2022.08.09

★生前整理・・・

 過日、1か月以上入院していた父親が退院することになり、コロナで面会もできなかったことから、会えるのをそれなりに楽しみにしつつ、実家近くの病院まで迎えに行った。

 行けそうなら、退院祝いに寿司でも一緒に食べに行こうかと思っていたのだが、出て来た父親を見ると、すでに立って歩けなくなっていて、呼吸もちょっとままならないような様子であった。
 太ももを見ると、痩せ細って小枝のようになっている。

 これが自宅なら、救急車を呼ぼうかと思うような状態だし、今すぐ病室に戻してほしいような気もしたが、退院せよというのだから仕方がない。
 退院する2週間くらい前に、療養型病院に転院させてくれないかとも頼んだのだが、「病院で診なければならないような状態ではない」という判断であった。

 車椅子を押して、弟と一緒に病院の玄関まで連れていき、私は駐車場から車を出して、車寄せへと向かう。

 幸い、車椅子から車への移乗(これってテクニカルタームですね)は何とか自力でできる。つまり、とりあえず何かにつかまれば立てるというくらいだ。
 4月に母親の四十九日の法要をしたときには、ふつうにとは言わないまでも歩いていたし、場を主宰することもできていたのに、数か月でたいへんな衰えようである。
 もちろん口には出さないが、年は越えられそうにないな、とは思った。

 サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)に連れていってからも、たとえば車椅子からベッドに移乗するだけで息が切れ、5分10分と呼吸を整えないと何もできないというような状況だった。
 サ高住で待っていたケアマネージャーも心配してくれ、ホーム長にパルスオキシメーターを持ってきてもらって、経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)を測定してもらった。
 最初右手でやったときに低かったのでびっくりしていたが、手が冷えているからかもということで左手に変えると正常だったようだ。

 「サ高住ではどうにもならないのではないか」と心配したが、受け入れ側はプロなので、私たちほどうろたえていなかったし、そのうち少しは体調も回復してきて、自分で車椅子に乗ってベッドとトイレを往復できることがわかり、ちょっとほっとした。
 近くのスーパーで買ってきた巻き寿司も、2つだけだがまあ食べた。聞けば、病院食をずっと完食していたのに、体重が11kgも減ったのだという(あとで弟が16kgだと言っていた。どちらが正しいのかはわからない)。

 多くは弟に頼ったが、サ高住とはいえ、人ひとりがそこで暮らすためには、運び込む荷物もけっこう大変である。まず、借りた医療ベッドにマットと布団を敷き、掃き出し窓にカーテンをかけるところから始めなければならなかった。
 冷蔵庫や洗濯機は兄弟3人が揃う8月20日に運ぶことにして、それまでの算段やら軽トラの手配やら、ここに書き切れないもろもろがあった。

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 入院時や退院時と相前後して、何度か実家に寄り、生前整理をする必要に迫られた。

 新聞を休止するのから始まり、いろんなところに解約の連絡等をしていく。
 愚にもつかない健康食品やらサプリメントやら野菜ジュースやら青汁やらを、いずれも定期購入しているのに嘆息する。
 極めつけはウォーターサーバーで、喜んで元気に使っているときから懐疑的だったのだが、やはりというか、面倒くさそうな会社の商品だった。そもそも、毎月5千円近くを飲み水に費やしているのが信じられない。上記もろもろを含め、毎月いったいいくら支払っていたのやら。
 まあ、だから90歳を超えても元気だったのだと言われれば、関係ないとは思うものの、そうではないと断言はできないのだが。

 ウォーターサーバーの会社に電話すると、「契約申込時の電話番号と違う」と自動音声に文句をつけられ、一方的に切られてしまってそれ以上進めない。門前払いである。
 仕方なく、父親が契約に使ったと思しき固定電話からかけ直し、当時はまだ帰宅する可能性があったので、自動音声相手に次回配送を9月に延ばしてもらう手続きをした。携帯で契約していなくて幸いだった。

 この会社、解約しようとすると解約金やら何やら法外な金額を要求してきそうだ・・・と取り越し苦労をしていたが、その後、解約の連絡がメールででき、「長年お使いくださっていたので特別に解約金はなしで・・・」のようなニュアンスで無事解約することができた。
 ただ、巨大なウォーターサーバーを回収しないといけないというので、その手続きや費用もばかにならない。比較的近所に住んでいる弟の家にいったん移して、そこから回収してもらうことにした。
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 インターネットを解約しようとすると、そこにケーブルテレビとNHKと電話もついていた。さらには電気までネット会社(eo光)で契約していることがわかった。
 電話番号に未練はあったのだが(私が小学校1年生の絵日記に書いた電話で、下4桁が7555なのである)、兄弟で相談して電気以外はすべて解約することにした。

 それを父親に(LINEで)説明し、了解を得る(電話がかかってきた)のがちょっとした苦労だった。何しろ息も絶え絶えに話すので、電話では何を言っているのかが非常にわかりにくい。ぜんぶ録音されるようになっているので、切ってからそれを聞くと、2度目ということもあってまあわかったのだが、電話している最中は、ほんとに苦労した。

 サ高住に入ってから、LINEでの簡単なやり取りのほかに、3回ほど電話があった。

 最後の電話は、3食出してくれる食事を、旅行に行くときなど、食べないときはどうすればいいのかと聞いたりするもので、「この期に及んでまだ旅行するつもりか」と、うれしいやら悲しいやら可笑しいやら・・・だったのだが、その翌日には、実際、旅に出ることになった。
 もちろん、気楽な温泉旅行などに行けるわけもなく、帰ることのできない永遠の旅となってしまったけれども。

 「後を追うように」というには少し長いような気もするが、母親が死んでから5か月足らずであった。

 せっかく病院を退院したのに、サ高住に入居してからわずか6日で、92年と2か月あまりの生涯を閉じ、きょうが告別式だった。
 2週間前に義姉のそれを終えたばかりだというのに。

 「コーヒーが飲みたい」と言っていたので、私が送ったドリップパックが到着する日に、到着を待たずに死んでしまった。
 前日の夕方には、弟が組み立て家具を用意し、3つのうち2つを苦労して組み立てたところだった。

 通夜の日には、入院直前に父親が購入した宝くじを手に、兄が半ば本気で怒っていた。
 あの年齢であの健康状態で、たとえば3億円が当たったとして、いったいどうするつもりだったのか、どういうつもりで1万円近くを無駄に浪費したのか、というのである。

 まあもちろん当たらないのだが、仮に高額当選したとしても、それを私たちに残そうとしていたとは思わない。
 たぶん、人生はずっと続いていくと漠然と考え、従前の生活習慣を漫然と続けていただけなのではなかろうか。
 兄には理解できないようだが、まあ人間、ふつうはそんなものだと私は思う。
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 もともとは「生前整理」というブログを書こうとしていたのだが、書く前にこうなってしまい、「・・・」がつくこととなった。

 告別式の後、お骨揚げを待つ間に、まだまだ片付かない実家に寄り、ふだんほとんど入らなかった寝室を覗くと、3月に亡くなった母親の衣服が、まだいくつも壁に掛かったままであった。

 両親ともに他界して、これから死後整理が始まる。

 立秋は過ぎているが、長い夏になりそうである。

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2022.07.25

●いつもとは違う通夜

 先日、父親が入院したあと、いちど病院と実家へ行ってもろもろの用事を片付けた帰り、兄から電話がかかってきたのを車の中で受けた(ハンズフリーです)。

 父親の退院後の生活について相談していると、兄が「○○も末期がんやし、どっちが早いかわからんなあ」というようなことを口走った。

 「え? だれが末期がんやて?」
 「○○や」

 義姉、つまり、兄の配偶者である。私と同い年だ。

 10年以上前に乳がんを発症し、その後も完治とはいかないらしいのは知っていたが、まさか末期だとは知らなかった。

 その2か月ほど前には、遠方から母の四十九日に元気に?来てくれていたのである。
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 きょう、その義姉の通夜を終えた。明日は告別式だ。

 こんなに若い身内を見送るのは初めてである。
 いつもの(まあ順番だから仕方ないよね)感を伴う親戚の集まりではなく、「もっとええことで会えたらよかったのになあ」という定番の軽口をたたく者もいない。

 残された長女が弔辞を読むに至って、葬儀場にはすすり泣きの音がいつにも増して響きわたる。
 現役世代なので、親類ではない弔問客も後を絶たない。
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 理不尽な死である。なにせ、娘を見送る母親が通夜に来ているのだ。

 今年に入って、うちの母親と義姉が亡くなった。父親だって年を越えられるかどうかわからない。

 死だとか生だとかについて、以前にも増して考えるようになった。
 死生観というような大げさなことではないが、なんかそういうものも変化しつつある。

 死者はむろん、何も語らない。
 生きている者が、語りかけられたように感じるだけだ。

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2022.03.31

●だれかのいない世界

 母親が他界してから2週間になる。

 いわゆる?二七日(ふたなぬか)というやつだ。

 あと5週間経てば七七日(なななぬか・しじゅうくにち)、満中陰だ。

 別に仏教徒ではないのだが、父親は仏教徒っぽいし、今後も死者(=母親)への儀礼は仏教式で続いていく。
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 ところで、というか、母親はもちろんもうこの世にいないのだが、仮にいたとしてもそれほど変わらない。

 生きていて、もっとも頻繁に会っていたときですら、数か月に1度顔を合わせれば多いほうだっただろう。
 別に仲が悪いわけではないし、帰省すればいろいろしゃべって一緒にお寿司を食べたりもするが(あ、たまには旅行にも行った)、手紙類は父親の出す印刷の年賀状だけだし、電話も滅多になかった。

 なので、たった2週間の音信不通くらいでは、生きていようが死んでいようが大差ない。

 あるとすれば、何かの折りに、「もう会うことも話すこともできなくなってしまった・・・」と考えるということだろうが、今後そういう感慨に耽ることはあるのだろうか。

 考えてみると、母親に限らず、例えば小中高大学の同級生や複数の職場の元同僚・教え子など、ふだんから音信不通の人たちは、生きていようが死んでいようが大差はない。
 まあ、たぶんほとんどは生きていて、まだこの世界にいるのだろうが、仮にこの世が彼(女)らのいない世界であっても、私にとっては何も変わらない。

 少しでも何かが変わるとすれば、少なくとも10年に1度くらいは、会わないまでも何か音信があるとか、そういう人でないと、かつて何らかの縁を結んだことは、私の世界に何の影響も及ぼさない。
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 たまに思い出すのだが、生死や行方のわからない、かつての友人・知人が数名いる。

 特にそのうち一人は、こちらが努力して消息を尋ねたり探したりしても手がかりは得られない。

 それこそ10年以上音信不通なのだし、別にあいつがこの世に存在しようがしまいが、この世界は何も変わらないのだが、間違いのない死者とは違って、またこの先、突然、この世界があいつのいる世界に変貌する可能性はある。

 その点、死者は甦らない。二七日や七七日は輪廻転生の思想と密接に関わっているが、人類史上、実際に転生した者も(たぶん)存在しないし、まして甦った者などいない。
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 この世界は、毎日毎日、というより、毎秒毎秒、だれかのいない世界へと変貌を遂げている。

 だが、その変貌は、具体的な自分の生活に関わってこない限り、ほとんど感知されない。

 であれば、だれかのいない世界は、いた世界とそれほど変わりがあるわけではない。

 たとえそれが、自分の母親であったとしても。

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2022.03.20

●「生きとうもんのほうが大事や」

 「生きている者のほうが大切である」

 まだ私が20歳にもならないころ、知人の通夜に向かう車の中で、母親が私に言った言葉だ。

 翌日に大学のフランス語の試験を控え、一夜漬けで勉強しようという計画?が頓挫した私が、「お通夜に伺ってそそくさと帰るわけにもいかへんし、明日の葬式には出られへんし・・・」とちょっと困っていると、母親が「生きとうもんのほうが大事や」と言ったのである。

 幼いころから死に対する感傷を抱えていた私は、もしかするとお通夜なんかに行くのも初めてだったかもしれず、「ものすごい冷酷なことを言うなあ」と内心穏やかではなかった。
 と同時に、大人の余裕というか、物事に動じないところにはちょっと感心してもいた。

 知人といっても、老人の大往生ではないのである。小さいころにお世話になっていた近所のおばさんの娘さんで、当時たぶん、40歳前後だったのではないかと思う。
 夫婦でテニスをしにコートまで出かけたが、忘れ物を取りに帰ろうと娘さんだけで車を運転中、交通事故に遭ったというようなことだったと記憶している。

 突然娘に先立たれたおばさんの心中はいかばかりかと思うと、フランス語の試験なんてほんとにどうでもいいことのように思えるのだが、そうはいっても現実問題として、単位を取れずにもう半年か1年同じ科目を履修するというのも確かに避けたかった。

 結局、お通夜には出席して、早々に帰宅した。
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 後年、あのときの「生きとうもんのほうが大事や」というのは、太平洋戦争中、幼かった母親に祖母が言っていた言葉をそのまま繰り返していただけなのではないかと思うようになった。

 死が周囲にあふれていて、自分にも近々訪れる可能性があり、かつ、毎日食べて生きていくこと自体が困難であるとき、ほとんどの人は死者にかまっている余裕はない。
 「生きている者のほうが大切だ」と言い聞かせて、死者を顧みない自分たちを免罪しなければ、生きていくのが辛かった時代の言葉なのだろうと思う。

 母親はたぶん、深く考えもせず、戦時中にしょっちゅう聞かされていたフレーズを口にしただけなのだ。
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 その母親が他界した。

 先日ここに書いたとおり、「敗血症・脳梗塞・肝臓がんをそれぞれ乗り越えてきて、糖尿病ともずっとつきあってい」た母親である。
 もう一つ忘れていたが、パーキンソン病とも診断されており、脳梗塞の後遺症とも相まって、歩けなくなっていた。

 最後は新型コロナに感染し、せっかくそれを生き延びたのに、後遺症もあったのだろうか、体が弱って食事が取れなくなって亡くなった。

 食事が取れなくなってきたというので、その対策を相談しようと、母親にも会うことになっていた、その前日に死んでしまった。

 これがその翌日なら、「最後に顔が見られてよかった」と思えたのだが、「明日会えたのに」と、ちょっと無念に感じながら遺体と対面する羽目になったのは、コロナ禍で碌に面会もできないことをそれほど不自由にも感じていなかった罰なのかもしれない。

 額に手を置いて、「あんまり会いに行けなくてごめんな」と今さら懺悔しても、死者には何も伝わらない。
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 唯一よかったのは、コロナ死ではなかったことである。

 専門家が「死体は呼吸しません、死体からは感染しません」と力説しているにもかかわらず、亡骸を袋に入れられて、顔も碌に見られないまま荼毘に付されてしまう理不尽を嘆いた遺族のことを思えば、立派な布団を掛けられて、きれいに死に化粧をしてもらった母親に触れ、眉毛や睫毛まで生きているかのように感じられたのは、僥倖と言ってもいい。

 たとえばウクライナやコロナ死や大震災のことを思えば、人なみに通夜を執り行い、葬儀を出せるだけでも幸せだ。
(いまこれを書いているのは母親が没した当日だが、公開日時は葬儀後に設定している。)


 いずれにせよ、母親なら、自分が死者の側である今こそ「生きとうもんのほうが大事や」と言ってくれそうな気がする。

 やすらかに。

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2022.02.28

◆長いお別れ

 標題は、レイモンド・チャンドラーの小説とは何の関係もない。 
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 もう先々週のことになるが、高齢者施設に入所している母親がコロナに罹ったという知らせを受けた。

 調べてみると、クラスタとしてニュースにもなっていた。

 まあ、半々くらいで覚悟はしつつ、ふつうに日常生活を送っていたのだが(旅行にすら出かけた)、今夜になってやっと、無事回復したことを知った。
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 母親が現実に死ぬかもと思いはじめてから、もう10年近くになる。

 敗血症・脳梗塞・肝臓がんをそれぞれ乗り越えてきて、糖尿病ともずっとつきあっている。まだ他にもいろいろあったような気もするが、もはや思い出せない。
 そこへきてコロナである。身内の罹患者は初めてだし、知り合いですらまだ1人しか知らない。

 母親に関しては、少なくともこの10年ほどずっと、いつ死ぬかいつ死ぬかと折りに触れては思い出すので、長い間、お別れの精神的準備をしているような気分である。

 お蔭で、もはやいつ死んでも大丈夫な気がしている。
 もちろん、葬式で涙くらいは流すかもしれないが、それだけのことだ。
 しょせん、ひとはみな死ぬのである。

 息子に精神的準備期間をくれただけでもありがたい。

 伊勢物語に

  世の中にさらぬ別れのなくもがな千代もと祈る人の子のため

という歌があるが、「さらぬ別れ」(避けられぬ別れ=死)はいつか必ず来ることがわかっているのだから、「千代もと祈る」ことすら私はしない。
 詮のないことだからである。

 いつのころからか、「家内安全」を祈るときにも、両親は外している。
 どんな神仏であろうが、絶対に無理なことを頼まれても困るだろう。

 元気だった父親も、卒寿を越えてしばらくしてからは介護認定を受けるくらいには弱っている。

 さらぬ別れを、遠かれと思わないでもない。

 だが、遠くなっても、長いお別れがさらに長く続くだけのことだ。
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 生老病死とはよく言ったものである。
 この四苦に続くのが愛別離苦であることもやるせない。

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2020.11.29

●謎のB型肝炎

 職場の健康診断で息子が「B型肝炎の疑い」を告げられた。

 「C型肝炎」の欄には「著変なし」と書いてあった。

 だが、結果の紙を隅から隅まで詳しく見ても、どうして「B型肝炎の疑い」があるのか、逆に、なぜC型肝炎の疑いはない(「著変なし」って妙なギョウカイ用語だけど)のかがわからない。

 なにしろ、抗原検査や抗体検査をした形跡自体がない!のである(いわんやDNAのPCR検査をや)。

 なのになぜB型肝炎の疑いがあり、C型肝炎のそれはないと判断できるのか。

 確かに、肝臓検査の項目のうち、ひとつだけがほんの少し、基準値を超えている。息子の年齢では珍しいだろう。
 しかし、その項目で考えられる疾患をいくらネットで調べても、肝炎は出てこない。

 その時点で考えたのは、健康診断で出た種々の数値を総合的・俯瞰的(冷笑)にAIが判定し、疫学的?に「こういう場合はB型肝炎の疑いがある」と判断したのだろうか・・・ということだった。

 でもまあ、素人判断だとはいえ、健康診断の結果をどう見ても、「B型肝炎の疑い」など感じられない。
 その時点で、「99.9%間違いやで」とLINEで伝えたが(フォーナインにするほどの自信はなかった)、現状では治癒しない疾患だし、感染症でもあるし、心穏やかではいられなかった。
 愚かな息子はB型肝炎がどんな病気かも知らず、ひたすら怯えて「入院なんていやだよ」とか言っている。
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 昔は予防接種の注射針を使い回したりしていたため、医療行為が原因の肝炎がかなりの広がりを見せている。

 今でも鮮明に覚えているのだが、私の小学校時代の集団接種の折りには、ワクチンの入った透明のガラスシリンダに青いピストンの注射器をトレーのうえにずらりと並べ、1本で3〜4人に接種していた。
 私は幼いころからどちらかというと潔癖症なので、他人の体に刺した針をまた自分に刺されるのが嫌でたまらず、ちょうど新しい1本になったところで自分の番が来ることを、毎回切に祈っていたものだ。

 数十年前とはいえ、小学生でもわかるような「汚い」行為が感染を引き起こす可能性について、政府から末端の医師までの誰もが思い至らなかったというのは、恐るべきことである。
 いや、もしかすると「その針、イヤや。新しいのんに変えて」と言い出せなかった小学生同様、厚生省などの方針に大人も口を出せなかったのかもしれない・・・とも、今では考える。

 いずれにせよ、結果として、多くの人々を肝炎や肝癌で苦しめ、時には死に追いやり(大学の同級生のひとりも、妻子を残して若くして死んだ)、最高4000万円を被害者に給付するというような仕儀に陥っている(予防接種だけではなく、輸血や血液製剤によるものも同様だ)。
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 さて、B型肝炎の代表的な感染経路は、母子感染・血液感染・性感染である。詳細は省くが、息子は間違いなく(親が断言できるところが情けないのだが)、このどれにも該当しない。

 ただひとつの可能性は、医療行為による血液感染である。特に、今年1月に比較的大きな手術を受けているので、それが怪しいといえば怪しい。

 だが、一流の大学病院で執刀された2020年の手術で、肝炎に感染したりするだろうか?

 手術前には緊急時の輸血のためにあらかじめ自己血を採血しているのだが、それすら使わなかったと聞いているし、ましてや他人の血液は使っていない。
 (もちろん、仮に使っていたとしても、現在ではきちんとスクリーニングされていて、輸血で感染する確率は極めて低い。)

 可能性としては、手術に使った器具が汚染されていたか・・・

 考えても仕方がないのだが、万一感染が確定した場合、大学病院を相手に訴訟を起こすことになるのだろうか、でも、どうやって手術による感染(それ以外の感染経路はないこと)を証明できるだろう? どう考えても不可能だ・・・などという思いが頭をよぎる。
 手術をした病院に息子が「B型肝炎の疑い」を告げると、「それはすみません」(たぶん何気ない挨拶のようなものだろう)と言われたというのだが、まさか、集団感染で同様の訴えが相次いでいるのではあるまいな・・・と、あらぬことまで考えてしまう。

 病気そのものの心配に加え、感染源のミステリー、さらには今後の取り越し苦労までを折り込んで、落ち着かない10日間ほどを過ごすことになった。
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 職場の人に勧められた(なんと息子は、すでにB型肝炎(の疑い)をカミングアウトしていた ──保健所が匿名で検査してくれるような疾患なのに)という医院で検査を受け、結果が出たのが昨日の午前である。

 結果はまさに予想どおりであった。

 5種類もの抗原・抗体精密検査はすべて陰性で、医師によると「陰も形も、ウイルスが存在した痕跡もない。何をもって「B型肝炎の疑い」などと診断されたのかも心底わからない」ということだったそうだ。

 後半は私の診断?と同じである。

 ほっと安心したものの、ミステリは残った。

 ほんとにいったい、「何をもって「B型肝炎の疑い」などと診断された」んだよ(怒)

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2020.09.04

■ユニクロのエアリズムマスク雑感

 対人距離が取れる場合はなるべくマスクをしない派なのだが、ほとんどの施設がマスクを要求するようになり、手持ちの分だけでは心許なくなってきたので、ユニクロのエアリズムマスクを購入した。

 マスクを買うために行列にならんだりするつもりはまったくなかったので、ネットの公式ストアからあっさり買えて幸いだった。

 L(ふつう)(どうしてLが「ふつう」なんだよ)を買うと、ぴったりフィットしていい感じではあるのだが、ほどなく違和感に気づいた。

 呼吸をするたびに、膨らんだりしぼんだりするのである。

 ちょうどスーパーに買い物に出かけたので観察してみたのだが、ひとりとしてそんな人はいない。
 私のマスクだけが、風船のように膨らみ、その後で肌に吸い付いてくる。まさに、エアがリズムを刻むように。

 自分の呼吸が荒いのかともちらっと考えたが、これまでのマスクではこんなことはなかった。
 要するに、機密性が高いのである。

 私の買ったのは「メッシュ素材に進化し通気性が向上」とうたわれている新商品だ。
 それでも、他のマスクより圧倒的に機密性が高いのだろう。
 発売されて間もないのに、すでに「お客様の声で進化するユニクロアップデート」を施されている点から見ると、発売当初のものは、これ以上の機密性でかなりのクレームがあったものと思われる。

 だが、モノはマスクである。「メッシュ素材に進化し通気性が向上」なんかして、いいものなのだろうか。
 実際に病原菌の侵入を防ぐN95規格のマスクなど、苦しくて長い間つけていられないほどの機密性を誇る。それでこそのマスクだ。

 実際、一般的な布マスクでは「空気中の粒子の漏れ率(侵入率)が100%」だという研究が出ていた。その「粒子」にはもちろんウイルスも含まれている。
 だいたい、通常のマスクの網目は、ウイルスにとっては存在しないも同然くらいのガバガバなのだ。われわれ人間がウイルスだとすると、ざっと幅100メートル!以上の格子に相当する。
 目をつぶって通り抜けても、ぶつかる心配はないほどの広さである。

 だがそれでも、唾液の大きな飛沫とか、そういうものを防げるから、マスクをする意味はあるのだろう。
 ただ、その程度のものでいいとすると、ユニクロのエアリズムマスクは、明らかに機密性が高すぎる。長い間つけているとだんだん息苦しくなってくるくらいだ。

 「粒子をカットする」「高性能フィルター」など必要ないから、膨らんだりしぼんだりを繰り返さない程度に、もう一度「お客様の声で進化するユニクロアップデート」をしたほうがいいのではないだろうか。

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2020.08.08

★水出し緑茶

 世間はお盆休みに入ったようだが、来週はまだ仕事が山場だ。まあ、再来週はのんびりできるかもしれないし、とりあえず今日から三連休ではある。

 長い間(半年くらいか)入院していた母親が退院したという連絡が父親からあった。

 90歳が85歳の面倒を見るというのに、心なしか声がうれしそうなのが不思議だ。

 退院したといっても、体よく病院から追い出されたに過ぎず、歩くことすらできない。

 病院から「人と会うことは控えよ」と申し渡されているそうで、会いに行くとしても、こちらがしばらく人と会わない生活を続けてから後のことになる(未来にこれを読む方のために。新型コロナウイルスによる感染症が蔓延している?せいです)。

 まあ、幸い元気そうだというので(歩けないけど)、このまま会えないで終わるということもないだろう。
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 それはともかく・・・

 先日、新聞に「水出し緑茶」の記事が出ていた
 ちょうど飲み残した茶葉があったので、「これでは足りないなあ」と思いながらやってみた。
 麦茶なんかを冷やしておく冷蔵庫ポット(というらしい)に浄水器の水を入れ、茶葉を放り込んでひと晩冷蔵庫に入れておくだけである。

 これがびっくりするくらいおいしかった。

 安物の茶葉である。なんなら(若者言葉)変色しかかっていた。

 にもかかわらず、フルーティとでも形容するしかないような、なんともいえない甘みが出ており、苦み渋みを抑えた素晴らしい飲み物になっていた。

 長い間生きてきて、どうしてこんなものが簡単に作れることを知らなかったのだろう。
 熱いお茶を自分なりに丁寧に急須で入れるよりも、明らかにおいしい。

 何でもそうかもしれないが、お茶というのは値段に正直である。
 お茶屋でアルバイトをしているという知り合いに聞いたことがあるが、「ほんとうにおいしいお茶というのは100gで3000円以上くらいでしょうか」とか言うので、「やっぱりね、そうだよね」と、ため息をつくしかなかった。

 スーパーで茶葉を買っている時点で、おいしいお茶は望めない。

 それが、この水出し緑茶なら、十分においしいと言えるようなお茶が簡単に作れるのだ。

 「もうこの夏はこれにしよう」と決めたのだが、麦茶の残りを使い切ってしまわないと・・・という理由で、まだ2回目が作れていない。もう2週間くらいになるんじゃないだろうか(後記:実際には1か月近く経っていた・・・光陰如箭)。

 いつになったら麦茶がなくなるんだろう。

 その前に夏が終わってしまわないことを祈る。

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2020.06.19

◆コロナとの共存?

 感染がピークを越えたころから、マスコミが盛んに「コロナとの共存」とか「ウィズ コロナ」とか言いはじめた。
(あ、どうでもいいけど、と言いながら気になっているのだが、「共存」は「きょうそん」と読んでほしい。「存在」なんだから。
 「きょうぞん」だと、ふつうの辞書の見出し語にはなってないはずだと思うんだけど、多くのアナウンサーがそう読んでいるようだ。)

 「共生」とか言わないだけマシかもしれないが、もっとほかにいい言い方はないのだろうか。

 だれがこんな厄介なウイルスと「共存」したいと思うだろう?

 まして、With Corona ??、それじゃあまるで「コロナとともに」じゃないか。

 哲学的な生物学者たちが、人類は昔から種々のウイルスと共存してきた・・・などと言っているのは知っているし、それは事実なのだろう。
 生物学的な意味でも歴史社会学的な意味でもウイルス抜きで現在の人類はありえない・・・とか言われれば、それもそうかもしれない。

 でもたとえば、(ウイルスではないが)ペストの流行がルネサンスをもたらしたとか、最近になって?巷間よく言われるようになった例でも、ペストに悩まされた、まして死んでしまった人たちにしてみれば、ルネサンスなんて来なくてもいいから、ペストなどない方がよかったに決まっている。
 人類史的に見て、ペストの流行が中世を終わらせたことにいくばくかの功があるとしても、別にペストがなくたって、別の形でルネサンスも近代も訪れたはずである。

 ともかく、この忌まわしいウイルスと「共存」するとか、ましてともに連れだっていこうとか、そういうニュアンスから逃れられない表現はぜひ避けて、知恵を絞ってもっとふさわしい表現をマスコミは探してほしい。

 ・・・というだけでは無責任なので、数十秒ほど頭を振り絞ってみたが、とりあえず「腐れ縁」という言葉しか思い浮かばなかった。
 「コロナとの腐れ縁」
 美しい表現ではないが、もともと、「共存」なんていうような美しいものではないのである。

 もう少し考えて、ぜひ適切な表現を見つけてほしい。

 後記:シソーラス(類語検索辞典)を調べてみると、「悪縁」「宿縁」が見つかった。特に後者なんか候補としてどうだろう? ダメかな。

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2020.05.23

■macOS Catalina と Novel Coronavirus によせて

 先日、遅まきながらメインマシンである MacBook Air の OS を 10.15 Catalina にした。

 Catalina にすると、いよいよ 32 bit のアプリケーションがまったく使えなくなるため、しばらく見送っていたのだ。
 その中でも、ATOK と ScanSnap は痛い。その2つを新しくし、その他にはなんとか目をつぶって、とうとうアップデートした。

 理由の一つは、iPad を2画面目のモニタとして使うには Catalina が必要だとわかったことだ。

 できて当然、だれもが想定するだろうことが、やっとできるようになったのである。
 ただ、実際に ZOOM(ビデオ会議用ソフト)を使いながらやってみると、MacBook Air の負荷が大きく、無音が美点のノートパソコンのファンが唸りを上げ、うるさくなって熱を持つので、ちょっと常用に耐えない気がしている。

 それはともかく・・・

 macOS Catalina の名前の由来と、そのデスクトップピクチャが、カリフォルニア州ロサンゼルス沖のサンタ・カタリナ島であることは知っていた。
 パソコンの画面写真を見ると、島というよりは、海から突き出た岩山である。どう見ても無人島に見える。

 初めて島の姿を知って、ふと、こんなところに空港があるのだろうか、という疑問がわいた。
 ___

 さて、タイトルをお読みになって、macOS Catalina と 新型コロナウイルスに何の関係があるのかと訝しくお思いになったかもしれない。

 先日、尊敬する先輩と山道を歩いていて、コロナ差別が話題になり、「そういえば、そのものズバリ、「コロナ」というトヨタの車がありましたよね」という話になった。

 うちの父親が初めて手に入れた車がコロナであり、私にとっても初めての自家用車(とはいっても運転したことはない)だというのに、その時まで、コロナ(車)のことを忘れていた。
 むしろ、「トヨタのカローラ(車・花冠)の語源はコロナ(ウイルス)と同じだよなあ」とか思っていた。どうしてコロナ(車)のことを思い出さなかったのか不思議でならない。

 そして、Catalina に触発されて、忘れるはずのないもう一つのコロナを思い出した。カリフォルニア州のコロナ市にある空港である。
 アメリカで飛行機免許を取ったとき、もっとも離着陸回数の多かった空港が、このコロナ空港だった。燃料も、いつもここで入れていた。

 本拠地は少し北のチノ空港だったのだが、コロナはノンタワー(管制塔なし)のいわば野良空港なので、気軽に使えて便利なせいか、よく訓練に利用していた。
 Catalina という名前がその時のことを想起させ、「そうそう、あれもコロナじゃないか」と思い出したのだ。

 なぜ、Catalina がコロナを思い出させるのか。

 それは、Catalina 空港と Corona 空港で使われる航空無線の周波数が同じで、距離もそれほど遠くない(いま調べると100kmくらいだ)ことから、Corona で飛んでいると Catalina の無線が聞こえてくるからである。

 こちらが "Cessna 77R now on final, runway 25 Corona"(セスナ77Rは現在コロナ空港滑走路25に向けてファイナルアプローチ中)などと言っていると、同じように、"Cirrus 55T now on final, runway 22 Catalina" のような無線が入る。

 "Runway 25 Corona" や "Runway 22 Catalina" は、ファイナルに限らず、何度もレポートされるので、今でもはっきりと耳に残っている。

 ・・・といいつつ、Santa Catalina 島の写真を見て、「こんな岩山のどこに空港が・・・」と思うまでは、Corona(空港)のことはすっかり忘れてしまっていた。

 オーストラリア人のコロナ君がその名前のせいでいじめに遭っていて、新型コロナ感染症にかかったトム・ハンクスが、コロナ君からお見舞いにもらった手紙に返事を書いたというのは有名な話だが、カリフォルニア州のコロナ市も、町ごと差別されたりしていなければいいんだけれど(まさかね。でも、からかいの対象とかにはなっているような気がする)。

 コロナ(車)もコロナ(空港)も、忘れるはずのない思い出深いものなのだが、これだけコロナが騒ぎになってもすっかり忘れていたのが不思議だ。
 もちろん、いったん思い出すと、思い出は後から後からいくらでも湧いてくる。

 オーストラリア人でなくても、今どきのことだから、日本人にだってコロナ君とかコロナちゃんはいるかもしれない。
 いま、新しい ATOK で変換したら、胡呂那と頃奈が出た。おそらくは人名ではなかろうか。

 願わくは、再開した学校で、コロナ君/ちゃんがいじめられたりしないことを。
 そして、あらゆる誹謗中傷や差別がなくならんことを。

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