■夫婦同姓の「伝統」
まず、事実確認をしておきたいのだが、法律的なカップルに同姓であることを強制している国は、現在世界中で日本だけであり、それは法務省も内閣も一致して認めているところである。
この「強制的夫婦同姓」が仮に「日本の素晴らしき伝統文化」なのであれば、たとえ世界唯一であろうと、誇りととも続けていってもかまわないかもしれない。
「素晴らしき」かどうかには個々人の価値観が伴うのでここでは扱わない(しかしながら個人の権利を制約する点や利便性から見れば素晴らしくない可能性は高い)が、はたして「強制的夫婦同姓」は「日本の伝統文化」なのだろうか。
もはや周知のことだと思うのだが、それまでふつうは姓を持たなかった日本の住民は、戸籍制度の確立にともない、1875(明治8)年になって姓をもつことを強制された。
そして、翌1876年の太政官指令では、それまでの武家等の「伝統」にしたがい、夫婦は「所生ノ氏」(生家の姓)を用いるべき(=夫婦別姓)と定められた。
夫婦同姓になったのは、明治も半ばを過ぎてから、1898(明治31)年に施行された明治民法以降のことである。たかだか120年ほどの歴史しかないのだ。
今年は「皇紀」2681年であるから、実にその最後の1/20以下の「伝統」ということになる。
だが、こういうことを言っても、夫婦が同姓であることを「伝統」だと言いたがる人たちは、いろいろと理屈をつけてどうしても伝統にしたいとがんばり続けている。
それに対する便利な反論をひとつ思いついたので、この文章を書く気になった。
いま私たちのほぼ全員が日常的に着ているような衣服を、「日本の伝統文化」だという人がいるであろうか。
そう、夫婦同姓は、まさに洋服と同じくらいの伝統しか持たないのである。
そういうものを日本の伝統文化だと言い募るのは、恣意的を通り越して捏造に近い。
まあ、あと100〜300年もすれば、洋服も立派な日本の伝統文化の仲間入りをする可能性はあるかもしれないが、今はまだそのときではない。これは、衆目の一致するところであろう。
強制的夫婦同姓は、日本の伝統文化でもなんでもない。むしろ、伝統文化に反するものと言っても過言ではない。
まあ、そんなことを言えば、全国民が姓を持つこと自体が伝統ではないのだが。
伝統伝統と言いたがる人たちが好きなのが、なぜか近代以降の帝国主義・植民地主義・君主制・家父長制の「伝統」であることは興味深い。
己を大きく見せて他を支配したいという醜い心根の反映でないことを願うばかりである。
___
夫婦同姓や洋服に限らず、日本の多くの「伝統」は、明治までしか遡れない。そして、残りの少数の「伝統」も、多くは江戸時代までしか遡れない。それ以前の「日本古来の伝統」は、ごくわずかである。
たとえば、江戸時代になるまでは、醤油も清酒もなかった。砂糖も貴重品でほとんど使われなかった。
かつおや昆布の出汁はもっと古くからあったようだが、それでも室町時代後期からであるらしい。合わせ出汁が文献に登場するのは、江戸時代になってからだそうだ。
いわゆる日本料理の源流はおそらく茶の湯の懐石からだと思われるが、こう見てくると、現在の日本料理の伝統はせいぜい江戸時代からのものだと言っていいのではないかと思う。
醤油も合わせ出汁も清酒も砂糖も?ない料理が、現在考えるところの「伝統的日本料理」であるはずかない。
なにも料理に限らない。日本の、いや、あらゆる国や地域の伝統は、外来文化の受容と、発見・発明とからなる、ダイナミックな変化の歴史として紡ぎ出されてきたものである。
ごく一時期に歴史の偶然から生み出され、しばらく続いただけのものを墨守することは、伝統を大切にすることでもなんでもない。
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コメント
おお~、素晴らしい反論ですね!
自分にとっては悪しき習慣としか思えない強制的夫婦同姓制度を、
こんなにシンプルに、しかも明快に否定できる理由があろうとは、
全く思いもよりませんでした。
たかだか1世紀と少しの歴史を伝統と言いたがる人には、
全く別の理由がある単なるこじつけだと再確認した次第です。
ありがとうございました。
投稿: tanuki | 2021.05.18 23:38
お褒めにあずかり恐縮です。
伝統を言いたがる人たちの「伝統」が、多くの場合、百数十年前に始まり七十数年前に終わっていたりするのは実に奇妙に思います。どうしてそこに惹きつけられるのか、折りに触れて考えております。
投稿: Wind Calm | 2021.05.19 10:27