らしいが、自治体によって対応は異なるようだ。

 回答はネットでおこなった。
 日本語を含めて29言語で回答できるのには、ちょっと感心した。

 いつぞやのように、家の間取りやら年収やらを聞かれることもなく、あっさりとすぐに終了した。

 簡便でいいのだが、今年が国勢調査100周年記念にあたるというなら、もっと大々的にいろいろ聞いてもよかったと思う・・・というのはまあ冗談で、相変わらず氏名を答えさせたりするのには辟易する。

 統計調査になぜ氏名が必要なのか。

 紙で回答するときは空欄で出したりもしたのだが、Web回答だと先に進めない。
 ペンネームでも入れておこうかと思ったものの、面倒なことに巻き込まれたりするのも嫌なので、仕方なく本名を記入した。

 なんでも、前回の国勢調査の回収率は9割を切っており、東京ではなんと7割ほどだという。
 もっとも数が多くて肝腎の?東京がそれでは、もはや、国勢調査の意義すら疑わしい。
 政府が信用できず、プライバシーが侵害されそうな気がするのも一因ではなかろうか。

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 それとは別に、許せない質問がひとつあった。

 通勤手段を聞いているのだが、「該当するものすべてを選択してください」と書いてあるのに、「徒歩」を選ぼうとすると、「徒歩のみ」しか選べず、あとは一切選択できなくなるのだ。
 私は、徒歩で行ったり車で行ったりするので(以前は自転車で行くこともあった)両方選びたいのである。

 少し考えてわかったのだが、この設問は「通勤(通学)手段を必ず一つだけ答えさせよう」という意図で作られており、「二つ以上の交通手段」という文言は「自転車で駅まで行って電車を降りてからバスに乗り・・・」などを想定したものなのだ。

 「ふだんは徒歩だが雨の日は車」なんていう人もけっこういるはずなのに(なにせ1億人以上に訊いているのだ)、そんなことすら想定していないのかと思った。
 設問には「おもな」とか「ふだん」というようなことばすらないのである。

 しかたなく「解説」をクリックして開くと、やっと「主に」が出てくる。
 しかし、そういう面倒な手続きなしにサッと答えられるように作るのが、4千万世帯1億3千万人を対象にするような調査の定石だと思うんだけど。
 それに、「「主に」と言われても、徒歩と自転車が半々なんですが・・・」という人だっているだろう。

 頭のいい人たちがさんざん検討して作成しているはずなのに、どうしてこういう頭の悪い設問を作るのだろう?

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2020.09.13

■俗物談義

 何のきっかけだろう? 家人と外で昼食を食べながら「俗物」談義をしていた。

 その最後の方を村上春樹風に。

「それで、あなた自身は俗物じゃないわけ?」
「あのね、俗物になるためにはかなりの社会的地位が必要なんだよ。幸か不幸か、ぼくにはそれが欠けている」
「俗物にすらなれないという理由で、俗物じゃないわけね・・・」
「そういう見方もできるね。それに、たいしたお金もないから成金でもない」
「偉くなれないから俗物じゃなくて、お金がないから成金じゃない・・・なるほど。でももし、地位もお金もあったら、俗物の成金ができあがるんじゃないの?」
「そんな無理な仮定をしてもしかたないよ。現実に、ぼくには地位もお金もないし、したがって俗物でも成金でもない。それでいいじゃないか」

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2020.09.08

■Stand by Me と Labor Day

 何かいい映画はないかと Amazon Prime Video の作品を眺めていたが、どうもいいのがない。

 見たくなるようなのはほとんど見てしまっているし、見ていないものは見る気になれない。

 そんな中、『スタンド・バイ・ミー』が目に入った。
 ものすごく有名な映画だし、主題歌も大好きなので、よく知っている気になっているが、どんな映画だっけ?と思い出そうとしても、子どもが4人で線路を歩く・・・ということくらいしか思い出せない。

 鑑賞中に思い出したのも、橋の上で列車が迫ってきたときに主人公が Train ! と叫ぶ場面と、パンツの中に入ったヒルを取り出して失神する場面くらいである。
 最後に死体を見つけたのかどうかすら、覚えていなかった。

 まあ、たぶん30年以上も前に見たんだろうから、当然といえば当然だが、自分の記憶力のなさにはちょっとげんなりした。
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 見終わってまず驚いたのが、スティーブン・キング原作で、ロブ・ライナー監督だったこと。特に前者。へぇぇぇ。

 そしてなんと! 見た日が偶然にも、アメリカの Labor Day であったことに、後で気づいた。

 大きな?冒険をした4人がオレゴン州キャッスルロックの町に帰って来るのがレイバー・デイ前日の日曜日である。
 それは、ひと夏の終わりであると同時に、主人公たちにとっては小学生の終わりを意味する。

 そして、映画の最後で

"I never had any friends later on like the ones I had when I was twelve.  Jesus, does anybody?"
(12歳の時のような友だちは、その後2度と持てなかった。だれだってそうだろ?)

というほどの3人の友だちも、うち2人はほどなく

"As time went on we saw less and less of Teddy and Vern until eventually they became just two more faces in the halls."
(時が経つにつれて、テディやバーンに会うことはどんどん少なくなり、とうとう、学校で見かけるその他大勢の中に2人がいるという程度になってしまった。)

というような存在となっているし、一緒に進学コースに進んだクリスとも、彼が死んだ時点で10年以上会っていない。

 ひと夏の終わり、小学生の終わりは、たとえ、小さな町で中学生へと続くだけの途上であっても、実際には大きな終焉を意味するのだ。
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 30年の時を隔てて、記念すべき Labor Day に見た Stand by Me は、同じような年が繰り返される日常にあって、どれほどの大きな終焉を幾度となく迎えてきたかを考えさせられることになった。その終わりにもほとんど気づかないうちに。

 日本で区切りなく暮らす身には、小学校卒業後のレイバー・デイの感慨はないにしても、やはりまた、何かが終わる季節なのだと、似合わぬ感慨にふけらざるをえない。

(Stand by Me, 1986 U.S.A.)

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2020.09.04

■ユニクロのエアリズムマスク雑感

 対人距離が取れる場合はなるべくマスクをしない派なのだが、ほとんどの施設がマスクを要求するようになり、手持ちの分だけでは心許なくなってきたので、ユニクロのエアリズムマスクを購入した。

 マスクを買うために行列にならんだりするつもりはまったくなかったので、ネットの公式ストアからあっさり買えて幸いだった。

 L(ふつう)(どうしてLが「ふつう」なんだよ)を買うと、ぴったりフィットしていい感じではあるのだが、ほどなく違和感に気づいた。

 呼吸をするたびに、膨らんだりしぼんだりするのである。

 ちょうどスーパーに買い物に出かけたので観察してみたのだが、ひとりとしてそんな人はいない。
 私のマスクだけが、風船のように膨らみ、その後で肌に吸い付いてくる。まさに、エアがリズムを刻むように。

 自分の呼吸が荒いのかともちらっと考えたが、これまでのマスクではこんなことはなかった。
 要するに、機密性が高いのである。

 私の買ったのは「メッシュ素材に進化し通気性が向上」とうたわれている新商品だ。
 それでも、他のマスクより圧倒的に機密性が高いのだろう。
 発売されて間もないのに、すでに「お客様の声で進化するユニクロアップデート」を施されている点から見ると、発売当初のものは、これ以上の機密性でかなりのクレームがあったものと思われる。

 だが、モノはマスクである。「メッシュ素材に進化し通気性が向上」なんかして、いいものなのだろうか。
 実際に病原菌の侵入を防ぐN95規格のマスクなど、苦しくて長い間つけていられないほどの機密性を誇る。それでこそのマスクだ。

 実際、一般的な布マスクでは「空気中の粒子の漏れ率(侵入率)が100%」だという研究が出ていた。その「粒子」にはもちろんウイルスも含まれている。
 だいたい、通常のマスクの網目は、ウイルスにとっては存在しないも同然くらいのガバガバなのだ。われわれ人間がウイルスだとすると、ざっと幅100メートル!以上の格子に相当する。
 目をつぶって通り抜けても、ぶつかる心配はないほどの広さである。

 だがそれでも、唾液の大きな飛沫とか、そういうものを防げるから、マスクをする意味はあるのだろう。
 ただ、その程度のものでいいとすると、ユニクロのエアリズムマスクは、明らかに機密性が高すぎる。長い間つけているとだんだん息苦しくなってくるくらいだ。

 「粒子をカットする」「高性能フィルター」など必要ないから、膨らんだりしぼんだりを繰り返さない程度に、もう一度「お客様の声で進化するユニクロアップデート」をしたほうがいいのではないだろうか。

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2020.08.20

★「第2波まっただ中」感染症学会理事長 政府は明言せず

 政府のことを書こうとすると、のべつ怒っていなければならなくなるので避けてきたが、久しぶりに書きたくなった。
 日本(政府)の病根が宿っている事例がまたぞろ出てきたからである。

 本日付の朝日新聞朝刊(大阪本社版)によると、

新型コロナウイルスの国内の流行状況について、日本感染症学会の舘田一博理事長は19日、東京都内で始まった学会の学術講演会で「『第2波』のまっただ中にいる」と述べた

そうである。
 「6月以降の感染者数は今春の「第1波」の2倍以上にのぼる」のだから当然だ。

 ところが、「政府側はこの日、「第2波」とは明言しなかった」という。

菅義偉官房長官は「4月の緊急事態宣言当時とは状況が異なっている」(7月30日)
加藤勝信厚生労働相は「必ずしも定義があるわけではない」(8月19日)

 そして、安倍晋三首相はといえば、議員が要求する国会召集に応じないという憲法53条違反を犯しつつ、国会の閉会中審査にも一度も出席しないばかりか、記者会見もほとんど行わず、数少ないQ&Aの答も、あらかじめ用意した(おそらくは)官僚の作文を読み上げるだけである。

 これほど明確に第2波が来ているのに(日本感染症学会の理事長でなくとも、グラフを見ればだれだってわかる)、どうして政府は頑なにそれを認めようとせず、「最高責任者」を自認する首相は逃げまわっている(ように見える)のか。

 たとえば
 「第2波は来ているが、第1波の時とは状況が違う」
 「第2波は来ているが、適切に対処している」
 「第2波は来ているが、重症者や死者は減っている」
とか言うならまだわかる(後半の事実はどうか知らないが)。

 だが、第2波が来ていること自体を頑なに認めようとしないのはいったい何なのか?

 個々の戦闘による敗北さえも認めようとしなかった「大本営発表」を思い出さざるをえない。
 戦後75年も経っているのに、相変わらず同じようなことを繰り返している。

 よくなったのは、「第2波まっただ中」と明言しても特別高等警察(特高)に逮捕・拷問されたりする心配がなくなったことだろうか(それはほんとにありがたいけれど)。
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 第1波をほぼ完璧に押さえ込み、ごく平常の生活に戻っていたニュージーランドでは、少数の市中感染者が出ただけですぐにロックダウンに踏み切って、第2波を押さえ込もうとしている。

 いや、ニュージーランドの政策に必ずしも賛成というわけではない。感染防止と経済活動を両立させるための方策などを考えると、まったく素人の一個人としては、どういう政策が正しいのかは「わからない」としか言いようがないからだ。

 ただ、確かなことは、現在の日本の状況で第2波が来ていることを認めないというような愚を、ニュージーランド政府なら(他の多くのあまり感心できない政府ですらも)犯さないということである。

 第2波が来ていることを認めなければ、いつの間にかコロナ禍は神風によって吹き払われるとでも思っているのだろうか。
 ちょうど大戦末期に、「負けることを認めなければ勝てる」と考えていたように。

 歴史からも経験からも学ばず、事実すら認めようとしない政府を持たされている者は不幸である。

 いったい誰が選んだんだよ。

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2020.08.13

★スイカとマンゴーと贈り物

 今日から正式に?お盆に入ったらしいのだが、相変わらずの在宅勤務が続いている。

 出すべきものを出してこない人たちがいるので、途中で仕事がストップしてしまい、先に進めないところで大方は片付いた。

 それはともかく・・・

 スイカが好物なのだが、今年はまだ食べていない。
 食べたとしても、寿司のデザートに2キューブ?とか、イタリアンでスイカのグラニタとか、その程度だ。
 去年も結局、まともには一度も食べていない気がする。好物なのに食べられないスイカって・・・

 家人の同僚にもスイカが好きな人がいるらしいが、「1000円以下にならないと買わない」のだそうである。もちろん、1個まるごとの値段だ。
 10年前ならそれも可能だったかもしれないが、少なくともうちの近所では、980円のスイカを見かけることはもはやない。
 それどころか、1280円もない。1480円ならかろうじてあるかもしれないが、先日見たのは1980(税込2138!)円であった。

 とても買えない。

 それでもしばし考えたが、やっぱり買えなかった。このままでは、数年連続で好物のスイカを十分には食べられないということになりそうだ。

 いったい、なんのために生きているのか。

 いや別に、スイカを食べるために生きているわけではないし、2000円くらい、その気になればもちろん何とでもなるんだけれど、「1000円以下にならないと買わない」人と同様、なかなか手が出せないのである。
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 スイカは買わないと決めて他の果物とかを眺めていると、マンゴーが目に入った。

 スイカと違い、おそらくは去年まで食べたことのなかった高級果物である。
 マンゴー味のジュースやらは好きだが、マンゴーそのものは食べたことがないので好物かどうかすらわからなかった。
 そのマンゴーを、去年、知り合いから送っていただいて、たぶん初めて食べた。

 心をこめて選りすぐってくださったものだったからだろう、まったりと濃厚で驚くほどおいしく、即座に大好物となった。
 スイカには失礼だが、やはり格が違う。

 それまで、高くてとても買えなかったので(というか今でも買えない)、一生食べられないところだった。

 そのマンゴーをスーパーの店頭で見かけたのだ。
 もちろん、送っていただいたものと比べればかなり落ちると思うのだが、それでも値段はスイカと変わらなかった。
 重量あたりでいえば、スイカの十数倍の価格ということになる。スイカでも買えない我が身、もはや絶対に買えない。

 そんなマンゴーを今年も送ってくださり、やはり喜んでおいしくいただいた。
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 徒然草の第117段に「よき友、三つあり」として、その一つに「ものくるゝ友」というのがある。

 時代が違って物は豊富にあるし、個人的に贈答文化は持っていないし、なんだか身も蓋もないし・・・で、 徒然草にしては共感できない記述だったのだが、マンゴーに限らず、近年、たまにではあるが物をいただく機会があり、遅まきながらその意味がわかりはじめたような気がする。

 ものをくださるから「よき友」なのではない。
 よき友だから「ものくるゝ」のだ。

 兼好がどういうつもりで言ったのかはわからないけれど。

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2020.08.10

★macOS Catalina 10.15.x で、ScanSnap 1500 などが利用可能になりました

 遅まきながら、macOS Catalina 10.15.x で、ScanSnap S1500/S1500M/S1300 が利用可能になったそうです。

 ScanSnap S1500M が使えないので、長い間 Catalina へのアップデートを控えていたのですが、諦めて最新の iX1500 を購入し、Catalina にした経緯は以前に書きました

 対応するドライバをもう少し早く出してくれていたら、iX1500 を購入する必要はなかったことになります・・・

 まあ、iX1500の性能は素晴らしいので、怒っているわけではないのですが、別に S1500M でも必要十分だったような気もします。

 ともあれ、ScanSnap S1500 とかのせいで Catalina へのアップデートを遅らせていた方には朗報ですね。

 意味はないかもしれませんが、検索の便のために
   → #富士通 #Fujitsu #PFU #ドキュメントスキャナ

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2020.08.08

★水出し緑茶

 世間はお盆休みに入ったようだが、来週はまだ仕事が山場だ。まあ、再来週はのんびりできるかもしれないし、とりあえず今日から三連休ではある。

 長い間(半年くらいか)入院していた母親が退院したという連絡が父親からあった。

 90歳が85歳の面倒を見るというのに、心なしか声がうれしそうなのが不思議だ。

 退院したといっても、体よく病院から追い出されたに過ぎず、歩くことすらできない。

 病院から「人と会うことは控えよ」と申し渡されているそうで、会いに行くとしても、こちらがしばらく人と会わない生活を続けてから後のことになる(未来にこれを読む方のために。新型コロナウイルスによる感染症が蔓延している?せいです)。

 まあ、幸い元気そうだというので(歩けないけど)、このまま会えないで終わるということもないだろう。
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 それはともかく・・・

 先日、新聞に「水出し緑茶」の記事が出ていた
 ちょうど飲み残した茶葉があったので、「これでは足りないなあ」と思いながらやってみた。
 麦茶なんかを冷やしておく冷蔵庫ポット(というらしい)に浄水器の水を入れ、茶葉を放り込んでひと晩冷蔵庫に入れておくだけである。

 これがびっくりするくらいおいしかった。

 安物の茶葉である。なんなら(若者言葉)変色しかかっていた。

 にもかかわらず、フルーティとでも形容するしかないような、なんともいえない甘みが出ており、苦み渋みを抑えた素晴らしい飲み物になっていた。

 長い間生きてきて、どうしてこんなものが簡単に作れることを知らなかったのだろう。
 熱いお茶を自分なりに丁寧に急須で入れるよりも、明らかにおいしい。

 何でもそうかもしれないが、お茶というのは値段に正直である。
 お茶屋でアルバイトをしているという知り合いに聞いたことがあるが、「ほんとうにおいしいお茶というのは100gで3000円以上くらいでしょうか」とか言うので、「やっぱりね、そうだよね」と、ため息をつくしかなかった。

 スーパーで茶葉を買っている時点で、おいしいお茶は望めない。

 それが、この水出し緑茶なら、十分においしいと言えるようなお茶が簡単に作れるのだ。

 「もうこの夏はこれにしよう」と決めたのだが、麦茶の残りを使い切ってしまわないと・・・という理由で、まだ2回目が作れていない。もう2週間くらいになるんじゃないだろうか(後記:実際には1か月近く経っていた・・・光陰如箭)。

 いつになったら麦茶がなくなるんだろう。

 その前に夏が終わってしまわないことを祈る。

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2020.07.24

●銀行の落日

 血のつながっていない甥が、政府系金融機関から就職の内定を得たという。

 コロナ禍で採用を絞り込んでいる企業も多い中、よかったなあという話をした。

 実際、なかなか決まらずに本人も悩んでいたらしい。
 結局、内定が出たのは2つだけだったというので、父親である義弟に(甥本人は今も東京にいる)「もうひとつはどこやったん?」と聞くと、「〜銀行」だという。
 「え、あの〜銀行?」「そうや」

 日本で一二を争うメガバンクである。

 それを蹴って、「そんな組織あったっけ?」感のある政府系金融機関に就職するというのだ。

 その選択も驚きだったが、義弟がそれを当然だと思っているふうなのにはもっと驚いた。

 半沢直樹を持ち出すまでもなく、義弟や私の世代にとって、都市銀行(のちのメガバンク)に就職するのは、高級官僚になるのと並ぶ花形であった。
 それを蹴って別の就職先を選ぶなど、ちょっと考えられない。

 「知ってるやろ、もう銀行はあかんねん」と義弟。

 確かに、ATMの共用化や支店の統廃合、大幅な人員削減等、メガバンクをめぐる情勢は厳しさを増している。ネットバンクなどの台頭も著しい。
 会社勤めをしている義弟は、私なんかよりそのことを実感しているのだろう。

 それにしても・・・と思う。就職先に苦労していた学生からメガバンクが袖にされるとは。
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 それなりの年齢になってきたが、「世の中も変わったなあ」とか「最近の変化にはついていけない」とか思うことはまずない。
 でもこれは、珍しくそんなふうに感じさせるできごとだった。

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2020.07.13

●『猫を棄てる 父親について語るとき』村上春樹

 本を読まなくなった。

 映画は毎日のように見ているのだけれど、本はダメだ。

 脳が劣化して文字を受け付けないのかとも思ったが、連日ネットや新聞の文字を大量に読んでいるので、そういうことではなさそうだ。
 ただ、「情報」は読んでも、それ以上のものはしんどくなっている可能性はある。
 iPhoneのアプリでいちばん利用しているのは、SmartNews だが、Screen Time で調べると、2位のアプリの十数倍の時間を費やす圧倒的1位だ。読んでいるのはほぼ「トップ」と「まとめ」だけである。

 パソコン(や新聞)の方は少しマシで、小難しい評論なんかもけっこう読んでいる。
 でも、少し読んですぐ引き込まれるような、よくいえば文章のうまいものしか読まなくなっている気がする。目に入る文章の質の平均が(たぶん)下がっていることも影響しているだろう。

 であれば、ある程度の質が保証されている(はずの)本をもっと読んでもいいと思うのだが、どうもその気になれない。なんとなく、コストパフォーマンスが悪いような気がするのがいちばんの原因かもしれない。
 いま、「コスト」と書いたときにもっとも念頭にあったのは「時間」だが、それ以外にも、金銭と置き場所の問題も大きい。

 そして、文字が小さくて眼にやさしくないことも大きな原因だと思う。
 昔やっていたような、寝転がって眼鏡なしでは読めなくなったし、iPhone や Mac ならいくらでも文字を大きくできてフォントのデザインもすぐれている。
 また、一般的な単行本よりも、新聞の文字の方がはるかに大きくて読みやすい(面積あたりの文字数はそれほど変わらないのに!)。

 もしかすると、文字を読みやすくしてくれるだけで、いまよりは本を読むようになるかもしれない。
 (あ、iPad で本を読んでいないんだから、ダメだな・・・)
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 前置きが長くなった。

 そんな状態ではあるが、村上春樹(まだまだご存命だが、もう敬称抜きでいいのではないか)の本はたぶんだいたい読んでいる。
 標題にした『猫を棄てる 父親について語るとき』をきっかけに、『村上春樹 雑文集』というのを読んだかどうか気になって本棚を見てみたら、やはりというか存在していた。
 今週は『一人称単数』も発売される。

 『猫を棄てる』は、とうとうというか、村上が父親に向き合った随筆?だ。
 いま、「正面から向き合った」と書こうとしてやめたのだが、まったくもって正面からは向き合っていない。肝心?の、父と息子の確執が、精神面からまだ?具体的に書けないようなのだ。
 この本はハードカバーではあるものの、B6判と新書判の中間くらいのあまり見ない判型で、イラストを含めても100ページに満たない小品だが、いつか亡くなるまでには、ご尊父と正面から向き合った大作を書いていただきたいと思う。

 『猫を棄てる 父親について語るとき』という題名だけから想像したのは、泣いて嫌がる村上少年の哀願をものともせず、非情に猫を棄てた冷徹な父親像なんだけれど、まったくそういう話ではなかった。

 それはともかく、村上家にはいろんな猫が入れ替わり立ち替わり飼われていたようなのだが、その記憶がいちいち曖昧なのがおもしろい。

 うちはそれほど動物を飼わない家だが、それでも、鯉やら金魚やら文鳥やらを飼っていた。それらがどうしてうちにやってきて、どういう最後を迎えたかは把握している。
 つまり、うちの息子にとっては、少なくとも父親である私に尋ねさえすれば、曖昧になることはない。

 ただ、私の実家は、インコやコリーやジュウシマツやベニスズメやマルチーズやシーズーなどを飼っていたが、トラウマティックな記憶であるベニスズメと、比較的最近のマルチーズを除き、最後がどうなったかは記憶にない。入手の経緯はどれも不明だ。
 子どもの記憶というのはそういうものかもしれず、村上の記憶が曖昧なのは、尋ねる父はすでに亡く、母の意識も混濁の中にあるからだろうか。

 うーん、でも、90歳になるうちの父親は、まだ何とか働けそうなほどしっかりしているが、飼っていたペットのことを聞いても覚えているような気がしない。
 私自身、もう20〜30年経てば、うちで飼っていたペットの記憶がなくなるのか、それとも、父親がそういうことにあまり関心がないのか、いや案外、実際に聞いてみれば覚えているのか、わからない。

 週末に会う機会があるので聞いてみようと思う。

 父の人生は村上千秋さんのように波瀾万丈ではないし、仮にそうであったとしても、私にはああいう文章はとても書けないけれど。

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2020.07.10

●とにかく被害の少なからんことを

 水害が続いている。

 わりと旅行が好きなので、今ではすべての都道府県を訪れたことがあり、必然的に、被災地を知っていることが増えた。
 東北の津波の時には、かつて泊まった東松島のペンションが跡形もなく流されたりしている。現地に行って場所を探し当てても、そこがそうだとはどうしても確信できなかった。

 今回特に気になったのは、熊本県の人吉市である。

 泊めていただいた古い旅館はテレビで見かけなかったが、被害状況から察するに、無事であるはずがない。
 新型コロナ禍のあとにこれでは、存続すら危ういのではなかろうか。

 4年前の九州旅行で唯一の贅沢をした老舗の鰻屋の方は、無惨な姿を何度か画面で見ることになった。
 不幸中の幸いで人的被害はなさそうだが、お店は滅茶苦茶、秘伝のタレも使えなくなってしまっている。
 たったいちど訪れただけのご縁ではあるが、人生で2〜3回しか経験のない老舗の鰻重であり、思い入れは浅くない。
 一日も早い再開を祈る。
 
 これまでもこれからも、あそこもそこもここも、とにかく被害の少なからんことを祈るしかない。無駄な祈りとは知りつつも。

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2020.06.19

◆コロナとの共存?

 感染がピークを越えたころから、マスコミが盛んに「コロナとの共存」とか「ウィズ コロナ」とか言いはじめた。
(あ、どうでもいいけど、と言いながら気になっているのだが、「共存」は「きょうそん」と読んでほしい。「存在」なんだから。
 「きょうぞん」だと、ふつうの辞書の見出し語にはなってないはずだと思うんだけど、多くのアナウンサーがそう読んでいるようだ。)

 「共生」とか言わないだけマシかもしれないが、もっとほかにいい言い方はないのだろうか。

 だれがこんな厄介なウイルスと「共存」したいと思うだろう?

 まして、With Corona ??、それじゃあまるで「コロナとともに」じゃないか。

 哲学的な生物学者たちが、人類は昔から種々のウイルスと共存してきた・・・などと言っているのは知っているし、それは事実なのだろう。
 生物学的な意味でも歴史社会学的な意味でもウイルス抜きで現在の人類はありえない・・・とか言われれば、それもそうかもしれない。

 でもたとえば、(ウイルスではないが)ペストの流行がルネサンスをもたらしたとか、最近になって?巷間よく言われるようになった例でも、ペストに悩まされた、まして死んでしまった人たちにしてみれば、ルネサンスなんて来なくてもいいから、ペストなどない方がよかったに決まっている。
 人類史的に見て、ペストの流行が中世を終わらせたことにいくばくかの功があるとしても、別にペストがなくたって、別の形でルネサンスも近代も訪れたはずである。

 ともかく、この忌まわしいウイルスと「共存」するとか、ましてともに連れだっていこうとか、そういうニュアンスから逃れられない表現はぜひ避けて、知恵を絞ってもっとふさわしい表現をマスコミは探してほしい。

 ・・・というだけでは無責任なので、数十秒ほど頭を振り絞ってみたが、とりあえず「腐れ縁」という言葉しか思い浮かばなかった。
 「コロナとの腐れ縁」
 美しい表現ではないが、もともと、「共存」なんていうような美しいものではないのである。

 もう少し考えて、ぜひ適切な表現を見つけてほしい。

 後記:シソーラス(類語検索辞典)を調べてみると、「悪縁」「宿縁」が見つかった。特に後者なんか候補としてどうだろう? ダメかな。

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2020.05.23

■macOS Catalina と Novel Coronavirus によせて

 先日、遅まきながらメインマシンである MacBook Air の OS を 10.15 Catalina にした。

 Catalina にすると、いよいよ 32 bit のアプリケーションがまったく使えなくなるため、しばらく見送っていたのだ。
 その中でも、ATOK と ScanSnap は痛い。その2つを新しくし、その他にはなんとか目をつぶって、とうとうアップデートした。

 理由の一つは、iPad を2画面目のモニタとして使うには Catalina が必要だとわかったことだ。

 できて当然、だれもが想定するだろうことが、やっとできるようになったのである。
 ただ、実際に ZOOM(ビデオ会議用ソフト)を使いながらやってみると、MacBook Air の負荷が大きく、無音が美点のノートパソコンのファンが唸りを上げ、うるさくなって熱を持つので、ちょっと常用に耐えない気がしている。

 それはともかく・・・

 macOS Catalina の名前の由来と、そのデスクトップピクチャが、カリフォルニア州ロサンゼルス沖のサンタ・カタリナ島であることは知っていた。
 パソコンの画面写真を見ると、島というよりは、海から突き出た岩山である。どう見ても無人島に見える。

 初めて島の姿を知って、ふと、こんなところに空港があるのだろうか、という疑問がわいた。
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 さて、タイトルをお読みになって、macOS Catalina と 新型コロナウイルスに何の関係があるのかと訝しくお思いになったかもしれない。

 先日、尊敬する先輩と山道を歩いていて、コロナ差別が話題になり、「そういえば、そのものズバリ、「コロナ」というトヨタの車がありましたよね」という話になった。

 うちの父親が初めて手に入れた車がコロナであり、私にとっても初めての自家用車(とはいっても運転したことはない)だというのに、その時まで、コロナ(車)のことを忘れていた。
 むしろ、「トヨタのカローラ(車・花冠)の語源はコロナ(ウイルス)と同じだよなあ」とか思っていた。どうしてコロナ(車)のことを思い出さなかったのか不思議でならない。

 そして、Catalina に触発されて、忘れるはずのないもう一つのコロナを思い出した。カリフォルニア州のコロナ市にある空港である。
 アメリカで飛行機免許を取ったとき、もっとも離着陸回数の多かった空港が、このコロナ空港だった。燃料も、いつもここで入れていた。

 本拠地は少し北のチノ空港だったのだが、コロナはノンタワー(管制塔なし)のいわば野良空港なので、気軽に使えて便利なせいか、よく訓練に利用していた。
 Catalina という名前がその時のことを想起させ、「そうそう、あれもコロナじゃないか」と思い出したのだ。

 なぜ、Catalina がコロナを思い出させるのか。

 それは、Catalina 空港と Corona 空港で使われる航空無線の周波数が同じで、距離もそれほど遠くない(いま調べると100kmくらいだ)ことから、Corona で飛んでいると Catalina の無線が聞こえてくるからである。

 こちらが "Cessna 77R now on final, runway 25 Corona"(セスナ77Rは現在コロナ空港滑走路25に向けてファイナルアプローチ中)などと言っていると、同じように、"Cirrus 55T now on final, runway 22 Catalina" のような無線が入る。

 "Runway 25 Corona" や "Runway 22 Catalina" は、ファイナルに限らず、何度もレポートされるので、今でもはっきりと耳に残っている。

 ・・・といいつつ、Santa Catalina 島の写真を見て、「こんな岩山のどこに空港が・・・」と思うまでは、Corona(空港)のことはすっかり忘れてしまっていた。

 オーストラリア人のコロナ君がその名前のせいでいじめに遭っていて、新型コロナ感染症にかかったトム・ハンクスが、コロナ君からお見舞いにもらった手紙に返事を書いたというのは有名な話だが、カリフォルニア州のコロナ市も、町ごと差別されたりしていなければいいんだけれど(まさかね。でも、からかいの対象とかにはなっているような気がする)。

 コロナ(車)もコロナ(空港)も、忘れるはずのない思い出深いものなのだが、これだけコロナが騒ぎになってもすっかり忘れていたのが不思議だ。
 もちろん、いったん思い出すと、思い出は後から後からいくらでも湧いてくる。

 オーストラリア人でなくても、今どきのことだから、日本人にだってコロナ君とかコロナちゃんはいるかもしれない。
 いま、新しい ATOK で変換したら、胡呂那と頃奈が出た。おそらくは人名ではなかろうか。

 願わくは、再開した学校で、コロナ君/ちゃんがいじめられたりしないことを。
 そして、あらゆる誹謗中傷や差別がなくならんことを。

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2020.05.12

■アベノマスク

「うちのおかんがな、ポストに覚えのないマスクが入っとった言うねん」

「それはアベノマスクやな。大阪でも配りはじめるてニュースで言うとったがな」

「それがな、おかんが言うにはな、ポストに1つしか入ってなかった、言うねん」

「ほな、アベノマスクとちゃうなあ。アベノマスクはどの家にもぜんぶ2枚ずつ配るはずやからなあ」

「そやろ。そやけどな、おかんが言うにはな、その1つの中に2枚入っとった言うねん」

「ほなやっぱり、アベノマスクやがな。1つの家庭に2枚ずつ配るのがアベノマスクやからな」

「それがな、おかんが言うにはな、マスクしてみたらちょうどええ大きさやって言うねん」

「ほな、アベノマスクとちゃうなあ。安倍さんがしてるの見てたら、マスクは小さめのはずやからなあ」

「ところがな、おかんが言うにはな、洗濯したら縮んで小さなってもたらしいねん」

「ほなやっぱり、アベノマスクやがな。アベノマスクは布でできてるから、注意して洗濯せな縮んでまうねん」

「それがな、おかんが言うにはな・・・」


 だんだん面倒になってきたのでこの辺で。

 もう街にはマスクが溢れているのに、もちろん、うちにはまだ届いていません・・・

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2020.05.10

■ BDⅡ32-6.5XD(KOWA)購入 ──何度目かの双眼狂

 ひさしぶりに双眼鏡のご質問をいただき、また別の方からもお尋ねがあり、それらに答えるためにネットでいろいろ見ているうちに、何度目かの双眼鏡熱が再燃した。
 新型コロナ熱ではなくて幸いである。

 iPhone なんかと比べると進歩の少ない世界ではあるが、それでもやはり、知らないうちにいくつかの双眼鏡が発売されている。
 今回特に目をひいたのは、アベノマスクで変な脚光を浴びてしまったあの KOWA から、定番の名器 BD シリーズの新型 BDII と、究極のコストパフォーマンスモデル YF シリーズの新型 YFII が発売されていたことである。
 前者は発売後半年程度、後者はまだ先月発売されたばかりだ(なんとも悪いタイミングだが)。

 YF30-8 を5か月前に買ったばかりだし、色以外にほとんど変更はなく、実売価格は倍くらいになっているので、YFII にはまったく食指は動かなかった。
 問題は BDII のほうである。

 BDII32-8XD(口径32mmで8倍)は、旧型に比べて視野が30%も広くなったという。実視界が8.8度と、あの 8x30E II(Nikon)と同じなのである! 最短合焦距離が1.3mというも非常に魅力的だ。YFII30-8 は5mなので、近くのものは見られない。

 KOWA の BD は、以前から名器として名高く(もちろん、同社の GENESIS のほうがいいのだが、金額的に買う気になれない)、非常に気になっていた機種だ。
 8倍もいいのだが、今回新発売の6.5倍がより気になった。こちらはなんと、実視界10度。かつて、8x30E II を覗かせていただいたときの感動が脳裏に甦る。まさか、あれを超えているのか?

 とはいえ、双眼鏡は売るほど家にある。YF と違ってそれほど安くもない。夜中まで悩み、2時過ぎにはいったん保留して寝ようとした。

 しかし、やはりというか、
・全国最安値のお店で使える1000円クーポンが手に入った
・キャッシュレス5%還元対象の店である
そして何より
・ひとり暮らしを始めた息子が先日1台持っていった
ことが背中を押して、まあ、その代わりに買っても罰は当たらないだろうということで、3時前にポチッとしてしまった。

 BDⅡ32-6.5XD(KOWA:口径32mmで6.5倍)は、その日のうちに出荷され、店舗は北海道だが、2日後には手元に届いた。製造は中国だし、無駄な輸送には胸が痛むが仕方ない。

 早速、いろんな双眼鏡を取っ替え引っ替えしてあちこちを眺める。

 低倍率の広視界はやはり素晴らしい。
 ただ、8x30E II のような感動はなかった。それが私の側の問題なのか、双眼鏡の問題なのかはわからない。「広く感じる」のは実視界よりも見かけ視界が効くはずなので、だとすると8倍を買ってもよかったかなあ・・・とちょっと思った。

 意外だったのは、いつも愛用している防振双眼鏡、10x42 L IS WP(Canon)の素晴らしさを再認識したことである。BDII と比べると、完全に別世界だ。まあ、価格が4倍くらいする防振、しかも10倍機なのだから当然なのかもしれないが。

 もちろん、BDII が悪いわけではない。実売価格以上の高級感があるし、使い勝手もよく、光学性能も概ね期待通りだ。
 ただ一つ、欠点があるとすれば、周辺視野がシャープさに欠けることである。驚くことに、同じ KOWA の1/5以下の価格の YF30-8 と比べても、はっきりとわかるほど甘い。
 フィールドフラットナーレンズを使っていないダハプリズム双眼鏡(円筒をふたつ並べたような形)の宿命なのかもしれないが、購入前に調べた範囲ではそのことに触れた情報はなかった(購入後には出てくるから皮肉なものである)。

 しかし、私は周辺像の甘さには寛大だ。そもそも、人間の眼自体、くっきりと見えるのは中心部だけであり、その角度はわずか5度程度だという。
 したがって、素直に双眼鏡を覗いていれば、周辺視野のボケなどにはそもそも気づかない。レンズものにうるさい人たちが意地悪くチェックすればすぐにわかるのだが、そういう人たちだって、ふつうに使っている分には気にならないレベルだろう。
 もっとも、星見を中心にする人は、「周辺の星が流れる」ことを嫌がる傾向にあるので、星見にはちょっと向かない可能性はある。せっかくの低倍率広視界の双眼鏡なので、個人的には星を見るのに使うことも考えていたのだが、昨日今日とあいにくの曇り空で、明日の夜まで試せそうにない。

 さて、この BDII をひと様にお勧めするか。
 価格が気にならないのなら、十分お勧めできる。

 しかし、同じメーカーの YF30-8 の実売価格が1/5以下であることを考えれば、ふつうはそちらを購入なさることを勧めるだろう(新型の YFII30-8 は、現在の実売価格が旧型の2倍くらいになっています。それでも安いのですが、今なら性能の変わらない旧型を買った方がお得です。新型は、 KOWA ファンから非難囂々だった色(黒地に赤の差し色)をやめて、他の製品と統一感のある緑になったので、そのことを評価する向きもいらっしゃるとは思います)。
 欠点は、5m未満にピントが合わないことくらいである。ポロプリズム機(昔ながらの双眼鏡的な形)なので、BDII よりも対象が立体的に見える美点もある。

 博物館や美術館で近くから双眼鏡で鑑賞したいとか、虫や花を積極的に観察したいとかでなければ、素直にお勧めできるのは YF だ。
 KOWA は、どうしてこんなにコストパフォーマンスの高い双眼鏡を販売してしまったんだろう?
 他の双眼鏡が売れなくなってしまわないか、いらぬ心配をしてしまう。

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2020.05.06

■はじめて買う低コスト双眼鏡

 実にひさしぶりに双眼鏡に関するご質問をいただきました。

 最初に記事を書いてから15年!あまり、需要が少なく儲けも少なく、したがって進歩も少ない双眼鏡ですが、さすがに「ひと昔」感はあります。

 この間に一番大きく変わったのは、防振双眼鏡の地位が上がった(それに伴い選択肢が増えた)ことと、いわゆる「価格破壊」が起こったことでしょうか。

 15年前には、間違っても7千円以下の双眼鏡はお求めにならないようにと書きましたが、今なら実質7千円程度で買える素晴らしい双眼鏡(YF30-8)も(たぶん)2011年に発売されました(発売当初はそんなに安くはなかったでしょうが)。

 このような状況を踏まえ、ごく低価格(いちばん高価なものでも1万5千円未満)で購入できる双眼鏡のリストを作成しました。

 おもに、はじめて「まともな」双眼鏡を購入なさる方が対象です。

 とはいえ、いちおうはベテランである私も、YF30-8 と 遊 4x10D CF は実際に購入して使用しております。
 特に前者は、3万円5万円の「ふつうの」双眼鏡をお考えなら、それをやめて買うくらいの価値はあります。なにしろ、1万円未満で同等の(としか思えない)性能が手に入るのですから。

 ただ、残念ながら、防振(手振れ防止機能付き)双眼鏡はこの価格帯にはありません。

 低価格防振ですと、5万円前後で売られている 8x20 IS や 10x30 IS II(いずれもキヤノン)がお勧めです。ただ、前者はリチウム電池 CR123A ×1を使用しますので、ランニングコストがかかりそうです。後者なら充電式の単三電池 ×2が使用可能です。
 すでに製造を終了している 8x25 IS(キヤノン)も3万円程度でまだ販売されていますが、これも電池は CR123A です。それほど頻繁にお使いにならないのなら、在庫のあるうちにお求めになるのも一案かもしれません(もちろん、予算に余裕があれば、新製品の 8x20 IS でも)。

 さて、いよいよ本題、「はじめて買う低コスト双眼鏡」のリストです。

 残念ながら?お勧めトップの YF30-8(KOWA)は、先月!YFII30-8 に衣替えし、その新型は現在の実売価格が旧型の倍くらいになっています(それでも1万5千円未満ですが)。

 変更点は、ほぼ色のみです。
 それ以外に、3000円以上するアダプタを使えば三脚が使用可能(プラス、5000円以上する別のアダプタを使えるスマートフォンを持っていれば写真撮影も可能(三脚を使用しないなら旧型でも一応は可能です))になっていますが、対応するスマホを持っていて写真撮影を重視するという方を除けば、それほど意味があるとは思えません。

 色にこだわりのある方(ベテランはこだわるでしょうね・・・)以外は、在庫のあるうちに旧型を買うことをお勧めいたします。
 _____

・オールラウンド:YF30-8(KOWA)
           欠点は最短合焦距離5m。6倍のもあります。

・小型軽量:SV25-8(KOWA)
        コンサート・観劇などにもお勧め。
        10倍のもあります。
     :UP 8x25 WP(ペンタックス)
        同上。10倍のもあります。
     :UP 8x21(ペンタックス)
        子ども用・眼鏡不可

・超小型軽量:遊 4x10D CF(ニコン)
         博物館・美術館などにお勧め。おしゃれ?

・超近距離:Papilio II 6.5x21(ペンタックス)
        花や虫の観察にお勧め。8.5倍のもあります。

・天体(星)観察:BK-7050(ミザール)

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2020.05.02

■いきなりの初夏 ──近況のご報告

 「うわっ、もう5月だ」と思ったのが昨日。

 夜にはニュースで「熱中症にご注意ください」とか言っていて、4月30日の晩は冬用のパジャマに羽毛布団、上から毛布まで掛けて寝たのに、いきなり熱中症なのか、と驚いた。
 確かに、1日の昼に買い物に出たときにはすでに、夏の格好でも汗ばむほどであった。

 ちょうど5月1日から初夏で、わかりやすくていいんだけれど。
 ___

 4月中に何か一つくらいは書かなければと思っていたのだが、とうとう飛ばしてしまった。
 このブログを始めてから16年あまりで、おそらくは初めてのことである。

 桜だって、見にいったのは1回だけだ。
 3月の下旬には紀伊半島や四国南部まで桜を迎えにいき、その後4月中旬の京北まで、ほとんど毎週のように花見をするのが通例になっていたのに、今年はできなかった。

 今だって、本来なら、東北のどこかの道の駅で車中泊をしているか、当日見つけた安宿でくつろいでいるかのいずれかであったはずだ。
 今年は早かったからどうかわからないが、年によっては平地でも、たとえば八郎潟や角館や弘前などの桜がみごとだし、山に登れば確実に満開の桜に出会える。
 そうして、「今年の桜」に別れを告げるのが恒例になっていた。

 思えば、2011年に加え、2015年からは5年連続で、ゴールデンウィークは東北に出かけていた。その記録?がこんなことで途切れるとは、もちろん、予想だにしていなかった。
 ___

 4月はご多分にもれずてんやわんやではあったが、例年の年度初めに比べて特に忙しかったという実感はない。
 ただ、ルーティーンではないことが多かったので、いろいろとばたばたしていたような気はする。

 まあ、何であっても慣れないことをするのは新鮮で楽しいので、特に負担は感じなかった。
 基本的にすこぶる面倒くさがり屋でものぐさなのだが、新しい経験ならいちおうは歓迎である。

 困ったことといえば、ただでさえふだんから多いメールの数がさらに増えたことくらい。ときどきは職場のサーバにつながらないレベルで増えた。
 イレギュラーなことばかりなので、いろんな部署から種々のメールが雨あられと届くのだが、そもそも読む必要があるのか見極めるだけでも → 読むだけでも → 返信するだけでも → それで仕事が増えればなおさら・・・という感じで、例年ならやらない仕事量はたしかに増えた。

 一方で、この1か月で職場に出たのはせいぜい3〜4回なのだが、それでほとんど何の不自由もない。

 なあんだ、そもそも仕事になんて行かなくてもよかったんじゃないか、というくらいのものである。

 連休明けにはこの状態は解消するか・・・という感じで始まった新年度だったが、もはや夏まではこれが続くことが決まり、新たな日常をデザイン(すみません、ちょっと使ってみたかっただけです)しなければならなくなってしまった。

 息子がいなくなって微妙なバランスが崩れたところへ、夫婦2人ともほとんど在宅みたいになったので、老後の予行演習みたいなところがある。
 なんだかんだ言っても、いつもとは違うストレスも(気づかなくても)抱えているだろうし、世間でコロナDVやらコロナ離婚やらが取り沙汰されているのも故なしとしない。

 意識して気をつけなければと思う。
 ___

 某地方公共団体に勤めはじめた息子は、お蔭さまで上司や同僚にも恵まれ、わけがわからないままとりあえずやってみなさいとの指導方針の下、意味のわからない単純作業にいそしんでいる(らしい)。
 私と同じく、じっくりと頭を使うのがきらいで、単純作業ならいくらでもやっていられるというタイプなので、ぜんぜん苦にならないようだ。

 食事のことを心配していたが、地下の安物の職員食堂が「どっちゃうまい」と喜んでいて、しかも昼休みですら混んでいないらしく(そんなことがありうるのか)、ひと安心である。
 顎はまだまだ元通りとはいかないが、もうふつうのものは食べられるようになっている。今日はカナダ産のポークフィレ(安い!)カツをがつがつと食べていた。
 ___

 たいへんな思いをしていらっしゃる方々も多い中、桜が見られなかったり東北に行けなかったりするくらいのことで、なんだか申し訳ない限りである。

 ・・・ただ、私が生涯でたった3回、ひとなみに投資を始めたタイミングで、3回とも!、バブル崩壊・リーマンショック・コロナショックと、すべてたいへんな目に遭っている(しかもその都度、損失が増大している)ことに免じてお許しいただければと思う(違うか)。

 それはそれとして、いろんなことでお困りの皆さまには、ほんとうに心よりお見舞い申し上げます。

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2020.04.30

★2020年4月の記事はありません

 2004年1月1日にこのブログを開設して以来16年以上にわたって、当初は毎日、それ以降も比較的頻繁に更新を重ねてまいりましたが、ここ1〜2年は特に、更新が滞っております。

 それでも、最低限、月に一度は何かしら よしなしごとを書いてきたのですが、2020年4月は、とうとう何も書かずに終わってしまいました。

 今後は、月に一度は必ず更新することを自らに課します。いくらナマケモノの私でも、そこそこ健康である限り、それくらいなら実践できるでしょう。
 毎日更新している先達が、緊急入院・手術の当日にまで(手術室に搬送される直前に!)書いていらしたのを拝見すると、彼我の違いをあらためて思い知らされました。

(2020年7月11日記)

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2020.03.29

●縁

 息子が就職してひとり暮らしを始める。

 わりと近くだし、荷物も多くないので、引っ越しという感じではない。

 それでも、それなりに運ぶものはもちろんある。大物としては、新しく購入した組み立て式のテーブルと、家にあったタンスだ。
 ものを運ぶのに適した車は持っていないので、一度に運ぶことができない。
 それどころか、テーブルもタンスも、あと数センチ大きかったら単独でも運べない大きさであった。

 ともあれ、自分たちで運べないものはなかったので、何度か往復することになった。

 そうすると、向こうで外食することになり、最初はサイゼリヤ、3回目はコンビニで買ったおにぎりだったが、おいしそうなレストランも調べて、出かけてみた。

 見つけたのはフレンチとイタリアンが2つずつ。
 そのうち1つずつにはまだ行っていないが、フレンチのほうはもう予約した。
 あと、意外にも、高級な和食の店がひとつあった(もちろんまだだ)。

 田舎なので、いい店がそんなにあるわけではない。
 市役所を辞めなければ、息子は今後数十年にわたって近辺に住むことになるので、私たち夫婦にも、また同じ店を訪れる機会があるだろう。
 イタリアンにはたまに、フレンチにも何回かは行くことになると思う。
 もし結婚するとか言い出したら、高級和食か(笑)
 ___

 これまでに行った2つの店は、どちらも感じのいい店であった。
 フレンチはご夫婦と息子さん?で、イタリアンは一人でやっていらした。

 息子がこの市に就職することがなければ、まず絶対に来なかった店である。
 受験したきっかけはひょんな偶然だし、(おそらく)のべ30以上(訂正:確実に50以上だそうです)の市町村!を受けて、唯一合格したのがこの市なのだ。

 料理をいただきながら、「こんなことでもなければ、この店には一生こなかっただろうなあ」というようなことばかり考えていた。

 いやほんとに、たとえばパリの裏街にある小さなビストロとかの方が、この店に来る可能性よりはよほど高かったと思う。
 それでも、現実にこの店に来たのだ。
 そして、これからもたぶん、たまには行くことになる。

 縁というほどの縁ではないのだが、こういうことがあると、これまでにいただいた縁というものをあらためて考えさせられることになった。

 私のような者でも、いくつかは素晴らしいご縁に恵まれてきているのだ。

 ♪縁ある人 万里の 道を越えて 引き合うもの
 ♪縁なき人 顔を合わせ すべもなく すれ違う

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2020.03.17

●親離れ子離れの春

 ご無沙汰しております。

「マクロに見れば」、新型コロナウイルスよりも経済的ダメージの方が大問題となりそうな(すでになっている)2019年度末です。

 息子は相変わらず、左右の頬にドングリをためこんだリスのような顔をしていますが、少しずつ食べられるものも増えてきて、年度が明けて就職するころには、まずまずふつうの生活ができるようになっていることと思います。

 今日は何とか、時間をかけてラーメンと餃子を完食しました。
 ひとごとながらご休心ください。

 その息子ですが、就職先に家から通うと2時間かかる、8時30分に始業らしいので15分までに着こうとすると家を出るのが6時15分、出るまで時間がかかるタイプなので起きるのは5時すぎ・・・ということで、職場の近くでひとり暮らしを始めることになりました。
 もっとも、面接の時に「必ずここに住んで地域に奉仕します!」みたいなことを言っているらしいので、いずれにせよ公約?違反にならないためにもそうする必要がありました。

 ふと思ったのですが、地方自治体の職員というのは、ほとんどが当該自治体に居住しているのでしょうか。
 それで仕事は身近になる反面、視野が狭くなりすぎたりしないのだろうかとちょっと心配になります。

 以前、知り合いの複数の市役所職員が、電話番号を他人に伝えるときに市外局番を言わない、場所を小学校区で表現する、という、他市に居住する者から見るとびっくりする習慣があるのに接し、大丈夫か?と思ったのを思い出しました。

 生まれてからずっとその市に住んでいる、卒業した大学すら市内にある・・・みたいな職員がけっこういるのですが、そういう環境ならなおさら、意識して視野を外に向けないといけませんよね。

 それはともかく・・・

 大学院を修了してから2年も就職浪人をしていたので、息子ももはや20代後半です。
 過保護な親と依存心の強い息子の組み合わせですが、やっと半強制的に親離れ子離れのできる状態になりました。

 「採用試験に最終合格」したものの、内定が出るのが遅くて出遅れたせいもあり、どうなることかと思いましたが、比較的新しくてきれいな最後の物件(1K)をぎりぎりでおさえることができ、8時に家を出れば余裕で間に合う状態になりました。

 電器製品の品不足を危惧していましたが、まず電子レンジを購入し、なんとか冷蔵庫と洗濯機も手配して、月末にはひとり暮らしを始め、4月1日から地方公務員として勤務を開始することになります。

 生まれてから現在までの全体はとても短く感じますが、就職浪人の2年間は先の見えない長い日々が続いていました。

 世の中はたいへんな状況ながら、野山や街角にも種々の花が咲き始め、いつものように春がやってきます。
 ニュースに接しなければ、ごくありふれた春です。

 しかし、われわれにとっては、四半世紀以上ぶりの親離れ子離れの春となります。

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2020.02.09

◆息子が退院しました

 お蔭さまで息子が退院しました。

 まだ碌に口もきけず、腫れで下ぶくれ状態、食べられるのはせいぜいお粥やシチュー(肉抜き)という状況ですが、いたって元気です。

 ・・・と書いたところで、風呂場から呼び出されました。四肢や背中に薬疹と思われる発疹が出ています。

 私も痛み止めの湿布で薬疹が出て、ステロイドの内服薬を飲み始めたところでした。

 調べた資料には「成人後に後天的に獲得され、家族内発症はほとんどなく、(非ステロイド性抗炎症薬)不耐症獲得の機序は不明である」とあり、体質が遺伝しているというのではなく、息子の原因は別、あるいは、原因は同じでも発症は偶然かもしれません。

 私自身、この2週間ほどの間に予防接種・整形外科・内科・眼科・皮膚科とハシゴしつつ、入院している母親と息子を見舞っていて、なんだか病院が生活の一部になってしまっています。

 この状態が早く終息することを祈っております。

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2020.01.31

■入院・手術は月初めに

 歯列矯正の仕上げ?に、上下の顎の骨を切ってつなぎ直すという大がかりな手術を、息子が受けた。

 前日には麻酔科に呼ばれ、全身麻酔で死ぬ可能性について納得した上で、同意書にサインを迫られる。

 いや別に実際「迫られ」たわけではないが、ここまで来てから説明されても、今さら手術しない選択肢はない。

 知人から教えてもらってはいたのだが、手術後は聞きしにまさる悲惨さである。

 当初は、よだれまじりの血が流れ放題(大げさ)、鼻にチューブを入れられて酸素マスクを装着し、手には点滴、トイレにも行けず導尿されている。

 それらが外れても、下半分を中心に顔が腫れ上がった、見るも無惨な痛々しい様相で、ジュース状の食物を注射器で口中に入れるような生活がしばらく続くそうだ。
 腫れが「それなりに」ひいてまともに食事ができるようになるには2〜3か月、完治には年単位の歳月を要するという。

 さらに、手術中に使った薬が眼に入って炎症を起こしているとかで、そんな状態の息子を明日は別の病院の眼科に連れて行かねばならない。
 ___

 それはともかく。

 今回の入院で一つ大失敗したのは、月末に入院・手術を設定したことである。

 入院時に「高額療養費制度」の説明を受け、「ああ、そうだった!」と思い出した。

 仕事関係の会合で「そんな愚かな制度があるんだったら、入院や手術は月初めに限りますね」とか言いながら笑い合っていたのを完全に忘れていた。

 知っていたのに忘れて大損するとは・・・

 みなさまは、今後のためにぜひ覚えておいて、けっして忘れないでください。

 高額療養費制度は、暦月1か月間に私たちが支払う医療費に上限を設けるものだ。一般的な中年以上のサラリーマンなら、だいたい10万円くらいが毎月の医療費支払いの上限になる。

 問題は、それが「暦月1か月」単位だということである。

 息子は2週間程度の入院を予定しているが、これが2月1日からなら、手術や入院に何百万円かかろうと、支払いは10万円程度ですむ。

 ところが、実際には1月末に入院して手術を終えたので、1月分の支払いが10万円、2週間近く入院する2月分の支払いも10万円・・・つごう20万円の支払いになってしまう。

 支払いは倍! 差は10万円!

 受ける治療はまっっったく同じなのに、入院・手術する日が2〜3日違うだけでそうなるのだ。もちろん、1日でもそうなる可能性がある。
 こんな馬鹿な制度設計があるだろうか。

 いつも思うのだが、こういう愚かな制度を作る連中は、なんのために東大を出たんだろう?

 もちろん、急な怪我や病気で入院・手術になる場合に選択の余地はない。
 だが、今回の息子のようなケースでは、少し日程をずらすだけで費用は半額、10万円の節約になる。

 うちは失敗しましたので、みなさまは忘れないでくださいね。

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2020.01.26

■中国の底力?

 うちの比較的近所に、150m(メートル!)に満たない道路を拡幅してまっすぐにするのに、30年以上かかっているところがある。
 私が認識してからすでにそうなので、もしかすると計画から半世紀くらいかかっているのかもしれない。
 それがまもなく完成しそうで、ちょっとうれしい2020年の1月だ。

 日本におけるある種の事業の進み方というのは往々にしてそういうスピードで、昨年だったか、道路拡幅工事に伴うビルの立ち退き交渉が進まないのに業を煮やし、兵庫県の明石市長が「火ぃつけてこい」「燃やしてしまえ」 などと部下を怒鳴りつけて問題になったのも記憶に新しい。

 そういう国に住んでいると、中国のスピード感には啞然とさせられることがある。

 新型のコロナウイルスに伴う肺炎が問題になっている中、1000人が入院できる病院をわずか10日で建設するというニュースが流れたときには耳を疑った。

 「まあ、白髪三千丈の国だからね・・・」というありきたりの感想が浮かんだのだが、なんと、10日間というのは単に希望的観測というわけではなく、現実に「2003年に重症急性呼吸器症候群(SARS)の感染者が急増した際にも、北京郊外にわずか1週間で新病院を建設して対応した例がある」(AFP)というのだ。

 蠢いているとしか表現しようのないショベルカーが広い大地に蝟集している映像を見ると、そんなことも可能かもしれないという気がするからおそろしい。

 そうはいっても、1週間でコンクリートがちゃんと固まるのかと思ったが、軽量鉄骨のプレハブを地面の上に置くだけとかかも・・・と思い直した。
 いやしかし、たとえそうでも、10日間で1000床の病院を建設するとは、やはり常軌を逸している。

 以前、日本の数十倍ともいえる速度で新幹線網が整備されつつある中国に驚いた話を書いた

 いくら独裁体制で工事がやりやすいとはいえ、この種の底力?にはやはり恐れ入る。

 さらに驚いたのは、今回の新型コロナウイルスに関する(ちゃんとした)報告や論文が、すでに10報以上発表されているらしいことである。
 臨床医だけではなく研究者も、春節を返上してものすごい勢いで仕事を進めているのだ。

 こんなことが可能な国は中国をおいて他にないといっても過言ではないと思う。そしてその仕事は、独裁体制だから可能だというわけではない。

 また、これは中国とは関係ないが、The Lancet のような評価の高い医学雑誌が、これほど早く査読を終えて論文を掲載できるというのも信じられない。
 例えば日本に、そんなスピード感のある学術誌が存在するだろうか。

 ___

 言うまでもなく、中国はいろいろと問題の多い国だ。特に政府はそうである。

 今回の武漢封じ込めを見ていても、「よくもまあ、これほどの強硬手段をこれほど即座に発動できるなあ」と感心してしまう。もろもろの自由を奪われた人たちは気の毒だが、こういう危機に対処するには、確かに強権的な政府は有効な場合もあると認めざるを得ない。

 だが、それは別にして、中国という国の、あるいは中国の人たちの持つパワーとスピードには、あきれながらも素直に敬服させられてしまう。

 少なくともここ二十年くらいの私自身は、いやいや、まあまあ、ぼちぼち・・・とつぶやきながら、のんびりとやる(あるいはむしろやらない)のが好きなんだけれど。

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2020.01.01

■2020年初春によせて? ──Ghosn with the Jet

 あけましておめでとうございます。
 ___

 2010年の時にも同じようなことを書いたかもしれないが、まさか2020年が来るとは思っていなかった。

 これが2000年なら、「どんな未来になっているんだろう?」と、子どものころからいろいろ想像をめぐらせていたのに。

 2000年には、空飛ぶ車で街を飛び回ったり、どこか月以外の天体に出かけたりしているはずだったのだが、2020年になっても、とんとそんな気配はない。
 ライト兄弟が砂浜でたった数百メートルの飛行に成功してから、人類が月に降り立つまで、わずか66年しかかかっていないのだが、それから50年以上経った現在でも、人類は火星にすら到達できていないのだ。

 予想されていなかった?未来としてドローンのようなものがあるが、機械工学的な進歩は、何らかのブレイクスルーがない限り、なかなか難しいだろう。

 一方で、電子工学的な、あるいは情報工学的な進歩は凄まじく、昔は誰も未来として想像していなかったインターネットの存在は、われわれの生活だけではなく、地球そのものも変えたし、今後さらに変えていくと思う。
 ドローンを可能にしたのも、機械的な進歩というよりは、姿勢制御に関する情報処理技術である。

 年末に、竹宮恵子の『地球へ』を読み返していると、自由な星間旅行を実現しているほどの設定で、コンピュータの描写が、まだ磁気テープリールや紙の穿孔テープなのには驚いた。そちら方面に想像力を発揮するのはそれほど難しいということかもしれない。

 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が描いた未来は、すでに5年前の2015年だと思うが、そこに描かれているテクノロジーが現在でもほとんど実現していない一方、まったく描かれていなかったインターネットは、2000年にはすでにかなり普及していた。
 ___

 こんなことを書こうと思って書き始めたのではなかった。

 この年末年始最大のニュースは、何と言ってもカルロス・ゴーン被告の海外逃亡だと思う。

 そう思っていたら、新聞の一面トップは、統合型リゾート(カジノ)事業をめぐって、既に逮捕されている秋元司容疑者以外に、5人もの国会議員に現金の賄賂が贈られていたというニュースで、これはこれであきれ果てるしかなかったのだが。

 さて、ゴーンである。

 すでにいろんな人がいろんなことを言っていると思うのだが、やはり少しは言っておきたい。

 まず、彼のような被告人が海外逃亡するというのは、許されざるものであるということは最初に確認しておく。

 その上で、こういう形で日本の司法制度が海外から注目され、批判されるのは悪いことではないと思う。
 長年、国連や先進諸国から「中世の暗黒裁判のようだ」と改善を求められてきた日本の人質司法がひろく白日のもとにさらされて、一般にもその異常性が知られるのは、こんな機会をおいてない。
 国際的な批判をかわすためだろうか、せっかく異例の保釈をしたのに、その被告人に逃げられたのは何とも皮肉なことではあるけれども。

 次に、国としては15億円もの収入(保釈金の没収)があってよかったのではないかと思う。
 手間暇かけてゴーンを裁いて刑務所に入れても、経費がかかるだけである。逆に15億もうかったと考えた方がいいのではないか。こんなことなら50億とか100億とかにしておけばよかったのに、という気すらする。

 逆に感心しないのは、お金と人脈があれば、ゴーンほどの目立つ有名人でも簡単に国外逃亡できたという事実である。
 いちおうは平等や公正や正義が損なわれていないとされる国においてすら、刑事被告人の沙汰が金次第というのは、いかにもまずい。
 少々の罪を犯しても、結局はカネと人脈で何とかなる、あるいは、カネがそれほどなくても権力と人脈でなんとかなるというのは、この国を深く蝕んでいる病巣みたいなものだと思うのだが、国家側でもその反対側でもそれが同じなのだと思うと、それらを持たない者としてはなんともやりきれない。

 最後に・・・

 これはまあ冗談みたいなものだが、今回もっとも可哀想なのは、正月休みがなくなってしまった関係者だろう。
 当事者にとってはたぶん笑いごとではない。特に検察関係者などが「ゴーン憎し」とさらに燃えるのは避けられまい。

 だがまあ、日本が犯罪人引渡条約を結んでいる国が2つしかない以上(ほんとなのかな?)ゴーンほどのカネと人脈を持った者が国外に逃亡すれば、もはや日本の司法の出番はないだろう。
 外交力の乏しさは言うまでもない。

 正月返上の奮闘も、おそらくは無駄になる。お気の毒に。
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 末筆ながら、本年もみなさまのご健康とご多幸をお祈り申し上げます。

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2019.12.26

★MacBook 系のキーボードに不具合

 高校生の時にタイプライターでタッチタイピングを覚え、22歳からはパソコンのキーボードで(無駄に)大量の文字を打ち込み続ける人生を送っているので、タイピングにはそれなりに自信がある。

 ところが、「最近どうも調子がおかしい、これは年を取って指先が自由に動かなくなってきたからなのか、そんな感じはまったくしないんだけどなあ・・・」などと思っていると、案の定というか、キーボードの不具合であった。
 何でも年のせいにするのはよくない癖である。

 調べると、MacBook 系のキーボードはほとんど全滅状態だ(今も「ぜんめっつ」になってしまった。私のせいではない)。

 Appleのサイトには、しらじらしく特定の MacBook、MacBook Air、MacBook Pro モデルのごく一部のキーボードに、以下の症状 (の 1 つまたは複数) が現れる場合があることが判明しました。」などと書いてあるが、「特定の」「モデルのごく一部」に不具合があるんなら、私に当たったりなどするものか。
 生まれつき?くじ運はすこぶる悪いのだ(あ、悪いから当たるのか)。

 さてどうしよう。とりあえずは使えるし、年末年始だし、キーボードだけ修理に出すこともできないし、いかにも面倒である。
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 もし MacBook 系のキーボードの反応が鈍いとか反応しすぎるとか戻らないとかチャタリングするとかに苦労なさっている方がいるとすれば、さっさとアップルストアやジーニアスバーに持っていて即時対面で修理してもらうのが一番だと思います(予約は必要かと)。

 ・・・といいつつ、自分自身はどうしようかなあ・・・と相変わらず優柔不断な年の暮れ。

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2019.11.29

●「ええこと」

 おお、11月の記事がひとつもなくなるところだった。

 もし1か月間ココログを更新しなければ、スタートした2004年1月1日以来、初めてのことであろう。
 近年はtwitterがあるからまあいいのだが、「1か月ここに書き込みがなかったら死んだと思ってください」というようなことをかつて書いたような気がする身としては、そうならずにすんでよかったと思う。

 ひとごとながらご休心ください。通常通り生きております。

 さて、11月はゼロ・・・にならずにすむ書き込みを、うれしい気持ちで記すことができて感謝している。
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 もう10年以上も前、親戚の葬儀が続いたときに、

親戚が顔を揃えるというのは、ほとんど葬儀・法要という感じになってしまった。会うたびに「なんかもっとええことで会えたらええのになあ」という声を聞くが、われわれ庶民に「ええこと」なんてそうあるものではない。

 と書いたことがある。

 その後ももちろん「ええこと」などなく(親戚にはあったかもしれないが)、葬儀やら法要やら、その手前の病気やら入院やらが続くばかりであった。

 幸いというか、本人の身にふりかかったことに限れば、家族3人にはそれほど悪いことが起こったわけではなく、「ええこと」がないだけで暮らしてきた。
 まあ、「無事是名馬」だろうと、自虐的に慰めにしている。

 そんな中、今日、「ええこと」の知らせが舞い込んできた。

 大学院修了後、2年間も就職浪人していた息子に、某地方自治体からの「最終合格通知」が届いたのである。

 通知には理不尽にも、「
職員採用候補者名簿」に登録されるだけで「職員採用の必要が生じなければ採用しない場合があります」などと書いてある。
 せっかくの大きな喜びの中に、不安ばかりがふくらんでいく。

 あんまり気になるので、別の自治体の人事課にいたこともある知人に聞いたところ、「4月1日付採用でないことはままあるが、年度内に採用されないという例は聞いたことがない。地方自治体がそんな理不尽なことをして許されるはずがない」という趣旨のお返事をいただき、ひとまずは安心した。

 それにしても、「最終合格通知」に「採用しない場合があります」なんて、学校でいえば「合格しましたが入学できるとは限りません」と同じで、無茶苦茶だと思うのだが、地方公務員の採用というのはそういうもののようで、ほんとにこの国の役所というやつは・・・という愚痴(というよりは正当な怒りだと思うのだが)は、今日に限ってはやめておこう。

 庶民にもたまには「ええこと」があるのである。これでやっと、少しは子離れもできる。

 まあ、学校を出れば就職をするのはふつうのことだし、特段「ええこと」ではないのかもしれない。
 それに、就職したらしたで、いろいろ苦しいことやつらいこともあるんだろうけれど、人生とはたぶんそういうものだし、取り越し苦労をしても仕方がない。

 息子の未来に幸あれと願う。

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2019.10.24

◆「年収1千万円」の凄さ

 あらかじめ断っておかなければならないが、私の年収は1千万にはるかに届かない。

 だが、ちょっと名の知れた大企業であれば、たとえば「45歳課長」くらいで、年収は1千万円程度になるはずである。
 だからこれまで、「年収1千万」にそれほど畏怖の念は持っていなかった。

 ところが、ひょんなことから、年収1千万というのは、毎週20万円だということに気づいた(今さら・・・)。
 平日1日にすると4万円で、それもすごいが、やはり「毎週20万円」のインパクトには及ばない。

 土日祝日を休み、盆と正月を休み、雪が降っても風が吹いても、毎週コンスタントに20万円である。

 年収1千万のそこのあなた、毎週20万円もらえるようなお仕事をしてらっしゃいますか?
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 こういう、「自分がピンとくるように数字を操作する」というのはけっこう大事だとときどき思う。

 国と地方の借金が1000兆円だとよく言われていたが(今はもっとだろう)、1万円の新札を積み上げると、100万円で1cm、1億円で1m、1兆円で10kmとなる。
 借金の1/1000で、すでにエベレストを超えるのだ。
 1000兆円を積み上げると、あっさり宇宙に到達し、なんと1万kmになる。地球の赤道半径(6378km)をはるかに超えた、ものすごい位置まで積み上がることになる。
 国際宇宙ステーションが飛んでいる軌道の、ざっと25倍の高さである。

 そう考えて初めて、1000兆円の凄さが理解できる。

  あるいはまた、毎日1億円使って、1000兆円使い切るのにどのくらいかかるだろうか。
 毎日ですよ。1億円ですよ。
 どうやって使えばいいのか途方に暮れてしまうが、それだけ使っても、2万7379年くらいかかる。はたして人類は存続しているだろうか。
 (これが「毎日100万円」なら、273万7909年である。人類が生き残っていれば、間違いなく違う生物に進化しているだろう。)

 1000兆円というのはそういう数字だ。
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 スケールが極端に小さくなって恐縮だが、元に戻って毎週20万円の話・・・

 もちろん手取りでないとはいえ、それだけあればどんなに贅沢ができるかと想像するのだが、年収1千万円の人ってわりとざらにいるはずである。

 あ、だから酒を飲んだりウーロン茶を注文したりできるのだろうか ^^;

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2019.10.19

◆ウーロン茶を注文するお客さん

 長年、飲食店でウーロン茶を注文するお客さんが理解できなかった。

 特に、鮨屋なんかでウーロン茶を頼んでいるのを見るとびっくりする。
 緑茶も水もいくらでも無料で提供されるのだ。ところが、ウーロン茶を注文すると1杯400円とかかかる。家族4人だと1600円(税込1760円)にもなってしまう。
 なのに、「ウーロン茶おかわり」なんていう人も。金持ちか。

 うちは家族3人ともお酒を飲まないので、イタリアンでも中華でも鮨屋でも、飲み物を注文することはほとんどない。
 店の方も、ソフトドリンクに力を入れているところはまずなく、注文したいと思うような飲み物がメニューに載っていることは稀だ。

 先日、魅力的に見えるソフトドリンクがメニューにあったので、フランス料理のランチで珍しく飲み物を頼んだのだが、2800円のランチに1杯600円で3400円になってしまった。税込3672円である(当時)。
 思い切ってやっとの思いで2800円のランチを食べに行った身には、3672円は痛すぎる。
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 いつのころからか、それなりに大人になって、飲食店の利益のかなりの部分が飲み物で賄われていることが理解できるようにはなってきていた。
 だから、お酒が注文できないことを申し訳なく思うのだが、それでも、魅力のないソフトドリンクメニューを前に、欲しくもない飲み物、ましてウーロン茶などを注文するなど考えられなかった。

 近年、個人的に応援したい店がいくつか出てきて、ひとつふたつは実際具体的に応援しているのだが、今日さっきふと、twitter への不用意な書き込みで炎上した飲食店のスレッドを読みながら、「ウーロン茶を注文するお客さん」を始めて理解できた気がした。

 彼(女)らは、欲しくもないウーロン茶を注文することで、お店に寄付をしているのだ!

 中にはそうでない人もいるかもしれない。
 ピンクレディーが広めたという、飲むと太りにくいという神話?を信じているとか、あるいは純粋にウーロン茶が好きだとかかもしれない。

 でも、けっこうな数の人が、店の売り上げへの貢献のためにウーロン茶を注文しているのではないかと、初めて気づいた。
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 え?、今ごろわかったの?? と言われそうで恥ずかしいのだが、それがわかっても、そしてその理解が正しいとしても、今後もウーロン茶を注文することはないと思う。

 魅力的なソフトドリンクを揃えてもらいたいと思わないでもないのだが、それで採算を取るのも難しいだろうし、こちらとしても600円とか出してまで頼みたいような飲み物はなかなか考えにくい(酒飲みは、よほど酒好きなのか金持ちなのかといつも思う)。
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 飲食店の経営者におかれましては、飲み物の売り上げに頼らなくてもやっていける値付けをしてくださるようにお願い致します。
 そして、飲み物を注文しなくても気兼ねすることなく気持ちよく食事できるようにしていただければありがたく存じます。

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2019.09.12

■セスナ172Pも軽かった

 昨日計算したボーイング787-9の軽さが衝撃だったので、自分が乗っていたセスナ172Pについても計算してみた。

 全長が8.2m、最大離陸重量(燃料満載・大人4人乗り程度)が1086kgらしい。

 全長を基準にして、この飛行機がスズメ(14cm)の大きさだったとすると・・・
 スケールは約1/58.57となる。
 したがって、重量は約1/20万0936である。

 すると重さは・・・やはり約5.4gということになった。
 787-9のほうが軽いのは、炭素繊維強化プラスティックなどの複合素材を使った最新鋭旅客機の軽量化がそれだけ進んでいるということだろう。

 スズメの大きさで5.4gというのは、おそらくはスズメの体重の1/4以下である。

 飛行機というのはそれくらい軽い。

 よく「鉄の塊が空を飛べるはずがない」などという言い方をするが、材質はジュラルミンやら複合素材やらだし(大昔は木枠に帆布だった)、内部は空洞だしで、実際には鳥よりはるかに軽いのだ。

 飛んで当たり前である。

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2019.09.11

■飛べるはずだ

 ディアゴスティーニが「隔週刊 JAL旅客機コレクション」の発売をはじめたのを知った。

 あの「だれが最後まで買うんだろう?」感 満載のシリーズの一環である。

 今、Webページを上から下までざっとぜんぶ見たけれど、結局何号まであるのか、ぜんぶ買うといくらかかるのかの情報はない。

 それでいて定期購読に誘い込もうと必死である。
 申し込んでしまうと、断るのが面倒でずるずると買ってしまう人がいるのを見越しているんだろう。
 それでも、この種の定期購読を最後まで続ける人は1割もいないだろうとか言われている。

 詳しく調べてみると、第1号が990円、第2号以降が3036円で第80号まで予定しているということなので、ぜんぶ購入すると、値上げがない前提でざっと24万円あまりということになる。

 それだけのお金を出すのも、1/400スケールの飛行機を80機もどこに置くのか(冊子もついてくる)も、かなりの問題だ。

 それはともかく、ネットで第1号のダイキャストモデル(Boeing 787-9)の評判を見ると、すこぶるよさそうだ。
 飛行機好きの端くれとして、990円なら・・・と、第1号だけ購入することにした。

 届いた機体は評判に違わずけっこう立派だ。
 右水平尾翼下の胴体下部にちょっと塗りムラのようなものがあるが、細部の作りも悪くなく、細かい文字のプリントもしっかりしている。
 主脚はちょっと単純すぎる感じがして、車輪も回らないが、このスケールでは仕方ないだろう。

 1/400のダイキャストモデルを手にするのは初めてだが、ちょうど手のひらに乗るくらいの大きさで、ずしりとくる重厚感も悪くない。
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 だが、そこで ふと考えた。

 「この重さではとても空は飛べないよなあ」

 このモデルプレーンが、仮に相当な出力のエンジンでジェット噴射できるとしても、絶対にと言っていいほど飛べないと思う。

 この重さで実機の大きさになると、どれくらいの重量になるんだろう?

 測ってみると、モデルは152.5gであった。スケールが1/400だから、重量は400の3乗倍、つまり6400万倍になる。
 計算すると、9760tだった。

 一方、実際の787-9の最大離陸重量(燃料や貨物・乗客満載)は、ボーイング・ジャパンの公式サイトによると、545,000 ポンド(247,208 kg)≒247.2tということなので、このモデルは実際の飛行機よりも40倍近く重いことになる。

 「これは飛べない」という私の直感は、当たり前だが正しかった。

 そこで、ちょっと気になった。
 787-9をこのスケールに落とし込んだ場合、本来のというか、正しい比率の重量はいくらになるんだろう?

 247,208 kg の 1/6400万だから、約3.86gということになる。

 この大きさ(156.6×153.5×42.3mm)で4g足らず!!!
 燃料・貨物・乗客を満載して・・・ですよ。

 スリムだが、長さでいえばちょっとした小鳥くらい(スズメより約1cm長い)なのである。
 うちの文鳥はスズメより小さいと思うが、それでも20g以上ある。
 日本でいちばん小さくて軽い鳥(キクイタダキ)が体長10cmで5gほどと言われている

 その1.5倍の長さで、それより軽いのだ。

 なんと、ボーイングの中型飛行機が鳥より軽かったとは・・・

 飛べるはずだ

 ※(もし計算間違い等あればご教示ください。)

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