2022.01.15

■外壁の補修

 本来なら今ごろ、グライダーで大空を舞っているはずだった(陳腐&大げさ)。

 なんでも、天気はいいのだが滑走路に積雪があり、今日はどうも無理ではないかという連絡があったので、諦めて家にいることにした。

 朝、遅くに来た父親からの年賀状の返事を出しに、歩いて郵便局に出かけた。

 年賀状はやめたと伝えていたのに、忘れたのか、今年は来た。もしかすると、去年も来ていたかもしれない。
 いずれにせよ、卒寿を過ぎての肺炎(コロナではありません)から回復したことを示すわけで、めでたいことには違いない。

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 郵便局の帰り、家の外壁をなにげなく見上げると、明白に色がおかしい部分があるのに気づいた。

 帰宅して近くから見ると、まん中がひび割れている。
 陽のあるうちに歩いて自宅に帰って来るなど(特にコロナ以降は)ほとんどないので、今日まで気づかなかったのだ。

 タイルのような外観ではあるがサイディングであり、1枚分相当だけ色が変わっているというのはどう考えてもおかしい。
 それに、上下の目地に色を塗ったような痕跡もある。

 以前外壁補修をお願いした業者さんに電話すると、仕事の途中で寄り道してさっそく来てくださり、診断してもらった。

 その結果・・・

 「おそらく、新築の時に異常があったのを糊塗するための塗装が経年劣化で色褪せてきたのではないか」という診断を、ためらいながらも教えてくれた。
 それにしても、「糊塗」とはよく言ったものだ。(おそらく)新築時には既にあったひび割れをコーキングで隠し、色合わせした塗料を塗っていたのである。

 補修するとなるとどうすればいいのか伺うと、コーキング剤を充填して塗料を塗るという。
 要するに、もう一度同じことをするわけだ。

 それほど深刻に考えなくてもいいし、たいした手間でもないというのでとりあえずはほっとしたが、いくらくらいかかるのか聞くと、やはり2万円くらいにはなるという。

 「もしかして、ホームセンターでコーキング剤を買ってきて、自分でやっても大丈夫ですか?」と聞くと、それでも十分ではないかという雰囲気であった。

 業者さんを見送ってから、どうしようか家人と相談しつつ考えた挙げ句、まあ、やってもらおうかという話になりかけた。

 ところが、物入れを開けると、セメダインのバスコークN(マスキングテープ付)があり、いつのものだかはわからないものの、防カビ剤入りで防水・耐湯・耐熱・耐寒(-40℃〜120℃)だという。
 「浴室・キッチン」というのが気になったが、買いに行くのが面倒だというのも大きかったので、ええい、かまうものか、一気にこれで片付けてしまえ・・・という方に傾いた。

 やってしまってから気がついたが、室内用らしいので、もしかすると耐紫外線性能とかが弱いかもしれない😅

 ガレージから脚立を持ち出して、ちょっと無理な姿勢ではあったが、なんとか補修できた(と思う)。
 今はまだ、マスキングテープを剥がしていない。

 転落するとかそういう心配をちょっとしていたが、取り越し苦労であった一方、もしかすると筋肉痛になったりするかもしれない。

 これで2万円の節約。今日、飛びに行けなかったこととあわせて4万円くらいの節約になっただろうか。

 相変わらずケチである。

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2022.01.01

■頌春

 本年こそ、みなさまにとっても私自身にとっても素晴らしい年となることを祈念いたします。

(下の写真がぼけているのはココログの仕様のようです。
 クリックしてご覧くだされば幸いです。)

20220101

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2021.12.17

★「ええこと」3

 こんなに「ええこと」が重なるなんて😅

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 この秋に知り合った若い人が、グライダーに乗っていることを知った。

 実生活では、飛行機の免許を持っていることを基本的には人に言わないのだが、そのときは一瞬のためらいの後、「実はぼく、ペーパーパイロットやねん」という話をしてしまった。
 相手も飛んでるんだし、何も隠すことはない。

 「ええなあ。グライダーって前から乗りたかってん。うらやましい。とにかく、静かに飛べるのがええと思う」

 みたいなことを言うと、

 「無線がずっとうるさくて、そうでもありませんよ」

 というような話だった。

 「ふるさと納税すれば乗れる機会があるのでどうですか」と、なかば冗談で勧められもしたのだが、お客さんとして体験搭乗するのなら、グライダーでもパラグライダーでもハングライダーでもそれなりに機会は作れるだろうと思って、あまり食指は動かなかった。

 次の週、「仲間に話したら、「今度(の飛行会に)参加してもらえばええやん」という話になったんですけど、いらっしゃいますか」と聞かれたので、一も二もなく「もちろん行く行く」と返事する。
 あんまり前のめりなので、相手は「そんなに?」とちょっと引いていた。

 さらに次の週、最終的には教官に確認しなければならないが、仲間はみんな歓迎すると言っているので来てくれという話になり、申し訳なさそうに、現地までの交通費は自己負担であること、飛ぶのに料金や保険料がかかることを伝えられた。
 交通費がかかるのは当然だし、飛行にかかる費用も、セスナで飛んでいたときのことを思えば、何というほどの額でもない。

 問題は、「上がっても、上昇気流がつかまえられへんかったら、──たいていはつかまえられないんですけどね── すぐ降りてこないといけないんですよ。「バッタ」っていうんですけど」というところだが、動力のない滑空機なので、それも仕方ない。

 ともかく、ひさしぶりに飛べる、しかも初めて静かに飛べる・・・というのは朗報だ。

 たまには「ええこと」もあるのである。

 ほんとにたまにだけど。

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2021.12.04

★「ええこと」2

 以前、「ええこと」について書いた2年前は、書き出しが

おお、11月の記事がひとつもなくなるところだった。」

なのだが、今回は11月の記事がひとつもなくなったあとだ。

 まあ、twitter は随時更新しているので、生存証明にはなっていると思う。

 さて、「ええこと」2。

 前回の「ええこと」の趣旨は、「われわれ庶民に「ええこと」なんてそうあるものではない」というものであった。

 ・・・というのが正しいか、念のため読み返したところ、そうではなくて、息子の就職が(一応)決まったというものであった。上記趣旨は十数年前のものだった。

 たまには「ええこと」もあるのである😅

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 さて、今回は人様の話。

 かつての同僚にひょんなことから子育て関連で久しぶりに連絡すると、現在ふたりめのお子さんを妊娠中だと教えてもらった。

 ふたりめ!!

 いやいや、若い夫婦なんだから当然といえば当然のことなのだが、いつの間にか頭の中が、「超少子高齢化・ひとりっ子または子なし・いやそれ以前に結婚しない」というのがふつうの世界・・・という状態になっていたので、他人事ながら、ふたりめ懐妊というのは想定外の驚きだったのだ。

 心の底からおめでとうございますと言いたい。

 私には甥や姪が8人いるが、だれひとり結婚していない。息子にももちろん、その影すらない。ひとりふたりを除き、全員「適齢期」か、または過ぎているのに、である。

 いや、何もここで昭和の価値観を出すつもりはない。別に何歳で結婚してもしなくてもいいし、スウェーデンやフランスみたいに「子どもはいても結婚している方が珍しい」でも、個人的には別にかまわない。

 だが、これほど子どもが少なくなると、国民国家の存亡に関わるというのは、まったく民族主義者でも国家主義者でもない私にもひしひしと感じられる。
 民族主義者や国家主義者だらけの政治家たちは、いったい何をしているのだろう?

 ・・・というような意味で、おめでとうございますと言いたいのではもちろんない。

 育ってしまうとそうでもなくなるが😅、「子宝に恵まれる」ということばを実感する者のひとりとして、民族や国家のことなんか何の関係もなく、完全に個人的にうれしく、おめでたく感じたのである。

 幼子を抱えているところにまた乳児が生まれてくるなんて、想像もできないほどたいへんそうである。二人ともフルタイムで働いているからなおさらだ。

 でも、

While motherhood is hard, children are bliss.

である。

 いや、私だって十分子育てをしたし、parenthood というべきかもしれないが、元同僚は mother だし、これでいいだろう。

 ともかく健康第一で、家族4人!、お幸せに。

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2021.10.17

◆「手良乎」の謎

 追記:下記に関して、『日本国語大辞典(第2版)』に記載があるとの懇切丁寧なご教示を賜りました。ありがとうございました。
 「辞書にないのに」と繰り返しておりましたが、単なる私の見落としでした。お恥ずかしい限りです。
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 本日付の「朝日歌壇」に、

  「手良乎」とう『色葉字類抄』にもある言葉今も津軽の地には生き延ぶ

という作品が掲載されていた。選者は馬場あき子である。

 馬場によると「手良乎は蝶のこと」だそうだ。
 『色葉字類抄』は、平安時代末期、12世紀半ばに成立したと言われる古辞書。

 最初は「なるほどなあ。方言周圏論(中央の言葉が同心円状に地方に波及していくという考え方)はここでも有効なのだ」と思っただけだった。

 だが、気になって「手良乎」(新聞には「てらこ」と振り仮名がある)を辞書で調べてみても、手元で見られるあらゆる辞書に載っていない。
 「手元で見られる」とはいってもネット時代、日本最大の『日本国語大辞典(第2版)』(書籍だと全14巻、23万1000円)まで含むのに、である。

 『色葉字類抄』そのものは家で見られないが、そこに載っている語であれば、辞書に載っていてもよさそうなものなのに。

 そもそも、馬場はどうして「手良乎は蝶のこと」だと知っているのだろうか。辞書にないのに。
 馬場あき子ほどの人であれば、自宅に色葉字類抄くらいは置いているのだろうか。
 あるいは、作者がハガキに書いていたのか。
 もしかすると、一流の歌人には常識なのか。辞書にないのに(しつこくてすみません)。

 辞書にないどころか「手良乎」を漢字でネット検索しても、ヒットするのは朝日歌壇だけなのである。
 「"てらこ" "蝶"」で検索しても、関連のありそうなのは「つがる弁」について述べた1つのみ

  諸賢のご教示を賜れれば幸いです。

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2021.10.15

◆目指せ! 陸マイラー

 ポイントを貯めるとかマイルを貯めるとかにほとんど興味・関心がなかった。
 むしろ憎んでいた

 あんまりお金を使わないから大して貯まらないし、何より面倒だと考えていた。

 Tポイントカードやポンタカードは持ってはいるが、会計の際にも出さなくなっている。
 ローソンで Apple Pay を使うと、ポンタポイントも自動でつくのでそれは使っていたのだが、VISAタッチのほうが便利なので、わざわざポンタカードを出さなくなった。
 どうせ月に1000円とか2000円とかしか使わない。それで10円20円のポイントをもらったところでどうしようもない。

 ところが・・・

 なぜか先日、ふと、「JALカードでマイルを貯めるのはどうだろう?」と思い至った。
 (そうだ、屋久島に行こうかと考えて、往復の航空運賃が7万円超なので諦めて信州にしたときに、「6000マイルで行けるのに」と考えたからだった。)

 いま思えば、これまでどうして無視していたのか不思議なのだが、おそらくは、どうせたいして貯まらない(と決めつけていた)のに、カードに年会費が必要なのが気に食わなかったのだと思う。

 年会費無料のマイル専用カードなら持っている。

 ところが、マイル専用カードでは、飛行機に乗らないとマイルが貯まらない。飛行機に乗るのは たまの海外旅行くらいなので、それではなかなか うまみがなかった。
 それでも、覚えている限り、これまで3度、無料で国内を往復したことがある。
 熊本へ家族3人で。
 函館へひとりで
 奄美大島へ夫婦で

 もしかして、「ショッピングマイル」を貯めれば毎年でも夫婦でそういうことができるのではないかと、作ることにしたのだ。

 早速、光熱費や通信費、車の保険代など、あらゆる可能な固定費をぜんぶJALカードで払うことにして計算すると、年に約80万円になった(食品の宅配を含む)。それだけで8000マイル!なので、JALの「どこかにマイル」を使えば、ひとりなら国内のどこかを無料で往復することができて、お釣りが来る。

 日常の買い物やガソリン代なども支払えば、おそらくは、120万円使って、毎年夫婦でどこかに旅行できるだろう。

 いろんなカードに分散してややこしくなっていた支払いを、可能な限りJALカードに一本化してすっきりできるのもメリットである。

 残念なのは、水道代と税金をJALカードで払えないことだ。特に、家や車の税金が払えれば、たくさんマイルが貯まるのに・・・と思う。

 あわよくば、ヨーロッパに行くときにビジネスクラスに・・・とも考えていたが、いま調べると、2人で片道でも6万6千マイル必要だそうで、これはちょっと夢物語か。
 しかし、だとすれば、前回のバルト三国の行きはほんとにラッキーだったなあと思う。
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 早速、Apple Watch Series 7 を注文した。今まで長い間様子見を決めこんでいたので、はじめての Apple Watch である。

 1000マイルゲット!

 うれしくて無駄遣いしないように注意しなければ、本末転倒だ。

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2021.09.30

■久しぶりに写真を更新いたしました

 久しぶりに写真を更新いたしました。

 Look ! Up in the Sky 2017-

 戸惑う被写体 2017-

 ご笑覧くだされば幸いです。

 

 手軽な写真の保存・公開方法がいろいろあって悩ましいのですが、上記2つは今よりはマメに更新しようと思います(できるのか)。

 引き続きよろしくお願いいたします。

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2021.09.28

■狭い山道では昼間でもヘッドライトをつけましょう

 きのう、信州や新潟の狭い山道をえんえんと走りながら、いつものように、ヘッドライトをつけていない車が多いのに閉口していた。
 数えてみたが、つけている車は30台に1台くらいだった。実に3%ほどである。

 ヘッドライトをつけることは、対向車の視認性を格段にあげる。
 昼なお暗い山道では特に有用だ。
 また、カーブミラーにライトが反射すれば、対向車が来ることは一目瞭然。
 間違いなく、安全にも資する。

 私自身は40年!前から実行しているのだが、いっこうに増える気配がない。
 「ヘッドライトがついていたから対向車が早くから視認できた」という経験をした人が増えれば、当然自分もそうしよう・・・となって増えてくるはずだが、なぜそうならないのか不思議である。
 もしかして、電気代?をケチっているとかそういうことなのだろうか?

 狭い山道では、昼間でもヘッドライトを上向きにつけ、前走者に追いついたり対向車が来たりしたら下向きにする。

 ぜひこれを、自動車教習所で教えてほしい。そして、免許更新の講習でも取り上げてほしい。

 40年経っても変わらないのだから、死ぬまで変わらないかなあ・・・

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2021.08.25

★各国はアフガニスタンの人々も救ってほしい

 新型コロナはもちろんだが、アフガニスタンの情勢も気になる。

 そんなことを私が気にしたところでまったく何が変わるわけでもないのだが、投票行動の一票と同様、みんなが気にすれば少しは変わりうる、そう願うしかない。

 アフガニスタン人の知り合いは2人しかいない。
 2人とも、女性への教育を否定していた旧タリバン政権崩壊後に、留学生として日本にやってきた女性だ。
 来日当初は、何かに怯えるようにいつもびくびくしながら人の顔色をうかがっているように見えたのだが、たぶん思い過ごしではなかったと思う。
 その彼女たちも、だんだんと明るくなって笑顔が増えていき、日本での生活になじんでいったように見えた。
 数か月会わないで再会したときには、髪の毛を覆うスカーフまでしなくなっていたことに驚いたものだ。

 彼女たちも、もう40歳前後になっているだろう。
 特に親しいわけでもなく、こういうことになる前から消息はわからなかったので、現在どうしているかは知る由もない。

 だが、20年ぶりに政権を奪還しつつあるタリバンは、留学経験者を目の敵にしているという報道もあって、心配している。

 彼女たちが国外で幸せに暮らしていることを願う。
 そしてもし、いまアフガニスタンにいるのなら、アメリカ軍でもドイツ軍でもフランス軍でも、あるいは自衛隊の飛行機でもいいから、無事に国外に脱出してほしいと思う。

 各国は、自国民だけではなく、亡命を希望するアフガニスタンの人々も救ってほしい。

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2021.08.01

★建具のメンテナンス

 8月がはじまった。しかも日曜日。

 ちょっと気分に余裕があったので、2階和室からベランダに出る掃き出しアルミサッシのクレセントを修理することにした。
 錠を閉めるときにスカスカで手応えがなく、前から気になっていたのだ。

 ちょっと見たところ、分解する手がかりがなさそうだったのでネットで調べてみた。

 いちばんのポイントは、ネジを隠している化粧板を外すことであった。ネジさえ見つかれば緩めればいいだけだ。
 やってみれば簡単なことだし、そういえば大抵の修理は化粧板やら化粧蓋を外すところから始まるのだが、滅多にやらないのですぐに忘れてしまう。
 サッシのクレセントを分解するのなど、生まれてはじめてだ。

 マイナスドライバーを隙間に差し込んで・・・みたいな説明を見つけたが、「ああ、これが外れるのか」とわかれば、爪で簡単に外すことができた。

 問題は、検索したのがどれも、台座や受けがねの緩みを問題にしていることである。

 そうではなく、クレセントに手ごたえがなくてスカスカなのだ。

 ・・・と、キーワード候補に「バネ」が出てくることに気づいた。
 バネって何だよ?

 気になって検索すると、なんとクレセント錠の中にバネが仕込まれていることを初めて知った。キーワードのサジェスト機能がこんなに役に立ったのも初めてのような気がする。

 いずれにせよ、錠を外してしまえばわかったことなのだが、そのバネが折れて外れていたのだ。
 これでは、部品がないと手の出しようがない。とりあえずクレセントを元に戻す。
 調べると、スプリングは2本で百数十円とかで手に入るようだ。
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 ついでというか、これも以前から気になっていた、1階の書斎と子ども部屋を隔てる建具も調整する。これは過去に経験があり、わりと簡単に、スムーズに開閉できるようになった。
 なんという名前なのか、天井側についている、引き戸が節度を持って閉まるようにするための金具がぐらついているのには、初めて気づいた。これは締め込むだけで修理完了。
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 もう1点、2階リビングに入るドアノブの調子もおかしい。これもどうも、バネの問題であるようだが、ラッチ自体を交換する必要があるかも。交換するとなると5千円近く・・・(訂正:メーカーのパーツリストで1650円でした。4個入りの価格を見ていました。)

 昼食後にでも分解してみようと思う。

 後記:ドアノブ下側の溝にマイナスドライバーを差し込むだけでノブが外れる構造なのにはちょっと驚いた。
 やはりラッチ自体を交換することにして、通販で注文した。

 さらに後記:今日(2021.8.3)届いたので交換し、すっきり直った。送料込みで1300円強。

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2021.07.31

●小鳥、廉価で預かります?

 春から危惧してこのブログのサブタイトルにしていたが、夏になって文字どおり「国破有五輪 都夏病毒深」である。人災の側面も強く、残念でならない。
 (後記:今日発表された東京都の新規感染者数は、はじめて4000人を超え、4058人、「直近7日間の感染者は1日平均2920人、最も深刻なステージ4(感染爆発)基準の5.8倍」だそうである。)

 それはともかく、明日から8月だなんて、ちょっと信じられない。

 仕事が一段落するのはお盆が終わるころ・・・という生活が十数年?続いているが、まだ慣れない。
 お盆明けくらいが年度前半の仕事の締切に設定されているので、お盆はそれを片付けるのに使わざるをえないのだ。
 まあ、人が多いのは苦手なので、お盆には仕事をしてその後休むというのが定番になっているのは悪くはない。

 ・・・というわけで、まだ仕事は片付いていないとはいえ、ちょっとひと息ついている。
 いつものことだが、やっと休みの計画を具体的に立てはじめた。

 海外には行けないので、手軽に涼しいところということで、昨年に引き続き信州になった。

 首都圏と大阪・沖縄は、8月いっぱい緊急事態宣言のようで、旅行というのも気が引けないわけではないが、万能ではないにせよ、まあワクチンも接種したことだし、そもそもほとんど人とは接触しないので、問題はないだろう。
 あるとすれば、車が大阪ナンバーであることくらいである。「ワクチン接種済」というパネルでも作って貼り付けておこうかと、なかばまじめに考えてしまう。「長野在住」でもいいのだが、ウソはつきたくない。
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 さて、とりあえず宿を2泊分だけおさえたところで、家人が「あ、S(文鳥)はどうするの?」と言った。
 すっかり忘れていた。去年はどうしたんだっけ? それより、バルト三国に出かけたときは???
 「あの時はRくんがいたから」
 「え?」
 就職浪人していた息子がずっと家にいたのである。20代後半のニートも、役に立つときがあったのだ。

 取るに足りない小鳥だが、そんなものでも飼っていると、短期の旅行にもおちおち行けない。
 息子のところに預けるか、旅行中の中日(なかび)あたりに一度来てもらうか・・・

 買えば2〜3千円ほどの鳥を、近所のペットショップに3泊4日で預けるだけで5千円近くする。「お預かり、お迎えは」「営業時間内」なので、出発や帰宅時間のことを考えれば7千円だ。シーズン料金の追加もあるようで、それに該当すれば1万円になる。
 一日一回エサを足して水をやるだけでいいのだから楽な商売だ。

 半額以下で小鳥を預かる商売でも始めようかな?

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2021.06.30

◆あ、2021年6月の記事もありません

 2021年6月の記事もありません。すみません。

 Twitterでは、ときおりつぶやいております

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2021.05.23

■兵庫県三田市の母子大池は一周できません

 兵庫県三田市の母子大池(もうしおおいけ)を一周しながら、「母子大池は一周できますがお勧めしません」という文章を書こうと考えていた。

 比較的整備されたハイキング道のような道が池を囲んでいるのだが、倒木をくぐったり跨いだりが20〜30回、川(というかせせらぎ)を渡るのが数回、そして、半分を過ぎて、これなら一周できるまで道が続いているだろうと確信を持てたころに現れたのが、鹿よけのためとおぼしき網であった。Img_9821_20210523210101

 ここまで来て引き返す手はないと思って何とか網を跨いで進むと、その後に同じような網が10回ほど行く手を阻んだ。

 歩くのに必死で周囲を見回す余裕はあまりないが、それでもキツツキのドラミングや、センダイムシクイ・ホトトギス・ツツドリの声を聞きながら自然の中を歩くのは悪くはない。

 ばさばさっともの凄い音がしたと思ったら、私に驚いたカルガモが飛び上がって逃げていくところだった。
 同じように、蛇やトカゲも慌てて池に逃げていくことがあった。
 ときおりドボンドボンと音を立てているのはカエルであろうか。

 話は戻るが、せせらぎは、どうしても水の中を歩かないと渡れないところが2箇所はあった。そして、プラスティックの筒でできた黒い一本橋を渡る必要にも迫られた。細い丸木橋?を渡ろうとしたら、向こう岸側でボキッと折れたりもした。Img_9826 Img_9816
 極めつきは、鹿よけの?網。お勧めしない所以である。

 だが、これほど整備された(ように見える)道があるのだ。しょっちゅうだれかが歩いていないとこうはならない。まあ、これから夏になると、草木が繁ってますますお勧めできない道になりそうではある。
 「水源涵養林」や「保安林」の表示があったが、作業の人が頻繁に歩くようなところではない。いったいだれが歩いているんだろう?

 困難や苦労から逃げまわり続けている私の人生において、十指に入るくらいの冒険であった。
 なにせ、どこまで道が続いているかまったくわからないのだ。倒木や川や柵や崩落や・・・で行く手を阻まれれば、えんえんと元の道を引き返すしかない。

 だがまあ幸いなことに、2時間近く四苦八苦して、やっとスタート地点まで戻れた・・・と思った。

 「一周できた、引き返さなくてすんだ・・・」という喜びはひとしおである。

 ところが、最後の最後に大きな罠が待っていた。

 5mほど前にいる親子連れ、10mほど先に見える自分のオートバイとの間には、絶対に誰も通さないぞと頑固に主張する柵があり、それを乗り越えたとしても、またすぐ先に有刺鉄線があるのである。

 柵にはこちらからは見えない看板があったので、身を乗り出して裏側を見ると、「立入禁止」とある。
 いやいやいや、ここに来るまで、立入禁止はなかったのだ。ここから出られないなら、私が来た方もきちんと立入禁止にしておいてほしい。

 そうはいっても、ひと一人くらいならどこかから出られるだろうと高をくくっていたが甘かった。柵はあくまで徹底しており、先に進んで門を見つけても、チェーンに南京錠がかけられていた。その先にも柵は続いている・・・

 いやしかし、苦労してやっとここまでたどりついた道を、またこれから2時間かけて引き返すという選択肢はどう考えてもない。
 時刻も16時30分になろうとしているし、それよりなにより、オートバイまではたった10m、それと私を隔てる川にも、今日いちばん立派な橋が架かっているのだ。以前は、この橋を渡ってこちら側からも一周散策ができていたのだろう。Img_9839

 しばらくうろうろしたり考えたりしながら、とにかく何とかこの柵と有刺鉄線を超えるしかないと腹をくくった。

 結果としてはたいしたことはなかったが、なんとか柵を超えられるところを見つけ、有刺鉄線はくぐることができた。

 倒木くぐり(またぎ)や一本橋や渡渉や崩落や網や柵や有刺鉄線を乗り越えて、完全に無事に戻れたのはちょっと奇跡的な気がする。

 つい最近、「ため池に落ちると命はない。泳げるとか泳げないとかの問題ではない。岸にたどり着いても陸に上がれないのである」という記事を読んだばかりだ。
 このため池も、いかにも上がれなさそうな岸だし、携帯はほぼ圏外である。短い散策路を外れてからは、まったく誰にも会わなかった。

 下手をすると、誰にも知られずに、ここでひっそりと死んでいたかもしれない。Img_9810

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 母子大池は一周できません。ロックフィルダム?の上から少し奥に入って雰囲気を味わい、引き返してくるのが吉です。

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2021.05.18

■夫婦同姓の「伝統」

 まず、事実確認をしておきたいのだが、法律的なカップルに同姓であることを強制している国は、現在世界中で日本だけであり、それは法務省も内閣も一致して認めているところである。

 この「強制的夫婦同姓」が仮に「日本の素晴らしき伝統文化」なのであれば、たとえ世界唯一であろうと、誇りととも続けていってもかまわないかもしれない。

 「素晴らしき」かどうかには個々人の価値観が伴うのでここでは扱わない(しかしながら個人の権利を制約する点や利便性から見れば素晴らしくない可能性は高い)が、はたして「強制的夫婦同姓」は「日本の伝統文化」なのだろうか。

 もはや周知のことだと思うのだが、それまでふつうは姓を持たなかった日本の住民は、戸籍制度の確立にともない、1875(明治8)年になって姓をもつことを強制された。
 そして、翌1876年の太政官指令では、それまでの武家等の「伝統」にしたがい、夫婦は「所生ノ氏」(生家の姓)を用いるべき(=夫婦別姓)と定められた。

 夫婦同姓になったのは、明治も半ばを過ぎてから、1898(明治31)年に施行された明治民法以降のことである。たかだか120年ほどの歴史しかないのだ。
 今年は「皇紀」2681年であるから、実にその最後の1/20以下の「伝統」ということになる。

 だが、こういうことを言っても、夫婦が同姓であることを「伝統」だと言いたがる人たちは、いろいろと理屈をつけてどうしても伝統にしたいとがんばり続けている。

 それに対する便利な反論をひとつ思いついたので、この文章を書く気になった。

 いま私たちのほぼ全員が日常的に着ているような衣服を、「日本の伝統文化」だという人がいるであろうか。

 そう、夫婦同姓は、まさに洋服と同じくらいの伝統しか持たないのである。

 そういうものを日本の伝統文化だと言い募るのは、恣意的を通り越して捏造に近い。
 まあ、あと100〜300年もすれば、洋服も立派な日本の伝統文化の仲間入りをする可能性はあるかもしれないが、今はまだそのときではない。これは、衆目の一致するところであろう。

 強制的夫婦同姓は、日本の伝統文化でもなんでもない。むしろ、伝統文化に反するものと言っても過言ではない。
 まあ、そんなことを言えば、全国民が姓を持つこと自体が伝統ではないのだが。

 伝統伝統と言いたがる人たちが好きなのが、なぜか近代以降の帝国主義・植民地主義・君主制・家父長制の「伝統」であることは興味深い。
 己を大きく見せて他を支配したいという醜い心根の反映でないことを願うばかりである。
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 夫婦同姓や洋服に限らず、日本の多くの「伝統」は、明治までしか遡れない。そして、残りの少数の「伝統」も、多くは江戸時代までしか遡れない。それ以前の「日本古来の伝統」は、ごくわずかである。

 たとえば、江戸時代になるまでは、醤油も清酒もなかった。砂糖も貴重品でほとんど使われなかった。
 かつおや昆布の出汁はもっと古くからあったようだが、それでも室町時代後期からであるらしい。合わせ出汁が文献に登場するのは、江戸時代になってからだそうだ。

 いわゆる日本料理の源流はおそらく茶の湯の懐石からだと思われるが、こう見てくると、現在の日本料理の伝統はせいぜい江戸時代からのものだと言っていいのではないかと思う。
 醤油も合わせ出汁も清酒も砂糖も?ない料理が、現在考えるところの「伝統的日本料理」であるはずかない。

 なにも料理に限らない。日本の、いや、あらゆる国や地域の伝統は、外来文化の受容と、発見・発明とからなる、ダイナミックな変化の歴史として紡ぎ出されてきたものである。

 ごく一時期に歴史の偶然から生み出され、しばらく続いただけのものを墨守することは、伝統を大切にすることでもなんでもない。

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2021.05.07

■緊急事態宣言中の伏見稲荷

 休暇を取って11連休にしているのだが、晴れた日はなぜか家でダラダラしてしまう。

 いや、晴れていなくてもダラダラしているのだが(今日だ)、晴れると「もったいない感」が強く意識されやすい。

 昨日は珍しく早く目覚めた上に天気もよく、平日でもあったので、「今日出かけなければいつ出かけるのだ」と思いながらも、なかなか重い腰が上がらなかった。

 行きたいところが見つからないのがもっとも大きな問題なのだが、「そうだ、伏見稲荷に行こう!」と思ってからでも、「やっぱりやめようかな」とのせめぎ合いが激しく、結局、家を出たのは正午前になってしまった。
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 実はというか、伏見稲荷には長い人生で一度しか行ったことがなかった・・・と書いて気づいたのだが、金閣だって清水だってたぶん2〜3度しか行ったことがない。そのうちの一回は小学校の遠足とか、である。

 まあそれはともかく、伏見稲荷に初めて行ったのが昨年のこの時期であった。

 なぜかほとんど存在も知らなかったのだが、外国人観光客の人気ナンバー1だとかなんとかいう話をマスコミやネットで知り、しかし人が多いのは苦手なので縁がなかったところ、緊急事態宣言中なら人も少なかろうと足を運んだのである。

 当然のことながら、入国を厳しく規制されている外国人観光客はたしか皆無で、そもそも人もほとんどおらず、静かな環境を堪能できた。
 人のまったく写らない千本鳥居など、コロナ禍でなければ撮影不可能だろう。

 稲荷山の頂上まで行きたかったのだが、家人が一緒だったので却下され、三ツ辻の少し上で市街の展望を見下ろして引き返した。

 比較的行きやすいし無料駐車場はあるし・・・ということで、またすぐ来て頂上まで行こうと思いつつ、一年が経ってしまったのである。
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 今回は、家人は仕事が忙しいとかで来なかったので、一人だ。
 連休中もほとんどずっと家で仕事をしているが、どれだけ仕事が多いのか、あるいはこなす能力が低いのかとあきれるばかりである。

 状況は去年とまったく同じ、緊急事態宣言中のゴールデンウィークの平日。
 いや、近畿の感染状況は比較にならないほど悪くなっている。大阪の日々の感染者数は、昨春は最大でも100人に満たなかったのだが、現在は1000人を超えている。
 それでも、今年のほうが人出は多かった。

 とはいえ、昼食に入った蕎麦屋の客は私を含めて3人だったし、相変わらず、人のいない風景を写真に撮ることも可能な程度だったが、去年に数倍する人がいた。
 まあそれでも、前後数十メートルに人がいない状態にできるし、2〜3分歩けばだれかとすれ違う・・・という程度で、感染の心配などはほぼ皆無である。

 ただ、去年は見かけなかった外国人も数組くらいは見た。言葉から推して、けっこう多様な国籍の人々である。
 来日できずに苦労している外国人を何人か知っているので、彼らがどうやって日本に来たのか、あるいは日本在住なのか聞きたかったのだが、そういうわけにもいかない。

 頂上までは概ね登りが続くとはいえ、稲荷山の標高はわずか232m、たいしたことはない。
 ただ、この年齢に極度の運動不足、さらにマスクが加わると、それなりの苦行である。マスクを外すと、明らかに楽になる。
 幸い、人が少ないので、呼吸が苦しくなるたびにマスクを外していた。
 ___

 神社仏閣を再訪したいという気になることはほとんどないのだが、この伏見稲荷は例外である。
 山全体が境内になっていることがその理由なのだろうが、それなら各寺社の「奥の院」などへ足を運べば同じことのはずだ。
 ただ、ほとんどの奥の院は生の自然の中にあり、道のりもそれなりに険しい。伏見稲荷は、連続する鳥居と点在する寺社、それに比較的なだらかな参道が魅力なのだと思う。

 キビタキとオオルリが鳴き、センダイムシクイは姿も見られた。

 気になったのは、少し蚊に悩まされたこと。これからの季節はちょっと厳しいかもしれない。去年いなかったのは、三ツ辻までだったからだろうか。

 今度は季節を変えて再訪したいと思うのだが、さてどうなるか。来年の秋とかだと人出が多くなるかもしれないので、今秋あたりが最後のチャンスかもしれない。

 コロナ禍にも利点がないわけではない。

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2021.04.30

★2021年4月のエントリはありません

 2021年4月は、ここに何も書かないまま終わってしまいました。
 ブログを始めておそらく2回目だと思います。

 twitter にはよしなしごとをときおりつぶやいておりますので、ご覧くだされば幸いです。

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2021.03.14

●愚かな e-Tax

 キカイに疎い家人の確定申告を一緒にやった。
 ___

 「スマートフォンで確定申告ができます」
 「確定申告はスマートフォンで」
 「スマートフォンでの申告がさらに便利に!」
 「e-Taxをご利用ください」
 「e-Taxならこんないいこと」

 国税庁のサイトでもテレビCMでもかまびすしく、税務署から送られてくる書類にもそう書いてある。

 ところが・・・

 マイナンバーカードが必要だし、iPhoneなら7以上が必要ということで、ハードルがかなり高い。

 幸いクリアしているので、昨年度のデータの読み込みから始めると、まず「パソコンで保存したデータは利用できません」という先制パンチ。

 マイナンバーカードを何度も読み取らせるのにも辟易する。
 ただ、その甲斐あって、住所や氏名などが自動入力されたのにはちょっと感動した。

 にもかかわらず、申告書作成画面では結局また手入力させられる。パソコンと違って入力が面倒だ。
 さっき読み取ったデータは使わないのかよ !?

 やりたかったのは譲渡損失の繰越が中心なのだが、どこまで入力しても譲渡所得も損失も入力できないまま、最後まで行ってしまって提出寸前になった。
 間違ったことはしていない。が、どうしても譲渡所得が入力できそうにない。

 ネットで調べると、なんと、譲渡所得(損失)がある人はそもそもスマホでは確定申告できないというのだ!

 何だよそれ。

 それでよく

 「スマートフォンでの申告がさらに便利に!」

なんてバカなことを言うよなあ・・・

 株でちょっと損を出したとか、その程度の人すら、スマホでは確定申告できないのである。
 事業所得や不動産所得があってももちろんダメ。
 利子・配当所得すらダメ。

 それで、「スマートフォンでの申告がさらに便利に!」なったんだったら、これまではどれほど不便だったのか。

 サラリーマンならふつうは職場で年末調整するから確定申告は不要だし、確定申告するような人は株の譲渡所得(損失)や配当所得などがある人が多いはずだ。
 どんな狭い層をターゲットにしているのか。
 ___

 さて、あきらめてパソコンでやろうとする。

 今度は ICカードリーダーが必要だ。もちろんそんなものは持っていない。
 パソコンにスマホをブルートゥース接続して ICカードリーダーとして使うことができるというので、それなら・・・とぬか喜びすると、iPhone にも Mac にも対応していないという。
 Mac はともかく、日本にあるスマホの6割ほどが iPhone だというのに、どこまでやる気がないのか・・・

 結局は、パソコンにしこしこと入力していき(去年のデータが使えたのは幸いだったが)、最後は紙に印刷してハンコまで押さなければならない。
 河野さん、平井さん、何とかしてくださいよ。

 さらには!

 マイナンバーカードの裏表をコピーして、台紙に糊付けする必要がある。

 ICチップのついたカードのコピーをハサミで切り取り、糊を塗って貼り付けたりしていると、情けないやら可笑しいやら腹立たしいやら、なんとも言えない気分になる。

 うちにはマイナンバーカードも、その読み取りに対応したスマートフォンも、最新に近いパソコンもあるのである。それでもこれしか方法がないのだ。

 申告書は8枚もある。これにまた、社会保険料控除と生命保険料控除(必要があれば小規模企業共済等掛金控除・地震保険料控除・寄附金控除関係など)の書類を糊付けして封筒に入れ、郵送しなければならない。

 なんというバカバカしさだ。これが2021年の日本なのである。

 仕方ない、郵送はやめて税務署で提出し、ついでに直接税務署員と対面して ID とパスワードを発行してもらおう(対面しないと発行してもらえないのだ)。

 それでやっと、来年から e-Tax が可能になる。

 それでもなお、スマートフォンでは申告できない! orz

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2021.03.13

●タイヤの寿命

 きのう車のことをブログに書いたあとで、以前の文章をなんとなく読み返していると、新車を買ってから2年2か月後くらいにタイヤを交換していたことに気づいた。
 その時点で遅かれ早かれ替えなければならないくらい溝が減っていた」タイヤを、値上げ前のタイミングで交換した、とある。

 その時に、タイヤ屋の社長さんに「うるさいだけのタイヤや」と言われたオールシーズンタイヤに替えたのだが、それからまもなく4年になる。
 今年度はコロナ禍で走行距離が少なかったとはいえ、4年間では4万キロ以上走っている。最初にタイヤを替えた
のは、3万キロに満たないときだ。

 4万キロを走って、まだまだ「溝が減ってい」るというような状態ではないので、少なくとも「うるさいだけのタイヤ」ではなく、耐摩耗性にすぐれたタイヤだということがわかる(後記:調べるとまだ半分(4mm)以上溝が残っていた)。
 減らないタイヤというのは往々にしてグリップに乏しいので、必ずしもいいことだとは言えないが、グリップ不足を感じたことはないし、懐にはやさしい。
 ただ、雪道でもある程度の性能を確保するべく、コンパウンドは柔らかいはずなのだが、どうして持ちがいいんだろう?

 それはともかく、4年4万キロというのは、タイヤの交換を考えるのにちょうどいい時期かもしれない。たとえ溝はそれほど減っていなくても、ゴムは確実に劣化している。

 そういえば、奄美大島で借りたレンタカーのタイヤのサイドウォールにヒビが入っているのを見て、ちょっと不安になった。世間はそんな車であふれているとはいえ、自分の車のタイヤならそんなことは許せない。
 ほんとに文字どおり「タイヤは命を乗せている」(©ブリヂストン)し、タイヤと地面とのわずかハガキ4枚分の接地面積が「走る曲がる止まる」のすべてを担っているのだ。エンジンやブレーキやサスペンションやボディの性能がいかに向上しても、最終的にはタイヤ次第なのである。

 ・・・というわけで、次はどんなタイヤを履くか改めて考える必要がある。

 今のオールシーズンタイヤは、少しうるさい以外に欠点が見つからないんだけれど、いざという時の限界性能はやはりふつうのタイヤには劣るだろう。
 この4年、わざわざ雪道を走りにいったとき以外に役立ったことも一度もなかった。

 となると、やっぱりふつうのタイヤにするべきかなあ・・・ でも、雪道を一切走れないというのもイヤだなあ・・・

 まあ、もうしばらく考えてみよう。幸い溝はたっぷりあるし、ヒビはまったくない(はずだ)。

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2021.03.12

●愚かな電子制御

 先日のこと、車のエンジンを始動したところ、回転にばらつきがあってちょっとした振動を感じた。

 隣に乗っていた息子はまったくわからないという。

 「ほらほら、回転が安定してないやろ」などとしつこく確認すると、「そういえば・・・」という感じである。

 インパネにはオレンジ色のエンジンマークが点灯したままなのに気づいた。
 そのうち、EPCという表示(後で調べると、Electric Power Control ≒ 電子出力制御 のことらしい)も不気味に光った。

 マニュアルを取り出して調べると、「エンジン電子制御装置の不良」「ゆっくり走行してディーラーへ」とある。

 こないだ、ディーラーではない遠方の整備工場で1年点検を済ませたばかりであり、何となく敷居が高い。整備工場は遠すぎる。
 それに、お金もかかりそうで気が重い。

 ただ、ちょっと不安定にばらつくアイドリング音を聞くうち、原因の見当がついた。

 おそらく、4気筒のうち1気筒(もしかすると2気筒)がカブって失火しているのではないかということだ。
(「カブっている」というのは、濃すぎる混合気のために点火プラグが濡れた状態になり、火花が適切に飛んでいない状態のことです。)

 かつて、同じ原因でエンジンがかからなかったことがあったし(その時は、まさか現代の電子制御エンジンがカブるなんて思いつかなかった)、数日前に車止めのブロック位置を調整するためにちょっとだけエンジンをかけて車を前後させたことを思い出した(エンジン始動時は混合気が濃いので、そのままエンジンを切ったりするとカブることがあります)。

 案の定、少しアクセルをふかすと回転は安定し、いったんエンジンを切ってから再度かけたときには落ち着いていた。
 息子と2人、ひさしぶりの天下一品(ラーメン屋)に着くころにはエンジンは快調で、昼食後はまったく何ごともなかったかのようだった。

 いつかのように大ごとにして恥をかいたりせずにすんでよかった ^^;

 それにしても・・・

 前回といい今回といい、何が「電子制御式燃料噴射」だよと思う。所詮は、100年前のエンジンと同じ理由で不調になるのである。

 さらに許せないのは、「エンジン電子制御装置の不良」などではぜんぜんないことである。プラグがカブっているだけなのだ。
 プラグかぶりかどうかも判断できないで、何が電子制御か、何がコンピュータ診断かと思う。

 電話が進化して、「カメラ付きコンピュータ(通話もできます)」になっていったのと同様、車も進化して「居室付きコンピュータ(移動もできます)」になっていく途上にある。

 しかし、30年経っても50年経っても、すべてが「電気自動車」になっても、似たようなバカげた「電子制御」が残るんだろうなという気がする。

 内燃機関としてのエンジンはなくなって、プラグがカブることはなくなるにしても。

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2021.02.19

◆懐かしいロシア民謡?

 珍しく、ロシア映画(「私のちいさなお葬式」)を見ていると、聞き覚えのあるロシア民謡(と思しき曲)が流れた。

 小学生のころ聞いたような懐かしいメロディで、何という曲だったんだろうと気になったので、口笛や鼻歌から楽曲を検索できるアプリを使って調べてみた。

 すると、ザ・ピーナッツの「恋のバカンス」であることが判明した。

 「ああなるほど、昔よくあったような、ロシア民謡に日本語の歌詞をつけた曲なのか」・・・と納得してから、「じゃあ、もとのロシア民謡はどんなのだろう」と気になって調べてみると、とんでもない事実が判明した(ただし、Wikipedia 情報です)。

 なんと、オリジナルがザ・ピーナッツの「恋のバカンス」(1963年)であり、作曲が宮川泰、作詞が岩谷時子だというのである。

 ではなぜ現代ロシア映画の中で流れるのかというと、ソビエトの国営放送局の東京特派員がこの曲を気に入って本国に持ち帰り、ロシア人の人気歌手がカバーして大ヒットしたのが起源だそうである。
 1965年のことだ。

 その後も歌い継がれて、「現在のロシアでも世代を超えた有名曲となっている」(Wikipedia)から、現行型のアウディQ7が出てくるようなロシア映画のバックに流れたりするのである。
 ___

 そこまでわかっていちおうは納得したものの、「いや、待てよ」という気がちょっとした。

 最初に映画で聞いたとき、紛れもないロシア民謡だと思ったのは、おそらく先入観でも偶然でもない。

 曲調が、やはりどこかロシア的なのだ。

 その私の感覚が正しいとすると、当時流行していた種々のロシア民謡にインスパイアされて作曲された曲なのではないだろうか。
 作曲した宮川氏の脳裏にも、そのころには多くのロシア民謡が流れていたはずであり、その影響がこの曲を生んだと考えるのは、穿ちすぎではないはずだ。

 だとすれば、その曲がロシア人特派員の耳にとまり、その後ロシアでヒットして「ロシア人の中にはこの曲が日本で作られた曲であることを知らない人さえいる」(同)のも頷ける。

 ロシアからの種子が日本で芽吹き、母国でも花を咲かせたと考えると、なんだかちょっと楽しい。

 政治の話は抜きにして。

 追記:なんと、エンディングテーマまで「恋のバカンス」のメロディだった・・・

 (Карп отмороженный, 2017 Russia)

 (ロシア語の原題↑は「凍った鯉」、英語の題は「溶けた鯉(Thawed Carp) 」のようです。)

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2021.02.17

◆Adobe Photoshop Elements 2021 をドラッグ&ドロップで起動する方法

 検索してもすぐには見つからなかったのでメモ代わりに。

 Adobe Photoshop Elements 2021 を使いはじめたのだが、起動するとなんか面倒くさそうなスタート画面が表示される。
 そこから Photo Editor をクリックすると、Photoshop Elements が動く。この時点で2アクションあるのがすでに鬱陶しい。
 編集する画像ファイルを開こうとすると、File メニューから Open...ということになって、さらに面倒くさい。

 しかも、「Adobe Photoshop Elements 2021」と名前のついたアイコンをドックに配置しておき(あ、Mac を使ってます)、そこに開きたい画像ファイルを Drag&Drop しても開けない。

 これでは使い勝手が悪すぎるので、なんとか
1.一発で起動して
2.ドラッグ&ドロップでもファイルを開く
方法がないのかと検索しても、なかなか見つからなかった。

 Windows に関しては、「ここに exe ファイルがあるのでそれのショートカットを作って」みたいなのを見つけたので、Mac でも同様のことができるのではないかと思ったが、「Adobe Photoshop Elements 2021」と名前のついたアプリケーションアイコンでそれをやってもダメ。

 その後どうすればいいかわかったので以下に記す。

1.Mac のアプリケーションフォルダの中にある「Adobe Photoshop Elements 2021」というフォルダを開く
2.そのフォルダの中にある「Support Files」というフォルダを開く
3.そのフォルダの中にある「Adobe Photoshop Elements Editor」がアプリケーションの本体
4.「Adobe Photoshop Elements Editor」をドッグに持って行くなりエイリアスを作るなりする

 以上でふつうのアプリケーションとして、ダブルクリックで起動したりファイルをDrag&Dropしたりして使える。
 2021だけではなく、2020だとか2019だとか(あるいはそれ以前だとか)でも同様にできそうだ。

 (なお、私は MacOS の英語システムを使っていますが、日本語システムだと上記のフォルダ名やファイル名が日本語になっている可能性があります。)

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2021.01.23

■「「風」のコペルニクス的転回」の謎解き!

 3年あまり前、はしだのりひこ氏が亡くなった後に、「★「風」のコペルニクス的転回」というエントリを書いた。

 できればぜひお読みいただきたいのだが、要するに、

♪人は誰も ただ一人旅に出て」で始まり、
「そこにはただ 風が吹いているだけ」と続き、
「人は誰も 夢やぶれ振りかえる」で終わる1番の歌詞と、

その流れを引き継いで歌い上げる2番の歌詞が終わった後に、信じられないようなコペルニクス的転回が起こり、3番では

「♪振りかえらず ただ一人 一歩ずつ」
「振りかえらず 泣かないで歩くんだ」という

身も蓋もないとしかいいようのない「前向きな」歌詞が付け加えられていることを初めて知って、愕然とした、という趣旨である。

 なんだこの、「風」の世界観のぶち壊しは・・・と啞然として、冒頭にあげた文章を書いたのだ。
 ___

 そのコペルニクス的転回の謎が、3年余の時を経て明かされた。

 作詞した きたやまおさむ氏自身が語った、「風」の「制作秘話」(本日付朝日新聞be掲載)によると、「きたやまさんが「ただ風が吹いているだけ」と《中略》余韻を残して終わらせようとすると」、作曲した「はしださんが「前向きな終わりにしたい」と抵抗した」というのである。

 そのために、「「振り返らずただ一人 一歩ずつ 振り返らず泣かないで 歩くんだ」を加えることになった」そうだ。

 「なるほど」と、それで腑に落ちるとともに、自分は きたやまおさむさんの感性と共鳴していたのだとわかって、うれしかった。

 きたやまさんと はしださんとは、後に「ある楽曲をめぐって仲たがいし、40年ほど連絡を絶った」という。

 40年・・・

 ただ、それもむべなるかな、私に言わせれば、「風」のときに仲違いしなかったのが不思議なくらいである。

 でも、40年後に「お互いの呼びかけで」はしださんと「再会した」きたやまさんは、今ふりかえる。

 「あの曲は、僕とはしだのきずな」だと。

 「いま人生を振り返っても、そこにはやっぱり、風が吹いているだけなんです」(きたやまおさむ(74))

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2021.01.01

■2021年1月1日

 あけましておめでとうございます。

 (おそらく)生まれてはじめて、親と会わない正月を迎えております。

 ついでというのもなんですが、息子と会わないのもはじめてです。
 まあ、先日も用事で帰ってきましたし、正月は気まぐれで帰ってこないだけですが。

 本年は、みなさまにとっても私自身にとっても素晴らしい年となることを祈念いたします。

 (下の写真がぼけているのはココログの仕様のようです。クリックしてご覧くだされば幸いです。)

20210101

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2020.12.19

★『Barnshelf の妖精』無料キャンペーン(笑)

 直前の記事に書いた、私の初めての商業電子出版による書籍?『Barnshelf の妖精 ──12月のある晴れた午後に100パーセントの女の子と出会うことについて』の無料キャンペーンを行います。

 しつこいようですが、ほんとはずっと無料で出したいと思うものの、Kindle の制限で5日間のみになります。

 日時は、日本時間12月23日の17時から12月28日の16時59分まで
(中途半端なのは、アメリカの太平洋時間が基準になっているためです)

 原稿用紙13枚くらいのすぐ読めるお話ですので、ブログをご覧くださっているよしみで、ちらっとでもご笑覧くだされば幸いです。

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2020.12.15

★はじめての?商業電子出版

 Amazon が運営している Kindle ストアに、電子出版の本?を出しました

20201215barnshelf-crop

 「よくもまあ、恥ずかしげもなくそんなことを・・・」というご批判は甘んじてお受けいたしますが、お許しくだされば幸いです。

 きっかけは、コンテンツさえあれば(それがなかなかないのですが)、だれでも簡単に商業電子出版ができることをたまたま知ったことです。
 自費出版ではありませんので、お金はかかりません。むしろ、読まれれば印税が入ります。

 「え? そんなことができるの?」という方と、「え? そんなことも知らなかったの?」という方にきれいに分かれると思うのですが、私は前者でした。

 半信半疑で出版手続きを進めていくと、当初考えていた「10分で」というのはさすがに無理でしたが、まあ小一時間もあれば、何もないところから電子出版までが完了しました(実際に売り出されるまでには、審査のために30時間ほどかかりました)。

 最初(最後にならないことを祈る)として、小手試しに、すでにここに掲載していた短編小説?を選びました。

 400字詰原稿用紙換算で13枚くらいなので、ぎりぎり短編小説を名乗れるようです(小説の体をなしていればですが)。

 漫画は無料のものを出版できるのですが、それ以外は有料のものしか出せません。仕方ないので10円にしようかと思ったのですが、キンドル側の制約があり、その下限の99円で出すことにしました。
 あのお話にそんな高価な値段をつけることには忸怩たるものがありますが、しかたありません。

 面白かったのは、あくまでも商業出版なので、印税にかかる税金の申告書類を、アマゾンの本社があるアメリカの税務当局!にまで出さなければならないことです。
 もちろん、住所や氏名やマイナンバーを入れるだけで、実際の手続きはアマゾンがやってくれるのですが、アメリカに出す実際の書類ができあがったときには、「おいおい、本気でこれを提出するのかよ」と驚きました。
 アメリカへ納める税金を免除してもらうための書類であり、当然のことながら、税率は0%です。しかし、万一売れた場合、日本への税金は発生します。まあ、免税範囲を超える心配は皆無ですが。
 _____

 仕事関係では、少ないながら、出版とは昔からそれなりに縁がありました。DTP(Desktop Publishing)や電子出版が言われはじめたころも、その現場の隅っこのほうから様子をうかがったり参加させていただいたりしていました。

 しかし、まったくのプライベートな電子書籍を、しかも商業出版の形で出すのは初めてです。もろもろの登録手続きは終わったので、次回はほんとに10分で出版することが可能です。次回があれば、ですが。

 いやあ、それにしても、自分の書いたものが最初に活字になってからン十年・・・ ほんとに、「思えば遠くへ来たもんだ」ですね。

 『ちびまる子ちゃん』の さくらももこ は、エッセイストになるために漫画家になったそうですが、私はエッセイストになるために小説家になりたかったのです(ならべるなよ)。

 小説家もエッセイストも99%諦めておりましたが、誰も読まなくてよいならば、著書数十冊?のエッセイスト(小説家は無理)になれる可能性が出てきました。
 時代がやっと、私に追いついてきたのかもしれません(笑)

 次はどうしよう・・・と思いながら、次がないのがこれまでの私の人生ですが、もしかすると次があるかもと、ほんの少し、明るい気分になりました。

 ありがとう Amazon、ありがとう Kindle。

 「できるだけアマゾン不買運動」は、本日をもって(いったん?)終了させていただきます。

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 なお、今回上梓した(というより「上雲」した)「本」は、間違ってもお求めにならないでください。
 商業電子出版が本当にそんなに簡単にできるのかを実際に試してみた結果に過ぎませんし、かつてここで公表した文章でもあります。もちろん、価格相応の価値もありません。

 ただし、Kindle Unlimited をご契約の方は無料でダウンロードできますので、知り合いのよしみでちらっとでもご笑覧賜れれば幸いです。
 なお、それ以外の方にも(恥ずかしげもなく)ご披露できるように、来週あたり、クリスマスセールとして無料でダウンロードできる期間を設けたいと思います(ほんとはずっと無料にしたいのですが、Kindle 側の都合で、それは叶いません)。設定が終わりましたら、ここかツイッターに書きこみます。よろしくお願いいたします。

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2020.12.06

★苦節?半世紀

 苦節?半世紀、とうとうちゃんとしたラジコンを手に入れた。
(いま初めて知ったんですが、「ラジコン」って登録商標なんですね。びっくり)

 ここまでの道のりは長かった。

 昭和生まれの少年にとって、(一般名詞としての)ラジコンは常に憧れの的であった。

 最初に手に入れたのは、レフティRXというもの(任天堂だったんですね)。

 ボタンを押すと直進、離すと「スリリングにカーブを切ります」(TVCM)という謳い文句だったが、要するに動力がなくなってスプリングの力でタイヤが左を向くだけ。
 つまり、左折しかできない車である(だから lefty)。絶妙なタイミングで再度ボタンを押さないと、直角に曲がることすらむずかしい。
 そして、すぐに電池がなくなって動かなくなるのだが、これも「充電は極めて簡単」という謳い文句に嘘はないものの、極めて長い時間がかかるたいへんなもので、イメージとしては、5分遊ぶと1時間は何もできないというシロモノであった(訂正:ネット情報によると、2〜3分遊んで同じくらいの充電時間だったようです)。

 当時の価格で5千円くらいだったと記憶している。
 今の物価だと5万円以上ではないだろうか。
 デパートで大もめに揉めた挙げ句、「1台だとまた取り合いになってケンカばかりするから」という理由で兄の分と2台買ってもらったのだが、よくもまあ、買ってくれたものだと思う。
 にもかかわらず、上記のような事情もあって、うれしかったのは最初だけ。それほど遊ばず放置することになったような気がする。

 小学校高学年になると、「Uコン」というのがはやった。

 これはエンジンを積んだ飛行機で、そこは本格的なのだが、何しろラジオコントロールではなく、主翼の端からワイヤー?を2本引っ張り、その端をU字型のコントローラーの先端に結びつけ、それを持った人間が円の中心にいて、そのワイヤーを半径(10メートル強か)として、人間がぐるぐると回りながら飛行機に円を描かせて飛ばすというものであった(おわかりになるだろうか?)。

 それでも十分憧れの対象だったのだが、これはたぶん高価すぎて、親にせがむということもなく、中高生?が遊んでいるのを見学するという感じだった。
 同級生もたしかひとりだけ持っていたのを覚えている。

 ・・・というような調子で半世紀の歴史を遡っていくととんでもないことになりそうなのでこの辺にしておくが、息子が生まれてからは、子どもをダシにして、(おそらく)車3台、戦車1台、飛行機1台、ヘリコプター1台のラジコンを経験した。
 車と戦車はちゃんとしたラジコン(うち車1台と戦車はけっこうな大きさの本格派)なのだが、肝心の息子はそれほど興味を示さず、私自身もなにごとにも夢中になれない移り気かつ飽きっぽい性格なので、購入当時はそれなりに楽しんだものの、どれもそれきりになっている。

 あ、車のラジコンについて書いたものは、このブログにもあるはずだ。

 飛行機のほうは完全なオモチャで、飛ぶには飛ぶのだが、ちょっとした風でもすぐ流されてしまう。確か初飛行の日に、近所の低層マンションの屋根に乗ってしまったのを必死の思いで回収したのは覚えているが、にもかかわらず、その後遊んだ記憶がない。

 ヘリコプターは、飛行機仲間の忘年会?の景品でいただいた。これも小さなオモチャだが、何しろヘリコプターなので操縦がむずかしく、結局は一度もまともに飛ばなかったと思う。
 ___

 前置きが長くなった。

 苦節?半世紀、とうとうちゃんとした「ラジコン」を手に入れたのである。

 もはやだれもラジコンとは呼ばないが、幼いころから憧れたラジコンの究極形であることは間違いない。

 そう、ドローンというやつだ。

 DJI Mini 2 という、この11月に発売された最新機種。やや値は張るが、買う気が失せるほどではない。その素晴らしさはとてもここでは書き切れないので、メーカーの宣伝を見てほしい。
 これが、あの「レフティRX」と(物価を考えれば)それほど変わらない値段だというのはすごい。まあ半世紀近い時間が流れているのだから当然か。

 相変わらず短い時間(15分ほど?)しか遊べず、すぐに充電が必要になるのだが、初めから電池が3本ついてくるセットがあるのもありがたい。

 iPhoneに代表されるスマートフォンの使用が大前提になっていて、持っていなければそもそも飛ばせないのだが、それにも逆に感心した。
 スマートフォンの可能性をこんなふうに広げるなんて。

 あと、買ってからわかったのだが、これはむしろ、ラジコン飛行機というよりは、コンピュータ制御の空撮用カメラである。
 ちょうど、iPhoneが、電話というよりはむしろ、コンピュータ付きカメラであるように。
(それにしても、みんなカメラが好きなんだなあ・・・)
 ___

 結局手に入れることのなかった、そしておそらくこれから一生手に入れることもない、本格的なラジコン飛行機は、そもそも初心者は飛ばすことすらできない。
 離陸させて空中で種々の機動をさせることならなんとか可能かもしれないが、上手に着陸できなければ、初飛行が最終飛行になってしまうからである。

 ドローンもそうなるのではないかと、ひそかに恐れていた。
 墜落して壊れると、6万円である。
 壊れたら安く交換してくれるという1年保険が6160円で用意されているが、入っていない。

 しかし、それなりに手のかかる理解と手続きを経て、リビングでの初飛行を終えるころには、これなら大丈夫だと安心した(のを後悔しないことを祈る)。

 なにしろ、

1.自動で離着陸できるし
2.何も操作しなければ、同じ場所でホバリングを続けているし
3.まったくの初心者でも操縦は驚くほど簡単

なのだ。

 何という夢のような飛行機・・・

 ただ、これでは操縦の楽しみというものがそれほどないのではないかとも思ったが、なあに、これは飛行機ではなく空撮用カメラなのである。
 カメラとしての楽しみは、けっこうありそうだ。
 ___

 とはいえ、なにごとにも夢中になれない移り気かつ飽きっぽい性格・・・

 苦節半世紀、理想に近いドローンを手に入れても、それは変わらないだろう ^^;

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2020.11.29

●謎のB型肝炎

 職場の健康診断で息子が「B型肝炎の疑い」を告げられた。

 「C型肝炎」の欄には「著変なし」と書いてあった。

 だが、結果の紙を隅から隅まで詳しく見ても、どうして「B型肝炎の疑い」があるのか、逆に、なぜC型肝炎の疑いはない(「著変なし」って妙なギョウカイ用語だけど)のかがわからない。

 なにしろ、抗原検査や抗体検査をした形跡自体がない!のである(いわんやDNAのPCR検査をや)。

 なのになぜB型肝炎の疑いがあり、C型肝炎のそれはないと判断できるのか。

 確かに、肝臓検査の項目のうち、ひとつだけがほんの少し、基準値を超えている。息子の年齢では珍しいだろう。
 しかし、その項目で考えられる疾患をいくらネットで調べても、肝炎は出てこない。

 その時点で考えたのは、健康診断で出た種々の数値を総合的・俯瞰的(冷笑)にAIが判定し、疫学的?に「こういう場合はB型肝炎の疑いがある」と判断したのだろうか・・・ということだった。

 でもまあ、素人判断だとはいえ、健康診断の結果をどう見ても、「B型肝炎の疑い」など感じられない。
 その時点で、「99.9%間違いやで」とLINEで伝えたが(フォーナインにするほどの自信はなかった)、現状では治癒しない疾患だし、感染症でもあるし、心穏やかではいられなかった。
 愚かな息子はB型肝炎がどんな病気かも知らず、ひたすら怯えて「入院なんていやだよ」とか言っている。
 ___

 昔は予防接種の注射針を使い回したりしていたため、医療行為が原因の肝炎がかなりの広がりを見せている。

 今でも鮮明に覚えているのだが、私の小学校時代の集団接種の折りには、ワクチンの入った透明のガラスシリンダに青いピストンの注射器をトレーのうえにずらりと並べ、1本で3〜4人に接種していた。
 私は幼いころからどちらかというと潔癖症なので、他人の体に刺した針をまた自分に刺されるのが嫌でたまらず、ちょうど新しい1本になったところで自分の番が来ることを、毎回切に祈っていたものだ。

 数十年前とはいえ、小学生でもわかるような「汚い」行為が感染を引き起こす可能性について、政府から末端の医師までの誰もが思い至らなかったというのは、恐るべきことである。
 いや、もしかすると「その針、イヤや。新しいのんに変えて」と言い出せなかった小学生同様、厚生省などの方針に大人も口を出せなかったのかもしれない・・・とも、今では考える。

 いずれにせよ、結果として、多くの人々を肝炎や肝癌で苦しめ、時には死に追いやり(大学の同級生のひとりも、妻子を残して若くして死んだ)、最高4000万円を被害者に給付するというような仕儀に陥っている(予防接種だけではなく、輸血や血液製剤によるものも同様だ)。
 ___

 さて、B型肝炎の代表的な感染経路は、母子感染・血液感染・性感染である。詳細は省くが、息子は間違いなく(親が断言できるところが情けないのだが)、このどれにも該当しない。

 ただひとつの可能性は、医療行為による血液感染である。特に、今年1月に比較的大きな手術を受けているので、それが怪しいといえば怪しい。

 だが、一流の大学病院で執刀された2020年の手術で、肝炎に感染したりするだろうか?

 手術前には緊急時の輸血のためにあらかじめ自己血を採血しているのだが、それすら使わなかったと聞いているし、ましてや他人の血液は使っていない。
 (もちろん、仮に使っていたとしても、現在ではきちんとスクリーニングされていて、輸血で感染する確率は極めて低い。)

 可能性としては、手術に使った器具が汚染されていたか・・・

 考えても仕方がないのだが、万一感染が確定した場合、大学病院を相手に訴訟を起こすことになるのだろうか、でも、どうやって手術による感染(それ以外の感染経路はないこと)を証明できるだろう? どう考えても不可能だ・・・などという思いが頭をよぎる。
 手術をした病院に息子が「B型肝炎の疑い」を告げると、「それはすみません」(たぶん何気ない挨拶のようなものだろう)と言われたというのだが、まさか、集団感染で同様の訴えが相次いでいるのではあるまいな・・・と、あらぬことまで考えてしまう。

 病気そのものの心配に加え、感染源のミステリー、さらには今後の取り越し苦労までを折り込んで、落ち着かない10日間ほどを過ごすことになった。
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 職場の人に勧められた(なんと息子は、すでにB型肝炎(の疑い)をカミングアウトしていた ──保健所が匿名で検査してくれるような疾患なのに)という医院で検査を受け、結果が出たのが昨日の午前である。

 結果はまさに予想どおりであった。

 5種類もの抗原・抗体精密検査はすべて陰性で、医師によると「陰も形も、ウイルスが存在した痕跡もない。何をもって「B型肝炎の疑い」などと診断されたのかも心底わからない」ということだったそうだ。

 後半は私の診断?と同じである。

 ほっと安心したものの、ミステリは残った。

 ほんとにいったい、「何をもって「B型肝炎の疑い」などと診断された」んだよ(怒)

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2020.10.31

◆何度目かの Sleepless in Seattle

 3年ぶりにどこにも行かない秋休みを過ごしている。

 3年前は、家人が新しく買った車の練習に付き合わされていた。
 一昨年は、ひょんなことから函館に飛び、昨年は富士箱根伊豆を回った。
 今年は、いまのところ、結局どこにも行きそうにない。

 昨日は、家人が近年行っていない場所へ車で行くための練習に付き合わされた。

 今日は快晴なのだが、なんだか出かける気もしないので、Amazon Prime Video で何か見ようとあさっていると、Sleepless in Seattle(めぐり逢えたら:トム・ハンクス、メグ・ライアン) が目に入ったので、それを見ている。
 他に食指の動くものがなかった。

 見ていると、記憶に残っている台詞が多くて驚く。3回は見ていないと思うんだけれど、もしかすると見たのかもしれない。

 今回は、キャストの名前がずらずらと出てくる最初のところでまずびっくりした。

 ロブ・ライナーが出ているのである。今まで知らなかった。

 どこで出てくるのかと思っていると、トム・ハンクスがシアトルに引っ越した後の建築仲間で、デート指南をする太った友人がそうだった。
 cute butt とか Tiramisu とか、印象的な台詞が出てくる場面だ。
 2人が話しながら降りていく坂は、9年前にシアトルに行った時に通った場所だという気もする。

 同じ映画を何度も見る趣味はないのだが、新しい映画を探してがっかりするよりは、名作だとわかっている映画を見直して懐かしむとともに、なにか新しい発見をするのもいいかもしれないと思った。

(Sleepless in Seattle, 1993 U.S.A.)

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2020.10.16

◆『ロープ 戦場の生命線』(原題:A Perfect Day)

 映画はコンスタントに見ています。

 手間を厭ってここでご紹介することはほとんどなくなっていますが、これはどうしても紹介したくなりました。

 『ロープ 戦場の生命線』(原題:A Perfect Day)です。

 この邦題は、例によっていただけません。

 舞台は戦場ではありませんし、発砲も爆発もありません。画面内で人が死傷したりすることもありません(ただし、死体は出てきます)。
 ロープは確かに鍵となるアイテムではありますが、それが生命線という文脈でもありません。

 一方で、原題の"A Perfect Day" にこめられたシニカルなユーモアは、なんともいえないよい味を出しています。

 舞台はバルカン半島のどこか。戦争がいちおう終結したあと、和平協定が結ばれた地域に入って援助活動をするNGOの多国籍チームが主人公です。

 何者かによって井戸に死体が投げ込まれ、村人の「生命線」である水の確保が困難になりました。
 NGOは、ロープを使って引き上げようとしますが、それが途中で切れてしまいます。
 そのため、ロープを探しに出かけるのですが・・・

 なんといっても、シリアスな状況を皮肉な笑いで包みこみながら人道支援をする登場人物たちが素晴らしい。
 その彼ら彼女らが、理想に燃えた美しい存在としては描かれていないところに、えもいわれぬリアリティがあります。

 私の筆力ではとても紹介できませんね・・・

 何はともあれご覧ください。私が今年見た、軽く100は超える映画の中で1番の傑作かもしれません。

(A Perfect Day, 2015 Spain)
(台詞はほとんど英語ですが、多様な言語が飛び交う点もすばらしいですね。)

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2020.10.11

◆マイバッグよりマイバスケット

 マイバスケットというのがあるのをご存じでしょうか。

 適当なバスケットを買ってマイバスケットと呼んでも別にかまわないのですが、ここでいうのは、スーパーが純正?で用意している買い物カゴのことです。

 大きさや形は、スーパーで買い物をしてレジへ持っていくカゴとまったく同じです。色だけが違っていて、マイバスケットであることがわかります。

 そういうものをスーパーが用意していることを知らなかったとき、あれば便利だろうなあと考えて、Amazonやヨドバシなんかでサイズと形状が同じものを探したことがあります。
 しかしながら、あとで述べるように、まったく同じでないとあんまり意味がないので、買ってみるという行動にためらいを覚え、そのままになっていました。

 そうこうしているうちに、何のきっかけだったか、イオンで売っていることを知りました。
 月に3回くらいはイオンへ行くのですが、見かけたことがなく、どこにあるのかと問い合わせると、サービスカウンター前に置いているということでした。
 そんなところにいくことはまずありません。
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 スーパーに「マイバッグ」やレジ袋を持参すると、清算後のカゴからそこに品物を移し替える手間が生じます。
 これが半端ではない。

 レジの人が種々考慮のうえ適切に買い物カゴの中に配置した商品を、またあらためて別の袋に詰めていくのです。

 当然というか、たとえば、カゴの下の方にある商品を袋の下の方に入れるのが合理的です。そうすると、カゴの下から商品を掘り出し、袋に移す・・・ということになります。
 上の方に置かれた軽い商品はいったん取りのけた後に、あらためて袋の上の方に入れ直さなければなりません。

 マイバッグやレジ袋は、スーパーのカゴとは大きさも形も違うので、たいていは、カゴ2つ分を3つか4つの袋に入れ直すということにもなります(うちは週に1回くらいしか買い物に行かないので、荷物が多いのです)。

 それで、その4つの重い袋を家人が(別にハンドバックを持っているので)1つ、私が3つぶらさげて、えっちらおっちら駐車場まで戻る・・・というのがこれまでの平均的買い物でした。

 ところが・・・

 マイバスケットを使うと、劇的に苦労が解消するのです。20201011

 まず、買い物カートの上下段にマイバスケットを1つずつ置き、その上にそれぞれレジカゴを重ねます。大きさも形もまったく同じなので、ぴったりスタックできます。

 次に、カートを押しながらふつうに買い物をします。終わってレジに行った時、重ねたカゴを外して、レジに通した後の商品をマイバスケットに入れてもらうようにします。
 レジの方は、そのためのマイバスケットだとご存じですから、スムーズにすすみます。

 さて、清算が終わると・・・

 プロが考えながら上手に整理して詰めこんだマイバスケットができあがります。それをカートに載せてそのまま駐車場へ向かいます。

 最初にこれを経験したとき、その場で叫びたいくらいに感動しました。

 今までのあの無益な苦労はなんだったのか。

 レジ袋有料化とか何とかとは関係なく、何十年も前、購入した商品を自分で袋に詰めさせられるようになったときに、最初からこうしていれば、人生のかなりの時間や労力を節約し、ストレスも減っていたのに・・・と思いました。

 マイバスケットの価格は、2つで税込796円。しかも、壊れたら交換してくれますし、いらなくなったら返金してくれます。
 実質無料です。

 これほど便利なものを、どうしてみなさん、使っていらっしゃらないのでしょうか。
 今までに見たのはおふたりだけですし、自分が使いはじめるまでは一度も見たことがありませんでした(気づいていなかっただけかもしれませんが)。

 最後になって恐縮ですが、唯一の欠点は、自家用車利用が前提であるということです。
 バイクや自転車なら荷台に積んでネットをかければいいかもしれませんが、徒歩で買い物の場合は、ちょっと苦しいかもしれません。

 自動車でスーパーへ買い物に行くみなさん、マイバッグよりマイバスケット、ほとんど絶対的なお勧めです。

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