2021.01.23

■「「風」のコペルニクス的転回」の謎解き!

 3年あまり前、はしだのりひこ氏が亡くなった後に、「★「風」のコペルニクス的転回」というエントリを書いた。

 できればぜひお読みいただきたいのだが、要するに、

♪人は誰も ただ一人旅に出て」で始まり、
「そこにはただ 風が吹いているだけ」と続き、
「人は誰も 夢やぶれ振りかえる」で終わる1番の歌詞と、

その流れを引き継いで歌い上げる2番の歌詞が終わった後に、信じられないようなコペルニクス的転回が起こり、3番では

「♪振りかえらず ただ一人 一歩ずつ」
「振りかえらず 泣かないで歩くんだ」という

身も蓋もないとしかいいようのない「前向きな」歌詞が付け加えられていることを初めて知って、愕然とした、という趣旨である。

 なんだこの、「風」の世界観のぶち壊しは・・・と啞然として、冒頭にあげた文章を書いたのだ。
 ___

 そのコペルニクス的転回の謎が、3年余の時を経て明かされた。

 作詞した きたやまおさむ氏自身が語った、「風」の「制作秘話」(本日付朝日新聞be掲載)によると、「きたやまさんが「ただ風が吹いているだけ」と《中略》余韻を残して終わらせようとすると」、作曲した「はしださんが「前向きな終わりにしたい」と抵抗した」というのである。

 そのために、「「振り返らずただ一人 一歩ずつ 振り返らず泣かないで 歩くんだ」を加えることになった」そうだ。

 「なるほど」と、それで腑に落ちるとともに、自分は きたやまおさむさんの感性と共鳴していたのだとわかって、うれしかった。

 きたやまさんと はしださんとは、後に「ある楽曲をめぐって仲たがいし、40年ほど連絡を絶った」という。

 40年・・・

 ただ、それもむべなるかな、私に言わせれば、「風」のときに仲違いしなかったのが不思議なくらいである。

 でも、40年後に「お互いの呼びかけで」はしださんと「再会した」きたやまさんは、今ふりかえる。

 「あの曲は、僕とはしだのきずな」だと。

 「いま人生を振り返っても、そこにはやっぱり、風が吹いているだけなんです」(きたやまおさむ(74))

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2021.01.01

■2021年1月1日

 あけましておめでとうございます。

 (おそらく)生まれてはじめて、親と会わない正月を迎えております。

 ついでというのもなんですが、息子と会わないのもはじめてです。
 まあ、先日も用事で帰ってきましたし、正月は気まぐれで帰ってこないだけですが。

 本年は、みなさまにとっても私自身にとっても素晴らしい年となることを祈念いたします。

 (下の写真がぼけているのはココログの仕様のようです。クリックしてご覧くだされば幸いです。)

20210101

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2020.12.19

★『Barnshelf の妖精』無料キャンペーン(笑)

 直前の記事に書いた、私の初めての商業電子出版による書籍?『Barnshelf の妖精 ──12月のある晴れた午後に100パーセントの女の子と出会うことについて』の無料キャンペーンを行います。

 しつこいようですが、ほんとはずっと無料で出したいと思うものの、Kindle の制限で5日間のみになります。

 日時は、日本時間12月23日の17時から12月28日の16時59分まで
(中途半端なのは、アメリカの太平洋時間が基準になっているためです)

 原稿用紙13枚くらいのすぐ読めるお話ですので、ブログをご覧くださっているよしみで、ちらっとでもご笑覧くだされば幸いです。

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2020.12.15

★はじめての?商業電子出版

 Amazon が運営している Kindle ストアに、電子出版の本?を出しました

20201215barnshelf-crop

 「よくもまあ、恥ずかしげもなくそんなことを・・・」というご批判は甘んじてお受けいたしますが、お許しくだされば幸いです。

 きっかけは、コンテンツさえあれば(それがなかなかないのですが)、だれでも簡単に商業電子出版ができることをたまたま知ったことです。
 自費出版ではありませんので、お金はかかりません。むしろ、読まれれば印税が入ります。

 「え? そんなことができるの?」という方と、「え? そんなことも知らなかったの?」という方にきれいに分かれると思うのですが、私は前者でした。

 半信半疑で出版手続きを進めていくと、当初考えていた「10分で」というのはさすがに無理でしたが、まあ小一時間もあれば、何もないところから電子出版までが完了しました(実際に売り出されるまでには、審査のために30時間ほどかかりました)。

 最初(最後にならないことを祈る)として、小手試しに、すでにここに掲載していた短編小説?を選びました。

 400字詰原稿用紙換算で13枚くらいなので、ぎりぎり短編小説を名乗れるようです(小説の体をなしていればですが)。

 漫画は無料のものを出版できるのですが、それ以外は有料のものしか出せません。仕方ないので10円にしようかと思ったのですが、キンドル側の制約があり、その下限の99円で出すことにしました。
 あのお話にそんな高価な値段をつけることには忸怩たるものがありますが、しかたありません。

 面白かったのは、あくまでも商業出版なので、印税にかかる税金の申告書類を、アマゾンの本社があるアメリカの税務当局!にまで出さなければならないことです。
 もちろん、住所や氏名やマイナンバーを入れるだけで、実際の手続きはアマゾンがやってくれるのですが、アメリカに出す実際の書類ができあがったときには、「おいおい、本気でこれを提出するのかよ」と驚きました。
 アメリカへ納める税金を免除してもらうための書類であり、当然のことながら、税率は0%です。しかし、万一売れた場合、日本への税金は発生します。まあ、免税範囲を超える心配は皆無ですが。
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 仕事関係では、少ないながら、出版とは昔からそれなりに縁がありました。DTP(Desktop Publishing)や電子出版が言われはじめたころも、その現場の隅っこのほうから様子をうかがったり参加させていただいたりしていました。

 しかし、まったくのプライベートな電子書籍を、しかも商業出版の形で出すのは初めてです。もろもろの登録手続きは終わったので、次回はほんとに10分で出版することが可能です。次回があれば、ですが。

 いやあ、それにしても、自分の書いたものが最初に活字になってからン十年・・・ ほんとに、「思えば遠くへ来たもんだ」ですね。

 『ちびまる子ちゃん』の さくらももこ は、エッセイストになるために漫画家になったそうですが、私はエッセイストになるために小説家になりたかったのです(ならべるなよ)。

 小説家もエッセイストも99%諦めておりましたが、誰も読まなくてよいならば、著書数十冊?のエッセイスト(小説家は無理)になれる可能性が出てきました。
 時代がやっと、私に追いついてきたのかもしれません(笑)

 次はどうしよう・・・と思いながら、次がないのがこれまでの私の人生ですが、もしかすると次があるかもと、ほんの少し、明るい気分になりました。

 ありがとう Amazon、ありがとう Kindle。

 「できるだけアマゾン不買運動」は、本日をもって(いったん?)終了させていただきます。

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 なお、今回上梓した(というより「上雲」した)「本」は、間違ってもお求めにならないでください。
 商業電子出版が本当にそんなに簡単にできるのかを実際に試してみた結果に過ぎませんし、かつてここで公表した文章でもあります。もちろん、価格相応の価値もありません。

 ただし、Kindle Unlimited をご契約の方は無料でダウンロードできますので、知り合いのよしみでちらっとでもご笑覧賜れれば幸いです。
 なお、それ以外の方にも(恥ずかしげもなく)ご披露できるように、来週あたり、クリスマスセールとして無料でダウンロードできる期間を設けたいと思います(ほんとはずっと無料にしたいのですが、Kindle 側の都合で、それは叶いません)。設定が終わりましたら、ここかツイッターに書きこみます。よろしくお願いいたします。

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2020.12.06

★苦節?半世紀

 苦節?半世紀、とうとうちゃんとしたラジコンを手に入れた。
(いま初めて知ったんですが、「ラジコン」って登録商標なんですね。びっくり)

 ここまでの道のりは長かった。

 昭和生まれの少年にとって、(一般名詞としての)ラジコンは常に憧れの的であった。

 最初に手に入れたのは、レフティRXというもの(任天堂だったんですね)。

 ボタンを押すと直進、離すと「スリリングにカーブを切ります」(TVCM)という謳い文句だったが、要するに動力がなくなってスプリングの力でタイヤが左を向くだけ。
 つまり、左折しかできない車である(だから lefty)。絶妙なタイミングで再度ボタンを押さないと、直角に曲がることすらむずかしい。
 そして、すぐに電池がなくなって動かなくなるのだが、これも「充電は極めて簡単」という謳い文句に嘘はないものの、極めて長い時間がかかるたいへんなもので、イメージとしては、5分遊ぶと1時間は何もできないというシロモノであった(訂正:ネット情報によると、2〜3分遊んで同じくらいの充電時間だったようです)。

 当時の価格で5千円くらいだったと記憶している。
 今の物価だと5万円以上ではないだろうか。
 デパートで大もめに揉めた挙げ句、「1台だとまた取り合いになってケンカばかりするから」という理由で兄の分と2台買ってもらったのだが、よくもまあ、買ってくれたものだと思う。
 にもかかわらず、上記のような事情もあって、うれしかったのは最初だけ。それほど遊ばず放置することになったような気がする。

 小学校高学年になると、「Uコン」というのがはやった。

 これはエンジンを積んだ飛行機で、そこは本格的なのだが、何しろラジオコントロールではなく、主翼の端からワイヤー?を2本引っ張り、その端をU字型のコントローラーの先端に結びつけ、それを持った人間が円の中心にいて、そのワイヤーを半径(10メートル強か)として、人間がぐるぐると回りながら飛行機に円を描かせて飛ばすというものであった(おわかりになるだろうか?)。

 それでも十分憧れの対象だったのだが、これはたぶん高価すぎて、親にせがむということもなく、中高生?が遊んでいるのを見学するという感じだった。
 同級生もたしかひとりだけ持っていたのを覚えている。

 ・・・というような調子で半世紀の歴史を遡っていくととんでもないことになりそうなのでこの辺にしておくが、息子が生まれてからは、子どもをダシにして、(おそらく)車3台、戦車1台、飛行機1台、ヘリコプター1台のラジコンを経験した。
 車と戦車はちゃんとしたラジコン(うち車1台と戦車はけっこうな大きさの本格派)なのだが、肝心の息子はそれほど興味を示さず、私自身もなにごとにも夢中になれない移り気かつ飽きっぽい性格なので、購入当時はそれなりに楽しんだものの、どれもそれきりになっている。

 あ、車のラジコンについて書いたものは、このブログにもあるはずだ。

 飛行機のほうは完全なオモチャで、飛ぶには飛ぶのだが、ちょっとした風でもすぐ流されてしまう。確か初飛行の日に、近所の低層マンションの屋根に乗ってしまったのを必死の思いで回収したのは覚えているが、にもかかわらず、その後遊んだ記憶がない。

 ヘリコプターは、飛行機仲間の忘年会?の景品でいただいた。これも小さなオモチャだが、何しろヘリコプターなので操縦がむずかしく、結局は一度もまともに飛ばなかったと思う。
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 前置きが長くなった。

 苦節?半世紀、とうとうちゃんとした「ラジコン」を手に入れたのである。

 もはやだれもラジコンとは呼ばないが、幼いころから憧れたラジコンの究極形であることは間違いない。

 そう、ドローンというやつだ。

 DJI Mini 2 という、この11月に発売された最新機種。やや値は張るが、買う気が失せるほどではない。その素晴らしさはとてもここでは書き切れないので、メーカーの宣伝を見てほしい。
 これが、あの「レフティRX」と(物価を考えれば)それほど変わらない値段だというのはすごい。まあ半世紀近い時間が流れているのだから当然か。

 相変わらず短い時間(15分ほど?)しか遊べず、すぐに充電が必要になるのだが、初めから電池が3本ついてくるセットがあるのもありがたい。

 iPhoneに代表されるスマートフォンの使用が大前提になっていて、持っていなければそもそも飛ばせないのだが、それにも逆に感心した。
 スマートフォンの可能性をこんなふうに広げるなんて。

 あと、買ってからわかったのだが、これはむしろ、ラジコン飛行機というよりは、コンピュータ制御の空撮用カメラである。
 ちょうど、iPhoneが、電話というよりはむしろ、コンピュータ付きカメラであるように。
(それにしても、みんなカメラが好きなんだなあ・・・)
 ___

 結局手に入れることのなかった、そしておそらくこれから一生手に入れることもない、本格的なラジコン飛行機は、そもそも初心者は飛ばすことすらできない。
 離陸させて空中で種々の機動をさせることならなんとか可能かもしれないが、上手に着陸できなければ、初飛行が最終飛行になってしまうからである。

 ドローンもそうなるのではないかと、ひそかに恐れていた。
 墜落して壊れると、6万円である。
 壊れたら安く交換してくれるという1年保険が6160円で用意されているが、入っていない。

 しかし、それなりに手のかかる理解と手続きを経て、リビングでの初飛行を終えるころには、これなら大丈夫だと安心した(のを後悔しないことを祈る)。

 なにしろ、

1.自動で離着陸できるし
2.何も操作しなければ、同じ場所でホバリングを続けているし
3.まったくの初心者でも操縦は驚くほど簡単

なのだ。

 何という夢のような飛行機・・・

 ただ、これでは操縦の楽しみというものがそれほどないのではないかとも思ったが、なあに、これは飛行機ではなく空撮用カメラなのである。
 カメラとしての楽しみは、けっこうありそうだ。
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 とはいえ、なにごとにも夢中になれない移り気かつ飽きっぽい性格・・・

 苦節半世紀、理想に近いドローンを手に入れても、それは変わらないだろう ^^;

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2020.11.29

●謎のB型肝炎

 職場の健康診断で息子が「B型肝炎の疑い」を告げられた。

 「C型肝炎」の欄には「著変なし」と書いてあった。

 だが、結果の紙を隅から隅まで詳しく見ても、どうして「B型肝炎の疑い」があるのか、逆に、なぜC型肝炎の疑いはない(「著変なし」って妙なギョウカイ用語だけど)のかがわからない。

 なにしろ、抗原検査や抗体検査をした形跡自体がない!のである(いわんやDNAのPCR検査をや)。

 なのになぜB型肝炎の疑いがあり、C型肝炎のそれはないと判断できるのか。

 確かに、肝臓検査の項目のうち、ひとつだけがほんの少し、基準値を超えている。息子の年齢では珍しいだろう。
 しかし、その項目で考えられる疾患をいくらネットで調べても、肝炎は出てこない。

 その時点で考えたのは、健康診断で出た種々の数値を総合的・俯瞰的(冷笑)にAIが判定し、疫学的?に「こういう場合はB型肝炎の疑いがある」と判断したのだろうか・・・ということだった。

 でもまあ、素人判断だとはいえ、健康診断の結果をどう見ても、「B型肝炎の疑い」など感じられない。
 その時点で、「99.9%間違いやで」とLINEで伝えたが(フォーナインにするほどの自信はなかった)、現状では治癒しない疾患だし、感染症でもあるし、心穏やかではいられなかった。
 愚かな息子はB型肝炎がどんな病気かも知らず、ひたすら怯えて「入院なんていやだよ」とか言っている。
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 昔は予防接種の注射針を使い回したりしていたため、医療行為が原因の肝炎がかなりの広がりを見せている。

 今でも鮮明に覚えているのだが、私の小学校時代の集団接種の折りには、ワクチンの入った透明のガラスシリンダに青いピストンの注射器をトレーのうえにずらりと並べ、1本で3〜4人に接種していた。
 私は幼いころからどちらかというと潔癖症なので、他人の体に刺した針をまた自分に刺されるのが嫌でたまらず、ちょうど新しい1本になったところで自分の番が来ることを、毎回切に祈っていたものだ。

 数十年前とはいえ、小学生でもわかるような「汚い」行為が感染を引き起こす可能性について、政府から末端の医師までの誰もが思い至らなかったというのは、恐るべきことである。
 いや、もしかすると「その針、イヤや。新しいのんに変えて」と言い出せなかった小学生同様、厚生省などの方針に大人も口を出せなかったのかもしれない・・・とも、今では考える。

 いずれにせよ、結果として、多くの人々を肝炎や肝癌で苦しめ、時には死に追いやり(大学の同級生のひとりも、妻子を残して若くして死んだ)、最高4000万円を被害者に給付するというような仕儀に陥っている(予防接種だけではなく、輸血や血液製剤によるものも同様だ)。
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 さて、B型肝炎の代表的な感染経路は、母子感染・血液感染・性感染である。詳細は省くが、息子は間違いなく(親が断言できるところが情けないのだが)、このどれにも該当しない。

 ただひとつの可能性は、医療行為による血液感染である。特に、今年1月に比較的大きな手術を受けているので、それが怪しいといえば怪しい。

 だが、一流の大学病院で執刀された2020年の手術で、肝炎に感染したりするだろうか?

 手術前には緊急時の輸血のためにあらかじめ自己血を採血しているのだが、それすら使わなかったと聞いているし、ましてや他人の血液は使っていない。
 (もちろん、仮に使っていたとしても、現在ではきちんとスクリーニングされていて、輸血で感染する確率は極めて低い。)

 可能性としては、手術に使った器具が汚染されていたか・・・

 考えても仕方がないのだが、万一感染が確定した場合、大学病院を相手に訴訟を起こすことになるのだろうか、でも、どうやって手術による感染(それ以外の感染経路はないこと)を証明できるだろう? どう考えても不可能だ・・・などという思いが頭をよぎる。
 手術をした病院に息子が「B型肝炎の疑い」を告げると、「それはすみません」(たぶん何気ない挨拶のようなものだろう)と言われたというのだが、まさか、集団感染で同様の訴えが相次いでいるのではあるまいな・・・と、あらぬことまで考えてしまう。

 病気そのものの心配に加え、感染源のミステリー、さらには今後の取り越し苦労までを折り込んで、落ち着かない10日間ほどを過ごすことになった。
 ___

 職場の人に勧められた(なんと息子は、すでにB型肝炎(の疑い)をカミングアウトしていた ──保健所が匿名で検査してくれるような疾患なのに)という医院で検査を受け、結果が出たのが昨日の午前である。

 結果はまさに予想どおりであった。

 5種類もの抗原・抗体精密検査はすべて陰性で、医師によると「陰も形も、ウイルスが存在した痕跡もない。何をもって「B型肝炎の疑い」などと診断されたのかも心底わからない」ということだったそうだ。

 後半は私の診断?と同じである。

 ほっと安心したものの、ミステリは残った。

 ほんとにいったい、「何をもって「B型肝炎の疑い」などと診断された」んだよ(怒)

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2020.10.31

◆何度目かの Sleepless in Seattle

 3年ぶりにどこにも行かない秋休みを過ごしている。

 3年前は、家人が新しく買った車の練習に付き合わされていた。
 一昨年は、ひょんなことから函館に飛び、昨年は富士箱根伊豆を回った。
 今年は、いまのところ、結局どこにも行きそうにない。

 昨日は、家人が近年行っていない場所へ車で行くための練習に付き合わされた。

 今日は快晴なのだが、なんだか出かける気もしないので、Amazon Prime Video で何か見ようとあさっていると、Sleepless in Seattle(めぐり逢えたら:トム・ハンクス、メグ・ライアン) が目に入ったので、それを見ている。
 他に食指の動くものがなかった。

 見ていると、記憶に残っている台詞が多くて驚く。3回は見ていないと思うんだけれど、もしかすると見たのかもしれない。

 今回は、キャストの名前がずらずらと出てくる最初のところでまずびっくりした。

 ロブ・ライナーが出ているのである。今まで知らなかった。

 どこで出てくるのかと思っていると、トム・ハンクスがシアトルに引っ越した後の建築仲間で、デート指南をする太った友人がそうだった。
 cute butt とか Tiramisu とか、印象的な台詞が出てくる場面だ。
 2人が話しながら降りていく坂は、9年前にシアトルに行った時に通った場所だという気もする。

 同じ映画を何度も見る趣味はないのだが、新しい映画を探してがっかりするよりは、名作だとわかっている映画を見直して懐かしむとともに、なにか新しい発見をするのもいいかもしれないと思った。

(Sleepless in Seattle, 1993 U.S.A.)

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2020.10.16

◆『ロープ 戦場の生命線』(原題:A Perfect Day)

 映画はコンスタントに見ています。

 手間を厭ってここでご紹介することはほとんどなくなっていますが、これはどうしても紹介したくなりました。

 『ロープ 戦場の生命線』(原題:A Perfect Day)です。

 この邦題は、例によっていただけません。

 舞台は戦場ではありませんし、発砲も爆発もありません。画面内で人が死傷したりすることもありません(ただし、死体は出てきます)。
 ロープは確かに鍵となるアイテムではありますが、それが生命線という文脈でもありません。

 一方で、原題の"A Perfect Day" にこめられたシニカルなユーモアは、なんともいえないよい味を出しています。

 舞台はバルカン半島のどこか。戦争がいちおう終結したあと、和平協定が結ばれた地域に入って援助活動をするNGOの多国籍チームが主人公です。

 何者かによって井戸に死体が投げ込まれ、村人の「生命線」である水の確保が困難になりました。
 NGOは、ロープを使って引き上げようとしますが、それが途中で切れてしまいます。
 そのため、ロープを探しに出かけるのですが・・・

 なんといっても、シリアスな状況を皮肉な笑いで包みこみながら人道支援をする登場人物たちが素晴らしい。
 その彼ら彼女らが、理想に燃えた美しい存在としては描かれていないところに、えもいわれぬリアリティがあります。

 私の筆力ではとても紹介できませんね・・・

 何はともあれご覧ください。私が今年見た、軽く100は超える映画の中で1番の傑作かもしれません。

(A Perfect Day, 2015 Spain)
(台詞はほとんど英語ですが、多様な言語が飛び交う点もすばらしいですね。)

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2020.10.11

◆マイバッグよりマイバスケット

 マイバスケットというのがあるのをご存じでしょうか。

 適当なバスケットを買ってマイバスケットと呼んでも別にかまわないのですが、ここでいうのは、スーパーが純正?で用意している買い物カゴのことです。

 大きさや形は、スーパーで買い物をしてレジへ持っていくカゴとまったく同じです。色だけが違っていて、マイバスケットであることがわかります。

 そういうものをスーパーが用意していることを知らなかったとき、あれば便利だろうなあと考えて、Amazonやヨドバシなんかでサイズと形状が同じものを探したことがあります。
 しかしながら、あとで述べるように、まったく同じでないとあんまり意味がないので、買ってみるという行動にためらいを覚え、そのままになっていました。

 そうこうしているうちに、何のきっかけだったか、イオンで売っていることを知りました。
 月に3回くらいはイオンへ行くのですが、見かけたことがなく、どこにあるのかと問い合わせると、サービスカウンター前に置いているということでした。
 そんなところにいくことはまずありません。
 ___

 スーパーに「マイバッグ」やレジ袋を持参すると、清算後のカゴからそこに品物を移し替える手間が生じます。
 これが半端ではない。

 レジの人が種々考慮のうえ適切に買い物カゴの中に配置した商品を、またあらためて別の袋に詰めていくのです。

 当然というか、たとえば、カゴの下の方にある商品を袋の下の方に入れるのが合理的です。そうすると、カゴの下から商品を掘り出し、袋に移す・・・ということになります。
 上の方に置かれた軽い商品はいったん取りのけた後に、あらためて袋の上の方に入れ直さなければなりません。

 マイバッグやレジ袋は、スーパーのカゴとは大きさも形も違うので、たいていは、カゴ2つ分を3つか4つの袋に入れ直すということにもなります(うちは週に1回くらいしか買い物に行かないので、荷物が多いのです)。

 それで、その4つの重い袋を家人が(別にハンドバックを持っているので)1つ、私が3つぶらさげて、えっちらおっちら駐車場まで戻る・・・というのがこれまでの平均的買い物でした。

 ところが・・・

 マイバスケットを使うと、劇的に苦労が解消するのです。20201011

 まず、買い物カートの上下段にマイバスケットを1つずつ置き、その上にそれぞれレジカゴを重ねます。大きさも形もまったく同じなので、ぴったりスタックできます。

 次に、カートを押しながらふつうに買い物をします。終わってレジに行った時、重ねたカゴを外して、レジに通した後の商品をマイバスケットに入れてもらうようにします。
 レジの方は、そのためのマイバスケットだとご存じですから、スムーズにすすみます。

 さて、清算が終わると・・・

 プロが考えながら上手に整理して詰めこんだマイバスケットができあがります。それをカートに載せてそのまま駐車場へ向かいます。

 最初にこれを経験したとき、その場で叫びたいくらいに感動しました。

 今までのあの無益な苦労はなんだったのか。

 レジ袋有料化とか何とかとは関係なく、何十年も前、購入した商品を自分で袋に詰めさせられるようになったときに、最初からこうしていれば、人生のかなりの時間や労力を節約し、ストレスも減っていたのに・・・と思いました。

 マイバスケットの価格は、2つで税込796円。しかも、壊れたら交換してくれますし、いらなくなったら返金してくれます。
 実質無料です。

 これほど便利なものを、どうしてみなさん、使っていらっしゃらないのでしょうか。
 今までに見たのはおふたりだけですし、自分が使いはじめるまでは一度も見たことがありませんでした(気づいていなかっただけかもしれませんが)。

 最後になって恐縮ですが、唯一の欠点は、自家用車利用が前提であるということです。
 バイクや自転車なら荷台に積んでネットをかければいいかもしれませんが、徒歩で買い物の場合は、ちょっと苦しいかもしれません。

 自動車でスーパーへ買い物に行くみなさん、マイバッグよりマイバスケット、ほとんど絶対的なお勧めです。

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2020.10.04

◆陸海空を制覇?しようかな

 先日、自動車の合宿免許取得がGoToトラベルキャンペーンの対象になることをネットで知った。
 どうせ取るならこの機会に取るといいなあ・・・と思ったが、取りたい自動車免許はもはやない。

 残念に思っていると、ニュース番組で船舶免許も対象であることを知った。そりゃそうでしょうね。
 でも、船舶免許を取ろうなどと思ったことはほとんどない(弟が持っているため、ちらっとは考えたことがある)ので、思いつかなかった。

 調べると、飛行機で沖縄まで行って取っても、ふだん淡路島で取るより安い感じだ。

 でもなあ・・・免許だけあっても、船がなければどうしようもない。
 今だって、免許はあっても飛行機がないからどうしようもないのだ。

 まあ、飛行機は将来、アメリカとかハワイとかグアムなんかで(ぜんぶアメリカですね・・・)インストラクターを横に乗せて借りて飛ぶとかを考えている(カナダやヨーロッパもいいなあ)。

 船だって借りられないこともあるまい。

 それに、免許なんか使う予定はなくても、沖縄に体験型の観光旅行に行ったと思えば、何とか許せる金額である。

 うん、その考え方はちょっと魅力的だ。

 日本中、わりとどこに行ってももはや感動はほとんどなく、車で走り回って帰ってくるだけの旅行でも何万円もかかってしまう。

 それに!、船舶免許をとれば、自動車・二輪車・飛行機・ダイビング・船と、陸海空を制覇?したことにもなる。
 そんなしょーもないことにちょっとした価値を見いだす愚かな男であってみれば、あながち真面目に考えないこともない。

 どうしようかなあ・・・ 面倒くさいし、その価値があるかなあ・・・

 行けるとすれば連休に絡めてしかないのだが、幸か不幸か、すでにまとめて有休を取っている。

 連休で混んでいるから無理だろうか。
 だとすると、予約が取れなければ縁がなかったと思って諦める、取れれば行く・・・というのもいい。

 こういうどうでもいいような小さな運を、天に任せるのはけっこう好きなのである。

 あ、船酔いするんですが、それは・・・

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2020.10.03

◆下半期がスタートして

 いくつか細かいことを備忘録的に書きたかったのだが、思い出せない。

 とりあえず適当なタイトルをつけて、思い出すままに書きたい。

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 そうそう、ちょうど、加藤陽子さん(東京大学教授)の本を買ったところで(読んでいない)、例の「日本学術会議会員任命拒否問題」が浮上した。
 加藤さんは拒否された6人のうちの1人だ。

 Twitterの方で、さんざん人の褌で相撲を取ったので、ここで詳しくは書かない。
 だが、これがとんでもない大事件だということはあらためて強調しておきたい。

 こんなことをすればどれほどの大騒ぎになるかが予想できなかったこと自体が、この政権がいかにダメかということを雄弁に物語っている。

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 新しいブルーレイディスクレコーダーを購入した。主な理由は、古いのを息子に譲るためである。

 おそらく10年近く経つが、それほど革命的には進歩していない。それでも、4Kチューナを搭載していたり3番組同時録画ができたりする。
 ドラマだけ・映画だけ・スポーツだけみたいな番組リストを自動で作ってくれ、使い込んでいくうちに見たい番組ほど上位にリストアップされる機能なんかもあるようだ。

 あ、いちばん驚いたのは、取扱説明書をいっさい見ることなく、あらゆる設定がほどんど自動で完了したことである。面倒だったのは、自宅のWi-Fiパスワードの入力だけだった。

 うちのテレビは2Kだが、テレビ本体で見るよりも、レコーダーを通して見た方がきれいな(気がする)のも面白い。同じメーカー(SONY)なので、おそらくは、画像処理技術が上がっているのだろう。

 あっ・・・いま、『探偵!ナイトスクープ』の録画予約をし忘れていたことに気がついた(手遅れ)。

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 トランプが、米国史上最低最悪の大統領であることは論を俟たない、という気がしていた。
 いや、ただの人間としてでも、はなはだしく軽蔑・唾棄すべき人物である。
 安倍さんや菅さんがマシに見えるくらいひどい。

 でも、考えてみると、奴隷制度やその後の人種差別を維持し続けた歴代大統領、民間人を対象に絨毯爆撃を指示した大統領、都市への原爆投下を(2度にわたって!)命令した大統領、第二次大戦全体で使われた爆弾の3倍ともいわれる量をベトナムに落とした大統領、ありもしない大量破壊兵器の存在をでっち上げ、一方的に他国を侵略した大統領・・・等々、やったことでいえば、トランプよりはるかにひどい殺人者などはたくさんいる。

 それでもトランプは最低最悪の大統領なのか・・・ 直観は、そうだと告げる。

 簡単に答えは出ないが、他の大統領たちの多くは、人間としてはそこまで悪い人物でなかっただろうことがヒントになるかもしれない。
 彼らに決定的に欠けていたのは、想像力ではないだろうか。

 そういう人たちを当時の時代背景におけば、現在なら「人道への罪」と断罪されるようなことであっても、免罪はされないまでも「あの時代ならありえた」のだという気がする。

 トランプは、現代の(いや、おそらくどの時代でも)大統領としてありえないのだ。だから最低最悪の大統領だと言われるのだろう。


 そのトランプも新型コロナウイルスに感染する。ウイルスは忖度してくれない。

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2020.09.14

■国勢調査雑感

 国勢調査の封筒が、ピンポンもなしにポストに入っていた。
 コロナ云々もあり、総務省としてはそれで正常らしいが、自治体によって対応は異なるようだ。

 回答はネットでおこなった。
 日本語を含めて29言語で回答できるのには、ちょっと感心した。

 いつぞやのように、家の間取りやら年収やらを聞かれることもなく、あっさりとすぐに終了した。

 簡便でいいのだが、今年が国勢調査100周年記念にあたるというなら、もっと大々的にいろいろ聞いてもよかったと思う・・・というのはまあ冗談で、相変わらず氏名を答えさせたりするのには辟易する。

 統計調査になぜ氏名が必要なのか。

 紙で回答するときは空欄で出したりもしたのだが、Web回答だと先に進めない。
 ペンネームでも入れておこうかと思ったものの、面倒なことに巻き込まれたりするのも嫌なので、仕方なく本名を記入した。

 なんでも、前回の国勢調査の回収率は9割を切っており、東京ではなんと7割ほどだという。
 もっとも数が多くて肝腎の?東京がそれでは、もはや、国勢調査の意義すら疑わしい。
 政府が信用できず、プライバシーが侵害されそうな気がするのも一因ではなかろうか。

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 それとは別に、許せない質問がひとつあった。

 通勤手段を聞いているのだが、「該当するものすべてを選択してください」と書いてあるのに、「徒歩」を選ぼうとすると、「徒歩のみ」しか選べず、あとは一切選択できなくなるのだ。
 私は、徒歩で行ったり車で行ったりするので(以前は自転車で行くこともあった)両方選びたいのである。

 少し考えてわかったのだが、この設問は「通勤(通学)手段を必ず一つだけ答えさせよう」という意図で作られており、「二つ以上の交通手段」という文言は「自転車で駅まで行って電車を降りてからバスに乗り・・・」などを想定したものなのだ。

 「ふだんは徒歩だが雨の日は車」なんていう人もけっこういるはずなのに(なにせ1億人以上に訊いているのだ)、そんなことすら想定していないのかと思った。
 設問には「おもな」とか「ふだん」というようなことばすらないのである。

 しかたなく「解説」をクリックして開くと、やっと「主に」が出てくる。
 しかし、そういう面倒な手続きなしにサッと答えられるように作るのが、4千万世帯1億3千万人を対象にするような調査の定石だと思うんだけど。
 それに、「「主に」と言われても、徒歩と自転車が半々なんですが・・・」という人だっているだろう。

 頭のいい人たちがさんざん検討して作成しているはずなのに、どうしてこういう頭の悪い設問を作るのだろう?

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2020.09.13

■俗物談義

 何のきっかけだろう? 家人と外で昼食を食べながら「俗物」談義をしていた。

 その最後の方を村上春樹風に。

「それで、あなた自身は俗物じゃないわけ?」
「あのね、俗物になるためにはかなりの社会的地位が必要なんだよ。幸か不幸か、ぼくにはそれが欠けている」
「俗物にすらなれないという理由で、俗物じゃないわけね・・・」
「そういう見方もできるね。それに、たいしたお金もないから成金でもない」
「偉くなれないから俗物じゃなくて、お金がないから成金じゃない・・・なるほど。でももし、地位もお金もあったら、俗物の成金ができあがるんじゃないの?」
「そんな無理な仮定をしてもしかたないよ。現実に、ぼくには地位もお金もないし、したがって俗物でも成金でもない。それでいいじゃないか」

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2020.09.08

■Stand by Me と Labor Day

 何かいい映画はないかと Amazon Prime Video の作品を眺めていたが、どうもいいのがない。

 見たくなるようなのはほとんど見てしまっているし、見ていないものは見る気になれない。

 そんな中、『スタンド・バイ・ミー』が目に入った。
 ものすごく有名な映画だし、主題歌も大好きなので、よく知っている気になっているが、どんな映画だっけ?と思い出そうとしても、子どもが4人で線路を歩く・・・ということくらいしか思い出せない。

 鑑賞中に思い出したのも、橋の上で列車が迫ってきたときに主人公が Train ! と叫ぶ場面と、パンツの中に入ったヒルを取り出して失神する場面くらいである。
 最後に死体を見つけたのかどうかすら、覚えていなかった。

 まあ、たぶん30年以上も前に見たんだろうから、当然といえば当然だが、自分の記憶力のなさにはちょっとげんなりした。
 ___

 見終わってまず驚いたのが、スティーブン・キング原作で、ロブ・ライナー監督だったこと。特に前者。へぇぇぇ。

 そしてなんと! 見た日が偶然にも、アメリカの Labor Day であったことに、後で気づいた。

 大きな?冒険をした4人がオレゴン州キャッスルロックの町に帰って来るのがレイバー・デイ前日の日曜日である。
 それは、ひと夏の終わりであると同時に、主人公たちにとっては小学生の終わりを意味する。

 そして、映画の最後で

"I never had any friends later on like the ones I had when I was twelve.  Jesus, does anybody?"
(12歳の時のような友だちは、その後2度と持てなかった。だれだってそうだろ?)

というほどの3人の友だちも、うち2人はほどなく

"As time went on we saw less and less of Teddy and Vern until eventually they became just two more faces in the halls."
(時が経つにつれて、テディやバーンに会うことはどんどん少なくなり、とうとう、学校で見かけるその他大勢の中に2人がいるという程度になってしまった。)

というような存在となっているし、一緒に進学コースに進んだクリスとも、彼が死んだ時点で10年以上会っていない。

 ひと夏の終わり、小学生の終わりは、たとえ、小さな町で中学生へと続くだけの途上であっても、実際には大きな終焉を意味するのだ。
 ___

 30年の時を隔てて、記念すべき Labor Day に見た Stand by Me は、同じような年が繰り返される日常にあって、どれほどの大きな終焉を幾度となく迎えてきたかを考えさせられることになった。その終わりにもほとんど気づかないうちに。

 日本で区切りなく暮らす身には、小学校卒業後のレイバー・デイの感慨はないにしても、やはりまた、何かが終わる季節なのだと、似合わぬ感慨にふけらざるをえない。

(Stand by Me, 1986 U.S.A.)

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2020.09.04

■ユニクロのエアリズムマスク雑感

 対人距離が取れる場合はなるべくマスクをしない派なのだが、ほとんどの施設がマスクを要求するようになり、手持ちの分だけでは心許なくなってきたので、ユニクロのエアリズムマスクを購入した。

 マスクを買うために行列にならんだりするつもりはまったくなかったので、ネットの公式ストアからあっさり買えて幸いだった。

 L(ふつう)(どうしてLが「ふつう」なんだよ)を買うと、ぴったりフィットしていい感じではあるのだが、ほどなく違和感に気づいた。

 呼吸をするたびに、膨らんだりしぼんだりするのである。

 ちょうどスーパーに買い物に出かけたので観察してみたのだが、ひとりとしてそんな人はいない。
 私のマスクだけが、風船のように膨らみ、その後で肌に吸い付いてくる。まさに、エアがリズムを刻むように。

 自分の呼吸が荒いのかともちらっと考えたが、これまでのマスクではこんなことはなかった。
 要するに、機密性が高いのである。

 私の買ったのは「メッシュ素材に進化し通気性が向上」とうたわれている新商品だ。
 それでも、他のマスクより圧倒的に機密性が高いのだろう。
 発売されて間もないのに、すでに「お客様の声で進化するユニクロアップデート」を施されている点から見ると、発売当初のものは、これ以上の機密性でかなりのクレームがあったものと思われる。

 だが、モノはマスクである。「メッシュ素材に進化し通気性が向上」なんかして、いいものなのだろうか。
 実際に病原菌の侵入を防ぐN95規格のマスクなど、苦しくて長い間つけていられないほどの機密性を誇る。それでこそのマスクだ。

 実際、一般的な布マスクでは「空気中の粒子の漏れ率(侵入率)が100%」だという研究が出ていた。その「粒子」にはもちろんウイルスも含まれている。
 だいたい、通常のマスクの網目は、ウイルスにとっては存在しないも同然くらいのガバガバなのだ。われわれ人間がウイルスだとすると、ざっと幅100メートル!以上の格子に相当する。
 目をつぶって通り抜けても、ぶつかる心配はないほどの広さである。

 だがそれでも、唾液の大きな飛沫とか、そういうものを防げるから、マスクをする意味はあるのだろう。
 ただ、その程度のものでいいとすると、ユニクロのエアリズムマスクは、明らかに機密性が高すぎる。長い間つけているとだんだん息苦しくなってくるくらいだ。

 「粒子をカットする」「高性能フィルター」など必要ないから、膨らんだりしぼんだりを繰り返さない程度に、もう一度「お客様の声で進化するユニクロアップデート」をしたほうがいいのではないだろうか。

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2020.08.20

★「第2波まっただ中」感染症学会理事長 政府は明言せず

 政府のことを書こうとすると、のべつ怒っていなければならなくなるので避けてきたが、久しぶりに書きたくなった。
 日本(政府)の病根が宿っている事例がまたぞろ出てきたからである。

 本日付の朝日新聞朝刊(大阪本社版)によると、

新型コロナウイルスの国内の流行状況について、日本感染症学会の舘田一博理事長は19日、東京都内で始まった学会の学術講演会で「『第2波』のまっただ中にいる」と述べた

そうである。
 「6月以降の感染者数は今春の「第1波」の2倍以上にのぼる」のだから当然だ。

 ところが、「政府側はこの日、「第2波」とは明言しなかった」という。

菅義偉官房長官は「4月の緊急事態宣言当時とは状況が異なっている」(7月30日)
加藤勝信厚生労働相は「必ずしも定義があるわけではない」(8月19日)

 そして、安倍晋三首相はといえば、議員が要求する国会召集に応じないという憲法53条違反を犯しつつ、国会の閉会中審査にも一度も出席しないばかりか、記者会見もほとんど行わず、数少ないQ&Aの答も、あらかじめ用意した(おそらくは)官僚の作文を読み上げるだけである。

 これほど明確に第2波が来ているのに(日本感染症学会の理事長でなくとも、グラフを見ればだれだってわかる)、どうして政府は頑なにそれを認めようとせず、「最高責任者」を自認する首相は逃げまわっている(ように見える)のか。

 たとえば
 「第2波は来ているが、第1波の時とは状況が違う」
 「第2波は来ているが、適切に対処している」
 「第2波は来ているが、重症者や死者は減っている」
とか言うならまだわかる(後半の事実はどうか知らないが)。

 だが、第2波が来ていること自体を頑なに認めようとしないのはいったい何なのか?

 個々の戦闘による敗北さえも認めようとしなかった「大本営発表」を思い出さざるをえない。
 戦後75年も経っているのに、相変わらず同じようなことを繰り返している。

 よくなったのは、「第2波まっただ中」と明言しても特別高等警察(特高)に逮捕・拷問されたりする心配がなくなったことだろうか(それはほんとにありがたいけれど)。
 ___

 第1波をほぼ完璧に押さえ込み、ごく平常の生活に戻っていたニュージーランドでは、少数の市中感染者が出ただけですぐにロックダウンに踏み切って、第2波を押さえ込もうとしている。

 いや、ニュージーランドの政策に必ずしも賛成というわけではない。感染防止と経済活動を両立させるための方策などを考えると、まったく素人の一個人としては、どういう政策が正しいのかは「わからない」としか言いようがないからだ。

 ただ、確かなことは、現在の日本の状況で第2波が来ていることを認めないというような愚を、ニュージーランド政府なら(他の多くのあまり感心できない政府ですらも)犯さないということである。

 第2波が来ていることを認めなければ、いつの間にかコロナ禍は神風によって吹き払われるとでも思っているのだろうか。
 ちょうど大戦末期に、「負けることを認めなければ勝てる」と考えていたように。

 歴史からも経験からも学ばず、事実すら認めようとしない政府を持たされている者は不幸である。

 いったい誰が選んだんだよ。

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2020.08.13

★スイカとマンゴーと贈り物

 今日から正式に?お盆に入ったらしいのだが、相変わらずの在宅勤務が続いている。

 出すべきものを出してこない人たちがいるので、途中で仕事がストップしてしまい、先に進めないところで大方は片付いた。

 それはともかく・・・

 スイカが好物なのだが、今年はまだ食べていない。
 食べたとしても、寿司のデザートに2キューブ?とか、イタリアンでスイカのグラニタとか、その程度だ。
 去年も結局、まともには一度も食べていない気がする。好物なのに食べられないスイカって・・・

 家人の同僚にもスイカが好きな人がいるらしいが、「1000円以下にならないと買わない」のだそうである。もちろん、1個まるごとの値段だ。
 10年前ならそれも可能だったかもしれないが、少なくともうちの近所では、980円のスイカを見かけることはもはやない。
 それどころか、1280円もない。1480円ならかろうじてあるかもしれないが、先日見たのは1980(税込2138!)円であった。

 とても買えない。

 それでもしばし考えたが、やっぱり買えなかった。このままでは、数年連続で好物のスイカを十分には食べられないということになりそうだ。

 いったい、なんのために生きているのか。

 いや別に、スイカを食べるために生きているわけではないし、2000円くらい、その気になればもちろん何とでもなるんだけれど、「1000円以下にならないと買わない」人と同様、なかなか手が出せないのである。
 ___

 スイカは買わないと決めて他の果物とかを眺めていると、マンゴーが目に入った。

 スイカと違い、おそらくは去年まで食べたことのなかった高級果物である。
 マンゴー味のジュースやらは好きだが、マンゴーそのものは食べたことがないので好物かどうかすらわからなかった。
 そのマンゴーを、去年、知り合いから送っていただいて、たぶん初めて食べた。

 心をこめて選りすぐってくださったものだったからだろう、まったりと濃厚で驚くほどおいしく、即座に大好物となった。
 スイカには失礼だが、やはり格が違う。

 それまで、高くてとても買えなかったので(というか今でも買えない)、一生食べられないところだった。

 そのマンゴーをスーパーの店頭で見かけたのだ。
 もちろん、送っていただいたものと比べればかなり落ちると思うのだが、それでも値段はスイカと変わらなかった。
 重量あたりでいえば、スイカの十数倍の価格ということになる。スイカでも買えない我が身、もはや絶対に買えない。

 そんなマンゴーを今年も送ってくださり、やはり喜んでおいしくいただいた。
 ___

 徒然草の第117段に「よき友、三つあり」として、その一つに「ものくるゝ友」というのがある。

 時代が違って物は豊富にあるし、個人的に贈答文化は持っていないし、なんだか身も蓋もないし・・・で、 徒然草にしては共感できない記述だったのだが、マンゴーに限らず、近年、たまにではあるが物をいただく機会があり、遅まきながらその意味がわかりはじめたような気がする。

 ものをくださるから「よき友」なのではない。
 よき友だから「ものくるゝ」のだ。

 兼好がどういうつもりで言ったのかはわからないけれど。

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2020.08.10

★macOS Catalina 10.15.x で、ScanSnap 1500 などが利用可能になりました

 遅まきながら、macOS Catalina 10.15.x で、ScanSnap S1500/S1500M/S1300 が利用可能になったそうです。

 ScanSnap S1500M が使えないので、長い間 Catalina へのアップデートを控えていたのですが、諦めて最新の iX1500 を購入し、Catalina にした経緯は以前に書きました

 対応するドライバをもう少し早く出してくれていたら、iX1500 を購入する必要はなかったことになります・・・

 まあ、iX1500の性能は素晴らしいので、怒っているわけではないのですが、別に S1500M でも必要十分だったような気もします。

 ともあれ、ScanSnap S1500 とかのせいで Catalina へのアップデートを遅らせていた方には朗報ですね。

 意味はないかもしれませんが、検索の便のために
   → #富士通 #Fujitsu #PFU #ドキュメントスキャナ

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2020.08.08

★水出し緑茶

 世間はお盆休みに入ったようだが、来週はまだ仕事が山場だ。まあ、再来週はのんびりできるかもしれないし、とりあえず今日から三連休ではある。

 長い間(半年くらいか)入院していた母親が退院したという連絡が父親からあった。

 90歳が85歳の面倒を見るというのに、心なしか声がうれしそうなのが不思議だ。

 退院したといっても、体よく病院から追い出されたに過ぎず、歩くことすらできない。

 病院から「人と会うことは控えよ」と申し渡されているそうで、会いに行くとしても、こちらがしばらく人と会わない生活を続けてから後のことになる(未来にこれを読む方のために。新型コロナウイルスによる感染症が蔓延している?せいです)。

 まあ、幸い元気そうだというので(歩けないけど)、このまま会えないで終わるということもないだろう。
 ___

 それはともかく・・・

 先日、新聞に「水出し緑茶」の記事が出ていた
 ちょうど飲み残した茶葉があったので、「これでは足りないなあ」と思いながらやってみた。
 麦茶なんかを冷やしておく冷蔵庫ポット(というらしい)に浄水器の水を入れ、茶葉を放り込んでひと晩冷蔵庫に入れておくだけである。

 これがびっくりするくらいおいしかった。

 安物の茶葉である。なんなら(若者言葉)変色しかかっていた。

 にもかかわらず、フルーティとでも形容するしかないような、なんともいえない甘みが出ており、苦み渋みを抑えた素晴らしい飲み物になっていた。

 長い間生きてきて、どうしてこんなものが簡単に作れることを知らなかったのだろう。
 熱いお茶を自分なりに丁寧に急須で入れるよりも、明らかにおいしい。

 何でもそうかもしれないが、お茶というのは値段に正直である。
 お茶屋でアルバイトをしているという知り合いに聞いたことがあるが、「ほんとうにおいしいお茶というのは100gで3000円以上くらいでしょうか」とか言うので、「やっぱりね、そうだよね」と、ため息をつくしかなかった。

 スーパーで茶葉を買っている時点で、おいしいお茶は望めない。

 それが、この水出し緑茶なら、十分においしいと言えるようなお茶が簡単に作れるのだ。

 「もうこの夏はこれにしよう」と決めたのだが、麦茶の残りを使い切ってしまわないと・・・という理由で、まだ2回目が作れていない。もう2週間くらいになるんじゃないだろうか(後記:実際には1か月近く経っていた・・・光陰如箭)。

 いつになったら麦茶がなくなるんだろう。

 その前に夏が終わってしまわないことを祈る。

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2020.07.24

●銀行の落日

 血のつながっていない甥が、政府系金融機関から就職の内定を得たという。

 コロナ禍で採用を絞り込んでいる企業も多い中、よかったなあという話をした。

 実際、なかなか決まらずに本人も悩んでいたらしい。
 結局、内定が出たのは2つだけだったというので、父親である義弟に(甥本人は今も東京にいる)「もうひとつはどこやったん?」と聞くと、「〜銀行」だという。
 「え、あの〜銀行?」「そうや」

 日本で一二を争うメガバンクである。

 それを蹴って、「そんな組織あったっけ?」感のある政府系金融機関に就職するというのだ。

 その選択も驚きだったが、義弟がそれを当然だと思っているふうなのにはもっと驚いた。

 半沢直樹を持ち出すまでもなく、義弟や私の世代にとって、都市銀行(のちのメガバンク)に就職するのは、高級官僚になるのと並ぶ花形であった。
 それを蹴って別の就職先を選ぶなど、ちょっと考えられない。

 「知ってるやろ、もう銀行はあかんねん」と義弟。

 確かに、ATMの共用化や支店の統廃合、大幅な人員削減等、メガバンクをめぐる情勢は厳しさを増している。ネットバンクなどの台頭も著しい。
 会社勤めをしている義弟は、私なんかよりそのことを実感しているのだろう。

 それにしても・・・と思う。就職先に苦労していた学生からメガバンクが袖にされるとは。
 ____

 それなりの年齢になってきたが、「世の中も変わったなあ」とか「最近の変化にはついていけない」とか思うことはまずない。
 でもこれは、珍しくそんなふうに感じさせるできごとだった。

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2020.07.13

●『猫を棄てる 父親について語るとき』村上春樹

 本を読まなくなった。

 映画は毎日のように見ているのだけれど、本はダメだ。

 脳が劣化して文字を受け付けないのかとも思ったが、連日ネットや新聞の文字を大量に読んでいるので、そういうことではなさそうだ。
 ただ、「情報」は読んでも、それ以上のものはしんどくなっている可能性はある。
 iPhoneのアプリでいちばん利用しているのは、SmartNews だが、Screen Time で調べると、2位のアプリの十数倍の時間を費やす圧倒的1位だ。読んでいるのはほぼ「トップ」と「まとめ」だけである。

 パソコン(や新聞)の方は少しマシで、小難しい評論なんかもけっこう読んでいる。
 でも、少し読んですぐ引き込まれるような、よくいえば文章のうまいものしか読まなくなっている気がする。目に入る文章の質の平均が(たぶん)下がっていることも影響しているだろう。

 であれば、ある程度の質が保証されている(はずの)本をもっと読んでもいいと思うのだが、どうもその気になれない。なんとなく、コストパフォーマンスが悪いような気がするのがいちばんの原因かもしれない。
 いま、「コスト」と書いたときにもっとも念頭にあったのは「時間」だが、それ以外にも、金銭と置き場所の問題も大きい。

 そして、文字が小さくて眼にやさしくないことも大きな原因だと思う。
 昔やっていたような、寝転がって眼鏡なしでは読めなくなったし、iPhone や Mac ならいくらでも文字を大きくできてフォントのデザインもすぐれている。
 また、一般的な単行本よりも、新聞の文字の方がはるかに大きくて読みやすい(面積あたりの文字数はそれほど変わらないのに!)。

 もしかすると、文字を読みやすくしてくれるだけで、いまよりは本を読むようになるかもしれない。
 (あ、iPad で本を読んでいないんだから、ダメだな・・・)
 ___

 前置きが長くなった。

 そんな状態ではあるが、村上春樹(まだまだご存命だが、もう敬称抜きでいいのではないか)の本はたぶんだいたい読んでいる。
 標題にした『猫を棄てる 父親について語るとき』をきっかけに、『村上春樹 雑文集』というのを読んだかどうか気になって本棚を見てみたら、やはりというか存在していた。
 今週は『一人称単数』も発売される。

 『猫を棄てる』は、とうとうというか、村上が父親に向き合った随筆?だ。
 いま、「正面から向き合った」と書こうとしてやめたのだが、まったくもって正面からは向き合っていない。肝心?の、父と息子の確執が、精神面からまだ?具体的に書けないようなのだ。
 この本はハードカバーではあるものの、B6判と新書判の中間くらいのあまり見ない判型で、イラストを含めても100ページに満たない小品だが、いつか亡くなるまでには、ご尊父と正面から向き合った大作を書いていただきたいと思う。

 『猫を棄てる 父親について語るとき』という題名だけから想像したのは、泣いて嫌がる村上少年の哀願をものともせず、非情に猫を棄てた冷徹な父親像なんだけれど、まったくそういう話ではなかった。

 それはともかく、村上家にはいろんな猫が入れ替わり立ち替わり飼われていたようなのだが、その記憶がいちいち曖昧なのがおもしろい。

 うちはそれほど動物を飼わない家だが、それでも、鯉やら金魚やら文鳥やらを飼っていた。それらがどうしてうちにやってきて、どういう最後を迎えたかは把握している。
 つまり、うちの息子にとっては、少なくとも父親である私に尋ねさえすれば、曖昧になることはない。

 ただ、私の実家は、インコやコリーやジュウシマツやベニスズメやマルチーズやシーズーなどを飼っていたが、トラウマティックな記憶であるベニスズメと、比較的最近のマルチーズを除き、最後がどうなったかは記憶にない。入手の経緯はどれも不明だ。
 子どもの記憶というのはそういうものかもしれず、村上の記憶が曖昧なのは、尋ねる父はすでに亡く、母の意識も混濁の中にあるからだろうか。

 うーん、でも、90歳になるうちの父親は、まだ何とか働けそうなほどしっかりしているが、飼っていたペットのことを聞いても覚えているような気がしない。
 私自身、もう20〜30年経てば、うちで飼っていたペットの記憶がなくなるのか、それとも、父親がそういうことにあまり関心がないのか、いや案外、実際に聞いてみれば覚えているのか、わからない。

 週末に会う機会があるので聞いてみようと思う。

 父の人生は村上千秋さんのように波瀾万丈ではないし、仮にそうであったとしても、私にはああいう文章はとても書けないけれど。

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2020.07.10

●とにかく被害の少なからんことを

 水害が続いている。

 わりと旅行が好きなので、今ではすべての都道府県を訪れたことがあり、必然的に、被災地を知っていることが増えた。
 東北の津波の時には、かつて泊まった東松島のペンションが跡形もなく流されたりしている。現地に行って場所を探し当てても、そこがそうだとはどうしても確信できなかった。

 今回特に気になったのは、熊本県の人吉市である。

 泊めていただいた古い旅館はテレビで見かけなかったが、被害状況から察するに、無事であるはずがない。
 新型コロナ禍のあとにこれでは、存続すら危ういのではなかろうか。

 4年前の九州旅行で唯一の贅沢をした老舗の鰻屋の方は、無惨な姿を何度か画面で見ることになった。
 不幸中の幸いで人的被害はなさそうだが、お店は滅茶苦茶、秘伝のタレも使えなくなってしまっている。
 たったいちど訪れただけのご縁ではあるが、人生で2〜3回しか経験のない老舗の鰻重であり、思い入れは浅くない。
 一日も早い再開を祈る。
 
 これまでもこれからも、あそこもそこもここも、とにかく被害の少なからんことを祈るしかない。無駄な祈りとは知りつつも。

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2020.06.19

◆コロナとの共存?

 感染がピークを越えたころから、マスコミが盛んに「コロナとの共存」とか「ウィズ コロナ」とか言いはじめた。
(あ、どうでもいいけど、と言いながら気になっているのだが、「共存」は「きょうそん」と読んでほしい。「存在」なんだから。
 「きょうぞん」だと、ふつうの辞書の見出し語にはなってないはずだと思うんだけど、多くのアナウンサーがそう読んでいるようだ。)

 「共生」とか言わないだけマシかもしれないが、もっとほかにいい言い方はないのだろうか。

 だれがこんな厄介なウイルスと「共存」したいと思うだろう?

 まして、With Corona ??、それじゃあまるで「コロナとともに」じゃないか。

 哲学的な生物学者たちが、人類は昔から種々のウイルスと共存してきた・・・などと言っているのは知っているし、それは事実なのだろう。
 生物学的な意味でも歴史社会学的な意味でもウイルス抜きで現在の人類はありえない・・・とか言われれば、それもそうかもしれない。

 でもたとえば、(ウイルスではないが)ペストの流行がルネサンスをもたらしたとか、最近になって?巷間よく言われるようになった例でも、ペストに悩まされた、まして死んでしまった人たちにしてみれば、ルネサンスなんて来なくてもいいから、ペストなどない方がよかったに決まっている。
 人類史的に見て、ペストの流行が中世を終わらせたことにいくばくかの功があるとしても、別にペストがなくたって、別の形でルネサンスも近代も訪れたはずである。

 ともかく、この忌まわしいウイルスと「共存」するとか、ましてともに連れだっていこうとか、そういうニュアンスから逃れられない表現はぜひ避けて、知恵を絞ってもっとふさわしい表現をマスコミは探してほしい。

 ・・・というだけでは無責任なので、数十秒ほど頭を振り絞ってみたが、とりあえず「腐れ縁」という言葉しか思い浮かばなかった。
 「コロナとの腐れ縁」
 美しい表現ではないが、もともと、「共存」なんていうような美しいものではないのである。

 もう少し考えて、ぜひ適切な表現を見つけてほしい。

 後記:シソーラス(類語検索辞典)を調べてみると、「悪縁」「宿縁」が見つかった。特に後者なんか候補としてどうだろう? ダメかな。

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2020.05.23

■macOS Catalina と Novel Coronavirus によせて

 先日、遅まきながらメインマシンである MacBook Air の OS を 10.15 Catalina にした。

 Catalina にすると、いよいよ 32 bit のアプリケーションがまったく使えなくなるため、しばらく見送っていたのだ。
 その中でも、ATOK と ScanSnap は痛い。その2つを新しくし、その他にはなんとか目をつぶって、とうとうアップデートした。

 理由の一つは、iPad を2画面目のモニタとして使うには Catalina が必要だとわかったことだ。

 できて当然、だれもが想定するだろうことが、やっとできるようになったのである。
 ただ、実際に ZOOM(ビデオ会議用ソフト)を使いながらやってみると、MacBook Air の負荷が大きく、無音が美点のノートパソコンのファンが唸りを上げ、うるさくなって熱を持つので、ちょっと常用に耐えない気がしている。

 それはともかく・・・

 macOS Catalina の名前の由来と、そのデスクトップピクチャが、カリフォルニア州ロサンゼルス沖のサンタ・カタリナ島であることは知っていた。
 パソコンの画面写真を見ると、島というよりは、海から突き出た岩山である。どう見ても無人島に見える。

 初めて島の姿を知って、ふと、こんなところに空港があるのだろうか、という疑問がわいた。
 ___

 さて、タイトルをお読みになって、macOS Catalina と 新型コロナウイルスに何の関係があるのかと訝しくお思いになったかもしれない。

 先日、尊敬する先輩と山道を歩いていて、コロナ差別が話題になり、「そういえば、そのものズバリ、「コロナ」というトヨタの車がありましたよね」という話になった。

 うちの父親が初めて手に入れた車がコロナであり、私にとっても初めての自家用車(とはいっても運転したことはない)だというのに、その時まで、コロナ(車)のことを忘れていた。
 むしろ、「トヨタのカローラ(車・花冠)の語源はコロナ(ウイルス)と同じだよなあ」とか思っていた。どうしてコロナ(車)のことを思い出さなかったのか不思議でならない。

 そして、Catalina に触発されて、忘れるはずのないもう一つのコロナを思い出した。カリフォルニア州のコロナ市にある空港である。
 アメリカで飛行機免許を取ったとき、もっとも離着陸回数の多かった空港が、このコロナ空港だった。燃料も、いつもここで入れていた。

 本拠地は少し北のチノ空港だったのだが、コロナはノンタワー(管制塔なし)のいわば野良空港なので、気軽に使えて便利なせいか、よく訓練に利用していた。
 Catalina という名前がその時のことを想起させ、「そうそう、あれもコロナじゃないか」と思い出したのだ。

 なぜ、Catalina がコロナを思い出させるのか。

 それは、Catalina 空港と Corona 空港で使われる航空無線の周波数が同じで、距離もそれほど遠くない(いま調べると100kmくらいだ)ことから、Corona で飛んでいると Catalina の無線が聞こえてくるからである。

 こちらが "Cessna 77R now on final, runway 25 Corona"(セスナ77Rは現在コロナ空港滑走路25に向けてファイナルアプローチ中)などと言っていると、同じように、"Cirrus 55T now on final, runway 22 Catalina" のような無線が入る。

 "Runway 25 Corona" や "Runway 22 Catalina" は、ファイナルに限らず、何度もレポートされるので、今でもはっきりと耳に残っている。

 ・・・といいつつ、Santa Catalina 島の写真を見て、「こんな岩山のどこに空港が・・・」と思うまでは、Corona(空港)のことはすっかり忘れてしまっていた。

 オーストラリア人のコロナ君がその名前のせいでいじめに遭っていて、新型コロナ感染症にかかったトム・ハンクスが、コロナ君からお見舞いにもらった手紙に返事を書いたというのは有名な話だが、カリフォルニア州のコロナ市も、町ごと差別されたりしていなければいいんだけれど(まさかね。でも、からかいの対象とかにはなっているような気がする)。

 コロナ(車)もコロナ(空港)も、忘れるはずのない思い出深いものなのだが、これだけコロナが騒ぎになってもすっかり忘れていたのが不思議だ。
 もちろん、いったん思い出すと、思い出は後から後からいくらでも湧いてくる。

 オーストラリア人でなくても、今どきのことだから、日本人にだってコロナ君とかコロナちゃんはいるかもしれない。
 いま、新しい ATOK で変換したら、胡呂那と頃奈が出た。おそらくは人名ではなかろうか。

 願わくは、再開した学校で、コロナ君/ちゃんがいじめられたりしないことを。
 そして、あらゆる誹謗中傷や差別がなくならんことを。

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2020.05.12

■アベノマスク

「うちのおかんがな、ポストに覚えのないマスクが入っとった言うねん」

「それはアベノマスクやな。大阪でも配りはじめるてニュースで言うとったがな」

「それがな、おかんが言うにはな、ポストに1つしか入ってなかった、言うねん」

「ほな、アベノマスクとちゃうなあ。アベノマスクはどの家にもぜんぶ2枚ずつ配るはずやからなあ」

「そやろ。そやけどな、おかんが言うにはな、その1つの中に2枚入っとった言うねん」

「ほなやっぱり、アベノマスクやがな。1つの家庭に2枚ずつ配るのがアベノマスクやからな」

「それがな、おかんが言うにはな、マスクしてみたらちょうどええ大きさやって言うねん」

「ほな、アベノマスクとちゃうなあ。安倍さんがしてるの見てたら、マスクは小さめのはずやからなあ」

「ところがな、おかんが言うにはな、洗濯したら縮んで小さなってもたらしいねん」

「ほなやっぱり、アベノマスクやがな。アベノマスクは布でできてるから、注意して洗濯せな縮んでまうねん」

「それがな、おかんが言うにはな・・・」


 だんだん面倒になってきたのでこの辺で。

 もう街にはマスクが溢れているのに、もちろん、うちにはまだ届いていません・・・

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2020.05.10

■ BDⅡ32-6.5XD(KOWA)購入 ──何度目かの双眼狂

 ひさしぶりに双眼鏡のご質問をいただき、また別の方からもお尋ねがあり、それらに答えるためにネットでいろいろ見ているうちに、何度目かの双眼鏡熱が再燃した。
 新型コロナ熱ではなくて幸いである。

 iPhone なんかと比べると進歩の少ない世界ではあるが、それでもやはり、知らないうちにいくつかの双眼鏡が発売されている。
 今回特に目をひいたのは、アベノマスクで変な脚光を浴びてしまったあの KOWA から、定番の名器 BD シリーズの新型 BDII と、究極のコストパフォーマンスモデル YF シリーズの新型 YFII が発売されていたことである。
 前者は発売後半年程度、後者はまだ先月発売されたばかりだ(なんとも悪いタイミングだが)。

 YF30-8 を5か月前に買ったばかりだし、色以外にほとんど変更はなく、実売価格は倍くらいになっているので、YFII にはまったく食指は動かなかった。
 問題は BDII のほうである。

 BDII32-8XD(口径32mmで8倍)は、旧型に比べて視野が30%も広くなったという。実視界が8.8度と、あの 8x30E II(Nikon)と同じなのである! 最短合焦距離が1.3mというも非常に魅力的だ。YFII30-8 は5mなので、近くのものは見られない。

 KOWA の BD は、以前から名器として名高く(もちろん、同社の GENESIS のほうがいいのだが、金額的に買う気になれない)、非常に気になっていた機種だ。
 8倍もいいのだが、今回新発売の6.5倍がより気になった。こちらはなんと、実視界10度。かつて、8x30E II を覗かせていただいたときの感動が脳裏に甦る。まさか、あれを超えているのか?

 とはいえ、双眼鏡は売るほど家にある。YF と違ってそれほど安くもない。夜中まで悩み、2時過ぎにはいったん保留して寝ようとした。

 しかし、やはりというか、
・全国最安値のお店で使える1000円クーポンが手に入った
・キャッシュレス5%還元対象の店である
そして何より
・ひとり暮らしを始めた息子が先日1台持っていった
ことが背中を押して、まあ、その代わりに買っても罰は当たらないだろうということで、3時前にポチッとしてしまった。

 BDⅡ32-6.5XD(KOWA:口径32mmで6.5倍)は、その日のうちに出荷され、店舗は北海道だが、2日後には手元に届いた。製造は中国だし、無駄な輸送には胸が痛むが仕方ない。

 早速、いろんな双眼鏡を取っ替え引っ替えしてあちこちを眺める。

 低倍率の広視界はやはり素晴らしい。
 ただ、8x30E II のような感動はなかった。それが私の側の問題なのか、双眼鏡の問題なのかはわからない。「広く感じる」のは実視界よりも見かけ視界が効くはずなので、だとすると8倍を買ってもよかったかなあ・・・とちょっと思った。

 意外だったのは、いつも愛用している防振双眼鏡、10x42 L IS WP(Canon)の素晴らしさを再認識したことである。BDII と比べると、完全に別世界だ。まあ、価格が4倍くらいする防振、しかも10倍機なのだから当然なのかもしれないが。

 もちろん、BDII が悪いわけではない。実売価格以上の高級感があるし、使い勝手もよく、光学性能も概ね期待通りだ。
 ただ一つ、欠点があるとすれば、周辺視野がシャープさに欠けることである。驚くことに、同じ KOWA の1/5以下の価格の YF30-8 と比べても、はっきりとわかるほど甘い。
 フィールドフラットナーレンズを使っていないダハプリズム双眼鏡(円筒をふたつ並べたような形)の宿命なのかもしれないが、購入前に調べた範囲ではそのことに触れた情報はなかった(購入後には出てくるから皮肉なものである)。

 しかし、私は周辺像の甘さには寛大だ。そもそも、人間の眼自体、くっきりと見えるのは中心部だけであり、その角度はわずか5度程度だという。
 したがって、素直に双眼鏡を覗いていれば、周辺視野のボケなどにはそもそも気づかない。レンズものにうるさい人たちが意地悪くチェックすればすぐにわかるのだが、そういう人たちだって、ふつうに使っている分には気にならないレベルだろう。
 もっとも、星見を中心にする人は、「周辺の星が流れる」ことを嫌がる傾向にあるので、星見にはちょっと向かない可能性はある。せっかくの低倍率広視界の双眼鏡なので、個人的には星を見るのに使うことも考えていたのだが、昨日今日とあいにくの曇り空で、明日の夜まで試せそうにない。

 さて、この BDII をひと様にお勧めするか。
 価格が気にならないのなら、十分お勧めできる。

 しかし、同じメーカーの YF30-8 の実売価格が1/5以下であることを考えれば、ふつうはそちらを購入なさることを勧めるだろう(新型の YFII30-8 は、現在の実売価格が旧型の2倍くらいになっています。それでも安いのですが、今なら性能の変わらない旧型を買った方がお得です。新型は、 KOWA ファンから非難囂々だった色(黒地に赤の差し色)をやめて、他の製品と統一感のある緑になったので、そのことを評価する向きもいらっしゃるとは思います)。
 欠点は、5m未満にピントが合わないことくらいである。ポロプリズム機(昔ながらの双眼鏡的な形)なので、BDII よりも対象が立体的に見える美点もある。

 博物館や美術館で近くから双眼鏡で鑑賞したいとか、虫や花を積極的に観察したいとかでなければ、素直にお勧めできるのは YF だ。
 KOWA は、どうしてこんなにコストパフォーマンスの高い双眼鏡を販売してしまったんだろう?
 他の双眼鏡が売れなくなってしまわないか、いらぬ心配をしてしまう。

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2020.05.06

■はじめて買う低コスト双眼鏡

 実にひさしぶりに双眼鏡に関するご質問をいただきました。

 最初に記事を書いてから15年!あまり、需要が少なく儲けも少なく、したがって進歩も少ない双眼鏡ですが、さすがに「ひと昔」感はあります。

 この間に一番大きく変わったのは、防振双眼鏡の地位が上がった(それに伴い選択肢が増えた)ことと、いわゆる「価格破壊」が起こったことでしょうか。

 15年前には、間違っても7千円以下の双眼鏡はお求めにならないようにと書きましたが、今なら実質7千円程度で買える素晴らしい双眼鏡(YF30-8)も(たぶん)2011年に発売されました(発売当初はそんなに安くはなかったでしょうが)。

 このような状況を踏まえ、ごく低価格(いちばん高価なものでも1万5千円未満)で購入できる双眼鏡のリストを作成しました。

 おもに、はじめて「まともな」双眼鏡を購入なさる方が対象です。

 とはいえ、いちおうはベテランである私も、YF30-8 と 遊 4x10D CF は実際に購入して使用しております。
 特に前者は、3万円5万円の「ふつうの」双眼鏡をお考えなら、それをやめて買うくらいの価値はあります。なにしろ、1万円未満で同等の(としか思えない)性能が手に入るのですから。

 ただ、残念ながら、防振(手振れ防止機能付き)双眼鏡はこの価格帯にはありません。

 低価格防振ですと、5万円前後で売られている 8x20 IS や 10x30 IS II(いずれもキヤノン)がお勧めです。ただ、前者はリチウム電池 CR123A ×1を使用しますので、ランニングコストがかかりそうです。後者なら充電式の単三電池 ×2が使用可能です。
 すでに製造を終了している 8x25 IS(キヤノン)も3万円程度でまだ販売されていますが、これも電池は CR123A です。それほど頻繁にお使いにならないのなら、在庫のあるうちにお求めになるのも一案かもしれません(もちろん、予算に余裕があれば、新製品の 8x20 IS でも)。

 さて、いよいよ本題、「はじめて買う低コスト双眼鏡」のリストです。

 残念ながら?お勧めトップの YF30-8(KOWA)は、先月!YFII30-8 に衣替えし、その新型は現在の実売価格が旧型の倍くらいになっています(それでも1万5千円未満ですが)。

 変更点は、ほぼ色のみです。
 それ以外に、3000円以上するアダプタを使えば三脚が使用可能(プラス、5000円以上する別のアダプタを使えるスマートフォンを持っていれば写真撮影も可能(三脚を使用しないなら旧型でも一応は可能です))になっていますが、対応するスマホを持っていて写真撮影を重視するという方を除けば、それほど意味があるとは思えません。

 色にこだわりのある方(ベテランはこだわるでしょうね・・・)以外は、在庫のあるうちに旧型を買うことをお勧めいたします。
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・オールラウンド:YF30-8(KOWA)
           欠点は最短合焦距離5m。6倍のもあります。

・小型軽量:SV25-8(KOWA)
        コンサート・観劇などにもお勧め。
        10倍のもあります。
     :UP 8x25 WP(ペンタックス)
        同上。10倍のもあります。
     :UP 8x21(ペンタックス)
        子ども用・眼鏡不可

・超小型軽量:遊 4x10D CF(ニコン)
         博物館・美術館などにお勧め。おしゃれ?

・超近距離:Papilio II 6.5x21(ペンタックス)
        花や虫の観察にお勧め。8.5倍のもあります。

・天体(星)観察:BK-7050(ミザール)

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2020.05.02

■いきなりの初夏 ──近況のご報告

 「うわっ、もう5月だ」と思ったのが昨日。

 夜にはニュースで「熱中症にご注意ください」とか言っていて、4月30日の晩は冬用のパジャマに羽毛布団、上から毛布まで掛けて寝たのに、いきなり熱中症なのか、と驚いた。
 確かに、1日の昼に買い物に出たときにはすでに、夏の格好でも汗ばむほどであった。

 ちょうど5月1日から初夏で、わかりやすくていいんだけれど。
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 4月中に何か一つくらいは書かなければと思っていたのだが、とうとう飛ばしてしまった。
 このブログを始めてから16年あまりで、おそらくは初めてのことである。

 桜だって、見にいったのは1回だけだ。
 3月の下旬には紀伊半島や四国南部まで桜を迎えにいき、その後4月中旬の京北まで、ほとんど毎週のように花見をするのが通例になっていたのに、今年はできなかった。

 今だって、本来なら、東北のどこかの道の駅で車中泊をしているか、当日見つけた安宿でくつろいでいるかのいずれかであったはずだ。
 今年は早かったからどうかわからないが、年によっては平地でも、たとえば八郎潟や角館や弘前などの桜がみごとだし、山に登れば確実に満開の桜に出会える。
 そうして、「今年の桜」に別れを告げるのが恒例になっていた。

 思えば、2011年に加え、2015年からは5年連続で、ゴールデンウィークは東北に出かけていた。その記録?がこんなことで途切れるとは、もちろん、予想だにしていなかった。
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 4月はご多分にもれずてんやわんやではあったが、例年の年度初めに比べて特に忙しかったという実感はない。
 ただ、ルーティーンではないことが多かったので、いろいろとばたばたしていたような気はする。

 まあ、何であっても慣れないことをするのは新鮮で楽しいので、特に負担は感じなかった。
 基本的にすこぶる面倒くさがり屋でものぐさなのだが、新しい経験ならいちおうは歓迎である。

 困ったことといえば、ただでさえふだんから多いメールの数がさらに増えたことくらい。ときどきは職場のサーバにつながらないレベルで増えた。
 イレギュラーなことばかりなので、いろんな部署から種々のメールが雨あられと届くのだが、そもそも読む必要があるのか見極めるだけでも → 読むだけでも → 返信するだけでも → それで仕事が増えればなおさら・・・という感じで、例年ならやらない仕事量はたしかに増えた。

 一方で、この1か月で職場に出たのはせいぜい3〜4回なのだが、それでほとんど何の不自由もない。

 なあんだ、そもそも仕事になんて行かなくてもよかったんじゃないか、というくらいのものである。

 連休明けにはこの状態は解消するか・・・という感じで始まった新年度だったが、もはや夏まではこれが続くことが決まり、新たな日常をデザイン(すみません、ちょっと使ってみたかっただけです)しなければならなくなってしまった。

 息子がいなくなって微妙なバランスが崩れたところへ、夫婦2人ともほとんど在宅みたいになったので、老後の予行演習みたいなところがある。
 なんだかんだ言っても、いつもとは違うストレスも(気づかなくても)抱えているだろうし、世間でコロナDVやらコロナ離婚やらが取り沙汰されているのも故なしとしない。

 意識して気をつけなければと思う。
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 某地方公共団体に勤めはじめた息子は、お蔭さまで上司や同僚にも恵まれ、わけがわからないままとりあえずやってみなさいとの指導方針の下、意味のわからない単純作業にいそしんでいる(らしい)。
 私と同じく、じっくりと頭を使うのがきらいで、単純作業ならいくらでもやっていられるというタイプなので、ぜんぜん苦にならないようだ。

 食事のことを心配していたが、地下の安物の職員食堂が「どっちゃうまい」と喜んでいて、しかも昼休みですら混んでいないらしく(そんなことがありうるのか)、ひと安心である。
 顎はまだまだ元通りとはいかないが、もうふつうのものは食べられるようになっている。今日はカナダ産のポークフィレ(安い!)カツをがつがつと食べていた。
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 たいへんな思いをしていらっしゃる方々も多い中、桜が見られなかったり東北に行けなかったりするくらいのことで、なんだか申し訳ない限りである。

 ・・・ただ、私が生涯でたった3回、ひとなみに投資を始めたタイミングで、3回とも!、バブル崩壊・リーマンショック・コロナショックと、すべてたいへんな目に遭っている(しかもその都度、損失が増大している)ことに免じてお許しいただければと思う(違うか)。

 それはそれとして、いろんなことでお困りの皆さまには、ほんとうに心よりお見舞い申し上げます。

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2020.04.30

★2020年4月の記事はありません

 2004年1月1日にこのブログを開設して以来16年以上にわたって、当初は毎日、それ以降も比較的頻繁に更新を重ねてまいりましたが、ここ1〜2年は特に、更新が滞っております。

 それでも、最低限、月に一度は何かしら よしなしごとを書いてきたのですが、2020年4月は、とうとう何も書かずに終わってしまいました。

 今後は、月に一度は必ず更新することを自らに課します。いくらナマケモノの私でも、そこそこ健康である限り、それくらいなら実践できるでしょう。
 毎日更新している先達が、緊急入院・手術の当日にまで(手術室に搬送される直前に!)書いていらしたのを拝見すると、彼我の違いをあらためて思い知らされました。

(2020年7月11日記)

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2020.03.29

●縁

 息子が就職してひとり暮らしを始める。

 わりと近くだし、荷物も多くないので、引っ越しという感じではない。

 それでも、それなりに運ぶものはもちろんある。大物としては、新しく購入した組み立て式のテーブルと、家にあったタンスだ。
 ものを運ぶのに適した車は持っていないので、一度に運ぶことができない。
 それどころか、テーブルもタンスも、あと数センチ大きかったら単独でも運べない大きさであった。

 ともあれ、自分たちで運べないものはなかったので、何度か往復することになった。

 そうすると、向こうで外食することになり、最初はサイゼリヤ、3回目はコンビニで買ったおにぎりだったが、おいしそうなレストランも調べて、出かけてみた。

 見つけたのはフレンチとイタリアンが2つずつ。
 そのうち1つずつにはまだ行っていないが、フレンチのほうはもう予約した。
 あと、意外にも、高級な和食の店がひとつあった(もちろんまだだ)。

 田舎なので、いい店がそんなにあるわけではない。
 市役所を辞めなければ、息子は今後数十年にわたって近辺に住むことになるので、私たち夫婦にも、また同じ店を訪れる機会があるだろう。
 イタリアンにはたまに、フレンチにも何回かは行くことになると思う。
 もし結婚するとか言い出したら、高級和食か(笑)
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 これまでに行った2つの店は、どちらも感じのいい店であった。
 フレンチはご夫婦と息子さん?で、イタリアンは一人でやっていらした。

 息子がこの市に就職することがなければ、まず絶対に来なかった店である。
 受験したきっかけはひょんな偶然だし、(おそらく)のべ30以上(訂正:確実に50以上だそうです)の市町村!を受けて、唯一合格したのがこの市なのだ。

 料理をいただきながら、「こんなことでもなければ、この店には一生こなかっただろうなあ」というようなことばかり考えていた。

 いやほんとに、たとえばパリの裏街にある小さなビストロとかの方が、この店に来る可能性よりはよほど高かったと思う。
 それでも、現実にこの店に来たのだ。
 そして、これからもたぶん、たまには行くことになる。

 縁というほどの縁ではないのだが、こういうことがあると、これまでにいただいた縁というものをあらためて考えさせられることになった。

 私のような者でも、いくつかは素晴らしいご縁に恵まれてきているのだ。

 ♪縁ある人 万里の 道を越えて 引き合うもの
 ♪縁なき人 顔を合わせ すべもなく すれ違う

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