2020.06.19

◆コロナとの共存?

 感染がピークを越えたころから、マスコミが盛んに「コロナとの共存」とか「ウィズ コロナ」とか言いはじめた。
(あ、どうでもいいけど、と言いながら気になっているのだが、「共存」は「きょうそん」と読んでほしい。「存在」なんだから。
 「きょうぞん」だと、ふつうの辞書の見出し語にはなってないはずだと思うんだけど、多くのアナウンサーがそう読んでいるようだ。)

 「共生」とか言わないだけマシかもしれないが、もっとほかにいい言い方はないのだろうか。

 だれがこんな厄介なウイルスと「共存」したいと思うだろう?

 まして、With Corona ??、それじゃあまるで「コロナとともに」じゃないか。

 哲学的な生物学者たちが、人類は昔から種々のウイルスと共存してきた・・・などと言っているのは知っているし、それは事実なのだろう。
 生物学的な意味でも歴史社会学的な意味でもウイルス抜きで現在の人類はありえない・・・とか言われれば、それもそうかもしれない。

 でもたとえば、(ウイルスではないが)ペストの流行がルネサンスをもたらしたとか、最近になって?巷間よく言われるようになった例でも、ペストに悩まされた、まして死んでしまった人たちにしてみれば、ルネサンスなんて来なくてもいいから、ペストなどない方がよかったに決まっている。
 人類史的に見て、ペストの流行が中世を終わらせたことにいくばくかの功があるとしても、別にペストがなくたって、別の形でルネサンスも近代も訪れたはずである。

 ともかく、この忌まわしいウイルスと「共存」するとか、ましてともに連れだっていこうとか、そういうニュアンスから逃れられない表現はぜひ避けて、知恵を絞ってもっとふさわしい表現をマスコミは探してほしい。

 ・・・というだけでは無責任なので、数十秒ほど頭を振り絞ってみたが、とりあえず「腐れ縁」という言葉しか思い浮かばなかった。
 「コロナとの腐れ縁」
 美しい表現ではないが、もともと、「共存」なんていうような美しいものではないのである。

 もう少し考えて、ぜひ適切な表現を見つけてほしい。

 後記:シソーラス(類語検索辞典)を調べてみると、「悪縁」「宿縁」が見つかった。特に後者なんか候補としてどうだろう? ダメかな。

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2020.05.23

■macOS Catalina と Novel Coronavirus によせて

 先日、遅まきながらメインマシンである MacBook Air の OS を 10.15 Catalina にした。

 Catalina にすると、いよいよ 32 bit のアプリケーションがまったく使えなくなるため、しばらく見送っていたのだ。
 その中でも、ATOK と ScanSnap は痛い。その2つを新しくし、その他にはなんとか目をつぶって、とうとうアップデートした。

 理由の一つは、iPad を2画面目のモニタとして使うには Catalina が必要だとわかったことだ。

 できて当然、だれもが想定するだろうことが、やっとできるようになったのである。
 ただ、実際に ZOOM(ビデオ会議用ソフト)を使いながらやってみると、MacBook Air の負荷が大きく、無音が美点のノートパソコンのファンが唸りを上げ、うるさくなって熱を持つので、ちょっと常用に耐えない気がしている。

 それはともかく・・・

 macOS Catalina の名前の由来と、そのデスクトップピクチャが、カリフォルニア州ロサンゼルス沖のサンタ・カタリナ島であることは知っていた。
 パソコンの画面写真を見ると、島というよりは、海から突き出た岩山である。どう見ても無人島に見える。

 初めて島の姿を知って、ふと、こんなところに空港があるのだろうか、という疑問がわいた。
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 さて、タイトルをお読みになって、macOS Catalina と 新型コロナウイルスに何の関係があるのかと訝しくお思いになったかもしれない。

 先日、尊敬する先輩と山道を歩いていて、コロナ差別が話題になり、「そういえば、そのものズバリ、「コロナ」というトヨタの車がありましたよね」という話になった。

 うちの父親が初めて手に入れた車がコロナであり、私にとっても初めての自家用車(とはいっても運転したことはない)だというのに、その時まで、コロナ(車)のことを忘れていた。
 むしろ、「トヨタのカローラ(車・花冠)の語源はコロナ(ウイルス)と同じだよなあ」とか思っていた。どうしてコロナ(車)のことを思い出さなかったのか不思議でならない。

 そして、Catalina に触発されて、忘れるはずのないもう一つのコロナを思い出した。カリフォルニア州のコロナ市にある空港である。
 アメリカで飛行機免許を取ったとき、もっとも離着陸回数の多かった空港が、このコロナ空港だった。燃料も、いつもここで入れていた。

 本拠地は少し北のチノ空港だったのだが、コロナはノンタワー(管制塔なし)のいわば野良空港なので、気軽に使えて便利なせいか、よく訓練に利用していた。
 Catalina という名前がその時のことを想起させ、「そうそう、あれもコロナじゃないか」と思い出したのだ。

 なぜ、Catalina がコロナを思い出させるのか。

 それは、Catalina 空港と Corona 空港で使われる航空無線の周波数が同じで、距離もそれほど遠くない(いま調べると100kmくらいだ)ことから、Corona で飛んでいると Catalina の無線が聞こえてくるからである。

 こちらが "Cessna 77R now on final, runway 25 Corona"(セスナ77Rは現在コロナ空港滑走路25に向けてファイナルアプローチ中)などと言っていると、同じように、"Cirrus 55T now on final, runway 22 Catalina" のような無線が入る。

 "Runway 25 Corona" や "Runway 22 Catalina" は、ファイナルに限らず、何度もレポートされるので、今でもはっきりと耳に残っている。

 ・・・といいつつ、Santa Catalina 島の写真を見て、「こんな岩山のどこに空港が・・・」と思うまでは、Corona(空港)のことはすっかり忘れてしまっていた。

 オーストラリア人のコロナ君がその名前のせいでいじめに遭っていて、新型コロナ感染症にかかったトム・ハンクスが、コロナ君からお見舞いにもらった手紙に返事を書いたというのは有名な話だが、カリフォルニア州のコロナ市も、町ごと差別されたりしていなければいいんだけれど(まさかね。でも、からかいの対象とかにはなっているような気がする)。

 コロナ(車)もコロナ(空港)も、忘れるはずのない思い出深いものなのだが、これだけコロナが騒ぎになってもすっかり忘れていたのが不思議だ。
 もちろん、いったん思い出すと、思い出は後から後からいくらでも湧いてくる。

 オーストラリア人でなくても、今どきのことだから、日本人にだってコロナ君とかコロナちゃんはいるかもしれない。
 いま、新しい ATOK で変換したら、胡呂那と頃奈が出た。おそらくは人名ではなかろうか。

 願わくは、再開した学校で、コロナ君/ちゃんがいじめられたりしないことを。
 そして、あらゆる誹謗中傷や差別がなくならんことを。

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2020.05.02

■いきなりの初夏 ──近況のご報告

 「うわっ、もう5月だ」と思ったのが昨日。

 夜にはニュースで「熱中症にご注意ください」とか言っていて、4月30日の晩は冬用のパジャマに羽毛布団、上から毛布まで掛けて寝たのに、いきなり熱中症なのか、と驚いた。
 確かに、1日の昼に買い物に出たときにはすでに、夏の格好でも汗ばむほどであった。

 ちょうど5月1日から初夏で、わかりやすくていいんだけれど。
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 4月中に何か一つくらいは書かなければと思っていたのだが、とうとう飛ばしてしまった。
 このブログを始めてから16年あまりで、おそらくは初めてのことである。

 桜だって、見にいったのは1回だけだ。
 3月の下旬には紀伊半島や四国南部まで桜を迎えにいき、その後4月中旬の京北まで、ほとんど毎週のように花見をするのが通例になっていたのに、今年はできなかった。

 今だって、本来なら、東北のどこかの道の駅で車中泊をしているか、当日見つけた安宿でくつろいでいるかのいずれかであったはずだ。
 今年は早かったからどうかわからないが、年によっては平地でも、たとえば八郎潟や角館や弘前などの桜がみごとだし、山に登れば確実に満開の桜に出会える。
 そうして、「今年の桜」に別れを告げるのが恒例になっていた。

 思えば、2011年に加え、2015年からは5年連続で、ゴールデンウィークは東北に出かけていた。その記録?がこんなことで途切れるとは、もちろん、予想だにしていなかった。
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 4月はご多分にもれずてんやわんやではあったが、例年の年度初めに比べて特に忙しかったという実感はない。
 ただ、ルーティーンではないことが多かったので、いろいろとばたばたしていたような気はする。

 まあ、何であっても慣れないことをするのは新鮮で楽しいので、特に負担は感じなかった。
 基本的にすこぶる面倒くさがり屋でものぐさなのだが、新しい経験ならいちおうは歓迎である。

 困ったことといえば、ただでさえふだんから多いメールの数がさらに増えたことくらい。ときどきは職場のサーバにつながらないレベルで増えた。
 イレギュラーなことばかりなので、いろんな部署から種々のメールが雨あられと届くのだが、そもそも読む必要があるのか見極めるだけでも → 読むだけでも → 返信するだけでも → それで仕事が増えればなおさら・・・という感じで、例年ならやらない仕事量はたしかに増えた。

 一方で、この1か月で職場に出たのはせいぜい3〜4回なのだが、それでほとんど何の不自由もない。

 なあんだ、そもそも仕事になんて行かなくてもよかったんじゃないか、というくらいのものである。

 連休明けにはこの状態は解消するか・・・という感じで始まった新年度だったが、もはや夏まではこれが続くことが決まり、新たな日常をデザイン(すみません、ちょっと使ってみたかっただけです)しなければならなくなってしまった。

 息子がいなくなって微妙なバランスが崩れたところへ、夫婦2人ともほとんど在宅みたいになったので、老後の予行演習みたいなところがある。
 なんだかんだ言っても、いつもとは違うストレスも(気づかなくても)抱えているだろうし、世間でコロナDVやらコロナ離婚やらが取り沙汰されているのも故なしとしない。

 意識して気をつけなければと思う。
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 某地方公共団体に勤めはじめた息子は、お蔭さまで上司や同僚にも恵まれ、わけがわからないままとりあえずやってみなさいとの指導方針の下、意味のわからない単純作業にいそしんでいる(らしい)。
 私と同じく、じっくりと頭を使うのがきらいで、単純作業ならいくらでもやっていられるというタイプなので、ぜんぜん苦にならないようだ。

 食事のことを心配していたが、地下の安物の職員食堂が「どっちゃうまい」と喜んでいて、しかも昼休みですら混んでいないらしく(そんなことがありうるのか)、ひと安心である。
 顎はまだまだ元通りとはいかないが、もうふつうのものは食べられるようになっている。今日はカナダ産のポークフィレ(安い!)カツをがつがつと食べていた。
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 たいへんな思いをしていらっしゃる方々も多い中、桜が見られなかったり東北に行けなかったりするくらいのことで、なんだか申し訳ない限りである。

 ・・・ただ、私が生涯でたった3回、ひとなみに投資を始めたタイミングで、3回とも!、バブル崩壊・リーマンショック・コロナショックと、すべてたいへんな目に遭っている(しかもその都度、損失が増大している)ことに免じてお許しいただければと思う(違うか)。

 それはそれとして、いろんなことでお困りの皆さまには、ほんとうに心よりお見舞い申し上げます。

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2020.04.30

★2020年4月の記事はありません

 2004年1月1日にこのブログを開設して以来16年以上にわたって、当初は毎日、それ以降も比較的頻繁に更新を重ねてまいりましたが、ここ1〜2年は特に、更新が滞っております。

 それでも、最低限、月に一度は何かしら よしなしごとを書いてきたのですが、2020年4月は、とうとう何も書かずに終わってしまいました。

 今後は、月に一度は必ず更新することを自らに課します。いくらナマケモノの私でも、そこそこ健康である限り、それくらいなら実践できるでしょう。
 毎日更新している先達が、緊急入院・手術の当日にまで(手術室に搬送される直前に!)書いていらしたのを拝見すると、彼我の違いをあらためて思い知らされました。

(2020年7月11日記)

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2020.02.09

◆息子が退院しました

 お蔭さまで息子が退院しました。

 まだ碌に口もきけず、腫れで下ぶくれ状態、食べられるのはせいぜいお粥やシチュー(肉抜き)という状況ですが、いたって元気です。

 ・・・と書いたところで、風呂場から呼び出されました。四肢や背中に薬疹と思われる発疹が出ています。

 私も痛み止めの湿布で薬疹が出て、ステロイドの内服薬を飲み始めたところでした。

 調べた資料には「成人後に後天的に獲得され、家族内発症はほとんどなく、(非ステロイド性抗炎症薬)不耐症獲得の機序は不明である」とあり、体質が遺伝しているというのではなく、息子の原因は別、あるいは、原因は同じでも発症は偶然かもしれません。

 私自身、この2週間ほどの間に予防接種・整形外科・内科・眼科・皮膚科とハシゴしつつ、入院している母親と息子を見舞っていて、なんだか病院が生活の一部になってしまっています。

 この状態が早く終息することを祈っております。

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2020.01.31

■入院・手術は月初めに

 歯列矯正の仕上げ?に、上下の顎の骨を切ってつなぎ直すという大がかりな手術を、息子が受けた。

 前日には麻酔科に呼ばれ、全身麻酔で死ぬ可能性について納得した上で、同意書にサインを迫られる。

 いや別に実際「迫られ」たわけではないが、ここまで来てから説明されても、今さら手術しない選択肢はない。

 知人から教えてもらってはいたのだが、手術後は聞きしにまさる悲惨さである。

 当初は、よだれまじりの血が流れ放題(大げさ)、鼻にチューブを入れられて酸素マスクを装着し、手には点滴、トイレにも行けず導尿されている。

 それらが外れても、下半分を中心に顔が腫れ上がった、見るも無惨な痛々しい様相で、ジュース状の食物を注射器で口中に入れるような生活がしばらく続くそうだ。
 腫れが「それなりに」ひいてまともに食事ができるようになるには2〜3か月、完治には年単位の歳月を要するという。

 さらに、手術中に使った薬が眼に入って炎症を起こしているとかで、そんな状態の息子を明日は別の病院の眼科に連れて行かねばならない。
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 それはともかく。

 今回の入院で一つ大失敗したのは、月末に入院・手術を設定したことである。

 入院時に「高額療養費制度」の説明を受け、「ああ、そうだった!」と思い出した。

 仕事関係の会合で「そんな愚かな制度があるんだったら、入院や手術は月初めに限りますね」とか言いながら笑い合っていたのを完全に忘れていた。

 知っていたのに忘れて大損するとは・・・

 みなさまは、今後のためにぜひ覚えておいて、けっして忘れないでください。

 高額療養費制度は、暦月1か月間に私たちが支払う医療費に上限を設けるものだ。一般的な中年以上のサラリーマンなら、だいたい10万円くらいが毎月の医療費支払いの上限になる。

 問題は、それが「暦月1か月」単位だということである。

 息子は2週間程度の入院を予定しているが、これが2月1日からなら、手術や入院に何百万円かかろうと、支払いは10万円程度ですむ。

 ところが、実際には1月末に入院して手術を終えたので、1月分の支払いが10万円、2週間近く入院する2月分の支払いも10万円・・・つごう20万円の支払いになってしまう。

 支払いは倍! 差は10万円!

 受ける治療はまっっったく同じなのに、入院・手術する日が2〜3日違うだけでそうなるのだ。もちろん、1日でもそうなる可能性がある。
 こんな馬鹿な制度設計があるだろうか。

 いつも思うのだが、こういう愚かな制度を作る連中は、なんのために東大を出たんだろう?

 もちろん、急な怪我や病気で入院・手術になる場合に選択の余地はない。
 だが、今回の息子のようなケースでは、少し日程をずらすだけで費用は半額、10万円の節約になる。

 うちは失敗しましたので、みなさまは忘れないでくださいね。

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2019.08.10

★「上級シューフィッター」

 途中、もうダメか・・・と観念しかかったこともあったが、今のところ、なんとか旅行に出られそうである。

 履いていく適当な靴がないので、この際、新調することにした。

 振り返れば、2012年にも同様の理由で靴を買った。
 あの時は、靴のために出かけるような余裕がなく、出張先の名古屋のデパートで間に合わせに見繕ったような形になってしまい、「在庫のサイズはこれこれしかないから」というような理由で、ぴったりフィットしているとは言いがたい靴を、それでも私としては大枚はたいて買うことになった。
 その靴が悪いわけではないけれど、今度はきちんと買ってみようと思い立った。

 私は、服装にはほとんど頓着しないが、靴だけはあんまり安物は履かない。服やズボンと違い、靴はそれなりのものを履かないと、健康に悪いような気がするからである。

 そうはいっても、きちんと選んで買うことは稀だし、比較的廉価なものを選ぶことも多かった。
 しかし、一年ほど前に、アルピニストである店員のアドバイスを得て、私としてはちょっとした価格の軽登山靴を買った。それで歩くと、以前より疲れが減るばかりか、腰も痛くならなくなったので、靴の機能を再認識させられたところだ。

 靴を買うのはそれ以来である。
 人生も間違いなく半ばを過ぎ、これからの足腰の健康を考えたとき、靴を適当に選ぶのは間違っていることにようやく気づき、今後はしっかり選択して購入しようと決心した(折しも、#KuToo 運動も盛んである)。

 そこで、ネットでいろいろ調べ、数少ない「上級シューフィッター」のいる靴店にわざわざ出向いた。

 とんでもなくいろいろ計測されたり質問されたりするかと思っていたのだが、あっさりとそれらを終え、店主が出してきたのはミズノのウォーキングシューズだった。

 聞いたこともないような、オランダやドイツのスニーカーの話をネットで読んでいたので、そういうのが出てきて、しかも自分にぴったり!というのを勝手に期待していたのだが、ミズノですか・・・

 ざっくばらんに「まさかミズノだとは思っていませんでした」というような話をさせていただき、シューフィッターの団体がオランダのメーカーに委託して作ってもらったという靴なども履いてみたのだが、結局のところ、最初に出していただいたミズノのウォーキングシューズを素直に買うことになった。

 まあ一応、歩き方なんかも見てもらい、インソールに加工を施してもらったし、もし具合が悪ければ再加工・再々加工も無料だということであった。
 もちろん定価で買ったのだが、帰宅してアマゾンで見ると、同じ靴が5千円ほど安く買える。なにしろミズノだから、型番とサイズさえわかれば、同じものが購入できるのである。

 これまでの私なら、5千円の差額にはちょっと耐えられない思いをしたかもしれない。
 しかし、上級シューフィッターがそのスキルを駆使して見繕ってくれたことや、今後ありうるかもしれない加工のことを考えると、後悔はなかった。
 世話になりながら、「ちょっと考えます」と買わずに帰って、アマゾンに注文するというような非道なこともしたくない。

 自分を納得させるためもあるのだが、特に考えたのは以下のようなことである。

 自分で靴を選んだら、たぶん間違いなくミズノの靴は買わない。
 その靴を、私の足と用途にぴったりだと出してきたのが「上級シューフィッター」である。

 これは、名医が診断して苦い薬を処方したというのと同等ではなかろうか。

 そう考えれば、5千円はむしろ、診察料・診断料ということになる。

 自分も知らない自分の必要なものに導いてくれた専門的知識の行使に、相応の報酬を支払うのは当然のことと言える。
 エキスパートのちょっとした(ことにみえる)アドバイスにも、きちんと敬意を払うべきだ。

 そう考えると、あっさりと「これ」といってピンポイントで出してきたミズノの靴は、上級シューフィッターならではの慧眼による選択かもしれない。

 どんな分野であれ、その道のプロは、複雑な課題にあっさりと回答を出したりする。
 素人が「そんな簡単なことだったらお金を払いたくない」などと考えるのは、expertise(専門家の知識や技術)を評価しない、愚か者の思考だ。
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 まあもっとも、あの靴が私にとってあまりよくなかった・・・というようなことがあれば、また違う話になってしまうんだけれど。

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2019.07.22

●2日連続の内視鏡検査

 2日続けて、内視鏡検査を受けた。1日目は上部消化管、2日目は喉頭。

 ごく軽い逆流性食道炎と、無視していいポリープ(過形成性)が3つあったが、まあ異常なしということでほっとする。

 胃に関しては、ものすごく綺麗で理想的な状態だと褒めていただいた。
 が、それはストレスなくノーテンキに暮らしていることを意味するのかと、ちょっと恥ずかしいような気になるのは、怠け者の私もやはりエコノミックアニマル(死語?)であるということか。

 その消化器の医師が、「あまり見たことがない」異常が喉頭(声帯の出口を閉める披裂部というところ)にあるとおっしゃるので、耳鼻咽喉科の医師に紹介状を書いていただいた。
 「あまり」とは言うが、こういうときの通例として「今まで一度も見たことがない」ことを意味するような感じで、どうなることかと心配だった。
 なにしろ、毎日毎日内視鏡検査をやっているベテラン医師が、見たことがないような状態なのである。

 それで2日連続内視鏡検査となったのだが、結局、披裂部には異常がないということで安心した。

 耳鼻科の先生の見立てによると、見る角度によって見え方が変わるので勘違いなさったのではないか(とは言わなかったが)ということだったが、個人的には、鼻から入れた麻酔薬が喉の方に入って、たまたま披裂部の片側の筋肉が麻痺していたのではないかと思う。

 いずれにせよ、今までそういう人がいなかったのかと不思議だが、ともかく問題がなくてよかった。

 なんだかんだでかなりの時間と1万円近くを費やして鼻の穴から2度も内視鏡を突っ込まれ、「特に気にすることはありません」というのは無駄な気もするが、何か見つかるよりはよほどいいことは論を俟たない。

 あ、先日、大腸の内視鏡検査もした。これは手間暇もかかるしいちばん高額だったが、やはり異常なしだった。

 1年に3回も内視鏡検査をするというのは今年限りでありたい。

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2019.04.13

★それぞれの不幸

Img_6700 糖尿病を患い、脳梗塞の後遺症に悩まされながら肝臓がんを生き延び、腰椎を圧迫骨折してパーキンソン症候群でもある母親が、また入院したというので、先日見舞いに行ってきた。

 今度は肝性脳症とやらで、血中のアンモニア濃度が高くなりすぎて意識朦朧となったという。それとは別に、肋骨も3本折れているらしい。
 当初は意識不明に近かったというのだが、訪れたときにはすぐに私を認識し、「あんたどこから来たん?」に始まる会話も一応成立して、ひと安心した。

 だが、ベッド脇には導尿のバッグがぶら下がっている。大の方はオムツだということが後にわかった。

 しかも、譫妄というのだろうか、被害妄想のようなものがあって、会話は成立するものの、とても正常とは言えない。
 それでもまあ、話ができるまでには回復しているということのようであった。

 そんな状態の母親を退院させる方向へ持っていきたい病院といろいろやり取りして、夕方には医師と話をすることもでき、もう1週間様子を見ることにしてもらった。
 肝硬変がかなり進んでおり、新しく処方されたパーキンソン症候群の薬がうまく代謝できなくて、成分の血中濃度が上がりすぎたのではないか、というのが医師の見立てであった。

 「さあ、帰ろか」と訳のわからないことを言う母親に、「何を言うてんねや、帰れるわけないやろ」とマジギレする父親。
 あとで、「認知症の症状に逆らってはいけない。「そうやなあ、帰りたいやろなあ。わしも帰らしてやりたいんやけどなあ」とでも共感的に言っておけばよいのだ」というようなことを話す。

 でも、父親の方が母親と対等に向き合っているような気がして、少し後ろめたかった。
 なんといっても、介護しているのは90歳に近い父親で、こちらは無責任な傍観者に過ぎないのだ。少なくとも今のところは。
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 その夜も次の夜も、義母から定時連絡があった。

 一年ほど前に夫(私から見ると義父)が入院してからひとり暮らしになり、孤独死して発見されないことを恐れて、生存証明のために毎日家人に電話してくる。

 昨年末に夫を亡くしてからは、以前にも増して厭世的になった。「何もすることがない。テレビ見て寝るだけや。長生きしすぎた。生きててもしょうがない。」

 だが、その義母は、いろいろ体の不調を抱えているとはいえ、まだ一人で買い物にも行けるし、身の回りのことも自分でできるのである。

 ただ、かつてのように俳句や俳画や韓流ドラマを楽しんだりする余裕は、もうどこにもない。
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Img_6692

 私は今日、京北に桜を見に出かけた。なんということのない年中行事だが、考えてみれば幸せなことである。

 毎年訪れている欝櫻寺で写真を撮っていると、車が1台やってきて、歩くのもやっとという感じの老人が、女性2人に両脇を抱えられて、寺の中へ入っていった。
 後に続く奥さんが問わず語りにいろいろ話してくれる。

 それによると、老人は元大工の棟梁で、この欝櫻寺も建てたのだという。ダムの底に沈んだ集落がこのあたりに移転しており、このお寺も移築されたものだということを初めて知った。
 「この辺のおうちもいくつも建てたんですけどねぇ。今はもうあない(ああ)なってしもて施設に入ってるんですけど、今日は嫁と娘にこないして連れてきてもらいましてん。あないなってしまうと、もうほんまにあきませんなあ・・・」
 「大変ですねぇ。うちも母親が入院してまして・・・」
 「入院やったらよろしいがな。施設に入らなあかんようになったら、もうほんまに・・・」

 「いや、まだ何とか歩けて桜が愛でられるのだからいいじゃありませんか。うちの母親は車椅子に乗せても病棟の4階から出してもらえませんでしたよ。」などとは、もちろん言わない。
 そういうふうに思ったわけでもない。

 ご老人は、枝垂れ桜の下に座って上機嫌で歌っていた。若い2人がはしゃぎながら交替で一緒に写真を撮っている。
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 状況は違うが、みなそれぞれに不幸である。そしてまた、それぞれに幸福だとも言える。
 だれがより不幸か幸福か・・・などと考えてみても、詮のないことだ。

 「生老病死」とはよく言ったものだなあと思う。だれもがその四苦を抱えている。

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2019.02.02

◆膝蓋骨骨折・・・

 とはいっても、私の脚でもなければ、大した怪我でもない。

 それでもとにかく、膝蓋骨(ヒザのお皿)を骨折して全治3か月!を宣告されたのは事実だ。
 家人の右脚である。

 職場で電話線に足が絡まって転び、膝をしたたか打撲したそうだ。電話線がループ状に立ち上がっているところへ靴を突っ込んでしまったという。

 見たところぜんぜん大したことはないし、まあふつうに歩けるのだが、本人は結局医者に行くべきだと判断して2日後には受診したので、それなりのことだったのだろう。

 念のため車で送っていき、待ち時間に私も皮膚科に行って、数年越しの気になる箇所を診てもらった(良性の血管腫だった)。
 こちらは10人以上待っていて、向こうは2〜3人なのに、いっこうに終わったという連絡がない。会計待ちの間にLINEを見ると「ギプスをつけることになりました」という。ええっ!!!

 そんなものをつけたら、さっそく歩けなくなるじゃないか。

 ・・・と思ったが、なんかよくわからない、バイクのプロテクターみたいな取り外し可能の「ギプス」で、石膏で固めるのではなく、その装具の内側にジェル状のパックをセットし、硬化を待つのだそうである。
 技術は進歩するものだと思ったが、今でもあの石膏の包帯ぐるぐるのギプスもあるのかな。

 ずっとつけておく必要もないというし、取り外してお風呂に入ってもいいらしいのだが、それでもギプスと呼ぶのだろうか。

 いずれにせよ、膝のお皿を骨折していて全治3か月なのに間違いないそうだ。
 日常生活に極端な支障はないものの、なかなか大変である。
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 この文章を半分ほど書いたところで席を立ったとき、テーブルの脚で左膝を打った。大したことはないのに、すごく痛い。

 少なくとも痛みはひとごとだと思っていたのを、ちょっと反省した。

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