2020.11.29

●謎のB型肝炎

 職場の健康診断で息子が「B型肝炎の疑い」を告げられた。

 「C型肝炎」の欄には「著変なし」と書いてあった。

 だが、結果の紙を隅から隅まで詳しく見ても、どうして「B型肝炎の疑い」があるのか、逆に、なぜC型肝炎の疑いはない(「著変なし」って妙なギョウカイ用語だけど)のかがわからない。

 なにしろ、抗原検査や抗体検査をした形跡自体がない!のである(いわんやDNAのPCR検査をや)。

 なのになぜB型肝炎の疑いがあり、C型肝炎のそれはないと判断できるのか。

 確かに、肝臓検査の項目のうち、ひとつだけがほんの少し、基準値を超えている。息子の年齢では珍しいだろう。
 しかし、その項目で考えられる疾患をいくらネットで調べても、肝炎は出てこない。

 その時点で考えたのは、健康診断で出た種々の数値を総合的・俯瞰的(冷笑)にAIが判定し、疫学的?に「こういう場合はB型肝炎の疑いがある」と判断したのだろうか・・・ということだった。

 でもまあ、素人判断だとはいえ、健康診断の結果をどう見ても、「B型肝炎の疑い」など感じられない。
 その時点で、「99.9%間違いやで」とLINEで伝えたが(フォーナインにするほどの自信はなかった)、現状では治癒しない疾患だし、感染症でもあるし、心穏やかではいられなかった。
 愚かな息子はB型肝炎がどんな病気かも知らず、ひたすら怯えて「入院なんていやだよ」とか言っている。
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 昔は予防接種の注射針を使い回したりしていたため、医療行為が原因の肝炎がかなりの広がりを見せている。

 今でも鮮明に覚えているのだが、私の小学校時代の集団接種の折りには、ワクチンの入った透明のガラスシリンダに青いピストンの注射器をトレーのうえにずらりと並べ、1本で3〜4人に接種していた。
 私は幼いころからどちらかというと潔癖症なので、他人の体に刺した針をまた自分に刺されるのが嫌でたまらず、ちょうど新しい1本になったところで自分の番が来ることを、毎回切に祈っていたものだ。

 数十年前とはいえ、小学生でもわかるような「汚い」行為が感染を引き起こす可能性について、政府から末端の医師までの誰もが思い至らなかったというのは、恐るべきことである。
 いや、もしかすると「その針、イヤや。新しいのんに変えて」と言い出せなかった小学生同様、厚生省などの方針に大人も口を出せなかったのかもしれない・・・とも、今では考える。

 いずれにせよ、結果として、多くの人々を肝炎や肝癌で苦しめ、時には死に追いやり(大学の同級生のひとりも、妻子を残して若くして死んだ)、最高4000万円を被害者に給付するというような仕儀に陥っている(予防接種だけではなく、輸血や血液製剤によるものも同様だ)。
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 さて、B型肝炎の代表的な感染経路は、母子感染・血液感染・性感染である。詳細は省くが、息子は間違いなく(親が断言できるところが情けないのだが)、このどれにも該当しない。

 ただひとつの可能性は、医療行為による血液感染である。特に、今年1月に比較的大きな手術を受けているので、それが怪しいといえば怪しい。

 だが、一流の大学病院で執刀された2020年の手術で、肝炎に感染したりするだろうか?

 手術前には緊急時の輸血のためにあらかじめ自己血を採血しているのだが、それすら使わなかったと聞いているし、ましてや他人の血液は使っていない。
 (もちろん、仮に使っていたとしても、現在ではきちんとスクリーニングされていて、輸血で感染する確率は極めて低い。)

 可能性としては、手術に使った器具が汚染されていたか・・・

 考えても仕方がないのだが、万一感染が確定した場合、大学病院を相手に訴訟を起こすことになるのだろうか、でも、どうやって手術による感染(それ以外の感染経路はないこと)を証明できるだろう? どう考えても不可能だ・・・などという思いが頭をよぎる。
 手術をした病院に息子が「B型肝炎の疑い」を告げると、「それはすみません」(たぶん何気ない挨拶のようなものだろう)と言われたというのだが、まさか、集団感染で同様の訴えが相次いでいるのではあるまいな・・・と、あらぬことまで考えてしまう。

 病気そのものの心配に加え、感染源のミステリー、さらには今後の取り越し苦労までを折り込んで、落ち着かない10日間ほどを過ごすことになった。
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 職場の人に勧められた(なんと息子は、すでにB型肝炎(の疑い)をカミングアウトしていた ──保健所が匿名で検査してくれるような疾患なのに)という医院で検査を受け、結果が出たのが昨日の午前である。

 結果はまさに予想どおりであった。

 5種類もの抗原・抗体精密検査はすべて陰性で、医師によると「陰も形も、ウイルスが存在した痕跡もない。何をもって「B型肝炎の疑い」などと診断されたのかも心底わからない」ということだったそうだ。

 後半は私の診断?と同じである。

 ほっと安心したものの、ミステリは残った。

 ほんとにいったい、「何をもって「B型肝炎の疑い」などと診断された」んだよ(怒)

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2020.07.24

●銀行の落日

 血のつながっていない甥が、政府系金融機関から就職の内定を得たという。

 コロナ禍で採用を絞り込んでいる企業も多い中、よかったなあという話をした。

 実際、なかなか決まらずに本人も悩んでいたらしい。
 結局、内定が出たのは2つだけだったというので、父親である義弟に(甥本人は今も東京にいる)「もうひとつはどこやったん?」と聞くと、「〜銀行」だという。
 「え、あの〜銀行?」「そうや」

 日本で一二を争うメガバンクである。

 それを蹴って、「そんな組織あったっけ?」感のある政府系金融機関に就職するというのだ。

 その選択も驚きだったが、義弟がそれを当然だと思っているふうなのにはもっと驚いた。

 半沢直樹を持ち出すまでもなく、義弟や私の世代にとって、都市銀行(のちのメガバンク)に就職するのは、高級官僚になるのと並ぶ花形であった。
 それを蹴って別の就職先を選ぶなど、ちょっと考えられない。

 「知ってるやろ、もう銀行はあかんねん」と義弟。

 確かに、ATMの共用化や支店の統廃合、大幅な人員削減等、メガバンクをめぐる情勢は厳しさを増している。ネットバンクなどの台頭も著しい。
 会社勤めをしている義弟は、私なんかよりそのことを実感しているのだろう。

 それにしても・・・と思う。就職先に苦労していた学生からメガバンクが袖にされるとは。
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 それなりの年齢になってきたが、「世の中も変わったなあ」とか「最近の変化にはついていけない」とか思うことはまずない。
 でもこれは、珍しくそんなふうに感じさせるできごとだった。

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2020.05.02

■いきなりの初夏 ──近況のご報告

 「うわっ、もう5月だ」と思ったのが昨日。

 夜にはニュースで「熱中症にご注意ください」とか言っていて、4月30日の晩は冬用のパジャマに羽毛布団、上から毛布まで掛けて寝たのに、いきなり熱中症なのか、と驚いた。
 確かに、1日の昼に買い物に出たときにはすでに、夏の格好でも汗ばむほどであった。

 ちょうど5月1日から初夏で、わかりやすくていいんだけれど。
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 4月中に何か一つくらいは書かなければと思っていたのだが、とうとう飛ばしてしまった。
 このブログを始めてから16年あまりで、おそらくは初めてのことである。

 桜だって、見にいったのは1回だけだ。
 3月の下旬には紀伊半島や四国南部まで桜を迎えにいき、その後4月中旬の京北まで、ほとんど毎週のように花見をするのが通例になっていたのに、今年はできなかった。

 今だって、本来なら、東北のどこかの道の駅で車中泊をしているか、当日見つけた安宿でくつろいでいるかのいずれかであったはずだ。
 今年は早かったからどうかわからないが、年によっては平地でも、たとえば八郎潟や角館や弘前などの桜がみごとだし、山に登れば確実に満開の桜に出会える。
 そうして、「今年の桜」に別れを告げるのが恒例になっていた。

 思えば、2011年に加え、2015年からは5年連続で、ゴールデンウィークは東北に出かけていた。その記録?がこんなことで途切れるとは、もちろん、予想だにしていなかった。
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 4月はご多分にもれずてんやわんやではあったが、例年の年度初めに比べて特に忙しかったという実感はない。
 ただ、ルーティーンではないことが多かったので、いろいろとばたばたしていたような気はする。

 まあ、何であっても慣れないことをするのは新鮮で楽しいので、特に負担は感じなかった。
 基本的にすこぶる面倒くさがり屋でものぐさなのだが、新しい経験ならいちおうは歓迎である。

 困ったことといえば、ただでさえふだんから多いメールの数がさらに増えたことくらい。ときどきは職場のサーバにつながらないレベルで増えた。
 イレギュラーなことばかりなので、いろんな部署から種々のメールが雨あられと届くのだが、そもそも読む必要があるのか見極めるだけでも → 読むだけでも → 返信するだけでも → それで仕事が増えればなおさら・・・という感じで、例年ならやらない仕事量はたしかに増えた。

 一方で、この1か月で職場に出たのはせいぜい3〜4回なのだが、それでほとんど何の不自由もない。

 なあんだ、そもそも仕事になんて行かなくてもよかったんじゃないか、というくらいのものである。

 連休明けにはこの状態は解消するか・・・という感じで始まった新年度だったが、もはや夏まではこれが続くことが決まり、新たな日常をデザイン(すみません、ちょっと使ってみたかっただけです)しなければならなくなってしまった。

 息子がいなくなって微妙なバランスが崩れたところへ、夫婦2人ともほとんど在宅みたいになったので、老後の予行演習みたいなところがある。
 なんだかんだ言っても、いつもとは違うストレスも(気づかなくても)抱えているだろうし、世間でコロナDVやらコロナ離婚やらが取り沙汰されているのも故なしとしない。

 意識して気をつけなければと思う。
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 某地方公共団体に勤めはじめた息子は、お蔭さまで上司や同僚にも恵まれ、わけがわからないままとりあえずやってみなさいとの指導方針の下、意味のわからない単純作業にいそしんでいる(らしい)。
 私と同じく、じっくりと頭を使うのがきらいで、単純作業ならいくらでもやっていられるというタイプなので、ぜんぜん苦にならないようだ。

 食事のことを心配していたが、地下の安物の職員食堂が「どっちゃうまい」と喜んでいて、しかも昼休みですら混んでいないらしく(そんなことがありうるのか)、ひと安心である。
 顎はまだまだ元通りとはいかないが、もうふつうのものは食べられるようになっている。今日はカナダ産のポークフィレ(安い!)カツをがつがつと食べていた。
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 たいへんな思いをしていらっしゃる方々も多い中、桜が見られなかったり東北に行けなかったりするくらいのことで、なんだか申し訳ない限りである。

 ・・・ただ、私が生涯でたった3回、ひとなみに投資を始めたタイミングで、3回とも!、バブル崩壊・リーマンショック・コロナショックと、すべてたいへんな目に遭っている(しかもその都度、損失が増大している)ことに免じてお許しいただければと思う(違うか)。

 それはそれとして、いろんなことでお困りの皆さまには、ほんとうに心よりお見舞い申し上げます。

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2020.03.29

●縁

 息子が就職してひとり暮らしを始める。

 わりと近くだし、荷物も多くないので、引っ越しという感じではない。

 それでも、それなりに運ぶものはもちろんある。大物としては、新しく購入した組み立て式のテーブルと、家にあったタンスだ。
 ものを運ぶのに適した車は持っていないので、一度に運ぶことができない。
 それどころか、テーブルもタンスも、あと数センチ大きかったら単独でも運べない大きさであった。

 ともあれ、自分たちで運べないものはなかったので、何度か往復することになった。

 そうすると、向こうで外食することになり、最初はサイゼリヤ、3回目はコンビニで買ったおにぎりだったが、おいしそうなレストランも調べて、出かけてみた。

 見つけたのはフレンチとイタリアンが2つずつ。
 そのうち1つずつにはまだ行っていないが、フレンチのほうはもう予約した。
 あと、意外にも、高級な和食の店がひとつあった(もちろんまだだ)。

 田舎なので、いい店がそんなにあるわけではない。
 市役所を辞めなければ、息子は今後数十年にわたって近辺に住むことになるので、私たち夫婦にも、また同じ店を訪れる機会があるだろう。
 イタリアンにはたまに、フレンチにも何回かは行くことになると思う。
 もし結婚するとか言い出したら、高級和食か(笑)
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 これまでに行った2つの店は、どちらも感じのいい店であった。
 フレンチはご夫婦と息子さん?で、イタリアンは一人でやっていらした。

 息子がこの市に就職することがなければ、まず絶対に来なかった店である。
 受験したきっかけはひょんな偶然だし、(おそらく)のべ30以上(訂正:確実に50以上だそうです)の市町村!を受けて、唯一合格したのがこの市なのだ。

 料理をいただきながら、「こんなことでもなければ、この店には一生こなかっただろうなあ」というようなことばかり考えていた。

 いやほんとに、たとえばパリの裏街にある小さなビストロとかの方が、この店に来る可能性よりはよほど高かったと思う。
 それでも、現実にこの店に来たのだ。
 そして、これからもたぶん、たまには行くことになる。

 縁というほどの縁ではないのだが、こういうことがあると、これまでにいただいた縁というものをあらためて考えさせられることになった。

 私のような者でも、いくつかは素晴らしいご縁に恵まれてきているのだ。

 ♪縁ある人 万里の 道を越えて 引き合うもの
 ♪縁なき人 顔を合わせ すべもなく すれ違う

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2020.03.17

●親離れ子離れの春

 ご無沙汰しております。

「マクロに見れば」、新型コロナウイルスよりも経済的ダメージの方が大問題となりそうな(すでになっている)2019年度末です。

 息子は相変わらず、左右の頬にドングリをためこんだリスのような顔をしていますが、少しずつ食べられるものも増えてきて、年度が明けて就職するころには、まずまずふつうの生活ができるようになっていることと思います。

 今日は何とか、時間をかけてラーメンと餃子を完食しました。
 ひとごとながらご休心ください。

 その息子ですが、就職先に家から通うと2時間かかる、8時30分に始業らしいので15分までに着こうとすると家を出るのが6時15分、出るまで時間がかかるタイプなので起きるのは5時すぎ・・・ということで、職場の近くでひとり暮らしを始めることになりました。
 もっとも、面接の時に「必ずここに住んで地域に奉仕します!」みたいなことを言っているらしいので、いずれにせよ公約?違反にならないためにもそうする必要がありました。

 ふと思ったのですが、地方自治体の職員というのは、ほとんどが当該自治体に居住しているのでしょうか。
 それで仕事は身近になる反面、視野が狭くなりすぎたりしないのだろうかとちょっと心配になります。

 以前、知り合いの複数の市役所職員が、電話番号を他人に伝えるときに市外局番を言わない、場所を小学校区で表現する、という、他市に居住する者から見るとびっくりする習慣があるのに接し、大丈夫か?と思ったのを思い出しました。

 生まれてからずっとその市に住んでいる、卒業した大学すら市内にある・・・みたいな職員がけっこういるのですが、そういう環境ならなおさら、意識して視野を外に向けないといけませんよね。

 それはともかく・・・

 大学院を修了してから2年も就職浪人をしていたので、息子ももはや20代後半です。
 過保護な親と依存心の強い息子の組み合わせですが、やっと半強制的に親離れ子離れのできる状態になりました。

 「採用試験に最終合格」したものの、内定が出るのが遅くて出遅れたせいもあり、どうなることかと思いましたが、比較的新しくてきれいな最後の物件(1K)をぎりぎりでおさえることができ、8時に家を出れば余裕で間に合う状態になりました。

 電器製品の品不足を危惧していましたが、まず電子レンジを購入し、なんとか冷蔵庫と洗濯機も手配して、月末にはひとり暮らしを始め、4月1日から地方公務員として勤務を開始することになります。

 生まれてから現在までの全体はとても短く感じますが、就職浪人の2年間は先の見えない長い日々が続いていました。

 世の中はたいへんな状況ながら、野山や街角にも種々の花が咲き始め、いつものように春がやってきます。
 ニュースに接しなければ、ごくありふれた春です。

 しかし、われわれにとっては、四半世紀以上ぶりの親離れ子離れの春となります。

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2020.02.09

◆息子が退院しました

 お蔭さまで息子が退院しました。

 まだ碌に口もきけず、腫れで下ぶくれ状態、食べられるのはせいぜいお粥やシチュー(肉抜き)という状況ですが、いたって元気です。

 ・・・と書いたところで、風呂場から呼び出されました。四肢や背中に薬疹と思われる発疹が出ています。

 私も痛み止めの湿布で薬疹が出て、ステロイドの内服薬を飲み始めたところでした。

 調べた資料には「成人後に後天的に獲得され、家族内発症はほとんどなく、(非ステロイド性抗炎症薬)不耐症獲得の機序は不明である」とあり、体質が遺伝しているというのではなく、息子の原因は別、あるいは、原因は同じでも発症は偶然かもしれません。

 私自身、この2週間ほどの間に予防接種・整形外科・内科・眼科・皮膚科とハシゴしつつ、入院している母親と息子を見舞っていて、なんだか病院が生活の一部になってしまっています。

 この状態が早く終息することを祈っております。

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2020.01.31

■入院・手術は月初めに

 歯列矯正の仕上げ?に、上下の顎の骨を切ってつなぎ直すという大がかりな手術を、息子が受けた。

 前日には麻酔科に呼ばれ、全身麻酔で死ぬ可能性について納得した上で、同意書にサインを迫られる。

 いや別に実際「迫られ」たわけではないが、ここまで来てから説明されても、今さら手術しない選択肢はない。

 知人から教えてもらってはいたのだが、手術後は聞きしにまさる悲惨さである。

 当初は、よだれまじりの血が流れ放題(大げさ)、鼻にチューブを入れられて酸素マスクを装着し、手には点滴、トイレにも行けず導尿されている。

 それらが外れても、下半分を中心に顔が腫れ上がった、見るも無惨な痛々しい様相で、ジュース状の食物を注射器で口中に入れるような生活がしばらく続くそうだ。
 腫れが「それなりに」ひいてまともに食事ができるようになるには2〜3か月、完治には年単位の歳月を要するという。

 さらに、手術中に使った薬が眼に入って炎症を起こしているとかで、そんな状態の息子を明日は別の病院の眼科に連れて行かねばならない。
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 それはともかく。

 今回の入院で一つ大失敗したのは、月末に入院・手術を設定したことである。

 入院時に「高額療養費制度」の説明を受け、「ああ、そうだった!」と思い出した。

 仕事関係の会合で「そんな愚かな制度があるんだったら、入院や手術は月初めに限りますね」とか言いながら笑い合っていたのを完全に忘れていた。

 知っていたのに忘れて大損するとは・・・

 みなさまは、今後のためにぜひ覚えておいて、けっして忘れないでください。

 高額療養費制度は、暦月1か月間に私たちが支払う医療費に上限を設けるものだ。一般的な中年以上のサラリーマンなら、だいたい10万円くらいが毎月の医療費支払いの上限になる。

 問題は、それが「暦月1か月」単位だということである。

 息子は2週間程度の入院を予定しているが、これが2月1日からなら、手術や入院に何百万円かかろうと、支払いは10万円程度ですむ。

 ところが、実際には1月末に入院して手術を終えたので、1月分の支払いが10万円、2週間近く入院する2月分の支払いも10万円・・・つごう20万円の支払いになってしまう。

 支払いは倍! 差は10万円!

 受ける治療はまっっったく同じなのに、入院・手術する日が2〜3日違うだけでそうなるのだ。もちろん、1日でもそうなる可能性がある。
 こんな馬鹿な制度設計があるだろうか。

 いつも思うのだが、こういう愚かな制度を作る連中は、なんのために東大を出たんだろう?

 もちろん、急な怪我や病気で入院・手術になる場合に選択の余地はない。
 だが、今回の息子のようなケースでは、少し日程をずらすだけで費用は半額、10万円の節約になる。

 うちは失敗しましたので、みなさまは忘れないでくださいね。

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2019.11.29

●「ええこと」

 おお、11月の記事がひとつもなくなるところだった。

 もし1か月間ココログを更新しなければ、スタートした2004年1月1日以来、初めてのことであろう。
 近年はtwitterがあるからまあいいのだが、「1か月ここに書き込みがなかったら死んだと思ってください」というようなことをかつて書いたような気がする身としては、そうならずにすんでよかったと思う。

 ひとごとながらご休心ください。通常通り生きております。

 さて、11月はゼロ・・・にならずにすむ書き込みを、うれしい気持ちで記すことができて感謝している。
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 もう10年以上も前、親戚の葬儀が続いたときに、

親戚が顔を揃えるというのは、ほとんど葬儀・法要という感じになってしまった。会うたびに「なんかもっとええことで会えたらええのになあ」という声を聞くが、われわれ庶民に「ええこと」なんてそうあるものではない。

 と書いたことがある。

 その後ももちろん「ええこと」などなく(親戚にはあったかもしれないが)、葬儀やら法要やら、その手前の病気やら入院やらが続くばかりであった。

 幸いというか、本人の身にふりかかったことに限れば、家族3人にはそれほど悪いことが起こったわけではなく、「ええこと」がないだけで暮らしてきた。
 まあ、「無事是名馬」だろうと、自虐的に慰めにしている。

 そんな中、今日、「ええこと」の知らせが舞い込んできた。

 大学院修了後、2年間も就職浪人していた息子に、某地方自治体からの「最終合格通知」が届いたのである。

 通知には理不尽にも、「
職員採用候補者名簿」に登録されるだけで「職員採用の必要が生じなければ採用しない場合があります」などと書いてある。
 せっかくの大きな喜びの中に、不安ばかりがふくらんでいく。

 あんまり気になるので、別の自治体の人事課にいたこともある知人に聞いたところ、「4月1日付採用でないことはままあるが、年度内に採用されないという例は聞いたことがない。地方自治体がそんな理不尽なことをして許されるはずがない」という趣旨のお返事をいただき、ひとまずは安心した。

 それにしても、「最終合格通知」に「採用しない場合があります」なんて、学校でいえば「合格しましたが入学できるとは限りません」と同じで、無茶苦茶だと思うのだが、地方公務員の採用というのはそういうもののようで、ほんとにこの国の役所というやつは・・・という愚痴(というよりは正当な怒りだと思うのだが)は、今日に限ってはやめておこう。

 庶民にもたまには「ええこと」があるのである。これでやっと、少しは子離れもできる。

 まあ、学校を出れば就職をするのはふつうのことだし、特段「ええこと」ではないのかもしれない。
 それに、就職したらしたで、いろいろ苦しいことやつらいこともあるんだろうけれど、人生とはたぶんそういうものだし、取り越し苦労をしても仕方がない。

 息子の未来に幸あれと願う。

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2019.01.12

■「失敗重ねた「改革狂の時代」」

 京都大学名誉教授の佐伯啓思さんが、平成は、「ことごとく失敗に終わった」「改革狂の時代」であったと総括していた(asahi.com)。

 「まさしく「改革狂の時代」というほかないであろう」

 「大学改革も教育改革もほとんど意味があったとは思われない」

 その他の改革も
 「ことごとく失敗に終わったというほかない」

 この方とは見解を異にすることも多いけれど、これにはまったく同意する。

 なんとなれば、私がいつもここで書いていることと同じだ(が、頭のいい人が書くとこんなにうまくまとめられるんだなあと感心する)。

 元号とともに世の中が変わりうるものであるならば、怨嗟の声を上げつつ無駄で無益で有害な「改革」に勤しんだ時代は、すっぱりと終わりにしてほしい。
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「効果がないものを「改革」とは呼びません」(寺沢拓敬 関西学院大学准教授:2018年10月31日(水)朝日新聞朝刊)

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2018.10.27

◆文部科学省がここまでひどいとは・・・

 文部科学省の愚かさと非道さは、仕事として関わりのある者の間では つとに知られたことだが、これほどまでに凄まじい例は、さすがに初めてかもしれない。

 平成31年度全国学力・学習状況調査 中学校英語「話すこと」調査に向けて(文部科学省)

 上記リンクの pdf を読むと、中学校の先生方の阿鼻叫喚と怨嗟の声が聞こえ、絶望に打ちひしがれる様子が手に取るようにわかる気がする。

 短い通知文で ものすごい作業量を現場に強いる文科省お得意の書類なので、この際、中学校教員になったつもりで、ぜひ一度みなさまにも目を通していただきたい。

 教員の(場合によっては非人間的とさえ言える)長時間労働が問題・有名になっている中、新たにこれだけの業務を押しつけることの意味を、文科省はわかっているのだろうか(反語)。

 また、文教予算が削減されていく中で、100万人が同じ日に「OS : Windows7 以上・HDD: 空き容量 2GB 以上・メモリ: 4GB 以上・USB 空きポート 1 ポート以上)」のパソコンを使えるだけの資源が学校にあるのだろうか(反語)。

 万一あったとしても、今どきの公的機関のパソコンは、勝手にソフトがインストールできないように、また、USBメモリが接続できないようになっているのがふつうだ。
 その壁をクリアするためには、またしても教員の労働に頼らざるをえない。

 無駄な業務ばかり増えて教育や指導の時間が減る、典型的なパターンである。
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 上記に関しては、「パパ教員の戯れ言日記」というブログに、当事者としては抑えた筆致で具体的に書かれている
 心中はこんなものではないだろう。

 幸いというか、その声は文部科学大臣にまで届いたそうなのだが、「来年4月18日(木曜日)」とまで実施が確定している事業を止められるとは考えにくい。

 いや、止めなくても、こんな「学力テスト」をきちんと実施することは不可能だと思うのだが、もし、献身的・奴隷的労働と膨大な予算の上にそれが可能になったとしたら・・・

 それこそが、「無理が通れば道理が引っ込む」教育行政の恐ろしさだと言えるかもしれない。

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