2026.03.01

●ちゃんとわかりやすく書いてほしい ──ABC予想とは何か

 アメリカとイスラエルがイランに無法な戦争をしかけ、小学生たちが虐殺された(しかも「日本政府全体としてそれを支持する」と小泉防衛大臣が記者会見で述べた)というときにこんなつまらないことを(しかもひさしぶりに)書くのも気が引けるのだが、正直、そういうことに本気で怒っていると身が持たないので、自分なりの判断を下してできる範囲のことをする以外のことはしないようにしている。

 「できる範囲のこと」がごく限られているのは申し訳ないが、そんな自分でもある程度は肯定してやらないと生きていけない。

 ・・・ここまで書くだけでもかなりの時間を費やしてしまった。

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 さて、twitterに珍しく連投したので、そのまま流してしまうのは惜しくなってここに転載することにした(一部改変)。

 新聞記事に文句を言い出すと、これも切りがないのだが、たまにはこうして書いておこうと思った。

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 2026年2月27日(金)の朝日新聞朝刊に
「ABC予想の証明、論争決着?」
という記事が掲載されていた。

 その中で、ABC予想は
「cがdより大きくなることは珍しい ・・・ということを証明する問題」
だと書かれていた。

 素人にわかるように書いたつもりかもしれないが、かえってわかりにくい。

「珍しい ・・・ということを証明」するってどういうこと??

 「「珍しい」を定義しないと絶対に証明できない」というのは、素人でも(というか、素人だからこそか)思いつく。
 これでは説明になっていない。

 そのせいで、天気のいい貴重な休日の朝をABC予想に潰されることになってしまった😅

 珍しいというのだが、その例はすでに数千万組見つかっているらしい。

 この「珍しい」というのは、
「cがdより大きくなる例は有限個しかない」
という意味だそうだ(間違っていたらすみません)。

 それならそう書けば、この問題に少しでも興味のあるような人ならほとんど全員が理解できるだろう。

 わかりやすくしたつもりで、素人向けに

ABC予想は
「cがdより大きくなることは珍しい ・・・ということを証明する問題」
などと書くのは、まったくの逆効果だと思う。
 「珍しいことの証明?」となるのがふつうだ。

 わかりやすさを目指すなら、わかりやすさをきちんと目指してほしい。

 問題の朝日の記事
(いわゆる「プレゼント」機能を使いましたが、無料で全体が読めるのは今から24時間弱のみです。)

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2026.01.06

■微かな縁から

 (だらだらとよしなしごとが続きますが、ご容赦のほど)

 もう数年前から、眼の手術をしたいなあと思いつづけていた。

 それほど悪くはないのだが、白内障が始まっていて、どうせいつか手術するなら、若くて?元気なうちにやってしまって、同時に眼鏡ともおさらばしたかったのだ。

 だが、かかりつけの眼科に相談しても、「ここがいいですよ」という感じではなく、「だいたいは○○を紹介してるんですけど」とか「どこでやっても変わりませんよ」というような返事で、なかなか踏み切れなかった。
 一度それなりのところを紹介してもらって行くと、わりとやる気のなさそうな女性医師が「まだ早いんじゃないですか」という感じであまり親身になってくれなかった。
 その後、「じゃあ、××で」と知り合いの眼科を教えてもらったので電話すると、そこは手術はやっていないという。いや、白内障手術の評判がいいから紹介してくれたのではなかったのかと、ちょっと落胆した。

 紹介される病院とは別に、かつて義母が大学病院で手術したときの執刀医で講師だった人が、退職して手術専門のクリニックを開いているので、以前から候補にしていたのだが、院長だったのがいつの間にか理事長になっていた。
 いや、もともと理事長兼務の院長だったのかもしれないが、今は別の院長を立て、医師も増えて分院もでき、Webサイトを見ると、いかにもお金のためにやっている匂いがして、二の足を踏んでいた。
 でも、やっぱり専門の病院がいいよなあ・・・と、消極的ながら年が明けたらそこに行ってみようかという年末を迎えていた。
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 その年末、ブラジルからクリスマスカードをくれた昔の教え子にメールを返したりするうち、ひょんなことから、日本に帰省してくる彼女と30年ぶり!に会うことになった。
 ところが、2日前の22:30ごろになってから、彼女の同級生がひとり「そんなことならぜひご一緒したい」と言っているというメールが来ていた。
 日付が変わってから寝床でそのメールに気づき、店の予約が変更できたら3人で、できなければ食事後に合流しようと返事した。

 幸いなんとか変更できたので、アラフィフの女性2人と3人でイタリアンを食べることになった。

 その、あとから参加した女性が、なんと、大学病院で特任准教授をしていたのである。
 それまでまったく知らなかったのだが、そういう仕事なので、名前を検索するだけでずらずらと関連情報が出てくる。
 昔3年間教えていたときには、口数の少ない優秀な生徒だとしか認識していなかったし、そのまま35年ほど会っていなかったのに、再会する前に(一方的に)百年の知己のような感じになってしまった。
 なにせ、顔写真や論文が出てきたりするのはもちろん、一般向けに書いた文章や講演録などまで読めるのである。

 ブラジル在住の女性は、むかし担任もしていたし、年1〜2回のやり取りも続いていたので、近況もよく知っていた。

 そうすると、どうしても、大学病院の知られざる世界や、自身の身体の不調などが話題になる。
 3人で話しつつ、なるべく話題が均等になるように配慮しながらも、白内障の件ともう一つ、長年の疑問について話を聞いた。

 実はというか、彼女は「もう一つ」のほうの専門医なのだが、とりあえずそちらは病院にかかるほどの不調はない。もしその病気で悩んでいたならすごい偶然の縁だなあと思ったのだが、お互い、そんな縁はない方が幸せだというところで意見は一致した。

 ところが、白内障のほうは、△△△にある眼科クリニックの責任者が医学部の同級生だから、そこに行かれては? と言うのだ。
 帰宅して調べると、最近できた病院で、最新鋭の機器を揃え、医師も一流そうで申し分ないように見えた。
 それまでまったく存在すら知らなかったのだが、初めて、「ここなら」と積極的に動く気が起き、気が変わらないうちにと、その場で年始の予約を取ってしまった。

 そして・・・

 病院に行くと、あっさりと手術の日程まで決まってしまったのである。

 数年間思いわずらっていたことが、1週間以内に解決してしまった。
 いや、もちろん、まだ基本的な検査をしただけで、手術どころか、術前検査もしていない。
 だが、ここまでくれば、言われたとおりに流れに任せておけば、そのうちすべては終わるのだ。
 手術らしい手術は人生で初めてで、若干の不安はあるものの、なあに、毎年百数十万人が受けているもっともありふれた手術なのである。

 いやしかし、こんなことになろうとは、1週間前には(陳腐な表現で恐縮だが)夢にも考えていなかった。

 大昔の微かな縁から、新たにいい縁ができたと思う。
 病院は広くてきれいで機器は(たぶん)最新で、手術の腕こそわからないものの、医師も脂ののった年齢の穏やかで人柄の良さそうな男性だった。近くを見るときに老眼鏡をかけるのはちょっと気になったけれど😅

 もし、これをお読みになっているかたが現実の私をご存じなら、何かとんでもないハプニングがない限り、来月以降にお会いするときには私の眼はまったく別物になっている。

 飛行機も鳥も、よく見えるようになっているはずだ。

 そちらから見れば、眼鏡がなくなったせいでますます年取って見えてしまうだけなのかもしれないけれど。

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2026.01.01

■謹賀2026年

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あけましておめでとうございます

 

これをご覧になっているみなさまの
ご健康とご多幸をお祈り申し上げます

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2025.12.26

★「老い」について

 2025年の冷え込んだ歳末、「老い」について若い女性と語りあった。

 「いちばん老いに抗いたくなったのはいつですか」と聞かれ、迷うことなく「今」と即答した。

 思えば、このブログのプロフィールには「大阪北部(北摂)在住。40代。男。」と書いていたのだが、50歳を迎えたときに「40代」を削除して、年齢の記載をなくした。
 嘘はつきたくなかったし、50代の自分には耐えられなかったからである。

 でも、振り返れば50代はまだセーフだった気がする。

 若い彼女もやはり「今」であるらしく、「男と女で違うかも」というのだが、それはそうだとしても、50代の女性だって、まだなんとかなっている。
 森高千里は56歳らしいが、「奇跡の50代」も、美容外科的な手を入れないのであれば、「奇跡の60代」になることは難しい。もちろん、同世代の中で傑出していることに変わりはないとしても。

 そういえば、数日後には、四半世紀くらい会っていない別の女性と会うことになっている(もちろんまったく浮いた話ではない)。
 会うことが決まってから、「老いさらばえた顔をさらしたくない」という感情が芽生えて自分でも驚いた。しかしながら、相手のほうも、25歳がいきなり50歳になっているわけで、同じようなことを考えているかもしれない。

 でも、繰り返すが、50歳はまだ大丈夫なのである。素敵な大人の女性になっているに違いない。
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 思えば、少年のころから「自然体」を心がけてきた。何であれ、そのまま。
 無理をしない、飾らない、そして、抗わない。

 自然体と言えば聞こえはいいが、要するにあらゆる方面において努力しないので、青春・朱夏・白秋・・・と来た現在、なにもかもがぱっとしない、「それなり」に落ちついている。

 自分の選択ではあるので大きな後悔はないのだが、ここまでぱっとしないというのも、まったく残念ではないかというと、やはりそう割り切れるものではない。
 運よくもうちょっと何とかなった可能性までなくしてしまった今となっては、いくばくかの寂寥を禁じ得ない。

 だが、振り返って、こうならないためにもっと何かに向けて歩めたかといえば、否、いずれにせよ、おそらくこのあたりに落ちついただろうと思う。
 要するに、「自然に」こうなってしまったものは今さらしかたないのだ。

 その中でも、もっともどうしようもないのが「老い」である。
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 私とはまったく違う、窯から取り出したばかりの白磁のような肌をした目の前の若い女性も、やはり、抗いたいのはまさに今だという。
 朱夏ほとばしる彼女だが、ほうれい線は気になるし、皺の中にファンデーションが入り込むようになったのだと嘆く。

 そのどちらもこちらからは見てとれないが、まあ確かに10代には見えないので、本人的にはそろそろ「来ている」感じがしているのだろうとは思う。

 でもだからといって、どんなふうに抗うつもりなのだろう?
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 実はというか、私自身は数か月前から「自然体」を少し捨てて、実際に抗いはじめている。
 しかし、8か月ぶりくらいに会った彼女に、「ぼく、変わってない?」と聞くと、変わりないという答が返ってきた。

 その言葉を額面どおりに信じるとして、変わっていないのはふつうならいいことなのだが、抗った効果が見えないということだから、今回に限っては素直によろこべない。

 まあ、自然体を放棄していかに抗おうが、「老い」というのは、ぼくには ──そして切ないことに彼女にとっても── まったく勝ち目のない相手なのである。

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2025.03.16

●20倍の防振双眼鏡

 通常、双眼鏡の倍率は8倍。それ以上だと、手振れで像が安定せず、かえって見づらくなったりする。

 安定した保持に自信がある場合でも、まあ10倍。実際、まともな双眼鏡メーカーなら、この2つの倍率が大部分を占める。

 あと、なぜか6.5倍というのがけっこうあり、視野が広くて便利だ。
 博物館や美術館などでの利用、それに、いわゆる「推し活」にも向く。

 屋内使用に便利な5倍、4倍・・・というのもないではないが、選択肢がごく限られる。

 また、ごく一部の例外を除き、2倍3倍の製品はガリレオ式の簡易的なもの(「オペラグラス」を名乗っていることが多い)なので、お勧めできない。

 以上は、手振れを気にしつつ手持ちで使う場合の話。防振装置(手振れ補正機能)のついた双眼鏡だと話は変わってくる。

 キヤノンの双眼鏡は、8倍から18倍で、すべてが防振
 ニコンの防振双眼鏡は10倍と12倍の2つだけ
 ビクセンは10倍から16倍の4機種
 サイトロンは10倍から16倍

 そんな中、12倍から16倍で展開していた富士フイルムから、新しく20倍の防振双眼鏡、FUJINON TECHNO-STABI TS-L 2040 が出た(16倍バージョンも同時発売)。

 20倍というのは、三脚に固定して使う望遠鏡の基本倍率である。また、三脚に乗せていても揺れで見づらくなったりする倍率でもある。

 その倍率が、手持ちの防振双眼鏡でお手軽?に・・・ということで、ひさしぶりにちょっと欲しくなった。

 倍率が高いので暗いのは仕方がないが、その他のスペックを見ても悪くなさそうだし(EDレンズも使っている)、デザインもそこそこ気に入ったので、思いきって購入することにした。

 発売から1週間も経たない2月4日の時点で、調べたかぎりの在庫はAmazonの1点のみ。納期が明確な取り寄せの店で最短は3月中旬だった。

 好き嫌いと価格の関係でAmazonを見送ってヨドバシカメラで注文したが、その時点での納期は未定だった。
 Amazonでもほどなく売り切れ、ヨドバシからは途中で「6月中旬予定」と連絡がきてのけぞったのだが、結局3月15日に届いた。
 現在は、ヨドバシで「次回入荷は2025年9月頃を予定」と表示されている。いいものは高くても売れるのだ。

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 さて、いま愛用しているのはキヤノンの10倍防振双眼鏡だ。

 これはキヤノンのフラッグシップ機で、像のコントラストも高く、逆光性能も素晴らしく、色再現性もよく、像も安定していて視野も広く、ほとんど申し分ないのだが、いかんせん10倍で、しかも大きくて重い。

 それに、購入から20年近く経つので、この際、20倍!なのに より軽い双眼鏡を買ってもバチは当たるまい。
 とりあえず家人には内緒で買ったのだが、鳥友経由ですぐにバレた。それほど渋い顔をされなかったのは幸いである。

 細部に気になる点はあるものの、質感もよくてなかなか気に入った。

 ただ、あいにくの雨で、鳥見にはまだ持ち出せていないし、月も星も見られていない。

 それでも、高倍率のわりには、 飛んでいるカラスを追いかけるのも容易で、静止した対象を視野に入れるのも難しくない。
 防振スイッチを入れれば像はぴたりと安定する。

 気になるのは、ピント合わせがシビアなことだが、これは高倍率を考えると仕方がないか。
 一部の望遠鏡にあるように、微調整用のピントリングを加えてもよかったかもしれない。

 いわば、気軽に使える手持ちの望遠鏡を手に入れたようなもので、惰性の日常に小さな喝を入れてくれる存在になりそうだ。

 ちょっと驚いたのは、「もしかしてこれ、防振なしでもそこそこ使えるのでは?」と思ったこと。

 「防振なしの双眼鏡は10倍まで」と言い続けてきたが、20倍もアリかもしれない(信じないように ^^;)。

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2025.03.01

●iMac(2017)の macOS を High Sierra から Ventura へ

 「復旧サーバーに接続できませんでした」に悩まされている方のために、備忘録を兼ねて。
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 家人が使っている iMac でいろいろできないことが増えてきていた。
 今からいうと8年も前のパソコンなので、まあしかたがない。

 ソフトウェアアップデートを使って macOS をアップデートしようとしても何も表示されないので、我々の iPhone(6と7)同様、それ以上 OS のアップデートはできないのかと(漠然と)思っていた。

 不便だけれど、まあだいたいはふつうに使えるからと放置していたのだが、今日、いよいよ何とかできないかと相談されて調べてみると、なんと! Ventura までアップデートできることがわかった。

 Ventura なら、いま私が使っているのと同じ OS だ。まだ上に、Sonoma と Sequoia があるのだが、さすがにそこまでは無理らしい。
macOS 10.13 High Sierra
macOS 10.14 Mojave
macOS 10.15 Catalina
macOS 11      Big Sur
macOS 12      Monterey
macOS 13      Ventura
macOS 14      Sonoma
macOS 15      Sequoia
 一気に5段階上の Ventura まで行くのにも不安があるし、Mojave までなら古いアプリケーションの互換性があるということで、まずはそこからにしようかと最初は思った。

 ところが、App Store を使ってインストールアプリをダウンロードし、Mojave から Ventura まで、どれをインストールしようとしても、

 「復旧サーバーに接続できませんでした」

と表示されてインストールできない。

 その解決方法はネット上にいろいろあったので、一通り(terminal のコマンドラインまで動員して)やってみたのだが、どれもダメ。
(macOS のインストールアプリと、OSインストーラーのフルパッケージの区別すらついていない人までもが、「解決方法」のページを作っていたりして閉口した。)

 紆余曲折を経て解決した方法を以下に記す。

1.「option + command + R」キーを押しながら再起動する
2.地球儀マークの画面になる
3.ネットワークのパスワードを入れてインターネットにつなぐ(パスワードを設定している場合)
4.First Aid を利用してディスクを修復しておく(必須ではない)
5.あとは画面の指示にしたがって最新 OS をインストールする。

 この方法では、ネットを使って外部のサーバから OS をインストールすることになる。
 当初は2時間を超える時間が表示されたが(ネットと Mac のスピードに依存する)、結局は1時間あまりで完了した。

 なお、3の段階で、パスワードに "&" のような記号が含まれていたりすると、日本語キーボードを使っている場合はキーがずれていてうまくいかない。
 "&" を入れたければ隣の "'"(Shift+7)を押すことになる。面倒なので、予めネットにつなぐときのパスワード(Wi-Fiパスワードなど)を記号を使わないものに変更しておくといいかも。

 また、知らなかったのでいきなり Ventura になってしまったのだが、1の段階で押すキーによってインストーラの振る舞いが変わるらしい(以下はAppleのサイトからの引用(一部改変))。
Apple シリコン搭載以外のMacで
「command + R」キーを使って復旧から起動した場合は、直近でインストールされたmacOSの最新バージョンがインストールされます。
「option + command + R」キーを使った場合は、お使いのMacが対応している最新のmacOSがインストールされます。
「shift + option + command + R」キーを使った場合は、Macに当初搭載されていたmacOSか、それに一番近く現在も提供されているバージョンがインストールされます。
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 ともあれ、2017年の古い iMac も、無事 Ventura に更新され、速度等にも問題なく動くようになった。

 ブラウザ類やエディタなどのよく使うアプリケーションをすべて最新にし(High Sierra ではできなかった)、なぜか消えた ATOK を再インストール、私が使うときのために Google 日本語入力もインストールして完了。

 作成したデータ等には影響はないが、心配な場合はバックアップを取っておくことをお勧めする。

 昔はこういう作業に1日2日かかっていたものだが、結構苦労したとはいえ、数時間ですんだので良しとしなければなるまい。

 慣れない椅子と机と iMac に疲れたけど。

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2025.01.18

■あの震災から30年

 あの震災から30年。

 大きな区切りの年なので、テレビのニュースがそれで埋まるかと思っていたのだが、まったくそんなことはなく、フジテレビと中居正広の問題やロサンゼルスの火事の報道がメインで、震災報道が片隅に追いやられていたのには驚いた。
 所詮は、東京とは縁の薄い一地方の「ひとごと」であることがよくわかった。「ちょっと近い外国」程度に思われている気がした。

 某有名ニュース番組では、ごく短い震災報道の中心がなんと天皇と皇后だった。阪神淡路よりは、まだ皇室の方が身近なのかもしれない。
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 それはともかく、どこにも公表していない小説もどきの断片がパソコンの中に眠っているはずなので、30年を機にここで供養しようかと思いたち、ふと思いついて念のため検索してみると、震災から20年のとき(すなわち10年前)、既にここで公表していたことがわかった・・・

 いやはや何とも情けないというか恥知らずというか。

 本人すら忘れているくらいだから再掲してもいいのだが、ネットにはリンクという便利なものがあるので、それを利用することにする。

 ご一読くだされば幸いである。

 ■1995年1月17日に寄せて

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2025.01.01

■謹賀2025年

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 あけましておめでとうございます。

 2025というのは面白い数字だということが巷間言われております。

 素因数分解すると、3×3×3×3×5×5

 すなわち、9×9×25

 というか、81×25

 そして何より、かけ算の九九の結果をぜんぶ足す(すなわち1から81まで)と2025になるというのがすごいですね。

 こんな面白い数字はなかなかありません。何か今年はいいことがあるような気がいたします。

 本年も、みなさまのご健康とご多幸をお祈りいたします。

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2024.10.04

◆郵便料金の値上げと「一銭五厘」

 10月1日から郵便料金が値上げされ、はがきが85円、封書が110円になった

 それに関連して書かれた今日4日の天声人語(朝日新聞)を読んで不思議に思った。
 1937(昭和12)年にも官製はがきの料金が大幅値上げされていて、二銭になったというのだ。

 一銭五厘ではないのか?

 若い人は何のことかわからないかもしれない(それでも、歴史の勉強や小説・随筆・ドラマなどを通して知っているのが本来の姿だと思う)が、「一銭五厘とは戦時中のはがきの郵便料金のこと。転じて召集令状(赤紙)1枚で戦場に駆り出された兵士たちを指す」(日本経済新聞20190119)というのが一般的な理解だ。

 徴兵された兵隊が「「馬は三百円、お前等は一銭五厘で幟をたててやって来る!」と、古年兵に叱られ乍ら鍛えられ」(「輜重兵第五聯隊 隊跡馬碑」由来)たというような話は、いわば常識であり、私自身、直接間接に何度も見聞きした記憶がある。

 だが、はがきの料金は、1937(昭和12)年4月に値上げされ、それまでの一銭五厘から二銭になったという。
 であれば、日中戦争が始まったのは1937年7月だから、日本経済新聞の「一銭五厘とは戦時中のはがきの郵便料金のこと」というのは、明白な誤りだ(後記:ただし、満州事変から「戦時中」だと考えれば、最初の1/3ほどは実際に一銭五厘だった)ということになる。
 私自身、迂闊にも戦時中のはがき代は一銭五厘だと思っていた。
(まさか、戦時中に値下げされて一銭五厘に戻ったのか?とも一瞬考えたが、調べるともちろんそんなことはなく、むしろ、三銭(1944年4月)、五銭(1945年4月)と値上がりしたらしい。)

 ただ、「召集令状(赤紙)1枚で戦場に駆り出された兵士たちを指す」というのは誤りではない。戦時中に兵隊たちが(「教育的」効果を狙ってか)「一銭五厘」と呼ばれて軽んじられていたのは、まず間違いのない事実である。
 だとすると、1937年以前の悪しき伝統が受け継がれ、郵便料金が値上げされて(二銭どころか五銭になって)からも、新兵を「一銭五厘」と呼んでいたのだろうと推測できる。

 雑誌『暮しの手帖』の創刊者である花森安治も、徴兵されて実際に一銭五厘呼ばわりされていたことを書いている。特に『一銭五厘の旗』(暮しの手帖社1971)はロングセラーとして有名で、出版から半世紀以上経った今なおすぐに手に入る(本来の表記は『一戔五厘の旗』)。

 花森が召集されたのは1937年秋のことらしく、まさに郵便料金が値上げされて半年後ということになる。ならば、新兵を「一銭五厘」と呼び続けていても不思議ではないし、その後も実際の郵便料金とは関係なく、符牒として継承されたのであろう。
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 ただ、ご存じの向きも多いかと思うが、そもそも召集令状に はがきは利用されていない。戦時中にたくさんの人々が目にした召集令状、いわゆる「赤紙」を検索すればすぐにわかるが、どう見てもはがきではありえない
 実際には、赤紙の送達には郵便は使わず、役場の官吏が対象者(留守の場合は家族)に直接手渡していたという。

 その意味で、「一銭五厘」があくまでも比喩として使われていたということも、いわば常識であった。

 ただ、天下の『日本経済新聞』ですら「一銭五厘とは戦時中のはがきの郵便料金のこと。転じて召集令状(赤紙)1枚で戦場に駆り出された兵士たちを指す」と書いたりして、後半は誤りとは言えないにしても、そういう言説が繰り返されることによって、

「兵隊は一銭五厘のはがきで召集された」

という二重に誤った風説が定着してしまうことになるのである。
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 この件に限らず、私たちが常識だと信じ込んでいることが、事実とはまったく異なることは多い。

 あらゆる「知識」は、つねに仮のものであり、不断の検証を必要とする。

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2024.09.26

■ "I gave at the office." と生成AI

 その昔、アメリカのテレビドラマの『ER 緊急救命室』で、さんざん働かされた医師のカーターが宿直室に籠もり、ドアに "Do not disturb ! I gave at the office !" という張り紙をした話があった。検索したところ、字幕は「起こすな! もう死んでる!」だったようだ。

 この、"I gave at the office." 、当時はいろいろ調べても納得のいく訳がわからなかった。
 文字どおりに訳せば、「私はオフィスで渡した。」ということだが(何を?)、文脈からは、「もうじゅうぶん働いた。」というニュアンスだと思った。
 さっき、家人が見ていたフィールド・オブ・ドリームス(ケビン・コスナー)で、たまたま同じ台詞が聞こえてきたので、この件を思い出し、少し「巻き戻し」て見せてもらったが、字幕には訳出していなかった。流れからは「私はもうこの分野で十分貢献した(から今さら何かをするつもりはない)」という感じだった。

 あらためて、評価の高いDeepL で "I gave at the office." を翻訳すると、「事務所で渡したよ。」「会社で渡した。」「事務所で授賞式を行った。」と出てきたが、どれもヘンだ。Google 翻訳でも同様に「事務所でお渡ししました。」と出る。

 さて、時代は流れ、いまは生成AIというものが存在する。
 3つほどのAIに尋ねると、どれも的確な答を返してきた。中でも秀逸だったのは、Claude 3.5 Sonnet で、以下のような回答であった。

「I gave at the office.」という英語の表現を日本語に訳すと、以下のようになります:
「もう寄付しました。」または「すでに寄付済みです。」
この表現は、文字通りの意味ではなく、慣用句として使われます。主に以下のような状況で使用されます:
寄付や募金を求められたときに、丁寧に断るための言い訳として使います。
実際に職場で寄付をしたかどうかに関わらず、これ以上の寄付や貢献を求められたくないという意思を示すために使います。
より広い意味で、「もう十分貢献した」「これ以上は勘弁してください」というニュアンスを込めて使うこともあります。
したがって、この表現は直訳ではなく、文脈や状況に応じて適切な日本語表現を選ぶ必要があります。

 ここまで気の利いた解説は、これまではその分野に詳しい人間からしか得られなかった。
 それがこうも簡単に的確な説明が得られるようになったとは・・・

 あとは、しれっと嘘をつかないように、わからないことはわからないときちんと返事するようにAIをチューニングするだけで、ものすごく役に立つツールになると思う。
 現状では、嘘をつかれたときに見抜ける分野でないと、使いものにならない。

 だが、何でもAIに聞けばとりあえずOK・・・まで、そう遠くはない気がする。

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