2024.04.30

★今年は能登へ

 ありがたいことに、ゴールデンウィークはいつも○連休という形にできたので、東日本大震災後は毎年のように東北に出かけていた。

 コロナの3年間は行けず、昨年4年ぶりに訪れたときには、ハード的な復興はほぼ終わっていた感があった。
 原発周辺にはまだまだ立ち入れない広い地域が残り、部分的に除染されたところにも人が戻ってなかったりしているし、津波に洗われたかつての生活の場所にはもう戻れない人々も多く、いろいろ困難で複雑な事情や課題は残されたままではあっても、ひとつの区切りは感じられた。

 今年は珍しく、明日(もう今日だが)仕事があり、10連休というわけにはいかない。
 それに、東北もおそらく、昨年と大きくは変わっていないだろう。
 今年は遅かった桜がたぶんこれからあちこちで満開を迎えるのを見られないのは残念だが、東北には行かないつもりだ。

 気になるのは能登である。

 最近はそれほどニュースにも取り上げられなくなってしまったが、明日で発災から4か月になる。

 4か月にもなるのに、能登の背骨(基幹道路)である「のと里山海道」には、派手に通行止めのマークがついたままだ。
 (みなさんも Google Maps で交通状況を表示してみてください。拡大すると、それ以外にもあちこちに通行止めが見られます。)

 初めて大震災後の東北を訪れたときには、地震や津波や原発事故からまだ2か月も経っていなかった。さらに、そう言ってはなんだが、能登半島地震とは比較にならないくらい広範囲で大規模な災害だった。
 しかし、報道から見聞きするかぎり、倍以上の時間が経った能登半島のほうが、当時の東北より、復旧(それどころか片付け!)が進んでいないようなのである。

 とりあえず今年は能登に足を運び、できれば東北と同じように、今後の復興を見届けたいと考えている。

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2024.03.13

●DTP(Desktop Publishing)

 仕事柄というか、若いころからDTP(Desktop Publishing ≒ 机上出版)というものにそれなりに親しんできた。

 それこそ35年以上前、パソコンの性能もプリンタの表現力も今とは比較にならぬほど劣っていた時代から、細く長く付き合ってきた気がする。

 しかしながら、本当の意味での DTP を経験したことはまだない。完成データは渡すものの、結局は印刷所や出版社と打ち合わせをしながら書籍の形にするのが常であった(というほど出版の経験があるわけではないが)。

 そうこうしている間に、Amazon が Kindle Direct Publishing というのを運営するようになり、タブレット端末やスマートフォンで読める電子書籍が個人で簡単に出版できるようになったので、以前、試しにやってみたことがある

 少し労力はかかるが、まさに DTP そのもので、個人の机上(パソコン)で作業が完了する。費用もかからない(どころか、売れれば印税が入る)。

 先日、仕事の本を KDP(Kindle Direct Publishing)から電子書籍(Kindle 版)として出版しようとして、ひさしぶりに KDP にログインしてみると、なんと、紙の書籍も同様に(つまりはちょっとした手間だけで)出せることがわかった。同じように、費用もかからない。

 これにはさすがにびっくりした。たぶん、以前はなかったと思うのだが、どうなんだろう。

 電子書籍として出そうとしていた仕事の本も、とりあえずはやっぱり書籍として出版することにし、さっそく予行演習を兼ねて、かつて Kindle 版を出したものを書籍として出版してみた。

 短編一つだと薄すぎて本にならないので、書きはじめてすぐに挫折していた小説もどきの断章を4つ加え、なんとか体裁を整えた。
 現在審査中だが、うまくいけば2〜3日中には Amazon で購入できるようになる。

 文字どおりの DTP で、やっと時代がここまで来たかと、ちょっとした感慨がある。

 それにしても、ここまで長かったなあ・・・

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 世に「自費出版」というものがある。何十万円か何百万円かを出版社に支払って、数十部から数百部の本を出版してもらうのがふつうだろう。

 しかしながら、KDP(Kindle Direct Publishing)を使えば、一円も使うことなく、一冊からでも出版できる。オンデマンド(注文が入ってから)印刷なので在庫はゼロ、売れ残りの心配もない。
 億万が一、百万部売れても、増刷の手間すらない。
 定価は、印刷費用の1.67倍以上であれば自由に決めることができ、高く設定すればそれだけ自分の収入にもなる。できるだけ安く設定して自分で購入し、友人知人に配ることもできる。

 こんないい話があるだろうか。

 自費出版したい方は、ぜひ KDP の検討をお勧めする。
 もし、「私には難しそう・・・」ということであれば、代わりに私がやってあげてもいい(実際には無理です、すみません)。

 あ、ひとりで出版仲介業が運営できるではないか。けっこうなビジネスチャンスかも(笑)

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2024.02.26

◆「お釣り」雑感

 日曜日の朝日歌壇に

  物買へばお釣りあること知らぬまま幼子育つデジタル社会 (酒田市)朝岡 剛

という歌が掲載されていた。

 身近に幼子はいないが、なるほど、いればそうなるかもしれないと感心させられた。

 息子がまだ幼かったころ、ガレージの前にある水道から水が出せないのを見てびっくりしたことがある。
 カランの栓をひねる旧来のタイプだったのだが、幼いといっても小学校低学年、まさかそんなことができないとは思いもしなかった。
 だが、考えてみると、家のほとんどの水栓はレバーの上げ下げになっていて、ひねるタイプはガレージ前と庭だけだった。保育園の水栓もレバーだったのだろうか?

 昨秋、自宅の水回りをリフォームした際、キッチンの水栓は自動にした。
 これは私自身のことだが、そのせいで、手動の洗面所でも手を突き出して待ってしまうことがある。
 今のところ、1秒以内には気づくものの、あっちもこっちも自動水栓がふつうになれば、手動で水を出す方法を知らぬまま育つ幼子も増えてくるかもしれない。

 さて、お釣りの話。

 最後にお釣りを受け取ったのはいつだろう・・・と考えて、もしかすると昨夏のニュージーランドではないかと思った。
 現金が必要な機会が2度あり、キャッシングで現地通貨を引き出した後、残った10NZDを使って土産物を買ったときに受け取ったお釣りの1NZDがそれで、持っている唯一のニュージーランドドルでもあり、大事に机の引き出しにしまっている。

 それ以降、お釣りをもらった記憶はない。もしほんとうにそうだとすると、半年くらいお釣りを受け取っていないことになる。
 あんまり意識してはいないが、私(たち?)はそういう社会を生きているのだ。

 ニュージーランドのコインが生涯で受け取った最後のお釣り・・・ということになればなかなか楽しいエピソードになるのだが、残念ながらそうはなるまい。
 そうだ!、今後、現金での支払いでお釣りが出そうなときは、家族に支払わせるようにしようか(笑)

 それはともかく、「物買へばお釣りあること知らぬ」「幼子」っていくつくらいなんだろう?

 まだ親がすべての支払いをしている年齢か、それともデジタルデバイスで自ら支払っている年齢か。
 いずれにせよ、その間に、現金で買い物をする数年間があると思うんだけれど・・・

 その際にお釣りの経験を積んでおくことは、意味のあることなのか、それとも、どうでもいいことなのか。

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2024.02.20

◆アンコールワット神殿の向き

 父親が撮影したアンコールワット遺跡(カンボジア)の写真をリビングに飾っている。
 おそらくは、亡父もっともお気に入りの一枚で、パソコンのデスクトップピクチャ(壁紙)にもなっていた。
 朱色の僧衣を着た少年僧が左下に佇んでる。この子も今は高僧になっているかもしれない。

 さて、先日の朝日歌壇に

  クメール朝の石の神殿に印された方位はスマホの磁石とぴったり (東京都)上田 結香

という短歌が掲載されていた。

 「クメール朝の石の神殿」がアンコールワットかどうかは定かではないが、まあその可能性は高いだろう。

 ともあれ、これを読んでまず思ったのは、「そんなバカな」であった。

 ご承知の方も多いと思うが、方位磁石が指す北は「磁北」と呼ばれ、実際の北(「真北(しんぽく)」)とはかなりのズレがある。
 私の住んでいる場所では8°以上西偏している。それだけ違えば、「ぴったり」に見えるはずがない。

 クメール朝の神殿がいつ建てられたのかはわからないが、羅針盤(方位磁石)を利用してそれにあわせたとも思えないので、おそらくは天体の運行から真北を求めて建てられたはずだ。

 ただ、調べてみると、羅針盤は「11世紀に中国で発明され、13世紀末までに全世界に広まった」(wired.jp)とあり、クメール朝は「九世紀から一三世紀にかけてアンコール−ワット、アンコール−トムなどの造営を行な」(日本国語大辞典)ったとあるので、造営にあたって羅針盤を利用した可能性も否定できない。

 でも、せっかく正確に東西南北にあわせて神殿を建てたいときに、たとえば太陽の南中がずれるような建て方をするだろうか。

 そう考えると、たとえ羅針盤を知っていたとしても、真北を基準に建てたのではないかと思える。

 なのに、「スマホの磁石とぴったり」・・・

 と考えて、ハタと思いあたった。もしかして、アンコールワット周辺では、偏角がほとんどないのではないだろうか。

 ネットで調べようとしても、出てくるのは日本の情報ばかり。まあ、日本語で検索するから当然なのだが、信じられないほど細かく調べられていることに感嘆するものの、カンボジアの情報はない。

 しばらくして、世界の偏角を即座に知ることができる便利なサイトがあることを知った。

 そこで調べると、アンコールワット遺跡の西偏は1°未満!
 なるほど、「スマホの磁石とぴったり」になるわけだ。
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 ちょっとした疑問を持ち、これほどすっきり解決するのも珍しくて気持ちが良い。

 あ、でも結局、逆にというか、真北を基準に建てたのか磁北を基準に建てたのかは謎のまま残ってしまった(笑)

 

 追記:

 あとで気づいたのだが、もしかして「スマホの磁石」というのは、実は方位磁石など使っておらず、GPS情報に基づいて方位を示しているのではないか・・・と思いはじめた。
 実際、私の古い iPhone 7 Plus でも、設定に "Use True North"(真北を使う)というのがあり、忘れていたが、私もオンにしていた ^^;
 もしかすると、短歌の作者の上田さんも同様の設定をしていらっしゃるのかもしれない(カンボジアではどちらでも大差ないけれど)。

 ところが、調べてみると、やはり磁石を使っているようだ。Appleのサイト

重要: コンパスの正確さは、磁気的な妨害や環境的な妨害によって悪影響を受けることがあります。iPhoneのEarPodsに含まれる磁石が、ずれの原因になる場合もあります。 

とある。

 それでも、今の iPhone は方角だけではなく、緯度経度や標高まで表示できるらしいので、GPSを使っていることは明らかだ。
 どうして方位には GPS を使わないのだろう? 使えないときだけ磁石に頼るとかでもいいのに(そうなってるのかな?)

 →一箇所に静止している場合、経緯度の変化がなく方位を計算できないため、GPSは方位を示すことができないそうです。

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2024.01.01

■明けまして20周年

 明けましておめでとうございます。

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 昨年(といっても昨日)、ココログにログインしようとすると、ココログ20周年のロゴが出てきた。

 ココログ自体のスタートは2003年12月ということだが、私自身は2004年1月1日から始めているので、今日でちょうど20周年ということになる。

 途中、Twitter やら Instagram やら Facebook やら TikTok やら、いろんな新しいサービスが出てきたが、まだ一応ほそぼそとブログを書き続けている。
 近年は、月に1回くらい、下手をするとそれもない・・・という感じになり果ててしまったが、当初は毎日必ず何か書いていた。
 飽きっぽい私が、まさか20年も続けるとは、我ながら驚きである。
 こうなったら、ブログサービスと命の続く限り、なんとか続けていきたいと思う。

 世界のことは私にはどうしようもないが、せめて今年こそ、個人的にはいい年であったと振り返りつつ終えたいと思っている。

 少なくとも、身近な人が誰もいなくなりませんように。
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 活動の場?は twitter 中心(それもそれほど活発ではありません)になっておりますが、今後ともブログともどもご贔屓をお願い申し上げます。

 そして、何よりも、みなさまのご健康とご多幸をお祈り申し上げます。

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2023.12.31

★「酒塩」の謎

 「酒塩」(さかしお)という耳慣れないことばを知った。
 色葉字類抄(平安時代末期の国語辞書)にも載っている古い言葉らしい。

 手元の辞書では、大辞林のみが「調味料として酒だけを用いる場合の酒。少量の塩を加えることもある。」と定義し、幸田露伴の用例「砂糖が無いから酒塩で煮ると仕やう」を引いている。

 他の辞書は概ね「煮物の調味のために、酒を加えること。また、その酒。」(広辞苑)としている。

 この2つは、根本的に意味が異なる。
 つまり、どちらかが「間違い」ということになる。

 新明解国語辞典は明確に「物を煮る時、しょうゆのほかに少量の酒を加えて味を良くすること。また、その酒。」と定義しており、大辞林の定義と真っ向から対立する。

 個人的には「調味料として酒だけを用いる場合の酒」という興味深い定義に魅力を感じるが、さて、どちらが「正しい」のだろう。

 広辞苑の第7版には、6版にない「②少量の塩を加えた酒。調味料とする。」があるので、ここにもし「③調味料として酒だけを用いる場合の酒。」とあれば、多義であるということで決着がつくのだが、そうはなっていない。


 大晦日に調べるほどのことでもないのだが、用例を探してみると、料理研究家・陶芸家として有名な北大路魯山人の「塩蒸しの製法は、酒塩で煮つめる江戸前もあるが」(東京で自慢の鮑)というのが見つかった。

 これだと「しょうゆのほかに少量の酒」という新明解の定義は間違いで、大辞林が正しそうに見える。
 また、どの辞書も、「物を煮るとき」「煮物」と限定しているが、北大路の用例は酒蒸しなので、やはり大辞林の勝利だ・・・と思ったが、「酒塩で煮つめる」と書いてあるではないか。
 「塩蒸し」なのに「煮つめる」とはこれ如何に。一文の内部で矛盾している。

 もしここに「煮つめる」がなければ、大辞林以外の辞書の定義に、かの有名な魯山人の用例がことごとく違背していることになるのだが、話はそう簡単ではなかった。

 いずれにせよ、これだけでは「調味料として酒だけを用いる場合の酒」(大辞林)とまでは言えない。
 「しょうゆのほかに」「煮物」に酒を加えて「も」、「酒塩」と言うかもしれないのだ。

 さらに用例を当たると、「薄タレニカツホ入レテ、能キホドニ認メテ、シホ・酒塩入レテ」(本朝食鑑)というのが見つかった。
 これだと、タレや鰹の出汁が入ったところに塩と酒塩を入れることになるから、酒塩は、あくまでも一つの調味料として機能する酒であり、大辞林の「調味料として酒だけを用いる場合の酒」とは矛盾する。


 もちろん、語の意味も定義も、時代によって地域によって、さらには人によって変わってくる。少なくとも1000年近い歴史のある語であれば尚更だ。

 用例がもっと集まればさらに考察を加えることもできそうだが、大晦日の午前中としては(というより、今後も)ここまでである。

 こういうのをどこまでも追究するような性格だったら、私ももう少しは大成していたかもしれない。

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2023.11.24

●いずこも同じ秋の夕暮れ

 朝日新聞に「TSMC来ても「経済安保は守られない」 半導体政策失敗の本質とは」と題する記事があった(2023.11.24)。
「TSMCの衝撃」と題する連載の最終回である。

 それは、以下のように結ばれる。

 2021年に衆議院で意見陳述する機会がありました。僕は「経産省が出てきた時点でアウトだ」と言いました。経産省が先導した半導体政策は過去、ことごとく失敗してきたからです。
 失敗の本質は何か。官僚は自分が担当の2〜3年の間に実績を上げてステップアップしたい。実績とはいくら予算を使ったかということで、それを勲章と考える。目に見える最も分かりやすい実績です。
 しかし、予算を使った後は異動してしまい、それが競争力に寄与したのか、誰も分析しない。反省もしない。どんちゃん騒ぐだけです。こうしたことは、もう繰り返してはいけないと思います。

 筆者は、日立製作所に長く勤務して、現在は独立し「微細加工研究所所長」を務める湯之上隆氏だ。

 絶望的なのは、上記の「経産省」を「文科省」に置き換えても、まっっったく同じだということである。

 おそらくは、ほとんどどの省庁名に置き換えても同じようなことだと思われる。

 「もう繰り返してはいけない」「どんちゃん騒ぐだけ」の政策?は、私が知るだけでも四半世紀以上にわたって繰り返されており、現在も進行中である。
 そして、これからも繰り返されることはほぼ確実だ。

 「騒ぐだけ」ならまだいい。むしろどんどん悪くなっていることは、半導体の話をとってみても周知の事実であろう。

 はたして、この国に未来はあるのだろうか?

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2023.09.19

■ニュージーランドで見た鳥

 ニュージーランドはけっこう鳥が豊富だった。街場でも公園でも野原でも、その辺の野山に入っても、日本の探鳥地より明らかに鳥影が濃いと感じた。
 朝食時などにも、宿の窓からいろんな鳥を観察することができた。

 ニュージーランドの鳥といえば、なんといってもKiwi(キーウィ)が有名だし、飛べない鳥が多いというような誤った?イメージがある。

 『地球の歩き方』にも、「New Zealand Bird」というページが巻頭特集にあり、飛べない鳥を中心に9種が紹介されている(うち3種はペンギン)。
 「ニュージーランドで見られる珍しい鳥たち」と銘打っているのだが、その中で見られたのは Pukeko(セイケイ)のみであった。

 もうひとつ、見開き2ページで「ティリティリマタンギ島でバードウォッチング」という特集もあるのだが、これは極端に言えば「舳倉島でバードウォッチング」のようなものである。まあ、オークランドからそれほど遠くはないのだが。
 (なんのことかわからないかたのために解説すると、珍しい鳥が集まっている特別な島にわざわざ出かけてバードウォッチングをする、ということです。)

  その計3ページで紹介されている、ほとんど見られない鳥ではなく、実際に旅行者がよく出くわす鳥も(いや、鳥こそ)紹介してくれればいいのにと思う。
 小鳥から猛禽に至るまで、けっこう多種多様な鳥がふつうにいる。

 というわけで、特に鳥を見にいったわけではないのだが、2週間ほどの間に自然と観察できた鳥の一覧を以下に記す(図鑑掲載順)。
 すべて飛べる鳥で、すべて写真も撮れた。
 (後記:すみません、8番のハヤブサだけ写真がありません。お詫びして訂正いたします。)
 28番のカモは、おそらくマガモとGrey Duck(マミジロカルガモ)との交雑種。

 1 Black Swan コクチョウ
 2 Canada Goose カナダガン
 3 Feral Goose ハイイロガン
 4 Paradise Shelduck クロアカツクシガモ
 5 Black Shag カワウ
 6 White-Faced Heron カオジロサギ
 7 Swamp Harrier ミナミチュウヒ
 8 New Zealand Falcon ニュージーランドハヤブサ
 9 Pukeko セイケイ
10 Spur-Winged Plover ツメバゲリ
11 Red-Billed Gull アカハシギンカモメ
12 New Zealand Pigeon/Kereru ニュージーランドバト
13 Rock Pigeon カワラバト
14 Eastern Rosella ナナクサインコ
15 Welcome Swallow リュウキュウツバメ(亜種オーストラリアツバメ)
16 Silvereye ハイムネメジロ
17 Tui エリマキミツスイ
18 Bellbird ニュージーランドミツスイ
19 Fantail オウギビタキ
20 Starling ホシムクドリ
21 Australian Magpie カササギフエガラス
22 Tomtit ニュージーランドヒタキ
23 Blackbird クロウタドリ
24 Song Thrush ウタツグミ
25 House Sparrow イエスズメ
26 Chaffinch ズアオアトリ
27 Yellowhammer キアオジ
28 Wild Duck sp. カモ sp.

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2023.08.29

★ニュージーランドとアイスランドの共通点

 ここを長い間更新していない。最後に書いたのが義母の訃報で、それがずっとトップになっているのもあんまりだ。

 義母の初盆は無事終え、両親と義姉の一周忌も滞りなくすませた。
 お盆には(ついでのようで申し訳ないのだが)誰のあとにも続かずに両親(と父方の祖父母)の墓に参った。

 そろそろ両親の忌も明けたことだし・・・と思ったわけではほとんどないのだが、ニュージーランド旅行に来ている。

 ここは更新していなくても、twitterは随時更新しているので、ぜひご覧いただければ幸いである。
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 ニュージーランドを1週間ほど回って、アイスランドとの共通点が多いことに気づいたので思いつくままに整理しておく(随時追記)。

0.治安が良い。どちらも世界トップ5とかに入っている。日本より安心なくらい?

1.ごくふつうに英語が通じる。まあニュージーランドに関しては当然なのだが。

2.車が少なく、信号がほとんどない。工事中の片側通行を除けば、1週間でせいぜい数か所か。

3.人口密度が圧倒的に低い。アイスランドより高いニュージーランドでも、日本の71%の国土面積に4.2%ほどの人口しかない。

4.土地の多くが牧草地で羊が多い。ニュージーランドは近年牛が増えているそうで、確かに目立つ。

5.火山国であり、温泉がある。

6.レストランに入ると、黙っていてもお水が出てくる。しかもおいしくてもちろん無料。

7.チップの習慣がなく、内税で、完全明朗会計。

8.カード一枚でほぼ出費をまかなえる。アイスランドは完全に、だったが、ニュージーランドでは今までに2回現金が必要だった。

9.道中に何もない道が続くことがある。北島の中心に位置するタウポから東海岸のネイピアまでの130kmあまりの間にカフェは(たぶん)1軒のみ、トイレも1箇所だけで、ガソリンスタンドはゼロ。

10.物価が高い😢 まあ今回のニュージーランドに関しては円安の影響も大きいだろう。

11.制限速度も高い。ニュージーランドでは、郊外に出るとどんな道でも基本は100km/h。かのアイルトン・セナでもその速度で走るのは無理だと思ったりする。アイスランドは未舗装路!の制限速度が80km/hだった。

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2023.04.07

★訃報は突然に・・・

 朝、義母が病院に搬送されたといって家人に起こされた。

 高齢者住宅に入ってはいるものの、ふつうに立って歩けて食事に文句を言い、時々は卓球に興じるくらい元気であった。
(卓球をしている後ろに常に介護士が立っていることの意味を図りかね、「なんでいつも後ろにおるんやろ?」と当初は訝っていたくらいである。)

 「まあ病院に行ったといっても、またすぐ出てくるだろう」くらいの気持ちでいたのだが、朝食も摂らずにかけつけた家人から来た最初のLINEは「心臓マッサージ中」で、ほどなく、亡くなったと連絡があった。

 儚いものである。


 義母が高校時代に卓球をやっていたというのは知っていたのだが、戦後まもなくの国体(国民体育大会)で優勝!したというのを知ったのはほんの数年前だった。
 「え? それならオリンピックにも出られたのでは?」と思って調べると、当時、卓球はオリンピック種目ではなかった。

 今でも半信半疑だが、Webで検索すると、義母の名前が旧姓で出てくる。

 1月に卒寿を迎えたが、コロナのせいで祝えなかったため、義弟が中心になってお祝いの手紙やら色紙やら花束やらを孫たちも巻き込んでプレゼントしていたのはよかったのだが、5月の連休に予約を終えていた祝いの席には間に合わずに逝ってしまった。

 仕事に追われていた家人にも時間ができ、これから一緒においしいものでも・・・と考えていた矢先だった。


 昨年、両親と義姉を相次いで亡くし、今年こそはいい年になりますようにと願っていたのだが、なかなかうまくはいかないものである。
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 今日は旧暦で閏如月17日、満月は昨日の午後2時だ。閏(うるう)とはいえ・・・

  願はくは花の下にて春死なむその如月の望月のころ

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