★「酒塩」の謎
「酒塩」(さかしお)という耳慣れないことばを知った。
色葉字類抄(平安時代末期の国語辞書)にも載っている古い言葉らしい。
手元の辞書では、大辞林のみが「調味料として酒だけを用いる場合の酒。少量の塩を加えることもある。」と定義し、幸田露伴の用例「砂糖が無いから酒塩で煮ると仕やう」を引いている。
他の辞書は概ね「煮物の調味のために、酒を加えること。また、その酒。」(広辞苑)としている。
この2つは、根本的に意味が異なる。
つまり、どちらかが「間違い」ということになる。
新明解国語辞典は明確に「物を煮る時、しょうゆのほかに少量の酒を加えて味を良くすること。また、その酒。」と定義しており、大辞林の定義と真っ向から対立する。
個人的には「調味料として酒だけを用いる場合の酒」という興味深い定義に魅力を感じるが、さて、どちらが「正しい」のだろう。
広辞苑の第7版には、6版にない「②少量の塩を加えた酒。調味料とする。」があるので、ここにもし「③調味料として酒だけを用いる場合の酒。」とあれば、多義であるということで決着がつくのだが、そうはなっていない。
大晦日に調べるほどのことでもないのだが、用例を探してみると、料理研究家・陶芸家として有名な北大路魯山人の「塩蒸しの製法は、酒塩で煮つめる江戸前もあるが」(東京で自慢の鮑)というのが見つかった。
これだと「しょうゆのほかに少量の酒」という新明解の定義は間違いで、大辞林が正しそうに見える。
また、どの辞書も、「物を煮るとき」「煮物」と限定しているが、北大路の用例は酒蒸しなので、やはり大辞林の勝利だ・・・と思ったが、「酒塩で煮つめる」と書いてあるではないか。
「塩蒸し」なのに「煮つめる」とはこれ如何に。一文の内部で矛盾している。
もしここに「煮つめる」がなければ、大辞林以外の辞書の定義に、かの有名な魯山人の用例がことごとく違背していることになるのだが、話はそう簡単ではなかった。
いずれにせよ、これだけでは「調味料として酒だけを用いる場合の酒」(大辞林)とまでは言えない。
「しょうゆのほかに」「煮物」に酒を加えて「も」、「酒塩」と言うかもしれないのだ。
さらに用例を当たると、「薄タレニカツホ入レテ、能キホドニ認メテ、シホ・酒塩入レテ」(本朝食鑑)というのが見つかった。
これだと、タレや鰹の出汁が入ったところに塩と酒塩を入れることになるから、酒塩は、あくまでも一つの調味料として機能する酒であり、大辞林の「調味料として酒だけを用いる場合の酒」とは矛盾する。
もちろん、語の意味も定義も、時代によって地域によって、さらには人によって変わってくる。少なくとも1000年近い歴史のある語であれば尚更だ。
用例がもっと集まればさらに考察を加えることもできそうだが、大晦日の午前中としては(というより、今後も)ここまでである。
こういうのをどこまでも追究するような性格だったら、私ももう少しは大成していたかもしれない。
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