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2021.05.23

■兵庫県三田市の母子大池は一周できません

 兵庫県三田市の母子大池(もうしおおいけ)を一周しながら、「母子大池は一周できますがお勧めしません」という文章を書こうと考えていた。

 比較的整備されたハイキング道のような道が池を囲んでいるのだが、倒木をくぐったり跨いだりが20〜30回、川(というかせせらぎ)を渡るのが数回、そして、半分を過ぎて、これなら一周できるまで道が続いているだろうと確信を持てたころに現れたのが、鹿よけのためとおぼしき網であった。Img_9821_20210523210101

 ここまで来て引き返す手はないと思って何とか網を跨いで進むと、その後に同じような網が10回ほど行く手を阻んだ。

 歩くのに必死で周囲を見回す余裕はあまりないが、それでもキツツキのドラミングや、センダイムシクイ・ホトトギス・ツツドリの声を聞きながら自然の中を歩くのは悪くはない。

 ばさばさっともの凄い音がしたと思ったら、私に驚いたカルガモが飛び上がって逃げていくところだった。
 同じように、蛇やトカゲも慌てて池に逃げていくことがあった。
 ときおりドボンドボンと音を立てているのはカエルであろうか。

 話は戻るが、せせらぎは、どうしても水の中を歩かないと渡れないところが2箇所はあった。そして、プラスティックの筒でできた黒い一本橋を渡る必要にも迫られた。細い丸木橋?を渡ろうとしたら、向こう岸側でボキッと折れたりもした。Img_9826 Img_9816
 極めつきは、鹿よけの?網。お勧めしない所以である。

 だが、これほど整備された(ように見える)道があるのだ。しょっちゅうだれかが歩いていないとこうはならない。まあ、これから夏になると、草木が繁ってますますお勧めできない道になりそうではある。
 保安林や水源涵養林の表示があったが、作業の人が頻繁に歩くようなところではない。いったいだれが歩いているんだろう?

 困難や苦労から逃げまわり続けている私の人生において、十指に入るくらいの冒険であった。
 なにせ、どこまで道が続いているかまったくわからないのだ。倒木や川や柵や崩落や・・・で行く手を阻まれれば、えんえんと元の道を引き返すしかない。

 だがまあ幸いなことに、2時間近く四苦八苦して、やっとスタート地点まで戻れた・・・と思った。

 「一周できた、引き返さなくてすんだ・・・」という喜びはひとしおである。

 ところが、最後の最後に大きな罠が待っていた。

 5mほど前にいる親子連れ、10mほど先に見える自分のオートバイとの間には、絶対に誰も通さないぞと頑固に主張する柵があり、それを乗り越えたとしても、またすぐ先に有刺鉄線があるのである。

 柵にはこちらからは見えない看板があったので、身を乗り出して裏側を見ると、「立入禁止」とある。
 いやいやいや、ここに来るまで、立入禁止はなかったのだ。ここから出られないなら、私が来た方もきちんと立入禁止にしておいてほしい。

 そうはいっても、ひと一人くらいならどこかから出られるだろうと高をくくっていたが甘かった。柵はあくまで徹底しており、先に進んで門を見つけても、チェーンに南京錠がかけられていた。その先にも柵は続いている・・・

 いやしかし、苦労してやっとここまでたどりついた道を、またこれから2時間かけて引き返すという選択肢はどう考えてもない。
 時刻も16時30分になろうとしているし、それよりなにより、オートバイまではたった10m、それと私を隔てる川にも、今日いちばん立派な橋が架かっているのだ。以前は、この橋を渡ってこちら側からも一周散策ができていたのだろう。Img_9839

 しばらくうろうろしたり考えたりしながら、とにかく何とかこの柵と有刺鉄線を超えるしかないと腹をくくった。

 結果としてはたいしたことはなかったが、なんとか柵を超えられるところを見つけ、有刺鉄線はくぐることができた。

 倒木くぐり(またぎ)や一本橋や渡渉や崩落や網や柵や有刺鉄線を乗り越えて、完全に無事に戻れたのはちょっと奇跡的な気がする。

 つい最近、「ため池に落ちると命はない。泳げるとか泳げないとかの問題ではない。岸にたどり着いても陸に上がれないのである」という記事を読んだばかりだ。
 このため池も、いかにも上がれなさそうな岸だし、携帯はほぼ圏外である。短い散策路を外れてからは、まったく誰にも会わなかった。

 下手をすると、誰にも知られずに、ここでひっそりと死んでいたかもしれない。Img_9810

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 母子大池は一周できません。ロックフィルダム?の上から少し奥に入って雰囲気を味わい、引き返してくるのが吉です。

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2021.05.18

■夫婦同姓の「伝統」

 まず、事実確認をしておきたいのだが、法律的なカップルに同姓であることを強制している国は、現在世界中で日本だけであり、それは法務省も内閣も一致して認めているところである。

 この「強制的夫婦同姓」が仮に「日本の素晴らしき伝統文化」なのであれば、たとえ世界唯一であろうと、誇りととも続けていってもかまわないかもしれない。

 「素晴らしき」かどうかには個々人の価値観が伴うのでここでは扱わない(しかしながら個人の権利を制約する点や利便性から見れば素晴らしくない可能性は高い)が、はたして「強制的夫婦同姓」は「日本の伝統文化」なのだろうか。

 もはや周知のことだと思うのだが、それまでふつうは姓を持たなかった日本の住民は、戸籍制度の確立にともない、1875(明治8)年になって姓をもつことを強制された。
 そして、翌1876年の太政官指令では、それまでの武家等の「伝統」にしたがい、夫婦は「所生ノ氏」(生家の姓)を用いるべき(=夫婦別姓)と定められた。

 夫婦同姓になったのは、明治も半ばを過ぎてから、1898(明治31)年に施行された明治民法以降のことである。たかだか120年ほどの歴史しかないのだ。
 今年は「皇紀」2681年であるから、実にその最後の1/20以下の「伝統」ということになる。

 だが、こういうことを言っても、夫婦が同姓であることを「伝統」だと言いたがる人たちは、いろいろと理屈をつけてどうしても伝統にしたいとがんばり続けている。

 それに対する便利な反論をひとつ思いついたので、この文章を書く気になった。

 いま私たちのほぼ全員が日常的に着ているような衣服を、「日本の伝統文化」だという人がいるであろうか。

 そう、夫婦同姓は、まさに洋服と同じくらいの伝統しか持たないのである。

 そういうものを日本の伝統文化だと言い募るのは、恣意的を通り越して捏造に近い。
 まあ、あと100〜300年もすれば、洋服も立派な日本の伝統文化の仲間入りをする可能性はあるかもしれないが、今はまだそのときではない。これは、衆目の一致するところであろう。

 強制的夫婦同姓は、日本の伝統文化でもなんでもない。むしろ、伝統文化に反するものと言っても過言ではない。
 まあ、そんなことを言えば、全国民が姓を持つこと自体が伝統ではないのだが。

 伝統伝統と言いたがる人たちが好きなのが、なぜか近代以降の帝国主義・植民地主義・君主制・家父長制の「伝統」であることは興味深い。
 己を大きく見せて他を支配したいという醜い心根の反映でないことを願うばかりである。
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 夫婦同姓や洋服に限らず、日本の多くの「伝統」は、明治までしか遡れない。そして、残りの少数の「伝統」も、多くは江戸時代までしか遡れない。それ以前の「日本古来の伝統」は、ごくわずかである。

 たとえば、江戸時代になるまでは、醤油も清酒もなかった。砂糖も貴重品でほとんど使われなかった。
 かつおや昆布の出汁はもっと古くからあったようだが、それでも室町時代後期からであるらしい。合わせ出汁が文献に登場するのは、江戸時代になってからだそうだ。

 いわゆる日本料理の源流はおそらく茶の湯の懐石からだと思われるが、こう見てくると、現在の日本料理の伝統はせいぜい江戸時代からのものだと言っていいのではないかと思う。
 醤油も合わせ出汁も清酒も砂糖も?ない料理が、現在考えるところの「伝統的日本料理」であるはずかない。

 なにも料理に限らない。日本の、いや、あらゆる国や地域の伝統は、外来文化の受容と、発見・発明とからなる、ダイナミックな変化の歴史として紡ぎ出されてきたものである。

 ごく一時期に歴史の偶然から生み出され、しばらく続いただけのものを墨守することは、伝統を大切にすることでもなんでもない。

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2021.05.07

■緊急事態宣言中の伏見稲荷

 休暇を取って11連休にしているのだが、晴れた日はなぜか家でダラダラしてしまう。

 いや、晴れていなくてもダラダラしているのだが(今日だ)、晴れると「もったいない感」が強く意識されやすい。

 昨日は珍しく早く目覚めた上に天気もよく、平日でもあったので、「今日出かけなければいつ出かけるのだ」と思いながらも、なかなか重い腰が上がらなかった。

 行きたいところが見つからないのがもっとも大きな問題なのだが、「そうだ、伏見稲荷に行こう!」と思ってからでも、「やっぱりやめようかな」とのせめぎ合いが激しく、結局、家を出たのは正午前になってしまった。
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 実はというか、伏見稲荷には長い人生で一度しか行ったことがなかった・・・と書いて気づいたのだが、金閣だって清水だってたぶん2〜3度しか行ったことがない。そのうちの一回は小学校の遠足とか、である。

 まあそれはともかく、伏見稲荷に初めて行ったのが昨年のこの時期であった。

 なぜかほとんど存在も知らなかったのだが、外国人観光客の人気ナンバー1だとかなんとかいう話をマスコミやネットで知り、しかし人が多いのは苦手なので縁がなかったところ、緊急事態宣言中なら人も少なかろうと足を運んだのである。

 当然のことながら、入国を厳しく規制されている外国人観光客はたしか皆無で、そもそも人もほとんどおらず、静かな環境を堪能できた。
 人のまったく写らない千本鳥居など、コロナ禍でなければ撮影不可能だろう。

 稲荷山の頂上まで行きたかったのだが、家人が一緒だったので却下され、三ツ辻の少し上で市街の展望を見下ろして引き返した。

 比較的行きやすいし無料駐車場はあるし・・・ということで、またすぐ来て頂上まで行こうと思いつつ、一年が経ってしまったのである。
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 今回は、家人は仕事が忙しいとかで来なかったので、一人だ。
 連休中もほとんどずっと家で仕事をしているが、どれだけ仕事が多いのか、あるいはこなす能力が低いのかとあきれるばかりである。

 状況は去年とまったく同じ、緊急事態宣言中のゴールデンウィークの平日。
 いや、近畿の感染状況は比較にならないほど悪くなっている。大阪の日々の感染者数は、昨春は最大でも100人に満たなかったのだが、現在は1000人を超えている。
 それでも、今年のほうが人出は多かった。

 とはいえ、昼食に入った蕎麦屋の客は私を含めて3人だったし、相変わらず、人のいない風景を写真に撮ることも可能な程度だったが、去年に数倍する人がいた。
 まあそれでも、前後数十メートルに人がいない状態にできるし、2〜3分歩けばだれかとすれ違う・・・という程度で、感染の心配などはほぼ皆無である。

 ただ、去年は見かけなかった外国人も数組くらいは見た。言葉から推して、けっこう多様な国籍の人々である。
 来日できずに苦労している外国人を何人か知っているので、彼らがどうやって日本に来たのか、あるいは日本在住なのか聞きたかったのだが、そういうわけにもいかない。

 頂上までは概ね登りが続くとはいえ、稲荷山の標高はわずか232m、たいしたことはない。
 ただ、この年齢に極度の運動不足、さらにマスクが加わると、それなりの苦行である。マスクを外すと、明らかに楽になる。
 幸い、人が少ないので、呼吸が苦しくなるたびにマスクを外していた。
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 神社仏閣を再訪したいという気になることはほとんどないのだが、この伏見稲荷は例外である。
 山全体が境内になっていることがその理由なのだろうが、それなら各寺社の「奥の院」などへ足を運べば同じことのはずだ。
 ただ、ほとんどの奥の院は生の自然の中にあり、道のりもそれなりに険しい。伏見稲荷は、連続する鳥居と点在する寺社、それに比較的なだらかな参道が魅力なのだと思う。

 キビタキとオオルリが鳴き、センダイムシクイは姿も見られた。

 気になったのは、少し蚊に悩まされたこと。これからの季節はちょっと厳しいかもしれない。去年いなかったのは、三ツ辻までだったからだろうか。

 今度は季節を変えて再訪したいと思うのだが、さてどうなるか。来年の秋とかだと人出が多くなるかもしれないので、今秋あたりが最後のチャンスかもしれない。

 コロナ禍にも利点がないわけではない。

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