●新しい経験
大した経験ではないとはいえ、それなりにさまざまな経験を重ねてくると、経験から得られる感動の量が、蓄積された経験量に比例?して減ってくることを思い知る。
近代経済学で言うところの「限界効用逓減の法則」のようなものだ。
同じような経験を2度3度と繰り返すうちに、そこから得られる感動はどんどん色褪せたものになっていく。
だから、昔と同じような感動が得たければ、次々と新しいことを試みていくしかない。
しかしながら、自らの性格や経済力、さらには社会的制約による現実味などを考慮すると、そうそう「新しいこと」があるわけではない。
私の精一杯の趣味的経験は、海外ドライブ旅行やスクーバダイビングや軽飛行機操縦くらいがその到達点で、その先にあるかもしれない新しい何かには手を出せないまま、かつて経験したバイクツーリングなんかに回帰してしまっている。
趣味を深めることで、その中に次々と新しい喜びを発見できる(人がいる)ことは知っているが、自分にはできそうにない。
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何だか大袈裟な書き出しになってしまったが、ここで言いたいのは食べ物のことである。
フレンチでもイタリアンでも和食でも寿司でも、たとえたかだか年に1〜2回しか食べないものですら、もはや新鮮な感動を得ることは至難の業になっていて、かつての経験をなぞりながら「中くらゐ」の満足を得るのがせいぜいである。
下手をすると、「うーん、やっぱりこの程度か。何かもっとおいしいものが食べたいなあ」というような、むしろ(自分としては)大枚はたいて損をしたような気分にすらなってしまう。
思い切ってウン万円とかいう食事をすればブレイクスルーがあるだろうことはわかるのだが、そういうのは上記種々制約から私の守備範囲を超えてしまっている。
まあ、一番よくないのは性格だ。
毎日の食事に日々感動を新たにしながらおいしく食べられる人もいるだろうし、それ以前に、「飢えとはまったく無縁に暮らせることに感謝してもしきれない」というような思いが食事のたびに湧いてくる人もいるかもしれない。
とはいえ、限界効用逓減の「法則」というくらいだから、私のような凡俗の徒にあってみれば、これでふつうなんじゃないかと思わないでもない。
ああ、またしても・・・ ここまでがどうでもいい前書き。
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先日、千里中央(大阪の中心地梅田から地下鉄御堂筋線で北へ20分)へ行く用事があったので、お昼にどこかおいしいところはないかと食べログで検索してみた。
案の定というか、ランキング100位までざっと目を通しても、これといっためぼしいところがなく、「何かもっとおいしいもの・・・」とかつぶやきながら虚しく iPhone の画面を見ることになった。
ばかばかしかったのは、ランキング上位を喫茶店やラーメン屋が占めていたことである。
どういう理屈かわからないが、おいしい店は数十位とかに貶められていたりする。どうも、安くて多くの人が行く店が上位にランクされるシステムになっているようだ。
あ、「おいしい店を知っているならそこへ行けばいいじゃないか」とおっしゃるかもしれないが、昼から(というか夜でも)ひとりで3千円とかとても出せない。そういう制約で「何かもっとおいしいもの」とか言っているのだから、お笑いぐさであることは否定しない。
興味を持ったのは、1位と2位がともに喫茶店であること。しかも、その両方がカツサンドを名物にしているらしいことである。
あまり好みではないが、この際一度は経験してみようと思い、軽くレビューを流し読みして2位の店に行くことにした。
両方とも、千里中央駅のホームを見下ろす吹き抜けになっている長大な回廊部分にあった。
そこに何十軒もずらっと飲食店が並んでいるのは30年以上前から知っているのだが、どの店にも一度も入ったことがない。
すぐ下を電車が行き来するということもあってか、何となく空気も悪いし、独特の臭気もうっすらと漂っている。そして、ほとんどすべての店にまとわりついているのは、どうしようもない場末感である。
目指す店は狭い昭和の喫茶店であった。70近いと思われる女性が一人でやっていらした。カウンターに座ると後ろからタバコの煙が漂ってくる。
気を取り直して、野菜入りカツサンドとアイスコーヒーを注文する。
ドリップされたコーヒーがカウンター内のサーバーで保温されているのだが、「アイスだとペットボトルになるのかな?」という感じのコーヒーをすすっていると、斜め前に座った男性がざる蕎麦を1/3ほど残して席を立った。
うーん、喫茶店でざる蕎麦、それに、このアイスコーヒー・・・
そう思いながら待っていると、期待以上の姿をしたカツサンドができあがってきた。
その予定はなかったのだが、許可を得て写真を撮ってからいただくことにする。
こ、これはおいしい・・・
ここ数年で食べたどの食べ物よりも感動した。
その理由の大部分を占めるのは、この種の食べ物をほとんど初めて食べたことに由来するのだろう。
効用が逓減していないのである。
そうは思っても、いや、このおいしさはちょっと別格だ。何であれ、200を超える店舗のランキングで2位になっているというのは、やはり伊達ではないのだと思わされた。
あんまり驚いたので、滅多にないことだが、初対面の作り手に少し話を伺った。食べ終わるころには他の客がいなくなっていたのも後押しした。
そして、「おいしくいただきました」と心から言って店を出た。
「またぜひいらしてください」と言われたのだが、残念なのが周囲の雰囲気とタバコの煙である。それがなければ、二度目からはどんどん感動が減っていくことを差し引いても、時々は来るだろうと思うのだが・・・
あとで調べてみると、1位の店はタバコを吸う人がいないようなことが書いてあった。
今度はそちらに行ってみるか。
だがもう、その時には今回の感動は得られないことを、今から予感してしまっているのだ。
新しい経験はほんとうに得がたい。
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