●リーダーズダイジェスト または ノルウェイの森
その昔、リーダーズダイジェストという雑誌があった(と書いてから不安になって調べてみたら、アメリカでは破綻を乗り越えてまだ発行されているようだ)。
ごく子どもだったのでどんな雑誌なのかあまり意識したことはなかったが、その中に、有名な本の要約なんかが混じっていたのはおぼろげながら覚えている。英語が少しわかるようになると、ああ、だからダイジェストなのかと思ったりもした。
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映画『ノルウェイの森』を DVD で見た。
ものすごいダイジェスト版である。
おそらく、映画だけを見たら、そもそも何のことかよくわからないと思う。描かれていないところで何があるのかを知っていないと、話についていくことすらできない。
人物の造形もなされていないので、それぞれがどんな人なのかもわからない。
人物の中味どころか、(見落としていなければ)たとえば直子が東京で大学生であったことにすら触れられていない。
描かれているのは・・・
鼻持ちならないエゴイストの秀才と、優柔不断で面白みのない主人公。二人ともやたらに女と寝る。
あと一人、ほんのちょい役の風変わりな男。
妙に性に開放的で風変わりな女三人と、一人の古風で妙な女。
全員が、何を考えているのか、なぜそう行動するのか理解できないように作られている。
台詞は、ほぼすべて棒読み。
おそらく、5倍ぐらいの長さにすれば、あの世界がある程度再現できたのではないかと思う(棒読みも効果的に使えたかも)。
だが、映画でそれはできない。
思えば、これまで原作を先に読んでいる映画はすべて失敗作に思えた。一冊の本を2時間そこそこにまとめることは、どだい無理なのかもしれない。
その意味では、アメリカでよくあるテレビシリーズにも意味があるのかと思えてくる。最近の日本では、原作未読ながら『下流の宴』はけっこううまく作られているのではないかと思った。
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よかったのは、主人公が何となくムラカミくん(ワタナベくんではない)を想像させたこと。それから、ビートルズの曲が実際に流れたこと。
でも、その意味では、ワタナベくんとレイコさんとでやった直子の「お葬式」をぜひ再現してほしかった。
全体として、大事なことはすべて描かれていない・・・というまどろっこしさをずっと抱き続けさせられた。まあ、それは勝手な個人的感想だけれど。
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不思議なのは、あの頑固な村上春樹が、どうしてこの作品の映画化を承諾したのかということだ。
私が作者だったら(というのはあまりにもアレですが)、この映画にはとても耐えられない。できた後でも公開をストップさせるだろう。
もちろんまったくの憶測でしかないが、もはやこの作品が氏の中で意味を失ったのではないかと思う。
いや、その言い方には語弊がある。表現が難しいのだが、要するに「現在の自分とは切り離された思い出」、「終わったこと」なのではないかと考えるのだ。
氏自身は「自分にとっても特別な作品」と言っているようだけれど。
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残念ながら、私には作品といえるほどのものが何もない。だが、たとえば自分の思い出の中に、こういうふうにまったくわけのわからないダイジェスト版を他人に作ってもらってもいいものがあるだろうかと自問してみると、まったくないと断言できる。
だから小説家になれないのだろうか。
(ノルウェイの森 Norwegian Wood, 2010 Japan)
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