2021.08.25

★各国はアフガニスタンの人々も救ってほしい

 新型コロナはもちろんだが、アフガニスタンの情勢も気になる。

 そんなことを私が気にしたところでまったく何が変わるわけでもないのだが、投票行動の一票と同様、みんなが気にすれば少しは変わりうる、そう願うしかない。

 アフガニスタン人の知り合いは2人しかいない。
 2人とも、女性への教育を否定していた旧タリバン政権崩壊後に、留学生として日本にやってきた女性だ。
 来日当初は、何かに怯えるようにいつもびくびくしながら人の顔色をうかがっているように見えたのだが、たぶん思い過ごしではなかったと思う。
 その彼女たちも、だんだんと明るくなって笑顔が増えていき、日本での生活になじんでいったように見えた。
 数か月会わないで再会したときには、髪の毛を覆うスカーフまでしなくなっていたことに驚いたものだ。

 彼女たちも、もう40歳前後になっているだろう。
 特に親しいわけでもなく、こういうことになる前から消息はわからなかったので、現在どうしているかは知る由もない。

 だが、20年ぶりに政権を奪還しつつあるタリバンは、留学経験者を目の敵にしているという報道もあって、心配している。

 彼女たちが国外で幸せに暮らしていることを願う。
 そしてもし、いまアフガニスタンにいるのなら、アメリカ軍でもドイツ軍でもフランス軍でも、あるいは自衛隊の飛行機でもいいから、無事に国外に脱出してほしいと思う。

 各国は、自国民だけではなく、亡命を希望するアフガニスタンの人々も救ってほしい。

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2021.08.01

★建具のメンテナンス

 8月がはじまった。しかも日曜日。

 ちょっと気分に余裕があったので、2階和室からベランダに出る掃き出しアルミサッシのクレセントを修理することにした。
 錠を閉めるときにスカスカで手応えがなく、前から気になっていたのだ。

 ちょっと見たところ、分解する手がかりがなさそうだったのでネットで調べてみた。

 いちばんのポイントは、ネジを隠している化粧板を外すことであった。ネジさえ見つかれば緩めればいいだけだ。
 やってみれば簡単なことだし、そういえば大抵の修理は化粧板やら化粧蓋を外すところから始まるのだが、滅多にやらないのですぐに忘れてしまう。
 サッシのクレセントを分解するのなど、生まれてはじめてだ。

 マイナスドライバーを隙間に差し込んで・・・みたいな説明を見つけたが、「ああ、これが外れるのか」とわかれば、爪で簡単に外すことができた。

 問題は、検索したのがどれも、台座や受けがねの緩みを問題にしていることである。

 そうではなく、クレセントに手ごたえがなくてスカスカなのだ。

 ・・・と、キーワード候補に「バネ」が出てくることに気づいた。
 バネって何だよ?

 気になって検索すると、なんとクレセント錠の中にバネが仕込まれていることを初めて知った。キーワードのサジェスト機能がこんなに役に立ったのも初めてのような気がする。

 いずれにせよ、錠を外してしまえばわかったことなのだが、そのバネが折れて外れていたのだ。
 これでは、部品がないと手の出しようがない。とりあえずクレセントを元に戻す。
 調べると、スプリングは2本で百数十円とかで手に入るようだ。
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 ついでというか、これも以前から気になっていた、1階の書斎と子ども部屋を隔てる建具も調整する。これは過去に経験があり、わりと簡単に、スムーズに開閉できるようになった。
 なんという名前なのか、天井側についている、引き戸が節度を持って閉まるようにするための金具がぐらついているのには、初めて気づいた。これは締め込むだけで修理完了。
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 もう1点、2階リビングに入るドアノブの調子もおかしい。これもどうも、バネの問題であるようだが、ラッチ自体を交換する必要があるかも。交換するとなると5千円近く・・・(訂正:メーカーのパーツリストで1650円でした。4個入りの価格を見ていました。)

 昼食後にでも分解してみようと思う。

 後記:ドアノブ下側の溝にマイナスドライバーを差し込むだけでノブが外れる構造なのにはちょっと驚いた。
 やはりラッチ自体を交換することにして、通販で注文した。

 さらに後記:今日(2021.8.3)届いたので交換し、すっきり直った。送料込みで1300円強。

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2021.07.31

●小鳥、廉価で預かります?

 春から危惧してこのブログのサブタイトルにしていたが、夏になって文字どおり「国破有五輪 都夏病毒深」である。人災の側面も強く、残念でならない。
 (後記:今日発表された東京都の新規感染者数は、はじめて4000人を超え、4058人、「直近7日間の感染者は1日平均2920人、最も深刻なステージ4(感染爆発)基準の5.8倍」だそうである。)

 それはともかく、明日から8月だなんて、ちょっと信じられない。

 仕事が一段落するのはお盆が終わるころ・・・という生活が十数年?続いているが、まだ慣れない。
 お盆明けくらいが年度前半の仕事の締切に設定されているので、お盆はそれを片付けるのに使わざるをえないのだ。
 まあ、人が多いのは苦手なので、お盆には仕事をしてその後休むというのが定番になっているのは悪くはない。

 ・・・というわけで、まだ仕事は片付いていないとはいえ、ちょっとひと息ついている。
 いつものことだが、やっと休みの計画を具体的に立てはじめた。

 海外には行けないので、手軽に涼しいところということで、昨年に引き続き信州になった。

 首都圏と大阪・沖縄は、8月いっぱい緊急事態宣言のようで、旅行というのも気が引けないわけではないが、万能ではないにせよ、まあワクチンも接種したことだし、そもそもほとんど人とは接触しないので、問題はないだろう。
 あるとすれば、車が大阪ナンバーであることくらいである。「ワクチン接種済」というパネルでも作って貼り付けておこうかと、なかばまじめに考えてしまう。「長野在住」でもいいのだが、ウソはつきたくない。
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 さて、とりあえず宿を2泊分だけおさえたところで、家人が「あ、S(文鳥)はどうするの?」と言った。
 すっかり忘れていた。去年はどうしたんだっけ? それより、バルト三国に出かけたときは???
 「あの時はRくんがいたから」
 「え?」
 就職浪人していた息子がずっと家にいたのである。20代後半のニートも、役に立つときがあったのだ。

 取るに足りない小鳥だが、そんなものでも飼っていると、短期の旅行にもおちおち行けない。
 息子のところに預けるか、旅行中の中日(なかび)あたりに一度来てもらうか・・・

 買えば2〜3千円ほどの鳥を、近所のペットショップに3泊4日で預けるだけで5千円近くする。「お預かり、お迎えは」「営業時間内」なので、出発や帰宅時間のことを考えれば7千円だ。シーズン料金の追加もあるようで、それに該当すれば1万円になる。
 一日一回エサを足して水をやるだけでいいのだから楽な商売だ。

 半額以下で小鳥を預かる商売でも始めようかな?

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2021.06.30

◆あ、2021年6月の記事もありません

 2021年6月の記事もありません。すみません。

 Twitterでは、ときおりつぶやいております

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2021.05.23

■兵庫県三田市の母子大池は一周できません

 兵庫県三田市の母子大池(もうしおおいけ)を一周しながら、「母子大池は一周できますがお勧めしません」という文章を書こうと考えていた。

 比較的整備されたハイキング道のような道が池を囲んでいるのだが、倒木をくぐったり跨いだりが20〜30回、川(というかせせらぎ)を渡るのが数回、そして、半分を過ぎて、これなら一周できるまで道が続いているだろうと確信を持てたころに現れたのが、鹿よけのためとおぼしき網であった。Img_9821_20210523210101

 ここまで来て引き返す手はないと思って何とか網を跨いで進むと、その後に同じような網が10回ほど行く手を阻んだ。

 歩くのに必死で周囲を見回す余裕はあまりないが、それでもキツツキのドラミングや、センダイムシクイ・ホトトギス・ツツドリの声を聞きながら自然の中を歩くのは悪くはない。

 ばさばさっともの凄い音がしたと思ったら、私に驚いたカルガモが飛び上がって逃げていくところだった。
 同じように、蛇やトカゲも慌てて池に逃げていくことがあった。
 ときおりドボンドボンと音を立てているのはカエルであろうか。

 話は戻るが、せせらぎは、どうしても水の中を歩かないと渡れないところが2箇所はあった。そして、プラスティックの筒でできた黒い一本橋を渡る必要にも迫られた。細い丸木橋?を渡ろうとしたら、向こう岸側でボキッと折れたりもした。Img_9826 Img_9816
 極めつきは、鹿よけの?網。お勧めしない所以である。

 だが、これほど整備された(ように見える)道があるのだ。しょっちゅうだれかが歩いていないとこうはならない。まあ、これから夏になると、草木が繁ってますますお勧めできない道になりそうではある。
 「水源涵養林」や「保安林」の表示があったが、作業の人が頻繁に歩くようなところではない。いったいだれが歩いているんだろう?

 困難や苦労から逃げまわり続けている私の人生において、十指に入るくらいの冒険であった。
 なにせ、どこまで道が続いているかまったくわからないのだ。倒木や川や柵や崩落や・・・で行く手を阻まれれば、えんえんと元の道を引き返すしかない。

 だがまあ幸いなことに、2時間近く四苦八苦して、やっとスタート地点まで戻れた・・・と思った。

 「一周できた、引き返さなくてすんだ・・・」という喜びはひとしおである。

 ところが、最後の最後に大きな罠が待っていた。

 5mほど前にいる親子連れ、10mほど先に見える自分のオートバイとの間には、絶対に誰も通さないぞと頑固に主張する柵があり、それを乗り越えたとしても、またすぐ先に有刺鉄線があるのである。

 柵にはこちらからは見えない看板があったので、身を乗り出して裏側を見ると、「立入禁止」とある。
 いやいやいや、ここに来るまで、立入禁止はなかったのだ。ここから出られないなら、私が来た方もきちんと立入禁止にしておいてほしい。

 そうはいっても、ひと一人くらいならどこかから出られるだろうと高をくくっていたが甘かった。柵はあくまで徹底しており、先に進んで門を見つけても、チェーンに南京錠がかけられていた。その先にも柵は続いている・・・

 いやしかし、苦労してやっとここまでたどりついた道を、またこれから2時間かけて引き返すという選択肢はどう考えてもない。
 時刻も16時30分になろうとしているし、それよりなにより、オートバイまではたった10m、それと私を隔てる川にも、今日いちばん立派な橋が架かっているのだ。以前は、この橋を渡ってこちら側からも一周散策ができていたのだろう。Img_9839

 しばらくうろうろしたり考えたりしながら、とにかく何とかこの柵と有刺鉄線を超えるしかないと腹をくくった。

 結果としてはたいしたことはなかったが、なんとか柵を超えられるところを見つけ、有刺鉄線はくぐることができた。

 倒木くぐり(またぎ)や一本橋や渡渉や崩落や網や柵や有刺鉄線を乗り越えて、完全に無事に戻れたのはちょっと奇跡的な気がする。

 つい最近、「ため池に落ちると命はない。泳げるとか泳げないとかの問題ではない。岸にたどり着いても陸に上がれないのである」という記事を読んだばかりだ。
 このため池も、いかにも上がれなさそうな岸だし、携帯はほぼ圏外である。短い散策路を外れてからは、まったく誰にも会わなかった。

 下手をすると、誰にも知られずに、ここでひっそりと死んでいたかもしれない。Img_9810

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 母子大池は一周できません。ロックフィルダム?の上から少し奥に入って雰囲気を味わい、引き返してくるのが吉です。

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2021.05.18

■夫婦同姓の「伝統」

 まず、事実確認をしておきたいのだが、法律的なカップルに同姓であることを強制している国は、現在世界中で日本だけであり、それは法務省も内閣も一致して認めているところである。

 この「強制的夫婦同姓」が仮に「日本の素晴らしき伝統文化」なのであれば、たとえ世界唯一であろうと、誇りととも続けていってもかまわないかもしれない。

 「素晴らしき」かどうかには個々人の価値観が伴うのでここでは扱わない(しかしながら個人の権利を制約する点や利便性から見れば素晴らしくない可能性は高い)が、はたして「強制的夫婦同姓」は「日本の伝統文化」なのだろうか。

 もはや周知のことだと思うのだが、それまでふつうは姓を持たなかった日本の住民は、戸籍制度の確立にともない、1875(明治8)年になって姓をもつことを強制された。
 そして、翌1876年の太政官指令では、それまでの武家等の「伝統」にしたがい、夫婦は「所生ノ氏」(生家の姓)を用いるべき(=夫婦別姓)と定められた。

 夫婦同姓になったのは、明治も半ばを過ぎてから、1898(明治31)年に施行された明治民法以降のことである。たかだか120年ほどの歴史しかないのだ。
 今年は「皇紀」2681年であるから、実にその最後の1/20以下の「伝統」ということになる。

 だが、こういうことを言っても、夫婦が同姓であることを「伝統」だと言いたがる人たちは、いろいろと理屈をつけてどうしても伝統にしたいとがんばり続けている。

 それに対する便利な反論をひとつ思いついたので、この文章を書く気になった。

 いま私たちのほぼ全員が日常的に着ているような衣服を、「日本の伝統文化」だという人がいるであろうか。

 そう、夫婦同姓は、まさに洋服と同じくらいの伝統しか持たないのである。

 そういうものを日本の伝統文化だと言い募るのは、恣意的を通り越して捏造に近い。
 まあ、あと100〜300年もすれば、洋服も立派な日本の伝統文化の仲間入りをする可能性はあるかもしれないが、今はまだそのときではない。これは、衆目の一致するところであろう。

 強制的夫婦同姓は、日本の伝統文化でもなんでもない。むしろ、伝統文化に反するものと言っても過言ではない。
 まあ、そんなことを言えば、全国民が姓を持つこと自体が伝統ではないのだが。

 伝統伝統と言いたがる人たちが好きなのが、なぜか近代以降の帝国主義・植民地主義・君主制・家父長制の「伝統」であることは興味深い。
 己を大きく見せて他を支配したいという醜い心根の反映でないことを願うばかりである。
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 夫婦同姓や洋服に限らず、日本の多くの「伝統」は、明治までしか遡れない。そして、残りの少数の「伝統」も、多くは江戸時代までしか遡れない。それ以前の「日本古来の伝統」は、ごくわずかである。

 たとえば、江戸時代になるまでは、醤油も清酒もなかった。砂糖も貴重品でほとんど使われなかった。
 かつおや昆布の出汁はもっと古くからあったようだが、それでも室町時代後期からであるらしい。合わせ出汁が文献に登場するのは、江戸時代になってからだそうだ。

 いわゆる日本料理の源流はおそらく茶の湯の懐石からだと思われるが、こう見てくると、現在の日本料理の伝統はせいぜい江戸時代からのものだと言っていいのではないかと思う。
 醤油も合わせ出汁も清酒も砂糖も?ない料理が、現在考えるところの「伝統的日本料理」であるはずかない。

 なにも料理に限らない。日本の、いや、あらゆる国や地域の伝統は、外来文化の受容と、発見・発明とからなる、ダイナミックな変化の歴史として紡ぎ出されてきたものである。

 ごく一時期に歴史の偶然から生み出され、しばらく続いただけのものを墨守することは、伝統を大切にすることでもなんでもない。

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2021.05.07

■緊急事態宣言中の伏見稲荷

 休暇を取って11連休にしているのだが、晴れた日はなぜか家でダラダラしてしまう。

 いや、晴れていなくてもダラダラしているのだが(今日だ)、晴れると「もったいない感」が強く意識されやすい。

 昨日は珍しく早く目覚めた上に天気もよく、平日でもあったので、「今日出かけなければいつ出かけるのだ」と思いながらも、なかなか重い腰が上がらなかった。

 行きたいところが見つからないのがもっとも大きな問題なのだが、「そうだ、伏見稲荷に行こう!」と思ってからでも、「やっぱりやめようかな」とのせめぎ合いが激しく、結局、家を出たのは正午前になってしまった。
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 実はというか、伏見稲荷には長い人生で一度しか行ったことがなかった・・・と書いて気づいたのだが、金閣だって清水だってたぶん2〜3度しか行ったことがない。そのうちの一回は小学校の遠足とか、である。

 まあそれはともかく、伏見稲荷に初めて行ったのが昨年のこの時期であった。

 なぜかほとんど存在も知らなかったのだが、外国人観光客の人気ナンバー1だとかなんとかいう話をマスコミやネットで知り、しかし人が多いのは苦手なので縁がなかったところ、緊急事態宣言中なら人も少なかろうと足を運んだのである。

 当然のことながら、入国を厳しく規制されている外国人観光客はたしか皆無で、そもそも人もほとんどおらず、静かな環境を堪能できた。
 人のまったく写らない千本鳥居など、コロナ禍でなければ撮影不可能だろう。

 稲荷山の頂上まで行きたかったのだが、家人が一緒だったので却下され、三ツ辻の少し上で市街の展望を見下ろして引き返した。

 比較的行きやすいし無料駐車場はあるし・・・ということで、またすぐ来て頂上まで行こうと思いつつ、一年が経ってしまったのである。
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 今回は、家人は仕事が忙しいとかで来なかったので、一人だ。
 連休中もほとんどずっと家で仕事をしているが、どれだけ仕事が多いのか、あるいはこなす能力が低いのかとあきれるばかりである。

 状況は去年とまったく同じ、緊急事態宣言中のゴールデンウィークの平日。
 いや、近畿の感染状況は比較にならないほど悪くなっている。大阪の日々の感染者数は、昨春は最大でも100人に満たなかったのだが、現在は1000人を超えている。
 それでも、今年のほうが人出は多かった。

 とはいえ、昼食に入った蕎麦屋の客は私を含めて3人だったし、相変わらず、人のいない風景を写真に撮ることも可能な程度だったが、去年に数倍する人がいた。
 まあそれでも、前後数十メートルに人がいない状態にできるし、2〜3分歩けばだれかとすれ違う・・・という程度で、感染の心配などはほぼ皆無である。

 ただ、去年は見かけなかった外国人も数組くらいは見た。言葉から推して、けっこう多様な国籍の人々である。
 来日できずに苦労している外国人を何人か知っているので、彼らがどうやって日本に来たのか、あるいは日本在住なのか聞きたかったのだが、そういうわけにもいかない。

 頂上までは概ね登りが続くとはいえ、稲荷山の標高はわずか232m、たいしたことはない。
 ただ、この年齢に極度の運動不足、さらにマスクが加わると、それなりの苦行である。マスクを外すと、明らかに楽になる。
 幸い、人が少ないので、呼吸が苦しくなるたびにマスクを外していた。
 ___

 神社仏閣を再訪したいという気になることはほとんどないのだが、この伏見稲荷は例外である。
 山全体が境内になっていることがその理由なのだろうが、それなら各寺社の「奥の院」などへ足を運べば同じことのはずだ。
 ただ、ほとんどの奥の院は生の自然の中にあり、道のりもそれなりに険しい。伏見稲荷は、連続する鳥居と点在する寺社、それに比較的なだらかな参道が魅力なのだと思う。

 キビタキとオオルリが鳴き、センダイムシクイは姿も見られた。

 気になったのは、少し蚊に悩まされたこと。これからの季節はちょっと厳しいかもしれない。去年いなかったのは、三ツ辻までだったからだろうか。

 今度は季節を変えて再訪したいと思うのだが、さてどうなるか。来年の秋とかだと人出が多くなるかもしれないので、今秋あたりが最後のチャンスかもしれない。

 コロナ禍にも利点がないわけではない。

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2021.03.14

●愚かな e-Tax

 キカイに疎い家人の確定申告を一緒にやった。
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 「スマートフォンで確定申告ができます」
 「確定申告はスマートフォンで」
 「スマートフォンでの申告がさらに便利に!」
 「e-Taxをご利用ください」
 「e-Taxならこんないいこと」

 国税庁のサイトでもテレビCMでもかまびすしく、税務署から送られてくる書類にもそう書いてある。

 ところが・・・

 マイナンバーカードが必要だし、iPhoneなら7以上が必要ということで、ハードルがかなり高い。

 幸いクリアしているので、昨年度のデータの読み込みから始めると、まず「パソコンで保存したデータは利用できません」という先制パンチ。

 マイナンバーカードを何度も読み取らせるのにも辟易する。
 ただ、その甲斐あって、住所や氏名などが自動入力されたのにはちょっと感動した。

 にもかかわらず、申告書作成画面では結局また手入力させられる。パソコンと違って入力が面倒だ。
 さっき読み取ったデータは使わないのかよ !?

 やりたかったのは譲渡損失の繰越が中心なのだが、どこまで入力しても譲渡所得も損失も入力できないまま、最後まで行ってしまって提出寸前になった。
 間違ったことはしていない。が、どうしても譲渡所得が入力できそうにない。

 ネットで調べると、なんと、譲渡所得(損失)がある人はそもそもスマホでは確定申告できないというのだ!

 何だよそれ。

 それでよく

 「スマートフォンでの申告がさらに便利に!」

なんてバカなことを言うよなあ・・・

 株でちょっと損を出したとか、その程度の人すら、スマホでは確定申告できないのである。
 事業所得や不動産所得があってももちろんダメ。
 利子・配当所得すらダメ。

 それで、「スマートフォンでの申告がさらに便利に!」なったんだったら、これまではどれほど不便だったのか。

 サラリーマンならふつうは職場で年末調整するから確定申告は不要だし、確定申告するような人は株の譲渡所得(損失)や配当所得などがある人が多いはずだ。
 どんな狭い層をターゲットにしているのか。
 ___

 さて、あきらめてパソコンでやろうとする。

 今度は ICカードリーダーが必要だ。もちろんそんなものは持っていない。
 パソコンにスマホをブルートゥース接続して ICカードリーダーとして使うことができるというので、それなら・・・とぬか喜びすると、iPhone にも Mac にも対応していないという。
 Mac はともかく、日本にあるスマホの6割ほどが iPhone だというのに、どこまでやる気がないのか・・・

 結局は、パソコンにしこしこと入力していき(去年のデータが使えたのは幸いだったが)、最後は紙に印刷してハンコまで押さなければならない。
 河野さん、平井さん、何とかしてくださいよ。

 さらには!

 マイナンバーカードの裏表をコピーして、台紙に糊付けする必要がある。

 ICチップのついたカードのコピーをハサミで切り取り、糊を塗って貼り付けたりしていると、情けないやら可笑しいやら腹立たしいやら、なんとも言えない気分になる。

 うちにはマイナンバーカードも、その読み取りに対応したスマートフォンも、最新に近いパソコンもあるのである。それでもこれしか方法がないのだ。

 申告書は8枚もある。これにまた、社会保険料控除と生命保険料控除(必要があれば小規模企業共済等掛金控除・地震保険料控除・寄附金控除関係など)の書類を糊付けして封筒に入れ、郵送しなければならない。

 なんというバカバカしさだ。これが2021年の日本なのである。

 仕方ない、郵送はやめて税務署で提出し、ついでに直接税務署員と対面して ID とパスワードを発行してもらおう(対面しないと発行してもらえないのだ)。

 それでやっと、来年から e-Tax が可能になる。

 それでもなお、スマートフォンでは申告できない! orz

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2021.03.13

●タイヤの寿命

 きのう車のことをブログに書いたあとで、以前の文章をなんとなく読み返していると、新車を買ってから2年2か月後くらいにタイヤを交換していたことに気づいた。
 その時点で遅かれ早かれ替えなければならないくらい溝が減っていた」タイヤを、値上げ前のタイミングで交換した、とある。

 その時に、タイヤ屋の社長さんに「うるさいだけのタイヤや」と言われたオールシーズンタイヤに替えたのだが、それからまもなく4年になる。
 今年度はコロナ禍で走行距離が少なかったとはいえ、4年間では4万キロ以上走っている。最初にタイヤを替えた
のは、3万キロに満たないときだ。

 4万キロを走って、まだまだ「溝が減ってい」るというような状態ではないので、少なくとも「うるさいだけのタイヤ」ではなく、耐摩耗性にすぐれたタイヤだということがわかる(後記:調べるとまだ半分(4mm)以上溝が残っていた)。
 減らないタイヤというのは往々にしてグリップに乏しいので、必ずしもいいことだとは言えないが、グリップ不足を感じたことはないし、懐にはやさしい。
 ただ、雪道でもある程度の性能を確保するべく、コンパウンドは柔らかいはずなのだが、どうして持ちがいいんだろう?

 それはともかく、4年4万キロというのは、タイヤの交換を考えるのにちょうどいい時期かもしれない。たとえ溝はそれほど減っていなくても、ゴムは確実に劣化している。

 そういえば、奄美大島で借りたレンタカーのタイヤのサイドウォールにヒビが入っているのを見て、ちょっと不安になった。世間はそんな車であふれているとはいえ、自分の車のタイヤならそんなことは許せない。
 ほんとに文字どおり「タイヤは命を乗せている」(©ブリヂストン)し、タイヤと地面とのわずかハガキ4枚分の接地面積が「走る曲がる止まる」のすべてを担っているのだ。エンジンやブレーキやサスペンションやボディの性能がいかに向上しても、最終的にはタイヤ次第なのである。

 ・・・というわけで、次はどんなタイヤを履くか改めて考える必要がある。

 今のオールシーズンタイヤは、少しうるさい以外に欠点が見つからないんだけれど、いざという時の限界性能はやはりふつうのタイヤには劣るだろう。
 この4年、わざわざ雪道を走りにいったとき以外に役立ったことも一度もなかった。

 となると、やっぱりふつうのタイヤにするべきかなあ・・・ でも、雪道を一切走れないというのもイヤだなあ・・・

 まあ、もうしばらく考えてみよう。幸い溝はたっぷりあるし、ヒビはまったくない(はずだ)。

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2021.03.12

●愚かな電子制御

 先日のこと、車のエンジンを始動したところ、回転にばらつきがあってちょっとした振動を感じた。

 隣に乗っていた息子はまったくわからないという。

 「ほらほら、回転が安定してないやろ」などとしつこく確認すると、「そういえば・・・」という感じである。

 インパネにはオレンジ色のエンジンマークが点灯したままなのに気づいた。
 そのうち、EPCという表示(後で調べると、Electric Power Control ≒ 電子出力制御 のことらしい)も不気味に光った。

 マニュアルを取り出して調べると、「エンジン電子制御装置の不良」「ゆっくり走行してディーラーへ」とある。

 こないだ、ディーラーではない遠方の整備工場で1年点検を済ませたばかりであり、何となく敷居が高い。整備工場は遠すぎる。
 それに、お金もかかりそうで気が重い。

 ただ、ちょっと不安定にばらつくアイドリング音を聞くうち、原因の見当がついた。

 おそらく、4気筒のうち1気筒(もしかすると2気筒)がカブって失火しているのではないかということだ。
(「カブっている」というのは、濃すぎる混合気のために点火プラグが濡れた状態になり、火花が適切に飛んでいない状態のことです。)

 かつて、同じ原因でエンジンがかからなかったことがあったし(その時は、まさか現代の電子制御エンジンがカブるなんて思いつかなかった)、数日前に車止めのブロック位置を調整するためにちょっとだけエンジンをかけて車を前後させたことを思い出した(エンジン始動時は混合気が濃いので、そのままエンジンを切ったりするとカブることがあります)。

 案の定、少しアクセルをふかすと回転は安定し、いったんエンジンを切ってから再度かけたときには落ち着いていた。
 息子と2人、ひさしぶりの天下一品(ラーメン屋)に着くころにはエンジンは快調で、昼食後はまったく何ごともなかったかのようだった。

 いつかのように大ごとにして恥をかいたりせずにすんでよかった ^^;

 それにしても・・・

 前回といい今回といい、何が「電子制御式燃料噴射」だよと思う。所詮は、100年前のエンジンと同じ理由で不調になるのである。

 さらに許せないのは、「エンジン電子制御装置の不良」などではぜんぜんないことである。プラグがカブっているだけなのだ。
 プラグかぶりかどうかも判断できないで、何が電子制御か、何がコンピュータ診断かと思う。

 電話が進化して、「カメラ付きコンピュータ(通話もできます)」になっていったのと同様、車も進化して「居室付きコンピュータ(移動もできます)」になっていく途上にある。

 しかし、30年経っても50年経っても、すべてが「電気自動車」になっても、似たようなバカげた「電子制御」が残るんだろうなという気がする。

 内燃機関としてのエンジンはなくなって、プラグがカブることはなくなるにしても。

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