2021.08.25

★各国はアフガニスタンの人々も救ってほしい

 新型コロナはもちろんだが、アフガニスタンの情勢も気になる。

 そんなことを私が気にしたところでまったく何が変わるわけでもないのだが、投票行動の一票と同様、みんなが気にすれば少しは変わりうる、そう願うしかない。

 アフガニスタン人の知り合いは2人しかいない。
 2人とも、女性への教育を否定していた旧タリバン政権崩壊後に、留学生として日本にやってきた女性だ。
 来日当初は、何かに怯えるようにいつもびくびくしながら人の顔色をうかがっているように見えたのだが、たぶん思い過ごしではなかったと思う。
 その彼女たちも、だんだんと明るくなって笑顔が増えていき、日本での生活になじんでいったように見えた。
 数か月会わないで再会したときには、髪の毛を覆うスカーフまでしなくなっていたことに驚いたものだ。

 彼女たちも、もう40歳前後になっているだろう。
 特に親しいわけでもなく、こういうことになる前から消息はわからなかったので、現在どうしているかは知る由もない。

 だが、20年ぶりに政権を奪還しつつあるタリバンは、留学経験者を目の敵にしているという報道もあって、心配している。

 彼女たちが国外で幸せに暮らしていることを願う。
 そしてもし、いまアフガニスタンにいるのなら、アメリカ軍でもドイツ軍でもフランス軍でも、あるいは自衛隊の飛行機でもいいから、無事に国外に脱出してほしいと思う。

 各国は、自国民だけではなく、亡命を希望するアフガニスタンの人々も救ってほしい。

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2021.07.31

●小鳥、廉価で預かります?

 春から危惧してこのブログのサブタイトルにしていたが、夏になって文字どおり「国破有五輪 都夏病毒深」である。人災の側面も強く、残念でならない。
 (後記:今日発表された東京都の新規感染者数は、はじめて4000人を超え、4058人、「直近7日間の感染者は1日平均2920人、最も深刻なステージ4(感染爆発)基準の5.8倍」だそうである。)

 それはともかく、明日から8月だなんて、ちょっと信じられない。

 仕事が一段落するのはお盆が終わるころ・・・という生活が十数年?続いているが、まだ慣れない。
 お盆明けくらいが年度前半の仕事の締切に設定されているので、お盆はそれを片付けるのに使わざるをえないのだ。
 まあ、人が多いのは苦手なので、お盆には仕事をしてその後休むというのが定番になっているのは悪くはない。

 ・・・というわけで、まだ仕事は片付いていないとはいえ、ちょっとひと息ついている。
 いつものことだが、やっと休みの計画を具体的に立てはじめた。

 海外には行けないので、手軽に涼しいところということで、昨年に引き続き信州になった。

 首都圏と大阪・沖縄は、8月いっぱい緊急事態宣言のようで、旅行というのも気が引けないわけではないが、万能ではないにせよ、まあワクチンも接種したことだし、そもそもほとんど人とは接触しないので、問題はないだろう。
 あるとすれば、車が大阪ナンバーであることくらいである。「ワクチン接種済」というパネルでも作って貼り付けておこうかと、なかばまじめに考えてしまう。「長野在住」でもいいのだが、ウソはつきたくない。
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 さて、とりあえず宿を2泊分だけおさえたところで、家人が「あ、S(文鳥)はどうするの?」と言った。
 すっかり忘れていた。去年はどうしたんだっけ? それより、バルト三国に出かけたときは???
 「あの時はRくんがいたから」
 「え?」
 就職浪人していた息子がずっと家にいたのである。20代後半のニートも、役に立つときがあったのだ。

 取るに足りない小鳥だが、そんなものでも飼っていると、短期の旅行にもおちおち行けない。
 息子のところに預けるか、旅行中の中日(なかび)あたりに一度来てもらうか・・・

 買えば2〜3千円ほどの鳥を、近所のペットショップに3泊4日で預けるだけで5千円近くする。「お預かり、お迎えは」「営業時間内」なので、出発や帰宅時間のことを考えれば7千円だ。シーズン料金の追加もあるようで、それに該当すれば1万円になる。
 一日一回エサを足して水をやるだけでいいのだから楽な商売だ。

 半額以下で小鳥を預かる商売でも始めようかな?

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2021.05.23

■兵庫県三田市の母子大池は一周できません

 兵庫県三田市の母子大池(もうしおおいけ)を一周しながら、「母子大池は一周できますがお勧めしません」という文章を書こうと考えていた。

 比較的整備されたハイキング道のような道が池を囲んでいるのだが、倒木をくぐったり跨いだりが20〜30回、川(というかせせらぎ)を渡るのが数回、そして、半分を過ぎて、これなら一周できるまで道が続いているだろうと確信を持てたころに現れたのが、鹿よけのためとおぼしき網であった。Img_9821_20210523210101

 ここまで来て引き返す手はないと思って何とか網を跨いで進むと、その後に同じような網が10回ほど行く手を阻んだ。

 歩くのに必死で周囲を見回す余裕はあまりないが、それでもキツツキのドラミングや、センダイムシクイ・ホトトギス・ツツドリの声を聞きながら自然の中を歩くのは悪くはない。

 ばさばさっともの凄い音がしたと思ったら、私に驚いたカルガモが飛び上がって逃げていくところだった。
 同じように、蛇やトカゲも慌てて池に逃げていくことがあった。
 ときおりドボンドボンと音を立てているのはカエルであろうか。

 話は戻るが、せせらぎは、どうしても水の中を歩かないと渡れないところが2箇所はあった。そして、プラスティックの筒でできた黒い一本橋を渡る必要にも迫られた。細い丸木橋?を渡ろうとしたら、向こう岸側でボキッと折れたりもした。Img_9826 Img_9816
 極めつきは、鹿よけの?網。お勧めしない所以である。

 だが、これほど整備された(ように見える)道があるのだ。しょっちゅうだれかが歩いていないとこうはならない。まあ、これから夏になると、草木が繁ってますますお勧めできない道になりそうではある。
 「水源涵養林」や「保安林」の表示があったが、作業の人が頻繁に歩くようなところではない。いったいだれが歩いているんだろう?

 困難や苦労から逃げまわり続けている私の人生において、十指に入るくらいの冒険であった。
 なにせ、どこまで道が続いているかまったくわからないのだ。倒木や川や柵や崩落や・・・で行く手を阻まれれば、えんえんと元の道を引き返すしかない。

 だがまあ幸いなことに、2時間近く四苦八苦して、やっとスタート地点まで戻れた・・・と思った。

 「一周できた、引き返さなくてすんだ・・・」という喜びはひとしおである。

 ところが、最後の最後に大きな罠が待っていた。

 5mほど前にいる親子連れ、10mほど先に見える自分のオートバイとの間には、絶対に誰も通さないぞと頑固に主張する柵があり、それを乗り越えたとしても、またすぐ先に有刺鉄線があるのである。

 柵にはこちらからは見えない看板があったので、身を乗り出して裏側を見ると、「立入禁止」とある。
 いやいやいや、ここに来るまで、立入禁止はなかったのだ。ここから出られないなら、私が来た方もきちんと立入禁止にしておいてほしい。

 そうはいっても、ひと一人くらいならどこかから出られるだろうと高をくくっていたが甘かった。柵はあくまで徹底しており、先に進んで門を見つけても、チェーンに南京錠がかけられていた。その先にも柵は続いている・・・

 いやしかし、苦労してやっとここまでたどりついた道を、またこれから2時間かけて引き返すという選択肢はどう考えてもない。
 時刻も16時30分になろうとしているし、それよりなにより、オートバイまではたった10m、それと私を隔てる川にも、今日いちばん立派な橋が架かっているのだ。以前は、この橋を渡ってこちら側からも一周散策ができていたのだろう。Img_9839

 しばらくうろうろしたり考えたりしながら、とにかく何とかこの柵と有刺鉄線を超えるしかないと腹をくくった。

 結果としてはたいしたことはなかったが、なんとか柵を超えられるところを見つけ、有刺鉄線はくぐることができた。

 倒木くぐり(またぎ)や一本橋や渡渉や崩落や網や柵や有刺鉄線を乗り越えて、完全に無事に戻れたのはちょっと奇跡的な気がする。

 つい最近、「ため池に落ちると命はない。泳げるとか泳げないとかの問題ではない。岸にたどり着いても陸に上がれないのである」という記事を読んだばかりだ。
 このため池も、いかにも上がれなさそうな岸だし、携帯はほぼ圏外である。短い散策路を外れてからは、まったく誰にも会わなかった。

 下手をすると、誰にも知られずに、ここでひっそりと死んでいたかもしれない。Img_9810

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 母子大池は一周できません。ロックフィルダム?の上から少し奥に入って雰囲気を味わい、引き返してくるのが吉です。

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2021.05.07

■緊急事態宣言中の伏見稲荷

 休暇を取って11連休にしているのだが、晴れた日はなぜか家でダラダラしてしまう。

 いや、晴れていなくてもダラダラしているのだが(今日だ)、晴れると「もったいない感」が強く意識されやすい。

 昨日は珍しく早く目覚めた上に天気もよく、平日でもあったので、「今日出かけなければいつ出かけるのだ」と思いながらも、なかなか重い腰が上がらなかった。

 行きたいところが見つからないのがもっとも大きな問題なのだが、「そうだ、伏見稲荷に行こう!」と思ってからでも、「やっぱりやめようかな」とのせめぎ合いが激しく、結局、家を出たのは正午前になってしまった。
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 実はというか、伏見稲荷には長い人生で一度しか行ったことがなかった・・・と書いて気づいたのだが、金閣だって清水だってたぶん2〜3度しか行ったことがない。そのうちの一回は小学校の遠足とか、である。

 まあそれはともかく、伏見稲荷に初めて行ったのが昨年のこの時期であった。

 なぜかほとんど存在も知らなかったのだが、外国人観光客の人気ナンバー1だとかなんとかいう話をマスコミやネットで知り、しかし人が多いのは苦手なので縁がなかったところ、緊急事態宣言中なら人も少なかろうと足を運んだのである。

 当然のことながら、入国を厳しく規制されている外国人観光客はたしか皆無で、そもそも人もほとんどおらず、静かな環境を堪能できた。
 人のまったく写らない千本鳥居など、コロナ禍でなければ撮影不可能だろう。

 稲荷山の頂上まで行きたかったのだが、家人が一緒だったので却下され、三ツ辻の少し上で市街の展望を見下ろして引き返した。

 比較的行きやすいし無料駐車場はあるし・・・ということで、またすぐ来て頂上まで行こうと思いつつ、一年が経ってしまったのである。
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 今回は、家人は仕事が忙しいとかで来なかったので、一人だ。
 連休中もほとんどずっと家で仕事をしているが、どれだけ仕事が多いのか、あるいはこなす能力が低いのかとあきれるばかりである。

 状況は去年とまったく同じ、緊急事態宣言中のゴールデンウィークの平日。
 いや、近畿の感染状況は比較にならないほど悪くなっている。大阪の日々の感染者数は、昨春は最大でも100人に満たなかったのだが、現在は1000人を超えている。
 それでも、今年のほうが人出は多かった。

 とはいえ、昼食に入った蕎麦屋の客は私を含めて3人だったし、相変わらず、人のいない風景を写真に撮ることも可能な程度だったが、去年に数倍する人がいた。
 まあそれでも、前後数十メートルに人がいない状態にできるし、2〜3分歩けばだれかとすれ違う・・・という程度で、感染の心配などはほぼ皆無である。

 ただ、去年は見かけなかった外国人も数組くらいは見た。言葉から推して、けっこう多様な国籍の人々である。
 来日できずに苦労している外国人を何人か知っているので、彼らがどうやって日本に来たのか、あるいは日本在住なのか聞きたかったのだが、そういうわけにもいかない。

 頂上までは概ね登りが続くとはいえ、稲荷山の標高はわずか232m、たいしたことはない。
 ただ、この年齢に極度の運動不足、さらにマスクが加わると、それなりの苦行である。マスクを外すと、明らかに楽になる。
 幸い、人が少ないので、呼吸が苦しくなるたびにマスクを外していた。
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 神社仏閣を再訪したいという気になることはほとんどないのだが、この伏見稲荷は例外である。
 山全体が境内になっていることがその理由なのだろうが、それなら各寺社の「奥の院」などへ足を運べば同じことのはずだ。
 ただ、ほとんどの奥の院は生の自然の中にあり、道のりもそれなりに険しい。伏見稲荷は、連続する鳥居と点在する寺社、それに比較的なだらかな参道が魅力なのだと思う。

 キビタキとオオルリが鳴き、センダイムシクイは姿も見られた。

 気になったのは、少し蚊に悩まされたこと。これからの季節はちょっと厳しいかもしれない。去年いなかったのは、三ツ辻までだったからだろうか。

 今度は季節を変えて再訪したいと思うのだが、さてどうなるか。来年の秋とかだと人出が多くなるかもしれないので、今秋あたりが最後のチャンスかもしれない。

 コロナ禍にも利点がないわけではない。

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2020.10.31

◆何度目かの Sleepless in Seattle

 3年ぶりにどこにも行かない秋休みを過ごしている。

 3年前は、家人が新しく買った車の練習に付き合わされていた。
 一昨年は、ひょんなことから函館に飛び、昨年は富士箱根伊豆を回った。
 今年は、いまのところ、結局どこにも行きそうにない。

 昨日は、家人が近年行っていない場所へ車で行くための練習に付き合わされた。

 今日は快晴なのだが、なんだか出かける気もしないので、Amazon Prime Video で何か見ようとあさっていると、Sleepless in Seattle(めぐり逢えたら:トム・ハンクス、メグ・ライアン) が目に入ったので、それを見ている。
 他に食指の動くものがなかった。

 見ていると、記憶に残っている台詞が多くて驚く。3回は見ていないと思うんだけれど、もしかすると見たのかもしれない。

 今回は、キャストの名前がずらずらと出てくる最初のところでまずびっくりした。

 ロブ・ライナーが出ているのである。今まで知らなかった。

 どこで出てくるのかと思っていると、トム・ハンクスがシアトルに引っ越した後の建築仲間で、デート指南をする太った友人がそうだった。
 cute butt とか Tiramisu とか、印象的な台詞が出てくる場面だ。
 2人が話しながら降りていく坂は、9年前にシアトルに行った時に通った場所だという気もする。

 同じ映画を何度も見る趣味はないのだが、新しい映画を探してがっかりするよりは、名作だとわかっている映画を見直して懐かしむとともに、なにか新しい発見をするのもいいかもしれないと思った。

(Sleepless in Seattle, 1993 U.S.A.)

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2020.10.16

◆『ロープ 戦場の生命線』(原題:A Perfect Day)

 映画はコンスタントに見ています。

 手間を厭ってここでご紹介することはほとんどなくなっていますが、これはどうしても紹介したくなりました。

 『ロープ 戦場の生命線』(原題:A Perfect Day)です。

 この邦題は、例によっていただけません。

 舞台は戦場ではありませんし、発砲も爆発もありません。画面内で人が死傷したりすることもありません(ただし、死体は出てきます)。
 ロープは確かに鍵となるアイテムではありますが、それが生命線という文脈でもありません。

 一方で、原題の"A Perfect Day" にこめられたシニカルなユーモアは、なんともいえないよい味を出しています。

 舞台はバルカン半島のどこか。戦争がいちおう終結したあと、和平協定が結ばれた地域に入って援助活動をするNGOの多国籍チームが主人公です。

 何者かによって井戸に死体が投げ込まれ、村人の「生命線」である水の確保が困難になりました。
 NGOは、ロープを使って引き上げようとしますが、それが途中で切れてしまいます。
 そのため、ロープを探しに出かけるのですが・・・

 なんといっても、シリアスな状況を皮肉な笑いで包みこみながら人道支援をする登場人物たちが素晴らしい。
 その彼ら彼女らが、理想に燃えた美しい存在としては描かれていないところに、えもいわれぬリアリティがあります。

 私の筆力ではとても紹介できませんね・・・

 何はともあれご覧ください。私が今年見た、軽く100は超える映画の中で1番の傑作かもしれません。

(A Perfect Day, 2015 Spain)
(台詞はほとんど英語ですが、多様な言語が飛び交う点もすばらしいですね。)

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2020.10.04

◆陸海空を制覇?しようかな

 先日、自動車の合宿免許取得がGoToトラベルキャンペーンの対象になることをネットで知った。
 どうせ取るならこの機会に取るといいなあ・・・と思ったが、取りたい自動車免許はもはやない。

 残念に思っていると、ニュース番組で船舶免許も対象であることを知った。そりゃそうでしょうね。
 でも、船舶免許を取ろうなどと思ったことはほとんどない(弟が持っているため、ちらっとは考えたことがある)ので、思いつかなかった。

 調べると、飛行機で沖縄まで行って取っても、ふだん淡路島で取るより安い感じだ。

 でもなあ・・・免許だけあっても、船がなければどうしようもない。
 今だって、免許はあっても飛行機がないからどうしようもないのだ。

 まあ、飛行機は将来、アメリカとかハワイとかグアムなんかで(ぜんぶアメリカですね・・・)インストラクターを横に乗せて借りて飛ぶとかを考えている(カナダやヨーロッパもいいなあ)。

 船だって借りられないこともあるまい。

 それに、免許なんか使う予定はなくても、沖縄に体験型の観光旅行に行ったと思えば、何とか許せる金額である。

 うん、その考え方はちょっと魅力的だ。

 日本中、わりとどこに行ってももはや感動はほとんどなく、車で走り回って帰ってくるだけの旅行でも何万円もかかってしまう。

 それに!、船舶免許をとれば、自動車・二輪車・飛行機・ダイビング・船と、陸海空を制覇?したことにもなる。
 そんなしょーもないことにちょっとした価値を見いだす愚かな男であってみれば、あながち真面目に考えないこともない。

 どうしようかなあ・・・ 面倒くさいし、その価値があるかなあ・・・

 行けるとすれば連休に絡めてしかないのだが、幸か不幸か、すでにまとめて有休を取っている。

 連休で混んでいるから無理だろうか。
 だとすると、予約が取れなければ縁がなかったと思って諦める、取れれば行く・・・というのもいい。

 こういうどうでもいいような小さな運を、天に任せるのはけっこう好きなのである。

 あ、船酔いするんですが、それは・・・

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2020.09.08

■Stand by Me と Labor Day

 何かいい映画はないかと Amazon Prime Video の作品を眺めていたが、どうもいいのがない。

 見たくなるようなのはほとんど見てしまっているし、見ていないものは見る気になれない。

 そんな中、『スタンド・バイ・ミー』が目に入った。
 ものすごく有名な映画だし、主題歌も大好きなので、よく知っている気になっているが、どんな映画だっけ?と思い出そうとしても、子どもが4人で線路を歩く・・・ということくらいしか思い出せない。

 鑑賞中に思い出したのも、橋の上で列車が迫ってきたときに主人公が Train ! と叫ぶ場面と、パンツの中に入ったヒルを取り出して失神する場面くらいである。
 最後に死体を見つけたのかどうかすら、覚えていなかった。

 まあ、たぶん30年以上も前に見たんだろうから、当然といえば当然だが、自分の記憶力のなさにはちょっとげんなりした。
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 見終わってまず驚いたのが、スティーブン・キング原作で、ロブ・ライナー監督だったこと。特に前者。へぇぇぇ。

 そしてなんと! 見た日が偶然にも、アメリカの Labor Day であったことに、後で気づいた。

 大きな?冒険をした4人がオレゴン州キャッスルロックの町に帰って来るのがレイバー・デイ前日の日曜日である。
 それは、ひと夏の終わりであると同時に、主人公たちにとっては小学生の終わりを意味する。

 そして、映画の最後で

"I never had any friends later on like the ones I had when I was twelve.  Jesus, does anybody?"
(12歳の時のような友だちは、その後2度と持てなかった。だれだってそうだろ?)

というほどの3人の友だちも、うち2人はほどなく

"As time went on we saw less and less of Teddy and Vern until eventually they became just two more faces in the halls."
(時が経つにつれて、テディやバーンに会うことはどんどん少なくなり、とうとう、学校で見かけるその他大勢の中に2人がいるという程度になってしまった。)

というような存在となっているし、一緒に進学コースに進んだクリスとも、彼が死んだ時点で10年以上会っていない。

 ひと夏の終わり、小学生の終わりは、たとえ、小さな町で中学生へと続くだけの途上であっても、実際には大きな終焉を意味するのだ。
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 30年の時を隔てて、記念すべき Labor Day に見た Stand by Me は、同じような年が繰り返される日常にあって、どれほどの大きな終焉を幾度となく迎えてきたかを考えさせられることになった。その終わりにもほとんど気づかないうちに。

 日本で区切りなく暮らす身には、小学校卒業後のレイバー・デイの感慨はないにしても、やはりまた、何かが終わる季節なのだと、似合わぬ感慨にふけらざるをえない。

(Stand by Me, 1986 U.S.A.)

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2020.07.10

●とにかく被害の少なからんことを

 水害が続いている。

 わりと旅行が好きなので、今ではすべての都道府県を訪れたことがあり、必然的に、被災地を知っていることが増えた。
 東北の津波の時には、かつて泊まった東松島のペンションが跡形もなく流されたりしている。現地に行って場所を探し当てても、そこがそうだとはどうしても確信できなかった。

 今回特に気になったのは、熊本県の人吉市である。

 泊めていただいた古い旅館はテレビで見かけなかったが、被害状況から察するに、無事であるはずがない。
 新型コロナ禍のあとにこれでは、存続すら危ういのではなかろうか。

 4年前の九州旅行で唯一の贅沢をした老舗の鰻屋の方は、無惨な姿を何度か画面で見ることになった。
 不幸中の幸いで人的被害はなさそうだが、お店は滅茶苦茶、秘伝のタレも使えなくなってしまっている。
 たったいちど訪れただけのご縁ではあるが、人生で2〜3回しか経験のない老舗の鰻重であり、思い入れは浅くない。
 一日も早い再開を祈る。
 
 これまでもこれからも、あそこもそこもここも、とにかく被害の少なからんことを祈るしかない。無駄な祈りとは知りつつも。

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2020.05.23

■macOS Catalina と Novel Coronavirus によせて

 先日、遅まきながらメインマシンである MacBook Air の OS を 10.15 Catalina にした。

 Catalina にすると、いよいよ 32 bit のアプリケーションがまったく使えなくなるため、しばらく見送っていたのだ。
 その中でも、ATOK と ScanSnap は痛い。その2つを新しくし、その他にはなんとか目をつぶって、とうとうアップデートした。

 理由の一つは、iPad を2画面目のモニタとして使うには Catalina が必要だとわかったことだ。

 できて当然、だれもが想定するだろうことが、やっとできるようになったのである。
 ただ、実際に ZOOM(ビデオ会議用ソフト)を使いながらやってみると、MacBook Air の負荷が大きく、無音が美点のノートパソコンのファンが唸りを上げ、うるさくなって熱を持つので、ちょっと常用に耐えない気がしている。

 それはともかく・・・

 macOS Catalina の名前の由来と、そのデスクトップピクチャが、カリフォルニア州ロサンゼルス沖のサンタ・カタリナ島であることは知っていた。
 パソコンの画面写真を見ると、島というよりは、海から突き出た岩山である。どう見ても無人島に見える。

 初めて島の姿を知って、ふと、こんなところに空港があるのだろうか、という疑問がわいた。
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 さて、タイトルをお読みになって、macOS Catalina と 新型コロナウイルスに何の関係があるのかと訝しくお思いになったかもしれない。

 先日、尊敬する先輩と山道を歩いていて、コロナ差別が話題になり、「そういえば、そのものズバリ、「コロナ」というトヨタの車がありましたよね」という話になった。

 うちの父親が初めて手に入れた車がコロナであり、私にとっても初めての自家用車(とはいっても運転したことはない)だというのに、その時まで、コロナ(車)のことを忘れていた。
 むしろ、「トヨタのカローラ(車・花冠)の語源はコロナ(ウイルス)と同じだよなあ」とか思っていた。どうしてコロナ(車)のことを思い出さなかったのか不思議でならない。

 そして、Catalina に触発されて、忘れるはずのないもう一つのコロナを思い出した。カリフォルニア州のコロナ市にある空港である。
 アメリカで飛行機免許を取ったとき、もっとも離着陸回数の多かった空港が、このコロナ空港だった。燃料も、いつもここで入れていた。

 本拠地は少し北のチノ空港だったのだが、コロナはノンタワー(管制塔なし)のいわば野良空港なので、気軽に使えて便利なせいか、よく訓練に利用していた。
 Catalina という名前がその時のことを想起させ、「そうそう、あれもコロナじゃないか」と思い出したのだ。

 なぜ、Catalina がコロナを思い出させるのか。

 それは、Catalina 空港と Corona 空港で使われる航空無線の周波数が同じで、距離もそれほど遠くない(いま調べると100kmくらいだ)ことから、Corona で飛んでいると Catalina の無線が聞こえてくるからである。

 こちらが "Cessna 77R now on final, runway 25 Corona"(セスナ77Rは現在コロナ空港滑走路25に向けてファイナルアプローチ中)などと言っていると、同じように、"Cirrus 55T now on final, runway 22 Catalina" のような無線が入る。

 "Runway 25 Corona" や "Runway 22 Catalina" は、ファイナルに限らず、何度もレポートされるので、今でもはっきりと耳に残っている。

 ・・・といいつつ、Santa Catalina 島の写真を見て、「こんな岩山のどこに空港が・・・」と思うまでは、Corona(空港)のことはすっかり忘れてしまっていた。

 オーストラリア人のコロナ君がその名前のせいでいじめに遭っていて、新型コロナ感染症にかかったトム・ハンクスが、コロナ君からお見舞いにもらった手紙に返事を書いたというのは有名な話だが、カリフォルニア州のコロナ市も、町ごと差別されたりしていなければいいんだけれど(まさかね。でも、からかいの対象とかにはなっているような気がする)。

 コロナ(車)もコロナ(空港)も、忘れるはずのない思い出深いものなのだが、これだけコロナが騒ぎになってもすっかり忘れていたのが不思議だ。
 もちろん、いったん思い出すと、思い出は後から後からいくらでも湧いてくる。

 オーストラリア人でなくても、今どきのことだから、日本人にだってコロナ君とかコロナちゃんはいるかもしれない。
 いま、新しい ATOK で変換したら、胡呂那と頃奈が出た。おそらくは人名ではなかろうか。

 願わくは、再開した学校で、コロナ君/ちゃんがいじめられたりしないことを。
 そして、あらゆる誹謗中傷や差別がなくならんことを。

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