2020.12.19

★『Barnshelf の妖精』無料キャンペーン(笑)

 直前の記事に書いた、私の初めての商業電子出版による書籍?『Barnshelf の妖精 ──12月のある晴れた午後に100パーセントの女の子と出会うことについて』の無料キャンペーンを行います。

 しつこいようですが、ほんとはずっと無料で出したいと思うものの、Kindle の制限で5日間のみになります。

 日時は、日本時間12月23日の17時から12月28日の16時59分まで
(中途半端なのは、アメリカの太平洋時間が基準になっているためです)

 原稿用紙13枚くらいのすぐ読めるお話ですので、ブログをご覧くださっているよしみで、ちらっとでもご笑覧くだされば幸いです。

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2020.12.15

★はじめての?商業電子出版

 Amazon が運営している Kindle ストアに、電子出版の本?を出しました

20201215barnshelf-crop

 「よくもまあ、恥ずかしげもなくそんなことを・・・」というご批判は甘んじてお受けいたしますが、お許しくだされば幸いです。

 きっかけは、コンテンツさえあれば(それがなかなかないのですが)、だれでも簡単に商業電子出版ができることをたまたま知ったことです。
 自費出版ではありませんので、お金はかかりません。むしろ、読まれれば印税が入ります。

 「え? そんなことができるの?」という方と、「え? そんなことも知らなかったの?」という方にきれいに分かれると思うのですが、私は前者でした。

 半信半疑で出版手続きを進めていくと、当初考えていた「10分で」というのはさすがに無理でしたが、まあ小一時間もあれば、何もないところから電子出版までが完了しました(実際に売り出されるまでには、審査のために30時間ほどかかりました)。

 最初(最後にならないことを祈る)として、小手試しに、すでにここに掲載していた短編小説?を選びました。

 400字詰原稿用紙換算で13枚くらいなので、ぎりぎり短編小説を名乗れるようです(小説の体をなしていればですが)。

 漫画は無料のものを出版できるのですが、それ以外は有料のものしか出せません。仕方ないので10円にしようかと思ったのですが、キンドル側の制約があり、その下限の99円で出すことにしました。
 あのお話にそんな高価な値段をつけることには忸怩たるものがありますが、しかたありません。

 面白かったのは、あくまでも商業出版なので、印税にかかる税金の申告書類を、アマゾンの本社があるアメリカの税務当局!にまで出さなければならないことです。
 もちろん、住所や氏名やマイナンバーを入れるだけで、実際の手続きはアマゾンがやってくれるのですが、アメリカに出す実際の書類ができあがったときには、「おいおい、本気でこれを提出するのかよ」と驚きました。
 アメリカへ納める税金を免除してもらうための書類であり、当然のことながら、税率は0%です。しかし、万一売れた場合、日本への税金は発生します。まあ、免税範囲を超える心配は皆無ですが。
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 仕事関係では、少ないながら、出版とは昔からそれなりに縁がありました。DTP(Desktop Publishing)や電子出版が言われはじめたころも、その現場の隅っこのほうから様子をうかがったり参加させていただいたりしていました。

 しかし、まったくのプライベートな電子書籍を、しかも商業出版の形で出すのは初めてです。もろもろの登録手続きは終わったので、次回はほんとに10分で出版することが可能です。次回があれば、ですが。

 いやあ、それにしても、自分の書いたものが最初に活字になってからン十年・・・ ほんとに、「思えば遠くへ来たもんだ」ですね。

 『ちびまる子ちゃん』の さくらももこ は、エッセイストになるために漫画家になったそうですが、私はエッセイストになるために小説家になりたかったのです(ならべるなよ)。

 小説家もエッセイストも99%諦めておりましたが、誰も読まなくてよいならば、著書数十冊?のエッセイスト(小説家は無理)になれる可能性が出てきました。
 時代がやっと、私に追いついてきたのかもしれません(笑)

 次はどうしよう・・・と思いながら、次がないのがこれまでの私の人生ですが、もしかすると次があるかもと、ほんの少し、明るい気分になりました。

 ありがとう Amazon、ありがとう Kindle。

 「できるだけアマゾン不買運動」は、本日をもって(いったん?)終了させていただきます。

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 なお、今回上梓した(というより「上雲」した)「本」は、間違ってもお求めにならないでください。
 商業電子出版が本当にそんなに簡単にできるのかを実際に試してみた結果に過ぎませんし、かつてここで公表した文章でもあります。もちろん、価格相応の価値もありません。

 ただし、Kindle Unlimited をご契約の方は無料でダウンロードできますので、知り合いのよしみでちらっとでもご笑覧賜れれば幸いです。
 なお、それ以外の方にも(恥ずかしげもなく)ご披露できるように、来週あたり、クリスマスセールとして無料でダウンロードできる期間を設けたいと思います(ほんとはずっと無料にしたいのですが、Kindle 側の都合で、それは叶いません)。設定が終わりましたら、ここかツイッターに書きこみます。よろしくお願いいたします。

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2020.10.03

◆下半期がスタートして

 いくつか細かいことを備忘録的に書きたかったのだが、思い出せない。

 とりあえず適当なタイトルをつけて、思い出すままに書きたい。

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 そうそう、ちょうど、加藤陽子さん(東京大学教授)の本を買ったところで(読んでいない)、例の「日本学術会議会員任命拒否問題」が浮上した。
 加藤さんは拒否された6人のうちの1人だ。

 Twitterの方で、さんざん人の褌で相撲を取ったので、ここで詳しくは書かない。
 だが、これがとんでもない大事件だということはあらためて強調しておきたい。

 こんなことをすればどれほどの大騒ぎになるかが予想できなかったこと自体が、この政権がいかにダメかということを雄弁に物語っている。

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 新しいブルーレイディスクレコーダーを購入した。主な理由は、古いのを息子に譲るためである。

 おそらく10年近く経つが、それほど革命的には進歩していない。それでも、4Kチューナを搭載していたり3番組同時録画ができたりする。
 ドラマだけ・映画だけ・スポーツだけみたいな番組リストを自動で作ってくれ、使い込んでいくうちに見たい番組ほど上位にリストアップされる機能なんかもあるようだ。

 あ、いちばん驚いたのは、取扱説明書をいっさい見ることなく、あらゆる設定がほどんど自動で完了したことである。面倒だったのは、自宅のWi-Fiパスワードの入力だけだった。

 うちのテレビは2Kだが、テレビ本体で見るよりも、レコーダーを通して見た方がきれいな(気がする)のも面白い。同じメーカー(SONY)なので、おそらくは、画像処理技術が上がっているのだろう。

 あっ・・・いま、『探偵!ナイトスクープ』の録画予約をし忘れていたことに気がついた(手遅れ)。

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 トランプが、米国史上最低最悪の大統領であることは論を俟たない、という気がしていた。
 いや、ただの人間としてでも、はなはだしく軽蔑・唾棄すべき人物である。
 安倍さんや菅さんがマシに見えるくらいひどい。

 でも、考えてみると、奴隷制度やその後の人種差別を維持し続けた歴代大統領、民間人を対象に絨毯爆撃を指示した大統領、都市への原爆投下を(2度にわたって!)命令した大統領、第二次大戦全体で使われた爆弾の3倍ともいわれる量をベトナムに落とした大統領、ありもしない大量破壊兵器の存在をでっち上げ、一方的に他国を侵略した大統領・・・等々、やったことでいえば、トランプよりはるかにひどい殺人者などはたくさんいる。

 それでもトランプは最低最悪の大統領なのか・・・ 直観は、そうだと告げる。

 簡単に答えは出ないが、他の大統領たちの多くは、人間としてはそこまで悪い人物でなかっただろうことがヒントになるかもしれない。
 彼らに決定的に欠けていたのは、想像力ではないだろうか。

 そういう人たちを当時の時代背景におけば、現在なら「人道への罪」と断罪されるようなことであっても、免罪はされないまでも「あの時代ならありえた」のだという気がする。

 トランプは、現代の(いや、おそらくどの時代でも)大統領としてありえないのだ。だから最低最悪の大統領だと言われるのだろう。


 そのトランプも新型コロナウイルスに感染する。ウイルスは忖度してくれない。

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2018.10.06

◆「白黒やん!」

 自分が高校生だった50年前の写真を、現役の女子高生である孫娘に見せたところ、「白黒やん!」と驚かれたという投稿を新聞で読んだ。

 50年前というのは、ちょうど庶民にカラー写真が普及し始めたころである。このおばあさん(といっても68歳)も、高校を卒業してからはカラー写真が増えたことだろう。

 今はもう、芸術写真でもなければ、白黒写真を見ることはまずなくなった。
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 そう思ってからふと、「新聞も白黒やん!」と気づいた。写真ですら。

 確かに、カラーページは増えた。

 試しに今朝の朝日新聞の紙面を数えてみると、白黒:カラーの比率は、21:15であった。全体の4割ほどがカラーページだということになる。

 とはいっても、15のうち、5ページは全面広告なので、実質的には10ページしかない。他のカラーページも「部分カラー」とでも言うべきものが多く、写真とワンポイント的なところだけがカラーである。

 カラー面なのに、紙面の1/4〜半分を占める広告は白黒というのも案外多い。カラーにすると広告料が跳ね上がるからだろう。
 もちろん、見出しを含め、文字はほぼ全部が黒だ。

 なので、直観的には4割ではなく、あまり〜ほとんどカラーではないという印象を受ける。
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 考えたのは、新聞は将来フルカラーになるのか、ということだった。

 写真の方は(芸術的・趣味的なモノクロームを別にすれば)50年前から急速にカラー化し、40年前にはもうカラーしかないといってもいいような状況になった。

 新聞だってそうなっていいと思うのだが、果たして将来、そうなるだろうか。

 これが2000年なら、おそらく今ごろにはそうなっているだろうと予想されていたと思う。

 だが、今後新聞がフルカラー化される可能性は限りなくゼロに近いのではないか。
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 私はたまたま、恵まれた時期に恵まれた場所に生を受け、少なくとも人生の半分以上は、成長する経済と発展する文明の中に身を置いてきた。

 ところがこの20数年、この国の経済はほとんど成長を止めている。なんと、2017年の名目GDPは、1995年のそれより低いのだ!
 この間、アメリカは3倍以上、韓国は3倍近く、ドイツやフランスでも2倍ほど、中国に至っては十数倍に成長しているというのに。

 それでも文明は発展していくだろう。だがそれは皮肉にも、紙のメディアを時代遅れにするのに寄与している。

 経済的に苦しい国の、時代遅れのメディア・・・

 残念なことに、フルカラーの全国日刊紙を見ることは永遠にないだろうと考えた、生々流転・諸行無常の秋の朝であった。

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2018.08.24

★ひょんなことから『サラダ記念日』

 高知を旅行中、若い女性と話していて『サラダ記念日』を紹介したくなった。

 俵万智がちょうど彼女たちの年齢のころに編まれた歌集でもある。

 データがどこかに眠っていたよなあ・・・とハードディスク(違った、ソリッドステートドライブ(SSD)だ)の中をあさるも、見つからない。

 仕方ないので、以前購入したエクスパンドブックからデータを引っ張り出して、自分でデータベースを作ることにした。
 一点だけ、目を通しながら手動でやらざるをえない工程があったので、結局全歌を読み直すことになった。

 こんなのあったっけ・・・という歌(数は少ない)から、完全に暗唱できるものまで、懐かしく読み返した。

 ものはついでと、次の日に『かぜのてのひら』、その次の日に『チョコレート革命』も同様にデータベース化した。
 データベースとは言っても、ワンレコードに一首ずつ、それぞれに歌集名と小見出しをタグとしてつけた程度のものである。

 これら2つの歌集も、同じように、全歌おさらいすることになった。
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 俵万智の著作はたくさんあるが、純粋な歌集は5つしかない。

 第1から第3歌集までを一気に検索できるようになったのだから(ちなみに、全1267首に「愛」は72回、「恋」は45回出てきます)この際、第5歌集までぜんぶ作りたくなったが、手元に本もデータもないのでまた後日に回すことにした。

 もし娘がいたら、その年齢にあわせて順番に俵万智の歌集をプレゼントしていくのもいいなあ・・・とちらっと思った。

 まあでも、現実問題としては、子持ち男と不倫されたりシングルマザーになられたりしてもちょっと困るんだけれど。

 娘がいなくてよかった・・・のか?

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2018.08.07

★『ノジュール』

 『ノジュール』という雑誌がある

 過去に数回見たことがあった・・・ような気がしたが、書店売りはしておらず、直販だけだというので勘違いかもしれない。
 ただ、バックナンバーならネット書店等でも手軽に買えるようだ。

 その雑誌が今月号で「楽して愉しむ百名山」という特集をやっているのを知ったので、ちょっと食指が動いた。

 いや、そもそも、百名山を追いかけること自体が、心ある方々から冷ややかな目で見られているのも承知しているし、ましてや、自分で頂上まで登りもしないで「楽して愉しむ」などもっての外だというご意見には十分首肯できる。

 それでもなお、私のような運動不足でぐうたらな男が、現実に心を動かされてしまうのはどうしようもない。

 そういう人物が少なくないからこそ、こういう特集が成立するのだろう。
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 さて、これを書きたいと思った動機は、「ノジュール」を "Nos Jours" だとこれまで勝手に思っていたのに、違っていたことである。
 "Nos Jours" だと、フランス語で「私たちの日々」みたいな意味、英語で言えば "Our Days" だ。

 年を取って余裕ができ、日々を前向きに愉しむ人々のための雑誌として、悪くないネーミングだと思っていた。版元も “50代からの旅と暮らしの情報誌” をうたっている。

 ところが、今回の件で、実は "Nodule" だということを知った。「団塊」である・・・

 いやいや・・・
 日本語で『団塊』などというタイトルの雑誌があったとして、誰が買いたいと思うだろうか。

 まあ、他の多くのこの種の雑誌と同じように、確かに団塊の世代をターゲットにしているのだろう。
 だが今や、彼(女)らは「アラ古稀」なのである。1948年生まれが今年70歳だ。

 “50代からの旅と暮らしの情報誌” が「団塊」を名乗るのは、ぜひやめてほしい。

 この手の雑誌のタイトルはフランス語が多いし、そろそろ、 "Nos Jours" に変えてはいかがだろうか。どうせ表紙の題字はカタカナだ。

 「ノジュール」のロゴも気に入らないので、この際あわせてリニューアルしてくれれば、購読を考えないでもない(上から目線ですみません)。

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2018.08.05

★村上RADIO ~RUN&SONGS~

 村上春樹が初めてラジオに出演するというので、Mac で聴いたり録音したりできるのかを調べると、あっさりできたことに驚いた。

 それにしても、ラジオ初出演というのがすごすぎる。私ですら出たことがあるのに。
 テレビにはまだ出たことがないのだろうか。

 村上春樹の声は英語でスピーチしているときにしか聞いたことがなかったので、こんな話し方をするのかと、最初は違和感があった。
 しかし、聞いているうちにその声に慣れてしまって、もう村上春樹にしか聞こえなくなってきた。

 脳というのは単純だ。すぐに説得されてしまう。
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 ラジオ録音を調べる過程で、Mac の画面をムービーとして録画できることも知って驚いた。まあ、常識に属することを知らなかっただけかもしれない。

 「やりたいこと」があれば、Mac でけっこういろんなことができる。iPhone でもそうだろう。
 それほどやりたいことがないのが一番の問題かもしれない。

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2015.09.12

■152 kinds of Magazines at your Fingertips !!

 先日までまっっったく知らなかったのだが(なんという情報弱者・・・)、iPhone や iPad なんかで、雑誌が読み放題になるサービスがいくつかある。

 とりあえず1か月は無料体験できるというので、docomo がやっている dマガジン というのを選んで会員になってみた。

 立ち読みしていた週刊誌にたまたま広告が載っていたのだが、にわかには信じられなかった。

 その、立ち読みしていた週刊誌の値段が一冊450円。
 1か月、152種類の雑誌(週刊誌なんかもあるから、冊数でいうと数百冊)が読み放題で432円。

 そんなことが世の中にありうると思いますか?

 比較して高いとか安いとか、そういうレベルをはるかに超えている。これはもう「値段じゃない」(©村上春樹)。
 一日15円で、ありとあらゆる(というと大袈裟だが、わりとそれに近い)雑誌が読み放題なのだ。

 当初、読み込みが遅いのに閉口したが、設定のところ(アプリ内で「ダウンロード」となっている)で「バックグラウンドダウンロード」をオンにすると、それも気にならなくなった。

 雑誌丸ごとが読めるわけではないし(比較サイトによると雑誌の6〜8割程度が掲載されているらしい)、SMAPの写真なんかはぜんぶ灰色に塗りつぶされている。
 あと、性関係の記事やヌード写真などはすべて削除されているようだ。
(個人的には別にかまわないが、これは失敗ではないだろうか。ビデオやDVD、近年ではビデオオンデマンドにおいても、その普及にもっとも大きく貢献したのはその手のコンテンツだというのは業界の常識だと思うんだけれど。)

 でも、病院の待合室なんかで読む『サライ』や『日経おとなのOFF』『dancyu』なんかが含まれてるし、『山と渓谷』『BE-PAL』みたいなのもある。クルマ系では『LE VOLANT』、パソコン系では『Mac Fan』なんかもありがたい。バイク系がなさそうなのが残念だ(訂正:『Riders Club』がありました)。

 いや、これはもう、無料体験後も継続するしかないのでは・・・と考えた(というのはほとんどウソです)。

 たった一日二日体験してわかったことは、自分は結局、雑誌なんかそれほど読みたいとは思っていないということである。

 「これだけ読めて432円なんかで採算が取れるんだろうか」
 「でもうちみたいに、ふだん雑誌に一円も使っていない家が毎月432円使うようになったら、それだけでも需要を掘り起こして収益を上げたということになるんじゃない?」
 などと家人と言い合っていた。たしかに、会員がひとり増えたくらいでコストはほとんど増えないだろうから、数を増やせば増やすほど坊主丸儲けに近くなっていくんだろう。たとえひとりあたりたった400円(32円は消費税)でも。

 しかし結局、うちが雑誌を買わないのは、単に吝嗇なだけではなく、基本的に雑誌を読みたいと思っていないのだということを改めて発見した。

 とはいえ、たまには「この記事は読みたい」というのもないではない。現状では記事を検索することはできないけれど、新聞広告なんかで雑誌の見出しを見たときに、「あ、これはちょっと興味ある」と思ったらすぐに読めるというのは素晴らしい。

 そのためだけに継続するかなあ・・・ 
 でも、そういうのに限って省略されてたりして。

 まあともかく、1か月後に考えてみよう。

 (標題は、こういうのを宣伝するときに英語圏でよくありがちなコピーです。)

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2014.03.21

●愚かな市長と教育長

 「愚かな市長」というと、すぐにあの人(リンク自粛)が思い浮かぶが、今回は別人である。

 「差別的表現」を問題視して小中学校図書室から『はだしのゲン』を回収していた大阪府泉佐野市長のことだ。
 ああ、でも、また大阪か。ほんとうに恥ずかしい。

 報道された市長の発言を信じるならば、「「きちがい」など不適切な表現があることに気づいた」から回収したという。直接回収することを指示したのは教育長らしい。

 この愚かな二人は、自分たちが何をやっているのか理解しているのだろうか。

 この件が報道される以前に、複数の教育委員から「回収すべきでなかった」「早く学校に返すべきだ」という指摘があったとされる。校長会も「市教委が一方的に蔵書の閉架や回収を行うことは校長として違和感を禁じ得ず、到底受け入れられない」という抗議文書を教育長に手渡しているという。
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 「市教委が「ゲン」全10巻を見直して、差別的要素を含む「不適切な表現」だとしたのは、「乞食(こじき)」24カ所、「きちがい」14カ所、「ルンペン」4カ所など5語計45カ所」だそうだ(『朝日新聞』)。
 計算すると、あとの2語は2カ所と1カ所ということになる。

 全部で5語しかないことにむしろ驚くが、いずれにせよ、忙しいのにそんなチェックをやらされた市教委に同情する。他にもっと大事な仕事が山積しているだろうに。

 『はだしのゲン』以外にも同様の表現があれば同様の要請をするのかと問われた市長は、「今回はゲンの問題に気づいたから指摘した。ほかの本にも同様の問題があれば、気づいたところから変えていったらいいと思う」と答えたという。

 この人は、そもそも本というものを読んだことがあるのだろうか。「本」が言い過ぎなら、近代の文学作品をと言い換えてもいい。

 「青空文庫」を検索すると、物乞いの意味での「乞食」は、たとえば、森鴎外・夏目漱石・樋口一葉・有島武郎・与謝野晶子・寺田寅彦・芥川龍之介・堀辰雄・鈴木三重吉・小川未明・太宰治・泉鏡花・中島敦・石川啄木・宮澤賢治・・・の作品でも使われていることがすぐわかる。
 というより、使っていない作家を見つけるのが難しいくらいではないだろうか。「ルンペン」の頻度は下がるが、「きちがい」は「乞食」と大差ない。
 日本の作品ではないが、『王子と乞食』(マーク・トウェイン)はどうするのだ?

 こうして、「ほかの本にも同様の問題があ」ることに「気づ」かされた泉佐野市長や教育長は、これら作家の作品も「回収」することを視野に入れ、教育委員会に「差別的要素を含む「不適切な表現」」をリストアップさせるというのだろうか。
 もしそんなことをすれば(とてもできないけど)、膨大な数の作品から夥しい語がリストアップされることになる。そんなことも知らないのか。

 言うまでもなく、ほとんど読んだこともないから知らないか、「ゲン」回収に別の意図があったかのどちらか(というより、たぶん両方)であろう。

 市長も教育長も「漫画を読んだ子への個別指導が必要」だと考えているというのだが、それならば、鴎外や漱石や・・・を読んだ子どもにも個別指導が必要になる。
 それ以前に、だれがどの本を読んだかを追跡調査することの怖さに気づいていないことが恐ろしい。

 校長会は「大量の蔵書から不適切な表現が含まれる作品を拾い出し、語句を逐一訂正指導するようなことは不可能」などとする文書を教育長に提出している。おそらく、本を読んだことがある人たちなのだろうと思う。
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 もう一人の愚かな市長や安倍政権は、教育委員会を無力化して首長や教育長(≠教育委員長)に教育行政の権限を与えようと腐心している。
 教育委員会がその機能を十全に果たしていないとすれば、処方箋は教育委員会の改善であって、行政の長とその取り巻きに教育を私物化させるような「改革」ではない。

 今回の件は、市長や教育長がこれほど愚かであり得るということ、そして、そういう一握りの人たちに教育を左右されることがどれほど危険なことかに警鐘を鳴らしたという点では、意義深いできごとであったと言えるかもしれない。

 皮肉なことだが。

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2012.02.06

◆予想がむずかしいアボカド

 遅まきながら『おおきなかぶ、むずかしいアボカド』(村上春樹)を読んでいる。

 タイトルにもなっている「むずかしいアボカド」だが、てっきり、「ほんとうは「アボカド」なのに「アボガド」と発音する人がほとんどで、正しく「アボカド」と発音するのはむずかしい」という話だと思っていた。

 出だしが違うので「あれっ」と思ったのだが、そうはいうものの、盛り上がりの部分で、あるいはオチで、その話が出るだろうと考えていたのだが、最後まで肩すかしをくらったままだった。

 ムラカミさん自身がかつてどこかでアボカドの発音のことについて書いていたと思うので、同じことを2度書くことを避けたのか(どこに何を書いたかすぐ忘れるくせに)、それともわざと読者を欺こうとしたのか、あるいは特に何も考えていなかったのかはわからない。

 それはともかく、「ハワイのカウアイ島」にある「キラウェアの」「灯台に向かう表通りをちょっと右に入ったところに」ある「小さなフルーツ・スタンド」の「太ったおばさん」に会いたくなった。

 読者をそんなふうに思わせるあたり、相変わらずうまいですね。

 さて、アボカドのなにがそんなにむずかしいのでしょう?

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